個や種として「何か」を追求していけばいずれ壁にぶつかり、進むべき道を変えるかそのまま道を進もうとするかを選ばなければならない。

 …それは、古今東西、人が…全ての存在が成長・進化する上で必然的に求められて来た事であり、道を変えた事で新たな選択肢や道が拓けていった。

 だが、そのまま進もうとする事を選んだものは「壁」を乗り越えるべく切磋琢磨する訳だが、その大半は決まった末路をたどる事になる。

 …それは、壁を乗り越えられず、存在を衰退・消失させる……すなわち「死」である……

 

 …聖歴19年末頃……


 アルサレアが既存兵器の概念を覆す兵器「パンツァーフレーム(PF)」を開発、その量産機「Jファー」を戦場に投入した事で、戦況は激変した。
 ヴァリムがその場所を選ばぬ汎用性と生産性…そして圧倒的な物量で、世界を蹂躙していた4足戦車など、PFの前ではただの的でしかなく、当時の基地に配備されていた対戦車用の兵装は、旧時代的な鉄の塊を打ち出す大砲の方がまだ牽制として効果がある程、無意味なものとされた。

 武力によるフィアッツア大陸制覇…そして統一国家建国という「道」を、アルサレアという「壁」に阻まれる事になったヴァリムだが、それで進む「道」を変える事は無かった。

 そして、「壁」を越える手段として選んだのは「より大きい『壁』をぶつけ、『壁』を圧し潰す」という、まさに最初の「道」を踏襲する選択だった。


 ……聖歴20年………

 水面下の諜報活動と地道な裏工作…そして敵わぬと判ってなお戦場に送り出した幾千幾百もの犠牲の結果、ヴァリムはPFの設計図と実物の入手に成功した。
 そしてそのデータを基に、人的疲労を無視した過密スケジュールで機体解析と開発・設計が進められ、ヴァリム製PF「ヌエ」を完成させた。

 その時点でアルサレアはJファーの改修、発展型機体…後に「Jファーカスタム」や「Jファーバルカン」と呼称される機体の開発に着手していたが、国力において圧倒的に勝っていたヴァリムは、ヌエの量産を急速に進め……ついに反攻作戦に出た。

 しかし、やはり経験と錬度の差が大きかったのか、物量で勝っていたはずのヴァリムは思ったような戦果を上げられないでいた。
 …そこで、挟撃または陽動撹乱を目的とした遊撃部隊を編成すべく、候補となる小隊及び中隊が挙げられ、候補の中で作戦遂行率および生還率が高かった、いくつかの小隊、中隊に白羽の矢が立った。

 ……その選定が、ヴァリムとアルサレアの戦いをより過熱化させ、数多くの戦士の行く末を決定付けてしまったのかも知れない……。






 

機甲兵団Jフェニックス 外伝 狼と鷲、漆黒と蒼穹の出会い

第4話






 

「……中尉に、仕合を申し込みたい」
「…………」

 …交際を申し込まれた回数は星の数ほどあったアイリスだが、流石にこういう申し込みは初めてだったらしい…その言葉の意味を理解するのに数秒はかかった。

「………何の、為に?」

 ……かなーり心の中で葛藤があったのか、少し間を置いて、アイリスはジークに聞く。

「………俺が、俺であるために」

 ジークも少し考えたのか、少し間をおいてそう応える。
 そんなジークを物差しで計るかのようにジーッと見ながら考えるアイリスは……


「……せっかくだけど、約束は出来そうにないわね……」
「……!」

 …ジークの申し出をやや遠まわしに断った。

 

「…理由は大きく分けて3つ……」

 言葉にこそ出さなかったが、断られた事がショックだったらしいジークを見て、アイリスは何故かを述べる事にしたらしい。

「…まず、心身や機体の状態。…貴方のもそうだけど、私達の機体も少なからず損傷を負っている……」

 ジークの機体は既に2度補修した状態に加えて戦場を短期間で往復した事もあり、かなり損傷は激しい。
 それは射撃重視機体であるアイリス達も同様で、ジークの黒狼ほどではないにしろ、弾薬も含めればそれなりの補給と補修を必要としていた。
 生身で仕合をするにしても、二人の心身は疲労が色濃く出ているし…銃と刀で戦った場合、アイリスは一瞬で3連射以上出来る上、神域の恩恵により発射する寸前まで相手の挙動を見切れる。
 その上彼女は左右どちらの手でも銃を撃てるので、おそらくまともにやりあったら勝負にすらならないだろう。

 …その分ハンデを作るという手段もあるが、そんな事はジークの本意ではないし、意味も無いと思っている。

「2つ、現状アルサレアがどう動くか分からない以上、少しでも戦う力を温存しておく必要がある……」

 この基地に限らず、アルサレアから近い場所にある基地は、アルサレア要塞攻略戦に動員可能なほぼ全ての戦力と物資を投入していたので、十分な修繕物資は無い。
 もちろん防衛用にPFを残しているし、物資もあるにはあるが…配備されていたのは大半がヌエやロキであり、物資もヌエやロキ用のパーツが殆どである。
 それにアルサレアがこの基地に攻め寄せてくる可能性も捨てきれない以上、少しでも動けるPFがあるのならここに残る必要もある。
 そういった事情もあり、使えそうで直せそうな機体は最優先で修理が進められている。

 幸いにも仮設補給基地として機能していた車両などにあった物資がわずかながらも残っていたので、補修にはそれらを使えば良いのだが……やはり物資不足であるのは変わりなく、整備士も連日連夜の作業でかなり疲弊しているので機体の修繕は最低でもアイリス達は数日、ジークの機体に至ってはそれ以上かかるだろう。


「…そして、3つ…今の貴方は……『忘れたいから戦いたい』と思っている…」
「…っそれは違う!」

 否定するジークだが、その言葉の端に動揺した雰囲気が見て取れる。
 …もちろんそんなつもりで仕合を申し込んだのでは無いのだろうが、心のどこかにそんな想いもあったのかもしれない。

「だったら…どうして、飲んでいたの? ……どうして、そんなに動揺しているの? そして…何より…何故、今の貴方の瞳は、そんなにも霞んでいるの?」
「…霞んで、いる?」

 アイリスに言われて、無意識に瞳を抑えるジーク。だが、今の彼にその違いが分かるはずは無かった。

「……今の貴方の瞳からは、あの時…我を通そうとした時の「強さ」を感じない」
「…あの時…」

 アイリスは多分、グリュウの探索を断念し撤退指示を出した時の事を、言っているのだろう。

「…今の貴方なら、100回やっても…勝てる気がする。…私は私的な理由だけでとか意味の無い事で、力を振るいたくは無いの」

 ジークを突き放すようにそう言うと、アイリスは屋上を出る為、歩き出す。

「……もう一度よく考えてみなさい、貴方は何のために戦っているの?」
「…俺は」
「それが何なのか思い出して、さっきの問題が片付いたのなら……考えても、いい……」

 ジークの意見も聞かずに屋上から出て行ったアイリス。

「待…っ…!」

 そんな彼女を呼び止められる言葉が見つからなかったジーク。

 ……言いたくても言えない、今の自分が何を言っても言い訳にしかならない空しさと、そんな自分への悔しさ……

 おそらくそんな思いだったのだろう。言いかけた制止の言葉を噛み締めるように抑え、何度か深呼吸するように呼吸を整えると不知火と斬烈を手に取り、歩き出す。
 そしてそのまま部屋に戻ると、ジークは彼女に問われた事…何のために戦い始めたのかを思い出してみる。
 ……それは、ジークにとってあまり思い出したくない思い出も脳裏に浮かぶことになるのだが……




 

 完成したばかりのヌエを大量投入したヴァリム反抗作戦において、戦況を好転出来ない事に業を煮やした上層部は遊撃隊を組織し、陽動任務を行なわせた。
 …その遊撃隊にはシリウスが指揮する中隊も選ばれており……主任務であった陽動や遊撃としての役割は成功した…と言えるだろう。
 …しかし……ジークを含む隊員は、全員無事に安全圏まで離脱に成功したが…隊長であるシリウスは戻ってこなかった。
 アルサレアの通信を傍受した部隊の話だと、シリウスと思われる機体が敵本陣の部隊相手に激闘を繰り広げていたらしいが、その後の情報は全くの不明である。

 しかし、アルサレアの進撃はそこで一旦止まった事で、ヴァリムは当初の作戦目標だった、ヴァリム領内まで圧し戻された戦線をアルサレアと交戦前まで押し返す事に成功した。
 橋頭堡となる砦は当初のプランよりやや後方になってしまったが、橋頭堡の設置は副次的な目的だったのでそれほど大きな問題にはされなかったようだ。


 …そして、シリウスはそれから数週間ほど経って死亡が確認され…少尉から大尉に2階級特進…遺体が無いまま葬儀を行なう事になり……


 …さらにしばらく経った後……


「……すまない…」

 ジークはシリウスの墓前で、シリウスとジークの流派である剣術特有の敬礼…をしながら詫びていた。

 ジークが詫びているのは、シリウスが作った中隊が解散される事についてだった。
 シリウスの中隊各員の一階級昇進が決まってジークが軍曹から少尉…シリウス用として来月には支給されるであろう、ヌエの上位機体『ヤシャ』もジークが乗る事になったので、今後はジークが隊長となって指揮していくはずだった。

 しかしジークはもちろん、仲間達も元々シリウスがこれぞと見込んで引き抜いたり、登用した者達である。
 当然、各方面の部隊でも欲しいと思う人材は多く、またジークにシリウスほどの求心力は無く……軍上層部の裏工作の影響もあり、結局解散する事になってしまったらしい。


「……やっぱり、ここにいたのね」

 傷心のジークに呼びかけたのは、彼やシリウスとは同門であり、その二人を以ってして勝てないと評されるほどの剣を使うと言われる、「サクヤ=ムラサメ」だった。
 彼女は早い時期から軍に入り、すでに中尉となっている身であるが、その物腰はジークやシリウスと共に剣術道場で汗を流していた頃と変わらず、実に落ち着いた様子であった。
 そんな彼女でも、シリウスの葬儀の時は悲しみで表情を歪ませていたが、そんな彼女以上に悲しみに暮れていたジークを、気丈にも「何をすべきか」を悟らせようと、背中を押す事が出来た、「強い」人間でもある。


「…何か、用か?」
「用と言うほどの事ではなかったけど……」

 ジークの無遠慮な…一種の拒絶とも感じられる気配を、微笑と苦笑が混じったような顔で受け流し答えるサクヤは、花束を墓前に供えるとジークと同じように敬礼した。


 

「……これから、どうするつもり?」
「………」
「…貴方が向かう未来(さき)の道は、見つかった?」

 …墓参りを二人で終え…その帰り道…彼の葬儀に説いた事を、改めてジークに聞いてきたサクヤ。

「…俺は……」

 中隊の仲間は、ある者は古巣に戻り…またある者は野に下ったりどこか違う部隊に引き抜かれたらしいが、ジークはそういった誘いを断り、自ら小隊を作って活動するつもりだった。

 …シリウスから託されたもの…仲間と、刀と、夢……その内の一つは、ジークの手から離れてしまったが、後の二つはまだ残っていた……それを引き継ぎ、確かなものにしたいと思っていた。

 …それが、シリウスに対して…いや、自分にできる、ただ一つの事だと思えたから。


 そういった内容をサクヤに告げるジーク。
 サクヤも予想していたのか、特に表情を変える事無くそれを聞いていた。

「…迷いはないのね?」
「……ない、と言えば嘘になる……しかし、もう決めた事だ」
「……そう」

 長い付き合いなので「こうなったらいくら言っても無駄」と理解しているのか…嘆息しながら短く答えるサクヤは、手荷物の中から訓練用の木刀を2本出し、片方をジークに渡す。

「…餞別よ…そこで構えなさい。…あと、一度構えたら何が起こっても、動かないでね」
「……?」

 少し離れた空き地…を指しながら指示を出すサクヤに、怪訝な顔をしながら木刀を中段で構えるジーク……。

「これで、いいか?」
「そうね…」

 …サクヤも空き地に入ると、ジークと10歩ほど離れた位置で立ち止まる。

「………」

 構えたジークはサクヤの一挙一動を観察すべく、凝視する。
 そんな視線に、サクヤはフッと微笑むと、剣を構え……次の瞬間、表情を冷たいものに一変させる。

「!!?」

 その変化に、咄嗟に反応したジークだが構えを変えた直後、意識が真っ白になり………


 

「…………」

 ……その思い出に連動するかのように、ジークは眠ってしまったようだ。







 

 ……ヴァリムがアルサレア要塞戦で敗退した、その翌日……


 この一帯では実に久しぶりに、雨が振っていた。
 ヴァリムにとって、この雨は恵みの雨だったろう。
 小規模部隊での急襲ならまだしも、大部隊での活動には、雨というのは不利に働く。

 もちろんだからと言って今のヴァリムが悠長に事を構えるほどの余裕も無く、基地の司令部では情報収集と各基地との情報交換が慌しく行なわれていた。

「いいか、先程、アルサレアからかなりの大部隊がヴァリム国境へ向けて進撃中との情報も入っている! おそらくは国境を固める為のものであろうが、周囲のどんな些細な変化も見逃すなよ!」
「「「はっ!」」」

 基地指令官の言葉通りなので敢えて細かい説明はしないが、アルサレアもこちらがそう考える事を見越して大規模部隊を陽動とし、この悪天候に乗じて少数で奇襲する可能性も捨て切れないからである。

「ゲルノイド中央基地への増援要請は!?」
「…やってます! しかし、返答は同じです!」
「……『防衛施設を著しく損失している当基地に、これ以上戦力を割く余裕はない。貴官らの健闘を祈る』……ふざけるのも大概にしろっ!?」

 通信士がよこした電文を丸めると、床に叩きつける基地司令官。

「引き続き、各方面に支援の要請を続けろ、今攻められたら、こちらは終わりだ!」
「了解しました!」

 現状この基地にいる機体は旧式の機体が十数機に敗退した部隊が合計3個中隊程度だが、大半が中破以上の為、今のままではせいぜい弾除け程度にしか使えない。
 整備士達も作業に従事しているが、今日中に全てを直せるかどうかと言われれば、首を振るしかない状況であった。

 そんな絶望的な報告を聞きながらも、必死に何か策を考える司令官。

(…偵察に出した部隊からも連絡が無い……いつだ、いつどこから来る? それさえ分かれば、まだ手の打ちようが……!)

 しかし、その想いも空しく、何の情報も来ないまま時は流れていった。


 それからさらに時間経過………

「…………」

 いまだ何の情報も、増援の報告も来ぬまま、基地は第一級警戒態勢を維持していた。
 そしてアイリスやジーク、そしてライナス、ゼノン達も即座に出撃できるように各小隊毎に割り当てられた控え室で待機していた。

 もっとも、4人のPFはまだ修理を終えておらず、それ以外のパイロットの機体も似たり寄ったりの状態なので、まともに戦えるかどうかも怪しい所ではあった。
 しかし、まだ基地の放棄が命令として出て無い以上、負傷者を置いてパイロットが真っ先に逃げるわけにはいかないという気持ちが強いし、『敗戦』という汚名を返上したいと思ってもいるのだろう、出撃命令が出れば修理不全の機体だろうと出撃しそうな雰囲気だった。

 かといって、気持ちだけではどうにもならないのも現実であるので、整備士は文字通り不眠不休で作業に従事しており、すでに何機かは最終調整に入っているらしい。
 しかし…ジークのそれに比べて比較的損傷が少なかったアイリスの機体だが、彼女の機体はアルサレア製のパーツをいくつか使用しているため、予想以上にパーツ互換に苦労しているらしく…まだ調整が上手く行かないらしい。
 ゼノンとライナスの機体は装甲の張替えとバランス調整くらいなのでゼノン達も手伝おうとしたのだが、整備士達から特に手伝いが必要な状況でもないと断られたらしい。
 おそらくは手伝いに従事して余計な体力を浪費し、戦闘に支障が出るようではこちらの立つ瀬が無いから、今は休養に専念してほしい…という想いもあるのだろうが。


 そして、ついに待っていた…いや、来ない事を祈っていた報告が来た。


『…各員に連絡します、クロウディア領前線司令部より敵機来襲の知らせが入りました!』

 館内アナウンスで流れたとほぼ同時に、いままでは空の景色や山の景色が映っていた大型モニターに地図が表示され、表情を引き締めつつ見る。
 ここはイオンドから北東に位置する基地なので、ヴァリムとアルサレアの境界としては最北にあたるヴァリム共和国クロウディア領は、やはりかなり離れていた。

「…クロウディア領…」

 アイリスはとりあえず地図で自分達がいる基地からどのくらい離れているかを見る。

「…遠いですね……規模はどのくらいなんでしょう?」
「……ここから来るという事は、おそらく相手は空港施設の防衛隊の一部だろう?」
「……確か要塞戦前の戦力配置情報では……」

 部屋こそ違うがアイリス達以外のパイロットも仲間同士で同じような談議を交わす中、ゼノンも端末を操作し、要塞戦が始まる前に渡された資料を開く。
 ……それによると、ザッハ空港、宇宙港施設及びザックシティ…その他研究所等の重要施設の防衛、そして国境警備なども含めれば、およそ10個大隊が配備されていたらしい。

 これらの戦力は国境警備の2個大隊を除けばほぼ無傷なはずなので、最低でも8個大隊が健在なはずだった

「…空港と宇宙港、都市部や研究所…それに周辺警戒と国境へ大隊を配備したとしても、まだ2個大隊が自由に動ける……」
「最初国境にいた2個大隊にしても、全滅って訳じゃないから…再編成して出撃させようって考える奴もいるだろうしな……」
「で、でも、クロウディア領に配備してるこっちの部隊だって要塞戦には参加してないみたいですから、何とかなるんじゃ?」

 不利な条件ばかり述べるアイリス達に、内心穏やかでないライナスは有利な条件を挙げる。

「…たしか、クロウディア領に重要拠点なんか殆どないはずだぞ……基地だって、そんなに大きくは無かったはずだ…?」

 ……かつて親アルサレア国家としてヴァリムと対立した国の一つであるクロウディアは、まだアルサレアとの同盟が本格的に施行される前にヴァリムの4足戦車の猛攻を受け、為す術なく王都は制圧、王都守備兵もほぼ全てが殲滅された。
 そして、王国関係者はアルサレアに逃走したごく一部を除きことごとく極刑、国家の象徴たる国旗や王都はヴァリムに逆らったものの末路を示す目的で完全に破壊、焼却処分とされている。
 近隣の都市に住んでいた住人も半数以上が戦禍を恐れて国外に退去しているので税収も少なく…これといった有用資源も無いので、アルサレアへの足掛かりとする以外、ヴァリムがこの地に居る意味は無いはずである。

「……資料見ても、あそこには……」

 …ゼノンの開いた戦力配置図によると、制圧後に建築された基地も国境警備を目的としたごく小規模のものが国境に沿って転々としているだけであり、それらを統括している領内司令部でも、ここの基地に比べれば半分以下の規模しかない。
 戦力も、司令部で2個中隊…領内にある全ての基地戦力を一つに集結しても大隊には程遠い戦力しか居ないようである。

「………ま、司令官殿のお手並み次第って所だろうが……他人事って訳でもないだろうし…」
「………あ…」

 苦笑をしながら曖昧に言うゼノンの言葉に、ライナスはそれがどういう意味であるのか気が付いた。

 …まだこちらにアルサレアが接近している様子はないが、おそらくクロウディア方面に連動して、こちらの方にも攻撃の手が及んでいるのは間違いないだろう。もしかして偵察部隊から何の連絡もないのは、既に撃破されてしまった…とも考えられる。
 そうなると、この基地も増援が期待出来ない以上、挟撃と無益な被害を避けるために後方に退かざるを得なくなるわけだが…負傷者を多く抱えている現状ではそれも難しくなってくる。
 防備を固めるにしても、クロウディア方面がアルサレアに占拠された場合…挟撃されるのは間違いないし、包囲されれば陥落も時間の問題だろう。

 それにミラムーンの存在も気がかりだ。
 かつてヴァリムに帰順するような雰囲気であったかの国は、今では再びアルサレア支持の人間が国家元首となっている。
 そしてヴァリム前線の各部隊が疲弊、弱体化している現状で、今までのようにそのまま黙って静観しているとは思えない。…失った信頼を取り戻す良い機会になるし…今後を考えれば、少しでもアルサレアに恩を売っておいた方が得策だからだ。

 いままで殆ど喋っていなかったアイリスも同じ意見だったのか、難しい顔したままで何も言えなかったが…

「…クロウディアは、多分大丈夫だと思う…」
「……ん…?」
「……へ?」

 ……何かを思い出したかのように表情を変えて、一言呟くアイリス。
 そして……彼女のその言葉は、まさにそのとおりの結果となった。



 

 ほぼ同時刻の基地司令部……

「…クロウディア領襲撃の報は間違い?」

 新たに来た電文を見て、司令官はそんな言葉を口にする。

「いえ、誤報という訳ではなく…何らかの通信トラブルにより報告が遅れた…との事です…?」

 電文にやや遅れてきた詳細な情報を見ると、クロウディア司令部及び司令官の名前で、そんな事が書かれていた。
 それはつまり、すでに戦いの火蓋は切って落とされ、その勝敗は決したという事らしい。
 そして、司令部から報告が届く…という事は、アイリスの予想通り基地の防衛に成功したのだろう。


「詳細は!?」
「は、はい!」

 …電文にやや遅れる形で改めて送られてきた情報によると、辺境警備に回されていたはずの穏健派主力部隊の一つ、「フェンリル機甲師団」がクロウディア方面の地理に明るい者を何人か選出し、ひそかに増援として送っていたらしく、彼らの協力のおかげでアルサレアの侵攻状況も迅速且つ詳細に知る事が出来たらしい。
 そして、彼ら自ら奇襲に適した場所を提示しただけでなく、奇襲で最も危険な任務の一つとされる先鋒と陽動を担当し、アルサレア部隊の分断に成功したというのだ。
 さらに、クロウディア領に『近隣都市の治安維持』という名目で配備されていた部隊も増援として参集し、分断した部隊を各個撃破した…報告文書の要点をまとめれば概ねそんな内容だった。

「……現在、敵部隊は国境まで撤退し、こちらも防備を固めているという事で…最後に報告が遅れた事を改めて謝罪しており、通信を終えています」
「…そうか」

 少なくともこれで、この基地が挟撃される心配はなくなったわけだが…

「……こちらのレーダーに何か反応は!?」
「…ありません」
「……むぅ…やむをえん……さらに何機か偵察に出すか…」
「しかし、それでは防衛に……?」
「敵部隊の早期発見が、最重要だ」
「…はっ」

 そして、増援として強行偵察仕様のヌエを数機出撃させ、付近の索敵を始めたところ………

「…偵察部隊から緊急連絡! 敵部隊を発見……いえ、ちょっと待ってください!」
「どうした、何があった!?」
「……それが……」

 この後の偵察部隊からの報告と映像に、再び騒然となる司令部だった。


 偵察部隊から送られて来た映像は、司令部を介して、パイロット達が詰める控え室にも映し出されていた。

「な!?」

 最初に響いた声は、驚きの声だった。

「……これは………」
「…しかし、いや…何が……」

 そしてやや遅れて……ある者は戦慄の声、また別の者は恐怖の表情で顔を凍りつかせる。

「………」

 それは別室で同じ映像を見ていたジークやアイリスとて例外ではなく、表情こそ大きな変化はなかったが、目を見開き…言葉も全く出せずにその映像を凝視していた。


「……全滅…しているのか……?」
「そんな…一体誰に…?」

 映像に映っていたのは、アルサレアのPF群が破壊されている情景であった。
 鋭利且つ長大な刃物で切り裂かれたのか、頭から腰まで両断された機体…そして単分子ワイヤーの網にでも締め付けられたかのように小間切りされたと思われる機体も見える。
 さらにその奥には、バスターラン…いや、コアバスターと同等かそれ以上の攻撃を雨のように喰らったかの如く、機体が大きく抉られ、焼損している姿…そしてその推測を裏付けるかのように、焼損した機体の後ろには巨大なクレーター群が出来ていた。


「……一体……誰が……」


 油とゴムの焼けた臭いがモニター越しでさえ感じてしまいそうな光景……気弱な人間が見たら吐き気さえ感じそうなほど、陰惨な光景を凝視し…誰もが同じように言葉を失うのだった。


 

 ……数日後………


 その後、何度か周辺の索敵と偵察を行なったが、アルサレアは国境付近に展開しているものの、ヴァリム領内に侵攻する事は無かった。

 正確にはしたくても出来なかったと言ったほうが正しいだろう。
 あれから数日経ったこともあり、戦線維持戦で起こった事の詳細が分かってきたからだ。

 アルサレアでは仇討ちと粛清の為にヴァリムとの戦争を続けようとする勢力、いわゆる「強硬開戦派」と呼ばれる人間達の独断で、疲弊・敗走したヴァリム兵の追撃掃討戦…そしてヴァリム領内へ逆侵攻を決行した部隊がかなりいた。

 ……しかし、その先駆けだったクロウディア領…そしてアルサレア、ミラムーン及びヴァリムとの境界に広がる広大で肥沃なガイドゥムラ平原地帯……さらには最大の激戦区サーリットンを抱えるイオンドの東方に位置する前線基地……これらへ侵攻した部隊は次々と妨害にあい…後退を余儀なくされた。
 実際は後退できた部隊はまだ運が良いほうで、参加した殆どの部隊は撃破されていたのだが…ヴァリムがそうであるようにアルサレアもまた自分に不都合な数字を敢えて公表するような事はしなかった。

 そしてヴァリムだが、こちらはアルサレア要塞戦の損耗が今回のアルサレアよりもはるかに激しかった事、そしてアルサレアの部隊を国境で撃破した存在が『正体不明』だった事から、動く事が出来なかった。

 一部の楽観論者は、国境でアルサレアと戦ったのはヴァリムの特務部隊ではないかと言っていたが、それなら事前事後に何か命令なり通信なりの動きがあって然るべきなのに、電文の一つも来なかった。
 そのために再侵攻をしようという声には、強硬派でさえ二の足を踏んでおり…まずは静観しようという雰囲気が強かったのだ。

 その為かどうかは不明だが、下士官や下位士官の間では……上は正体不明の戦力が味方なのか、両者にとっての『敵』なのか判断するために、神佐なり特務部隊なりを使って調査させている……という噂が広まっている始末だ

 さらに軍上層部でもこちらが報告するまで国境での一件を知らなかったらしく『別命あるまで待機』などと、前線にいるものからすればふざけているとしか思えない命令を出したまま沈黙している。

 それが噂をさらに助長させる事になり……前線の基地ではこんな話も出ているのだった。


 それは先日、スクラップにされていたアルサレアのPFを何機か回収した時の事だった。
 攻撃した者を証言できる生存者はいなかったが、PFのシステムやデータに何か情報が残っていないかを調べる為だ。
 そして、何人かの整備士でコクピット周辺と頭部を調べたが、データは当然としてボイスレコーダーなども損傷が激しく、これといった手がかりは得られなかった。

「…何も無し…か」

 その報告を聞いた整備班長はため息を吐き、作業報告書を受け取る。

「ボイスレコーダーに残っていた音声もノイズや損傷がひどく…かろうじて聞き取れ、戦った相手を示すと思われる単語は……『赤』『翼』『死神』…このくらいです」
「……赤い翼…死神ねぇ……ん……そういえばそんな異名を持ったパイロットがいなかったか? 赤…いや…紅…でもない……緋色…そう、緋色の死神……?」
「………いましたっけ?」
「…それらの単語って連続して出ていないですから、全く別の意味じゃ?」
「聞いた事ないですが?」
「……そうか……?」

 …緋色の死神…それは「クローディア=インフェルナス」中佐の異名である。
 ただしこの異名、アルサレアはともかくヴァリムではあまり有名でなかったりする。
 この異名が最初に出たのは2年ほど前の事だ。
 当時の彼女はジャポネクルに所属していた専属テストパイロットであり、その優れた操縦技術及び各種技能はもちろん、PFの構造や仕組み、システムなどに深い造詣を持つ事が軍に評価され、軍に引き抜かれた過去を持っていた。
 異名である「緋色の死神」は、ジャポネクルで試作PFのテストパイロットとして実戦で戦っていた頃にアルサレアの兵士によって呼ばれた異名であるので、ヴァリムではあまり広まっていないのだ。

 ヴァリム軍入隊後は前線で戦うよりも後方でPF操縦の指導や研究、生身で強化兵すら圧倒する戦闘力を買われて諜報活動に従事しその後『龍将』の部下になる等、機密情報だらけの任務が多かったので、情報規制も働いていたのだろう。


「……うーむ…何処で聞いたのか……?」
「そんな事より、作業しないと?」
「…そうだな……うーむ……」

 まだ納得していない雰囲気だったが、ゆっくり問答している状況でもないので、再び作業に没頭する整備員である。
 そして、その甲斐も空しく結局証拠になりえそうな情報は抽出できなかったのだが、先程の会話を曲解した話がまた噂として広まり、上層部はさらに混乱した…らしい。





 

 ……さらにその翌日の昼………


「…ふぅ」

 アイリスは情報端末を閉じると、機体の修理状況を聞く為に格納庫へと向かった。
 昨日運び込まれ、調査も終わって不要となったアルサレアPFのパーツを流用し、何とか完全修復可能となったホライゾンがいつ頃直るのかを聞きに来たのだが、なぜかホライゾンが係留されている格納庫には行かず、別の格納庫を訪れていた。

 ……その格納庫の一角では、ジークのキシンカスタムが整備を受けていた。


「……修理が不可能とはどう言う事だ!?」
「不可能って訳じゃないですが……ただ、100%直すのは今の状態では難しいって事です……!」

 ジークの手を振り払うと、作業台帳らしきものをジークに見せる。

「…誰がやったか知らないですが、この機体は各パーツが恐ろしく綿密に組み込まれてます…」
「……たしかに一度、この機体は半壊した所を修復したが……」
「おそらくその時でしょうね…こいつは一つパーツを入れ替えてもBURM違反になってしまいかねないほど、ギリギリまで選定されてカスタマイズされてる……同じ規格のパーツをそっくりそのまま入れ替えるんなら良いですが、今この基地に同じ規格のパーツがないんですよ…!」

 つまるところ、今のキシンカスタムは殆どパーツ互換が効かないため、全く同じパーツがない今の物資状況では完全修復は不可能…不可能でないにしても、スペックダウンは確実という、かなり整備士泣かせな状態らしい。
 PFを組む場合のパーツの互換性、特にアルサレア、ミラムーンと…ヴァリムのジャポネクル、ゾックス=アインハルトでは、各パーツのソフト的な対応はもちろん、ハード的な接合部の規格まで異なる場合が多い。
 それを細工と技術で補うのも整備士の仕事なのだが、今この基地にいる整備士の技術では再現が難しいらしい。

「…では…今のままでも…例えば外装を応急的に貼り合わせるなどして、戦う事は出来ないのか?」
「…そんな無茶な…そのくらいの補修で出るくらいなら、この基地にあるロキでも使った方がいいですよっ…!?」

 その申し出に驚いた整備士は、ジークに見せていた作業台帳に書かれている、今のキシンカスタムの状態を指し示しながら答える。

「もしこの機体を使う事に拘るなら…今ある材料で一から機体を組みなおして…宇宙用PFに使われているインナーBOXでも使うかしないと……?」

 宇宙用PFでは、作業環境の苛酷さを軽減させ、作業効率を向上させる為に「インナーBOX」と呼称される…各内部パーツのシステム的な統合とハードジョイントの共用化を図ったパーツが使用されているので、そのあたりは問題ない。
 しかし、地上用PFの大半はインナーBOX未搭載が殆どなので、各パーツのシステム調整と互換には組み立てに関わった整備士や技師の手腕に頼る所が大きいのだ。

「……とにかく、出来る限り早く直して欲しい」
「やってはみますが……あまり期待しないで下さいよ、これ直すとなればそれなりに日数もかかるし……?」
「……わかった…」
「まぁ、今夜遅くに来るって言う増援に規格の合ったパーツが有れば、明日の昼には直りますけど……」
「…増援?」
「ええ。ゲルノイドがようやく支援要請に応じてくれたみたいで…その中には、物資を満載した補給部隊も含まれているらしいですよ?」
「……!」

 整備士の話を解説すると先の要塞戦でこの補給部隊は、仮設補給基地へ物資を輸送した後撤退したが、第2ギラ・ドゥロ補給基地で物資の再補充を行なったら戻ってくる予定だったらしい。
 しかしいざ前線に向かおうとした矢先に、ヴァリムが敗退した事を知らされ…ゲルノイド中央基地で不測の事態に備えるべく待機となっていたのだが、基地司令が前線からの再三にわたる支援要請を受けてついに折れたのか、いくつかの戦力を伴って増援として来る事になったらしい。

「随行して来る戦力は2、3小隊くらいと聞いてますけど…要塞戦用の物資を満載した補給部隊も随行してくるなら、戦力的には一気に充実するでしょうね」

 ここには物資不足で修理不可能だった機体がまだ数多く残っているのである。
 それらの修理さえ可能になれば、確かに一気に戦力が潤う事になるだろう。
 …整備士への負担をさらに強いる事になるが…補給部隊にもかなりの整備士を随行させているらしいので、何とかなるだろう…との事だった。

 補給物資の中にはおそらくキシンのパーツも含まれているだろうから、ジークの機体も完全修復が可能という事になる。
 そして、まだアイリスには了承の返事を貰っていないが、彼女と仕合うための準備が整う事も意味していた。
 まだアルサレアがどう動くのかは分からない所も大きいが、少なくてもはっきりとした勝算が出来ない限り、動く事はもうないだろう。

(……あとはあの問いに対する答え……これさえクリアできれば仕合ができる…)

 まだ言葉に出せるほど、明確な答えは持ってなかったが、思わずそう考えるジークは期待を膨らませるのだが………?


 

「…あまり、いい状況ではないようね…?」

 ジークと整備士の話が終わるのを遠くで待っていたのか、ジークが一人になったのを見計らったかのように話しかけるアイリスは機体の状態を見上げながら聞いてくる。

「…いや、そうでもなさそうだ」

 ジークは同じくキシンカスタムを見上げると先程の話をアイリスにも説明する。
 …しかしその説明を聞いているうちに、アイリスの表情には若干の陰りが見えてきた気もするのだが…?
 そういう事にはとことん鈍い…というか経験がないので察し難いジークは、改めて仕合を申し込むため、とりあえず自分の正直な気持ちと決意を述べようとしたのだが………

「…ごめんなさい」

 …話の途中でアイリスは頭を下げた。





 

 ………その日の夜………


 日付が変わった頃になって、ようやく補給部隊と増援を載せた輸送機が到着し、物資や機体が運搬されている中、ジークはパイロットスーツではなく作業衣を着てキシンカスタムの前に立っていた。
 彼の近くには先程の輸送部隊に分けてもらったのか、補修用のパーツらしきものがあるので、どうやら自分で直す気らしいが……?

「…タイムリミットは夜が明けるまで……か」

 …どうやら本気で直す気のようだ…それもたった一人で夜明けまでに直すつもりらしい。
 そして作業を始めるため、重機に火を入れるジーク。

 何故彼がそんな事を始めたかと言えば…やはりアイリスとの会話がきっかけだろう。

 

 アイリスは一言謝った後、事情を説明してくれた。
 彼女の部隊…赤の小隊は、通常の命令系統とは異なる独立した命令系統を持っており、基本的に軍部が赤の小隊を動かす場合、「命令」ではなく「要請」という形で召集している。
 そのため、要請の内容によっては拒否される事も珍しくなく、その判断は小隊長であるアイリスか部隊指揮官の一任で決められる特権があるのだ。
 しかし、この部隊指揮官に当たる人物は、よほどの事でもない限り…もとい、よほどの事ですら滅多に命令は出さず、原則的に小隊長であるアイリスに判断を一任しているらしい。

 そして今回のアルサレア要塞戦でも、敗戦した後でも部隊指揮官からは何の命令も来なかったので、アイリスは情勢が安定するまではこの基地に留まろうと思っていたのだが…今日になってその部隊指揮官から「ガイドゥムラの商業都市に向かい治安維持を図れ」と命令が出たのであった。

 知っての通り、ガイドゥムラはミラムーンとヴァリムの国境を跨ぐ形で存在する平原地帯で、ミラムーン領内では軌道エレベーター、ヴァリム領内では国内の穀倉地帯となるべく開墾が進められている。
 川を隔ててはいるもののアルサレアとの国境からも近いので、三国間で交易を営む商人も多く出入りしており、アルサレア領内にはそういった人種が出身の隔てなく寄り集まって民営市場…城郭商業都市と呼んでも良いほどの規模を持った市場も存在する。
 いまでは国内外の行商の窓口および中継点として欠かせない存在となり、三国の間でも自治権を(暗黙の了解で)得ており、川の間に連絡用のフェリーやフェリー乗り場を中心とした小さい街まで出来ているほど栄えている…らしい。

 これだけ聞いていれば実にいい環境と思われるだろうが、民営とは言え資本主義的なところが災いしてか、裏取引・談合を始め、密輸や違法取引等々といった、いわば市場競争での必要悪と言えなくもない犯罪行為が蔓延しているらしく、表の華やかさの裏で実に激しい攻防が繰り広げられている…という噂が絶えない無法地帯でもあるのだ。
 余談になるがこの都市は軍部の接触をひどく嫌っているらしく、市場や都市を統括する複合企業体は軍の治安維持活動を拒否、自ら近年自警団を組織し悪い噂を払拭すべく努力しているらしいが、一度根付いた裏社会の力はなかなか手強く、現在もいたちごっこが続いているとの事だった。


 ……若干話がそれてしまったが…このように軍による警備を必要としていないところになぜアイリス達が派遣される必要があるのか…だが、これは以前起こった事件に起因しているようだ。
 一昨年、ヴァリムでPFのシステム研究をしていた研究者がアルサレアへ亡命したのはすでに周知の事実だが、この亡命にはこの都市の人間が関わったのではないか…という嫌疑がかかっていたのだ。
 もちろん確証はないので、心無い人間の誹謗中傷と解釈も出来るのだが…問題はこの嫌疑に関する噂がかなり広まっているという現状だった。
 事実、敗戦が決まってからここ数日の間にこの町へ亡命しようと画策し、諜報部に捕まった研究員や兵士は3桁を越えている。実際に逃げ込んでも門前払いを喰らう者が大半だろうが、中には賄賂か何かを使って都市内部に逃げ込んだ者もいるかもしれない。
 さらにはこの一連の経緯を受けて、逃亡者の捕獲という名目で商業都市を制圧しようという強硬論まで出ているが…その真意はこの町が生み出す、数億とも数十億とも言われる巨額な資産を狙ってのものだろう、と言うのがアイリスの上司の見解である。
 そして先日侵攻してきたアルサレア強硬開戦派部隊…数にして約3個大隊を、第2ギラドゥロ補給基地に駐留していた部隊が迎え撃つ為現場に向かうまでのたった1時間足らずで、破壊された機体以外何の痕跡も残さずに壊滅させた正体不明の存在も確認されている。

 …ミラムーンも軌道エレベーター付近に部隊を展開している…といった情報も流れているし、はっきり言ってここ以上に混迷した状況に陥っているようだ。

 アイリス達はこんな状況にある地域へと派遣されようとしているのである。
 おそらく命令にある「治安維持」とは『自棄になった…もしくは血気盛んに行動する一部のヴァリム兵を抑え、同時に正体不明の存在およびアルサレアとミラムーンの動きを調査・牽制せよ』という意味なのだろう…かなり大変な任務であるのは、容易に想像できる。
 そして、一度こんな任務を任されたら、当面は自由に動ける事はないだろう…まして私的な理由で機体を使える機会もないであろう事も。

 赤の小隊各員の機体修理が応急的なものに留まっているという問題に関しても、現地に補給物資と整備士を送るとの事で、現状では長時間戦闘に耐えられるか…という懸念に関しても問題ないらしい。

 そういった内容を端的に説明したアイリスは、最後にもう一回仕合は出来そうにない事を謝ると、格納庫を出て行ったのだった。

 

 昼過ぎに行なわれたこの光景をつい先程の事の様に思い出しながら、機体修理を行なうジーク。
 …その手つきは意外にも手馴れたもので、半田ごてとペンチを使って焼損した配線のバイパス作業を行なっている。
 思えば、かつてシリウスに率いられていた頃から補給物資に乏しかっただろうし、一人で戦うようになってからも機体特性上応急的にでも修理しないと指一本動かせない状況まで損傷した事もあっただろうから、ある程度は機体整備や補修の知識があるのだろう?

 しかし、もう旧式機体と言えるヌエやヤシャと、最新鋭機のキシンではかなり勝手が違う。
 同じメーカーであるなら規格に大きな仕様変更はないと思うだろうが、同じ機種でも生産開始直後としばらく経った後では技術改革や進展により性能や部品仕様が大きく異なる場合もあるからだ。
 まして同メーカー品でも年代どころか機種も違えば、大まかな所では同じでも、細かい所は大きく異なり、専門知識の乏しいものから見れば何がどう違うのかすら判らないほど複雑化しているはずである。

「………?」

 彼もどうやら機体整備知識はそれほど詳しくないらしく、次第にマニュアルを見ながらの作業が増えていき…より作業が困難化するにつれ、疲れてきたのか頭を振ったり小突いたりする回数が増えてきた。

 ……そしてさらに時間が経つと、マニュアルに突っ伏すように眠ってしまったジークであった。
 これは知識の無い事や興味が薄い事を無理矢理覚えようとして、頭が付いて行かないことも原因に含まれるだろうが、むしろ戦闘での疲労とここ数日あまり寝れなかった事が最大の原因であろう……。





 

 ………翌朝………


 昨日の夜遅くに修理を終えていたホライゾンが二機のPFを従えて基地内の滑走路を歩いていた。

「コンディション、最終確認」
『『了解』』

 アイリスの言葉に、ゼノンとライナスが応答する。

(…駆動系…クリア、火器管制…クリア、…システムチェック…クリア……)

 コンソールを操作し、システムモニターで各項目を確認していくアイリス達……

「…各システム、問題なし」
『同じく、問題なし』
『こちらも問題ありません』

 二人からの応答を確認すると、アイリスはコンソールを横に退け、操縦桿を握る。

「出発します」
『『了解』』

 そして、基地の外に向かってゆっくりと歩き出す。
 その途中、アイリスはチラリと格納庫の方角に視線を送る。

 その格納庫の一角にはジークのキシンカスタムが係留されているが、まだ整備や補修は終わっておらず、動き出すような気配は全く無かった。

 それを一瞬だけ確認したアイリスは視線を元に戻すと、基地からガイドゥムラ平原へ向けて出発する。

 

 ……1時間ほど経過……


『本当にあのまま出てよかったんですかね? …まだ基地は十分な迎撃体制整えてないみたいだったし……』
『上からの命令じゃ、仕方ないだろ…滅多な事でも連絡すらよこさない上官の命令、でもな』
『……そういえば、僕…まだ顔も見た事ないですね…着任の時も音声回線での挨拶だったし…?』

 赤の小隊はアイリスが指揮権を有しているが、一応部隊長と呼べる上官が存在する。

『俺も見た事ないよ、第一名前だって本当かどうか怪しいもんだ……』

 ただし、その上官はゼノンやライナスは顔すら見た事が無く、隊長であるアイリスですら顔と名前くらいしか教えられてないらしい。
 なんでも、この上官は軍独自の開発に大きく関わっている事から、何度も拉致・暗殺されかかったらしく、表舞台はおろか裏舞台からも姿を隠しているとかいないとか…?

「…二人とも、上官批評なら後にして」

 そんな二人に、今朝からどうにも暗かったアイリスではあったが、やはり私情と任務は別問題らしい。何事も無かったような口調で注意する。

『了解……ん…レーダーに反応?』
『え!? …敵…!?』
『落ち着け、反応よく見ろ……!』
『…あ、すいません……味方…でも一機で何を…?』
『……確かに出迎えにしては変な場所だし…どう思う?』

 ゼノンの問いかけにしばらく考えるアイリス……。
 確かに状況を考えれば、アルサレアやミラムーンが偵察の為に鹵獲機体を使用している可能性も捨てきれない。

「…接近してみましょう…武器のセーフティは解除、いつでも全力機動できるように準備」
『『了解』』

 武器の安全装置解除を確認すると、問題の機体に近付くアイリス達。
 近付くにつれて、機体のシルエットが徐々に明確になってきた…?

『な……!』
『……黒い…キシン……って、まさか!?』
「………オニ……?」


 彼女達の前に現れたそのPFは…要塞戦で大破したはずのグリュウ大尉専用機体……オニだった……。











 

 ………第5話に続く………



 



 あとがき

 …随分久しぶりにこの場にいる事を恥ずかしく思いつつ、なんとか4話を仕上げました。
 本当の所は4話で終わらせるつもりだったんですけどねぇ(汗)
 この話では、いままで活躍どころか登場すらしなかった(出来なかった)人物があちこちに出ている関係上、少々あいまいな表現が多々ありますが…その辺は皆さんの想像力と発想力を駆使して、あれこれ考えてくださいね(滝汗)




 

 キャラ紹介

 サクヤ=ムラサメ(村雨 咲耶)
 ヴァリム軍所属の兵士で年齢22歳前後、階級は聖暦20年当時では中尉。
 シリウス、ジークと同門であり、女性ながら凄まじい実力の持ち主でジークはおろか、シリウスでさえも彼女には歯が立たなかった。
 その力は単純な戦闘力に留まらず、ただひたすらに強くなる事を望んだシリウス、そして友との約束と夢の為に強くなる事を望んだジークと違い、彼女は守る為の強さを望み、その為に自己研鑽をしている、精神的にも非常に強い女性。
 シリウスが戦死する以前から奪われる事の悲しみと奪う事の虚しさを知っているらしく、そのせいか無益な戦いや無用な殺傷を好まず、原則的に不殺主義である。
 その為しばしば上官と衝突する事もあるが、決して己の信念を曲げる事はないので、上からの受けは非常に悪く、一時期本気で暗殺されかかった事もあるとか…?
 そのせいなのだろうが、中尉でありながらいまだ小隊長であり、主な任務は辺境警備が多い。
 隊長としての能力は小隊長が役不足であるほどの資質と慧眼、指揮能力に加え、PF戦闘でも稲妻の如き鋭く激しい動きに、機械のような冷静さと精密さを兼備えているが、前述したとおり前線で活躍する機会は無く、あまりその強さは有名ではない。
 しかし、彼女の強さを知っている一部の者からは、稲妻を動物に例えた言葉「蒼狼」に、二刀流(双剣)で戦う事をかけて「蒼剣のサクヤ」の異名で呼ばれている。
 機体カラーは黒を基調とし、一部蒼を使用。その為か「青の小隊長」という異名も持っているというが……?

 なお、シリウスとジークが不殺主義なのは、彼女によるところが大きいらしく、彼女はシリウスやジークとは違い二刀流の使い手である。
 もっとも覇王天剣流は元々一刀流と二刀流両方が存在するので一刀でもその実力は変わらないのだが。

 

 クローディア=インフェルナス
 ヴァリム軍所属で中佐、22歳の女性で、現在龍将直轄部隊の副官をしている。
 沈着冷静な性格ではあるが、内に秘めたものは熱い激情家で、若くして中佐となっただけはあり、その能力は指揮・戦闘共にずば抜けている。
 元々はジャポネクル社の専属テストパイロットだったが、その特異とも言える能力を買われて軍属になったので、ヴァリムでPFが研究され始めた頃から機体に触れている事もあり、PFに関する知識や機体設計技術もベテラン整備士ですら舌を巻く実力の持ち主でもある。
 
 彼女が有名になったのはジャポネクルでテストパイロットをしていた頃だったが、そんな事情を知るはずもないアルサレア軍からはそのプロ顔負けの圧倒的実力と機体カラー、容赦のない攻撃から「緋色の死神」という異名で恐れられていた。
 後に軍属になり…諜報部や情報部で活躍、その後龍将の配下になったので、前線に出る機会は少なくなったが、その腕前は変わっていないらしい。
 パーソナルカラーは異名が示すとおり緋色(夕焼けの色)である。
 もっとも、テストパイロット時代に「手っ取り早く動作試験を行なう為に、敵に発見されやすく目立つ色」という理由から使っていただけであり、機体の色に拘りは無いとの事である…が、特に変更する理由も無いのでそのまま使っているらしい。

<参考説明:クローディアが軍に入隊するまで>
 当時…聖歴21年頃、ジャポネクル社でシンザンの基本設計が行なわれていた頃である。
 その時ヴァリム…ジャポネクルではヌエ、ヤシャに続く新機体の開発を急速に迫られていた。
 それは軍からのテコ入れはもちろんだが、PF開発で一歩後れを取っていたはずのライバル社、ゾックス=アインハルトがロキを開発し、あまつ軍に採用された事で企業競争がより過熱したのが原因でもある。

 そんな経緯もあったのか、ジャポネクルはシンザンのプロトタイプを完成し、手っ取り早く動作試験を行なう為に戦場に送り出すという賭けに出た。
 これまでにもヌエ、ヤシャのプロトタイプでも同じ事をしていたので、今回もそれに習っただけなのかもしれないが、この時節ではアルサレアもJキャノン、グラップラーなども実戦投入されており、ヌエなどの時に比べればリスクは格段に上がっていたと言えるだろう。
 そしてそのテストパイロットに選ばれたのが、歴代のプロトタイプでも実戦テストに参加していたクローディアだったのである。
 その実績や前評判どおり、クローディアはプロトシンザンでも開発スタッフ及び視察に来ていた軍関係者の期待に答え、予想以上の戦果を出した事でシンザンは採用され、その結果に着目した軍は彼女の能力テストを実施、その結果と今までの戦果を評価し士官学校卒業の兵士と同じ扱いで軍に誘われ、少尉からスタートしたらしい。


 余談だが、シンザンのテスト最終日…軍関係者立会いで実戦テストを行なっていた最中、実はシンザンのソフト面で致命的欠陥が発見されたのだが、クローディアは「いい結果を出せ」と上から言われていたのでそのまま続行、欠陥を誤魔化し試験を終了させている。
 後に彼女が軍に引き抜かれ、シンザンも即座に生産体勢に入るよう軍から要請(命令)が来たのだが、ソフト面での欠陥が納期期日まで修復不可な雰囲気だった為「より完成度の高い機体に仕上げる為」と言い訳し納期延長を嘆願したが却下……やむを得ず局地戦機体開発やソフト面でジャポネクルを一歩リードしていたゾックス=アインハルトに調整を依頼するという…皮肉な結果になったという……?
(さらに余談だが、双子の悪魔が乗っていたシンザンは、ジャポネクルからゾックス=アインハルトに調整用として提供された機体を改修したものであり、同社と親交深かったと思われるフォルセア(ギルゲフ)を介して、キサラギ姉妹に渡された…ものと思われる)


 

 その他設定

 インナーボックスとは
 宇宙用PF(J2)で使用されている主な内部パーツを整理統合するための装置。
 各国家・企業間での機密や柵という理由もあったのか、PFパーツには制御用ソフトを含め、統一規格というものが存在していない場合が多い(戦争中で交流や流通が極端に少なかったアルサレアとヴァリム間では特にそういうことが多い)
 したがって、規格の異なるパーツを使用しての接続・調整には、その作業に従事した整備士、設計技師のセンス・技術による所が大きく、それはカスタマイズをより困難とさせていた。
 それを考慮して開発されたのがインナーBOXであり、各パーツ同士を仲立ちし、ジョイントやシステムの共用・適正化を図ることでコンピューターに与える負荷を軽減し、視覚的にもシステム的にも統制の取れた「認識しやすい」状態にするための装置である。
(ソフト的にはウィンドウズのような存在とも言え、ハード的にはあらゆるメディア媒体に対応したマルチメディアプレイヤーのような存在だと言えるだろう。そして組み立てで見られる「枠」は同時制御・監視できる許容量を視覚化したものと考えられる)

 インナーBOXの採用により、宇宙では整備員の負担は減り作業効率も向上した為、その後地上用の最新鋭機にも試験的に使用されている事が多くなった。
 それは「無の境地+防御無属性」など、今までは複雑な計算と調整を必要とした補正を簡単に出来るよう「BURMシステムの簡略化」が可能となった点も、インナーBOXが採用される理由かもしれない。

 ただし、一部の整備士や設計技師には「強いのは良いが、面白みに欠ける」と不評である。

 

 第2ギラ・ドゥロ補給基地
 アルサレアに破壊されたギラ・ドゥロ補給基地に代わり、新たに建設された基地の呼称。
 旧ギラ・ドゥロ補給基地からほぼ真東の川沿い、ガイドゥムラ平原に隣接する地域に建設された。
 今回の補給基地は軍事的目的よりも、ガイドゥムラ平原に整備中の巨大食料プラントや占領した地域、辺境から送られてくる食料をヴァリム本国の主要都市に送る輸送機の中継基地としての意味合いが強く、非戦闘員や食料プラント関係者が多く生活している。

 ※これらの設定はこの作品独自の設定です。公式な設定ではありません。



 


 管理人より

 ヨニカさんより第4話をご投稿頂きました!!

 これは……なるほど、そういう事でしたか(謎)

 最後のオニは……もしや?
 


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