※この小説には、PS2ゲーム「機甲兵団J−PHOENIX」および「BT」および「コバルト小隊編」および
 「J−2」にはありえない、科学的にも無茶苦茶なオリジナルの設定が数多く用いられています。
 詳しくは、後述の用語(誤)集をお読みください
 先にそっちを読んでもOKですが、できればこのまま読み進めて、用語(誤)集を読んだ上で、
 もう一度読み返していただければ、筆者としては非常に嬉しいです
 しかも、上記に加えてこの辺りから筆者の空想(妄想)の部分が多くなってきます
 ぶっちゃけた話、嘘っぱち設定の嵐です。オフィシャル糞喰らえの展開を間違いなく突き進みます
 その点に関しては、間違いなく物言いがつくとは思いますが、ゴールの見え始めた話です
 せめて、終点に辿り着くまでは、できれば批判は無しで、お付き合いください
 ご理解をよろしくお願いします

 以上を踏まえた上で、どうぞ、お楽しみください










「おのれ、ギルゲフめ・・・・・忌々しい!」



 執務机を拳で叩き、彼は憤怒も露わにそう怒鳴った

 その傍らでは、見上げるような巨漢が控えている



「アルサレア勢力はメイモンデット島を制圧、ここ、リベル諸島域を西面・南面より包囲しつつあります」

「援軍の要請はどうなった」



 先程の怒声とは打って変わって抑揚を欠いた、押し殺した口調の質問に、大男の語調が僅かに乱れた



「本土へ戻らせた戦力の数分の一ではありますが、“暁闇”小隊他、5個小隊の援軍が到着予定であります」

「“暁闇”・・・・・グリュウ・アインソードの隊か」

「はっ」

「・・・・・下らん。最早、“英雄”などに戦の趨勢を決められるのは・・・・・
 おっと、そう言えばバール。お前も大層な異名で呼ばれているのであったな。“ヴァリムの猛牛”」

「・・・・・」

「残存戦力の全てを率いてアルサレアのリベル本島侵攻を阻止せよ。
 アレが、“素戔嗚(すさのお)”が完成すれば、アルサレアを屠るなど造作も無い。全力を尽くせ。良いな」

「・・・・・はっ!」












機甲兵団・J−PHOENIX 〜コバルト小隊編〜

Area:08 リベル諸島・西方面 − 絡み付く魂の縛鎖












 

「たっだいまー!!!!!」



 オペレータールームに、これでもかと言うほど響き渡ったその大声に、クランは思わずコンソールに突っ伏した

 言うのも馬鹿馬鹿しいが、念の為に言っておけば、オペレータールームの入り口で、しゅたっと手を挙げて満面の笑顔を浮かべ、

 脳天まで突き抜けるような目一杯明るい声で帰宅の挨拶をしたのは、シュキ・オールティー伍長である



「あれ?どしたのクラン?」

「・・・・・はぁ、何でもないわ。おかえりなさい。シュキ」



 溜息を一つついて、挨拶を返す

 隣に座りながら、サーリットンでの武勇伝をつらつらと喋りまくる少女の存在がひどく懐かしく思える

 期間にして10日程度の孤独だったが、その間の鬱々とした空気を、シュキは一瞬にして塗り替えてしまった



(私には、真似ができないわね・・・・・この娘の強さは)



 彼女の話に、実に嬉しそうに投げやりな相槌を返しながら、クランはそんなことを考えていた

 もっとも、クランがいきなりシュキのような性格になったら、コバルト小隊の面々は間違いなく発狂するだろう

 シュキにはシュキの強さがある。クランにはクランの強さがある。きっとその事に、彼女は気付けていない





 サーリットン戦線の奪還作戦が成功し、コバルト小隊から遠征に向かっていたシオン、キース、アイリ、シュキの四人だが、

 キースとアイリはグレンリーダーを隊長とする、再編されたグレン小隊に編入されていた。サリア、セイバーの二人も同じく

 グレン小隊はリベル諸島の南方面から侵攻する手筈になっている

 一方、コバルトリーダーことシオンは、大破したインペリアルの代替機を受け取る為に、単身宇宙へ、シードラボへ向かっている

 こうしてコバルト小隊に戻って来たのはシュキと、マコトとチェンナ率いるフライト小隊の部下数十名である

 キースとアイリと、彼らの率いていた特務小隊員数名の抜けた穴は、ばっちりカバーされる形だ

 そして、メイモンデット島基地に居を構えていたコバルト小隊も、ついにリベル諸島西方面へ向かうことになっていた















<格納庫>



「よし、それじゃ、今日からみんなと一緒に勉強することになった転校生を紹介するぞ」



 わざわざ格納庫まで持ち込んできたらしい、キャスター付きのホワイトボードを背にして彼

 オスコット・リースボン伍長はうんざり顔の同僚達を実に楽しそうに見回して、

 ホワイトボードに極太マジックで、きゅ、きゅっと名前を書いていく



「マコト・フライト中尉と、チェンナ・マーロウ少尉だ」



 「まこと・ふらいと」「ちぇんな・まーろう」、と書かれたホワイトボードを掌で叩き、この様に述べた

 以前も交わしたやり取りに、ムラキは愛想でも笑うべきかオスコットを窘めるべきかを本気で悩んでおり、

 ランブルは常の仏頂面を崩さない。ジータは困ったような愛想笑いを浮かべており、ギブソンは慣れているのか平然とした物だ

 リンナが陰を背負っているように見えるのはシオンが居ないからだろう

 その後、手首に巻かれた不器用なテーピングを直して貰う約束を取り付け、あっけなく元気を取り戻したように見えていたが、

 どうやら思慕が募る一方らしい。困った物だ



 そして、紹介を受けたマコトとチェンナがびしっと敬礼を



 ・・・・・・したのはチェンナだけだった



 マコトはちんちくりんな体躯を目一杯反らせて、立てた親指で自分を示し、自己紹介を次のように述べた



「俺ッチがマコト・フライト中尉さ!!皆々様は気安く、且つフレンドリーにマコピーって呼んでくんな!!」



 いつぞやの如く、取り返しのつかない沈黙が格納庫を支配した

 整備班の連中までが凍り付いたように動きを止めており、自動で動く機械類の作動音が、やけに空々しく響く

 そんな凍り付いたような空間を意にも介さず、オスコットは飄々と言葉を紡ぐ



「はいはい、よろしくな坊主。じゃ、次行ってみようか」

「ぼ、坊主!?おっちゃん今あたしのこと坊主って言った!!!?」



 小さい、とか、幼い、呼ばわりされることには慣れているマコトだが、この思わぬ男の子疑惑には耐性がなかったらしい

 子犬の様な勢いで吠え立て、オスコットに食ってかかるが彼の方は涼しい顔だ



「あ?・・・・・あぁ、坊主じゃなかったのか?」

「は、花も恥じらう乙女に向かって何たる侮辱!!何たる言い草!!!」

「あぁ、悪ぃ悪ぃ。えーと、じゃぁ、何て呼ぶかな・・・・・
 お嬢(リンナ)、は居るし、嬢ちゃん(シュキ)、も駄目だな・・・・・ま、良いだろ坊主(マコト)で」

「坊主って言うなぁっ!!」



 これでもオスコットは精一杯真剣に考えたのだ。ということを明記しておきたい

 だが、両手をぶんぶか振り回して抗議する姿は、間違いなく“坊主”と形容されるに相応しい姿であった。と述べておこう

 そんな風にマコトが言い負かされる姿が珍しくておかしいのか、チェンナは常に無い笑顔で、笑いを堪えながら敬礼した



「マコトいい加減になさい・・・・・ぷっ」

「ちぇんなまでわらわなくてもいいでしょぉっ!!!!」

「ごほむ・・・・・失礼しました。チェンナ・マーロウ少尉であります。
 編入前はマコトの副官を務めていました。よろしくお願いします」



 その姿に、誰もが思ったことをやはりというか、オスコットが口にした



「副官?隊長の間違いじゃないの?」



 憤慨極まるマコトを後目に、チェンナはオスコットの言葉に首を振った



「いいえ。パイロットとしての経歴は私の方が長いですが・・・・・
 部隊運用に関しては、この子には到底及びません」

「あ、そういえば、兵団の最年少小隊長って・・・・・」

「うん。それ、あたしあたし」



 リンナの呟きにマコトがはしゃぎながら応える

 機嫌の移り変わりの速さは、年相応の少女のそれだ

 そんなこんなで賑やかに談笑する一同を、離れたところから眺めているのは、スカーフェイスを顰めているランブル

 それに未だにオスコットのノリについていけない困り顔のムラキである



「・・・・・ムラキ。どう思う」



 ランブルの呟きに、妙に驚いた表情のムラキが振り返る

 どこか、驚愕に引きつったムラキがランブルを見たり、マコトとチェンナの方を見たり、

 しきりに二人を見比べた挙げ句、彼はこのように述べた



「あぁ。美人だな」



 ランブルは煙草の煙に思いっきりむせた

 ひとしきり咳き込んだ挙げ句、殺気の混じった視線でムラキを睨み、押し殺した口調で彼に言う



「・・・・・何の事を言っている・・・・・」

「・・・・・?・・・・・いや、どう思う。と聞いただろう」

「そうではない・・・・・全く、お前と言い伍長と言い大尉と言い・・・・・」



 やってられん、とばかりに盛大に紫煙を吐き出すランブルに、ムラキはわざとらしくごつい肩をすくめていた

 どうやら先程の発言はわざとだったらしい

 ランブルは胸中の疑念をもう一度、明確に口にした



「あの二人、使えるのか?」

「あぁ、フライト小隊の事は聞いたことがないか?」

「・・・・・実力以外の話なら、な」



 マコト・フライト中尉が率いたフライト小隊は、結構有名な小隊だった

 グレン小隊の様な、華々しい戦果こそ挙げてはいないものの、兵団で最年少の小隊長が率いた隊、というだけで、

 十分に語り草には成り得たし、何より彼女の指揮能力の高さとセオリーに囚われない柔軟さから、幾つかの作戦を見事にこなしている

 “フライト小隊”の名はそれなりに異彩を放つ名前であった

 だが残念なことに、ランブルが言ったように「歴代最年少の小隊長が率いる小隊」という名声の方が知れ渡られており、

 何処か、“客寄せ”的な見方が定着してしまっているのも事実なのだ



「理詰めで部隊運用をやらせたら、間違い無く、うちの誰にも負けないだろうな」

「ほぅ・・・・・お前よりもか?ムラキ」

「あぁ、俺よりも、シオンよりも上だろうな」



 冗談のつもりだったのだが、あっさり首肯する同僚に、ランブルはくわえていた煙草を落としそうになった

 ムラキ・オニキス少尉がコバルト小隊の臨時隊長を任されているのは伊達ではない。シオンだって勿論そうだ

 年の分だけ、踏んだ場数は遙かに多いが、そんな彼でも適わない。と言うのだから



「だが俺達は盤上の駒じゃない。理詰めで戦争ができると信じているのは上層部の馬鹿共だけじゃないのか?」

「それが、なぁ・・・・・」



 厳つい顎を撫でながら、ムラキはオスコットをぽかぽか叩いているマコトの姿を見て苦笑しながらこう言った



「そうでも、無いんだよ。あのフライト中尉は。何と言うかな、視野の広さと読みの深さが半端じゃないんだ」



 手放しに褒めるムラキだが、彼はマコトの指揮官にあるまじき沸点の低さを失念していることを明記しておこう



「なるほど・・・・・しかし、そうなると、あの娘は確実に並以上の逸材。という事になる」

「・・・・・あぁ」



 ランブルの口にした言葉の意図が読めず、ムラキは曖昧に相槌を返すが、

 次に彼の口にした言葉に、彼は盛大に吹き出す羽目になった



「何故、マクドガル中尉がコバルト小隊の隊長に選ばれたのだろうな」

「ぶっ」



 暗にシオンが並程度なのではないかと言っているのである

 丁度、持ち上げていたマグカップを取り落とすところだった

 幸いにも、カップに並々と注がれていたコーヒーを零すことにはならずに済んだし、口には少ししか入れていなかった

 口の端から落ちる褐色の液体をぐいと拭って、ムラキは呻くように懇願する



「ラ、ランブル。それだけは、言ってやるな」

「何故だ」

「あいつは、結構気にしているんだ。自分の立場とかは」

「・・・・・だろうな」



 ムラキはコーヒーを啜り、ランブルは紫煙を吐き出した

 マコトの必殺大車輪パンチを喰らったオスコットが大袈裟に痛がっている

 その姿をギブソンがからかい、チェンナとリンナの笑い声が響き渡る

 それがどこか、自分達にはひどく遠い光景の様に、青年、というにはそろそろ微妙な男二人には思えた

 平和そうな光景。だが、ここは軍の施設で、彼らは全員が軍属。しかもここは最前線に近いのに

 笑声が弾ける油臭い格納庫で、二人はひどく複雑な顔をしていた・・・・・不意にムラキがランブルに問う



「お前は、シオンの指揮下では不満なのか?」



 スカーフェイスが横目で彼を見やった

 タバコを指に挟んで紫煙を吹き出し、何か言葉を口にするように見せてかけて、彼はもう一度タバコを唇に戻した

 一息大きく吸い込み、吐き出すまでの間に考えを整理し、彼は自分の思うところをこのように述べた



「・・・・・良くやっていると思う。部隊をうまく使っているし管理も行き通っている。及第点は十分押さえているだろう」

「そう思っているなら、あいつに言ってやれよ」

「断る」

「何で?」



 ふてくされたように、ランブルはそっぽを向いて吐き捨てるように言葉を紡いだ

 まるで、シオンを褒めたことを認めたくなかったかのように。どこか言い訳じみた口調で



「甘やかしては為にならん」

「なんだそりゃ」

「うるさいぞ、ムラキ。いつまで笑っている」



 本当にふてくされたのであろう。眉間の皺が深くなりつつあるが、そんな様子もムラキには照れ隠しのようにしか見えない

 何だかんだとやっかみつつも、ランブルはシオンの事を認めているのだろう。認めている、ということを認めたくないだけで

 ひとしきり、ムラキはそんな“狂犬”と呼ばれる同僚をネタに笑って、不意に表情を引き締めた



「あいつ自身、そんなに気が付いていないんだろうけどな。
 あいつが所属した隊は、一つだけ、飛び抜けて優秀になる部分があるんだ。気付いてていたか?」

「ほぅ?何だそれは?」



 眉を上げるランブルに、ムラキはそれを口にした

 ランブルとは対局に位置する、シオンの特殊能力を



「生還率が、な。ほぼ100%近くなっているんだよ。作戦遂行率は並なんだが。
 実際、これまでの作戦で、コバルト小隊と共同戦線を張った部隊の戦死者は今のところ一桁に留まっている。
 あいつが現場で指揮した部隊に至っては戦死者ゼロだ」



 その言葉に、ランブルは盛大に眉を顰めた

 だが、ムラキの言葉は間違いではないが正しくもない

 “Gエリアでの戦死者”は確かに一桁に留まっているが、それはセストニア氷原戦で双子に撃破された斥候部隊の人員だけなのだ

 “非戦闘員を含むGエリアでの戦死者”は、ハデスズ・ボイスで吹き飛ばされたバルメッタ島の島民、ポルタエーレイの乗務員

 コバルト小隊が関わったGエリアを除く戦闘、先のサーリットン戦線での戦闘では、

 シオンは現場指揮官としてアームド・メガバスター隊を指揮しており、その際に十数名の戦死者を一度に出している



 だが、踏み越えてきた屍の数など、ランブルとシオンでは天と地ほどの開きがある



(・・・・・俺とは正反対だな)



 “狂犬”とまで蔑まれ、任務の達成と己の生存を至上とした自分とは、シオン・マクドガルはあまりにかけ離れていた

 PFの脱出装備が如何に高性能とは言っても、予期せぬ故障や破損の所為でポッドが作動しない可能性は、十分にあり得る

 例えば、ラクメレルト諸島戦で海に落ちたリンナ機:ペルフェクシオンの様に特殊な状況も有り得る

 オスコット機:ゲイボルグが装備しているバスターランチャーなんかの直撃を喰らえば、脱出どころかポッドが持たない

 戦争である以上死は常に側に佇んでいる、そうした事は当たり前だ。その筈だ



 なのに、シオンの所属した隊だけは、生還率がほとんど100%近い数値になっていたのだという



「なぁ、あいつは見ていて、危なっかしいだろ?」

「あぁ」



 どこか愉しげに言うムラキ。それには、ランブルも同じ意見だ

 もっとも彼に言わせれば、シオンのスタイルは“危なっかしい”どころではない

 シオンが“死にたがり”なのではないか。とさえ思える場面がある程だ

 彼は、時に愚かしく思えるほどに、仲間を、他人の命を大切にする



 例えば、今はハデスズ・ボイスによって消滅したバルメッタ島で、彼は捨て身でジータの必殺を導いた

 例えば、ラクメレルト諸島ではサーディン機に吹き飛ばされたリンナを、彼は後先も考えず助けて見せた

 例えば、セストニア氷原での集団戦。彼は己を囮にして敵の注意を引きつけ、支援攻撃の効率を高めていた

 ゴスティール山脈での戦闘に至っては、敵の指揮官とその家族を助けるために彼は身を投げ出した



 眉間に深く皺を刻んだ同僚の横顔に、ムラキは茶化すように声を掛けた



「自分とは正反対、とか考えているだろう」

「まぁ、な」



 任務の達成と己の生還だけを至上とするランブルとは、確かに正反対に映る

 作戦の成功と己の生存を至上とし、その為ならば卑怯卑劣も犠牲も厭わぬ、“任務の犬”と呼ばれる自分と、

 部隊全員の生存を最優先し、その為ならば任務達成率を落としさえもするシオンのスタイルは、確かに字面こそ正反対だ



 ムラキが、押し殺した口調でランブルに言う。低く静かに、彼にだけに聞こえる程度の声量で



「お前はいつまで任務の犬でいるつもりだ」

「・・・・・。」



 ぴくり、タバコの先端が僅かに揺らいだ

 何を言われたのか、真っ赤っかになってリンナが反論し、その姿にマコトがケタケタ笑っている

 チェンナが至極冷静な顔で核心を指摘。耳の裏までリンナは真っ赤になってしまった

 オスコットとギブソンの合いの手に、笑声が更に広がってゆく

 そんな中で、ムラキとランブルは、帯電するような緊張感を放っている

 静かに紫煙を吹き出して、ランブルもまた、ムラキのように押し殺した口調で聞き返した



「・・・・・何が言いたい。ムラキ」

「“狼”に戻れ」



 その一言に、ランブルの視線は一気に剣呑さを増した

 だが、ムラキはそれに気付かないのか。気付いていても気にしていないのか。構わず言葉を続ける



「昔のお前に、“狼”と呼ばれていた頃のお前に戻れ。あいつが居ない今、それが必要なんだ」

「指揮官はお前だ。マクドガル中尉の代役はお前だろうが。ムラキ・オニキス」



 吐き捨てるランブルは、付き合ってられん。とでも言うように背を向けた

 その背中に、投げつけるように同僚は言う



「あいつに、二の轍を踏ませない為に・・・・・頼む」



 その一言に、ランブルの挙動が微かに乱れた

 だが、それも一瞬のこと

 次の瞬間には大股に足を動かして格納庫を横切っている



 ただひどく、顔の傷跡が疼いていた



















<翌日:メイモンデット島:アルサレア拠点>



「それでは、作戦部から提出されたプランについて、説明します」



 オペレータールームに雁首揃えた一同は、クランの言葉に正面主モニターに目を向けた

 モニターには、これから侵攻するリベル諸島西方面の俯瞰図が3D映像で映し出されている



「これが、リベル諸島西方面の地図と、ヴァリム軍拠点の所在図です」



 地図に、紅い光点がぽつぽつと描かれた



「コバルト小隊は、西岸の拠点を目指して侵攻を開始。機体の輸送はホバークラフトで、軽・中量級が先行、一次交戦。
 砲戦仕様の重量級はホバークラフトのまま、海上からの超長距離支援砲撃を受け持っていただきます。
 その後は、各自連携しつつ制圧を進めよ。と」

「基本的には、数に任せちまって、片端からで良いんだな?」



 あまりに単純に要点を掻い摘んだオスコットの言葉に、クランは苦笑を浮かべてしまった

 その通りだからだ

 作戦、と言うほどの作戦など、今回の制圧任務には無い

 だが・・・・・



「そうですね・・・・・ですが、注意すべき点が幾つか」



 書類を何枚か捲り、クランは顔を上げる

 眼鏡の向こうにある鳶色の眼差しには、不安の色が渦巻いていた



「この地図に映っているリベル諸島の地形ですが・・・・・実はこれは、大半が海なのです」

「・・・・・へっ?」



 間抜けな相槌を返したのはマコトだ

 対照的に、彼女の副官であったチェンナは、頷きながら正解を口にしている



「凍った海面の上が、戦場になると言うのね?クラン」

「えぇ」



 そのやり取りに、リンナは思わず顔を歪めた

 PFが水没した瞬間の恐怖は、未だに彼女の心から消えてはいない

 射出ポッドも機密機構も死んだコクピットの中で、流れ込む海水に為す術もなく死を覚悟した瞬間は、彼女の心に傷跡を残している



「厚さが10数mはある氷の大地ですが、所詮氷は氷です。熱や衝撃で容易く崩壊する部分もあるでしょう。
 地盤の崩壊やクレバスへの転落など、周辺の状況に注意を払って行動してください」

「じゃぁ、それを利用するのはどうですか?敵の拠点も、地盤の氷を砕けば・・・・・」

「残念ながら、それは無理」



 ジータの言葉に首を振り、クランは説明を続ける



「敵の拠点がある地点の、氷の岩盤は・・・・・氷の岩盤、というのも変ね。厚さが30mを越えている地点ばかりなのよ。
 流石に、これを一気に砕くことができるほどの装備は無いわ。
 逆に、海底火山でもあるのかどうかはわからないけど、ここ、リベル諸島域では地震が頻発しています。
 氷原への影響はさほど無いでしょうけど、薄い部分は、いつ、何が起こるかわからない。警戒だけは怠らないでください」

「むむ、流石に簡単にはいかんのぅ」



 ジータと同じ事を考えていたのだろうか

 ギブソンも太い首を捻っている



「何にせよ。ここまで来て小細工は無し、か」



 ムラキの言葉に、全員が頷いた

 調査によると、リベル諸島に駐留している戦力は、占領地域を手放してまで集めた総力なのだ

 Gエリアの残存勢力を掻き集めて、一個師団にまでは僅かに届かない程度に膨れあがっているという

 そんな勢力の相手は、最早小隊規模の戦力でどうこうできるレベルではない

 だから、本土からも精鋭部隊を送り込み、総力戦で一気に片を付けるつもりなのだろう

 弱い戦力を逐次援軍として投入させるほど、ダグオン・ゲーニッツ作戦部長は無能では無い模様だ



「本作戦の発動予定時刻は明朝06:00より日の出と同時に南方面軍が侵攻を開始。
 その3時間後、私達西方面軍が侵攻を開始します」

「3時間かぁ・・・・・誰の作戦かは知らないけど、良い線ついてるね」



 感心したように呟くマコトに、誰もが怪訝な顔をした

 何故って、今まで(チェンナを除く)誰もが、マコトの事を、「史上最年少で中尉階級に就いた部隊運用理論のエキスパート」とは、

 これっぽっちも思っていなかったからである

 マコトはわざとらしく溜息をついて肩を竦め、居並ぶ一同に解説を始めた



「この3時間。っていう数値は良い線だと思うよ。
 地形や敵基地。敵の規模・構成がいまいち不明なのがネックだけど、敵の迎撃部隊や援軍がぎりぎりまで引きつけられるラインだよ。
 先に進むのがグレン小隊って言うのも、相手の指揮官をかなり揺さぶれると思う。
 援軍が出てちょっと移動した後にあたしたちが仕掛けれれば最高だね。相手が浮き足立っちゃえば、数の優劣なんて目じゃないよ」

「成る程、要はディレイと陽動を部隊規模で受け持っている様なものか」

「そういうこと。あたしに言わせりゃ時間差は2時間40分くらいだと思うけどね」

「へぇ、やるじゃねぇか坊主」

「だーっ!!だから坊主って言うなぁっ!!!」



 一同の眼差しに浮かんでいた“感心”の光が、騒ぎ立てるその姿に、あっという間に消え去った

 だが、彼女の断言が与えた安心感は大きい。先程よりも重圧が失せているように思えるから不思議な物だ

 その程良い緊張の緩みを引き締めるように、クランが声を張った



「もう一つ。兵団本部より最重要任務を命じられています」

「最重要任務、ってのは穏やかじゃないな。一体どんなだ?」



 オスコットの言葉に同意するように、ランブルは特に、一同は顔を顰めていた

 最重要任務、という言葉はそうそう耳にする単語ではないが、兵士からすれば決して聞きたくない単語の一つである

 “何としても”なんぞと簡単に言われたくはない。しかも最重要指定された任務は、“死んでも”果たさなくてはならないレベルだ

 その任務の内容を、クランは口にした



「敵軍総司令官:ベリウム・ヴァレリウスの確保です」



 誰も、あえてジータの顔は見なかった



「今回の協定違反とGエリアへの占領行為・・・・・ベリウム・ヴァレリウスの身柄の確保は、
 ヴァリムとの外交戦略において有効なカードとなる。それが理由だそうです」

「下らんな」



 ランブルが吐き捨てた

 だが、他の誰もが同じような顔付きになっている

 敵の総司令官の確保。そんな指令を簡単に言ってくれるな。と誰もが思っていた

 ダグオン作戦部長への好印象はあっという間にマイナス修正されたようだ



「脳味噌腐ってんじゃねぇのか?参謀長とか作戦部長とかはよ・・・・・無茶苦茶だぜ」

「とはいえ、最重要任務の指令を無視するわけにはいきませんわ」

「だけど、なぁ・・・・・」



 リンナの正論に、オスコットは情けない顔付きでタバコを吹かした

 誰もが内心はオスコットと同じ事を考えているのだが、最重要任務に指定された目標を、殺してしまっては処罰は免れない



 やるしか、ない

 やりたくはないが



「よし、話はここまでだ。各自、機体の整備を入念にしておくように!」

「「「「「「「了解!!」」」」」」」



 マコトとチェンナを除く小隊の面々が席を立って、オペレータールームから出て行った

 二人には、彼女達の率いていた小隊への説明という仕事が残っているので、クランに資料を分けて貰っているようだ

 マコトの方は、それだけではなく、地形の分析などを進めるつもりのようである



 そんなこんなで三人が話していると、不意に、クランがこんな風に切り出した



「それにしても、まさかこんな所で再会するとは思わなかったわ。元気そうね。チェンナ」

「まぁ、ね。この子の副官に就いてから、病気になってる暇なんか無いわ」

「む、ちょっとチェンナ。それってどういう意味よ。っていうか知り合い?」

「えぇ、クランとはちょっとね。それと、さっきのはあなたを褒めたのよ?」

「そうなの?えへへ、じゃ、良いや」

「マコト。悪いけど先に行っててくれないかしら。ちょっと話があるから」

「ん、りょーかいりょーかい」



 たった一言で膨れっ面をあっさり笑顔に変え、るったら〜、と鼻歌を歌いながらオペレータールームを出て行くマコトである

 この辺りの御し方は、流石に長年の付き合いの賜物であろう



「はぁ、全くあの子は・・・・・」

「お互い、大変な教え子ができたようね」

「ん?あぁ、そういえば、シュキちゃんはクランが指導してるんだったわね。あの子には助けられたわ」

「ありがとう。“先生”としては鼻が高いわ・・・・・でも、私も苦労しているのよ」

「その割には楽しそうじゃない」



 屈託の無いクランの笑顔を見て、チェンナもつられるように笑顔を浮かべた



「私の方はちょっとね・・・・・マコトには、教え子、って言う程の可愛気は無いし。強いて言うなら手の掛かる妹よアレは」

「でしょうね。でも、そう言う割にはあなたこそ楽しそうに見えるわ」



 しばらく、そんな調子で他愛の無い話を続けていたのだが、

 不意に、クランは表情を引き締め、明るい笑顔を消してチェンナに訊ねた



「ところで、チェンナ・・・・・あれから、あの機体を見掛けたりはしなかった?」



 黙って首を振るチェンナ

 その姿にクランは、落胆の溜息を大きく吐き出してしまう

 そんな彼女の姿に、チェンナは訊ねずにはいられなかった



「ねぇ、クラン。もし、アイツを見つけたら、どうするの?」

「・・・・・撃破するわ」



 只ならぬ気迫を双眸に宿し、クランは斬りつけるような口調で言い捨てた

 だが、チェンナはそんな彼女に、懇願するように、言葉を紡ぎ出す



「もう、やめなさいよクラン!復讐なんかに命張って何になるって言うの!!?」

「・・・・・」

「そんな事しても、あいつは、アルフはきっと喜ばない・・・・・」

「・・・・・ありがとうチェンナ。心配してくれるのは嬉しいけど、これだけは、譲れないわ」



 その、断固たる決意を秘めた口調に、チェンナは諦めることにした

 この同僚が、こんな口調で言い出したら梃子でも動かない性格であることは、彼女はよく知っている

 痛みを堪えるような顔でそっぽを向いて、彼女は投げつけるように言う



「シュキちゃん、大きくなったわね」

「・・・・・えぇ」

「あなたに何かあったら、あの子はどうなるのよ」

「・・・・・」



 何も答えないクランに、チェンナは踵を返したオペレータールームを後にした

 ドアの向こうに、彼女の背中が消えてしまう前に、チェンナはクランにこう告げた



「憶えておきなさい。あの子には・・・・・まだ、あなたが必要なのよ」



 ドアが閉まる

 何かを断ち切るかのように

 クランはしばらくの間その場に立ち尽くし、チェンナの背中を隠したドアを睨むように見つめていたが、



 不意に、ドアが開いた



「全く、何なのよジータの奴!人が折角心配してあげてるのに・・・・・?」

「あ、シュキ・・・・・」



 オペレータールームに入ってきたのは、彼女の指導下にある赤毛の少女:シュキだった

 口論でもしたのだろう。彼女には、ジータの生い立ちや過去の経緯は教えられていないから、

 ジータの方も、それを言うわけにいかず、突き放すような事しか言えなかったのだろう

 ぷんぷん、という擬音でもくっつきそうな勢いで、頬を膨らませてずかずかと大股にドアをくぐるシュキだったが、



 クランと目が合って、全ての動きが凍り付いた



「え、・・・・・ええっ!?ちょ、どうしたの?どこか痛かったりするの!?」

「な、シュキ。貴方こそどうしたのよ急に。何か勘違いしていない?」

「で、でも、勘違いって言うか・・・・・クランこそ変だよ!」



 クランでも、これほどまでに不安そうなシュキの声音を聞いたことはなかった

 何がそんなにも彼女を不安にしているのか、クランにはわからない

 自分の姿を見て驚いていたようだが、どうかしたのだろうか?



「だって・・・・・何で、泣いてるの?」

「・・・・・え?」



 慌てて、指先を目元に添える

 確かに、大粒の涙が、頬を伝い落ちた



「え、何で、こんな・・・・・」



 眼鏡を外し、制服の袖で目元をごしごしと擦る

 自分が何故、涙を零したのか理解できないままに



「ホントに、大丈夫なの?調子が悪いんだったら、医務室にでも連絡しなきゃ・・・・・」

「だ、大丈夫よ。何でもないわ」



 尚も物言いたげなシュキに、クランは赤らんだ目元で微笑んで見せた



「大丈夫・・・・・何でもないの」



 それは、シュキの目にはひどく寂しげな微笑にしか見えなかった















「・・・・・何でも、ないのよ」



















<同基地:廊下>



 言ってはならない事を喋ってしまった

 猛烈に嫌な予感は血も凍るような悪寒となって背筋を駆け上がってくる

 少なくともそれを口走った瞬間はそう思った。言ってからすげぇ後悔したし恥ずかしさのあまり消え去りたくなった

 アイリが居なくなったかと思えば今度はマコトとチェンナだ

 マコトは年相応にからかってくるし、チェンナはああ見えてこうした話題にはうるさい。非常にうるさい



「そ・れ・で、リンナと隊長はどこまでいったの?」

「ひぁっ!?」



 いきなり後ろから、耳朶に吐息を感じるような距離から不意打ちを受けてリンナは飛び上がった

 柳眉を逆立てながら振り返ると、そこにはやはり、自分よりも小柄な青い髪を躍らせる上官の姿がある



「フライト中尉っ!いい加減にしてくださいっ!!」

「えー、良いじゃん教えてよ。後学の為にも、是非っ!!」

「し、知りません!」



 へこへこ頭を下げて、ぱしっと掌を合わせ、拝み倒すように頼んでくるのだから始末が悪い

 そんな“中尉”の姿を、リンナとしては憧れの人(周囲曰く)と同じ階級の上官の姿を情け無い思いで尻目に見やる

 やや薄暗い照明の下でもはっきりと判るほど朱の差した頬で、ぼそぼそと独り言めいた口調で言葉を紡ぎ出す

「後学の為」と言っていた点から自分にアドバンテージがあると思いこんだのだろうか。やはり言うべきではなかったと後に後悔した



「そ、それにどこまでって・・・・・た、隊長とは何もそんな・・・・・何も「何も無いのっ!?未だに未遂!!?」



 突然のことに一瞬呆気にとられた物の、猛然とリンナは振り返った

 そこには、押しのけられたままの変なポーズで固まったマコトと、そんなマコトを押しのけて、

 これ以上ないくらいに、この世の無常を目の当たりにしたような顔のチェンナ・マーロウ少尉がそこにいた

 例えるなら、クリスマスの夜にサンタクロースの正体を知ってしまった10歳の冬みたいな顔である

 しかし・・・・・君はそんなキャラだったのか?



「・・・・・マーロウ少尉。一応訊ねさせていただきますわ」



 にっこりと微笑む笑顔が恐ろしかった



「“未遂”とは、何がですの?」



 そんな彼女の迫力溢れる夜叉めいた笑顔もチェンナの目には入らないらしい

 彼女の言葉など頭から無視して、チェンナはリンナを様々な角度からためつすがめつし始めた



「な、どうしたんですの?」

「ん〜」



 あまりの事に怒りさえも忘れてしまったリンナである

 ひとしきり、チェンナはぐるぐるとリンナの周りを回りながら観察し、このように結論した



「おかしいわね」

「はい?」



 どこかシオンと良く似た反応である



「マコト、この場合問題があるのはマクドガル中尉の方だと思わない?」

「あ、言えてるかも」

「問題は何かしら・・・・・きっとマクドガル中尉は人の考えには敏感だけど、気持ちに対して鈍いタイプね」

「あ〜、言えてる言えてる」

「となると、打つ手は少ないわね・・・・・よし」



 さんざっぱら、からかいの種にされておきながら蚊帳の外という状況にあったリンナの肩に、チェンナは猛然と掴みかかり、



「イズミ軍曹!!」

「は、はいっ!?!!?」



 彼女は自分の思うところをはっきりと、このように述べた



「これからは、攻めの姿勢で、オフェンシヴに行くのよ!!!」

「。」

「マクドガル中尉が気付くまで、あの鈍感中尉が振り返ってくれるその日まで!
 押しの一手で!!アグレッシヴな展開に持ち込むしかないわ!!」



 つらつらと聞こえてくるチェンナの具体論に、リンナの肩が小刻みに震えている

 それを目にしたマコトが引きつった笑顔でチェンナの服の裾を引っ張るが、彼女は気付かない

 どうやらチェンナは、他人の色恋の沙汰に関しては、首を突っ込まずにはいられない質らしい

 しかも、その論理のほとんどが、兵団に入ってからできた女友達と(半ば連行される形で)見た、

 恋愛物の映画やドラマによるものなのだから始末が悪い。しかも彼女は、それにどっぷりハマッている

 人生の大半が集落生活であったチェンナのこと。そうした刺激には免疫が無かった為に、仕方が無かったのかも知れないが



「まずは、ちゅーよ!明日の為にちゅーよ!!」



 そして、頬どころか、耳の裏どころか、首まで真っ赤っかになったリンナが二人を追いかけ回し始めるまでそう長い時間は要らなかった

 二人の無事を祈りたい















<同基地:格納庫>



「局地戦仕様試作機:ポールヴェア、か」



 仕様書に視線を落としたムラキは、目の前のそいつの銘を呟いた

 今回が、Gエリア解放の最後の作戦になる予定なのである。本土からは多くの機体、装備が支援の為送られてきた

 そんな中で、一際異彩を放っているのが、目の前にいるこいつである



「超低温環境下でも高い運動性を維持し、最大の特徴は雪上・氷上を滑走移動可能にしたレッグフレーム」

「まさか、PFにソリを履かせるとはのぉ・・・・・」



 仕様書の一文を読み上げるムラキの隣で、ギブソンが呆れたように呟いた

 それもその筈

 この試作機ことポールヴェアの足下には、まごうこと無きソリが履かされていたのである

 雪上・氷上での移動の効率化を謳ってはいるが、果たしてどれ程の効果があるだろうか

 それ以外にはさほど特異な点は無い。強いて挙げるならヘッドフレームのカメラアイが、180度可動式である点だろう



「雪中での高い迷彩能力と強力な誘導性能を備えたWCSを装備した長距離戦仕様機、か」

「・・・・・今更、という気が否めないな」



 ランブルがあっさりとそれを言う

 きっと開発者が聞いたら激怒するに違いないだろう

 だが、彼の言った台詞は正しい。確かに今更、だ



 “今更、何故試作機など送りつけてくるのか”



「開発者側の都合、か。Gエリアの早期解放が目的だったが、これほど早いとは思っていなかったと見える」

「ランブル、その辺にしておくゾイ」



 皮肉な笑みで酷評するランブルを、ギブソンが低く押しとどめた

 確かに、Gエリアという局所環境は、新型の機体:局地戦仕様機をテストするには格好の運用試験場なのだ

 勿論、アルサレアは“Gエリアの解放”を建前にしているが、技術者側には違う考えを持っている者が居るらしい

 そうした連中が、焦って送りつけてきたのだろう。でなければ、こんなタイミングで試作機など送りつけてくる道理が無い



「しかし、この迷彩装備は有用そうだぞ」

「どれどれ・・・・・コールドゼリーシステム?」

「えぇ、熱源探知を攪乱するために、機体の各部から不凍性の冷却ゼリーを出し、熱を吸収させるらしいですな」

「同時にレーダー攪乱物質も含有、か。成る程。これで吹雪に身を隠せる状況ならば、完璧な迷彩能力かもしれんゾイ」



 目を瞠るギブソンの言葉に間違いはあるまい

 コバルト小隊が交戦した中で、“迷彩装備”と言えば、双子の機体:鬼百合・修羅姫が装備していた電波吸着式迷彩装束“空蝉”

 こいつが最も印象深い。電波的には完全に身を隠す黒装束と、猛烈な吹雪を身に纏った双子は補足することさえ困難だった

 それを破る事ができたのは、シオンの愛機:インペリアルの索敵系が優れていたためである

 高性能な熱源探知によるナビゲーションで、何とかその時は撃退することができた・・・・・見逃してもらったようなものだったが

 だが、このポールヴェアが装備している独自の迷彩装備:コールドゼリーシステムは、熱源探知を欺く装備なのだ

 猛吹雪の中ならば視界はほぼゼロになる上、レーダーだって通常のそれならば索敵機能の正常動作は期待できない

 加えてゼリーはレーダー攪乱作用を併せ持っているのだから電波的な迷彩効果もある、容易には見破られない筈だ

 “空蝉”程の電波的迷彩効果は期待できないかもしれないが、局地戦仕様機の装備としてはなかなか面白い装備だった



 状況さえ重なれば、光学観測も電波探知も音響探知も熱源探知も回避できる。“空蝉”以上の迷彩効果を期待できるからだ

 まさかPFの索敵系に“臭い”という要素が加わることはないだろう



「武装はハンドMLRS二丁にパワーモーターキャノン。近接用のガトリング、か」

「偏ってはいるが・・・・・活かすも殺すも采配次第な感じがするゾイ。この機体は」

「余裕のある戦況なら使えたかも知れないが、今回は見送りだな。一応運ぶだけ運ぶか。
 それと、兵器の類の選別は・・・・・」



 試作機の前に雁首揃えていた三人が、書類の束を片手にその場を離れてゆく

 支援物資にあった、兵装類のチェックに行ったのだろう

 そんな彼らの後ろでは・・・・・



「よっ、ルーキー。調子はどうだ?」

「うわぁっ!!?」



 開放させているグランツのコクピットハッチに、突如ぶら下がるように現れたオスコットにジータ激しく驚き、

 彼は再設定中のパラメータを全部打ち込み直す羽目になった



「いかんなぁ、これしきで驚いてる様じゃ。修行が足りてない証拠だねぇ」

「お、驚かせた本人が言わないでくださいよ。全く、人が悪い・・・・・」



 ぶつぶつ言い始めた若者に、悪ぃ悪ぃと何とも気の無い謝罪をオスコットは繰り返した

 再度、狭いコクピットでキーボードに指先を戻すジータ

 そんな彼の姿に、オスコットは目を細めて、寂しそうに笑った



「なぁ、ルーキー」

「何ですか?」



 顔も上げずにジータは作業に没頭している。傍目には、怒っていて無視しているようにも見える



「降りらんないか?やっぱり、よ」

「・・・・・」



 一瞬、キーボードの上で軽快なリズムを刻んでいた彼の指先が止まる

 だが、それも一瞬のこと

 すぐに指先は、まだキーを叩き始めた

 言葉こそ返さない物の、それは明らかに彼の返事だった

 オスコットは、一つ大きな溜息をつく



「・・・・・もちっと軽やかに生きられんのかね?」

「伍長が軽過ぎなんです」

「とと、言ってくれるじゃないの」



 年を経れば、人間落ち着きが身に付くとか、重みが増すとか言うが、どうもアテにならない

 特に後者に関しては、普通は精神的な部分の事を差すのだろうが、





 がはははははは





 遠くから聞こえてくる、最早聞き慣れた笑い声は間違いなくギブソンだ

 支援砲撃隊の隊長という立場であり、小隊内では最高位階級:大尉の彼だが、

 実はオスコットと良い勝負になるくらいに、軽い性格だったりする。身体は重いのに

 勿論、彼らには経験から来る自信や裏打ちが合って、そうした仮面を被っているだけなのかも知れない

 ムードメーカーは貴重だ。特に彼らの様な古参の強者は



 だが、日頃からかわれてばかりいる我が身としては、そんなありがたさも薄れがちである



「そうそう、嬢ちゃんが怒ってたぞ。喧嘩でもしたのか?」

「あ・・・・・えっと、シュキ、ですか?」

「おぅよ」

「あぁ・・・・・実は、あいつが居なかった間のことで、ちょっと・・・・・」

「・・・・・そっか・・・・・そりゃ悩ましいわな」



 心底弱った、と言う顔でがしがし頭を掻いて、おもむろにタバコをくわえるオスコットである

 ジータの過去の経緯については、無駄に口外しないと言う事に決めてあった

 彼本人にしても、あまりに周囲に広まって欲しくは無いだろう。その為に、シュキにはうまく説明ができず、

 結局、突き放すような物言いで口論になってしまったのだ



「これが終わったら・・・・・軍を抜けるべきでしょうかね」

「俺に言わせりゃ今すぐ抜けるべきだと思うんだがね」



 顔つきこそ、いつもの飄々とした表情のままだが、その眼差しにある憐憫の色は本物だ

 だが、一抹の迷いこそ垣間見えるが、ジータの表情は決意を固めた男のそれであった



「ま、考えは変わりそうもないな」

「はい」



 即答するジータの言葉に、オスコットは不味そうに煙を吐き出して、ハッチから離れた

 尻ポケットに手を突っ込んでがに股に歩き去る様はどこからどう見ても歴戦の強者には見えないが、

 そうさせている責任の一端を負うジータには、その背中がひどく寂しそうに見えた

 そんなオスコットが、背中越しにぼやくような口調で釘を刺す



「親父さんを殺しちゃぁ命令違反になっちまうんだぞ。ルーキー」

「・・・・・わかっています。




















 だけど、僕が僕である為に・・・・・乗り越えなきゃならないんだ・・・・・ッ!!」




















 そして、作戦開始の時を迎える



 その瞬間は、誰の上にも平等にやってきた





















<西方面制圧部隊>



『管制機より全機へ。南側方面軍がリベル諸島域に侵攻を開始。作戦開始まであと180分』



 レシーバーから聞こえてくるクランの声

 こんな大作戦の前でありながらも、常の冷静さを崩さない彼女の声音は、聞く者達の心に催眠術めいた安心感を滑り込ませてくれる



「始まったか・・・・・各班、所定の配置に急ぐように」



 そう呟いて、ムラキはゼファーのプラズマライフルを握り直させた

 先のゴスティール山脈攻略戦において、ハイパワー・フレームド・マルチプルブースター:通称スライプニルと共に、

 プラズマライフルの改修モデルを受け取っていたが、今回、2度目の交換で最終モデルがようやく受領できた

 最初は、“ごてごてした電装がくっついた馬鹿長い懐中電灯”だった高出力プラズマライフルだが、

 “それなりにライフルっぽく見えるフォルムの円筒”を経て、ようやく“すっきりしたラインの近代兵器”に成ったらしい

 “サーマル・プラズマライフル以上の火力を備え、バスターランチャーよりも低コストで扱いやすく”

 そうしたコンセプトで生み出されたこの高出力プラズマライフルはようやく完成し、ぴかぴかの砲身をゼファーの右腕に預けている



「フライト中尉。そちらの班の状況は?」

「もち、OKよ!いつでも始められるからね!!」

「一人で焦っておっ初めるなよ、坊主」



 オスコットの禁句にマコトは顔中を口にして抗議を訴え、その余りの緊張感の無さに苦笑を禁じ得ないムラキである

 そんな口論を繰り広げる二人に溜息をつきながら、モニターに顔を見せたのはチェンナ



「マコト、いい加減になさい全く・・・・・ムラキ少尉、こちらの隊の準備はできています。
 後続部隊の配備が若干遅れているようですが、作戦開始時刻までには十分間に合うでしょう」

「了解。ジータ、イズミ軍曹、どうだ?」

「こちらグランツ、大丈夫です」

「ペルフェクシオン、大丈夫ですが・・・・・これには少々不安を感じます」



 はっきりと頷くジータとは対照的に、リンナは眉根を寄せていた

 それもその筈、二人にも新兵器が支給されたのだが、リンナはそれに対する不安が強いのである

 ジータは斬甲刀の改良型を受け取っていた。これは傍目には、今まで彼が愛用していた長剣と同じ類の得物であり、

 長さやバランスなど、殆ど変わる部分が無い為に扱い方が変わっていない

 だが、リンナに支給された新兵器は、確実に、今まで彼女が愛用していたグレイヴとは趣が異なっていた

 強化タングステンを鍛えて作った長尺の剛竿。これは同じだ

 だが、その先端には、ある筈の刃が、無いのである。見た目には、両端にウェイトのついたただの棒である

 これでは薙刀ではなく“棍”と呼ぶべき物だ

 だが、よく見れば先端の片方はバランス取りの為のウェイトなのだが、逆端に付いているのはウェイトではなく機械装置である

 銃口の様にも見えるそれ二つ並んでいるが、どのような機構を有しているのかは見た目からはわからない

 リンナはそれを起動させようとしたが、



「お、おぃおぃお嬢!練習だったら本番でやってくれ!おっかねぇから!」



 同じホバークラフトにタンデムしているゲイボルグの中で、オスコットが抗議の叫びを上げた為に断念した

 断念したのだが、やはり何か気に入らないのだろうか。ペルフェクシオンはしきりにその“棍”をいじっている

 そして、前回の支援では新兵器の支給が無かったゲイボルグも、新兵器を受け取っていた

 レーザースピアに代わり、インブレイクスピアと呼ばれる新しい短槍を右腕に構えている

 放熱機構こそ無いが、代わりにリボルバーの弾倉に似た形のマインディスペンサーが先端付近に取り付けられている

 穂先が刺さると同時にパイロットのトリガーで地雷を吐き出すという凶悪極まる代物である

 勿論、吐き出される先は敵機体の中。名は体を表すとは言うが、機体の内部から弾ける様は、“インブレイク”正しくその通りであった



「それでも、まぁ、一番ゴツくなったのは・・・・・フライト中尉にマーロウ少尉ですよね」



 ジータの言葉に全員が頷く

 ラプソディとシルフィードの姿を見れば、成る程、確かにゴツい



「む、こんなにも可憐な女の子の乗るPFを捕まえて“ゴツい”は無いでしょ“ゴツい”は」

「あ、は、はい。申し訳ありません。フライト中尉」



 生真面目に謝るジータだが、謝る必要はないだろう、本当にゴツいのだから

 ラプソディはカタールとレーザーピストルを装備していたが、その両方を交換していた

 カタールとレーザーピストルの機能を併せ持つ新兵器:ジャマダハルと呼ばれる変わった形の得物を両手に構えている

 その姿はどこか蟹の怪物の様な姿に見えなくもない

 だが、極めつけはチェンナの愛機:シルフィードだ

 軽量な盾:カイザーシールドはそのままだが、今まで装備していたハンドアックスは腰のラッチに吊られており、

 見るも凶悪な大斧:バトルアックスがその手に収まっている。見た目の禍々しさならヴァリムの双子:マイの修羅姫とタメを張れる

 大鎌を持つ修羅姫が緋色の死神なら、戦斧を構えたシルフィードは差詰め断頭刑執行人である



「サーリットンでGF相手に苦戦したから、手斧の代わりの武器を手配していたんだけど、丁度良い物があって助かったわ」



 別段、表情を綻ばせるわけでもなくそう嘯くチェンナに、一同は実を言うとビビッていた



「まぁとにかく、整えられるだけの準備は整えたんだ。後は人事を尽くすだけだ」

「んむ!!その通りゾイ!!」



 突如モニターに大映しになるギブソンの巨大な顔面である

 コクピットの中でひっくり返りそうになる程驚いたが、何とかそれは免れた



「ぐわはははは!!待たせたゾイ皆の衆!!なんせ荷物が重くてホバークラフトが沈みゃせんかと気が気では無いくらいゾイ!!」

「ってお前それ大丈夫なのかよ」

「多分大丈夫ゾイ!!」



 多分、の割には実に豪快にギブソンは断言して見せた。親指を立ててさえいる

 全員がそこはかとなく不安を感じるが、今回砲撃隊の指揮を執るランブルからの通信に安堵の溜息をついた



「大尉は今回、ブラスター隊を指揮して後詰めを担当することになっている。
 橋頭堡を確保してから上陸する手筈ならば問題は無い」



 スティールレイン砲撃隊を引きつれたディンゴが、ようやく追いついた様だ

 ランブルの駆る砲戦仕様機:ディンゴの武装に大きな変化は無い

 肩部ラッチにマウントされているレールガンが、リニアバレルを延長したモデルに変わった位だ

 ただし、吐き出す弾頭は従来の成形炸薬弾頭ではなく、高性能炸薬をふんだんに使った新型弾頭である



「ネルモア中尉も言っていたが、砲撃地点の地盤の状態などによっては支援砲撃が行えない状況も有り得る。
 あまり、支援砲撃をアテにして深入りはしすぎるな」

「「了解!」ですわ!」



 良い返事を返す若手二人である



「お前さんこそ頼むぜ、味方を巻き込むなよ」

「・・・・・善処する」

「ぃよっし!!そうと決まれば、だ」



 突然、オスコットが大声を張り上げた

 全ての準備が整った今、するべきは無い。というか作戦開始時刻まで何もしない方が良い

 誰もが疑問符を頭上に浮かべてオスコットの次の言葉を待っている



「そうと決まれば・・・・・何ですの?」

「決まってんだろお嬢。一服つけるんだよ」



 当然のようにオスコットはタバコを唇に挟んで火を点けている

 リンナやジータ、マコトは呆れ顔だが、その姿に得心したようにムラキは厳つい笑みを浮かべ、



「伍長の言う通りだ。作戦開始時刻まで小休止といこう。用足しだの腹拵えだの仮眠だのは今の内に済ませろよ。
 作戦が始まってからはそんな暇は無いんだからな!!」



 そりゃそうである

 一同は思い思いの行動を取り始めた





 これが最後になるかも知れないのだから



















<リベル諸島西方面:ヴァリム軍基地>



「南方面への援軍、出撃しました!」

「F地区拠点陥落!駐留部隊はC地区拠点まで後退!!」

「敵戦力数なおも増加中!」

「“暁闇”小隊より入電!敵軍主力小隊と交戦中、派遣戦力は他地区へ振り分けるようにとの事です!!」



 怒号の様な喧噪が飛び交う発令所において、この基地の司令官:バール・アックス大佐は苛立たしげに唾を吐き捨てた

 南方面の戦況はどうも芳しくない模様だ。それが気に食わないらしい



 そりゃそうだ

 駐留軍の大半は自分の手元に置いて、明らかに数の少ない“暁闇”小隊に任せたのだから



「おのれグリュウめ・・・・・何という体たらくだ!!」



 そう憤慨して、僅かながら援軍を編成し、派遣したのがついさっきの事である

 アルサレアの侵攻が始まってから、既に2時間近くが経過しようとしていた

 初動対応としてはあまりに遅い。まして援軍として派遣したPFは大半が局地戦仕様のヌエである

 いくら局地戦仕様機とは言っても所詮は陸戦機だ。行軍速度は遅い

 “暁闇”小隊の援護に辿り着くまでには1時間以上は掛かるだろう



 それもこれも、全てバールが悪い



 彼は、グリュウ・アインソードと言う人物を嫌って、否、憎んでいるからだ

 ヴァリム軍において不敗無敵を謳っていた“ヴァリムの猛牛”。そんな自分を負かした唯一の男。それがグリュウだった

 それまでは、我こそがヴァリムのエースパイロットだと自負していたバールだが、その敗北に人々の評価は変わってしまう

 人柄に於いても、粗暴なバールと高潔なグリュウでは比べるべくも無く、彼はグリュウの踏み台にされた・・・・・



 バール本人は、少なくともそう思っている



 そんな虚栄心と嫉妬心の固まりの様な男だが、ベリウムに取り立てられて以来、策謀を巡らせるようになり、

 ついには大佐階級まで勝ち取った。対してグリュウは大尉。今では降格されて中尉である

 南からアルサレアが攻め込んできたとき、バールはグリュウに向かって言った。皮肉をたっぷり含んだ口調で



「貴様が何とかしろ。ヴァリムのエース」



 後ろで双子が激怒していた事は想像に難くない。だが、予想に反してグリュウは「了解」と答えただけだった

 驚くでもなく、恐れるでもなく、ただ淡々と命令に首肯するその姿にますます苛立ちが募ったのは言うまでもない

 やっかみから援軍さえも渋るバールの態度は、完全に指揮官のそれでは無かったが、

 流石に戦線を突破されては立つ瀬が無くなってしまう。そうした理由で、ようやく援軍の派遣要請に応じた次第だ



「戦場で趨勢を握るのは数だ。策だ。奴の様なたった一人の実力者に何ができるか」



 吐き捨てるようにそう呟くと、悲鳴の様な報告が上がってきた



「な、き、緊急事態です!!西方面より敵勢力を確認しました!!」

「な、何だとぉぉッ!!?」

「現在K地区拠点の駐留部隊が阻止砲戦展開中!!援護要請が来ております!!」

「おのれ・・・・・おのれアルサレア如きがぁっ!!!!」



 バールが咆哮を上げた

 それこそ、猛牛の如き猛々しさで

 オペレーター達は突然の怒号に為す術もなく縮み上がり、動きを凍結させてしまっていた



「駐留部隊を総動員だ!!このバール・アックス自ら叩き潰してくれる!!!」















<西方面制圧部隊:ペルフェクシオン、コクピット内>



『A、B、Dポイントの敵拠点制圧を確認。北西より敵増援が接近中です。気を付けて!』

『機種照会・・・・・ラセツとイリアのベースモデルだよ!!』



 レシーバーから響くオペレーター二人の声に、リンナはぐっと歯を噛みしめた

 イリアは今までに何度も交戦している、ヴァリム製のPFでは軽量級を代表する機種だ

 高機動機ということで厄介な存在ではあるが、完全空戦仕様機の機動力程ではない。それほど怖い相手は無いのだが、

 もう一機の、ラセツは厄介な相手だ

 中量級でありながら、軽量級に近い高機動と強固な装甲を併せ持つ零距離格闘戦専用機

 非武装ながら、その拳を特殊装甲で鎧ったハードパンチャーが身の上のそいつは、前戦役後期に導入された新鋭機だ

 レーダーを素晴らしい速度で横切ってくる敵襲を睨みながら、ムラキが早口の指示を飛ばす



『ジータ、イズミ軍曹、一旦待機だ!ランブル、支援砲撃を頼む!』

『言われなくともそのつもりだ下がっていろ!!スティールレイン全機!中距離砲戦用意!!』



 ランブルは常軌を逸した速度で砲撃座標を計算しレールガンをトリガー。数秒後には続く部隊が砲撃の雨が降り注がせている

 上陸直後は地盤の氷が薄かったために支援砲撃が行えず難儀をしたが、敵拠点に近いこの地点ならば遠慮は要らない

 ディンゴのロングバレルレールガンを口火に、一斉に爆炎の華が咲いた

 花火のように煌びやかな炎ではない、只ひたすらに物騒で剣呑で全てを飲み込む火炎の乱舞

 しぶとい何機かが爆炎を割って飛び出してきた



『甘い』



 ムラキが呟く

 ヘッドアップディスプレイを目深に下ろした口元が僅かに歪み、彼はプラズマライフルをトリガー

 今までとは比べ物にならない程収束された熱と光の奔流。狙い澄ましたその一撃に砲撃の雨を必死で潜り抜けてきたそいつが吹っ飛ぶ



『前衛全機突撃せよ!スティールレインは遠距離にある敵機を精密砲撃!!
 ・・・・・あまり連携が取れていないようだな。突っ込んでくる機体から倒せ!!』

『「了解!!」』



 爆撃の残滓、立ちこめる黒煙を吹雪が押し流してゆく

 その向こうから殺到する敵集団。先行していたラセツは殆どが支援砲撃に撃ち倒されていた

 だが、全滅したわけではない

 イリアの部隊と残りのラセツが突っ込んでくる。だがムラキの言葉の通り、そこには陣形も連携も無い

 まるで、誰もが功を焦っているかのような、そんな印象さえ受けるがむしゃらな突撃だ

 それだけに勢いは凄まじいのだが、アルサレア側だって負けてはいない

 数でこそ劣る物の、グランツとペルフェクシオンを先頭にJ−ファー・カスタム隊が斬り込んだ

 放熱光に輝くフォースソードを振りかざし、一列横隊で敵機目掛けて打ちかかる

 そんな乱戦を、4機のイリアが飛び越えて、後続の砲撃隊を急襲しようとする、が



「させませんわっ!!」



 ペルフェクシオンが跳躍。踏み潰されたブーストペダルに、機体が蹴り飛ばされたように疾駆する

 両手に構えたグレイヴ・・・・・ではなく、“棒”を振りかざす

 そして、間合いに敵を捉えた瞬間、その棒の先端から、“真紅の閃光が蛇の舌のように伸びた”

 振り回されるその形無き刃に、イリアがいとも簡単に斬り裂かれる。熱したナイフをバターの固まりに入れたような状態であった



 ペルフェクシオンが構えた“棒”だが、

 実はグレンリーダーの愛機:クレスニクの主兵装であるエクスカリヴァの作成過程に於いて生み出された副産物である

 エクスカリヴァの刀身内部に内蔵された17のArガスプラズマジェット精製システム

 それと同じ物を二つ、棒の先端に仕込み薙刀としての体裁を整えた、言うなればこれは廉価版のエクスカリヴァである

 ついでのような形で造られた兵器である為に正式な呼称は決まっていない。取りあえず、プラズマ・グレイヴという名称で呼ばれている



 その真紅の斬閃に、残る三機も呆気なく斬り落とされた

 エクスカリヴァほどの攻撃力では無いが十分な破壊力だ。それに長尺武器の方がリンナは扱い慣れているし、

 何よりクレスニクのような特別製の機体ではないペルフェクシオンでは、プラズマジェット精製システムの同時稼働は2基が限界なのだ



「手応えが薄いのは・・・・・仕方が無いですわね」



 そりゃ物理的なインパクトは無いだろう。だが、彼女にしては珍しい台詞を呟き、リンナは再び地上に視線を戻した

 地上では、ジータの駆るグランツが8機目のラセツを行動不能にしたところだった

 零距離格闘戦を得意とするラセツだが、ジータのグランツは己の間合いをうまく保って寄せ付けず、時には押し込んでかかる

 普通、このラセツタイプや、アイリの乗機:ストラングルのような零距離格闘戦専用機は“戦いにくい相手”とされている

 拳の間合いで近接兵器を封じ、高機動は射撃を殺す

 その筈だというのに、グランツは違う。直線的な動きのラセツを円周機動で翻弄し、危なげない展開を見せている



『・・・・・ダンは、こんなもんじゃ無いんだ!!』



 迷い無く振るわれる斬甲刀の一閃に、白く煌めく放電光が巻き付いた

 ラプソディが装備していたカタールと同じ放電機構:スタン・エッジが内蔵されたらしい

 斬撃・刺突と同時に刀身にチャージされた電撃が、敵機の内部電装を灼き殺している



『先は長ぇんだ!ルーキー、お嬢、トばし過ぎるなよ!!』

『伍長はもう少しギアを上げたらどうですか!?』



 珍しく、そんな軽口をジータがオスコットに返した

 わははと笑うオスコットがゲイボルグを加速させる



『ギアを上げる。ってぇと』



 真っ正面から迎え撃とうと身構えるラセツに、真っ直ぐにインブレイクスピアを突き出した



 その瞬間を見切れた者は居ない



 不意にスピアが、いや、ゲイボルグの右腕が掻き消え、次の瞬間にはラセツの両肩と腰に穴が穿たれていた

 コクピットの中で、オスコットは鼻から煙を噴出して、別段得意になるでもなく、不器用に片目をつぶって地雷の起爆をトリガー

 インブレイクスピアの先端、マインディスペンサーから撃ち込まれた3発の地雷が一斉に爆発し、

 哀れなラセツは一瞬にして五体をバラバラにされた状態で氷原に転がった



『こんな感じか?ルーキー』



 タバコを挟んだ唇を歪めながら射出ポッドの飛翔を見送るオスコットを、誰もが圧倒されたような表情で眺めていた

 先程の一瞬に、刺突撃を3発叩き込んでいたようには、誰の目にも映っていなかったからだ



『お、お見事でした』

『おぅ、ありがとさん』



 引きつった顔で、ジータが賞賛の言葉を告げるが、オスコットはいつものお気楽極楽な調子で受け取ったようだ

 あれだけの早業を為して、得意になるような様子はない。アレくらいはできて当然。ということだろうか

 改めて、積んできた経験の差を感じさせられた

 当たり前か、ジータやリンナが生まれた頃なら、オスコットくらいの世代の兵士達は、第一線で、

 PFが実用化されるまで、ヴァリムの四足歩行戦車相手に生身で喧嘩を売っていたような連中なのだから

 何よりもタフさが違う。根本的な部分の



『おし、ムラキよぉ北回りの坊主達はどうだ?うまくやってるか?』















<西方面制圧部隊北回り班:シルフィード・コクピット内>



 彼女と関わってから、はや何度溜息をついただろうか

 手のかかる妹、と表現した己の上官ドノは、



『なんと他愛無いっ!!鎧袖一触たぁこの事よぉぉっ!!!!』



 ご満悦である

 蟹バサミ、もとい、ジャマダハルを両手に構えて、戦意を喪失しきっているいたいけなヌエ達を追い掛け回している姿は、

 どこからどう見てもえんがちょなガキ大将のそれだ

 二人が率いてきた部隊、フライト小隊と共に、マコトとチェンナはムラキの指揮する隊とは別行動を取っている

 北回りの進路を取って、別の敵拠点に奇襲を仕掛けるという手筈だった



『ふー、良い汗かいた!』

「そりゃあれだけ暴れればね」



 盛大な溜息をつくチェンナである

 流石に敵の本拠地が近いだけあって、防衛施設の整った強固な拠点だった

 防壁に据え付けられたレーザーキャノンに、頭上から降り注いでくるミサイル群

 救いだったのは拠点防衛にあたっていたPFがヌエだった。という点だろう

 いくら基地施設が優秀でも、それを防衛する機体がヴァリムの初世代機では役者不足と言わざるを得なかった



「シルフィードより管制機へ」

『こちら管制機、クランです。チェンナ、無事ですか?』

「勿論。何機かが小破した程度の損害しか無いわ。北西の拠点は完全に制圧。これから東進する」

『了解しました。本隊も順調に制圧を続けています。そのまま合流してください』

「了解」



 そう言って通信を切り、シルフィードの足下に転がっている大口径レーザーキャノンに食い込ませたバトルアックスを引き抜いた

 かなり頑丈な作りになっているはずなのだが、大斧の一撃には耐えきれなかったらしい



『でも・・・・・何か変よね』

「何が?」



 マコトの呟きに、チェンナは意識を振り向けた



『いくら戦力の大半が本土に引き戻されてるって言ってもさ、もうここが、ヴァリムのGエリアでの本拠地なんだよ?
 防衛機がヌエばっかり、っていうのはちょっとおかしいと思って、さ』

「まぁ、それはそうだけど・・・・・」

『それに、さっきのヌエの部隊だって、簡単に散り散りになっちゃったでしょ?
 “ここを落とされたらヤバイ”っていうのは分かり切ってるはずなのに、あの士気の低さは何?』



 何?と聞かれてもチェンナは困る

 困るが、マコトの言わんとすることが、段々見えてきた



『戦力の大半を本土に戻されて、残った部隊は腰抜けばかり・・・・・?
 それでも、こっちの本隊が戦った中にはラセツタイプなんて言う新鋭機が居た』

「・・・・・加えて、本隊の交戦した部隊は統制が取れていなかったらしいわね。反面、練度はそれなりだったらしいけど」

『それに引き替え、こっちのヌエの逃げ足の速さ・・・・・』



 マコトが追いかけ回していたヌエの部隊は、実に見事な逃げ足であった

 交戦し、戦力の3割程度が脱落すると見るやいなや、あっという間に尻尾を巻いた位である

 本隊が交戦した部隊とは打って変わった、互いが互いの離脱を援護しながらの見事な逃走劇

 チェンナは、マコトの考えている予想を口にした



「つまり、私達が戦った部隊こそヴァリム正規軍で、本隊が戦ったのはベリウムの個人的な私兵団なのではないか、と?」

『うん・・・・・ベリウム・ヴァレリウスは、ヴァレリウス財団なんてそのまんまなネーミングの総帥だったりするらしいから、
 私兵団の一個や二個は抱えていてもおかしくないと思うし』



 チェンナの言葉を、マコトが補足する

 とてもリンナをからかっていた時や、オスコットに遊ばれていた時と同一人物とは思えない

 見事な推理である



『もしかしたら、いや、多分間違いないと思うんだけど・・・・・ベリウム・ヴァレリウスはもう切り捨てられているのかも知れない』



 マコトの言葉に、チェンナは小さく頷いた

 正規軍の士気が低い。ということは“ヴァリム”という国家が既にベリウムを見放していると見ても良い

 だがら、私兵団を招集して戦力としているのだろう



「でも、根拠としてはまだ弱いわ。ヴァリムがGエリアを占拠した目的が資源の採取なら、まだその余地はある筈だもの」

『わかんないよ。もう掘り尽くしたからこそ撤退しているのかも知れない。
 ・・・・・でも、それじゃベリウム本人が残っているのがおかしいし・・・・・』



 眉根を寄せて、熟考モードに入ってしまった

 こうなるとなかなか他の事に注意を戻さないのがマコトの悪い癖だ

 考え事をするのが好きなのかも知れない。意外にも

 それは彼女にずっと着いて歩いてきたチェンナにとって、密かに誇らしかったりする

 自分達の小隊のことを“客寄せ小隊”呼ばわりする連中に胸を張って、でかい声で言ってやりたい



 “どぉだ私達の隊長はあんた達みたいなのよりも100倍デキる奴なんだ思い知ったか!!”、とでも



 が、しかし



『うーん、謎が謎を呼ぶシチュエーションだよねぇ。燃えてきたぁっ!!』

「・・・・・何でそこで燃えるのよ」

『え、駄目?なんかさ、わくわくしてこない?こう、最後の最後で陰謀の仕上げがどかーんと来るような展開だよこれ』



 どかーんと来てどうする

 頭痛を噛み殺すような顔になっているチェンナには気付かないのか、瞳を輝かせたマコトが語気も荒く訴えてくる



『でさ、でさ、最後の最後の“もう駄目だ!”って時に、起死回生の一撃が炸裂したりしてさ!
 もう、大どんでん返しがでんぐり返りでだんご虫だったりするわけよわかる!!!?』

「わけわかんないわよ」



 とりあえず張り倒した















<管制機>



 管制機、と呼ばれているが、その実体は広域レーダーと強力な通信装置を搭載した大型輸送機である

 今は腹の中に、予備パーツの類を納め、戦線の遙かに後ろに滞空している

 幸いなことに操縦系の殆どが半自動制御可能だった為に、不要な人員を割かずに済んだ

 乗っているのは、クランとシュキ、それにメカニックが数名に、パイロットが一人

 実を言えばパイロットも不要なのだが、流石にそれはマズイ。ということで搭乗している程度の認識である



「今のところは、楽勝ムードだね」



 その言葉を、クランは窘めようと振り返るが、

 先程口走った言葉に反し、シュキの顔は真剣そのものだった。双眸はめまぐるしく書き変わるパラメータを追い続け、

 指先はコンソールの上を目まぐるしく飛び跳ねている

 喉元まで出掛けていた叱責の言葉が一瞬で失速し、力無い肯定の言葉に変わる



「・・・・・えぇ、そうね」

「っと、本隊4時方向から敵集団!機種は未確認、気を付けて!!

『了解!迎撃に向かう!』

「あ、その声ジータね。負けんじゃないわよ!!」

『わかってる、負けられないんだ!!』



(サーリットンで何があったのか、詳しくは聞いていないけど・・・・・何だか急に立派になったわね。この子)



 その事実が嬉しく、だがどこかに寂しさを感じるクランだった

 シュキが一人前のオペレーターになりつつある。それはとても嬉しい

 だが、ほんの一月も時間を遡れば、その頃は、いつも隣でぶーぶー言いながらオペレーター業務をどうにかこなしていた程度なのに

 初めてのオペレーター実修で「もしもし」と口走った人物とは思えない成長ぶりである



「機種照合・・・・・キシンタイプのカスタムモデル、オニガミって奴だよ!
 長距離砲戦仕様の武装だから、一気にやっつけないとヤバい相手!気を付けて!!!」



 まだまだオペレーター“らしさ”に欠けるが、彼女の報告に複数の「了解」という声が返ってくる

 伝達の要領も未熟だしレーダーの見方もなっていない。だが、よく頑張っている。ということは認めざるを得ない



 いざという時の、自分の代役が務まるくらいに



「シュキ」

「へ?何?」

「・・・・・えっと、レーダーが広域モードのままになってるわよ。範囲を絞って詳細を伝達しなさい」

「あ、はぁい」

「返事は短く」

「はいっ!」



 びしっと背筋を伸ばして作業に向かうのは良いのだが、微かに聞こえる鼻歌に大減点

 こっそり溜息をつきながらクランも作業に戻る

 マコト達、フライト小隊の別動部隊は問題無く東進を開始したようだ

 ホバークラフトで海を渡り、本隊との合流を目指している



 が、



「・・・・・!!・・・・・こちら管制機、フライト中尉。進行方向正面を基準に11時方向から敵集団接近中です」

『えっ?そりゃ危ないよね・・・・・中尉、本隊の状況は?』

「今のところ劣勢を強いられているわけではありませんが・・・・・
 照合結果出ました。敵集団、タルカスタイプのカスタムモデルと思しき機体を先頭に、同じくタルカスタイプ:カテゴリーB。
 レッドバイザー隊の機体と判明しました。機数、20!敵先導機はデータベースに該当する機種が存在しません。
 恐らく、隊長格と推察されます。気を付けて!」

『・・・レッドバイザー?』



 怪訝な顔で問い返したチェンナに、クランが詳細な説明を付け加えた

 それを聞いたチェンナの顔が、やや強ばる。己の予想が正しかったと



「アーマイル丘陵地国境付近の長距離輸送路をゲリラ戦術で襲っていた強襲部隊です。
 兵団本部の戦力評価は“B+”。強敵です」

『アイツらか・・・・・ッ!!!』



 ぎしり、とシルフィードがバトルアックスを握り締める

 その、あまりに唐突な豹変に、クランの方が面食らった

 それを見て取ったマコトが小声で早口に注釈を加える。同じく、怒気に満ちた表情で



『恨みがあんのよね・・・・・輸送の護衛中に襲われてさ、輸送車両“だけ”片っ端から蹴散らしてくれたのよ』



 どうやら、フライト小隊もそんな敗辱を味わったことがあるらしい

 話を聞いたのか、フライト小隊の全機が、猛然と怒気を放つように一斉にアイドリングを始める

 凍てついた大地を溶かさんばかりの熱気を放ちながら、ラプソディとシルフィードを先頭に、フルブーストで突撃した



『やろぉ共ッ!!ここで会ったが百万年だ!!生かして帰すなぁっ!!!!』

『『『『うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!!!!!!!』』』』×たくさん



 先頭を駆けるマコトが、ジャマダハルを振り回しながらそう叫び、それに続く子分共も一斉に己の得物を掲げて雄叫びを放った

 どう考えても軍隊の姿ではない。その様相たるや、最早完全に無法者のノリである

 だがそれだけに、攻め寄せる小隊の姿はド迫力だ。機体が大きく見えるほどに

 クランは制止の言葉を叫ぼうとしたが、一瞬躊躇った後に口を閉ざした

 今更引き留めても間に合う筈が無い。それなら本隊に支援要請を出した方が良いだろう

 そう結論付けて通信のチャンネルを指先が切り替えた



 その瞬間だった



『嘘』



 確かに聞いた

 そして見た

 敵集団、正体不明機に率いられたレッドバイザー隊に、フライト小隊が接敵した



 直後、フライト小隊の機体、5機のステータスが真っ赤に染まっていた

 “撃破”を示すサインが踊っていた

 乱戦になり、こちらも敵機を何機かは撃破しているが、フライト小隊の被害の方が明らかに大きい



 このままでは全滅する



「シュキ!!本隊、ムラキ少尉に連絡、北回りの別働隊へ緊急支援要請!!何でも良いから急がせなさい!!」



 突然の事に、スイッチが落とされた様になっていたシュキが、弾かれたように動き出す



 間に合わないかも知れない



 その可能性が脳裏によぎる

 だが、認めたくない。クランは必死で問いかけた



「フライト小隊!!チェンナ!フライト中尉!誰でも良いから応答して!!」



 声を枯らして訴えるが、まともな返答は何一つ返ってこない

 返ってくるのは、信号途絶、つまりは撃破されたことを表すステータスと、悲鳴ばかりだ



「誰か!!返事をして!!!」

「クラン、ちょっとは落ち着いて!ムラキ少尉達が支援に行ってるから!」

「だからって、このままじゃ・・・・・!!」















<数分前:フライト小隊>



 ほんの少しだけ時間を遡る

 隊長から子分共まで、一人残らず頭に血を上り詰めらせたフライト小隊の面々は、

 迷うことなく、真正面から会敵し、これを叩き潰すつもりでいた



 “つもり”だった



 マコトとチェンナを先頭とする三角陣形が会敵直前に変形する

 後方両翼に展開していた何機かがマコト達を追い抜いて、正面の敵集団を包み込むように動く



(一気にケリを付ける!!)



 マコトはそう決めた。それができる自信が、彼女と、彼女の率いる部隊にはあった

 敵機を視認、操縦桿を握り直す。緊張した思考がラプソディを動かし、ひとりでにジャマダハルを握り直させている

 そして、敵集団の先頭にいた、“暗緑色にペイントされたそいつ”が目に留まった瞬間



『嘘』



 チェンナの呟きを確かに聞いた

 だが、聞こえた瞬間には、それを怪訝に思うような暇は無かった

 半呼吸ほどの時間の後、ヘッドオンした両陣営の集団は進行速度そのままに凄まじい勢いで激突し、



 狙い澄ましたマコトのジャマダハルはあっさりと弾き返された

 かつて無いほどの激情に憑かれたチェンナのバトルアックスはそいつの手にした双槌に阻まれた

 猛牛さながらの突貫に二人は弾き飛ばされ、彼女達の部下数名がそいつに飛びかかる



 チェンナは止めようとした



 間に合うはずがなかった



 振り下ろされたのは、フォースソードが5本

 アルサレアの初世代PFから現在に至るまで愛用されていた放熱刀:レーザーソードとは違い、

 改修モデル:フォースソードは高出力化と高効率化に成功した業物だ

 その分値が張るようになったが、差し出す対価には十分見合う戦果を挙げてくれる



 避けもしない。払いもしない

 放熱刀の五閃。そいつは全てその身で受け止めた



 デキの悪い冗談のような、ほんの小さな、“焼けコゲ”としか表現できないほどの小さな傷跡が装甲に刻まれていた



 誰もが理解に苦しんだ

 その苦しむ間に彼らは撃破された

 そいつが両手に携えていた、紡錘型の先端を備えた、片手で扱うにはやや長めの戦槌:ロッドメイス

 それが縦横に振るわれた瞬間には、5機のPFが吹っ飛ばされていた

 同じ鈍器でも、サリアが得物とするX−ハンマーの様な重量で叩き潰すタイプには見えない

 先端部分のサイズなど半分程度しか無い。クラブよりも一回り小さいくらいなのだ

 それなのに、常軌を逸した破壊力で5機のPFが粉砕された



「こんのぉぉぉぉぉっ!!!!!!!」

『マコト!!』



 咆哮を上げながらラプソディが突貫

 一度擦れ違ったそいつの背中目掛けてフルブーストで突き進む

 チェンナもそれを援護しようとしたが、彼女はレッドバイザーに捕まった

 悲鳴にも似た唸りを上げるドリルアームに肝を冷やしながら、アックスの逆端でヘッドフレームに突きを見舞いカメラを潰す

 たたらを踏んだそいつに一撃振り下ろす時には、マコトは既に接敵していた



 ガ、ギンッ!!!!!



 唐竹に振り下ろしたジャマダハルの一閃は、交差させた双槌に阻まれる

 だがラプソディは逆手にもジャマダハルを携えているのだ。がら空きになったメインフレームにボディブローを叩き込む様な気持ちで、



「どぉっせぇぇぇぇいぃっ!!!!!!」



 怒声と共に叩き込んだ。いや、決して怒声というのは彼女の掛け声と掛けているわけではない

 だが、先程のフォースソードと同じだ

 ジャマダハルの先端は装甲を僅かに穿った程度で、傷らしい傷は無い

 ウェイトの差か、思いっきり殴ったというのに小揺るぎもしなかった



「ならこれでどぉだぁぁぁぁっ!!!!!」



 零距離から、ジャマダハル内蔵のレーザーピストルをトリガー

 ライフルよりは弱いが、マシンガンよりは遙かに強い光がそいつを直撃する

 一度ではない、何度も何度もマコトはトリガーする



 だが、





『残念だったなぁ』





「う、うそっ!」



 嘲りの言葉にようやく気付く。レーザーまでもが、反射されていた

 フォースソードの放熱刀をモノともせず、ジャマダハルの一撃を弾き返し、零距離からのレーザーの乱射さえ弾き返したその装甲

 マコトも思わず口走ったように、嘘のような装甲板だ。きっと、制作者だって同じ言葉を呟くだろう



 ドゥークS



 考えられる限りの、ただひたすらな剛性の追求結果であるこの装甲板は、生半可な攻撃では傷一つつけることができないだろう

 ウルクβのような特殊性こそないものの、間違いなく、現存する装甲素材ではもっとも強靱で、



 そして最も重いのがこいつだ



 最も安価で、最も広く用いられている装甲素材:エリドゥの7倍近い重量というのだから

 造った連中だって、造ったのは良いものの、まさか本気でこんな装甲を装備したPFが世の中に出てくるなんて思っていなかっただろう



 だが、現実とは悪趣味なモノで、ドゥークSで全身を鎧うPFが、紛れもなくそこにいた

 マコトは一旦距離を取ろうとするが、初撃に振り下ろしたジャマダハルが挟み込まれていて動かない

 捨てて逃げるべきだった。一瞬の判断の遅れに、ラプソディは腹に蹴りを突っ込まれ大きく弾き飛ばされた



『マコト!逃げなさい!!』



 間髪入れず距離を詰められ、トドメの一撃が振り下ろされようとしていたラプソディに、シルフィードが強引に割り込んだ

 バトルアックスの長柄でメイスの一撃をがっちり受け止めるが、パワーの差は如何ともしがたく、じりじりと押し込まれる

 その行動を奇妙に思うと同時に、確信も抱いた

 レーザーソードの様な、単体で攻撃力のある武器ならば、押し当てるだけで効果がある。放熱刀が灼くからだ

 カタナの様な武器ならば押し当てて引けば斬撃になる

 だが、敵の武器はメイス。鈍器なのだ。ゆっくり押し当てても意味は無い。その筈だ



 だが、PFの集音マイクは確かにその騒音を聞き取り、メインカメラは確かにそれを見ていた



 聞こえてくる騒音・・・悲鳴にも似た唸りは、ドリルアームのそれとそっくりである

 一度目を向ければすぐに気付いた。メイスの先端、紡錘型の部分は高速で回転していた

 恐らく、ギアのような歯が刻んであるのだろう。それが装甲を噛み、内部機構までも引き裂くのだ



『ほぅ、貴様は・・・・・覚えがあるぞ。モルビスの研究施設を襲ってくれた特務小隊だったか。
 外聞もなく逃げ出した臆病者が居たように思ったが・・・・・フハッ!』


『その武器、その機体・・・・・やはり・・・・・バール・アックス、貴様かッ!!』




















 そして、それを聞いたクランの心の心臓が鼓動を止めた

















<Side:クラン>



「ちょ、クラン!?何処行くの!?」



 いきなり席を立ったクランを慌てて呼び止めるが、彼女は振り返らない

 真一文字に引き結んだ朱唇と、据わった目元。関節が白く浮き上がるほどに握り締められた拳

 どれも、普段のクラン・ネルモアには似つかわしくないものばかりだった

 思わず言葉を忘れかけたシュキだが、席を立って腕に縋り付くようにして引き止める

 そうでもしなければ、彼女を止めることができないように思えたからだ



 だが、あっさりとシュキは振り払われた



 腕からひっ剥がされて、床に尻餅を付いている己の教え子を仮面のような無表情で見下ろし、



「シュキ」

「は、はいっ!?」















「後を、お願いね」





「後、って何どう言うことなのクラン!」



 オペレーターが二人とも持ち場を離れるわけには行かない

 それくらいシュキもよく判っている。だから、彼女は歩み去るクランを追い掛けることができなかった

 躊躇いながらもシートに戻る。クランも心配だが、作戦の真っ最中に抜けるわけにはいかない

 何かあったらすぐに連絡しよう。そう心に決めて、シュキは不安そうにクランの座っていたシートに視線を送り、



 そして、凍りついた





 彼女の眼鏡が、そこに置かれていた





 クランは足早に格納庫を目指す

 予備パーツや兵装の隙間に、ムラキ達が「機会が有れば」と詰め込んだ機体。局地戦仕様新型機:ポールヴェア

 当然のようにコクピットハッチを開け、そして彼女はタイトスカートの端を破ってコクピットに飛び込んだ

 パーソナルデータの詰まったディスケットを叩き込み、イメージ・フィードバックを起動させる

 モニタを追う視線や己の視界に異常は無い。今のところは



『クラン!どういうつもりなの!?待って!!』



 オペレータールームで、ポールヴェアの起動を確認したのだろう

 半べそのシュキが大映しで制止の声を叫んでいる

 そんな教え子に、クランはゆっくりと微笑みを浮かべて、こう言った



「・・・・・もう卒業させてあげるわ。あなたは本当に立派になったもの」

『な、何よそれ!クランやめて!!』

「頑張るのよ、自信を持って、前に進んでいきなさい。シュキ・オールティー」



 尚も叫ぶシュキからの通信を遮断し、クランは底部ハッチを解放させた

 眼下には、白く霞むリベル諸島の姿

 この吹雪の向こうに、味方が居て、敵が居て、そして奴が居る



「バール・アックス。ヴァリムの猛牛、アルフの仇!!お前だけは・・・・・ッ!!」



 そして、吹雪の中に、一機のPFが舞い降りてゆく

 雪中迷彩の為に白くペイントされたその機体は、すぐに見えなくなった















<Side:本隊>



『伍長、イズミ軍曹は両翼に展開!!砲撃隊は支援砲撃用意!ジータはこの場に踏み止まれ一機たりとも抜かせるな!!』



 ムラキの指示に、ゲイボルグが右翼、ペルフェクシオンが左翼に展開する

 先にフライト小隊が見せた部隊展開と良く似た陣形だ

 違う点を挙げるなら、こちらの方が兵種・兵力が豊富である。という点だろうか

 前方から迫り来る敵集団、キシンタイプのカスタムモデル:オニガミを包み込むような布陣である



 そして、ランブル率いる支援砲撃隊がまずは口火を切った



「長距離砲撃行くぞ!友軍全機、爆発圏内に入るなよ!!」



 リニアバレルが成形炸薬弾頭を撃ち出した。それに続いて子分共の砲撃が続く

 特に、ディンゴがぶち込んだのはとびっきり強烈なハイ・エクスプルーシヴだ。一際巨大な火の華が咲く

 しかし、ラセツやイリアの様に簡単には倒れない。オニガミは装甲と武装に優れた重量級だ

 爆発に打ち倒された機体こそあるものの、撃破には至っていないようだ



『おぉし、行くか。お嬢!』

『参ります!!』



 爆炎に向かって駆けるゲイボルグとペルフェクシオン。そして二機に続く後続はJ−ファー・カスタムやグラップラーの混成部隊

 近接戦で一気に叩き潰そうという腹だったが、爆炎を割って伸びてくるバスターランチャーの光条に、進軍の足が僅かに乱れた



『小隊規模のバスターランチャー一斉射ってのは、かますのは爽快だけどよ。やられんのは物騒だな』



 非常に同感である。最初の支援砲撃が裏目に出た結果なのかも知れない

 爆炎に埋没する敵機からの不意打ち、しかもバスターランチャーの一斉射という攻撃に、後続機が何機か食われていた

 後方モニターに映るそんな光景を尻目に、リンナはプラズマグレイヴを起動

 紅蓮の光刃を脇に引きつけるように構え、炎の中から姿を現せたオニガミの一機に斬りかかった

 横薙の斬撃をそいつは逆手に構えていたクラブで柄を受け止めようとしたのだろう

 だが、リンナの方が何枚も上手だった

 横薙の一閃。だが受け止められる瞬間にその動作を捨て、グレイヴの長柄を腰溜めに引きつける。刺突撃へのスイッチ



『出直してきなさい!!』



 遠慮無く突き込んだ

 Arガスプラズマの奔流が、がら空きになった腹部に吸い込まれるように決まり、そのダメージは機能中枢を一瞬で灼き尽くした

 そんなペルフェクシオンの背後から別のオニガミが襲いかかってくる

 軽量級のペルフェクシオンでは、一撃まともに入っただけで大破できるであろう、重そうなクラブを振りかざしている



『悪ぃが、やらせねぇよ』



 先程の一斉射に心底ムカついているらしい

 珍しく不機嫌そうな声音のオスコットが割り込んできた

 ペルフェクシオンの背後から飛びかかってきた三機の敵を見据え、インブレイクスピアをくるりと手中でスピンさせる

 目の前の奴に二撃、右方の奴にも二撃。向き直ったことで背後にいる奴には一瞬でスピアを逆手に握り直して二撃

 背中に目があるのではないかと思えるような、一瞬の早業であった

 そしてオスコットはインブレイクスピアが吐き出した地雷の起爆を、何となく時代劇チャンネルで見た番組を思い出しながら、

 まるで見得でも切るように、スピアを素早く振り回しながらぴたりと脇に挟み込んで、トリガー

 一斉に爆散する敵機。続いて距離を取りながらバスターランチャーをぶっ放して“道”を切り開く

 その道を通って、リンナを先導とする友軍機が突っ込んでいった

 乱戦となり、砲撃隊への心配が無くなったと判断したのだろう。グランツとゼファーもそれに加わる



 そんな交戦の最中だった

 ムラキの耳に、シュキの悲鳴じみた言葉が飛び込んできたのは



『少尉お願い!クランを止めて!!』

『な、何!?』



 流石のムラキでも、思わず戸惑った返答を返してしまう

 幾ら何でも、訳が分からなかった。いきなりクランを止めろと言われても。どういう意味なのか



『オールティー君。状況はできるだけ正確に伝えてくれ!』

『さ、さっきの援軍派遣要請。すぐに向かって!!今すぐ!!今すぐに!!』

『だから、それとネルモア中尉とがどう関係しているんだ!?』



 常日頃からシュキの態度は決して真面目とは言い難く、軍属らしからぬ振る舞いをいつまで経っても直さない彼女だが、

 決して、この忙しい時に質の悪い冗談を言うような性格でも、簡単に錯乱するような性格でも無い

 それは誰もが断言できる。彼女が芯に秘めた強さは、誰もが何となく気付いている

 だから余計にわからない

 まして、クランが側にいる筈なのに・・・・・と、全員がそう思っていた



『シュキ、シュキ!落ち着くんだ!』

『ジータお願い!すぐにフライト小隊に合流して!このままじゃクランが、クランの目が死んじゃう!!』

『ど、どういう事なんだよ詳しく聞かせてくれよ!』

『フライト小隊もやばいのか?』

『だが、この場の制圧も・・・・・』





 突然の事態に慌てふためく一同を、醒めた視線で眺めるランブルだが、



(お前はいつまで任務の犬でいるつもりだ)



 胸中では、ムラキの言葉が引っかかっていた

 その響きは疎ましくもあるが、心の何処かでは自分に叫んでいる。ムラキが言った台詞と同じ言葉を



(“狼”に戻れ)



 何を



(“狼”に戻れ)



 何を今更



(“狼”に戻れ!)



 何を今更言っているんだ。あの日の自分の無力さを忘れた日は無い

 ズタボロになりながらも敵軍を追い払い、その次の日には逆に包囲され、来るはずのない援軍を待って戦って戦って戦って

 たった一人、無慈悲な幸運に助けられて生き延びてしまった自分が、何を今更

 歯牙無き“任務”の飼い犬に、狼の魂は戻らない。そんな資格は己には無い!



 誰よりも、自分を許せなかった

 何よりも、己の無力を呪っていた

 負けて、殺されて、護れなくて、それでも自分は生き延びて、今ここにいる



(あいつに二の轍を踏ませないためにも、頼む)



 あぁ、そうだな。ランブルは思う

 シオン・マクドガル。あいつは確かに狼だ

 任務の犬に成り果てた自分が無くした牙の誇りを、あいつは大切に持っている。自覚は無いのだろうが










 だが、このまま事態を放っておけば、あいつの牙が失われてしまう





 ようやくわかった

 どうして、あんな甘っちょろい若造に、何だかんだと言いながら着いて行く気になったのか

 ムラキに言われるまでもなく、そうした危惧を最初から抱いていたんだ。あいつは、昔の自分と、あまりにもよく似ているから

 苦笑が込み上げてきた。まさか、牙を失った“任務の犬”に、“狼の魂”が一欠片でも残っているとは思っていなかったからだ










「・・・・・俺は、あいつを・・・・・俺と同じにさせたくなかったのか」





 ランブルの中で、何かが弾けた。それが枷だったのか、鎖だったのかは彼自身にもわからない

 ただ、意識が急速に覚醒してゆくような、開放感にも似た何かが、彼の心を通り抜けていった



「オールティー伍長。詳細は良い。要点のみ教えてくれ」



 会話に割り込んできたランブルの口調に、全員が息を呑んだ

 いつもならば、“狂犬”は誰が死のうと、それが味方であっても、気にはしない

 それ故に彼は“狂犬”、“任務の犬”と呼ばれているのだから

 だが、今の彼は違う

 スカーフェイスを剣呑に歪めて、斬りつけるような口調でシュキに問い正している。“仲間の状況について”を



『く、詳しい事ははわかんないけど、いきなり、いきなり飛び出して行っちゃって・・・・・』

「場所は」

『フライト小隊の交戦ポイントだよ、支援要請をさっき出したばかりの』



 それ以上、ランブル・クリスティーン曹長は時間を無駄にはしなかった



「ムラキ、ランバート軍曹、イズミ軍曹、支援砲撃隊半数は続け。伍長、大尉はこの場の指示を」

『・・・・・やれんのか?“狂犬”ランブル・クリスティーン曹長殿よ』



 オスコットの挑発めいた口調に、ランブルは彼を睨み付けるが、

 意外にもそこにあったのは侮蔑や嘲りでは無かった。心の底から、オスコットは自分の方を頼もしげに見やっている

 口振りから憎まれ口が消えないのは・・・・・彼の性分なのだろう

 そしてランブルは言葉を返した



「俺は・・・・・犬じゃない」



 その言葉に、ムラキの表情が喜びと驚きに固まった

 彼の言葉の真意をこの時点で理解できたのは、彼だけだったからだ

 呆気に取られているジータとリンナに向かって、彼は凄味の漂う不敵な笑顔を向け、そしてこう言った



「少々不本意ではあるが・・・・・」



 ブーストペダルを踏み潰す

 吹雪を突き破るように、ディンゴは疾走を始めた

 昔の癖で体が動く。廃気口からの緊急ブロー

 形の歪んだ排気口から吐き出される熱気は、思いがけず高く、その排気音を笛の音のように響かせる



(よぉランブル!調子はどうだ!)



 アイツ等の声が聞こえたような気がした



(今日も頼むぜ、アレ、やってくれよ!)



 わかっているさ。と、ランブルは心の中で呟いた

 久しぶりに聞いたのだ。かつて、自分と肩を並べていた仲間達の声を

 信頼と、絆があった、アイツ等の声を



「見せてやろう・・・・・俺の、“狼”としての、戦いをな」



 猛々しく響くその“遠吠え”に、続く誰もが興奮と戦慄を憶えた

 それが、かつて「ウルフ・パック」と渾名された部隊が出撃する際に、必ず上げていた雄叫びであることを知る者は、今はもう少ない



















<Side:フライト小隊>



 防戦一方のチェンナを尻目に、マコトはレッドバイザーの最後の一機を撃破した

 状況は最悪、敵側の機体も指揮官:バール機を除いて全滅させたが、こちらの勢力も全滅している



 そして、このままでは自分達も



「マコト!ここは私に任せて、あなたは逃げなさい!!」

『だ、駄目だよそんなの!!一人だけ逃げるなんて絶対に嫌だ!!』

「聞き分けなさい!マコト・フライト!!」



 だがチェンナの叫びには耳を貸さず、マコトはラプソディを突貫させる

 目の前には、暗緑色にペイントされたPFの背中

 背中は、人間の身体にとっては頑丈な部分だが、PFのそれは完全に弱点だ

 埋設されているブースターベイ、射出ポッドのハッチ。それらの為に複雑な機構に成らざるを得ないPFの背中

 だが、ジャマダハルを振りかぶったところで、マコトは目を見張った



 こいつは、射出ポッドのハッチまで装甲で覆ってしまっている!



『な、なんなのよこいつはぁっ!!!』



 がちん、と弾き返されたジャマダハルの切っ先を恨めしげに見やり、マコトが泣き言を言っている

 そりゃそうだ

 目前のそいつの背中は、僅かに姿を見せるブースターノズルを除いて、全て装甲で覆われていたのだから

 射出ポッドのハッチを装甲で覆っていると、ジャンケンに負けるくらいの確率で緊急射出機構の正常動作を阻害する

 失敗すればどうなるか

 無防備なコクピットポッドが地面に転がり、そして敵に踏み潰されるか、自機が撃破されていたなら爆発に呑まれるか

 どちらにしても、まず死ぬ

 逃げるつもりはない。負けるつもりもない。そうした自信の顕れなのだろうか



 強くなってゆく吹雪の中、蹴り飛ばされたシルフィードがそのまま後退

 距離を取ってラプソディと肩を並べた



「こいつは、バール・アックス。“ヴァリムの猛牛”とも呼ばれるパイロットよ」

『“ヴァリムの猛牛”・・・・・?・・・・・って、嘘っ!!』



 チェンナの言葉に、マコトは息を呑んだ

 “黒夜叉”、グリュウ・アインソード程ではないが、“猛牛”、バール・アックスの名はそれなりに知られている

 その戦法は単純明快にして強力無比。“圧倒的なパワーと装甲で真っ正面から敵を砕く”というものである

 グリュウのようなスピードと技を生かした戦法とは真逆だが、それだけに単純で付け入る隙がない

 マコトの操るジャマダハルは完全に無力。チェンナのバトルアックスの一撃ならば多少のダメージは与えられるだろうが、

 それを簡単に許すような相手でもない



「万事、窮す。って奴?」



 マコトがそう呟いた時、二人のコクピットに見知らぬ男の顔が映った

 如何にも軍人らしく、岩の如く厳めしい顔立ちを、刈り込まれた顎髭が縁取っているそいつが、にやりと口元を歪めて見せた

 実に不吉な笑みである



『あの世で誇れ。このバール・アックス様の駆る“不動”を相手に5分以上も持ち堪えた者など、そうおらんのだからな!!』



 そう言って、目の前のそいつ・・・・・バールの乗機:不動はロッドメイスを構え直し、

 ラプソディを庇うように進み出たシルフィードに向かって、正しく猛る雄牛の如く猛進する

 舌打ちしながらバトルアックスを持ち直し、チェンナはシルフィードを身構えさせる



(これは・・・・・ここまで、かな)



 内心はそんな事を考えているが、硬直しているマコトに向かっては、とにかく逃げろと叫んだ

 それが聞こえなかったのか、聞こえていて無視したのだろうか

 恐らく後者だろう。ラプソディはジャマダハルを握り直した

 目前にはもう不動が居る。彼女のいた部隊を壊滅させた奴が居る。彼女の無二の親友に一生消えない傷を負わせた男が居る

 ロッドメイスが振りかぶられている。あとどれだけ耐えきれるだろうか



(ごめんなさい、クラン・・・・・一矢報いることも、適いそうに無い)



 そんな、チェンナの視界を、不意に一陣の吹雪が遮り、










『・・・・・見つけた』



 耳に響くのは、どうしようもなく聞き覚えのある声



『“ヴァリムの猛牛”、バール・アックス、アルフの仇・・・・・ッ!!!!』



 今は怒りと憎しみに満ち満ちているその声

 両腕に構えたハンドMLRS越しに握り締めたフォースソードが、ロッドメイスの長柄を食い止めている



『何っ!!?』

『嘘・・・・・ク、クラン・・・・・!?』



 間違いなく、その場にいた全員の耳に聞こえてきたのは、コバルト小隊のメインオペレーター:クラン・ネルモア中尉の声だった

 だがいつの間に現れたのか、少なくともこの場に居る3人の機体のレーダーには何の反応も無かった筈なのに、

 現実として、彼女の操るポールヴェアは目前にいる

 チェンナ達は知らない事だが、かの機体は局地仕様に特化した機体であり、その為の装備も当然備えている

 コールドゼリーシステム

 機体を覆う不凍性冷却ゼリーとレーダー攪乱物質の混合物は、猛烈に吹雪く天候と相俟って予想以上の効果を上げていた

 チェンナにとっては、嬉しくないことに



『ハッ!!一機増えたところで!!』



 バールの嘲笑

 確かにその通りなのだ。生半可な兵装ではバールのPF:不動の装甲を貫くことはできない

 パワーと装甲で勝る機体に打ち勝つことは極めて難しい筈だ

 見たところ、クランの駆るポールヴェアは脅威と成り得るような大火力の装備を隠し持っているようには見えない



 不動が逆手のロッドメイスを振りかぶる。猛烈な回転を見せる先端部のギアが、吹雪を噛んで咽び泣く

 フォースソードの刀身諸共に叩き潰すような勢いだ。一撃貰っただけで軽く大破するであろう渾身の殴撃



 だが、クランの反応はキレていた



 フォースソードで受け止めていたもう片方のロッドメイスを、振り下ろされる方のメイスに合わせるように角度を変えさせた

 結果として、バールは自分のメイスに攻撃を阻まれるような格好で、彼の口が舌打ちを打つよりも早く、彼はポールヴェアを一瞬見失う



 クランは側面に回りこんでいた



 まとわりつくコールドゼリーの飛沫を散らせながら、一瞬の円周機動で回り込んでいた

 チェンナとマコトが息を飲む。疾い

 コールドゼリーシステムを併用しての高機動とはいえ相手は反応しきれていない、見事な操機技術だ



『私を、甘く見るな』



 常からは想像がつかないほどの、寒気がするほど冷たい声音

 冷たい感じのしない冷静さが彼女のオペレーションのウリなのに、今の彼女はその逆だ

 微笑を湛えていた白貌は、今は修羅のそれに等しい。真一文字に唇を引き結び、眼鏡を外した鳶色の瞳は凶眼と化している

 早くも、瞳の奥に熱く鈍い痛みが襲ってきた。それが何を意味するか、彼女が知らないはずが無い

 だが、それに構わず彼女は両手のハンドMLRSをトリガー

 両腕から放たれた計12発の小型ミサイルが、不動の足首に側面から襲いかかる



『う、おぉっ!!?』



 いくら着ている装甲が分厚くても、関節周り、特に体幹付近以外の装甲はさほどに分厚くは無い

 メイスという単純な打撃を与える武器を振り回すアームの装甲は、それなりに頑丈なようだったが、

 足回り、特に膝から下はマニューバの邪魔にならない程度の装甲でしか無かったようだ

 レッグフレームは腰からスカートのように延びている装甲に守られてはいるが、流石に足首付近まではカバーしきれない

 結果として、不動は氷原に膝をつく。だが、足首が完全に潰れてしまったわけではないし、ブースターだって生きている

 歩行も可能だろうし、ブーストで強引に機体を振り回すくらいやって見せるだろう



『おのれ、小癪な真似をぉっ!!!!』



 怒声と共に、不動は両肩から対PF用の中型ミサイルを発射した

 MLRSの小型ミサイルの様に多弾の同時発射はできないが、単発の破壊力は大きい

 それにミサイルそのものが大きい為に、内部電子兵装も小型ミサイルより充実している。誘導性能も上だ

 だが、そんな諸々の事情も、コールドゼリーシステムを使用しているポールヴェアには関係無い

 氷原を迷走して行くミサイルを尻目に、クランは吹雪の中に身を隠した



「え?この期に及んで・・・・・潜伏戦?」



 マコトが怪訝な表情でそう呟く

 潜伏戦。とは読んで字の如く、身を潜めて敵の不意を打つ戦法だ

 普通は、バスターランチャーやキャノン砲、レールガンやモーターキャノンなどの超長距離砲戦仕様機を用いるのがセオリーだ

 だが、この戦法は大前提として、“相手に気づかれていないこと”が条件である

 敵機のレーダー圏が己の得物の有効射程よりも広ければ、アウト

 目視で見つかるようであっても、勿論アウト

 この場合のクランは、そもそも姿を見せていたのに、相手の動きを止めた上で姿を消すと言うのは、どうにも解せなかった



『違うわ、これは潜伏戦なんかじゃない』

「え?」



 マコトの呟きを聞きつけたチェンナが、そう言葉を返した

 そして、思いもよらぬ言葉を彼女は紡ぎ出している



『・・・・・囮作戦よ』



 どこが?、とマコトが問うよりも早く、シルフィードはラプソディの腕をひっ掴んでその場を離れていた

 突然の事に驚く暇も無ければ問いただす暇も無く、マコトはそれを見た



 バール機:不動を取り囲むように、四方八方から小型ミサイルが、吹雪の中から襲いかかってきたからだ



 目くらましだ



 バールはそう断定した

 先ほどの、見事な手際のピンポイント攻撃とは違って、単なる熱源探知による誘導だろう

 この程度のミサイル、直撃したところで被害などほとんど無い

 それよりも厄介なのは、コクピットに伝わり苛立ちを募らせる衝撃と、視界を塞いでくる爆炎の方だ

 それらによって生み出される隙を狙っているのだろう

 バールはそう確信し、結論する

 小型ミサイルが装甲にぶち当たり、次々と爆ぜてゆく

 だが、バールは己の乗機をその名の如く、一歩たりとも退かせなかった



 吹き荒れる吹雪と、姿を隠したポールヴェアから吐き出される小型ミサイルに、マコトとチェンナも動けなかった

 二人としては勿論クランの加勢に駆けつけたいのだが、コールドゼリーシステムによる迷彩効果は無駄に完璧で、

 彼女達からもポールヴェアの機影を確認させない

 下手に手を出せばクランの邪魔になるばかりか、最悪、巻き込まれかねない

 今のクランは、冷静さを欠いているどころの話ではない。最早、その精神状態は狂乱に等しい



(でも、このまま、奴を押し込めるなら・・・・・)



 チェンナは一瞬だけそんな事を考え、すぐにそれを打ち消した

 クランの眼のことを知っているというのに、何ということを考えるのか

 だが、結局打つ手を見出せず、身構えてはいるものの手は出せないのが現状だった



『くっ・・・!!』

「チェンナ、落ち着いてよ。応援だって来てくれてる。もう少し時間が稼げれば『それじゃ駄目なのよッ!!!!!』



 マコトの言葉に、らしくもなく怒鳴り返してしまった

 横っ面を引っ叩かれたかのような顔でマコトは凍りつき、チェンナの内心には更に苛立ちが募る



 そして、クランが動いた



 フォースソードを除く全ての武装を廃したポールヴェアは、不動を直下に見下している

 彼女は上に居た

 放熱光を輝かせるフォースソードを大上段に振りかぶっている

 パワーダイヴを併用した斬撃は、機体重量と落下ベクトルの相乗効果で、GFだろうが一刀両断にしてみせたに違いない















 だが、









『・・・・・惜しかったなぁ』





『・・・・・そんな・・・・・!』



 読まれていた

 不適に唇を歪めて言い放つバールの顔

 必殺の気迫を込めて打ち込んだ斬撃がいとも容易く受け止められた衝撃にクランが凍りつく

 しかし、バールからすれば、頭上からの急襲は予想の範囲内だった

 普通、不意を狙うなら背後か負傷のある方向を狙うだろう。この場合ならバール機は右足首が小破していた

 だが、クランは360°の全方位からミサイルによる目くらましを仕掛けてきた

 それによって視界は悪くなり、全方位へ注意を向けるようになる。横から来れば横を見る。後ろから来れば後ろを見る

 そしてその瞬間、最大の隙は、死角はどこに生み出されるか



 頭上、しかない



 バールとて百戦錬磨の豪傑である。単純な消去法で彼女の行動は推測していた

 純戦術レベルで、クランは彼に遅れを取ったという事であろう

 頭上で交差させたロッドメイスに、がっちりと刀身を挟まれているフォースソード



『ふんっ!!』



 鼻息と共に繰り出された掛け声

 交叉させたまま振りぬかれるロッドメイス

 先端部のギアは猛烈な勢いで回転しており、その回転に両側から挟み込まれたフォースソードの刀身が耐え切れるはずも無く、



 いとも容易く、フォースソードは砕け散った



 態勢を崩したポールヴェアが着地する

 かの機体を護るものは最早何も無い

 チェンナが叫びながらフルブーストをかけるが間に合う筈が無かった

 マコトも、一瞬送れてチェンナに続く。続いたところで何もできないのは承知の上で

 そしてクランは瞼の奥から、これまでに無い程の熱い痛みを感じた

 その痛みが、彼女から全ての気力を奪い去っていった










『・・・・・ごめんなさい、アルフ・・・・・仇を、討てなかった・・・・・ッ!』





 ロッドメイスを振り上げる不動を、真っ赤に染まった視界の中で呆然と眺めながら、

 ひどくゆっくりと進む時間の中で、クランは脳裏に、かつての想い人の姿を描いている










 ドン

























 機体を揺さぶる衝撃に違和感を感じたクランは、出血に赤く霞む視界の中で、確かに見た

 ラプソディとシルフィードの二機が、己の機体にやりすぎなくらいワイヤーを引っ掛けてくる様を



 そして、猛然と引きずられるポールヴェアのコクピットの中で、クランの視界は闇に閉ざされた



 ただ、遠吠えに似た何かが、耳に低く響いていた











<Side:ランブル>



『あ、当たったんですか!?あんな距離で!!?』

「当然だ。いちいち驚くな。ルーキー」



 信じられない、という様子のジータに、ランブルは素っ気無く言い捨てた

 だが、彼の砲撃を今までずっと見てきた一同も、同じような心境だったのである

 超長距離砲戦で、PFサイズの標的に山なり弾道で飛ぶ炸薬弾頭を直撃させることなんて、普通はできない

 射出の瞬間から運動エネルギーは減衰してゆくし、大気の状態や風向きなど、些細な事象が弾道を狂わせる

 百発百中が謳い文句のスティールレイン支援砲撃部隊だって、厳密に言えば標的を直撃している弾頭は少ない

 弾頭の種類にも依るが、標的を中心とする半径5m程度までは誤差の範囲内と認識されている為だからである

 この範囲内ならば「直撃」と言っても良い

 本当の意味での「直撃」は、ほとんど偶然に依るものである



 だが、ランブルはやってのけた

 狙い済ました一撃を「当然」と言い切った

 超長距離砲戦のエース:ギブソン・ドゥナテロ大尉にだって、こんな芸当ができるかどうか



「お嬢、ルーキー、先行してフライト小隊と合流せよ。交戦の必要は無い。支援砲撃隊は阻止砲戦展開、急げ!」

『『了解』ですわ!』



 「お嬢」呼ばわりされたというのに、それさえ忘れてリンナはペルフェクシオンを疾走させる

 ジータの事も、面と向かって「ルーキー」と呼んだことも無かったのに



『どういう心境の変化だ?ランブル』

「うるさいぞ、ムラキ。お前もさっさと配置につけ」



 妙に人懐っこい笑顔で問い詰めてくるムラキを一蹴する

 スカーフェイスに浮かべた仏頂面は、やはりいつものそれだ

 支援砲撃隊が一列横隊で展開している最中にも、ディンゴのロングバレル・レールガンは立て続けに電磁滑走の唸りを上げている

 人知を超えた弾道計算と照準速度で、ランブルは本当の意味での「直撃」を連発させている。信じ難いことに



『こちらグランツ!!クラン中尉の機体を確保しました!!』

「よくやった。後は任せてさっさと逃げておけ」



 一瞬、ジータの表情が固まる

 ジータだけではない、それを聞いた全員の表情が固まった

 「よくやった」。その一言に、誰もが怪訝な顔で目を見合わせている。失礼な連中である



『臆したか小童共ぉぉっ!!!!!!!!!』



 トドメの瞬間を掻っ攫われたことが我慢できないのか、憤怒の形相のバールが猛然と追撃してくる

 ランブルの放つ砲撃の直撃を受けながらでも、こいつの動きは止まらない

 しかし、クランに潰された右足の小破の為にバランスが悪いのであろう。それほどの速度は出ていない

 だが、動けないポールヴェアを抱えたジータ達には十分に追いつける速度だ

 振り向き様にラプソディがジャマダハル内臓のレーザーピストルをトリガーするが、この程度の火力ではダメージにならない



『くっ、マズイよこのままじゃ!!』

「砲撃隊前進。彼らの離脱を援護しろ。ムラキ、上がるぞ!」

『了解だ!』



 マコトが唇を噛むが、このままではどうしようも無い。ディンゴとゼファーも前に進み出る

 リンナとジータの機体はどちらも軽量級であるが為に、あまり不動とは戦わせたくない

 プラズマグレイヴは強力無比だが、あいつの装甲の前にどれほどの効果があるか。肉を斬らせて骨を断たれるのがオチかもしれない

 スタン・エッジで内部電装にダメージを与えればあるいは行動不能にでもできる可能性があるが、これも確実ではない



「やってみる、か・・・・・!?」



 剣呑な眼差しで、迫り来る不動の姿を見据えていたランブルだが、不意にその視線が一層険しくなった

 シルフィードが速度を落とし、その場でスピンを切ったからだ

 バトルアックスを両手に構えて不動の進路上に立ち塞がる



『チェンナ!!』

『逃げなさい、早く!!』



 あっという間に距離を詰めてくる不動の姿に、マコトもラプソディを踏みとどまらせようとする、が



『フライト中尉、駄目です!!』

『でも!!』

『曹長と少尉が何とかしてくれますわ!今は離脱を優先しましょう!』



 リンナの言葉に納得したのか、どうなのかは分からないが、マコトはとりあえず諦めたようだ

 そんな彼女の脇をディンゴとゼファーがフルブーストで駆け抜けて行く

 すれ違う瞬間、生み出される衝撃波が励ますように、彼女の肩を叩いていった



「お嬢の言う通りだ。離脱を優先しろ」

『う・・・・・でも』



 改めてそう言われると、悔しさが込み上げてくるのだろう

 涙目になって言葉を噛み殺す“中尉”の姿に、ランブルは盛大な溜息をついた



「クラン中尉を頼む」

『・・・・・了解。曹長こそ、チェンナの事、頼んだからね!』

「了解だ」



 お互いに、決して相手を引かせぬ要求を突き付け合って、マコト達は撤退して行った

 その後ろ姿を、特に表情一つ動かさずに見送るランブルだが、ムラキの目にははっきりと判る

 彼が今、はっきりと安堵していることが



『難儀な男だな。お前も』

「・・・・・そんなことは百も承知していただろうが。ムラキ」



 そう言って、ランブルはにやりと唇を歪めた

 時折浮かべていたような冷笑では無い。どこか凄味の漂う、それでいて人を惹き付けるニヒルな笑み

 それはグレンリーダーやグリュウが見せる一面と非常に良く似ていた

 剣呑に据わった視線でぎらりと獲物を睨み付け、ディンゴは氷原を疾駆する



『それでこそ、お前だよ。ランブル』

「・・・・・フン」



 照れたように鼻を鳴らし、ランブルはWCSが弾き出す相対距離から砲撃角度を計算し始める

 視線の先では、チェンナの駆るシルフィードが不動を相手に必死の防戦を展開していた



『はぁっ!!!』



 鋭い気勢を乗せた横撃で不動を寄せ付けない

 あいつの得物はロッドメイス、クラブに良く似たそれは、やはりクラブと同じくリーチが短い

 対してバトルアックスは長尺兵器だ。振りの遅さは機体の機動力でカバーできる

 リーチを最大限に生かして、敵を寄せ付けない様に戦えば、勝てなくとも時間は稼げる。そう踏んでいた



『その程度で・・・・・浅はかぞ!!』



 嘲笑を浮かべて、バールは両手に構えたロッドメイスの、それぞれの逆端を押し付け、ぐいと捻り込む

 一瞬で、PFのアーム程度の長さだった双槌は、倍の長さ、チェンナの構えるバトルアックスと遜色の無い長尺兵器になっている

 両端に、唸りを上げて回転するギアを仕込んだそれを、今度は素早く振り回すのではなく槍の様に突き込んでくる

 意表を突かれたチェンナは、最初の一撃を避け損ない、左腕に装備されているカイザーシールドでの防御が間に合った



 特殊装甲板を張り合わせた軽い盾は、紙屑のように引き裂かれた



 シルフィードの左腕が未だにくっついているのが奇跡の様に思える

 厄介な相手だ。チェンナは考えを改める。こいつは、パワーと装甲に任せた猪突猛進タイプの馬鹿だと思っていたが、違う

 こいつは、もっと、ずっと狡猾な奴だ

 得物の射程の優劣が無くなり、チェンナは攻める手立てを失った

 バトルアックスには、ロッドメイスを二つ組み合わせた形態:ハンマースタッフで対抗される

 腰のラッチにはハンドアックスをぶら提げてはいるのだが、

 奴のことだ、至近戦を挑めばハンマースタッフをロッドメイスに分割するだろう

 パワーと装甲だけではない。近距離格闘戦での戦術でも負けていた



(どうやっても・・・・・勝てないか)



 諦めがチェンナの思考を支配する

 猛然とハンマースタッフの突きを連続で繰り出す不動

 シルフィードを駆るチェンナは神経をすり減らしながら耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶ

 だが、いつまでもそんな綱渡りが続くはずが無かった

 足捌きをしくじったシルフィードが転倒。ソールに履いたスパイクが音を立てて氷原を削るが、崩れる体勢へのブレーキにはならない



『もらったぞぉっ!!!「何を持って行くつもりだ?」



 爆発

 ぎりぎりのタイミングで間に合ったランブルの援護に、二度、バールは必殺の機会を奪われた

 振りかぶった手元に、ディンゴの撃ち込んだ成形炸薬弾頭が炸裂し、不動の機体を仰向けにひっくり返す

 それでも、ドゥークSの装甲は煤けるばかりで損傷らしい損傷がないのだから、最早こいつの機体は化け物と言うべきだろう



『おのれっ!また、貴様かぁぁっ!!!!』



 猛然と起き上がり、砲撃をぶち込んでくれた機体:ディンゴを睨み付けるバール

 その隙にシルフィードも起き上がり、駆けつけてきた二機に合流した



「ムラキ、借りるぞ。三手で決めてくれ」



 ゼファーの腰部ラッチからサブマシンガンをもぎ取り、ランブルはそう呟いた

 ムラキはそれに黙って頷く。そこには、決して揺るがぬ信頼があった



「マーロウ少尉。俺が奴を“崩す”。初撃を頼む」

『・・・・・』

「どうした、機体に異常でもあるのか?」

『いいえ、そうじゃないけど・・・・・それが、あなたの素顔?』



 素顔、という言葉にランブルはやや眉を潜める

 確かに、彼の左目付近に刻まれた傷痕は、彼の仏頂面を百倍物騒に見せている

 だがチェンナはコバルト小隊に編入されて日が浅いとはいえ、ランブルの顔を初めて見たわけではない

 今更、顔を見て驚くことも無いと思うのだが・・・・・



「悪かったな。不吉な面で」

『そうじゃない・・・・・今までの顔よりも、そっちの、素顔の方が素敵ね』

「。」



 突然の言葉に、思わず呆気に取られるランブルである

 事の成り行きを見守っていたムラキがにやりと笑い、

 どうしたことか、チェンナは褐色の肌でもそれと分かるほどに頬を赤らめて、こう言った



『その、ちょっとだけ・・・・・惚れたわ』



 それを聞いた全員がにやりと笑った

 複雑な感情が胸中で湧き上がるが、今はそんな感情に支配されている場合ではない

 気持ちと表情を引き締めて、ランブルは不動を睨み据えた



「行くぞ」

『『了解!!』』



 チェンナの声に、若干力が入っていたことを明記しておきたい

 砲戦仕様機であるにも関わらず、ディンゴが先行。それを追いかける形でシルフィードが続く



『ぬるいわっ!!!!』



 バールの咆哮。こちらも間合いを詰めながらハンマースタッフを分割し、X字にクロスする様な形でロッドメイスを振り下ろす

 だが、ランブルはそれにきっちりと反応して見せた。ディンゴを低い姿勢に屈ませる

 右側のメイスは、吹雪を噛んで咽び泣く先端部分にサブマシンガンの機関砲弾を叩き込んで押さえ込み、

 左側のメイスは、肩に装備されているSショットが吐き出す散弾で弾き返した

 その程度の攻撃で壊れるほどチャチな装備ではない。だが、振り下ろされるメイスの軌道を反らすことには成功

 一瞬だが、奴を“崩して”みせた



「今だ、やれッ!」



 指先が地面に触れるくらいの低い姿勢のままディンゴはフルブースト

 円周軌道で不動の側面に回り込み、代わってシルフィードが突っ込んでくる。バトルアックスを右肩に担ぐように構えている



『アルフと、クランの、仇ぃぃぃぃぃっ!!!!!!!!!』



 氷の大地を浅く削りながら、チェンナは掬い上げるような一撃を不動の腹に叩き込んだ

 全身の力を一滴残らず振り絞ったアッパースイングは、恐るべき事に重量級であるはずの不動の機体を空中に打ち上げる

 あらゆる攻撃を弾いて見せた胸部を護っていた装甲板。ドゥークSに、はっきりと亀裂が走る



『ば、馬鹿なっ!!?』



 バールが驚愕の言葉を漏らすのも無理はあるまい

 彼の機体の装甲を、真っ正面から打ち砕いて見せた者など、アルサレアには居なかったからだ

 吹雪を割って叩き込まれた一撃に、空中に浮かばされた不動の巨体を見やり、ランブルは操縦桿を握り締めた

 低く屈ませていた姿勢から、更に腰を落として低く構える

 片膝を立て、片足は伸ばす。左腕は地面に落とし、右腕は主兵装であるロングバレル・レールキャノンのリニアバレルに添えられている



「駄賃だ。受け取れ」



 ハイ・エクスプルーシヴをトリガー

 近距離から叩き込まれた高性能成形炸薬弾頭が一際巨大な火の華を咲かせる

 熱と衝撃に胸部の装甲板の亀裂は明らかに大きくなっていた。右腕も半ばから千切れ掛かり、傷口から火花を散らせている

 勿論、仲間をこれだけ散々な目に遭わせておいて、この程度で済ませてやるつもりはない

 そこまで人間ができてはいない

 バトルアックスのアッパースイングと、レールキャノンのハイ・エクスプルーシヴによって天高く打ち上げられた不動を、

 ゼファーが睨んでいた

 ジェネレーターが焼き切れる寸前まで機関出力を高め、

 臨界までエネルギーをチャージさせた高出力プラズマライフルを抱えているゼファーが睨んでいた

 ヘッドアップ・ディスプレィを目深に下ろしたムラキが、照準波を孕んだ視線で宙に舞う不動を睨み付ける



 ロック・オン



『これで、消し飛べっ!!!!』



 トリガー

 爆発寸前まで蓄えられていたエネルギーの奔流は、光槍となって不動を貫いた

 ここまでやると、最早バスターランチャーとほとんど同じ、いやそれ以上の破壊力である

 だが、撃った瞬間に機体のジェネレーターが音を上げてしまい、身動き一つままならなくなる様では実用的とは言い難い



『奴は!?』



 荒い息をつきながらチェンナが叫ぶ

 視線の先には、氷原に倒れ伏す不動の姿



 だが信じ難いことに、バトルアックスを叩き込まれハイ・エクスプルーシヴを至近距離で喰らいプラズマライフルにぶち抜かれても、

 そいつは、まだ、生きていた

 役立たずになった右腕を切り離し、転がり落ちたロッドメイスを組み合わせてハンマースタッフにし、

 それを地面に突き立てて立ち上がる



『化け物かあいつは?』

『とにかくトドメを!!』



 驚きと呆れを含んだ口調で呟くムラキだが、チェンナは彼ほど冷静ではいられなかった

 バトルアックスを構え直し、ブーストペダルに足をかけるが、それを踏み込む前にシュキの声がレシーバーから響いてきた



『気を付けて!11時方向から敵集団!!オニガミ、ラセツ、オニ、各タイプを十数機確認!!』



 その報告に、チェンナは一瞬躊躇した

 だがそれも本当に一瞬のことで、次の瞬間には不動に迫ろうとするが、ランブルがそれを押しとどめた

 スカーフェイスには何の表情も刻まれていない。ように見えるが・・・・・

 一つだけ舌打ちをして、ランブルは言う



「・・・・・それを蹴散らせるほどの戦力は無いな。マーロウ少尉、撤退だ」

『しかし!!』

「ああした手合いは簡単にはくたばらん。敵の後続が来ている以上トドメを刺す時間も惜しい。
 支援砲撃隊、後退せよ。ルーキー、ネルモア中尉の様態は?」

『こちらグランツ、管制機の医務室に搬送されましたが、状況は不明です』



 通信を通して伝わるジータの声は、決して予断のならぬ状況であることを物語っている



「そうか・・・・・伍長達の部隊はどうなった?」

『交戦していた敵部隊は後退、拠点の確保に成功しました。現在は占領した拠点に待機しています。欠員はありません』

「そう、だったか・・・・・」



 スカーフェイスは物騒だが、面構えに反してひどく優しい微笑みを口元に浮かべ、ランブルは頷いた

 彼に代わって今度はムラキが口を挟む

 念の為。忘れてはいけないが、コバルト小隊の指揮官代理はムラキである



『コバルト小隊の全機へ、損傷が少ない機体はF拠点かK拠点に集合。破損機は後方の拠点にて待機。
 弾薬が必要なら拠点の資材庫を漁って探せ。輸送機を待ってる暇なんか無いぞ!』



 ムラキの指示に、全機が蹴飛ばされたように加速した

 背後から追い立ててくる敵部隊も、ここは友軍の救出を優先するつもりらしい

 何機かがしぶとく食い付いてきたが、その追走もじきに止んだ

 それは良いのだが、やはりランブルは浮かない顔だ。しかめっ面のまま、通信をレーザー接続に切り替える

 彼はいつになく沈んだ面持ちのチェンナに話し掛けた



「・・・・・マーロウ少尉」

『は、はいっ』

「話せる範囲で良い、教えてくれ。何故、ネルモア中尉は独断専行で出撃したんだ?」



 覚悟はしていたが、やはり、その話を切り出されるとショックを受ける

 震える吐息を吐き出して、チェンナは短くこう言った



『・・・・・バール・アックスは、仇なんです』

「アルフ、という人物のか?」

『そこまで聞こえていましたか・・・・・アルフレート・シェイヴァン少佐・・・・・当時は中尉でした』



 二階級の差

 それは明らかに彼が戦死したことを物語っている

 ランブルは黙って、彼女の独白に耳を傾けた



『私とクランは、過去に同じ小隊に所属していたんです。そして、前戦役の初期の頃でした。
 ・・・・・モルビスの森林基地にヴァリムの秘密研究所があるという情報を掴み、出撃したんです』

「その情報の出所は?」

『ミラムーンから。同盟が破棄される前だったから、信用に足る情報と判断したのでしょう。
 ・・・・・そこで、私達は、あいつと、バール・アックスと戦ったんです。そして・・・・・』



 チェンナが声を詰まらせる

 ランブルは、それ以上を喋らせはしなかった

 わざわざ話してもらわなくても、十分に想像が付く



「・・・・・当時のネルモア中尉と、アルフレート中尉とは何か関係があったのか?」

『婚約者、でした。クランはその戦闘での後遺症で、視神経に重篤な障害を負って、アルフまで・・・・・
 未来と光とを、同時に奪われて、それでも、クランは、必死で生きてきたのに・・・・・』



 とうとう嗚咽を上げ始めたチェンナに、ランブルは掛ける言葉を思い付けなかった

 彼にも、似たような覚えがあるから、その絶望の深さは、よくわかる。そして、中途半端な慰めなど届きはしないことも



『・・・・・ごめんなさい、アルフ、クラン・・・・・私は、勝てなかった・・・・・』



 辛いことを話させてしまったことを内省しながら、最後の言葉は聞こえなかったフリをして、彼は通信をカットした










 シルフィードの中で、チェンナは子供のように膝を抱えている

 悔しかった

 結局、自分一人では何もできず、助けられてようやく一矢報いた。ただそれだけだった

 仇を討てなかった

 それでも、きっと彼らは許してくれるだろう。だけど、自分は決して許せなかった



 強くなりたい



 こんなにも哀しい思いには、二度と囚われたくないから



 強くなりたい



 こんなにも哀しい思いを、誰にも抱かせないためにも



 強くなりたい

 強くなりたい

 強く、強く





『・・・・・強く、なりたい』










 通信を切る直前に、小さく聞こえたチェンナの声

 涙混じりに呟く言葉が、耳について離れなかった















 こうして、バルメッタ島から始まったGエリアの解放作戦は、いよいよ詰めを迎えようとしている

 ヴァリム最後の拠点:リベル諸島域。その西側制圧戦は、何とかコバルト小隊に軍配が上がったようだ





 一方その頃、そのコバルト小隊の隊長はと言うと、地上から遙かな高みにある研究所に足を踏み入れていた















<宇宙:シードラボ>



「はじめまして、シードラボの開発部門主任の、リーネ・フォルテです」

「コバルト小隊隊長、シオン・マクドガルです・・・・・その、初めまして」



 たっぷり、二頭身近く背丈の違う少女と握手を交わすシオンであった

 瞬きを何度も繰り返しているのは、目の前の“それ”が信じられないからだろうか



「信じられませんか?こんな子供が責任者だなんて」



 どこか訥々とした口調もあり、あまり表情に変化が無いように思える彼女だが、悪戯っぽく微笑む様は、意外にも年相応の笑顔に見えた

 だが、内心をずばりと言い当てられたシオンは恐縮するばかりである

 立場的にはシオンよりもリーネの方が数段上、言うなれば彼女は“上官”なのだから

 態度を改めて、シオンは彼女に訊ねる



「失礼いたしました。それで主任、受領させていただく機体ですが・・・・・」



 シオンが言葉を途切らせた

 何故なら、目の前のたっぷり頭二つ分も背丈の低い上官殿が、その瞬間にひどく険しい顔をしたからだ



「・・・・・どうかしましたか?」

「あ、その・・・・・ごめんなさい。
 その話は聞いています。引き渡すべき機体の調整は殆ど完了していますから、後はコクピットの再設定さえ終われば完了です」



 瞬き一つの瞬間で、彼女は“女の子”から“主任”の顔になっている

 それが仮面を被り直した様な変化に思えて、シオンは何となく哀しい気分になった

 年頃で言えばリンナとそう変わらないくらいの年齢の筈なのに、そんな風に自分を「切り替え」ることができる。ということは、

 決して、褒められたことではない。そういう事に、あまりに賢すぎる彼女は気付けていないのだろう



「案内しましょう。こちらです」



 踵を返して歩き始めるリーネに、シオンは歩幅を合わせながらついていった

 決して彼の体躯は大柄ではないが、流石に少女と言うべき年齢であるリーネの歩幅に合わせて歩くのは、結構気を使う

 そうしてしばらく廊下を歩いていると、不意に横合いからこんな声が掛かった



「あ、リーネ!ちょっと良い!?」

「え、クリオさん?」



 足を止めて振り向くリーネにつられるように、シオンも声の方向に首を巡らせた

 その視線の先には、豊かなブロンドをなびかせて廊下を走る、“快活”という要素を固めた様な女性の姿

 「廊下は静かに」というどこか場違いな雰囲気が漂う張り紙も何のその

 短距離走の様な勢いで駆け込んできて、



「あ、お客さんだった?ごめんごめん!それでね、隊長がちょっとずつ調子戻してきてるからそろそろ「まだです」
 えー、良いじゃないのいつまでもシミュレーションばっかじゃ腕が鈍るしバックスは相手にしてくんないし」

「駄目な物は駄目です。車椅子から松葉杖になったばかりの病人をPFに乗せてはいけません。例えシミュレーターでも」

「けち」

「・・・・・あ、あの」



 すっかり蚊帳の外のシオンが、ようやくそこで口を挟んだ

 二人が揃って振り返り、リーネを拝み倒さんばかりの勢いだった女性がはたと顔を上げて、シオンの方を向いた

 ぱっちりとした翠眼がシオンを見上げ、そして機関銃のような勢いで言葉を浴びせかけてくる



「あ、お客さんここの新顔?へー、結構佳い男じゃないの。ね、ね、パイロットなの?
 腕に自信があるなら是非デートと思っていっちょ模擬せ



 すぱーん!



 目一杯背伸びをしたリーネのスリッパがシオンに詰め寄って捲し立てていた女性(クリオというらしい)の後ろ頭に命中した快音である

 もし、ここに居るのがリーネではなくリンナだったなら、「デートと思って」の辺りで、

 後頭部にスリッパではなく首筋に薙刀が食い込んでいた可能性も否定できない。いや、食い込んでいてはマズイのだが



「クリオさん。こちらの方はコバルト小隊の隊長、シオン・マクドガル中尉です。決してうちの新顔ではありません」

「あ、そうだったの?あはは、ごめんごめん!何処の誰なのかよく知らないけど、あたしはクリオ・ペトリューシカ。
 階級は一応少尉。パイロットとかやってるわ。よろしくね!」

「え、えぇ、よろしく、ペトリューシカ少尉」



 シオンがそう言った途端、クリオの表情がばきっと凍った

 握手の手もそのままに、がちがちに強ばった彼女の真意が掴めずに呆然とするシオンだが、

 数秒の後再起動したクリオが、何故か首筋を撫でながらシオンに懇願する



「え、えーと、中尉。その、“ペトリューシカ少尉”っていうのだけは、やめてくれないかな。
 自分で言うのも変だけど、そんな舌噛みそうな名前で呼ばれても、あたしのこと呼ばれてるような気がしないからさ。クリオで良いよ」

「??・・・・・了解、クリオ少尉」



 実を言うと、他人を気軽にファーストネームで呼ぶのは苦手なシオンだが、

 相手からこんな嫌な顔をされてしまっては呼び方を改めるしかない。ちなみにマコトは例外とする

 改めて握手を交わす二人を眺めて、リーネが口を開いた



「挨拶はもう良いですか?これでも急いでいるんですけど」

「あ、そうだったの?」

「引き留めたのはクリオさんです」

「そうだっけ?あ、みんなには声掛けとかなくても良い?」

「バックスさんとカグヤさんには調整を手伝ってもらう旨を伝達してありますし、リーダー君は静養させておいてください。
 勝手にシミュレーターに引っ張り込んじゃ駄目ですよ」

「はーい、わかってますって。じゃ、ね!」



 しゅた、と手を挙げると、現れたとき同様の素早さで、彼女、クリオは廊下の曲がり角に姿を消した

 サリアやマコトのお陰(?)で、こうした展開には多少慣れたかと思っていたが、どうやらそうでも無かったらしい

 呆然と廊下に立ちつくすシオンであった



「中尉さん。行きますよ」

「あ、はい・・・・・先程の、クリオ少尉は、ラボの防衛部隊の隊員なのですか?」

「えぇ、202特務小隊・・・・・シード・ラボ所属の攻撃兼防衛兼実験部隊、早い話が正規の何でも屋です」

「。」

「・・・・・クリオさんのあの態度は、気にしないであげてください・・・・・半分は照れ隠しですから」

「て、照れ隠し!?」

「えぇ、それに、あれで結構落ち込んでいるんです」



 じゃぁ、落ち込んでいなかったらどんななのだろうか

 シオンは一瞬そう考えたが、深く考えるのはとても怖い気がしたのでそれ以上考えるのはやめておいた

 実に賢明である



「落ち込んでいる、って、何かあったんですか?それに、202小隊のリーダーの方が静養中って・・・・・」

「・・・・・」



 リーネは、黙ってシオンの方を振り返った

 俯いて、クリップボードを抱きしめるその姿はとても軍属のそれには似つかわしくないものだ

 だが、その小さな体が小刻みに震えているのは何故だろう

 何故そんなにも歯を食いしばっているのだろう



 何に、そんなにも耐えているのだろうか?



「・・・・・中尉さんに引き渡す機体にも関係があることですし・・・・・少しお話ししましょうか」



 そう言って、彼女は踵を返す

 その背中越しに、彼女の、半ば告悔めいた独白に、シオンは耳を傾けた



「前戦役の最中の事です。地上でもそうだったのでしょうけど、宇宙でも激戦が続いていました。
 その中でも、特に強敵だったヴァリムの機体・・・・・識別名称:ブラフォードという機体が存在しました」

「ブラフォード・・・・・?」

「ご存じ・・・・・ではないでしょうね。本部にとって、あまり、広まって嬉しい情報ではないでしょうし」

「・・・」

「202特務小隊、通称:レガルド小隊の任務は、無重力空間戦闘仕様機及び兵器の試作、開発の為の専属チームだったのですが、
 激化する戦闘の為に、当ラボの防衛や、敵の迎撃にあたる任務が増えてゆきました。
 そんなこんなで、前戦役の半ば頃、あれに、遭遇したのです」

「それが、ブラフォード、という機体だった?」

「はい」



 首肯するリーネに、シオンはやや疑念を覚えた

 技術開発の主任という地位にある彼女が、こうもあっさり認める相手、というのが想像できないからだ

 彼女なら、彼女の協力するチームならば、打開策の一つや二つは用意できてもおかしくはないだろうに



「どんなパイロットが操機していたんでしょう?グリュウ・アインソードみたいな有名なパイロットだったのですか?」



 シオンの言葉に、リーネは足を止めた

 ガレージへの隔壁を開閉するボタンを殴りつけるように押し、振り返らずに、消えそうな声音で彼女は言う

 隔壁の動く音が耳に喧しいが、シオンの耳にははっきりと届いた



「・・・・・アークレル・レガルド。元202特務小隊の隊長だった人物です」

「。」



 絶句するシオン

 さっさと隔壁を通り抜けようと歩を進めるリーネを慌てて追いかけながら彼は問いただそうと



「あ、この先重力無いですから気を付けて」



 あっさり出鼻を挫かれた

 浮き上がる足の裏に違和感を覚えながらも、床を蹴ってゆっくりと空間を滑るリーネを追いかける

 今度こそ声に出して問いただそうとした瞬間、“それ”が目に入った



「っ!?」



 死体がそこにあった

 格納庫の隅に、内部機関が丸見えの、腐乱死体の如く転がされているPFがそこにあった

 大破した機体なんか別におかしくもないのだが、不審なのはその機体の型式がまるでわからないところだ

 カスタムPFでもない、完全な新型なのだろう

 だが、何故廃棄されていないのだろうか?格納庫の一角を占領してまで何故、あんな役に立たないジャンクを確保しているのだろう



「あの、主任。あれは?」

「・・・・・クレスニク、です」

「へ?」



 咄嗟に、それが何なのか理解できなかった

 振り返りもしないリーネの背中を追いながら考えること数秒、シオンはようやく思い出した



 クレスニク



 それは、グレンリーダーの乗機の、コールサインの筈だ

 あの聖剣を操る白鳳と同じ名を冠した機体、だが、コールサインというのは基本的に重複しない。してはならない



「・・・・・どういうことなんですか?」

「クレスニク、というのは、正式にはコールサインではなく、あるプロジェクトを冠するものでした。
 そのプロジェクトのコンセプトは明快にして単純。“最強の機体を作り上げること”。では、中尉さんに問題です」

「はい?」

「現行のPFの最大の特徴というのは何だと思いますか?」

「え、えぇっと」



 突然の問題に面食らいながらも、シオンは必死に考えを巡らせた

 PFの有用性、利便性、それらの中で、最もPFのPFたる特徴はと言うと・・・・・



「メンテナンス性の高さ、ですか?各フレームの結合部分の統一規格」



 シオンの解答に、小さな拍手の音が響いた



「・・・・・驚きました、正解です」

「良かった、って何で驚くんですか?」

「いえ、その、202小隊のメンバーとかは、その、みんな単純というか、あまり物事を深く考えない質というか」

「・・・・・」

「話を戻しましょう」



 自分で脱線させておきながら

 ごほむ、とわざとらしい咳払いを一つして、リーネのレクチャーは続く



「そうです、前将軍閣下が提唱したPF理論の中で、結合部分の規格を統一し、各パーツの交換を容易にした。
 これは、物資の供給が難しい戦線などで、非常に重宝される特徴でした。だから、今でも、PFのこの特徴は変わっていません。
 J−ファーから始まった第一世代機から、フィール計画の中で誕生した第二世代機、アームド・メガバスターなどの高出力型。
 中尉さん達のデータも使われているカイザーやバビロス、ポールヴェアなどの局地戦仕様機」

「こうして指折り数えてみると・・・・・もう、随分多くの機種がモデルアップされていたんですね」

「とは言っても、戦場の“賑やかし”になるほど量産されていないですから、兵員の方は見たこともない機体だってあるでしょうね」



 どこか皮肉な笑みを浮かべるリーネの背中を追うシオン

 通り過ぎる格納庫の中には、確かに見たこともない機体があった

 無重力空間戦闘仕様高機動機:ドラグーンに、そのプロトタイプである、通称:202特務小隊専用機

 他には、無重力空間仕様のブラスターやJ−ファー・カスタムなど、割と高級な機体が多いようだ

 だが、先程見たスクラップ同然の機体:クレスニク

 アレは、どう見ても異質な存在だった



「・・・・・あの機体、クレスニク、と言う機体は、厳密に言えば、アレはPFではない別の存在なんです」

「!?」



 リーネの言葉に、一瞬思考が停止し掛けたが、シオンは何とか己の思考を取り戻せた



 話が見えてくる

 “最強の機体”を作り出すにはどうすれば良かったのか

 “PFではない”。その言葉と先程までの会話の意味を考えれば、

 あんな廃棄物同然の機体:クレスニクが、前戦役から一年を経た今でも保管されている理由までわかる

 自然と、答えは見出せた



「・・・・・限界、だったんですね。その、各パーツの統一規格が」



 シオンの言葉に、リーネははっきりと頷いた



「そうです。既存のメンテナンス性を廃し、新規格のパーツを用いることで、
 機体の剛性や出力系を根本から見直した機体を生み出すことが、クレスニク・プロジェクトの正体です。
 11機作成されたプロトタイプの中で、最も初期能力が高く、トータルバランスに優れていた3番機が、将軍閣下の乗機となりました」

「じゃぁ、あの、格納庫の隅にあった機体は・・・・・」

「アレは、“最高の機動力”を追求した9番機。実戦運用例としては3番目だったために、コールサインを03。
 クレスニク−03(ゼロ・スリー)と呼ばれていました」

「あの機体は、修理せずに放っておいてあるわけじゃない。修理できなかったんですね」

「・・・・・えぇ、莫大な費用の為に直すこともできず、研究の為廃棄することもできず。
 前戦役で大破して以来ずっと、あそこで骸を晒しています」



 暗く落ち込んだ視線をリーネは振り返らせ、既に通り過ぎたクレスニク−03の方に向ける

 そこにあったのは、果てしない憐憫と、寂寞の念だった

 黙祷するように瞼を閉じて、リーネは再び歩き出す

 シオンは再び後を追う



「最高の機動力を追求した機体って、一体どれくらいの性能だったんですか?」

「えーと、ですね」



 リーネは天井を仰いで、何かを思い出そうとするように額に指先を当て、

 そしてシオンの予想を遙かに超える、とんでもない数値を口にした



「およそ15分程の交戦で、およそ216,000kmくらいの距離を移動していました」

「。」

「わかりやすく言うと15分という時間で惑星Jを4周くらいしたことになります。
 平均秒速240km。確か最高で秒速287kmという記録が残っていました。どうかしましたか?中尉さん」

「い、いえ。有重力下と無重力下とのスケールの違いを思い知っているところです・・・・・」

「そんなに驚くことは無いでしょう?このラボだって秒速8kmくらいで動いているんですから」

「それはそうですけどね・・・・・」



 尚も首を捻るシオンを楽しそうに見やり、不意にリーネは表情を引き締めた



「敵機:ブラフォードの完全破壊の為に、クレスニク−03の運用を決めたのですが・・・・・最後の最後まで、問題が続きました」

「問題、ですか?」

「えぇ・・・・・敵機が、その、逃げ出したんです」

「逃げた?」

「いえ、逃走というよりも、迷走という方が正しいですね・・・・・敵のパイロットが、発狂したんです」



 リーネの言葉に翻弄されながら、シオンはこの日最大級の疑問符を頭上に浮かべた

 発狂、というのはどういうことだろう?

 戦場でのストレスに耐えきれず、精神に異常をきたす者というのもいないわけではないが、

 一応、アルサレアでもヴァリムでも、勿論ミラムーンでも、軍には専属のカウンセラーが居る

 精神安定剤の服用も認められていない訳ではないので、「発狂」という単語を耳にする機会は、意外なほど少ない

 少ない、のだが・・・・・



「マン・マシン計画。というのはご存じですか?」

「・・・・・えぇ、それなりに」



 二転三転する話からいきなり飛び出す思わぬ単語に、シオンは息を詰まらせ掛けた

 クランから、ジータの出自を聞いていた直後だけに、その単語の持つ禍々しさはよくわかる



「ブラフォードのパイロットは、アークレル・レガルドという人物だった。それは先程も言いましたよね。
 何故、アルサレアのパイロットだったアークレルがヴァリムの機体に乗っていたのだと思いますか?」

「・・・・・」



 問題を投げかけるのが好きなのだろうか

 話を早く進めて欲しい気もする

 返答を口にできないシオンをリーネはいくらも待たず、驚愕してお釣りが来る事実を口にした



「彼は、新兵器開発中の事故で瀕死の重体にあったんです。二度とまともな生活が送れないくらいの」

「それじゃぁ、一体、どうやってPF操機なんかしていたって言うんですか!?」



 イメージ・フィードバック・システムはあくまで操機のサポートを受け持つものだ

 無くてはならない装置ではあるが、これだけでPFが運用できるわけではない

 真っ当に動く手足と、正常な思考回路と、PFに対する知識。それが一つでも欠けていれば操機は不可能だ

 その筈だ

 瀕死の重傷を負った怪我人の手足がまともに動くとは思えないし、

 死にかけの頭脳が思考と知識を繋ぎ止めていたかどうかは極めて怪しい



「その事故の後、同僚が一人、姿を消しました。名前をグロリア・ルバトーレ。
 彼女も騙されていたのですが、アークレルをヴァリムに、マン・マシン計画の実験台として引き渡したそうなのです。
 それが結果として、ブラフォードという機体を生み出すに至りました。
 そして、最後に発狂したアークレルは、無差別に攻撃を始めたんです。敵味方問わず、このシードラボにも」



 そしてリーネは俯き、懺悔するように呟いた



「私が、指示したんです。ブラフォードを撃墜せよ。と」



 本当は、放っておくべきだったのかも知れない

 発狂した自我を抱えたアークレルの行動は完全に支離滅裂で、滅茶苦茶だったから、

 放っておけば、そのまま宇宙の果てまで機体のエネルギーが続く限り飛んでいったかもしれないし、

 惑星Jに降下して大気圏で燃え尽きていったかも知れない



 だけど、そんなのは嫌だったから

 せめて自分達の手で、大好きだったアークレル・レガルドをブラフォードの呪縛から解放してあげたかったから、

 子供じみた我が儘の様な思いから、リーネは指示したのだ

 誰も責めはしなかったけど、彼も笑っていたけれど、彼女は今でも、何が正しかったのか答えを見出せていない

 それは、あまりに大きな代償を支払う命令だったから



「先程も話しましたが、03は最高の機動力を求めて作り上げられた機体です。
 高速機動中にパイロットにかかる負荷は並ではありません」



 リーネの表現では、あまりに控えめすぎるというべきだろう

 イメージとしてはミサイルにしがみついているようなものなのだから、はっきり言えば拷問に等しいくらいの負担がパイロットを襲う

 グレンリーダーの乗機である01(ゼロ・ワン)と違い、トータルバランスを無視し、機動性だけに特化した03は正に乗り手殺しだ



「鎮痛剤とか、専用コクピットとかは無かったのですか?」



 かつて一度だけ使った、ハイパワー・フレームド・マルチプルブースター:スライプニルを思い出しながらシオンは訊ねた

 あの時でさえ、レーシングバイクのシートに似た抗加速仕様の専用コクピットとパイロットスーツ。鎮痛剤を用いたのだ

 まさか、03が最高の機動性を求めた“だけ”で、パイロットのことなんか何も考えていなかったと言うことは無かっただろう



「えぇ、ありましたよ。抗Gセッティングのコクピットに鎮痛剤が6本と反応加速剤が3本。
 それに催眠シグナルで余計な思考を殺して、リーダー君には先史文明の宇宙飛行士のコスプレみたいな格好で乗り込んで貰いました」



 シオンは、リーネの言葉を即座には理解できなかった

 最高の機動力を求めた機体をまともに運用するには、それくらいしなくてはならなかったのかもしれない

 だが、それがどういう事になるか。彼女が想像できなかったわけではあるまい



 いつの間にか目の前にしていたオペレーターブースのドアをくぐる

 そこには3人の先客が居た

 オペレーターの制服を着込んだ女性と、パイロットスーツ姿の精悍な男性



 そして、松葉杖を両脇に挟んだ、痩身の男性



 その男の姿が目に留まった瞬間、リーネは柳眉を逆立てて彼に言った

 口調の抑揚こそ乏しいが、そこにははっきりとした怒気が感じられる



「・・・・・リーダー君。静養するようにって言いましたよね」

「そうは言っても、中尉階級の方が来られたのに、出迎えないのは、失礼じゃないか?」



 リーネの言葉を小さく笑ってかわし、彼はゆっくりとした動作でシオンに敬礼を向けた



「申し遅れました。自分は202特務小隊隊長、ブレッド・アローズであります」

「コバルト小隊隊長、シオン・マクドガルです」



 答礼を返すシオンだが、その眉は顰められたままだ

 どこにも外傷は無い様に見えるのに、松葉杖を突いているのは何故なのか

 リーネとクリオの話から、それがつい最近までは車椅子だったことを思い出す

 一時は全身麻痺に近かった容態が、深刻な後遺症を残すこともなくここまで回復しているのは、

 リーネの几帳面な健康管理とクリオの不器用だが暖かい励ましとカグヤのいささか大袈裟過ぎる看護の賜物であることは、

 実はシード・ラボに勤務している者ならばほぼ全員が知っていることである

 勿論、ここに着いたばかりのシオンは知らないが



「このような姿で、申し訳ありません。マクドガル中尉。前戦役の際に、その、名誉の負傷を」

「いえ・・・・・」



 苦笑しながら病気自慢でもするようにブレッドはそう言うが、シオンは返す言葉を思い付けずに言葉を濁らせた

 恐らくは鎮痛剤と反応促進剤の過剰使用による神経障害というところだろう

 催眠シグナルが脳へ与えた影響だって無視できなかっただろうし、それに加えて03の殺人的高機動では、

 命があっただけでも儲けモノだったかも知れないが・・・・・



「アローズ中尉。フォルテ主任の言われるように、自分に構わず休養を取られてください」

「マクドガル中尉の言う通りです」



 ぴしゃりと言いつけるリーネの言葉に、渋面を作るブレッドだが、意外なところから助け船が入った



「まぁまぁ、主任。寝てばかりでは人間が腐ってしまうものですよ」

「バックスさん、そういう事を言って「それに客人の前でもあるのですよ、主任」



 濃い褐色の肌にドレッドヘアという、アルサレア国内ではなかなかお目にかかれない出で立ちの青年:バックスは、

 暢気、とさえ受け取れそうな穏やかな口調でそう言った

 そしてリーネは、「客人」という一言でシオンが来た目的を忘れていた自分に気付き、一気に赤面した



「あ、あの、ごめんなさい中尉さん。カグヤさん、02の調整、準備はできていますか?」

「勿論。作業員の皆さん待ちくたびれているくらいですよ」

「ぁぅ」



 カグヤのおっとりとした、それでいて少々ぐさっと来る一言に、リーネは顔を深く俯けた

 そんな彼女の様子の変化を、何故か面白そうに見守っているのだから、どこか姉妹の様に映る二人である



「それじゃ、中尉さんはこちらへ。カグヤさんは作業のバックアップを」

「主任、自分に何か手伝えることはありませんか?」

「では、機材の運搬に手を貸してあげてください」

「了解」



 リーネはブースの奥の格納庫にシオンを招き、バックスもそれに付き添って行く

 そんな三人の姿とオペレーターシートに座って端末に向かうカグヤの背中を順繰りに眺めて、ブレッドが口を開いた



「じゃぁ、俺も何か

 「隊長は休んでいてください!!!」
 「リーダー君はゆっくりしていなさい!!!」



 即座に、ステレオで拒絶の言葉を叩き付けられあえなく撃沈

 肩を落として、松葉杖を不器用に操るブレッドに、バックスが声を掛けた



「あぁ、隊長。お手数ですがクリオにこっちを手伝うように伝えておいてください」

「わかった。伝えておく」



 そしてブレッドが出て行ってから、リーネとカグヤからバックスに疑問の目が向けられた



「もう、人手は足りていますよ」

「それに、クリオが居たら却って、その、良くないこともあるんじゃないかしら?」



 「邪魔」とは何となく言い辛くて、曖昧な言葉を選んだカグヤである

 そんな二人を見やって、不意にバックスは遠い目をして語り始めた



「目に浮かぶようですよ・・・・・忙しい私達、動けるようになったけれど退屈そうな隊長、そこに現れるクリオ。
 シミュレーターに引っ張り込むには十分すぎる口実を得ているような気がしませんか?

「バックスさん、ナイス判断」

「202小隊の知恵袋は伊達じゃありませんね」

「まぁ、軽いリハビリにもなるでしょうしね」



 先程までの疑惑を180°反転させて、賞賛の言葉を呟く二人である

 最早シオンはここまで来ると彼等のノリについていくことができない

 リーネに誘われてブースのドアを潜り抜け、外へ出る



 そしてそこには、漆黒の鳳凰が居た



「え・・・・・黒い、フェニックス・・・・・?」



 シオンが呆然と呟く

 目の前にいるのは、グレンリーダーの駆るクレスニク−01似よく似た型の機体だ

 「白鳳」とも渾名される01だが、それならば目の前の02は「黒鳳」になるのだろうか

 格納庫に転がっていた03の様な異質な様相ではなく、通常のPFに良く似た姿のそいつだが、

 醸し出される何かが、はっきりとこいつは別物だと物語っている



「開発ナンバー:02。クレスニク−02。現存する機体の中で、最高の防御力を備えた機体。
 これから、中尉さんに引き渡す機体です」



 リーネの言葉に、シオンは魅入られたように頷いた
















 つづく



 




 ○用語(誤)集、順不同
 ・この用語集とゲーム本編は、ほとんど関係有りません
 加えて、想像で書いている部分がほとんどです。あんまり深く考えちゃダメです



ブレッド・アローズ、中尉
・J−2より登場する、レガルド小隊こと202特務小隊の隊長
 なのだが、ゲーム中では喋るわけでもなければ、デフォルトの名前は「レガルドリーダー」だったり・・・・・
 オフィシャルの設定では、真面目で元気な熱血漢となっているが、文中での扱いはあんまりだったかも
 オリジナル機体:クレスニク−03に搭乗したために、過度の薬物使用の副作用でほぼ廃人にまでなってしまう。現在リハビリ中
 その辺りのエピソードは・・・・・またいつか


クリオ・ペトリューシカ、少尉
・ブレッドと同じくJ−2より登場
 過去にブレッドに助けられたことがあった、という設定は何処へやら
 ゲームでは完全に初対面扱いされているような気がするが・・・・・
 負けん気の強い性格なのだろうか、その反面人付き合いが苦手だったりと、案外ナイーブなのかも知れない


バックス・F・グラッツ、少尉
・J−2から登場したレガルド小隊のパイロット
 濃い褐色の肌にドレッドヘアという、今までに無かった容姿のキャラクター
 真面目で冷静で慎重な性格・・・・・君の方が指揮官には向いているかも知れない
 ナンバー2的な立場を好むのだろう、又の名を「202特務小隊の知恵袋」


リーネ・フォルテ、主任
・J−2より登場。シード・ラボでの技術開発主任
 肩書きは仰々しいが、未だに16歳(J−2の時点で15歳として、1年くらいは誤差があっても良いかも)
 常に「主任」であることを心に決めており、シード・ラボでの実験・研究に目を光らせてるのが役目だと思っている
 その為に、少々年の割に無愛想、無表情。溶鉱炉の上での実験は彼女の趣味だろうか


ノギ・カグヤ、事務准尉
・J−2より登場するレガルド小隊のオペレーター
 既にヴァリムに滅ぼされた小国の出身で、その為に姓と名の位置が逆。「ノギ」が姓で、「カグヤ」が名前(オリジナル)
 オペレーターとしてはまだまだ未熟だったが、前戦役を通して成長した模様
 怒ると、ちっとも怒っているようには見えない膨れっ面になるのは相変わらず。ちなみにコーヒーを愛飲


グロリア・ルバトーレ
・J−2に登場する、元はアルサレアに所属していた研究員
 アークレル・レガルドの事故を境にヴァリムに機密情報を持って亡命
 レガルド小隊に立ち塞がるが、最終的にはアークレルが自我を消された存在:ファントムとなった為に、
 彼を解放する為、レガルド小隊と共に戦う。キサラギ姉妹との交戦の後、生死不明
 ゲーム中と、ネット上のオフィシャルホームページで名前が違う・・・・・


アークレル・レガルド
・J−2に登場。マン・マシン計画最終段階の被験者としてブラフォードに搭乗していた
 元々はレガルド小隊の先代隊長だったが、事故により瀕死の重傷を負う
 そんな彼を助けるために、恋人:グロリアはヴァリムに寝返ったのだが・・・・・
 最終的にはアークレルとしての自我を無くし、ファントムとしてレガルド小隊と交戦。クレスニク−03を駆るブレッドに撃破される


アルフレート・シェイヴァン、中尉
・オリジナルキャラ。既に故人
 クランの婚約者で同僚。彼女が所属していた部隊の良き指揮官であったが、
 モルビスのヴァリム研究所の偵察・調査任務に赴いた際に、バールに撃破され、戦死する
 彼の死は、あのクランを暴走させるほどの哀しみを彼女の心に刻みつけた


各パーツのジョイント部分の統一規格、クレスニク・プロジェクト
・PFのPFたる、最大の特徴
 これ故に、PFはどんなパーツでも機種を問わず使うことができる(重量やEPを考えなければ)のだが、
 その統一規格こそがPFの性能の限界であったことに気付いた開発陣がうち立てたのが、クレスニク・プロジェクト
 「最強の機体を作り上げること」が目的だが、現在の所、真っ当に稼働しているのが、
 最も諸機能力が高く、トータルバランスに優れていたグレンリーダーの駆る:クレスニク−01のみ


クレスニク−03
・PF、オリジナル機体。無重力空間戦専用機
 暴走したブラフォードを撃破するために、ブレッドが搭乗して出撃した「最高の機動力」を備えた機体
 イメージとしては、G○−01・○bというよりも、むしろxboxのゲーム:ムラ○モの様な外見をイメージしていました
 超過激な高機動型。搭乗者は鎮痛剤や反応促進剤を使用しなければならないが、この為にブレッドは廃人となってしまった
 1“秒”間に約240kmを駆け抜けた、まさに化け物。大破したため、現在はスクラップとなっている
 また惑星Jの大きさが不明だったために、地球の直径と同じものとして、軌道上を約4周という数値になりました


ブラフォード
・PF
 ヴァリム製の、マン・マシン計画最終段階の被験者:アークレル・レガルドを内部に組み込んだ実験機
 “人間”が搭乗していないために限界知らずの機動力を見せ、無人機のような反応速度の劣化も無い
 主兵装は、ブラフォードソード一振りだが、その一撃はシード・ラボの装甲外壁を吹き飛ばしたほど
 ブレッドに撃破され、アークレルと共に宇宙に散った


オニガミ
・PF
 キシンを砲撃戦仕様に組み直し、重武装をさせたヴァリムのカスタムモデル
 バスターランチャーを振り回す、厄介な機体


ラセツ
・PF
 ゲーム中最強のパンチ力を誇った機体
 だが、J−2からは新PF:キジョにその座を奪われる
 BTのおまけミッション「幻の小隊」では、ラセツアームは必須だった・・・・・


不動
・PF
 バールの乗機
 全身をドゥークSで護ったその防御力は、まさに鉄壁
 フォースソード級の攻撃力ではかすり傷程度しか付けることができなかったほど
 文中ではフライト小隊とマコトとチェンナ、そしてクランを返り討ちにした末に、ランブルによって中破されるも、未だに健在
 ゲーム中では自分の撃ちだしたミサイルでCB発動と言うかなりの卑怯者
 正しくは、こいつの武装は両手にX−ハンマーなのだが、展開の都合上、変更されています


プラズマ・グレイヴ
・オリジナル兵器
 リンナの乗機:ペルフェクシオンに支給された長尺兵器
 一見は刃の無い薙刀の長柄だが、先端にはエクスカリヴァのプラズマジェット生成装置が備え付けられている
 グレンリーダー愛用の得物:エクスカリヴァを作成する過程で、余った部品を使って作られた廉価版・エクスカリヴァ
 いい加減、プラズマ〜、という名前の兵器が多すぎるかも・・・・・


インブレイク・スピア
・兵器
 ゲーム中では内部破壊系兵器で、非常に使い道が微妙な兵器(インサイドキルがあれば、ねぇ・・・・・)
 本文中ではオスコットのゲイボルグに支給された、刺突と同時にマインディスペンサーが地雷を吐き出すというマッドな代物
 先端、穂先の辺りにリボルバーの弾倉に似たマインディスペンサーが・・・・・という一文がありますが、
 ゲームに登場する画像にはそんなものは付いていません。念の為
 こいつを片手にオスコットは大活躍していた・・・・・かな?うん、大活躍していた。筈


ジャマダハル
・兵器
 カニバサミ、もとい、カタールとレーザーピストルを合体させた変形兵器
 マコトのラプソディが両手に装備
 正確には、私達が言う「カタール」とは、「ジャマダハル」というのが正式な名称であり、
 現在「カタール」というのは西洋での誤読が未だに引きずられているかららしい(?)Jフェニの世界ではそうした関連は無い模様
 見た目にはどうしてもカニバサミ


バトルアックス
・兵器
 J−2で追加された新兵器。斧、何の変哲もない大斧
 チェンナのシルフィードが装備。チェンナ機はゲームでは鎌を装備していましたが、マイとの差別化を図るため斧を使わせています
 とか考えていたら、今度はグロリア機が斧装備・・・・・
 ゲーム中ではタックル兵器に変形したりもしたが、投げつけることはできなかった


ロッドメイス・ハンマースタッフ
・オリジナル兵器
 バール機:不動が両手に構えている打撃武器
 クラブの先端部分を紡錘型にして、一回り小さくしたような形の鈍器だが、
 その先端部分は高速回転し、刻まれたギアで接触した物体に大きなダメージを与える
 また、二つのメイスのグリップをつなぎ合わせることで長尺兵器としての使い方もでき、これにチェンナは苦戦した















 後書き

 夏の馬ッ鹿野(以下略)





 ・・・・・落ち着きました。あまりの暑さにとろけた脳味噌が耳から垂れてくるんじゃないかと言うほど暑い夏でしたね
 そうかと思えば今度は台風が連続で来ちゃったりしていますが皆様如何お過ごしでしょうか?ご無沙汰しておりました。T.Kです

 えーと、結局二ヶ月ほど間が空いてしまいました
 今回のリベル諸島戦:コバルト小隊パートと、リベル諸島戦:グレン小隊パート
 そして最後にラストバトルという構想でいるのですが、今回は、思いの外長くなりました
 何で長くなったかっていうと、全て「シオン(主役)の出番を忘れていたから」なんですけどね!!
 サーリットン戦でさえ110kbほどあったのに、今回はそれ以上、130kbオーバーもありやがります
 長くなると、どうも後半に力尽きてしまって、文章が適当になってきているような気がしますね。私もまだまだ未熟です

 さてさて、そんなこんなで今回のお話
 首輪を引きちぎった任務の犬が主役でした(待て)
 彼とチェンナの今後については・・・・・とりあえずは皆さんで想像を膨らませてくださいませ。有り得ないとか言わないで
 アルサレアサイドの男性陣は、どうも押しが弱いというか尻に敷かれるタイプというか、女性が苦手なんでしょうかね
 唯一、積極的な男性は意外にもセイバー(→サリア)という。やはり君はダークホースだ

 次回は、リベル諸島戦:グレン小隊パートです
 嘘っぱち新兵器満載と、復帰したフェンナの出番と、そんなグレン小隊に立ち塞がる暁闇小隊との激突、
 あとは適当に、シード・ラボのシオンの様子(待て)を描いていきます

 では、次回がいつになるかは確約できませんが(開き直るな)、お楽しみに!


 


 管理人より

 T.KさんよりArea:08をご投稿頂きました!

 バール、圧巻!

 それにしても、クランも何というか……やはり憎悪はなかなか抑えられないものですからね。そもそも消えるものではありませんし……

 そしてシオン……02は果たしてどんな機体なのか。
 


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