<Side:フライト小隊>



 防戦一方のチェンナを尻目に、マコトはレッドバイザーの最後の一機を撃破した

 状況は最悪、敵側の機体も指揮官:バール機を除いて全滅させたが、こちらの勢力も全滅している



 そして、このままでは自分達も



「マコト!ここは私に任せて、あなたは逃げなさい!!」

『だ、駄目だよそんなの!!一人だけ逃げるなんて絶対に嫌だ!!』

「聞き分けなさい!マコト・フライト!!」



 だがチェンナの叫びには耳を貸さず、マコトはラプソディを突貫させる

 目の前には、暗緑色にペイントされたPFの背中

 背中は、人間の身体にとっては頑丈な部分だが、PFのそれは完全に弱点だ

 埋設されているブースターベイ、射出ポッドのハッチ。それらの為に複雑な機構に成らざるを得ないPFの背中

 だが、ジャマダハルを振りかぶったところで、マコトは目を見張った



 こいつは、射出ポッドのハッチまで装甲で覆ってしまっている!



『な、なんなのよこいつはぁっ!!!』



 がちん、と弾き返されたジャマダハルの切っ先を恨めしげに見やり、マコトが泣き言を言っている

 そりゃそうだ

 目前のそいつの背中は、僅かに姿を見せるブースターノズルを除いて、全て装甲で覆われていたのだから

 射出ポッドのハッチを装甲で覆っていると、ジャンケンに負けるくらいの確率で緊急射出機構の正常動作を阻害する

 失敗すればどうなるか

 無防備なコクピットポッドが地面に転がり、そして敵に踏み潰されるか、自機が撃破されていたなら爆発に呑まれるか

 どちらにしても、まず死ぬ

 逃げるつもりはない。負けるつもりもない。そうした自信の顕れなのだろうか



 強くなってゆく吹雪の中、蹴り飛ばされたシルフィードがそのまま後退

 距離を取ってラプソディと肩を並べた



「こいつは、バール・アックス。“ヴァリムの猛牛”とも呼ばれるパイロットよ」

『“ヴァリムの猛牛”・・・・・?・・・・・って、嘘っ!!』



 チェンナの言葉に、マコトは息を呑んだ

 “黒夜叉”、グリュウ・アインソード程ではないが、“猛牛”、バール・アックスの名はそれなりに知られている

 その戦法は単純明快にして強力無比。“圧倒的なパワーと装甲で真っ正面から敵を砕く”というものである

 グリュウのようなスピードと技を生かした戦法とは真逆だが、それだけに単純で付け入る隙がない

 マコトの操るジャマダハルは完全に無力。チェンナのバトルアックスの一撃ならば多少のダメージは与えられるだろうが、

 それを簡単に許すような相手でもない



「万事、窮す。って奴?」



 マコトがそう呟いた時、二人のコクピットに見知らぬ男の顔が映った

 如何にも軍人らしく、岩の如く厳めしい顔立ちを、刈り込まれた顎髭が縁取っているそいつが、にやりと口元を歪めて見せた

 実に不吉な笑みである



『あの世で誇れ。このバール・アックス様の駆る“不動”を相手に5分以上も持ち堪えた者など、そうおらんのだからな!!』



 そう言って、目の前のそいつ・・・・・バールの乗機:不動はロッドメイスを構え直し、

 ラプソディを庇うように進み出たシルフィードに向かって、正しく猛る雄牛の如く猛進する

 舌打ちしながらバトルアックスを持ち直し、チェンナはシルフィードを身構えさせる



(これは・・・・・ここまで、かな)



 内心はそんな事を考えているが、硬直しているマコトに向かっては、とにかく逃げろと叫んだ

 それが聞こえなかったのか、聞こえていて無視したのだろうか

 恐らく後者だろう。ラプソディはジャマダハルを握り直した

 目前にはもう不動が居る。彼女のいた部隊を壊滅させた奴が居る。彼女の無二の親友に一生消えない傷を負わせた男が居る

 ロッドメイスが振りかぶられている。あとどれだけ耐えきれるだろうか



(ごめんなさい、クラン・・・・・一矢報いることも、適いそうに無い)



 そんな、チェンナの視界を、不意に一陣の吹雪が遮り、










『・・・・・見つけた』



 耳に響くのは、どうしようもなく聞き覚えのある声



『“ヴァリムの猛牛”、バール・アックス、アルフの仇・・・・・ッ!!!!』



 今は怒りと憎しみに満ち満ちているその声

 両腕に構えたハンドMLRS越しに握り締めたフォースソードが、ロッドメイスの長柄を食い止めている



『何っ!!?』

『嘘・・・・・ク、クラン・・・・・!?』



 間違いなく、その場にいた全員の耳に聞こえてきたのは、コバルト小隊のメインオペレーター:クラン・ネルモア中尉の声だった

 だがいつの間に現れたのか、少なくともこの場に居る3人の機体のレーダーには何の反応も無かった筈なのに、

 現実として、彼女の操るポールヴェアは目前にいる

 チェンナ達は知らない事だが、かの機体は局地仕様に特化した機体であり、その為の装備も当然備えている

 コールドゼリーシステム

 機体を覆う不凍性冷却ゼリーとレーダー攪乱物質の混合物は、猛烈に吹雪く天候と相俟って予想以上の効果を上げていた

 チェンナにとっては、嬉しくないことに



『ハッ!!一機増えたところで!!』



 バールの嘲笑

 確かにその通りなのだ。生半可な兵装ではバールのPF:不動の装甲を貫くことはできない

 パワーと装甲で勝る機体に打ち勝つことは極めて難しい筈だ

 見たところ、クランの駆るポールヴェアは脅威と成り得るような大火力の装備を隠し持っているようには見えない



 不動が逆手のロッドメイスを振りかぶる。猛烈な回転を見せる先端部のギアが、吹雪を噛んで咽び泣く

 フォースソードの刀身諸共に叩き潰すような勢いだ。一撃貰っただけで軽く大破するであろう渾身の殴撃



 だが、クランの反応はキレていた



 フォースソードで受け止めていたもう片方のロッドメイスを、振り下ろされる方のメイスに合わせるように角度を変えさせた

 結果として、バールは自分のメイスに攻撃を阻まれるような格好で、彼の口が舌打ちを打つよりも早く、彼はポールヴェアを一瞬見失う



 クランは側面に回りこんでいた



 まとわりつくコールドゼリーの飛沫を散らせながら、一瞬の円周機動で回り込んでいた

 チェンナとマコトが息を飲む。疾い

 コールドゼリーシステムを併用しての高機動とはいえ相手は反応しきれていない、見事な操機技術だ



『私を、甘く見るな』



 常からは想像がつかないほどの、寒気がするほど冷たい声音

 冷たい感じのしない冷静さが彼女のオペレーションのウリなのに、今の彼女はその逆だ

 微笑を湛えていた白貌は、今は修羅のそれに等しい。真一文字に唇を引き結び、眼鏡を外した鳶色の瞳は凶眼と化している

 早くも、瞳の奥に熱く鈍い痛みが襲ってきた。それが何を意味するか、彼女が知らないはずが無い

 だが、それに構わず彼女は両手のハンドMLRSをトリガー

 両腕から放たれた計12発の小型ミサイルが、不動の足首に側面から襲いかかる



『う、おぉっ!!?』



 いくら着ている装甲が分厚くても、関節周り、特に体幹付近以外の装甲はさほどに分厚くは無い

 メイスという単純な打撃を与える武器を振り回すアームの装甲は、それなりに頑丈なようだったが、

 足回り、特に膝から下はマニューバの邪魔にならない程度の装甲でしか無かったようだ

 レッグフレームは腰からスカートのように延びている装甲に守られてはいるが、流石に足首付近まではカバーしきれない

 結果として、不動は氷原に膝をつく。だが、足首が完全に潰れてしまったわけではないし、ブースターだって生きている

 歩行も可能だろうし、ブーストで強引に機体を振り回すくらいやって見せるだろう



『おのれ、小癪な真似をぉっ!!!!』



 怒声と共に、不動は両肩から対PF用の中型ミサイルを発射した

 MLRSの小型ミサイルの様に多弾の同時発射はできないが、単発の破壊力は大きい

 それにミサイルそのものが大きい為に、内部電子兵装も小型ミサイルより充実している。誘導性能も上だ

 だが、そんな諸々の事情も、コールドゼリーシステムを使用しているポールヴェアには関係無い

 氷原を迷走して行くミサイルを尻目に、クランは吹雪の中に身を隠した



「え?この期に及んで・・・・・潜伏戦?」



 マコトが怪訝な表情でそう呟く

 潜伏戦。とは読んで字の如く、身を潜めて敵の不意を打つ戦法だ

 普通は、バスターランチャーやキャノン砲、レールガンやモーターキャノンなどの超長距離砲戦仕様機を用いるのがセオリーだ

 だが、この戦法は大前提として、“相手に気づかれていないこと”が条件である

 敵機のレーダー圏が己の得物の有効射程よりも広ければ、アウト

 目視で見つかるようであっても、勿論アウト

 この場合のクランは、そもそも姿を見せていたのに、相手の動きを止めた上で姿を消すと言うのは、どうにも解せなかった



『違うわ、これは潜伏戦なんかじゃない』

「え?」



 マコトの呟きを聞きつけたチェンナが、そう言葉を返した

 そして、思いもよらぬ言葉を彼女は紡ぎ出している



『・・・・・囮作戦よ』



 どこが?、とマコトが問うよりも早く、シルフィードはラプソディの腕をひっ掴んでその場を離れていた

 突然の事に驚く暇も無ければ問いただす暇も無く、マコトはそれを見た



 バール機:不動を取り囲むように、四方八方から小型ミサイルが、吹雪の中から襲いかかってきたからだ



 目くらましだ



 バールはそう断定した

 先ほどの、見事な手際のピンポイント攻撃とは違って、単なる熱源探知による誘導だろう

 この程度のミサイル、直撃したところで被害などほとんど無い

 それよりも厄介なのは、コクピットに伝わり苛立ちを募らせる衝撃と、視界を塞いでくる爆炎の方だ

 それらによって生み出される隙を狙っているのだろう

 バールはそう確信し、結論する

 小型ミサイルが装甲にぶち当たり、次々と爆ぜてゆく

 だが、バールは己の乗機をその名の如く、一歩たりとも退かせなかった



 吹き荒れる吹雪と、姿を隠したポールヴェアから吐き出される小型ミサイルに、マコトとチェンナも動けなかった

 二人としては勿論クランの加勢に駆けつけたいのだが、コールドゼリーシステムによる迷彩効果は無駄に完璧で、

 彼女達からもポールヴェアの機影を確認させない

 下手に手を出せばクランの邪魔になるばかりか、最悪、巻き込まれかねない

 今のクランは、冷静さを欠いているどころの話ではない。最早、その精神状態は狂乱に等しい



(でも、このまま、奴を押し込めるなら・・・・・)



 チェンナは一瞬だけそんな事を考え、すぐにそれを打ち消した

 クランの眼のことを知っているというのに、何ということを考えるのか

 だが、結局打つ手を見出せず、身構えてはいるものの手は出せないのが現状だった



『くっ・・・!!』

「チェンナ、落ち着いてよ。応援だって来てくれてる。もう少し時間が稼げれば『それじゃ駄目なのよッ!!!!!』



 マコトの言葉に、らしくもなく怒鳴り返してしまった

 横っ面を引っ叩かれたかのような顔でマコトは凍りつき、チェンナの内心には更に苛立ちが募る



 そして、クランが動いた



 フォースソードを除く全ての武装を廃したポールヴェアは、不動を直下に見下している

 彼女は上に居た

 放熱光を輝かせるフォースソードを大上段に振りかぶっている

 パワーダイヴを併用した斬撃は、機体重量と落下ベクトルの相乗効果で、GFだろうが一刀両断にしてみせたに違いない















 だが、









『・・・・・惜しかったなぁ』





『・・・・・そんな・・・・・!』



 読まれていた

 不適に唇を歪めて言い放つバールの顔

 必殺の気迫を込めて打ち込んだ斬撃がいとも容易く受け止められた衝撃にクランが凍りつく

 しかし、バールからすれば、頭上からの急襲は予想の範囲内だった

 普通、不意を狙うなら背後か負傷のある方向を狙うだろう。この場合ならバール機は右足首が小破していた

 だが、クランは360°の全方位からミサイルによる目くらましを仕掛けてきた

 それによって視界は悪くなり、全方位へ注意を向けるようになる。横から来れば横を見る。後ろから来れば後ろを見る

 そしてその瞬間、最大の隙は、死角はどこに生み出されるか



 頭上、しかない



 バールとて百戦錬磨の豪傑である。単純な消去法で彼女の行動は推測していた

 純戦術レベルで、クランは彼に遅れを取ったという事であろう

 頭上で交差させたロッドメイスに、がっちりと刀身を挟まれているフォースソード



『ふんっ!!』



 鼻息と共に繰り出された掛け声

 交叉させたまま振りぬかれるロッドメイス

 先端部のギアは猛烈な勢いで回転しており、その回転に両側から挟み込まれたフォースソードの刀身が耐え切れるはずも無く、



 いとも容易く、フォースソードは砕け散った



 態勢を崩したポールヴェアが着地する

 かの機体を護るものは最早何も無い

 チェンナが叫びながらフルブーストをかけるが間に合う筈が無かった

 マコトも、一瞬送れてチェンナに続く。続いたところで何もできないのは承知の上で

 そしてクランは瞼の奥から、これまでに無い程の熱い痛みを感じた

 その痛みが、彼女から全ての気力を奪い去っていった










『・・・・・ごめんなさい、アルフ・・・・・仇を、討てなかった・・・・・ッ!』





 ロッドメイスを振り上げる不動を、真っ赤に染まった視界の中で呆然と眺めながら、

 ひどくゆっくりと進む時間の中で、クランは脳裏に、かつての想い人の姿を描いている










 ドン

























 機体を揺さぶる衝撃に違和感を感じたクランは、出血に赤く霞む視界の中で、確かに見た

 ラプソディとシルフィードの二機が、己の機体にやりすぎなくらいワイヤーを引っ掛けてくる様を



 そして、猛然と引きずられるポールヴェアのコクピットの中で、クランの視界は闇に閉ざされた



 ただ、遠吠えに似た何かが、耳に低く響いていた











<Side:ランブル>



『あ、当たったんですか!?あんな距離で!!?』

「当然だ。いちいち驚くな。ルーキー」



 信じられない、という様子のジータに、ランブルは素っ気無く言い捨てた

 だが、彼の砲撃を今までずっと見てきた一同も、同じような心境だったのである

 超長距離砲戦で、PFサイズの標的に山なり弾道で飛ぶ炸薬弾頭を直撃させることなんて、普通はできない

 射出の瞬間から運動エネルギーは減衰してゆくし、大気の状態や風向きなど、些細な事象が弾道を狂わせる

 百発百中が謳い文句のスティールレイン支援砲撃部隊だって、厳密に言えば標的を直撃している弾頭は少ない

 弾頭の種類にも依るが、標的を中心とする半径5m程度までは誤差の範囲内と認識されている為だからである

 この範囲内ならば「直撃」と言っても良い

 本当の意味での「直撃」は、ほとんど偶然に依るものである



 だが、ランブルはやってのけた

 狙い済ました一撃を「当然」と言い切った

 超長距離砲戦のエース:ギブソン・ドゥナテロ大尉にだって、こんな芸当ができるかどうか



「お嬢、ルーキー、先行してフライト小隊と合流せよ。交戦の必要は無い。支援砲撃隊は阻止砲戦展開、急げ!」

『『了解』ですわ!』



 「お嬢」呼ばわりされたというのに、それさえ忘れてリンナはペルフェクシオンを疾走させる

 ジータの事も、面と向かって「ルーキー」と呼んだことも無かったのに



『どういう心境の変化だ?ランブル』

「うるさいぞ、ムラキ。お前もさっさと配置につけ」



 妙に人懐っこい笑顔で問い詰めてくるムラキを一蹴する

 スカーフェイスに浮かべた仏頂面は、やはりいつものそれだ

 支援砲撃隊が一列横隊で展開している最中にも、ディンゴのロングバレル・レールガンは立て続けに電磁滑走の唸りを上げている

 人知を超えた弾道計算と照準速度で、ランブルは本当の意味での「直撃」を連発させている。信じ難いことに



『こちらグランツ!!クラン中尉の機体を確保しました!!』

「よくやった。後は任せてさっさと逃げておけ」



 一瞬、ジータの表情が固まる

 ジータだけではない、それを聞いた全員の表情が固まった

 「よくやった」。その一言に、誰もが怪訝な顔で目を見合わせている。失礼な連中である



『臆したか小童共ぉぉっ!!!!!!!!!』



 トドメの瞬間を掻っ攫われたことが我慢できないのか、憤怒の形相のバールが猛然と追撃してくる

 ランブルの放つ砲撃の直撃を受けながらでも、こいつの動きは止まらない

 しかし、クランに潰された右足の小破の為にバランスが悪いのであろう。それほどの速度は出ていない

 だが、動けないポールヴェアを抱えたジータ達には十分に追いつける速度だ

 振り向き様にラプソディがジャマダハル内臓のレーザーピストルをトリガーするが、この程度の火力ではダメージにならない



『くっ、マズイよこのままじゃ!!』

「砲撃隊前進。彼らの離脱を援護しろ。ムラキ、上がるぞ!」

『了解だ!』



 マコトが唇を噛むが、このままではどうしようも無い。ディンゴとゼファーも前に進み出る

 リンナとジータの機体はどちらも軽量級であるが為に、あまり不動とは戦わせたくない

 プラズマグレイヴは強力無比だが、あいつの装甲の前にどれほどの効果があるか。肉を斬らせて骨を断たれるのがオチかもしれない

 スタン・エッジで内部電装にダメージを与えればあるいは行動不能にでもできる可能性があるが、これも確実ではない



「やってみる、か・・・・・!?」



 剣呑な眼差しで、迫り来る不動の姿を見据えていたランブルだが、不意にその視線が一層険しくなった

 シルフィードが速度を落とし、その場でスピンを切ったからだ

 バトルアックスを両手に構えて不動の進路上に立ち塞がる



『チェンナ!!』

『逃げなさい、早く!!』



 あっという間に距離を詰めてくる不動の姿に、マコトもラプソディを踏みとどまらせようとする、が



『フライト中尉、駄目です!!』

『でも!!』

『曹長と少尉が何とかしてくれますわ!今は離脱を優先しましょう!』



 リンナの言葉に納得したのか、どうなのかは分からないが、マコトはとりあえず諦めたようだ

 そんな彼女の脇をディンゴとゼファーがフルブーストで駆け抜けて行く

 すれ違う瞬間、生み出される衝撃波が励ますように、彼女の肩を叩いていった



「お嬢の言う通りだ。離脱を優先しろ」

『う・・・・・でも』



 改めてそう言われると、悔しさが込み上げてくるのだろう

 涙目になって言葉を噛み殺す“中尉”の姿に、ランブルは盛大な溜息をついた



「クラン中尉を頼む」

『・・・・・了解。曹長こそ、チェンナの事、頼んだからね!』

「了解だ」



 お互いに、決して相手を引かせぬ要求を突き付け合って、マコト達は撤退して行った

 その後ろ姿を、特に表情一つ動かさずに見送るランブルだが、ムラキの目にははっきりと判る

 彼が今、はっきりと安堵していることが



『難儀な男だな。お前も』

「・・・・・そんなことは百も承知していただろうが。ムラキ」



 そう言って、ランブルはにやりと唇を歪めた

 時折浮かべていたような冷笑では無い。どこか凄味の漂う、それでいて人を惹き付けるニヒルな笑み

 それはグレンリーダーやグリュウが見せる一面と非常に良く似ていた

 剣呑に据わった視線でぎらりと獲物を睨み付け、ディンゴは氷原を疾駆する



『それでこそ、お前だよ。ランブル』

「・・・・・フン」



 照れたように鼻を鳴らし、ランブルはWCSが弾き出す相対距離から砲撃角度を計算し始める

 視線の先では、チェンナの駆るシルフィードが不動を相手に必死の防戦を展開していた



『はぁっ!!!』



 鋭い気勢を乗せた横撃で不動を寄せ付けない

 あいつの得物はロッドメイス、クラブに良く似たそれは、やはりクラブと同じくリーチが短い

 対してバトルアックスは長尺兵器だ。振りの遅さは機体の機動力でカバーできる

 リーチを最大限に生かして、敵を寄せ付けない様に戦えば、勝てなくとも時間は稼げる。そう踏んでいた



『その程度で・・・・・浅はかぞ!!』



 嘲笑を浮かべて、バールは両手に構えたロッドメイスの、それぞれの逆端を押し付け、ぐいと捻り込む

 一瞬で、PFのアーム程度の長さだった双槌は、倍の長さ、チェンナの構えるバトルアックスと遜色の無い長尺兵器になっている

 両端に、唸りを上げて回転するギアを仕込んだそれを、今度は素早く振り回すのではなく槍の様に突き込んでくる

 意表を突かれたチェンナは、最初の一撃を避け損ない、左腕に装備されているカイザーシールドでの防御が間に合った



 特殊装甲板を張り合わせた軽い盾は、紙屑のように引き裂かれた



 シルフィードの左腕が未だにくっついているのが奇跡の様に思える

 厄介な相手だ。チェンナは考えを改める。こいつは、パワーと装甲に任せた猪突猛進タイプの馬鹿だと思っていたが、違う

 こいつは、もっと、ずっと狡猾な奴だ

 得物の射程の優劣が無くなり、チェンナは攻める手立てを失った

 バトルアックスには、ロッドメイスを二つ組み合わせた形態:ハンマースタッフで対抗される

 腰のラッチにはハンドアックスをぶら提げてはいるのだが、

 奴のことだ、至近戦を挑めばハンマースタッフをロッドメイスに分割するだろう

 パワーと装甲だけではない。近距離格闘戦での戦術でも負けていた



(どうやっても・・・・・勝てないか)



 諦めがチェンナの思考を支配する

 猛然とハンマースタッフの突きを連続で繰り出す不動

 シルフィードを駆るチェンナは神経をすり減らしながら耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶ

 だが、いつまでもそんな綱渡りが続くはずが無かった

 足捌きをしくじったシルフィードが転倒。ソールに履いたスパイクが音を立てて氷原を削るが、崩れる体勢へのブレーキにはならない



『もらったぞぉっ!!!「何を持って行くつもりだ?」



 爆発

 ぎりぎりのタイミングで間に合ったランブルの援護に、二度、バールは必殺の機会を奪われた

 振りかぶった手元に、ディンゴの撃ち込んだ成形炸薬弾頭が炸裂し、不動の機体を仰向けにひっくり返す

 それでも、ドゥークSの装甲は煤けるばかりで損傷らしい損傷がないのだから、最早こいつの機体は化け物と言うべきだろう



『おのれっ!また、貴様かぁぁっ!!!!』



 猛然と起き上がり、砲撃をぶち込んでくれた機体:ディンゴを睨み付けるバール

 その隙にシルフィードも起き上がり、駆けつけてきた二機に合流した



「ムラキ、借りるぞ。三手で決めてくれ」



 ゼファーの腰部ラッチからサブマシンガンをもぎ取り、ランブルはそう呟いた

 ムラキはそれに黙って頷く。そこには、決して揺るがぬ信頼があった



「マーロウ少尉。俺が奴を“崩す”。初撃を頼む」

『・・・・・』

「どうした、機体に異常でもあるのか?」

『いいえ、そうじゃないけど・・・・・それが、あなたの素顔?』



 素顔、という言葉にランブルはやや眉を潜める

 確かに、彼の左目付近に刻まれた傷痕は、彼の仏頂面を百倍物騒に見せている

 だがチェンナはコバルト小隊に編入されて日が浅いとはいえ、ランブルの顔を初めて見たわけではない

 今更、顔を見て驚くことも無いと思うのだが・・・・・



「悪かったな。不吉な面で」

『そうじゃない・・・・・今までの顔よりも、そっちの、素顔の方が素敵ね』

「。」



 突然の言葉に、思わず呆気に取られるランブルである

 事の成り行きを見守っていたムラキがにやりと笑い、

 どうしたことか、チェンナは褐色の肌でもそれと分かるほどに頬を赤らめて、こう言った



『その、ちょっとだけ・・・・・惚れたわ』



 それを聞いた全員がにやりと笑った

 複雑な感情が胸中で湧き上がるが、今はそんな感情に支配されている場合ではない

 気持ちと表情を引き締めて、ランブルは不動を睨み据えた



「行くぞ」

『『了解!!』』



 チェンナの声に、若干力が入っていたことを明記しておきたい

 砲戦仕様機であるにも関わらず、ディンゴが先行。それを追いかける形でシルフィードが続く



『ぬるいわっ!!!!』



 バールの咆哮。こちらも間合いを詰めながらハンマースタッフを分割し、X字にクロスする様な形でロッドメイスを振り下ろす

 だが、ランブルはそれにきっちりと反応して見せた。ディンゴを低い姿勢に屈ませる

 右側のメイスは、吹雪を噛んで咽び泣く先端部分にサブマシンガンの機関砲弾を叩き込んで押さえ込み、

 左側のメイスは、肩に装備されているSショットが吐き出す散弾で弾き返した

 その程度の攻撃で壊れるほどチャチな装備ではない。だが、振り下ろされるメイスの軌道を反らすことには成功

 一瞬だが、奴を“崩して”みせた



「今だ、やれッ!」



 指先が地面に触れるくらいの低い姿勢のままディンゴはフルブースト

 円周軌道で不動の側面に回り込み、代わってシルフィードが突っ込んでくる。バトルアックスを右肩に担ぐように構えている



『アルフと、クランの、仇ぃぃぃぃぃっ!!!!!!!!!』



 氷の大地を浅く削りながら、チェンナは掬い上げるような一撃を不動の腹に叩き込んだ

 全身の力を一滴残らず振り絞ったアッパースイングは、恐るべき事に重量級であるはずの不動の機体を空中に打ち上げる

 あらゆる攻撃を弾いて見せた胸部を護っていた装甲板。ドゥークSに、はっきりと亀裂が走る



『ば、馬鹿なっ!!?』



 バールが驚愕の言葉を漏らすのも無理はあるまい

 彼の機体の装甲を、真っ正面から打ち砕いて見せた者など、アルサレアには居なかったからだ

 吹雪を割って叩き込まれた一撃に、空中に浮かばされた不動の巨体を見やり、ランブルは操縦桿を握り締めた

 低く屈ませていた姿勢から、更に腰を落として低く構える

 片膝を立て、片足は伸ばす。左腕は地面に落とし、右腕は主兵装であるロングバレル・レールキャノンのリニアバレルに添えられている



「駄賃だ。受け取れ」



 ハイ・エクスプルーシヴをトリガー

 近距離から叩き込まれた高性能成形炸薬弾頭が一際巨大な火の華を咲かせる

 熱と衝撃に胸部の装甲板の亀裂は明らかに大きくなっていた。右腕も半ばから千切れ掛かり、傷口から火花を散らせている

 勿論、仲間をこれだけ散々な目に遭わせておいて、この程度で済ませてやるつもりはない

 そこまで人間ができてはいない

 バトルアックスのアッパースイングと、レールキャノンのハイ・エクスプルーシヴによって天高く打ち上げられた不動を、

 ゼファーが睨んでいた

 ジェネレーターが焼き切れる寸前まで機関出力を高め、

 臨界までエネルギーをチャージさせた高出力プラズマライフルを抱えているゼファーが睨んでいた

 ヘッドアップ・ディスプレィを目深に下ろしたムラキが、照準波を孕んだ視線で宙に舞う不動を睨み付ける



 ロック・オン



『これで、消し飛べっ!!!!』



 トリガー

 爆発寸前まで蓄えられていたエネルギーの奔流は、光槍となって不動を貫いた

 ここまでやると、最早バスターランチャーとほとんど同じ、いやそれ以上の破壊力である

 だが、撃った瞬間に機体のジェネレーターが音を上げてしまい、身動き一つままならなくなる様では実用的とは言い難い



『奴は!?』



 荒い息をつきながらチェンナが叫ぶ

 視線の先には、氷原に倒れ伏す不動の姿



 だが信じ難いことに、バトルアックスを叩き込まれハイ・エクスプルーシヴを至近距離で喰らいプラズマライフルにぶち抜かれても、

 そいつは、まだ、生きていた

 役立たずになった右腕を切り離し、転がり落ちたロッドメイスを組み合わせてハンマースタッフにし、

 それを地面に突き立てて立ち上がる



『化け物かあいつは?』

『とにかくトドメを!!』



 驚きと呆れを含んだ口調で呟くムラキだが、チェンナは彼ほど冷静ではいられなかった

 バトルアックスを構え直し、ブーストペダルに足をかけるが、それを踏み込む前にシュキの声がレシーバーから響いてきた



『気を付けて!11時方向から敵集団!!オニガミ、ラセツ、オニ、各タイプを十数機確認!!』



 その報告に、チェンナは一瞬躊躇した

 だがそれも本当に一瞬のことで、次の瞬間には不動に迫ろうとするが、ランブルがそれを押しとどめた

 スカーフェイスには何の表情も刻まれていない。ように見えるが・・・・・

 一つだけ舌打ちをして、ランブルは言う



「・・・・・それを蹴散らせるほどの戦力は無いな。マーロウ少尉、撤退だ」

『しかし!!』

「ああした手合いは簡単にはくたばらん。敵の後続が来ている以上トドメを刺す時間も惜しい。
 支援砲撃隊、後退せよ。ルーキー、ネルモア中尉の様態は?」

『こちらグランツ、管制機の医務室に搬送されましたが、状況は不明です』



 通信を通して伝わるジータの声は、決して予断のならぬ状況であることを物語っている



「そうか・・・・・伍長達の部隊はどうなった?」

『交戦していた敵部隊は後退、拠点の確保に成功しました。現在は占領した拠点に待機しています。欠員はありません』

「そう、だったか・・・・・」



 スカーフェイスは物騒だが、面構えに反してひどく優しい微笑みを口元に浮かべ、ランブルは頷いた

 彼に代わって今度はムラキが口を挟む

 念の為。忘れてはいけないが、コバルト小隊の指揮官代理はムラキである



『コバルト小隊の全機へ、損傷が少ない機体はF拠点かK拠点に集合。破損機は後方の拠点にて待機。
 弾薬が必要なら拠点の資材庫を漁って探せ。輸送機を待ってる暇なんか無いぞ!』



 ムラキの指示に、全機が蹴飛ばされたように加速した

 背後から追い立ててくる敵部隊も、ここは友軍の救出を優先するつもりらしい

 何機かがしぶとく食い付いてきたが、その追走もじきに止んだ

 それは良いのだが、やはりランブルは浮かない顔だ。しかめっ面のまま、通信をレーザー接続に切り替える

 彼はいつになく沈んだ面持ちのチェンナに話し掛けた



「・・・・・マーロウ少尉」

『は、はいっ』

「話せる範囲で良い、教えてくれ。何故、ネルモア中尉は独断専行で出撃したんだ?」



 覚悟はしていたが、やはり、その話を切り出されるとショックを受ける

 震える吐息を吐き出して、チェンナは短くこう言った



『・・・・・バール・アックスは、仇なんです』

「アルフ、という人物のか?」

『そこまで聞こえていましたか・・・・・アルフレート・シェイヴァン少佐・・・・・当時は中尉でした』



 二階級の差

 それは明らかに彼が戦死したことを物語っている

 ランブルは黙って、彼女の独白に耳を傾けた



『私とクランは、過去に同じ小隊に所属していたんです。そして、前戦役の初期の頃でした。
 ・・・・・モルビスの森林基地にヴァリムの秘密研究所があるという情報を掴み、出撃したんです』

「その情報の出所は?」

『ミラムーンから。同盟が破棄される前だったから、信用に足る情報と判断したのでしょう。
 ・・・・・そこで、私達は、あいつと、バール・アックスと戦ったんです。そして・・・・・』



 チェンナが声を詰まらせる

 ランブルは、それ以上を喋らせはしなかった

 わざわざ話してもらわなくても、十分に想像が付く



「・・・・・当時のネルモア中尉と、アルフレート中尉とは何か関係があったのか?」

『婚約者、でした。クランはその戦闘での後遺症で、視神経に重篤な障害を負って、アルフまで・・・・・
 未来と光とを、同時に奪われて、それでも、クランは、必死で生きてきたのに・・・・・』



 とうとう嗚咽を上げ始めたチェンナに、ランブルは掛ける言葉を思い付けなかった

 彼にも、似たような覚えがあるから、その絶望の深さは、よくわかる。そして、中途半端な慰めなど届きはしないことも



『・・・・・ごめんなさい、アルフ、クラン・・・・・私は、勝てなかった・・・・・』



 辛いことを話させてしまったことを内省しながら、最後の言葉は聞こえなかったフリをして、彼は通信をカットした










 シルフィードの中で、チェンナは子供のように膝を抱えている

 悔しかった

 結局、自分一人では何もできず、助けられてようやく一矢報いた。ただそれだけだった

 仇を討てなかった

 それでも、きっと彼らは許してくれるだろう。だけど、自分は決して許せなかった



 強くなりたい



 こんなにも哀しい思いには、二度と囚われたくないから



 強くなりたい



 こんなにも哀しい思いを、誰にも抱かせないためにも



 強くなりたい

 強くなりたい

 強く、強く





『・・・・・強く、なりたい』










 通信を切る直前に、小さく聞こえたチェンナの声

 涙混じりに呟く言葉が、耳について離れなかった















 こうして、バルメッタ島から始まったGエリアの解放作戦は、いよいよ詰めを迎えようとしている

 ヴァリム最後の拠点:リベル諸島域。その西側制圧戦は、何とかコバルト小隊に軍配が上がったようだ





 一方その頃、そのコバルト小隊の隊長はと言うと、地上から遙かな高みにある研究所に足を踏み入れていた















<宇宙:シードラボ>



「はじめまして、シードラボの開発部門主任の、リーネ・フォルテです」

「コバルト小隊隊長、シオン・マクドガルです・・・・・その、初めまして」



 たっぷり、二頭身近く背丈の違う少女と握手を交わすシオンであった

 瞬きを何度も繰り返しているのは、目の前の“それ”が信じられないからだろうか



「信じられませんか?こんな子供が責任者だなんて」



 どこか訥々とした口調もあり、あまり表情に変化が無いように思える彼女だが、悪戯っぽく微笑む様は、意外にも年相応の笑顔に見えた

 だが、内心をずばりと言い当てられたシオンは恐縮するばかりである

 立場的にはシオンよりもリーネの方が数段上、言うなれば彼女は“上官”なのだから

 態度を改めて、シオンは彼女に訊ねる



「失礼いたしました。それで主任、受領させていただく機体ですが・・・・・」



 シオンが言葉を途切らせた

 何故なら、目の前のたっぷり頭二つ分も背丈の低い上官殿が、その瞬間にひどく険しい顔をしたからだ



「・・・・・どうかしましたか?」

「あ、その・・・・・ごめんなさい。
 その話は聞いています。引き渡すべき機体の調整は殆ど完了していますから、後はコクピットの再設定さえ終われば完了です」



 瞬き一つの瞬間で、彼女は“女の子”から“主任”の顔になっている

 それが仮面を被り直した様な変化に思えて、シオンは何となく哀しい気分になった

 年頃で言えばリンナとそう変わらないくらいの年齢の筈なのに、そんな風に自分を「切り替え」ることができる。ということは、

 決して、褒められたことではない。そういう事に、あまりに賢すぎる彼女は気付けていないのだろう



「案内しましょう。こちらです」



 踵を返して歩き始めるリーネに、シオンは歩幅を合わせながらついていった

 決して彼の体躯は大柄ではないが、流石に少女と言うべき年齢であるリーネの歩幅に合わせて歩くのは、結構気を使う

 そうしてしばらく廊下を歩いていると、不意に横合いからこんな声が掛かった



「あ、リーネ!ちょっと良い!?」

「え、クリオさん?」



 足を止めて振り向くリーネにつられるように、シオンも声の方向に首を巡らせた

 その視線の先には、豊かなブロンドをなびかせて廊下を走る、“快活”という要素を固めた様な女性の姿

 「廊下は静かに」というどこか場違いな雰囲気が漂う張り紙も何のその

 短距離走の様な勢いで駆け込んできて、



「あ、お客さんだった?ごめんごめん!それでね、隊長がちょっとずつ調子戻してきてるからそろそろ「まだです」
 えー、良いじゃないのいつまでもシミュレーションばっかじゃ腕が鈍るしバックスは相手にしてくんないし」

「駄目な物は駄目です。車椅子から松葉杖になったばかりの病人をPFに乗せてはいけません。例えシミュレーターでも」

「けち」

「・・・・・あ、あの」



 すっかり蚊帳の外のシオンが、ようやくそこで口を挟んだ

 二人が揃って振り返り、リーネを拝み倒さんばかりの勢いだった女性がはたと顔を上げて、シオンの方を向いた

 ぱっちりとした翠眼がシオンを見上げ、そして機関銃のような勢いで言葉を浴びせかけてくる



「あ、お客さんここの新顔?へー、結構佳い男じゃないの。ね、ね、パイロットなの?
 腕に自信があるなら是非デートと思っていっちょ模擬せ



 すぱーん!



 目一杯背伸びをしたリーネのスリッパがシオンに詰め寄って捲し立てていた女性(クリオというらしい)の後ろ頭に命中した快音である

 もし、ここに居るのがリーネではなくリンナだったなら、「デートと思って」の辺りで、

 後頭部にスリッパではなく首筋に薙刀が食い込んでいた可能性も否定できない。いや、食い込んでいてはマズイのだが



「クリオさん。こちらの方はコバルト小隊の隊長、シオン・マクドガル中尉です。決してうちの新顔ではありません」

「あ、そうだったの?あはは、ごめんごめん!何処の誰なのかよく知らないけど、あたしはクリオ・ペトリューシカ。
 階級は一応少尉。パイロットとかやってるわ。よろしくね!」

「え、えぇ、よろしく、ペトリューシカ少尉」



 シオンがそう言った途端、クリオの表情がばきっと凍った

 握手の手もそのままに、がちがちに強ばった彼女の真意が掴めずに呆然とするシオンだが、

 数秒の後再起動したクリオが、何故か首筋を撫でながらシオンに懇願する



「え、えーと、中尉。その、“ペトリューシカ少尉”っていうのだけは、やめてくれないかな。
 自分で言うのも変だけど、そんな舌噛みそうな名前で呼ばれても、あたしのこと呼ばれてるような気がしないからさ。クリオで良いよ」

「??・・・・・了解、クリオ少尉」



 実を言うと、他人を気軽にファーストネームで呼ぶのは苦手なシオンだが、

 相手からこんな嫌な顔をされてしまっては呼び方を改めるしかない。ちなみにマコトは例外とする

 改めて握手を交わす二人を眺めて、リーネが口を開いた



「挨拶はもう良いですか?これでも急いでいるんですけど」

「あ、そうだったの?」

「引き留めたのはクリオさんです」

「そうだっけ?あ、みんなには声掛けとかなくても良い?」

「バックスさんとカグヤさんには調整を手伝ってもらう旨を伝達してありますし、リーダー君は静養させておいてください。
 勝手にシミュレーターに引っ張り込んじゃ駄目ですよ」

「はーい、わかってますって。じゃ、ね!」



 しゅた、と手を挙げると、現れたとき同様の素早さで、彼女、クリオは廊下の曲がり角に姿を消した

 サリアやマコトのお陰(?)で、こうした展開には多少慣れたかと思っていたが、どうやらそうでも無かったらしい

 呆然と廊下に立ちつくすシオンであった



「中尉さん。行きますよ」

「あ、はい・・・・・先程の、クリオ少尉は、ラボの防衛部隊の隊員なのですか?」

「えぇ、202特務小隊・・・・・シード・ラボ所属の攻撃兼防衛兼実験部隊、早い話が正規の何でも屋です」

「。」

「・・・・・クリオさんのあの態度は、気にしないであげてください・・・・・半分は照れ隠しですから」

「て、照れ隠し!?」

「えぇ、それに、あれで結構落ち込んでいるんです」



 じゃぁ、落ち込んでいなかったらどんななのだろうか

 シオンは一瞬そう考えたが、深く考えるのはとても怖い気がしたのでそれ以上考えるのはやめておいた

 実に賢明である



「落ち込んでいる、って、何かあったんですか?それに、202小隊のリーダーの方が静養中って・・・・・」

「・・・・・」



 リーネは、黙ってシオンの方を振り返った

 俯いて、クリップボードを抱きしめるその姿はとても軍属のそれには似つかわしくないものだ

 だが、その小さな体が小刻みに震えているのは何故だろう

 何故そんなにも歯を食いしばっているのだろう



 何に、そんなにも耐えているのだろうか?



「・・・・・中尉さんに引き渡す機体にも関係があることですし・・・・・少しお話ししましょうか」



 そう言って、彼女は踵を返す

 その背中越しに、彼女の、半ば告悔めいた独白に、シオンは耳を傾けた



「前戦役の最中の事です。地上でもそうだったのでしょうけど、宇宙でも激戦が続いていました。
 その中でも、特に強敵だったヴァリムの機体・・・・・識別名称:ブラフォードという機体が存在しました」

「ブラフォード・・・・・?」

「ご存じ・・・・・ではないでしょうね。本部にとって、あまり、広まって嬉しい情報ではないでしょうし」

「・・・」

「202特務小隊、通称:レガルド小隊の任務は、無重力空間戦闘仕様機及び兵器の試作、開発の為の専属チームだったのですが、
 激化する戦闘の為に、当ラボの防衛や、敵の迎撃にあたる任務が増えてゆきました。
 そんなこんなで、前戦役の半ば頃、あれに、遭遇したのです」

「それが、ブラフォード、という機体だった?」

「はい」



 首肯するリーネに、シオンはやや疑念を覚えた

 技術開発の主任という地位にある彼女が、こうもあっさり認める相手、というのが想像できないからだ

 彼女なら、彼女の協力するチームならば、打開策の一つや二つは用意できてもおかしくはないだろうに



「どんなパイロットが操機していたんでしょう?グリュウ・アインソードみたいな有名なパイロットだったのですか?」



 シオンの言葉に、リーネは足を止めた

 ガレージへの隔壁を開閉するボタンを殴りつけるように押し、振り返らずに、消えそうな声音で彼女は言う

 隔壁の動く音が耳に喧しいが、シオンの耳にははっきりと届いた



「・・・・・アークレル・レガルド。元202特務小隊の隊長だった人物です」

「。」



 絶句するシオン

 さっさと隔壁を通り抜けようと歩を進めるリーネを慌てて追いかけながら彼は問いただそうと



「あ、この先重力無いですから気を付けて」



 あっさり出鼻を挫かれた

 浮き上がる足の裏に違和感を覚えながらも、床を蹴ってゆっくりと空間を滑るリーネを追いかける

 今度こそ声に出して問いただそうとした瞬間、“それ”が目に入った



「っ!?」



 死体がそこにあった

 格納庫の隅に、内部機関が丸見えの、腐乱死体の如く転がされているPFがそこにあった

 大破した機体なんか別におかしくもないのだが、不審なのはその機体の型式がまるでわからないところだ

 カスタムPFでもない、完全な新型なのだろう

 だが、何故廃棄されていないのだろうか?格納庫の一角を占領してまで何故、あんな役に立たないジャンクを確保しているのだろう



「あの、主任。あれは?」

「・・・・・クレスニク、です」

「へ?」



 咄嗟に、それが何なのか理解できなかった

 振り返りもしないリーネの背中を追いながら考えること数秒、シオンはようやく思い出した



 クレスニク



 それは、グレンリーダーの乗機の、コールサインの筈だ

 あの聖剣を操る白鳳と同じ名を冠した機体、だが、コールサインというのは基本的に重複しない。してはならない



「・・・・・どういうことなんですか?」

「クレスニク、というのは、正式にはコールサインではなく、あるプロジェクトを冠するものでした。
 そのプロジェクトのコンセプトは明快にして単純。“最強の機体を作り上げること”。では、中尉さんに問題です」

「はい?」

「現行のPFの最大の特徴というのは何だと思いますか?」

「え、えぇっと」



 突然の問題に面食らいながらも、シオンは必死に考えを巡らせた

 PFの有用性、利便性、それらの中で、最もPFのPFたる特徴はと言うと・・・・・



「メンテナンス性の高さ、ですか?各フレームの結合部分の統一規格」



 シオンの解答に、小さな拍手の音が響いた



「・・・・・驚きました、正解です」

「良かった、って何で驚くんですか?」

「いえ、その、202小隊のメンバーとかは、その、みんな単純というか、あまり物事を深く考えない質というか」

「・・・・・」

「話を戻しましょう」



 自分で脱線させておきながら

 ごほむ、とわざとらしい咳払いを一つして、リーネのレクチャーは続く



「そうです、前将軍閣下が提唱したPF理論の中で、結合部分の規格を統一し、各パーツの交換を容易にした。
 これは、物資の供給が難しい戦線などで、非常に重宝される特徴でした。だから、今でも、PFのこの特徴は変わっていません。
 J−ファーから始まった第一世代機から、フィール計画の中で誕生した第二世代機、アームド・メガバスターなどの高出力型。
 中尉さん達のデータも使われているカイザーやバビロス、ポールヴェアなどの局地戦仕様機」

「こうして指折り数えてみると・・・・・もう、随分多くの機種がモデルアップされていたんですね」

「とは言っても、戦場の“賑やかし”になるほど量産されていないですから、兵員の方は見たこともない機体だってあるでしょうね」



 どこか皮肉な笑みを浮かべるリーネの背中を追うシオン

 通り過ぎる格納庫の中には、確かに見たこともない機体があった

 無重力空間戦闘仕様高機動機:ドラグーンに、そのプロトタイプである、通称:202特務小隊専用機

 他には、無重力空間仕様のブラスターやJ−ファー・カスタムなど、割と高級な機体が多いようだ

 だが、先程見たスクラップ同然の機体:クレスニク

 アレは、どう見ても異質な存在だった



「・・・・・あの機体、クレスニク、と言う機体は、厳密に言えば、アレはPFではない別の存在なんです」

「!?」



 リーネの言葉に、一瞬思考が停止し掛けたが、シオンは何とか己の思考を取り戻せた



 話が見えてくる

 “最強の機体”を作り出すにはどうすれば良かったのか

 “PFではない”。その言葉と先程までの会話の意味を考えれば、

 あんな廃棄物同然の機体:クレスニクが、前戦役から一年を経た今でも保管されている理由までわかる

 自然と、答えは見出せた



「・・・・・限界、だったんですね。その、各パーツの統一規格が」



 シオンの言葉に、リーネははっきりと頷いた



「そうです。既存のメンテナンス性を廃し、新規格のパーツを用いることで、
 機体の剛性や出力系を根本から見直した機体を生み出すことが、クレスニク・プロジェクトの正体です。
 11機作成されたプロトタイプの中で、最も初期能力が高く、トータルバランスに優れていた3番機が、将軍閣下の乗機となりました」

「じゃぁ、あの、格納庫の隅にあった機体は・・・・・」

「アレは、“最高の機動力”を追求した9番機。実戦運用例としては3番目だったために、コールサインを03。
 クレスニク−03(ゼロ・スリー)と呼ばれていました」

「あの機体は、修理せずに放っておいてあるわけじゃない。修理できなかったんですね」

「・・・・・えぇ、莫大な費用の為に直すこともできず、研究の為廃棄することもできず。
 前戦役で大破して以来ずっと、あそこで骸を晒しています」



 暗く落ち込んだ視線をリーネは振り返らせ、既に通り過ぎたクレスニク−03の方に向ける

 そこにあったのは、果てしない憐憫と、寂寞の念だった

 黙祷するように瞼を閉じて、リーネは再び歩き出す

 シオンは再び後を追う



「最高の機動力を追求した機体って、一体どれくらいの性能だったんですか?」

「えーと、ですね」



 リーネは天井を仰いで、何かを思い出そうとするように額に指先を当て、

 そしてシオンの予想を遙かに超える、とんでもない数値を口にした



「およそ15分程の交戦で、およそ216,000kmくらいの距離を移動していました」

「。」

「わかりやすく言うと15分という時間で惑星Jを4周くらいしたことになります。
 平均秒速240km。確か最高で秒速287kmという記録が残っていました。どうかしましたか?中尉さん」

「い、いえ。有重力下と無重力下とのスケールの違いを思い知っているところです・・・・・」

「そんなに驚くことは無いでしょう?このラボだって秒速8kmくらいで動いているんですから」

「それはそうですけどね・・・・・」



 尚も首を捻るシオンを楽しそうに見やり、不意にリーネは表情を引き締めた



「敵機:ブラフォードの完全破壊の為に、クレスニク−03の運用を決めたのですが・・・・・最後の最後まで、問題が続きました」

「問題、ですか?」

「えぇ・・・・・敵機が、その、逃げ出したんです」

「逃げた?」

「いえ、逃走というよりも、迷走という方が正しいですね・・・・・敵のパイロットが、発狂したんです」



 リーネの言葉に翻弄されながら、シオンはこの日最大級の疑問符を頭上に浮かべた

 発狂、というのはどういうことだろう?

 戦場でのストレスに耐えきれず、精神に異常をきたす者というのもいないわけではないが、

 一応、アルサレアでもヴァリムでも、勿論ミラムーンでも、軍には専属のカウンセラーが居る

 精神安定剤の服用も認められていない訳ではないので、「発狂」という単語を耳にする機会は、意外なほど少ない

 少ない、のだが・・・・・



「マン・マシン計画。というのはご存じですか?」

「・・・・・えぇ、それなりに」



 二転三転する話からいきなり飛び出す思わぬ単語に、シオンは息を詰まらせ掛けた

 クランから、ジータの出自を聞いていた直後だけに、その単語の持つ禍々しさはよくわかる



「ブラフォードのパイロットは、アークレル・レガルドという人物だった。それは先程も言いましたよね。
 何故、アルサレアのパイロットだったアークレルがヴァリムの機体に乗っていたのだと思いますか?」

「・・・・・」



 問題を投げかけるのが好きなのだろうか

 話を早く進めて欲しい気もする

 返答を口にできないシオンをリーネはいくらも待たず、驚愕してお釣りが来る事実を口にした



「彼は、新兵器開発中の事故で瀕死の重体にあったんです。二度とまともな生活が送れないくらいの」

「それじゃぁ、一体、どうやってPF操機なんかしていたって言うんですか!?」



 イメージ・フィードバック・システムはあくまで操機のサポートを受け持つものだ

 無くてはならない装置ではあるが、これだけでPFが運用できるわけではない

 真っ当に動く手足と、正常な思考回路と、PFに対する知識。それが一つでも欠けていれば操機は不可能だ

 その筈だ

 瀕死の重傷を負った怪我人の手足がまともに動くとは思えないし、

 死にかけの頭脳が思考と知識を繋ぎ止めていたかどうかは極めて怪しい



「その事故の後、同僚が一人、姿を消しました。名前をグロリア・ルバトーレ。
 彼女も騙されていたのですが、アークレルをヴァリムに、マン・マシン計画の実験台として引き渡したそうなのです。
 それが結果として、ブラフォードという機体を生み出すに至りました。
 そして、最後に発狂したアークレルは、無差別に攻撃を始めたんです。敵味方問わず、このシードラボにも」



 そしてリーネは俯き、懺悔するように呟いた



「私が、指示したんです。ブラフォードを撃墜せよ。と」



 本当は、放っておくべきだったのかも知れない

 発狂した自我を抱えたアークレルの行動は完全に支離滅裂で、滅茶苦茶だったから、

 放っておけば、そのまま宇宙の果てまで機体のエネルギーが続く限り飛んでいったかもしれないし、

 惑星Jに降下して大気圏で燃え尽きていったかも知れない



 だけど、そんなのは嫌だったから

 せめて自分達の手で、大好きだったアークレル・レガルドをブラフォードの呪縛から解放してあげたかったから、

 子供じみた我が儘の様な思いから、リーネは指示したのだ

 誰も責めはしなかったけど、彼も笑っていたけれど、彼女は今でも、何が正しかったのか答えを見出せていない

 それは、あまりに大きな代償を支払う命令だったから



「先程も話しましたが、03は最高の機動力を求めて作り上げられた機体です。
 高速機動中にパイロットにかかる負荷は並ではありません」



 リーネの表現では、あまりに控えめすぎるというべきだろう

 イメージとしてはミサイルにしがみついているようなものなのだから、はっきり言えば拷問に等しいくらいの負担がパイロットを襲う

 グレンリーダーの乗機である01(ゼロ・ワン)と違い、トータルバランスを無視し、機動性だけに特化した03は正に乗り手殺しだ



「鎮痛剤とか、専用コクピットとかは無かったのですか?」



 かつて一度だけ使った、ハイパワー・フレームド・マルチプルブースター:スライプニルを思い出しながらシオンは訊ねた

 あの時でさえ、レーシングバイクのシートに似た抗加速仕様の専用コクピットとパイロットスーツ。鎮痛剤を用いたのだ

 まさか、03が最高の機動性を求めた“だけ”で、パイロットのことなんか何も考えていなかったと言うことは無かっただろう



「えぇ、ありましたよ。抗Gセッティングのコクピットに鎮痛剤が6本と反応加速剤が3本。
 それに催眠シグナルで余計な思考を殺して、リーダー君には先史文明の宇宙飛行士のコスプレみたいな格好で乗り込んで貰いました」



 シオンは、リーネの言葉を即座には理解できなかった

 最高の機動力を求めた機体をまともに運用するには、それくらいしなくてはならなかったのかもしれない

 だが、それがどういう事になるか。彼女が想像できなかったわけではあるまい



 いつの間にか目の前にしていたオペレーターブースのドアをくぐる

 そこには3人の先客が居た

 オペレーターの制服を着込んだ女性と、パイロットスーツ姿の精悍な男性



 そして、松葉杖を両脇に挟んだ、痩身の男性



 その男の姿が目に留まった瞬間、リーネは柳眉を逆立てて彼に言った

 口調の抑揚こそ乏しいが、そこにははっきりとした怒気が感じられる



「・・・・・リーダー君。静養するようにって言いましたよね」

「そうは言っても、中尉階級の方が来られたのに、出迎えないのは、失礼じゃないか?」



 リーネの言葉を小さく笑ってかわし、彼はゆっくりとした動作でシオンに敬礼を向けた



「申し遅れました。自分は202特務小隊隊長、ブレッド・アローズであります」

「コバルト小隊隊長、シオン・マクドガルです」



 答礼を返すシオンだが、その眉は顰められたままだ

 どこにも外傷は無い様に見えるのに、松葉杖を突いているのは何故なのか

 リーネとクリオの話から、それがつい最近までは車椅子だったことを思い出す

 一時は全身麻痺に近かった容態が、深刻な後遺症を残すこともなくここまで回復しているのは、

 リーネの几帳面な健康管理とクリオの不器用だが暖かい励ましとカグヤのいささか大袈裟過ぎる看護の賜物であることは、

 実はシード・ラボに勤務している者ならばほぼ全員が知っていることである

 勿論、ここに着いたばかりのシオンは知らないが



「このような姿で、申し訳ありません。マクドガル中尉。前戦役の際に、その、名誉の負傷を」

「いえ・・・・・」



 苦笑しながら病気自慢でもするようにブレッドはそう言うが、シオンは返す言葉を思い付けずに言葉を濁らせた

 恐らくは鎮痛剤と反応促進剤の過剰使用による神経障害というところだろう

 催眠シグナルが脳へ与えた影響だって無視できなかっただろうし、それに加えて03の殺人的高機動では、

 命があっただけでも儲けモノだったかも知れないが・・・・・



「アローズ中尉。フォルテ主任の言われるように、自分に構わず休養を取られてください」

「マクドガル中尉の言う通りです」



 ぴしゃりと言いつけるリーネの言葉に、渋面を作るブレッドだが、意外なところから助け船が入った



「まぁまぁ、主任。寝てばかりでは人間が腐ってしまうものですよ」

「バックスさん、そういう事を言って「それに客人の前でもあるのですよ、主任」



 濃い褐色の肌にドレッドヘアという、アルサレア国内ではなかなかお目にかかれない出で立ちの青年:バックスは、

 暢気、とさえ受け取れそうな穏やかな口調でそう言った

 そしてリーネは、「客人」という一言でシオンが来た目的を忘れていた自分に気付き、一気に赤面した



「あ、あの、ごめんなさい中尉さん。カグヤさん、02の調整、準備はできていますか?」

「勿論。作業員の皆さん待ちくたびれているくらいですよ」

「ぁぅ」



 カグヤのおっとりとした、それでいて少々ぐさっと来る一言に、リーネは顔を深く俯けた

 そんな彼女の様子の変化を、何故か面白そうに見守っているのだから、どこか姉妹の様に映る二人である



「それじゃ、中尉さんはこちらへ。カグヤさんは作業のバックアップを」

「主任、自分に何か手伝えることはありませんか?」

「では、機材の運搬に手を貸してあげてください」

「了解」



 リーネはブースの奥の格納庫にシオンを招き、バックスもそれに付き添って行く

 そんな三人の姿とオペレーターシートに座って端末に向かうカグヤの背中を順繰りに眺めて、ブレッドが口を開いた



「じゃぁ、俺も何か

 「隊長は休んでいてください!!!」
 「リーダー君はゆっくりしていなさい!!!」



 即座に、ステレオで拒絶の言葉を叩き付けられあえなく撃沈

 肩を落として、松葉杖を不器用に操るブレッドに、バックスが声を掛けた



「あぁ、隊長。お手数ですがクリオにこっちを手伝うように伝えておいてください」

「わかった。伝えておく」



 そしてブレッドが出て行ってから、リーネとカグヤからバックスに疑問の目が向けられた



「もう、人手は足りていますよ」

「それに、クリオが居たら却って、その、良くないこともあるんじゃないかしら?」



 「邪魔」とは何となく言い辛くて、曖昧な言葉を選んだカグヤである

 そんな二人を見やって、不意にバックスは遠い目をして語り始めた



「目に浮かぶようですよ・・・・・忙しい私達、動けるようになったけれど退屈そうな隊長、そこに現れるクリオ。
 シミュレーターに引っ張り込むには十分すぎる口実を得ているような気がしませんか?

「バックスさん、ナイス判断」

「202小隊の知恵袋は伊達じゃありませんね」

「まぁ、軽いリハビリにもなるでしょうしね」



 先程までの疑惑を180°反転させて、賞賛の言葉を呟く二人である

 最早シオンはここまで来ると彼等のノリについていくことができない

 リーネに誘われてブースのドアを潜り抜け、外へ出る



 そしてそこには、漆黒の鳳凰が居た



「え・・・・・黒い、フェニックス・・・・・?」



 シオンが呆然と呟く

 目の前にいるのは、グレンリーダーの駆るクレスニク−01似よく似た型の機体だ

 「白鳳」とも渾名される01だが、それならば目の前の02は「黒鳳」になるのだろうか

 格納庫に転がっていた03の様な異質な様相ではなく、通常のPFに良く似た姿のそいつだが、

 醸し出される何かが、はっきりとこいつは別物だと物語っている



「開発ナンバー:02。クレスニク−02。現存する機体の中で、最高の防御力を備えた機体。
 これから、中尉さんに引き渡す機体です」



 リーネの言葉に、シオンは魅入られたように頷いた
















 つづく



 




 ○用語(誤)集、順不同
 ・この用語集とゲーム本編は、ほとんど関係有りません
 加えて、想像で書いている部分がほとんどです。あんまり深く考えちゃダメです



ブレッド・アローズ、中尉
・J−2より登場する、レガルド小隊こと202特務小隊の隊長
 なのだが、ゲーム中では喋るわけでもなければ、デフォルトの名前は「レガルドリーダー」だったり・・・・・
 オフィシャルの設定では、真面目で元気な熱血漢となっているが、文中での扱いはあんまりだったかも
 オリジナル機体:クレスニク−03に搭乗したために、過度の薬物使用の副作用でほぼ廃人にまでなってしまう。現在リハビリ中
 その辺りのエピソードは・・・・・またいつか


クリオ・ペトリューシカ、少尉
・ブレッドと同じくJ−2より登場
 過去にブレッドに助けられたことがあった、という設定は何処へやら
 ゲームでは完全に初対面扱いされているような気がするが・・・・・
 負けん気の強い性格なのだろうか、その反面人付き合いが苦手だったりと、案外ナイーブなのかも知れない


バックス・F・グラッツ、少尉
・J−2から登場したレガルド小隊のパイロット
 濃い褐色の肌にドレッドヘアという、今までに無かった容姿のキャラクター
 真面目で冷静で慎重な性格・・・・・君の方が指揮官には向いているかも知れない
 ナンバー2的な立場を好むのだろう、又の名を「202特務小隊の知恵袋」


リーネ・フォルテ、主任
・J−2より登場。シード・ラボでの技術開発主任
 肩書きは仰々しいが、未だに16歳(J−2の時点で15歳として、1年くらいは誤差があっても良いかも)
 常に「主任」であることを心に決めており、シード・ラボでの実験・研究に目を光らせてるのが役目だと思っている
 その為に、少々年の割に無愛想、無表情。溶鉱炉の上での実験は彼女の趣味だろうか


ノギ・カグヤ、事務准尉
・J−2より登場するレガルド小隊のオペレーター
 既にヴァリムに滅ぼされた小国の出身で、その為に姓と名の位置が逆。「ノギ」が姓で、「カグヤ」が名前(オリジナル)
 オペレーターとしてはまだまだ未熟だったが、前戦役を通して成長した模様
 怒ると、ちっとも怒っているようには見えない膨れっ面になるのは相変わらず。ちなみにコーヒーを愛飲


グロリア・ルバトーレ
・J−2に登場する、元はアルサレアに所属していた研究員
 アークレル・レガルドの事故を境にヴァリムに機密情報を持って亡命
 レガルド小隊に立ち塞がるが、最終的にはアークレルが自我を消された存在:ファントムとなった為に、
 彼を解放する為、レガルド小隊と共に戦う。キサラギ姉妹との交戦の後、生死不明
 ゲーム中と、ネット上のオフィシャルホームページで名前が違う・・・・・


アークレル・レガルド
・J−2に登場。マン・マシン計画最終段階の被験者としてブラフォードに搭乗していた
 元々はレガルド小隊の先代隊長だったが、事故により瀕死の重傷を負う
 そんな彼を助けるために、恋人:グロリアはヴァリムに寝返ったのだが・・・・・
 最終的にはアークレルとしての自我を無くし、ファントムとしてレガルド小隊と交戦。クレスニク−03を駆るブレッドに撃破される


アルフレート・シェイヴァン、中尉
・オリジナルキャラ。既に故人
 クランの婚約者で同僚。彼女が所属していた部隊の良き指揮官であったが、
 モルビスのヴァリム研究所の偵察・調査任務に赴いた際に、バールに撃破され、戦死する
 彼の死は、あのクランを暴走させるほどの哀しみを彼女の心に刻みつけた


各パーツのジョイント部分の統一規格、クレスニク・プロジェクト
・PFのPFたる、最大の特徴
 これ故に、PFはどんなパーツでも機種を問わず使うことができる(重量やEPを考えなければ)のだが、
 その統一規格こそがPFの性能の限界であったことに気付いた開発陣がうち立てたのが、クレスニク・プロジェクト
 「最強の機体を作り上げること」が目的だが、現在の所、真っ当に稼働しているのが、
 最も諸機能力が高く、トータルバランスに優れていたグレンリーダーの駆る:クレスニク−01のみ


クレスニク−03
・PF、オリジナル機体。無重力空間戦専用機
 暴走したブラフォードを撃破するために、ブレッドが搭乗して出撃した「最高の機動力」を備えた機体
 イメージとしては、G○−01・○bというよりも、むしろxboxのゲーム:ムラ○モの様な外見をイメージしていました
 超過激な高機動型。搭乗者は鎮痛剤や反応促進剤を使用しなければならないが、この為にブレッドは廃人となってしまった
 1“秒”間に約240kmを駆け抜けた、まさに化け物。大破したため、現在はスクラップとなっている
 また惑星Jの大きさが不明だったために、地球の直径と同じものとして、軌道上を約4周という数値になりました


ブラフォード
・PF
 ヴァリム製の、マン・マシン計画最終段階の被験者:アークレル・レガルドを内部に組み込んだ実験機
 “人間”が搭乗していないために限界知らずの機動力を見せ、無人機のような反応速度の劣化も無い
 主兵装は、ブラフォードソード一振りだが、その一撃はシード・ラボの装甲外壁を吹き飛ばしたほど
 ブレッドに撃破され、アークレルと共に宇宙に散った


オニガミ
・PF
 キシンを砲撃戦仕様に組み直し、重武装をさせたヴァリムのカスタムモデル
 バスターランチャーを振り回す、厄介な機体


ラセツ
・PF
 ゲーム中最強のパンチ力を誇った機体
 だが、J−2からは新PF:キジョにその座を奪われる
 BTのおまけミッション「幻の小隊」では、ラセツアームは必須だった・・・・・


不動
・PF
 バールの乗機
 全身をドゥークSで護ったその防御力は、まさに鉄壁
 フォースソード級の攻撃力ではかすり傷程度しか付けることができなかったほど
 文中ではフライト小隊とマコトとチェンナ、そしてクランを返り討ちにした末に、ランブルによって中破されるも、未だに健在
 ゲーム中では自分の撃ちだしたミサイルでCB発動と言うかなりの卑怯者
 正しくは、こいつの武装は両手にX−ハンマーなのだが、展開の都合上、変更されています


プラズマ・グレイヴ
・オリジナル兵器
 リンナの乗機:ペルフェクシオンに支給された長尺兵器
 一見は刃の無い薙刀の長柄だが、先端にはエクスカリヴァのプラズマジェット生成装置が備え付けられている
 グレンリーダー愛用の得物:エクスカリヴァを作成する過程で、余った部品を使って作られた廉価版・エクスカリヴァ
 いい加減、プラズマ〜、という名前の兵器が多すぎるかも・・・・・


インブレイク・スピア
・兵器
 ゲーム中では内部破壊系兵器で、非常に使い道が微妙な兵器(インサイドキルがあれば、ねぇ・・・・・)
 本文中ではオスコットのゲイボルグに支給された、刺突と同時にマインディスペンサーが地雷を吐き出すというマッドな代物
 先端、穂先の辺りにリボルバーの弾倉に似たマインディスペンサーが・・・・・という一文がありますが、
 ゲームに登場する画像にはそんなものは付いていません。念の為
 こいつを片手にオスコットは大活躍していた・・・・・かな?うん、大活躍していた。筈


ジャマダハル
・兵器
 カニバサミ、もとい、カタールとレーザーピストルを合体させた変形兵器
 マコトのラプソディが両手に装備
 正確には、私達が言う「カタール」とは、「ジャマダハル」というのが正式な名称であり、
 現在「カタール」というのは西洋での誤読が未だに引きずられているかららしい(?)Jフェニの世界ではそうした関連は無い模様
 見た目にはどうしてもカニバサミ


バトルアックス
・兵器
 J−2で追加された新兵器。斧、何の変哲もない大斧
 チェンナのシルフィードが装備。チェンナ機はゲームでは鎌を装備していましたが、マイとの差別化を図るため斧を使わせています
 とか考えていたら、今度はグロリア機が斧装備・・・・・
 ゲーム中ではタックル兵器に変形したりもしたが、投げつけることはできなかった


ロッドメイス・ハンマースタッフ
・オリジナル兵器
 バール機:不動が両手に構えている打撃武器
 クラブの先端部分を紡錘型にして、一回り小さくしたような形の鈍器だが、
 その先端部分は高速回転し、刻まれたギアで接触した物体に大きなダメージを与える
 また、二つのメイスのグリップをつなぎ合わせることで長尺兵器としての使い方もでき、これにチェンナは苦戦した















 後書き

 夏の馬ッ鹿野(以下略)





 ・・・・・落ち着きました。あまりの暑さにとろけた脳味噌が耳から垂れてくるんじゃないかと言うほど暑い夏でしたね
 そうかと思えば今度は台風が連続で来ちゃったりしていますが皆様如何お過ごしでしょうか?ご無沙汰しておりました。T.Kです

 えーと、結局二ヶ月ほど間が空いてしまいました
 今回のリベル諸島戦:コバルト小隊パートと、リベル諸島戦:グレン小隊パート
 そして最後にラストバトルという構想でいるのですが、今回は、思いの外長くなりました
 何で長くなったかっていうと、全て「シオン(主役)の出番を忘れていたから」なんですけどね!!
 サーリットン戦でさえ110kbほどあったのに、今回はそれ以上、130kbオーバーもありやがります
 長くなると、どうも後半に力尽きてしまって、文章が適当になってきているような気がしますね。私もまだまだ未熟です

 さてさて、そんなこんなで今回のお話
 首輪を引きちぎった任務の犬が主役でした(待て)
 彼とチェンナの今後については・・・・・とりあえずは皆さんで想像を膨らませてくださいませ。有り得ないとか言わないで
 アルサレアサイドの男性陣は、どうも押しが弱いというか尻に敷かれるタイプというか、女性が苦手なんでしょうかね
 唯一、積極的な男性は意外にもセイバー(→サリア)という。やはり君はダークホースだ

 次回は、リベル諸島戦:グレン小隊パートです
 嘘っぱち新兵器満載と、復帰したフェンナの出番と、そんなグレン小隊に立ち塞がる暁闇小隊との激突、
 あとは適当に、シード・ラボのシオンの様子(待て)を描いていきます

 では、次回がいつになるかは確約できませんが(開き直るな)、お楽しみに!


 


 管理人より

 T.KさんよりArea:08をご投稿頂きました!

 バール、圧巻!

 それにしても、クランも何というか……やはり憎悪はなかなか抑えられないものですからね。そもそも消えるものではありませんし……

 そしてシオン……02は果たしてどんな機体なのか。
 


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