<リベル諸島西方面:ヴァリム軍基地>



「南方面への援軍、出撃しました!」

「F地区拠点陥落!駐留部隊はC地区拠点まで後退!!」

「敵戦力数なおも増加中!」

「“暁闇”小隊より入電!敵軍主力小隊と交戦中、派遣戦力は他地区へ振り分けるようにとの事です!!」



 怒号の様な喧噪が飛び交う発令所において、この基地の司令官:バール・アックス大佐は苛立たしげに唾を吐き捨てた

 南方面の戦況はどうも芳しくない模様だ。それが気に食わないらしい



 そりゃそうだ

 駐留軍の大半は自分の手元に置いて、明らかに数の少ない“暁闇”小隊に任せたのだから



「おのれグリュウめ・・・・・何という体たらくだ!!」



 そう憤慨して、僅かながら援軍を編成し、派遣したのがついさっきの事である

 アルサレアの侵攻が始まってから、既に2時間近くが経過しようとしていた

 初動対応としてはあまりに遅い。まして援軍として派遣したPFは大半が局地戦仕様のヌエである

 いくら局地戦仕様機とは言っても所詮は陸戦機だ。行軍速度は遅い

 “暁闇”小隊の援護に辿り着くまでには1時間以上は掛かるだろう



 それもこれも、全てバールが悪い



 彼は、グリュウ・アインソードと言う人物を嫌って、否、憎んでいるからだ

 ヴァリム軍において不敗無敵を謳っていた“ヴァリムの猛牛”。そんな自分を負かした唯一の男。それがグリュウだった

 それまでは、我こそがヴァリムのエースパイロットだと自負していたバールだが、その敗北に人々の評価は変わってしまう

 人柄に於いても、粗暴なバールと高潔なグリュウでは比べるべくも無く、彼はグリュウの踏み台にされた・・・・・



 バール本人は、少なくともそう思っている



 そんな虚栄心と嫉妬心の固まりの様な男だが、ベリウムに取り立てられて以来、策謀を巡らせるようになり、

 ついには大佐階級まで勝ち取った。対してグリュウは大尉。今では降格されて中尉である

 南からアルサレアが攻め込んできたとき、バールはグリュウに向かって言った。皮肉をたっぷり含んだ口調で



「貴様が何とかしろ。ヴァリムのエース」



 後ろで双子が激怒していた事は想像に難くない。だが、予想に反してグリュウは「了解」と答えただけだった

 驚くでもなく、恐れるでもなく、ただ淡々と命令に首肯するその姿にますます苛立ちが募ったのは言うまでもない

 やっかみから援軍さえも渋るバールの態度は、完全に指揮官のそれでは無かったが、

 流石に戦線を突破されては立つ瀬が無くなってしまう。そうした理由で、ようやく援軍の派遣要請に応じた次第だ



「戦場で趨勢を握るのは数だ。策だ。奴の様なたった一人の実力者に何ができるか」



 吐き捨てるようにそう呟くと、悲鳴の様な報告が上がってきた



「な、き、緊急事態です!!西方面より敵勢力を確認しました!!」

「な、何だとぉぉッ!!?」

「現在K地区拠点の駐留部隊が阻止砲戦展開中!!援護要請が来ております!!」

「おのれ・・・・・おのれアルサレア如きがぁっ!!!!」



 バールが咆哮を上げた

 それこそ、猛牛の如き猛々しさで

 オペレーター達は突然の怒号に為す術もなく縮み上がり、動きを凍結させてしまっていた



「駐留部隊を総動員だ!!このバール・アックス自ら叩き潰してくれる!!!」















<西方面制圧部隊:ペルフェクシオン、コクピット内>



『A、B、Dポイントの敵拠点制圧を確認。北西より敵増援が接近中です。気を付けて!』

『機種照会・・・・・ラセツとイリアのベースモデルだよ!!』



 レシーバーから響くオペレーター二人の声に、リンナはぐっと歯を噛みしめた

 イリアは今までに何度も交戦している、ヴァリム製のPFでは軽量級を代表する機種だ

 高機動機ということで厄介な存在ではあるが、完全空戦仕様機の機動力程ではない。それほど怖い相手は無いのだが、

 もう一機の、ラセツは厄介な相手だ

 中量級でありながら、軽量級に近い高機動と強固な装甲を併せ持つ零距離格闘戦専用機

 非武装ながら、その拳を特殊装甲で鎧ったハードパンチャーが身の上のそいつは、前戦役後期に導入された新鋭機だ

 レーダーを素晴らしい速度で横切ってくる敵襲を睨みながら、ムラキが早口の指示を飛ばす



『ジータ、イズミ軍曹、一旦待機だ!ランブル、支援砲撃を頼む!』

『言われなくともそのつもりだ下がっていろ!!スティールレイン全機!中距離砲戦用意!!』



 ランブルは常軌を逸した速度で砲撃座標を計算しレールガンをトリガー。数秒後には続く部隊が砲撃の雨が降り注がせている

 上陸直後は地盤の氷が薄かったために支援砲撃が行えず難儀をしたが、敵拠点に近いこの地点ならば遠慮は要らない

 ディンゴのロングバレルレールガンを口火に、一斉に爆炎の華が咲いた

 花火のように煌びやかな炎ではない、只ひたすらに物騒で剣呑で全てを飲み込む火炎の乱舞

 しぶとい何機かが爆炎を割って飛び出してきた



『甘い』



 ムラキが呟く

 ヘッドアップディスプレイを目深に下ろした口元が僅かに歪み、彼はプラズマライフルをトリガー

 今までとは比べ物にならない程収束された熱と光の奔流。狙い澄ましたその一撃に砲撃の雨を必死で潜り抜けてきたそいつが吹っ飛ぶ



『前衛全機突撃せよ!スティールレインは遠距離にある敵機を精密砲撃!!
 ・・・・・あまり連携が取れていないようだな。突っ込んでくる機体から倒せ!!』

『「了解!!」』



 爆撃の残滓、立ちこめる黒煙を吹雪が押し流してゆく

 その向こうから殺到する敵集団。先行していたラセツは殆どが支援砲撃に撃ち倒されていた

 だが、全滅したわけではない

 イリアの部隊と残りのラセツが突っ込んでくる。だがムラキの言葉の通り、そこには陣形も連携も無い

 まるで、誰もが功を焦っているかのような、そんな印象さえ受けるがむしゃらな突撃だ

 それだけに勢いは凄まじいのだが、アルサレア側だって負けてはいない

 数でこそ劣る物の、グランツとペルフェクシオンを先頭にJ−ファー・カスタム隊が斬り込んだ

 放熱光に輝くフォースソードを振りかざし、一列横隊で敵機目掛けて打ちかかる

 そんな乱戦を、4機のイリアが飛び越えて、後続の砲撃隊を急襲しようとする、が



「させませんわっ!!」



 ペルフェクシオンが跳躍。踏み潰されたブーストペダルに、機体が蹴り飛ばされたように疾駆する

 両手に構えたグレイヴ・・・・・ではなく、“棒”を振りかざす

 そして、間合いに敵を捉えた瞬間、その棒の先端から、“真紅の閃光が蛇の舌のように伸びた”

 振り回されるその形無き刃に、イリアがいとも簡単に斬り裂かれる。熱したナイフをバターの固まりに入れたような状態であった



 ペルフェクシオンが構えた“棒”だが、

 実はグレンリーダーの愛機:クレスニクの主兵装であるエクスカリヴァの作成過程に於いて生み出された副産物である

 エクスカリヴァの刀身内部に内蔵された17のArガスプラズマジェット精製システム

 それと同じ物を二つ、棒の先端に仕込み薙刀としての体裁を整えた、言うなればこれは廉価版のエクスカリヴァである

 ついでのような形で造られた兵器である為に正式な呼称は決まっていない。取りあえず、プラズマ・グレイヴという名称で呼ばれている



 その真紅の斬閃に、残る三機も呆気なく斬り落とされた

 エクスカリヴァほどの攻撃力では無いが十分な破壊力だ。それに長尺武器の方がリンナは扱い慣れているし、

 何よりクレスニクのような特別製の機体ではないペルフェクシオンでは、プラズマジェット精製システムの同時稼働は2基が限界なのだ



「手応えが薄いのは・・・・・仕方が無いですわね」



 そりゃ物理的なインパクトは無いだろう。だが、彼女にしては珍しい台詞を呟き、リンナは再び地上に視線を戻した

 地上では、ジータの駆るグランツが8機目のラセツを行動不能にしたところだった

 零距離格闘戦を得意とするラセツだが、ジータのグランツは己の間合いをうまく保って寄せ付けず、時には押し込んでかかる

 普通、このラセツタイプや、アイリの乗機:ストラングルのような零距離格闘戦専用機は“戦いにくい相手”とされている

 拳の間合いで近接兵器を封じ、高機動は射撃を殺す

 その筈だというのに、グランツは違う。直線的な動きのラセツを円周機動で翻弄し、危なげない展開を見せている



『・・・・・ダンは、こんなもんじゃ無いんだ!!』



 迷い無く振るわれる斬甲刀の一閃に、白く煌めく放電光が巻き付いた

 ラプソディが装備していたカタールと同じ放電機構:スタン・エッジが内蔵されたらしい

 斬撃・刺突と同時に刀身にチャージされた電撃が、敵機の内部電装を灼き殺している



『先は長ぇんだ!ルーキー、お嬢、トばし過ぎるなよ!!』

『伍長はもう少しギアを上げたらどうですか!?』



 珍しく、そんな軽口をジータがオスコットに返した

 わははと笑うオスコットがゲイボルグを加速させる



『ギアを上げる。ってぇと』



 真っ正面から迎え撃とうと身構えるラセツに、真っ直ぐにインブレイクスピアを突き出した



 その瞬間を見切れた者は居ない



 不意にスピアが、いや、ゲイボルグの右腕が掻き消え、次の瞬間にはラセツの両肩と腰に穴が穿たれていた

 コクピットの中で、オスコットは鼻から煙を噴出して、別段得意になるでもなく、不器用に片目をつぶって地雷の起爆をトリガー

 インブレイクスピアの先端、マインディスペンサーから撃ち込まれた3発の地雷が一斉に爆発し、

 哀れなラセツは一瞬にして五体をバラバラにされた状態で氷原に転がった



『こんな感じか?ルーキー』



 タバコを挟んだ唇を歪めながら射出ポッドの飛翔を見送るオスコットを、誰もが圧倒されたような表情で眺めていた

 先程の一瞬に、刺突撃を3発叩き込んでいたようには、誰の目にも映っていなかったからだ



『お、お見事でした』

『おぅ、ありがとさん』



 引きつった顔で、ジータが賞賛の言葉を告げるが、オスコットはいつものお気楽極楽な調子で受け取ったようだ

 あれだけの早業を為して、得意になるような様子はない。アレくらいはできて当然。ということだろうか

 改めて、積んできた経験の差を感じさせられた

 当たり前か、ジータやリンナが生まれた頃なら、オスコットくらいの世代の兵士達は、第一線で、

 PFが実用化されるまで、ヴァリムの四足歩行戦車相手に生身で喧嘩を売っていたような連中なのだから

 何よりもタフさが違う。根本的な部分の



『おし、ムラキよぉ北回りの坊主達はどうだ?うまくやってるか?』















<西方面制圧部隊北回り班:シルフィード・コクピット内>



 彼女と関わってから、はや何度溜息をついただろうか

 手のかかる妹、と表現した己の上官ドノは、



『なんと他愛無いっ!!鎧袖一触たぁこの事よぉぉっ!!!!』



 ご満悦である

 蟹バサミ、もとい、ジャマダハルを両手に構えて、戦意を喪失しきっているいたいけなヌエ達を追い掛け回している姿は、

 どこからどう見てもえんがちょなガキ大将のそれだ

 二人が率いてきた部隊、フライト小隊と共に、マコトとチェンナはムラキの指揮する隊とは別行動を取っている

 北回りの進路を取って、別の敵拠点に奇襲を仕掛けるという手筈だった



『ふー、良い汗かいた!』

「そりゃあれだけ暴れればね」



 盛大な溜息をつくチェンナである

 流石に敵の本拠地が近いだけあって、防衛施設の整った強固な拠点だった

 防壁に据え付けられたレーザーキャノンに、頭上から降り注いでくるミサイル群

 救いだったのは拠点防衛にあたっていたPFがヌエだった。という点だろう

 いくら基地施設が優秀でも、それを防衛する機体がヴァリムの初世代機では役者不足と言わざるを得なかった



「シルフィードより管制機へ」

『こちら管制機、クランです。チェンナ、無事ですか?』

「勿論。何機かが小破した程度の損害しか無いわ。北西の拠点は完全に制圧。これから東進する」

『了解しました。本隊も順調に制圧を続けています。そのまま合流してください』

「了解」



 そう言って通信を切り、シルフィードの足下に転がっている大口径レーザーキャノンに食い込ませたバトルアックスを引き抜いた

 かなり頑丈な作りになっているはずなのだが、大斧の一撃には耐えきれなかったらしい



『でも・・・・・何か変よね』

「何が?」



 マコトの呟きに、チェンナは意識を振り向けた



『いくら戦力の大半が本土に引き戻されてるって言ってもさ、もうここが、ヴァリムのGエリアでの本拠地なんだよ?
 防衛機がヌエばっかり、っていうのはちょっとおかしいと思って、さ』

「まぁ、それはそうだけど・・・・・」

『それに、さっきのヌエの部隊だって、簡単に散り散りになっちゃったでしょ?
 “ここを落とされたらヤバイ”っていうのは分かり切ってるはずなのに、あの士気の低さは何?』



 何?と聞かれてもチェンナは困る

 困るが、マコトの言わんとすることが、段々見えてきた



『戦力の大半を本土に戻されて、残った部隊は腰抜けばかり・・・・・?
 それでも、こっちの本隊が戦った中にはラセツタイプなんて言う新鋭機が居た』

「・・・・・加えて、本隊の交戦した部隊は統制が取れていなかったらしいわね。反面、練度はそれなりだったらしいけど」

『それに引き替え、こっちのヌエの逃げ足の速さ・・・・・』



 マコトが追いかけ回していたヌエの部隊は、実に見事な逃げ足であった

 交戦し、戦力の3割程度が脱落すると見るやいなや、あっという間に尻尾を巻いた位である

 本隊が交戦した部隊とは打って変わった、互いが互いの離脱を援護しながらの見事な逃走劇

 チェンナは、マコトの考えている予想を口にした



「つまり、私達が戦った部隊こそヴァリム正規軍で、本隊が戦ったのはベリウムの個人的な私兵団なのではないか、と?」

『うん・・・・・ベリウム・ヴァレリウスは、ヴァレリウス財団なんてそのまんまなネーミングの総帥だったりするらしいから、
 私兵団の一個や二個は抱えていてもおかしくないと思うし』



 チェンナの言葉を、マコトが補足する

 とてもリンナをからかっていた時や、オスコットに遊ばれていた時と同一人物とは思えない

 見事な推理である



『もしかしたら、いや、多分間違いないと思うんだけど・・・・・ベリウム・ヴァレリウスはもう切り捨てられているのかも知れない』



 マコトの言葉に、チェンナは小さく頷いた

 正規軍の士気が低い。ということは“ヴァリム”という国家が既にベリウムを見放していると見ても良い

 だがら、私兵団を招集して戦力としているのだろう



「でも、根拠としてはまだ弱いわ。ヴァリムがGエリアを占拠した目的が資源の採取なら、まだその余地はある筈だもの」

『わかんないよ。もう掘り尽くしたからこそ撤退しているのかも知れない。
 ・・・・・でも、それじゃベリウム本人が残っているのがおかしいし・・・・・』



 眉根を寄せて、熟考モードに入ってしまった

 こうなるとなかなか他の事に注意を戻さないのがマコトの悪い癖だ

 考え事をするのが好きなのかも知れない。意外にも

 それは彼女にずっと着いて歩いてきたチェンナにとって、密かに誇らしかったりする

 自分達の小隊のことを“客寄せ小隊”呼ばわりする連中に胸を張って、でかい声で言ってやりたい



 “どぉだ私達の隊長はあんた達みたいなのよりも100倍デキる奴なんだ思い知ったか!!”、とでも



 が、しかし



『うーん、謎が謎を呼ぶシチュエーションだよねぇ。燃えてきたぁっ!!』

「・・・・・何でそこで燃えるのよ」

『え、駄目?なんかさ、わくわくしてこない?こう、最後の最後で陰謀の仕上げがどかーんと来るような展開だよこれ』



 どかーんと来てどうする

 頭痛を噛み殺すような顔になっているチェンナには気付かないのか、瞳を輝かせたマコトが語気も荒く訴えてくる



『でさ、でさ、最後の最後の“もう駄目だ!”って時に、起死回生の一撃が炸裂したりしてさ!
 もう、大どんでん返しがでんぐり返りでだんご虫だったりするわけよわかる!!!?』

「わけわかんないわよ」



 とりあえず張り倒した















<管制機>



 管制機、と呼ばれているが、その実体は広域レーダーと強力な通信装置を搭載した大型輸送機である

 今は腹の中に、予備パーツの類を納め、戦線の遙かに後ろに滞空している

 幸いなことに操縦系の殆どが半自動制御可能だった為に、不要な人員を割かずに済んだ

 乗っているのは、クランとシュキ、それにメカニックが数名に、パイロットが一人

 実を言えばパイロットも不要なのだが、流石にそれはマズイ。ということで搭乗している程度の認識である



「今のところは、楽勝ムードだね」



 その言葉を、クランは窘めようと振り返るが、

 先程口走った言葉に反し、シュキの顔は真剣そのものだった。双眸はめまぐるしく書き変わるパラメータを追い続け、

 指先はコンソールの上を目まぐるしく飛び跳ねている

 喉元まで出掛けていた叱責の言葉が一瞬で失速し、力無い肯定の言葉に変わる



「・・・・・えぇ、そうね」

「っと、本隊4時方向から敵集団!機種は未確認、気を付けて!!

『了解!迎撃に向かう!』

「あ、その声ジータね。負けんじゃないわよ!!」

『わかってる、負けられないんだ!!』



(サーリットンで何があったのか、詳しくは聞いていないけど・・・・・何だか急に立派になったわね。この子)



 その事実が嬉しく、だがどこかに寂しさを感じるクランだった

 シュキが一人前のオペレーターになりつつある。それはとても嬉しい

 だが、ほんの一月も時間を遡れば、その頃は、いつも隣でぶーぶー言いながらオペレーター業務をどうにかこなしていた程度なのに

 初めてのオペレーター実修で「もしもし」と口走った人物とは思えない成長ぶりである



「機種照合・・・・・キシンタイプのカスタムモデル、オニガミって奴だよ!
 長距離砲戦仕様の武装だから、一気にやっつけないとヤバい相手!気を付けて!!!」



 まだまだオペレーター“らしさ”に欠けるが、彼女の報告に複数の「了解」という声が返ってくる

 伝達の要領も未熟だしレーダーの見方もなっていない。だが、よく頑張っている。ということは認めざるを得ない



 いざという時の、自分の代役が務まるくらいに



「シュキ」

「へ?何?」

「・・・・・えっと、レーダーが広域モードのままになってるわよ。範囲を絞って詳細を伝達しなさい」

「あ、はぁい」

「返事は短く」

「はいっ!」



 びしっと背筋を伸ばして作業に向かうのは良いのだが、微かに聞こえる鼻歌に大減点

 こっそり溜息をつきながらクランも作業に戻る

 マコト達、フライト小隊の別動部隊は問題無く東進を開始したようだ

 ホバークラフトで海を渡り、本隊との合流を目指している



 が、



「・・・・・!!・・・・・こちら管制機、フライト中尉。進行方向正面を基準に11時方向から敵集団接近中です」

『えっ?そりゃ危ないよね・・・・・中尉、本隊の状況は?』

「今のところ劣勢を強いられているわけではありませんが・・・・・
 照合結果出ました。敵集団、タルカスタイプのカスタムモデルと思しき機体を先頭に、同じくタルカスタイプ:カテゴリーB。
 レッドバイザー隊の機体と判明しました。機数、20!敵先導機はデータベースに該当する機種が存在しません。
 恐らく、隊長格と推察されます。気を付けて!」

『・・・レッドバイザー?』



 怪訝な顔で問い返したチェンナに、クランが詳細な説明を付け加えた

 それを聞いたチェンナの顔が、やや強ばる。己の予想が正しかったと



「アーマイル丘陵地国境付近の長距離輸送路をゲリラ戦術で襲っていた強襲部隊です。
 兵団本部の戦力評価は“B+”。強敵です」

『アイツらか・・・・・ッ!!!』



 ぎしり、とシルフィードがバトルアックスを握り締める

 その、あまりに唐突な豹変に、クランの方が面食らった

 それを見て取ったマコトが小声で早口に注釈を加える。同じく、怒気に満ちた表情で



『恨みがあんのよね・・・・・輸送の護衛中に襲われてさ、輸送車両“だけ”片っ端から蹴散らしてくれたのよ』



 どうやら、フライト小隊もそんな敗辱を味わったことがあるらしい

 話を聞いたのか、フライト小隊の全機が、猛然と怒気を放つように一斉にアイドリングを始める

 凍てついた大地を溶かさんばかりの熱気を放ちながら、ラプソディとシルフィードを先頭に、フルブーストで突撃した



『やろぉ共ッ!!ここで会ったが百万年だ!!生かして帰すなぁっ!!!!』

『『『『うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!!!!!!!』』』』×たくさん



 先頭を駆けるマコトが、ジャマダハルを振り回しながらそう叫び、それに続く子分共も一斉に己の得物を掲げて雄叫びを放った

 どう考えても軍隊の姿ではない。その様相たるや、最早完全に無法者のノリである

 だがそれだけに、攻め寄せる小隊の姿はド迫力だ。機体が大きく見えるほどに

 クランは制止の言葉を叫ぼうとしたが、一瞬躊躇った後に口を閉ざした

 今更引き留めても間に合う筈が無い。それなら本隊に支援要請を出した方が良いだろう

 そう結論付けて通信のチャンネルを指先が切り替えた



 その瞬間だった



『嘘』



 確かに聞いた

 そして見た

 敵集団、正体不明機に率いられたレッドバイザー隊に、フライト小隊が接敵した



 直後、フライト小隊の機体、5機のステータスが真っ赤に染まっていた

 “撃破”を示すサインが踊っていた

 乱戦になり、こちらも敵機を何機かは撃破しているが、フライト小隊の被害の方が明らかに大きい



 このままでは全滅する



「シュキ!!本隊、ムラキ少尉に連絡、北回りの別働隊へ緊急支援要請!!何でも良いから急がせなさい!!」



 突然の事に、スイッチが落とされた様になっていたシュキが、弾かれたように動き出す



 間に合わないかも知れない



 その可能性が脳裏によぎる

 だが、認めたくない。クランは必死で問いかけた



「フライト小隊!!チェンナ!フライト中尉!誰でも良いから応答して!!」



 声を枯らして訴えるが、まともな返答は何一つ返ってこない

 返ってくるのは、信号途絶、つまりは撃破されたことを表すステータスと、悲鳴ばかりだ



「誰か!!返事をして!!!」

「クラン、ちょっとは落ち着いて!ムラキ少尉達が支援に行ってるから!」

「だからって、このままじゃ・・・・・!!」















<数分前:フライト小隊>



 ほんの少しだけ時間を遡る

 隊長から子分共まで、一人残らず頭に血を上り詰めらせたフライト小隊の面々は、

 迷うことなく、真正面から会敵し、これを叩き潰すつもりでいた



 “つもり”だった



 マコトとチェンナを先頭とする三角陣形が会敵直前に変形する

 後方両翼に展開していた何機かがマコト達を追い抜いて、正面の敵集団を包み込むように動く



(一気にケリを付ける!!)



 マコトはそう決めた。それができる自信が、彼女と、彼女の率いる部隊にはあった

 敵機を視認、操縦桿を握り直す。緊張した思考がラプソディを動かし、ひとりでにジャマダハルを握り直させている

 そして、敵集団の先頭にいた、“暗緑色にペイントされたそいつ”が目に留まった瞬間



『嘘』



 チェンナの呟きを確かに聞いた

 だが、聞こえた瞬間には、それを怪訝に思うような暇は無かった

 半呼吸ほどの時間の後、ヘッドオンした両陣営の集団は進行速度そのままに凄まじい勢いで激突し、



 狙い澄ましたマコトのジャマダハルはあっさりと弾き返された

 かつて無いほどの激情に憑かれたチェンナのバトルアックスはそいつの手にした双槌に阻まれた

 猛牛さながらの突貫に二人は弾き飛ばされ、彼女達の部下数名がそいつに飛びかかる



 チェンナは止めようとした



 間に合うはずがなかった



 振り下ろされたのは、フォースソードが5本

 アルサレアの初世代PFから現在に至るまで愛用されていた放熱刀:レーザーソードとは違い、

 改修モデル:フォースソードは高出力化と高効率化に成功した業物だ

 その分値が張るようになったが、差し出す対価には十分見合う戦果を挙げてくれる



 避けもしない。払いもしない

 放熱刀の五閃。そいつは全てその身で受け止めた



 デキの悪い冗談のような、ほんの小さな、“焼けコゲ”としか表現できないほどの小さな傷跡が装甲に刻まれていた



 誰もが理解に苦しんだ

 その苦しむ間に彼らは撃破された

 そいつが両手に携えていた、紡錘型の先端を備えた、片手で扱うにはやや長めの戦槌:ロッドメイス

 それが縦横に振るわれた瞬間には、5機のPFが吹っ飛ばされていた

 同じ鈍器でも、サリアが得物とするX−ハンマーの様な重量で叩き潰すタイプには見えない

 先端部分のサイズなど半分程度しか無い。クラブよりも一回り小さいくらいなのだ

 それなのに、常軌を逸した破壊力で5機のPFが粉砕された



「こんのぉぉぉぉぉっ!!!!!!!」

『マコト!!』



 咆哮を上げながらラプソディが突貫

 一度擦れ違ったそいつの背中目掛けてフルブーストで突き進む

 チェンナもそれを援護しようとしたが、彼女はレッドバイザーに捕まった

 悲鳴にも似た唸りを上げるドリルアームに肝を冷やしながら、アックスの逆端でヘッドフレームに突きを見舞いカメラを潰す

 たたらを踏んだそいつに一撃振り下ろす時には、マコトは既に接敵していた



 ガ、ギンッ!!!!!



 唐竹に振り下ろしたジャマダハルの一閃は、交差させた双槌に阻まれる

 だがラプソディは逆手にもジャマダハルを携えているのだ。がら空きになったメインフレームにボディブローを叩き込む様な気持ちで、



「どぉっせぇぇぇぇいぃっ!!!!!!」



 怒声と共に叩き込んだ。いや、決して怒声というのは彼女の掛け声と掛けているわけではない

 だが、先程のフォースソードと同じだ

 ジャマダハルの先端は装甲を僅かに穿った程度で、傷らしい傷は無い

 ウェイトの差か、思いっきり殴ったというのに小揺るぎもしなかった



「ならこれでどぉだぁぁぁぁっ!!!!!」



 零距離から、ジャマダハル内蔵のレーザーピストルをトリガー

 ライフルよりは弱いが、マシンガンよりは遙かに強い光がそいつを直撃する

 一度ではない、何度も何度もマコトはトリガーする



 だが、





『残念だったなぁ』





「う、うそっ!」



 嘲りの言葉にようやく気付く。レーザーまでもが、反射されていた

 フォースソードの放熱刀をモノともせず、ジャマダハルの一撃を弾き返し、零距離からのレーザーの乱射さえ弾き返したその装甲

 マコトも思わず口走ったように、嘘のような装甲板だ。きっと、制作者だって同じ言葉を呟くだろう



 ドゥークS



 考えられる限りの、ただひたすらな剛性の追求結果であるこの装甲板は、生半可な攻撃では傷一つつけることができないだろう

 ウルクβのような特殊性こそないものの、間違いなく、現存する装甲素材ではもっとも強靱で、



 そして最も重いのがこいつだ



 最も安価で、最も広く用いられている装甲素材:エリドゥの7倍近い重量というのだから

 造った連中だって、造ったのは良いものの、まさか本気でこんな装甲を装備したPFが世の中に出てくるなんて思っていなかっただろう



 だが、現実とは悪趣味なモノで、ドゥークSで全身を鎧うPFが、紛れもなくそこにいた

 マコトは一旦距離を取ろうとするが、初撃に振り下ろしたジャマダハルが挟み込まれていて動かない

 捨てて逃げるべきだった。一瞬の判断の遅れに、ラプソディは腹に蹴りを突っ込まれ大きく弾き飛ばされた



『マコト!逃げなさい!!』



 間髪入れず距離を詰められ、トドメの一撃が振り下ろされようとしていたラプソディに、シルフィードが強引に割り込んだ

 バトルアックスの長柄でメイスの一撃をがっちり受け止めるが、パワーの差は如何ともしがたく、じりじりと押し込まれる

 その行動を奇妙に思うと同時に、確信も抱いた

 レーザーソードの様な、単体で攻撃力のある武器ならば、押し当てるだけで効果がある。放熱刀が灼くからだ

 カタナの様な武器ならば押し当てて引けば斬撃になる

 だが、敵の武器はメイス。鈍器なのだ。ゆっくり押し当てても意味は無い。その筈だ



 だが、PFの集音マイクは確かにその騒音を聞き取り、メインカメラは確かにそれを見ていた



 聞こえてくる騒音・・・悲鳴にも似た唸りは、ドリルアームのそれとそっくりである

 一度目を向ければすぐに気付いた。メイスの先端、紡錘型の部分は高速で回転していた

 恐らく、ギアのような歯が刻んであるのだろう。それが装甲を噛み、内部機構までも引き裂くのだ



『ほぅ、貴様は・・・・・覚えがあるぞ。モルビスの研究施設を襲ってくれた特務小隊だったか。
 外聞もなく逃げ出した臆病者が居たように思ったが・・・・・フハッ!』


『その武器、その機体・・・・・やはり・・・・・バール・アックス、貴様かッ!!』




















 そして、それを聞いたクランの心の心臓が鼓動を止めた

















<Side:クラン>



「ちょ、クラン!?何処行くの!?」



 いきなり席を立ったクランを慌てて呼び止めるが、彼女は振り返らない

 真一文字に引き結んだ朱唇と、据わった目元。関節が白く浮き上がるほどに握り締められた拳

 どれも、普段のクラン・ネルモアには似つかわしくないものばかりだった

 思わず言葉を忘れかけたシュキだが、席を立って腕に縋り付くようにして引き止める

 そうでもしなければ、彼女を止めることができないように思えたからだ



 だが、あっさりとシュキは振り払われた



 腕からひっ剥がされて、床に尻餅を付いている己の教え子を仮面のような無表情で見下ろし、



「シュキ」

「は、はいっ!?」















「後を、お願いね」





「後、って何どう言うことなのクラン!」



 オペレーターが二人とも持ち場を離れるわけには行かない

 それくらいシュキもよく判っている。だから、彼女は歩み去るクランを追い掛けることができなかった

 躊躇いながらもシートに戻る。クランも心配だが、作戦の真っ最中に抜けるわけにはいかない

 何かあったらすぐに連絡しよう。そう心に決めて、シュキは不安そうにクランの座っていたシートに視線を送り、



 そして、凍りついた





 彼女の眼鏡が、そこに置かれていた





 クランは足早に格納庫を目指す

 予備パーツや兵装の隙間に、ムラキ達が「機会が有れば」と詰め込んだ機体。局地戦仕様新型機:ポールヴェア

 当然のようにコクピットハッチを開け、そして彼女はタイトスカートの端を破ってコクピットに飛び込んだ

 パーソナルデータの詰まったディスケットを叩き込み、イメージ・フィードバックを起動させる

 モニタを追う視線や己の視界に異常は無い。今のところは



『クラン!どういうつもりなの!?待って!!』



 オペレータールームで、ポールヴェアの起動を確認したのだろう

 半べそのシュキが大映しで制止の声を叫んでいる

 そんな教え子に、クランはゆっくりと微笑みを浮かべて、こう言った



「・・・・・もう卒業させてあげるわ。あなたは本当に立派になったもの」

『な、何よそれ!クランやめて!!』

「頑張るのよ、自信を持って、前に進んでいきなさい。シュキ・オールティー」



 尚も叫ぶシュキからの通信を遮断し、クランは底部ハッチを解放させた

 眼下には、白く霞むリベル諸島の姿

 この吹雪の向こうに、味方が居て、敵が居て、そして奴が居る



「バール・アックス。ヴァリムの猛牛、アルフの仇!!お前だけは・・・・・ッ!!」



 そして、吹雪の中に、一機のPFが舞い降りてゆく

 雪中迷彩の為に白くペイントされたその機体は、すぐに見えなくなった















<Side:本隊>



『伍長、イズミ軍曹は両翼に展開!!砲撃隊は支援砲撃用意!ジータはこの場に踏み止まれ一機たりとも抜かせるな!!』



 ムラキの指示に、ゲイボルグが右翼、ペルフェクシオンが左翼に展開する

 先にフライト小隊が見せた部隊展開と良く似た陣形だ

 違う点を挙げるなら、こちらの方が兵種・兵力が豊富である。という点だろうか

 前方から迫り来る敵集団、キシンタイプのカスタムモデル:オニガミを包み込むような布陣である



 そして、ランブル率いる支援砲撃隊がまずは口火を切った



「長距離砲撃行くぞ!友軍全機、爆発圏内に入るなよ!!」



 リニアバレルが成形炸薬弾頭を撃ち出した。それに続いて子分共の砲撃が続く

 特に、ディンゴがぶち込んだのはとびっきり強烈なハイ・エクスプルーシヴだ。一際巨大な火の華が咲く

 しかし、ラセツやイリアの様に簡単には倒れない。オニガミは装甲と武装に優れた重量級だ

 爆発に打ち倒された機体こそあるものの、撃破には至っていないようだ



『おぉし、行くか。お嬢!』

『参ります!!』



 爆炎に向かって駆けるゲイボルグとペルフェクシオン。そして二機に続く後続はJ−ファー・カスタムやグラップラーの混成部隊

 近接戦で一気に叩き潰そうという腹だったが、爆炎を割って伸びてくるバスターランチャーの光条に、進軍の足が僅かに乱れた



『小隊規模のバスターランチャー一斉射ってのは、かますのは爽快だけどよ。やられんのは物騒だな』



 非常に同感である。最初の支援砲撃が裏目に出た結果なのかも知れない

 爆炎に埋没する敵機からの不意打ち、しかもバスターランチャーの一斉射という攻撃に、後続機が何機か食われていた

 後方モニターに映るそんな光景を尻目に、リンナはプラズマグレイヴを起動

 紅蓮の光刃を脇に引きつけるように構え、炎の中から姿を現せたオニガミの一機に斬りかかった

 横薙の斬撃をそいつは逆手に構えていたクラブで柄を受け止めようとしたのだろう

 だが、リンナの方が何枚も上手だった

 横薙の一閃。だが受け止められる瞬間にその動作を捨て、グレイヴの長柄を腰溜めに引きつける。刺突撃へのスイッチ



『出直してきなさい!!』



 遠慮無く突き込んだ

 Arガスプラズマの奔流が、がら空きになった腹部に吸い込まれるように決まり、そのダメージは機能中枢を一瞬で灼き尽くした

 そんなペルフェクシオンの背後から別のオニガミが襲いかかってくる

 軽量級のペルフェクシオンでは、一撃まともに入っただけで大破できるであろう、重そうなクラブを振りかざしている



『悪ぃが、やらせねぇよ』



 先程の一斉射に心底ムカついているらしい

 珍しく不機嫌そうな声音のオスコットが割り込んできた

 ペルフェクシオンの背後から飛びかかってきた三機の敵を見据え、インブレイクスピアをくるりと手中でスピンさせる

 目の前の奴に二撃、右方の奴にも二撃。向き直ったことで背後にいる奴には一瞬でスピアを逆手に握り直して二撃

 背中に目があるのではないかと思えるような、一瞬の早業であった

 そしてオスコットはインブレイクスピアが吐き出した地雷の起爆を、何となく時代劇チャンネルで見た番組を思い出しながら、

 まるで見得でも切るように、スピアを素早く振り回しながらぴたりと脇に挟み込んで、トリガー

 一斉に爆散する敵機。続いて距離を取りながらバスターランチャーをぶっ放して“道”を切り開く

 その道を通って、リンナを先導とする友軍機が突っ込んでいった

 乱戦となり、砲撃隊への心配が無くなったと判断したのだろう。グランツとゼファーもそれに加わる



 そんな交戦の最中だった

 ムラキの耳に、シュキの悲鳴じみた言葉が飛び込んできたのは



『少尉お願い!クランを止めて!!』

『な、何!?』



 流石のムラキでも、思わず戸惑った返答を返してしまう

 幾ら何でも、訳が分からなかった。いきなりクランを止めろと言われても。どういう意味なのか



『オールティー君。状況はできるだけ正確に伝えてくれ!』

『さ、さっきの援軍派遣要請。すぐに向かって!!今すぐ!!今すぐに!!』

『だから、それとネルモア中尉とがどう関係しているんだ!?』



 常日頃からシュキの態度は決して真面目とは言い難く、軍属らしからぬ振る舞いをいつまで経っても直さない彼女だが、

 決して、この忙しい時に質の悪い冗談を言うような性格でも、簡単に錯乱するような性格でも無い

 それは誰もが断言できる。彼女が芯に秘めた強さは、誰もが何となく気付いている

 だから余計にわからない

 まして、クランが側にいる筈なのに・・・・・と、全員がそう思っていた



『シュキ、シュキ!落ち着くんだ!』

『ジータお願い!すぐにフライト小隊に合流して!このままじゃクランが、クランの目が死んじゃう!!』

『ど、どういう事なんだよ詳しく聞かせてくれよ!』

『フライト小隊もやばいのか?』

『だが、この場の制圧も・・・・・』





 突然の事態に慌てふためく一同を、醒めた視線で眺めるランブルだが、



(お前はいつまで任務の犬でいるつもりだ)



 胸中では、ムラキの言葉が引っかかっていた

 その響きは疎ましくもあるが、心の何処かでは自分に叫んでいる。ムラキが言った台詞と同じ言葉を



(“狼”に戻れ)



 何を



(“狼”に戻れ)



 何を今更



(“狼”に戻れ!)



 何を今更言っているんだ。あの日の自分の無力さを忘れた日は無い

 ズタボロになりながらも敵軍を追い払い、その次の日には逆に包囲され、来るはずのない援軍を待って戦って戦って戦って

 たった一人、無慈悲な幸運に助けられて生き延びてしまった自分が、何を今更

 歯牙無き“任務”の飼い犬に、狼の魂は戻らない。そんな資格は己には無い!



 誰よりも、自分を許せなかった

 何よりも、己の無力を呪っていた

 負けて、殺されて、護れなくて、それでも自分は生き延びて、今ここにいる



(あいつに二の轍を踏ませないためにも、頼む)



 あぁ、そうだな。ランブルは思う

 シオン・マクドガル。あいつは確かに狼だ

 任務の犬に成り果てた自分が無くした牙の誇りを、あいつは大切に持っている。自覚は無いのだろうが










 だが、このまま事態を放っておけば、あいつの牙が失われてしまう





 ようやくわかった

 どうして、あんな甘っちょろい若造に、何だかんだと言いながら着いて行く気になったのか

 ムラキに言われるまでもなく、そうした危惧を最初から抱いていたんだ。あいつは、昔の自分と、あまりにもよく似ているから

 苦笑が込み上げてきた。まさか、牙を失った“任務の犬”に、“狼の魂”が一欠片でも残っているとは思っていなかったからだ










「・・・・・俺は、あいつを・・・・・俺と同じにさせたくなかったのか」





 ランブルの中で、何かが弾けた。それが枷だったのか、鎖だったのかは彼自身にもわからない

 ただ、意識が急速に覚醒してゆくような、開放感にも似た何かが、彼の心を通り抜けていった



「オールティー伍長。詳細は良い。要点のみ教えてくれ」



 会話に割り込んできたランブルの口調に、全員が息を呑んだ

 いつもならば、“狂犬”は誰が死のうと、それが味方であっても、気にはしない

 それ故に彼は“狂犬”、“任務の犬”と呼ばれているのだから

 だが、今の彼は違う

 スカーフェイスを剣呑に歪めて、斬りつけるような口調でシュキに問い正している。“仲間の状況について”を



『く、詳しい事ははわかんないけど、いきなり、いきなり飛び出して行っちゃって・・・・・』

「場所は」

『フライト小隊の交戦ポイントだよ、支援要請をさっき出したばかりの』



 それ以上、ランブル・クリスティーン曹長は時間を無駄にはしなかった



「ムラキ、ランバート軍曹、イズミ軍曹、支援砲撃隊半数は続け。伍長、大尉はこの場の指示を」

『・・・・・やれんのか?“狂犬”ランブル・クリスティーン曹長殿よ』



 オスコットの挑発めいた口調に、ランブルは彼を睨み付けるが、

 意外にもそこにあったのは侮蔑や嘲りでは無かった。心の底から、オスコットは自分の方を頼もしげに見やっている

 口振りから憎まれ口が消えないのは・・・・・彼の性分なのだろう

 そしてランブルは言葉を返した



「俺は・・・・・犬じゃない」



 その言葉に、ムラキの表情が喜びと驚きに固まった

 彼の言葉の真意をこの時点で理解できたのは、彼だけだったからだ

 呆気に取られているジータとリンナに向かって、彼は凄味の漂う不敵な笑顔を向け、そしてこう言った



「少々不本意ではあるが・・・・・」



 ブーストペダルを踏み潰す

 吹雪を突き破るように、ディンゴは疾走を始めた

 昔の癖で体が動く。廃気口からの緊急ブロー

 形の歪んだ排気口から吐き出される熱気は、思いがけず高く、その排気音を笛の音のように響かせる



(よぉランブル!調子はどうだ!)



 アイツ等の声が聞こえたような気がした



(今日も頼むぜ、アレ、やってくれよ!)



 わかっているさ。と、ランブルは心の中で呟いた

 久しぶりに聞いたのだ。かつて、自分と肩を並べていた仲間達の声を

 信頼と、絆があった、アイツ等の声を



「見せてやろう・・・・・俺の、“狼”としての、戦いをな」



 猛々しく響くその“遠吠え”に、続く誰もが興奮と戦慄を憶えた

 それが、かつて「ウルフ・パック」と渾名された部隊が出撃する際に、必ず上げていた雄叫びであることを知る者は、今はもう少ない















 08−3




[感想掲示板へ] [目次へ] [投稿部屋へ] [T.Kさんの部屋へ]