※この小説には、PS2ゲーム「機甲兵団J−PHOENIX」および「BT」および「コバルト小隊編」および
 「J−2」にはありえない、科学的にも無茶苦茶なオリジナルの設定が数多く用いられています。
 詳しくは、後述の用語(誤)集をお読みください
 先にそっちを読んでもOKですが、できればこのまま読み進めて、用語(誤)集を読んだ上で、
 もう一度読み返していただければ、筆者としては非常に嬉しいです
 しかも、上記に加えてこの辺りから筆者の空想(妄想)の部分が多くなってきます
 ぶっちゃけた話、嘘っぱち設定の嵐です。オフィシャル糞喰らえの展開を間違いなく突き進みます
 その点に関しては、間違いなく物言いがつくとは思いますが、ゴールの見え始めた話です
 せめて、終点に辿り着くまでは、できれば批判は無しで、お付き合いください
 ご理解をよろしくお願いします

 以上を踏まえた上で、どうぞ、お楽しみください










「おのれ、ギルゲフめ・・・・・忌々しい!」



 執務机を拳で叩き、彼は憤怒も露わにそう怒鳴った

 その傍らでは、見上げるような巨漢が控えている



「アルサレア勢力はメイモンデット島を制圧、ここ、リベル諸島域を西面・南面より包囲しつつあります」

「援軍の要請はどうなった」



 先程の怒声とは打って変わって抑揚を欠いた、押し殺した口調の質問に、大男の語調が僅かに乱れた



「本土へ戻らせた戦力の数分の一ではありますが、“暁闇”小隊他、5個小隊の援軍が到着予定であります」

「“暁闇”・・・・・グリュウ・アインソードの隊か」

「はっ」

「・・・・・下らん。最早、“英雄”などに戦の趨勢を決められるのは・・・・・
 おっと、そう言えばバール。お前も大層な異名で呼ばれているのであったな。“ヴァリムの猛牛”」

「・・・・・」

「残存戦力の全てを率いてアルサレアのリベル本島侵攻を阻止せよ。
 アレが、“素戔嗚(すさのお)”が完成すれば、アルサレアを屠るなど造作も無い。全力を尽くせ。良いな」

「・・・・・はっ!」












機甲兵団・J−PHOENIX 〜コバルト小隊編〜

Area:08 リベル諸島・西方面 − 絡み付く魂の縛鎖












 

「たっだいまー!!!!!」



 オペレータールームに、これでもかと言うほど響き渡ったその大声に、クランは思わずコンソールに突っ伏した

 言うのも馬鹿馬鹿しいが、念の為に言っておけば、オペレータールームの入り口で、しゅたっと手を挙げて満面の笑顔を浮かべ、

 脳天まで突き抜けるような目一杯明るい声で帰宅の挨拶をしたのは、シュキ・オールティー伍長である



「あれ?どしたのクラン?」

「・・・・・はぁ、何でもないわ。おかえりなさい。シュキ」



 溜息を一つついて、挨拶を返す

 隣に座りながら、サーリットンでの武勇伝をつらつらと喋りまくる少女の存在がひどく懐かしく思える

 期間にして10日程度の孤独だったが、その間の鬱々とした空気を、シュキは一瞬にして塗り替えてしまった



(私には、真似ができないわね・・・・・この娘の強さは)



 彼女の話に、実に嬉しそうに投げやりな相槌を返しながら、クランはそんなことを考えていた

 もっとも、クランがいきなりシュキのような性格になったら、コバルト小隊の面々は間違いなく発狂するだろう

 シュキにはシュキの強さがある。クランにはクランの強さがある。きっとその事に、彼女は気付けていない





 サーリットン戦線の奪還作戦が成功し、コバルト小隊から遠征に向かっていたシオン、キース、アイリ、シュキの四人だが、

 キースとアイリはグレンリーダーを隊長とする、再編されたグレン小隊に編入されていた。サリア、セイバーの二人も同じく

 グレン小隊はリベル諸島の南方面から侵攻する手筈になっている

 一方、コバルトリーダーことシオンは、大破したインペリアルの代替機を受け取る為に、単身宇宙へ、シードラボへ向かっている

 こうしてコバルト小隊に戻って来たのはシュキと、マコトとチェンナ率いるフライト小隊の部下数十名である

 キースとアイリと、彼らの率いていた特務小隊員数名の抜けた穴は、ばっちりカバーされる形だ

 そして、メイモンデット島基地に居を構えていたコバルト小隊も、ついにリベル諸島西方面へ向かうことになっていた















<格納庫>



「よし、それじゃ、今日からみんなと一緒に勉強することになった転校生を紹介するぞ」



 わざわざ格納庫まで持ち込んできたらしい、キャスター付きのホワイトボードを背にして彼

 オスコット・リースボン伍長はうんざり顔の同僚達を実に楽しそうに見回して、

 ホワイトボードに極太マジックで、きゅ、きゅっと名前を書いていく



「マコト・フライト中尉と、チェンナ・マーロウ少尉だ」



 「まこと・ふらいと」「ちぇんな・まーろう」、と書かれたホワイトボードを掌で叩き、この様に述べた

 以前も交わしたやり取りに、ムラキは愛想でも笑うべきかオスコットを窘めるべきかを本気で悩んでおり、

 ランブルは常の仏頂面を崩さない。ジータは困ったような愛想笑いを浮かべており、ギブソンは慣れているのか平然とした物だ

 リンナが陰を背負っているように見えるのはシオンが居ないからだろう

 その後、手首に巻かれた不器用なテーピングを直して貰う約束を取り付け、あっけなく元気を取り戻したように見えていたが、

 どうやら思慕が募る一方らしい。困った物だ



 そして、紹介を受けたマコトとチェンナがびしっと敬礼を



 ・・・・・・したのはチェンナだけだった



 マコトはちんちくりんな体躯を目一杯反らせて、立てた親指で自分を示し、自己紹介を次のように述べた



「俺ッチがマコト・フライト中尉さ!!皆々様は気安く、且つフレンドリーにマコピーって呼んでくんな!!」



 いつぞやの如く、取り返しのつかない沈黙が格納庫を支配した

 整備班の連中までが凍り付いたように動きを止めており、自動で動く機械類の作動音が、やけに空々しく響く

 そんな凍り付いたような空間を意にも介さず、オスコットは飄々と言葉を紡ぐ



「はいはい、よろしくな坊主。じゃ、次行ってみようか」

「ぼ、坊主!?おっちゃん今あたしのこと坊主って言った!!!?」



 小さい、とか、幼い、呼ばわりされることには慣れているマコトだが、この思わぬ男の子疑惑には耐性がなかったらしい

 子犬の様な勢いで吠え立て、オスコットに食ってかかるが彼の方は涼しい顔だ



「あ?・・・・・あぁ、坊主じゃなかったのか?」

「は、花も恥じらう乙女に向かって何たる侮辱!!何たる言い草!!!」

「あぁ、悪ぃ悪ぃ。えーと、じゃぁ、何て呼ぶかな・・・・・
 お嬢(リンナ)、は居るし、嬢ちゃん(シュキ)、も駄目だな・・・・・ま、良いだろ坊主(マコト)で」

「坊主って言うなぁっ!!」



 これでもオスコットは精一杯真剣に考えたのだ。ということを明記しておきたい

 だが、両手をぶんぶか振り回して抗議する姿は、間違いなく“坊主”と形容されるに相応しい姿であった。と述べておこう

 そんな風にマコトが言い負かされる姿が珍しくておかしいのか、チェンナは常に無い笑顔で、笑いを堪えながら敬礼した



「マコトいい加減になさい・・・・・ぷっ」

「ちぇんなまでわらわなくてもいいでしょぉっ!!!!」

「ごほむ・・・・・失礼しました。チェンナ・マーロウ少尉であります。
 編入前はマコトの副官を務めていました。よろしくお願いします」



 その姿に、誰もが思ったことをやはりというか、オスコットが口にした



「副官?隊長の間違いじゃないの?」



 憤慨極まるマコトを後目に、チェンナはオスコットの言葉に首を振った



「いいえ。パイロットとしての経歴は私の方が長いですが・・・・・
 部隊運用に関しては、この子には到底及びません」

「あ、そういえば、兵団の最年少小隊長って・・・・・」

「うん。それ、あたしあたし」



 リンナの呟きにマコトがはしゃぎながら応える

 機嫌の移り変わりの速さは、年相応の少女のそれだ

 そんなこんなで賑やかに談笑する一同を、離れたところから眺めているのは、スカーフェイスを顰めているランブル

 それに未だにオスコットのノリについていけない困り顔のムラキである



「・・・・・ムラキ。どう思う」



 ランブルの呟きに、妙に驚いた表情のムラキが振り返る

 どこか、驚愕に引きつったムラキがランブルを見たり、マコトとチェンナの方を見たり、

 しきりに二人を見比べた挙げ句、彼はこのように述べた



「あぁ。美人だな」



 ランブルは煙草の煙に思いっきりむせた

 ひとしきり咳き込んだ挙げ句、殺気の混じった視線でムラキを睨み、押し殺した口調で彼に言う



「・・・・・何の事を言っている・・・・・」

「・・・・・?・・・・・いや、どう思う。と聞いただろう」

「そうではない・・・・・全く、お前と言い伍長と言い大尉と言い・・・・・」



 やってられん、とばかりに盛大に紫煙を吐き出すランブルに、ムラキはわざとらしくごつい肩をすくめていた

 どうやら先程の発言はわざとだったらしい

 ランブルは胸中の疑念をもう一度、明確に口にした



「あの二人、使えるのか?」

「あぁ、フライト小隊の事は聞いたことがないか?」

「・・・・・実力以外の話なら、な」



 マコト・フライト中尉が率いたフライト小隊は、結構有名な小隊だった

 グレン小隊の様な、華々しい戦果こそ挙げてはいないものの、兵団で最年少の小隊長が率いた隊、というだけで、

 十分に語り草には成り得たし、何より彼女の指揮能力の高さとセオリーに囚われない柔軟さから、幾つかの作戦を見事にこなしている

 “フライト小隊”の名はそれなりに異彩を放つ名前であった

 だが残念なことに、ランブルが言ったように「歴代最年少の小隊長が率いる小隊」という名声の方が知れ渡られており、

 何処か、“客寄せ”的な見方が定着してしまっているのも事実なのだ



「理詰めで部隊運用をやらせたら、間違い無く、うちの誰にも負けないだろうな」

「ほぅ・・・・・お前よりもか?ムラキ」

「あぁ、俺よりも、シオンよりも上だろうな」



 冗談のつもりだったのだが、あっさり首肯する同僚に、ランブルはくわえていた煙草を落としそうになった

 ムラキ・オニキス少尉がコバルト小隊の臨時隊長を任されているのは伊達ではない。シオンだって勿論そうだ

 年の分だけ、踏んだ場数は遙かに多いが、そんな彼でも適わない。と言うのだから



「だが俺達は盤上の駒じゃない。理詰めで戦争ができると信じているのは上層部の馬鹿共だけじゃないのか?」

「それが、なぁ・・・・・」



 厳つい顎を撫でながら、ムラキはオスコットをぽかぽか叩いているマコトの姿を見て苦笑しながらこう言った



「そうでも、無いんだよ。あのフライト中尉は。何と言うかな、視野の広さと読みの深さが半端じゃないんだ」



 手放しに褒めるムラキだが、彼はマコトの指揮官にあるまじき沸点の低さを失念していることを明記しておこう



「なるほど・・・・・しかし、そうなると、あの娘は確実に並以上の逸材。という事になる」

「・・・・・あぁ」



 ランブルの口にした言葉の意図が読めず、ムラキは曖昧に相槌を返すが、

 次に彼の口にした言葉に、彼は盛大に吹き出す羽目になった



「何故、マクドガル中尉がコバルト小隊の隊長に選ばれたのだろうな」

「ぶっ」



 暗にシオンが並程度なのではないかと言っているのである

 丁度、持ち上げていたマグカップを取り落とすところだった

 幸いにも、カップに並々と注がれていたコーヒーを零すことにはならずに済んだし、口には少ししか入れていなかった

 口の端から落ちる褐色の液体をぐいと拭って、ムラキは呻くように懇願する



「ラ、ランブル。それだけは、言ってやるな」

「何故だ」

「あいつは、結構気にしているんだ。自分の立場とかは」

「・・・・・だろうな」



 ムラキはコーヒーを啜り、ランブルは紫煙を吐き出した

 マコトの必殺大車輪パンチを喰らったオスコットが大袈裟に痛がっている

 その姿をギブソンがからかい、チェンナとリンナの笑い声が響き渡る

 それがどこか、自分達にはひどく遠い光景の様に、青年、というにはそろそろ微妙な男二人には思えた

 平和そうな光景。だが、ここは軍の施設で、彼らは全員が軍属。しかもここは最前線に近いのに

 笑声が弾ける油臭い格納庫で、二人はひどく複雑な顔をしていた・・・・・不意にムラキがランブルに問う



「お前は、シオンの指揮下では不満なのか?」



 スカーフェイスが横目で彼を見やった

 タバコを指に挟んで紫煙を吹き出し、何か言葉を口にするように見せてかけて、彼はもう一度タバコを唇に戻した

 一息大きく吸い込み、吐き出すまでの間に考えを整理し、彼は自分の思うところをこのように述べた



「・・・・・良くやっていると思う。部隊をうまく使っているし管理も行き通っている。及第点は十分押さえているだろう」

「そう思っているなら、あいつに言ってやれよ」

「断る」

「何で?」



 ふてくされたように、ランブルはそっぽを向いて吐き捨てるように言葉を紡いだ

 まるで、シオンを褒めたことを認めたくなかったかのように。どこか言い訳じみた口調で



「甘やかしては為にならん」

「なんだそりゃ」

「うるさいぞ、ムラキ。いつまで笑っている」



 本当にふてくされたのであろう。眉間の皺が深くなりつつあるが、そんな様子もムラキには照れ隠しのようにしか見えない

 何だかんだとやっかみつつも、ランブルはシオンの事を認めているのだろう。認めている、ということを認めたくないだけで

 ひとしきり、ムラキはそんな“狂犬”と呼ばれる同僚をネタに笑って、不意に表情を引き締めた



「あいつ自身、そんなに気が付いていないんだろうけどな。
 あいつが所属した隊は、一つだけ、飛び抜けて優秀になる部分があるんだ。気付いてていたか?」

「ほぅ?何だそれは?」



 眉を上げるランブルに、ムラキはそれを口にした

 ランブルとは対局に位置する、シオンの特殊能力を



「生還率が、な。ほぼ100%近くなっているんだよ。作戦遂行率は並なんだが。
 実際、これまでの作戦で、コバルト小隊と共同戦線を張った部隊の戦死者は今のところ一桁に留まっている。
 あいつが現場で指揮した部隊に至っては戦死者ゼロだ」



 その言葉に、ランブルは盛大に眉を顰めた

 だが、ムラキの言葉は間違いではないが正しくもない

 “Gエリアでの戦死者”は確かに一桁に留まっているが、それはセストニア氷原戦で双子に撃破された斥候部隊の人員だけなのだ

 “非戦闘員を含むGエリアでの戦死者”は、ハデスズ・ボイスで吹き飛ばされたバルメッタ島の島民、ポルタエーレイの乗務員

 コバルト小隊が関わったGエリアを除く戦闘、先のサーリットン戦線での戦闘では、

 シオンは現場指揮官としてアームド・メガバスター隊を指揮しており、その際に十数名の戦死者を一度に出している



 だが、踏み越えてきた屍の数など、ランブルとシオンでは天と地ほどの開きがある



(・・・・・俺とは正反対だな)



 “狂犬”とまで蔑まれ、任務の達成と己の生存を至上とした自分とは、シオン・マクドガルはあまりにかけ離れていた

 PFの脱出装備が如何に高性能とは言っても、予期せぬ故障や破損の所為でポッドが作動しない可能性は、十分にあり得る

 例えば、ラクメレルト諸島戦で海に落ちたリンナ機:ペルフェクシオンの様に特殊な状況も有り得る

 オスコット機:ゲイボルグが装備しているバスターランチャーなんかの直撃を喰らえば、脱出どころかポッドが持たない

 戦争である以上死は常に側に佇んでいる、そうした事は当たり前だ。その筈だ



 なのに、シオンの所属した隊だけは、生還率がほとんど100%近い数値になっていたのだという



「なぁ、あいつは見ていて、危なっかしいだろ?」

「あぁ」



 どこか愉しげに言うムラキ。それには、ランブルも同じ意見だ

 もっとも彼に言わせれば、シオンのスタイルは“危なっかしい”どころではない

 シオンが“死にたがり”なのではないか。とさえ思える場面がある程だ

 彼は、時に愚かしく思えるほどに、仲間を、他人の命を大切にする



 例えば、今はハデスズ・ボイスによって消滅したバルメッタ島で、彼は捨て身でジータの必殺を導いた

 例えば、ラクメレルト諸島ではサーディン機に吹き飛ばされたリンナを、彼は後先も考えず助けて見せた

 例えば、セストニア氷原での集団戦。彼は己を囮にして敵の注意を引きつけ、支援攻撃の効率を高めていた

 ゴスティール山脈での戦闘に至っては、敵の指揮官とその家族を助けるために彼は身を投げ出した



 眉間に深く皺を刻んだ同僚の横顔に、ムラキは茶化すように声を掛けた



「自分とは正反対、とか考えているだろう」

「まぁ、な」



 任務の達成と己の生還だけを至上とするランブルとは、確かに正反対に映る

 作戦の成功と己の生存を至上とし、その為ならば卑怯卑劣も犠牲も厭わぬ、“任務の犬”と呼ばれる自分と、

 部隊全員の生存を最優先し、その為ならば任務達成率を落としさえもするシオンのスタイルは、確かに字面こそ正反対だ



 ムラキが、押し殺した口調でランブルに言う。低く静かに、彼にだけに聞こえる程度の声量で



「お前はいつまで任務の犬でいるつもりだ」

「・・・・・。」



 ぴくり、タバコの先端が僅かに揺らいだ

 何を言われたのか、真っ赤っかになってリンナが反論し、その姿にマコトがケタケタ笑っている

 チェンナが至極冷静な顔で核心を指摘。耳の裏までリンナは真っ赤になってしまった

 オスコットとギブソンの合いの手に、笑声が更に広がってゆく

 そんな中で、ムラキとランブルは、帯電するような緊張感を放っている

 静かに紫煙を吹き出して、ランブルもまた、ムラキのように押し殺した口調で聞き返した



「・・・・・何が言いたい。ムラキ」

「“狼”に戻れ」



 その一言に、ランブルの視線は一気に剣呑さを増した

 だが、ムラキはそれに気付かないのか。気付いていても気にしていないのか。構わず言葉を続ける



「昔のお前に、“狼”と呼ばれていた頃のお前に戻れ。あいつが居ない今、それが必要なんだ」

「指揮官はお前だ。マクドガル中尉の代役はお前だろうが。ムラキ・オニキス」



 吐き捨てるランブルは、付き合ってられん。とでも言うように背を向けた

 その背中に、投げつけるように同僚は言う



「あいつに、二の轍を踏ませない為に・・・・・頼む」



 その一言に、ランブルの挙動が微かに乱れた

 だが、それも一瞬のこと

 次の瞬間には大股に足を動かして格納庫を横切っている



 ただひどく、顔の傷跡が疼いていた



















<翌日:メイモンデット島:アルサレア拠点>



「それでは、作戦部から提出されたプランについて、説明します」



 オペレータールームに雁首揃えた一同は、クランの言葉に正面主モニターに目を向けた

 モニターには、これから侵攻するリベル諸島西方面の俯瞰図が3D映像で映し出されている



「これが、リベル諸島西方面の地図と、ヴァリム軍拠点の所在図です」



 地図に、紅い光点がぽつぽつと描かれた



「コバルト小隊は、西岸の拠点を目指して侵攻を開始。機体の輸送はホバークラフトで、軽・中量級が先行、一次交戦。
 砲戦仕様の重量級はホバークラフトのまま、海上からの超長距離支援砲撃を受け持っていただきます。
 その後は、各自連携しつつ制圧を進めよ。と」

「基本的には、数に任せちまって、片端からで良いんだな?」



 あまりに単純に要点を掻い摘んだオスコットの言葉に、クランは苦笑を浮かべてしまった

 その通りだからだ

 作戦、と言うほどの作戦など、今回の制圧任務には無い

 だが・・・・・



「そうですね・・・・・ですが、注意すべき点が幾つか」



 書類を何枚か捲り、クランは顔を上げる

 眼鏡の向こうにある鳶色の眼差しには、不安の色が渦巻いていた



「この地図に映っているリベル諸島の地形ですが・・・・・実はこれは、大半が海なのです」

「・・・・・へっ?」



 間抜けな相槌を返したのはマコトだ

 対照的に、彼女の副官であったチェンナは、頷きながら正解を口にしている



「凍った海面の上が、戦場になると言うのね?クラン」

「えぇ」



 そのやり取りに、リンナは思わず顔を歪めた

 PFが水没した瞬間の恐怖は、未だに彼女の心から消えてはいない

 射出ポッドも機密機構も死んだコクピットの中で、流れ込む海水に為す術もなく死を覚悟した瞬間は、彼女の心に傷跡を残している



「厚さが10数mはある氷の大地ですが、所詮氷は氷です。熱や衝撃で容易く崩壊する部分もあるでしょう。
 地盤の崩壊やクレバスへの転落など、周辺の状況に注意を払って行動してください」

「じゃぁ、それを利用するのはどうですか?敵の拠点も、地盤の氷を砕けば・・・・・」

「残念ながら、それは無理」



 ジータの言葉に首を振り、クランは説明を続ける



「敵の拠点がある地点の、氷の岩盤は・・・・・氷の岩盤、というのも変ね。厚さが30mを越えている地点ばかりなのよ。
 流石に、これを一気に砕くことができるほどの装備は無いわ。
 逆に、海底火山でもあるのかどうかはわからないけど、ここ、リベル諸島域では地震が頻発しています。
 氷原への影響はさほど無いでしょうけど、薄い部分は、いつ、何が起こるかわからない。警戒だけは怠らないでください」

「むむ、流石に簡単にはいかんのぅ」



 ジータと同じ事を考えていたのだろうか

 ギブソンも太い首を捻っている



「何にせよ。ここまで来て小細工は無し、か」



 ムラキの言葉に、全員が頷いた

 調査によると、リベル諸島に駐留している戦力は、占領地域を手放してまで集めた総力なのだ

 Gエリアの残存勢力を掻き集めて、一個師団にまでは僅かに届かない程度に膨れあがっているという

 そんな勢力の相手は、最早小隊規模の戦力でどうこうできるレベルではない

 だから、本土からも精鋭部隊を送り込み、総力戦で一気に片を付けるつもりなのだろう

 弱い戦力を逐次援軍として投入させるほど、ダグオン・ゲーニッツ作戦部長は無能では無い模様だ



「本作戦の発動予定時刻は明朝06:00より日の出と同時に南方面軍が侵攻を開始。
 その3時間後、私達西方面軍が侵攻を開始します」

「3時間かぁ・・・・・誰の作戦かは知らないけど、良い線ついてるね」



 感心したように呟くマコトに、誰もが怪訝な顔をした

 何故って、今まで(チェンナを除く)誰もが、マコトの事を、「史上最年少で中尉階級に就いた部隊運用理論のエキスパート」とは、

 これっぽっちも思っていなかったからである

 マコトはわざとらしく溜息をついて肩を竦め、居並ぶ一同に解説を始めた



「この3時間。っていう数値は良い線だと思うよ。
 地形や敵基地。敵の規模・構成がいまいち不明なのがネックだけど、敵の迎撃部隊や援軍がぎりぎりまで引きつけられるラインだよ。
 先に進むのがグレン小隊って言うのも、相手の指揮官をかなり揺さぶれると思う。
 援軍が出てちょっと移動した後にあたしたちが仕掛けれれば最高だね。相手が浮き足立っちゃえば、数の優劣なんて目じゃないよ」

「成る程、要はディレイと陽動を部隊規模で受け持っている様なものか」

「そういうこと。あたしに言わせりゃ時間差は2時間40分くらいだと思うけどね」

「へぇ、やるじゃねぇか坊主」

「だーっ!!だから坊主って言うなぁっ!!!」



 一同の眼差しに浮かんでいた“感心”の光が、騒ぎ立てるその姿に、あっという間に消え去った

 だが、彼女の断言が与えた安心感は大きい。先程よりも重圧が失せているように思えるから不思議な物だ

 その程良い緊張の緩みを引き締めるように、クランが声を張った



「もう一つ。兵団本部より最重要任務を命じられています」

「最重要任務、ってのは穏やかじゃないな。一体どんなだ?」



 オスコットの言葉に同意するように、ランブルは特に、一同は顔を顰めていた

 最重要任務、という言葉はそうそう耳にする単語ではないが、兵士からすれば決して聞きたくない単語の一つである

 “何としても”なんぞと簡単に言われたくはない。しかも最重要指定された任務は、“死んでも”果たさなくてはならないレベルだ

 その任務の内容を、クランは口にした



「敵軍総司令官:ベリウム・ヴァレリウスの確保です」



 誰も、あえてジータの顔は見なかった



「今回の協定違反とGエリアへの占領行為・・・・・ベリウム・ヴァレリウスの身柄の確保は、
 ヴァリムとの外交戦略において有効なカードとなる。それが理由だそうです」

「下らんな」



 ランブルが吐き捨てた

 だが、他の誰もが同じような顔付きになっている

 敵の総司令官の確保。そんな指令を簡単に言ってくれるな。と誰もが思っていた

 ダグオン作戦部長への好印象はあっという間にマイナス修正されたようだ



「脳味噌腐ってんじゃねぇのか?参謀長とか作戦部長とかはよ・・・・・無茶苦茶だぜ」

「とはいえ、最重要任務の指令を無視するわけにはいきませんわ」

「だけど、なぁ・・・・・」



 リンナの正論に、オスコットは情けない顔付きでタバコを吹かした

 誰もが内心はオスコットと同じ事を考えているのだが、最重要任務に指定された目標を、殺してしまっては処罰は免れない



 やるしか、ない

 やりたくはないが



「よし、話はここまでだ。各自、機体の整備を入念にしておくように!」

「「「「「「「了解!!」」」」」」」



 マコトとチェンナを除く小隊の面々が席を立って、オペレータールームから出て行った

 二人には、彼女達の率いていた小隊への説明という仕事が残っているので、クランに資料を分けて貰っているようだ

 マコトの方は、それだけではなく、地形の分析などを進めるつもりのようである



 そんなこんなで三人が話していると、不意に、クランがこんな風に切り出した



「それにしても、まさかこんな所で再会するとは思わなかったわ。元気そうね。チェンナ」

「まぁ、ね。この子の副官に就いてから、病気になってる暇なんか無いわ」

「む、ちょっとチェンナ。それってどういう意味よ。っていうか知り合い?」

「えぇ、クランとはちょっとね。それと、さっきのはあなたを褒めたのよ?」

「そうなの?えへへ、じゃ、良いや」

「マコト。悪いけど先に行っててくれないかしら。ちょっと話があるから」

「ん、りょーかいりょーかい」



 たった一言で膨れっ面をあっさり笑顔に変え、るったら〜、と鼻歌を歌いながらオペレータールームを出て行くマコトである

 この辺りの御し方は、流石に長年の付き合いの賜物であろう



「はぁ、全くあの子は・・・・・」

「お互い、大変な教え子ができたようね」

「ん?あぁ、そういえば、シュキちゃんはクランが指導してるんだったわね。あの子には助けられたわ」

「ありがとう。“先生”としては鼻が高いわ・・・・・でも、私も苦労しているのよ」

「その割には楽しそうじゃない」



 屈託の無いクランの笑顔を見て、チェンナもつられるように笑顔を浮かべた



「私の方はちょっとね・・・・・マコトには、教え子、って言う程の可愛気は無いし。強いて言うなら手の掛かる妹よアレは」

「でしょうね。でも、そう言う割にはあなたこそ楽しそうに見えるわ」



 しばらく、そんな調子で他愛の無い話を続けていたのだが、

 不意に、クランは表情を引き締め、明るい笑顔を消してチェンナに訊ねた



「ところで、チェンナ・・・・・あれから、あの機体を見掛けたりはしなかった?」



 黙って首を振るチェンナ

 その姿にクランは、落胆の溜息を大きく吐き出してしまう

 そんな彼女の姿に、チェンナは訊ねずにはいられなかった



「ねぇ、クラン。もし、アイツを見つけたら、どうするの?」

「・・・・・撃破するわ」



 只ならぬ気迫を双眸に宿し、クランは斬りつけるような口調で言い捨てた

 だが、チェンナはそんな彼女に、懇願するように、言葉を紡ぎ出す



「もう、やめなさいよクラン!復讐なんかに命張って何になるって言うの!!?」

「・・・・・」

「そんな事しても、あいつは、アルフはきっと喜ばない・・・・・」

「・・・・・ありがとうチェンナ。心配してくれるのは嬉しいけど、これだけは、譲れないわ」



 その、断固たる決意を秘めた口調に、チェンナは諦めることにした

 この同僚が、こんな口調で言い出したら梃子でも動かない性格であることは、彼女はよく知っている

 痛みを堪えるような顔でそっぽを向いて、彼女は投げつけるように言う



「シュキちゃん、大きくなったわね」

「・・・・・えぇ」

「あなたに何かあったら、あの子はどうなるのよ」

「・・・・・」



 何も答えないクランに、チェンナは踵を返したオペレータールームを後にした

 ドアの向こうに、彼女の背中が消えてしまう前に、チェンナはクランにこう告げた



「憶えておきなさい。あの子には・・・・・まだ、あなたが必要なのよ」



 ドアが閉まる

 何かを断ち切るかのように

 クランはしばらくの間その場に立ち尽くし、チェンナの背中を隠したドアを睨むように見つめていたが、



 不意に、ドアが開いた



「全く、何なのよジータの奴!人が折角心配してあげてるのに・・・・・?」

「あ、シュキ・・・・・」



 オペレータールームに入ってきたのは、彼女の指導下にある赤毛の少女:シュキだった

 口論でもしたのだろう。彼女には、ジータの生い立ちや過去の経緯は教えられていないから、

 ジータの方も、それを言うわけにいかず、突き放すような事しか言えなかったのだろう

 ぷんぷん、という擬音でもくっつきそうな勢いで、頬を膨らませてずかずかと大股にドアをくぐるシュキだったが、



 クランと目が合って、全ての動きが凍り付いた



「え、・・・・・ええっ!?ちょ、どうしたの?どこか痛かったりするの!?」

「な、シュキ。貴方こそどうしたのよ急に。何か勘違いしていない?」

「で、でも、勘違いって言うか・・・・・クランこそ変だよ!」



 クランでも、これほどまでに不安そうなシュキの声音を聞いたことはなかった

 何がそんなにも彼女を不安にしているのか、クランにはわからない

 自分の姿を見て驚いていたようだが、どうかしたのだろうか?



「だって・・・・・何で、泣いてるの?」

「・・・・・え?」



 慌てて、指先を目元に添える

 確かに、大粒の涙が、頬を伝い落ちた



「え、何で、こんな・・・・・」



 眼鏡を外し、制服の袖で目元をごしごしと擦る

 自分が何故、涙を零したのか理解できないままに



「ホントに、大丈夫なの?調子が悪いんだったら、医務室にでも連絡しなきゃ・・・・・」

「だ、大丈夫よ。何でもないわ」



 尚も物言いたげなシュキに、クランは赤らんだ目元で微笑んで見せた



「大丈夫・・・・・何でもないの」



 それは、シュキの目にはひどく寂しげな微笑にしか見えなかった















「・・・・・何でも、ないのよ」



















<同基地:廊下>



 言ってはならない事を喋ってしまった

 猛烈に嫌な予感は血も凍るような悪寒となって背筋を駆け上がってくる

 少なくともそれを口走った瞬間はそう思った。言ってからすげぇ後悔したし恥ずかしさのあまり消え去りたくなった

 アイリが居なくなったかと思えば今度はマコトとチェンナだ

 マコトは年相応にからかってくるし、チェンナはああ見えてこうした話題にはうるさい。非常にうるさい



「そ・れ・で、リンナと隊長はどこまでいったの?」

「ひぁっ!?」



 いきなり後ろから、耳朶に吐息を感じるような距離から不意打ちを受けてリンナは飛び上がった

 柳眉を逆立てながら振り返ると、そこにはやはり、自分よりも小柄な青い髪を躍らせる上官の姿がある



「フライト中尉っ!いい加減にしてくださいっ!!」

「えー、良いじゃん教えてよ。後学の為にも、是非っ!!」

「し、知りません!」



 へこへこ頭を下げて、ぱしっと掌を合わせ、拝み倒すように頼んでくるのだから始末が悪い

 そんな“中尉”の姿を、リンナとしては憧れの人(周囲曰く)と同じ階級の上官の姿を情け無い思いで尻目に見やる

 やや薄暗い照明の下でもはっきりと判るほど朱の差した頬で、ぼそぼそと独り言めいた口調で言葉を紡ぎ出す

「後学の為」と言っていた点から自分にアドバンテージがあると思いこんだのだろうか。やはり言うべきではなかったと後に後悔した



「そ、それにどこまでって・・・・・た、隊長とは何もそんな・・・・・何も「何も無いのっ!?未だに未遂!!?」



 突然のことに一瞬呆気にとられた物の、猛然とリンナは振り返った

 そこには、押しのけられたままの変なポーズで固まったマコトと、そんなマコトを押しのけて、

 これ以上ないくらいに、この世の無常を目の当たりにしたような顔のチェンナ・マーロウ少尉がそこにいた

 例えるなら、クリスマスの夜にサンタクロースの正体を知ってしまった10歳の冬みたいな顔である

 しかし・・・・・君はそんなキャラだったのか?



「・・・・・マーロウ少尉。一応訊ねさせていただきますわ」



 にっこりと微笑む笑顔が恐ろしかった



「“未遂”とは、何がですの?」



 そんな彼女の迫力溢れる夜叉めいた笑顔もチェンナの目には入らないらしい

 彼女の言葉など頭から無視して、チェンナはリンナを様々な角度からためつすがめつし始めた



「な、どうしたんですの?」

「ん〜」



 あまりの事に怒りさえも忘れてしまったリンナである

 ひとしきり、チェンナはぐるぐるとリンナの周りを回りながら観察し、このように結論した



「おかしいわね」

「はい?」



 どこかシオンと良く似た反応である



「マコト、この場合問題があるのはマクドガル中尉の方だと思わない?」

「あ、言えてるかも」

「問題は何かしら・・・・・きっとマクドガル中尉は人の考えには敏感だけど、気持ちに対して鈍いタイプね」

「あ〜、言えてる言えてる」

「となると、打つ手は少ないわね・・・・・よし」



 さんざっぱら、からかいの種にされておきながら蚊帳の外という状況にあったリンナの肩に、チェンナは猛然と掴みかかり、



「イズミ軍曹!!」

「は、はいっ!?!!?」



 彼女は自分の思うところをはっきりと、このように述べた



「これからは、攻めの姿勢で、オフェンシヴに行くのよ!!!」

「。」

「マクドガル中尉が気付くまで、あの鈍感中尉が振り返ってくれるその日まで!
 押しの一手で!!アグレッシヴな展開に持ち込むしかないわ!!」



 つらつらと聞こえてくるチェンナの具体論に、リンナの肩が小刻みに震えている

 それを目にしたマコトが引きつった笑顔でチェンナの服の裾を引っ張るが、彼女は気付かない

 どうやらチェンナは、他人の色恋の沙汰に関しては、首を突っ込まずにはいられない質らしい

 しかも、その論理のほとんどが、兵団に入ってからできた女友達と(半ば連行される形で)見た、

 恋愛物の映画やドラマによるものなのだから始末が悪い。しかも彼女は、それにどっぷりハマッている

 人生の大半が集落生活であったチェンナのこと。そうした刺激には免疫が無かった為に、仕方が無かったのかも知れないが



「まずは、ちゅーよ!明日の為にちゅーよ!!」



 そして、頬どころか、耳の裏どころか、首まで真っ赤っかになったリンナが二人を追いかけ回し始めるまでそう長い時間は要らなかった

 二人の無事を祈りたい















<同基地:格納庫>



「局地戦仕様試作機:ポールヴェア、か」



 仕様書に視線を落としたムラキは、目の前のそいつの銘を呟いた

 今回が、Gエリア解放の最後の作戦になる予定なのである。本土からは多くの機体、装備が支援の為送られてきた

 そんな中で、一際異彩を放っているのが、目の前にいるこいつである



「超低温環境下でも高い運動性を維持し、最大の特徴は雪上・氷上を滑走移動可能にしたレッグフレーム」

「まさか、PFにソリを履かせるとはのぉ・・・・・」



 仕様書の一文を読み上げるムラキの隣で、ギブソンが呆れたように呟いた

 それもその筈

 この試作機ことポールヴェアの足下には、まごうこと無きソリが履かされていたのである

 雪上・氷上での移動の効率化を謳ってはいるが、果たしてどれ程の効果があるだろうか

 それ以外にはさほど特異な点は無い。強いて挙げるならヘッドフレームのカメラアイが、180度可動式である点だろう



「雪中での高い迷彩能力と強力な誘導性能を備えたWCSを装備した長距離戦仕様機、か」

「・・・・・今更、という気が否めないな」



 ランブルがあっさりとそれを言う

 きっと開発者が聞いたら激怒するに違いないだろう

 だが、彼の言った台詞は正しい。確かに今更、だ



 “今更、何故試作機など送りつけてくるのか”



「開発者側の都合、か。Gエリアの早期解放が目的だったが、これほど早いとは思っていなかったと見える」

「ランブル、その辺にしておくゾイ」



 皮肉な笑みで酷評するランブルを、ギブソンが低く押しとどめた

 確かに、Gエリアという局所環境は、新型の機体:局地戦仕様機をテストするには格好の運用試験場なのだ

 勿論、アルサレアは“Gエリアの解放”を建前にしているが、技術者側には違う考えを持っている者が居るらしい

 そうした連中が、焦って送りつけてきたのだろう。でなければ、こんなタイミングで試作機など送りつけてくる道理が無い



「しかし、この迷彩装備は有用そうだぞ」

「どれどれ・・・・・コールドゼリーシステム?」

「えぇ、熱源探知を攪乱するために、機体の各部から不凍性の冷却ゼリーを出し、熱を吸収させるらしいですな」

「同時にレーダー攪乱物質も含有、か。成る程。これで吹雪に身を隠せる状況ならば、完璧な迷彩能力かもしれんゾイ」



 目を瞠るギブソンの言葉に間違いはあるまい

 コバルト小隊が交戦した中で、“迷彩装備”と言えば、双子の機体:鬼百合・修羅姫が装備していた電波吸着式迷彩装束“空蝉”

 こいつが最も印象深い。電波的には完全に身を隠す黒装束と、猛烈な吹雪を身に纏った双子は補足することさえ困難だった

 それを破る事ができたのは、シオンの愛機:インペリアルの索敵系が優れていたためである

 高性能な熱源探知によるナビゲーションで、何とかその時は撃退することができた・・・・・見逃してもらったようなものだったが

 だが、このポールヴェアが装備している独自の迷彩装備:コールドゼリーシステムは、熱源探知を欺く装備なのだ

 猛吹雪の中ならば視界はほぼゼロになる上、レーダーだって通常のそれならば索敵機能の正常動作は期待できない

 加えてゼリーはレーダー攪乱作用を併せ持っているのだから電波的な迷彩効果もある、容易には見破られない筈だ

 “空蝉”程の電波的迷彩効果は期待できないかもしれないが、局地戦仕様機の装備としてはなかなか面白い装備だった



 状況さえ重なれば、光学観測も電波探知も音響探知も熱源探知も回避できる。“空蝉”以上の迷彩効果を期待できるからだ

 まさかPFの索敵系に“臭い”という要素が加わることはないだろう



「武装はハンドMLRS二丁にパワーモーターキャノン。近接用のガトリング、か」

「偏ってはいるが・・・・・活かすも殺すも采配次第な感じがするゾイ。この機体は」

「余裕のある戦況なら使えたかも知れないが、今回は見送りだな。一応運ぶだけ運ぶか。
 それと、兵器の類の選別は・・・・・」



 試作機の前に雁首揃えていた三人が、書類の束を片手にその場を離れてゆく

 支援物資にあった、兵装類のチェックに行ったのだろう

 そんな彼らの後ろでは・・・・・



「よっ、ルーキー。調子はどうだ?」

「うわぁっ!!?」



 開放させているグランツのコクピットハッチに、突如ぶら下がるように現れたオスコットにジータ激しく驚き、

 彼は再設定中のパラメータを全部打ち込み直す羽目になった



「いかんなぁ、これしきで驚いてる様じゃ。修行が足りてない証拠だねぇ」

「お、驚かせた本人が言わないでくださいよ。全く、人が悪い・・・・・」



 ぶつぶつ言い始めた若者に、悪ぃ悪ぃと何とも気の無い謝罪をオスコットは繰り返した

 再度、狭いコクピットでキーボードに指先を戻すジータ

 そんな彼の姿に、オスコットは目を細めて、寂しそうに笑った



「なぁ、ルーキー」

「何ですか?」



 顔も上げずにジータは作業に没頭している。傍目には、怒っていて無視しているようにも見える



「降りらんないか?やっぱり、よ」

「・・・・・」



 一瞬、キーボードの上で軽快なリズムを刻んでいた彼の指先が止まる

 だが、それも一瞬のこと

 すぐに指先は、まだキーを叩き始めた

 言葉こそ返さない物の、それは明らかに彼の返事だった

 オスコットは、一つ大きな溜息をつく



「・・・・・もちっと軽やかに生きられんのかね?」

「伍長が軽過ぎなんです」

「とと、言ってくれるじゃないの」



 年を経れば、人間落ち着きが身に付くとか、重みが増すとか言うが、どうもアテにならない

 特に後者に関しては、普通は精神的な部分の事を差すのだろうが、





 がはははははは





 遠くから聞こえてくる、最早聞き慣れた笑い声は間違いなくギブソンだ

 支援砲撃隊の隊長という立場であり、小隊内では最高位階級:大尉の彼だが、

 実はオスコットと良い勝負になるくらいに、軽い性格だったりする。身体は重いのに

 勿論、彼らには経験から来る自信や裏打ちが合って、そうした仮面を被っているだけなのかも知れない

 ムードメーカーは貴重だ。特に彼らの様な古参の強者は



 だが、日頃からかわれてばかりいる我が身としては、そんなありがたさも薄れがちである



「そうそう、嬢ちゃんが怒ってたぞ。喧嘩でもしたのか?」

「あ・・・・・えっと、シュキ、ですか?」

「おぅよ」

「あぁ・・・・・実は、あいつが居なかった間のことで、ちょっと・・・・・」

「・・・・・そっか・・・・・そりゃ悩ましいわな」



 心底弱った、と言う顔でがしがし頭を掻いて、おもむろにタバコをくわえるオスコットである

 ジータの過去の経緯については、無駄に口外しないと言う事に決めてあった

 彼本人にしても、あまりに周囲に広まって欲しくは無いだろう。その為に、シュキにはうまく説明ができず、

 結局、突き放すような物言いで口論になってしまったのだ



「これが終わったら・・・・・軍を抜けるべきでしょうかね」

「俺に言わせりゃ今すぐ抜けるべきだと思うんだがね」



 顔つきこそ、いつもの飄々とした表情のままだが、その眼差しにある憐憫の色は本物だ

 だが、一抹の迷いこそ垣間見えるが、ジータの表情は決意を固めた男のそれであった



「ま、考えは変わりそうもないな」

「はい」



 即答するジータの言葉に、オスコットは不味そうに煙を吐き出して、ハッチから離れた

 尻ポケットに手を突っ込んでがに股に歩き去る様はどこからどう見ても歴戦の強者には見えないが、

 そうさせている責任の一端を負うジータには、その背中がひどく寂しそうに見えた

 そんなオスコットが、背中越しにぼやくような口調で釘を刺す



「親父さんを殺しちゃぁ命令違反になっちまうんだぞ。ルーキー」

「・・・・・わかっています。




















 だけど、僕が僕である為に・・・・・乗り越えなきゃならないんだ・・・・・ッ!!」




















 そして、作戦開始の時を迎える



 その瞬間は、誰の上にも平等にやってきた





















<西方面制圧部隊>



『管制機より全機へ。南側方面軍がリベル諸島域に侵攻を開始。作戦開始まであと180分』



 レシーバーから聞こえてくるクランの声

 こんな大作戦の前でありながらも、常の冷静さを崩さない彼女の声音は、聞く者達の心に催眠術めいた安心感を滑り込ませてくれる



「始まったか・・・・・各班、所定の配置に急ぐように」



 そう呟いて、ムラキはゼファーのプラズマライフルを握り直させた

 先のゴスティール山脈攻略戦において、ハイパワー・フレームド・マルチプルブースター:通称スライプニルと共に、

 プラズマライフルの改修モデルを受け取っていたが、今回、2度目の交換で最終モデルがようやく受領できた

 最初は、“ごてごてした電装がくっついた馬鹿長い懐中電灯”だった高出力プラズマライフルだが、

 “それなりにライフルっぽく見えるフォルムの円筒”を経て、ようやく“すっきりしたラインの近代兵器”に成ったらしい

 “サーマル・プラズマライフル以上の火力を備え、バスターランチャーよりも低コストで扱いやすく”

 そうしたコンセプトで生み出されたこの高出力プラズマライフルはようやく完成し、ぴかぴかの砲身をゼファーの右腕に預けている



「フライト中尉。そちらの班の状況は?」

「もち、OKよ!いつでも始められるからね!!」

「一人で焦っておっ初めるなよ、坊主」



 オスコットの禁句にマコトは顔中を口にして抗議を訴え、その余りの緊張感の無さに苦笑を禁じ得ないムラキである

 そんな口論を繰り広げる二人に溜息をつきながら、モニターに顔を見せたのはチェンナ



「マコト、いい加減になさい全く・・・・・ムラキ少尉、こちらの隊の準備はできています。
 後続部隊の配備が若干遅れているようですが、作戦開始時刻までには十分間に合うでしょう」

「了解。ジータ、イズミ軍曹、どうだ?」

「こちらグランツ、大丈夫です」

「ペルフェクシオン、大丈夫ですが・・・・・これには少々不安を感じます」



 はっきりと頷くジータとは対照的に、リンナは眉根を寄せていた

 それもその筈、二人にも新兵器が支給されたのだが、リンナはそれに対する不安が強いのである

 ジータは斬甲刀の改良型を受け取っていた。これは傍目には、今まで彼が愛用していた長剣と同じ類の得物であり、

 長さやバランスなど、殆ど変わる部分が無い為に扱い方が変わっていない

 だが、リンナに支給された新兵器は、確実に、今まで彼女が愛用していたグレイヴとは趣が異なっていた

 強化タングステンを鍛えて作った長尺の剛竿。これは同じだ

 だが、その先端には、ある筈の刃が、無いのである。見た目には、両端にウェイトのついたただの棒である

 これでは薙刀ではなく“棍”と呼ぶべき物だ

 だが、よく見れば先端の片方はバランス取りの為のウェイトなのだが、逆端に付いているのはウェイトではなく機械装置である

 銃口の様にも見えるそれ二つ並んでいるが、どのような機構を有しているのかは見た目からはわからない

 リンナはそれを起動させようとしたが、



「お、おぃおぃお嬢!練習だったら本番でやってくれ!おっかねぇから!」



 同じホバークラフトにタンデムしているゲイボルグの中で、オスコットが抗議の叫びを上げた為に断念した

 断念したのだが、やはり何か気に入らないのだろうか。ペルフェクシオンはしきりにその“棍”をいじっている

 そして、前回の支援では新兵器の支給が無かったゲイボルグも、新兵器を受け取っていた

 レーザースピアに代わり、インブレイクスピアと呼ばれる新しい短槍を右腕に構えている

 放熱機構こそ無いが、代わりにリボルバーの弾倉に似た形のマインディスペンサーが先端付近に取り付けられている

 穂先が刺さると同時にパイロットのトリガーで地雷を吐き出すという凶悪極まる代物である

 勿論、吐き出される先は敵機体の中。名は体を表すとは言うが、機体の内部から弾ける様は、“インブレイク”正しくその通りであった



「それでも、まぁ、一番ゴツくなったのは・・・・・フライト中尉にマーロウ少尉ですよね」



 ジータの言葉に全員が頷く

 ラプソディとシルフィードの姿を見れば、成る程、確かにゴツい



「む、こんなにも可憐な女の子の乗るPFを捕まえて“ゴツい”は無いでしょ“ゴツい”は」

「あ、は、はい。申し訳ありません。フライト中尉」



 生真面目に謝るジータだが、謝る必要はないだろう、本当にゴツいのだから

 ラプソディはカタールとレーザーピストルを装備していたが、その両方を交換していた

 カタールとレーザーピストルの機能を併せ持つ新兵器:ジャマダハルと呼ばれる変わった形の得物を両手に構えている

 その姿はどこか蟹の怪物の様な姿に見えなくもない

 だが、極めつけはチェンナの愛機:シルフィードだ

 軽量な盾:カイザーシールドはそのままだが、今まで装備していたハンドアックスは腰のラッチに吊られており、

 見るも凶悪な大斧:バトルアックスがその手に収まっている。見た目の禍々しさならヴァリムの双子:マイの修羅姫とタメを張れる

 大鎌を持つ修羅姫が緋色の死神なら、戦斧を構えたシルフィードは差詰め断頭刑執行人である



「サーリットンでGF相手に苦戦したから、手斧の代わりの武器を手配していたんだけど、丁度良い物があって助かったわ」



 別段、表情を綻ばせるわけでもなくそう嘯くチェンナに、一同は実を言うとビビッていた



「まぁとにかく、整えられるだけの準備は整えたんだ。後は人事を尽くすだけだ」

「んむ!!その通りゾイ!!」



 突如モニターに大映しになるギブソンの巨大な顔面である

 コクピットの中でひっくり返りそうになる程驚いたが、何とかそれは免れた



「ぐわはははは!!待たせたゾイ皆の衆!!なんせ荷物が重くてホバークラフトが沈みゃせんかと気が気では無いくらいゾイ!!」

「ってお前それ大丈夫なのかよ」

「多分大丈夫ゾイ!!」



 多分、の割には実に豪快にギブソンは断言して見せた。親指を立ててさえいる

 全員がそこはかとなく不安を感じるが、今回砲撃隊の指揮を執るランブルからの通信に安堵の溜息をついた



「大尉は今回、ブラスター隊を指揮して後詰めを担当することになっている。
 橋頭堡を確保してから上陸する手筈ならば問題は無い」



 スティールレイン砲撃隊を引きつれたディンゴが、ようやく追いついた様だ

 ランブルの駆る砲戦仕様機:ディンゴの武装に大きな変化は無い

 肩部ラッチにマウントされているレールガンが、リニアバレルを延長したモデルに変わった位だ

 ただし、吐き出す弾頭は従来の成形炸薬弾頭ではなく、高性能炸薬をふんだんに使った新型弾頭である



「ネルモア中尉も言っていたが、砲撃地点の地盤の状態などによっては支援砲撃が行えない状況も有り得る。
 あまり、支援砲撃をアテにして深入りはしすぎるな」

「「了解!」ですわ!」



 良い返事を返す若手二人である



「お前さんこそ頼むぜ、味方を巻き込むなよ」

「・・・・・善処する」

「ぃよっし!!そうと決まれば、だ」



 突然、オスコットが大声を張り上げた

 全ての準備が整った今、するべきは無い。というか作戦開始時刻まで何もしない方が良い

 誰もが疑問符を頭上に浮かべてオスコットの次の言葉を待っている



「そうと決まれば・・・・・何ですの?」

「決まってんだろお嬢。一服つけるんだよ」



 当然のようにオスコットはタバコを唇に挟んで火を点けている

 リンナやジータ、マコトは呆れ顔だが、その姿に得心したようにムラキは厳つい笑みを浮かべ、



「伍長の言う通りだ。作戦開始時刻まで小休止といこう。用足しだの腹拵えだの仮眠だのは今の内に済ませろよ。
 作戦が始まってからはそんな暇は無いんだからな!!」



 そりゃそうである

 一同は思い思いの行動を取り始めた





 これが最後になるかも知れないのだから
















 08−2




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