軍事国家、アルサレアとヴァリムは目下戦争中だった。
その戦争は他国を巻き込み、ついには彼らの惑星「J」を飛び出して、戦場は宇宙へとスピンアウトした。
戦争初期、PFという兵器を開発し生産に着手したアルサレア。
一方ヴァリムはPFの開発に一歩遅れてしまった。
されど、この戦争は長期にわたっている。
その大きな所以たるは、国力の差であった。
アルサレアは小国、ヴァリムは大国。たった之だけの違いを、前国は兵器の性能で補ってきたのだ。
だがしかし、戦場が宇宙へと移るに従い、ミリタリーバランスの傾きは大きく揺らいだ。
もとが大国であるヴァリムが空間戦闘に適応したPFの開発に成功したのだ。
これを機に、ヴァリムは刻々と領土を広げていった。
様々な不運に見舞われ、宇宙用PFの開発が遅れたアルサレアも黙っているはずがなく、
天才科学者と名高い「リーネ・フォルテ」が設計開発を手がけた極秘の兵器開発施設「シード・ラボ」を建造した。
これを、起死回生の起点とするために。
シード・ラボ、ドック内に一隻の輸送船が収まった。
浅黒い黄色の上に煤けた船体が、妙にくたびれた姿を呈している。
そしてタラップが降り、ハッチが開くと、中から一人の少女が飛び出した。
飛び出す、というのは、ここはまだ無重力であるから落下しないためである。
少女の容姿は、一目でわかるくらい整っている。
俗に言う美少女、と認識されるだろう。愛らしい眼、整った鼻、桜色の唇。
少女らしく、起伏には富まぬ体型ではあるが、それも彼女を引き立たせる起因となっていた。
彼女、リーネ・フォルテは兎角疲れていた。
巨大な流石に偽装したここへ来る時の、思いもよらぬ襲撃のせいだ。
此処最近の睡眠不足も祟ってか、歳相応の活発さは眼に見えなかった。
「主任。」
広いドックを横切る最中に声が掛かる。
振り返ると、そこにはたくましい体を保つ初老の男がいた。
「お疲れとは思いますが、我慢してください。」
無神経な男の言葉に、リーネは溜息を一つ吐く。
「ええ、スケジュールから三日遅れで此処に着たんですもの。余裕なんてなくて当然ですよね。」
「も、申し訳ありません。」
ぷりぷりと頬を膨らませながらドックを後にするリーネ。
ぷいと顔をそらしていたためか、彼女はドックの片隅に鎮座していた赤いPFに気づくことは無かった。
真新しい廊下を一人、少女が歩いていく。
小奇麗な白い床や、機能性も忘れていない壁、開放感のある天井。
シード・ラボの設計開発を手がけた彼女とて、図面全てを覚えているはずもないが、
質感を持った三次元の外装には思わず眼を奪われてしまうのだった。
実際極秘の兵器開発研究所のここは三日前から稼動し始めたばかりである。
三日前に、なぜシード・ラボの生みの親とも言える彼女リーネ・フォルテが此処に居なかったのか。
それは、四日前まで近辺で行われていた両軍の小競り合いが原因だった。
なまじ極秘扱いを受けているシード・ラボだ。
見つかれば、アルサレアの戦闘兵器開発の礎となる場所をヴァリムが逃すはずもなく、
結局小康状態に落ち着くまで待ったというのが実。
此処に来る時に輸送船を襲ったのは偵察兵だったが、
ヴァリム軍の現行機とて、強化処理もしていない船舶を沈めるには造作もない。
ともすれば、先ほどその黒夜叉を退けたアルサレア製のPFが気がかりだった。
いきなり現れたと思えば、不器用な動きで敵機を駆逐した。
赤いカラーリングのPF。PF開発に携わるリーネはその機体を覚えていた。
現在はアルサレアの主力機から一歩引いてはいるが、
紛れもなく、あれは現行量産型PFの基礎Jファーの隊長仕様機、Jファーカスタム。
それもかなりのアッパーバージョンだったのだ。
そう推測する理由は大いにある。
黒夜叉と渡り合えただけでも、その機体性能は特筆に価できた。
―突然表れては、窮地を救う。
――まるで往時に夢見た白馬の王子ではないか。
数瞬、リーネは頭に上った子供じみた考えを一笑に伏した。
「全く、どうかしています。」
疲れているのだろうか、と、頭を振ってみる。
しかし、先の光景は目に焼きついて離れなかった。
後に暫く歩いて、実験ブースへと至るエレベーターの前で右往左往している人を見つけた。
見た目は男、けれど見覚えはない。
不自然な挙動が眼に障ったか、リーネは自然と首をかしげた。
すると、エレベーターの前の男も歩を止め、彼女へと振り返る。
「ん、どうした嬢ちゃん、迷子か?」
顎に手をやりながら不躾に言うその男の顔は、端麗。
斜めに屹立した茶髪は長く、全体的に活発な印象を受ける。
身長は百七十後半辺り、無骨な風もない筋肉で、青年といえる風貌。
パイロットスーツのアンダーウェアに、紅いレザージャケットというちぐはぐな衣服に身を包んでいた。
故意であろうか、歩み寄り、腰を屈めて顔を覗き込むようにして言う男。
その扱いは、リーネにとって酷く不適当で、癪に障った。
「いーえ、私は実験ブースに用があるんです。」
「へぇ。そういや此処に来るのは初めてか?」
頭一つ分大きい男は、不機嫌面のリーネから顔を離して問う。
口を尖らせていたリーネは、溜息を大きく吐いてそれに応答した。
「ええ、本当は三日前に来ているはずだったのですが。」
「奇遇だな。実は俺もそうなんだ。」
「そうなんですか?」
純然に問い返すリーネに、男はああ、と頷いてみせる。
「小隊長って事で招かれたんだが、これじゃ面目ねぇよなぁ…。」
肩をすくめ、おどける男にリーネは知らず微笑んでいた。
「隊長さんですか。」
「ん?ああ、チームリーダーだな。」
「それでは、貴方は今日からリーダー君ですね。」
「なんだそりゃ。俺にはちゃんとブレッド・アローズって名前がついてるぞ。」
拗ねた口で語る、ブレッドと名乗った男。
リーネは彼の挙動が滑稽で、益々笑いを止められなかった。
「でも、リーダー君はリーダー君でしょう。」
「そうだけどさ。というか嬢ちゃんはなんなんだよ?」
今度はブレッドが不機嫌面になる。
対して、リーネはこぼれんばかりの笑みで答えた。
「申し送れました。私、リーネ・フォルテと申します。」
* * *
「そっか、んじゃ俺はここの最高責任者を嬢ちゃん呼ばわりしたって訳か。」
ゆっくりと上昇していくエレベーターの中、ブレッドは大きな溜息と同時に声を生んだ。
項垂れるブレッドの横、リーネは彼の様子に苦笑を深める。
「私って若輩者ですから、そういわれても仕方ありませんよ。」
「そういってくれると助かる。」
並んでガラス張りのエレベーターの外を見る二人。
大型流石に偽装した施設でも、中身はたいしたものだ。
この場所から一望できるドックは流石外面から比較すればそれほど大きい物ではない。
それでも、大型シャトル三機は停泊できるスペースに、PFを一桁まで格納できるスペースも確保されている。
現在の足場たるエレベーターですら、四メートル四方のものだ。
「でも、なぜリーダー君は三日も遅れてしまったんですか?」
「ああ、ちょっとした事情でな。」
「三日もですか?」
「さっき到着したんだ…っと、あれが俺のPF。」
話の途中、ブレッドはエレベーターの外、収納スペースに鎮座している自らのPFを指差した。
一寸遅れてリーネが眼をやると、彼女は眼に見えて驚いたような表情に変わった。
「も、もしかしてさっきのシャトルのPFは?」
「俺だけど、まぁ、命令受けたのが昨日だからリーダーとしちゃヒヨッコだよ。」
クツクツと笑いながら、ブレッドは言葉を投げる。
「でも、相手は黒夜叉ですよ、退けられただけでも凄いです。」
「まぁ、最後のレーザーソードの電流が、内蔵の部品を壊したんだろうな。」
あっけらかんとして言うブレッド。
それに、リーネは聞かなければ良かったと深い嘆息を吐いた。
こんな現実味がある偶然を聞かされてしまっては、抱いていた幻想が見るも無残ではないか、と。
やがてエレベーターが止まり、二人は廊下に足を進めた。
設計者の性格が出ているのか、廊下も天井も須らく良い具合に統一されていた。
良い具合というのは、快不快の差別である。
生活空間の条件は意外と大切な物で、たとえば天井が低ければ圧迫感を覚え、それがストレッサーになる。
そんな不快条件が、研究所であるここにはなかった。
「そういえば、特務っつったって何するんだ?」
先ほどから溜息ばかり吐いているリーネに、ブレッドが尋ねる。
「そう…ですね、殆どは兵器の開発でしょうけど、実戦投入のための実地テストなどもあると思います。」
「ふむ、俺たちは前線のためのキーパーソンって訳か。」
「ええ、ですが特務小隊だからといって特別な戦線に出るわけではないので、一般部隊とほぼ変わりはないかと。」
リーネの言葉に頷きながら、ブレッドは廊下を曲がる。
瞬間。リーネの目前からブレッドの姿が消え、同時にドコッ!という生々しい音が響いた。
「いっつぅ…。」
消えたはずのブレッドの声を訝しげに聞いていたリーネは、声の発信源に眼をやって、嘆くように溜息を吐いた。
今日何度目ともつかぬ溜息は、回数を追うごとに深くなっている。
所為は、T字の通路を曲がる時に衝突するという事態であろうか。
ブレッドは床に叩きつけられて、その上に見知った女性がのしかかっているという事態であろうか。
「カグヤ。」
窘めるようにそういうと、ブレッドの上に乗っていた女性は目にも止まらぬ速度で振り返った。
「あ、主任。」
「とりあえず、退いて上げてください。」
リーネの声に、カグヤと呼ばれた女性は自らが倒れている場所が固くないことに気づいた。
そして今更ながら、倒れている正面に男性の顔があるということに気がついた。
暫時、フリーズ。
カグヤの脳内が再起動し始めたころ、ブレッドはなんともいえない顔をした。
「す、すみません!!」
がばっと起き上がって、彼女の長髪がごうんごうんと風を巻き起こす。
顔は少し赤く、正面にまとめた手は忙しない。
彼女の名はノギ・カグヤ。
リーネよりかは年上と取れる風貌に、同じ型違う色の制服。
リーネと比べ少し高い身長と、整った目鼻、長い髪。
否、リーネもカグヤも頭髪は長い。
リーネは緑がかった頭髪、瞳、制服。
カグヤは紫に近い蒼の髪、眼、制服である。
「良いタックル持ってるじゃねぇか、世界狙えるぞ?」
咳き込みながら呆れた顔で立ち上がるブレッド。
「それで、何か急ぎの用事でも?」
「え、あ。はい、隊長が到着されたとの事で、そのお迎えに。」
しどろもどろでリーネに返すカグヤ。
「そうですか、なら、用事は済みましたね。」
「え?」
「彼が小隊長ですから。」
リーネにつられてカグヤの眼がブレッドに留まる。
当のブレッドは、一つ息を吐いて右手を差し出した。
「ブレッド・アローズだ。よろしく。」
おずおずと握り返すカグヤ。
「ノギ・カグヤです。」
と、型どおりの自己紹介が済んだところで、ブレッドとカグヤは隣で頬を膨らませているリーネに気づいた。
リスの頬袋のように膨らんでいる頬に一瞬かわいらしさを見て、微笑みそうになるが、険しい表情にそれも止まる。
恐る恐る、ブレッドが尋ねた。
「ど、どうしたんだ?」
「カグヤばっかり丁寧な自己紹介なんて、差別です。」
ぷぅっと頬を膨らませたまま喋るリーネに、ブレッドとカグヤは顔を見合わせて苦笑する。
「なんだ、そんなことか。気にするなよ嬢ちゃん。」
「むー。」
左手でぽすぽすとリーネの頭を撫でるブレッド。
だが、それをリーネが甘んじて受けているのがまた滑稽で、ブレッドは笑う。
「子供扱いしないでください、ていうか二人とも何時まで手を握っているんですか。」
「「あ。」」
今更気づきました、といわんばかりの声。
カグヤがぱっと手を離し、ブレッドは宙をさまよう手を何度か遊ばせた。
白々しいその動作に、リーネの顔は益々不機嫌を極める。
「あー、あー、そうです。はい。早くあっちに行きましょう!」
リーネの眼から逃れたかったか、クルリと回って、カグヤが歩き出した。
「っ!」
一歩進んでまた止まる。
つり上がったカグヤの肩に多少の不審を覚えたか、リーネは問うた。
「どうかしたんですか?」
「あ、いえ。なんでもないです。」
再び歩き出して、また止まる。
そんなカグヤを見て、ブレッドは憮然とした面で呆れた溜息を吐き出した。
「無理するな。」
「え?あ、きゃっ!」
後ろからカグヤの体をすくって、抱きかかえる。
ブレッドからしてみれば当然の動作だったらしいが、カグヤは激しく動揺していた。
「「な、何をするんですか!」」
なぜか綺麗に重なるリーネの声とカグヤの声。
ブレッドは二人の追及もさして気にも留める素振りはなく、ただ至極当然にこたえた。
「だってお前、足挫いてるぞ。」
その一言で黙り込むカグヤ。
一方、リーネは納得が行かないと言いたげな顔でぶつぶつと呟いていた。
「カグヤばっかり…。」
* * *
見上げればある顔は、なかなかに凛々しい顔。
今まで男性とはあまり付き合いをしたことがなかったノギ・カグヤは気が気ではなかった。
お姫様抱っこといわれる抱き上げ方をされてしまっては。
シード・ラボ稼動から日が経っていないために、廊下に人が少ないのがせめてもの救いか。
このブレッドという男はまさに当然といった風に振舞ってはいるが、
カグヤは恥ずかしいやら照れているやらで、顔を俯かせて言葉を出せないでいた。
精悍な顔立ちを盗み見る。
その涼やかな顔と、今自分の置かれている状況を鑑みて、益々カグヤは顔が熱くなるのを感じた。
実験ブースに至るまでが、妙に短く感じたのは彼女の気のせいか、
それとも、ブレッドの早足のせいなのか。
ハッチが開く。
まず眼に入ったのは、大きめに造られているラウンジだった。
ラウンジといっても派手な造作もなく、暇つぶしになるようなものは見つからない。
体の良い休憩所といったところか。
「お待ちしておりましたよ。」
その休憩所の椅子に腰掛けた、肌の黒い、大きな男に目が行った。
落ち着いた声音とは裏腹に、身長は180を超えている。
厚ぼったい唇が開くと、ハッチから入った三人は歩み寄った。
「済まない。私用で遅れてしまった。」
カグヤを抱えたままのブレッドが告げると、男はきょとんとして、直に笑った。
「おやおや、随分と若い隊長ですね。」
筋骨隆々、の言葉が相応しい男は真摯な態度でブレッドの前に出た。
「ブレッド・アローズだ、以後よろしく頼む。」
「こちらこそ。バックス・F・クランツです。」
女性を抱えてままであるから、握手するにも手を差し出せないことに気づいたブレッドは、
カグヤを見て、バックスを見て、ばつが悪そうに笑った。
「へぇ、隊長って女誑しだったんだ。」
突然背後から掛かった声に、ブレッドは緩慢な動作で振り返った。
振り返った先にいたのは、パイロットスーツを着込んだ女性。
明るい茶色のセミロングの髪、大きくかわいらしい眼、ブレッドの鼻下程の身長。
密着したパイロットスーツから見られるのは形の良い胸と、美しい括れの曲線。
リーネやカグヤより、一回り大人に近い少女の体だ。
「違いますよクリオさん、これはただ私が足を挫いてしまっただけで…」
申し訳なさそうに言うカグヤの雰囲気に、冗談は礼を失すると感じたか、
クリオと呼ばれた女性は居住まいを正した。
「クリオ・ペトリューシュカ。とりあえず、よろしくね。」
「クリオ、『よろしくね』ではなく『よろしくお願いします』ですよ!」
バックスが窘めると、クリオはへへっと笑って舌を出した。
「でも、到着したなら早く模擬戦しようよ、私ずっと待ってたんだから。」
「そうですね、試験機体の整備は当の昔に終わっていますし。」
カグヤがクリオの言葉につなげて言うと、バックスも一つ頷く。
「では、噂の実力、見せていただくとしましょうか。」
「へぇ、そんなに強いんだ?」
バックスの言葉に、今度はクリオが問い返した。
返されたバックスはもう一つ頷いて、ブレッドを静かな眼で見た。
「ええ、なんでも黒夜叉を退けたようで。」
* * *
シード・ラボには、PFの戦闘実験場なるものが存在する。
実戦形式で試験を行う場合、有重力、無重力の状態の空間を選べるのだ。
これにより、一層多いデータと汎用性のテストさえできる。
そんな無重力の戦闘実験場に、3機のPFが浮かんでいた。
3機とも、全て同じ装備、同じ外装で、違うのは着色のみ。
右手に楯を、左手に銃を、背中に翼を持ったPF。
足は空間戦闘を考慮してか、ブースター搭載型で、胴体にも大型のブースターが積載されている。
ブレッド機が01、バックス機が02、クリオ機が03というマーキングが着けられ、
カラーリングも、それぞれ、赤、緑、黄と異なっていた。
うちブレッド機のコックピットの中、ブレッドはシートに体を押し付けていた。
彼の顔の正面にあるモニターに写されているのは、リーネの不安げな顔。
彼女は見学と称して、今回の模擬戦のデータ収集をしている。
「本当に2対1でいいんですか?」
言い辛そうな顔で呟いたリーネに、ブレッドは笑って見せた。
「これで勝ったら面目躍如だろ?」
そんな彼の不謹慎な態度に、リーネは顔を顰めると、呆れた顔で笑った。
「お二方とも、エースパイロットです。」
「ふぅん。」
静かに呟かれた言葉に、ブレッドの顔からは表情が消えた。
「なら、撃墜しても文句言うなよ?」
* * *
唸り声を上げる乗機体、それはまさに武者震いをする猛者のようだ。
己を鼓舞するような振動に、男は自分が高ぶっていくのを肌で感じていた。
握った操縦桿から神経が広がっていくような感じ。
スペックなど見なくても、彼のPF「202特務小隊機」は素地がいい。
それが実感できてしまう。
ブレッドは、正面モニターに映し出される黄と緑の機影に不敵な目を投げかけた。
恐らく、1対2という状況は、ものすごく分が悪い。
機体の差がない分、パイロットの技量が全てを分かつ。
「さて。」
なんともなしに呟いてみた声に恐れはない。
いや、恐れとはまた別の何かが、段々と頭を擡げてきている。
不思議な高揚感が腹の底から溢れ、末端から溜まっていく感覚に、ブレッドは思わず身震いした。
先ほどからモニターの右上に点滅する数字が小さくなっていく。
その数字が0になった時が、戦闘開始である。
それが段々と少なくなり、とうとう。
「手加減できんぞ!」
巨大な球状の戦闘実験場の中、3機は弾けるように加速した。
* * *
各々のPFが右手に持つのは、攻撃を防ぐ楯ライトガード。
左手に持つは、弾丸が二発同時に発射されるハンドガン、フォルテシモ。
正規の戦いならハンドガンを打ち合うだけの試合も、三人の戦いから見れば、酷く粗末な物だった。
「くっ、速い!」
クリオの視線の先にいるのは、ブレッド機。
照準を合わせ、フォルテシモを撃っても、発射した瞬間には射線から見事に外れ、
結果弾丸は隔壁に突き刺さる。
そんな繰り返しが幾度となく続く中、クリオは焦燥に駆られていた。
戦闘開始からこっち、バックスと二人で集中砲火を浴びせてはいる物の、生憎と相手に当たったためしはない。
まさかWCSが壊れているのではないかと疑ってしまうくらいだ。
加え、ウィングを広げたその姿は正に芸術的で、空を舞っている様な錯覚さえ覚えさせられてしまう。
「バックスです。このままでは埒が開きません、私が前衛を務めるので、援護を!」
やはり、バックスも同様だったのだろう。
有無も言わさずに、バックスの機体はウィングを広げて前進し、フォルテシモをわざと外しながら、巧くブレッド機の退路を防いでいる。
しかし、それだけでは今ひとつ足らない。
それゆえの、援護だ。
「了解、覚悟してよリーダー!」
踊るようにクリオ機がバックス機の後ろにつく。
両機は、ブレッド機の移動を少しずつ制限しながら、距離を縮めていく。
ブレッド機は、道に迷った蝶の如く予測のできない動きをして両機を翻弄しつつも、
制限が次第に多くなるにつれ、その優雅な動きも鈍っていく。
籠の中の鳥、とは言いえて妙。
二機から放たれる銃弾の雨はまるで檻の様に、そこから出ることはできず。
そして、その檻は徐々に小さくなっていくのだ。
変化は一瞬のことで。
クリオ機がバックス機の後ろにつき、波状攻撃を仕掛けた途端、ブレッド機は戸惑ったのか、回避運動が紙一重になる。
その隙を、バックスは見逃さなかった。
「貰いました…!」
一気に距離をつめ、頭部目掛けてシールドを振り下ろした!
* * *
息を呑むほど、眼の前で行われている模擬戦は激しさに満ちていた。
リーネとカグヤは二人揃って、手元の事を忘れたかのように見入っている。
怒涛、という言葉がこれほどしっくり来る場景も他に在るまい。
本当に、雨のような弾丸を掻い潜っている機体の優美さといい、
息のあった連携を見せる二機といい、甲乙がつけ難かった。
しかし、均衡という物はかくも脆く崩れ去るものか。
陣形を変えた二機は、阿吽の呼吸でブレッド機を追い詰めていく。
そして、あっという間に追い込まれたブレッド機が動きを緩めた瞬間、
バックス機のシールドがブレッド機に向かっていた。
* * *
振り下ろされたシールドを、軽いスウェーで避け、後方に流れるブレッド機。
その隙だらけのボディ目掛け、今度はバックス機の背中を飛び越えてクリオ機が飛び掛った。
『頂き!』
フォルテシモを乱射。
寸分違わず向けられた銃口から放たれた銃弾は、無論寸分違わずブレッド機に向かった。
だが、ブレッドとて素人ではない。
弾丸は全てライトガードで受けきる。
それでも、クリオとバックスが驚愕したのはそれだけにとどまらなかった。
ブレッド機は自ら前進しながら、ライトガードの角度を変え、
銃弾を受けるのではなく、軌道を変えて防ぎ始めたのだ。
その姿を目視してから半秒。
クリオは眼の前に迫るブレッド機のライトガードに眼を剥いた。
「悪いな、我慢してくれよ!」
ガァァン!という、金属同士の衝撃。
『きゃぁあ!』
クリオ機は、頭部に叩き込まれたブレッド機のライトガードの一撃の下に、機能停止を余儀なくされたのだった。
されど、ブレッド機はそれだけに止まらない。
大きくゆがんでしまったライトガードをバックス機に投げつけた。
それから、動かなくなったクリオ機からフォルテシモをもぎ取り、二丁拳銃の様で烈火の銃撃がはじまった。
『ぐっ、やりますね!』
「世辞は終わった後にしておけ!」
バックス機も、最初のライトガード投擲は免れたものの、後に続く弾丸の嵐には耐え切れなかった。
一矢報いるためにライトガードから出して照準を向けたフォルテシモは打ち落とされ、
次の瞬間にライトガードは許容損傷値を超え砕け散った。
こうなってしまえば、後は速かった。
先ほどクリオとバックスが行った戦法の再現である。
しかし、違うのは、一丁は囮、もう一丁の弾丸は全て機体に着弾しているということだ。
程なく、機体ダメージの蓄積により小爆発を起こした部位が起因して、バックス機も行動不能に陥った。
* * *
「えへへ、やられちゃった。やっぱり二人がかりでも駄目だったかぁ。」
「流石です、それでこそリーダーに相応しい。」
機体から降りたクリオとバックスの第一声はそれだった。
変わって、ブレッドのほうはというと、どこか疲れた顔でそれに苦笑している。
「いや、本当に強いな、一歩間違えてたら負けはこっちだったぞ?」
修理のために、メンテナンスベッドにそれぞれの機体を置いて、ラウンジにて三人は落ち着いていた。
「ご謙遜を。二対一で【ああ】では、一対一では眼も向けられませんよ。」
自嘲の素振りもなく、純粋に潔く、気持ちの良い笑顔で笑うバックス。
「そうだよ。でも隊長がこうなら、先行き明るいかな私たち。」
不敵な笑みでブレッドを見るクリオ。
「ええ、この部隊に配属されたことを光栄に思います。」
バックスが心境を語る。
彼の性格は、先の言動のように潔く、気持ちの良い物だろう。
そうでなければ、之ほど紳士な言葉は紡げない。
「ああ、ありがとうバックス…でいいかな、そっちの君はクリオで?」
「はい。」
「うん、いいよ。」
頷く二人を見て、ブレッドは清涼感のある笑顔で応えた。
* * *
パイロット三人が雑談に転じようとしていた時、ラウンジにカグヤが入ってきた。
彼女は3人分のカップと一つのポットを持って歩み寄り、口を開いた。
「皆さんお疲れ様でした。どうでしたか?」
三人が囲んでいるテーブルの上にカップとポットを置いて、カグヤが次々とカップに黒い液体を注いでいく。
独特の香りからして、珈琲であることが直にわかる。
「そうですね、不謹慎かもしれませんが、楽しい部隊ですよ。」
「だね、隊長も強いし皆良い人だし、言うことなしかな。」
「これからが楽しみだな。」
バックス、クリオ、ブレッドの順で思いを告げていく。
3つの珈琲を注ぎ終わったカグヤは、それらを三人の前に置きながら笑った。
「実は、私もそんな感じです。」
含み笑いをかみ殺して、どうぞといい。
3人はいただきますといって珈琲を受け取る。
「あ、そういえばリーダー。」
ふと、カグヤが思い出したように呟いた。
「リーネ主任が呼んでいましたよ、初日でPF二機中破ですから、多分お小言かと思いますけど。」
真っ青になっていくブレッドの顔を見て、カグヤはやはり笑った。
そんな彼女のジト眼で睨むも、彼女にはどうしようもなく。
ブレッドは珈琲を一気に呷ると、決意を固めたように立ち上がった。
「指令ブースの責任者室ですから、急いだほうがいいかもしれませんね。」
「いってらっしゃーい。」
「お気をつけて。」
完璧に他人事だからか、三人は気軽な声音で手を振ってくれた。
ブレッドはラウンジを後にする。
重い足を引きずりながら。
* * *
リーネのいる部室へは、割合早くたどり着くことができた。
それというのも、先ほどの実験ブースからさほど離れていなかったためである。
一般的なハッチを見て、責任者室といっても想像していた物より大分小ぢんまりとしていることに、
ブレッドは儚い安堵を抱いていた。
ここにきて、怖気づいたのか、それとも決意をより硬くしたのかは解らない。
大きく息を吸い込んで、僅かの逡巡の後、ブレッドは右手を突き出した。
こんこん。
ハッチを叩いて返事を待つ。
「どうぞ。」
程なく届いた了解を聞いて、ブレッドは横の開閉スイッチを押した。
ドアは左右に開き、その中が垣間見られた。
応接間も兼ねているのか、それとも会議用か。
奥にある大きな机の手前には大きなテーブルがあり、それを挟むようにソファがある。
「あ、やっと来ましたね。」
そして、リーネはその大きな机の椅子からぴょん、と立ち上がり丁度ソファの辺りでとまった。
無論、ブレッド自身も頼りない足取りでそこまで歩いていったのではあるが。
「呼ばれた理由は大体わかりますよね?」
何処か棘のある言い方。
それにブレッドが何も言い返さないでいると、リーネはずぃっと顔を覗き込んだ。
「ぉわっ!」
思わず声を上げて後ずさったブレッドを、リーネは追従する。
二つ一組の眼同士がお互いを写している中、ブレッドは目の前に居る少女の香りに戸惑った。
香水をまだ知らない歳なのか、それともつけたがらないのかはわからないが、
髪からはふわりとした良い香りが流れ、鼻腔をくすぐる。
良く見れば、彼女の容姿は今はまだ童顔を湛えているものの、
あと5年もたてば男に溜息をつかせる女性になるに違いない。
…などと、口に出してしまっては失礼なことを思い浮かべながら、ブレッドは眼前の少女を見据えた。
無論、彼女は彼がそんなことを心のキャンバスに描いているとは露知らず。
聞いていて思わず微笑んでしまいそうな喚きを量産し始めた。
「模擬戦で白熱するのは勝手です、データも取れますけど、修理する身にもなってください!」
がおー!と吼えんばかりの剣幕。
ただそれさえも可愛い物。
鈴のような声音に、ブレッドは我知らずのうちに微笑んでいた。
「だいたい貴方は物を壊しすぎです、いいですか、PFというのは…」
話の速度が速くなるにつれて自然とブレッドの視線が虚空に向かう。
と、彼は腹をさすりながら先ほどまで駄々漏らしていた笑みを引っ込めた。
「あー、ストップストップ!」
突然ブレッドはびしっ、と人差し指をリーネの唇に押し当てる。
そして、真顔でこういった。
「すまん、腹減りすぎて死にそう。」
数瞬の後、責任者室に可愛い音色が二つ響いた。
管理人より
しょうへいさんよりプロローグ2をご投稿いただきました!
出会いはいつでも急なもの……(爆笑)
この先、どう展開していくのか楽しみです(笑)