何の前触れもなく、突然という響きは降って湧いた。

 不運に毒づくことも、それを嘆くことも忘れ、気づけば青年は呆けていた。
 轟々と音を立てて空を飛び交う、流星のような凶弾。
 それらは全て、今まで自分がいた場所へと突き刺さっていく。

 あるいは妙な感傷さえ思い出すことができないで、青年は唯単調な作業を悲観する。
 轟音が鳴り始めてから既に半刻。
 自身も半刻前から轟音に身を沈めていることを思い出して、彼は高揚にうち震えた。
 夜は丑の刻、暗いはずの中空がとても明るい。
 大昔に見た流星群とは、かくも沢山光が飛び交ったかと思い出す。
 幻想的な、それでいて背徳的な現状を鑑みながら。

 グローブを付け忘れた手の爪は、肉と剥離でもしたか、白くなっている。
 額を駆け落ちる水滴は次々に現れて、水浸しの顔を呈した。
 トリガーを引き絞る手のひらはじっとりと汗ばみ、顔に張り付く髪が気持ち悪い。
 荒ぶる息は熱く、上下する双肩。
 過熱して、意志の沸点を超えかねない思考が、青年の目を泳がせた。

 はっきりと定まった視線の先には、巣にたかる羽虫のような巨人達がいる。
 醜悪な面が、幾つも幾つも自らに向けられたことにすら、彼は吐き気を覚えた。
 なまじ同じ面をしているが故に、整ったことに対する感嘆を凌駕する、嫌悪があった。

 対して、彼の後ろにいた巨人達は皆死んでいた。
 倒れ伏したもの、眼から血を流すもの、様々。
 雑然と転がっている者たちに、青年は一瞥をくれてやった。
 その数十二。彼の後ろにいる巨人達は一人残らず無残な姿をしていた。
 されど、それらを見る眼に憐憫れんびんはない。
 憂いも、絶望も、哀愁も、憤怒もない透明な瞳を、彼は正面に戻した。

 朗々と燃え盛る炎も、空を焦がす流星も、その全てが血のようで。
 なんという、絶景か。

 知らずのうちに、頬が持ち上がっていくのがわかった。
 眼の前の素晴らしい情景、場景に、彼は溜まらず感動の溜息を吐いた。

 だが、それには眼前で足並みをそろえる巨人が邪魔だった。

 眼に障る、無粋なもの達に、彼は勇ましい足取りで向かっていった。













 


機甲兵団 J-PHOENIX 2

On the shining boundary

Prologue
Phase-01 「Imaged scenery」














 

 唐突な、脳髄が溶けて頭蓋が陥没していくような痛みで漸く眼が醒めた。
 だが、その痛みも突発的で、一度しか感じない。
 そう感じる脳はドロドロと融けたように熱く、疼く体は全く言うことを聞いてくれなかった。
 唯一起きた眼の瞼越しにしみこんでくる白い光と、鼻を衝くホルマリンの香りで意識が覚醒していく。
 ぎりぎりと締め付けられる感覚を覚える、目。
 力の入らない瞼を何とか開くと、目の前には静謐な世界が広がっていた。

 見渡せば、全てが白い。

 眼を凝らすと、正方形が行儀良く詰め込まれている天井。
 眼球を転がして、周囲を見回すと、これまた白いカーテン。

 頭に上る疑問を叩き伏せられず、首を動かしたところで電流のような激痛が局部に走った。
 背骨を鉄骨に変えたのかもしれない、と思うほどの重量感。
 そして、その鉄骨に気道を抉られるような感じが、意識をよりハッキリさせてくれる。
 それが所以か、思考が段々と高速化していった。
 動かそうと思うだけで痺れる体に、不快感を覚えながら。

 ふと、背中が接着されているのがベッドだと思い至って、やっと落ち着いた。

 だとすれば、やはり疑問が首を擡げてくる。
 こんなに硬いベッドとて、彼にはとても甘美な弾力に思えるのだ。
 それと比較されるものが、どうしても頭に浮かばない。




 

「あ…。」


 不意に、誰かの呟きが聞こえた気がした。
 首を振ろうとして、また痛みに襲われたので、今度は眼を泳がせて見る。


「お目覚めになられたんですね!」


 視線の先に立っていたのは、白衣の女性だった。
 栗色の髪を肩まで伸ばして、右手にカルテをもっている。
 健康的な頬に見える雀斑そばかすが惜しいが、その笑顔でそれさえ消し去るのには足りていた。
 身長はさほど高くなく、青い瞳が印象的だ。


「今ドクターを呼んできます!」


 綺麗過ぎて目に痛い位の白衣に包まれた顔立ちは、やや童顔といったところか。
 その彼女は妙に嬉々とした顔で、カーテンの外へ飛び出していってしまった。
 そんな様子を、何故か頭が痛くなる思いで彼は見ていた。
 横たわったまま、いい加減動かない体を叱咤して上半身を起こす。
 最中骨が気を狂わせるほどの悲鳴を上げるが、さして気にも留めずに自身を見た。
 転瞬、彼は大きな溜息を禁じえなかった。腕、肌、そして、眼に掛かる頭髪。
 間違えようもない、自分のものだった。

 他愛のない感動を覚えている間に、外の方から忙しない足取りがやってくる。


「やぁ、眼が覚めたようだね、体に異常はないかい?」


 カーテンの隙間から出でたのは、黒縁眼鏡をかけた柔和な顔の男。
 淡い小豆色のワイシャツの首を絞めるタイは黒く、その上からかけた白衣には皺がよっている。
 ドクターと聞いて、老翁ろうおうを思い浮かべていた青年は少しずれた驚きを覚えた。
 だが困惑というほどでもない驚きを咳払いで振り落として、彼は医者を見据えた。


「少し、重いな…体が。」


 右腕を持ち上げて、言う。
 そんなぶっきらぼうな様子に、医者と後ろにいた先ほどの白衣の女性は苦笑した。


「なら問題ないね、午後から面会を入れたけど。」


「?」


 首をかしげる青年に、ドクターはからからと笑う。


「それじゃ、何かあったらそこのナースコールを使ってくれ。」


「カーテン、開けておきますね。」


 品の良い足取りで立ち去る二人。
 とりあえずは頭に溢れる疑問を抑えて、彼はもう一度ベッドに背を沈ませた。

 陽光が、温かかった。








 

「おお、起きていたか。」


 医者が抜けて行った後、ドアを開けて遠慮なく病室に入ってきた科白せりふはそれだった。
 しわがれていても芯の通った太い声に、ベッドの上で外を見ていた青年は思わず頭を向けていた。

 眼の先にいたのは老翁というにはやや早い軍人の姿。
 それを連想させる軍服に身を包んだその姿は、服の上からでも無粋にならない程度の筋肉を伺わせる。
 白髪に鼻の髭は整っており、どことなく厳格な風格を受けた。

 青年には、その男に面識はないものの、その顔は覚えていた。

 初老の男の名はツェレンコフ・ゴルビー。
 ベッドの上にいる青年の所属する軍隊の参謀本部長である。

 もっとも、軍事国家アルサレアの軍隊の重鎮であるから、政治的手腕さえ大きく、大衆に与える影響もなかなかのものだ。


「先日の襲撃で部隊が壊滅したと聞いて、肝を冷やしていたよ。」


 麻布のような声で、クツクツと気持ちよさそうに笑うツェレンコフ。
 そんな挙動が癪に障ったか、妙にかしこまっていた青年は露骨に顔を顰めた。
 それを見止めたらしく、ベッドの傍らに置いてあった椅子に腰掛け、ツェレンコフは更に笑みを深める。


「実質的な被害も、PFと駐在地のみ。人的被害もほぼ皆無。
 君のお陰だ、一同を代表して例を言う。」


「あ、頭を上げてください。」


 いきなり険しい顔つきで深々と頭を下げた男に、青年は慌てて言った。
 どことなく品のある立ち振る舞いを見せる者に、そんなことをさせる自分が恨めしく、
 同時に、今まで裂断し掛けていた記憶の糸を繋ぎとめることが出来た。
 それにより、今自分自身が此処に居る理由も、全て合点がいった。

 このベッドが妙に柔和に感じられたのも、体が不自然なほど傷む理由も、全て。


「俺は、無我夢中で…。」


「無我夢中、か。襲撃から応援が行くまで27分、その間にヌエ、ロキ、ヤシャで構成された大隊を駆逐して、それかね?」


 スッと細く鋭くなった眼に貫かれて、青年は言葉に詰まった。


「とんでもない奴だな、君は。」


 ふと、眼光を緩めてゴルビーは零した。


「総敵機撃破数132機、Jファーだけで、よくもまぁそこまでできたものだよ。」


「ぇ!?」


 ゴルビーの言葉に、今度は青年が驚いた素振りを見せた。
 大きく見開いた眼からは驚愕以外の色は取れない。


「グレンリーダーも驚いておったわ。」


 大笑するゴルビー。


「圧倒的状況をたった一機が覆すことなど、今まで数えるほどしか見たことがない。」




 

 軍事国家、アルサレアは目下戦争中だった。
 敵国は、ヴァリムと言った。
 戦争開始から幾年月たっても未だこの戦争は終わらず、むしろ激化の一歩を辿っている。

 国力の差、小国アルサレアがヴァリムに対抗できたのは、パンツァーフレーム(以下PF)という兵器の存在があった。
 その兵器というものは、巨大な人型を模したものであった。
 巨大な人を操り、それにあわせた兵器をつかうという、前代未聞の戦いである。

 しかし、先にPFを開発したアルサレアのアドバンテージも戦争が長引くにつれ少なくなっていった。
 元が小国であるアルサレア。
 他国と同盟を組もうとも、ヴァリムとそのバックボーンを打倒するには些か苦しい。

 加え、まるで追い討ちをかけるように、宇宙まで拡大した戦場。
 無重力下で稼動するPFの開発に際しても、アルサレアは妨害や原因不明の事故に見舞われ、
 ヴァリムとのミリタリーバランスは崩れ気味になっていた。


 先のアルサレア北部防衛駐留部隊の襲撃も、そうした動きが起因しているようだった。
 大きく崩れた戦力差は、ついにアルサレア本国に危機を及ぼすようになったのだ。



 

「でも、このままじゃアルサレアはジリ貧です。」


 ふと、顔を俯かせた青年は言いづらそうに、ベッドへ言葉を落とした。

 対して、ゴルビーは腹に一物もった顔でいびつな笑みを見せる。
 青年は怪訝に思い、訝しげに老爺ろうやの顔を覗き込んだ。
 眼の先にいる、ある種荘厳さを持ったの顔は、静かながらも確かな決意が見える。
 その表情に益々不審を覚えた青年は、静かに思わず自らの唇を押し開けていた。


「…どうか、しましたか?」


「いや、このままではない、というだけだ。」


 瞬間、青年は心臓が跳ねる思いだった。

 老爺の眼光は、正に将を称えるに相応しく、それでいて歳不相応の鋭さに、青年の背中は粟立った。
 各メディアでうかがい知れる虚像のゴルビーではなく、
 実像としての彼の見せる雰囲気は、まるで、そう、勇猛果敢な歴戦の戦士そのもの。
 厳しい口調とは裏腹に、余韻からは並々ならぬ意志、決意が漏れ出している。
 その実、私怨に塗れない響きに、刹那、青年は畏敬の念を捧げた。


「それで、君に重要な任務を任せたい。」


 重い言葉に、青年は固唾を呑んで頷いた。








 

 * * *








 

「特務小隊、か。」


 青年、ブレッド・アローズは先日に言われたその言葉を反芻していた。
 がらんどうな天井の下、彼が立っている場所は何の面白みもない格納庫だった。
 彼以外に人はなく、彼は自身の前にいる巨大な体躯を持つ機械に話しかけているように見える。
 されど、呆けた眼には何も映ってはおらず、彼自身も気の抜けた炭酸のような顔をしていた。

 メンテナンスベッドに鎮座しているPFの名はJファーカスタム。
 戦争初期、指揮官用にチューンナップされたJファーの上位機種である。
 アルサレア最強のPFライダーたる、将軍直属の部隊の隊長も、
 現主力PFであるシリーズが出揃うまでは、この機体で獅子奮迅の活躍をした。
 加え、現在でも安定したスペックには定評があり、これを愛機とするものは少なくない。

 巨体は炎のように赤く、頭部のアンテナはJファーの改良で、通信範囲の拡大を意図したものだ。


「出来るのか、この俺に?」


 頬杖をついて呟く言葉が、影に消える。


「いや、新しい相棒の前でそんなことを言うのは失礼だったな。」


 自嘲気味に笑い、上げた視線にはJファーカスタムの顔。
 右肩には、誇り高きアルサレアのマーキング。
 左肩には、元よりあったペイントは既にはがされ、今は自分の部隊のマークが入っている。

 その名を、第二○二特務小隊、レガルド小隊。

 第七研所属四○八兵器開発部直下の特務小隊で、彼が隊長を務めるよう言い渡された部隊でもある。


「やり遂げて見せるさ。」


 挑むように睨んだのは、左肩に薄れて残るペイント。
 グレンリーダー。それが、彼の目標だった。
 アルサレアの数あるエースパイロットの中で、最強と謳われ続ける、生きた伝説。
 この国に居る全てのPFライダーの憧れ、それは青年にも洩れなかった。

 使い古されたシート、グリップが待つコックピットに、青年は乗り込んだ。

 彼に言い渡された任務は、何も戦場に出もしない部隊の小山の大将を気取れというものではない。
 この任は、アルサレアの命運、ひいては戦争の終結の鍵さえ握っているという、
 人一人にしては、大きすぎるほどのプレッシャーだった。
 彼が自身の自信を疑うのも無理はない。

 その所以たるは、アルサレアが極秘に開発した兵器開発施設にあった。

 新型兵器の開発、試験。
 たったそれだけではあるが、戦力差の有無を左右してきたのは何時の時代にも兵器がある。
 ましてや、その兵器が強大であればあるほど、天秤の傾きは大きくなる物だ。


 赤いPFが、惑星から宇宙を繋ぐバベルの塔を登っていく。
 ひざまづく機体が上昇していくその半径四十メートルほどの建造物の名は、軌道エレベーター。
 宙域と惑星の大地を繋ぐその役割は、主に物資の運搬にある。
 これの建造前はシャトルを用いた方法がとられていたが、
 こちらに切り替わることで、より効率的に、より経済的に良好な結果になった。

 ブレッド・アローズが目指すは、この先に待つ出口ではない。そこは唯の通過点である。
 彼の目指すのは、その先に待機する手筈になっている輸送船。

 件の極秘兵器開発施設へ至る輸送船。
 その姿が見えてきたのは、エレベーターに乗った後数十分のことだった。
 大気の層から逃れ、重力の縛りも和らいだ場所。
 俗にラグランジュポイントと言われるその場所で、赤いPFは少し硬い動きで翼をはためかせた。


「我、赤也。」


 凛とした声を保ちながら、勘合を告げるブレッド。

 されど、意気揚々と放った言葉に返答はない。
 不審に思って目の前を見ると、自機の通信機器が動作不良でも起こしたのか、
 回線モニターにはノイズ以外の映像はない。


「ったく、故障かよ。」


 頭を抱えながら毒づいて、ブレッドは機体を傾かせて輸送船に手をついた。


「我、赤也。」


「我、黒也。」


 振動による直接通信。
 それに応答するのは、輸送船。
 赤と黒にかけた勘合ではあるが、言いえて妙である。
 赤いPFに対するは浅黒い黄色の輸送船なのだ。


「こちらレガルドリーダー、道中世話になる。」


「ようこそレガルドリーダー。」


 若い声色が返ってくると、ブレッドは安堵したようにシートに背を預ける。
 後部ハッチが開いたことを見て、ブレッドは機体を走らせ、機体格納にはお粗末なコンテナに滑り込んだ。
















 

 それから数刻の後、最近の運勢は最悪だとブレッド・アローズは心の中でむせ)んだ。

 何がどうして、自分ばかりが苦境に吸い寄せられるのだろうか、
 もしくは、遺伝子の四十の塩基からなる情報に、不幸の配列が混ざっているのか。
 一瞬き分真剣にそんなことを考えてしまったことが馬鹿らしく、一瞬噴飯ふんぱんしかけた。
 握った操縦桿が、妙に心細げな質感をグローブに返してくる。
 格納庫のスピーカーから流れる音声に、剣呑な色が混ざってくる。


「万事休す…って奴か。」


 呻いて、彼は機体を起動させた。




 

 * * *




 

 少女は、眼の前を過ぎる流星のような軌跡に刹那戦慄した。
 彼女が眼を瞬かせた理由、それは至極簡単なものだった。

 輸送船の強化ガラス越しに、大きな眼に睨まれたのである。
 されど、彼女にとってその眼は見慣れたものだったはずだった。
 宇宙に光る眼は、巨大人型戦闘兵器PFのアイセンサーであり、その眼を持つのは、PFしかありえない。
 それでも、その体躯は見慣れたものでありながらも、親しみのあるものではなかった。

 凶悪なフェイスは深紅にカラーリングされ、その不気味さを際立たせている。
 その姿を認知した時、彼女はいい例えようのない不安を覚えた。
 否、彼女にある感情といえば、ただ大きなものから受ける畏怖いふのみだった。

 ガツン、と船体が揺れる。

 シートベルトを締めていたことが幸いしたか、無重力へ放り出されることは免れたものの、
 逆に細い腹部を圧迫されたことによる吐き気が湧き上がってきていた。


『こいつは運が良い、アルサレアの科学者御一行か!』


 スピーカーを通さない、振動による濁った音声が客室に蔓延まんえんする。
 音色は、若い男性の物だった。
 粗暴そぼうな風もなく、かといって品性には欠けている。
 無理やり荒々しさを抑えた声音に、少女は身震いした。


『同行してもらうぜ、本国までな。』


 遠まわしな拘束の言葉に、今度は違う色が重なる。


『ダン、無闇に銃口を向けるな。発砲してしまっては取り返しがつかん。』


 全身を駆け回る寒気に、小さなその身を抱いて、彼女は後悔の念を捨て切れなかった。

 出発に際して、護衛をつけるべきだったのだ。
 民間の輸送船に偽装しただけで、敵軍を欺けると思ったことすらおこがましい。
 浅はかな自分を、少女は糾弾していた。

 沈んでいた眼を上げると、強化ガラスの外には巨大な銃口が覗いている。
 まるで、それ自身が自分に向けられているような気がして彼女は背筋を粟立ててしまった。
 巨大な体躯に襲われるというものが、これほど恐怖を呼び起こすなど、知らなかったのだ。


「主任、脱出を。当船にも多少の武装はありますし、艦載機も一機おりますから、そちらを護衛に。」


 唐突に、シートの後ろから掛かった声に、その見麗しい少女ははっとした。


「いけません、私一人のために貴方達が命を危険に晒すなんて。」


「ですが、貴女はアルサレアになくてはならぬお人。解って下さい。」


 初老に足を踏み入れた歳と見られる男は、その持ち前の凛々しい声で言葉を紡ぐ。
 対して、少女は微かに震えた声でそれに答えた。
 そんな彼女の様子に、男は憐憫の篭った眼を向ける。


「幸い、ラボまでは数時間の距離。遭難艇でも半日あれば到着できるはず。」


「私は嫌です!!」


「いい加減になさい!」


 駄々をこねる子供のように、声を上げる少女を、男は怒声で凪いだ。
 見た目十代中盤の彼女は、一本にまとめた髪を揺らして、その愛らしい瞳を涙で濡らす。


「貴女が欠ければ、アルサレアは負けてしまいます。」


 押し黙る少女に。男は言い募った。


「そうなれば、戦争に関係のないアルサレアの人たちも犠牲になるでしょう。」


 男の着ている軍服が、まるで硬質な金属のように揺れる。


「それを防ぐためには、貴女が必要なのです。」


 真摯な顔つきで放たれた言葉に、少女は息を呑んだ。

 まだあどけない少女には、その選択は酷であっただろう。
 自らが生きるために見知らぬ者達を見殺しにしてしまうか、
 顔も知らぬ者達を生かすために、自分達の命を尊ぶか。

 その二者択一を、彼女は選ぶことができなかった。






 

 事の起こりは数分の前に遡る。
 レガルドリーダーと合流してから数時間、輸送船は運悪くもヴァリムの小隊と遭遇してしまったのだ。
 積荷の臨検査察を拒否したが故の結果だった。


『ですが隊長、もし艦載機でも乗っていたらこうでもしないと。』


 深紅の機体、ヴァリム製の下士官用PFロキのパイロットは銃口を上げて、
 背後に居る、同じくヴァリム製の黒い士官用PFヤシャに向かって言葉を投げた。

 ロキは、ヴァリムの量産型PFヌエの改良型で、本来はくすんだ黄金色を基調としている。
 そのフォルムは突出性がないものの、その恩恵おんけいで安定した操作性能を持つ。
 変わって、ヤシャはエースパイロット専用の機体である。
 実刀を持ち、夜叉に相応しく物々しい外装を特筆する。

 無論、両者のPFはパーソナルカラーである。
 その個別色は軍隊の中では特徴にもなり、暗黙のエースパイロットの証。


『元が偵察任務だったことを忘れたか?』


 黒いヤシャのパイロットの声音で、今度は深紅のロキのパイロットは完全に銃口を下げた。


『しかし、思わぬ収穫だな。』


 引き締まった軍人然とした声が流れる。


『だが、要人に護衛をつけないなど、…あるのか?』



 

 逡巡しゅんじゅんの、瞬間だった。



 

 スピーカーから表れた声が輸送船のキャビンを流れるのと同じくして、
 先刻強化ガラス越しに銃口を向けていた巨人の右腕が肩口からもがれ、爆散した。


『『なっ!?』』


 次に飛び込んできたのは粗野そやな声。先に聞こえた声に比べれば、それは無様であった。
 酷く狼狽した様子が声にありありと浮かんでいる。
 今頃、ロキのパイロットはさぞかし酷い顔をしているのだろう。

 爆炎と共に輸送船を離れた深紅のロキは、切られた部位をパージしつつも、
 先刻、己がいた場所に滑り込むようにして表れた機体に顔を向けた。


『テ、テメェ、何者だ!』


 雑音に近い音声が耳を劈く。

 不快感さえ覚える振動に吐き気をもよおしながら、少女は潤んだ瞳ではっきりと見ていた。
 彼女の眼の前で大翼を広げる赤いPFの姿を。



 

 * * *




 

『やはり、そうか。』


 背筋をなで上げる鋭利な刃物の如き言葉。
 発したのは黒いヤシャのパイロットだった。
 そのヤシャは右腕に持っていた刀を、輸送船を庇うようにして羽ばたくPFに向ける。
 くすんで刀身は真っ直ぐに伸び、黒い宇宙を切り裂くように光っていた。

 漆黒の機体とは裏腹に、パイロット声音には喜悦というのか、純朴な子供のような感を受ける。
 それは正に、自身の予想が裏切られなかったに対する、狂喜。

 彼は、赤い機体に見覚えがあった。
 否、見覚えなどと生ぬるい言葉では到底言い尽くせないものだ。
 因縁こそが相応しい、赤と黒の戦い。

 そう、黒いヤシャの体を駆け抜ける高揚感の正体は、喜悦なのだ。


『やはり、やはり貴様かグレンリーダー!!』


 それを言ったが最後、黒い巨体は跳ね上がるようにして赤い機体との距離を零にした。




 

 * * *




 

 数十メートルもの距離を、僅か数秒で、である。
 けれども、その黒いPFは減速することなく赤いPFに自らの刀を振った。
 弾ける火花、砕ける装甲。
 まるでコックピットというシェイカーの中で振られる感覚に、
 赤いPF、Jファーカスタムを駈るブレッド・アローズは最後に食べた食事を思い出した。
 勢いで輸送船の前に飛び出したまでは良かったのだが、
 眼前に迫るPFの姿を目視した瞬間、ブレッドは絶望に苛まれた。

 黒いヤシャに出会ったら、まず逃げろ。

 士官学校で最初に教わるのはこれだった。
 それもそのはずだろう。かの機体は、ヴァリムでも屈指のエースパイロットが駈る機体だ。

 今まで切り捨てられてきたアルサレアPFは数知れず、その姿、真に夜叉の如く。
 そして、荒ぶる夜叉は、畏敬の念と畏怖を籠めて、こう呼び恐れられるようになった。

 黒夜叉、と。

 振り下ろされた刀を、出力の切れたレーザーソードで受けるのは些か無理があったようだ。
 先ほどロキを攻撃した際にショートしたらしく、レーザーの展開が巧くいかない。
 よって、唯のスティックと化したそれでは、黒夜叉の一撃など耐えられる訳もなく、
 綺麗に切断された面から火花が威勢良く散り急いでいる。


『どうした、その程度かグレンリーダー!』


 幸運にも腕の装甲を抉るだけで済んだ一撃を与えた刀を構えなおし、
 黒夜叉はJファーカスタムを蹴り飛ばした。

 そのパイロットは最早輸送船になど興味はない、と言わんばかりの態度で、
 赤いJファーカスタムを毅然きぜんとした顔で睨み付けている。
 傍らに居る深紅のロキは思うように動けないのか、宙を泳いでいた。


『失望したぞ。貴様も腑抜けになったとはな。』


 落胆の色を見せる黒夜叉のパイロット。


「くっ。」


 その侮蔑の入り混じった声音に、ブレッドは思わず憤激した。
 正体はわからないが、苛立ちに彼は操縦桿を握り締める。
 存分に振られた思考はぐちゃぐちゃで、沸騰しそうな程。
 整理のつかない気持ちを、彼は一絡げにして片付けようとした。






 

 これは、己の不甲斐無さだ。
 相手が悪いだなんて言い訳などつくほど落ちぶれてはいない。
 ならば、どうする。

 

 敵に怯えて敗北を甘受するか、否。

 

 無様に命乞いをして屈辱を受けるか、否。

 

 勝てるはずもない相手に玉砕覚悟で立ち向かうか、否。

 

 相手の命と自分の命を冥府に送りつけてやるのか、否。

 

 戦いもしないで震え上がるのか、否!

 

 敵がいくら強かろうと、自分がどんなに弱かろうと関係ない。
 ブレッド・アローズには守るべき物が在るではないか。
 守るべき夢が、叶えたい夢があったのではないか。
 それを放棄して、ただ震えるだけの己に何を誇れというのか。





 

「…っ!」


 続いて振り下ろされた、白刃を潜り抜ける。
 咄嗟に動いてくれた両腕に感謝しながらも、ブレッドはフットペダルを最大限に踏み込んだ。
 壊れそうになるくらいに引いた操縦桿と連動し、Jファーカスタムは黒夜叉の胸に飛び込む。
 激しくぶつかり合う赤と黒、歪な抱擁ほうよう
 黒夜叉のコックピットの中、パイロットは苦虫を噛み潰したような顔でJファーカスタムの顔を見据えていた。
 衝突の苦悶を上げることはなかったが、今は別種の驚きが頭を支配していく。

 之ほど無様な挙動を出来るほど、彼の宿敵は格好が悪くない。

 これだけ近づかれては刀を振るうことも拳をぶつけることも出来ないのだ。
 姑息なのか考えなしなのかわからないJファーカスタムの吶喊とっかん
 それに、パイロットは歯噛みして、トリガーを引き絞った。

 黒夜叉の右肩に装着されていた対PFミサイルが火を噴く。
 頭部に向かって吐き出された弾を首を捻ってやり過ごして、ブレッドは一際強くフットペダルを押し込んだ。
 途端に凄まじい加速。これには流石に黒夜叉のパイロットも苦悶の声を上げた。


『ぐ…ぬぅ!』


 されど、其処はヴァリムのエースパイロット。自らのブースターを全開にして、ヤシャを押し留める。
 Jファーカスタムとヤシャの性能には、差らしき差はない。
 故に、赤と黒はお互いを弾き返さんとばかりに拮抗した。


『貴様…!』


 黒夜叉のパイロットが怒声を上げる。それに答えるブレッドは、力強い眼で黒い巨人の眼を睨んだ。


「俺は、俺はグレンリーダーじゃない!!」


 胸元に潜り込んだJファーカスタムが放つ拳の一撃。
 それは黒夜叉の頭部に突き刺さり、バランスを崩した黒夜叉は弾けるように後ろに飛びのいた。
 そのコックピットの中で、Jファーカスタムの姿をみるパイロット。
 振動を通して伝わったためか、無線周波数はそのままだ。
 相手の声はまだまだ若く、ヴァリムでは新兵そのもの。


『何だと?』


 浮かんだ疑問の答えに、黒夜叉のパイロットは顔を顰めた。

 思えば彼の好敵手、グレンリーダーは既に主力を退いた機体を使うほど酔狂すいきょうではない。
 ならばどうして最初に赤いPFを見た瞬間、彼はそれをグレンリーダーだと思ってしまったのか。
 その理由が、わからない。
 瑣末ごととは思っていても、何故か腑に落ちない。


「俺は、レガルドリーダー、ブレッド・アローズだ!!」


 思い悩む刹那の隙を衝いたのか、Jファーカスタムはスパークするレーザーソードを無理やり展開し、
 その穂先をまるで突剣のように突き出して、黒夜叉の首に突き立てた。


『ぐぅっ!!』


 不自然な形で離れていく黒夜叉。
 それを追おうともせずに、Jファーカスタムは黒夜叉を一心に見つめていた。


『隊長!』


 先ほど小破したロキが気遣わしげに黒夜叉に飛び寄ると、黒夜叉は手でそれを制す。
 そして、首に刺さったレーザーソードを抜き去ると、それを叩きつけるように投げ捨てた。
 その動きにはキレがなく、黒夜叉の各部からは火花が飛んでいる。
 しかし、そのアイセンサーは痛いほどにJファーカスタムを睨みつけていた。


『…レガルドリーダーと言ったな。』


 パイロットの声音が、怒りに染まる。


『貴様の命を取る男の名を覚えておけ、その男の名こそ、このグリュウ・アインソードだ!』


 きびすを返して撤退する。
 そんな動作は屈辱以外の何者でもない。
 それでも、内部装置がほぼ半壊した状態で、グリュウは先の答えを思いついた気がしていた。
 レガルドリーダー、ブレッド・アローズは、この先、間違いなく何度も戦うであろうことを、
 加え、この先必ず、好敵手と認めることになるだろうということを。









 

 ヴァリムの最強の名を欲しい侭にする黒夜叉、グリュウ・アインソード。
 それを退けた、レガルドリーダー、ブレッド・アローズ。

 グレンリーダーに匹敵する力量を持ち、アルサレアにとっては忌むべき敵である黒夜叉を、
 無名の小隊長が退けたのだ。

 一瞬の出来事、その光景を、少女はシャトルの窓の奥から、唯呆然と見つめていたのだった。







 

 Phase-02へ続く


 


 管理人より

 しょうへいさんより新作をご投稿いただきました!

 132機……凄まじい実力ですが、ゲーム中の実力を考えれば十分可能そうですね(爆)

 それにしても、いきなりグリュウと当たるとは……とは言え確かにこれだけの大物と当たったら、ブレッドくらいの実力がないとどうしようもなかったですね(笑)
 



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