○ 機甲兵団J-フェニックス オリジナル・ストーリー

[Project Man-Machine Zero]


第5話 「葛藤――意地と信頼と、そして希望と」











 

 荒野と化した戦場に響き渡る轟音。
 それはPFという名の巨人が放つ断末魔の絶叫――天を焦がす炎と共に大地に倒れていく。
 土煙の中に鋼鉄の屍を撒き散らすのは、赤と黄緑色の巨人たちだった。
 風となり、光を放つ二機のPFは、戦場を駆ける希望であり、敵にとっては死神そのものだった。


 シュタインとライムの活躍によって、謎のJ-ファー部隊はほぼ完全に駆逐されようとしていた。
 アルサレア最強のパイロットと、高い性能を持つJ-ファー・カスタムの前では、いかに連携の取れたJ-ファー部隊といえども、相手にはならなかったのである。

 戦いは物量が支配するというのが通説だが、彼らの前ではそんな論理など無意味なものに過ぎないようだ。


『――残存敵部隊が、撤退を開始したみたい!どうするの?シュタインさん!?』


 カーマインからの通信が、コクピットに響く。
 戦況の不利を判断した敵数機が、索敵レーダーの範囲外へと向かっていくのがわかる。
 しかし、なぜかその動きは攻めてきた時と違って、緩慢な印象を受けた。 


「――防衛部隊が壊滅した以上、迂闊に基地を離れるわけにもいかないが……このまま、後手に回り続けていては、同じことの繰り返しだ……ここは追うべきだと思う」

 シュタインはその様子を見て少し考えたあと、自分の意見を口にする。


『……でも、いいのかな?少佐の許可だって出てないのに……』

「――あら?いつになく弱気ね。カーマイン?」


 ライムの強気な口調――どうやら、彼女も追撃には賛成のようだ。
 だが、その様子がどこか無理をしているように見えたのは、シュタインの気のせいだったろうか?


『……別に弱気になってるわけじゃないですよ。ただ……気になるんですよね』

「――気になるって、なにが?」


 モニター向こうのカーマインの表情は、普段と違って思慮深げに見える。


『……なんか、こう……追撃してこいって感じがするんですよ。誘われてる……って言えばいいのかな?もしかしたら、なにかの罠かも知れませんよ?』

「……そうか……中尉も、そう思ったか……」


 シュタインが、そのことを予測していたと言わんばかりに頷く。

 そう。敵の撤退の遅さは、あきらかに誘っているような印象を受けるのだ。罠と考えるのは、極めて妥当な判断と言えただろう。


「……だが、罠とわかっていても、俺はあえて追撃するほうを選ぶ。俺たちの持っている情報は、あまりにも少な過ぎるからな」

『……それは認めますけど、リスクは大きいですよ?』

「……虎穴に入らずんば虎児を得ずとも言うわ。活動限界までは充分余裕もあるし……ここは、あえてお誘いにのってみましょう」

『……まぁ、二人がそこまで言うんでしたら、特に止めませんけど……』


 二人の言葉に、カーマインもそれ以上反対することはしなかった。
 彼らは特に自分たちの力を過信しているわけではない。あくまでも現在の状況を考えた上で出している判断だ。

 向こうもシリアが捕らえられたことは知っているはずである――だとすれば、彼女から聞き出した情報も、どこまで有用なものになるかわからない。

 行動を遅らせても、状況が不利になることは誰もが理解していたのだ。


「――中尉。フォロー出来るところまではサポートを頼む。あと、少佐にも知らせておいてくれ」

『――了解。気をつけてね、二人共……』

「――だいじょうぶだ。問題ない」

「――まぁ、任せておきなさいって」


 モニター向こうの少女にシュタインたちは微笑を返すと、ブーストを全開――逃走する敵機を追撃し始めた。
 だが、それが早まった行動であったことを、三人はのちに知ることになる。
 自分たちの想像を上回る脅威が、このあと襲ってくることになろうとは――。













 

 自室へ戻ったヴァイスは、シリアをベッドに寝かせたあと、備え付けのデスクの椅子に身を預けた。
 全身を満たす開放感――頭の中に霞のかかるような感覚がある。
 苦痛と疲労とが、同時に身体を苛んでいくのがわかった。
 外の戦闘と同じくらいに緊張した時間を過ごした彼は、今わずかな安息の中にいた。

(――まったく、我ながら無茶をしたものだ)

 折れた肋骨の辺りが疼く――額から落ちる脂汗を拭いながら、ヴァイスは内心で苦笑した。



 突然、基地内に放送が鳴り響く。


『――緊急連絡。グレン小隊のヴァイス少佐、至急オペレータールームにいらして下さい』


 カーマインの声だ。
 すぐに身を起こすことの出来なかったヴァイスは、室内のインターホンを手に取ると、オペレータールームへと内線を繋いだ。


「――こちらグレン小隊のヴァイス少佐だ……一体、なにがあった?カーマイン中尉?」

『――少佐?今どこにいるんですか?』

「――自室だよ。あいにく今は、少し動きがとれないのでな……緊急の用事か?」

『――はい。実は……』


 カーマインはシュタインたちの置かれた状況と、彼らの伝言を伝える。
 それは確かに意外なものであったが、驚くほどの内容でもない。ヴァイスは報告を聞き終えたあと、静かな表情で頷いた。


「――そうか。わかった……だが、敵のことについては、まだ未知数な部分が多い……二人には、慎重に行動するように伝えておいてくれ……」

『――了解です……ところで少佐、今までなにをしていたんですか?ライムさんが、ゴタゴタがあったって言ってましたけど?』


 ヴァイスの口調が気になったカーマインは、少し訝しげに訊いてきた。
 怪我を負っているせいもあって、今のヴァイスの話しかたには普段の余裕がない。
 普通に聞いた限りではわからないほど些細な差であったが、洞察力の優れたカーマインには隠せないようだ。


「……なに、たいしたことではない。捕虜が暴れて収拾をつけるのに手間取っただけだ。ライム君には心配をかけたみたいだが、そっちも問題はなくなったので安心しろと伝えたまえ」

『――そうですか。でも少佐、あまり無理をしてはダメですよ?もうそんなに若くないんですから……怪我なんかしたら、簡単には治りませんよ?』


 とても上官に対する言葉とは思えなかったが、ヴァイスは素直に感心する。
 自分より遥かに年下の少女なのに、しっかりしたものだと思う。


「――相変わらず言葉がきついな、中尉……だが、君たちに遅れを取るほど老いぼれてもおらんし、回復力も衰えておらんよ……もう少ししたらそっちへ行くから、それまでは二人をよろしく頼む」

『――わかりました……』

「……すまんな、中尉」


 痛みのせいか、少し乱暴に受話器を置くと、ヴァイスは大きく息を吐いた。




 

「……ん……う……」


 ベッドに横たわる少女が、身じろぎをする。
 遅れてわずかに瞳を開きながら、シリアは自分を見つめているヴァイスのほうに目を向けた。
 そこには、先ほどのような狂気の輝きはない。

「……気がついたようだな。娘……」

 ヴァイスの口調は、静かだった。
 身を起こしたシリアは、自分の身体を見たあとに、辺りを見回す。

「……ここは……?」

「……私の自室だ。言われた通りの処置はしたが、医務室に寝かせておくのは少々都合が悪かったのでな……ここまで連れてきたというわけだ。一応、誤解されないように言っておくが、それ以外はなにもしておらんぞ?」

「……そう……」

 少女は、やや呆然としたようにつぶやいた。そこには自分の貞操を気にした様子は見られない。
 ただ、こうして普通に話が出来ることに、意外さを感じていたようだ。


「……どうやら、少しは正気に戻ったようだな……お前の名は?」


「……シリア・ブルーナイト……」


 シリアは尋問の時と違って、はっきりした口調で答えた。


「……そうか。良い名だな……」

「……あなたは?」

「……私か?私はヴァイス・ランドール……アルサレア機甲兵団の少佐だ」

「……ヴァイス……少佐……」


 彼女は、男の名前を噛み締めるようにつぶやく。
 複雑な思いがその胸中にあった。だが、そこに憎しみといった感情はない。
 あったのは心を苛む絶望の海と、その中に浮かぶわずかな光だけだった――。
















 

 ラ・ムール補給基地から30kmほど北に行った地点――。
 そこは茶色く煤けた平地の中に無数の岩が乱立する場所である。

 本来なら戦略的に意味のない場所だったが、そこに小山のようにたたずむ一機の輸送機があった。
 全身を黒い塗装に塗られたその輸送機は、さながら陸に上がった鯨のように見える。

 広域監視型ステルス輸送機――[ダーク・ホエール]。
 ヴァリム共和国でも、諜報部でしか運用されていない最新鋭輸送機だった。
 全身を改良型ニブル鋼に包んだ船体はあらゆるレーダーに引っかかることはなく、またその特性に左右されない高い索敵監視能力を持っている。
 さらには半径数十キロの電子機器を撹乱する能力も持っていた。

 その機の搬送用大型ドック――広大な空間の最奥にたたずむPFの中で、金髪の少女は冷たい瞳を輝かせた。
 鉄仮面のような表情を張りつけた少女。

 渓谷の研究所で姿を見せたプロトタイプ・マン・マシーン――レイ・キサラギである。


「――J-ファー部隊が壊滅したようです……残存機数3。現在こちらに帰還中……」

 淡々とした報告を聞いて、通信モニター向こうのドクター・キサラギは忌々しげに舌打ちをした。

『……所詮は実験体の集団か。役には立たんな……だが、あれだけの戦力を退けるとは……奴らの腕は確かなようだな』

「はい。基地防衛の一個中隊はデータ収集の必要もありませんでしたが、そのあとに現れた二機のPFは侮れません。彼らによって、部隊はほぼ壊滅に追い込まれました……データから見ても、新型のPFのようです」

『……あの小娘を倒した部隊……やはり興味深い実験材料だ。だが、態度は良くなさそうだな。少し灸を据えてやる必要がある……レイよ。お前の力……見せてみろ』

「……了解」


 レイはあくまでも機械のように答える。一切の感情を排したかのように。
 素早く計器に指を走らせ、機体の発進シークエンスに入る。
 ジェネレーター起動。システムチェック、オールグリーン――。

 輸送機との電子系接続解除。無数のコードが音を立てて外れた。
 暗闇の中に響くPFの駆動音。そして輝くふたつの瞳は、レイと同様の冷たい光を宿していた。


「――レイ・キサラギ……[白夜叉]出ます」


 輸送機のハッチが、意外なほど静かに開く。

 差し込んできた陽の光が、機体の姿をあらわにした。

 完全無装備の規格外装型PF。それは、無垢なる純白のカラーリングを施された最新型の機体――JN-YS01[Ya・Sya(ヤシャ)]であった――。













 

 逃走を続けるJ-ファーを追撃していたシュタインたちは、突然起こった奇妙な事態に首を傾げていた。
 索敵用レーダーが誤動作を起こし始めているのだ。
 いや、正確にはレーダーが機能しなくなってきているというべきか。モニター越しに見える視界も解像度が低くなっているようだ。


「……ライム大尉。気づいているか?」

『……えぇ……ど…も、電…関け、の機…全ぱ、がおか…くなっ…るわ。ど…いう…とかしら?』


 通信機の状態すら良くはない。至近距離のライムとさえまともに話せない状況だ。カーマインとはすでに連絡が取れなくなっていた。
 なにか電子機器を妨害するような働きを持つものが、近くに存在しているようである。

「……やはり罠か。これ以上の追撃は危険かも知れないな……」

 無数にそびえる岩の林を抜けながら、シュタインは直感的に危険を感じ取っていた。
 彼はライムのレイブレイカーに近寄ると、肩に手を置いて接触回線に切り替えた。


「……大尉。ここはいったん引き返したほうがいい」

『なにを今更……シュタイン大尉、臆病風に吹かれたのかしら?』

 だが、ライムの返答は否定的だ。

「……そういうわけじゃない。ただ、嫌な予感がするんだ。それに基地との連絡も取れないというのは、正直まずい」

『……そうね。でも、私は引き返さないわ。ここまで来て戻っても、意味のないことだから……ただの無駄足で終わりたくないもの』


 シュタインの言葉は、すでに彼女の耳に届いていない。
 異常な状況であることを理解していながら、今の彼女はなにかにこだわっているかのように見える。


「……ライム大尉。一体どうしたんだ?今の大尉は、無理をしているようにしか見えない」

『……私が無理している?なにをバカなことを言っているのかしら……仕事に私情を持ち込むほど、私がヤワな人間に見えるの?』


 その口調は、どこか感情的だった。シュタインさえも滅多に見たことのないライムの姿だ。
 それゆえにわかってしまう――今の彼女が、やはり普通ではないことを。


「……落ち着くんだ、大尉!真相の究明は必要だが、ここで自分たちまでやられる危険を犯すわけにはいかないんだぞ!?」

『……やっぱり怖じ気づいたんじゃない。引き返したければ、引き返せばいいわ……私は一人でも、先に行くから』

「……ライム大尉!」

 叫ぶシュタインを置いて、ライムはレイブレイカーを加速させた。


(――今は、私に出来ることをしなくてはいけないのよ!)


 ヴァイスに言われた言葉が頭をよぎる。
 尊敬し、愛する彼のために、自分がなんの成果も持たずに帰るわけにはいかないのだ。
 窮地に陥っていた彼を見捨てて、自分は戦場に赴いたのだから。
 ここで逃げ帰れば、二度とヴァイスに会わせる顔はない。
 それは彼女の意地でもあった。

 死と隣り合わせの、危険な意地――そしてヴァイスへの強き思いが、彼女を突き動かしていた。









 

 ライムが異変に気づいたのは、その数分ほどあとのことだった。

「……?なんなの?」

 いつにまにかJ-ファー部隊が、動きを止めている。
 そして呆然と立ち尽くしたまま、自分のほうを見ているのだ。

「……覚悟を決めたってわけでもなさそうね……って?これは……!」

 モニターの正面に、白い影が見える。
 陽の光を反射して輝く機体は、どこか神々しいまでの雰囲気を放っていた。
 ライムが見たことのない機体だ。

「……新手?でもあの機体は?データにはない……まさか新型!?ヴァリムも新型を!?」



 そう。目の前にいたのは、ヌエと異なる印象を持ったPFヤシャであった。
 レイ・キサラギの駆る[白夜叉]である――。



『――目標確認。攻撃、開始……』



 感情のない声が響き渡る。
 傍観者と化したJ-ファーたちの見守る中、レイ・キサラギの乗った白夜叉は、ライムのレイブレイカーめがけて襲いかかってきた。

「――新型だろうと、なんだろうと!!」

 ライムはレーザーマシンガンのトリガーを引く。無数の赤い閃光が空を切り裂いて飛んだ。
 だが、白夜叉は驚くべきことに、超弾速の弾丸をすべて回避して接近してくる。


「……!!そんな、まさか!?」

『……くだらない……』


 驚愕するライムに対して、レイはなんの感慨も抱かずにつぶやく。そして無造作な動きでレイブレイカーに殴りかかった。
 サイドブーストで逃げるライムだったが、レイはすかさずグリップをかける。
 さらに旋回してサイドステップ――わずか一瞬で、レイブレイカーの背後を取った。


『……取ったわ……』


 瞬間、無数の蹴りがレイブレイカーの背面に炸裂した。
 凄まじい轟音と、強烈な衝撃がコクピットのライムを襲う。

「うあああぁぁあああぁっっ!!」

 前方へ吹き飛ばされたレイブレイカーは、スライディング気味に大地に突っ込んだ。

「くっ!この程度で……!」

 ライムは機体を起こして、素早く振り向く。
 白夜叉が空中から、レイブレイカーに飛び蹴りを放とうとしていた。

「――このおおぉぉぉぉっ!!」

 レーザーマシンガンの閃光が虚空を薙ぐ。
 だが、今度こそは確実に当たると思われた紅の光弾は、幻影となった白夜叉をすり抜けた。

 シリアのヌエ・カスタムが見せたものと同じ瞬間転移である。


「――あの機体も消えるというの!?……うああぁぁあぁぁぁっっ!!」


 再び背中に攻撃を食らったレイブレイカーは、前方へと吹き飛んだ。
 今度は前転して大地を転がる。
 モニターにダメージアラート。損傷率35%、機動性50%低下。
 二度の強烈な攻撃で、レイブレイカーの背面ブースターは完全に破壊された。


『――意外とたいしたことないのね……戦闘データを修正したほうがいいかしら?』


 ゆっくりと身を起こしたレイブレイカーを見て、レイは抑揚のない声でつぶやいた。
 周りのJ-ファー部隊が同時に笑ったように見えたのは、ライムの怒りと屈辱が見せた幻影だったのだろうか――?


「――私は……ここで負けるわけにはいかないのよっっ!!」


 レーザーマシンガンが咆哮する。
 だが、レイはその攻撃を歯牙にもかけなかった。
 恐るべきことに、彼女はレーザーマシンガンの発射間隔の隙間を縫ったわずかな位置の調整だけで、すべての弾丸を確実に回避する。


『――あなたの狙いは悪くない……でも、私に当てるのは無理だと、理解したほうがいいわ……』

「くそっ!!こいつううぅぅぅぅっっ!!」

 半狂乱になってトリガーを引くライムを見て、レイは最後の宣告する。

『……そろそろ、終わりにしましょうか?この程度の腕なら、ドクターの実験材料としては失格だわ』

 悠然と近寄ってくる白夜叉の瞳は、あくまで冷たかった。



「ライム大尉ーーーーーーーーーーっっ!!」



 すると、ライムの背後からシュタインの声が聞こえた。
 アサルトストームが全速で飛翔し、上空から白夜叉めがけて斬りかかる。


『――来たわね。もう一人のパイロット……これで少しはマシになるかしら……』


 レーザーソードの蒼光一閃――白夜叉のいたところの空気が切り裂かれる。
 だが、本体の姿はない。
 疾風のような攻撃を後方に下がって回避したレイは、冷徹に微笑みを浮かべた。
 その様子は、ライムを相手にしていた時と違って、どこか楽しげなようにも見えた。





















 

 二人の間には、静かな空気が流れていた。
 言うことはたくさんあるような気がする。しかし、互いの立場と混沌とした思いとが、それを言葉にするのを難しくしていた。


「……なんで、私を助けたの……?どうせなら、殺せばよかったのに……」


 先に沈黙を破ったのはシリアだった。彼女は、自暴自棄な口調でつぶやく。
 ヴァイスは、どこか穏やかな微笑みを浮かべて少女を見た。


「……そんなことは出来んよ。他の人間ならともかく、この私にはな……」

「……どうして?」

「……簡単に答えられるほど、自分でもわかっているわけではないがね……君くらいの年頃の娘が死ぬのを、もう見たくないと言うべきか……」


 彼は言葉を濁す。
 シリアを救った理由――それを本人の目の前で言うのは、まだ躊躇われたからだ。それは素直になり切れない彼の歳のせいもあっただろう。

 シリアは顔を俯ける。


「……私は生きていても仕方のない人間だわ……そんな人間を救うなんて、バカげてる……」

「……なぜ、そんなことを言う?お前の人生は、まだこれからではないか。ここで命を捨てることになんの意味がある?」


 暗い少女の言葉に対して、ヴァイスの言葉は温かさに満ちていた。現実、シリアは彼の人生の半分も生きてはいない。
 それでも少女には、深い海の底のような絶望があったのだろう。続けて答えた声は、激しく感情的だった。


「……もう、遅いのよ!私の生きる意味は消えてしまったも同じなんだから!もう、あの子を救う術はない……!」

「……あの子を救う?お前が見せた戦いの理由か?一体、それはなんのことだ?」


 それは、先の戦いの時にも見せた激しさだった。
 少女を駆りたてたものの正体――それを、ヴァイスは知りたいと思った。


「……語っても仕方のないことよ!仕方のないことだわ!」

「なぜ、そんなことを言う?それは言ってみなければ、わからないではないか?」

「……知って、あなたになにが出来るというの?なにも出来ないくせに!!出来るって言うんなら、やってみなさいよ!!」


 叫ぶとシリアは布団をはぎ、ベッドから飛び出す。
 そして簡易キッチンに置いてあった果物ナイフを手に取ると、それを自分の首に当てようとした。

「……!!なにをする!よせ!!」

 すかさずヴァイスが止めに入る。
 ナイフを持った右手首を掴むが、痩せ型の少女の腕は、驚くほどの力を持っていた。
 そしてヴァイス自身も、傷の痛みのせいで力を出し切れなかった。

「止めてみなさいよ!!この偽善者!!私が死ぬのを止めてみなさいよっ!!」

「バカな真似はよせ!!」

 それでもヴァイスは力を振り絞る。すでにそれは肉体的な力を越えた意地の勝負だった。
 二人は激しくもつれ合いながら、床へと倒れ込む。
 その拍子に、ナイフの先端がヴァイスの顔を切り裂いた。

「……くっ……!」

 思わず漏らした苦痛のうめきに、シリアはハッと目を見開く。

 瞬間、少女の腕から力が抜け、ナイフが音を立てて床に落ちた。


「……どうして、そんなに優しく出来るの……?どうして……?」


 どこか涙目になりながら、シリアはヴァイスの顔を見つめる。
 目の前には、悲しみを背負った男の瞳があった――獣と化した自分を見ていた、あの瞳だった。


「……私は、自分の大切な者を救うどころか、死に追いやった男だ……そんな人間が、こうして人を助けるように振る舞うというのは、お前の言うように偽善なのかも知れん……自己満足なのかも知れん……それでも……」


 ヴァイスは淡々と語った。
 そこにもはや恥じらいはなかった。ただ、純粋な思いだけが存在していた。
 男の持つ、深い闇の姿が見えた――。


「……それでも、私は救わなければならん……失った者たちへの贖罪のために……同じ悲しみを生み出さないために……」


 しかし、彼はその闇に光を求めていた。
 決して許されることがないとわかっていても、なお生きるための光を求めていた。


「……今の君ならば、わかるはずだ……君は、私を殺さなかったではないか……君は無意識のうちに、私を助けてくれたのだろう……?」

「……!!」


 シリアは思い出す。

 あの時、獣と化した自分が最後に希望を抱いたことを――。

 それは、あきらかに彼の中に見えたものなのだと――。


 ヴァイスは、ゆっくりと身を起こした。
 胸の苦痛を、そして頬に刻まれた傷の痛みを押し隠しながら、シリアに向けて微笑んでみせる。


「……私は、用があって行かねばならん……君はここで、よく考えてみることだ……生きるということを、自分自身の命の意味を……もう一度、な……」

「……また自殺しようとするかも知れないわよ……」


 顔を背けながら、シリアはつぶやく。
 その瞳に戸惑いを示す揺らぎが見える――だが、奥に宿る光は微かに明るい。

「……私は君を信じているさ……君は決して死なないということをな……」

 そしてヴァイスの言葉は、そんな少女の思いを見抜いているかのようだった。
 シリアを残し、彼はしっかりとした足取りで部屋を出た――。


「……うっ、うぅうぅぅぅ……」


 扉が閉じ、オートロックが作動する。
 静寂を取り戻した空間の中で、シリアは一人、涙を流し続けた。

 人としての人生を捨てて、ただ一人の妹のため、機械のように生きてきた日々。
 しかし、そんな中でも自分を見てくれた人間がいた。
 そしてその事実が、なぜか嬉しかった。

 ヴァイスの温かな思い――それが、苦しむシリアの心を癒していた――。

















 

「……はあああぁぁぁっっ!!」

 アサルトストームが白夜叉に斬りかかる。
 気合と閃光――縦横無尽の連続攻撃。
 その斬撃は、常人の目には止まらないほどに早いものだ。持ち前のセンスと激しい訓練、そして実戦の経験によって生み出された修羅の攻撃だった。

 だが、受けに回る白夜叉は、そんなシュタインの攻撃を嘲笑うかのように回避し続ける。

『――予想を上回る攻撃……でも、対応出来ないほどではないわ』

「……くっ!」

 余裕、というわけでもないようだが、それでも自分の全力攻撃をかわし続けられて、さすがのシュタインも冷や汗を浮かべた。

 常人を遥かに上回る反応速度――それは、マン・マシーンの性能そのものだ。


『……そろそろ、こちらからもいくわよ……』


 レイの宣告。
 振り下ろした剣撃の隙を突いて、ヤシャの拳が唸る――それはボクシングで言うところの、クロスカウンターに近いものだ。

 その一撃を機体を傾がせることでなんとか回避したシュタインだったが、J-ファー・カスタムヘッドの通信ユニットが吹き飛ばされた。

 彼は傾いだ状態のままバックブーストをかけることによって、一度距離を取ろうとする。


『……フフ……無駄なことね』


 レイは、その行動を予測していたかのようにブースト全開――両者の距離は離れるどころか、むしろ一層縮まった。


「……バカな!!」


 驚愕するシュタインに、白夜叉の鉄拳が炸裂する。
 まともに食らえば、フレームを打ち抜かれるほどの拳撃だ。

 しかし、シュタインはとっさの判断でブーストを停止――両者の距離が密接するほどまで縮まったためにヤシャは拳を振り抜くことが出来ず、その威力は半減された。

 それでもアサルトストームのコクピットには凄まじい衝撃が走り、機体は後ろへと押し倒される。


『……なかなか見事な判断ね。さすがと褒めてあげる……』

「……ぐ……強い!」


 激しい震動の中、息をついたシュタインの顔は極度に消耗しているように見えた。連戦の疲れもあって、彼はレイの放つ威圧感に押されかけていたのだ。

 だが、そんな彼の機体に影を落とすようにして、天に舞った影があった。


「……シュタイン大尉!この女は私が倒すわ!!」

「ライム大尉!?」


 ライムの咆哮――レイブレイカーが、空中からレーザーマシンガンを放つ。
 赤い光弾が雨のように降り、白夜叉を追っていく。それは彼女の持つ意地そのものとも言えた。


『……何度言えばわかるのかしら……あなたの攻撃など、私にとっては意味のないものなのに……』


 冷酷――それでいて、どこかつまらなそうにレイはつぶやく。
 彼女にとってライムの存在は、メインディッシュ前の前菜にしか過ぎなかったのだろう。
 そして前菜の役目は、すでに終わっているのだと言わんばかりだった。
 滝となった閃光の中を駆け抜けて天へ舞い上がった白夜叉は、その全身に恐るべき殺気をみなぎらせた。

『……落ちるのね……』

 白夜叉は、レイブレイカーの上方に飛び上がった瞬間、高速で前転――そのまま強烈な踵落としを、背中に叩き込んだ。

「うあああぁぁあぁっ!!」

 巨大なハンマーを叩きつけられたかのように、レイブレイカーは落下する。
 すでにブースト不全に陥っている機体は、重力に逆らうことも出来ずに大地と衝突した。

「……ぐっ!こんなことで……!」

 胃液が逆流するような衝撃の中、歯を食いしばって機体を仰向けにするライム。
 だが、その視界に白い悪魔の影が映った――。



『……これで、ジ・エンド……さようなら。弱い女……』



 閃光と化した拳が、天から打ち下ろされた。
 とっさに防御しようとレーザーマシンガンをクロスさせたライムだったが、冷酷な闘志のこもった一撃はそれを容易く打ち砕き、レイブレイカーの胸部――すなわちライムのいるコクピットへと突き刺さった――。


「きゃああああああぁぁぁぁ…………!!!」

「ライム大尉ーーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!」


 ライムとシュタインの絶叫が交錯する。

 そしてレイブレイカーの瞳から、輝きが消え失せた――。


『――所詮は、この程度……やっぱりドクターの望む材料には、なり得ない人間だったようね……』



「……きっ!貴様あああああぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!」


 レイの哄笑に、シュタインの闘志が炎となった。
 怒りが彼を封じ込めていた威圧感を吹き飛ばし、アサルトストームがその思いを受けて、鋼の咆哮をあげた。
 仁王のように立ち上がったアサルトからは、蜃気楼めいたオーラが噴き出しているように見える。


『……それでいいわ……さぁ、もっと私にその力を見せて……』


「――貴様は、絶対に許さない!!」


 あくまで余裕を見せるレイに、シュタインは再び立ち向かった。
 光の剣を魂の力と変えたアサルトストームが、白夜叉を打ち砕くべく刃を振るう。


『――あなたの攻撃は確かに凄いものだわ……でも、もう私には……!?』


 途中まではなんの感情も見せなかったレイだったが、その瞳がやがて驚愕に見開かれた。

 すでに見せた全力攻撃を避け切っている以上、レイにとってシュタインの攻撃は脅威となり得ないはずだった。

 しかし、その予想に反してアサルトの攻撃は、より鋭さと速さを増している。

 それは論理では決して測ることの出来ない人間の思いの力だった。

 それこそが、唯一マン・マシーンを凌駕するもの――。



『……予測を30……いえ、40%オーバーしている?こんなことが……!』


「おおおおおおおおおぉぉぉっ!!!」


 レーザーソードの切っ先が、白夜叉の身体に傷を穿ち始めた。
 すでにレイの腕をもってしても回避が困難なまでに、シュタインの剣撃の速度は上がっていた。
 戦いの中、初めて感じた自分の危機に、レイは思わず歯噛みする。


『……赤い機体のパイロット……あなたを侮っていたようね。なら、こちらも対応を変える必要があるわ……!』


 一度ブーストダッシュで距離を取ったレイは機体の重心を落とすと、右拳を引いて半身の姿勢になった。それは敵を迎え撃つために、武道家が取る体勢と似ている。

 アサルトが、ほぼ同時に猛スピードで突っ込んできた――機体が旋回運動を始め、レーザーソードの蒼光が光の渦と化す。

 レイの瞳に凍れる輝きが、そしてシュタインの瞳に紅の炎が宿った――。



 

『……夢幻星光流、命我・烈・光・破あああぁぁぁぁーーーーーーーーーっっ!!!!!』

「……螺旋・双・光・剣・舞ぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!!!」




 互いに必殺の一撃が唸りをあげ――、
 昼であるにも関わらず強烈な閃光と、凄まじい破壊音とが辺りに満ちた――。

















 

「……シュタインたちとの通信が途絶えただと!?」


 オペレータールームでカーマインの報告を聞いたヴァイスは、眉間に皺を刻みながら声を荒げた。
 対するカーマインは冷静そのもの――を装っているようだったが、その瞳には焦りの色がありありと浮かんでいる。


「……すべての反応が消えてしまってるんです。なんらかの妨害が働いているとしか思えないような……サテライトM-1でも位置解析していますけど、もう少し時間が……」

「……やはり、罠だったか……」


 どこか元気のない報告を聞きながら、ヴァイスは忌々しげに吐き捨てた。
 部下の独断専行を許したのは間違っていたのではないか、という思いが彼の頭によぎる。
 しかし、それを今更悔いても仕方のないことだ。
 彼は、外で活動している無数の大型車両や機械に目を向けた。


「……それにしても、基地の防衛部隊は壊滅か。こんなところを攻められでもしたら、ひとたまりもないな。正体不明のJ-ファー部隊……私の直感が正しければ、恐らくは……」

「――行方不明になった部隊のPF、ですね……そのことに関しても、もう少しでわかると思います」


 現在、基地近辺の戦闘は終了し、多くの兵士たちは生存者の救出と大破したPFの回収作業とに追われていた。
 その中には当然、シュタインたちが撃破した敵J-ファー部隊も含まれており、生き残った者たちを拘束することが出来れば、状況はよりはっきりとするだろう。


「……すべてが時間待ちとはな……まったく、自分の無能さを痛感させられる……」


 自嘲気味につぶやいたヴァイスは、無意識的に葉巻に火をつけた。
 なにもかも思う通りにいかないのは世の中の常だが、それにしても不甲斐ない話だと思う。


「……少佐のせいじゃないです。少佐は出来ることをやっているじゃないですか!もっと自信を持って下さいよ……わたしの知っている少佐は、そんな不甲斐ないこと言わないはずです!」

「……そうだったな。すまん、中尉……」


 またしても遥か年下の少女に気遣われて、彼は苦笑せざるを得ない。
 いまだ若いながらも、カーマインは立派な軍人であり、そして一人の人間だった。

 ひたすらにコンソールを叩き続ける彼女――そこには、自分自身の苦悩を抑えようとする者の姿がある。
 そんな彼女を見て、ヴァイスは再び己を奮い立たせた。



(――ここでグチをこぼしても、状況は変わらないということだな。今はこうして待つことしか出来なくとも、信じることは出来る……シュタイン、ライム君……必ず生きて戻って来い!)


 窓から見える蒼空は、絶望とは遠い光景だ。
 光の満ちた空に、ヴァイスはただ思いと祈りとを放ち続けた――。

















 

 すべてが元の落ち着きを取り戻した戦場に、二機のPFは無言でたたずんでいた。
 衝撃によって弾き飛ばされた両機は、500mほどの距離を置いて、向かい合っている。

 白夜叉は右腕が見事なまでに吹き飛んでおり、アサルトストームは本体にこそ深刻なダメージはないものの、武器となるレーザーソードが二本とも破壊されていた。

 戦闘の続行が不可能――というわけでもなかったが、シュタインもレイも、ここが引き時と判断していた。もちろん個人の感情は別として、だ。


『――予想以上の健闘ね……いいわ。ここは退いてあげる……赤い機体のパイロット』

「逃げる気か!?」

 いまだ戦意を失わないシュタインに、レイは淡々と言い放つ。

『――逃げる?戦術的な撤退よ……いずれまた、あなたたちとは相見えることになるでしょう……それも遠くないうちにね』

「……あなたたち?」

 レイの言葉が複数形であったことに訝しさを覚えたシュタイン。
 続けられた言葉は、意外なものだった。

『……ええ。そこの機体の女は、まだ生きているわ……生命反応は消えていないみたいだから……もっとも、早く連れ帰って処置しないと危険なことに変わりはないけど』

「――ライム大尉!!」

 自分の置かれている状況も忘れてレイブレイカーに近寄るシュタイン。
 アサルトのコクピットを開き黄緑色の機体に飛び降りる。

 穿たれた装甲の隙間から見えたライムの身体は血だらけではあったものの、原形を失ってはいなかった。
 そして破壊された狭い空間の中で、彼女の手首を取ったシュタインの指先には、命の脈動が確かに感じられた。

「……ライム大尉……よかった。まだ、生きている……!」

『……今回は見逃してあげるけど、次はこうはいかないわ……特に赤い機体のパイロット。あなたはドクターの実験材料にふさわしい存在……必ず、手に入れてみせるから……』

「待てっ!!お前は一体、何者なんだ!!」

 穿孔からライムを連れ出したシュタインは、大声で訊き返す。
 それに応えてか白夜叉のコクピットがせり上がり――レイが光の中に姿を見せた。


 その姿に、シュタインは目を見張る。
 金髪の少女は、どこかで見たような印象を持っていた――。




「……バカな!お前は……!?」




 驚愕するシュタインを無視し、レイは通る声で言い放つ。
 小さな唇から放たれた言葉はどこか単調なものでありながら、強い意志を感じさせるものだった。



「――私は、レイ……レイ・キサラギ……完全なる兵士として、生まれたもの……」


「……レイ・キサラギ?完全なる兵士?お前は……お前は一体!?」


「……それ以上、答える気はないわ……また、会いましょう。赤い機体のパイロット」



 少女の姿が鋼鉄の中に消える。そして白夜叉はブースト炎をあげて、天空に舞い上がった。
 護衛するかのように、付き従っていく三機のJ-ファー。

 白煙と共に、蒼空の彼方に消えていく四機のPFを見つめながら、シュタインはただ呆然とするしかなかった――。



(……似ている。一体、あのレイという少女は……?)



 彼が呆然としたのも、無理はなかっただろう。
 顔の造型にこそ多少の違いはあったものの、レイは持っている雰囲気が、あまりにも似過ぎていたのである――。




 そう。今は虜囚となったあの少女――シリア・ブルーナイトに――。












―― 第6話に続く ――

 



 〇 あとがき

 というわけでPMMZ第5話をお送りします。
 やっと収拾のメドがついてきた今日この頃……あとはひたすら時間が欲しい〜〜!!
 平日はほとんど書けないので、もっぱら休みの日に一気に書いております(爆)。
 さて、今回はレイが出てきたわけですが、最後のほうで、勘の良い方――というか、ほとんどの人が彼女の正体に気がついたことでしょう。ベタな展開ですいません^^;
 さて、いよいよPMMZも佳境です。皆様の応援よろしくお願いしますね!!



双首蒼竜

 


 管理人より

 双首蒼竜さんから第5話をご投稿頂きました!

 今後はJファー部隊も謎の一つになるようですねぇ・・・・(笑)

 しかし、シリアも・・・・とにかくよかった、かな?<まだ不明
 


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