J-ファー部隊によるラ・ムール基地襲撃から数時間後――基地のアルサレア兵士たちは、戦闘後の混乱の収拾に追われていた。
生存者の救出や破損機体の回収、戦闘データの収集と解析などなど、各部署で忙しく動き回る時間が続いていた。
そしてその最中、あきらかになった事実に、誰もが驚愕を禁じ得なかった。
謎のJ-ファー部隊――圧倒的な戦闘力を持った部隊の正体は、恐ろしいまでに非人道な実験の生み出した産物だったのである。
そして、地平の彼方から生還した二人のエースパイロットもまた、惨憺たる現実と確固たる脅威の存在とを、皆に知らしめた――。
「――脈拍低下!非常に危険な状態です!!」
「急げ!!至急輸血の用意だ!!モタモタすんなよぉ!!!」
軍医や衛生兵たちの叫びが交錯する中、一人の人物が担架に乗せて運ばれていく。
それは先の戦闘において重傷を負った、グレン小隊のライム・アレスティル大尉だ。彼女の意識はすでになく、出血も生存が危ぶまれるほどに多いものだった。
PFの拳が直撃したのだから、無理もないことである。防御した際のレーザーマシンガンと、J-ファー・カスタムの強靭な装甲とが緩衝材にならなければ、間違いなく即死だったはずだ。
もちろん、それもライムの腕の高さがあってこその話だったのだが――。
「……こんなことになるなんて……」
報告を受けて駆けつけてきたカーマインの顔は、青ざめていた。
彼女とて兵士なのだから、今更、死傷者の一人や二人が出たところで、動じることはない。
しかし少なからずその腕を認め、気心も知れた人間の無残な姿を見ることに慣れるほど、彼女の兵士経験は長くなかった。
傍らに立つヴァイスは、無言で少女の肩に手を置く。
彼としてもライムがやられたという事実は意外だった。いや、正確には予想以上のひどい負傷に驚いたというべきだろう。
彼の知る限り、石橋を叩いて渡るほどに慎重なライムが、ここまでの怪我を負ったのは見たことがなかったからだ。彼女の真意を、のちに彼は知ることになるのだが――。
無言でライムを見送るシュタインの背に、ヴァイスは静かに声をかけた。
「……シュタイン。一体、なにがあった?詳しく説明してもらえないか?」
「……ああ……しかし、俺はなにから話せばいいのかわからない……少佐……」
「……シュタインさん……」
見つめるカーマインの視界に、シュタインの握り締められた拳が映る。
そこからは、鮮やかな赤い雫が滴っていた。
「……お前だけが責任を感じる必要はない。すべては私の――いや、私たちのミスだ。だが、ここで後悔していても状況は変わらん。我々がすべきことは、今ある情報を整理し、次に打つ手を考え出すことだ……違うか?」
「……そうだな。すまん……少し取り乱していたようだ……」
「……謝る必要はない。仲間の死傷にすら無関心な奴は、すでにまともな人間ではないよ……もちろん慣れたくもないことだがな……」
そうつぶやくヴァイスの顔は、複雑な思いの中で歪んでいた――。
数分後――グレン小隊三名の姿は、基地のミーティングルームにあった。
「――さて、現在の情報を整理してみようか……今のところ基地には、戦力となる部隊は我々だけしかいない。だがその我々も、今はまともに機能出来ない状態だ」
「――幸いライムさんの機体は、メインフレームをJ-ファーのものに交換することで、比較的短時間で修理することが出来るようです。そういう意味では、わたしたちの戦力自体は、前と比較して激しく低下しているわけでもないですね」
ヴァイスの言葉をカーマインが引き継ぐ。
しかし彼女の言葉には、ヴァイスの怪我のことまでは含まれていない。それは洞察力に優れた彼女でさえも見抜けないほどにヴァイスの精神が強靭なものである証だ。
「……しかし、状況が厳しくなっていることに変わりはない。次の攻撃がどこかからあれば、間違いなくこの基地は陥落してしまうだろうな」
「……増援の要請は出したのか、少佐?」
「――もちろんここの司令も無能ではない。要請はしているさ。ただ、近隣の基地から増援が到着するには、あと20時間はかかるということだがな……」
「――およそ一日というところか……それまで、敵が来ないことを祈るのみだな」
「……まったくだ……バカバカしい話ではあるがな。で、次に今回襲ってきたJ-ファー部隊のことだが……カーマイン中尉、データを頼む」
「了解です」
カーマインが作戦スクリーンに、メインコンピューターからの情報を投影する。
そこには機体の解体作業に従事する整備員の映像が映っていた。
「……なんだ、これは!?」
シュタインは思わず叫ぶ。
基地に戻ってきて間もない彼だけは、謎のJ-ファー部隊から得られた情報を把握していなかったのである。
コクピットの内部を映したカメラの映像は、まるでミイラのように干からびた異様な兵士の姿を映し出していた。
「……見ての通り、このPFを動かしていたパイロットのなれの果てだよ。これは軍医の受け売りなんだが……人に限らずどんな生物も、細胞の死滅と再生とを常に繰り返して生きているわけだ。で、あのJ-ファーに乗っていた人間たちは、どういうわけかそれが過剰な速さで進行したらしいんだな」
「……話が見えないな」
核心を突かない話に、シュタインは顔をしかめた。回りくどい言いかたをされるのは、正直好きではない。
それに気づいたカーマインが、説明を代わる。
「――要はこの人たちが、人体実験かなにかに利用されたってことです。その影響で、本来あるはずのないスピードで細胞が交代してしまい、結果として[寿命]を迎えちゃったってことなんですよ」
「人体実験だって!?」
「――はい。彼らは行方不明になった部隊の隊員たちでした……みんな、頭に機械みたいなものを埋め込まれていたみたいです。それがなにかまではわかりませんでしたけど、恐らくは洗脳装置のようなものじゃないかと……」
「……洗脳に代謝機能の異常な促進……それが、あの部隊の強さの秘密だったというわけか?」
シュタインの瞳が厳しい光に満ちる。
代謝機能が促進されるということは、筋力や敏捷性、反応速度が強化されるということだ。
それはPF操縦でも重要な要素となる。シュタインたちのような非凡な才能を持った者ならともかく、並の人間ではまず太刀打ち出来まい。
そして洗脳――機械のように乱れない連携攻撃の秘密は、そこにあったようだ。
「……そうだ。これによって導き出される結論。恐らくは支配者の意のままに操れる戦闘兵士の育成だな……またあとで捕虜の娘に問い質してみようと思うが、まず間違いなかろう」
「それがヴァリムの計画だというのなら……人間のやることじゃない!」
ヴァイスの言葉に、シュタインは声を荒げる。
人を人として扱わない非道な計画――それは世界を破滅へと導くものに他ならない。
「――当然だ。そしてそんな事実があると知った以上、我々は全力を挙げて、その研究施設を叩き潰さねばならん。それが我らグレン小隊に与えられた使命だからな」
ヴァイスは、深く頷いた。
グレン将軍から下された命令――それは真相の究明と、脅威となるものの排除。
なにが敵であろうとも、戦わねばならない宿命を背負わされたのが、自分たちグレン小隊なのだ。
「……私たちの得た情報は、こんなところだな。ではシュタイン、今度はお前の番だ……一体、通信が途絶えてから、お前たちになにがあった?なぜ、ライム君はあれほどの重傷を負ったのだ?」
「……それは……」
シュタインは最初こそ言い淀んだが、やがてぽつりぽつりと語り出した。
追撃を始めてからの異変、ライムの態度、そしてレイ・キサラギのことを――。
「……それで、お前はのこのこと逃げ帰ってきたというわけか?わしの命令を無視して、どういうつもりだ?」
薄暗い研究室の一角で、ドクター・キサラギは不機嫌そうに言った。
目の前には、無表情に立つ少女の姿――言わずと知れたレイ・キサラギである。
「……戦況を分析した上での行動です。赤いPFに搭乗するパイロットの戦闘技術は、予測範囲を遥かに超えるものでした。捕獲を目的とした限定戦闘モード下での勝率は、30%以下と算出――ゆえに撤退を選択しました」
どこか他人事のような言いかたにドクターは忌々しさを覚えたが、レイの言った内容には興味を持ったようである。
「……ほう。お前を相手に、そこまでの戦闘能力を発揮出来る人間がいたとはな……ますます欲しい人材だぞ。その赤い機体のパイロットとやら……」
「ドクターのおっしゃる通りです」
「……だが、それとお前の失態とは別問題だ。いいか……今度は逃げ出すことは許さん。恐らく奴らは近いうちにこの場所を嗅ぎつけてやって来るだろう。そうなる前に、カタをつけろ……赤い機体のパイロットを捕獲し、それ以外の邪魔者をすべて排除するのだ……お前の命をかけてでもな……」
「……殲滅戦闘モードの発動を許可していただけるのでしょうか?」
わずかな間を置いて放たれた言葉。それを聞いたドクターの眉が、虫のように撥ね上がった。
「……必要ならば、それも構わん。お前の命は、このわしのためにあるのだからな……レイよ、そのことを忘れるな……」
「――了解しました。お任せを」
なかば強制とも取れる非人道な命令にも、レイは顔色ひとつ変えなかった。
そこにあったのは人としての意志を封じられたマシーンの姿であり、ひとりの人間としての少女の存在というものは、完全に無視されている。
しかしその非人道がまかり通るというところに、この二人の関係の特殊性が見て取れた。すなわち、絶対の主従の関係だ。
そして完全なる関係を生み出すことこそが、マン・マシーン計画の最大のテーマだと言えた。
無駄のない動きで踵を返した金髪の少女は、無言のまま研究室を出ていく。
横目でその姿を見送るドクター。その顔には、わずかに苦渋の色が滲んでいた。
「……少し、派手にやり過ぎたかも知れんな……どうやら、ここも潮時のようだ。万が一の時の布石は打っておかねばならんか……」
一人つぶやくと、彼は暗がりの奥にある扉へと、その姿を消した――。
「……どうやら、死に急ぐ気はなくなったようだな……良いことだ」
パスワード認証の扉を開き自室へと入ってきたヴァイスは、無言のままベッドの淵に腰掛けているシリアを見て、わずかに口元を緩めた。
先ほど激しく争った少女の瞳には、静かな湖のような光が浮かんでいる。
だが、言葉とは裏腹に少女を見つめるヴァイスの顔は、晴れなかった。
「……そういうあなたのほうが、ずいぶんと気が急いているように見えるわ……ヴァイス少佐」
「……そう見えたか……カーマイン中尉といい、君といい……最近の女の子は、なかなかに鋭いようだな。もっとも、私自身が未熟なだけかも知れないが」
苦笑するヴァイス。気遣う立場が入れ替わってしまっているのは、なんとも奇妙なものだ。
「……聞きたいことがあるんでしょう?なにがあったのかは知らないけど、あなたが求めているものはわかっているわ」
シリアは無表情につぶやく。好意的というようには見えなかったが、敵視しているわけでもないようだ。もっとも人の本音など、そうそうわかるものでもないのだが――。
「……確かに、聞きたいことは山ほどある……協力してくれるのか?」
「……ヴァリムに義理立てするつもりなど、今の私にはないから……」
その言葉に嘘はないと、ヴァイスも思う。少女の戦う意味は、少なくともヴァリムという国家のためにあったわけではないようだ。
「……そうか。なら、聞かせてもらおうか……今回の事件に関して、君の知る限りのことをな……」
同じベッドに並んで腰掛けながら、ヴァイスは愛用の葉巻に火をつけた――。
シリアから聞かされた話は、ヴァイスにとって納得のいくものであった。
マン・マシーン計画。
その被験者となったシリア。
実験体確保のために、次々とアルサレアの部隊を襲ったこと。
そして、そうしなければならなかった理由――不治の病に犯された、たった一人の妹の存在を。
「……なるほどな。それが命を懸けてまで、君が戦おうとした理由か……」
静かに耳を傾けていたヴァイスは、シリアの話が終わると同時に、大きく煙を吐き出した。
「……笑いたければ、笑えばいい……」
シリアの口調は、どこか排他的だった。わかってもらおうと思って言ったわけではないようだ。
しかし、ヴァイスは首を振る。
「……なにをバカなことを言っている?君を笑う権利など、この私にはありはせんよ……守るべき者のために、命すら懸けられなかった私などにはな……」
「……命すら懸けられなかった?」
「……聞きたいかね?不甲斐ない男の生き様を……」
不思議そうに自分を見つめた少女に、ヴァイスは語った。
自分の犯した過ちを――妻を見捨て、娘さえも救わなかったことを。
それは今まで誰にも語らなかったこと。
当事者である自分やライムしか知らなかったことを、他人に語ったのは初めてのことだった。
「…………だから、私を助けたかったの?死なせてしまった娘さんの代わりに?」
シリアは少なからず意外そうな顔をしていた。それはヴァイスという人間の、見た目からは決してわからない凄絶な過去に驚いていたのかも知れない。
娘の代わり――その言葉を聞いたヴァイスの顔は若干曇ったが、すぐにその翳りは自嘲気味な微笑みの中に消えた。
「……そう言われては、身も蓋もないがね……もしかして、気に障ったか?」
救った理由が、他人の身代わりである。
そんなもので救われたほうは、どういった思いを抱くのか?もしかすると相当、嫌な気持ちになるのかも知れない――そう思うと、ヴァイスは今ひとつすっきりしない気分になった。
だが、シリアの口から放たれたのは、それを責めるような言葉ではなかった。
「……わからない……それでも……」
「……それでも?」
「……ありがとう……」
ヴァイスは、しばらくなにも言うことが出来なかった。
なぜか、全身を駆け抜けていく温かさがあった。
エレニスを失って以来、常に滞っていた黒い血の固まりが、音を立てて流れ出したような――そんな感覚だった。
恐らく彼の目からは涙がこぼれていたに違いない。その表情も、普段の彼からは考えられないものだったようだ。
驚いたように目を見張るシリアから顔を背け、ヴァイスは平静を取り繕ったような口調で訊ねた。
「……ところで、シリア……君は先ほどマン・マシーン計画と言ったな……その中に、レイ・キサラギという名の少女はいたか?」
唐突な質問に、シリアは思わず訝しげな顔をする。
「……?レイ・キサラギ……?そんな名前は、初耳だわ……もっとも、私に知らされていないだけかも知れないけど……」
実験体に志願した彼女とて、計画のすべてを知っていたわけではない。むしろ秘密にされていることのほうが、多かったはずである。
わかってはいたが、ヴァイスは思わずため息を漏らした。
「……そうか。いや、私の部下の報告でその名前が出たのだが……彼女の使った技が、君のものとまったく同じだったと言うのだ。なにか関係があるのかと思ってな……」
「……同じ……技……?」
「――確か[命我烈光破]と言ったか?あの技のことだ……」
すると、それまで平静に見えたシリアの様子が、目に見えて変わった。
「……そんなはずない!!だって[夢幻星光流]を使えるのは、私とお師様だけしかいない!お師様はもう亡くなられたし……そんなことは、絶対にありえないわ!!」
激昂したように叫ぶ彼女を見て、ヴァイスは彼女の言っていることが真実なのだと見抜く。
しかし、突きつけられた現実は違うのだ。
「……だが、確かにその少女は使ったそうだ。夢幻星光流――それは本当に君しか使えない技なのか?他に可能性のある者は、まったくいないのか?」
「……そんな可能性のある人間なんて……!?」
そこまで言って、シリアは思い出したようにハッと目を見開く。
その顔には、驚愕の色がありありと浮かんでいた。
ヴァイスは、シュタインから聞いたもうひとつの事実をシリアに語った。
「……部下はこうも言っていた。その少女は、君と似た雰囲気を持っていた、と……」
シリアの顔は蒼白だった。
血の気を失ったその顔は、どこか凍りついた人形のように見える。
唇から、空気を震わす言葉が漏れる。
「……セレ……ナ……セレナ……だわ……!私の修業風景をいつも見ていたあの子なら、夢幻星光流を使える可能性がある……それに私に似た人間なんて、あの子しかいるはずがないわ!!」
「……君の助けたかったという妹さんか?しかしその子は……」
ヴァイスは訝しげな顔をした。
シリアの戦う理由だった少女――それは先の話では、とてもまともには動き回れない重病人だったはずである。
「……確かにセレナは、心臓の病だった。でもあの男なら……ドクター・キサラギなら、あの子を救える可能性を持っていたのよ!あの男が……あの男がセレナをマン・マシーンに仕立てた……私との、約束を……裏切って……!!」
拳を握り締めて立ち上がったシリアを見て、ヴァイスはすかさずその手首を掴んだ。
力任せに振り切ろうとする少女を抑え込み、彼は叫ぶ。
「落ち着け!シリアっ!!」
「離してっ!あの男……許さない!!私だけでなくセレナまで手にかけるなんて!!こんな惨めな思いは、あの子だけにはさせたくなかったのに!!殺してやる……殺してやるわっっ!!」
「落ち着くんだっっ!!」
――スパアァ……ン……!
室内に、乾いた音が響いた。
ヴァイスの平手が、シリアの頬を打ち据えたのだ。
なかば無意識に出た手に、ヴァイス自身も驚き、シリアも呆然と彼を見つめた。
「……す、すまん……」
重い沈黙が室内に流れる。
互いに目を合わせることも辛いまま、時を刻む音だけが無情に響いていた。
「……少佐。マン・マシーン被験者の辿る運命を知ってる……?」
「……いや……?」
唐突に口を開いたシリアの声は、どこか暗かった。
疑問符を投げかけるヴァイスに対して、彼女は淡々とした口調で言葉を紡ぐ。
「……肉体強化に伴う代謝機能の活性化は、寿命を恐ろしい速度で縮めるの……過ぎた力を手に入れた代償にね。時には機能が暴走することもあって……そうなると獣のように暴れ回った挙句、ミイラになって死ぬことになるわ……」
「……!?君が暴れたのも、そのためか?では、あの薬は……!?」
「……あの抑制剤は、一時的に代謝機能を鎮静化出来るものよ。でも、それを使っていたとしても、早急に死期は訪れる……もちろん私だって同じ……恐らく、あと十年も生きられないでしょうね」
「……バカな……それほどまでに……」
ヴァイスは驚愕の最中、先ほどのことを思い返していた。
獣となったシリア――それはやはり、少女の狂気の姿ではなく、狂気の計画の代償に過ぎなかったのだ。
無残にも突き付けられる現実。
そしてヴァイスは同時に、その現実を生み出した張本人に対しての、激しい怒りを覚えていた。
「……だから!妹だけには、そんな思いを味わって欲しくなかった!!身体を治して!好きな人と一緒になって!私の代わりに生き続けて欲しかった!!それなのに……それなのに……!!」
シリアの声は、再び悲痛なものに変わる。
悔しげに、そして苦しげに涙を流す少女を見て、ヴァイスは怒りを押し殺しながら、静かな口調で言った。
「……君の決意も苦しみも、すべては妹さんのためにあったのだな……だが、それは君の妹さんが本当に望んだことか?自分のためにすべてを犠牲にして欲しいと、妹さんは君に願ったのか?……そうではあるまい?たった二人の家族だというのなら……妹さんもまた、君に幸せになって欲しいと願っていたのではないのか?」
「――そんなこと!どうしてあなたにわかると言うのよ!?」
怒りの眼差しを向けてくるシリアを見て、彼は小さく息をつく。
「……確かに、私には君たちの関係がどれほどのものだったのかは、わからない……しかしどんな間柄の人間であっても、わからないことは必ずあるものだ……君もまた、妹さんのすべてを理解できていたと言えるのかね?」
「……それは……」
「――私と娘も同じだったのだよ……私は、自分の思いだけをぶつけ過ぎるあまり、エレニスの気持ちを理解しようとしなかった……エレニスもまた、私と話し合おうとすらしなかった……それが、結果としてあの悲劇を招いたのだ……」
ヴァイスの声は、低く重い――部屋の空気が、鉛のようになった気がした。それは彼自身の中にいまだ燻る後悔の念が言わせた台詞ゆえか。
「……わかっているつもりでも、実際に語り合ってみないと、わからないこともある……それが人間というものだ……私も、もっと早く気付くべきだったかもしれんが、な」
「……少佐は……私にどうしろと言うのよ?なにもかも手遅れになってしまった今、あなたは私にどうしろと言うのよ!?」
シリアは頭を抱え込むと、ただ苦悩の叫びをほとばしらせた。
ショックの大きさゆえに、少女の思考は混乱している。
だが、やらなければならないことは至極簡単なことだ。ヴァイスの返答は早かった。
「――もちろん、聞くのさ……妹さんにな。私はすでに手遅れになってしまったが、君たちは違う……まだ君たちには[命]がある……互いにわかり合うための時間が、あるではないか」
「……聞く……?わかり合うための……時間……?」
「……そうだ。会いに行こう……その少女、レイ・キサラギとやらに……恐らくは、君のたった一人の[妹]にな……すべてを考え、決めるのはそれからでも遅くはない……」
重くなっていた空気が、いつのまにか温かなものに変わっていた。
振り返ることを止めた男の瞳には、未来を見据える輝きがある。
それは決して明るいものではないのかも知れないが、立ち止まったまま流れる時の中に身を任せるのは、ただの愚行にしか過ぎないのだと――そのことをヴァイスは、シリアとの触れ合いの中で取り戻したのである。
そしてシリアもまた、自分だけが抱えていた絶望と焦燥から抜け出せる光の道を見出したような気がしていた。
「――わかったわ……少佐……」
そう答える少女の言葉には、再び未来を信じようとする意志が宿っていた――。
それから数時間後――ヴァイスの姿は、基地の医務室の中にあった。
自分自身の応急手当もさることながら、負傷したライムのことが気がかりだったからである。
手術が終わり、一命を取りとめることに成功したライムだったが、その意識はいまだ昏睡の最中だ。
「……君ともあろう者が……一体、どうして無茶な行動をした……?」
ヴァイスは、どこか苦渋の滲んだ表情でつぶやいた。
普段のライムらしからぬ冷静さを欠いた行動――シュタインからそのことを聞いた時、彼はやり切れない気持ちになった。いかな理由があったとはいえ、彼女をそんな不安定な状態のまま戦場に送り出したのは、隊長である自分の責任だ。
しかし、彼にはライムの行動の真意がいまだわかっていなかった。
「……確かに、敵の情報は必要だった……だが、命を懸けてまで求める必要はなかったはずだ。そのことを忘れてしまうほどに、君を追いつめていたなにかがあったというのか……?」
聞こえるはずのない言葉だということはわかっていた。
それでもヴァイスは訊かずにはいられなかった。部下である以上にライムは――同じ苦痛を共有する人間として、彼に近しい存在だったのである。
血の気のない女性の顔を眺めながら、ヴァイスは深いため息をついた。
だが、すぐにその瞳にはいつもの輝きが戻る。
「……今はこんなことをぼやいても、仕方のないことだったな……ライム君、私たちの次に打つべき手は決まったよ。我々は……敵のアジトへと攻撃をかけることにした」
後悔も苦悩も今は抱えるべきことではないと、彼は自分に言い聞かせているかのようだった。
グレン特務小隊の隊長として、自分たちに課せられた使命を果たすために――。
「……捕虜の少女、シリアも協力してくれることになった。罠の可能性もあるだろうが、もう我々に猶予はない。すべての謎に、すべての悲劇に決着をつけるために……君の機体を借りるぞ。君はここでゆっくり休んでいたまえ……」
穏やかにライムを見つめる顔には、過去を振り返って苦しむ男の姿はない。
ねぎらいと命令との入り混じった言葉を残し、ヴァイスはゆっくりと踵を返した。
その時だった。答えるはずのない女性の口から弱々しい言葉が漏れたのは――。
「……私は……少……佐の……役に、立ちたか……った……」
「……!?ライム君?気がついたのか!?」
振り返るヴァイスの顔には驚愕の色が滲んでいた。
うっすらと目を開けた緑髪の女性は、その瞳に涙を浮かべている。
「……私は……エレ……ニスを救え……なかった……そして……少佐……あなたの、ことも……見捨てることしか……できなかった……」
薬で意識が朦朧としている中での言葉――それでも彼女の言葉は、真実を語っているようだ。
ヴァイスは、呆然とその言葉を聞いていた。
「……だから……たと、え……自分の……命と……引き換え、でも……構わないと……思った。もう……二度と……少佐の……期待を……裏切りたくなか、った……から」
「……ライム君……」
訥々と語るライムの言葉には、彼女の抱える思いが溢れているようだった。
苦痛、自己嫌悪、罪悪感――だが、そういったマイナスな感情以上に彼女の言葉に秘められていたのは、ヴァイスに対する強い思いだった。
「……少佐……あなたの、ために……私は、役に……立ちたかった……どんな、些細なことでも……あなたの苦しみを、和らげることが……できるの、なら……わた……しは……わたし……は……」
「……もういい。もう言うな、ライム君……!」
ヴァイスは再びベッドに近づくと、ライムの手を強く握った。
その瞳には、やはり彼女と同じような涙が浮かんでいた。
「……私が愚かだったのだよ。ライム君……このあまりにも愚かな男が、君をそこまで追い込んだのだ……私を恨め。君の心を長く踏みにじっていたこの私を……そうしてくれて構わない。君にはその権利がある……!」
ヴァイスは、激しく心情を吐露した。
気がつかなかった。
いや、そうではない。目を背けていたのだ。妻や娘を失った自分に、人を愛する資格もされる資格もないと――だから、ライムの思いに気付いていながらも、それを認めることをしなかったのだ。
だがそうすることで彼女の思いは、より強くなっていたのだろう。
自分に認められようとするために。
結果として、彼女は深く傷ついた――それはやはり、彼が導いた悲劇に他ならなかったのだ。
恨まれても当然だと思った。
だが、ヴァイスの自虐的な言葉に答えるライムの声は、意外にも温もりに満ちたものだった。
「……いいえ、少佐……私は、恨まない……その言葉だけで……満足、しています……あなたは……もう、道を見出した……私には、わかります……あなたの……心が……未来に向かおうと……しているのを……」
「……ライム君……」
彼女の言葉通り、今のヴァイスは少し前までの彼とは違っている。
過去に受けた傷が癒されることはないが、今は一人の少女の心を救い、見守り続けたいと思っていたから。
そしてライムは、直感的にその事実を見抜いていたのである。
ずっと長い間――彼を見続けてきたのだから。
「……彼女……あの娘が、あなたの未来を開いたのですね……そのことは、悔しいけど……でも、あなたの今の姿を……見れたのは……私にとっても……救い、だから……」
ヴァイスの手を握り返してくる彼女の力は非常に弱々しいものだったが、なぜか強い奔流が身体の中に流れ込んでくるような気がした。
「……戦って……下さい……今の私は……動くことは、できないけれど……この想いは……少佐、あなたと……そして[レイブレイカー]と……共に、あります……すべてに決着を……つけるための、戦い……私の、心も……連れていって……下さい……!」
「ライム君っっ!!?」
その言葉を最後に、ライムの意識は途切れた。
ヴァイスは一瞬、動揺したが、彼女の脈拍が安定していることに落ち着きを取り戻す。どうやら、再び眠りについただけのようだ。
だがそれは、溢れんばかりの決意と想いが、傷ついた身体を一時的に呼び覚ましたからなのだろう。
改めて彼女の手を握っていた自分の掌を見つめ、彼は震える声でつぶやいた。
「……すまんな。ライム君……だが、君の心は受け取った……!ずっと私を守ってきてくれた君の想いが力となるのなら、これほど心強いことはない……共に行こう!終わりと始まりの待つ戦場へ……!」
決意という名の炎が、瞳の奥に燃え盛る。
そして握り締めた手の中に、ライムの熱い想いが息づいているのが、ヴァイスにはわかった――。
基地のドックでは、整備兵たちが休む間もないほどに駆け回っていた。
先の戦闘で大破した機体は多く、今は一人でも多くの手が欲しい状況だ。
そんな中、修理を終えた[アサルトストーム]のコクピットでは、シュタインとカーマインが機体の最終調整を行っていた。整備兵の負担を軽くするためもあるが、自分の機体の微調整はパイロットがやったほうが良い、というのがシュタインの持論だった。
「……やはり[螺旋双光剣舞]は、レッグフレームにかかる負担が大き過ぎるようだな……」
「……当たり前じゃないですか。元々、あんな無茶な攻撃方法を取るために開発されたフレームじゃないんですよ?その辺のこと、わかってます?」
淡々とコンソールパネルを操作するシュタインに対して、カーマインはあきれたような声で言う。
試作型J-キャノンレッグを使用した必殺攻撃[螺旋双光剣舞]――しかし、その旋回による過負荷は、意外なほどに大きかった。モニターに映る数字の羅列は、シュタインの顔を険しくしていた。
「……もちろん、わかっているさ……しかし、こうでもしないとあの白い機体には勝てそうもないからな……」
それでも彼は、先の戦闘で見せたレイの能力が並大抵のものでないことを知っている。
時間もない今の状況では、やれることは限られているのだ。そして、そのためには多少の無理すらも厭わぬ覚悟が、彼にはあった。
ライムの悲劇――命まで失わなかったのは不幸中の幸いだが、あの絶望感と無力さとを二度と味わうつもりはなかった。
「……え?ちょ、ちょっとシュタインさん!旋回速度を限界値以上に引き上げるつもりですか!?そんなことをしたらフレームが持ちませんよ!?」
シュタインがOSの限界数値を強引に書き換えているのを見て、カーマインは彼女らしくもなく動揺した。
螺旋双光剣舞の攻撃力は、平たく言えば攻撃時の突入速度と遠心力回転とに依存する。だが、ブースターの交換をしてOSを適応させている暇はないのだ。PFの技術においては、まだ発展途上の部分が多く、換装に時間がかかるという欠点がある。すなわちPFという兵器の構造に慣れていない人間が多いということだ。
だとすれば、今できることはソフトをごまかし、旋回性能を引き上げて遠心回転を増すだけだ。それはカーマインの言うように、機体の崩壊を招くもの――まさに諸刃の剣だった。
「……ああ。恐らくは二回から三回が限度だろうな。しかしそれでも構わない……今はそうするしか、方法がないんだ」
「……どうして?どうしてシュタインさんは、そこまで自分を追い込もうとするの?どうして自分一人だけで、背負い込もうとするの!?ライムさんのことだって、シュタインさんのせいじゃないんですよ!?」
「……そのことで後悔してないと言えば嘘になる。でも、そうじゃない……俺は、自分自身にできる最大限の努力をしておきたいだけさ……たとえそれが無謀に近い手段であってもな」
「……それでシュタインさんまで傷ついたら……ううん、下手して死んだりしたら、一体どうするつもりですか!?」
カーマインの表情は、いつのまにか泣きそうに歪んでいる。
自分に向けられた愁いの視線――それを見て、シュタインは力強く答えた。
「――だいじょうぶだ。心配ない……俺だって、そうそう死に急ぐ真似はしないさ」
この青年は頑固過ぎる――カーマインは、叫びたいほどにうんざりしていた。
人の心配を撥ねつけ、己の信じた思いを貫き通そうとする。彼を好きになる人間は、恐らくこれからもずっと彼のこういった態度に悩まされることになるのだろう。
それでもなぜか――彼の言葉には不思議なまでの安心感があり、結局信じようとしてしまうのだ。
カーマインは深く息をつくと、溢れてきていた感情を押さえ込むように言った。
「……わかりました。もうなにも言いません……でも忘れないで下さいよ!?シュタインさんには、パフェを奢ってもらわなきゃならないんですからね!」
シミュレーションでの約束を思い出したのか、シュタインは顔を緩める。
「……もちろん覚えているさ。この戦いが終わったら、いくつでも奢るよ」
「……聞きましたからね。その言葉……約束破ったら、承知しませんよ?」
念を押すようなカーマインの声――それは、なにがあっても死んで欲しくないという彼女の気持ちの表れだった。
「――了解した」
その少女の思いに、シュタインは頷く。
これまでの悲劇に決着をつけ、これからの悲劇を生み出さないために――。
「……修理は無事に終わったようだな」
アサルトストームと並ぶように立つレイブレイカーを見て、ヴァイスは整備班長に語りかけた。
先の戦闘で激しく損傷したレイブレイカーは、J-ファーのメインフレームを使うことで見事な復活を遂げていた。
「……まぁ、メイン以外はほとんど無傷だったからなぁ。修理というよりは交換程度のもんだ……それにしても、あの嬢ちゃん……やっぱり気負いすぎていたんかねぇ」
その言葉に整備班長は、どこかやり切れない口調でつぶやく。
先のライムに感じていた危険な直感――それが見事に当たってしまったわけだから、無理もないだろう。慣れて嬉しいような感覚でもない。
「……そのことについては、私にも非があるというものだよ。班長……だが、命までは落とさずにすんだ。決して最悪というわけではない……」
「……ま、そうだな……世の中、命が残ってりゃあ、どうとでもなるもんだ……」
彼は皺の寄った顔に微かな笑みを浮かべた。人生の悲哀を知った男たちの言葉は重いが、乗り越えてきた強さにも満ちている。
だが今は振り返っていても始まらない。ヴァイスは、話を現実に戻した。
「……それで依頼しておいた件だが、うまくいったのかね?」
「……コクピットを複座型にしろっていうあれですかい?まぁ、ちょいと手間は食ったが、問題なしでさぁ。前部後部どっちからでもコントロールを取れるようになってますぜ」
ヴァイスがそのことを依頼したのは、彼がシリアと共に行くことを決めてからだ。時間の割には早い仕事である。意外なまでの迅速さに、ヴァイスは少なからず驚いていた。
「……すまんな、班長……勝手なことを言ってしまって」
「……なぁに、戦いに出る奴を完璧にフォローするのが、うちらの役目だ……気にするこたぁねぇ。少佐たちは、少佐たちにできることをやりゃあいいだけさ」
班長の言葉は、実にあっけらかんとしたものだ。
だが、そこには自分の仕事に意地を懸けている男の姿がある。気骨のある職人だな、とヴァイスは思った。
確かに彼の言う通り、自分たちは自分たちにできることをやるだけである。
「――班長!こっちのJ-ファーのジェネレーターの処理、どうすりゃいいんです!?」
「バーロー!!てめぇはヒヨッコかぁ!今行くから、ちょいと待ってろ。このウスラトンカチがぁ!」
部下の切羽詰ったような叫びに班長は怒声を飛ばすと、軽く挨拶して走り出していった。
「……なんで詮索しなかったのかしら……?」
ヴァイスの後ろに寄り添うようにしていたシリアは、不思議そうな表情を彼に向けた。
自分が捕虜であるということを、あの班長も知っていたはずである。なにがしかの疑問をぶつけてきてもいいはずだった。
ヴァイスは少し唸ると、諭すように答えた。
「……まぁ、彼にとっての戦いは命の奪い合いではないということさ……間接的にその手助けをしているとはいっても、彼自身はヴァリムへの恨みつらみで、この仕事をやってるわけではないということだな。無論この仕事が好きという単純な答えでもないだろうが……」
「……なんだか、よくわからないわ」
だが、シリアにとっては答えになってなかったようだ。年輪を経た人間の心境は、若い人間にはそうそう理解できないもののようだ。
「……まぁ、全部を無理に理解する必要はなかろう。それよりも君には、もっと理解しなければいけない人間がいるのではないかね?」
無造作に頭を掻いたヴァイスは、シリアの瞳を見据えて言った。
少女は微かに反応する。確かに今の彼女にとって重要なことは、たったひとつだった。
「……そうね。そうだったわね……」
つぶやいて目の前のレイブレイカーを見上げるシリア。
その機体には銃火器が一切装備されていなかった。それはヴァイスが、彼女の能力を配慮した上でのことであり、そして――彼が自分を信頼していることの表れだった。
シリアは胸が熱くなるような思いがした。
同じように機体を見上げていたヴァイスは、再びその視線を少女に戻す。
放たれた言葉は、静かながらも溢れんばかりの闘志に満ちたものだった。
「……さぁ、行こうか、シリア……終わりと始まりの待つ戦場へな」
「……ええ。行きましょう……少佐……」
視線を交わし合う二人――その向こうから、シュタインとカーマインの声が聞こえてきていた。
―― 第7話に続く ――
〇 あとがき
かな〜〜り遅めの更新となりましたが、PMMZの第6話をお送りします^^;
あうう……現実の仕事がきっついのぉ……時間が欲しいな〜〜。はっきりいって、かなりサバイバルな毎日です。なかなか思うように話が進まないかも知れませんが、皆様平に御容赦をm(_
_)m
では、第7話でお会いしましょうぞ……(果たしてできるのか……?)。
双首蒼竜
管理人より
双首蒼竜さんよりPMMZ第6話をご投稿頂きました!
遂に決戦へ!
そしてレイはどうなるのか……<因みにこれでようやく辞典の方も書き換え(笑)
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