○ 機甲兵団J-フェニックス オリジナル・ストーリー

[Project Man-Machine Zero]


第3話 「情炎――それぞれの背負う思い」











 

 辺境にたたずむ研究所は、異様なまでの静寂に満ちていた。

 機器のわずかな光だけが照らす空間には、人の息遣いが微かに響くだけ。

 張り詰めた空気が場を支配し、押し潰さんばかりの質量となってのしかかる。

 狂気と欲望――どす黒い感情だけが渦を巻くその一室で、科学者は己の研究が、ひとつの形となったことを知った。



「……ククク……終わった……すべては、予定通りだ……」



 研究所の主――ドクター・キサラギは、死海の蛍火のような瞳を輝かせ、口元を歪めた。

 その表情は、まさにこの世の人間とは思えない邪気に満ちている。

 何者をも寄せ付けぬ雰囲気が、そこにはあった。



「――なにが、終わったと言うのかしら?ドクター……?」



 その暗黒の領域に足を踏み入れた人間がいた。

 紫の髪を持った女――その全身からは、妖艶とも言える雰囲気が滲み出ている。

 しかし、それはドクターの持つ雰囲気と根本を同じくするものであり、決してこの場に異質なものではなかった。


「――また、貴様か。フォルセア・エヴァ……暇を持て余しているとは、まさにこのことだな」

「――お生憎ね。別に暇というわけではないわ……これも、私の仕事のひとつよ……口先だけの科学者の監視、というね」

「――フン……口先だけなのは、お前のほうではないのか……?」


 互いの視線が絡み合う。

 底知れぬ憎悪を秘めた視線――その輝きは、剣呑そのものだ。

 この二人が敵同士だったならば、恐らくここは血生臭い殺し合いの場と化しているだろう。

 しかし、憎しみを抱えていても、今の二人は同じ主に仕える同志と呼べる存在だ。

 本人の意志とは関わりなく運命づけられた関係。

 闇のもたらした皮肉――彼らの中には、そんな思いが常に渦巻いていたのかもしれない。


「――口先だけでないと言うのなら、その成果は出たのかしら?私の仕入れた情報によると、あの小娘はアルサレアの部隊に破れたそうだけど?」

「……フン。元より、あの小娘には期待しておらん……奴は実験体のひとつに過ぎんのだからな。すでに次の手も打ってある……そして我が研究の成果なら、今ここで見せてやろう!」

「……なんですって?」



 驚くフォルセアを尻目に、ドクターは目の前のコンソールパネルに指を走らせる。

 無数の光が明滅し、その輝きが暗闇の奥に吸い込まれていくような感覚があった。

 わずか一瞬の間――刹那の時が、重い空気を背負う。

 そこに存在するのは、静寂と肌を突き抜けてくる異様な感覚――。

 口達者のフォルセアも、まったく無言になるほどの威圧感があった。

 そして、闇の中に二つの光――冷たく輝く双眸の煌きが、浮かび上がった。



「……これ……は……!」



 目を見張ったフォルセアの喉元に、手刀が突きつけられる。

 いつの間にか彼女の側に、一人の少女が姿を現していた。



「……我が主に仇なす者には、死を与える……」



 ぞっとするような冷声が、その口から放たれる。

 そこには一切の感情が含まれてなかったが、口元だけは不気味に歪んでいた。



「……そこまでにしておけ。レイよ……そんな女でも、まだまだギルゲフ様にとっては、使い道があるようだからな」


「……仰せのままに……」


 手刀を退けた少女は、猫のような機敏さでドクターの元へと舞い戻る。

 精密かつ繊細な動き――人間のものとは思えない機械じみた動きだった。



「……驚いたようだな……この娘こそが、我が[マン・マシーン・プロジェクト]のプロトタイプ……開発コードナンバー[MMP-KISARAGI-No.00]――通称、レイ・キサラギだ」


「……レイ・キサラギ……!」



 冷や汗を流すフォルセアに、ドクターは得意げに言った。

 わずかな光の中に姿を見せた少女は、金色の長髪を背中まで流した美しい容貌をしている。

 精巧に作られた戦闘人形。命令に従って敵を滅ぼす、人を超えた破壊の兵士。

 それは、まさにマン・マシーンと呼べる存在だった――。















 

 アルサレア領ラ・ムール補給基地――シリアとの戦いを終えたグレン小隊は、再びこの基地に戻っていた。

 捕虜となったシリアは現在、地下牢の一室に閉じ込められている。

 行方不明事件に関する尋問は何回か行われたが、しかし彼女の口から語られる言葉は、なにひとつとしてなかった。

 少女の瞳にあったのは、魚のような虚ろな輝き。

 そこには生への執着も、死への恐怖も存在していない。

 シリアは、生ける屍そのものだった――。







 

「――状況は変わらず、だな……」

「……そう、ですね……」

 低い唸りの響く基地の通路を、ヴァイスとライムは並んで歩いていく。

 二人の顔には疲労の色がありありと浮かんでいたが、今はそのことを意識できないほどに、思考の中は混沌としている。

 持続する緊張もさることながら、解けない謎は多かったからだ。



「……しかし、あの娘はなぜ、ああまでして我々を殺そうとしたのか……」

「――任務のため、とは思えない気迫でしたね……でも、今はそんな気すらないようですが」

「――恐らくは、なにかが彼女を支えていたのだろう……それがプッツリと切れてしまったのだな。我々を倒し切れずに掴まってしまったのは、彼女にとって不本意という以上にショックな出来事だったのかもしれん……」


 先の対決でシリアが見せた異様なまでの迫力――そこにあった激しい感情は、今の彼女にはまったくない。

 まるで燃え尽きたロウソクのようだ、とヴァイスは思い、ふと今来た牢のほうに振り向いた。


「……やはり、気になったんですか?少佐……」

 ライムの言葉は、わずかに暗かった。それは注意深く聞かなければわからなかっただろう。

「……うむ……あの時の彼女は、あまりにも荒んでいるように見えたのでな……」


 ヴァイスの言葉も、なにかを引き摺ったような感覚に満ちている。それは普段の彼からは想像もつかないほどネガティヴなものだ。

 普通の人間なら、彼がなにを思っているのかはわからなかっただろう。

 人の背負うものは皆違う。ろくに面識もないような人間は当然として、長く付き合ってきた人間同士でも、互いのすべてを知り得ることは出来ない。

 だが、それを推測することは出来る。そしてそれを可能にするだけの共通した感覚を持っているという意味で、ライムはヴァイスに近い存在だと言えた。


「――思い出しているんですね?エレニスのことを……」

「……ライム、君……」

 ヴァイスは思わず目を見張った。ライムの言った言葉は、まさに的を射ていたからだ。


「……やっぱり……そうじゃないかと思いました。少佐は今も後悔しているのですね……彼女を救えなかったことを……」

「……後悔していないわけはなかろう。自分の肉親――しかも子供を救えなかった不甲斐ない父親なのだからな。私は……」

 ライムの言葉に答えながら、ヴァイスはおもむろに葉巻に火をつけた。その瞳には、灰色の影が見える。

「……彼女は、エレニスに似過ぎているのだよ……見た目ではなく、纏っていた雰囲気そのものがな……だが、思わず娘の姿を重ねてしまったのは、正直良くなかったかもしれんな」

「……いえ。そう思ったのは、私も一緒ですよ。少佐……私たちと戦った時の彼女は、あの時のエレニスにそっくりです……そう、あの時の……」


 二人はどちらからともなく歩みを止めた。

 陽炎のように立ち昇っていく煙の中に、彼らは忌まわしき過去を映し出していた――。














 

 聖歴19年――それはアルサレアで初めてPFが実用化された年である。

 ヴァリムとの戦線は拡大し、各地で激しい戦闘が連日連夜繰り返されていた。

 PFの登場で戦局はアルサレアに傾いてきてはいたが、ヴァリムとの物量差は歴然であり、戦いが収束に向かうことは、いまだになかった。

 ヴァイスも、そしてライムもPFのパイロットとして、転戦の日々が続いていた。



 そして――彼らと同じように戦線を駆け巡る一人の少女が、アルサレア軍にはいたのである。

 彼女の名は、エレニス・ランドール。

 ヴァイスの一人娘にして、ライムの部下――当時は17歳の、PFパイロットだった。



「――私、お父さんみたいな軍人になるの!」



 あまりにも無邪気にそう言った時の顔を、ヴァイスは忘れることが出来ない。

 彼女は、両親を――特に父親であるヴァイスを、ずっと尊敬していた。

 世界を戦火に巻き込むヴァリム軍と戦う、正義の兵士――アルサレアの軍人という肩書きは、彼女の憧れの的だった。

 当然、ヴァイスは反対した。血生臭い戦場に愛娘を送ることなど出来なかったからだ。

 だが、彼女の決意は覆らなかった。

 半ば強引に軍への志願を受け、ヴァイス少佐の娘ということもあってか、彼女はアルサレア軍に入隊した。

 そして、士官学校を卒業してきたばかりのライムの部隊に配属されたのである――。




 階級こそ低かったが、やはりヴァイスの娘だけのことはあり、彼女は兵士として優秀だった。

 水を吸う若木のように経験を積み上げたエレニスは、やがて新型のPF――J-ファーを与えられるまでになる。そして更なる力を得た彼女は、まるで戦乙女のように戦場を駆け、ヴァリムの部隊を屠っていった。

 だが、彼女はあまりにも感情的過ぎ――そして、兵士としては、幼過ぎた。

 順調に進んでいた彼女の運命は、ある事件を境に大きく変わることとなる。


 それは――。


 ミレイ・ランドール。


 すなわちヴァイスの妻――彼女の母親の死去であった――。












 

 ヴァイスの下にその報告が来たのは、サーリットン戦線での戦いの真っ只中であった。



[――エレニス・ランドール一等兵が、作戦行動中に脱走――]



 あまりにいきなりな報告に、ヴァイスは少なからず驚いたが、その理由は予想がついていた。

 実は、この数日前にミレイが危篤状態になったとの知らせがあったのである。

 彼女は呼吸器系の持病を抱えており、近頃は病院での生活を余儀なくされていた。

 しかし、戦火の飛び火によって彼女のいる病院が被害を受け、さしたる設備のない臨時医療施設に移ったために、病状が悪化してしまったのである。

 もはや一刻の猶予もない状態だったが、拡大した戦争によって病院はどこも満杯。満足な治療も受けられない彼女は、ただ死を待つのみであった。

 そんな彼女を、エレニスは放っておけなかったのだろう――誰よりも情の深い人間だったがゆえに。

 もちろんヴァイスとて冷徹な人間ではなかった。

 出来ることなら今すぐにでも飛んでいってやりたいと、何度思ったかわからない。その心は常に血を流し続けていたのだから。

 それでも彼は軍人だった。

 そして責任のある立場だった――己の身勝手さゆえに、多くの部下たちを巻き込むわけにはいかなかったのだ。

 だが、その事実をエレニスは理解出来なかった――。







 

 独房の一室を前にして、ヴァイスは厳しい顔でたたずんでいた。

 覗き格子の向こうに見えたのは、愛しの娘エレニスの姿――だが、今は脱走の罪を負っている。

 下級兵士であるがゆえに軍法会議までにはならなかったものの、彼女の取った行動は軍規を大いに乱すものだった。作戦行動中の逃亡など、兵士としてあってはならないことだった。

 ヴァイスの気配に気づいたエレニスは、彼を睨みつけて叫んだ。



「――どうして、来てくれなかったの!?」



 ミレイは、すでに亡き人となっていた。

 そして逃亡したエレニスは、彼女の死を看取ったらしい。

 だが、最後の最後まで――ヴァイスが姿を現すことはなかった。



「――エレニス一等兵。お前も軍人ならば、わかるはずだ。兵士の勝手な一存で行動しては、軍全体が危機に陥ることになる……己の感情を殺せなければ、多くの人々が悲しみを背負うことになるかもしれんのだ」


「――じゃあ、お母さんを見捨ててもいいって言うの!?たった一人で苦しんでいるお母さんを放っておくことが、悲しいことじゃないって言うの!?」


「――甘えるな!この世界に足を踏み入れたということは、家族の死に目にすら会えないという覚悟を決めたということだ!それがわからないというのなら、お前は軍人としては失格だ!」


「――ふざけないでよ!!そんなこと、あっていいはずがない!!苦しんでいる人を見捨てて、人殺しを続けることが、アルサレアの――お父さんの正義だとでも言うの!?」


「――エレニス!!」


「――私は認めないわ!お母さんを見捨てるようなお父さんなんか、絶対に認めないんだから!!」





 そして、親子の仲は変わった。

 それまでの温かな関係は音をたてて崩れ去り、父と娘は言葉を交わすこともなくなった。

 ヴァイス自身は彼女を拒絶したわけではなかったが、エレニスのほうが彼と顔を合わせなくなった。

 愛深きゆえに、憎しみも深い――ミレイを見捨てたヴァイスに対する彼女の思いは、黒く歪んでしまったのである。

 そして彼女の行動パターンも変化した。戦場で、敵を殺すことをしなくなったのである。

 もちろん実力のある人間なら相手を殺すことなく戦闘能力を奪うことは出来るが、命のやり取りをする戦場でその覚悟を背負うということは、強靭な精神力と不屈の信念がなければ出来ることではない。

 それは一歩間違えば、自分の命すら危険に晒すのだから。

 エレニス自身に実力はあった。無意味な殺戮を好まないという心もあった。

 だが、確固たる覚悟がなかった。

 彼女の不殺の意志は己の信念よりも、母を見殺しにした父への当てつけの意味のほうが強かったのである。







 

 ライムの部隊が辺境の村落を襲ったヴァリムのテロリスト撲滅の任務を受けた時も、彼女は敵にとどめを刺すことはしなかった。

「――無駄な抵抗はやめてもらえる?これ以上は、撃ちたくないから……」

 テロリストの一人が乗る四足歩行戦車の足を奪ったエレニスは、降伏を勧告しながら接近する。

「――エレニス一等兵!なにをしているの!?早くとどめを刺しなさい!」

 ライムの命令が叫びとなって飛ぶ。実際、四足歩行戦車は確かに動けなかったが、攻撃能力がなくなったわけではなかった。

 だが、エレニスは聞き入れない。そのような命令を下す人間に対しては、上官でも従うつもりはなかった。それはある意味で、彼女の意地とも言えた。

 そして彼女の乗るJ-ファーが、四足歩行戦車のすぐ側まで寄った時――悲劇は起きた。


『――バカめ!ヴァリムに、栄光あれぇぇぇ!!』


 四足歩行戦車の主砲が旋回し、いきなりJ-ファーのコクピットを襲った。

 J-ファーの防御力は確かに既存の兵器よりも高かったが、戦車の主砲――それもほぼ零距離の射撃を防ぎきれる程のものでもなかった。


 轟音。

 そして閃光が弾け、爆発が周囲を赤く染めた。


「――エレニス一等兵ーーーーーーーーっっ!!」


 人形のように倒れていくJ-ファーを見つめながら、ライムはサブマシンガンを連射していた――。









 

 報告を受けたヴァイスが娘の亡骸と対面したのは、それから数時間後のことだった。

 愛らしかった愛娘の額は割れ、全身は飛び散った計器の破片によってズタズタに切り裂かれている。

 それは、あまりにも哀れで無残な姿だった――。



「――うううううううおおおぉあああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」



 血にまみれた死骸を戦場でごまんと見てきたヴァイスだったが、今回ばかりは平常心を保つことが出来なかった。

 たった一人の血を分けた娘の死――それがこんな形で襲ってくることになろうとは。


 叫びと共に壁を殴ったヴァイスの拳から、真っ赤な血が溢れ出していた。

 それでも彼は、殴るのを止めない。痛みすら忘れ、狂ったように彼は自分の拳を破壊しようとする。


 まるでそれが、娘への贖罪であるかのように――。



「――止めて下さい。少佐!もう、やめて下さい!!」



 ライムが抱きついて止めなければ、彼の手は完全に砕け散っていただろう。



「――私の監督不行き届きです!私さえしっかりしていれば、彼女は命を落とさずにすんだ――殴るのなら、私を殴って下さい!!」



 息を荒げるヴァイスは、傍らで懇願する緑の髪の少女を見つめた。

 娘とさほど年も離れていない士官に対し、しかし彼は首を振る。



「――そうではない!少尉……これは君の責任でもなんでもないのだ!これは私の犯した過ちの結果なのだよ!!たとえ無理矢理にでも、エレニスと話し合っていれば……いや、そもそも兵士となることにもっと強く反対していれば、こんなことは起きずに済んだ!!誰の責任でもない!!エレニスは――娘は、私が殺したのだ!!!」



 絶望、そして狂気――すべての黒い感情が、ヴァイスの心を押し流す。

 彼の心には、消えぬ傷と罪の意識が刻まれたのだ。

 そしてそれを見つめるライムの心にも、同じ傷が刻まれていた――。







 

「――あの少女は、エレニスと同じです。歪んだ感情を、自分の信念と勘違いしている……つまり、意地になっているように見えるんです。どんな理由があるのかまでは知りませんが……」

「――君の観察眼には恐れ入るな、ライム君……確かに私もそう感じた。だから、エレニスに似ているなどと思ったのだろうな」

 ヴァイスはそう言うと、ため息混じりに煙を吐き出した。


 思い返してみても、生まれてくるのは変わらぬ後悔の念ばかりだ。彼にとっては、これから先も一生ついて回るものだろう。

 そして、それがある限りヴァイスは恐らく前に進むことが出来ないのだ――ライムは、どこか悲しげな雰囲気を漂わせる彼を見て、そう思った。

 彼が新たな幸せを得ることなど、ありえないのかもしれない。許す者のいなくなった今となっては、背負った罪が消えることは決してないのだから。

 そして自分の抱く思いもまた、届くことはないのだと――心に影を背負いながら、彼女は呆然と中空を眺めた。


「――いずれにしても、あの調子では少し時間がかかるな。強制的に自白させることも出来なくはないだろうが……今は……」

「……ええ……今は……時間が必要ですね……彼女にも、私たちにも……」


 行方不明事件の情報が欲しいのはやまやまであり、いつもならば自白剤で強制的に喋らせることも厭わない二人だったが、今回ばかりはそうすることをためらった。

 それは、理屈では説明出来ない感情――エレニスに対する罪悪の念を、シリアにだぶらせていたからなのかも知れない。


 冷たい通路にこだまする足音。それはどこか乾いた響きを持っているように聞こえた――。
















 

 その頃オペレータールームでは、カーマインが青ざめた顔で、目の前のモニターを見つめていた。


「――シュタインさん!もう、無理です!!止めましょうよぉ!!」

 そのモニターには、コクピットらしきところに座っているシュタインの姿が映っている。その全身には、何本かのコードが繋がれていた。

 心停止した患者に電気ショックを与える医療用の電極付きコードのようだったが、無数に線を張り巡らされたシュタインの様は、さながら実験動物か機械そのもののように見える。

 彼は、先ほどからカーマインの入力したデータによる模擬戦闘を繰り返していた。

 一見、それは以前となんの変わりもないように見えたのだが、彼の目に宿る光は凄まじいまでの殺気と必死さに満ちていた。

 CGシミュレーション上の敵弾が、自機をかすめる。

 それと同時にシュタインの身体に繋がれたコードに、強烈な電流が流れた。


「……ぐううあああああぁぁぁぁ!!!」

 苦痛の叫びをあげつつも、シュタインの集中力は途切れない。次々と現れる敵機を、彼は凄まじい勢いで葬っていった。


 見つめるカーマインは、気が気ではなかった。

 シミュレーターを始める前に、シュタインが申し出たこと――それはシミュレーションプログラムと、自分の身体に繋がれた電気ショックの機器とを連動させて欲しいというものだった。

 つまりシミュレーション上の自機がダメージを受ければ、身体に繋がれたコードに電流が走るのである。その電圧は自機のダメージと比例するように設定されており、最悪の場合は、感電死もあり得るのだ。

 自機が落ちれば自分も死ぬという極限の緊張感を出すために、シュタインは無謀な訓練を自身に課していたのである。


「……敵機120まで撃破……さぁ、次だ。中尉……!」

「――もうダメですよっ!!こんなことしてたら、死んじゃいますっっ!!」

「――つべこべ言うなっ!早くやるんだ!!」


 どこか狂気にも似た叫びをあげるシュタインを見て、カーマインは愕然とした。

 彼の瞳に、闇が見えた気がしたのだ――力を求める者の抱く狂気が、シュタインの心を蝕んでいる。


 それはあまりに危険な状況だった。

 無謀な訓練という以上の恐るべき恐怖だった。


 落ち着きを取り戻したカーマインは、いったんプログラムを中止する。


「――中尉っ!どうしたんだ!?」

「――やめましょう。シュタインさん……始めてからもう二時間ですよ。今は休息が必要です……」

「――ダメだ!こんなことでは、ダメなんだ!!これでは俺は……」


「……いいかげんにして下さい!!!」


 普段の彼女に似つかわしくない叫びに、シュタインは思わず息を呑んだ。


「――シュタインさん……強くなることは必要なことかもしれません。でも、無理をしてはいけないと思うんです……命があってこそ、人間は強くなっていくことが出来る。死んでしまったら、元も子もなくなってしまうんですよ!?わたしは……シュタインさんに死んで欲しくはないんです!!」

「――中尉……」

「――誰でも、すぐに強くなれるわけじゃないんですから……だから、焦らないで下さい。今のシュタインさんは……ただの機械になろうとしているようにしか見えない……」


 つぶやくように放たれた言葉が、シュタインの胸を打った。

 心の中を吹き荒れていた焦燥が消えていくのがわかる。


 自分は力を求めるあまり、大事なものを消し去ろうとしていたのではないか?

 そう――人の持つ心というものを。


「……俺は、なにをやっているんだろうな……バカげている……」


 シートに背を預けたシュタインは、気持ちを落ち着かせるように、大きく息をついた。

 電極を外してハッチを開く。ドック内に満ちる空気が、熱くなった彼の肌を冷やしていった。


「……あの人との戦いで、焦ってしまったんですね。シュタインさん……」


 カーマインの声が、耳を打った。

 あの人とは、言わずと知れたシリアのことだ。


「……ああ、そうだな。あの力を目の当たりにして、少し動揺していたのかもしれない……なぁ、中尉……この戦争は、本当に終わるんだろうか?」

「……どうしたんですか?突然……」


 いつもの冷静さを取り戻したシュタインの質問に、カーマインは安堵と同時に首を傾げた。


「……ヴァリムとの戦いは、日に日に激しさを増しているような気がする……こっちのPFに対抗するようにヴァリムもPFを開発し……そして今また、謎めいた実験を行っている。互いに強くなろうとすることで、戦争が拡大していくように見える……俺たちが強くなることで戦争は終わるのか?むしろ……どんどんひどくなっていくんじゃないか?」


 それは、シュタインの中に常に存在する矛盾――ジレンマだった。

 こうして訓練を繰り返して強くなることが戦争を広げることになるのなら、自分たちのしていることは間違っているということになる。

 しかし現実問題として、強くならなければ生き残れないのも事実だ。


「……それは、わたしもはっきりとは答えられませんけど……もし、わたしたちが人間として未来を切り開こうとする意志があるのなら、戦いは終わりに向かうと思います。けど、それを忘れて機械になろうとしたら……シュタインさんの言う通りになるのかもしれません」

「……そうだな。そうかもしれない……それを危うく忘れるところだった俺は、やはりどうかしていたんだろうな」

「――あの人の力は、確かに強大でした……でも、彼女はさっきのシュタインさんと同じで、人間であることを自ら捨てようとしていた――そんな気がするんです。ただ……純粋に強さを求めていたわけでもないみたいですけど……」

「――機械になろうとしていた、か……」


 シュタインはぼんやりと考える――機械になろうとしてまで欲しかった力とはなんだろう?

 彼女もまた、自分と同じような焦燥を抱えていたのだろうか?それとも、もっと他の理由があったのだろうか?

 真実はわからないが、たとえどんな理由があっても、行き過ぎた力は持つべきではないのだろう――自分自身の制御すら出来なくなってしまうほどに強大な力というものは。


「――中尉。君がいてくれて良かったよ……君がいてくれなければ、俺は彼女と同じ過ちを犯すところだったかも知れないな……ありがとう……」

「……お礼なんかいいですよ。でも、どうしてもと言うなら、あとでフルーツパフェでも奢って下さいね……」

「……了解した」


 通信機から聞こえてきた穏やかな声に、シュタインは思わず苦笑した。
















 

 それから、一時間も経った頃だろうか。

 独房に監禁されていたシリアに、ひとつの変化が訪れようとしていた。


「……ぐ……ううぅぅ、ああああああああぁぁぁぁぁ……!!」


 全身を猫のようにまるめ、彼女は獣のような声を放つ。

 苦しんでいるようにも見えるが、痛みを感じているわけではないようだ。なにか抑え切れないものが身体の奥底から沸き上がってきているかのような――そんな印象を受ける。

 最初その呻きは小さなものだったが、時が経つにつれて徐々に大きさを増してきていた。

 そして――。



「……ぐうううるううぅぅあああああぁぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁっっっ!!!」




 ――ゴウゥオォォ……ン……。



 基地内に響き渡るほどの大音声と同時に彼女は起き上がると、独房の扉を『殴り壊した』





「――なにがあった!?っっ!!こ、これは……!?」

 異変を感じて駆けつけてきた兵士たちは、その場の状況に息を呑んだ。

 全身から異様なまでの鬼気を漂わせたシリアが、破壊された鉄扉の前でたたずんでいる。

 銃弾すら通さないはずの扉は不気味に歪んでいた。まるで砲弾の直撃でも受けたかのように。

 シリアの素肌の部分には異様なまでの太さとなった血管が浮かび上がり、瞳は常人にはありえない狂気を湛えている。

 人間でも機械でもない――それは、まさに破壊の獣そのものの姿だ。

「――おとなしくしろっ!さもなければ射殺するぞ!!」

 わずかな脅えを宿した兵士たちが、手にしたサブマシンガンを向ける。丸腰とはいえ、ただの少女があの鉄扉を破壊したのだとすると、それはもはや人間の所業ではない。

 しかし銃口を見つめたシリアは気に止める様子もなく、凄まじい形相で彼らに襲いかかった。

「――おのれっ!!死……ぐぶああああぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 一人の兵士がトリガーを引こうと思った瞬間、光のようなスピードで接近したシリアの拳が、その顔面にめり込んだ。

 食らった男は10mほど空中を飛翔し、壁へと叩きつけられる。

「き、貴様!!ごうわああぁぁぁぁぁぁ……!!」

 恐怖で動きの止まった兵士たちに、シリアは更なる攻撃をかける。

 ほとんど一瞬に近い出来事。

 一人一撃――それ以上の手をかけることなく、彼女は次々と兵士を殴り倒し、沈黙させていく。

「ち、ちくしょう!化け物め!食ら……うわああああぁぁぁぁぁぁ……!!」

 最後の兵士は狂ったように弾丸をばら撒いたが、シリアの拳を受けてあえなく意識を飛ばされた。


「――ぐうううぅぅああぁぁぁぁぁぁぁ…………!」


 だが、それでも少女の狂気は収まらない。

 動かなくなった兵士たちに背を向けると、さまよえる幽霊のように彼女は通路を歩き出した。










 

 同じ頃、基地内には、第二種警戒警報が発令されていた。

『――所属不明のPF部隊が基地に接近中!各部隊は、ただちに出撃態勢に入って下さい!』

「――また敵襲か!?」

 シミュレーション終了後のコクピットで仮眠を取っていたシュタインは、基地内に響き渡った声に、意識を覚醒させる。

 彼はオペレータールームに通信を繋げると、カーマインを呼び出した。

「――中尉!なにがあった?所属不明の部隊とはなんだ!?」

『――シュタインさん!それが変なの!近づいてくる機種はJ-ファーなんだけど……全部、識別信号が出てないの!』

「――なんだって?」

 彼は自機の電子兵装をONにし、基地のメインコンピューターにアクセス――広範囲レーダーの索敵状況をモニターに投影する。そこには無数の光点が映っていた。

 送られてきた識別結果から、それがアルサレア製PF[J-ファー]であることは明白だった――ということは、味方ということになる。

 味方であるならば、当然アルサレアの識別信号が出ているはずだ。

 しかし、レーダーに映るそれらは、所属不明を表す黄色い光を放っている。


(――機種はJ-ファー……それでいて所属不明……?まさか……!)


 シュタインは、ある結論に達する。それはあまり想像したくない結論だった。

「――中尉!行方不明になった部隊の概要はわかるか!?それと適合してみるんだ!」

『――え!?う、うん……え〜と、行方不明になった部隊は、小隊クラスが3で中隊クラスが1……これってまさか……シュタインさん!数がピッタリ合ってる!!』

「……やはり、か……」

 シュタインは眉をしかめる。アルサレア製PFでありながら、味方ではなくなっている部隊――それは消息を絶ったPF部隊に他ならない。

 それが無傷で、しかもこのタイミングで戻ってくるということは――。


「――中尉!俺は一足先に出る!!君は早く司令官に伝えるんだ!……こいつらは、敵だ!!」

『――うん!わかった!シュタインさんも……気をつけて!!』

「――了解した!!」


 力強い返事を返すと、シュタインはPFのメインジェネレーターを起動――出撃態勢に入る。

 彼のPF――J-ファー・カスタム2号機は先の戦闘で脚部を破壊されたため、今は試作型のレッグフレーム――のちにJキャノンと呼ばれるもの――に換装されている。

 それに伴い、武装もレーザーソードを二本というシンプルなものに変更されていた。

 コードネームは[強襲の嵐(アサルトストーム)]――近接戦闘特化型となったその機体が、瞳を輝かせて鋼の咆哮をあげる。


「――シュタイン・グレイス、J-ファー・カスタム[アサルトストーム]……出る!!」


 ハッチから外に出たシュタインはブーストを発動し、蒼空へと舞い上がった――。











 

 警報を聞き、自室を飛び出したヴァイスとライムは、ある通路の一角でその足を止めていた。

「――お前は……!なぜ、ここに……!?」

 重苦しい雰囲気が、場を支配する。

 目の前から歩いてくるのは、人としての光を失った狂気の少女――シリア・ブルーナイト。

 黒い波動を撒き散らしながらゆっくりとせまってくるその姿は、悪魔に取りつかれた獣のように見えた。


「――グゥ……ミツ……ケ……タ……アル……サレアノ……オト……コ……」


 放たれた言葉は、恐ろしいまでの苦痛と憎しみに満ちていた。

 さっきまでの生気を失った彼女ではない。

 心の中に秘めていた暗闇が、一気に噴き出している――そんな感じであった。

 ライムは、あまりの異様さに思わず銃を構えようとする。が、その手をヴァイスが押し留めた。


「――ライム君、撃ってはダメだ。君はとにかく先に行きたまえ」

「――少佐!?しかし!!」

「――彼女は私が押さえる。どのみち私のPFは破壊されてしまったからな……君は急いでシュタインと合流しろ。どうも嫌な予感がしてならん……」

「……で、ですが……!」


 ライムはヴァイスとシリアを交互に見た。

 自分を信じてくれる強い眼差し。

 そして激しい憎悪を撒き散らす狂気の眼差し――。

 命令に従おうとする思いと、共に留まりたいという思いの中で、彼女は葛藤していた。


「――ぐうううううあああああああぁぁぁぁぁっっ!!」


 だが、獣と化したシリアは、彼女の決断を待たない。

 一際大きい絶叫と共に、狂気の少女は二人の軍人に向かって突進してきた。


「――ぬうっっ!!」


 ヴァイスは恐るべきスピードで突き出されてきた拳を反らすと、その腕を掴んで身体を回転させる。

 かつては柔道と呼ばれた技のひとつである一本背負い投げで、彼はシリアを通路の反対側へと投げ飛ばした。

 轟音が壁を震わす――しかし、シリアは意にも介さないかのように立ち上がった。まるで痛覚が抜け落ちているかのようだ。


「――なにをしている!?早く行けと言ったはずだぞ!ライム君!!」


 ヴァイスの怒声――それでもライムは、その場から動くことが出来ないでいた。

 シリアは、そんな彼女の隙を見逃さない。暗い光を宿した瞳が、ターゲットを捉えた。







「――ぐうううううおおおあああああああぁぁぁぁぁ……!!!」

「――はっ!?」

「――ライム君っっ!!」




 三人の声が交錯する。




 ――ズウウゥゥ……ン。






 そして、再び通路に轟音が満ちた――。





「ぐはっっ!!」

「――しょ、少佐っっ!!」




 とっさにライムを突き飛ばしたヴァイスは、代わりにシリアの攻撃を受けて、壁に叩きつけられた。

 胃液が逆流するかのような衝撃――あばらが確実に二、三本は持っていかれたようだ。

 苦痛をこらえて立ち上がったヴァイスは、どこか哀れみを宿した瞳でシリアを見る。

 そこには、彼自身が抑えていた黒い後悔があった。





「――おのれっっ!!」

「――ライム!!撃つなと言ったはずだ!!」





 怒りと共に銃を構えたライムだったが、聞き慣れぬヴァイスの声に動きを止めた。

 彼が自分の名を呼び捨てにしたのを、彼女は聞いたことがなかったからだ。

 思わずヴァイスに視線を移すライム。

 その先には、決意と悲哀に満ちた男の顔があった――。





「――行くんだ。ライム君……この娘は、私が押さえる。これは私に課せられた義務のようなものだ……」


「……少佐……」




 言いたいことは山ほどあったが、ライムは口を開くことが出来なかった。

 ヴァイスがどういう思いを抱いているのかはわからない。

 しかし、あの顔を見せられては、ここに留まっているわけにはいかないと思った。

 今の彼にとっては、自分はただの邪魔者なのだろう。

 彼のことを本当に思うのなら、今すべきことは、彼の意志に従うことだとライムは思った。




「――わかりました……少佐、お気をつけて……!」




 後ろ髪を引かれる思いで、ライムは駆け出した。

 愛する者を残して立ち去る――それはたとえ、相手が望んだものであったとしても、耐えるには辛いこと。

 悲愴な思いと共に駆けて行く足音は、やはり悲しい。

 そしてその足音を聞くヴァイスもまた、彼女の思いを重く受け止めていた。

 だが今は――やるべきことがあった。





「――さぁ、来い。娘よ……お前の苦痛と憎しみを、この私にぶつけてみろ!」

「――ぐううううううあああああああぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」






 ライムの姿が見えなくなったところで、ヴァイスはシリアを挑発するように言った。


 それに応えて向かってくる少女を、彼は優しげな瞳で見つめる。


 殺人的な破壊力を秘めた拳が、顔面を殴り飛ばし、腹へと食い込んでいく。


 そのたびにヴァイスは壁に叩きつけられ、宙に鮮血を舞わせた。





(――エレニス……これがお前の抱いていた思いなのかも知れんな……ならば私は、この苦痛と憎しみを受け入れよう……それがお前に対する唯一の……償い……)







 彼は、シリアに娘の幻影を重ねていた。


 そして果たせなかった贖罪のために、そのすべての攻撃を受け続けた。


 それは単なる自己満足なのかも知れない。


 そこにいるのは見も知らぬ他人――交差せぬ人生を送ってきた他人。


 目の前の少女に、亡き娘の贖罪を思うのは間違っているのかも知れない。


 それでもヴァイスは――そう思わずにはいられなかった。


 少女が同じ苦しみを、同じ憎しみを背負っているように見えたがゆえに――。






「――ぐううううううううあああああぁぁああああああっっっ!!!!」


(――エレニス……これで私は……)






 雄叫びと共に放たれた最後の一撃が、顔面を捉える。



 それがヴァイスの意識を、闇の彼方へと吹き飛ばした――。












―― 第4話に続く ――

 


 ○ あとがき

 大変お待たせしました。PMMZの第3話をお送りします。
 ま、言い訳してもしょうがないのですが……今回は、いろいろアホなことをやっていた作者のせいで、UPが遅れました。平に御容赦を〜〜m(_ _)m
 そしてプロット的には今回も進まず……お〜〜〜〜〜い……ってか(自爆)。
 エレニスのエピソードはもっと深く掘り下げて書きたかったのですが、容量の都合で割愛しました。
 まぁ、そんな過去があったのだな、というくらいに覚えておいてもらえるとよろしいかと。
 さて、バラバラになったグレン小隊がどうなるか……そんではまた、第4話でお会いしましょう!



双首蒼竜

 


 管理人より

 双首蒼竜さんから第3話をご投稿頂きました!

 ………泣ける話ですね<こういう話に弱いタイプ

 この先一体どうなるのか……楽しみです(笑)
 


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