○ 機甲兵団J-フェニックス オリジナル・ストーリー

[Project Man-Machine Zero]


第1話 「戦機――その背に負った苦しみは」












 

 アルサレアとヴァリムの国境地帯で頻発する偵察隊行方不明事件――。

 その真相を究明するために、アルサレアの指導者グレン将軍は、選りすぐりの兵士たちを集めた第0特務部隊――通称[グレン小隊]を結成する。

 行く手に待ち受けるものは、完全なる兵士を生み出そうとする科学者の狂気。

 それが呼ぶのは、戦慄と悲しみ――今はまだ誰も、その事実を知らない。

 これはすべての始まりにして、運命の出会いの物語である――。








 

 アルサレア要塞内――兵器開発ラボ。

 そこは各地に散らばる研究所から送られてきたデータを元に、様々な新型兵器の開発を行うところである。

 ヴァリムとの戦争が激化する中、研究者たちは不眠不休に近い体制でデータを収集。

 次代のアルサレアを担う新型PFや新兵器の開発にいそしんでいた。

「――どんなもんですかね?これで?」

 眼鏡の研究者の示したデータに、セクション主任のサチコ・ロックナートは、小首を傾げた。

 いまだあどけなさの残る18歳の少女――だが、PFの開発に類稀なる天才性を発揮した彼女は、いまやアルサレアでも一流の兵器開発研究者となっている。

 このラボも、彼女の第二の家のようなものだ。

「――う〜〜ん……パワーユニットの性能を、まだ生かし切れてないみたい。関節回りをもう少し強化して、冷却材の循環効率を良くすれば、あと30%は攻撃力を向上できるわ」

「――やはり関節部に、ウル合金を使ったほうがいいですか?」

「……いえ、どちらかといえばウルクαメタルね。ウル合金だと重量があるし、柔軟性にも欠けるから関節部には向かないわ。あとは冷却液パイプの口径を8mmほど太くしてみるといいわね」

「……なるほど、やってみます」

 感心したように頷いた眼鏡の男は、再びコンソールパネルに向かう。

 こうして研究に打ち込んでいる時のサチコは、年頃の娘とは思えないほどの威厳に満ちている。並の男では、歯牙にもかからないだろう。

 彼女の恋人は、文字通り[研究]の一言に尽きるかもしれない。




「――やっほやほ〜〜〜♪サチコさん、元気してるぅ?」

 そのサチコに、いきなりハイテンションな声をかけたのは、ラボへと入ってきた赤毛の少女だった。

 研究員たちはびっくりするが、サチコの顔はパッと明るくなる。

「――あら?カーマインじゃない。ひさしぶりねぇ!」

 まるで古くからの友人に会うような態度で、彼女はカーマインに手を振った。

「――聞いたわよ?なぁに、あなた、例の事件の調査部隊に抜擢されたんですって?」

「――うん、そうなの〜。なんか、いいように使い回されてる気もするけどさ。これも、人気者の宿命……というか、有能な人間の悩みってやつだよねぇ〜」

 大げさなジェスチャーをして、ため息をつくカーマイン。

 あっけに取られる周囲の人々をよそに、サチコは声をあげて笑った。

「――ま、いいじゃないの。暇を持て余してるよりは退屈しないでしょ?」

「――ま、そうなんだけどね〜。でも、頼りない人たちのお守りは大変だよぉ……」

「――ぼやかない。ぼやかない。頼りない連中に囲まれて苦労してるのは、お互い様なんだから」

 端で聞いている人間たちにしてみれば、これほど人をバカにした発言もないだろう。

 しかし、現実の問題としてサチコ以上に有能な人間はこのラボにはいないし、カーマインにしても、それは同様なのだ。

 あらゆる状況に際して、適確かつ迅速な判断を下す[オペレーティング・コンピューター]――それがカーマインの異名。

 アルサレアで彼女を越えるオペレーターは、今のところ存在しない。

 つまるところ二人は天才であり、天才を理解できる者は天才しかいないのである。

「……でも、今回のメンバーを頼りないとか言っちゃ、まずいんじゃないの?カーマイン?」

「はへ?」

 どこか意味ありげな微笑みを浮かべるサチコに、カーマインはきょとんとする。

 そんな彼女に文字通り追い打ちをかけるかのように、低い男の声が響き渡った。

「――まったくだ。カーマイン中尉……我々は、そんなに頼りないかね?」

「あう!?少佐……それにみんなも……いつからそこにいたんですかぁ……?」

 ばつの悪そうな表情をするカーマイン。

 いつの間にか、今回の仲間――グレン小隊の面々が彼女の後ろに立っていた。

 シュタインは苦笑するだけだったが、その傍らのライムは鋭い視線を向けている。

「――頼りない人たちのお守りは大変……とか言ってた辺りからかしら?まったく、カーマイン……あなたって子は!!」

 いきなり拳を振り上げた彼女を見て、カーマインは一気にあとずさる。

「――ぼっ!暴力反対っっ!!そんなに怒ってばかりいたら、皺が増えるんだからっっ!!」

「――誰のせいで怒ってると思ってるの!!将軍閣下には無礼を働くし……ひさしぶりに修正してあげるから、覚悟しなさい!!」

 脱兎のごとく逃げ出したカーマインを追って、ライムが走る。

 えんえんとラボ内で鬼ごっこを繰り広げる二人を見ながら、サチコは再び笑った。

「――フフッ……久しぶりに見たわね。あの二人の掛け合いも」

「――まぁ、今更なにを言う気力もないがね……」

 力なくため息をついたヴァイスは、二人を無視して彼女のほうに向き直る。

「……でだ。サチコ主任、なんでも今回の作戦に際して、使って欲しいものがあると聞いてきたんだが?」

 彼の言葉に、サチコは思い出したように手を打つ。

「――ああ、そうでした……実はついこの間、新型のPFがロールアウトしたもので……それの実戦テストをお願いしたいと思いまして……」

「――新型のPF?」

「――はい。他にもいくつかの新兵器や試作型兵器もあるんですが……まずは、これを御覧ください」

 そう言うとサチコは、慣れた手つきでコンソールパネルを操作した。

 巨大な人型兵器の全体像が、スクリーンに映し出される。どうやら、PF開発セクションの様子らしい。

 そこに立ち並んだ機体はJ-ファーに似てはいたが、各部がより鋭角的なフォルムをしていた。

「――こいつは……?」

 思わず唸ったシュタインのほうを見て、サチコは得意げに続ける。

「――APF-003C[J-ファー指揮官用改修型]――通称、J-ファー・カスタム。全体の出力を25%向上し、電子機器関連の高性能化を図った最新鋭機です」

「……ほう。たいしたものだ……それで?今回の作戦にこいつを使えというわけか?」

 だがヴァイスの反応は、意外とそっけない。

 どうやら、彼としてはあまり本意ではないようだ――それもそのはずである。

 いくら新型とて机上の理論だけでは使いものにならないわけで、誰かがそれを実際に戦場で使わねばならない。

 その役目を引き受けるということは、データ収集のためのモルモットになれと言われてるも同じなのだ。

 通常の任務ならばいざ知らず、将軍直々の特命をテストケースにされるのは、あまり気分の良いものではなかった。

 そんな彼の様子を察したのか、サチコは肩をすくめる。

「……少佐としては、慣れ親しんだ機体のほうがいいとお考えなのでしょうが、この事件はあきらかにただ事ではありません。ヴァリム側の新兵器にやられた――という可能性も捨てきれませんので、こちらとしても、できる限りの手を尽くしておきたいのです」

「――確かに。今回の一件、単なる行方不明事件にしては、あまりにきな臭すぎるからな……」

 彼女の指摘に、シュタインが頷く。

 慣れた機体とはいえ、J-ファーのスペックは、もはやヴァリムには筒抜けだ。

 パイロットの技術でカバーできれば問題ないが、それができない相手の場合、もはや打つ手はない。

「――それゆえのJ-ファー・カスタムです。仮に予期せぬ敵が出てきたとしても、この機体ならそうそう遅れを取らないでしょう」

 続けられたサチコの言葉に、ヴァイスは小さく息をついた。

「――ま、君たちの気遣いには感謝しておこう……で?他には、なにがあるのかね?」

 次を促す彼に、サチコは再びコンソールを操作する。

 今度は武器開発セクションの様子が映し出された。

 そこには従来のものよりも、一回り大きいPF用マシンガンの姿がある。

「――これは、つい先頃完成した新型兵器のレーザーマシンガンです。グリップ部をアームフレームのエネルギーコネクターと接続し、ジェネレーター・エネルギーを本体に供給します。供給されたエネルギーは発射の際、弾丸にコーティングして撃ち出され、対象物に運動エネルギー及び熱エネルギーの両面からダメージを与えます。その破壊力は、通常のサブマシンガンの4倍――ヌエ程度のPFなら、4、5発も撃ち込めば行動不能にすることができるでしょう」

「――ほう。そいつは凄いな」

「――ただ、ジェネレーターの回復速度が追いつかなくなると連射が不可能になってしまうという欠点がありますが……それでも既存の射撃兵器と比較すれば、性能は段違いのはずです」

「――ふ〜〜ん……なかなかに魅力的ね。使い方さえ間違えなければ、役に立ちそうだわ」

 いつの間にか戻ってきていたライムが、ヴァイスの後ろから感心したような声をあげた。

 彼女の傍らには、頭を押さえてうずくまっているカーマインの姿がある。

「……どうやら、鬼ごっこは終わったみたいですね」

「――まぁね。ひさしぶりに、良い運動になったかしら?」

 サチコの言葉に、ライムはそう言ってウインクする。

 かたや、傍らのカーマインは不満げだ。

「ううぅぅ……ひどすぎるぅ……3回も、3回もぶったぁ〜〜〜〜……!!」

「――口は災いのもとだな。中尉……少し、気をつけたほうがいい」

 シュタインが苦笑気味に彼女を慰める。自業自得とはいえ、さすがに見るに忍びない姿だった。

「――いいんですよ。シュタイン大尉。たまにはこうしないと、すぐ調子にのるんですから」

「――まぁ、そう言うな。確かに一理あるが、彼女も一所懸命やってるんだからな」

 ライムの冷たい言葉にも、思わずフォローを重ねてしまう。どうも女性に対して甘過ぎるのは、彼の特性のひとつのようだ。

 その言葉に、べそをかいていたカーマインの瞳がパッと輝く。

「――やっぱりシュタインさんは違う〜〜。みんなみたいに冷たくないもんねぇ!」

「え?あ、いや……!」

 いきなり立ち直って腕に絡みついてきた彼女に、慌てふためくシュタイン。

 ヴァイスが、笑いながら葉巻に火をつけた。

「――ハッハッハ……ま、少しカーマイン中尉の相手をしててやってくれよ。シュタイン……お前も少しは女に対して、免疫をつけたほうがいいようだからなぁ!」

「……少佐みたいに慣れ過ぎるのも、困りものですけどね」

「……なにか言ったかね?ライム大尉?」

 訝しげな視線を向けた彼に、ライムは小さく肩をすくめる。

「い〜〜え、なにも……ところでサチコ主任。あそこにあるアームフレームとかはなにかしら?ちょっと気になったんだけど?」

 そう言うと、彼女はスクリーンとは別方向にあるガラス張りの壁の向こうを指差した。

 そこは、やはりなにかの研究セクションのようで、PFのアームやレッグらしきものが見える。

「え?ああ……あれですか。あれはですね、第6研から上がってきたJ-ファー強化計画[フィール・プロジェクト]の試作型フレームですよ。まだ完全に調整は済んでませんけどね」

「――フィール・プロジェクト?そういえば聞いたことあるわね……確か、それぞれの戦況に適応させた武装特化型機体を作る計画だと思ったけど?」

 記憶をたぐり寄せるように首を傾げたライムに、サチコは頷く。

「――ええ、そうです。あそこにあるのは近接戦闘用にパワーを強化した試作型アームと、安定性及び旋回性能を追求した試作型レッグです。私たちはグラップラーアーム、キャノンレッグと呼んでますけどね……今回、グレン小隊に支給されるパーツの中にも入ってます」

「――ふ〜〜ん。至れり尽くせりって感じね。少佐じゃなくても、モルモット扱いされてるんじゃないのかって思っちゃうわ」

 ライムの言葉は皮肉げだ。ただ、本気で非難しているわけでもないらしく、その瞳は穏やかだ。

「……それについては否定しませんけど……とりあえず、使うかどうかは現場の判断ということで」

 思わず苦笑するサチコを見ながら、ヴァイスはゆっくりと煙を吐いた。

「――まぁ、どうなるかは、行ってみなければわからんよ。結局のところ、すべては調査に入ってからということだな」

 新兵器が必要になるか否かは、彼としても判断のつかないところだ。

 少なくともその可能性は高いと言えたが、今、論じることではないだろう。

「――そうですね……とりあえず、PFとパーツはすべて輸送機の中に積み込んでおきます」

「――ああ、よろしく頼むよ、サチコ主任……さて、我々もそろそろ行くとしようかね」

「――了解です」

 踵を返したヴァイスに対して、ライムが答える。

 その視線の先では、カーマインにじゃれつかれたシュタインが、いまだに困惑の表情を浮かべていた。









 

 それから、およそ1時間後――。

 アルサレア要塞での準備を整えた新生グレン小隊は、戦術輸送機バインガルドで、行方不明事件の起こった国境の渓谷へと向かっていた。

 事件が起こった渓谷は、カシュー平原を700kmほど南下した地点にあり、山岳地特有の上昇気流と高低差の激しい不整地のため、戦略的には重要視されていない場所である――いわば天然の要害だ。

 ここから進軍を図ろうとする部隊は、今のところいなかった。

 仮にいたとしたら、その指揮官はよほどの新米か、もしくは無能だといえる。

 PFの汎用性が高いとはいっても、その運用法には細心の注意を必要とした。

 山岳地での戦いは、まだまだ両国共に不慣れな部分が多かったのだ――そこでの戦法が確立され、山岳戦闘用のPFが開発されるのは、もう少し先の話である。

 もっともそういった経緯があるからこそ、この地域の警戒が薄いのも確かで、隠れてなにかをやろうとするならば、これほど都合の良い土地もない。

 ヴァリムの新兵器実験――サチコの言った言葉が、行方不明事件の真相に最も近いのではないかというのが、上層部の出した見解だった。







 

「――救難信号?」

 PFの投下地点まで、あと30分という距離までせまった頃――。

 作戦前の一服とばかりにオペレータールームで葉巻をふかしていたヴァイスは、突然の報告に彼らしくもない声をあげた。

「――本当に、そんなものが出ているのかね?カーマイン中尉?」

「――は〜〜い。出てますよぉ♪」

 カーマインが慣れた手つきでコンソールを叩きながら、モニターに目を通す。

「――サテライトM-1での位置確認も終わってますから♪ポイントX625のY352――どう見ても、例の行方不明事件のあったとこですよねぇ〜♪ただ、敵にバレてる可能性も68.58%なんですけどぉ〜〜♪」

 鼻歌混じりで報告する彼女は一見不真面目そうに見えたが、仕事は迅速であり正確であった。

 並のオペレーターならば、今頃やっと座標の確認を終えたところだろう。

「……フム……予測してなかった展開だな……」

 カーマインの報告に、さしものヴァイスも少し神妙な顔つきになった。

 これまでの経過で、救難信号が発信されたという例はまったくなかったからである。

「――どう見る?シュタイン?」

 彼は壁に寄りかかっている青年に意見を求める。

 若き青年士官は腕組みをしたまま、鋭い茶色の瞳を向けた。

「――罠、という可能性はあるが……今更、罠を用意する理由はないだろうな。だとするとその信号は、本当に味方のものと考えるのが妥当だ」

「――私もシュタイン大尉の意見に賛成ですね。もっとも、犯人がこれまでなんの痕跡も残さなかったことを考えると、少し不自然な気はしますが……」

 ライムの声も訝しげだったが、それ以上に彼女の顔に浮かんでいたのは、わずかな忌々しさだ。

 刻々と変化する状況というものは、戦場でなくても世の常である。

 とはいえ、変化を望む者はあまり多くなく、それが好ましくないものならば誰でも願い下げだろう。

 少なくともこれでグレン小隊は、生存者の救出という任務を付け加えられたということになるのだ。

 それもヴァリムに見つかる前に迅速に、というおまけつきでだ。

「――ふう……どうも最初からろくなことがないようだねぇ……」

「――仕方がないさ……少佐、とりあえずは急ぐしかないようだな。早めに機体の準備をしておく」

 シュタインは壁から背を離すと、語ることはないとばかりにオペレータールームを出ていく。

 無駄口を叩く暇があったら、起こすべきは行動――彼は、意味のない会話には興じない男だった。

 ヴァイスは肩をすくめる。

 以前からそうだったが、青年の思考がお固いのは相変わらずのようだ。

「……カーマイン中尉。パイロット君に伝えてくれたまえ。出来る限り早急に、投下地点に向かってくれとな」

「は〜〜い。了解しました〜〜♪」

 続けて部屋を出ていったライムを見ながら、彼は灰皿に葉巻をこすりつけた。















 

 アルサレアとヴァリムの国境地帯。

 岩と砂で覆われた渓谷に、PFのスクラップが横たわっている――それは先の戦闘において、謎のヌエに破壊された第66特務小隊のなれの果てであった。

 部隊の中でただ一人生き残った無精髭の男は、地面に転がったJ-ファーのコクピットの中で、小さな酒瓶をあおっていた。

「……やれやれ、まいったねぇ……まさか、こんなことになっちまうとは……」

 彼の目の前のモニターには、一応、光が点っている。PFのジェネレーターと電子機器の一部はかろうじて生きていた。

 ただ、肝心の通信機は故障――おまけに下半身がなくては動くこともできないわけで、彼としては、ここで救難信号を発しながら待ち続けるしか手がなかった。

 なにしろ一番近い基地ですら300kmの彼方だし、それ以外に人の住んでいそうなところはなかったからだ。迂闊にうろちょろしても、助かる可能性は低いのである。

「――しっかし、なんだったのかねぇ。あれは一体……どう考えても幽霊にPFが倒せるわけないからなぁ……」

 彼――第66特務小隊のオスコット・リースボン伍長は、誰に言うともなくつぶやいた。

 あの時、彼らを襲った謎のPFは確かにヌエだったが、その性能は今までに出会った同型とは段違いのスピードを持っていた。

 いや、スピードだけならまだいい。

 あの機体は、あきらかに『速い』という形容を通り越した動き――そう、まるで瞬間移動でもしたかのような動きで、自分たちを翻弄したのである。

「――まぁ、あんなのがいたんじゃ、行方不明者が続々出て当然だわな。しかし、行方不明ってことは、俺たちみたいに倒されたんじゃないってことかね……?」

 不思議と冷静な面持ちで、状況を分析するオスコット。

 アルサレアの中でも古参の兵士である彼は、これまでも過酷な戦場を生き抜いてきた。

 人の死など見慣れている――仲間を殺されて悲しまないわけではなかったが、そういった感傷が、戦場ではなんの役にも立たないということは、彼自身が一番よく知っていたのだ。

「――なんにしても、情報不足ってことか……ま、戦闘記録だけでも解析できれば、なにかわかるかもしれないけど、助けがいつ来るかが問題かねぇ……」

 先の戦闘記録の入ったデータディスクをもてあそびながら、彼はため息をつく。

 救難信号を出してるといっても、助けが来るまでは時間がかかるだろう。

 この辺りは気流の関係もあって、航空機による接近は極めて困難だったからだ。

 もっとも、救出が不可能というわけではなかったので、別に悲観するほどのことはない。
 要は無駄な体力を使わずに、大人しく待ってればいいだけだ。

  短気な性格の人間ならともかく、元々のんびり屋のオスコットには、苦痛でもなんでもなかった。

「――さて、少し一眠りしますかね」

 彼が大きく伸びをして、救難信号以外の電子機器を落とそうとした時、レーダーに突然、光点が点った。

「……この反応はPF?しかも一機……ってことは、どう見ても味方じゃあなさそうだ……」

 眼鏡を直しつつ、オスコットはレーダーを睨む。

 その瞳は、すでに鋭さを取り戻していた。


「――さっきの幽霊さんかな?しかし、なにをしにここへ来たのか?……どうも、やな予感がするねぇ……」

 戦士の直感が、ここにいてはまずいと告げていた。

 オスコットはコクピットハッチを開けて飛び出ると、近くの岩場の陰へと走り込む。

 砂塵の霞の向こうから、PFの歩いてくる音が聞こえてきた。

「――やっぱりねぇ……どう見ても、幽霊さんってわけではなさそうですが……っとぉ!」

 彼がつぶやくのと同時にヌエから無数の閃光が走り、J-ファーのジェネレーターを貫いた。

 距離のわりには、異常に正確な射撃だった。

 まるで機械のような精密さである。

 J-ファーの上半身は見事に爆発――。

 吹きつける熱風が肌をなぶり、轟音が耳をつんざく。

 あと少し逃げるのが遅ければ、オスコットの命はなかっただろう。

「……ちょっとちょっと、マジですかぁ?わざわざ証拠隠滅のために戻って来たってぇの?」

 岩の陰から顔を覗かせたオスコットは、敵から放たれる殺気が消えていないのに気づく。
 そのメインカメラが、彼を探すかのように左右にせわしく動いていた。

 やがて彼の潜む岩陰に狙いを定めたヌエは、手にしたスマートガンを無造作に放つ。

 巨大な弾丸が空気を震わせ、砂塵と石の破片が舞い上がっていった。

「……マジ、みたいね……このまま帰ってくれれば、万々歳だったんだけど……そうもいかないか。まさか生身でPFとやり合うことになるとはねぇ……日頃の行いが、悪かったせいかな?」

 圧倒的に不利な状況であるにも関わらず、飄々とした風情のオスコット。

 だが、それはあくまで表向きのスタンスに過ぎない。

 実際は、彼も死に物狂いなのだ。

 戦場では冷静さを欠いた者から死んでいく。

 それを忘れないために、あえて彼は飄々とした男を装っているのである。







 

 オスコットは、持ち物を確認する。

 護身用のハンドガン一丁と、手榴弾が二個――そして携帯用のレーションと酒瓶があるだけだ。

 あとのアイテムはJ-ファーごと吹き飛ばされてしまったことになる。

「……さて、と……これで、どこまでいけるか……ま、やるだけやってみますか!!」

 手にした武器は少ない――やや考えて戦術を決定したオスコットは、一人ほくそ笑むと、再び酒瓶を取り出してあおった。そして敵の接近を待つ。

 ヌエは、威嚇するかのようにスマートガンを放ちながら歩いてくる。

 空気を裂き、大地を穿つ人間大の鉛の固まりは、いかつい死神の手のように見える。

 心臓の鼓動すら聞こえる緊張、戦場を実感できる死の空気――それでもオスコットの瞳は揺らがない。

 誰もが忌み嫌いながらも、長く身を投じた者は決して逃れられない一種の麻薬にも似た快感――彼もまた悲しいことに、そういう感覚に慣れた人種だったのかもしれない。

 彼は、敵が狙った位置に辿り着いたのを確認する。

 そして手榴弾のピンを抜き、高い放物線を描くように思いっきり投げ放った。

 空中に弾ける炎の華が、周囲に赤い閃光を振り撒く。

 ヌエの瞳が一瞬、そちらのほうに向いた。

 その瞬間を狙って、オスコットは岩陰から走り出た。

「――うおおおおおおおおおぉぉぉっっ!!」

 気迫の疾走――気配に気づいた敵が、肩のガトリングをばら撒く。

 死神が、彼のあとを追ってくる。

 コンマ数秒の感覚で、恐怖がせまってくる。

 だが、オスコットは振り返らない――ただひたすら前を見つめて走り、やがて彼はヌエの足元へと辿り着いた。

 そのまま足の間をくぐり抜けると、残った手榴弾をすれ違いざまにヌエの膝裏――剥き出しの関節部めがけて放り込む。

 狙いあやまたぬ投擲。

 PFでは狙いのつけにくいその部分こそ、弱点であり死角だった。

 轟音と共に巻き起こった爆発が、脚部の関節を破壊した。

「――ま、ざっとこんなもんでしょ……って、うぐわがっっ!!」

 バランスを崩したヌエを見て勝ち誇ったように笑ったオスコットだったが、次の瞬間、つぶれた蛙のような絶叫をあげた。

 ヌエが体勢に構わず、地を薙ぎ払うかのように腕を振るったのだ。

 そのまま機体は倒れたが、スマートガンの銃身は巨大な鈍器となって、彼を吹き飛ばしていた。

 大地に叩きつけられたオスコットは、全身を襲う苦痛に顔を歪める。

 口から赤いものが吐き出された――どうやら肋骨が折れて、肺に突き刺さったようだ。

「……ミ、スった、ねぇ……せっかく、カッコ良く、決まっ、たと思ったら……」

 息を荒げる彼の目の前で、ヌエのコクピットハッチが開く。

 そこから姿を現したのは――見目麗しい金髪の少女だった。

 その瞳は限りなく冷たい光を宿しながらも、どこか悲しみに満ちているようにも見える。

「……これは、まさか……幽霊、さんの、パイロッ、トが、こんなお嬢、ちゃんだったとは、ねぇ……」

 重傷にも関わらず強がりを言うオスコットに、少女は非情の銃口を向けた。

「――あなたに恨みはないけど……ここで、死んでください……」

 機械めいた口調が、彼女の決意を物語っているように聞こえた。


 もはや、抵抗することはできない――オスコットは、死を覚悟していた。


 だが、銃口から冷たい鉛が吐き出されることはなかった。

 構える少女の手が、小刻みに震えている。

 恐怖でも、躊躇いでもない。

 なにか抗えないものに、必死で抵抗しているかのような――そんな姿だった。

「……うう……っ……!無益、な……殺人を犯して……そうまでして、私は……!!」

 少女の手からハンドガンが落ちる。

 黒い衝動を抑えようとするように頭を抱えて叫ぶ彼女を、オスコットは霞のかかったような視界で眺めていた。

(――なぜ、この娘は苦しんでいる……?)

 白濁とした意識の中に浮かぶ疑問――だが、その謎が解けることはついになかった。

 遠くから響いてきた地響きに、少女の顔が強張る――南の方向から、PFが数機向かってくるのが見えた。






 

 少女は猫のような軽さで身を翻すと、再びヌエのコクピットに飛び込む。

 メインコンピューターに駆動系のチェックを命じる。

 モニターに、機体のCG画像が投影された。

「――損傷率18%。右脚部の動作不良。機体のポテンシャル発揮率75.3%に低下……」

 機体のダメージ自体は大したことなかったが、普通のパイロットなら間違いなく逃げの一手を打つことだろう。

 右足のない状態では、ほとんど動き回れないも同然だからだ。

 しかし、少女の瞳に撤退の意志は見られない。

 先程見せた迷いもない――ただ、機械のように冷徹に現実を把握する。

「――右側ブースターの稼働領域、及び出力範囲を30%拡大……残存エネルギーチェック……スタンディングモード維持を想定した場合の戦闘行動可能時間5分41秒35……戦闘行動に支障はありません。速やかに敵機の掃討を開始します」

 まるで誰かに報告するかのようにつぶやいた少女は、レーザーソードを杖代わりにヌエを立ち上がらせると、近づいてくるPF部隊に向かってブーストダッシュしていった。

「――み、かた……?しかし、あの状態、で、やり合おうと、いうのか……無茶、な……!」

 なぜか敵を心配するという不可解な感情を抱えながら、オスコットの意識は闇に沈んだ。













 

 その頃バインガルドから降下し、目的地点に向かっていたグレン小隊も、ヌエの存在を察知していた。

『――0時の方向にPFの反応あり!データ照合――[JN-NE00]ヴァリム製PFのヌエだね。距離はそこから1340m……って、動き出したよ?え?速い!もう少佐たちのほうに来るぅ!』

 カーマインが、彼女らしくもなく驚いた様子で警告する。

 確かにレーダーに映る光点が、凄まじい速さで接近していた。既存のPFブースターではありえない速度だ。

「――早くも当たりクジを引いたかな?……各機、散開!敵PFを迎え撃つ!!」

「「了解!!」」

 ヴァイスの指示に従って、シュタインとライムのJ-ファー・カスタムが左右に散る。

 視認出来たと思ったのも束の間、謎のヌエはとてつもないスピードでグレン小隊にせまってきた。

 ライム機がサブマシンガンを放つが、その弾道が敵機を捉えることはない。

「――そんな?なんなの、あの速さは!?」

 驚く彼女を尻目に、ヌエはいきなりヴァイス機に向かって襲いかかった。

「――むうっ!!」

 体当たり気味に振るわれたレーザーソードの一撃を、フォースソードで受け止める。

 弾ける閃光、コクピットを揺らす衝撃――。

 衝突時の慣性を受け止めきれず、J-ファー・カスタムが後方に流される。

 ヴァイスはブーストを全開――大地を削るようにしながら、両者は減速していった。

 しかし、必死に押し返そうとするJ-ファーカスタムを嘲笑うかのように、ヌエはヴァイス機の胸を蹴って空中に跳び上がった。

「――迂闊なっっ!!」

 シュタイン機がサブマシンガンを撃つ。

 あの不自然な体勢では、どういう機動を取ろうとも回避に精一杯で、反撃の余地はない。

 空を駆ける無数の閃光――しかし、その弾丸がヌエを捉えることは、やはりなかった。

 もちろん捉えないこと自体は予測できたのだが、三人を驚愕させたのは、ヌエの姿がいきなりその場から消えたことだった。

「――バカな!?消えただと!?」

 思わず目を見開いたシュタインに、通信機からカーマインの叫びが飛ぶ。

『――シュタインさん!敵機、右後方35度!!レフトステップ!右側ブースト全開!!』

「――!!」

 とっさに指示通りの行動を取るシュタイン。

 いきなり後方に現れたヌエに、フルブーストの炎が炸裂した。

 左に流される形になった機体を立て直し、シュタインは無造作にサブマシンガンのトリガーを引く。

 一瞬たじろいだヌエだが、すぐに立ち直るとサイドブーストでその狙いを反らす。

 地面をえぐっていく弾丸――しかし、かろうじて回避したヌエの視界に、ライムのJ-ファー・カスタムが飛び込んできた。

「――甘いわよ!!」

 間合いを詰めつつ、サブマシンガン連射。さすがに回避しきれなかったヌエの左腕が砕ける。

 追撃をかけようとフォースソードを振りかぶったライム機だったが、その刃が振り下ろされる寸前で、ヌエの姿がまた消えた。

「――そんな!また!?」

 慌てるライムだが、続けて聞こえたカーマインの声は冷静そのものだ。

『――少佐!ライム機上方10m!左12度、前傾33度で、モーターキャノン発射!』

「――了解だ。中尉!」

 どちらが隊長かわからなかったが、ヴァイスはカーマインの指示通りにモーターキャノンを発射した。

 本来なら放物線を描いて落下するモーターキャノンだが、打ち出された角度がちょうどヌエの出現地点に向いていたため、一直線に命中する。

 くぐもった爆発音と共に、ヌエが地面に落下した――間違いなく致命の一撃だった。

「――さすがにお見事だ。カーマイン中尉……伊達に作戦成功率100%の部隊を率いてないな」

『――おだてても、なにも出ませんよぉ♪』

 ため息と共に吐き出されたヴァイスの賛辞に、カーマインはいつもの調子を取り戻して笑った。


 そう。

 彼女が他の人間と違い[オペレーティング・コンピューター]と呼ばれる理由は、まさにここにあった。

 彼女は偵察衛星や広範囲索敵レーダーなど、オペレーターの情報収集能力をフル活用して、基本的な作戦のフォローから各PFのリアルタイム行動指示までの一切を行ってしまうのである。

 これは並の人間の情報処理能力では、到底できないことだった。

 そしてその指示を間違いなく実行できる人間も、そうそういるものではない。

 ヴァイスたち以外にそれができるのは、カーマインの率いる精鋭――第32特務部隊だけだったが、パイロットの練度には天地の差があった。

 さらに新型のJ-ファーカスタムは予想通りの性能を発揮――つまり新生グレン小隊は、まさにアルサレア最強の部隊となり、その戦闘能力は謎のヌエのそれを遥かに上回っていたのである。







 

「――損傷率64%オーバー……彼我の戦力差から、作戦の実行は不可能と判断……撤退します」


 ヌエのコクピットで、少女は唇を噛んでいた。

 目の前の部隊は、これまで相手にしてきた敵とはあきらかに違う――強敵だった。

 しかし、ここで撤退すれば、あとがないことも少女は知っていた。

 ドクター・キサラギは、今度こそ自分を許さないだろう。

 それでも彼女は――まだ死ぬわけにはいかなかった。

 たとえ己の五体が裂け、心が砕け散ることになろうとも――生き残らねばならなかったのだ。



「――座標修正……瞬間転移システム、作動――」






 

「――それにしても、こいつは一体……やはりヴァリムの新兵器ということなのか?」

「――?待って!なにか、様子が変よ!?」

 敵の正体を確かめようと近づいてきたグレン小隊だったが、その前で、ヌエの姿が再びかき消えようとしていた。

「――なんだと!?」

 ヴァイスたちの間に再び緊張が走る。あの状態でまだ動けるとは、誰も思っていなかったのだ。

 だが、カーマインからの警告はない。

 代わりに聞こえてきたのは、ため息混じりの言葉だった。

『――少佐。敵機は渓谷の上のほうに逃げたみたい……一応、こっちでも追ってるけど、ちょっと……追いつけないね』

「――そうか……」

 ヴァイスはシートに寄りかかった。

 地形もろくにわからないような渓谷では追撃もままなるまい。

 姿を消すことのできる相手なら、なおさらだった。

「――とりあえず、救難信号の発信されていた地点へ向かう。発信主がどうなったかはわからんが……放っておくわけにもいくまい」

「「――了解」」

 どこか疲れたような顔で、シュタインたちも頷いた。

 いきなりの戦闘には慣れていたが、得体の知れない相手との戦いは、精神を消耗させるものだ。

 戦いはまだ終わっていない。近いうちに相見える機会もあるだろう。

「――しかし、あれはなんだったんだろう?少佐?」

 額に浮かんだ汗を拭いながら、シュタインはつぶやいた。

 未知のテクノロジーを搭載した敵――あれが悪夢ではなく、現実だということを思い知らされるにつれ、一抹の不安がよぎったのかもしれない。

 それは命の危険とかいう個人的な感情ではなく、戦争というものがその闇を増していくのではないかという懸念だった。

「――さぁな……私にもわからんよ。まぁ、これで終わりというわけでもないからな……また改めてリベンジといこうか……」

 ヴァイスは答えながら、PF上部のコクピットハッチを開く。

 喧騒の去った渓谷に流れる穏やかな空気。

 そして、差し込む黄昏の光。

 どこか血の色を思わせる赤は、この地で犠牲になった仲間たちの慟哭か、はたまた消えぬ怨念か――いずれにしてもその光景に、美しさというものは存在しなかった。


(――フン……戦場で見る景色が美しかったら、人間としては終わりだな……)


 そんなつまらぬことを考えながら、ヴァイスはおもむろに持ってきた葉巻に火をつけた。











 

「――ぐ、がはあぁぁっ!!」

 人知れぬ渓谷の高みでヌエを止めた少女は、夕暮れの空気に抱かれて嘔吐した。

 全身を襲う不快感は、肉体の叫び。

 拭い去れない不安は、心の嘆き。

 力を得た代償は、あまりに大きい――この命がいつまで持つかも、怪しいものだ。

 それでも、彼女は立ち止まれない。

 自分自身のものではない命が、彼女の肩にかかっている。

 ただ一人の大切な人間を救うため――少女は、悪魔に魂を売ったのだから。


 胸元から、ロケットが垂れる。

 その蓋を開き、中の写真を眺めながら、少女は強い光を瞳に宿していた。


「――待ってて、セレナ……私は、必ずあなたを救う……!」


 写真に写っていたのは、かつての少女と、そして彼女に似た印象を持った娘の姿――。

 さらにロケットの表面に刻まれていたのは、これを少女に送った者の言葉だった――。



 

 ――Dear My Sister Silia―― (親愛なる私の姉、シリアヘ)

 ――From Selena Blueknight―― (セレナ・ブルーナイトより)












―― 第2話に続く ――

 


 ○ 作者あとがき

 お待たせしました。[PMMZ]の第1話をお送りします。
 しかし、やっと1話が完成したと思ったら、プロットの3分の1も進んどらん(爆!)!!
 あかん。こんなはずでは……というわけで、皆様、もう少しお付き合い下さいませ^^;

 今回、やっと最後で謎の少女の正体が明かされました。
 まぁ[虚空の鳳凰]を読んだ方は、もうお気づきですよね^^
 それでは、この後の展開がどうなるか――第2話でお会いしましょう!!




双首蒼竜
 


 管理人より

 双首蒼竜さんより第1話をご投稿いただきました!

 ・・・なるほど、そうなりましたか(笑)

 これからどうなっていくのか、楽しみです!!
 


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