◆「Panzer Frame J-PHOENIX」 Original Another Story ◆

―― EPHEMERAL EMOTION ――

○ Personal Chapter (4) 「PLEDGE」 ―― Gren Leader SIDE ――






 ―― Gren Leader SIDE ――




 かつて、守れなかった者がいた。

 かつて、救えなかった者がいた。

 悲しみと苦痛――二度と味わいたくない感覚だった。


 ――君は、俺が守り抜いてみせる。

 だから、守りたいと思う者に、俺は誓った。

 ――お前の苦しみを、解き放とう。

 だから、救いたいと思う者に、俺は誓った――。









 アルサレア戦役終結後、ヴァリムに捕らわれていた俺は、アイリたちによって救出された。
 輸送機の中での、短くも長い一時――そして天空に輝く太陽の下、再び踏みしめたアルサレアの大地は、懐かしい匂いがした。
 正直、また祖国の土を踏むことができるとは思っていなかった。少し前まで俺は、いつ殺されてもおかしくない状況にあったのだから。
 フェンナやアイリ、キース――さらには他の多くの人間たちも、一様に喜びに満ちた顔をしていた。
 そう。彼らの働きがあったからこそ、俺は今、ここにいられるのだ。
 彼らには感謝してもし切れないだろう。


 だが、それ以上に、俺には感謝しなければならない人間たちがいた。


 [双子の悪魔]


 名前の恐ろしさとは裏腹に、雪原から俺を救い出してくれたのは、他ならぬ彼女たちだ。
 その中でも、俺の命を守ってくれたのが、双子の姉――ユイ・キサラギだった。
 敵として相まみえていた頃は、氷のように冷たい少女だと思った。
 だが、雪原での再会以降、俺はそれが偽りの姿なのだということを知った。


 ――また、気が変わるかもしれないから……。

 ――人間らしい? ありえないわ……。

 ――任務、だから……。


 彼女たちはマン・マシーン計画という実験によって生まれた。詳しいことまではわからないが、人格すらも歪めてしまう非人道な計画ということらしい。
 類稀なる戦闘力を追求した結果、彼女らはおよそ一般人にはないメンタリティを得るに至った。
 姉のユイは、コンピューターのような冷徹さと計算高さ。妹のマイは、恐怖の排除と凶暴なまでの戦闘衝動という具合にだ。
 しかし、いくら兵器として調整されたとはいえ、その下に潜んでいる人間としての本質は、俺たちとまったく変わらない。
 俺は、ユイの言葉の端々に、それを見たような気がした。


 ――お前は、敵でなくてはならないのよ。

 ――言ったはずよ。お前は敵だと……!


 だから、別れ際に彼女が言った言葉は、戦闘兵器としての性質が言わせた言葉なのだと思った。
 そして、それは彼女の心を縛り付ける見えない鎖なのだと理解した。
 その鎖を解き放つことができれば、彼女は今と異なる道を歩むことができるのではないか?
 ただひたすらに戦うだけの宿命から、自らの意思で進むことのできる人生を選択できるのではと――。
 だから、俺は誓った。
 その鎖から彼女を解き放とうと、心に誓ったのだ。









 アルサレアに戻ってきた俺は、二日ばかりの休養をもらっただけで、本来の仕事に戻された。
 大規模な戦争が終わったとはいえ、前線での小競り合いはいまだに続いている。部隊の編成や作戦の立案などやることは多く、いつまでも貴重な人材を遊ばせておくわけにはいかないというのが参謀本部の意向だ。
 端から見たら、俺は相当、疲れた顔をしていただろう。
 正直、将軍職というのは性に合わない。そもそも頭を使うより身体を動かしていたほうが、俺には向いている。
 とはいえ、嫌だと言って逃げられないのが組織というものだ。
 慣れない仕事に苦戦する日々が、続いていた。


 そんな折のことだった。
 俺が、元帥に就任するという話をフェンナから聞いたのは――。




「――元帥?」

「ええ、正式な辞令は明日ということですけど、ツェレンコフ参謀本部長が、そう言ってました」




 執務室でその話を聞いた時は、正直、なんの冗談かと思った。
 今の職務すら満足にこなせていないのに、いきなり最高責任者だ。参謀本部長も気が狂ったんじゃないかと。
 しかし、よく考えてみれば、そうなる要素がなかったわけでもない。
 ヴァリムの黒夜叉を破り、アルサレアに勝利をもたらした軍神――それが今の俺に与えられた評価だということは、国民の誰もが知っている。
 そして、そういう人間が国の指導者になったら、間違いなく国は活気付く。
 たとえ、その人間が単なる傀儡であったとしてもだ。


「――嬉しく、ないんですか?」


 フェンナが、俺を気遣っているのがわかる。
 敵地での監禁生活からろくな休息もなく、慣れない職務に回されたことで、疲れ切っていると思っているのだろう。
 それは、間違いじゃない。実際、ツヴァルコフから受けた傷は癒えてなかったし、仕事に嫌気が差していたのも事実だ。
 しかし、それ以上に俺は世間の目が疎ましいと思っていた。
 戦争という殺し合いで得た評価など、意味のないものだということを、この国の人間は忘れているのかもしれない。
 戦争を望まない者たちも、戦争の中において、正しい心を失っていく。
 そして、自分のやっていることを正当化して、それが正義だと信じている。


 ――守るべき者のためならば、鬼にでも修羅にでもなると、俺は誓ったのだ――。


 かつて決戦の時に、グリュウは言った。
 戦争を望んでいないと言った男の歩んだ道も、人殺しの道だった。
 どんなに凄腕と言われようと、戦場で一人の人間も殺さずに済むはずがない。俺もこうして生き延びるために、何人のヴァリム兵を殺したかわからないのだ。
 戦争を終わらせるために戦う。俺たちのやってきたことは、矛盾以外のなにものでもないのだ。


(――グリュウ。俺たちは……単なる道化に過ぎないのかもしれないな……)


 黒夜叉の呼び名も、俺の元帥就任も、プロパガンダの一環だ。
 戦争を続けるために、民衆の士気を高めるためだけに使われているに過ぎない。
 そこには平和への願いなど、微塵もない。
 だから、俺は喜びはしない。むしろ怒りと悲しみすら覚える。
 そして、その不当なまでの現実に、なにもできない自分が歯痒かった。


 気がつくと、俺はフェンナに当たってしまっていた。


「――俺は、最高責任者なんて柄じゃない。自分の立場ゆえに、部下を死地に追いやるような真似は、もう御免だからな……それに、俺はグレン将軍を守れなかった。クレア様も救えなかったんだ……守るべき者も、救うべき者も、部下さえも死地に追いやってしまう……そんな人間が、国の指導者になるなんて、皮肉を通り越した笑い話だろう……」


 自分でも、不甲斐ない言葉だと思った。
 なんで、そんな言葉を口走ったのか、自分でもよくわからない。
 いや、俺自身の心の中にある後悔の念が言わせたのだろうか? だとしても、グレン将軍やクレア様についての後悔など、フェンナの前で言っていい言葉じゃなかった。


「……どうして、そんなことを言うんですか!!」


 頬を打ち据えた彼女の平手が、心に痛かった。
 そして、案の定、彼女は泣いた。


 俺は、彼女にかける言葉を失っていた。
 たとえ傀儡だとしても、今の俺に国を背負うつもりはないし、その資格もない。
 俺もまたグリュウと同じで、戦うことしかできない人間なのだ。
 そして、戦うだけの人間にできることは、自分の立てた誓いを果たすことだけだ。
 だから、立場がどうなろうとも、俺は誓いを果たすためだけに生きるだろう。


 新しい道を拓いていくことのできる少女を守るために――。

 忌まわしい呪縛に捕らわれた少女を救うために――。

 今の俺の生命は、そのためだけにあるのだと――。









 空が抜けるように蒼い。雲ひとつない快晴だ。
 降り注ぐ陽光は祝福の光だと、騒ぎ立てる人々が言っている。彼らにとっては、そう見えて当然だろう。
 俺は民衆を見下ろしながら、熱狂の中にたたずんでいる。
 今、全身を覆っている衣服は、仰々しいまでのデザインと装飾に彩られたものだ。


 そう。俺はアルサレアの元帥となっていた。
 個人的な感傷は、国家という巨大な組織の中では、意味を成さない。いくら俺自身が反対しようと、動き始めた大きな意志の前では、それは無視される。
 大海の渦の中に生まれた波紋のように――。


 俺の笑みは、凍りついていたに違いない。
 張りついた仮面の微笑――自分でもわかる偽りの表情。
 俺自身が望まないことなのに、ここにいる誰もが望んでいる。
 俺が、元帥になることを――。


 望まないのに、望まれる――。
 本人の意志とは無関係に、戦いに明け暮れる――。
 俺と、ユイは似ているのかもしれない。そんなことを、ふと思った。






「……ずいぶん、辛気臭い顔しか、しないんだな」


 パーティーの席でお偉方の相手を終えた俺に、キースが話しかけてきた。
 グレン小隊が解体された今、彼も一小隊の隊長を務める立場になっている。アイリもまた同様だ。
 こうして顔を突き合わせたのも、救出作戦の時以来だ。


「……そう見えるか?」


 俺の言葉に、キースは軽く笑った。相変わらず、屈託のない笑顔だ。
 警戒心を解きほぐす微笑みというのは、なかなか真似できるものじゃない。


「作り笑顔なのが、見え見えなんだよ。ま、隊長は、もともと器用なほうじゃないしな……おっと失礼。今は元帥閣下か?」

「……隊長で構わないさ。そう呼ばれるのも慣れていないし、今日は無礼講だからな」


 いまだに実感のない立場の名称で呼ばれるよりは、慣れた呼び名のほうがしっくりくる。
 彼やアイリの前では、俺はまだグレン小隊の隊長なのだ。
 それはキースにしても、同様だったらしい。


「……ま、俺っちとしても、そのほうが気がねしなくていいけどな……ちょっと、外に出ないか?」


 そう言うと、彼はワイングラスを持った手で、テラスのほうを指し示す。
 人の多さに辟易していた俺は、黙ってその言葉に従った。







「――やっぱ、ガラじゃねぇって、思ってるんだろ?」


 手摺に寄りかかりながらキースは、静かな眼差しを俺に向けた。
 月の光に、グラスの中の赤い輝きが揺れている。穏やかな風の中で、俺たちは昔からの戦友として、語り始めた。


「……さすがにお見通し……だな」

「もう、いいかげん付き合いも長いからな。そのくらいはわかるさ……どう見たって、今のお前は喜んでるようには見えねぇ」

「ああ……なんだか正直、利用されてるんじゃないかと思う。端から見れば、大出世かもしれないけどな……」

「まぁ、それはしょうがねぇのかもな……戦争やってるんだから、きれいごとだけじゃどうにもならねぇ……それは、わかってるだろ?」

「それは……わかりすぎるくらいにな」


 そう。戦争が理不尽なものだということは、充分にわかっているつもりだ。
 ただ、だからといって戦争を続けるための傀儡になることを容認できるわけじゃない。
 キースはどこか、冷めた表情で月を見上げる。


「……俺がお前の立場だったとしても、同じことを考えるだろうな……けど、考えてもどうにもならねぇこともある。そうなったら、もう割り切るしかねぇ……一人の人間にできることなんて、もともと限られてるんだ」

「……キース」


 達観したようなセリフに、俺は彼の意外な側面を見た気がした。
 俺よりは数年ほど長生きしている彼だ。どこかで、己の無力さを感じたことがあるのかもしれなかった。


「……立場なんてもんは、所詮お飾りだ。お前は、お前自身の戦いを続ければ、それでいい……違うか?」

「……俺自身の戦い、か……」


 俺は頷くと、同じように銀の月を見上げた。
 彼も、出す結論は同じだったということだ。
 そして、俺自身の戦いとは――。


「……フェンナが、心配してたぜ……」

「心配、していた?」


 頭の中に思い浮かべた人物のことを言われ、俺はハッとしてキースを見た。
 冷めた雰囲気は消え、彼の顔には少し穏やかさが戻っている。


「……ああ、さっきアイリと話してるのをちらっと聞いた。だいぶ、思い詰めてるようだったぜ」

「……そうか……」


 この間の一件だなと、俺は思った。
 正直、いまだに後悔だけが残っている。彼女にも、いらない気を遣わせてしまったようだ。あとで謝っておいたほうがいいかもしれない。


「……ま、なにがあったのかは深く聞かねぇが、惚れた女を泣かせるような真似だけはしないほうがいいぜ。色男の元帥さん?」


 そう言うとキースは、俺の肩を軽く叩いた。
 彼としては何気なく言った言葉だったのだろう。
 だが、その中にあった不可解な内容に、俺は訝しげな表情をした。


「……惚れた女? なんのことだ?」

「とぼけるなよ。ミレンシェンから脱出した時、息巻いてたろ?『フェンナ……君は俺が守る』って。おかげで、こっちはアイリをなだめるのに一苦労だったんだぜ?」


 キースは意味ありげに笑っている。
 俺は、さらに首を傾げた。フェンナを守るというのは俺の誓いのひとつだったから、そのこと自体に間違いはないが――。


「確かに、そう言ったが……それがどうして、惚れた女がどうとかに繋がるんだ?」

「…………マジかよ? お前、ひょっとして自分の言った言葉が、どれほど他人に影響与えてるのか、理解してねぇな!?」


 わずかな間のあとに続いたキースの声は、微妙に裏返っていた。その顔には、驚きの表情がありありと浮かんでいる。


「……なにか、問題でもあったのか?」


 俺の疑問は深まるばかりだった。彼の言おうとしていることが、今ひとつ理解できない。
 そんな俺の様子を見ていたキースは、大仰に肩をすくめると、大きくため息をついた。


「まったく! そんなことだから[朴念仁]なんて言われるんだぜ! もう少し、女心には敏感になれよ!」


 あきれたようなセリフだった。
 思わず辟易する俺に、彼は空のグラスを突きつける。


「ま、そこがお前らしいっちゃあ、お前らしいんだけどな……ただ、人生の先輩として言わせてもらうなら、自分自身の気持ちだけはハッキリさせておけよ? でないと、あとあと後悔することになるぜ?」

「あ、ああ……そういう、ものか……」

「そういうものだ! お前、自分で考えてるよりも女のウケは良いんだからな……ややこしい問題が起きないうちに、しっかり考えとけよ!」


 そこまで言い切ると、彼は踵を返して会場へと戻っていった。
 その姿を、俺は呆然と見送る。どうやら今の言葉は、彼なりの忠告だったようだ。
 俺は真摯にそれを受け止めたつもりだったが、この時点では、まだ半分も理解できてはいなかった。
 そう。自分の気持ちと、人の思い――その間に生まれるすれ違いが、どれほど他人を傷つけることになるのかということを、その時の俺はわかっていなかったのだ――。









 元帥になって最初の大仕事は、ミラムーンのクレスト大統領との会談だった。今後のアルサレアとのあり方を決める重要な話し合いということで、首相であるフェンナも同席という形になっている。
 俺は、ルミナス・シティに向かう輸送機の中で、落ち着かない気分を味わっていた。
 アルサレアの二大VIPの移動ということで、護衛はかなりのものだ。
 聞いた話では、キースやアイリも護衛部隊に加わっているらしい。かつての部下に護衛されるというのも、なんとはなしに奇妙な感覚だった。
 ふと、グレン将軍を守りきれなかった時のことを思い出す。
 あの襲撃事件も、確かミラムーンへ向かう途上のことだったはずだ。状況こそだいぶ違うが、なんとなく嫌な予感が、俺の中にあった。


「……なにを、そんなに怖い顔してるんですか?」


 隣に座るフェンナが、語りかけてくる。知らないうちに、表情が強張っていたようだ。


「……ん? ああ……すまない……たいしたことじゃないんだ」


 俺は敢えて言葉を濁すと、口元を緩めた。
 彼女に余計な不安を抱かせたくなかったし、また変なことを口走ってもいけないと思ったからだ。


「緊張、してるんですか?」

「そうだな。長いこと護衛する立場にいたから、どうにも慣れていないようだ。正直、PFに乗っていたほうが、気が楽だよ」


 微笑みを見せたフェンナに話を合わせる。少なからず空気が軽くなったように思えた。
 だが、それとは裏腹に、俺の中の嫌な予感は増していくばかりだった。
 そして、わずか数分後。
 低い唸り声のような音――緊急事態を知らせる警報が鳴り響いた。




 俺は、即座に立ち上がっていた。
 長いこと染みついた習性――それが身体を突き動かしていた。


「どうした!? なにが起きた!?」


 壁際に設置されたインターホンに走った俺は、すでに戦士のものとなった声で状況を訊いた。
 返ってきた答えは、敵の襲撃を知らせるもの――しかし、その内容は、あきらかに予感の的中を告げるものだった。


『……ヴァリム軍のPF二機が、下方から接近中……!!』


 二機のPF――双子の悪魔!


 俺は、その言葉の意味するところを理解した。
 もちろん直感で、そう思っただけだ。
 だが、間違っているはずがない。この警戒の中、たった二機で襲ってくるのは、あの二人しかあり得ないからだ。
 そして、彼女らの標的は、間違いなく俺だと思った。
 俺はPF格納庫に、愛機の発進準備を整えるように言うと、部屋を出て行こうとした。


「グ、グレンリーダー!! どこへ行くんですか!?」


 案の定、フェンナが止めた。
 思わず昔の呼び名になっていたのは、彼女自身動揺していることの証か。その瞳に不安の色が浮かんでいるであろうことは、見なくてもわかった。
 それでも、俺は立ち止まるわけにはいかなかった。


 たった二つの誓い。
 フェンナを守るという誓い――。
 そして、ユイを救うという誓い――。


 その二つを果たすために、立ち止まるわけにはいかなかった。






 夜空に舞い上がった俺を待っていたのは、凄まじいまでの砲火の嵐だった。
 たった二機の敵を相手に、これほどまでの攻撃を浴びせること自体、滅多にあるものじゃない。そのことからも、間違いなく相手が双子であることを確信できた。
 鉄の臭いと破壊の炎、そして死を導く閃光。
 久しく感じてなかった戦場の空気――その中を、俺は愛機と共に駆け抜けていく。
 そして、改めて実感した。
 俺はやはり、戦うことしかできない人間なのかもしれないと――。



 輸送機の正面に、黒っぽいPFの姿が見えた。
 独特の忍者のようなフォルム――武装や色こそ違っていたものの、それは間違いなくユイ・キサラギの愛機、シンザンだ。
 手にしたライフルが、ブリッジを狙っているのがわかる。まるで精密機械のような、迷いのない動きだった。
 俺は、J-フェニックスを加速させた。
 撃たせるわけにはいかない。
 俺を狙っているというのなら、なおさらのことだ。


「よせっ!! ユイ!!」


 シンザンの動きが止まった。
 こっちを見据えるかのようにメインカメラが動き――そして次の瞬間、高速で突っ込んできた。



『グレンリーダー!! お前の命を……もらうわ!!』


「ユイッ!!」




 シンザンのレーザーソードが、俺の機体のそれとぶつかった。

 激しいスパークが闇に満ち、わずかな衝撃がコクピットを揺らす。

 黒い機体の一撃――そこには、必殺の意志がこもっていた。ユイは、あきらかに俺を殺す気だった。

 俺はいったん距離を離すと、サブマシンガンのトリガーを引く。

 放たれた銃弾がシンザンの装甲を削った。あくまで牽制の攻撃だ。

 だが、ユイにひるんだ様子は、まったく見られない。全身から溢れ出した殺意が、オーラとなって機体を取り巻いているかのように見える。

 今まで彼女が見せたことのない、感情に満ちた攻撃だった。




「もう、止めるんだ!! ユイッッ!!」


『馴れ馴れしく呼ぶなと言ったはずよ!!』




 すでに彼女は、聞く耳を持っていない。
 だが、その様子は操られているとかいったものでなく、自分自身に言い聞かせているかのようだ。
 そうだ。彼女は俺の敵であろうとしている。
 だが、俺は――彼女を敵だと割り切ることが、できなかった。



(俺は、お前を、救いたいんだ!!)



 心の中の叫びが、口を突いて出ようとした時――。


 死の閃光が、虚空を薙いだ。






「ユイぃぃぃっっ!!!」



 俺は、声の限りに叫んでいた。
 ユイの機体が炎をあげて、闇の中へと落ちていく。
 シンザンの機能は、たったの一撃ですべて刈り取られていた。もはや、体勢を立て直すこともできないようだ。
 J-フェニックスをオーバーブーストさせて、あとを追う。
 自由落下を遥かに超える速度。強烈なGに胃の中のものが逆流しそうになる。
 だが、俺は気にしなかった。
 ただ、落ちてゆく少女を救うために、己がすべてをかなぐり捨てていた。




 波立った樹々の葉が、さながら海のように見えた。

 昼間なら生命の息吹を感じられるはずの森林も、夜には死を象徴するかのような奈落に見える。

 その暗い海面に吸い込まれそうになる直前で――俺は、ユイを捕らえていた。




「おおおぉぉぉぉぉっっ!!!」


 J-フェニックスを反転させると、ブーストを全開にして逆噴射をかけた。
 噴き出した炎が樹々を焼き、機体を天空へと押し返そうとする。
 だが当然、間に合うものではない。落下の速度を、若干弱めるだけだ。
 俺はユイを庇うようにしながら、生い茂った樹々の真っ只中へと突っ込んでいった。






「く……少し、無理があったか……」




 激しい衝撃のあと、J-フェニックスは樹々を抉るようにして止まっていた。
 モニターに映った損傷率は、68%――決して、低くはない。
 もっとも、あれだけの速度で地面に突っ込んだら、普通は間違いなく大破だ。枝葉がクッションになってくれたからこそ、こうして無事でいられるのだ。我ながら悪運だけは強いと思う。
 J-フェニックスの腕の中に抱かれているシンザンは、外部装甲のほとんどが融解していた。その状態から察するに、先ほどの閃光は、かなり高出力のエネルギービームだったようだ。
 俺はかろうじて生きているマニピュレーターを操作すると、シンザンの胸部装甲に指をかける。
 さしたる抵抗もなく、装甲は剥がれた。


「……ユイッ!!」


 コクピットハッチを開き、夜の闇に飛び出す。
 凄まじい熱気が、辺りを支配している。まるで、蒸し風呂の中にいるようだ。
 俺は焼けただれた装甲の上を跳びながら、剥き出しになったシンザンのコクピットへ近づいていく。正直、この状態ではパイロットの安否は怪しいところだ。
 だが、中にいた人間――ユイは、奇跡的に無事だった。
 あちこちに火傷はあったが、その他に外傷らしきものは見られない。


「ユイッ! しっかりしろ!」


 額に張りついた髪を掻き上げて、頬を張ると、彼女は小さく身じろぎした。
 その瞳が、弱々しく開く。


「グレン……リーダー……」


 口から漏れた言葉は、殺意に満ちたものではなく――弱々しい少女のものに、変わっていた。


「ユイ……生きていたか……」


 俺は、安堵のため息をつくと、ゆっくりと彼女を抱き上げた。
 そのままコクピットを抜け出すと、足場を確かめながら地面へ降り立つ。
 熱気が冷めていき、穏やかな微風が、俺の頬を撫でていった。


 ユイの身体は、意外なまでに華奢だった。
 幾多の戦場をくぐり抜けてきたはずの彼女も、こうして見ると普通の女の子にしか見えない。
 人の意志を消し、戦いの運命を強いるマン・マシーン計画――俺は強い憤りを感じると共に、腕の中の少女に対して、穏やかで不可思議な感情を抱いていた。
 その最中、もうひとつの誓いが果たせなかったということに、気付くこともなく――。











「フェンナが、さらわれただと!?」


 俺は、いつになく激しい口調で、目の前の男の胸倉を掴んでいた。
 ここはミラムーンの国境から、少し戻ったところにあるラフェンタリア補給基地だ。規模は小さいが、まだ新しく設備の整った基地である。
 ユイを巻き込んだ例の高出力ビームによって、俺やフェンナの乗っていた輸送機は森林へと墜落した。
 幸いにも乗員の大半に怪我はなく、皆うまく脱出したようなのだが――その中にフェンナの姿がなかったのである。何時間もの懸命の捜索にも関わらず、彼女の姿を見つけることはできなかった。
 事態の収拾をつける必要があった俺たちは、ミラムーンでの会談をキャンセルし、一番近い位置にあったこの基地へと引き返してきたのだ。
 この時点ですでに夜は明け、太陽は中天を過ぎようとしていた。
 そして数時間後――輸送機の墜落現場から入った報告が、今の言葉だった。


「……っててって! おい! 落ち着けよ!!」


 胸倉を掴まれた男――キースの苦しげな叫びに、俺はハッと我に返った。


「す、すまん……それで実際、どういうことなんだ?」


 わずかに咳き込む彼を見ながら、俺は事態を把握しようと訊いた。


「……俺っちにも、詳しいことはわからねぇ。なんせ、内部がメチャクチャで、調査が思うようにはかどらなかったんだ。けど、通路に転がってたフェンナの側近連中の死因が、刃物による裂傷だったらしくてな……つまりは、殺されたってことだ」


 俺は息を呑んだ。
 あの混乱の中で、何者かが輸送機に侵入したというのだろうか?


「それに一部のパイロットの報告を聞いた限りじゃ、落ちていく輸送機に取りついたPFがあったらしい……オードリーかイリアかもしれねぇって言っていた」

「オードリーだと!?」

「……可能性は高いと思うぜ。なんせあの時、護衛部隊のPFは、ほとんどコントロールを失っていたからな……」


 キースは苦い顔で言い放つ。
 俺もその言葉に、忌まわしい過去を思い出していた。
 かつて、クレア様を救出に向かった時、邪魔をしたヴァリムの士官――確か、フォルセア・エヴァとかいう名前だった。あの時も、同行した味方機がコントロールを失っていた。
 あの女が、今度はフェンナを拉致したというのだろうか?
 だとしたら、俺は――また、あの悪夢を繰り返すことになるのだろうか?
 俺は怒りを全身にみなぎらせていた。


「くそっ! させるか! させてたまるかぁっっ!!」

「待てよ!! どこへ行こうってんだ!?」

「決まってるだろう! フェンナを助けに行く! またあんな思いをするのは御免だ!!」

「落ち着けっつってんだろ!! 助けるったって、どこにいるかもわかんねぇんだぞ!!」


 立ち去りかけた俺の肩を、キースが掴んだ。
 もはや、地位の違いがどうのということは関係なくなっていた。


「く……!」


 俺は、拳を壁に打ちつけた。
 キースの言うことは正論だ。確かに闇雲に探したところで、フェンナが見つかるわけではない。
 だが、ここで手をこまねいていることもできなかった。拉致されたとするならば、あまりにも時間が経ち過ぎているからだ。


(なにか、手はないのか……!)


 俺は、焼きついた頭を必死で巡らせる。
 すると、次の瞬間――電光のように閃きが走った。


「そうか……ユイなら……!」


 襲撃してきた当人である彼女なら、フェンナの居所を知っているはずだ。
 仮に知らなかったとしても、おおよその見当はつくだろう。

「おいおい? どうするつもりだよ!?」


 再び部屋を出かかった俺を、キースが引き止めた。


「ユイに訊く。彼女なら、わかるはずだ……」

「ちょっと待てよ!? あいつは、ヴァリムの兵士だぞ? いくら助けられたことがあるったって敵なんだ。機密を漏らすような真似をするはずがねぇ!」


 彼の言葉は、またしても正論だった。
 そう。彼女は敵だ。今は医務室で治療を受けているが、立場としては捕虜に過ぎない。
 寝返ったわけでもない人間が、軍の機密や作戦についての詳細を言うことなどありはしなかった。


「そんなことは、わかってるさ……」


 それでも、俺は彼女に頼るしかなかった。
 そして、なにより彼女を敵だと思いたくなかったのだ――。









 医務室のベッドの上で、ユイは身を起こしていた。
 白い壁が眩しい部屋だった。窓からは赤い陽の光が差し込み、その向こうでは樹々の枝が、風を受けてわずかに揺れている。

「……怪我は、たいしたことなかったようだな」

 仕切りとなるカーテンをくぐった俺は、落ち着かない心を抑えながら言った。
 医師に頼んで、今は二人きりにしてもらっている。余計な人間を交えると、話がややこしくなる恐れがあったからだ。
 ユイの身体にはあちこちに包帯が巻かれていたが、大半は怪我というわけではなく、火傷を隠すためのものだ。痛々しい姿ではあったが、それでも十代の少女の持つ輝きと美しさは、まったく損なわれていない。


「とにかく無事で良かった。あの時は正直、ひやっとしたからな……」


 俺はベッドに腰掛けると、彼女に微笑みかけた。自然と出た微笑みだった。


「……なぜ、助けたの? あの時の借りを、返したつもりなのかしら……?」

「そういうわけじゃないさ……確かに、お前にはいろいろ助けてもらったが……」


 ユイは目を伏せて言った。
 だが、その表情は俺とは対照的に虚ろであり、声もまた沈んでいる。
 あの時というのは、ミレンシェン基地でのことだ。あれを借りと言うのなら、俺はユイにたくさんの借りがある。
 だが、彼女を助けたのはまったく別の理由があったからだ。


「……だったら、なぜ……?」


 彼女の問いに、俺は素直に答えていた。


「誓ったからさ……お前を、救うとな……」


「……誓った……?」


 ユイの目が見開かれる。俺はさらに続けていた。



「ああ。俺自身の中の誓い……だから、俺はお前を救ったんだ」



「誓い…………フ……フフ……フフフフフフフ……!!」


 だが、唐突にユイは笑った。嘲笑するような笑いだった。
 訝しむ俺を見据えて、彼女は激しい口調で答える。



「くだらない! 本当にくだらないわ! そんなものが、なんになるというの!?」



 その声は、叫びに変わっていた。



「そんなもの……!!」



 その表情は、大きく歪んでいた。



「そんなもののために……!!」



 その身体は、大きく震えていた。



「そんなもののために、お前は、私に……情けをかけたというの……!!」



 その瞳が、涙に揺れた。




「……ふざけないで……ふざけないでよぉっっ!!」




 そして、慟哭が響き渡り――ユイは、俺に身を預けた。




「ユイ……お前……!?」



 俺の表情は、驚きに凍りついていた。
 腕の中で泣いている少女――そこには悪魔の異名を取った兵士の姿など、どこにもない。
 冷酷な少女の姿など、どこにもなかった。




 俺は、自然と彼女を抱きしめていた。

 自分でも、なぜ、そうしたのかわからない。

 ただ、その一時だけ――俺はここに来た目的を完全に忘れ、ユイのことだけを思っていた。






 俺たちは、どちらからともなく、身体を離した。
 高ぶった感情が収まり、頭の中を冷たい風が駆け抜けていく。
 しばらくは互いに顔を合わせることもなく、無言の時が流れた。




「……それで、なにか用かしら? グレンリーダー……ただ、様子を見に来たわけでもないのでしょう?」


 やがて、ユイが口を開く。その表情は、いつもの冷たい少女のものに変わっていた。
 俺もまた、本来の目的を思い出す。
 同時に忘れていた焦燥が、心を乱していった。


「……あの戦いの中で、フェンナがさらわれたようだ……」


 単純に、事実だけを言った。


「……そう。フェンナ・クラウゼンが……そういうこと……多分、フォルセアの仕業ね……」


 それだけで、ユイは一人納得したように頷く。
 どうやら彼女自身も知らなかったようだが、予想してなかったわけでもないという感じだった。


「……あの女らしいやり方だわ。私たちを囮に使い、自分の目的を果たす……すべて、仕組まれていたということね」

「……どういうことだ?」


 俺の問いに、ユイは自嘲気味に笑った。少し影のある笑いだった。


「こっちの事情よ……そんなことよりも、他に訊きたいことがあるんじゃないかしら?」

「……あ、ああ……」


 確かに、今は詮索している場合じゃなかった。俺は単刀直入に、話を切り出す。


「さらわれたフェンナの居場所がどこなのか……お前にわかるか?」

「……ええ。まず90%以上の確率で、あそこでしょうね……」

「どこだ!? 教えてくれ!!」


 ユイの言葉は、思った通りのものだった。
 俺は身を乗り出すようにして訊いていた。
 キースが見ていれば、教えてくれるはずがないと言っただろう。
 そして、以前のユイならば、間違いなく嘲笑っていたはずだった。



「……そうね……教えてもいいわ……」



 しかし、返ってきた答えは意外なものだった。


「……でも、その前に、ひとつ訊くわ……お前は、なぜ、その女を助けようとするのかしら?」

「……なぜだと? それは……」


 俺は少し訝しげに思いながらも、答えていた。



「……誓いだからだ。フェンナを守ると……誓ったからだ」



 再び、ユイの哄笑が響いた。



「……誓い? フフ……そう……また、誓いなの。フフフフフフ……」


「なにが、おかしいんだ!?」


 俺は、少し不機嫌な口調になって訊いた。彼女の笑いの意味がわからなかった。


「誓い……お前は、なぜ、そんな誓いを立てたのかしら?」


 続けられた彼女の言葉は、どこか冷めていた。


「……それは……! もう、見たくなかったからだ。守るべき人間が、救わなきゃいけない人間が命を落としていく様を……二度と見たくなかったからだ!」



 そうだ。俺は、同じ過ちを繰り返さないために――自分自身に、誓ったのだ。
 だが、ユイから返ってきた言葉は――。




「そう。くだらないわね……」




 その一言だった。





「くだらないだと!?」



 俺は、怒りを覚えていた。
 たとえ誰であろうとも、そんなことを言う人間は許せない。
 俺の誓いを、否定などさせない。そう思っていた。
 しかし、ユイの更なる言葉は、俺のそんな思いを、粉々に打ち砕く。


「そうよ。くだらないわ……お前はただ、自己満足のためだけに、誓いを立てているに過ぎないのだから……!」


「な……!」


「お前は、私を助けたのも誓いのためだと言った。でも、そんなこと誰が望んだの? フェンナ・クラウゼンを守ることにしても、それは彼女が望んだことなのかしら?」


「それは……!」


「お前は、自分の犯した過ちを後悔しているのよ……だから、自己満足に浸ることで、それを忘れようとしているんだわ。それをくだらないと言って、なにが悪いのかしら?」




 俺は、言葉を失っていた。
 自己満足――そんなはずはないと、否定したかった。
 だが、考えれば考えるほど、ユイの言葉が正しいということに気付いてしまう。
 過ぎ去ったことに対する後悔。
 繰り返すまいと、自分に立てた誓い――。
 しかし、それは誰も知ることのないもの――。
 誰が望んだものでもないことなのだ。
 だとしたら、俺の誓いは――確かに、単なる自己満足に過ぎないのだと、認めざるを得なかった。






 にわかに、一陣の風が、吹き抜けた。
 今までの誓いのすべてが音を立てて砕け散り、意味のない欠片へと変わり果て――そして、流されて消えていく。
 俺は、愕然とした表情で、虚ろな瞳を白いシーツに向けていた。
 言葉を返すことのできない俺を見て、ユイは続けた。


「……誓いとは、自分以外の人間に立ててこそ、意味のあるものになるわ……そしてその誓いを、なぜ立てたいと思ったのか……自分自身の心に聞いてみることが、重要なのよ……」


 それは、とても彼女のものとは思えない言葉だった。
 冷たい少女の――機械のような兵士の言葉でなく、生ある人間の、心ある人としての言葉だった。


 俺は俯き加減だった顔を上げる。
 そこにあったユイの顔は、どこか穏やかで。
 限りない温かさに満ちているように見えた。




「……もう一度訊くわ。グレンリーダー……お前はなぜ、フェンナ・クラウゼンを守りたいと思ったの? そして……なぜ、私を救おうと思ったの……?」




 再び、彼女は訊いた。

 俺の誓いの意味を。

 俺の誓いの、生まれたわけを。

 それは、つまらない理屈で語るものじゃなく――。

 俺自身の持つ思いを、訊いた言葉だった――。




「――俺は……」




 俺は、自分自身の心に問うた。

 なぜ、フェンナを守りたいのか。

 それは彼女を、一人にできないからだ。

 見守らないと、砕け散ってしまいそうな儚さを持っているからだ。

 そして、今は亡きグレン将軍やクレア様に、彼女の未来を託されたからなのだと――。






 では、ユイは――?

 なぜ、俺は彼女を救いたいんだ?

 非人道な計画の呪縛から、彼女を解き放ちたかったから?

 違う――だったらマイにも、それは当てはまるはずだ。

 ユイを救いたい理由――。

 それは、ミレンシェンでの出来事以来、俺の心に息づいてきているもの。

 先ほど泣き崩れた彼女に抱いた思い。

 それは――。

 それは――!








「……隊長! 隊長っっ!! 大変だよ!!」


 俺の思考を中断したのは、突然、医務室に飛び込んできたアイリの声だった。
 声の調子から察するに、なにやら急を要する事態のようだ。


「……どうした? なにがあった?」


 俺は、落ち着きを取り戻した声で――正確には、落ち着きを装った声で――彼女に訊いた。
 熱く高ぶっていた心に、冷水を浴びせられたような心地だった。
 しかし、次にアイリの口から出た言葉を聞いた時、俺は再び動揺せざるを得なかった。


「フェンナから……フェンナから、通信が入ったの!!」


「!? なん……だって!?」


 晴天の霹靂とは、まさにこのことだった。


「とにかく急いで!! 隊長!!」


 俺は、アイリに続いて駆け出していた。
 一体、フェンナに、なにがあったのか――それは、わからない。
 とにかく情報を得ることが先決だと思った。


 部屋を出る時、一瞬だけユイのほうに視線を向ける。
 俺を見つめる彼女の瞳は、いまだに穏やかで、そして、どこか寂しげに見えた――。






 司令室に戻ってきた俺を迎えたのは、しかし、フェンナの顔ではなかった。
 それは確かに、アルサレアVIPの専用周波数帯を用いた通信――つまり俺やフェンナ、参謀本部長くらいしか知らないものだったが、スクリーンの向こうにいたのは赤毛の少女の姿だった。
 ユイの妹――マイ・キサラギだった。


『聞こえるか? グレンリーダー……あたいだ。マイ・キサラギだ……お前に、伝えたいことがある』


 驚きを隠せなかったと言えば、嘘になる。
 だが、それ以上に俺の脳裏には、ユイの見せた寂しげな表情が焼きついて離れなかった。なんとも不謹慎な話だと思った。


「……マイ。どうしてお前が……?」


 俺はかろうじて言葉を絞り出す。とにかく現状を知る必要はあった。


『あたいが話すよりも、こうしたほうが早いだろ……』


 マイは、どこか青ざめた表情をしていた。
 強がったふりをしていても、重傷を負っているのはあきらかだ。一体なにがあったというのだろう?
 突然にスクリーンから彼女の姿が消え、代わって栗色の髪の少女が現れる。
 フェンナ――だった。


『みんな、心配かけてごめんなさい……!』

「フェンナ!! 無事なの!?」


 アイリがスクリーンに詰め寄る。
 その場にいる誰もが、不安と安堵の入り混じった顔をしていた。


『私は、だいじょうぶです……それよりも、彼女の話を聞いてあげて欲しいの!』


 フェンナは、傍らのマイに目を向けたようだった。
 スクリーンに、再び赤毛の少女が映る。


『わかったか? 見ての通り、こいつは無事だ……それよりも、グレンリーダー……そこに、姉貴はいるのか……?』

「ああ。多少の怪我は負っているが、彼女は無事だ……今はこちらで、保護している」


 俺は素直に答えた。特に隠す必要もないことだったし、姉を心配するマイの気持ちが伝わってきたような気がしたからだ。


『……そうか……やっぱ、な……』


 案の定、彼女の顔に安堵の色が浮かんでいた。
 こっちが嘘をついていると思わない辺り、彼女を取り巻く状況はずいぶんと切羽詰っているようだ。


『じゃあ、話は簡単だ……グレンリーダー……人質交換といこうじゃねぇか……』

「人質交換だと?」


 俺としては人質を取ったつもりはないのだが、マイの言いたいことは理解できた。
 つまり、フェンナとユイを交換したいというのだろう。それはお互いに望むところと言えた。
 しかし、ひとつだけ腑に落ちない点がある。


「――マイ。それは、あの女……フォルセアの命令なのか?」


 向こうにしてみれば、せっかくさらった人質のはずだ。
 そして、フェンナとユイとでは、立場に差があり過ぎる――マン・マシーンとはいえ一兵士であるユイを取り戻すために、VIPであるフェンナを返すのでは割に合わな過ぎるのだ。
 そんな無駄なことを、フォルセア・エヴァがするとは思えなかった。


『……そんなわけ、あるかよ……こいつは、あたいの独断さ』


「そうか……」


 その言葉に、俺は納得した。
 つまりマイは、ユイを取り戻すためにフォルセアに反逆したのだ。恐らく彼女の傷は、その代償に違いない。


『それで、どうなんだ!? グレンリーダー!! あたいの提案に応じる気があるのか!?』


 マイは、激しい口調で言った。
 傷の痛みも、今の彼女にはどうでもいいことだったのかもしれない――それは、彼女の思いの強さの証でもあった。


「……いいだろう。応じよう……それで、人質交換の場所はどうする?」


 こちらとしては、断る理由もなかった。
 周囲の空気が少しざわめいたようだったが、特に気にもしなかった。


『場所は、ポイントX285、Y589の平原地帯……時刻は、深夜の0時だ……いいな……』

「……了解した」


 俺の返答に、マイは微かな笑みを浮かべる。
 その表情は彼女にしては珍しく、落ち着いた雰囲気を纏っているように見えた。






「……隊長……あれ、本気なのかな? 罠ってことは……ないよね?」


 通信の切れたところで、アイリが不可解な表情で言った。


「それはないな。マイは小細工を弄するような人間じゃない……それに、フォルセアの意志も働いてはいないようだ」

「けど、万が一ってこともあるぜ……とりあえず指定の場所には、俺っちが行く。今の隊長は、アルサレアにとって必要な人間だからな」


 キースも、少し疑心暗鬼に陥っているようだ。だが、俺はその提案を認める気はなかった。


「いや……指定の場所には、俺とユイだけで行く……他の人間は、必要ない」

「ちょっと待てよ!? いくらなんでも、それはまずいぜ!」

「そうよ! だったら、あたしも行くわ!!」


 たちまち二人から反論の声があがる。
 この部屋にいる他の兵士たちも、考えは同じのようだ。
 それでも、俺は考えを改める気はない。


「駄目だ。これはアルサレア元帥としての命令だ! 指定の場所には俺だけで行く。護衛の必要はない……これは交渉なんだ! そして、交渉に銃は必要ない!!」


 我ながら、馬鹿げた言い分だと思った。職権濫用も甚だしいだろう。
 だが、マイの思いに応えるのなら、あくまで俺はユイだけを連れて行かなければならないのだ。






 そして、もうひとつの理由として――。




 自分自身の思いに決着をつけるためにも、俺はユイと二人だけで行きたかったのだ――。








  Personal Chapter (4) Gren Leader SIDE ―― END

  Continue to Final Chapter ―― Ephemeral Emotion in Silver Night ――


 



 ○ あとがき


 こん○○わ。双首蒼竜です。「E・E」第四章――グレンリーダーの章をお送りします。
 最近めっちゃSSを書く気が起きず……とてつもなくやばいモチベーションなのですが、なんとか修正を完了した次第。
 読者の皆様には迷惑かけまくりですが、気長に待って頂きたいところです。
 この作品も残すところ最終章のみ。そこで、またお会いしましょう。


双首蒼竜


 


 管理人より

 双首蒼竜さんよりチャプター4をご投稿頂きました!

 メールだけの影武者からいきなり表に出されるのは、大変だったでしょうね、グレンリーダー。

 しかし、つくづく思うのは、上の人間ほど色んなものに縛られていくなぁ、ということ。それでもそういう人間が居ないと、社会が成り立たないんですよね。
 


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