姉貴とあたいは、いつも一緒だった。
生まれた時のことは覚えてなくても、気がつけば、いつも側にいた。
どんなに辛いことがあっても、姉貴と一緒だったから、生きてこられた。
だから、あたいは、イヤだった。
姉貴を、他の人間に奪われちまうことが――。
目の前を、蒼い閃光が駆け抜けた。
コクピットを襲う震動――モニターに浮かんでる外気温の上昇が、その威力を物語ってやがる。
光の正体は、高出力のビームだ。地上からの砲撃だった。
ブーストで機体を立て直すと同時に、すげぇ音が耳を突いた。
カメラを向けると、あたいたちのターゲットだった輸送機の片翼が火を噴き上げてる。この様子じゃ、落ちるのは時間の問題だ。
「な、なんなんだよ……?」
思わず口走った言葉が、空しく響く。
なにが起こったのかわからねぇ。そして敵もよくわかってなかったみたいだ。
ただ、ひとつ言えるのは、誰かの攻撃によって、ターゲットが落ちようとしていること。
そして――その閃光に、姉貴が巻き込まれたということだった。
「え……あっ! 姉貴ぃっ!!」
気がついた時には、姉貴の機体は森に落下していくところだった。
赤いJ-フェニックス――グレンリーダーが、姉貴を追っていくのが見える。とどめを刺すつもりなのか。それとも捕らえるつもりなのか――どっちにしても、放っとくわけにはいかねぇ。
あたいは、ブーストを全開にする。瞬間的な重圧に、機体が嫌な音を立てた。
自分でも、息が詰まるくらいだった。それでも、気にせずに操縦桿を押した。
なんとしても、なんとしても追いつかなきゃならない。
それなのに――。
それなのに、どいつもこいつも邪魔しやがる!!
ハイエナみたいに群がってくる敵機。
闇を切り裂く赤い光。
唸りをあげるミサイルの群れ。
姉貴との距離は、どんどん離れていくばかりだった。
「……ちくしょう! ちくしょうっ!! 姉貴いぃぃーーーーーーーーっっ!!!」
あたいは叫ぶ。
ただひたすらに。
けど、返事はない。
どこか淡々としたような姉貴の声は、返ってこない。
代わりに聞こえてきたのは、いけ好かねぇクソ女――フォルセアの耳障りな声だった。
『マイ・キサラギ……とりあえず、警告しといてあげるわ……死にたくなかったら、そろそろ後退するのね……』
「なんだとぉ!? ふざけんなぁっ!!」
あたいは、喉が焼きつかんばかりに吠える。
この女が上官で今回の作戦の指揮官だって知ってはいても、姉貴を見捨てるなんて命令――従うことはできねぇ。
『――人が好意で言ってあげてるのよ? 大人しく従ったほうが身のためじゃないかしら?』
相変わらず高慢ちきな言い方だった。
命令されんのが大嫌いなあたいだけど、こいつのは特に頭にくる。
そもそも、こいつの口から好意なんて言葉が出てくること自体、信じられねぇ。悪いもんでも食ったんじゃないかと思っちまう。
それに――。
「――姉貴を見捨てろっていうのか!? 大体、グレンリーダーはまだ生き残ってるじゃねぇか!?」
そう――あのグレンリーダーは、まだ倒せていないんだ。
『……そうね。確かに、あの男は健在ね……でも、問題ないわ』
「なんでだよ!?」
フォルセアの言葉に、あたいは引っかかりを感じた。
今回の作戦の目的は、グレンリーダーを殺すことのはずだ。なのに、この女はそれを止めて引き返せと言う。
その理由がわからねぇ。
けど、その疑問に対する返答は、とても簡単なもんだった。
『――なぜなら、もう作戦は、成功しているのだから』
「――なん……だって!?」
あたいは、一瞬、頭の中が真っ白になった。
こいつ、今、なんて言った? 作戦は、もう成功しているだと?
「て、てめぇ!! どういうことだよ!?」
『フフフ……やっぱり、妹のほうは頭の巡りが良くないみたいね……言われないと、わからないなんてねぇ……』
「てっ! てめぇ……まさか!?」
フォルセアの口調が、変わっていた。
人を見下しただけじゃなく、どこか冷めたような口調だ。
そして、あたいは知っている。
この女が、こういう言いかたをする時――それは、人を罠にハメて楽しんでやがる時なのだと。
「……あたいたちを、ハメやがったな!!」
あたいの叫びに、フォルセアは小さく笑った。
『……さぁ、どうかしら? 事の真相を知りたいのだったら、とにかく生きて戻ってくることね……もっとも、生きて戻ってこれればの話だけど……』
「なんだとぉっっ!!」
あたいは、もう、なにも考えられなかった。
怒りが全身にみなぎって、身体が炎になったようだった。
けど、奴の言ったことは、間違っちゃいねぇ。わずかに遅れて、銃撃が機体を打ち据えた。
コクピットを――身体を揺らす衝撃。
さらに、飛んできたビームが、シンザンの左腕を吹き飛ばしていく。
モニターにダメージの警告――損傷率56%。けど、それも一瞬のことだ。数値はどんどん跳ね上がっていく。
火花を吹き上げる計器類。飛び散る金属片。
突き刺さったそれらが、あたいの全身に血を滲ませていった。
「ぐっ! や、やべぇ……限界かっ!?」
集中する敵機の攻撃。
あたいの思いとは裏腹に、シンザンは確実に力を失っていった。
そうだ。ここは敵地のど真ん中――絶え間ない攻撃の中に、あたいは一人ぼっちだった。
いつも側にいるはずの姉貴も、今はいない。
あたいを助ける人間は、誰もいない。
初めて感じた絶望という名の、孤独だった。
「――死なねぇ……!」
それでも、あたいは死ぬわけにはいかなかった。
姉貴は、まだ死んでいない――死ぬはずがない。
そして、身体を支配している怒りが、あたいの気力を奮い立たせた。
「死なねぇ!! 死んでたまるか!! 必ず戻ってやる……必ず、戻ってやるからな!! フォルセアァァァッ!!」
あたいは、落下していく機体の中で、獣のように吠えていた――。
そもそも、なんであたいたちは、こんなことになったのか?
事の起こりは、ついこないだのことだった。
ミレンシェンから戻ってきたあたいたちは、戦闘シミュレーターでの訓練を繰り返していた。
姉貴に言わせれば、それも重要な仕事のひとつってことだけど、あたいはまったく好きになれなかった。
いけ好かねぇ研究者共の言いなりにならなきゃならねぇのもそうだけど、戦場に出れないってのが不満だったからだ。
まぁ、好きで仕事をやってる連中のほうが少ないって世の中らしいから、そういう意味ではマジで[仕事]かもしれねぇ。
スケジュールも隙間なく決められてて、息苦しいったらありゃしなかった。
その退屈なシミュレーションの合間――あんまりないような休憩時間にベッドでボーッとしながら、あたいはミレンシェンでのことを思い出していた。
姉貴が、あのグレンリーダーを基地から逃がしたことは正直、驚きだった。
敵は殺す――姉貴が言ったことは当たり前のことだったし、あたいもグレンリーダーとは決着をつけたいと思ってたんだけど――。
それだけじゃない。
あたいたちは双子だ。姉貴のことは、ずっと見てきた。
だから、なんとはなしにわかる。
姉貴が、以前よりもずっと感情的になってきていることに。
そうなり始めた理由が、あのグレンリーダーにあるということに――。
「――なんで、なんだよ……?」
一人、つぶやいていた。
答えを返す奴はいない――当たり前だよな。
それでも、あたいは、そう言わずにはいられなかった。
認めたくなかった。
敵を好きになったとかいうことじゃなくて、姉貴が、あたいから離れていっちまうってことを――。
それでも、あたいは知ってしまった。
姉貴の中に、息づいていた思いを――知りたくはなかった事実を。
それを思い知ったのは、それからたった一時間後のことだった。
幾度も繰り返された戦闘シミュレーションだけど、その時だけは違っていた。
火山地帯のシチュエーション――敵として現れたのは、あのグレンリーダーのJ-フェニックス。
あたいたちが、忘れられないほどの屈辱を味わった赤い鳳凰だった。
データのくせに、そいつは強かった。
けど、負けるほどの強さでもなかった。
二人なら勝てると思った。
それでもあたいたちは――結果として、勝つことができなかった。
姉貴が、攻撃を、しなかったから。
「なんで、攻撃しなかったんだよ!?」
あたいは、激しく姉貴を責めた。
今までは、なにがあっても姉貴に逆らうなんてことはしなかったのに。
姉貴の心の中に、グレンリーダーの影がある――そう思ったら、責めずにはいられなかった。
でも、そのことをはっきり言うこともできなかった。
言っちまうことで、姉貴の気持ちを認めてしまうのが怖かったから――。
けど、姉貴から返ってきたのは、あたいの思いを見抜いたような一言だった。
「……なぜ、隠そうとするの!?」
その言葉は、ナイフみたいに鋭かった。
姉貴は、どうして自分が攻撃できなかったのかということを、わかってないみたいだ。そして、同時に苛立ってもいるようだった。
もともと、あたいみたいに感情のまま動くほうじゃなかったし、姉貴に施された感情操作は、あたいより遥かに高度なものらしい。
だからこそ、姉貴にはわからないんだろう。
そのほうがよかったし、わかって欲しくなんかなかった。
けど、いつまでも隠し通せるわけがなかった。
いくら感情が制御されているったって、自分自身の思いに姉貴が気づかないわけはない。それに、あたいたちを取り巻く状況も大きく変わったから――。
ミレンシェンでの一件に、上層部が疑問を持っちまったらしい。
証拠は消したと言っても、いったん疑われちまったらなかなか晴らすことはできねぇ。
シミュレーションでの失敗も重なって、あたいたちは反逆者の汚名を着せられようとしていた。
そんなあたいたちに与えられた、最初で最後のチャンス――それが、グレンリーダーの暗殺任務だった。
この作戦を成功させなければ、あたいも姉貴も役立たずの烙印を押されてしまう。
人格調整――あたいたちの存在そのものが、この世から消えてしまうんだ――。
「――マイ……話して。あなたが、なにを知っているのかを……」
心ん中がグチャグチャになっちまったあたいに、姉貴は訊いた。
薄々、わかっているような表情をしつつも、あえて訊いてきた。
あたいも、もう隠さなかった。
なにもかも全部すっきりさせないと、もう生き残っていけないのが、わかっちまったから――。
自分でも意外なくらいに静かな話し合いだった。
その最後に――あたいは、姉貴に訊き返した。
「――姉貴は、グレンリーダーを、殺せるのかよ?」
姉貴の顔色が、変わっていた。
「――殺すわ。グレンリーダーを……!」
あたいの言葉に答える姉貴は、苦しんでいるように見えた。
初めて見る、姉貴の表情だった。
二度と見たくない顔だった。
あたいが、姉貴を苦しめてしまったのかもしれねぇ――。
あたいの心に、鋭いトゲが突き刺さったような気がした。
それでも、あたいは嬉しかった。
姉貴が、あたいとの[絆]を捨てないでくれたことが、嬉しかった。
そして、あたいと姉貴はグレンリーダー暗殺の任務に就いたんだ。
そこに待ち受けていた運命と、フォルセアの真の企みも知らねぇで――。
肌に当たる感触が、ゴツゴツと固い。
聞こえてくるのは、耳を切り裂くような風の音だ。冷たいすきま風が吹き抜けてやがる。
重い瞼を開けてみると、目に入ったのは、でこぼこした石の床――いや、床というよりは、岩場の上みたいな感じだ。
「……どこだよ。ここ……?」
つぶやいて身体を起こそうとすると、全身が軋んだような悲鳴をあげた。
「……ぐ……ちく、しょう……」
口から、思わず声が漏れた。
一応、簡単に手当てはされてるみてぇだ。出血は止まっている。
しかし、身体は思うように動かねぇ――情けねぇ話だと思う。
「……気がつきました?」
突然かけられた声に、あたいは思わずギクッとする。
ゆっくり視線を巡らすと、傍らに茶色い髪の女が座って、あたいのほうを見ていた。
「……おまえ……!?」
そいつの面には、少し見覚えがあった。
確かアルサレアの新首相になった女だ。フォルセアが見せてくれた映像にも映っていた。
それがなんで、こんなところにいやがるのか?
そもそも、ここは一体、どこなんだ?
沸き上がってくる疑問を解決しようと、なんとか身を起こす。
辺りを見回すと、薄暗い照明しかないところだった。
洞窟の一部を利用した、天然の牢屋のような場所だ。入口には、鉄格子がはまっている。
「……そうか。ここは……!」
あたいは思い出した。
ここは、グレンリーダー襲撃の前に一度立ち寄ったところ。
そして作戦終了後の撤退ポイントでもあった、ギラ・ドゥロ補給基地跡だった。
そうだ。もうボロボロだったPFをなんとかコントロールして、あたいは戻ってきたんだ。
自分でも、よく戻れたと思った。
ただ、気迫だけのような気がした。
けど、その気迫が、あたいの命を繋ぎ止めたんだ。
知らなかった真実を知るために――。
そして、いけ好かねぇを通り越して、憎悪するまでになったフォルセアの奴をブチ殺すために――。
あたいは、戻ってきたんだ。
「――よく戻ってこれたものね……本当、しぶとさだけはゴキブリ並といったところかしら?」
地上に降り立ったあたいを、あいつは悠然と出迎えやがった。
周りには、妙な黒いスーツを着込んだ男が数人――イヤな空気を纏っていやがる。
けど、気にしてられねぇ。血だらけの身体を突き動かして、あたいはフォルセアに迫った。
「ああ、戻ってきたさ! さぁ、答えろ! フォルセアァッ……!」
「……答える?……ああ、事の真相を教えるという話だったわね」
あいつは、からかうような口調で続けた。
どうしようもなく、歪んでやがる。あたいは、今にも襲いかからんばかりだった。
周りの連中が必要以上に警戒してるのがわかった。
張り詰めた空気の中で、あいつは続ける。
「――マイ・キサラギ……お前も薄々察している通り、今回の作戦の本当の目的は、グレンリーダーの暗殺じゃないわ……」
「フン……やっぱな。じゃあ、なにが目的だったんだ!? なにが目的で、あたいたちをダシに使った!?」
「決まってるでしょう。グレンリーダー以外に、私たちのターゲットとなり得る人物……その足りない頭で考えてみるのね……」
バカにしたような笑い。あたいは怒りを必死で抑えながら答えた。
「……アルサレアの、首相かよ……」
「――フフ……ご名答。少しは、頭が働くみたいじゃない……出来の良い姉に頼りっきりかと思っていたけど」
「ふざけんな! この腐れ女!! 元から、あたいたちにチャンスを与える気はなかったんだろうがっ!!」
グレンリーダーを暗殺すれば、ミレンシェンでの疑いが晴れる――そう、そそのかして、あたいたちを囮に使ったんだ。
こいつらしいやり方だった。
「あら? そんなことはなくてよ……お前たちがグレンリーダーを倒せば結果として疑いは晴れたわけだし……」
悪びれもせずに、よく言いやがる。
けど、それが間違いなく嘘だってことを、あたいは知っていた。
「……フン。あたいが気づかなかったと思ってるのかよ? 姉貴を巻き込んだ閃光――あれは、てめぇが撃ったもんだろうが!!」
一瞬、空気が凍った。
時間すらも、止まったように思えた。
フォルセアの切れるような視線と、あたいの焼き殺すような視線とが、絡み合った。
「……そうよ。でも、それは作戦本来の目的を果たすためにやったこと……それに巻き込まれたのは、お前の姉が『使えない』兵士だったからよ……」
あたいの中で、なにかが、切れた。
全身が燃えるような感覚の中で、あたいは絶叫していた。
「フォルセアアアァァァァァァッッ!!!」
全身の力を振り絞って、あたいはフォルセアに襲いかかった。
マン・マシーンのあたいは、普通の人間以上の反応速度を持っている。その気になりゃあ、フォルセアを殺すことなんか簡単だった。
けど、それは普段の場合の話だ。
気迫とは裏腹に、あたいの身体は思うように動かなかった。
そして、響き渡った銃声。
一瞬の痛みのあと、あたいの意識が遠のいていった。
麻酔弾だ。
「……ちく……しょう……!」
力を失い、膝をつく。
もう、声すらも出ない。
ぼやけていく視界。
そして、霞みがかった意識の中で、フォルセアの哄笑だけが響いていた。
「上官に刃向かうとは、愚かなものね……けど、お前には、まだ利用価値がある。命だけは、取らないでおいてあげるわ……フフフフフフ……」
「間抜けなもんだな……」
固い岩の壁に背中をもたれさせ、あたいは自嘲気味につぶやいた。
風の音は、相変わらず空しい――まるで、今のあたいの心のようだ。
あの激戦の中を必死で生き延びたというのに、姉貴を救えもしなければ、罠にハメたフォルセアを殺せもしない。
結局、あたいは奴の言うように、一人じゃなにもできないのかもしれねぇ。
姉貴が側にいて、姉貴に頼って――それが当然のように思っていたから。
でも、それはあたい自身にとって、なんの成長ももたらさないものだったんだ。
いつも頼られていた姉貴は、あたいのことをどう思ってたんだろう?
出来の悪い妹?
世話の焼ける妹?
頼りにならない妹――?
どれを取っても、ロクなもんじゃないことは確かだよな。
「あたいは……もう、ダメだ……」
力のない言葉が漏れる。目から涙が溢れてきた。
あたいは初めて、自分が無力だと思った。
「……自分を見限るのは、まだ早いと思います」
突然に聞こえてきた声が、あたいの意識を呼び戻した。
茶色い髪の女――確か、フェンナ・クラウゼンとかいったっけ――が、真っ直ぐに、あたいの顔を見つめていた。
いきなりだったんで、少し驚いちまった。
「……あなたに、なにがあったのかは知りませんけど、絶望するのはまだ早いんじゃないですか?」
「……フン。てめぇに、なにがわかるよ?」
どうやら、独り言を聞かれちまったらしい。あたいは、泣き顔を見られないように、顔を背けた。
ずいぶん偉そうな口を聞く女だと思った。フォルセアの策にはまって、ここまで連れてこられたくせしやがって。
(……まぁ、人のことは言えねぇか……)
そこまで考えて、あたいはふと思い直した。
無力なのは、あたいも同じだったよなと。
目の前の女は、さっきと変わらない瞳であたいを見つめている。その目には、どこかで見たような光があった。
「――確かに、私にはあなたの事情はわかりません。けど、どんな苦しい状況になったって、あきらめてはいけないと思います。生きている限り……やり直しはきくんですから」
そう言うと、女はハンカチを取り出して、あたいの前に差し出した。
なんなんだよ。こいつ!!
「……ば、バカにするなっっ!! てめぇも捕まってるクセしやがって!!」
あたいは、ムキになって叫んだ。
こんな女に情けをかけられたのかと思うと、自分が不甲斐なく、腹立たしかった。
けど、やっぱり女の態度は変わらなかった。ハンカチを持った手が、あたいの顔に伸びて、流れ落ちる涙を拭った。
「な、なにしやがるっ!!」
思わず叫んじまったけど、あたいは女の手を振り払うことができなかった。
温かい――感触だった。
そして、こいつの目に浮かんでいる光がなんなのか思い出した。
こいつの目は、あのグレンリーダーと同じ光を放っていたんだ。
なにがあっても変わらない――不屈の意志を宿した光が。
「……なんで、そんな顔してられるんだよ……?」
あたいには、わからなかった。
こいつの置かれている状況だって、絶望的に近いはずだ――自分ではどうすることもできず、助けが来るアテだってない。
それなのに、こいつは――。
「……なぜでしょうね。私にもわからない……でも、ここでなにもかも、あきらめてしまうわけにはいかないの……自分が無力だと思ってしまったら、そこですべてが終わってしまうから」
そんなあたいの心中を見透かしたように、女は言った。
けど、その言葉は、自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。
「……だからって、おまえに、なにができるんだよ?」
あたいは、思わず訊き返していた。
こいつもまた、無力さを痛感しているはずなんだ。
だから、そんなことを言う。
口だけ達者でも、ダメだ――そんなことは、当たり前のことじゃねぇか。
「……確かに、私はなにもできない。力もなにもないかもしれない……でも、だからこそ、心だけは屈したくないの……そうでないと、顔向けができなくなってしまうから……」
けど、女の口調は、変わらない。
自分の無力さを知っているはずなのに、こいつの言葉は、なぜか重かった。
「……誰に……顔向けできないってのさ……?」
あたいは、また訊き返していた。
単なる好奇心じゃなく、言葉に重みを与えるだけの覚悟が、女にあったような気がしたから。
「……お父さんと、姉さんに……」
女は、隠したりしなかった。
けど、そこには悲痛な顔があった。
それはグレンリーダーを殺すと言った時の、姉貴の顔に似ていた――。
「……死んじまったのかよ……そいつら……?」
あたいの言葉に、女は頷いた。
その顔には、再び強い意志がみなぎっているようだった。
「……ええ。戦争で殺されたわ……でも、二人共、私なんかよりずっと強い人たちだった……だから、私も決してあきらめないの……こうして、生きている限り」
あたいたちは、意外なほど、素直に言葉を紡いでいた。
心に沈んだ錘が、軽くなっていく気がした。
なんで、あたいはこんな気持ちになってるんだろう?
こいつは――敵の女のはずなのに。
「……あなたにも、大切な人はいるんでしょう? だったら、そんな簡単にあきらめていいの?」
続けられた言葉が、心を打った。
大切な人。
あたいにとって、大切な人。
それは、たった一人だった。
「――ああ、いるさ……!」
あたいは、女の目を見据えて、答えていた。
曇っていた心が、一気に晴れたみたいだった。
そう。姉貴のいない今、あたいは試されているのかもしれねぇ。
誰のものでもない、あたい自身の力を。
姉貴への、あたい自身の思いを――。
姉貴は、まだ生きている。
きっと、生きている。
確信なんかないけど、あたいたちは双子なんだ――そのくらい、わかる。
そして姉貴ともう一度、会うために――姉貴との絆を、もう一度確かめるために、今、あたいがしなければならないことは、決まっていた。
そうさ。とても簡単なことだったんだ。
「おまえ……あたいに協力してくれるか?」
口から出た言葉は、自分でも意外なほどの強さに満ちている気がした。
そして、もう動かないんじゃないかと思っていた身体に力が戻ってきているのを、あたいは確かに感じていた。
ちょっとした打ち合わせのあと、あたいたちは行動を開始することにした。
ギラ・ドゥロ補給基地は、以前アルサレアの攻撃で、完全に破壊されたところだ。
戦争が終わった今でも、復旧はほとんどされてねぇから、設備自体もたいしたもんじゃない。でなきゃ、あたいと捕虜の女が一緒の牢屋にぶち込まれたりはしねぇ。
この牢屋さえ脱出できれば、逃げることは簡単なはずだ。
「……キャアアアアアアアアアアアアァァァァ……!!」
せまい室内を揺るがす絶叫。基地内に響き渡るほどの大声だ。
あたいは、目の前の女を拳で殴りつけた。
「お前が、いなければああぁぁっっ!!」
吠えるような声で、叫びを打ち消す。
よろけた相手に向けて、さらに蹴りを浴びせる。
壁に叩きつけられた女は、うめき声と共に咳き込んだ。
「……おまえが、いなければ……姉貴は、撃たれなかったんだ! お前が……!」
あたいは、近づいて女の髪を掴み上げる。苦痛に歪む女の表情は、演技なんかじゃねぇ。
「……おまえが、いなければぁっ!」
そのまま、無造作に膝を入れた。
力なく、女はその場に崩れる。
「なにをやっている! 貴様ぁっ!!」
騒ぎを聞きつけた近くの兵士どもが、こっちのほうにやってくる。
剣呑な光を放つ銃口が向いている。麻酔弾なんていうチンケなもんじゃなくて、本物の弾を詰めたヤツだ。
あたいは、倒れた女の首に腕を回すようにして立ち上がらせると、自分の身体の前にかざした。
「気でも狂ったか!! マイ・キサラギ!!」
牢屋越しに放たれた声は威圧的であっても、どこか焦ってるようにも聞こえた。
あたいは、口の端を歪めてみせる。
「……フン……こいつは、アルサレアの重要人物なんだろ? グレンリーダーは殺れなくっても、こいつがいなくなれば、また戦争は起こるんじゃねぇかと思ってさぁ!」
「バカな!! 神佐からの命令もないのに、勝手な真似をするな! だいたい貴様も裏切り者なのだぞ!!」
銃口が、煌きを放つ。
けど、あたいはひるまねぇ。
「……それにな。こいつがグレンリーダーと一緒にいなけりゃ、姉貴だって撃たれることはなかったんだよ!! だから、こいつをぶっ殺すのさ!!」
「貴様の言っていることは、支離滅裂だ! 逆恨みもはなはだしい! 今すぐ、捕虜を離せ……さもなくば、撃つ!!」
「……へっ! いいのかよ? こいつまで巻き込んじまうぜ!?」
あたいは、女を突き出しながら挑発する。
兵士どもは、わずかにたじろいだ様子を見せた。
やっぱ、こいつら口先だけだ。あと、もう少しだな。
「……けど、おめぇらの言うこともわかるさ……とりあえず、この女、連れてけよ。あたいと一緒にしとくと、どうなるかわからねぇぜ?」
少し間を置いてそう言うと、兵士どもは渋い顔をした。
あたいは射殺すような視線で、奴らを威圧する。本気だということを見せるためだった。
「……よかろう。ちょっと待っていろ」
兵士の一人が、鉄格子の鍵を取り出した。
鍵を開ける間、他の奴らが油断なくこっちを見ている。
あたいも、下手な動きはしなかった――体調が完全じゃない今、チャンスはそんなにない。
「――さぁ、捕虜を渡せ」
鍵を開けた兵士が、中に入ってくる。
あたいは、女を掲げて近づいていくと、無造作に前に押し出した。
「……ほらよ……」
よろけながら前方へ流れていく女の身体。その動きに兵士どもの視線が一瞬、集中した。
その一瞬が、勝負の時だった。
「……うおおおおおおおぉぉぉっ!!」
全身の力を振り絞り、あたいは風のように駆けた。
女を追い越し、中に入ってきた兵士のみぞおちに飛び膝を入れると、手に持った銃を奪い取る。
そのまま、転げるようにして牢の外に出た。
「貴様っっ!!……うごああああああぁぁぁ!!」
煌く閃光。銃口から吐き出された弾丸が、兵士どもの身体に叩き込まれる。
フォルセアを襲った時と違って、今回は完全に隙を突いた。
わずかでも、隙を見せた人間に遅れを取るほど、あたいも弱っちゃいなかった。
飛び散る鮮血が、あたいの気分を高揚させる。やっぱ、これがねぇと面白くはねぇ。
時間にしてみりゃ、わずか二秒弱くらい――次にあたいが起き上がった時、その場にいた兵士は全員、脳みそをぶち抜かれて血だらけの肉塊に変わっていた。
ま、ざっとこんなもんだ。
「ほらっ! 早く立ちやがれ!!」
あたいは、まだ少し苦しげな女を引き起こすと、その頬を張った。
「……ちょっと加減ミスったか? けど、のんびりしてる暇はねぇんだ。行くぜ!!」
兵士たちの注意を引きつけるための芝居とはいえ、あまり手加減していたらバレちまう可能性があった。
だから、あたいは殺さない程度にしか加減しなかった。
「……え、ええ……わかってる……」
それでも女は呼吸を整えながら、あたいに頷き返す。
苦痛に顔を歪めていても、目に宿る光は、さっきのまんまだった。
あたいを非難する気もないらしい――こいつも、状況をわかってるってことだ。
(……フン。人に説教くれるだけのことは、あるじゃねぇか……)
あたいは、少し感心した。
見た目ほど、この女、ヤワじゃねぇ。
あたいたちは、互いに笑みを浮かべると、そのまま走り出した。
「そっこ、どけえぇ!!」
足場の悪い通路を駆けながら、あたいは立ち塞がる兵士に銃弾を叩き込む。
相手の話なんざ、聞く耳持たねぇ。今のあたいは完全に反逆者だ。たったひとつの目的を果たすためだけに動いているに過ぎなかった。
向こうは捕虜の女が一緒ということもあって、わずかに攻撃をためらうみたいだ。
むろん、あたいにとっては好都合だ。その隙が命取りになるということを、このバカどもはわかっちゃいねぇ。
「あの、これから一体、どうしようというんです?」
少しして、女が唐突に訊いてきた。
「――PFの置いてあるところに行くんだよ。あとのことは、それから教えてやる」
あたいは簡単に答えると、走る速度を早めた。
女もまた、必死についてくる。
目的のPF格納庫跡は、もうすぐだ。あたいのシンザンはぶっ壊れちまったが、そこには何機かのPF――フォルセアが密かに連れてきた特殊部隊のもの――が、あるはずだった。
とにかくそれをかっぱらって逃げなくちゃ、目的を果たすどころじゃねぇからな。
「よし、あと少しだ!!」
この先の角を左に折れれば、格納庫跡は目の前だった。
しかし、あと一歩というところで、銃声が響き渡った。
あたいの右肩を貫いた弾丸が、血の霧を巻き起こす。
「ぐぅっ!?」
激痛に、思わず銃を落としちまう。
乾いた音をたてて、獲物が床に転がった。
「――フフフ……そう簡単に事が運ぶとでも思ったのかしら?」
聞き覚えのある声が、あたいの耳を打った。
目の前数メートルのところに、いけ好かねぇ面の女が、冷たい目を向けて立っている。
「……フォルセアか……ちっ!」
珍しく奴は一人だった。
けど、雰囲気はいつもと全然違う。
「……もう、情けをかける必要もないわね。マイ・キサラギ……おまえには、ここで死んでもらうわ」
その言葉は本気だった。
殺気が渦を巻いているのが、あたいにもわかる。
「……フン。簡単に、殺れると思うなよ!」
あたいは、フォルセアを睨みつけながら、不敵に言い放った。
けど、状況はあんま良くねぇ。全身に残ったダメージに加え、今受けた肩の傷からも血がとめどなく流れている。
「……強がりはやめるのね。いくらおまえがマシーンでも、この状況で勝てると思うの?」
「……んなもん、やってみなきゃ、わかんねぇだろうが……!」
その言葉と同時に、岩壁に銃声が反響した。
ひとつ。
「うああぁぁっ!!」
左足から鮮血がほとばしった。
銃弾が、腿の肉を抉っていた。致命傷じゃねぇが、あたいの動きを封じるには充分な一撃だった。
「フン。やっぱり口だけじゃないの……無様なものね。でも、まだまだ……じわじわとなぶり殺しにしてあげるわ」
ふたつ。
再度の銃撃。今度はわき腹に食い込んだ。
「うああああぁぁぁっっ!!」
激痛が走る。意識が一瞬、刈り取られた。
「フフフフフ……いい様ねぇ。マイ・キサラギ……のた打ち回って、芋虫のように死んでいきなさい」
フォルセアの哄笑が響く。
わずかにぼやけた視界の中で、奴の指がトリガーを引こうとしているのが見えた。
(――ちくしょう。こんなところで……こんなところで、終わっちまうのかよ……)
あたいは、再び自分の無力さを噛み締めていた。
そして――みっつ。
最後の銃声が、響いた。
「な、な……っ!」
けど、あたいの身体にそれ以上、痛みは走らなかった。
それ以前に、銃声の聞こえた方向が違った。
フォルセアは、ただ呆然と銃を構えたまま、驚愕に目を見開いている。
そして、聞こえてきた声は――またしても、意外な声だった。
「……それ以上は、やらせない……!」
あたいの後ろにいた女――フェンナ・クラウゼンが、おぼつかない手つきで、銃を構えていた。
どうやら、あたいの落とした銃を拾っていたらしい。
まともな狙いなんかつくはずもない素人丸出しの構え――それでも、その一撃はフォルセアの頬をかすめ、奴の顔から血を流していた。
そう、あたいも奴も予想してなかった。この女に、それほどの度胸があるんだということを――。
そして、その止まった時間から立ち直ったのは、あたいのほうが早かった。
少なからず、女の本質に触れていたあたいのほうが、驚きから覚めるのが早かったんだ。
「うおおおおおおおおぉぉっ!!」
痛みを無視して、あたいはフォルセアに飛びかかる。
距離を詰めて、残された左の拳を奴の顔面に叩き込んだ。
溜め込んだ、すべての怒りと憎しみを込めて――。
「うぎゃあああぁぁっっ!!」
響き渡る奇妙な絶叫。
激しい音と共に、フォルセアは岩壁に叩きつけられた。
意識を刈り取るほどの一撃ではなかったけど、ぶつかった時の当たりどころが悪かったらしい。奴はそのまま崩れ落ち、ピクリとも動こうとはしなかった。
あたいは、そのまま膝をついた。
全身から力が抜けていくのがわかる。けど、同時に妙な満足感が、心を満たしているのがわかった。
あたいは、心底フォルセアの奴が憎かったんだな――そんなことを思うと、口元から自然と笑みがこぼれた。
「……立てますか?」
あたいの意識を現実に引き戻したのは、やっぱりあの女――フェンナ・クラウゼンの声だった。
時間にしてみれば、わずか数秒のことだったけど、妙に長く感じられたような気がした。
女の肩を借りながら立ち上がる。状況はさっきと変わってなかったけど、基地内の騒がしさは少し増しているように思えた。
ここでグズグズしてりゃ、間違いなく囲まれちまう。
あたいは、再び気力を取り戻した。
まだ、目的は果たされちゃいねぇ。むしろ、こっからが重要なんだ。
「……あたいは、だいじょうぶだ。急ぐぜ……早く、こっから逃げださねぇとな……」
女は、無言で頷く。
衣服の切れ端とかで簡単な止血を済ませると、あたいたちは互いに寄り添いながら、目的の場所までの道程を進み始めた。
およそ格納庫とは呼べなくなったボロボロのだだっ広い空間に、何機かのPFが止まっていた。
フォルセアのオリジナル・オードリーを始め、量産型のイリアなんかがある。ちなみにあたいのシンザンは、隅のほうでボロ雑巾のように朽ち果てていた。
本当は乗り慣れた機体のほうがいいんだけど、わがまま言っても始まらねぇ。あたいたちは、手近にあった黒いイリアに乗り込むと、システムを起動させた。
駆動系、電装系オールグリーン。武装チェック、問題なし――いつもの動作を問題なく実行したあたいはブーストペダルをキックすると、出口へとPFを疾駆させた。
差し込んでくる光は、赤い輝きに満ちていた。
夕暮れの光だ。今更気づいたけど、あの作戦から帰ってきてから、丸一日が過ぎちまってたらしい。
せまい穴倉の中から飛び出したあたいたちは、血の色に似た空を見つめながら、なんとはなしに息をついた。
「これから、どうするつもりですか? あなたは……?」
落ち着いた雰囲気の中で、女の質問が耳を突いた。
女の言いたいことはわかる。正直、今のあたいは完全な反逆者だ。ヴァリムに戻ることはできねぇ。
けど、だからといって、アルサレアに行くつもりもなかった。
そう――あたいの目的は、たったひとつだ。
「――おまえを、アルサレアに引き渡す……交換で、姉貴を返してもらう……」
生きているはずのユイ姉。
きっと姉貴はアルサレアにいるはずだ――確信はなかったけど、そう思った。
なぜなら、あのグレンリーダーは姉貴を絶対に殺さない。
姉貴に借りがあるからとかそういうんじゃなくて、あいつの性格だったら、きっと姉貴を助けているはずだからだ。
だから、返してもらう――それだけの見返りを用意して。
「……もしかして、そのためだけに私を助けたというんですか!?」
あたいの言葉に、女は少し驚いたようだった。
そりゃ、当たり前だろうな。一国の首相とただの兵士とじゃ、トレードするには差があり過ぎる。
けど、それは他の人間の価値観に当てはめた場合の話だ。
少なくとも、あたいにとって――姉貴は、この世の誰よりも大切な存在だったから。
「――悪いかよ……それだけの理由じゃ……」
わかってもらう気なんかなかったから、あたいはふてくされたように答えた。
そうさ。あたいと姉貴のことなんか、他の人間にはわかりゃしねぇんだ。
けど、次に聞こえてきたのは、意外な言葉だった。
「いいえ……でも、私はうらやましいな。あなたと、あなたのお姉さんが……」
「……うらやましい?」
あたいは、呆けたような表情で女を見た。
絶対、笑われると思ってただけに不思議だった。なんで、こいつがそんなことを言うのかが――。
その言葉を言った女は、どこか寂しそうな表情をしていた。
「――ええ。お姉さんのために、自分のすべてをかけられるあなたと、それほどまでに思われてるお姉さんが、うらやましいと言ったの……きっとあなたたちは、すごく強い絆で結ばれているんでしょうね……」
「……おまえ……」
あたいは、言葉を見つけることもできずに、女の話に聞き入った。
「牢の中で話したと思うけど……私にも姉さんがいたわ。姉さんはヴァリムに捕らわれて、そのまま殺された……助け出すチャンスもあったけど、結局、それは間に合わなかったの……」
女の言葉の中には、後悔があるようだった。
それは、泥のように残っている暗い思いだった。
「もし、私に力があったら……ううん、あなたのような行動力があったら、姉さんを救うこともできたかもしれない。そして多くの人たちの心に、傷を残すこともなかったかもしれない……そう思うと、今でもたまらない気持ちになるの」
そこまで言うと、女はあたいのほうを見て、柔らかく微笑んだ。
「……だから私は、あなたの気持ちがわかるし……それができるあなたが、すごくうらやましいの」
あたいは、思わず目を伏せた。
なんでかはわからねぇ。
けど、こいつの言葉は真実で――決して、ただの同情で今の言葉を言ったんじゃねぇってことは、わかった。
「……おまえ……変わった、奴だよな……」
あたいは、思わずそうつぶやいた。
なんとなく、出てくる言葉が浮かばなかった。
前だったら、バカな奴と嘲笑うところだけど、今のあたいがこうして生きていられるのは、こいつのおかげでもあったから。
そして、決して弱くなんかねぇこいつが、自分の姉貴を助けられなかったからと言って、あたいにそれを責められるわけがなかった。
結局、あたいも、一人じゃなにもできねぇ奴だったから――。
「……そうかな? 自分では、そんな風に思ったことないんだけど?」
女は、あたいの言葉に首を傾げていた。
「……充分、変わってるだろ? だいたい、敵に対してペラペラとしゃべり過ぎなんだよ」
あたいは、可笑しそうに笑った。
自分と同じ気持ちを持った者同士――敵ではあったけど、あたいたちはお互いを憎むことはなかった。
むしろ、穏やかな時間だった。
姉貴といる時とは、また別の充実した感覚があった。
けど、結局、国同士は相容れないもんなのかもしれねぇ。
国なんてもんは、個人の思惑じゃどうにもならねぇ、でっかい生き物みたいなもんだ。
どんなに気に入った奴でも、戦場で会えば敵――それが、あたいたち兵士の常。
今はこうしていても、明日にはお互い銃を持って、向き合っているのかもしれねぇ。
(――戦争って、やっぱ、ねぇほうがいいのかな……?)
あたいは、初めて浮かんできた感覚に、少し戸惑いを覚えていた。
戦争のために造られたマシーン――それが、あたいと姉貴のすべて。
けど、戦争がなかったら――あたいたちは、どういう生き方をしてたんだろう?
もしかしたら、もっと、こいつみたいな連中と笑い合えたのかなぁ?
そして、姉貴も――自分の気持ちを、抑える必要なんか、なかったのかなぁ?
そう思うと、あたいは姉貴の抱いた感情を否定することができなくなっていた――。
「――そろそろ、おまえが無事なことを知らせねぇとな……グレンリーダーの奴に繋いでくれよ……」
あたいは、戸惑いを抑えながら、女に――フェンナに言った。
VIP専用の回線――本当なら、軍事機密のはずの情報だ。けど、フェンナの奴に、ためらいはなかった。
通信機を手早く操作し、あたいのほうに微笑みかける。
あたいは、落ち着いた風を装って、言葉を放った。
「聞こえるか? グレンリーダー……あたいだ。マイ・キサラギだ……おまえに、伝えたいことがある……」
しばしの間のあと、あたいの知った顔が現れた。
アルサレアのエース――そして、新元帥になったグレンリーダー。
けど、モニターに映った男の顔は、どこか疲れたようで――悲しげな表情をしているように見えた。
Personal Chapter (3) Mai Kisaragi SIDE ―― END
Continue to Next Chapter ―― Gren Leader ――
○ あとがき
皆様、こん○○わ。双首蒼竜です。
[EPHEMERAL EMOTION]第三章――マイ・キサラギの章をお送りします。
当時も相当、気合の入った状態で書いたこの章。やはり落ち度は少ないです。
後半のマイとフェンナの絡みなんかは、見ていて心を打たれるシーンです。フォルセアを撃つ殴る辺りも、見ていて快感ですねぇ(爆)。
では、次は第四章でお会いしましょう。
双首蒼竜
管理人より
双首蒼竜さんよりチャプター3をご投稿頂きました!
いやはや、派手ですねぇ(笑)。
しかし、マイとフェンナの交流は互いに良い影響を与えたようで。できれば黙示録への反映も期待。
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