〜5〜


 

 白い空間に6人、机を挟んで2人。
 ここはブリーフィングルーム。
 コンクリートで塗り固められたそこは、あまりに無機質だった。

 いつ破壊されても構わない。いつ奪われても構わない。
 ましてやサーリットン全域を制圧したとしても、全ての基地をそのままおいておく訳ではない。
 使い終われば無用の長物にしかならない前線基地など所詮は臨時、時間制限つきの箱物に過ぎない。
 そこに着飾る必要性などは微塵たりとも存在しなかった。



 机に座る男は感慨深そうに胸元で指を絡ませる。

「今回の目的は、現在評価試験中のある試作機を輸送する部隊の通過に合わせて輸送ルートから2番目に遠い敵の『中規模』拠点を強襲し、敵戦力をそちらに引き付け、更にはそこに釘付けにする事にある。よって可能な限りそこに留まり、損害を与えて続けてもらう。もちろん拠点占領を目指すつもりで行ってもらっても構わない」

 その口調は重い。遂行が困難か否かは、それだけで概ねの想像がついた。

 机の男は、隣に立つ狐目の男に合図をする。
 一呼吸置いて、男は手に持つバインダーに目を向けた。
 恐ろしく薄かった。
 その薄い作戦書を尊大そうな口調で読み上げる。

「この作戦は高密度の砂嵐の中で行われる。砂嵐の中ではレーダー波すら満足に通らないため、当然オペレーターからの通信は一切ない。いつものようにはいかないから気を付けろ、撤退のタイミングは自分達で計れ。ただし、作戦は陽動強襲である事を忘れるな」

 狐目の男はバインダーを下げる。
 ――追伸はない。

 おいどうした、作戦書は一枚ではないだろう。
 それとも言う必要のない情報か―――少なくともそれを考えるのは俺達の仕事ではないという事だな。

 これだけは言っておく――狐目の男は続けた。

「輸送される機体は軍機であるために事前に通達する事はしないが、何としてでも護り切らねばならないと言えば、どれ程のものかは想像出来るだろう」

 ここからは、この男の真意。『作戦に失敗はない』

 ――作戦成功か、死体かでしか帰還は許さない。解っているな?――と、いう事だ。

 机の男は申し訳なさそうな顔で溜息を吐く。

 それだけかと、挙手をしようと腕を動かそうとした瞬間、狐目の男が「出撃だ、さっさと行け」と、追い出すように吐き捨てた。
 質問は一切受け付けないとでも言うかのように。



 ――結局、出撃前に知らされたのはこれだけであった。
 通常ならば敵の規模、機体性能、装備、最低それだけでも知らせるのが普通である。
 今から思えば、敵戦力の何が「中規模」なのかという定義も曖昧であった。

 また、強襲ならば一撃離脱が鉄則であり、作戦もその前提のもとに行われるものである。
 他方、「陽動強襲」は敵を強制的に引き付けるという性格上、強襲してから出来得る限りその場に留まらなければならない。
 それも逃げられるだけの余力を残して、水面下で遂行されている輸送作戦の何らかの結果を以って撤退に入る。
 そして双方にはそれぞれ、陽動強襲の成功は輸送作戦の成功率を上げる、または輸送作戦が成功した、或いは失敗したという通達を以って陽動強襲作戦の終了とし、陽動強襲部隊は撤退する事が出来るという相関関係が存在するのである。

 ――以上のように、陽動強襲は通常の強襲とは明らかに異なる要素を有していた。
 だからこそ強襲とは作戦内容、装備、その他様々な面で区別されているのである。



 しかし、今回は陽動強襲中に輸送作戦が成功したかどうかが判らない。
 いつ撤退すれば良いかの目安がないのである。
 輸送作戦が成功したかが判らないのであれば、陽動強襲部隊の撤退は自らの責任において行わなければならない。
 タイミングを逸すれば敵陣で孤立。そうなれば陽動強襲部隊は見捨てられたも同然である。
 そうかといって早過ぎれば輸送作戦失敗という結果を生じさせた重大な過失があるとされても文句は言えない。
 ともすれば、作戦遂行に失敗した輸送部隊にとっては自己正当化する大義名分のある有利な立場で軍法会議に臨む事が出来るのである。
 これでは割が合わないと言わざるを得ない。

 しかしながら、作戦自体に何らかの矛盾が存在しない限りは陽動強襲作戦の結果が輸送作戦の成否に大きく関係する事は、既に過去の戦績が証明していた。
 その意味では装備などの面で非常な優遇措置を受けていたのも事実である。
 しかし一方で、装備が充実しているからこそ作戦は成功して当然。
 そうでなければ全て陽動強襲の失敗によるものだという理論がまかり通る土壌にもなっていたという大きな副作用まで生じてしまっていた。

 輸送部隊の作戦遂行如何がこちらの評価、しいては生存率そのものを規定する。
 それがこちらの実力と直接関係のないところで行われているというのは何とも理不尽な話であった。



 ――これでは両作戦が同時に行われても、この場合に陽動強襲は「鍵」ではなく「保険」に留まる。
 それでも重要度は依然高いままだが、作戦自体の難易度は大幅に上がる―――特に陽動強襲に従事する者にとっては。

 これならば、陽動強襲と輸送がそもそも別々の作戦のようなものなのだから、わざわざ陽動強襲部隊にさせるのではなく、主力部隊でも一気に投入して拠点制圧をしてしまった方が戦術的効果は高いのではないのだろうか。
 砂嵐のような地形効果が最悪な状態では、わざわざ小部隊で陽動強襲をする程のものなのかと勘繰りたくなってしまう。
 確かに主力部隊を投入してはアルサレアに大きな刺激を与える事にはなるが、全面戦争すら既に秒読み段階なのだから、何を気遣う必要があるのだろうか。

 それとも、関与する人数を極力減らす必要がある程に、輸送物資の内容が機密極まりないのだろうか。

 どちらにしろ、それならそれでせめて輸送作戦成功時に何らかの合図くらいはと言いたいところだが、この砂嵐では仕方ない。
 もちろん納得などしないが。



 ――とは言え、奇襲に殲滅に制圧に、牽制に陽動に撤退にと、陽動強襲はPF戦闘の要素全てが至れり尽くせりである。
 ただでさえこうなのだ、それでいて部隊状況を目算しながら撤退が早すぎても駄目だというのは、貧乏くじという以外の何者でもない。
 上層部からの嫌がらせにすら思えてくる。



 ――思えばこの陰鬱な雰囲気はそこから始まったのであった。









 

 再び砂嵐に身を隠す。素早く深く。
 かなりの距離を稼いだ筈だ、もう安心出来るだろう。

 機体は正常に稼動しているが、損傷の平均は小破以上。
 特にステアとハート、カンナの機体は損傷が激しい。
 爆発の危険性はなさそうだが、損傷部から砂が溜まり、少々動きがぎこちない。
 移動がやっとといったところである。

 しかし、皆の表情は明るい。
 少なくとも、出撃前の緊張した面持ちよりは緩んでいた。

 あの陰鬱な砂嵐も、最初ほどは息苦しさを感じなかった。
 もはや任務の障壁といった側面はなく、純粋に敵を阻む壁として、彼等の身を匿ってくれているからである。

 心強い味方に口元から笑みがこぼれる。
 嵐の空とは対照的に、心の中は穏やかであり、晴れやかだ。
 肩の荷が下りたという安堵感、達成感も、いつにも増してそれを助長させているようである。



 「強襲」は大成功。
 冗談としか思えない程の彼我戦力差を押さえて、こちらの損傷を遥かに上回る損害を与える事には成功したからである。
 拠点もあれだけの損害を被れば、修復には多大な労力を支払う事だろう。
 その分の戦力を釘付けに出来るだけでも戦術的価値は計り知れない。

 しかし、通信が確保出来ない以上、「陽動強襲」の「陽動」が成功したかどうかは帰ってみなければ判らない。
 陽動強襲はふたつでひとつ。陽動の成功は強襲の成功だが、逆は違う。
 それらが一致しない場合も、時には存在する。

 繰り返すようだが、この意味では彼等の任務は重要であるものの、このような特殊な条件が課された場合には保険の域を出なかった。
 非常に掛金と払戻しが大きい保険ではあるが、当然ながらこれは既に出撃していた部隊に対しては何の効果も持たないのである。



 ――あとは輸送部隊がしっかりやっているかどうかだ。
 エークは目を細める。
 ――とは言え、輸送部隊とて戦闘のプロだ。最近は輸送部隊程強力な機体が回されている。
 そんな猛者共が中隊単位で護衛しているのだ、こちらの強襲前に襲撃部隊が出撃していたというオチであっても十分対処出来る筈である。

 出来なければ、そいつらの責任だ。
 尤も、全滅してしまえば俺達以外に責任を押し付ける相手がいなくなってしまうのだが―――成功して当たり前、そうでなければ全てこちらの責任という事である。
 全く、皺寄せととばっちりを喰らうのは御免だ。正直勘弁して欲しい。

 自然と溜息が漏れた。
 ――ほんの少しの諦観を混じえた。





 

 基地への帰路、彼等の心中には安堵と、未だ冷めやらぬ興奮が共存していた。
 取り敢えず機体を近付けて僅かに入る通信に耳をやる。

 ついでに酒でも一杯やりたかったが、生憎都合の良いものはない。
 飲料水とレーションで祝杯を挙げる。
 ハートはいつも隠し持っているが、酔うにはまだまだ足りなかった。


「今回はしんどかったな。まさか小隊で軍事都市相手に強襲なんざ、死にに行けって言うようなもんだからな」
「まだ敵が少なかったから大した事なかったが、主戦場の軍事基地だったら確実に死んでたぜ」

 デインとレイは水でも酔える。
 レーションを豪快に噛み砕く音が通信に混じり、ステアは少し不愉快そうだ。

「司令部の連中も、本気でアタイらを殺しにかかってきたんじゃないのかい? だったら、帰ってきたアタイらを見たときの部隊長殿の顔・・・・・・いや、「あいつ」の顔が見物だねぇ」

 こちらからは熱を帯びた溜息のような音が混じっている。
 スピーカー越しに酒臭さが伝わってきそうだ。

 この2人からは屈託のない笑いが止まらない。
 まさかまさか俺達を殺そうなんてそんな、ははは――といったように。
 反面、デインは口先で笑いながらも、その「あいつ」という言葉に思いを巡らせた。
 エークとステアも、自らを陥れようとしている「かも知れない」漠然とした黒い影を警戒していた。
 確信はないが、何となく思い当たる節はある。
 これが杞憂に終われば良いのだが。

 一方でカンナは一言も喋らない。
 普段は口の減らない彼がどうもおかしい。

「どうしたカンナ、お前らしくもない」
「エーク・・・いや、何でもない。今日は、ありがとう。正直やばかった」
「そうか・・・」

 どうも歯切れが悪い。
 戦闘前との違いを比べれば、さっきの戦闘で何かあったとしか思えない。
 しかし、自分から言い出せないのには何かしらの理由がある筈だと、長い付き合いから解っていた。

 今はそっとしておこう――エークは敢えてこの場で追求する事をしなかった。



 

「合流ポイントに到達。輸送車両は・・・ありました」

 砂漠迷彩の輸送車両が3両。真中の一両がこちらの接近に合わせてライトを点滅させる。
 少し軽率な行為だが、こちらにすれば歓迎のようでありがたい。

「ご苦労さんだなぁ。ここは地獄だ、さっさと載せな」

 少しノイズ交じりの声が響く。聞き慣れた声。
 普段は小隊のオペレーターを務めてくれているグレッグ=ハイマン。
 純粋なヴァリム国民だが、付き合いはかれこれ5年になる。
 デイン達のような異国出身の人間に対して強烈な排他意識を持つ者達が増えてきている中で、そのような周囲のイデオロギーに左右される事なく世話を焼いてくれる、数少ない信頼出来る男である。

 その声にエークも溜飲を下げる。
 どうやらまだ見捨てられた訳ではなさそうだ。
 少なくとも今すぐには。

「了解だ」

 例え圧迫感が薄れようとも、砂嵐の中にいつまでもいたいとは思わないのはこちらも同じだ。

 輸送機のコンテナが開く。
 砂嵐が酷いためか、ハンガーに搭載すると言うよりは、そのまま無造作に積載されたと言う方が近い格好となった。
 少々荒っぽい輸送だが、先程の任務に比べれば、この程度の荒っぽさなど大したものではない。


 さっさと載せて、さっさと行こう。
 正直ここの光景には飽きていたところだ。


 さぁ帰ろう。
 向こうではマシなメシと熱いシャワーが待っている。
 あと酒も――








第6話へ続く

 



 今週のネタバレ(笑)

 さて、今回は修正版です。どこが変わっているか、一目瞭然になっていますが・・・やはり長くなっています。しかし、これは『書きたい症候群」によるものではなくて、ここからが大事な話になるからです。
 陽動強襲任務の理論は押さえてもらって、それと今回の任務の違いがどんなものなのかが少しずつ忍ばせてあります。ぶっちゃけ、今回の輸送物資はかなりヤバイです。デイン達の運命を決定する重要なものです。今は言いませんが(笑)
 あと、デイン達がヴァリム国民からの何故排他意識に晒されているのか、それは次回から徐々に明らかになっていきます

 さぁさぁ、続きをどうぞ!!




 


 管理人より

 レビさんより第5話をご投稿頂きました!

 ふとした思いつきでプロットよりも長くなるのはよくある事です(笑)

 しかし……かなり曖昧な命令ですね(汗)<価値観は人によって異なりますし
 


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