〜6〜


 

 Feint Operatorsは前線基地へと帰還した。

 サーリットンにはヴァリム軍基地が多くあるが、これはあまり大きくない戦術クラスの基地である。
 先程強襲したアルサレアの戦略クラスの基地に比べれば、その規模は数分の一程度だろう。

 コンクリートが打ちっぱなしの内装は質素なものだ。
 所詮金使ったところで、壊れるものは壊れるのだ。
 それなら違うところに使った方が良い。
 それに比較的主戦場に近い事も相まって防衛施設は充実しており、駐屯部隊の規模もかなりのものであった。

 ここの工事は手抜きだ――カンナの口癖だったが、使うべきところに優先して投資された結果によるものだろう。
 ヴァリムにしては珍しく合理的だ。それだけこの地域の拠点は出入りが激しいのだろう。
 今日はヴァリム。明日はアルサレアと――いっその事、賃貸マンションにでもしたらさぞかし儲かる事だろう。
 これはエークの口癖だった。


 

 格納庫に機体が運び込まれる。
 デイン達は輸送車から降りて出迎えの仕官等に敬礼、既に整列している整備兵に機体を任す。

 隊列が崩れて整備作業が開始された。
 デインは腕を上げて大きく伸びをする。その表情は少し憂鬱そうだ。
 小隊を任されている彼は、いわゆる「Diversionist」を直轄する第64特務戦隊の部隊長殿のオフィスへとデブリーディングに、何故か一人で行かなければならなかったのだった。

 そして、その後に作戦の経過を報告書に纏め、それが終わるまで休息はお預けになる。


「せいぜい頑張って下さいよ、隊・長・殿!」
「こういうのを人身御供と言うのだよ。人柱さ」
「こんなときだけ隊長かよ・・・もちろんステアは来てくれるよな?」
「遠慮します(ニコニコ)」
「オイ・・・」


 他の奴等が悠々自適に待機所へと向かうのを尻目に軽口を吐く。その後に諦めの溜息を。

 何で俺だけが――そんな事は考えるだけ無駄だ。適当決め込んでさっさと終わらそう。

 ――とは思ったものの、格納庫に一人残され、デインはもう少し憂鬱に浸る。
 さっさと終わらせたいが、足は思うように動かなかった。
 行きたくない。これは決して億劫なだけなのではなく、生理的な問題もあった。

 気は進まないが、サボるなどという選択肢は最初から存在しない。
 それを無理矢理にでも選択しようものなら、ヴァリム国内での自分達の立場が危うくなるのは明白だった。

 これはジレンマだ――次からはエークに出頭させようと、心の中で思った。


「こりゃまた派手にやったなデイン」

 呆然と立ち尽くすデインの後ろから野太い声が聞こえてきた。
 老練した整備班長のニコルス=ブライアンの体格は海兵隊並みだ。デインの傍らに立ち、腕を組みながら6機を一通り見回す。

「あぁ、酷い目に遭ったさ」
「見事に生き残って勲等ものの大戦果・・・奴の顔が目に浮かぶな。おぉ怖い怖い」
「・・・・・・だな。出来れば行きたくないものだ」

 ――そうだ、部隊長殿は俺達に対して良くも悪くも特別な感情を持っている訳ではない。
 他国民に対して排他的な本国と俺達との板挟みになって辛い立場ではあろうが、それはいい。
 問題は「奴」だ。「奴」がいるからこそ、出頭するのが憂鬱なのだ。

 大きく溜息をつく。今度は深く。我ながら溜息の多い男だと思った。

「フン。他の奴等がどう思ってるかは知らんが、お前はお前だろう? 腹括って行って来い」

 ニコルスはドンと背中を押す。勢い余ってよろけるが、心は伝わった。 最高のエールだ。デインも心で笑う。つまらない考えに女々しくなっていた自分に対して。

「あぁ」

 デインはこそばゆく苦笑しながら腰を捻って背筋を伸ばす。互いに目を見合わせ、軽く手を上げてラフに敬礼。

「これからまた厳しくなる・・・死に急ぐなよ」
「生き残ってやるさ・・・何度だってな」

 何度も聞いた台詞。しかしデインはその度に心に感じるものがあった。
 照れくさいので背中で手を振るが。


 

「あいつら一個小隊でアルサレアの基地を潰したってよ。やるな」
「やるじゃないかデイン。わし等ももう少し若けりゃな」

 その日の戦果は、作戦終了後に基地内全域に渡って放送される。
 もちろん殆どがグッドニュースか、その他戦意高揚のためにプロパガンダ化したような情報しか流さないのではあるが―――それを聞きつけた何人かは温かく出迎えてくれる。
 しかし、殆どはそうではない。

「奴だ」
「あいつの出身はクロウディアらしいぞ。アルサレアと繋がっているに決まっている。今回生き残ったのも取引があったんじゃないのか?」
「アルサレアとの全面戦争が再開されれば、奴等は内部から切り崩しを図る筈だ。裏切り者の芽は早めに摘み取るべきだ!!」
「くたばれアルサレアの犬が!! まずはてめぇらを血祭りにしてやる!!」
「どうした?かかって来いよ。どうせ遅いか早いかの違いだろうが!!」
「この○○○!! △△△△△の××××くせに□□□□□がぁ!!」

 部隊長殿のオフィスへと続く廊下を歩けば、嫌な顔をする奴は一人や二人じゃない。
 最近では面と向かっての誹謗中傷とて珍しくはなくなってきた。
 少し前まではそんな奴はあまりいなかったし、少なくとも陰口止まり。
 ましてやこのように面と向かって聞くに堪えない稚拙な言葉でアピールするような事など殆どなかった。
 特に最近派遣された若い兵を中心に、こういった奴が増えてきている。

 傭兵がエース機を乗り回して大活躍とあっては、力こそ全てのヴァリム国民にとっては大層プライドを傷付けられる事であろう。
 もちろんそれもあるが、一番の理由は、その傭兵が「ヴァリムによって滅ぼされた国」出身とあっては、いつ裏切るやも知れない「敵側」の人間など信頼に値する筈がないというものである。
 これは今まさに起ころうとしている新たな戦争の性格を色濃く反映しており、デインたちに対する激しい誹謗中傷も、それを根源にしていた。



 

 ヴァリムにとってこの新たな戦争は、従来のそれとは決定的に異なる特徴を有していた。

 それは国家間の軍隊同士の戦争といったもので括れるようなものではなく、ましてや民衆が強制的に動員されたものでもなく、「他国民に対する排他意識」を前面に押し出す事によって民衆を交えた――正しくは『民衆によって極めて民主的に主導された戦争』であるという事である。

 これは、これは第一次アルサレア戦役時のヴァリムに於いて、国家が民衆レベルでは「強国主義」「頑強な国風」などといった一種の覇権主義的要素。
 一方で産業資本体レベルでは資本の集中と蓄積の過程としての資本輸出手段。
 国家レベルでは開発独裁と国家独占資本主義を背景にした軍事力による世界の再分割――これらが混合され、凡そにしていわゆる帝国主義的志向で一致した『帝国主義戦争』を主導していたのとは明らかに異なっていた。

 むしろ反対にアルサレア国民と、ヴァリムによって滅ぼされた周辺各国の難民が民族として、そしてその総体としての国家として擬似的なれど「アルサレア国民」或いは「アルサレア民族」としての外観をとりながら結集し、抑圧という歴史的境遇で共通し、結果、特定国家(ヴァリム)とそれを構成する国民に対する「復讐」を一致点として戦争を決定的に主導した、一種の擬似偏向的(厳密な意味ではないが、それに近い外観をとっているという意味で)エスナショナリズム戦争であったのと同じように、ヴァリム国民にとっても今回の戦争は、先の前大戦の延長戦としての「復讐」を根源とした、国家をも体現した「大いなる私怨」の戦争でもあった。

 ――国家対国家の帝国主義戦争から、国民対国民の擬似偏向的エスナショナリズム戦争への変質。
 これを強硬派による大衆操作が助長していた事に疑いはないが、ヴァリムで国辱意識と排他主義が相まって「大いなる私怨」発生の土壌を準備したという事は、過程は違えども、やはり結果としては前大戦時のアルサレアと同様であった事を鑑みれば、この流れは一種必然的な要素を含んでいたとも言える。



 

 しかしながら、これからアルサレアと本格的な「人間対人間の戦争」になるかも知れないという状況で、その復讐すべきターゲットですらある俺達が、未だにここにいられるのは正直よく解らない。
 俺達に対して不快感を持っている排他的な層が比較的若年層なのに対し、少なくはなったが排他的ではない層――帝国主義戦争を遂行した層が高年齢層に分布しているのも一定程度の意味を持っているのであろうが、おそらく人間としては信頼されていないが、チェスの駒としては信頼されているのだろう。
 ――少なくとも消耗品という意味では。

 本来は敵の人間を使って敵を始末するのだから、それはゼロに近いものから、それよりも大きな何かを得るのと同じようなもので、さしずめあぶく銭とでも言ったところだろう。



 俺達は言ってみれば外人部隊。
 必要なときに必要なだけ使われる部品のようなもの。
 規律は緩い――訳でもないが、少なくとも出世はしなかった。
 俺が特務中尉というのは、ゴロツキどもを纏めさせる首輪のようなものだ。

 首輪にはめるチェーンは、俺達を直轄するヴァリム軍第64特務戦隊。
 同じ陽動強襲を主任務とする、いわゆるエリート部隊「Diversionary Raiders」のひとつだ。

 その中には、更にチェーンを押さえる杭を自認する男がいる。
 異国民排斥主義者の急先鋒、同部隊副長ヴィンツァー=フランベル。
 階級は大尉だ。


 ――「奴」とはこいつの事だ、名前を出すのもおぞましい。
 嫌な顔を思い出したものだと首を振る。
 やれやれ、疲れているな。少し歩く速度を落とす。


 

 直角に折れ曲がった通りを過ぎれば、尊大にも廊下の真中を歩く男が見えた。
 「奴」だ。ついさっき思い出した、「嫌な顔の男」だ。

 その男はこちらと目が合った瞬間にその眼を少し見開きながら、フンと顎を上げる。
 そして歩を速くする。
 まだ真中を歩いている。すぐ横のドアから出てきた士官は慌てて道を開けた。
 どうやら奴には右側通行などというルールは通用しないらしい。前方注意も知った事か。

 噂をすれば影か―――嫌な奴と出会ったものだとデインは思った。
 だが、ここで引き返せば不自然過ぎる。
 やはり目を付けられたくはないからな。

 狐のような細目に銀髪のオールバック。
 顔色は病人のように白いが、実際その血気は明らかに多い。

「デイン=クライヴ。どうやら死んでいなかったようだな」

 開口一発、いきなり予想通りの嫌味を言われてしまった。
 鬱陶しい奴だ。

「ハッ。整備班の方々には感謝しております」

 ここは白々しくも取り繕う。
 それに気付いたのか、ヴィンツァーの眉間がピクリと動く。
 そんな事を聞いているのではないと言いたげだ。

「隊長がお呼びだ。さっさと行け」
「ハッ、了解いたしました」

 取り敢えず敬礼しておく。
 ヴィンツァーは威嚇するように顎で促すと、それからは目を合わせる事なくすれ違う。
 その瞬間、無意識的に呼吸を止めようとしてしまった。
 これではまるで蛇に睨まれた蛙の様だ。
 まぁ、少なくとも奴の顔は蛇に見えない事はない。どうでもいい話だが――

 何事もなく通り過ぎて一安心。
 どうやらヴィンツァーはデブリーディングには参加しないらしい。
 それだけで十分モチベーションになるなと思った。

 背中を合わせた瞬間、背後からチッと、小さく舌打ちしているのが聞こえた。



 俺はこの男が嫌いだ。向こうもそう思っている。
 だが理由は違う。
 性格は解り易い奴だが、裏で何を考えているのかが解らない。
 ただ、短気で冷酷で腹黒いと言えば、奴の性格の概ねは表現出来るだろう。それだけではないがな。

 とにかく好戦的で危険な奴だ。俺は逆らわないようにしている。
 それに比べれば、奴が俺の事を単に気に入らないと思っている事など、可愛いくらいに見えてしまう。

 俺達が殺されるとすれば、おそらく奴にだろう。
 その前にさっさと戦死してくれないかなと切に願った。






 

「作戦は成功だ。御苦労だったな、中尉」
「ハッ」
「これで我が方の戦力も・・・・・・・・・・・・」

 部隊長殿は熱っぽく続ける。
 頻りに何かを言っている様だが、正直どうでも良い事だ。
 ただ返事だけしておけばいい。



 確かにサーリットンでは大規模な戦闘が行われているのは事実ではある。
 しかし、多少の小競り合いはあろうとも、戦略的な視点から見れば戦況は継続的な紛争状態を保っているに過ぎなかった。
 尤も、これが未だに全面戦争状態に発展していないのは決して厭戦気分によるものではなかった。

 理由は、まだ『停戦』から二年余りしか経っていないために本国の戦争準備が十分でないというものただそれだけであり、逆に民衆レベルでの開戦世論は爆発寸前の状態にまで肥大化していた。
 一方でアルサレアにしてみても、それは同じである。

 『戦争にならないのは、確実に勝つだけの武器がないため』そんな消極的な勢力均衡による「平和」状態では軍拡競争は避けられない。
 結果としては互いの緊張関係は加速し、既に開戦レベルを超えている。
 それも今度は奪い合いためではなく「滅ぼし合う」ために。

 この戦いは私怨の戦争、互いに憎み、自らの復讐を正義として滅ぼし合う。
 どちらかが復讐――即ち、どちらかが先に滅亡を成し遂げるか、妥協するまでは終結が見えない。
 今更多少の戦力増強がされたところで、どうせ終わらない戦争なのだ。

 誰もが予想出来る筈の「次の戦争が生み出すであろう惨禍」を、皆がこぞって受け入れようとしているという、或いはこぞって押し付け合うの間違いなのかも知れなかったが、そういった一種ヒステリックな国民的感情と、それを肯定する、強大なまでに膨張した「強硬な世論」の存在など、逆にヴァリム国民でない彼等の方が敏感に感じていた。

 何故気付かないのか、何故止めようとは思わないのかと苛立ち、提起しても通用しないという状態が長く続いた。




 

「デイン中尉、いいかね?」
「はっ?」
「貴官等に3日間の休暇を与えると言ったのだ」

 ――休暇?この御時世に?

「休暇で、ありますか?」
「そうだ」

 ――俄かには信じ難い内容だ。
 しかし、こう考えれば納得がいく。新兵器とやらの実験をするのだろう。
 しかし、これ以上詮索してはスパイ容疑にでも掛けられかねない。
 まだ利用出来ると思われているからこそ、俺達は生かされているのだ。
 ここは考え方を変えて、黙って従っておこう。
 もとより仕事熱心な性質ではないのでね。

 いらぬ火の粉は被らないに限る。
 ――それがここでの処世術である。



 そういえば故郷に帰るのも久し振りだな――デインは思いを馳せる。
 瓦礫の王国となった、かつての王都。それでいて温かい、俺達の故郷に。

 考えたい事はたくさんある。

 今出来る事。これからしなくてはならない事。

 一度整理しなくてはならない事が多過ぎるな。



 部隊長は小さく溜息を吐き、呼吸を整えた。
 俺と同じく溜息の多い男だ――それだけ心労を抱えているのだなと同情する。

「何か質問は」
「・・・ありません。・・・了解いたしました、それでは失礼いたします」

 最敬礼。これは本当の気持ちである。退出。


 今は何もかも忘れて――何も考えないようにしよう。
 デイン=クライヴの足取りは軽かった。


 聖歴25年1月、冬の寒さもいよいよ厳しくなろうという季節。
 それすら関係ない灼熱の大地サーリットン。
 そこに暫しの別れを告げて。








第一章 完

第2章へ続く

 



 今週のネタバレ(笑)

 さて、絶不評のままに終了した『機甲兵団Jフェニックス外伝「Feint Operators」』第一章サーリットン編。数少ない読者の皆様、いかがでしたか?
 ヴァリムの戦争の理由が遂に明らかにされました。だからデイン達は嫌われている訳なんですが、全員がそうではないというのも一方に事実として存在します。だからきっと単純に裏切れないんですね、やっぱり。――因みに、これから徐々に明らかにされていく「アルサレアの戦争の理由」は、ヴァリムなんかよりよっぽどタチが悪く設定されています。こっちのほうも逆に楽しみにしていてください。『国家と民衆の戦争』『正義の戦争とは本当にあるのか?』これが今回の作品に一貫しているテーマですから。

 あと、どうでもいい話ですが、ヴィンツァーですが、どうみてもZ○Eのノ○マンですよね(爆)・・・・・・はい、狙って書きました・・・すみません(滝汗)


 さてさて、真面目な話という事で――今回の作品はかなりレーニンの『帝国主義論(新日本出版社の方が注釈が多くて読みやすい)』に影響されています。だから、世界観のイメージは第一次世界大戦前後から第二次世界大戦までの欧米の状況を想定しています。気になる人は是非手にとって見てください、理論書の中では読みやすい部類に入るものですし、帝国主義に関する知識もかなりつく筈です。これを読んだ後では、同じ戦争でも違った見方が出来る筈です。より広く、より深く。少なくとも経済・経営系の大学生以上(欲を言えば高校生くらいから)なら必読だと断言しましょう!!SS書くときにも世界観の確立で非常に役立つ事でしょう
 ――長文で非常に申し訳ない。また読者が減ったな(泣)


 でわでわ、次回から第二章クロウディア編が始まります。故郷へと帰ったデイン達Feint Operators。崩壊した王都で彼らは一体何を想うのか? そしてカンナの出した答は!!
 超がつくほどシリアス路線に突き進む『機甲兵団Jフェニックス外伝「Feint Operators」』感動の第二章「クロウディア 〜暁の空、その光は優しく〜」
 こいつは酷いぜ!! 次回もお楽しみに!!



 


 管理人より

 レビさんより第6話をご投稿頂きました!

 生理的に好かない相手……必ず何処かにはいるものですよね。

 尤もそんな相手と出会ってしまったのが……
 


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