その日は朝から寒かった。
吹き荒ぶ冷たい風に凍えた街から爆発音が響いたのは、夕暮れ前の事であった。
爆煙の中から姿を現したのは『セレス』と呼ばれる事となった機動兵器。
辺りには厚い雲が立ち込めていた。
暗雲――それは嵐の前触れ。沈んだ心。
雷鳴――それは荒れ狂う怒りと悲しみ。
地上に響く慟哭を映したかのように暗く、そして激しく。
やがて空の慟哭も激しさを増したころ、黒い機体が暗雲を裂いた。
熾天使の名を捨てた堕天使ルシファーが憎しみの色を迸らせながら、豊穣の女神を手にかけようと迫る。
空もその心情を汲み取ったかのように、その禍々しさを増した。
しかし、事態は既に、一人で覆せるものではなくなっていたのかも知れない。
運命が、彼にここで全ての清算をさせる事を許さなかったのかも知れない。
やがてルシファーの捨て身の一撃でさえも空を斬り、力尽きたその身体は地に崩れ落ちた。
日没と同時刻。基地管制塔では、ルシファーの撃墜が確認された。
それは皮肉にも、羽を折られ、神に追放された堕天使本来の姿にさえ似ていた。
機体は大破。パイロット、レビ=プラウドは脱出。一命は取り留めたが、彼の意識は一向に戻る気配を見せなかった。
一方セレスは、暗雲に消えた直後、レーダー、人工衛星、その他全てから『消滅』した。撃墜は確認されていない。そして、その足取りもまた一向に掴めなかった。
――時間だけが無情にも過ぎていった。
Chapter1 悪夢:〜虚無との狭間で。
白い壁。何を計るものかは見当がつかないが、とにかく乱立する機器。ただ解る事は、それは今までの人生の中で見覚えのない風景であったという事だけである
(病室?)
その部屋小さなベッドがあった。寝かされているのは子供のようだ。
その周りには何人かの、白衣を着ているかのようなシルエットが見える。どちらも靄のようなものが邪魔をして、どんな顔をしているかまでは見えなかった。
ただ、この子供からは、何故か目が離せなかった。懐かしいような、それでいて胸が悪くなるような悪寒を感じた。
「どうやら失敗したようです」
(失敗、何が?)
「他のは、やはり拮抗作用が強過ぎたようです。唯一の成功例が生きているのは奇跡的なバランスで・・・という事でしょうな」
「そこまで都合の良い事は中々ね・・・」
(拮抗作用?一体何の事を言っている!!)
突然、何かに引き込まれるような印象を受けた。
(場所が変わったのか?・・・・・・・・・ここは・・・どこだ?・・・何も見えない)
全てが黒で構成された世界。
小さな不安は瞬く間に焦燥感を飲み込み肥大する。
闇で覆われた虚無の世界。見回そうとしても、本当に見回しているのかさえも解らない画一的な黒。
やはりそこには自己を形成するものは何もなく、同時に自分の形を規定する肉体と、その輪郭である感覚という束縛も存在しない。
熱いも寒いも何もない。ただ意識だけが浮遊しているような不思議な感覚であった。
(どうなっている、俺はどうなった?)
ここがどこなのかは考えても解らない。先程の病室のようなイメージも一握の砂が指の隙間から零れ落ちるように消失し、辛うじて残ったものも朧になってしまっていた。あまり当てにはならない。
だから考えた、自分が覚えている限りの最も新しい記憶を思い出そうと試みた。
ここに来る前の記憶――自分を構成する肉体の感覚はないのだが、まるで目の前に映画館のスクリーンがあるかのように不思議と浮かんでくるのが実感出来た。
(確か西ファーレン基地に行って・・・敵・・・そうだ、セレスとか言う奴と戦ったんだ!!)
あの蒼い機動兵器。全てが奴から始まった。何があっても忘れる事はないだろう。たとえ奴を破壊したとしても、この手には何一つ戻ってはこないのだ。
しかし、それは少なくとも今はまだ副次的な問題でしかなく、むしろ本題はここからであった。
(・・・・・・で、どうなった?)
残っていたのはルシファーに搭乗していた記憶までで、そこから先は思い出せなかった。
(死んだのか?)
それが最も自然な帰結だったのかも知れなかった。だが、仮に自分が死んでいたとして、この状況を『死後の世界』と定義して良いのかも微妙であった。
(三途の川というものは実在しないようだが、実は夢だったという事にはならないのかな)
ふと下らない逆説を思いつく。
夢―――それは睡眠中に広がる無意識の世界。或いはヴァーチャルとして事実上そこに存在する虚数の現実。そこは普通、自分が夢と気付いた瞬間に消失するような極めて不安定な世界。やはり夢は非常に強力なリアリティを持つ現実と相対させ、そこで夢と規定されて始めて夢なのである。しかし、仮に夢に強いリアリティがあり、それが現実世界と同じ程度にまで細密なものであれば、それは事実上存在する一種の現実と事態を何ら変える事はない。
ともすれば絶望的である。事実上の現実として虚無の世界が広がっているからである。
そして空想―――それは強い先入観を伴う精緻な思考。感情と深く結びついており、白昼夢に起源を持っている。
この空間は自分の中にある『何か』を反映しているのだろうか。
しかし、肉体という証明はなくとも自分の意識はここに存在している。確かに認識夢というものも存在するが、ここはそれにしてはあまりに虚無―――少なくともこれは睡眠時に見るような夢ではなく、ましてや悪夢ではあったが、思考の自由という強烈なリアリティは幻想と割り切るにはあまりにも現実味があり、且つどうあってもそれに抗い切れないという不愉快な『夢』であると言えた。
―――謎掛けのような、いや、それではないような。だったらこれは一体何なのであろうか。ともあれ死後の世界だと仮定して、これから永遠にこれが続くのだと思えばゾッとした。
怪訝に思う。混乱しそうだ。
(どうやら考えるくらいは許容される世界らしいが、さて)
再び無音の空間が広がる。
現状、この世界には自分以外の存在など存在せず、何かを考えないとこのまま闇と完全に同化してしまいそうな不安を覚えた。
ここには独りしかいない―――それが明確な事実だという事は解った。問題は、この状態がいつまで続くかである。
再び脳に残った情報を再生してみる。過去の、それも自分が所属するフェンリル機動師団がファーレンに派遣された後を中心に―――消滅した西リテリア基地。そこで捕獲した機体を運んだ西ファーレン基地―――そして、再び動き出したセレスとかいう蒼いヤツ―――倒壊したドック――!!
しかし、そこから先が思い出せなかった。何かがあった事までは覚えていたが、どうしても思い出せなかった。ただ、何か『大切なもの』を失ったような喪失感を感じた。やはりそれが何かまでは思い出せなかった。
それがやけに引っ掛かる。歯痒くもどかしい。
(そうだ、俺は何か『大切な事』を忘れている。思い出さなければならなかったのはここからの記憶だ)
そう思った直後、どこかから悲しげな声が響いてきた。
――タ・・・ケテ、タス・・・ケテ、タスケテ、たすけて、助けて!!
聞いた事のある声調だった。誰かまでは思い出せない。
――イタイ、いたい、痛い、体中が熱い、助けて!!
誰かいるのだろうか。ぼやけた影が見えた。声の主のようだが、人の形はしていない。
――ねぇ、どこにいるの?早く助けてよ!!
次第にはっきりと聞こえてくる声。それは悲痛そのものだった。
――どこに行ったのよ、置いて行かないでよ!!
靄が薄くなってきた。シルエットは人の形をしていなかったのではなく、人の形をしていたものだった。ヴァリムの士官服。手足が一本ずつない。悪寒と吐き気のようなものがした。
(一体誰だ、どうして俺にこんな事を言う)
――ドウシテ?・・・ドウシテアノトキオイテイッタリシタノ、ワタシヲ!!
酷く傷ついた血まみれの顔。さっきまでのとは違い、今度ははっきりと見えた。俯きながらも、痛々しく、悲しげな表情をしているのが解る。
どこかで同じものを見たような気がする。嫌な予感が通り過ぎた。
――サミシイヨ、イッショニキテヨ、ネェ!!
女性は縋るような顔をこちらへ向けた。予感は的中した。
(俺はこの顔は知っている。まさか、そんな・・・・)
――イッショニイコウヨ・・・ネェ!!
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ぁぁぁぁぁぁぁっ、シオリ〜ッ!!・・・・・・つっ、ぐはっ!!・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・」
――目からは涙が零れていた。
起き上がろうとした瞬間に、体中のスイッチが全て入ったかのように関節という関節から凄まじい激痛が突き抜けた。
「ぐぅっ!!」
眩しさにまだ薄く開けられた目が痛みで一気に開かれ、周囲の像が網膜に焼きつく。今度も見慣れた部屋とは言えないまでも、窓から見える風景から西ファーレン基地であるという事と、痛みから自分が生きているという事が解った。
「ここは・・・」
目は覚めたが、頭の中に靄が掛かったような感覚がある。夢の内容は覚えていても、どうしても西ファーレン基地へ来てからの事が思い出せなかった。事実として、一時的な記憶障害が発生していたのである。
(夢の最後に見た顔・・・何故あんなものを見たのだろう・・・・・・)
レビはまだ思い出してはいなかった。シオリの『最期の姿』を。何か大切な事を忘れているぞと、頭の片隅でそう叫ぶ声が聞こえたような気がした。そんな事は解っている、これを聞くのは今日で二度目だ。焦燥感は激しさを増した。
先程の苦痛に歪んだ咆哮が外にまで聞こえたのであろう。この病室へ向かっている足音が聞こえてきた。
ドアが開く、ゆっくりと。足音は小走りだったように聞こえたが。
「・・・・・・目が覚めたようだな」
入ってきたのは初老の医師らしき男だった。とはいえここは西ファーレン基地、白衣だけでただの医者と決め付けるのは尚早なのではあるが。
その目は少し複雑な感情を湛えていた。少なくとも良い感情ではないという事は、何となく解ったが。
―――何故そんな目で見るのだろう――
しかし、少しでも情報の欲しい彼にとってそんな事はどうでも良かった。
過去の記憶が混乱するのなら、今の情報で補完するしかないという事を、レビは感覚的に知っていた。幸い、記憶は混乱していても、考える事くらいは出来た。
「・・・どのくらい時間が経った・・・・・・・・・」
「君がここに運ばれてから7日だな。あの日は凄い音がして忙しかったから覚えているよ。・・・やはり、あのバケモノを操るだけのバケモノだな」
淡々と答える――が、最後の部分には納得がいかなかった。
「・・・どういう意味だ」
レビは腹立たしさを露にし、その医師を睨みつけた。しかし、相手方はその視線に動ずる事なく淡々とその理由を続けた。
「ふん、そのままの意味だ。大体、脱出ポッドがマッハ幾つで射出されたと思っているのだ? 墜落したのが殆ど水平の角度で幸いしたようなものだが、減速ブースターでどうにかなる速度ではなかったのだぞ。君の機体は試作機だからロイヤルセーブシステムが普通より優秀だというのは解るが、それでその程度の怪我で済んでいるその体がバケモノ以外に何か形容できるものがあるか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
何も言い返せなかった。確かに、最高速度マッハ5のルシファーをも乗りこなす彼の耐G能力はバケモノと言われても仕方のないものである。その能力の根源である心臓の構造が少し特異だという事も知っていたが、ここまで露骨に言われた事は無かった。
「しかも、見たところ外傷は殆どなし、骨折も無いが、肋骨にヒビが何本も入っていた程度。あと、少々内臓が壊れていたが、それらも殆ど問題ない程度にまで回復・・・凄いものだな。本来なら全治3ヶ月だろうが、この調子で行けば1ヶ月くらいだ」
その医師はそれだけ言って部屋を出ようとした。
「献身的な介護のお陰・・・って事でしょうな・・・あと、質問があるのだが」
声の調子を戻す。ここで行かれれば元も子もない。しかし、その医師は振り向きさえもしなかった。
「質問はこの後に来る看護士か面会人にしてくれ。あの日から重傷患者が山ほど増えたのでな、死にそうにない患者にあまり時間を割いてはいられないのだ」
その言い放ち方には少しの憤りを感じたが、それは実際どうでも良かった。問題は、次に来る奴がどれだけの情報を持っているか、ただそれだけだった。
――医師は部屋を出た。自分一人が残された。
(さっきの医者、やけにPFの事に詳しいな。戦闘経過に関しても、一介の医者が知っている範囲を超えている。ただの医者ではないと見て間違いないな)
今の彼の最大の幸運、或いは不幸だったのかも知れなかったが、それは意識が明晰である事であった。さっそく先程の会話から得た過去の情報を基に記憶を組み立て直す。ガルクスの事、セレスの事、大体の事は思い出せたが、唯一ルシファーに搭乗する直前のところだけが酷く不明瞭だった。
(蒼い機動兵器、セレス。奴にルシファーが墜とされた?俺は何故戦った?・・・・・・それに、夢で出てきたあの顔・・・確かにシオリだった。どうして・・・・・・やはりそうなのか?)
夢の内容を思い出しても、バラバラになった記憶の断片を繋ぎ合わせても、心がそれを肯定したがらない。もしも夢の通りだったなら、あの状況で半身を失ったシオリの安否は絶望的だからである。だが、そんな安易な現実逃避をしても何の意味もない事は解っていた。幾ら記憶が不明瞭であり、憶測でものを考える事はしたくないと思っても、その片隅から湧き出るような思考は更に悲観的な方向に考えを押しやってしまうし、何よりそちらの方が辻褄が合うのが辛かった。
「くそっ、こんなところで・・・・・・・・・ぐうっ!!」
無理に動こうとすれば、痛みはそれを全力で阻止しようとした。苦痛に顔が激しく歪む。痛みは関節だけではない。靱帯や神経そのものが悲鳴を上げていた。
もはや動く事が叶わないのなら、いっそうの事寝てしまいたいとさえ思った。これ程までに不安定な精神状態のままでは頭がどうにかなってしまいそうだったからである。
寝てしまいさえすれば、こんな生き地獄のような時間は圧縮出来る。それに、どんな悪夢でも夢でさえあるなら、起きる事さえ出来れば一握の砂のように崩れ去るものだから。
だが、現実に起こった結果はどう足掻いても変わらない。もちろんそれも解っている。
――だからこそ今はまだそこまで考えたくはない。考えなくても知れば解るのだ。それが本音であった。
結局、後で来た看護士からも大した情報は引き出せず、暫くしても面会人すら来なかった。
一度情報収集に出たいところであった。今は少しでも多くの情報が欲しかった。しかし、体中の痛みがそれを許さなかった。それがもどかしかった。
医師の話では損傷は低そうであったのだが、それでも普通の人間なら全治3ヶ月の重傷である。どうやら医師の言う「問題のない程度」とは「放置していても死なない程度」であり、動くに十分である事は保障していなかったようであった。
「固まった体が痛くて立ち上がれんか・・・これではまるでジジイだな・・・」
(内臓へのダメージか・・・・・・心臓とかでなければ良いが)
軽く胸をさする。少し心配になったが、回復しているというのなら問題はないのだろう。この時代の医学なら、大体の怪我なら治せるものなのだ。
とはいえ、今の満足に動けない体で無理をしては今後の行動に差し支える可能性もある。それに、明日になれば誰かが来るかも知れない。
――どうせ動けないのだ。彼は思考をカットし、それに期待しながら寝る事にした。
(シオリ、君は生きているのか・・・)
君達に、最新情報を公開しよう!!(あぁ、久しぶりですね、この台詞も)
ルシファー撃墜(シナリオ2の最終話)から一週間、ようやく目覚めました。この悪夢、無駄に長いようで、実は密接に関わってきます(ストーリーではなく裏設定で)。
ここからジャニターの陰謀がだんだんと浮き彫りになってきます。次にはあのカースウェイ=E=グリフが出てきますよ、k.e.g殿!!
そろそろソウリュウ大尉の活躍にも目が離せませんしね。
ところで、夢の内容の方が自分の記憶よりも明確だったって記憶はありませんか?私は何度もあるんですよ。テスト前に、忘れていた筈の単語とかでも、夢の中では平気で覚えてたりしたんですよ。会話も全部英語で、しかも意味が通ってたり・・・・・・因みに私は英語なんか大っキライなんですがね!!―――それはいいとして、夢っていうのは、普段意識していないせいで表に出てこない記憶のオンパレードなんですよ。だから記憶障害が出ているときとか、全く忘れているときにそれが重なると、もの凄く頭が混乱するものなんですね。それを「ウィスパードだ!!」とか喜んでたりした私は単なるアホですがね。
――えっ、何で今更『虚空』なんだって?
いやいや、『鋼鉄の黙示録』を最初から読んでいたら、なんかこっちも書きたくなってきましたんですよ。いやぁ、双首蒼竜氏が私よりも上手くマイキャラの個性を出しているのが悔しくって(笑)
ともあれ『Project
JU』も発足しているので、本家(スミマセン)が動かない訳にゃぁ〜いきません!!
久し振りに続きを書いて、ストーリーもかなり手を加えています。前のとは全然違いますので、ファンンコミュ時代の遺産を持っておられる方は、それと比べてもらっても良いですし、初めての方も、シナリオ2の衝撃のラストの後がどうなったかを楽しめるように親切設計ユニバーサルデザインでお届けしています。
他の作品にも出てきている『彼ら』と比べてみても、面白いんじゃないでしょうか?
『Feint』よりも3年近く後の、第二次アルサレア戦役を舞台に始まった『虚空からの使者』
戦況はアルサレアに不利な状況のまま膠着状態に入って数ヶ月。両軍決定打に欠ける中で現れた2機の機動兵器。
アルサレア、ミラムーン、ヴァリム、そして新たなアクター『ジャニター』――互いの思惑と思惑が絡み合うこの争奪戦からは目が離せないぃ〜っ
さぁさぁ、続きをどうぞ!!
管理人より
レビさんよりシナリオ4のChapter1をご投稿頂きました!
レビを苛む謎の夢……気になりますね。
こちらでは裏側の動きが色々分かりそうなので、期待大です!