――

 

 そのころフェンナは、特別に用意された個室のベッドの上で膝を抱え意味もなく壁を眺めていた。
 眠った方が良いのはわかっていたが、眠れなかった。
 いや、眠りたくなかった。
 目をつぶると、ここ数日の間に見てきた恐ろしい現実が蘇りそうで。
 何よりも尊いものと考え教えられてきた命が、いとも容易くほんの一瞬にして蒸発して行ってしまう戦場の光景が蘇りそうで。
 もちろん、彼女自身がその目で人の死を見たわけではない。だが、感受性の鋭い彼女には、命が消え去る現場に居ただけでも、その衝撃は計り知れないものだった。

「どうして、戦争をしなくてはいけないの?」

 独りだけの部屋、答える者は誰も居ない。
 問いが壁に何度か跳ねやがて消え去り、空気に完全に溶け込み、吸気と共に彼女の中へ戻って行く。
 膝を抱えた姿勢のままベッドの上に横に倒れる。涙が自然と流れ落ち、シーツを濡らした。

「……そうだ、報告書作らなきゃ」

 数分後、フェンナはそうつぶやき目蓋を閉じた。

――

 

 グレンリーダーは休憩室を後にし、黙って参謀本部長の後を付き従う。
 ツェレンコフが要塞内を歩いて行くと道行く人々が廊下のすみに寄り敬礼をする。
 多くの人が行き交い混雑するために普段は避けているアルサレア要塞のメインストリートとも呼べる通路でもそれは変わらない。
 ちょっとしたコンテナが通れる広い廊下の両脇に人々がずらりと並び一斉に敬礼をする。
 その光景を見ると、参謀本部長と個人的に親しくしているためにあまり感じていなかった階級の差、軍隊内での立場の差を強く感じさせられた。
 しばらく歩くと、要塞中枢エリアへと直通している高官専用エレベーターの前に到着。
 ドアの前に肩から銃を下げた警備兵がいた。
 警備兵はツェレンコフを見ると敬礼。本部長の後に付き従うグレンリーダーのボディチェックを行おうとしたが、「彼は良い」と参謀本部長が止めた。
 エレベーターが到着し扉が開く。エレベーターの中にまで警備の人間がいた。

(ずいぶんと物々しい警備だな、前はこんなに厳重ではなかったはずだが……)

 グレンリーダーは過剰と思える警備に、何処となく不安を感じ顔を曇らせながら中へと入る。

「あの一件以来、セキュリティを強化したんだよ」

 ツェレンコフが呟いた。

 参謀本部長の執務室がある階に到着。エレベーターから降り黙々と歩く。その時にグレンリーダーが感じたのは居心地の悪さだった。
 彼がいつも利用しているエリアは壁も床も実に殺風景で、色と言えばエリアを示す派手な原色のアルファベットと数字、床に描かれた線ぐらいな物だ。そしていつも喧騒に包まれ騒がしい。
 だがここは違う。
 肌寒い静寂に覆われ、床には柔らかな絨毯が敷かれている。壁には壁紙が張られ一定間隔で絵も掛けられている。同じ要塞内とは思えない、まるで別世界だ。
 ツェレンコフの執務室の前室に当たる秘書室に着いた。
 中にはメガネを掛けたポニーテールの女性秘書官が一人。彼女は参謀本部長の入室と同時に席を立ち敬礼する。

「おかえりなさいませ。参謀本部長、この後――」
「悪いが、彼と話がある。個人的な話だ。君は休憩してきてくれないか?」
「畏まりました。では、三十分ほど休憩させて頂きます」

 秘書官は何通かの書類を手に持つと、ツェレンコフとグレンリーダーに一礼し部屋を後にした。
 執務室に入ると、ツェレンコフは座り心地の良さそうな椅子に腰掛け、大きく息を吐いた。
 先ほどの歩いてきた廊下よりもさらに豪華な内装が施されておりグレンリーダーにとっては居心地の悪い空間だが、どうやら参謀本部長にとってはここが一番落ち着く場所らしい。
 彼は机の上の写真を取り、グレンリーダーに渡した。

「これは?」
「今度の少々大掛かりな作戦に関係する敵の新兵器の写真だ」
(ギブソンからのメールにあった大掛かりな作戦、あれに関係しているのだろうか?)

 写真には整備工場と思われる場所で肩膝を付いたヌエと、ヴァリムの整備員と思われる人々が行き交う姿が映し出されていた。
 新兵器らしき物は何も移っていない。

「よく見てくれ、背景をな」
「……背景」

 もう一度写真を良く見てみる。
 背景には壁しか写っていないように見えるが、良く見ればその壁はどこか不自然だ。湾曲を持っているように見える。
 特殊な構造をした整備工場だろうか?
 一般的な整備工場のイメージにはそぐわない壁だ。

「よくわかりませんが……変わった整備工場ですね」
「あぁ、実に変わった整備工場だ。そこに移っているのはヴァリムの新兵器の一部分」
「一部分?」
「そう。ヴァリムが開発した巨大空中空母オーガル・ディラム。それはその甲板。写真は空中空母が収められている整備工場で撮られた物だ。」

 巨大空中空母。
 いったい全体像はどれほどの大きさを持っているのだろうか。
 グレンリーダーは背筋に冷たい物を感じた。

「いずれ、例のメールが君の所に届くとは思うが、今回その空母の整備基地を叩く作戦が行われる」
「……厳しい戦いになりそうですね」
「ぁぁ、厳しい物になるだろう。PFを開発して以来、有利に戦いを進めてきた我々だが、いよいよ簡単にはいかなくなって来た。これからの戦いは、今まで以上に厳しい物になるだろう。防戦一方に徹してきた我々だが、攻勢に出ねばなるまい。君の」

 ツェレンコフは言葉を区切り、沈黙する。

「君の負担も、これから増えて行くだろう。小隊長としても……もう一つの役割としても」

 ゴルビーの口から言葉が紡ぎだされる度に、喉が締め付けられるような気がした。
 目を瞑り、深呼吸を一つすると、

「……参謀本部長」
「なんだ、少佐」
「グレン=クラウゼン閣下のご息女フェンナ=クラウゼン少尉を、多大な危険の伴う特務小隊の一員として……特に今回のように攻勢に出る作戦ともなれば、前線に出すのは危険です。彼女を安全な部署へ転属して頂けませんでしょうか」

 グレンリーダーは事務的な口調で陳情した。

「……」

 ゴルビーは椅子に腰掛け、腕組みをし、黙考した。

「先日、フェンナ様が突然家に訪ねられてきてな……」

 シガレットケースからタバコを一本取り出すと、とんとんっと机の上で叩き始める。

「犬を連れていたな、まだ小さい、白い子犬だ……ラヴとか言っていたかな」

 グレンリーダーはフェンナのメールを思い出した。

「犬に“愛”と名付けるとは……フェンナ様らしい。フェンナ様が言うには、たまたま近くまできたから寄ったそうだが、あれは嘘だな。私が閣下と親しい事を覚えていてわざわざ訪ねて来たんだろう……」

 ツェレンコフはおもむろにタバコに火をつける。

「私が“閣下はご健在だから安心して欲しい”と言っても目に涙を浮かべながら、何度も何度も“父はどうしているんですか?”と聞かれてな……やりきれんよ」

 天井に昇りゆく煙を見ながらツェレンコフは溜息を一つ。そして、

「閣下について――」

 灰皿にまだ長いタバコを押し付けた。

「――確信は持っていないが、何かあったと、感じ取っているのだろうな……女性は勘が良い、気をつけてくれよ」
「十分、注意します」

 なかなか自分の陳情に答えないツェレンコフにグレンリーダーは苛立ちを覚え始めた。

「参謀本部長」
「ぁぁ、わかってる」

 ツェレンコフは新しいタバコを取り出し、火をつけ、

「閣下の崩御は、もう少し世界の情勢が定まってから発表しようと思っている。同時に、次期指導者の決定もな。それまでは君に苦労をかける――」

 しばらく、タバコの先端の赤い光を見ながら話を続ける。

「――次期指導者としては、長女であるクレア様になって頂くのが一番望ましい。クレア様は昔から閣下に同行して色々と見聞きしているし、何よりも閣下から受け継いだカリスマ性がおありだ。ただ、クレア様は病弱だからな。フェンナ様は……」

 一旦言葉を区切り、一口も吸っていないタバコを灰皿に押し付け、椅子から立ち上がり、部屋の中を歩き出した。

「……フェンナ様は……私は人の上に立てる人間ではないと思っている。平凡だ、至ってな。人と共に泣き、人と共に笑い、あまりにも普通の人間だ。苦労や不安を知らな過ぎる」

 ツェレンコフの同意を求めるような視線に、グレンリーダーは目をそっと瞑り。

「わかりかねます」

 と言った。
 彼は内心、参謀本部長に対し怒りを感じていた。
 まだ出会って数日とは言え、不安と恐怖に襲われながらも、それに耐えている彼女を知っているから――フェンナは苦労や不安を知らない人間などでは断じてない。断じて。
 そうでなければ、あの研究所で死を覚悟した時の彼女の呼びかけは、心に届く事はなかったはずだ。

「フェンナ様には、色々と現実を見てもらわねばらない。彼女は今まで箱入り娘として育てられてきたからな。この戦しかないアルサレアにあって戦場を知らずに育ってきた数少ない人間だ」
「だから……グレン小隊に配属した」
「そうだ」

 つまり「転属は認められない」とグレンリーダーは理解した。
 わからなくはない、わからなくはないが、あまりにも酷ではないだろうか。
 グレンリーダーは口を開いた。

「酷すぎませんか……彼女は、何も知らずに」

 それ以上言葉は続かなかった。
 皮下で様々なものを巻き込みながら感情が渦巻き、思考は乱れ、自分が何を言いたいのかよくわからなかった。

「少し頭を冷やせ。個人的な感情は事態を混乱させるだけだ。現実だけを見ろ……いずれアルサレアの後継者について君の意見を聞くだろう。その時までによく現実を見極めておいてくれ、現実だけをな」

 それだけ言うと、ツェレンコフは窓まで行き外の景色を眺める。
 グレンリーダーは何も言わない。
 しばらくすると、ツェレンコフが口を開き、

「もういい下がれ」
「参謀本部長。前線がどれだけ危険か貴方はわかっているはずです……」
「君が守れ。それとも、自信がないか?」
「……」
「彼女に何があったとしても、君が最善を尽くしたのなら悔やむ事はない……閣下の事に付いても同じだ」
「それは……」
「もし、彼女が命を落とすような事があったとしても、それはその程度の器だったと言う事だ。わしはそのような事はないと思っているがね。君は命にかえても彼女を守り抜く……違うか?」
「……」
「下がれ。よく休んでおくと良い。これからは休む間などないかも知れないぞ」

 グレンリーダーは何も言わずに、言葉に従い部屋を後にした。
 ツェレンコフは独りになると、窓に映る自分の顔に向かって話し始めた。

「これからますます戦争は酷くなって行く。今が一番大事なときだと言うのに……グレン、お前は何故死んだ? わしはお前を恨むぞ、厄介ごとばかり残していきおって」

 窓には見知らぬ寂しそうな老人の顔が映っていた。

――

 

 執務室を後にし秘書室を通り廊下へと出ると、ツェレンコフの秘書官が立っていた。

「お送りいたします」
「ありがとう」

 秘書官に見送られてエレベーターに乗り込み、居心地の悪い場所を後にした。できれば二度と足の踏み入れたくない場所を。

――

 

 翌日の午前七時ごろ。
 グレンリーダーの自室にギラドゥロ補給基地奇襲作戦の許可申請メールが届いた。

――

 

「……作戦の詳細は後で知らせることになるが、今回敵基地への奇襲作戦にグレン小隊の参加が決定した。それに伴い、我々は移動を行う」

 アルサレア要塞内、作戦会議室。
 グレンリーダーは部下達を集め、ヴァリム軍の大型巨大空母オーガル・ディラムのドックがあるギラ・ドゥロ補給基奇襲地作戦が発令された事を伝えた。
 作戦の詳細は彼もまだ聞かされていない。

「移動方法だが、まずはバインガルドに搭乗しイオンド地区南東部で降下。その後イオンド地区を巡回するアントに合流。その後の指示はアントで受ける予定だ」

 イオンド地区はアルサレア要塞の西にあり、国境を越えヴァリム領まで続く広い土地を指す。
 ヴァリムがミローナ地区と呼んでいるこのエリア内には最激戦区として名高いサーリットン戦線がある事からもわかる通り、戦闘の絶えない地域で荒涼とした、人々の血と涙を両親に持つ土地である。
 アントと言うのはアルサレア領内――主に国境付近――を巡回している視覚的電子的に迷彩の施された複数の大型トレーラーで構成される補給部隊だ。
 アルサレアの兵士達は基地が遠い場合や、敵の奇襲などで思わぬ損失を受けた場合など、このアントで補給を受ける事ができる。また今回のように何かの作戦で移動する時などにも、その利便性や隠密性の高さから利用される。

「隊長」
「何だ、キース」
「俺らはPF乗って移動すっから良いけど。フェンナちゃんはどうするんだ? 敵基地への奇襲攻撃だろ? って事とは敵陣に乗り込むわけだから、遠くからオペレーティングするのは無理だよな」
「ぁぁ、その通りだ。フェンナには……」

 フェンナを見てグレンリーダーは言葉を詰まらせた――「来て欲しくないのだが」とは言えないよな。
 彼を不思議そうに見返すフェンナの横でアイリがつまらなそうな顔をしていたが、グレンリーダーの目には入らない。

「フェンナには、指揮車両で同行してもらう予定だ」

 指揮車両は、要するにPF部隊の電子的な支援を目的とした装甲トラックだ。
 自国内での戦闘ならばバインガルドやアルサレア要塞内からでもオペレーターとしての仕事を果たせるが、敵国内ではそうもいかない。そこで指揮車両が必要になってくるわけだ。
 もっとも、Jフェーと比べて指揮官機としてより性能の高い通信機器を搭載したJファーカスタムがあれば済んでしまう場面が多く、必ずしも必要なわけではない。

(作戦のために指揮車両が必要なのか、それとも参謀本部長が言っていたように経験不足のフェンナに実戦を経験してもらうためなのか、どちらかわからないができれば彼女には安全なアルサレア国内に残ってもらいたいものだな)

 グレンリーダーのそんな思いが、口に言葉を喋らせた。

「少尉は小隊に入隊してから日も浅い。今回の任務はかなり危険なものになると予想される。もし自信がないのなら、この作戦への参加を辞退しても良い……どうする、少尉」

 目に映るフェンナの表情は、どう言う訳か失意の相だった。グレンリーダーは色のくすんだ目に見返され、なぜそんな目をするのかまるで理解できず困惑した。

「少佐、私も作戦に参加させて下さい。それとも私では力不足ですか」
「いや……そんな事はない」

 フェンナの言葉にグレンリーダーはそれ以上何も言えなかった。
 作戦会議室がしんっと静りかえる。
 三人はグレンリーダーの言葉を待ったが、なかなか彼の口は動かない。

「なぁ、俺達は四人そろってグレン小隊なんだしよ。“みんなで仲良くヴァリムにピクニック”と行こうぜ」

 誰に言うでもなく、淀んだ場の空気に流れを生み出そうとしたキースだが、言葉は虚しく宙に消えた。

「移動は一時間後。パイロットはPFの準備を、オペレーターは指揮車両の準備をしておいてくれ。指揮車両は配給部に言えば回してもらえるはずだ……少尉は、降下の経験がないかも知れないが大丈夫だな?」
「はい」
「以上だ。解散」

 それだけ言うとグレンリーダーは足早に部屋から去る。
 続いてアイリ、キースと去り、フェンナが最後に部屋に残った。

(グレンリーダー、「自信がないのなら、この作戦への参加を辞退しても良い」だなんて、私のこと仲間だと認めてくれてないのかな。私がクラウゼンだからかな……バインガルドでいっぱい話できたし、打ち解けられたと思ったんだけどな……)

 独り皆が出て行ったドアを見つめ、フェンナは心の中で呟いた。


――
 

 グレン小隊の各員がおのおの準備を滞りなく終えた一時間後。
 パイロット達がバインガルドに三機のPFを搭載し、最後にフェンナが指揮車両を積み込んだ。
 バインガルドの格納庫、向かい合うグレンリーダーとキースの機体の間に停車した指揮車両のハッチを開き顔を出したフェンナに整備員が下から声を掛けてきた。

「フェンナ様、ロックの解除わかりますよね?」
「はい、大丈夫です」

 笑顔で答える。
 フェンナは昔からの人前に出る事が多かったせいか、人と話す時はわざわざ愛想の良い笑顔を作ってしまう。

「いちおう固定しましたけど、後で自分でも確認しておいて下さいフェンナ様」

 フェンナの笑顔が一瞬曇る。「フェンナ様」と様をつけて呼ばれるのは嫌なのだ。
 前は会う人会う人全員に「フェンナで良いですよ」と言っていたが最近では少々それも面倒になり、気にしないように務めていた。
 それでも皆に様付けで呼ばれると一抹の寂しさを感じずに入られなかった――自分だけが特別扱いされ、距離を置かれているようだから。

「はい。ありがとうございます」
「では、失礼しますっ!」

 十代後半の整備員はフェンナと話せた事が嬉しいのか目を輝かせながら走り去った。
 フェンナは頭を指揮車両の中に引っ込めると、指揮車両に付けられているパラシュートの作動確認を行う。すでに調べてあり問題ないのはわかっているが、実際に降下するのは始めてだ、不安で何度も確認してしまう。

「よし、大丈夫」

 グリーンランプが灯るのを確認すると、外へ出る。

「フェンナ、タキシングに入るって。座席に着かないと危ないよ」

 どこからかアイリの声が聞こえて来た。
 辺りを見回すと操縦席側の出入り口から顔を出している彼女がいた。

「いま行きます」

 指揮車両から飛び降り、しっかりと床に固定されるかどうか一回りして確認すると、コックピットへと走って行く。
 操縦室では既に全員が席に着きシートベルトをしていた。

「すみません、遅れました」
「よし、全員そろったな。頼む」

 グレンリーダーはフェンナが部屋には入ってくるのを確認すると、ベテランパイロットに声を掛けた。

「了解しやした。ほら新人、タキシング任せるぞ」
「えぇっ!? 私がですか」
「何だお前、早くやりたいって言ってたじゃねぇか」
「でもいきなりだなんて無理ですよ」
「お前な、いきなりやれなきゃ意味ねぇんだよ」
「そ、そりゃそうですけど……」

 中年ベテランパイロットと新人女性パイロットがもめて、なかなかバインガルドは動かない。作戦時間にはまだ余裕がある、グレンリーダーは黙って様子を見た。

『バインガルド、こちら管制塔。動いていないようですが、何かありましたか?』
「こちらバインガルド。なんでもありやせん、ちょっとトラブルがありやしたが、もう解決しました」
『了解。後続が控えてます。早く出て下さい』
「了解」

 管制塔との交信を終えると、ベテランパイロットが新人の頭を引っぱたいた。

「おめぇっ。もたもたしてんな、さっさと動かせ、後がつかえてるって言ってたろっ!」
「っな、なにするんですかっ! お父さんにだってぶたれた事ないんですよっ!!」
「早く動かさねぇからだ」
「まだ私がやるとも何とも言ってないじゃないですか」
「おぅ。じゃぁやるのか? やらねぇのか?」
「やりますよ。やって見せますっ!!」

 新人は後ろを振り向きグレンリーダーを見ると、顔を真っ赤にする。
 しんっと静まりきった操縦席の空気をキースとベテランパイロットの忍び笑いが揺らす。

「いきますっ!」

 大声を上げ気合を入れる新人。
 スロットルをやや開き、パーキングブレーキ解除。そして力を込めてフルスロットル。
 最大積載重量五十トン近いバインガルドの巨大なエンジンが唸りを上げる。機体はその雄たけびとは裏腹にゆったりとした動作で動き出した。
 一度動き出したらスロットルを絞り低速を維持すれば良いのだが……新人は絞らない。「このまま離陸する気なのだろうか?」と言う疑問と不安がグレン小隊面々の頭の中に一斉に浮かんだ。

「ぉぃ……おぃっ! スロットル、スロットルッ!!」

 ベテランパイロットが声を掛け、慌ててスロットルレバーを下げる。
 恐る恐る彼が後ろを振り返ると、苦笑いをしたり、青ざめた顔をしたり、無表情だったり、なぜか微笑んでいたり、それぞれ異なるの顔をした四人がいた。

「ははは、すいやせん……」

 頭を掻き、謝るベテランパイロット。
 その後、頭にこぶを作った新人の操縦で、バインガルドは特に問題もなく滑走路へとたどり着き、大空へと飛び立った。

――

 

 数十分後、降下予定地点に到着した。

『降下ポイントに到着。後部ハッチを開きやす』
『了解。フェンナ、君からだ。何かあったらフォローする。大丈夫だな?』
「はい、了解しました」

 フェンナは緊張しながら指揮車両のエンジンに火を入れ、ロック解除スイッチに指を掛ける。

「ロック解除します」

 スイッチを押すとそれに答えるように足元からロックの外れる音がした。
 まずは正面カメラのモニターで、さらに念のために覗き窓から前方に障害物がないかどうか確認。それを終えると車両を発車させる。
 パラシュートがちゃんと付いているとは言え、ハッチから空に飛び出すのは勇気がいる。一度深呼吸をするとフェンナは勢いよく飛び出した。
 若干の間をおきパラシュートを開く。
 指揮車両は減速。ゆっくりと地上に向かって降下して行く。
 緊張に満ちた短く長い時間が過ぎると、車両は衝撃と共に着地。
 フェンナは胸に手を当ててほっと一息吐く。胸の奥で心臓が激しく脈打っているのが感じられた。

『フェンナ、大丈夫?』

 スピーカーからアイリの声が流れてきた。
 モニターの隅にウィンドウが開き心配そうな顔つきの彼女が映っている。画像通信だ。

「だ、大丈夫です、アイリさん……ちょっと恐かったけど」
『はは、降下するの初めてでしょ? そりゃ、恐いよね』
「えぇ、皆さんは大丈夫ですか?」
『もっちろん……キースはまたこけたけどね。最初は恐いけど降下なんて慣れちゃえばジェットコースターみたいなもんで楽――』
『二人ともおしゃべりはそこまでだ。アントとの予定合流ポイントまで移動するぞ』
「『了解』」

 グレンリーダーのJファーカスタムを先頭に、アイリ機、指揮車両、キース機の順で数十キロメートル先のポイントを目指し進む。
 隊の進行速度は、指揮車両にあわせているために速くはない。
 PFは悪路を物ともせずに進む事ができるが、フェンナの乗る指揮車両はそうはいかない。PFの随伴を目的とした車両だけに、通常車両に比べれば悪路の走破性能は高い。が、所詮は車である。大きな溝にはまれば動けなくなってしまう。
 ましてや、いま進んでいる場所はPFによる戦闘を何度も行った場所である。
 様々な爆発により地面は嵐で乱れた海面がそのまま固まったかのように大きく波打ち、地雷こそないものの、所々に不発弾が埋まっている。車両で進むには少々酷な地形だ。
 ちょっと進むのにも苦労する荒れた大地を見ながら進んでいる内に、散々傷つけられ蹂躙されたこの大地が人を拒んでいるような気がしてきた。
 人は住む場所を求め、奪い合い、執着し、守り、そのために自らの手でその場所を失う。

(戦場って……こんなに酷い場所だったのね。こんな近くで見るまで知らなかった)
『フェンナ、前方十三メートル程の所で地面が急に落ち込んでいる。左から回った方が良い』
「了解」

 フェンナは肩に力を入れおっかなびっくりしながら、先頭を行くグレンリーダーの指示したコースを進む事に専念していた。
 隊長の声は事務的で冷たい物だったが、誘導してくると言うだけで十分嬉しかった。
 何の誘導もなく前を進むPFに着いて行くのは不可能ではないにしろ、酷く不安に思えた。

(誰かに誘導してもらえるだけで安心できるのね……作戦行動中は、今の私みたいにパイロットのみんなも不安なのかな? だとしたらオペレーターって、ただ指示をしたり、状況を報告するだけじゃないんだろうな……自惚れかも知れないけど、もっと大切な――)
『フェンナ』
「ひゃぃっ」

 やや現実から遠ざかっていたフェンナは、急に聞こえてきたグレンリーダーの呼び掛けにすっとんきょうな声で返事をした。

『どうした? 何かあったか』
「いえ、大丈夫です。何もありません」
『もう直ぐ合流予定ポイントだ。そこに着いたら休める。それまでは気を抜かない方が良い』
「はい」

 その会話終え、一つ丘を越えると合流ポイントに到着した。

『よし、全機警戒態勢のままその場で待機。フェンナ、合流予定時間は?』
「ちょうど十二分後です。予定時刻よりも早く着きましたね」
『そうだな。あまり良い事ではないけどな』

 フェンナは今更ながら自分の失敗に気がついた。
 作戦行動における合流は、人との待ち合わせとは違い早めに到着して待つ事が良いわけではない。正負問わず予定時刻との誤差は少なければ少ない方が良い。
 本来ならばここまでの行軍中、オペレーター役のフェンナが時間をしっかりと確認し、隊の速度を計り、グレンリーダーに伝えなければならなかったのだ。

「すみませんでした」
『気にするな、ここはまだアルサレア領内だからな。問題ない』
「はい」

 不整地を恐々と、視界の狭い指揮車両のハンドルにしがみつき運転する自分の姿を想像し、フェンナは恥ずかしくなった――私ったら、自分の事だけで、隊の一員としてオペレーターの役割もこなせないで、何も出来てないじゃないの……頑張らなくちゃ、自分で「作戦に参加させて下さい」って言ったんだもの。

『隊長、機影だ。一時の方向、丘の上、三機。今IFFで確認する』

 キースに声を掛けられると、グレンリーダーはすぐにフェンナを守れる位置に移動する。
 フェンナはどうしたら良いのかわからず、その場でじっとしていた。
 心臓の音がいやにはっきりと聞こえる――戦闘が起きたらどうしよう、どうすれば良いのかな。
 狭い指揮車両の中に居ると、まるで棺桶にでも閉じ込められているような気分になりひどく不安だった。
 厚い鉄板に囲まれたここは息苦しい。
 ハッチを開けて外に顔を出せば少しは良くなるだろうが、敵が現れたかも知れないこの状況下でそれを行う勇気は持ち合わせていない。

『応答あり、確認した。味方だぜ隊長』

 通信機から流れてきたキースの声に、フェンナはほっと胸を撫で下ろした。

『そうか。おそらくアント所属の偵察隊だろう』

 息苦しさを覚えたフェンナは、指揮車両のハッチから顔を出し空を仰ぎ見る。
 降下してからずっと緊張したまま車両内に居たせいか、空は何時もに増して綺麗に見えた。
 大きく深呼吸をすると、錆と硝煙の臭いが染み付いた土埃の舞うけっして綺麗とはいいがたい空気であったがそれすらおいしく感じられた。
 だが体は正直な物で、もう一度深呼吸した時、フェンナは咳き込んだ。
 体にとって悪い空気はやはり悪い空気でしかないらしい。


 

 ちょうど十二分後。
 埃を巻き上げ巨大なトラックが群れをなし現れた。アントだ。
 ハッチから顔を出し双眼鏡でアントのその走る姿を見たフェンナは言葉を失った。
 数十機のPFを搭載し、なおかつ整備までこなせるトラックとは呼び難いモンスターマシンが約二十台。
 走るその姿は圧巻である。

『フェンナ、コンタクトを取ってくれ』

 フェンナはすぐに指揮車両の中に戻り椅子に飛び乗る。
 硬いシートにお尻を強かに打ちつけてしまい痛んだが、堪えながらアントに通信を繋ぐ。
 形式通りのやり取りを行うと、トラックの群れはグレン小隊の目の前で停止した。
 すぐに荷台にPFを乗せるようにと指示が飛んでくる。

「グレンリーダー、トラックの荷台に格納するように、との指示です」
『了解』

 覗き窓に顔を近づけ、フェンナはトラックを興味深げに見る。
 大型トラックの荷台部分の高さはPFの身長よりもやや高い程度、荷台だけの高さを見るとPFよりも低い。と言う事は荷台の中ではPFは直立できない。荷台の後ろを開いて中にPFを歩かせて行くと言う方法は取れない。
 彼女が眺めていると荷台の壁面が天辺から割れ、片側がフェンナ達の方へ向かってゆっくりと倒れてきた。四十メートル近い荷台側面の一部が開放される。
 グレンリーダー達はPFを、開いた側面から荷台に乗せ片膝をつかせた。すると、何処からか整備員らしき人々が数十人現れ、慣れた手付きでPFを動かないように固定する。PFが固定されると荷台側面が閉じ、元通りになった。
 フェンナが見取れているとアントのオペレーターから荷台に載せるように指示が来た。しかし、何処から載せれば良いのかわからない。
 指揮車両の覗き窓からでは視界が狭く入り口を探す事もままならないので、車載カメラを左右に動かしトラックをよく見る。
 荷台の最後尾が開いている。あそこから入れば良いのだろう。
 フェンナは車両を動かしそちらへ向かう。
 壁面が開放され、地面から一際高いトラックの荷台までスロープが延びていた。
 勢いをつけ、角度の急なスロープを登り荷台の中へ。
 目に入ってきたのは約四十メートルの荷台の両側に等間隔で片膝をつき居並ぶPF二十機、思わず彼女は「……すごい」と呟いた。そして、ハッチから顔を出し溜息混じりにもう一度、

「すっごい……」

 フェンナが整然と並ぶPFに見とれていると、出し抜けに下から掛け声が聞こえてきた。

「全員整列っ!」

 何事かとハッチから体を出し、指揮車両の上に立って眺めてみると、ちょうどPFと同じ数の整備員たちがずらりと並んでいた。

「フェンナ・クラウゼン様に、敬礼っ!」

 その中で一番高齢と思われる男の号令で全員が一斉にフェンナに敬礼する。まるで荷台に並ぶPFも敬礼してるかのような気がして、フェンナは圧倒され呆然とした。
 敬礼した整備員たちはフェンナの反応がないので敬礼をしたままの姿勢を維持して動かない。
 緊張した空気が漂いだして一分、フェンナがようやく口を開いた。

「あの……こ」

 こう言うの困ります。と言おうとしたが整備員たちの真剣なまなざしを見るとそれは言えなかった。

「皆さん、お出迎え。ありがとうございます」

 笑顔で返礼する彼女に、整備員たちは満足したらしく緊張した空気が消えた。

「っさ、フェンナ様。こちらへどうぞ、あちらでグレン小隊の皆さんがお待ちです。お手を汚さぬように、車両は私達の方で固定しておきますので、お任せ下さい」

 自分は将軍の娘ではなく一人の軍人、自分のやるべき事は自分でやる。過保護な特別扱いは受けたくない。内心、フェンナはこう言った自分を特別扱いしようとする人間に出会うたびに苛立ちを覚えていた。
 しかし、今回も通例どおり、断ると悪い気がして断る事ができず、

「では、お願いしますね」

 と言ってしまう。
 整備班長らしき人物に体を支えられながら指揮車両の上から降りると苛立ちを隠すように、にこやかな顔を作った。
 フェンナの乗っていた指揮車両が固定されるとトラックが動き出し、それを合図に一台また一台と他の車両も今夜の野営地へと向かい群れをなし、蟻の如く移動を開始した。

――

 

 高度な防振機構を備えた荷台とは言え、トラックの長大な荷台は右に左にゆっくり大きく揺れ動く。その揺れの中、整備員たちはグレン小隊の三機のPFに迷彩塗装を施す作業を行っている。
 アイリは壁に寄り掛かりその様子を眺めていた。

(こんな揺れてるのに、大したもんだよね)

 PFのパイロットであるアイリも揺れには強い、PFのコックピットはこの荷台の揺れなどの比ではない激しい物だ。
 どんな揺れの中でも感覚を失わずにいられる自信はあるが、それは体をしっかりと固定されていればの話である。
 体をどこかに固定するわけでもないのに平然と走り回り作業を行うアントの整備員たちに感心した。

「アイリ、こんな所でなにやってんだ?」

 キースがよたよたと覚束ない足取りでアイリに近寄ってくる。この揺れで上手く歩けないようだ。

「別に。ただ何となくあれを見てたのよ」

 彼女らの乗るこの巨大なトラックは、荷台と運転席の間にちょっとした居住スペースがあり「グレン小隊には野営地に着くまで」と休憩のために一部屋割り当てられていたのだが、アイリはグレンリーダーとフェンナが一緒に居るのを見ると落ち着かないため、仕方なくここでこうして塗装作業を眺めに来ていた。

「どれだ? あぁ、塗装か。今回の作戦は敵地に進攻するみたいだからな。何時もの派手なカラーリングじゃ、あっと言う間に敵に見つかっちまうもんな」

 グレン小隊の機体は白地をベースに、それぞれのパーソナルカラーでカラーリングが施されている。
 グレンリーダーが赤、アイリが黄、キースが青。
 自国内で敵の迎撃に当たる分には「グレン小隊ここにありっ!」と敵に見せつける意味がなきにしもあらずだが。

「特に黄色は目立つからなぁ……」
「あたしは黄色が好きなのよ。何かまずいわけ」
「いや別に……っま、そんな事はどうでも良いけどな」
「ところでキースは何してんのよ?」
「俺も暇なんで見物にな。アルサレアのPFってのはパーソナルカラーを採用してるやつが多いんで、けっこう見てて面白くてな」
「たしかにね。趣味悪いのも多いけど」
(アイリの機体も、趣味が良いとは言えねぇけどな……なんて言葉は口が裂けても言えやしねぇな)

 と、キースが心の中で呟くと、

「なぁんか、言いたそうね……」

 とアイリが睨みつけてきた。彼は顔を隠しあからさまに何かありそうな事を臭わせながら言う。

「なんでもない、なんでもない」

 最近機嫌の悪いアイリだ、いつ拳が飛んできてもおかしくない。
 キースはいつでも逃げられるように体を後ろにやや傾けたが、意外や意外。

「っまいいや、どうせ暇だし。あたしもPFでも見ようかな」

 拳は飛んでこなかった。

(機嫌、少しはよくなったの……かな)
「それじゃ、あっちから見てこうか。ほらっ、キース行くよ」
「あぁ」

 一機づつ順番に眺め行き、二人は一際異彩を放つPFの前で立ち止まった。
 そのPFは異様だった。
 何が異様か。
 色が異様だ。
 アルサレアのPFに異様な色は数あれど、これは特に異様だ。
 ピンク。
 遠くからでも、どんな暗闇でも目立ちそうな派手なピンクのJファーカスタム。

「すげぇ、ピンクだぜピンク。ありえねぇよな……」
「そう? 別にこれはこれでいいんじゃないの、個人の趣味なんだし。たしかに――」

 奇妙な生物を見つけたような目でアイリを見るキース。

「――ありえないってのは……ちょっと、なによぉ。さっきもそんな目で見てたわよね……言いたい事あるなら言いなさいよ」
「なんとなく、お前とこのPFのパイロットって気が合いそうだなぁって……お前、髪の色は妙なピンクだし」
「っ、この色は生まれつきなのっ!」

 アイリはキースの頭を小突く。

「わりぃわりぃ、そう怒るなって」
「まったくもう……にしても色の選択は自由とは言え、ピンクわねぇ、流石に乗れないな……恥ずかしいし」
(さっきは「これはこれで良い」って言ってたじゃないか。髪の色はピンクでも恥ずかしくなくて、機体がピンクだと恥ずかしいのか? だいたい黄色いPFに乗っといてよく言うぜ……ん? ピンク、黄色、赤に青……)
「キース?」

 珍しく真剣な表情で考え事をしている様子のキースにアイリは尋ねた。

「……うぅん」

 唸るだけでキースは答えない――キースがこんな真剣な顔をするなんて珍しい、どうしたんだろ?

「どうしたのキース?」
「黒があれば、と思ってな」

 ピンクのPFを見上げながらキースはぽつりっと言った。

「黒?」
「ほら、戦隊には欠かせないだろ。黒ってさ」
「戦隊って、戦術の単位の……」
「違う違う。戦隊物だよ。子供の時見なかったか、五人組のヒーローが悪の秘密結社と戦う戦隊物だよ」
「キース。真面目な顔してなに考えているのかと思えば……戦隊物? まったく、子供なんだから」
「アイリ。戦隊物といえば男ならば誰しもが憧れたもんだぞ。それにアルサレアは正義の国なんだから何となく戦隊物がお似合いじゃないか」
「あたしは男じゃなくて女だもの。そんなのわかんないわよ」
「……そうか、そう言えばお前は男じゃなくて女だったな。これは困った。紅一点はピンクって言うのがお約束なんだがな……紅一点じゃなくて紅二点になっちまう」
「……何もこのPFのパイロットが女って決まったわけじゃないんだから、あたしが紅一点かも知れないわよ」

 キースはまたも妙な物を見るような眼つきでアイリを見る。

「またそんな目をして……なによ」
「だってお前……こんなピンクのPFに男が乗ってる所を想像して見ろよ」

 アイリは想像してみる。苦手な暑苦しいおっさんがコックピットから出てくる姿を……。

「さ、最悪」
「だろ? やっぱりピンクはフェンナちゃんみたいなタイプが似合うんだよ」

 戦隊物とやらをよく知らないアイリはそう言い切るキースがよくわからない。

「そう言うもんなの?」
「Sure。フェンナちゃん以外は考えられない……っお、そうだ。そう言えば黄色が女ってパターンもあったな……どことなぁくアイリみたいな感じのが多かった記憶がある」
「それって何か、嫌味に聞こえるんだけど……」
「それは気にし過ぎってもんだ。そう言えばよ、このPF何か違わないか?」

 キースがピンクの機体を見上げながら言った。

「そう、何処が違うのよ」
「どこって言われると困るんだけど、何か違和感が」
「ピンクだからじゃないの? こんな色のPF、そうそうあるもんじゃないし」
「それはたしかにそうなんだけどな」

 彼は開放されたコックピットから下がっている昇降用ワイヤーでコックピットに昇り、中を覗き込む。

「ちょっと来て見ろよ、アイリ」
「来て見ろって言われても、どうやって上れって言うのよ」
「得意の馬鹿力でロッククライミング」
「なんですってっ!」
「いや、なんでもない」

 降ろされた昇降用ワイヤーでアイリが登ってくる。

「ほら見てみろよ。この機体、複座だぜ」
「ほんとだ。訓練所を思い出すわね」
「そういやお前は訓練所出身だもんな。にしても複座とは珍しい。どこか特殊部隊の機体だろうな。そうじゃなきゃ複座なんて使わねぇからな」
「そりゃそうね。複座にする分装甲薄くなるし、普通に戦闘する場合には複座の必要なんてないものね」
「データ収集だとか偵察とか、目立たない任務に就くんだろうな」
「でもキース。目立たない任務は、無理だと思うけど」
「……ピンクのカラーリングだもんな、たしかに無理だ。じゃぁ、この機体はなんなんだ。訓練所で使うのか?」
「たしかに訓練所の機体ってオレンジとかの目立つ色だけど、流石にピンクはないと思うよ」
「となると……なんだろうな、宣伝用か」
「宣伝って、何の宣伝よ」
「……アイドル」
「……」

 アイリは真新しい複座型コックピットを見ながら、奇抜なパイロットスーツに身を包んだアイドル二人を想像してみる。
 ステージで歌い、踊りまわるアイドル、声援を送るアルサレアの兵士達。

「……それがほんとなら、アルサレアも終わりね」

――

 

「はぁっくしゅっ!」

 アルサレア軍参謀本部長ツェレンコフ=ゴルビー執務室。
 常時、快適な温度と湿度に保たれている執務室で、ツェレンコフは大きなくしゃみをした。

「大丈夫ですか?」
「ぁあ……続けてくれ」
「わかりました」

 そう言うと、秘書は束になっている連絡事項の続きを読み上げ始めた。

――

 

 日が傾き辺りの色が変わり始めた頃、アントは野営地に到着した。
 大きな岩陰に分散し全てのトラックを隠し終わると、アント全体が活気に満ちてくる。
 自走整備工場とも言えるアントが、移動中には行えなかった本格的な整備を開始したのだ。
グレン小隊の面々は、自分たちの機体が納まっているトラックから離れ、別の小振りなトラックへと移動した。居住スペースを備えたトラックらしく、いくつもの個室がある。
 小隊全員に個室を割り当てられていたが、今回の作戦で行動を共にするギブソン中隊との合流時間が近かったためトラック内にある作戦室にアイリを除く全員が集っていた。
 彼女は今、アントの司令官の所へグレンリーダーの代理として作戦の詳細の示された指令書を受け取りに行っていた。
 グレンリーダーの手元には既に作戦指令書はあるのだが、そこに記されているのは大まかな概要と「アントへ移動してギブソン中隊と合流しろ」と言う指示だけで、具体的な作戦行動は何一つ書かれていないのだ。
 通常ならば最初から事細かな指示書が渡され「後は作戦を実行するだけ」となるのだが、今回の奇襲作戦は念には念を入れて準備しているのだろう。万が一グレン小隊が移動中に襲撃に遭い、敵に情報が渡る可能性を避けるため作戦本部は最初から指示書を渡さなかったようだ。

「アイリ=ミカムラただいま戻りましたっ!」

 部屋の自動ドアが開き、アイリが敬礼と共に元気よく帰還を告げた。

「ご苦労」

 グレンリーダーはそっけなく返事をしたが、彼女はそれでも満足した様子。足取りも軽く彼に近寄り作戦指令書を手渡した。
 彼は壁に寄り掛かりながら指令書に目を通し始める。
 キースが腰掛けたまま椅子をずるずると引き摺り、グレンリーダーに近寄って行く。

「よぉ、隊長。今回の作戦はどんなんだ?」
「それはギブソンが到着してから伝える」

 指令書から目を離さずにそう言った。

「Who? ギブソンってのは誰だい」
「そう言えば言ってなかったな。ギブソン=ドゥナテロ。今回、合同で任務にあたるスティールレイン連隊所属砲撃中隊の隊長。彼は俺の同窓なんだ」
「へぇ、そうだったのか」
「けっこう前の事なんだが、ギブソンが――」

 グレンリーダーがギブソンの事を話そうとした時、遮るように内線電話が鳴り出した。
 フェンナが受話器を取り対応する。

「はい……はい、そうですか、わかりました……グレンリーダー、ギブソン砲撃中隊が到着したそうです」
「そうか、どうするかな……アイリ」

 黙って携帯端末機をいじっていたアイリがグレンリーダーに声を掛けられ、顔を輝かせた。
 無論、彼はそんなことなど分かりはしない。

「なんです隊長」
「ギブソンを迎えに行ってくれ」
「了解」
「あの、私が行ってきましょうか? アイリさん、さっき指令書を取ってきてくれましたし」
「良いって良いって、こう言うのは下っ端に任せといてよ」
「そう言う事だ。フェンナはこれに目を通しておいてくれ」

 そう言ってフェンナに作戦指令書を差し出すと、部屋の空気が凍りつく。彼は一瞬遅れてそれに気がついた。

「……どうしたんだ?」
「じゃ、じゃぁ、あたし行って来るから。えっと、スティールレイン連隊のギブソン砲撃中隊隊長ギブソン=ドゥナテロだよね?」
「そうだ。ギブソン=ドゥナテロ少尉」
「了解、っじゃ」

 アイリは明るい声を残して部屋を後にした。

――

 

 トラックから出たアイリは外気の寒さに身を縮こまらせ、合流予定の部隊、ギブソン砲戦中隊の隊長ギブソン=ドゥナテロを迎えに行くために、とぼとぼと一人歩き始めた。

「うぅ、寒い……あたしって隊長の役に立ってるのかな……正直、手応えなくて不安なんだよね。フェンナちゃんみたいにうまくできないし」

 白い息で手を温めながら呟いた――考えても仕方がないか。あたしは体を使うしかないもんね。ただのつかいっぱしりでも良いよね。一生懸命やればさ。

「さっさと迎えにいこっと」

 アイリは駆け出した。
 途中、アントの人間にギブソン隊がどこにいるのか尋ねて回り、グレンリーダーたちが待機しているトラックからは一キロメートル以上も離れた場所で、ようやく見つける事ができた。
 アントの整備員が着ている服とは違い、アイリの着ているアルサレアパイロットと同じ制服を着ている人間が数人、何やら話している。

「グレン小隊所属アイリ=ミカラム兵長。ギブソン砲撃中隊、隊長ギブソン=ドゥナテロ少尉をお迎えに上がりました」

 誰に言うともなく中隊の人間に声を掛けしばらく待つと、人を掻き分けメガネをした立派な太鼓腹の狸……ではなく見るからに暑苦しい男が一人現れた。

「おぉ、待っとったぞいっ!」

 狸が太鼓腹に見合った大きな声を出した。
 アイリは思わず顔をしかめる。暑苦しい太った男、やたらとでかい声、がさつそうな性格――生理的に受け付けないタイプ。

「さぁ行くぞい。道案内を頼むぞ、ピンク頭のねぇちゃん」
「ピ、ピ……」

 ギブソンが髪の色を言っているのはわかるが、どうも頭の中身がピンク色で「おめでたい奴だ」と言われている様な気がした――そう言えばあのPFのパイロットは「おめでたいやつ」なのかな?

「いやいや、すまんかった。名前がわからんもんでな、なんて名前だぞい?」
「アイリ=ミカムラ兵長です」
「そうかそうか」

 ぷっくりと膨れたギブソンの右手が突き出される。アイリはなんとなぁく握手することに嫌悪感を抱いた。が、握手をしないわけにもいかない。

「どうぞよろしく」

 握った手はじっとりと汗ばんでいて気持ちが悪かった。

「よろしく頼むぞい」

 ぶんぶんっと上下に激しく二度三度と手を振ったかと思うと、ギブソンは次に彼女の両肩をこれまた激しく叩く。そして最後に、にたぁっと笑った。
 その笑い顔がアイリにはガマ蛙か何かに見えた。

(なんか……苦手だなぁこの人)

 ガマ蛙が辺りを見回したかと思うと、アイリの横を通り過ぎて行く。彼女はギブソンの方へ体を向けながら、こっそりと服で手を拭いた。

「どうしました」
「車はどこだぞい?」
「ぁぁ、車ですか」

 彼の体形からして平均的な体重とは到底思えない。あまり歩くのが好きではないだろう――だけど考えてみたら迎えに来るんだから、車で来るのがあたり前だったかも……。

「あたし、走って来ちゃったんで……いま、何か乗り物探してきますね」
「おぅ、頼むぞい。わしはこんな腹だからな、歩くのは苦手ぞい」

 そう言ってギブソンは丸々とした腹を叩く。腹太鼓からはなかなか良い音がした。
 アイリが車を見つけるまで十分も掛からなかった。

「お待たせしました」
「ご苦労ご苦労」

 どっこいしょ、の掛け声と共に巨体が助手席に乗り込むとアイリの調達してきたジープが大きく揺れた。

(後ろに座ってくれないかなぁ……はぁ、隣に座るのが隊長ならともかく……こんな狸だか蛙だかわからん人だとは)
「出発進行だぞいっ!」

 沈んだ気持ちのアイリとは対照的に、ギブソンは至って陽気だ。旧友であるグレンリーダーと久しぶりに会えるのが嬉しいのだろう。

「了解、出発進行……」

 ジープがのろのろと動き出した。

――

 

「アイリ=ミカム――」
「いよぉ、久しぶりだぞいっ!!」

 アイリが部屋を出てから数十分後、戻ってきた彼女を押しのけながらギブソンがずかずかと部屋に入ってきた。

「久しぶりだな、ギブソン。相変わらず元気そうだ」
「お主はなんか調子悪そうだぞい」
「そうか?」
「あんまり飯を食っとらんのだろ。いかんぞい。わしの様にたらふく食わんと。がっはっは」

 腹を叩きながら笑うギブソンの勢いに、アイリもフェンナもキースも圧倒され呆気に取られた。

「さて、ギブソンも来た事だし、作戦の概要を読み上げてくれるかフェンナ」

 グレンリーダーは自分の小隊員の紹介も、友人の紹介もせず、フェンナに言った。

「あ、はい。えっとですね……」
「お主が、将軍閣下の娘さんか。なんか想像しとったのと雰囲気違うぞい」
「そ、そうですか」

 彼女は萎縮して小動物のように身を縮こませる。

「ところで、わしの紹介はしてくれんのか?」
「そう言えば、そうだな……紹介してなかったな」
「まったく、おぬしは相変わらずだぞい」

 ギブソンに言われるまで紹介する事をすっかり忘れていたグレンリーダーは、各人を簡単に紹介。
 それを終えると、フェンナが作戦の概要を説明し始めた。

「では、説明を始めます。まず国境付近まで――」

 作戦の概要は以下のような物だった。
 まずグレン小隊が国境付近までアントの輸送トラックを使用し、移動。侵入ポイントから北数十キロメートル地点の陽動部隊戦闘開始を待ち、ヴァリム領内に侵入。
 途中、ABCD四箇所の中継ポイントを通りギラ・ドゥロ補給基地の近くまで移動、待機。
 ギブソン砲戦中隊は遅れて移動を開始し砲撃地点のBポイントで待機。
 ミラムーンから侵攻するミラムーン所属陽動部隊の動きを待ち、基地への奇襲攻撃を開始。グレンリーダーが敵基地に侵入し、燃料貯蔵庫の位置を確認記録。
 ギブソン中隊に位置データを送信し砲撃。燃料及び弾薬の誘爆を利用し、敵地下基地を内部から破壊する。

「ありがとうフェンナ。さて、何か質問はあるか?」

 キースが静かに手を上げ、グレンリーダーが頷く。

「ミラムーンが囮をやるみたいだけどよ。しっかりと長時間敵を引きつけておいてくれるかどうか、俺っちは正直不安なんだけど……そこんところ隊長どう考えてんだ?」
「たしかにミラムーンは、軍を構成する兵器の質においてアルサレアに劣るかも知れない。だが作戦本部は陽動を行えるだけの戦力があるから、このような作戦を立てたのだろう。信じるしかないな」
「信じる……ね。っま、たしかにそれしかないわな、わりぃわりぃ馬鹿な質問しちまった」
「まぁ気持ちはわからないではないさ。どんな作戦でも俺達は本部を信じて与えられた任務に全力を注ぐしかない。だが、安心できる情報もある、レガルト小隊が参加するらしい」
「レガルト小隊か……そりゃ少しは安心できるかもな」

 レガルト小隊、アルサレアに数多く存在する特務小隊の一つで、宇宙を中心に活躍している部隊だ。その実力、任務の成功率はグレン小隊に勝るとも劣らない。

「それに付け加え、今回のミラムーンはPFを投入するらしい」
「へぇ、ついにミラムーンもPF投入か」
「まだ、試作段階な上に機数はかなり少ないらしいがな……たしか名前は」

 作戦指令書を持っているフェンナを見る。紙をめくる音が室内に響いた。

「えっとぉ、名前はゼムンゼンですね」
「だそうだ」
「そりゃまた、変な名前だな。なぁ、アイリ」
「そうだね、何か弱そうな感じ。ただの張りぼてだったりして、装甲なんて四足歩行戦車並みなんじゃない」

 キースに合わせるようにアイリはふざけた調子で返事をした。すると、

「アイリ、名前で性能が決まるわけじゃない。少なくともヌエと同程度の、実用に耐えうる性能はあるはずだ」

 グレンリーダーは至極真面目な顔で言った。

「あ、え? 別にそう言う意味で言ったんじゃなくて……今のは冗談で、作戦に使うんだから実用に耐えうるのは当り前で――」

 言葉を真面目に受け取ってしまった彼の誤解をどう解いたものか、頭を悩ませ口を動かし続けるアイリ。
 混乱した頭が動かす口から出てくる言葉を真剣に聞くグレンリーダー。
 そんな二人を見てギブソンが、顎が外れるのではないかと言うほど大笑い。

「ギブソン、何を笑っているんだ?」

 不思議そうな顔で尋ねる彼の言葉で、太鼓腹はさらに激しく鳴り響いた。

――

 

「ふぅん、これが今回の作戦ルートか、敵地で一泊予定って言うのは嫌な感じだなぁ、日帰りの方が良いのに」

 自機のディスプレイに表示された作戦データを眺め、アイリは呟いた。
 あの後、ミーティングはすぐに終わり「各自データをインストールし、作戦の細部を覚えておくように」と作戦内容を収めたディスクが渡された。今見ているのはインストールしたデータだ。

(なんとかなるかな……うぅん、なんとかしなくちゃ。負けらんないんだから)

 負けられないって、何に?
 頭の中に一瞬、フェンナの顔が浮かぶ。だが意識する前に像はぼやけ別の物へと変じた。
 黒いヴァリムのPF、ヤシャ。

(今度は前みたいに撃破されるもんか、隊長を最後までしっかり守るんだから、足手まといにだけはなりたくない……隊長の足手まといにだけは、絶対にっ)

 何気なくディスプレイに写っているトラックの荷台内の映像を見てみると、グレンリーダーを呼び止めるフェンナの姿が見えた。
 小さいウィンドウを開き、画像を拡大してみる。フェンナの口がゆっくりと動き出す――どんな話をしてるんだろ?
 PFに搭載されている集音マイクを起動させ二人に向ける。

『――らいの人がいるんでしょうか?』

 フェンナのどこかはかなげな声が聞こえてきた。

『あの基地?』
『私たちが奇襲を掛けようとしている基地です』
『そんな事を聞いてどうするんだ』

 グレンリーダーは誰に対してもとる、そっけない言葉を発する。

『別に……特に理由はないですけど……何となく気になって』
『気にしない方が、良い』
『少佐は、気にならないんですか?』
『どうかな……よくわからないな』
『よくわからない、ですか?』
『あぁ、気になるのか、気にならないのか……何が気になっているのか、よくわからないんだ』
『そうですか……』
『確実にわかっているのは基地に何人いようとも、やる事は変わらないし、俺達がやらないでも他の人間がやると言う事だ』
『たしかに、そうですね。私たちがやらないでも、他の人が……やるんですよね、戦争ですもんね』
『不安はわかるが、シミュレーション通りにやれば作戦はこなせる、頼むぞフェンナ』

 アイリは心の中で思った、フェンナが聞きたいのはそう言う事ではないと――どうして隊長って鈍いんだろう、ちょっと寂しいよね。

『……はい』

 フェンナが吐息の様な返事を聞き。アイリも吐息を漏らした。

「何してんだろ、あたし……」

 ディスプレイの中の光景は別世界の出来事のように思えた。





その3へ
 


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