第2話 哀しき復讐劇
紫夢羅家
ケイオウ師団との合戦が終わり3日後
会議中の一室の襖が無遠慮に開け放たれた。
「馬鹿丸、世話になったな
さようならだ」
アハトはそれだけ言うと、返答も何も聞かずいきなり背を向け去ってしまう。
・・・・
・!!
あまりの唐突さに武信、雷電、ダーロンは呆気にとられた。
「すまんが、少し待っていてくれまいか?」
武信は立ち上がりながら二人に言う。
「全く、相も変わらず忠義の欠片もない奴じゃな」
雷電は鴨居に掛けられた槍を取ると武信に差し出す。
「挨拶に来る義理立てができるようになっただけでも、マシになったと褒めるべきだ雷電殿」
まったく、雷電は渋い顔をしながら立ち上がらないダーロンに合わせ再び座り直す。
「もそっと、行ってくるかの・・
あらましは頼む」
頭を下げて返事をする二人を尻目に武信は開け放たれた襖を閉め廊下に躍り出る。
「アハトは?」
「床机の前の庭に向かっておりますわ」
「そうか」
武信は何も言わず背後に控える正室:狂桜・紫苑に問い、応えるとのしのしと歩みを進める。
「出て行くと言った以上、止められはせぬだろうな・・・」
「郎君(ろうくん:旦那の異)、私には謀りかねますわ
たしかに、鬼神の如き強さは認めておりますが御し得ぬ力なれば・・」
「そうではないぞ、狂桜
あれは御せぬからこそ良いのだ
なんでも思い通りになると思わせぬでいてくれる
そこが肝要なのだ
力の大小など、今さら敵になるなら話も別だがそうでなければ策になんの関わり合いもない
重要なのは、見習うべきところが多い「漢」であるということ
あの潔さ、あの不貞不貞しさ、そして何よりも決意を貫くためだけに存在しているかのような眼だ
あの眼で見られると、全てを見透かされそうになる」
・・・・これはただの嫉妬なのでしょうね。
紫苑はぶっちゃけて言えば、アハトが嫌いだ。
武信がなるべくアハトを自分の元に置こうとするせいで、紫苑の居場所がないのである。
まあ、居場所の有無にかかわらず紫苑はもう人生を賭してなすべき事の1/3を完了しつつあり、武信の側にいる必要もあまりないといえばないのだ。
だから、紫苑は残りの2/3の仕事のため外人であるアハトとの接触を避け、離れで過ごしていた。
しかし、紫苑とて人形ではないのだ。
人肌恋しくなることも、好いた夫の側にいたいと思うことも当然あり、今回のアハトが去るという情報は破格のものであった。
だがしかし、それを武信が望まないことが紫苑を苛立たせる。
故に、言葉が過ぎる。
「郎君の側に相応しきモノなれば、家臣に取り立てれば・・・」
武信は驚いたような顔をし笑う。
「考えもせなんだ、だか好きにさせるさ
アレは束縛も嫌いだろうに」
武信は「ははは」と笑いながら一悶着している庭に足を卸す。
庭では
「なぜじゃ、なぜじゃ、なぜじゃ!!
儂以上にお前に相応しいおなごなど、おらんぞ?」
義白がアハトに詰め寄り求婚していた。
「義白、なんじゃのそ格好は?」
義白は背後が透けるほどのシースルーの巫女服のような服を着ていた。
ぶっちゃけ、見ている方が恥ずかしいぐらいの透け具合だった。
武信は頭を押さえる仁龍、朱礼に習うように眉間を押さえた。
「目、
目を反らすでない!!
は、はずかしいではないか!!」
義白は顔のみならず、手足や服に隠れているお腹まで真っ赤になって小さくうずくまってしまった。
と、義白がしゃがみ込むと同じタイミングでアハトのヌエが降り立った。
「では、御武運を」
「そうせぐな、行くなとも言わんし、引き留めもせん
だが、選別ぐらい持っていけ」
アハトは振り返りもせず首を振る。
「時間がない、それになにもいらない
これから死に行くのに何か得てどうします?」
悲壮さも、悲哀も感じない。
あるのはただ強い決意のみ。
「聞かせてはくれまいか?
お主、どこになにをしにいくのか」
・・・・・これも選別かな?
「宇宙の端、生まれたての宇宙で借りていた対価を払いに行ってくる
まあ、僕は半ば借金取りのつもりですけどね」
「理解に困るもの言いだな」
そうだろう、そうだろう、としたり顔でアハトは、こほんと咳き込み仰々しくお辞儀をする。
「惑星Jの全ての命を失わせようとした罪を、失わせようとした奴に詫びに行ってくる
意味不明だろう?
理解のできない次元の問題を抱え込んでいるんだ、深入りするな
なすべき事がるのなら、それを成し遂げることだけに傾けろよ、情熱を」
戦人の顔をするアハトに仁龍が言い放つ。
「失われた業、技術それを伝えてくれたことに感謝する
御武運を!!」
頭を下げる仁龍に習い朱礼も頭を下げつつ。
「新しい技術の根幹と、真の死合に足るべきものを知り得ました、貴君に感謝を
そして、御武運を!!」
・・・おしいのぉ〜
引き留めたいのを我慢して、武信も口を開く。
「奥座敷はあのまま空けておく、戻ってきたら門前に座しておらず座敷に上がっておれ
それと、早く戻って来たくなる餞別じゃ
目を等しておくがいい、その場にいて共に痛快に笑おうではないか」
武信は1000ページはあろうという紙の束を差し出す。
アハトはざっとめくると、空に向かってそれを投げ即座に持っていた槍にて紙吹雪にする。
「誤字、誤植の多い機密文書だな
だが、これはこれで面白い・・・・
が、まだまだスケールが小さい
この程度なら1000年に4〜50回は起きる小事ですよ」
アハトは軽口を吐きながら振り返らずヌエを駆け上がる。
「馬鹿者、なぜ引き留めぬ!!」
義白の言葉に兄3人は首を振る。
「命を賭けて望む戦に出ようというのだ、ここで引き留めるは粋にあらず
待つ人生も、げに面白きかな」
武信の言葉が途切れぬ間もなく、アハトの乗ったヌエは瞬間転移したかのように消え去った。
「この馬鹿兄じゃーーーーーー!!!!」
最後に残ったのは義白の絶叫のみだった。
その3日後
「ようやく、動き出してございますぞ殿」
雷電は北方領土を統括している大将が、武信を中将に昇格させる席を設けるとの知らせを武信に告げた。
「元々、そういう決まり事だと言うに腰が重いものだな
が、ようやく目障りなウジを踏みつぶせるな」
「まったく、まったくじゃ」
上機嫌の雷電にダーロンも感慨深い笑みを浮かべつつ言う。
「殿、下知を」
武信は一つうなずき言い放つ。
「国を取り戻すときがようやく来た
者共、汚された城を、時を、富を、人心を
今こそ取り戻すとき!!
立て、今こそ積年の契約を果たすとき!!
いざ、堂々と参らん!!」
「「「「「おおおおーーーーーーー!!!!!!」」」」」
スピーカー越しに放たれた下知に、城のあちこちから地響きの如き歓声が沸いた。
翌日
武信の国盗りの準備が忙しい最中、クラウディアがやって来た。
「随分乃賑やかになりそうですわね、昇格式は」
クラウディアは素知らぬ顔で隠しているが、喧噪の中にある確かな活気を指摘する。
「お主にも、大いに祝ってもらいたいものじゃな」
「そうですわね、では、前祝いも兼ねて商談をさせていただきますわ」
「回りくどいのは馬鹿な儂には肩が凝る、気が利く者相手だと気づかれが無くて助かる」
武信は極めて剣呑に言う。
それをクラウディアは喜ばしく思う。
格の高い上客とは本来こうあるべきであり、つまらない駆け引きなどするまでもない相手とは商売のおもしろもが違っていた。
「では、先のお取引からですが・・
ロシュタット家からキシン500機、人員500人
サーカム家からキジョ1000機、人員はゼロ
私からはPFを1000機ほど中将閣下にと考えておりますわ」
思いの外、良い結果だったな・・・
「それは真にありがたい申し出だが、なにやら先が恐いのぉ〜」
武信の顔を見てクラウディアはさも真剣な顔で応える。
「将官キラーのお陰でお取引先が減っておりますので、浮気防止のつば付けとお考え下さい」
クラウディアは子供のような無垢な笑顔見せる。
本心がどこにあるか、あまり考えるまでもない話ではある。
が、ヴァリムから離反する以上ガルスキー財団との強いパイプを手放せない武信はそういうこととして首を振る。
「あい、わかった
今後のため、憶えておこう」
「はい」
クラウディアは柔和な笑みを浮かべ、今度は待つ側に回る。
それはまるで、お年玉をねだる小学生のようだ。
それを見て武信は思わず噴き出し、忘れておったと手を叩く。
クラウディアも、催促してしまうとは恥ずかしいと静に微笑む。
「お呼びですか、殿」
朱礼はまず武信に一礼してからクラウディアに向き直る。
「海帝(あまみかど)、天帝(あめみかど)の図面を」
「御意、ではこれを図面通り制作して下さい
もう一度念を置きます、図面通りの制作をお願いします」
「ハイ、確かにお受け賜りましたわ」
朱礼の言葉に、クラウディアは胸が躍った。
一体どんなモノなのだろうと。
図面を引き渡しクラウディアが引き下がった直後
床机の間には、武信、仁龍、朱礼、雷電、ダーロン、紫苑の主要メンバーが一堂にかいしていた。
「ガルスキー財団から計3500機
2000機と踏んでいただけにいい仕事だったなあの女」
「それはさておき、500の兵士一体何人使えるようになるかが気になるな」
「その辺の采配は仁龍・ダーロンの二人に任す、それよりも朱礼・・
地帝(つちみかど)
は?」
「御意、既に1000機可動テストも済んでおります
地帝いつでも出向できます
また、PF般若・天山、GF修羅、
全機種実働テストクリアしております
ただ、伊達帝はもうしばらく・・・」
「かまわん、象徴は戦わずとも、失われないだけの防御と機動性があればいい
それよりも、薙帝(なぎみかど)、鬨帝(ときみかど)
は?」
「はっ、仁龍兄上の薙帝は既に完成実働もクリアしております
私の鬨帝も完成はしております、まだ実働テストは済んでおりませんが起動には成功しております」
「うむ、なれば鬨帝の実働を優先しつつそのまま進めてくれ
仁龍、皆の練度は?」
「御意、般若に関しては問題なく、修羅はまだ十分とは言い切れず、天山は狂桜殿に一任しております」
「厳しそうか?」
顔をしかめる武信に対し仁龍は強く言う。
「機体性能は問題なく、炎帝の支援と投槍器などの新兵装もあり戦力的には問題なく
ただ、GF用の武器はPFと比べ誤差修正に手間がかかり、それが連携の成功率を上げ損ねております」
「そうそう、うまく行くモノでもないか
引き続き練度上昇を頼む」
「御意」
「爺、儂の狂桜よりの便りは?」
「はい、華臣(かおん)殿から各組織の統合はほぼ完了
とのこと
久遠(くおん)殿からも補給路、物資調達の完了
と報告が上がっております」
「流石儂の嫁と言ったところか、ダーロンなにかあるか?」
ずっと目を伏せていたダーロンはゆっくりと顔を上げる。
「ヴァリム側の動きが気になりますな、こちらがうまくいっているだけに」
ずっと様子を伺っていた紫苑がそれに応える。
「恐れながら、神佐の動向は草に探らせております
GFを主力においた部隊を1大隊ほど呼び戻したようです
まだ、本格的に動き出してはおりませんが警戒は強まったかと」
「そのことなら大将になるついでにカタを付けよう
まあ、GF部隊とはやりあうことになるだろうがな」
「後は、フェンリル機動師団などの実力があって嫌われているものを差し向けられないかが気がかりといったところですな」
「まあ、そう心配せんでも良かろう
このところ神佐は功を焦っておる節がある
侮って向かってくるだろう
それこそ狙い目じゃな」
かかっと雷電は快活に笑う。
「蓋を開けてみるまでわからんが、まだ勝ってもおらんのだ
皆も、気を引きしてめよ」
「「「御意」」」
昇格式当日
風雲紫夢羅城を出た一行は、巨大な一匹のムカデのような動く台座に600機の各種PFを搭載させヴァリムの北西部分を統括しているヴァリム大将の城を訪れた。
「不格好というか、おぞましい輸送機だな」
口ひげを蓄えた大将がいかにもイヤそうにそういうと、占領地を統治しに来ていた中将、少将がまさに同感だと波打つように頷いてみせる。
だが、内心はどうあれ本来大将の座を親の代から引き継ぐはずであったものを、難癖つけて少将にし、初陣で勝利したことを条件に中将になることを確約してあったため、今回の昇格を反故にできなかったのである。
苦々しいかぎりである。
折角、領地を奪い取り資源と富を引き上げたというのに権力の回復は本当に腹立たしかった。
だが、これも馬鹿丸の馬鹿さ加減に油断した結果であり、バカを演じ続けた武信の頭脳プレーの賜だった。
そして、昇格式の席
本来ならば将官の昇格式は大々的に催されるモノだが、失策披露とばかりにこの度は城の天守閣にて宴のみと簡素な昇格式と相成った。
終始冷静を装いながらも、敵意と悪意と皮肉が満ちるこの一席の中、武信は扇子を広げると手を叩く。
「どうにも空気が重くてかないませんな
どれ、宴に華でも添えてみましょうや」
武信がそういうと奥から続々と酒を手にした舞子がやって来てお酌を始める。
「今日はそれがしの席、後は無礼講にいたしたく
さあ、飲めや歌えや〜〜〜」
武信は悠然と舞を踊り始める。
仁龍、朱礼もそれにならうかのように、笛や鼓を響かせようやく宴らしくなった。
純和風の能舞台など、西洋文化のヴァリム国人にはさっぱり理解出来るモノではなかったが、綺麗どころと上手い酒にヴァリム将官達は大いに慶んだ。
15分後
ヴァリム大将はほろ酔い気分で語り出す。
それはまだ、ヴァリムが四足戦車を開発してまもなくの話である。
ヴァリムの北部には紫夢羅家からなる使命の一族が統治する領土があった。
そこは国ではなかった。
が、規模的にも国と呼んでいいだけの文化と、人があり、自然と共存した場所だった。
そこに生きずく者達は、敢えて産業を持たず、自給自足の中に慶びを見いだせる平和な民が暮らす土地だった。
だが、これはヴァリムから見れば美味し土地だった。
武力がほぼ皆無の土地は容易に侵略がしやすく、肥沃な土地からは食料を得られ、自然豊かな山からは兵器を作るのに必要な鉄鋼などを掘り起こせる。
なんと、侵略しがいのある土地だったろう。
そして、ヴァリムは大層な理由もなく侵略を開始した。
が、侵略された方はおかしな、いや妥当とも言える行動に出た。
それは、その地域を納めていた豪族達の首をはね、服従を条件に紫夢羅家に地位と民の統治権を認めさせるというものだった。
本来ならば、これ幸いと紫夢羅家諸共蹂躙する所であったが、収穫前の田畑を焼き払うのも惜しいし、なによりも詳しく知らない土地でゲリラになられるよりも、多少融通して穏便に富を吸い上げる方が得策とヴァリムはその申し出を飲んだのである。
そして紫夢羅・麒麟児の号令の元、速やかにヴァリム軍にとって都合のいい食料調達源&金属発掘&PF製造施設の拠点の一つに変貌したのであった。
もちろん、その中には圧政や人民差別、生活様式の強制なども多分に含まれていたが、麒麟児の名の元に、随時受け入れさせられた。
当初は、難癖つけて麒麟児を大将から降格させる予定であった。
が、余りにも問題処理能力が高く、また世渡りが上手だったために逆に重宝されアルサレア戦役で戦死するまで処分保留となっていた。
変わりといってはなんだが、あまりにも馬鹿ガキであることが有名だった馬鹿丸は、紫夢羅家に反感を持つモノの格好のターゲットとなった。
もっとも、余りにも馬鹿すぎて嫌みも、皮肉ものれんに腕押しでしかなかったとヴァリム大将は語る。
そして、ヴァリム大将は麒麟児を使える奴隷と盛大に揶揄し、武信に父のように使える奴隷になれと罵る。
次の瞬間
ヴァリム大将は目と鼻から血を流し、喉を掻きむしり、悲鳴を上げるヒマもなく絶命した。
「大将!!」
「閣下!!」
「「「う・・・がっ・・・・、ううぇぇ〜〜〜〜〜」」」
ヴァリム大将が絶命したのに気づいたヴァリム将官達が駆け寄ろうとしたしたその時、他の将官達も首を押さえ嘔吐した。
「おやおや、祝いの席で突然死するなんて無粋だね〜」
誰も武信の言葉に耳を貸そうとしない。
それどころではないのだ。
皆、目の前の絶命した大将同様に即死するのではないかと心拍数を倍にしてドキドキしていた。
「さて、北方領土の大将不在はまずいのぉ〜
ここは儂が大将に立候補しよう
賛成の者は、儂にひざまずけ」
ドン!!
武信は強く一歩踏み出すと、懐からひょうたんを取りだしクルクル振り回す。
「解毒剤は決議の賛成数に足るぐらいはありましたかのぉ〜」
そういいながら仁龍は武信の前に進み出ると深く平伏する。
「私と仁龍兄上、少将二人は賛成しましたが、他の将官の方々はいかに?」
朱礼も習うように武信に平伏する。
それにつられるように、我先にと将官達がこぞって武信に平伏し解毒剤を求める。
中には哀れにも、吐血し既に絶命してしまった者もいた。
「あい、わかった
では、ヴァリム軍・北方領土統括大将の任、謹んでお受けしよう」
武信がそう言い終わった途端、ゾンビのように文字通り血反吐を吐いた将官がその手に群がる。
武信は汚い者でも見るように、未だ平伏しているものにひょうたんを放り投げる。
ああ〜〜〜と、落胆の声も聞こえそうな中、亡者の群れがひょうたんを掴み中に入った金色の液体をごくごくと煽る。
その浅ましい姿を見て武信は言う。
「お前達のような者がヴァリムを動かしている事を知っていたからこそ、我らはヴァリムに下ったのだ
我らは力は秘めるものとし、決してひけらかさず、またそれを振るうのを躊躇わぬ
もし貴様らが、そういった者達ならば我らはとっくに城を枕に討ち死にしていたであろう
だから、今こそ言おう
愚かでいてくれてありがとう、と」
もはや武信の言葉が耳に入っていないのか、からになったひょうたんを振るもの、こぼれた中身を犬のように舐めるものが死の恐怖に阿鼻叫喚の叫びをあげていた。
「見るに堪えませぬな・・、兄上」
もうこの辺でと仁龍は武信に促す。
武信も、そうだなと一つうなずき言う。
「貴様らが大事に啜っている、儂の小便は上手いか?
ん?!」
まさに一石を投じるが如く、その言葉は蠢く将官の耳に入り動きを止める。
顔面蒼白、いや口からは吐血した血と、小便を吐き出しながら余りのことにそこにいる者達の気が振れだした。
ケタケタと笑い出す者、全身を弛緩し糞尿を垂れ流しながら目の焦点が合わなくなる者、まるで赤ん坊のように言葉を失い訳のわからぬ行動を取る者・・・
こんな者達に虐げられてきたのかと思うと・・・
その様を見ていた武信達は、復讐しているにもかかわらず、はらわたが煮えくり返る思いだった。
そんな、虚しい復讐劇に終わりを告げようとしている最中
「恐れながら、親方様」
武信は強く握りすぎて血の通わなくなった手から、ハッとして力を抜き声のする方を向く。
舞子、いや毒を盛り終えた彼女たちは着物を脱ぎ捨てくのいち装束に着替え片膝を落とし平伏しながら声を掛ける。
「どうした?」
「は!!
恐れながら、このものの命救ってみるのも一興かと」
それは未だに平伏したままのヴァリム少将だった。
動かないからこそ、未だ毒が回りきらず手足は青紫になっているが吐血もしていなかった。
「ふむ、惚れたか?」
!!
武信はあまり興味のないそのモノを見て、「ならば仕方がない」とでも言おうと思っていた。
そんな中、思いがけない答えが帰ってきた。
「ハイ、惚れております
武信様に」
顔を上げて真っ直ぐに自分を見る顔には、この顔に嘘偽りがあるように見えるのかと書いてるようだった。
まいった、まいった。
武信は膝を叩きながら嘆息する。
武信はこの地方ではかなり人気者だ。
麒麟児が恥を忍んでヴァリムに尽くす傍ら、武信は馬鹿丸の名通りに野山を駆け回り、民の様子をつぶさに観察しつつ、圧政に耐えきれない者達を選出し隠れ里にちょくちょく送り出したり、狂桜が組織した般若党(くのいち集団)をヴァリムに蹂躙されている箇所に送り込み、支配者に君臨していたヴァリム将官や貴族を籠絡していった。
武信により救われた民が多くいること、圧政に苦しみながらも確実に救いの星となり、結果を出し続けてきたからこそ武信には圧倒的なカリスマと、忠誠を得ることができた。
だからこそ、部下は武信のために心血を惜しまず動くのである。
そして、真面目に武信は問う。
「使えそうなのか?」
「過度な期待に添えるほどではありません
ですが、ヴァリム側の者が少し生き残っている方が今後都合がよいかと
また、アルサレア戦役までは恥を恥とも思わぬ暴君として君臨しておりましたが、戦に負けて以来は人が変わったかのように民草のために尽力するようになりました
これなれば、生かしておいても民草もそう怒りを露わにしまいと思いする」
確かに、うってつけの人材なのかも知れない。
武信は言う、儂に忠誠を尽くすと誓うならその命拾ってやろうと。
その将官は涙を流しながら額を畳に押しつけ応える。
「あなた方の怒り、憎しみ、その深さ、今回のことで骨身にしみてわかりました
生かされるのであればいかなる命にも従います
ですが、一つお願いがあります
これを聞き入れられないというのであれば、哀れと思いこの命絶って下さい」
今さら贅沢な話だと思う半面、命を惜しむ理由があるというのならば聞いてみたい気もした。
「申せ、何を命の対価に欲す?」
ヴァリム少将はゴホッと吐血するとそれを拭いもせず、顔を上げて言い放つ。
「朝霧を私の妻にさせていただきたい
それ以外のなにも私は望みません」
自分を救うように言ったくのいちを妻に、それが命の対価とは・・・、馬鹿げている。
「馬鹿げた話だ」
武信は吐き捨てる。
その言葉にヴァリム少将は俯く。
「他国の者であろうと、恋愛にまで儂は口をださん
両思いなら、遠慮なくするがいい
だが、一方の心を押しつけるマネはゆるさん
政略結婚など、儂一人でこりごりじゃ」
武信は、ある遺産を引き継ぐために政略結婚もどきをしてた。
それ自体は仕方がないことと我慢した。
例え正妻が幼馴染みの男だったとしても、遺産を引き継ぐための条件を満たす者がなかなか表れなかったせいで側室が4人(狂桜のクローン:紫苑、華臣、久遠、紫桜)もいたとしても耐えた。
やること、やらねばならぬ事、世間体を気にしつつ、成長しなければならなかった武信にとって、お家存続のための責務とばかり側室の相手までするのは、正直大変だった。
もはや、結婚など苦労・苦悩・苦痛以外の何ものでもなかった。
端から見ればやりたい放題のハーレム状態だったが、昼間はバカを装い、夜は自身の修練と、民草の為に翻弄と命を削っている上に、精根尽きた体でまだ技術的に確立していないクローンに子を産ませようとは、拷問以外の何ものでもなかった。
だからこそ、自分以外の者にはそういうことを無理強いしたくなかった。
例え、それが命がけの交渉でもだ。
「朝霧、お主の心はどうか?」
「この身も心も全て武信様に捧げておりますれば、全くもって心揺るぎませぬ
死ねといわれれば笑ってこの胸を突きましょう
嫁げと言われるのであれば心を殺して嫁ぎましょう
しかしながら、私が優しくしていたのも、体を許していたのも、全ては殿と民草のため
自分の命も守れぬ者の為に、これ以上犠牲になるほど私は物好きではありません
それに、私が好意を持っていると勘違いするほど血迷う者に好意を持つようになるとは努々(ゆめゆめ)思えませぬ」
無表情に吐き捨てる朝霧にヴァリム少将は、涙と鼻水と血を流しながら乞う。
「助けて下さい、生きていなければ償いもできません
それに、私は女々しいながら朝霧を愛しています
例え、偽りでもあの優しさに私は助けらえた
恩返しをさせて下さい!!」
あきらめが悪い・・・、しかしてその真意はいずこ。
「朝霧、そんな切なそうな顔をする出ない
が、お前の言いだしたことだ
拾ってしまった命に責任を持って貰うぞ」
朝霧はいかにもいやそうな顔をしながら顔を伏せる。
「御意のままに」
「イヤな役を押しつける、許せ」
「御意のままに!!」
武信はうなずき、転がっているひょうたんを砕くとその破片をヴァリム少将の口に放り込む。
涙を浮かべ苦しそうな顔をしながらも、ヴァリム少将はそれを飲み干す。
と、朝霧がヴァリム少将の首にチョーカーをつける。
「このチョーカーには猛毒の付いた針が仕込んであります
この国の誰しもが知る合図を送れば、あなたは即座に死に至ることでしょう
そのことを忘れずに我が殿のために尽くしなさい
見事働き仰せたならば、お前の望む朝霧を演じてやろう
だが、努々私の心が貴様になびくことがあるなどと思うな
目の前で両親と弟を射撃の的にされた恨み、決して、決して焦ることはない」
静かに怒りを告げた朝霧は、伏せた目から涙を流しながら武信に振り返ると声なき声で一言、ありがとう御座いますと告げ退出した。
朝霧の言葉に歯を喰い締め涙を流すヴァリム少将に武信が告げる。
「許されぬ罪があるのではない、許せない罪があるのだ
朝霧はお主のこと、言うほどには嫌ってはおらんよ
いや、怒りや憎悪は相当なものだろう
それこそ口に出来ない程だろう
だが、奴のお主に対する思いは嫌悪だけではなかろうて
でなければ、命を人質にとってなおお主の望む朝霧演じる必要がどこにある?」
!!
俯いたまま、それでもヴァリム少将は目を見開く。
「せめぎ合う心、これはもはや悲恋以外の何ものでもなかろう
だがな、結ばれるだけが恋ではない
埋まらない憎悪を抱きながらも、お主と仮初めの恋をしてみたいという女心・・・
騙された方が勝ちとは思わんか?」
決して許されないことをしたのだ、自分は・・・
それでも、自分を思い優しさをくれる。
武信の言葉が本当か嘘かは、この際どうでも良い。
今さらハッピーエンドはあり得ない。
そんなことは、誰かに言われるまでもない。
どちらかと言えば、希望すらない。
だが、まだ夢を見る機会は残っている。
幸いなことだ、生きる目標があると言うことは・・・
だから、ヴァリム少将はハイと応えながら顔を上げる。
その顔には一つの疑問を付けて。
「なぜ、そんなことをと言ったという顔じゃな」
武信は爽快に笑いながら、それまで見下ろしていたのを止め片膝をつき、目線を合わせて言う。
「儂わな、本当は誰も傷つけたくはないんじゃ
誰かを傷つければ、恨みを買う、怒りを買う、何はともあれ遺恨が残る
それは広がることこそあれ、消えることはまずあり得ない
なれば、全てを承知で背負い込んで力に変えたい
争わずに、物事を解決させたいと常に思うておる
じゃが、皆が儂と同じ考えにあらず
故に、そこに居並ぶヴァリム将官共には死んで貰った
これで民草の溜飲も少しは下がるというもの
だが、ヴァリムに対する、お主らに対する恨みが張れることはない
朝霧が心中でどう思うおうが、お主を許せないのと同じじゃ
だがな、恨みだけでは立ちゆかん
だから儂はお主を生かすし、立派な働きをするのなら生まれも、過去の行いをも問わず優遇し、重要な仕事にも就ける
わかるな、儂は敵だったものとでも手を取り合い、共に歩んでいく覚悟を決めておるのだ
まあ、保険は掛けるがのぉ〜」
ニカっとわらい、武信はヴァリム少将のチョーカーにペシッと扇子を当てる。
「民もそのチョーカーがある限り、貴様を我が家臣として迎え入れ、差別なく扱う
それが儂のやり方じゃ、怒りも、悲しみも、遺恨も変わらぬが
忠誠を尽くすならばやり直しがきくかもしれん
良く尽くせ・・・、名を聞いていなかったな申せ」
「祭怒・泥門(まつど・でいもん)」
「まつど・・・?、マッド・・、マッド・デーモンか・・・ははは
!!」
つまらぬ悪魔、もしくは狂気・怒れるの悪魔・・・
どんなつもりで付けられたかは謀りかねるが、随分と遊ばれたなだな。
が、名は体を表すもの・・・・、化けるのやもしれん。
「笑って済まんな、ある意味よい名じゃ
指示は追って出す、それまでは養生せよ」
あ〜笑った、笑ったと上機嫌で武信は歩み出す。
武信が横を通り過ぎようとしたとき、祭怒は問う。
「将官がこれ程一辺に死ねばヴァリムも黙ってはおりません
私に一計・・」
武信は見下ろしながら強い口調で言う。
「口が過ぎるぞ、死に損ない
そのくらいのこと、既に手を打ってある
養生せよ、お前如きに心配されるほど儂は不甲斐なくないぞ」
口調の最後に優しさを見せた武信は、さて行くかの〜と剣呑に言い放ち血なまぐさい、ただ空しさのの残る復讐劇の舞台を降りた。
第3話に続く
後書き
とりあえず、ちゃっちゃと進みます。
謀略だけだと自分が飽きちゃいますので<まてっ!!
次回は、久しぶりにオフィシャルキャラのフォルセア・エヴァ神佐が出てきます。
何とかの化かし合いをしつつ、ダンとルキアが色んな意味で恐るべき仲間、もとい上司にハントされます。
まあ、強くなる道第1話?みたいな感じに書ければと思っております。
では、ヴァリム将官殺しまくりの状況を武信がどう交わすかお楽しみに(笑)