*1「僕」


 ―――そろそろ、出発しよう。

 「僕」は右腕を操作球から離し、目の前のキーボードに「Combat」と入力、Enterキーを叩く。
WorkからCombat―――作業モードから戦闘モードへ切り替える。
瞬間、コクピットが暗くなって赤い照明で照らされるが、即座に先ほどまでの淡い光が灯る。

 ふくらはぎのあたりの筋肉に軽く力を込める。肩甲骨の筋肉にも、同様に力を入れた。
直後に浮遊感を感じる。僕の乗った「サーヴィランス」の脚部と背中から、爆発させた燃料と高圧ガスを噴出して浮遊しているのだ。

 「雇い主」と落ち合う予定の場所の方向へ機体を向ける。
30メートルほど上空から辺りを見渡し、腕と足を振ることで方向を微調整する。

 機体を反転させると、上空に浮かぶ二つの月が沈みかかっていた。
色は薄い緑色。今夜は―――緑月だ。

 紅い砂漠が月光で緑に染まる。
普通に見れば、幻想的な光景ではある。
だが、緑月は惑星を取り巻く二つの月―――正しくは月、とは呼ばないのだが―――の位置関係によって、
重力と大気の層が乱れることによって発生する。

 慣れない人間には歩くことすらおぼつかないだろう。
とても景色に見とれている場合ではない。

 僕は沈み行く翡翠色の月に見惚れながら、脚を踏ん張るようにして機体を直進させる。
背中を誰かに支えられているような心地よい感覚に身を任せ、視界を流れる砂丘と月を眺め続けた。


 *2「メイル・アストル」


 自動ドアをくぐり、ケイ、続いてジャックがオペレーター・ルームに入ってきた。
「あたし」は彼女らが入ってくるのを見届け、ケイに話しかけた。

 「ご苦労様、ケイ。一旦部屋に戻って休んでいて。疲れたでしょう」

 一応気を遣ったつもりだったのだが、ケイは軽く首を横に振ると、そのまま近くの空いている席に座った。
あたしは軽くため息をつき、本音を語った。

 「できれば、これから見せる映像をケイには見せたくないの。だから―――」

 「―――大丈夫」

 途中で、ケイに言葉を遮られた。彼女は全てを悟ったような口調で、

 「彼が、死ぬところが、映ってる―――」

 押し殺した声で、静かに続けた。

 「――――――」

 あたしは何も言えず、うつむくほか無かった。

 「私は、大丈夫。だから―――お願い」

 ケイもそこで言葉を切る。

 あたしはそのままディスクを擬似コクピットの筐体へ挿入し、ジャックが出撃してから二日後―――
―――ジャックが連絡を絶った時刻の映像を、再生する。


 *3「記録映像」


 「―――こち……ジャック……イリー……、おい!」

 途中までノイズの走った音声と途切れながらの映像が再生されていたが、ガンッという音とともに
映像と音声がクリアになる。目の前に、短く切った黒髪の青年が映った。

 「―――よし、繋がったな。壊れてんじゃねぇのか?」

 ブラックボックスに内臓されたカメラの接触不良に気付き、電化製品のように叩いて直そうとしていたらしい。
満足げな表情でこちらを向いた青年はコクピットの正面モニターに向き直る。

 「こちらジャック・イリーガル。捜索二日目、第一捜索ポイントに友軍、強硬派ともに未確認。
事件現場も捜索したが、火薬か何かに引火しているらしい。四日経っても、炎が邪魔でサーモセンサーと生体センサーが役に立たない。
現場での生存者確認は出来なかった。引き続き調査を続行、何も無ければ、一六:○○時に帰還する。以上」

 正面を見据えたまま、事務的な口調で話を続ける。
このカメラは、コクピット・シートの背もたれの左側面に取り付ける形で設置されている。
左右ともに対称の形状で設計されたシートだが、左側のリベット穴(ネジ穴)のみ、リベットの代わりに小型カメラが搭載されている。
つまり、このカメラからは操縦者の後頭部とコクピットの正面モニター、そして左側のモニターを眺めることができるのだ。

 突如、正面モニター左下に映されたレーダーが青く染まる。
事前にセットしておいた生体センサーに、反応があったようだ。

 「……っと、生命反応確認。―――デカいな、複数人の可能性もある。これより調査に向かう」
誰かと通信をしているかのように告げると、モニター画面が左に大きく旋回する。
左ペダルを引くと同時に右ペダルを踏み、機体を左旋回させたようだ。

 そのまま左ペダルも踏み込んだらしく、ほぼ反転した機体は正面に向かって急加速する。
レーダーに映った目標との相対距離が、縮まる。
ジャックが「救助」ではなく「調査」といったのは、その生命反応が不自然に密集し過ぎていたためだろう。


 *4


 2000―――1800―――1600――――――。
800メートルを切った所で、モニターに、砂煙に紛れて、異形の物体が映し出された。
初めは画面のノイズかと思うほどの黒い異変は、すぐにそこに「何か」が居ることが分かるほどはっきりと形作られる。
 ジャックも警戒して、機体を減速させる。

 700―――650―――600―――。
ゆっくりと接近する。
機体の右腕には、パンツァー・フレームの基本武装である80mmサブマシンガンが握られており、
正面の黒い影に照準されている。

 450―――400―――350―――。
300メートルまで確認した時点で、突如黒い影をロスト(捕捉不能)してしまった。
もう少しで細部まで確認できる、というあたりまで接近していた影は、崩れる様に消えてしまったのだ。

 「―――何だ?」
 ジャックは小さく呟くと、機体を停止させる。右腕の銃はまだ前方に照準されたままだ。 そのまま左手でコンソール・キーを叩く。カメラの視点ではよく分からないが、おそらくレーダーを操作しているのだろう。

 数回「Sonar」キーを叩いたところで、ジャックの動きが止まる。
四角いレーダーには、中央に映ったジャック機の三角マーカーと重なっている、丸い赤の光点が示される。
つまり、生体反応はジャック機の真下に移動しているのだ。

 「チッ!」

 再びジャックの左手はスティックを掴み、両ペダルを踏み込んで機体を前方に急加速させる。
同時に、両手のスティックを勢い良く下に倒した。
正面モニター一面に、砂面が映る。上半身を前かがみに倒したのだ。

 ジャックが機体を加速させた数瞬後、コクピットに強い衝撃が走る。
再び映像と音声が乱れるが、一瞬で回復する。モニターには機体に損傷が起きたことを知らせる警告マークと、
モニター左端に機体の簡略図が表示され、破損した箇所が指し示されている。
損傷箇所は両肩兵装。つまり飛行補助ウイングを剥ぎ取られたらしい。
ジャックは素早く左スティックの親指トリガーを押し込み、火器管制システムの対象を腕兵器から肩兵装に切り替える。
そのまま中指トリガーを押し込む。武器変形システムだ。

 しかし武器変形は行われず、バシュッっと大きな音がして、モニターの右には再び武装が腕兵装に切り替わったことが
表示されている。
元々、武器変形の代わりに兵器排除機構を組み込んでいたのだろう。そうでなくとも、使用不可能になった兵器は変形ボタンを押し込むことで排除できるのだが。
続けざまにジャックは右に身を捻り、右足を引くと同時に左足を押し込む。銃を持った腕を振り回すようにモニターに写しながら、
機体は右に急旋回する。

 機体を反転させると、モニター一面に黒い塊が映りこむ。
ジャックは即座に両ペダルを引き、機体は背面ブースターで浮遊しながら脚部ブースターで後方に跳び退る。

 「くそっ」
 ジャックは小さく悪態をつき、再びサブマシンガンを照準する。
目の前の黒い巨躯には、継ぎ目や装甲といった、「機械らしさ」が見受けられなかった。
強いて挙げるとしても、胸部を覆う青白い「J−ファーD型」の装甲板くらいだろうか。
その両肩は不気味なほどに盛り上がり、蛇の頭の先のような形状の頭部、また不自然なほどに太い足と、
猛禽類の足のような足の爪。右腕には、4本の鞭のようなものが、左腕には、見るからに強靭な長い5本の爪が、先ほど破壊したウイングを掴んでいる。

 見れば見るほどワケが分からない。
赤く輝く瞳には模様は無く、CG合成されたSF映画の怪獣のようだ。

 ジャックは一度距離を離したが、何かを振り払うかのように頭を振ると、再び怪物に向かって機体を疾走させる。
両ペダルを限界いっぱいまで踏み込み、右スティックのトリガーを引き絞った。

 間断なく続く砲声がコクピットに響き、手に持ったマシンガンから弾丸が次々と吐き出される。
同時に怪物の巨体が動き、左腕に掴んだウイングを盾のように大きく前方に掲げる。

 パンツァー・フレームより一回り大きい黒い巨体に、黄金色の弾丸が殺到する。


 *5「僕」


 翡翠色の月が地平線に消えた頃、僕の視界に石造りの建物が見えた。
高さは30メートルほどで、屋根は無い。
100メートル四方ほどの四角い箱状の建物で、見たところは古代遺跡じみている。

 僕は力を入れっぱなしで引き攣りそうだった足の力を抜き、着地の衝撃に備えて手足を前に投げ出すように構える。
機体を前に突き動かす推力が消え、慣性だけで直進しながら機体は降下する。
手足を前に向けた幅跳びの選手のような格好で、そのまま砂漠へと躍り込んだ。
モニター一面に巻き上げられた砂が映るが、機体のカメラに砂が付着することは無く、やがて全て剥がれ落ちた。

 「――――――ふぅ」
 軽く溜め息を漏らし、両手両足を操作機器から外す。
キーボードに「Open」と入力、Enterキーを押し、ハッチを開放させる。

 前方に張り出した胸部―――機体の首元辺り―――に開いたハッチから、身を乗り出す。
早々に月は沈み、辺りは暗闇に包まれている。あと5、6時間ほどで日が昇るだろう。

 住人の埋葬の後に、適当に作っておいた報告用のレポートを取り出す。
中身は文章のみなので、簡素なMOディスクに中身は全て収めてある。

 汗で肌に絡みつく鬱陶しい髪を手で払いのけ、僕は目標の建物を暫く見下ろしていた。











 第九話へ



 





あとがき

*内容について
第一話序盤の、ジャックと怪物の戦闘の成り行きになります。
戦闘描写が分かり辛いと自分でも思うので、後の戦闘描写はなるだけスピード感重視でやっていきます。

*人物について
今回は特に無いです。

*機体について
型番不明 サーヴィランス「Surveillance」解説2
頭頂高約23m
手足の先を振り子のように肥大化させることで、空中での姿勢制御及び
格闘戦での破壊力が増強されている。
子機は、通常は機体周囲12km、広域探査モードでは周囲80〜140km、
モニター上のタッチパネル操作により、惑星上の特定位置周囲140kmの地表走査が可能。
機体は、全身が濃暗色で塗られている。
固定兵装は持たないが、衛星軌道上の子機から時限制御または遠隔操作で局地射撃を行える。



*一話ごとの話が短い分、話数が膨大になりそうです。なので現在できている13話目以降は文章をもっとわかりやすく詰めて話数の削減を目指します。



 


 管理人より

 鵺さんより第八話をご投稿頂きました。

 サーヴィランス、かなり大きいですね〜。

 しかし、雇い主は一体誰……?
 


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