*1「ぼく」
「ぼく」は夢を見ている。
いつもと変わらない日常、しかし二度と取り戻せない日常が目の前に広がっている。
「今、何処に居る?」
頭の中に、自分と寸分違わない声が聞こえる。
不思議と、嫌悪感も違和感もない。その問いにぼくは声に出さず答える。
「―――家の、中」
そう、家の中だ。すべてコンクリート製の、小規模な工場ほどもある四角い空間。
僕はその「家」の2階―――鉄骨で組まれた通路の上から、1階の風景を眺めている。
視界には無造作に置かれた銃器の山、積み上げられた弾薬箱、適当に駐車されている武装したバギーと、
「切り札」として置かれた一機の四脚歩行戦車が映っている。
蜘蛛のような4本の足の先には、砲撃の際地面に機体を固定するためのすり鉢状のスパイクが付いており、
くすんだ青銅色をしたその身体の上には、昆虫のような外骨格で包まれた砲主席、
その右側面にはカタツムリのような形状をした、155mm滑腔砲と光学レーザーを撃ち分けられる特徴的な主砲、
砲主席の両脇にはM61A1―――20mmバルカン砲が搭載されている。
内部に発電機関を持つことで電磁レール砲弾と光学レーザーの連射を可能にしたこの機体は、過去の戦争で圧倒的な戦闘能力を持っていたが、
今となっては戦場のお荷物―――後期生産型のこのタイプですら、せいぜい後方支援程度のシロモノだと聞かされている。
それでも、全高4mを誇るこの戦車は、「ぼくら」が持つ兵器の中では最も高い火力を持っていた。
―――確か名前は、「ヴァーミン」、だったはずだ。
目に映る光景を、声に聞かれるままに答える。
「これから何処に行くんだ?」
また、「ぼく」は尋ねる。
確か、この日は―――
「―――オアシスへ」
そう、この日は、一人でオアシスへ水を汲みに行くことになっていた。
今まで訓練だけで役立たずだったぼくの、初仕事になる。
―――なる、はずだった。
―――ここに居ちゃいけない。そう、皆に言わないと。
分かってはいるが、思ったとおりの言葉が出ない。言葉を話せないワケではない。
ぼくは、この日の行動をただ反芻するだけで、違う行動を取ることが出来ないのだ。
周りの皆に促され、ぼくは1階の武器・装備の山に駆け寄り、出かける準備を始める。
先ずは日差しと夜の冷気をしのぐために、身体が頭まですっぽりと入るような白い布をかぶる。
水を蓄えるための大きな円筒形の水筒を右肩に担ぎ、次いで左肩に保存食料の入った布袋を担ぐ。
最後に腰に皮製のガンベルトを巻き、少々大振りな自動拳銃―――地球時代のシロモノらしい、
陸式拳銃という名前の拳銃―――をホルスターに差し込む。
今まで戦いなど経験したことは無いが、「戦後とはいえ、物騒だからな」という、
大人たちの言葉に従って外出時はいつも拳銃を持つことにしている。
もっとも、一人での外出など今回が初めてなのだが。
すべての準備を終え、ぼくは開きっぱなしのシャッターをくぐり、「家」を出る。
外は、見渡す限りの紅い砂漠。
*2「メイル・アストル」
「あたし」は、機体の腕を操り、ジャック機のコクピットを開いた。
コクピット・シートがせり出してくる。砂漠に、「誰か」の身体が落ちた。
落ちた人物は白い布を被っているので、細かい体格や性別の判別は出来ない。
―――ただ、その姿はあまりにも小柄で、大人には見えなかった。
あたしは右スティックの親指を一度押し、医療用具の入ったバックパックを武装に選択、トリガーを引き絞る。
武装排除した右肩のコンテナが切り離され、地面に落ちる。
コンテナの下部に展開された緩衝マットによって落下の衝撃を吸収した後、即座にコンテナが左右に開くのを確認する。
「OPEN/CLOSE」キーを押してコクピットを開き、ハッチ上部からワイヤーを引き出して地面に降りる。
地に足を着けるや否や、ジャック機のコクピットに駆け寄る。
砂に足を取られながらも、白い人物の元へ到着する。連絡用に付けたインカムに、キャリアーから通信が入った。
「―――こちら・・・アー・・・―――・・・発見・・・!」
ノイズが多くて何を言っているのか判らない。慌しい口調から、焦っていることは判った。
通信に耳を傾けながら、目の前の白い人物を助け起こす。
頭を覆っている布を脱がす。その人物の額に浅い裂傷があることが確認できた。
同時に、通信の音声がクリアに聞こえた。アームスの声が耳に届く。
「―――繰り返す、こちらアームス!ジャックの遺体を・・・発見した・・・!」
悲痛な声が聞こえる。そしてあたしは、―――あたしの目には、
ジャック機に乗っていた、知らない子供の顔が映っていた。
*3
ジャック機から救出した子供は、一目見たら女の子のように見えた。
年齢は、ケイと同じか、少し上くらいだろうか。
背中まで伸びる、黒い艶やかな髪。
整った、しかし、あどけない顔立ち。
手足は布の上からでもわかるくらい細く、砂漠か、その近隣の育ちだとしても色白過ぎる。
しかし、この子は男の子だ。同姓同士、異性同士ならではの、何か特有の感覚を覚えたからだ。
それでも、一目見ただけでは判らないだろうし、確証も無いのだけれど。
何にせよ、この子が目を覚ませば、色々と聞くべきことがあるだろう。そう思い、
少年を抱き上げると、あたしは切り離した医療コンテナへと急ぐ。
まずは、頭部の裂傷の治療だ、そして、聞かなければならない。
なぜ、ジャックは死んだのか。
なぜ、あなたがこの機体に乗っているのか。
―――あなたが、ジャックを殺したのか。
*4「ぼく」
一人で砂漠に出るのは、初めてだ。
そう、一人ごちながらも、広がる限りの紅い砂漠を歩き続ける。家が、少しずつ遠くなる。
オアシスの位置は大人達に連れられて何度か行ったことがあるので、場所は知っている。
地下が粘土質の岩盤で出来ている為、この砂漠ではオアシスの位置はそう簡単には変わらないのだ。迷うことはない。
ただ、一人で行ったことが無いだけで。
ふと、顔に焼け付くような熱気を、そして、背中に凍り付くような寒気を感じた。
妙な不快感に、太陽光の眩しさに耐えながら、正面を見据える。
熱気に揺れる陽炎と砂煙の中、突如として、目の前の砂面が山のように盛り上がる。
4メートルほどの山を作っていた砂が途端に崩れ落ち、中から黒い巨躯が姿を現した。
「それ」は蜥蜴のように身体の左右から伸びる前足で大地を踏みしめ、力を込めて砂に埋もれた後ろ半身を引きずり出す。
四脚戦車より一回り大きい「それ」の長く伸びた頭の上下には、顎とも角ともつかぬ突起がある。
そして、「それ」は四肢を使って腹を地面から離し、砂を蹴散らしながらこちらへと歩みだす。
ぼくは、立ちすくんで指一本すら動かせない。比喩などではなく。
近付くにつれ、黒い異形の細部が明らかになる。
筋肉のように隆起した4本の足には頑健そうな爪がならび、蜥蜴というよりは猛禽類のような風貌をしている。
長い尻尾を持つ「それ」は、人間が蜥蜴の真似をしているように、身体を左右に振りながら迫り来る。
息が詰まる。上を見上げることすらできない。
10mを超える大きさの異形が、ぼくの真上を通過する。その巨体は、実際の数倍にも思えた。
ぼくはまだ動けない。身体が岩のように固まりきっている。恐怖のせいだ。呼吸もできない。
数秒後、または数分後だろうか。
間断なく銃声が後方から響き渡る。その音で金縛りから解けたように、ぼくの身体は動くことを思い出す。
ゆっくりと、うしろを振り向く。
―――火柱が上がる。
銃声と、悲鳴。
爆音と、怒号。
全てが混じり、一斉に頭に響く。
地獄絵図の中心には、黒い異形が据えられていた。
建物の天井や壁は崩れ落ち、覗く隙間から瓦礫や怪物に叩き潰される仲間の姿が見えた。
一瞬、彼等と目が合ったような気がして―――でも、顔を背けることは出来なかった。
「ぼくら」の誇りでもあった四脚戦車が、異形の足に押し潰される。
ぼくの日常は、崩れた。
*5「メイル・アストル」
あたしは、正体不明の少年の頭を簡単に洗浄・消毒して包帯を巻き、J−エグザスのコクピットへ運び込む。
実験機というものは、元々複座で設計されている。小柄な子供一人くらいなら、入る余裕もあるだろう。
そう思い、コクピットの後部を色々と探ってみる。試験機には、確かガンナー(砲手)・シートとパイロット(操主)・シートの二つがあるはずだから。
思っていた通りシート後方の壁が外れ、ガンナー・シートが現れる。
現在では使われていないシートに少年を乗せると、シートベルトを締める。
あたしもパイロット・シートに腰を下ろし、一息つく。
―――本当に、この子がジャックを殺したのか。それとも、強硬派の仕業なのか。また、別の要因が在るのか。
思考を巡らせる。だが、答えは見つからない。
呆けているわけにもいかず、仕方なくシートベルトを締めると、少しだけ右ペダルを踏み込む。
機体はゆっくりと立ち上がり、次いで右ペダルを引きながら左ペダルを踏み、機体を反転させる。
そして両スティックを下に倒し、上半身を屈ませると、左スティックを前に突き出し、左手全てのトリガーとボタンを押す。
屈んだ機体は左手を突き出し、医療パックの上部を掴み、持ち上げた。両スティックを上に持ち上げ、機体の上半身を水平に立て直す。
回収を頼もうとアームスを呼び出そうとした時、モニターの隅に黄色の光が点滅する。
調査隊を捜索していた、ミラムーン軍からの通信だ。早速、応える。
「こちらミラムーン軍、ウェブ・ウォート軍曹です。第一期調査隊と思われる残骸を発見致しました」
頭を鼻まですっぽりと覆う灰色のヘッドギアを装着したミラムーン兵の男が、語る。
視界を完全にゴーグルで覆っているのは、ゴーグルに外部映像を投影することで機体とパイロットの齟齬を減らす工夫だという。
そのため、ミラムーン製パンツァー・フレームの動きは、より人間らしい。
そんなことより、通信の内容の方がよほど重要だった。
調査隊が全滅していた。それ自体は予測できていたが、犯人が全く痕跡―――残骸を消さずに逃走したという事実に驚かされた。
とにかく、詳しい話を聞いてみないからには何も掴めない。
「了解。中継点のキャリアーを回収に向かわせます。軍曹達はその場で待機、周囲の警戒を」
了解しました、という軍曹の返事の後に通信を終了し、続いてアームスとの通信回線を開く。
「どうせ聞いてたんでしょ?調査隊の回収に向かって頂戴。こっちは、自力でジャック機をそちらへ運ぶわ」
畳み掛けるように命令し、アームスの返答を待たずに通信を切る。
子供の事を伝え忘れたが、どうせ合流するのだからそれからでも遅くは無いだろう。
―――さて、と。
沸々と湧き上がる感情の全てを押し殺しながら、あたしは友軍のロキと共に、ジャック機の回収作業を始めた。
第五話へ
あとがき
*内容について
「ぼく」の回想と、メイルの主観での話がメインです。
展開を急いだつもりでしたが、やっぱり長々と停滞気味です。
*用語について
・家
今回登場の「家」は、普通の民家ではなく、主人公の一人である「ぼく」が住んでいる建物のこと。
また、メイル達アルサレア、ヴァリム、ミラムーン共同部隊が調査に向かった謎の戦闘現場。
・オアシス
よくTVや漫画などである、砂漠に突如現れる周囲に木の生えた巨大な湖など。
幾つかの地下水脈が互いに繋がっており、粘土状の地下を循環することで水の腐敗はとても緩やかになっている。
サーリットンでも、オアシスを中心に、独自の生態系を持った水生生物、両生類、爬虫類などが棲んでいる。
*サーリットンが粘土質な地形というのは、作者の(勝手な)捏造です。
・M61A1
F−104戦闘機を始めとして、幅広い戦闘機に搭載されている機関銃。いわゆるバルカン砲。
機関銃の中でのベストセラーを誇り、分間4000〜6000発の弾丸を発射する。
1957年に開発され、およそ50年間(本小説中では1000年以上もの間)現役で運用されるほど高性能。
銃身を半分の1mに切り詰め、歩兵用に再開発された「M134−20mmミニガン」と呼ばれる武器もある。
小説中では、ヴァーミンの左右に装備されている。
・陸式拳銃
開発名称は「南部式大型自動拳銃−乙」。
日露戦争時に旧日本軍が開発した、骨董品とも言える拳銃。
専用のライフルストックを用いることで狙撃も可能だが、
射程の短さと装弾数の少なさ、口径が小さいことによる殺傷性の低さ、
製造コストの高さなどの欠点が目立った所為で少数が一部将校に販売されたのみとなった。
改良を加えられた正式採用版の方を一般的に「陸式拳銃」と呼ぶ。
口径8mm、射程500m。重量945g。
・155mm滑腔砲
滑腔砲というのは、ライフリング(拳銃などの銃身の中にある、螺旋状の構造)を持たない砲のこと。
通常はライフリングを用いて丸い砲弾を高速回転させながら飛ばす「火砲」が一般的だが、
滑腔砲は細長い砲弾に小さな羽根をつけて、回転させることなく砲弾を安定させて飛ばす方式の砲。
新型のものになると、コンピュータ制御によって発射された砲の向きを自動補正するタイプもある。
威力には優れるが射程は火砲に及ばず、現在では近接砲撃型戦車以外には搭載されていない。
ヴァーミンは本作中では電磁誘導方式で砲弾を発射するため、余計なガスや火薬を用いない滑腔砲方式の主砲を採用している。
*人物について
「ぼく」 13歳 男性
髪色:黒 瞳:黒
「家」と呼ばれる施設で生活していた少年。本編の主人公の一人。
伸ばした髪など中性的な外見をしているが、それは本人の尊敬する「ある人」を真似たもの。
生まれてから文字を学ぶことが無かった為、銃火器の名称や数字などの一部を除き、読み書きが出来ない。
絵は全然駄目なので、未だ無い挿絵ではどう見えているか・・・。
ウェブ・ウォート 21歳 男性
髪色:金 瞳:灰青
脇役です。
元々ビッチ・ヤードリ(原作登場)傘下の部隊に所属していたが、利益と保身に走るヤードリとベルドリッチを見限り、
アルサレア側へと付いた。という設定とかも何気に作ってありますが、
脇役です。
階級は軍曹ですが、ミラムーンの階級章は公式に存在しませんので、階級章の形は現在は不明です。
*機体について
ヴァーミン
ヴァリム共和国軍が保有する四脚歩行戦車。
地形を選ばない柔軟性に富んだ戦闘が可能で、アルサレア戦役の初期では高い戦果を挙げた。
戦争中盤にPFが戦場に投入されるようになってからは徐々に活躍の場を失い、生産量も減少した。
現在では、比較的安全な用地防衛に回されているほか、PFが投入されていない未開地域での戦闘に使われる。
今回登場したのは、アニメ「LIPS小隊」第一話に登場する昆虫型で、
戦争後期に生産されたタイプ。
武装バギー
アルサレア製旧式バギー。
見た目はアメリカ製自走対空機銃「M16 スカイクリーナー」という
キャタピラ付き軍用車両と同じです。
余談ですが、「スカイクリーナー」という名称は自衛隊の対空戦車やEUの50mm機関銃座など、幅広く使われています。
怪物・四足型
第2話と同じものかは秘密です。
ほとんど見た目は同じですが、4本足で歩き、胸部・腰部の装甲板はありません。
J−エグザス 解説その2
原作「コバルト小隊篇」にて登場の、極地戦闘型PF「ツインファング」のパーツを組み直した試作PF。
武装のコンセプトが「重機動・重破壊」だったツインファングに対し、こちらは
ECM(電子攻撃兵器)・ECCM(対電子攻撃兵器)と各種バックパックを備えた支援機となっている。
(因みにECMはES、ECCMはEPと呼称されることもある)
形式番号に「X」が振られているのは、正式採用されればそのまま実戦配備、実用に耐えなければ欠番とするため。
また、これら試作PFには操縦席が二つ備わっており、どちらからでも機体を操縦できるようになっている。
アサルトナイフ 解説
前回(第二話)の解説の追記です。
ナイフに使われている成型炸薬はC4爆弾等に使われるプラスチック・タイプのもので、
専用の雷管による電気信号を用いなければ爆発しません。
とはいえ雷管自体の耐熱温度にも限界がありますので、作中の爆弾は「Jナイト(アニメ版LIPSに登場、惑星J特有の耐熱・耐衝撃に優れた素材)」
で作られた断熱材で覆われているものがナイフに仕込まれています。
雷管を用いずとも、マグネシウムを含んで酸素の少ない空間でも着火可能な導火線を搭載しているので、5秒後には強制的に誘爆させることもできます。
*レビさん、踊る風さん、ナイトメアさんから世界情勢の話を受けて、今まで戦後の話をすっぽかしていることに気付きました!
どう入れたらいいものか悩んでおりますが、次回でおおまかに補完できるようにします。
次回は原作版から、「ある人物」が登場します。
恐らく、何人かは「誰それ?」と思うような人です。
管理人より
鵺さんより第四話をご投稿頂きました!
怪物の強襲……機械ではないのだから尚更驚いたでしょうね(汗)
世界情勢については、コバルト編の後の時代なら補足した方が良いですね。もちろんそれ以前でも補足はした方が良いのでしょうけど、コバルト以後だと完全オリジナルになりますから。