*0


 西暦 3055年

 聖暦   26年
 





 ILLEGAL「イリーガル」
 【不法】【違法の】【非合法の】の意。

 または、非合法な組織員のこと。









 *1「ぼく」


 ―――のどがかわいた。
 ―――あしがいたい。
そんな感覚が今、「ぼく」を支配している。
いや、むしろ「ぼく」の頭の中を、の方が正しいかもしれない。
なぜなら、今ぼくの体は頭をぐるぐると廻る感覚とは関わりなく、歩き続けているのだから。

 ここが何処なのかは―――わからない。
 一面に赤みを帯びた砂漠が広がっていて、さっきまで歩いていたハズの足跡も、風で流れる砂で見えなくなっている。
 何処から来たのかはわかるが、今更帰る気もない。そもそも来た道がわからなくなったので、帰ることなど出来ない。

 何回太陽が昇って、沈んだのか。それも5回目ほどで数えることはやめた。
 
 ―――今はそんなことより、「アレ」から離れないといけない。
そう、体が告げている。





 *2「俺」


 ―――頭が痛む。
 ―――吐き気を催す。
そんな感覚が今、「俺」を支配している。
いや、むしろ「俺」の頭の中を、の方が正しいのかもしれない。
何故なら、今俺の体は思考とは関わりなく生きるための「戦い」を強制させられているのだから。

 「くそっ」
俺は小さく悪態を付きながら、痛みと吐き気を紛らわせるために正面の「敵」を注視する。

 目の前にいるモノは何かは―――わからない。
ただ、それが敵であることしか。
本来ならこんなことにはならなかったハズだ。と考えながら手元のスティックと足のペダルを操作する。

 右手のスティックを上に傾けるように力を加え、軽く引くと、
俺の視界に巨大な鋼の腕と、その手に握られた巨大な短機関銃が姿を現す。

 両足のペダルを踏み込むと、ごぅっと音がして地面よりも高い視点にある俺の体が動き出す。
いや、俺の乗る「人型の機械」が、背中から人間二人分ほどの大きさの、二つの蒼い炎を吐きながら前に進んでいるのだ。
 
 ―――今はとにかく、目の前の「アレ」を始末しなければならない。
そう、体が告げている。





 *3「ぼく」


 あれからどれだけ歩いただろうか。
また何度か太陽が昇って、沈んだ。再び数え始めてから3回目くらいだったろうか。

 ―――そんなことより、休みたい。
 今までとは別の、眠いとかおなかがすいたとかいった感覚が頭に入ってくる。
それまで飲んでいた水は、既にない。
食べ物はあるが、乾燥した保存食なので水がなければ食べられたものじゃない。

視界がぼんやりとしてきたのは、おそらく体が限界に近いせいだ、と思う。
紅い砂に覆われているハズの地面に、青や白といった色が映える。
 こんなときはありもしないものが見えてくる、と誰かから聞いたような気がする。
 ―――だとすれば、今目の前にあるモノも、「ありもしないもの」なのだろうか。





 *4


 ヒトが、死んでいる。
いや、以前はヒトだった死体が、そこにある。
 何が起こったのかなど知らない。
ただ、その男の体にはほとんど傷はなく、どこか高い所から落ちたように、
首が「ありもしない」方向に捻れている。
 
 ・・・・・・高い、ところ?

 思って、上を見上げる。
 上空には、眩しい太陽。

その太陽を半分ほど遮るように、巨大な影がこちらを見下ろしている。
 日光を反射して、その影の輪郭はキラキラと光っており、巨大な膝の上に腕を置き、反対の膝を折り曲げ、
さながら目の前の死体に忠誠を誓うかのように屈み込んでいる。

 蒼い双眸には光が無く、大きく張り出した胸部は上下に開いている。
右肩には四角い装甲板が被さっているが、左肩は焼けたような色をしていて、四角い装甲はひしゃげている。
全身が銀色とまばゆい赤で包まれたその体躯は、おとぎ話の騎士のようでもあった。
頭部の左側についているアンテナ状の2本線が騎士の羽飾りを彷彿とさせたこともあって、
よけいにその姿を騎士めいたものに見せていた。

 おそらく、目の前のヒトはあの胸の開いたところから落ちたのだろう、と想像してみる。
そしてぼくは、この巨人を知っている。




 ―――パンツァー・フレーム。
 今や、戦争の代名詞とでもいうべき、機械の歩兵。



Jファーカスタム






 *5


 少し考えて、ぼくはこのパンツァー・フレームに乗ることを考えた。
どうせ中にいた人は死んでいる。ならこの中で休むか、動けばもらってしまおうとも考えた。
 巨人の足、次に腕を伝って胸まで必死で這い登り、胸部の上蓋を掴んで中に滑り込む。
蓋の閉じ方は知らなかったが、幸い、中に入る際にどこかに当たったらしく、勝手に閉じた。

 中は薄く光っており、中の様子がかろうじてわかる。
あちこちに文字らしきものが書いてあるが、何て書いてあるのかさっぱりわからない。
 そもそも文字なんて銃や食べ物の入った箱に刻まれたものぐらいしか見たことがないし、
意味なんか知らなくても今まで生きてこれたのだから。





 *6


 とりあえず銃にも刻まれていた「AUTO」と書かれたスイッチを押してみる。
もしかしたら、こうすれば銃が撃てるようにこの巨人も動くかもしれない、と思ったからだ。



 『48時間以内の稼動因子の搭乗を確認。待機モード解除』
 と、抑揚のない女性の声が聞こえた。
周囲のガラスが張られた部分に、今までよりも強く光が灯る。
幾つもの赤や青の小さなランプが明滅し、次いで内部に明かりが灯る。
今まで分かり辛かった内部が照らされ、そこで落ち着いて中央のシートに腰掛けることにする。

 『32時間45分前に本機はアンノウンの接触、これをα1と認定―――』
相変わらず抑揚のない平坦な声は話を続ける。
 何か言おうと思ったところでのどが乾いてうまく話せないことに気付き、あたりを見回して
シートの脇に置かれた飲料水らしきもののボトルを手に取る。

 『―――30時間17分前にα1との交戦により機体中破、パイロットであるジャック―――』
ほとんど話を聞かず、ぼくはボトルに付いている細いチューブに口をつけ、のどの奥に流し込む。
冷たくも、味もない不味い飲み物だったが、すぐに飲み干した。

 腰に着けた小袋から黄色い乾燥食品を取り出し、口に含む。
檸檬の果肉を砂糖に漬けて乾燥させただけの粗末な携行食糧だが、無いよりマシだ。

 甘酸っぱい果肉を噛み潰し、潤った舌で味わう。
酸味の刺激で、暑さでぼやけていた思考を整える。

 『―――29時間26分前にα1は探知圏外へ離脱、以降、本機は待機モードに―――』
話は終わりそうだったが、返答するのかどうかもわからないこの相手に、一刻も早く
聞きたいことがあったので、言葉を遮るように話しかける。

 「そんなことはどうでもいい。それよりコイツは動くのか?」

 『―――』
機械の音声が止まる。
一方的にしか話せないのか、と思った。
 だが、一瞬の間の後、

 『ええ、勿論』
と、極めて人間らしく、どこか冷たい笑みを含んだ機械の声が聞こえた。





 *7


 『ええ、勿論』
この声を聞いて、正直に驚いた。
機械的な音声だったので、機械に録音された声を繋いで話しているだけだと思っていたからだ。

 『操作マニュアルを確認しますか?』
再び抑揚のない音声が響く。
さっきの声を聞いた今となっては、ただこちらを馬鹿にするようにしか聞こえない。

 「ああ」
と適当に返事をした後、新しく浮かんできた疑問を口にする。
 おまえはどこにいる、ただ喋る機械とかじゃなくて人間なんだろう、と。

 だが、また意外な返事が帰ってくる。

 『いいえ。私は本機のナビゲータ・ソフトの一つに過ぎません』
 と。また、抑揚の付いた人間らしい口調で。

 ・・・・・・ナビゲータ・ソフト。よくわからないが、つまり自分は機械だと言い張っている。
信じたくはないが、とりあえずそんなことよりここから違う場所へ移動するのが先決だと思い立つ。

 「で、コレはどうやって動かすんだ」
 話を戻す。

 『先ずは両足を、シート下のフットペダルに装着して下さい。そして、両手のコントロール・レバーを―――』

 とりあえず、目の前の画面に映る絵入りのマニュアルとやらを参照しながら、音声の指示に従うことにする。
―――字は読めないし、何か、釈然としないけど。





 *8


 足元には二つのペダル。
ベルトで足を固定するようになっていて、ベルトに足を通して締める。
手を左右にあるレバーのようなものに置き、5本の指に対応したボタンに指を重ねる。

 移動は左右のペダル操作で行う。右のペダルを踏み込めば前進、引けば後退。
右を倒して左を引けば左旋回、左を踏み込めばジャンプと上昇、引けばしゃがみと急降下。両足を踏み込む、引くでブーストでの前後移動を行う、といった寸法になっている。
そしてフットペダルは左右にスライドする様になっており、左右のスライドに対応して足の左右への開脚や壁に沿って歩く
「蟹歩き」や平行ブースト移動が可能になっている。

 手のスイッチは人差し指のトリガーが火器使用、親指の二つのボタンはロック・オンや武装のシステム変更。
残りの指三つ分が腕部の火器管制システムの切り替えや作業状態での各指の動きに対応している。
手首あたりのボール状の部分で細かい手動照準や作業の際の手首の動きを行う。

 腕はレバーを直接動かすことで左右に追従した動きをとる。両腕を同時に動かすことで上下左右の腰のスイング機構が働き、
腕の動きに無理がないようになっている。

 戦闘/作業モードの切り替えやセンサーの操作はレバー横のコンソール・キーか、スティックの親指をずらし、トリガーの脇に付いている
セレクター・レバーを切り替えて操作する。
そのほか、ぼくは細かい操作説明を終始聞き続けた。





 *9


 そうしてたっぷり20分ほど、この機体の操作説明を受け続け、足をペダルに軽く載せた状態で、正面のガラス―――メインモニターを眺める。
我ながらよくこんなにも長い間おとなしく聞いていたものだ、と感心しながら、赤い砂漠をゆっくりと見下ろす。
と、機体の足元で、見つけたときのままの格好で転がっている死体が目に留まった。

 機体は屈んでいるので地面との距離は5メートルほど離れているが、ぼくにはその死体の
短く切りまとめられた黒髪と、半分開いたままの黒い虚ろな瞳が赤い砂にまみれていくのがよく
判った。手足は既に砂の中に沈んでいる。

 「―――」
 生者と死者は平等に扱われる、と教えてくれた人の言葉を思い出し、先ほど習った通りに機体を操作する。
そして巨大な掌を地面に着き、上半身を地面と水平になるように起こす。

 上体を起こす動作に多少手こずった後、コンソールの「OPEN/CLOSE」キーを押し、胸部の蓋―――コクピット・ハッチを開放して
コクピット内部にあった軽作業用のシャベルを掴み取り、ハッチ上部のワイヤー付きの取っ手を引っ張り出して、足を取っ手に引っ掛ける。
 その後足元に体重を移してハッチから体を離すと、足を載せた取っ手とワイヤーを掴む手だけを頼りに、体がゆっくりと地面に向かって降りていく。
 
 数十分ぶりに下界に降り立ち、ぼくはシャベルを使って死体の横に大人一人は入るくらいの広い穴を掘り始めた。
せめて彼を埋葬する。それが、ぼくにとって、この機体を貰うための最低限の礼儀だと思ったからだ。

 珠のような汗をかきながら穴を掘り終えると、死体の服を引っ張って穴の中に静かに仰向けに寝かせる。
死後硬直していたため、倒れこんだ姿勢のままの少々情けない姿だったが、仕方がない。
そして、コクピット内部にあった顔写真のついたカードのようなものを死体の胸ポケットに押し込んだ。

 もし彼がこの先見つかっても、身分を明かすものが無いと、誰なのかわからないままというのは、
本人にとってもひどく辛いものじゃないかと思ったから。


 胸ポケットにカードを押し込む時、死体が首に下げている金属板が目に入った。
よくわからない文字と黒い縦線が何本も入った銀色のその金属板も、おそらくは彼の素性を明かす
ものの一つなのだろうと思い、首後ろの留め金を外して手にとってみる。

 この機体はこの死体の人物のものだった、という証拠が要るだろうと短絡的に考え、
カードと引き換えにその金属板を貰うことにした。





 *10


 死体を埋葬した後、シャベルを死体を埋めた上に突き立て、再びワイヤーを使って機体に乗り込む。

 どのみち数日もしないうちにシャベルもろとも砂に埋もれてしまうだろうが、少しでも人目につきやすい方が
発見されやすいだろうなどと考えながら、右のペダルをゆっくりと踏む。

 機体が前進する前段階として足を動かし、機体をゆっくりと立ち上げる。
そのまま立ち上がって両足を揃えるまでペダルを軽く踏み続けた後、音声の指示に従って
各部のチェックを始める。

 『頭部各種センサー・・・異常なし

  左肩アクチュエーター・・・破損、損傷度・中

  WCS・・・動作良好。武装確認をしますか?』

 「ああ、頼む」
 チェックといっても、ほとんどはこの「自称」機械が勝手にやってくれるらしく、
たまに行う質問に答える形式で進んでいく。

 『右腕部80mmS-マシンガン紛失、左腕部非武装。肩部ウイング大破によりパージ。
  現在使用可能な武装は胸下部煙幕弾2門、胸部12.7mm対人機関砲2門、右腕部内臓式突撃短刀(アサルトナイフ)です』

 「それだけで十分。どうせ戦う気なんか・・・」
 言い掛けたところで、ピー・ピー・ピー、と高い機械音が響いた。

 『アンノウン補足。33時間28分前に接触したものと同一と判断、α1確認』





 *11


 『α1確認』
 この声を聞いて、ぼくは苛立ちを覚えた。

 (―――α1。この機体を壊したヤツか・・・)
 こんな状態で戦いなんか御免だ、と思い、円形レーダーに映った方角に機体を向けた状態で
後退を始める。これなら、相手が動きを見せても十分に避けられるハズだ。

 右足のペダルを少しずつ力を入れながら持ち上げ、それにあわせて機体も徐々に歩を早める。
数瞬後、砂嵐の向こう側にα1の姿が見え始める。

 機体を後ろ向きに走らせている状態のままで、ぼくはそれを注視する。

 ―――ずんぐりとした黒い体躯。
胸のあたりに蒼白い装甲板が見えるが、それ以外のほとんどはゴムのような黒い物体で出来ている。
その姿はパンツァー・フレームというよりは、生物のように見える。

 首のあたりから丸い頭が伸び、その先には紅い眼を二つ覗かせている。
足元は鳥のように、それにしてはあまりにも太い3本の爪を持ち、手元は丸いボールのような手から
4本のうねる長い指らしきモノが確認できた。

 なんだ、こいつは。
なんて普通なら言うような言葉は言わない。
ぼくはコイツを知っている。

 コイツは・・・・・・


・・・コイツは、ぼくの仲間を、殺した。











 第二話へ続く



 




 あとがき

*内容について
 某サイトで連載していた小説だったのですが、サイトが消失してしまいましたので
こちらに投稿させて戴きました。
前回だらだらと長く書き連ねてしまった反省を元に、修正しました。

 小説のコンセプトは「いかに情景を細かく、泥臭い話にするか」と、
 「自分にできないことはやらない」です。
故にカッコよさは追求してません。というかできません。


*機体について

J−ファーカスタム ジャック機「J-farCustom」
全高:10.8m
基本構成は、通常のJ−ファーカスタムと同型で、頭部のみ、
右側のアンテナが二本線の別タイプとなっている。
フレーム開発をジャポネクル社(ヴァリム)が担当しており、形式番号は
「JN−JF03CX」と、アルサレアとジャポネクル社の二種の
形式の付け方を混ぜ合わせた、長い名称となっている。
「JN」はジャポネクル製、「JF03C」は
「J−ファーカスタム」、「X」はアルサレア側での試験機の意味を示す。
性能水準は一般機を下回り、反応速度、瞬間加速性能(最高速は劣る)、装甲厚、通信機能
以外では通常のJ−ファーより劣っている。
女性タイプの会話型ナビゲーションシステムを搭載しており、言語能力に特化している。

怪物
全高およそ12m(変動する)
正体不明、機械というよりは生物に近いシルエットをしている。
全身は筋肉の塊のような形状で、色は黒。
胸部と腰部にJ−ファーD型のフレームが被さっている。



PFの操縦方法は、色々な作品を参考にしながら、基本操縦を考えました。
作中で「そのほか」と書いているのは、この話でまとめて書いていると1話まるまる操縦講座になってしまいそうでしたので。
他の話に所々書くか、もしくは一話、別に操縦方法のみを列挙した話を作ろうと思います。

次回は戦闘もあるかもしれないです。



 


 管理人より

 鵺さんよりご投稿頂きました!

 遭遇編という感じで、細かい事までしっかり描かれていて良かったです!

 しかし、この怪物とは一体……
 


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