機甲兵団J-PHOENIX

<Twin Devils and Flame>





 

 始まり……

 そのきっかけは至って単純、戦闘だった。

 相手が誰かもわからないで戦って、どちらも死ぬことなく生き残った。

 

 そして、どちらも生き残ったことがもう一つの始まりへと続いていた…………



 

 Stage01 〜Light A Fire〜









 

 森の中を4機のPFが進み行く。そのうち3機はアルサレア軍のPFである証に、盾のデザインの施されたエンブレムが肩にある。

 指揮官機らしき機体が歩みを止めアルサレア部下の二人に合図を送ると、それを確認した2機はそれぞれ指揮官機を中心に離れていく。

 だがその間にも残った軍のものではないPFは指揮官が止まったことを気にもせずに先へ進んでいた。

 彼らルーク小隊の今回の作戦内容は偵察任務。敵拠点を調べることが第一目的だが、万一敵に見つかった場合は変更して拠点の制圧となる可能性もある。とは言えあくまで偵察が目的なので慎重にいく必要があった。だがエンはそんなことお構いなしに進んでいく。

『インフェルノ、先行しすぎだ。それでは敵に発見されるおそれがある、下がれ』

 ルークが秘匿回線を用いてエンに命令するが、彼は雇い主の言葉に耳を貸さずそのまま進み――

『おい、インフェルノ! 止まれ! それ以上近付けば……』

 ――敵拠点のレーダーに捕まり、警報を鳴らした。

 あまりの身勝手な行動に業を煮やし、敵に聞こえる可能性があるのを無視してネルがエンを怒鳴りつける。

『なっ!? 何をやっているんだ貴様はっ!! 我々の任務は偵察だと言っただろうが!! それを――』

『黙れ』

 決して大きな声ではなかった。ネルの声に比べれば吐息ほどの大きさでしかなかっただろう。

 しかしネルはそれ以上何も言えなくなる。その一言に込められた殺意が、ネルの喉を凍らせる。

『お前らの任務なんて知ったことじゃない。俺が受けた仕事の内容は、そこの破壊と敵の撃滅だ。偵察をしていたければ好きにしろ。俺は俺の仕事をするだけだ』

 それだけ言うと彼はレーダーに映る光点に向かってブーストを噴かして駆けていった。



 

 すでに目視で確認することが難しいほど離れたところにある彼のPFを見つめながらキリは不審に思う。なぜ任務の異なるもの、それも決して同時に達成することのできないほどの違いのあるものを行わせるのか?

『…………隊長、どういう事でしょう?』

 不安げな面持ちで尋ねるキリにルークは自らの思考にふけっており何の反応も見せてくれない。

『まあ、考えれることはいくつかあるわね』

『先輩?』

『キリ、あんたも人に聞くばかりじゃなく自分で考えるようにしなさい。
 例えば、向こうとこっちの命令伝達にミスがあったとか。アレが本当は偵察任務を受けているのにもかかわらずそれを無視して破壊しようとしてるとか……。色々あるでしょ?』

『……いや』

いままで黙っていたルークが口を開く。

『えっ?』

『違う、そうじゃない。
 インフェルノ(ヤツ)に下った依頼は奴の言ったとおりだろう』

『隊長?』

『話は後だ。
 どのみち偵察は失敗した。ルーク小隊はこれより帰還する』
 

 ルークは部下達に残る疑問を解消することなく目的地から背を向けて歩き出した。キリ達もそこに残るわけにもいかずルークに続くがやはりその顔――特にキリ――には不満が色濃く残っていた。

『…………お前たちは、アレが何故インフェルノと呼ばれるか知っているか?』

 モニターに映るその表情に耐えられなくなったのか、ルークはため息をひとつついてから二人に問いかける。

 とはいえ突如関係のなさそうな話をしだすルークに二人は(いぶか)しげな顔をするだけで何も答えることはできなかった。

 だが最初から答えることを期待していなかったのか、ルークはそのまま話を続けた――――

 

『いまから数年前、PFが戦場にあることがようやく一般的になった頃だ。――』

 懐かしむとも苦しむともとれる遠い目をしてルークは語りだす。二人に対してというよりは己に対して。

『当時、私は軍に入って間もない新人であったがPFの操縦技術が他の者よりもやや優れていたため、ある作戦においてPFに乗って出撃することが許された。
 その作戦は前線の拠点奪還、PFを駆って前線で戦うなど兵士の花形だ。いまの私が見ればみっともないと思うほど浮かれていたよ。「新人である自分が先輩方を差し置いてパイロットになれた!」とな。当然先輩方からすれば面白くないわけなのだから嫉妬のこもった目で睨まれた。だがそんな中にもただ純粋に祝ってくれた人もいた。
 そんな人たちに見送られて私は戦場に向かった。なにせ初陣だ、体は緊張と興奮で震えていたよ。そんな私に声をかけてくれたのは部隊の隊長だった。優秀な人だった。尊敬する人だった。私の、目標だった……。
 だが隊長は戦闘が始まると同時に単身敵軍に特攻した傭兵を助けるためにその傭兵の元に向かい、殺された……』

『……その傭兵がインフェルノ(アレ)ですか?』

『そうだ。だがなキリ、隊長はヴァリムに殺されたのではない』

『は?』

 なら誰に? そう聞こうとしたキリはその舌を止めた。モニターに映るルークの顔、そこには普段は決して見ることのない、明らかな憎しみが浮かんでいた。
 ヴァリムではないのなら残ったのはアルサレアと雇った傭兵。スパイなどであったのなら話は別だがアルサレアであるはずがないだろう。

 なら、残ったのは傭兵。インフェルノ以外にありえない。

『なぜヤツはそんなことを?』

『わからんよ。私は人間であって化物でないのだから人外の(あんな)モノのことなど理解できない』

 口調こそ荒げていないものの、理解したくも無いといわんがばかりにネルの質問を切り捨てルークは話を続ける。

『当然のことながら仲間を殺されて隊の(みな)は平気でいられるはずもなく、インフェルノに向かっていった。
 全員が全員一斉射撃を始め、まさに逃げ場がない銃撃、原型さえ留めることのできないほどの攻撃だった。にもかかわらず土煙の晴れた後には無傷で立っているインフェルノのPFと原形さえとどめていない何かの鉄塊
 ……冷静になってみれば誰にだって分かることだ。避けることができないなら避けなければいい、ただ単に近くにあるものを盾にして防げばいいだけのことなのだと……!』

 その近くにあったものが何であるかなど誰も聞く気になれない、聞くまでもない。インフェルノは彼をその手に持つ武器で貫いたのだ、ならば最も近くにいたのは彼だったものに他ならない……。

『その後の光景は凄惨なものだったよ。アルサレア、ヴァリム両軍がたった一機に向かって攻撃を始めた。
 あれは間違ってもPF一機に対して行うようなものではない、当時はまだいなかったが最低限ギガンティックフレームに対してするべきほどのものだった……だがそれよりも恐ろしいのはそんな攻撃をすべて躱して見せたインフェルノだ。奴は両軍合わせて40近くものPFを相手にしてただの一撃も受けることなく皆殺しに……』

『あの、隊長……ちょっといいですか? 何でヴァリムの奴等までインフェルノに集中攻撃なんて仕掛けてきたんでしょう。
 僕なら敵が仲間割れなんてしてたら、敵一機に対してじゃなくて広範囲にわたって効果のあるような攻撃をしますよ』

 キリのいうことも当然だ。ヴァリムからしてみればわざわざ仲間割れを引き起こした張本人であるエンを狙う必要などない。むしろ、さらにアルサレアに被害をもたらしてくれることを期待し、エンは後回しにして他のPFを狙うべきだろう。

『それはヤツが実際に戦うところを見たことがないから言えることだな。ヤツを前にしたら他の者などどうでも良くなる。まず何よりもヤツを倒さねばならない、誰だってそんな気になる程の殺気を受けては冷静さを欠いて当然なんだ』

『それは……隊長もですか?』

 なぜかそんなことを聞いてみた。それは、ルーク本人がそこまで言う程のものを相手にしながら生き延びて見せた事に対する疑問だろうか。
 両軍ともに皆殺しにしたと言っているのにもかかわらず生きていることに対する疑問。

『私だって冷静でいられることはできなかったさ。冷静であったなら私もインフェルノに向かって攻撃を仕掛け殺されていただろう。
 私が生きているのはなキリ、ただひたすらに恐怖にとらわれ動くことができなかったからだよ』

 笑える話だろう。そう言うルークは自嘲に顔を歪めている。

『動かなかった。私がしたことは何もない。だからインフェルノと同じ作戦についていながら私は生き残ることができた。
 ……話が逸れてきたな。私が言いたかったのはヤツがインフェルノと呼ばれるようになった由来は、地獄の業火(ヘルファイアを使わずにそれと同じ結果をもたらすものだから地獄の業火(インフェルノ)
 そして、我々の任務が敵拠点の破壊ではなく偵察なだけなのは――』

『インフェルノの巻き添えにならないため。ですね』

『……そういうことだ』

 エンと彼らの任務の違い、その謎が解けるとすぐ近くでわずかな殺気が生じた。

『――――なんですか、それ……?』

『キリ?』

 殺気の元はキリからだった。普段から温厚な彼からは想像できない、押し殺した怒りを含んだ声にネルが反応する。

『なんですかそれ? それって別に僕たちがいてもいなくてもいいってことでしょう? いなくてもいいのに何でわざわざインフェルノ(あんなの)の近くにいて命を危険に(さら)さなきゃいけないんですか!?』

『キリ……それは――』

『“軍の人間が作戦に参加しているという事実によって、インフェルノがそれをしたということを知られないようにするため”ですか?
 軍としては化物(インフェルノ)の力を借りて作戦を成功させたということにはしたくない。だから同じ作戦に軍の人間をつけることによって軍がその作戦を成功させたことにする。そりゃそうですよね、「味方殺しの傭兵の力を借りています」なんてとても公にできるようなことじゃないんですから』

『キリ……!』

『ふざけないでくださいよ!! 僕たちにだって命はあるんですよ! 軍の存亡をかけているならわかります、多大な影響を及ぼすなら仕方のないことです。でもたかだか見栄のために、何で懸けなくてもいい命を懸けなくちゃいけないんですか!!?』

『キリっ!!』

 部隊の隊長であるルークの一喝にもキリの叫びは止むことはない。

『上の連中は戦場で死ぬ兵達のことを数字でしか知らないんだ!! 兵士達が戦場という場所でどれだけの苦しみや恐怖を味わってるのかを考えもせずに……!!』

『その辺にしなさいキリ。
 我々は軍人だ。上の命令にはどんなことであろうと従わなければならない。それにこれは見栄の問題ではない“味方殺しの傭兵”なんてものを使っていると知ったら、ほとんどの者は戦意を失くすでしょう。いつか来るだろうヴァリムとの大戦に備え、そんな憂いは可能な限り消しておかなければならず、またそれまでの被害は抑え時間さえも極力節約するべきなのよ』

『でも、でも納得いかないですよ! そのためなら兵士の命は道具でしかないんですか!? 人を人として見ないんなら、それは化物とおんなじじゃないですか……!』

『……キリ、確かに「人の命を数字で見るようになったら終わりだ」そう言う奴もいる。だがな、自分の命令一つで何十人、何百人の命を消さなくてはならない立場の者は命を数字で見なければ心が耐えられないんだ。
 もし数字で見ずにその一つ一つの命が散るのを認識して心が壊れないでいられるなら、それこそもう人でないのかもしれないな…………』

『…………僕には、わかりません…………』

『今すぐにわかる必要はない。ただせめて覚えておいてくれ。誰も好き好んで兵を危険に晒しているわけではないということを』

 それ以降彼らは言葉を交わすことなく自らの基地へと帰っていった。基地で彼らを待っていたのはインフェルノがいないことに対する安堵と、偵察を失敗しながらも無傷で帰還することに成功した“不名誉な名誉”であった…………。









 

 時はエンが警報をかき鳴らしたときまで(さかのぼ)る。

 基地の警報が鳴り響いたときここの護衛任務についていた3人は顔を見合わせた。

 ここはヴァリムでの知るものの少ないこの拠点、敵襲など本来来るはずがないのだ。

 あと僅かでここで造っているものが完成し、彼らは何事も無く初任務を終了させることができるはずだった。

 だが現実に自分達が護衛する拠点に敵襲が来ている。ならば任務は遂行しなければならない。

 頭を切り替えると彼らの行動は早かった。士官学校を卒業したての新米とはいえ、3人が3人とも優秀な成績を納めたエリート達だ。一切の無駄なく彼らの乗るロキの出撃準備を終え、敵の迎撃に飛び出していった。

 しかし、彼らの頭の中にあるのはこれから起こる初陣のことよりも後ろから突き刺さる視線の元。それから感じる恐怖から逃れることに多くの割合を占められていた。





 

 目的の拠点の前に向かっているのはエンのPF1機のみ。ルーク小隊の面々は帰還したのだから当然といえば当然だ。

 拠点の前に立ちはだかる3機のロキを目視で確認し、エンはさらにスピードを上げる。

 ヴァリムの兵士達もエンの姿を確認したようで攻撃態勢を整える。ロキ3機が一斉に銃を構え、射程距離に入ると同時に銃弾を放ってくるがエンはたいした回避運動もせずに中央のロキの懐に入り、一刀両断にする。

 次の獲物にかかろうと左を見れば、仲間が射線上にいるのにもかかわらずサブマシンガンを乱射してくる。その攻撃をやすやすとかわし、エンは敵の状態を分析する。

(……この取り乱しよう、動きの固さ……おそらく初陣。目の前で仲間が殺されるのを見たこともないだろう)

 たいしたことない、どころじゃない。

 

 相手にならない。

 

 仲間に攻撃され錯乱したもう片方のロキは銃弾が当たるのもかまわず突っ込んでくる。その直線上に自分の仲間がいることにすら気付かずに。

『うわああああぁぁっ!!!』

 何も考えずに突っ込んでくる攻撃など、恐れるに足らない。後ろのロキを飛び越え、着地し、その結果を見据える。

 仲間のコクピットを攻撃してしまったパイロットは――混乱しているのだろう――まったく動いていない。
 
 コクピットをカタナに貫かれたロキが崩れ落ち、その影から現れたロキに銃口を突きつける。

「さよなら」

 それがエリートとしての道を進むはずだったものが聞いた、最後の言葉だった……。









 

 紅紫のシンザンの中でエンが3機のロキを倒すのを一部始終見て、マイは顔に獰猛な笑みを浮かべた。久しぶりに楽しい戦いになりそうだ、と。彼女は自らの存在を教えるためにからかい混じりに拍手をする。

『お見事、やるねえあんた』

 ロキの動力の停止を確認していたエンが振り返る。そこにいるのは紫紺と紅紫、2機のシンザン。彼が今までその存在に気付かなかったのは動力を切っていたからだろう。だからさっきまでレーダーに反応がなかった。

『ロキ3機相手にかかった時間はたった5秒。軍の人間でもそこまでやる奴は片手で数えられるほどしかいないんじゃないか?』

 拍手を止めたマイの視線がエンの足元に転がる残骸に向かう。さっきとは打って変わって実につまらなそうな目でそれを見てエンに視線を戻す。

『マイ、お喋りはそこまでよ。あれを撃破するわ』

『あいよ。さーて、楽しませてくれよ?』

 2機のシンザンが動き出す。指揮官クラスである二人のシンザンはカスタマイズされていて、通常のシンザンよりかなり速い。

 1対1ならもっといい勝負になったかもしれないが、二人のコンビネーションは確実にエンを追い詰めていく。

 彼は紅紫のシンザンが放った大手裏剣をギリギリで見切り躱していたが、それが仇となった。

 タイミングを見計らい、紫紺のシンザンが放った小型手裏剣が大手裏剣に突き刺さり爆発する。間近にいたエンは爆風を受け大きく吹き飛ばされた挙句、破壊するはずの拠点の中にまで突っ込んでいった。





 

 幸い、気を失うことはなかった。

 明かりの消された室内の暗闇の中、敵襲を知った時点で既に撤収をしたのかそこには研究員の姿は一人も見当たらない。

 拠点の状況確認は後回しにし、まず自分の身が無事であることを確認。次いで機体の状態を確認すると異常があった。

 レッグフレームの右膝、間接部に小型手裏剣が刺ささり、機動力が一気に低下している。吹き飛ばされる前まではこんなものは無かった。ということは爆発に巻き込まれて吹き飛ばされている間に放ったものということだ。

 間接部を正確に打ち抜くだけでなく、爆発に巻き込まれ大きく動いているときにこの芸当をやってのける相手……

 そこまで考えてようやく相手が何者なのか気がついた。紫紺と紅紫のシンザン、ヴァリムが生んだマンマシン『双子の悪魔』だ。

「…………悪魔。か……」

 何気なくそんな言葉が口から漏れ出ていた。その目はどこか遠くを見るように虚空を捕らえている。脳裏をよぎるのは過去、化物と呼ばれ忌み嫌われ続ける日々。だがそんな感傷も息を一つついた後、頭を左右に揺らし振り払う。

 必要なのは過去の記憶ではなく、現在の戦力。脚の動かないPFなどあの二人相手には役不足。この拠点の中に余りのPFがあることを期待して辺りを見回し始めるとすぐに首を止めた。

 運良く、いきなり見つかった。というか何故今まで気付かなかったのだろうとすら思った。

 

 銀のPF。

 暗闇の中、ひっそりと輝く見たこともない機体。

 そのPFは右手にレーザーアローに似た武器を握りしめ、誓いを立てる戦士のように跪いている。

 抽象的な表現になるが、それは人の姿をした剣のようだった。

 

 エンはレーダーでシンザンの位置を確認すると、迷うことなくPFから飛び降り、銀のPFに向かって走りだした。

 足元まで辿り着くと、軽業師のような身軽さで胸部まで飛び乗りロックされていたハッチを開放する。中がどうなっているかも確認せずにコクピットに滑り込みそのPFを起動させた…………。









 

 静寂に包まれた部屋の中、ぼぅっと光るディスプレイに変化が現れた。

 突然凄まじい勢いで画面に文字が流れていくその様子を見て、部屋にいた女性がぽつりと呟く。

「私からのプレゼント、しっかり受け取りなよ? エン…………」

 いつの間にか流れる文字が無くなった画面にはただ一文だけ『天狼起動』と表示されていた。









 

《…………照合完了、エンと確認。ハッチ閉鎖。天狼、起動します》

 穏やかな女性の声がコクピットの中に響く。驚くべきことにエンは名を名乗っていないのにもかかわらずこの銀のPF『天狼』はエンの名前を言い当てた。だが今のエンにはそんな暇すら与えられない。天狼を起動させたために相手のレーダーに引っかかり、2機のシンザンが高速で接近している。

「性能を確認する間もないな……」

 エンが天狼を立ち上がらせたときには既に二人は基地の中に入ってきおり、射程距離に入るなり紫紺のシンザンは攻撃を仕掛けてくる。

 彼の操る天狼は向かってくる小型手裏剣を躱し――

 ガアアアアァァァァンッ!!

 ――壁に激突した。

 別に壁の近くに居たわけではない。軽く動かしただけなのに、驚異的なスピードで壁まで突撃してしまったのだ。

《注意してください。あまり壁にぶつけられては機体が破損してしまいます》

 天狼のAIがエンに対して忠告する。壁に激突しただけで機体が破損するとはどんな防御力だとエンが聞いたところ、

《敵の攻撃を一撃でも受けたら助からないと思ってください》

 と答えられた。

 …………乗り換えないほうがよかったか?

 だがそんなことを考えている余裕はない。既に戦闘は再開している中、もう一度PFを乗り換えることなどできはしないのだから。





 

 いきなり極端な動きをしたために見失っていた天狼の姿を視界におさめ、ユイは再度ヤミフブキを照準を合わせる。

 先ほどよりもスムーズに躱されるがまだ計算のうちだ。ユイが天狼を抑えている間にマイが大手裏剣を投げつける。

 天狼は前回のことを警戒して大きく大手裏剣を避けるがその分無駄な動きがでてくる。すなわち、隙だ。

 さらに追い詰めていこうとユイも大手裏剣を放とうとしたところ、突如天狼は軌道を変えた。向かう先はエンがさっきまで乗っていたPF……。

 何を考えているかはわからないが、何かを考えての行動だということは明らかだ。マイがそれを阻止しようとするが攻撃を躱され、突破される。

 天狼が前のPFに辿り着くとエンはその手に握る銃を奪い取り、ユイに向けて放つ。

 狙いの全然なってないその射撃をユイはたいした回避行動もせずに避け、今度こそ大手裏剣を投げようと構えるが――

ズガァァァァンッ!!!!!

 ――背後からの爆発に気を取られ機を逃す。爆発したのは拠点の中にあった燃料タンク、エンが狙っていたのは最初からこれだった。

(天狼は……?)

 爆発によって巻き上げられた煙に視界を奪われ天狼を見失う。レーダーで位置を確認すると赤い光点が出口に向かって高速で移動していた。

(逃がさない……!)

 マイのシンザンもレーダーを見て動き出し、出口に向かう。だが二人が出口で見たものは――

『ダミー!!?』

 ――天狼ではなくエンのPF、動いていたのは天狼に蹴飛ばされたため…………

 ならば、天狼は?

 レーダーに映る動いていない光点に気付き、振り向こうとするが遅かった。遅すぎた。

 ユイとマイ、二人のシンザンの間をすり抜けエンのPFに弾丸が突き刺さる。ディスポーザブルライフルの弾丸、それに込められた破壊力はたった一発でPFを破壊し、爆発を巻き起こす。

 煙のなかでも相手を判別できる距離まで近付いていたユイのシンザンは、その衝撃を受け動きがひるむ。戦闘中にはあまりに大きな隙。

 ディスポーザブルライフルの最後の弾丸は、その隙を逃さず正確にユイのシンザンを貫いた。

『姉貴っ!?』

 レーダーから反応が消え、絶対の信頼を置いている実の姉がやられたことにマイが動揺する。

 今まで自分達がやられることなど無かった。故に、はじめての状況に混乱し隙を見せる。無事なのがユイならばこうはならなかったのかもしれない。

『マイ! 回避!!』

 倒されたユイの叫びに反応し、マイは反射的に後ろに飛ぶが、いつの間にか手を伸ばせば届くほど近くにいた天狼の攻撃を避けるにはやや足りない。天狼の右手に握る武器がシンザンを捉える。が、双子の悪魔の名は伊達ではない。手に持つ鎌を縦に構え、攻撃を防ぐ――

『!!』

 ――はずだった。名も知れぬ天狼の武器は、盾にされた鎌をやすやすと切り裂きそのままシンザンに向かっていく。

 危ういところでコクピットへの直撃は避けたが、攻撃自体を避けきる事はできずにマイのシンザンは腰を両断されレッグフレームを失い戦闘不能となった。





 

 舞っていた煙も落ち着き視界が晴れる。天狼の目の前には足を失い仰向けで倒れる紅紫のシンザン、右側にはメインフレームのほとんどが消し飛んだ紫紺のシンザンとその傍らに転がる脱出ポット、そして無残な姿になったエンのPFの成れの果て。ついでに言えば誰も乗っていない脱出ポットもある。

 派手な爆発が起こった拠点はほぼ完全に破壊されている。これで敵拠点の破壊は完了。あとは敵の撃滅…………

 カメラを動かし脱出ポットを見る。踏み潰そうと考え…………止めた。俺の仕事は撃滅。撃滅とは完全に相手を負かすことであって殺すことじゃないし、殺す必要のない相手を殺すほど自分は殺戮という行為に溺れている覚えもない。





 

 動かなくなったシンザンから這い出て、天狼を見上げれば何を考えているのか敵はわざわざコクピットから出てきた。

 マイは無防備な敵に対して一切の容赦なく腰から銃を引き抜き、一瞬で狙いを定め撃ち放つ。相手は銃弾に当たらなかったものの、コクピットに戻ることはできず、PFの陰に隠れる。

 シンザンの上から降りて地面に立ち、敵が隠れた場所に銃口を向けつつ姉の様子を確認する。

 ユイもまた脱出ポットから出て銃を構え、エンを挟み撃ちにする形に動いている。牽制のために銃弾を撃ちながら少しずつ近付く、相手に動きはない。

 だがユイとマイ、そしてエンが一直線上に並んだときエンが動き出した。

 PFの陰から出て二人のうち近いほう、マイに向かって一気に詰め寄る。

 マイは飛び出てきたエンに対して躊躇うことなく引き金を引いたが、銃弾がエンに当たる事はない。

「なっ!! 弾が見えるのか!?」

 驚くマイを見ながらもユイは援護しようとしたが上手くいかない。エンとマイは直線状にいる、後ろから撃ってもし外せば、あるいはもし躱されればそのままマイにあたる事になる。

 その代わり、ユイは冷静にエンが銃弾をどうやって避けているかを見切った。

 エンはマイが引き金を引く前に動いている。それはつまり、弾を見てから避けているのではないということだ。おそらく彼は、銃口の向きと角度から狙いを、引き金にかけられた指からタイミングを読んでいる。

 だがどうやって銃弾を避けているかわかったところで、事態の悪化は止まらなかった。銃弾を避けられたことにマイが驚いている隙にエンはさらに加速し、その右手に構えられた銃を掴むと同時に引き寄せ、重心が崩れたところで足を払い倒す。うつぶせに倒れたマイの上に片膝をつくように座り、足だけで起き上がれないように押さえ込む。

 見事な手際だ。間違いなく彼は白兵戦において自分達よりも手馴れている。マイは押さえ込まれながらも動こうと足掻いていたが首の横にナイフを突き立てられ動けなくなる。それでも最後に「チッ」と舌打ちしたのがいかにもマイらしい。

「出て来い」

 エンはマイから奪い取った銃をユイの居る辺りに向ける。ユイは出るかどうか迷っていたが、地面に突き立つナイフを僅かに傾けられ出ざるを得なくなった。

「姉貴……わりぃ……」

「武器を捨てて投降しろ。下手な真似さえしなければ危害は加えない」

「それを信じろと?」

「PFから降りたんだ。十分信じるに値する行為だと思うが?」

「……………………」

 その沈黙がしばらく続いた後、ユイは銃を捨て手を上げた。それを見届けてからエンはマイの上から降り、刺さったままのナイフを抜いて、捨てられた銃を拾う。

 天狼の元まで戻るエンの後ろについていくマイはばつの悪そうな顔をしている。自分のせいでユイまで捕まってしまったためだろう。

 もっともユイは済んだことをいつまでも気にしていても無意味なので気にしていない。それにあのまま続けていても勝つ見込みは低かっただろう。

 天狼まで戻ったエンはそのつま先に座り、二人に質問を始める。

「とりあえず自己紹介しておこうか、ユイ・キサラギにマイ・キサラギ。俺の名前はエン・エクスプロード、気付いてると思うが傭兵だ。今回の仕事はアルサレアからの依頼で来たわけだが、いろいろと判らないことがある。そこで二人に質問をするから大人しく答えろ」

 そこまで言ってから一旦区切り、二人を見る。

「まず、ヴァリムに名高い双子の悪魔がここにいる理由はなんだ?」

「言うと思うの?」

「その情報は命を捨ててまで黙する価値があるのか?」

 予想していた反応をしたユイに軽く殺気を込めた視線を飛ばす。ユイの表情は小揺るぎもしなかったが、しばらくしてから呟くような声で喋り始めた。

「私達の任務はそれの護衛、万が一それができない場合は破壊」

「で、その護衛対象のコレは一体なんだ?」

「私達に聞くより直接訊いたほうが早いわよ」

 そう言ってユイは上を見上げる。

 それを追ってエンも上を見上げた。自分に背後を見せた隙を突いてマイは隠し持っていたナイフに手を回し――

 ――動きが止まる。上を向いたままにもかかわらずエンはマイに銃を向けていた。

「『下手な真似をするな』そう言わなかったか?」

「…………後ろに目がついてるのかよ」

 音も立てずにやったのに反応したエンにマイが呻くように呟く。

「次は無い。大人しくしていろ」

 無駄だと思いつつも一応脅しをかけ、エンは銃を下げるとAIに天狼について知っていることを聞くと以下のようなことがわかった。

 ――――

 名称、天狼。
 強襲を目的とした高機動、高攻撃力のPF。
 HPは無いに等しく、防御力は装甲の意味を問いただしたくなる程脆い。
 その代わりに機動力と攻撃力は凄まじい。
 特に攻撃力は異常硬度機であろうと一撃で撃破できること間違いなしの数値を叩き出している。
 だが、これでもこの天狼は未だ未完成であり90%ほどまでしか開発が進んでいないとのことだ。
 そこにあるヴぁリムの拠点で造られていたが、設計したのはまったくの別人だとこのAI『シルフ』は言った。

 ――――

「その人物の名前は?」

《不明です》

 シルフがそう返答したときにユイが眉をひそめるが、さすがにエンは見えない位置に居る人物の表情の変化までは気付けなかった。

 シルフは嘘をついている……。嘘をつくことのできるAIということも十分に異常なことだが、何故嘘をつくのかが気になった。

 それが何か考えようとしたところでマイが邪魔をする。本人にその意思は無いのだろうが……

「なあ、姉貴。よく見たらアイツ色白すぎないか? 結構異常だぞ」

 ユイは言われてみて改めてエンの姿を見る。確かに白い、はじめは全身真っ白の服装のせいでそう見えると思っていたが、明らかに肌自体が異常に白い。

「白銀の髪、白い肌、赤い眼……アルビノというやつね。初めて見るわ。
 アルビノの傭兵……いえ、アルビノだから傭兵になったということかしら? 人は他と違うものを嫌うから、戦争中で苛立っている人間は特に。不幸の理由を他の何かに押し付けて、心の安定を得ようとする。周りがみんな敵だらけなら一人で生きていける傭兵としての道を選ぶしかなかった。そんなところでしょう?」

 小声でマイに説明しているとエンが振り向き別に質問したわけでもないのに答えてきた。

「何故と理由を考えたことはないが傭兵を選んだ理由はそんなところだ。マンマシンのお前らとどっちがまともなのかは知らないが、人間扱いされなかったことは一緒だろうさ」

 そう何気なく答えるエンを見るマイの表情の中に警戒心以外のものが含まれる。それは好奇心、自分達以外の人と呼ばれない者に対する興味。

 エンはそれに気付いたようだが、特に気にすることなくこれからどうするかを考えていった…………。









 

 結局エンがその後3分ほど考えて決めたのが『とりあえず、近くの町へ行く』という問題の先延ばしのような提案だった。とは言えここで考えている必要もないわけだし、町に着くまでに決めるか町に着いてからゆっくり考えればいいことでもある。別に急ぐ必要は無い。

 一番近い町を探すためにシルフに周辺の地図を表示させたエンは溜息をついた。

「…………遠いな。この距離だとPFで歩いて6日ぐらいか?」

 実を言えば一番近い施設ならここから4時間あれば着く場所にある。しかしそこはアルサレアの基地。当然、この二人を連れて行くわけにも行かない。そうでなくとも今回のことがもう少しわかるまでアルサレアに関わりたくないというのがエンの考えであった。

 今回の仕事の情報違いをエンは意図的なものと予想している。誰が、何のためにかはわからないが、エン一人に双子の悪魔を押し付けたのではないだろうか? と。
 事実、アルサレアはこの拠点破壊の任務をエン一人に押し付けていたのだが、双子の悪魔がいたことはルークたちにも知らされていなかった。
 エンにだけ教えられていなかったのならば契約破棄されることをおそれて、といった理由で納得がいくがルークたちにまで教えられなかったのはぼろを出してエンに知られる可能性を消すためだろうか?

 はっきりとした理由はわからないが『君子危うきに近寄らず』だ。そういうわけで一番近い町に行くには6日の道のりを進まなくてはならない。

 …………のだが、

「食料がもう少し欲しいな……」

 食料が足らなかった。現在手元にある食料はエンの脱出ポットの中にあった一週間分の食料のみ。その一週間というのは一人で食べた場合の話なので3人で分ければ2日と少ししか持たない。

 徒歩で6日の道のりだと少しスピードを上げたぐらいでは、せいぜい4日ぐらいまでしか早まらないだろう。

 それに対して食料は切り詰めて倍の4日と2食……。一見すれば問題ないが、空腹状態で天狼ほどのPFをまともに操るのは難しい。

 もっとも、考えていても食料が増えるわけではないので一同は早々に出発した。





 

 なおユイとマイの二人は天狼の掌の上にいる。

 一人乗りとはいえPFのコクピットはそれなりに広い。戦闘をするわけではないのだから無理すれば二人をコクピットに乗せることはできる。

 だが捕虜とは言え敵である二人をコクピットに入れるなどという危険なマネができるわけが無いので二人はコクピットに入れない。

 そうするとあと乗れる場所が掌の上ぐらいなのだが、PFは戦闘兵器であって運搬車両ではない。安定しない掌の上、それも片手には牙を持っているので空いているもう片方の手だけではそれなりに危険が伴う。

「……下手な操縦して落とすなよ」

『余計なことを言わなければ操縦をしくじることも無い、だから黙ってろ。自殺願望があるならそのまま喋ってろ』

 それに対するマイの返事は噛み付かんがばかりの視線だったが、さすがにそれ以上何も言わずに押し黙り、誰も何も喋らない行軍が始まった。










 

 夕日の沈み始めた夕食時、森の中で一旦停止し食事をとるために休憩している3人は新たな問題に直面していた。

 エンの食事量。とは言っても、エンが普通の人より特別多く食べるわけではない。むしろ普通の人より少ないくらいだ。

 エンの食事量は実に普通の人の半分。したがって積まれている食料も普通の半分。そして一般の兵士の食事量は普通の人の約2倍。

 以上のことから現在ある食料は持ってあと一日弱。

「………………絶望的だな」

「ったく、何でもっと積んでおかないんだよ!?」

「普通は自分が一週間食う量があれば充分だと思うだろ」

「……ひとつ訊いていいかしら?」

 不毛な言い争いに見かねたようにユイが口を挟む。

「何故私達に食料を分配するの? 私達に与えず自分ひとりで食べればあなたが飢える事はないわ。それにあなたが飢えなければ町には確実に着けるのよ?」

「ああ、そうか。そういう手があったか」

「…………思い付かなかっただけ? まあいいわ。じゃあ食料はあなたの分を――――」

「このままでいい」

 ユイの言葉を遮りエンが断言する。

「? 何故? このまま食料を尽きさせる事に意味は無いわ」

「一度決めたことを変えるのが嫌いなんだよ。それに幸いここは森の中だ、食えるものなら探せば見つかるだろ」

 エンの言うとおり確かにこの森には多種多様な植物が生息している、中には食用の物もあるだろう。だがこの状況下ではユイの言うとおりにしたほうが確実で安全であるのもまた確かなことだ。

「食料はある、誰も飢えることは無い。何も問題は無い。わかったらさっさと寝てろ」

 そのことに気付いていないわけでもないだろうに、エンは自分の着ていたコートを二人に投げ渡し有無を言わせずに天狼のコクピットに立ち去っていった。が天狼の足元まで来たところで足を止める。パイロットスーツが防寒性の高いことを思い出したのだ。渡したコートが不要だったかと思ったが取りに戻るのも馬鹿らしい。

 …………さっさと寝るか。



















 

 空がようやく白み始めた早朝、天狼のコクピットには二人の人影が見える。

 一人はシートに横たわる青年、もう一人はハッチに足を掛けコクピットを塞ぐ様な形で立つ少女。

「どういうこと?」

 問いかけたのは少女、感情の篭らぬ声が静謐な空気を震わせる。

《私の造物主の命令です》

 答えたのは女性の声。当然、シートに横たわる青年のものではない。その声はコクピットにあるスピーカーから聞こえる。

《彼をパイロットにと、そう命令を受けました》

「……その命令が覆ることはないのね?」

《エンが天狼のパイロットです》

 天狼のAI、シルフがはっきりと言うと問いかけていた少女、ユイも諦めたように溜息をつき、手にしていたコートを青年に向かって放り投げると、コクピットから音もなく飛び降りた。

「何故、何のためにあの男をパイロットに……?」

 ユイはその疑問を胸の内に封じ込め妹のマイの元に歩いていった。







 

 ――――夢を、見ていた。

 今ここにいるはずのない人。

 己の生涯の中で唯一人の味方。

「……ファイ…ナ…………」

 零れ落ちる言葉は彼女の名前。

 自分以外の人間は皆敵だった。そんな俺に手を差し伸べてくれた。

 僅かな時間ではあったが彼女は俺の助けになることをしてくれて、その代わりに俺は彼女の助けになるようなことをした……つもりだ。

 今にして思えば『コートを投げ渡す』という誰かの助けになる行為を彼女以外の者に対してするのは初めてだった。

 ……だからだろうか?

 夢に出てくる彼女の表情はいつも決まって悲しそうな顔をしているのに、

 

 今日に限って笑顔なのは――――







 

 硬いものに何かをたたきつける音で目が覚めた。

 ユイが天狼のコクピットでの一件を起こしてから数時間後、今度はマイが天狼のコクピットハッチにへばりついている。

 器用になことにハッチにへばりついたままの状態でコクピットを叩きエンを起こしているのだが、目つきがかなり怖い。眠りから起こされた途端目にしたのがこんなのでは夢の内容も吹っ飛ぶというものだ。

「おい! さっさと起きろ!」

「ああ……? マイか……なんだ…………?」

「なんだじゃねえ! いつまで寝てやがる!」

「いつまでって、今何時だ?」

《現在0712時です》

 律儀にもエンの呟きにシルフが答えてくれる。

 7時過ぎか。確かに予定より少し遅れたが、そんなに怒るほどの事でもないだろう。

「いいから早く起きやがれ!」

 だがマイは目を吊り上げて怒り顔、サブカメラを動かして確認したユイの姿からも不機嫌な空気を(まと)っているがわかる。

 教訓、軍人は時間にうるさい。

「わかったからどけ。まず朝飯を食わせろ。説教は食いながら聞いてやる」

「何言ってやがる、遅れた奴に食わせる飯は無い!」

「当然ね」

《お二人の言うとおりだと思います》

 二人だけでなくシルフにまで言われ、エンは片手で頭を押さえ朝食をとることを諦める。

「わかったら出発するぞ、早くしろ!」

「ああわかった、出発するから騒ぐな。寝起きにお前の声は頭に響く」

 辛そうに頭を押さえマイの命令に同意を示すが、そもそも二人は捕虜。シルフにいたってはただのAIなのだから従う必要はないのだが……エンはそのことを忘れているのだろうか?









 

 日も昇り明るい光に森の景色が浮かび上がる。上を見上げれば広がる青い空、漂う白い雲、光輝く眩しい太陽。そして……

 ぐぅ〜〜〜〜

 鳴る腹の虫。

 昨晩に引き続き、今朝も食事を取っていないのだ。そんな状態でいれば腹が鳴るのも当然と言える。

 だがそんな当然のことにも掌の上の妹の方は「うるせぇ」と険悪な気配を発しているし、姉の方は無言で酷く冷たい視線を飛ばしている。唯一敵対しないのはシルフだが、二人を宥めてくれるわけでもなく、エンの空腹を紛らわしてくれる者は誰もいなかった。

 

 結局昼になるまで腹を鳴らし続けたエンがようやく腹を満たせると思ったのもつかの間、保存食を広げた途端にユイに取り上げられる。

「……何をす――
「今は幸い天気もいいわ。限り有る保存食を使うより、森にある食料をさがしたほうがいいでしょう」
 ――る……」

 文句を言う前に正論を振りかざされしばし黙るエン。

「だが腹が減っているのに――
「自分で言い出したことなのだから当然行くのでしょう」
 ――動くのは効率的じゃない……」

 淀みない手際で保存食をしまいつつも、疑問系なのに“?”もつかない言葉で一刀両断にするユイにエンのセリフは尻すぼみになっていく。しかもそれを無視して自分はさっさとマイと一緒に森に向かっている始末。

 残されたエンは二人の後姿が見えなくなるまで呆然と座っていた…………





 

「確かに言い出したのは俺だけど」

 森の中を一人ぶつぶつと独り言を言いながら進むエン。文句を言っているがその顔に浮かぶのは怒りではなく疲れだった。

「腹が減っているのに手際よく食料調達ができるはずがないだろうに」

 どうもその理由は先ほどから小一時間ほど探索しているにもかかわらず、まったく食べ物が見つからないためらしい。

 周りに生えている木々には丸々とした実がなっている。だがエンはそれには目もくれずにひたすらに足を進めている。

 視界に入る実はいずれも食べたことがあるものだ。

 そして、そのたび食中毒になったりしてやり場の無い苦しみにのた打ち回ったことのあるものだ。

 知識が無かったので毒かどうかわからないものはとりあえず食べてみて判断していた頃の話だが、思い出して懐かしいと微笑ましくなれるはずもなく、鬱な気分になることこの上ない。

「やっぱりユイの言うとおり自分の分を確保してから余りを二人に分配するべきだったか……」

 口に出して言ってみたもののそれが本心でないことは自分が一番良くわかっていた。しかし何故そうするかまではわからなかった。二人には一度決めたことを変えるのが嫌いだからと言った。もちろんその言葉に嘘はない。ただ、それだけの理由で効率のいい方法を捨てるほど愚かになった覚えはない……はずだ。

 さらに鬱になりそうになった考えを溜息と共に吐き出し、思考することよりも食料の確保を優先しようとしたとき微かに音が聞こえた。

 その音に注意を向ければ話し声であることがわかる。この森にはエン以外の人は二人しかいない、必然的に話しているのはユイとマイの二人だろう。

 同じところを探しても効率が悪いと考えたのか、それともいまだに食料を見つけられないところを見られたくないのかエンは(きびす)を返し立ち去ろうとする。



 

「そういえば姉貴、なんでアルビノだという奴だと人間扱いされないんだ?」

 

 だが、何気ないマイの言葉がエンの足を止めた。

 彼の頭の中では立ち去ろうとしている。それでも足は凍りついたまま動かない。

「前にも言ったけど単に他の人と違うからよ。人はそれだけの理由で人を人として見なくなる。しかも今は戦争中だから募った苛立ちを晴らす相手にはアルビノはちょうどいい存在だったから、差別し、迫害する相手は同じ人間として認められないものよ、大抵は」

 聞きたくもない言葉が耳を通じて脳へと至る。

「ふ〜ん。……あたい達みたいな実験の被験体や戦災孤児とか以外でも、ろくな人生を遅れてない奴もいるんだな」

 刺激された脳は思い出したくもない記憶を掘り起こす。

「そうね……ところで、いつまでそこに隠れてるつもり?」

 ――穢れたものを見る眼、かけられる言葉は呪いの言葉、触れられる手は殴るためのもの……

「……あぁ? 何やってんだ?」

 ユイが呼びかけたのにもかかわらず反応のないエンにマイが不機嫌そうな声を出す。だがそれにもエンは何の反応もない。

「おい、聞いてんのか」

 ――人目に付くたび血を流し、逃げ惑うたび追い回され、血反吐を吐いてなお虐げられ続け……

「おいってば」

 いつまでたっても返事をしないエンに痺れを切らしマイがエンの肩を掴む。

 それは別になんてことのない行動だ。気付いてもいないと思われる相手を自分の方に向け気付かせる。ただそれだけのこと。

 

 だが今のエンにとっては何よりも忌避(きひ)すべきことだった。

 

 マイの手が肩に触れた瞬間にその手を掴み返し、振り向く動作でのけぞる体制になるように間接を極める。そのまま一気に木に押さえ付け、それまでの間に腰から引き抜いたナイフをその首筋に押し付けた。

 あまりの唐突さにマイはおろかユイまでも反応することができず呆然としている。

 最初に会ったころと同じ手際で、しかしそのときは冷静そのものだったのに対し、今は緊張によるものか眼には追い詰められたかのような光が宿り、息も切れ切れだ。

 正気に戻り理不尽な対応にマイが殺意を抱きそうになった頃になってようやくエンがナイフを下ろしマイを開放した。だがその眼も纏う緊張感も薄れることなく今までのエンとはかけ離れている。

「……………………――――」

 本当に掠れるような声だった。ともすれば聞き逃してしまいそうなほどに。それほどまでに何かに追い詰められたエンも意外ならば、発した言葉も意外そのものだった。

 『すまない』確かに彼はそう言った。あまりの意外さにマイは毒気を抜かれてしまったかのように文句を言おうとした口をそのままに何も言わないでいる。ユイはユイで珍しく眼を丸くして驚いている。

 結局、何も言わないでいる二人を放ってにエンは来たほうへと戻って行った。

「…………ホントに何だったんだ?」

 なあ姉貴?とユイに同意を求めるマイにユイは首を横に振ることで答えた。





 

 一方二人から離れた――いや、逃げたと言うべきだろう――エンは木の根元に(うずくま)り、震える体を必死になって抑えて、いまだ付きまとう過去の記憶に(さいな)まれていた。

 それはもうずいぶん昔のことになる、今から5年も前のことだ。それでもその暗い影は離れることなく時折エンを苦しめ続ける。

 追い掛け回される恐怖、殴り蹴られる痛み。安らぎは暗闇に、光あるところは人の世界で、そこにあるのはあらゆる暴力。

 自分の味方は育ててくれた獣だけ、だからこそ自分は人ではなく化物で、人が自分を傷つけることは当然のことだと思うことで絶望から目を背けた。

 生きていて得ることのできたものは――――

 突如、どんどん深みに嵌まっていく思考が止まる。エンの耳が遠くを飛ぶ鳥の羽音を聞きとめた。

 普段なら気にもしないどころか気付きもしない程度の音だったのにもかかわらず、過剰なほどに追い詰められた精神が僅かな危険も逃すまいとかすかな変化を捉える。

 その正体を見極めようとぎここちなく首をめぐらせる。目に映ったものは何てことのないただの鳥だ。別に人を襲ったりするわけでもない、病気の感染源になるようなものでもない、むしろ人の存在を察知すれば人から離れようとする臆病なタイプの鳥だ。

 その結果に満足しほっと息を吐く。気がつけば震えていた体も落ち着きを取り戻している。

 拍子抜けするほどあっさり元に戻った体に苦笑しつつ立ち上がる。もう食べ物を見つけることを諦めて保存食を食べることにしよう、そう決めて天狼のある方角に歩き出す。

 だが、数歩進んだところでその足を止める。

 

 …………待て、おかしい。人を察知すれば人から離れようとする鳥が飛んでいったということはそこに人がいるということになる。ならそこにいるのは誰だ?
 双子の悪魔か? 食料調達のために向こうのほうまで歩いていったのか?
 違う。俺がさっき二人と会った場所から鳥が飛んでいった場所はそれなりに離れていた。自分が蹲っていた正確な時間はわからないが日の傾き具合から言ってそれほど経っていない。あそこまで行くには距離的に無理がある。

 なら自分たち以外の者、第三者か?
 可能性としては高いとは言い難い。これよりも人以外の外敵、肉食の鳥類が近づいたからといった理由のほうがはるかに納得がいく。

 が、その可能性がないとは言い切れない。そして何よりこの5年間、傭兵として培ってきた勘が警告している。

 

 敵が、人間がそこにいる。と…………









 

 お宝だ、そう思った。

 新たな兵装の試運転のために森の中まで来てみたものの思わぬ獲物を見つけた。

 PFのカメラと高倍率のスコープ越しに見えるのは間違いなくヴァリムのパイロットスーツ。そしてそれに包まれているのは双子の悪魔。アルサレアにでも引き渡せばかなりの報酬が、ヴァリムに返した場合はそれにも劣らぬ金が手に入ることだろう。ミラムーンに渡してみるのも面白いかもしれない。

『団長、獲物がいます。小さな悪魔が二匹。五体満足で生身のまま(PFなし)です』

 つい手に入る金の使い道を考えてしまい、忘れそうになっていた報告のために団長へ回線をつなぐ。身が震えるほど感情の高ぶっている彼とは違って報告を受ける団長のほうは予想外の幸運にもかかわらずいたって冷静そのものだった。だが、だからこそ彼らは団長についていくことができる。

 PFを10機も従える“元”傭兵団の団長に。

 総勢20名余りからなる団員の誰も団長の名前も知らないが、どんな状況でも冷静に対処できる団長には絶対の信頼を置いている。アルサレア軍の駆逐部隊が来た時だって団長がいたから誰一人欠けることなくあらかじめ決めていた集合地点に集まることができた。

 だから、今回も大丈夫だ。団長についていけば問題ない(ノー・プロブレム)だ。

 

 だから、この震えは興奮しているからであって、怖いわけじゃない。決して、何かを怯えているからじゃ、ない。









 

 天狼にまで戻った時に警告を疑う余地などなくなった。

 二人がいない。既に日は頂点を過ぎてから随分経つ、だというのにこの場に二人の姿はない。時間にうるさいことなど今朝確認したばかりの二人が、だ。

 天狼を見ていた瞳を鳥が飛んでいった方に向ける。二人がいないことなど自分には関係のないことだ、せっかくだから捕虜として連れていたに過ぎない。

 だから、危険を冒してまで二人を連れ戻す理由など――――

 

 『ふ〜ん。……あたい達みたいな実験の被験体や戦災孤児とか以外でも、ろくな人生を遅れてない奴もいるんだな』

 

 ――――…………ある。

 確かに何の関係のない二人をわざわざ助ける必要などない。

 でも、あの二人は自分と同じだ。

「双子の悪魔……か」

 人でありながら悪魔と呼ばれる存在。それは、化物と呼ばれる俺と同じ。

 だからだろう、捕虜であるにもかかわらず待遇を優遇し、時には自分の首を絞めてまで二人のためになろうとした。

 独りでないことは、とても安心することだから。

 たとえ、それが向こうにとっては迷惑なだけな同族意識(シンパシー)だとしても。俺が二人と一緒にいたいと思う理由には十分すぎるから――――









 

 状況は最悪の部類に入る。

 まず自分たちは今生身だ。PFがない状況でPFに立ち向かうことなど自殺に等しい。

 次に敵の数が多い。確認しただけでも8機。もしかするとまだいるかもしれない。

 最後に敵はこの圧倒的優位な状態でも慎重さを崩さない。ほぼ完全に包囲されているのだが、『ほぼ』が『完璧』になるまでは一気に間を詰めてこようとはしない。もう少し油断でもしてくれれば一番最初に仕掛けてくる一機を奪うこともできたかもしれないのだが…………

 思考している間にも刻一刻と包囲が完璧に近づいている。敵が動き始めるまでにそう時間は掛かりそうにない。

 今の自分たちにできることは何か?

 可能な限り天狼の元まで近づくことか? 否定、下手に近づけば天狼に乗る前に破壊されてしまうだろう。

 無茶をしてでも敵に近づき一体だけでも敵を破壊することか? 否定、無茶どころか無理だ。手持ちの道具だけで真っ向からPFに対抗できるわけがない。

 なら自分たちにできることは、逃げること。可能な限り長く。できれば敵が隙を見せるまで…………









 

(部下たちの包囲網はあともう少しで完成する。これが済めばいよいよ双子の悪魔のハンティングだ)

 元傭兵団の団長はあくまで慎重だった。部下たちに決して焦らぬようにときつく軽率な行動を戒め、自分は全体をしっかりと見渡している。

 部下たちの動きから包囲が完成するまでの正確な時間を、双子の悪魔の動きから二人が何を目的に動き回っているのかを。例え部下たちが出し抜かれたとしても己だけは必ずその上をいくために。

『団長! 包囲完了しました!!』

 部隊の中でも特に金をかけてカスタマイズしたPFに部下からの報告が入る。きっとすぐにでも捕らえたいのだろう、聞こえる声は声の主が興奮している様子がありありとわかった。

「了解、包囲を少しずつ狭めていけ。くれぐれも慎重に、絶対に独断専行などするなよ」

『了解!!』

 本当にわかっているのか気がかりになるほど気のはやった返事を聞き、団長は心の中でだけ溜息をつく。

 大丈夫、だとは思う。彼らは自分の命令に対して絶対に近いものを感じている。命令より感情を優先するような者はいないはずだ。事実、彼らは命令通り決して焦ってヘマをすることもなく少しずつ、しかし確実に距離を詰めている。それに対し双子の悪魔のほうは特にこれといった動きを見せていない。積極的に包囲のバランスを崩すために大きく動くわけでもなく、はっきりと何かを感じさせる静寂があるわけでもない。

 ようするに、待っているのだ。そのどちらかを行うタイミングを。

 だがこちらとしてはそんなことをさせる気はない。やるからには完璧に、完全に、これ以上ないほどの結果を持って二人を――――

 

『団長!! 対象が動き出しました!!』

 

「!?」

 予想外の部下からの報告に舌打ちしたい気分に駆られる。部下の手前、表面上だけでも冷静さを崩すようなまねはしないが、あれほど言っておいたのに命令を破った愚か者を見逃したことに腹が立つ。それほどまでに自分は思考に没頭していたのかと。

 しかし、状況を見てみると包囲の円陣はまったく乱れていない。自分の下した命令通り見事な円を描いている。逃げ場のないこの状況で一体何が二人を動かすのか理解に苦しむ。とはいえいつまでも呆けているわけにも行かない。部下たちは次にどうすればいいのかわからず命令を待っている。

「捕獲を開始せよ。傷つけても構わないが殺すなよ。話を聞ける程度なら腕がなくなろうが、足が吹き飛ぼうが気にするな。アルサレアかミラムーンならそれでも十分価値があるはずだからな」

 そう命令を下すと団長本人も捕獲に参加するのか全体を見渡せる場所から動き出す。たとえ双子の悪魔が何を企んでいようとも自分がいれば即座にその企みを叩き潰す、過去の経験から絶対の自信を持って部下たちが作る包囲の中に入っていく。

 団長が目視で対象を確認できる距離まで近づいたときには既に威嚇射撃は始まっていた。決して命中などさせないように大きく外れた場所に弾丸が着弾する。が、その余波が岩の弾丸となって二人に襲い掛かる。

 対PF用の弾丸の代わりに用いられた間接攻撃。弾丸が直撃するのに比べれば天と地の差があるとはいえ、それでも岩は豪雨となって二人に降り注いだ。

 並の人間なら良くて打撲、骨折。悪くて肉体の一部破損、頭蓋骨陥没。最悪なら死亡している砲撃の中、二人は走る速度を緩めることなく走り抜ける。岩と岩の合間をすり抜けたいした怪我をすることもない。この二人にとってこの砲撃はまさに“威嚇射撃”にしかなっていなかった。

 だがそれも少しずつ効果をあらわし始める。狙いが近づき、岩ではなく着弾の衝撃が二人を確実に追い詰めていく。それでも二人の足を止めることなく走り続ける。ひたすらに、その果てに、この逃れることのできない包囲の出口があると信じるかのように。

 ――さすがに妙だとは思う。あの名高い双子の悪魔が何も考えずに動くはずはないのだから。しかし、この包囲は完璧だ。絶対に破られない自信がある。それはあの二人だって気付いているはずだ。ならばいまだに逃げ続けるのはどう考えてもおかしい、異常といえるだろう。異常であるから悪魔と呼ばれるのかもしれないが、そんな理由では到底納得できない。無意味な行動を起こすだけのものの異名など世に広まるはずがないのだか――――!!?

 

 唐突に、背筋を悪寒が走り抜けた。

 収まりののきかない感情の赴くままにターゲットを見る。

 高倍率に設定されたPFのカメラが捕らえたのはマイ。そしてその顔は――――

 

 紛れもなく笑っていた。

 

 その笑みの意味を理解しようとしたときには既に手遅れだった。

 ターゲットの前方から、より正確に言えば『前方に配置されたPFがいた場所から』爆音が響き渡る。









 

 ユイとマイ、二人の無事を確認したとき、エンは心の中で安堵の溜息をついた。

 二人が自分に気付かせるために使った合図は『鳥』。異常に感づいたときと同じ種類の、臆病な鳥だ。

 天狼に乗ってから身を潜めながらも最初に鳥が飛んでいった方に向かい、鳥を見つけるたびにわざと気付かせて飛ばしていった。

 最初に銃声がなったときには手遅れかと思ったが、その後も止むことなく続いたおかげで二人がまだ無事であることを確信した。それからは身を潜めることを止め、真っ直ぐに銃声の中心地に駆けた。

 そして、今二人は多少の怪我はあるものの行動には全くさしつかえない。

 間に合った、ただそれだけのことにエンは再び安堵する。









 

 最初の爆音に続き、そこから近い位置にいる順に爆音と悲鳴が上がる。

 ――――アリエナイ、作戦は完璧だった。圧倒的な戦力差、隙のない包囲、団長の命令通り僅かな誤差なく実行して見せたはずだ。

 瞬く間に3機のPFが破壊される。既に包囲は包囲としての役目を果てせていない。

 ――――アリエナイ、自分たちは団長の下で幾多の戦場を越えた精鋭たちだ。団長の指令に従って圧倒的不利な状況すら脱して見せた、そう簡単にやられるものたちではなかった。

 6人目の悲鳴が上がったときに、ようやく破壊を続けるモノの姿を捕らえる。

 ――――アリエナイ、アリエナイ、アリエナイ、アリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイ!!!! 団長は自分たちの中で誰よりも強かった!! 誰よりも、だ!!!

 

 9つ目のガラクタが出来上がる(その団長は倒されている)。目前に迫る白銀のPFは、その手に握る武器を振りかぶり――――

 

 ――――アリエナイ……いつもは明日の天気さえ当てられない自分の勘が、こんなときに限ってあたるなんて………………









 

 酷く……酷く不快だった。躊躇(ためらうことなく牙を振り下ろした後に残ったのは10のガラクタ、1つのPF、2人の悪魔と1人の化物。

「なあ、何でこいつら殺しておかないんだ?」

 そして、10人の人間だった。

「別に殺す必要もないだろ」

 口ではそう言うが本当は違う。殺さなかったのではない。――――殺せなかったんだ。

 最初は迷うことなくコクピットを狙うつもりでいたが不様に怯える敵を見たとき、昔の……人に怯える自分が重なって見えた。たったそれだけのことなのに狙いは逸れ、確実に命を絶つはずの追撃は、次の標的へと向けられた。

 昔の自分を幻視すること10回、それは最悪の過去を思い出すこと10回だ。さっきと違って気が狂わないだけまだマシだろう。

「生かしておく必要もなさそうだけどな」

「いいんだよ。放っておけ」

 正直、これ以上こいつらを見ていたくない。視界に入るたびに気分が滅入る。

「ふ〜ん、ま、倒したあんたがそう言うなら別にいいか」

 突っかかってくると思っていたマイがやけに大人しく引き下がるのを妙に感じるが、それ以上に助かる。なにせその後のことをろくに覚えていないほど自分の精神は参っていたのだから。

 記憶の片隅に残ったのはせいぜい自分が食べたのは味気ない保存食ではなく二人が取ってきた果物などだったことと、寝る間際にまた二人にコートをかけたことだけ。

 コートをかけたのは少しでも暖かいほうがいいだろうと二人を気遣ったのが半分。もう半分は、また夢の中で彼女が笑ってくれることを期待して…………。

 

 そういえば覚えてることがもう一つあった。

 コートをかけるときに見た二人の寝顔は安らいだ様子がなく、全くいつも通りで、それを俺は多分、残念だと思ったこと…………。




















 

 彼らはその翌日一騒動起こし、さらに次の日に目的の街に着く。

 全員無事に。危険はすべて周りの被害に変えて、だが。

 

 彼は、エン・エクスプロードは自分以外のものに興味を持ち始める。

 初めて出会った自分以外の人外の者へ。

 初めて出会った同じ意味での強き者へ。

 初めて出会った本当の意味で対等に話せる者へ。

 

 彼は町でさらに彼女達に興味を持つようになる…………











 

第2話へ続く


 




 

 〜オリジナルキャラ紹介〜


 ○シルフ
  年齢 8ヶ月  性別 なし(声と口調は女性)  所属  なし(天狼の付属品)
  天狼に内蔵されたAI。
  成長するという特殊なプログラムを組み込まれており、天狼の搭乗者を可能な限りサポートする役割を持もつ。
  AIらしく客観的に物事を判断し、合理的にことを成そうとする反面、妙なところで人間くさいところがある。


 ○天狼
  設計した人物に脅されてヴァリムの施設で仕方なしに造られたPF。
  「一撃必殺の強要」というコンセプトのもとに設計され、極端に高い攻撃力と機動力、異常に低いHPと防御力を併せ持つ一番最初に常識を捨てた代物。
  機動力が尋常でないためエース級のパイロットが操れば驚異的な強さを発揮するが、素人が操れば四足歩行戦車にも劣る。
  武器はレーザーアローに似た形の剣で刃の部分が高速振動することによって攻撃力が上昇する『牙』と腕に内蔵された小型バスターランチャー『光爪』。



 

 〜あとがき〜

 お久しぶりです、コウです。

 一度出しておきながら、わずかな修正だけでは飽き足らず大幅な変更をしてしまいました。
 自分でやっておきながら言うのもなんですが相当変わってますね。
 もう改訂版なんて表現では足りないぐらいだ…………

 この結果皆さんが見直してくださるのか、それとも引いてしまうのか結構びびっております。

 それはさておき、さすがにこれ以上は手を加える気はないのでようやく続きを書き始めたいと思います。
 今度はこんなに間を開けずに仕上げれるように執筆速度を上げたいなぁ…………

 では感想などありましたら気軽に送りつけてやってください。



 


 管理人より

 コウさんより第1話改訂版をご投稿頂きました!

 後半の部分が大幅増ですねw

 さて、次回はどうなるのか……
 


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