モルモット小隊番外編

第??話 「Dead or Alive 〜“all is vanity” but I don't think so〜」


第六幕







 

 森の中の敵を抑えるべく向かったノートンのJアインの後姿を見届けると、コハクは輸送機が来るまで周囲の警戒に当たる事にした。
 輸送機到着まで、あと二分ほど、彼女は突然消えたシンザンを警戒しながらレーダーやモニターに目を向けわずかな変化も見逃さないようにする。

(シンザンが仕掛けてくるとしたら、きっと輸送機からの物資、PF【Panzer Frame】の降下時……問題は私を狙うか、護衛対象を狙うかね)

 レーダーに下の方からゆっくりと、上昇してくる機影が映った、IFF【Identification Friend or Foe】 による識別反応は味方と識別されている。
 コハクがレッドバードのメインカメラを下に向けると、左手足を失ったカレイド機、ボトムガイスト・オブ・ドックがゆらゆらと左右に揺れながら上昇してくるのが見えた。

(……そう言えば、ほんの数秒前に敵の攻撃を受けて、下に落ちて行ったんでしたっけ……すっかり、忘れてました……ほんと、存在感のない人)
『コハクさ〜ん、まだ私は死んでませんよ。泣くにはまだい早いってもんです』

 どうやら元気なようで、相変わらず的外れな会話を通信で入れてきた。

(貴方が死んだって、私は泣きませんよ……かってに死んで下さい)
『酷いなぁ』

 コハクは通信用モニターに映るカレイドの顔を見ながら、彼に冷たく言い放ちたい言葉を心の中で思い浮かべるだけに留める。
 彼女はカレイドの言葉や態度、彼の発する雰囲気に妙な不快感を覚えていた。

――彼の戦闘時におけるお気楽さに対してだろうか?

(……PFのパイロットには、殺し合いをただの遊びとしか、ゲームやシミュレーションの延長線上としか捕らえられない人はいっぱいいる)

――彼のやる気のなさ、ずれた会話内容にだろうか?

(やる気のなさも……関係ない。そんな人間は山ほどいる)

――彼の存在そのものだろうか?

(存在……そう、だと……思う。確信はないけど、彼の存在そのもの、彼がこの場にいること自体が間違いで、絶対にあってはいけない事の様な気がする。イレギュラーって言うのかな……)
『ミカゲ少尉……イレギュラーって言い出したら、貴方だって、他の人だってきりがないですよ』
「……どういう意味です?」
『そこら辺の一般兵士よりも強すぎるって事ですよ』
「はぁ、そうですか」
『お、輸送機が来たみたいですよ』

 カレイドに言われてレーダーに目をやると大きな機影が見える。アルサレアの大型PF輸送機アルバトロスだ。
 アルバトロスはPFを直立に固定し同時に四機も運べる大型輸送機で、内部での整備も可能となっておりさながら空飛ぶ整備工場といったところだ。
 その分、移動速度が遅く高度を下げてPFや物資を投下する際にはアルバトロスの名の通り、アホウドリの如く、敵にとって格好の的となってしまう欠点があった――アホウドリと言う生き物を知るはずもない惑星Jの人間が偶然にもアルバトロスと名付けたのは非常に面白い、コハクは初めて輸送機の名前を聞き、姿を見、動きを見た時、思わず苦笑いをせずにはいられなかった――そのため降下時が一番危険な時であり、もっとも注意の必要な時なのだ。
 今回はシンザンがどこかに身を潜めている上に、足元の森でノートンが戦っている大火力を有した敵がいつなんどき森から飛び出してくるのかわからない。
 ちょっとした気の緩みが大損害を招きかねないのだ。

(いけない……集中しないと……そう言えば)

 コハクは左手足を失って漂うカレイド機を見ながら一つの疑問が浮かんだ。

(私……イレギュラーって単語を口にしましたっけ?)

 聞こえるはずのない心の声に返事を返してきたカレイドが少し、気味悪くなった。




 

 眼下の広がる雲の壁に近づいて行く、ルージュのメンバーを乗せた二機の大型輸送機アルバトロス。
 雲を突き抜ければそこはすでに弾丸の飛び交う戦場だ。
 雲の上も立派な戦場ではあるが、PF開発以降の全国的な航空戦力の著しい縮小のせいで高高度の戦いなどほとんど行われなくなっていた。そのため、現在の戦場においてそこは平穏そのもので空輸がもっとも安全な輸送手段として多用されている。
 雲を境に、宇宙と呼ばれる場所のぎりぎりの境界線まで、そこだけが惑星J上でもっとも争いの少ない空間なのだ。
 空輸にあたっては高高度を飛ぶだけならともかく、輸送するからには着地もしくは高度を落として物資の投下をしなければならない。たしかに航空戦力の大幅な減少により空での安全性が高くなったが、その代わりに地上からの攻撃が激しさと攻撃精度を増している。
 アルバトロスに乗る人間にとって一番危険な時が近づいていた。

「三人とも……降下は物資、ウミとウヅキのお笑いコンビ機、エル機、最後に私の順番で行くわよ。準備は良い?」

 アルバトロス一番機。
 リップス救出と言う指令を受けホーシェレンシュタウファン王国へとやってルージュ小隊隊長、ラーナ・エルバラードはコックピット内から輸送機に同乗し、同じ様にコックピットで待機中の部下に声を掛けた。

『ばっちりOK、いつでもいっけるよぉ〜♪』

 元気いっぱいの笑顔で答えるウヅキ・ウノハナ。
 降下直前だと言うのに通信用モニターの向こうのラーナに向かってブイサイン。彼女からは幼く見える外見に似つかわしくない、戦場慣れをした兵士以上の余裕を感じさせられる。だがそれが、長い戦闘経験によるものなのか、地が明るいだけなのかは……判断しかねる。

『……はい、準備万端です』

 おどおどとした落ち着きのない目をしたウミ・ミツヅカ。
 ウヅキと同じPFに乗り込んでいるウミは、余裕満々のパートナーに比べ、心ここに在らずといった風で、やや暗い茶色の髪を玩びながら返事を返した。

『こちらルージュ3、エルシール、いつでもいけますわ』

 凛とした声でしっかりとした返事を返してきたエルシール・ミストリア・リシャール。
 ラーナは自身の搭乗する、Jフェニックスに似て否なる外見を持つAF【Alfozer Frame】、アルファズル・フェニックスのコックピット内で、通信用モニターに映る部下たち、ウヅキ、ウミ、エルシール・ミストリア・リシャールの顔を確認した。

『降下予定ポイント到着予定30秒前、ハッチ開放』

 輸送機のパイロットの声が聞こえてきた。
 ラーナはモニターの中でハッチが徐々に開いてゆくのを確認し、部下たちに最後に一声かけようと思いそれを口にする。

「みんな、ドジは踏まないでよ。しばらくぶりのPF戦だからね」

 ラーナにしてみれば、出撃前に軽く会話を交わすだけのつもりだった。
 会話の対象が普通の人ならば二言三言の返答で終えられるところであったろうが、相手が悪かった。

『え? ドジって踏める物なのですか……どういった形をしたものなのでしょうかね。隊長、なんだかとっても可愛い動物さんな気がします』
「ぁぁ……えぇっと……ウミ……それ、本気?」
『降下22秒前』
(この子、ボケキャラとは思ってたけど、なんか……ここに来て酷くなってない?)

 ウミの好奇心に満ちたまなざしが、画像付通信モニターを通してラーナに見える。
 よほど「ドジ」と言う動物の姿が気になるらしい。むろん、そんなものは実在しないはずなのだが、ウミはすでに存在していると言うことを信じて疑っていないようだ――しかし、なんでもありの惑星Jだ。ドジという生物が実在してもおかしくはない……そして、なんだか見てみたい気もする――ウミ・ミツヅキ、彼女は容姿だけを見たのならしっかりとした女性のように見えるが、その実、超ド級のボケキャラなのであった。

『本気? えっとぉ、私は本気ですね……たぶん』
(じ、自分の言った事が本気かどうかも判断がつかないの、この子は……)

 ラーナはルージュの隊長だ、部下の性格は十二分に把握してはいる。だが、人の行動など性格を把握していても予測がつくものではない、ことボケキャラとなれば尚更であった。

「エル……貴方だけが頼りよ」
『隊長、安心して下さい。次はウミさんのボケにつっこめるように、秘密特訓しておきますわ』
(……なんか、違う)

 ウミはボケる。そして、エルは……何かがずれている。
 通信機のスピーカーから会話の内容に爆笑するウヅキの声が響いていた。


 

 アルバトロス二番機。
 エデン・ビサイズ、彼はPFの小脇に抱えられたポッドの中、身を硬くして降下の時を待っていた。

「こ、これは夢だ……そう、悪い夢だ。ちょっと我慢していればすぐに終わる……そうさ、すぐに終わってくれるさ、こ、こう言う時、何時ものギャグで……レーサーの得意な編み物って知ってるかい? ジャジャ〜ん♪ レース編み……」

 不安を紛らわすために独り暗いポッドの中で呟くエデン。
 暗く狭い閉所に閉じ込められた事が彼の心を圧迫し、実弾が交差するはじめての戦場への降下が彼の神経を嫌でも昂らせ、エデンの身体を小刻みに震えさせていた。

『エ…………ん、生……て……か?』

 声が聞こえてきた。
 その声は妙にこもり、奇妙な金属的な響きをもち、不気味にか細い声であった。

「……っひ」

 急に聞こえてきた得体の知れない声に彼は思わず声を上げてしまう。

『……デンさ……、……きてます……?』

 エデンは暗いポッドの中を見回す。すると赤い光点が一つ、接触回線が繋がっている時に光るライトだ。

(せ、接触回線?)

 PF同士で密閉されたコックピット内での空気振動を伝える事によって行われる接触回線、エデンが即席で組み立てたこのポッドにもその機能が組み込んであったのだ。

(そうか……オリビアさんか、なぁんだ……ははは、いやぁー、自分で作った物の機能を忘れるなんて情けないなぁ)
『エデンさん、生きてますか?』

 その接触回線はポッドを抱えたPFに搭乗するオリビア・ホワイトが声を掛けてきたものだった。
 極度に緊張していたエデンは的確に状況を判断する能力がやや低下していたのだ。
 それも無理のない事だ、彼はパイロットではなく、歩兵でもなく、ただの整備員に過ぎない。
 彼の主な任務は後方で味方のPFを万全のコンディションにする事。
 エデンとて軍人であり、後方でもまれに砲撃ぐらいは飛んでくる。戦争に参加するものとして死ぬ覚悟もあるし、いつ死んでもおかしくないと思っていたが、いざ腐臭を漂わせる死の猟犬が駆け回る、青白い馬に乗った者の狩場に自らの意思で行くとなると、彼の思っていた以上の大きな不安がエデンの心に湧き出てきた。
 彼の軍歴は決して短くは無いが、戦闘の前に平静でいられるほど戦慣れはしていない。
 自らの命を天秤にかける兵士たちに比べれば、その点において新兵と大差がないのである。

「はい、はーい、生きてますよ」

 先ほどの不安にさいなまれていた彼とは違って、陽気な彼がそこにいた。オリビアの声を聞いて安心したのだろう。

『元気そうですね。返事がないので心配しましたよ』
「オリビアさん、俺はいつでも元気」
『嫌ですね、エデンさんったら、私に"さん"付けするなんて、もっと気軽にいきましょうよ。そうそう、もうじき降下ですからちゃんと身体を固定しておいて下さいね。けっこう揺れると思いますから』
「ゆ、揺れるの?」

 揺れる、そんな言葉を聞いた途端、再び不安が襲ってきた。エデンの顔から血の気が引いて行く。

『大丈夫ですよ、ジェットコースターみたいなものですから』
「そう、それよりも、オリビアさん……あの、瞬間転移なんだけど」
『はい、瞬間転移ですか、ちゃんと逃げるために、予め逃亡用の座標はセットしてありますから……ガレフさんには秘密ですよ

 オリビア・ホワイトにはあだ名がいくつかある、その内の一つに"逃亡者オリビア"と言うあだ名があり、その名の示すとおり逃亡するのである、しかも戦闘中に、わかりやすく言えば彼女は敵前逃亡の常習犯なのだ。
 数分前、一緒に降下するルージュ小隊の仲間、ガレフ・セキネに逃げないように釘を刺されたので、"ガレフさんには秘密"とわざわざ言ったのだ……通信機のスイッチがONのままとも知らずに。
 そんなパイロットにあるまじき人間がパイロットを勤めているのは問題がある様に思われるが、実はこれはこれでなかなか便利な性格という事もあり、ルージュ小隊にPFパイロットとして所属している――ただ、他の小隊ではパイロットとしてやっていけないことは間違いない――

「了解、その事は黙ってる。それよりも、BURMシステムは正常に機能してるかな?」

 エデンの心からオリビアと話しているうちに不安が少なくなってきた……が、

『ちょっと待ってください……えっと、はい、機能してますよ』
(よし! 何とかポッドごと瞬間転移はできそうだな、流石は俺……PFのOS【Operating System】にポッドを誤認させることなど……朝飯前ならぬ、夕飯前だ! ……心の中で思っても、誰も突っ込みは入れてくれないから寂しいな)
「どうかしたんですか?」
『いや、なんでもない。それよりもポッドをしっかり守ってくれよ。俺の命を君に預けるんだから』
「そう言われると、不安になってしまいます……」
(不安になるのはこっちだって……頼むよ、おい!)

 エデンの心から完全に不安が消え去る事はけっしてないのであった。







 

 上空から高度を下げ地上へと接近する二機のアルバトロス。
 巨木の乱立する森の中で引くに引けぬ戦いを続ける、ノートン、ホムラ、カコウ。
 三人の戦う森の上空で輸送機の護衛にあたり、姿を消したシンザンを警戒し待機するコハク、カレイド。
 彼らのいる場所からはずれ、戦場を見渡せる位置、静かに戦況を窺う迷彩色に彩られたPFが一機。
 コックピットに搭乗しているのは、ヴァリム軍第04PF特殊化部隊所属フェーナ・ニェット。
 ホムラが出撃前にリュウハから連れて行けと言われたパイロットだ。
 消毒液臭いコックピットの中で潔癖症気味の彼女は、白い手袋をした細い指で操縦桿を握り、モニターに映る景色を見つめていた。

 彼女は特殊化部隊と言う部隊に所属しており、その名が示すとおりPFの特殊な運用方法を得意とする。
 彼女の行う特殊な運用方法とは遠距離からの、スナイピング、狙撃だ。
 アルサレア軍にもスナイパーと自称するものや、その名を冠する部隊が存在している。しかし、ヴァリム軍の特殊化部隊とは違いアルサレア軍のスナイパーという人々は、他のパイロットに比べて射撃の腕が良いだけであり、また、その狙撃の精確さをいかし、その者を中心とした部隊がスナイパー部隊などと呼称されているだけである。
 アルサレアではPF単機でのスナイピングという運用方法は取られていない。
 部隊構成は、マシンガンなどの速射系兵器で近づく敵機への牽制をする者、キャノンなどのストップヒットの効果が高い兵器を用いる者、そして、狙撃用のサーマルプラズマライフルを使用する狙撃手といった具合に別れており、PF三機での連携が重要になる。
 上手く連携がとれ、運用を間違えなければ非常に効率よく戦果をあげる事のできる部隊構成だ。
 フィーナは通常の射撃はもちろん並以上に行えるが、彼女は他のPFと隣同士でたたかう事は少ない。そして、今も彼女は単独で戦場の外れにPFに狙撃体勢をとらせたまま狙撃の機会を窺っていた。

「元気そうな赤い鳥が一羽……半壊した黒い野良犬が一匹……」

 フィーナは輸送機到着予定ポイントで待機中のPF二機を、獲物を狩るハンターの冷たい視線で観察していた
 PF特殊化部隊はPF開発で遅れをとったヴァリムが実験を兼ねて様々な局地戦に特化したPFや、そのPF専用兵器の開発を進めるために設立された部隊であり、ヴァリム軍内でも非常に特殊な存在であった。
 その事からこの部隊の存在はアルサレア軍内では、アルサレアに星の数ほど存在するとも思われる特殊部隊同様殆ど知られていない。
 フィーナの行うタイプの狙撃は遠距離から行われるのが基本だ。
 その場合には敵にこちらの存在を知らせないためにほぼ全てにセンサー類を自ら電波を発しないパッシブモードにする。
 その上でPFの光学ズームを頼りに遠距離から攻撃する。この際、遠距離から狙撃を行うならばWCS【Weapon Control System】も射撃の寸前まで起動させないか、まったくに使用しない。
 WCSを使う場合でもトリガーと連動して短時間だけ起動する狙撃モードにOSを切り替えねばならない。WCSもレーダー波を使用してロックしているので、敵に自分の存在を知らせる材料になってしまうのだ。WCSにはスコープと連動しているレーダー波を使用しないでレーザーを照射しその反射で敵を捕捉する装置が付いているが、レーザーは遠距離では大気の影響もありまったく使えない。
 今回、フィーナはPFの光学レンズのみ頼り、ターゲットを選定していた。
 静かな表情で戦況を見守る彼女だが、多少の不安はあった。

(……ホムラ大尉は、目立った動きがない。あの大火力機体の生み出す火球も一個しか見えなかった、予想以上にてこずっている見たい。私が確実に仕留めないと……フォルセア神佐と肩を並べるリュウハ神佐に認められれば……馬鹿なお兄ちゃんみたいにはなりたくないからね……)









 

『お、輸送機が来たみたいですよ』

 カレイドの声が聞こえ、コハクはレーダーに目をやりそれに気がついたがすぐに動かなかった。
 意識が戦闘から、護衛任務から少し逸れていたせいだ。

『ミカゲさん、来ましたよ、ほらっ、どうするんです?』
「え……あっ……シンザンに警戒して下さい。カレイドさんは無理して戦わないで護衛対象の保護を優先してください、機体が損傷してますからね」
『了解、了解、はい、了解』

 厚い雲を抜け二機のアルバトロスが姿を現すと同時に、瞬間転移で彼女ら二人を囲むように五機のシンザンが現れる。
 コハクの動きは早かった。
 まるで敵がこのタイミングで瞬間転移をしてくるのを予め知っていたのではないかと言うほどだ。

「カレイドさん、行って!」

 彼に向って叫ぶと同時に、輸送機との最短距離に割って入る形で現れた眼前のシンザンに向う。
 ブーストペダルを床まで踏みつけ急加速を行い距離を詰め、機体を右方向にロールさせながら左肩で体当たりをした。
 体当たりをまともに受けたシンザンは大きく仰け反る。
 機体にロールを掛けたコハク機の勢いは止まらない、普通のパイロットならば直進時に妙な回転を掛ければバランスを崩し、大きな隙が生まれ、敵にあっという間に撃破されてしまうが、彼女は違った。
 コハクはブーストペダルからは足を離し、機体に惰性で前進と回転を続けさせる。
 レッドバードが右足を大きく振り上げ、シンザンの頭頂部に右踵を振り落とす。
 予想もしてなかった攻撃をまともに受けたシンザンは地面に向かってに落下した行く。先ほどまでシンザンのいた場所の横をカレイド機がよろよろと頼りなく通り過ぎていった。
 通常のPFならば踵落しなど到底不可能だが、コハクが搭乗するレッドバードのレッグフレームは、人間の股関節部に当たる箇所の強度の強化、可動可能な角度の増加がしてあった。
 この一連の動きは高速回転で行うため、パイロットに掛かるGはもの凄い上にその状況下での完璧なタイミングと精確な操作が要求される。レッドバードに搭乗したコハクでなければ不可能な離れ業であった。

 コハク機の背中に向かって四機のシンザンが背中に背負った大手裏剣を投げつけてきた。
 レッドバードは弾かれた球の様に急加速をし、距離を取りつつ、WCS機能のオートロック機能で急速旋回、一瞬にして後ろを振り向き、放たれた大手裏剣をWCSサイトにいれサブマシンガンで撃ち落しつつ、爆発した大手裏剣の爆風で身を隠しながらシンザンの下に回りこむように移動する。
 爆風が消え、コハクがモニター越しに目にしたのはこちらに向かって大手裏剣の第二投を行おうとしているシンザンが三機、もう一機は瞬間転移で消えようとしているところであった。
 それを見た彼女は、先ほどからの急激なPFの動きでやや朦朧とした意識――なぜコハクほどのパイロットが、多少とは言え意識が朦朧とするほどの無理をしなければならないのか?
 レッドバードの性能は、シンザンよりも高いが平均的な実力のパイロットが乗って一対一で戦った時に、微妙な点で明暗を分けると言う程度の性能だ。いくらカスタムPFと言えども規格PFとの差はせいぜい三〇%ほどで、数の不利をやすやすと覆せるものではない。
 ノートンが森で戦っているホムラやカコウのPFとは呼べない特注の機体にしてもそうだ。
 機体性能そのものは規格機に二〇〇%と三〇〇%と比べ格段に差があるわけではない。一機のPFではたとえ相手が二機だとしても並の実力を持つパイロットでは状況を覆すのは難しい。
 コハクの戦っている相手は五機、手を抜き、自分の身体を酷使する事を嫌っては、複数の相手を足止めする事などまず不可能なのである。
 しかし、いくら身体を酷使したとしてもどんな高性能PFでもたった一機では相手が五機もいればを絶対に足止めできるわけがない。少数対多数のPF戦において一番重要なのはパイロットの腕。機体の性能を引き出すパイロットの実力、その実力によっては限定的な状況下ではあるが五対一でも、一〇対一でも、可能となる。
 自分の身体の限界一歩手前まで、機体性能の限界一歩手前まで、どこまで限りなく己の限界に近づく事ができるか、限界何歩手前まで近づけるか、そして、その限界の高さがパイロットの資質と技量の高さと言えるのだ――のせいで鈍った思考力を、身に染み付いた実戦経験と異常に研ぎ澄まされた勘で補いながら状況を分析した。

(三機が攻撃、一機が転移……こっちを向いてない、WCSは基本的にPFの正面にのみ対応。WCSと連動する瞬間転移はターゲットのインサイト及びロックオンなしでは予め座標入力をしなければ不可能、転移後の出現位置は私の周囲はありえない。輸送機も距離がある、転移可能な対象は私以外に一つ……カレイド機のみ)

 言葉で表すと長々としてしまう判断を、コハクは瞬きよりも早く終える時、彼女はすでにカレイドに向かって叫んでいた。

「後ろ!」

 彼女が叫ぶと同時に、三機のシンザンが振りかぶっていた大手裏剣を手から放ち、ふらふらとするカレイド機の背後に転移を完了する。

『はひぃ?』

 カレイドの間抜けな返事が聞こえてきた、一言だけではコハクの言いたい事が伝えられなかった様だが、こればかりはどうしようもない。戦闘中に長々とわかりやすく丁寧に説明している暇などない。
 カレイドの事を気にかけていた頭を目の前の敵に切り替え、サブマシンガンで三枚の大手裏剣を撃ち落すコハク。
 大手裏剣の爆風を裂き、黒い影が飛び出す、アサシンファングを突き出し突進してきたシンザンである。
 コハクはこの攻撃に虚を突かれたが、反射的に対応した。
 レッドバードは微妙に上昇すると共に、後ろでも横でもなく、前に飛び出し距離を詰め、左足をアサシンファングに当たらぬように折り、シンザンの上半身に向かって右足を突き出し、カウンターの蹴りを見舞う。

(爆風のダメージも気にせず、一瞬ではあるけど視認できない敵に向かって、一気に白兵戦を挑む、なかなか肝の据わったパイロットね)

 虚を突かれたにも拘らずコハクは敵を冷静に評価する余裕を持っていた。
 放った蹴りは、敵の頭部に寸分たがわず命中し、後の先を取られたシンザンは最初に踵落しで落下させられ、機体を立て直し上昇してきたシンザンと入れ替わるように下に落ちていく。
 レッドバードの右膝間接部の異常警報を知らせる警告がモニターに表示された。

(今のは流石に強引過ぎた)

 加速下にあるPF二機が正面衝突した時の衝撃に等しい力が、右足一本に掛かったのだ無理もない、間接部の強化を施してあるレッドバードではなく、普通のPFならば足がもげているところだ。
 攻撃後の硬直など一瞬たりとも発生させずに彼女は更に動き続け、無傷の二機のシンザンにサブマシンガンを放ち牽制する。

『のっぺりゃきょっきょらっぽっぽらぴぃぃぃぃぃぃ〜〜〜〜〜!!!』

 通信機から得体の知れない、叫びが聞こえてきた。
 コハクは端正な顔を一瞬歪め、確認するまでもなくカレイドが背後に現れたシンザンに対処できずに、攻撃をまともに受けた事を察知する。
 そして、

(あの人は……戦力としては当てにならない。私一人でやれる事をすべてやる)

 と、心に決めた。





 

 戦場の外から戦況を眺めるフィーナ・ニェットは、青ざめた顔でその様子を窺っていた。

「……信じられない……あの……赤……いPFの、動きは……なに?」

 彼女の口から、言葉が漏れる。
 二機のシンザンを数秒程度で地に叩き落した赤いPFがその原因だ。
 フィーナは数々の戦場で、自分の狙撃ポイントから冷静な目で戦いの様子を眺めてきたが、アルサレア軍の中で赤いPFほど激しくまったく無駄のない、美しいとさえ感じる動きを見た事がなかった。
 ヴァリム軍内で同程度に動ける人間は、彼女の知る限りヴァリムの守護神とも言われる黒夜叉グリュウ・アインソードか、フィーナの所属する第04PF特殊化部隊の部隊長だけである。
 フィーナは赤いPFに畏怖した。

(……数で劣るアルサレアが、ヴァリムと長い間戦っていられる訳が、わかったような気がする、兵士の絶対数の少ないアルサレアだけど、質は高いんだ……噂では聞いてたけど……でも)

 赤いPFに戦慄を覚えたが、フィーナは自分が今まであげてきた手柄を思い出しながら自分を励ます。

(……た、たいした事は無い……そうよ。私の腕ならやれる、エースを何機も落としてきた私ならできる……あの鳥は私が獲る)

 今まで出会った中で最強の敵を、怯えを宿した瞳で睨みつけ、必殺必中の念を込めトリガーに指をかける。





 

『こちらルージュリーダー、ラーナ・エルバラード中佐これより降下を開始、援護を頼む』
(部隊が降下を開始した……早く敵を仕留めるなり、なんなりしないと)

 降下開始の通信を聞いたコハクは、レーダーに一瞬目をやり、敵の位置をイメージではなく確実な情報として把握し直す。
 ――敵の行動パターンは?
 そして、自らの問の敵がどのような攻撃を仕掛けてくるか、敵がどう動くか頭の中で想定し、どの程度の時間で敵を倒せそうか数瞬もかからずに数十通りの回答を出すと、行動に出ようとした。
 その時、コハクの背中にひやっとする寒気を感じた、それを数百の死線を潜り抜けた獣の本能で危険なものと察知し、レッドバードに緊急回避行動をとらせる。
 左腕に衝撃が走り、サブマシンガンが爆ぜた。
 狙撃。
 彼女はそう判断する、通常の射撃兵器の射程外からの攻撃はなかった、かといって遠距離から放たれるバスターランチャーの砲撃の起こりも見られなかった。
 残るは実弾による狙撃、砲撃は小規模のピンポイントなどは不可能、それに単発の砲撃は威嚇の時ぐらいしかない。
 コハクは惑星J上の戦場でPFの実弾兵器によるレーダーレンジ外からの狙撃など受けた事がなかったが、戦場では何が起きてもおかしくないと言う事が身染みている彼女は冷静にこの事実を受け止めた。

(実弾兵器による狙撃なんてはじめて……ヴァリムは色々と戦い方を考えているみたいね、敵の攻撃手段の予想範囲を今後は改めないと)

 彼女が緊急回避をしながらそんな事を頭に浮かべた時、不意に瞬間転移してくるヘッドフレームが大きく歪んだシンザンが一機、レッドバードの蹴りを受け落下して行ったシンザンである。
 レッドバードの上方に出現した敵機は右腕に逆手で持っているアサシンファングを頭上に振り上げ、右袈裟に斬りかかってきた。
 コハクから見て左上方から右下方に流れていく刃の動き、その動きに合わせ機体を旋回させ流れに沿い、シンザンの脇にぴったりと張り付き、振り終わったところでシンザンの左脇、ちょうど人間の脇の下辺りにカタールを深々と突き刺す。
 レッドバードのくちばしにまた、赤いしみが一つ増えた。





 

「避けられた!」

 赤い鳥が何処からともなく放たれた銃弾を回避した瞬間、狙撃手は思わず叫び声をあげた。
 フィーナは狙撃に絶対の自信があった。黒夜叉グリュウ・アインソードでも、"燦然【さんぜん】鳳凰"と呼ばれるアルサレアの英雄グレンリーダーでもあったとしても必ず命中させられると自負していた。
 事実、彼女の狙撃技術と、第04PF特殊化部隊のタルカスベース狙撃専用カスタムPF"スティングペグィン"、そしてPF専用狙撃ライフル"カーロメニーナ"――120mmの口径をもつ狙撃用ライフルで、弾に使用しているのはライフルと分類されているのにもかかわらず、HEAPF【High Explosive Anti Panzer Frame】と、HVAP【Hyper Velocity Armor Piercing】の中間的存在でHEAPF程の破壊力もなくHVAPほどの貫通力もない、DAD【Dissipation And Death】と呼ばれる中途半端な弾を使用している。しかし、的確に命中させれば一撃で敵機を沈黙させる威力と貫通力を有し、カーロメニーナの相性は抜群である……が、カーロメニーナを好んで使うパイロット以外には見向きもされない弾でもある――の三つを持ってして仕留めそこなった敵はいない。しかし、アルサレアの赤いPFは避けた。

(エースを何機も撃ち落し、狙撃を主体とした戦いにしてから……ただの一度も狙いを外した事のない……この私が)

 自分の腕を絶対と思う、それは彼女の自惚れだ。どんな敵でも必ず倒せると思う、それは彼女の傲慢だ。しかし、それは誰しもが迷い込む可能性のある迷路、順調すぎる道を進んできた時に迷い込みやすい迷路。
 赤いPFの動きを見たときに覚えた恐怖と、狙撃をはじめて外したという出来事が、いとも容易く彼女の硝子でできた胸像を粉々に砕いた。

(あのPF……絶対に落としてやる……絶っっっ対に落としてみせる)

 傷つけられた自尊心、その傷口から流れ出た血は闘志が燃え立つ燭台に注がれ、怒りのそれへと変容を果たした。
 もはや、瞳に怯えはなく敵意と怒りがあった、硝子の破片は融解し、気化し、凝結し、凝固し、浄玻璃の剣となる。

(チャンスを待つんだ、どんなパイロットでも必ずどこかで動きが止まる……どんな動物でもどこかで気が緩む)

 赤いPFの動きを狙撃用スコープで注視するフィーナ。
 何かの明るい光が彼女の視界を遮った、たまらず狙撃用スコープから目を離し、PFのモニターに目を移した。すると、こちら向かって規則性を持って瞬く光があった。彼女はその光が何かを知らせようとしているのだと直ぐに気が付く。

(ホムラ大尉? ……いえ、違う。キョウイン大尉……ユ・ソ・ウ・キ)

 自分が赤いPFに気を取られすぎた事に気が付いた。

「くそっ……逃がさない、赤い奴の前に片付けてやる!」

 怒りの灯火に当てられ紅い光を放つ浄玻璃の剣の剣先を、アルバトロス一番機から降下を開始した物資と降下するPFへと向け、

「まずは物資!」

 トリガーを引く。
 高速度で落下するコンテナに寸分たがわず命中した弾丸は、内部の火薬類に誘爆しコンテナは四散した。
 火薬の爆発の赤で、瞳を紅く光らす。
 彼女の目に降下した三機のPFらしき機影が、蜘蛛の子を散らすように慌てて逃げる姿が見えた。それを見た彼女は喜びを感じ引きつった笑みを浮かべたが、三機のうち一機だけPFを凌駕する速度で退避行動を取った事にフィーナは気が付かなかった。

「次はPF……まずは、膝!」

 白いベースカラーに所々ピンクのストライプが入った目立つカラーリングの、動きが鈍重でターゲットに最適なJアームドの左膝を撃ち抜く。
 左膝から下を突然失いバランスを保とうと、落下速度を抑えたアルサレアのPF。

「あっはっはははは、次は頭だ!!」

 第三射目も完璧に命中、Jアームドの頭部が吹き飛んだ。
 膝や頭と精確に望んだ場所を撃ち抜ける彼女ならば、一撃でPFを完全に沈黙させる事もできるが、そうはしない。
 Jアームドは他のPFを引き付け、一定の距離以上離せない餌なのだから……









 

 ノートンは、機体のフォルム通りに烈火の如く攻撃をし続けるホムラの煉獄と、岩の存在の様に硬い盾を持ったカコウの玄冥のコンビとの戦闘を始めた序盤こそ押していたものの、今では逆に押されつつあった。
 彼の周囲では、あらゆる警告音がけたたましく鳴り響き、警告ランプでコックピット内は赤一色であった。それは冷却液も、全身の各部関節も、レッグモーターも、パワーユニットも、劣化し粘度が下がり、磨耗し噛み合わなくなり、役目を果たさなくなってきていたせいだ。

(もっとだ、もっと速く、もっと速く、速く、速く……速く)

 彼の気持ちは焦っていたが、機体はすでに彼の要求する動きについて来られなくなっていた。
 原因は簡単だ。連戦に続く連戦、まばらな質の悪い補給、アルサレア本土ではないここホーシェレンシュタウファンではまともな補給も修理もしないでPFを酷使しなければならない環境にあった。
 更に煉獄と玄冥との遭遇、森に入り地の利は得たとは言え、一機の規格機体で特注の個人専用カスタムPF二機を相手にするのは、機体への負荷があまりにも激しすぎたのだ。

(まだか、まだ輸送機は来ないのか……)

 機体の限界と、己の集中力の限界を感じながら、焦りをつのらせるノートン。
 今の彼には一秒が一分にも五分にも感じられた。

『こちらルージュリーダー、ラーナ・エルバラード中佐これより降下を開始、援護を頼む』

 受信状態で回線を開いたままにしておいた通信機から、降下予定部隊であるルージュ小隊の隊長からの味方護衛部隊へ知らせる通信が入ってきた。

(……ようやく来たか、もうしばらくの辛抱だ、ほんの数分間耐えればいい。後はミカゲ少尉が上手くやってくれるはずだ、彼女なら間違いない)

 彼が攻勢ではなく、守勢の姿勢を取ろうとしたせいだろうか、集中力が切れたせいだろうか、コックピット内の警戒ランプの赤に、白い光が混ざった。
 巨木が生い茂り、その葉が日差しを通さずに昼でも薄暗い森の中では存在しない白い色、日の光であった。
 彼は自分でも気がつかないうちに、機体を森の外へと出してしまったのだ。

「しまっ……」

 彼が"しまった"と言い終えぬうちに煉獄が放った、FAE【Fuel Air Explosive】タイプの小型ヘルファイヤーを内蔵した弾体がノートンの乗るJアインに向かって真っ直ぐ飛んできた。

(……南無三)

 すでにサブマシンガンで迎撃しても、そのFAEの爆風がその本来の威力を発揮するのに十分な距離まで迫ってきていた。

 心臓に手を伸ばそうとする死神を前にし、彼は独り足掻く。








 

第七幕へ続く

 



〜設定〜

○フィーナ・ニェット 年齢:18歳 性別:女 階級:少尉
趣味はPFのワックス掛け、クロスワードパズル。必須アイテムは消毒液と手袋。なぜならバイ菌恐怖症だからである。性格は冷静沈着、マイペースで口下手。口数が少なく、回りくどい言い方をしないので人には酷く冷たい印象を与えるが、実際には本人は人と話すことが苦手なだけである。バカルゴこと、存在感の薄いことこの上ない男を兄に持つ女性。彼に比べて遅れて入隊しながら才能があったのか破竹の勢いで撃墜率を稼ぎ出しエースパイロットへの道をまっしぐら。得意の戦闘スタイルは超長距離からの射撃。1000以上の距離からの精密射撃が得意。


 

〜後書き〜
 随分と久々の投稿をさせていただきますバーニィです。相も変わらず脱線&寄り道の多いモルモット番外編ではありますが、懲りずに読者の皆さんが離れないことを祈りつつ続けさせてもらいます。 2004/09/29 usagi.

 


 管理人より

 バーニィさんよりモルモット小隊番外編第六幕をご投稿頂きました!!

 遠距離からの狙撃は怖いですよねぇ……特に単独だと発見が難しいですから。

 しかしこの展開は、否が応でも緊張が高まってきますね(爆)


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