「んん〜スリルを味わうには物足りない相手だなぁ」
地表から数百メートル上空でカレイド・ヘッドハントは遊んでいた。
シンザンの攻撃をぎりぎりまでひきつけそれを回避、その様にして当たるか当たらないかの瀬戸際の緊張感を楽しんでいるようだ。
カレイドがレーダーに目をやると、下からコハクとノートンの機体が上昇してくることがわかった。
「ぅん、遊びの時間はもう終わりか……少し、寂しいか……あれ……これからだったか? はて……――――――コードにはなんて書いてあったかな……はて、はて……まぁ、いいか、既に決まっていることだ。全ては……」
ぶつぶつと独り言を言う事に集中してしまったため、彼の乗るボトムガイスト・オブ・ドックは動きを止めた。
「……避けきれない……かな?」
動きを止めた隙を逃さずに、アサシンファングを前に突き出し一機のシンザンが彼の機体に突撃してきた。通常の回避の間に合う距離ではない。
ノートンはコハクの僚機、カレイド機に攻撃を仕掛けようとするシンザンを見つけると、すぐに行動した。
「間に合えよ!」
手動でカレイド機と突撃するシンザンの間にAAFミサイルを撃ち込む。当たろうが当たるまいが、カレイド機へのアサシンファング直撃だけは避けられると読んでの攻撃だ。
「!?」
だが、次の瞬間ノートンの目を疑う光景を見た。
カレイド機が突撃してくるシンザンに向かって加速する。あわや衝突と言う瞬間、いや、衝突の時に機体と機体が重なり合いお互いにすり抜けたのだ。
「ばかな!」
位置関係が変わってしまったため、ノートンの放ったAAFミサイルはカレイドに直撃してしまう。
『ちょ、ちょっとー、少尉さん。酷いじゃありませんか!!』
機体を立て直しながら叫ぶカレイドの声が通信機から聞こえてくる。
「すまない」
『まぁ、良いですけど、こうなったらお礼に歌をお聞かせしましょう』
「歌?」
会話をしている間にも、シンザンの攻撃はやまない。
モニターにコハクが三機ほど自分の方に引き付けて戦っている様子が映っている。
(遊んでいる場合じゃないな……だが、ミカゲ少尉が連れてきたこの男。調子が狂うな)
手裏剣を放ち、瞬間転移で現れては消えるシンザンの攻撃を迎撃しながらノートンは機体の調子を、特にWCSの様子を窺っていた。自分のいま乗っている機体に補給物資の不足と、整備員の不足から整備不良箇所が十箇所近くあるのはわかっていた。だが、WCSやモニターのグラフィック処理ソフトに関しては入念にチェックし、なんの問題もなく動く事を出撃前に自分で確認してきている。
それにもかかわらず、画面上で機体同士がすれ違うと言う状況がモニターに映し出された。
(……あれは、俺の目の錯覚なのか、モニターでは距離感が分かりにくいから紙一重でスライドして避けのたのかも知れない。だが……そんなことできるか? それに、スライドしたなら画面上でわかる、だいたい……さっきはPF同士がしっかり重なり合っていたじゃないか……モニターがいかれているとなると、不味いな)
モニターに映っている輸送機到着予定時刻は後、"二分十九秒"となっていた。
それ以外に他に攻撃の手を緩めたシンザンが映っている。敵のパイロットはなぜ自分の攻撃がカレイド機に当たらなかったのか理解できずに動揺しているようだ。
『……bbaab aaaaa abaaa babaa babbb aabaa baaba abbba……』
モニターに映っている輸送機到着予定時刻は後、"二分十八秒"となっていた。
何かの呟き、耳鳴りと同じ拍子を持つ声が聞こえてきた。
(……歌……か?)
ノートンはそう直感した。聞いた事もない、とうてい歌とは判断できないであろうものなのに、彼は歌と認識した。
遠くの方ではコハクが三機のシンザンと交戦している、耳鳴りも歌も聞こえていないようで普通に戦っている。
『……BAABB BABBB AABAA ABABA AAAAA BAABB ABBBA・ABABA AABAA BAAAA BAABA ABBBA……』
モニターに映っている輸送機到着予定時刻は後、"二分十七秒"となっていた。
先ほどよりはっきりと歌のようなものが聞こえてきたが、その内容は理解不能だ。
どうやら機体同士を触れさせPF同士の間で使われる接触回線が作動し、音を拾っているようだ。コックピット内の内壁がビリビリと音をたて共振をしている。
ノートンには歌の言葉の発音がどういうものなのかすら、わからない。二種類の響きをもった語で構成されているようにも思えるが、それ以外のもっと多くの語で構成されているようにも聞こえてくる。
(少尉の連れてきた男が……歌っているのか……だが、こんな事が可能なのか?)
『……ababa babaa baaba babaa abbab aabaa babaa babbb aabaa=baaab babaa baaab abbba abbaa babaa・ababa babaa baaba aabaa babaa babbb aabaa baaab aaaaa baabb abbba baaab babaa……』
モニターに映っている輸送機到着予定時刻は後、"二分十六秒"となっていた。
ノートンの視界が狭まってきた。
目から入る情報が減り、耳鳴りと歌が際立って聞こえてくるようになって来る。
(まて、冗談じゃないぞ……視界狭窄だと……落ち着け、落ち着け、落)
彼の思考は停止した。
『……abbaa aabaa abbab abbab aabbb aaaaa baabb abbba abaaa……』
だが、意識はある。
『……bbaab aaaaa abaaa babaa babbb aabaa baabb abbba baaab abbba baaba babaa baabb abbba・BBAAB BABAA ABAAA……』
しかし、自分を認識する意識は失われていた。
『……bbabb babaa baaab babaa baaab abbba aabba abbba baaba babaa、bbaaa abbba aabba babaa=baaba abbba baabb abbba−baaba babaa……』
歌を、耳鳴りを、聞いてはいたがそれを明確に意識していない。無意識に意識している状態であった。
『……abbba baaab aaaaa baaab abaaa・abaaa baaba babaa aabba aabaa baabb babbb abbba baabb abbba……』
モニターに映っている輸送機到着予定時刻は後、"二分――秒"となっていた。
『……AABBB ABBBA ABBAA ABBBA BAAAB BABAA・AAAAA BAABB AAAAA ABBAB AAAAA BAABB ABBBA BAABA BABAA・ABBAB AAAAA ABAAA BABAA BABBB AABAA・BBAAB BABAA ABBAA BABAA ABABA BABAA BAAAB ABBBA BAABA BABAA……』
周囲から次々とものが消えて行き、彼の乗るJアイン以外のPFが消えた。
『……abaaa baaba aabaa ababa abaaa baaab abbba baaab abbba baaba aabaa baabb abbba、ababa babaa baaba abbba abbab aabaa abbba bbaab aabaa aaaab aabaa baabb abbba abbba baaba babaa……』
彼の乗るPFは消え、彼は虚空に浮いていた。
宇宙ではない、宇宙だ。
星はない、星で満ちていた。
光もない、光で満ちていた。
その空間は黒かった、空間は白かった。その空間はありとあらゆるものに満ちながら、ありとあらゆるものが存在しなかった。
やがて、彼も消えた。
彼は一刹那に満たない時に飲み込まれた。
『……aaaaa bbaab aaaaa baabb abbba―baaba babaa……』
彼に見えない、モニターに映っている輸送機到着予定時刻は後、"――分――秒"となっていた。
彼の眼下におおきな家が見えた。
『……ababa babaa baaba abbba abbab abbba……』
赤茶色の屋根をした、石でできたわっかで囲まれた家だ。
彼は見た事もないが、どこかで見たような印象を意識せずに感じていた。
それにしても視点が変である、上空から屋根を見下ろしている。
未だに彼の知覚、感覚は麻痺したままだ。いまの彼は絶対に有り得ない視点に疑問を持ち、疑うことはまるでなかった。
『……bbaab babaa babab aabaa bbaab aabaa baabb abbba……』
屋根を素通りし部屋の中へ、部屋には二人の人間がいた。
一人は、てに銃を構えた幼い子供、歳は八歳ぐらいだろう。
もう一人は三十過ぎの女性だ。銃口を向けられ怯えている。
彼は彼女になった。
(……どういうことだ、これは? あれは誰だ? どこかで見た事のある子供がこちらに銃を向けている――そんな、まさかあの子が私に銃を向けるなんて!――)
彼は女性の中で、感情を共有していた。
それは言葉では表しきれない、非常に複雑で大きな塊、怒り、恐怖、絶望、その他数え切れない要素を少しづつもった感情であった。
「ど、どう言う事なの!」
裏返った声で女性は子供に向かって叫び声を上げた。
子供は無言で銃の狙いをつけている。その表情にためらいの色は見えず、銃しんもぶれていない。銃を撃つ事に何のためらいもないようだ。
(あの子は……迷っている)
外から見ては迷っているなど思えない子供。しかし、彼は迷っていると確信した。何故かわからないが自分の事のようにわかるのだ。
子供の目が鋭くなった、撃つ、と言う意念がこもる。
(……撃たれるな、この女性が撃たれるという事は)
眉間に異物が入り込む。
彼は皮膚を引き裂かれ、肉を破られ、骨を撃ち砕かれる感触を一刹那ごとにつぶさに知覚する。
『……ababa babaa abaaa aabbb aabaa baabb abbba・ABABA AABAA BAABA ABBBA BAABA BABAA・ABAAA BAABA BABAA AABBA AABAA AAAAB ABBBA BAABB ABBBA・abbab aaaaa abaaa aaaaa―baaab aaaaa baabb abbba baabb aabaa babbb baabb babaa abbbb babaa……』
女性は床に倒れた。
彼女は、彼はこの瞬間、しんだ……明確には死んだといえないのかも知れない。何をもって死んだというのか、それは誰にもわからないのだから、しかし、死という名の蜘蛛、その蜘蛛の網に捕らわれた事はたしかだ。
それもけっして逃れる事のできない網に……。
"生は生者のみが知りえ、死は死者のみが知りえる。生者は死のみを知り、死者は生のみを知る"
二度と閉じられる事のない瞳に、床と銃を放った子供が映る。
『……BBAAB BABAA ABAAA・BAAAB BABAA ABBAA ABBBA ABAAA・ABABA BABAA AAAAA ABBAB ABBBA AAABB ABBBA BABBB BABAA BBAAB BABAA ABAAA・ababa babaa baaba aabaa abaaa aabaa baaab aaaaa baabb abbba baaab babaa……』
既に死んでいるが、脳はまだ辛うじて機能を有しているようで、彼も女性も思考がおこなえた。
(……身体が冷たくなっていく――ぁぁ、どうして、どうして、私に何が起こったの?――)
彼は冷静に、彼女は事態を把握しきれていない。
(……そうか、これが死ぬ間際というやつか――私が死んでは、あの子達は、あの子達はどうなってしまうの?――)
彼は冷静に、彼女は不安に駆られる。
(……走馬燈、だったか? あんなものは見えないんだな、ただ意識が薄れて行くだけだ。身体は冷たいのに、額から流れる血は温かいんだな――嫌よ、嫌嫌嫌嫌嫌嫌、嫌! 死にたくない、じょうだんじゃないわ! 私はまだ死にたくない、なんで私が死ぬのよ、あのクソガキ! あの鬼、れぎおん!! ふざけんじゃないわよ!!!――)
彼は冷静に、かのじょは怒りに満ちていた。
(……意外と意識は長く持つもんだな、これは予想外だ。だがもう、あまり持たんな――ぁぁぁぁぁ、死ぬのね、暗くなってきたわ。どんなに足掻いても、もうどうしようもない――)
かれは冷静に、彼女は諦めつつあった。
(……暗くなるだけじゃないのか、螺旋? 渦が巻いている、あれは、あの中心で待つものはなんだ!――まわってる、世界は流転しているのね、それとも私が流転しているの? こんなにも、こんなにも激しく世界は変化を繰り返していたのね。そう、これなら安心ね。またあの子に会える、あの子に会えるのなら、また死んでも良い、流転する流れをほんの少し待てば良いのだから、ほんの少しだけ)
彼は恐怖し、彼女は死を受け入れていた。
床と触れあい一度、冷たくなった頭部が、体内から湧き出る赤い液体により温かくなってくる。
女性は自らの血に、温もりとあんしんかんを与えられ、よろこびの中、死に取り込まれていった。
『……abaaa baaba abaaa babbb bbaaa babaa baabb abbba……』
彼は自分の意思とは関係なく彼女から抜け出ると、こんどは女性を撃った子供に入り込む。
手にした銃で撃った女性。その側によると鼻と口に手をあて呼吸を、首に手をあて脈をかくにんする。
(おじさんの言ってた、目標は達成した……この人は、僕のなんだったんだろう? なにか、身近な人のような気もしたけど……まぁ、いいや、帰って褒めてもらお)
子供の中で彼は、この子が思っている事を声として聞いていた。どこかで聞いた事のあるような気がする声、彼はどこか懐かしい気がした。
(でも、なんか気になるな……たった一人、人が死んだだけなのに……そう言えば、なんであそこの壁の写真に僕がこの人と一緒に写っているんだろう? なんでかな?)
自分の殺した女性の顔をしげしげと眺める子供。
頬を手で撫で、髪に鼻を近づけて匂いも嗅いでみる、懐かしい、そんな気がした。
(……僕はこのひとを知っている?)
子供は背中でびじゃくな空気の振動を感じた、背後でドアがゆっくりと開く音がする。
銃を構えつつ一瞬にして反転し、音のした方向に銃口を向け、ニ発三発と発砲する。その動きに無駄はなく、ごく自然な動きであった。
空になった薬きょうが床に落ち、鈴の音の様な軽やかな音がする。
それに答えるようにドアの向こうでは、太鼓を叩いたような重い音がかえってきた、弾がめいちゅうし人が床に倒れ込んだのだ。
ざつな足音も立てずに銃を構えドアに近づく子供、半開きになったドアを一気に開き隣の部屋に飛び込んだ。
『……baabb abaaa babbb abaaa babbb abaaa abbaa babaa……』
子供のめに自分と同い年ぐらいの"赤く染まった子供"の、横たわる姿が目に入ってきた。
まだ生きているようで荒い息をしながらこちらを驚いたような目で見ている。
胸からの出血が酷い、荒い呼吸に混じって、ひゅぉひゅぉっと音がしている。穴の開いた自転車のタイヤに空気を入れているときの音の様だ。
「……」
何事か言葉を発したが、空気漏れが酷く肺の力を失った息では、言葉が形にならず聞き取れなかった。
「なに、なんて言ったの?」
子供は床に倒れている"赤く染まった子供"に銃口を向けてじっと見つめたまま、普通に人と話す時のように気軽に声を掛けた。
返事は返ってこない。"赤く染まった子供"は半開きになった口から血と唾液が混じりあった汁を垂らしながら、生気のなくなった瞳で子供の事をまっすぐに見つめたまま動かない。
「ねぇ、なんて言ったの?」
子供はもう一度尋ねる。
言葉の返事がないかわりに、胸にあいたあなから血が出て、ごぽごぽっと音を立て返事をした。
「……いたいの?」
またあかい血が溢れ出てきて音をたてる。
子供はゆかに片膝をつき、赤く染まった子供の傍に移動し、傷口の一つに手を当ててみた。
「……」
「もっと、はっきり喋ってよ」
"赤く染まった子供"が口をひらき何かを言う。しかし子供はまるで聞き取る事ができずに困った顔をした。
『……ABABA BABAA BABBB AAAAA BABBB ABBBA BABAA BABBB AABAA・ABABA BABAA BAABA AABAA AABAA BAAAB AAAAA BAABB ABBBA BAAAB BABAA・AABBB BABAA BABBB ABBBA AABAA・ABBAB AAAAA AABBA ABBBA ABBBA……』
仕方がないので子供は赤く染まった子供の口の近くまで耳を近づけた。
「なんっ……で……ぼ……く……ぅを、うった……の?」
言葉を聞くと子供は答えた。
「だって、しょうがないじゃないか、僕の後ろで音がしたんだもん……誰だってみんな、撃つよ」
「ちが……ぅ……だ、れ……も……じ、じ、じぶ……んを……うつ……ひとな、ん……ていなっ……い」
「自分を撃つ?」
「ぼ……く……は、き……」
いったん顔を離し、妙な事を口走りだした"赤く染まった子供"のようすを見る子供。
(「自分で自分を撃つ」……変な子。撃たれたのはこの子であって僕じゃない。僕はこの子じゃないのに……この子じゃない?)
「……み、ぃなん……」
子供は急にいままで感じていなかったことを感じはじめた。
『……aabbb aaaaa baaba babaa baabb aaaaa―……』
身体が妙に寒くなり、全身から生気が抜けていく感じがする。
「だ……よ……ぉ」
子供は急に目の前が暗くなった気がした。
『……aabbb aaaaa aabba aaaaa baabb abbba babaa babbb abbba baaba babaa・BBAAA AAAAA ABABA ABAAA BAAAB ABBBA BAABA BABAA・aabba aaaaa aaaab aaaaa・baaba
abaaa babbb bbaaa babaa aaaab babaa=abbab abaaa aabba babaa baaab aaaaa baaba babaa……』
そして、自分の身体に穴が開いておりそこから血が出て、自分が赤く染まっている事に気がついた。
(……あれ、天井が見える……僕は床に倒れたのかな……)
わっかが描かれた天井を見つめていたしせんに、影が入り込んできた。
冷たい氷のような視線を"赤く染まった子供"に投げかけようすを窺っている
(僕は、この人を知っている。なんだ……この人は……じ)
"影の濃い男"は、にっと笑うと"赤く染まった子供"に話しかけだした。
「終わりだ、残念だったな……わからないか? お前は池で溺れたんだ。赤い池で、どうして池ができたか知ってるか?」
にっと笑いかけられた"赤く染まった子供"は首を横に振り、知らないと答えた。
「嘘だな、知ってるだろ……どうして、池ができたのか」
「空から……雨が降ってきたから」
「そう、赤い雨がな……どうして雨が降ったんだ?」
「雲があったから」
「そう、赤黒い雲がな……どこから雲が来たんだ?」
「風にのって、遠くから」
「遠くか?」
「遠く」
「本当か?」
「……」
「雲は風にのって遠くから来たのか?」
"赤く染まった子供"は首を横に振り、違うと答えた。
「本当はね。ずっと僕の頭の上にあったの、ずっとずっと僕の頭の上にあって、僕の事を見てたの。雲にはね、いぃっぱい、眼が付いてるの」
「どれくらい?」
「わかんない、数えたことないもん」
「その眼は見てるだけなのか?」
「うぅん、泣くの、涙を流すの、声は出さないんだけどね。静かに赤い涙を流すの」
「それは、雨か?」
「そうだよ。赤い雨、粘々してドロドロして気持ち悪い雨。それがたまると池になるの、大きな池になるんだよ」
"赤く染まった子供"は言葉と一緒に、言葉の拍子に合わせて口から血を噴出し目を輝かせながら、"影の濃い男"に話し続けた。
「それで、それからどなるんだ?」
「池からね。鳥が生まれるの、赤い赤い、全身が真っ赤な鳥だよ」
「その鳥はどこに行くんだ?」
「えっとね、もうじき死ぬ人の中に入って、その人が死んだら出てくるんだ。その時にはもう一羽増えているんだよ」
「つまり……二羽?」
「うん、二羽。一羽が二羽に増えるの、それでね。空の雲にかえって、雲と一緒になって、雲を大きくして、雲の眼を増やすんだ」
「その後は?」
「雲が雨を降らして……その繰り返し」
「終わりは?」
「あるけどないよ」
「そうか、終わりはないのか……」
「違うよ、終わりはあるけどないの」
「どっちでも良いさ……さてと、じゃあな。俺はもう行くよ」
「ばい、ばい」
"赤く染まった子供"は、背を向けて立ち去る"影の濃い男"を見送った。
『……ABBAA AABAA BABAA BABBB AABAA BAABB ABBBA……』
"影の濃い男"が立ち去った後、"赤く染まった子供"は天井のわっかを見つめていた。
(僕は何かしていた様な気がするけど……なんだったかな?)
足音が近づいてきた、それに伴い獣の匂いが強くなってくる。
『……ABABA BABAA BAABA ABBBA BAABA ABBBA ABAAA・babaa bbaab aabaa babaa babbb abbba baaba babaa……』
"影の濃い男"と同じように影が覗き込んできた。
「……」
「狼さん、痩せてるね」
覗きこんできたのは"痩せ細った狼"であった。
「……」
「よだれ垂らしてどうしたの?」
「……エサノニオイヲタドッテココマデキタ」
「お腹すいてるの? だったら僕の足を持っていって良いよ」
"痩せ細った狼"は"赤く染まった子供"の右足を食い千切り、床に置いた。そして、物欲しそうな目で赤く染まった子供を再び見た。
「足りないの?」
「……コドモタチノブンモヒツヨウダ」
「じゃあ、頭以外を持っていっても良いよ、頭はまだ必要な気がするから」
"痩せ細った狼"は眼だけで笑うと、"赤く染まった子供"の首に噛り付いた。
首の筋肉に牙が食い込み、ゴムが切れる時に発するような、ぶつ、とも、にぇゃち、とも聞こえる嫌な音がした。
『……aaabb aaaaa baaab babaa aaaab babaa bbaab abaaa……』
痩せ細った狼が更に牙を立て、何度も何度も噛み直し、首の骨を中心とするその回りの肉を、ずちゃずちょ、にした。最後に"痩せ細った狼"は奥歯で骨をしっかり咥えると、ごりごり、ぎりぎり、と音をさせながら、首を使って捻りを加え首の骨を切断した。
「……コレデフユガコセル、カンシャスルゾ」
「さよなら」
それだけ言うと、"痩せ細った狼"は"赤く染まった子供"の身体であったものを口に咥えてその場を立ち去った。
『……aaaaa aaabb abbba babbb babaa baaab aaaaa……』
首だけとなった"赤く染まった子供"の身体があった場所には、赤以外の色も混じり無秩序で乱雑なパレットさながらの模様を描き出していた。
「首だけになってさっぱりしちゃったな……移動する時どうしようかな?」
"頭だけの子供"はそんな事を疑問に思うのであった。
しばらくすると、"痩せ細った狼"と同じように影が覗き込んできた。
「良い頭ね」
覗きこんできたのは背中に大きな袋を背負った"肌が白く唇が赤い女"だった。
「頭?」
「私ね、頭を集めるのが好きなの」
"肌が白く唇が赤い女"は蛇のように先の割れた透き通るほど赤い舌で舌なめずりをする。
『……babaa baaab babaa……』
唾液が多いらしく舌なめずりした際に粘っこい音がし、口元からきらきら光る唾液が漏れた。
「僕の頭が欲しいの?」
「えぇ、とっても欲しいわ」
「じゃあ、あげます。でも、僕は持っていかないでね」
「ほんと、嬉しいわ」
"肌が白く唇の赤い女"は"頭だけの子供"の頭を取り上げる。
"痩せ細った狼"の牙が雑に切断した傷口から血が、ぼたぼた、と垂れ"肌が白く唇の赤い女"の首から下を赤くして行く。
『……aaaab aaaaa aaaaa ababa babaa baaab babaa……』
"肉のない子供"の頭がそうとう気に入ったらしく、"肌が白く唇の赤い女"は床に頭を置くところころ転がし、色々な角度から眺めた。
「ふぅぅん、思った通り良い頭」
ため息混じりに"肉のない子供"の頭を褒める。
「最高の頭だわ、私の四番目のお気に入りね」
「最高なのに、一番じゃないの?」
"肉のない子供"は"肌が白く唇の赤い女"に尋ねた。
「四番目よ、四番目は最高の名誉なの」
「一番じゃなくて、四番が?」
「そう、四番目」
"肌が白く唇の赤い女"は、背中から大きな袋を下ろすと、その中に"肉のない子供"の頭を放り込む、中に何が入っているのだろうか時になった"肉のない子供"は中を覗き込もうとしたが"肌が白く唇の赤い女"は中を見せない様に袋の口を手早く閉めてしまった。
「何が入ってるの?」
「知る必要のないものよ」
「教えてよ」
「駄目……もう行くわ、もうじき嵐が来るからその前に帰りたいのよ」
「さよなら」
"肌が白く唇の赤い女"は立ち去った。
後に残った"肉のない子供"は天井のわっかを見つめ始めた。
『……あらわれたまえ……』
しばらくすると、何処からともなく赤い鳥を伴った"黒いローブを着た老人"が現れた。
「……時間?」
"肉のない子供"が呟くと"黒いローブを着た老人"は一度頷く、ふと気がつくと"肉のない子供"は赤い鳥の肉を持っていた。
『……bbaaa abbba aabba babaa=baaba abbba baabb abbba−baaba babaaよ……』
"赤い鳥になった子供"は天井のわっかに向かい飛び、天井を越え屋根を越え、空の赤い雲に向かって飛んでいく、そして、眼のついた赤い雲に"赤い鳥になった子供"は溶け込んでいった。
『……あらわれいでたまえ……』
モニターに映っている輸送機到着予定時刻は後、"二分十九秒"となっていた。
それ以外に他に攻撃の手を緩めたシンザンが映っている。敵のパイロットはなぜ自分の攻撃がカレイド機に当たらなかったのか理解できずに動揺しているようだ。
別のシンザンがノートンに向かって突進してくる。
彼はその存在にまったく気が付いていなかったのでぎょっとせずに入られなかった。
(俺とした事が戦闘中に一秒たりとも集中力を切らすなんて……)
この攻撃を回避し反撃を試みようとした時、シンザンたちが一斉に撤退行動を開始した。
(敵が引き上げる……どういう事だ?)
『のわきゃらきょけちょりょぉぉぉぉぉぉ!!』
ノートンの耳に、カレイドの上げた怪鳥の様な悲鳴が聞こえて来た。
カレイド機を見ると、大きな爆発により生まれた火球だけが見え、カレイドの乗る機体の姿は見る事はできなかった。
コハクは輸送機のポイント到着をレーダー上で確認した、もう少しで輸送機は高度を下げ視認できるようになるだろう。だが、敵のシンザンはまだ残っている。
(輸送機が来ますね。手早く片付けましょうか……もう、迷いはしません。取らせてもらいます)
サブマシンガンでシンザンの動きを鈍らせ突き刺すべくカタールを構え距離を詰める殺気を宿したレッドバード。
「覚……っく」
必殺の突きは背後からの衝撃でふいになってしまった。
銃弾による衝撃ではない、刃の斬撃でも、鈍器の痛撃でもなかった、ミサイルの爆発により生じた爆風の衝撃だ。
(背後から、そんな気配はなかったのに……レーダーに反応がない、シンザンが引き上げた?)
『少尉、無事か?』
「無事ですよ、ロウさん」
シンザンはいまの爆発が起こると同時にいつの間にレーダー上から消えていた。だが、完全に消えたわけではなくどこかに潜んでいるだけだろう。
機体を立て直し、周囲を索敵すると、モニターに三百メートルほど先で煙を上げながら落下して行く、左手足を失ったカレイド機が映っていた。敵は彼の機体を狙っていたから気配を感じなかったのかとコハクは考えた。
『おおぉぉぉぉ、なんだ、なんだ。火星人の襲来か、予防接種は受けて来たか! どんなに強くても、風邪をひくと死んじゃうぞ!! それとも、ハワイアンで死ぬのかぁぁぁ!!! 頭が割れるぅぅぅぅぅってな感じかぁぁぁぁぁ!!!!』
先ほどの爆発の衝撃をまともに受けたのは、意味不明な叫び声が通信機から聞こえてくる。落ち行く機体はカレイド機に間違いなく、先ほどのミサイルのものと思われる爆風は彼の機体に直撃したものに間違いない。
(……通常のミサイルにしては爆風の範囲が広い、それにフライキラーにしては射程が長すぎる)
コハクは自分を狙ったフレア系に属するミサイルか何かが爆発した爆風だと判断したが、そうではなかった。
レッドバードに向かって下からミサイルが発射された。彼女が迎撃するよりも早くノートンがそのミサイルに気が付きサブマシンガンで撃ち落とす。
三機のミサイルがもの凄い爆発を起こした。その爆発範囲はヘルファイヤー級である。
(フレア系でも、フライキラーでもない……ヘルファイヤーの小型版?)
『ミカゲ少尉、下の奴は俺が独りで押さえる。シンザンに警戒しながら物資と降下するPFの護衛を頼む』
通信を入れると彼は下の森の方に向かい機体を降下させていった。
「独りでは無茶ですよ。私も……」
『必要ない!』
有無を言わさぬ発言を残し、爆風の範囲を避け大きく迂回しながら森の中から放たれたレーザーと弾丸を避け森の木々の間に、あっという間にノートンの機体が消えた。
(……あの動きなら心配ないか)
ノートンは森へ降下しながら、狙いの正確なバスターランチャー系の薙ぎ払いレーザーと、サブマシンガンよりも弾速も威力も高い高速速射可能なガトリングから放たれたとおぼしき銃弾をかわし、距離を詰める。
すでに先ほどの大型ミサイルは撃てる距離ではない。この距離で撃つパイロットがいるのなら、それは自殺願望者か、自分は死なないと思い込んでいる人間ぐらいなものだ。
(バスター、ガトリング、威力と爆発範囲重視の大型ミサイル……敵はカスタムPFだな、機数はわからないが、抑えておくぶんには問題ないだろう。撃破するとなると……無理をすればこの規格機でもいけるだろう)
森の中にJアインを潜らせたノートン。
ここの森の木々は数千の時を生きてきた巨大なもので、PFの姿をまるごと隠せるほどの大きさがある。
森の中に入ってしまえば、使用できる兵器に大きな制限がかかる。大型ミサイルの攻撃を防ぐためにもノートンの判断は正しい。
大型ミサイル、森の中からノートンたちに放たれたミサイルはヘルファイヤーと呼ばれるFAE【Fuel Air Explosive】の小型版だ。
直撃させてダメージを与える通常のミサイルとは違い、爆発により生じた衝撃波で目標を破壊する事を目的とした兵器だ。FAE系のものは対PF用というよりも施設破壊、地雷の撤去や歩兵、戦車の排除などの方が効率的に使える。
PF対PFと言う戦いが主流であり、それしか考え付かなくなったアルサレアとヴァリムの大多数の人々がヘルファイヤーなどの大量破壊兵器を忌み嫌っていた。
理由は簡単だ、余計なものまで壊してしまうからである。いまの戦場ではPFを壊すことばかり考えられ、その他の箇所への関心は非常に薄くなっているのだ。
ミサイル、特にヘルファイヤー級のミサイルの信管は近接信管が採用されている。
近接信管と言うのはミサイル本体にレーダーを搭載しているもので、ミサイルがそのレーダーで特定の対象物に近づいた事を確認して爆発する。
MLRSやAAFミサイル、対PFミサイルなどは衝撃により爆発する着発信管の方を採用している。そうでもなければ本来の効果や威力が発揮できない。
巨木が乱立するこの場所ではPFにのみ正確に反応して爆発する事は不可能、しかも、爆発範囲が広いだけに自分も巻き込みかねないので、ますます大型ミサイルは使用不可能な状況となっている。
ノートンはその点を考慮して自分の機体を森の中にいれた、そうでもしなければ火力で押し切られ敵PFを抑えるどころか自分が死にかねないと判断したのである。
彼の目に敵が見えた。
遠くの木の隙間に揺らめく炎の様な曲線を持つ赤い機体、その脇にPFよりも大きな盾を持った土色をしたPFがいた。
センサー類をパッシブに切り替え、敵の出方を見る。
燃える炎の機体、ホムラの乗る煉獄が左手を丸ごと覆うように装着されている、インナーアームガトリングを発砲、大口径の銃口から放たれた弾丸が向かってくる。
ノートンは敵の赤い機体、煉獄との射線上に木が入るように機体を移動させる。
森の中では障害物が多く、ブースト速度を活かした回避は役に立たない。
ぎりぎりで敵の攻撃を読みつつ、障害物などの影に隠れ地味に避ける必要がある。特にいまのこの地形では派手な行動はマイナス的な要素しかもたらさない。
煉獄のガトリングを木の陰から陰へと移動しながら回避してゆくが、インナーアームガトリングの前には巨木はたいした役にたっていなかった。
サブマシンガンやPFの肩に装備されるガトリングを凌ぐ大きさを持つそれから放たれる銃撃は、木の幹を貫通する事はなくとも、一秒も掛からずに削りきるほどの連射力と威力を持っていた。
ノートンの乗るJアインの装備しているサブマシンガンではこうはいかない。サブマシンガンで森の巨木の幹を削りきろうと思ったら十秒は掛かる。
倒れる巨木の陰に隠れながらノートンは冷や汗をかいていた。これほどの連射力と威力の兵器を持っているとは思っていなかっからだ。
(ただのカスタムPFじゃなかったな……あんなごっつい、腕を覆うようなガトリングは、いかにもメンテナンスの大変そうなものは、流用のきくPFの兵器では存在しない、特注品だな、と言うことはエースパイロット。外装だって見た事もないPFパーツで構成されている……あれも特注だろうな、エース中のエース。どこかの特殊部隊……最悪だな。それに……)
機体を陰から飛び出させ、狙撃に使用されるWCSだけに頼らずに射撃を行うターゲットスコープを片目で覗く、見えたホムラの煉獄の側面にサブマシンガンを放つ。
だが、それは当たる事はなかった煉獄の周りを常に付き従う盾を持ったカコウの乗る玄冥がカバーに入りそのPFの身の丈を越すシールドで銃撃を防ぐ。
(あのシールドを持ったのが厄介だ……あれがいなければ、撃破もできるが)
一見すると、煉獄の射撃回避に徹しているノートンの方が一方的に押されているよう思えるが、
「うざってぇ、野郎だな! キョウインみたいにコソコソしてんじゃねぇよ!!」
実際に押されているのはホムラとカコウの方であった。
インナーアームガトリングの機体が吸収しきれいない反動による振動を、コックピットシートで感じながら叫ぶ。
ホムラは先ほどから射撃をしているのに一向に命中しないことに苛立っていた。
彼の戦闘スタイルは大火力で敵を一気に殲滅すると言うものだ。
本来なら肩の小型ヘルファイヤータイプのミサイルや右手のグレネードランチャー式ヘルファイヤーとも言えるハンドヘルファイヤーなどで敵を問答無用に跡形もなく吹き飛ばすのだ。だが、周囲の環境がそれを許していなかった。
巨木が邪魔をしていて彼の武装でまともに使えるのはガトリングだけなのだ。カコウの機体にいたっては、この場所で有効的に使える兵器すらなかった。
ホムラの機体は遮蔽物の少ない広い場所でこそ本領を発揮できる機体だ。では、ホムラがこの場所から脱しないのが悪いのか、そうではない。
「規格機のくせに生意気なんだよぉ!」
規格機、つまりJファーやノートンの現在乗っているJアインの様に規格外装を持つ機体の事をさす言葉だ。
エース級のパイロットならば九割近くがカスタムPFに乗っている、それはパイロットの腕に機体が追いつかないからと言うのが一般的な理由だが、実際はある程度まで階級の上がったパイロットが自分の好みの通りにカスタマイズしているだけである。
規格機と完成度の高いカスタムPFとでは二倍近くの機体性能差がつくこともあり、カスタムPFに乗っているということはそれだけで、ただの雑兵から見れば味方は憧れの的であり、敵は脅威となる。
カスタムPFはエースパイロットの象徴なのだ。
ホムラは、そのカスタムPFにすら乗っていない雑兵に手を焼き、カスタムPFよりもさらに手間の掛かるカスタムハンドメイドPFとも言える機体に乗りながら、リュウハの側近である自分、雑魚に苦戦する自分が腹立たしかった。
(情けねぇ……情けねぇ! この俺がたかが規格機に、手を焼くなんて……このままじゃ、リュウハ様に会わせる顔がねぇ)
苛立ちながらガトリングを連射するが事態は一向に変化しない。ただ、弾が減っていくのみである。
この苛立ちが彼の動き大きく鈍らせていた。
彼に苛立ちを覚えさせ、その苛立ちから攻撃のリズムを崩させ、無駄弾を撃たせる。もっとも、そうさせているのはホムラ自身でも、周囲の環境でもなく、ノートンの動きそのものであった。
ノートンの動きは、はたから見て非常に単純であり、回避に専念するごく普通の動きにしか見えない。しかし、その生み出す効果は普通の動きではできないものであった、故に普通の動きではないのだが、やはり、回避行動に徹しているようにしか見えない。
距離も、遠すぎず近すぎず、射撃戦には最適ながら接近戦には向かず、射撃戦においてもミサイルなどを使用するには近すぎる距離、マシンガンやライフルなどがもっとも有効な距離、ごくごく普通の距離だ。
このごく普通の単純明快な動き、ホムラはその背後に隠されたノートンの威圧感に押し込められていた。
(予定が大幅に狂っちまってる……どう取り返す、ホムラ? 無茶するか?)
ホムラの予定は、森の中から上空にいるアルサレアのPFを「みんな、まとめてぶっ飛ばしてやるぜ!」と言うものであった。
仮に第一撃で仕留め損ねても、敵は森の中にいるこちらを安全な距離から撃つと言うことはできないと読み。
こちらに向かって距離を詰めようとしたならば、森に入る前に撃ち落とせば良いと考えていた。
彼は接近する敵を撃ち落とすだけの自信を持っていた。
いままで遠距離から中距離にかけての戦いで、彼の猛攻をかいくぐり距離を詰めたパイロットはアルサレア軍ではいないに等しい。
それに、敵を近寄らせないために攻撃するのは彼だけではないカコウのバスターランチャーによる攻撃も加わる。
自分の腕に対する自信とカコウの射撃技術の信頼から、たかが一機や二機程度のPFがメインウェポンの死角となる近距離まで近づく事など、万に一つもないと思っていた。
ホムラのその考えは間違っていない、並のパイロットでは近寄りたくても近寄れず、近寄れば死が待っているだけなのだ。
(いや、あの野郎は些細な隙も見逃すやつじゃねぇ、俺とカコウの攻撃を避けてここまで距離をつめるぐらいの野郎だ。くやしいが規格機に乗っているくせに、俺よりもつえぇ……アルサレアにあんなパイロットがいるなんて予想外だぜ)
インナーアームガトリングの射撃の合間を狙って敵の攻撃が来た、ホムラはそれを避けもせずに敵の捕捉に務める。
カコウの玄冥が盾で煉獄を守る、ホムラは攻撃に集中し、カコウは防御に徹する。
息のあった二人でなければできない闘い方である、息の合わない人間同士だったならばお互いに足の引っ張り合いになってしまうところだ。
「ありがとよ、カコウ」
『……』
カコウから無言の通信が入る、どう致しましてと言うことだ。
(どう転んでもこのままじゃ、話になんねぇ……ダメージ喰らってでも、森の上に出るか、いったん距離を取れば火力勝負じゃ負けやしねぇ)
彼は少し無理をしてでも森の上に出ることにした。そうでもしないとこの展開に変化を起こさせられないと思ったからだ。
敵の距離は近い、ブーストペダルを踏み込めばすぐに近接戦に持ち込める距離だ。しかも、敵はパイルバンカーを装備している。
あの杭を撃ち込む兵器の前には既存のPFの装甲など木片程度の意味しかなさない。
既存の外に存在するPFと呼ぶ事のできない人型兵器であったとしても、一撃で貫けないと言うだけで喰らってしまえばダメージが甚大である事に変わりは無い。
「カコウ、森から出るぞ!」
『……』
無言の通信、了解の意だ。
敵のサブマシンガンをカコウが防ぐ、その隙に玄妙の後ろから空に向かって煉獄がブーストを吹かしながらジャンプする。
煉獄が飛んだと同時に、Jアインも前に出た。サブマシンガンを連射しながら玄妙のシールド、玄武の盾の一点のみを狙いながら、距離を詰める。
一点のみの攻撃、通常の場合はWCS【Weapon Control System】により射撃を行うのだが、これは他の物を併用しないと一点のみの攻撃、ピンポイント攻撃は不可能だ。
WCSはPFの機体そのものをロックし、腕や足、頭、など細かいロックは不可能になっている。
何故かと言うと細々とした対象にロックしていては操作が複雑になってしまいパイロットの負担が大きくなってしまうからである。
そのためWCSの半自動射撃では基本的にPFの胴体に向けて射撃兵器が放たれる――例外として兵器破壊などと言う兵器がある、この兵器はPFの胴体よりも搭載兵器に優先的に攻撃するようになっている。兵器側がPFのWCSに「優先的に敵兵器を狙え」と言う指示を出しているので兵器に攻撃を集中できようになっていのだ。もっともこれは、非常に無駄な機能と言える、サブマシンガンでも予め二通りのプログラムを組んでおけば兵器破壊系と通常の衝撃系の撃ち分けが可能になる。一つの兵器に二つのプログラムを組み込むは難しいことはない、可変兵器というより複雑なものが存在している事がそれを示している――では、何故ノートンが一点のみを集中攻撃できるのか、それは半自動のWCSと狙撃用ターゲットスコープを併用しているからだ。
このターゲットスコープを使用する事によりWCS単独では不可能であったピンポイント攻撃が可能となるのだ。だが、これはもともと遠距離用のものなので中距離の使用には向かない、スコープを覗き込みターゲットを視認し、レーザーでポイントを指定しピンポイントロックと言う作業が必要になる。
スコープを覗き込むと言う作業が非常に厄介なもので安全な遠距離ならば難なく行えるのだが、敵の銃弾が飛んでくる中距離でこれを行うのはかなりの度胸がいる。
その間に視界は狭まり敵を見失いやすくなるし、敵の弾も何処から来るのかわかり難くなる、周囲の状況が殆ど見えなくなるのだ。
玄冥に向かって突撃するJアインを煉獄のガトリングが襲う。だが、その攻撃は一発も当たる事はなかった。
(スピードは遅いのに……なんで避けやがるんだ!)
敵の速度は決して速いものではなかった。規格外装PFの見た目どおり規格どおりの速度しか出ていない、それなのにインナーアームガトリングは地面に穴を開ける事しかできなかった。左右に一定のリズミで揺れながら巨木の間をすり抜け玄冥に向かうJアイン。
玄冥がシールドでサブマシンガンの弾をガードしながらジャンプしようとする。
激しい金属のぶつかり合う音がなった。
ホムラの攻撃をかわしきったJアインがパイルバンカーの爪で玄冥の玄武の盾をつかんだ音だ。
続いて、さらに激しい音が響く。
バイルバンカーの杭が打ち込まれた音だ。
「カコウ!」
ホムラはコックピットで杭がそのまま盾を貫いたのではないかと、最悪の事を思い叫んだ。
杭は玄武の盾を貫いておらず、大きくへこんだだけであった。
PFの装甲素材を凌ぎ、通常兵器のまるで歯が立たない闘神と言う名のGF、それと引けを取らない強度を持つ装甲素材のおかげだ。
Jアインのパイルバンカーの爪はシールドを掴んだまま放さない。通常は爪でつかむ、杭を打ち込む、爪を離す、この一連の流れがオートで行われる。しかし、爪を放さないところを見ると何らかの改造が施されているようだ。
ノートンのパイルバンカーはホムラの読みどおりちょっとした改造が施してある。いたって簡単だ。パイルバンカーのトリガーを放さない限り爪で対象をつかみ続け一定間隔で杭を打ち込み続ける、そんな簡単な改造だ。
けたたましい金属音。再度、杭が盾と激突した。
盾は未だに健在だ。
カコウは玄冥の盾を持った腕を振り、Jアインを放そうとするがなかなか離れない。
玄冥の武装では今のこの状況でJアインを攻撃できる兵器はない、仮に右手に持ったバスターランチャーの代わりに何らかの近接兵器を持っていたとしても大型の盾が邪魔をして上手く攻撃できない。
ホムラは二機のPFの真上で、何もできないでいた。
彼の持っている火器は強力すぎて使用すると玄冥をも撃破しかねないので使えないのだ。唯一使えるのは、先ほどからずっと使っていたガトリングだが、これも狙いを定め確実に使わないと威力が高いので使用できなかった。
「くそっ、むかつく野郎だ!」
三度目の杭が打ち込まれた。盾はまだ持ち堪えているがそろそろ限界が近い。
玄冥のノズルから火柱が上がり加速する。盾に喰い付いて離れないJアインを木に叩きつけようと言うのだ。
敵はぶつけられてはたまらないとブースト吹かし地にしっかり足を踏ん張り押されまいとする。
一、二秒間、力が拮抗していたかのように思えたが、規格機とオリジナルPFである玄冥とでは力の差は歴然であった。
機体性能の差はすぐに現れ、Jアインは巨木に叩きつけられる。
巨木が大きく傾ぎ間に挟まれたJアインの機体が悲鳴を上げるが、それでもまだパイルバンカーの爪は外れない。
Jアインが盾の内側に手を伸ばしサブマシンガンを、狙いをつけずに乱射した。
玄冥は巨木に敵を押さえつけながら、センサー類が集中しているヘッドフレームを右腕で庇う。
その際に長大な銃身を持つ玄冥のバスターランチャーの砲身が傷ついてしまい使い物にならなくなった。
サブマシンガンの弾が命中したぐらいで壊れるなんてもろ過ぎると、思えるかもしれないが、斬馬刀の様にただの金属の塊でもない限り、殆どの銃器類は弾が軽く当たっただけで使い物にならなくなる。それが実状だ。
本体が壊れると言う意味ではない、原形を留めていようとも年密な計算に基づき作られている射撃兵器、特に、バスターランチャーなどのレーザー兵器などは少々のゆがみが多大なる悪影響を及ぼすのだ。
他の銃器、バズーカなどの単純な機構を持つものは多少の歪みでも何とか使用できる。射撃兵器は強度的にPFに比べると遥かに弱い。それはごく当たり前の事だ。射撃兵器にPF並の強度を持たせられるのなら、四速歩行戦車でもその強度は実現できるだろう。また、そこまで小型化できているのならPFはそれを凌ぐ更なる強度を誇っているはずだ。
PFの使用する兵器、斬馬刀などの例外を除き、全ての搭載兵器はPFよりも強度があるなど有り得ないのだ。PFの装甲を貫くべく開発されている近年のPF射撃兵器の弾が当たればPFの手持ち、肩兵器など使い捨ての身代わりとしての役割しか果たせないのである。
四回目になる杭が打ち込まれ、金属が破れる耳障りな音が響いた。
盾を突き破った杭が玄冥の本体に迫る。
カコウは直感のみで機体を動かしその場でしゃがませた。杭は玄冥のヘッドフレーム上部約半分をごっそりこそぎ落したが、直撃には至らなかった。
巨木に押し付ける力が緩んだ隙にJアインはその場から抜け出ようする。しかし、それよりも早く玄冥が、前方にフルブーストをかけ、それに屈した膝を伸ばす勢いも加え、Jアインをもう一度巨木にぶつける。
数千年の時を無事に生き抜いてきた木に悲劇が起きた。土の中から根が飛び出し土埃と共に地に横たわる。
今度は流石にJアインも玄武の盾から爪を離し後方に吹き飛ばされた。
「カコウ、離れろ!」
ホムラが叫び、玄冥とJアインの間に割り込みながらガトリングを撃ち込む。しかし、彼の予想よりJアインは機体立て直しが早く、別の木の裏に隠れこれをやり過ごした。
「ちぃぃ、キョウイン並みにムカつくぜ!」
毒づくホムラ、戦況はお互いに引くに引けないこう着状態にあった。
〜後書き〜
なんともいえない今回のお話、前回の投稿から時間が経っているわりにSSではほんの一○分にも満たないと言う時間の流れ……なんとも、私は愚かしいですねぇ。 2004/08/05 usagi.
管理人より
バーニィさんよりモルモット小隊番外編第五幕をご投稿頂きました!!
時の流れを垣間見よ……と言う感じでしょうか?(違)
しかし文中の暗号は一体……(謎爆)
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