第肆話 「補給」
パイロットスーツを着た二人が廊下で争っている。
ノートン・ロウとジータ・ランバートだ。
『隊長っ! 待ってください……“一人”で行くなんて無茶ですよ』
後ろから呼び止める部下の声が聞える。ヘルメット越しのせいで声は聞き取り難い。
「ジータ、“独り”の方が良いんだ……」
肩をつかまれ無理やり振り返えさせられ、
『俺たち、仲間じゃないですか、パーソナルディスクを渡してください。俺も行きますっ!』
両肩をしっかりとつかまれる。
ジータの真っ直ぐな視線がノートンには苦痛に感じられた。
「……仲間だからこそ――」
ジータの手を振り解き、蹴り飛ばす。
「――独りで行くんだ」
そして、すぐ横にあったコンソールパネルのボタンを押して隔壁を閉じロックする。
ノートンは格納庫へ通じる扉を開き、PFに乗り込んだ。
〜二日前〜
衛星Gにおいて、コバルト小隊が大打撃を受けミラムーン基地へと帰還。
その知らせを受けたアルサレア本国は、補給物資を送るために準備を始めた。PFの予備パーツ、弾薬、そして失った人員の補充。損失した“物”の補充が、急ピッチで進められていた。戦闘で失ったパイロット二名。艦への被弾時に失った数十名のクルー。PF用のパーツ、その他補充物資。それらが同じリストに並べられ、揃えられつつあった。
ミラムーン基地のとある一室から、沈んだ表情をして出てきたノートンに、廊下で彼を待っていたシュキが明るく声を掛ける。
「隊長、どうだった?」
彼女の明るい声に、もはや陰りは見えない。
数時間前まで落ち込んでいたシュキとは、別人ではないかと思いたくなるほどの明るさだ。落ち込みの速度が早かった分、立ち直る速度も早いようだ。
「……駄目だな、まったく取り合ってくれない」
それに比べてノートンは暗い。
彼がいま出てきた部屋は、ミラムーン軍のカシウ・モッテスナ将軍の執務室。補給物資などを分けてもらうために交渉に出向いたのだが、話も聞いてもらえずに「自分たちで何とかしろっ!」と怒鳴りつけられて突っ返されてしまったのである。これで七回目だ。
今回のアルサレアの派遣に際して、ミラムーンは全面的にバックアップをする、そう言う約束だったはずなのだが、将軍はそんな事はないかのような振舞いをしていた。
「それで……クランに連絡はついたのか?」
そう尋ねると、さっさとカシウの部屋の前から離れたかったので、ブリュンヒルデがとめられているドックへと歩き出す。
「ばっちり連絡つけといたよ。一週間以内に送ってくれるってさ」
六分の一G下で、すぅっと飛ぶように歩いて行くノートンを、早足で追い駆けつつ答えた。シュキは一生懸命で追いつこうとするのだが、距離がどんどん離れて行ってしまう。足だけは急ぐのだがなかなか前には進めない。低重力下で歩くのが苦手なのだ。
「そうだ、シュキ。PFの修理状……」
声を掛けながら振り返ると、彼女が六メートルほど後方に見えた。
「……シュキ、何やってんだ。早く来い」
「隊長。速すぎだよ、私はか弱い女の子なんだからね。歩くの遅いの。もっとゆっくり歩いてよっ」
自分をおいて先に行ってしまったことに対し、不機嫌な顔を作って文句を言う。
何時もの彼女らしいな――シュキに明るさが戻ったことを嬉しく思い思わず笑みがこぼれた。
その顔を見たシュキが、
「隊長、なに一人でにやにやしてんの……なんか危ない人みたいだよ」
横を通り過ぎながら露骨に嫌そうな顔をする。
ノートンは咳払いをして、気恥ずかしさを誤魔化した。どうやら明るい面も戻ったが、なんでもずけずけと言う、苦手な面もすっかり元通りに戻ってしまったようだ。
「で、なに? なんか言いかけたでしょ?」
「あぁ、PFの修理状況がどうなったのかってことだ」
今度はシュキが前に立って歩き出す。
歩みの遅いシュキに合わせるのは、ずいぶんと窮屈で苦労を強いられた。
「それだったら、予備パーツで何とかPF三機は用意できたよ。武器はいっぱい余ってるけど、パーツはもう空っぽ。長期任務を予想してなかったからね。あんまし物資積んでこなかったでしょ」
ドックへの通じているエレベーターの前に立ち、スイッチを押す。
「三機か……」
エレベーターが到着して扉が開くと先に入り、
「うん、三機。一機はジータのグラディエーター。残りはあまり物で作ったやつね。性能は……並、じゃないかな」
“開”ボタンを押すと、扉が閉まらないようにし、これ以上シュキにああだこうだと言われないために気を使った。
「動けば性能はどうでもいいさ……武器が余ってると言ったよな?」
「うん、射撃兵器が少々と、弾薬がわんさかあるよ。」
「……ジータの機体は射撃戦仕様にしておけ。肩のウイングを外してな」
「んんー、あんましジータは射撃戦向かないと思うけどね……」
「ジータの機体にジータを乗せるなんて言ってないだろ。ジータはPFに乗せない」
「っへ?」
っちん、と言う鐘に似せた電子音と共にエレベーターの扉が開いた。
「俺が乗る」
そう言ってノートンが、エレベーターから降り歩を進める。
シュキは彼が発した言葉が一瞬、理解できず呆然としてしまったが、目の前でエレベーターのドアが閉まりかけたのを見て、我に返り、慌てて降りた。
「ちょ、ちょっと隊長、待ってよ」
ブリュンヒルデの方へと歩いていこうとするノートンを、手足をばたつかせながらジャンプで飛び越し、危なげに着地。前に立ちはだかり両手を広げて全身で抗議を始めた。六分の一Gだからこそできる芸当だ。
「どうしてジータを降ろすのよ。ジータ頑張ってるじゃんっ!」
「頑張っているからどうとか、そう言う問題じゃない。今のあいつはパイロットとして危険な状態なんだ」
「シミュレーターとか熱心にやってさ、頑張ってんだよっ!」
興奮して、まったく話を聞いていない。
明るくなったとは思ったが、万全じゃないか――ノートンはいまの彼女には何を言っても無駄だろうと判断すると、無視して横を通り過ぎようとした。
「無視しないでよ、私の話は終わってないんだからね……っんぐ」
シュキが袖を掴んで呼び止めると、ノートンが彼女の口を塞ぐように顔を鷲掴みにする。
「口が過ぎるぞ、軍曹」
睨みつけ、静かにそう言い捨てると、背中を向けて満身創痍のブリュンヒルデへ向かって歩き出す。
シュキは抗議もせずに、隊長の背中を見続け、ぽつんっと一人、残された。
惑星J地表、フィアッツァ大陸アルサレア国内、シャトル打上基地。
シャトルの荷室へと運ばれていくPFを眺める補給の陣頭指揮をとっている緑色の髪をした女性がいた。
クラン・ネルモア。
Gエリアの戦いでコバルト小隊の専属オペレーターを務め、アルサレアの勝利に貢献した一人だ。
「クラン・ネルモア大尉ですかぁ?」
見るからに双子とわかる、まったく同じ髪形をした少女が二人。クランに声を掛けてきた。
「何か用ですか」
シュキを彷彿とさせる明るい声を聞いた彼女はゆっくりと振り返り、襟首の階級章を確かめながら返事をする。緑色に一本線。茶色いロングヘアーの二人の階級は少尉だ。
「この度、増援の人員として配属されましたエリカ・ジョゲツでーすっ!」
「同じく、ユリカ・ジョゲツでーすっ!」
緊張感のない声と笑顔、シュキに負けず劣らずいい勝負だ。
軍部から「エリカ・ジョゲツ、ユリカ・ジョゲツ両少尉二名を衛星Gに補給人員として配属する」そう聞いてはいたが、まさかこんな人物とは……クランは新米の頃のシュキを思い出し、頭痛を感じた。
(シュキのような人間が二人……軍部から送られてきたのだし、腕は確かと信じたいけど……)
喋り方の感じが似ているからと言って、中身までシュキのようなドジで間抜けとは限らないのだが、こういう喋り方をする人間を見ると、「大丈夫なのかしら?」と言う疑いの目で見てしまう癖が、クランにはついてしまっていた。
「……シャトルの打上は三十分後になりますから、その前に自分たちのPFのセッティングを終わらせておいて下さい。PFは荷室に積んでありますから」
「「は〜い」」
同時に返事をすると、二人は自分たちのPFの下へ足並み揃えて駆けて行った。
(私も行った方が良いのかしら……)
クランは元々、衛星Gへは行く必要もないと考えていたが、ジョゲツ姉妹に出会い、不安を覚えずに入られなかった。
大型シャトルに積み込みの終わったPFが二機。狭い荷室で顔をつきあわせて立っていた。その足元に、ジョゲツ姉妹が立っている。積み込みは完全に終わっているので、二人以外に人の気配はない。
並んでいる二人の双子は傍目にはまったく区別が付かない。服装は軍服なのでもちろん同じ物、髪型も二人とも同じで、長く茶色い髪の毛を三つ編みにして、さらにそれをまとめて一本の太い縄のようにしている。
「よぉ、姉貴。どっちがどっちだ?」
右側に立っているユリカの方が、目の前に立っているJドラグーンR――Jドラグーンは元々宇宙戦に特化したSタイプと、地上戦に特化したNタイプがあったが、汎用性に欠けると言う事で、NタイプとSタイプのデータを基にした戦場を選ばない汎用型のFタイプが作られた。しかし、性能面ではNタイプSタイプに勝るとも劣らないものの、コスト的な問題が発生。そのFタイプのコストの問題を解消したのがこのRタイプなのである――とJフェニックスを見ながら、隣のエリカに声を掛けた。
先ほどのクランと喋っていた時とは口調とはずいぶん違う。
「っいぃ、つっ!」
突然、ユリカが歯を食いしばり、苦痛の声を発する。
エリカが踵で彼女の足を思いっきり踏みつけたのだ。
「ユリカお姉ちゃんやだなぁー、お姉ちゃんの方がお姉ちゃんでしょ」
そう言って笑顔のまま、踏みつけたままの踵にぐりぐりと捻りを加える。
彼女の喋り方はクランと会話した時と同じだが、やっている事とその笑顔のギャップが恐ろしい。
「ははは、そうだったよね、エリカ。ごめん、ごめん、お姉ちゃんついつい間違えちゃった」
「うん、わかってくれれば良いんだよ。これからは気をつけてね、ユ・リ・カ・お・ね・え・ちゃ・ん」
「わかった、わかった。わかったからエリカ……足踏むの止めてよぉ」
「ごめーん、忘れてた〜」
「「あはははは〜」」
二人の笑い声が重なり合い、荷室に響く。奇妙な双子である。
格納庫にノートンが入るとマコトの声が聞えてきた。
彼女は大きな声のおかげでどこにいてもすぐに見つけられる。だが、今はマコトに用はないので横目でその姿を確認するだけだ。
つなぎを着て整備士となにやら話している。ノートンが許可を出したので整備の事を色々と教えてもらっているのだろう。
ノートンはジータの機体、グラディエーターの足元に着くと上を見上げた。コックピットのハッチが閉じている。ジータが中に居るようだ。
(……シミュレーターでもやっているんだろうな……あんな物、いまさら役には立たないだろに……あんなものはゲームだからな。PFに特殊な動作を覚えさせる時や動作の最適化の時には使うが……ジータはそんな事はしてないだろう。あいつはただ、忘――)
そんな事を思いながら、タラップを昇り、コックピットの目の前まで行くと、ごんごんっとハッチを叩き、ジータに呼びかける。
すると、すぐにハッチが開き、ジータが疲れた顔をして出てきた。
「あれ……隊長……どうしたんですか?」
ノートンは何も言わずにジータの目をじっと見つめ、ゆっくりと何かを受け取るように手を出した。
「……」
ジータには隊長の動作の意味が理解できず、「何かを渡せと言うのはわかるけど何をだろうか」、そんな疑問が浮かぶだけだった。
「パーソナルディスクを渡してもらおうか」
彼はその言葉に雷が落ちたようなショックを受け、呆然と立ち尽くした。
パーソナルディスクとは、PFにパイロットの癖を覚えこませ、OSに最適なアシストをさせるために必要なディスクである。いわばパイロットの経験値を覚えこませておくディスクだ。
経験値を積めば積むほどPFの動作はパイロットに合わせて最適化され、精度を増して行く。もちろん、悪い経験も覚えこませてしまうので、そう言う点はまめに修正する必要がある。結果的にこのディスクがPFに個性をもたらしていることになるわけだ。個性の塊とも言えるカスタムPFに乗る者にとっては、このパーソナルディスクの影響は特に大きい。
パーソナルディスクはPFにとって、運用や戦術の幅を広げる重要なディスクなわけであるが、このディスクのもっとも大事な点は、PFの起動ディスクを兼ねているという点にある。つまり、このディスクを取り上げられると言う事は……。
「……俺にPFに乗るなってことですか」
「いや、一時的に俺が預かるだけだ。俺が良いと思ったらお前に返す」
ジータは胸のポケットに入っているパーソナルディスクを服の上から押さえ、一歩下がった。
「……お前に拒否権はない。渡せ」
信じられなかった。
果たして目の前に居るのは本当に隊長なのか、Gエリアで共に戦ってきた戦友なのか、信じていたのに、自分のことを信じてくれていると思ったのに、ジータは裏切られたと感じ、腹の底から怒りがこみ上げてきた。
「どうしてですか……理由を教えてください」
「さっさと寄越せっ!」
怒鳴り声が格納庫内に響くと、喧騒が止みしんっと静かになる。
どこかで工具が床に落ち、高い金属音が鳴った。
その音を聞くと、ジータはディスクを取り出し、うつむきながら隊長にさし出す。
ノートンは近寄りそれを受け取ろうとしたが、彼は指に力を入れ離さなかった。
「……ジータ」
「なんで……信じてくれないんですか」
そう隊長だけに聞こえるような声で呟き、ディスクを放す。
ノートンは答えずに、ディスクをしまうと背中を見せてその場を歩み去る。
「隊長っ!」
後ろから聞えたジータの声に一度歩みを止めたが、振り返ることなく、そのまま去って行った。
(……なんで、一緒に戦わせてくれないんですかっ! 今まで一緒に……あの激戦を一緒に、肩を並べて戦ってきたじゃないですかっ! 隊長……隊長っ!!)
去り行く隊長の背中を見つめ、心の中で叫び声をあげた。
ジータには、ノートンの今にも泣きそうなほど悲しげな顔は見えなかった。
先の戦闘で機体を失ってから何もすることがないムラキが、パイロット控え室で一人コーヒーを飲んでいると、ノートンが部屋に入ってきた。
ムラキを見つけると近寄り、前に立つ。
何か、普段とは違う雰囲気を感じ取りながらムラキは、
「どうした?」
と一言。
ノートンは頭の中で話す内容を思案しているらしく、何度か声を出そうと口を開いては閉じることを繰り返した後、ムラキの横に腰掛ける。
顔を見ながらだと話しづらいようだ。
ムラキはコーヒーを飲み、喋りだすのを待つことにした。
しばらくすると、
「ムラキさん」
ぼそっと、注意しなければ聞きもらしかねないほどの小声で話しかけてきた。
「なんだ?」
隣に座っている男の方を見ずにムラキは、低く太い、いつもどおり人に安心感を覚えさせる声の調子で尋ねた。
「これを預かっておいてくれませんか」
そう言ってムラキに一枚のディスクを差し出す。彼にはそれが何のディスクなのかすぐにわかった。
それは、
「パーソナルディスク」
「……えぇ」
「お前のか?」
「いや、ジータのです」
会話が止まり、静かになると、自動販売機から聞こえてくる、じぃーと言う音だけが室内を占めていた。
二人は顔をあわせることもなく、そろって床を見ている。
数分が経つと、ムラキが大きく仰け反り天井を見上げた。
「そうか……降ろすのか」
「はい」
また会話が止まる。
「わかった、預かっておく」
「お願いします」
ノートンがディスクをムラキに渡し席を立つと、
「ところで……ノートン」
と声を掛けてきた。
「なんです」
「……お前が何を考えているかわからないが……一人でやろうとするんじゃないぞ。Gエリアだって、俺たち、コバルト隊の全員が力を合わせてきたから、生き残れたんだ――」
ノートンは振り返らずにムラキの言葉をそのまま聞いている。
「――この戦いも、力を合わせていけば、これ以上の被害はでないさ。たしかに、俺もジータは心配なんだがな……あいつは、妙に気負いすぎる所があるからな。自分の機体だけ被害が少なかったのは、自分が敵との交戦を避けていたから、もっと積極的に動き回って敵を攻撃していれば……あの二人は死なずにすんだのに。そんな事を考えているんだろう――」
手に持っていた紙コップに残った冷めたコーヒーを、一気に飲みほすと言葉を続けた。
「――あいつは、こんど戦闘があったら一人で特攻しかねないからな。それで降ろしたんだろう?」
背を向けたままのノートンは答えない。だが、立ち去りもしない。
「……これ以上……俺はこれ以上の死人はごめんだと思っている……それは、お前も同じだよな、ノートン」
「……“死人はごめんだ”って言うのは一部同じですよ……」
そう言ってノートンは部屋を出て言った。
ムラキは後にこの時にもっと何か出来たのではなかったろうか、と後悔する事になる。
パーソナルディスクをノートンに取り上げられたジータは、失望のうちに自分の愛機グラディエーターを見上げていた。
(……なんで、隊長は俺を降ろしたんだろう)
これほどまでにショックを受けた事はいまだかつてなかった。PFに乗ってはじめて撃破されたときも、敵に追い詰められ命の危機を感じた時も、何時だって自分なりにベストを尽くしてやってきたつもりだったが、むろん今回だって全力で……いや、どこかに落ち度があったかも知れない。
(そんな事はないっ! 俺は足手まといにならないように全力を尽くしてきたし……事実、足手まといにはなってないと思う……)
ジータは頭を苛立たしげに掻く。
隊長にディスクを取られてからこうしてずっと、降ろされた理由を考えているが、まったくわからなかった。何一つ思い浮かばないのだ――俺は最善を尽くした。
彼の心はいま失望一色だが、次には怒りに染まるだろう、そしてまた、失望へ。感情は目まぐるしく点滅を繰り返す。先ほどからそれを何度となく繰り返しているのだ。
(……ここまで来たのに、ミラムーンを助けるためにこの衛星Gまで来たと言うのに、俺はPFパイロットとして来たんだ……PFに乗れなきゃ意味ないじゃないか……死んだ二人の、敵討ちだって……出来やしないじゃないか)
徐々に怒りがこみ上げてくる。それに伴いじっとしていられずに、右に左に行ったり来たりを繰り返し始める。
(なんで……なんで、こうなったんだよ)
整備員たちはジータの事を遠巻きに眺め、迷惑そうな顔をしている。
苛々している人間がいるだけで、その場の空気は自然と嫌な空気になってしまう物だ。整備員たちはその空気に苛立ちを感じ、その原因であるジータを疎ましく感じているのである。
そんな整備員たちに紛れて、そういったこの場の空気をまったく感じていないのか、一人陽気にPFの整備についての知識を少しずつ得て行く事を楽しみ、終始笑顔のマコトがいた。彼女の笑顔のせいかその周りだけは明るい雰囲気が漂っている。ジータとマコトのいる位置は距離が離れており、格納庫内に見事に陰鬱な色から陽気な色にかけてのグラデーションが作り出されている。ちょうど中間色の辺りに、シュキは立っていた。苛立っているジータの姿を心配そうに。
「……ジータ」
シュキはノートンの「ジータはPFに乗せない」と言う言葉を聞いたが、「まさかすぐに降ろすわけないよね」と言う生来の楽観的な考えで、一時的に不安をかき消した。しかし、すぐに蘇った不安が、自然とこの格納庫へと彼女の足を運ばせていた。そして、いま、右へ左へ行ったり着たりを繰り返すジータに、目をとめていた。
しばらくそのまま見ていたが、拳を一度強く握り、意を決したようにジータの方へと歩き出す。
「ねぇ、ジータッ」
暗くあからさまに同情の色を浮かべた声色ではかえって機嫌を悪くすると思ったので、シュキは精一杯明るく声を掛けた……が、
「うるさいっ!」
返ってきた返事は乱暴なものだった。
シュキの感情が一気に昂り、込み上げて来た涙で視界に移るジータの顔がぼやけて見えなくなってしまう。
ジータは怒鳴ってしまった相手がシュキであったことに気が付き、慌てて取り繕おうとしたが、口をパクパクとさせるだけで言葉が出てこなかった。
シュキがそんなジータの姿をまともに見る事ができたのなら、会話も成立したかも知れないが、涙で覆われた瞳ではそれを見る事はできず、昂った感情が口を動かし、
「ジータの馬鹿ぁっ!」
と叫ばせていた。
シュキは大粒の涙を残して、その場を走り去る。ジータは彼女を見ていることしかできなかった。
低重力の中、粒の大きな涙はゆっくりと、床へと落ちて行く。
ジータはしゃがむと床に落ちる前にそれを受け止め、
「……なにやってんだろ、俺」
溜息混じりに呟いた。
ノートンはヘイド艦長と今後の事を相談しようと思い、艦長室へと向かっていると、
「隊長っ!」
甲高くヒステリックな声に呼び止められた。
何事かと思い振り返ると、鋭い目つきをしたシュキだった。ブリュンヒルデの前で別れたときよりもさらに感情が昂っているように見える。
(何があったんだ?)
格納庫でのジータとの出来事を知らないノートンはそんな疑問が真っ先に浮かんだ。
シュキは肩を怒らせ、ノートンを睨みながら近寄ってくる。
(……俺、やり過ぎたか……)
彼は近寄ってくるシュキを見ながら、ジータからパーソナルディスクを取り上げる前に、シュキと言い争った時に口を押さえ強引に黙らせた事を、思い出していた。
シュキは目の前まで来ると足を止める。まっすぐにこちらを睨みつけているその目は、今にもあふれ出しそうなほどの涙がたまっている。
(……泣いてたのか? 俺のせいか?)
生唾を飲み込み、シュキの様子をうかがった。
「なんで、ジータからパーソナルディスクを取り上げたのよっ!」
思わず耳を塞ぎたくなるような、きんっと響く甲高い声で、シュキが叫んだ。
「……シュキ、落ち着け」
シュキの要件はどうせジータのことに決まっている。そうはわかっていてもまずは落ち着かせなければ話ができないと思い、落ち着かせようとするのだが、
「どうしてよっ!」
こちらの話しはまったく聞いていない。
「落ち着け、シュキっ!」
ノートンはシュキの肩を掴んで大きく揺する。
いくぶん、落ち着いたようで叫ばなくはなったが、泣きそうな目でこちらを見ている。
「なんで……なんで……」
そして、シュキがせき止めきれなくなった涙を流しだすと、ノートンは落ち着かない様子で、辺りをきょろきょろとしだした。
(な、何で泣くんだ……どうする、どうする……何がしたいんだ、シュキはっ!?)
ノートンにはシュキの行動がまるで理解できなかった。それと同じでシュキ本人もよくわかってない。
単にシュキは「ノートンがジータをPFから降ろす」と言ったのと、慰めようとして声を掛けたのにジータに怒鳴られ、はねつけられた事で昂った感情を、発散したいだけで、彼女の今、している“泣く”という行為でそれは達成されるのだが、それは、はたから見てはじめてわかる事で、当事者には到底わからない事であった。
当事者に出来るのは、わけもわからず泣く事と、涙を見ておろおろとする事だけだ。
シュキのすすり泣く声があたりに響いていた。
その頃、惑星Jのアルサレアでは輸送物資を積んだシャトルの発進が遅れていた
「「えぇ〜どういうことなんですかぁー」」
エリカとユリカがまったく同じ声で、まったく同じ台詞を、まったく同じタイミングで、クランに返事をした。
「もう一度言いますよ。重力が不安定になってきており、打上予定時刻の重力が予定よりも強くなりそうなので、打上は一日延期します」
「「だから、どうしてなんですかぁ?」」
補給物資を載せたシャトルを本日中に打上、日付が変わった頃には宇宙ステーションにて地表で積み込めなかった物資を積み込み、レガルト小隊の護衛の元で衛星Gへ、翌日未明には到着、のはずだったが、
「少尉、重力が重くなったら、燃料計算をやり直さないといけないでしょう。重力が安定しないと、シャトルの打上は危険なんです……わかってますよね?」
そう言うわけで、重力が安定するまで打上は見合わせとなってしまったのだ。
「「もちろんですよぉ〜」」
わかっているのか、いないのか。まったく考えている事が読めない目の前の双子との会話は、クランにとって非常つらいものであった。
「ところで、大尉。な〜んで見合わせなんですか?」
エリカの方か、ユリカの方か、まったく判断がつかないが、どうやら片方は見合わせる理由がわかっていなかったらしい。喋っていない方のジョゲツが、もう一人のジョゲツを白けた目で見ている。
「ですから、燃料の計算をやり直さないといけないので、重力が安定するまで……」
「そうじゃなくて」
わかっていないと思われる方のジョゲツが、クラン言葉を遮るように口を挟んだ
「燃料を多めに積んで飛べば予定通りいけるじゃないですか、なんでそれをしないんですか?」
そんなこと、できるわけがないでしょ――クランは心の中で思うだけにして口には出さなかったが、そのかわりに溜息を一つ吐く。
物資が豊かで、無駄使いがいくらでもでき余裕のある、そうヴァリムのような国ならば、そう言うことも可能であろうが、物資が乏しく何に一つ無駄にすることのできないアルサレアでは到底、無理な話であった。それに、危険すぎる。
「お姉ちゃん、そんな事できるわけないじゃないの。シャトルの打上作業は繊細なんだよ」
「そうなの?」
「そうだよ」
「どこら辺が繊細なの?」
「全部」
「……そうか全部かぁ」
「そうだよ、全部だよぉ」
なんだかよくわからないが、クランが再度説明する必要はなくなったようだ。
二人だけで話し合って納得した、と思えたのだが、
「で、クラン大尉。何分後に打上ですか?」
ジョゲツ姉妹の姉の方、ユリカは、まったくわかっていなかった。
なかがき
なにやっているんだ私は……(遠い眼)
2005/09/08 usagi.
管理人より
バーニィさんより第4話前編をご投稿頂きました!
この二人はもしや……(謎)
さて、ジータは一体どうするのでしょうか。そしてノートンはどこへ……
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