二日後。
 悩んだ末にシャトルに搭乗することにしたクランは、アルサレアの宇宙ステーションで最後の物資の積み込みを待っていた。
 「地上から物資全てを積み込んでからシャトルを打ち上げ、衛星Gへと直行する」と言うのも可能ではあったのだが、物資の量が多ければ自然と重量が増し、その分ロケット燃料を増やさなければならない。当然それには資金がかかる。
 アルサレアは元々傭兵国家であり、自国外の戦闘に介入し、対立するどちらか一方の勢力に力を貸し、その報酬を受け取って国の経済をうるおわせてきた。
 傭兵として海外の戦いにその身を投じる際には、それなりの収入があるが、今回の友好国であるミラムーンの援助のような際には、基本的に直接的な収入はなく、アルサレアにとっては経済的な面から言えば気乗りしない戦いと言える。
 はっきり言ってしまえば、実入りの少ない戦いに資金を投じる余裕などアルサレアにはなく、「最小限の兵力で早期解決、できれば補給物資も送らずにすませたい」と言うのが本音である――戦争と言うのは非常に莫大な資金が必要なもので、もともとアルサレアは大規模な戦争ができるほどの国力を持つ国ではなく、せいぜいゲリラ活動の支援が手一杯なのだ。だが、PFを開発してしまい。一度レールに乗ってしまったらアルサレアは、もう後には引けず、行き付くところまで行くしか道はない。行きつく先、それは……――。
 そういった背景からアルサレアは、物資を満載して直接向かうのではなく、物資の積み込みを地上と宇宙の二度に分けると言う、時間の掛かる手段を取らざるを得なかった。小国の悩みである。そしてそれは、クランの悩みでもあった。
 彼女は積み込みの完了を待ちながら、憂鬱な気持ちで、無色透明の透き通った物質が充満している外の景色を眺めていた。

(……ここまで、節約を重視されるなんて思っても見なかったわね)

 クランは、自身がオペレーターとしてコバルト隊に加わり、戦ってきたかつてのGaia地区での戦いを思い起こしていた。

(あの頃は……こんな心配なんてなかったな……補給が遅れるとか、そんな心配なんて……)

 そんなうっそうとした気配を吹き消すように、明るい笑い声と、

「ほらほら、見て、見て、エリカァ〜♪」

 耳障りな甲高いジョゲツ姉妹の姉、ユリカの声がクランの鼓膜を振るわせた。
 眉間にしわを寄せながらゆっくりと振り返ると、ユリカが無重力を楽しむようにそこら中をびゅんびゅんと飛び回り、エリカが、

「お姉ちゃん、すごい、すごぉ〜い」

 と、拍手をしているのが見えた。
 たしかに凄かった。ユリカは無重力下を、普通ならば勢い余って壁に激突して怪我でもしかねないほどの猛スピードで、まるで羽が生えたように自由自在に飛び回っている。
 PFパイロットはいちおう無重力化での基本的な訓練を受けるが、相当な訓練を受け、さらにそれなりの時間を宇宙で過ごさなければ不可能な、EVA――ExtraVehicular Activityの略。船外活動の意。この場合、宇宙船の船外活動要員を示す――要員級と言っても良いぐらいの動きだ。だが、ただ見とれているわけにはいかない。

「ジョゲツ少尉、何してるんですっ!」
「えぇ?」

 ユリカはクランの一喝に驚き、バランスを失い、壁にもの凄い音と共に激突。「くぅぅー」と喉の奥から痛みを堪える声を発しながら、頭を抱えくるくるふわふわ宙を漂う。
 クランはやや下を向き、額に手を当てて、溜息を一つ吐いた。

(まったく。なんなの、あの子は……)

 顔を上げ、まだ痛がっているユリカを見ていると、クランはふざけていた彼女の自業自得とは言え、かわいそうな気がしてきた。
 横目でエリカの方を見ると、両手で顔を覆っている。
 ぶつかりそうになった姉の姿を見た瞬間、顔を覆ったが、もの凄い音を聞いたので、どうなったのか恐ろしくて見るに見れない。そんなところだろう。
 床を蹴り回転するユリカの身体を止めると、壁際まで運び顔を覗き込み、

「大丈夫?」

 と声を掛けた。すると、

「いってぇっ!」

 彼女はクランを突き飛ばし、大声で叫び声をあげた。

「てめぇが、いきなり大声出すから、どじっちまったじゃねぇかっ!!」

 クランは目を丸くして驚いた。いきなり怒鳴り返されたことに驚いたのではなく、人格が豹変したかのような、顔つきや言葉使いに驚いて。
 呆気に取られていると、さっきまで顔を覆ってこわごわとしていたエリカがユリカの側まで近寄ってきて、

「もうっ、お姉ちゃんったら、怒りっぽいんだからぁ〜」

 呑気な声を出しつつ姉の耳を引っ張り、クランの前から逃げるようにして消えて行ってしまう。
 クランは、ただ呆然とその場に浮き、一言呟いた。

「なんなの、あの子は……」



 

 エリカが眉尻を上げ、頬を膨らませ、姉の耳を引っ張り、

「痛いよ、エリカぁ〜離してよぉ」

 ユリカの抗議の声を無視して、人気のない方へと歩いて行く。
 誰もいない袋小路まで来ると、手を離した。

「ねえ、お姉ちゃん――」

 急に、それまでころころっと変わっていた表情はなくなり、感情の様々な色で輝いていた瞳はガラスの輝きに変化。そして、冷ややかな口調でエリカに話し掛けた。

「――お仕事。ちゃんとしてもらわないと、困るんだけど」

 口から出る言葉はかわらないが、まったく別の雰囲気を持つ別人に変貌したエリカに、怯えた目をするユリカ。

「悪かったよ、姉貴……だってあいつがさ……」
「姉貴? やだなぁ、お姉ちゃん。私はお姉ちゃんの妹だよ……姉が妹を姉と呼ぶのは変だと思わない……」

 表情のなくなったエリカの顔から、さらに表情がなくなり人形のようになるのを見てユリカは震えた。

「ごめん、ごめんエリカ。お姉ちゃんまたボケかましぉちゃったよ〜」
「もう、お姉ちゃんったら〜、ドジなんだからぁ」

 ユリカが元に戻ると、エリカもまた元に戻る。
 二人は「ははははは」と、人気のない行き止まりの通路で笑いあう。
 芝居がかった変な双子である。







 

 同時刻。
 衛星Gでは、大きな変化が起こっていた。

「……なんですって?」

 ブリュンヒルデのブリッジ、メインモニターに映る大きなカシウ・モッテスナ将軍の顔に、ノートンは聞き返した。
 耳を疑うような発言に、思わず聞き返えさずにはいられなかった。

『……私は、ヴァリムを我々ミラムーンが単独で殲滅すると言ったのだ。すでに、包囲網は完成している。後は輪を縮めて行きやつらを降伏させるだけだ』

 ヴァリムの占拠している施設を包囲するように大規模に軍を展開し、輪を縮めて行く、相手を追い込む時は逃げ道を残さないと、手痛い反撃を受けるということがわかっていないようだ。いや、それ以前に、ミラムーンとヴァリムの戦力の大きな開きをまるで感じていないように思える――しかし、何らかの裏取引が予めあるならば……。
 ノートンはこのカシウの言葉で、自分の仮説が正しい事を半ば確信したが、ヴァリムが追い込まれてそのまま撤退するとは思えなかった。

『もう、アルサレアの力は借りんっ! 貴官らは我々ミラムーンの力を見てるが良い』

 見られるのは、猿芝居だろうがっ!――ノートンは喉元まででかかった言葉を飲み込むんだ。

「待ってください。作戦を開始する前に、もう一度、直接会って……」
『作戦はもう開始している……指揮で忙しいのでな、これで切るぞ』

 ぶっ、とカシウが一方的に回線を切ると、重く険悪な沈黙がブリッジに漂いだす。
 その場に居た誰もが、カシウに対して、あるいはミラムーンに対して怒りを感じていた。

「……気にするな、これで少しは現実ってもんがわかるだろう」

 がっくりと肩の力の抜けたノートンに、後ろからムラキが声を掛けた。ゆっくりと振り向く。

「だと良いですがね……最悪の展開になった場合……」

 喋りかけたが、ブリッジのクルーたちの目を気にして、言葉を途中で止める。

「大尉、ちょっと良いかな……」

 そう言ってヘイド艦長が席を立ったので、ノートンは彼に続きブリッジを後にした。
 艦長室へと向かって歩いて行くヘイドの背中に無言でついて行くノートン。

「……この間の……あれだが、まだそう思ってるのか?」

 部屋に入るなり艦長はそう切り出した。

「えぇ、もちろんですよ……むしろ、今回ので、確信しました」
「……ミラムーンは古くから同盟国だ……少佐、君がどれだけの影響力を持っているかわかっているだろう? そう言う危険な考えは……」
「危険、かも知れませんが……あの臆病なカシウが、何らかの理由なしにこれほど大胆な行動を取れるとは思えません」
「それはわかるが、こちらが向こうを信用しなければ向こうもこちらを信用してくれることは……」
「あちらは最初から、我々を邪魔な存在として扱っています……それは艦長もおわかりでしょう?」
「たしかにそうだが……同盟国にその様な不信感を抱く事など、私には……」
「艦長は艦長の考えを貫けば良いんですよ。俺だって……できれば信じたいですがね……誰も信じられないが現状です」
「しかしだな――」

 一時間半後。二人はまだ話し合っていたが、ブリッジからの呼び出しを知らせる電子音がその会話を止めた。

「艦長だ。何かあったのか?」

 ヘイド艦長がその呼び出しに答える。

『艦長、ミラムーンから救難信号と共に通信が送られてきたよ』

 スピーカーから聞こえてきた声の主はシュキだ。彼女は例え相手が艦長であったも、喋り方を改める事はない。

「救難信号と共に?」

 艦長はそんなシュキにもう慣れたのか、普通に答えた。

『うん、そう』
「すぐにいくから、再生の準備を」
『は〜い』
「大尉、行こうか。何か動きがあったようだ」
「はい」

 ノートンも席を立ち、艦長室を後にする。
 どうせ、ヴァリムに裏切られたんだろう――ノートンは歩きながらそんな事を考えていた。ブリッジへと通じる扉の近くまで来ると、艦長が足を止めてコバルトリーダーの方を振り返り、口を開く。

「なぁ、大尉。シュキ君の喋り方……何とかならんのか?」

 やはり、艦長はまだシュキに慣れていなかったようだ。

「……すみません」

 ノートンは謝るしかなかったシュキの誰にでも対して取るあの態度は、Gエリアで初めて出会った時から直させようとしてはいるのだが、まったく直らないのだ。

「自由なのがアルサレアの気質だからな……慣れるしかないか」

 誰に言うともなく呟いた艦長のその口調は、自分の言った言葉に否定するような調子であった。
 ブリッジに入ると、ヘイドはすぐに艦長席へとつき、ノートンはシュキの側に立つ。

「さっそく通信を見せてくれ」
「は〜い、メインモニターに映すね」

 シュキがコンソールを操作してメインモニターに映像を呼び出す。

『助けてくれっ!』

 ブリッジの大きなメインモニターに映し出されたカシウ・モッテスナの映像通信の第一声はそれだった。
 その一言と、画面に映るカシウの必死の形相で、事態は誰にでもよく理解できた。
ヴァリム軍を包囲して追い詰めるはずだったが、逆に追い詰められてしまったのだ。

『頼む、アルサレアの諸君、私が悪かった。助けてくれっ!!』

 ブリッジの数人のクルーたちが近くの仲間たちと小声で話し、ブリッジがざわつき出した。カシウの身勝手な発言に誰もが苛立ちを思えているようだ。
 ノートンがオペレーターの席に座っているシュキの顔を見ると、彼女も不機嫌そうな顔で延々と「助けてくれ」と懇願するカシウの映るモニターを睨みつけている。
 続いて、艦長であるヘイドの方を向くと、艦長席で、

(今回のこの通信。ヴァリムの反撃。ノートン君の言っていた「ミラムーンとヴァリムが繋がっている」と言う説は、おそらく間違いであったのだろう)

 安堵と、

(だが、ヴァリムとミラムーンが繋がっていないのならば……カシウの取った種々の行動はアルサレアに対する反感などから来ているのだろう、友好国であるはずのアルサレアとミラムーンの間に、一部とは言え、大きな隔たりがあるのを目の当りにすると……ヴァリムとミラムーンが繋がっていた方が……まだ、救いがあるな)

 不安の入り混じった複雑な表情をしている。
 ノートンは、カシウの通信を受け艦長が「ミラムーンとヴァリムの繋がりはなかった」と考えているのとは違った。

(……裏切られたか……カシウ・モッテスナのような小物では、使い捨ての駒にされるのが落ちだからな……こんなもんだろう)

 そんなことを心の中で考えていた。

(問題はヴァリムの目的がまったくわからないこと……それに、ミラムーンの兵士たちの命か……彼らは何も知らずに戦わされているだけだからな)

 ノートンはカシウに命令され戦場に出されたミラムーンの名も知らない兵士たちの事を考え始めた。
 どうすれば一人でも多く助ける事ができるのか?
 答えはすでに出ていたが、それは実際に行動をするべきかどうか非常に迷う答えであった。

(……カシウの要請に応え助けに行く、答えはそれしかない。友好国であるミラムーンに対する軍人としての義務も果たせるしな……ついでに、アルサレアの印象もよくなる……だが……このブリュンヒルデの現状では……)

 ブリュンヒルデは戦闘を行えるような状況ではない。
 稼働するPFは三機存在するが、内二機は間に合わせで作られた激しい戦闘をこなせる程の性能がない、お粗末なカスタムPF。
 まともな戦力として数えられるのはジータの専用カスタムPFであるグラディエーターだけなのだ。
 ノートンはブリッジの隅でふてくされた顔をして、メインモニターを見つめているジータの顔を横目で見ると、顔に力なく笑みを浮かべた。

「シュキ、通信の再生はもう良いぞ」

 ノートンは、終わりまで再生されたので自動的に頭出が行われ、再び最初から、再生されていたカシウ・モッテスナの映像をシュキに止める様に言うと、確認のためにいくつか質問を始めた。

「こちらからの通信は不可能なんだな?」
「うん、なんかねジャミングされてるみたいだよ……さっきの通信以後はこっちからも向こうからも一切、通信不能だね」
「通信を受信したのは何分前だ?」
「んんー」

 彼女が思い出していると、彼女の隣の席にいたサブオペレーターの男性が、

「五分前ですね」

 と、代わりに答えた。
 シュキは目を細め、じとぉっとサブオペレーターを見る。彼は冷や汗をかきながら視線をそらせて知らん振りを決め込んでいる。

「……交戦していると思われる場所とこの基地の距離は?」
「だいたい……そうだねぇ……」
「距離84500……ほどです」

 サブオペレーターは隣の恐い少女の存在を気にしてか、小声でぼそっと、控えめにノートンに言う。シュキは先ほどのように隣を見る事はなかったがその代わりに、目の前のコンソールパネルに肘を突き、口を尖らせた顔を手の上に載せ、むすっとした。

「……そうか、わかった。ありがとう」

 そう言うとノートンは艦長の方を向き、彼のそばへと行くと何事か耳打ち。すると、艦長は眉間にしわを寄せ深刻な顔になり、小声でノートンに話し掛ける。
 シュキは不機嫌な顔の面影を残したまま「何を話しているんだろう?」と言う好奇心から、ひそひそと話し合う二人を見ていたが、読唇術を身につけているわけではない彼女に、何を話しているのか知ることはできなかった。しかし、なにか重要な事を話しているであろう事は雰囲気から予想がつく。
 話を終えたのか、ノートンは艦長席から離れると、今度はムラキの側へ行く、そして同じようにひそひそと言葉を交わす。
 その間、二人が横目で何度かジータを見るのを、シュキは見逃さなかった。

(……ジータの事で何か話してんのかな? ジータにパーソナルディスクを返すって話しだったら良いな……ジータ。PF乗れないとかわいそうだもん)

 そんな事を考えながらブリッジの隅で物思いにふけっているジータに目を移す。
 彼は床の目に見えない一点を見つめたまま、ぼぉっとしている。二日前にパーソナルディスクを取り上げられたことのショックをまだ引きずっている事は明らかだ。
 シュキはジータの酷い落ち込みようが心配で仕方がなく、二日前とは別に、昨日、ノートンにディスクを返すように詰め寄ったが、隊長の答えは「あいつはPFに乗れる状態じゃない」の一言。彼女には隊長の言葉が理解できなかった。
 たしかにあの戦闘の後、一時的には落ち込んでいたものの、ジータは“前以上に張り切っている”ように思えた。パーソナルディスクを返してPFに乗せれば、今の落ち込みは直って元通りになる。
 この場合の“前以上に張り切っている”ことの意味する事が理解しきれていないシュキは、そう言う風に楽観的に考えていた。そして、カシウの救援を求める通信を聞いたジータ自身も、

(パーソナルディスクさえあれば……すぐにでも駆けつけられるのに)

 単純に、同盟国であるミラムーンを助けに行きたいという思いに駆られていた。
 臆病とも呼べる冷静さを持っている普段のジータならば、多少なりとも迷う所ではあるが、気負い過ぎている彼の思考は短絡的になっていた。
 なまじPFの操縦技術があるだけに、その短絡的な思考は非常に危険なものなのだが、ジータはまったくそのことに気が付いていない……それが、降ろされた理由だと言うのに。
 ジータが顔を上げて、ひそひそと話し合っているムラキとノートンの方を見ると、ちょうど隊長がこちらを振り返った所で目があった。
 その目はなにか言葉を伝えようとしているように見えたが、ジータはすぐに視線をそらし、床を見つめる。
 耳に、人が走る音に続いて、ブリッジのドアが開く音が聞えた。
 顔を上げると、ムラキと話していたノートンの姿がない。

(……まさかっ! 隊長一人で行ったんじゃ……)

 ジータはいてもたってもいられず、すぐに隊長の後を追って行く。その姿を見ていたシュキは、

(何してんだろ……ミラムーン助けに行くのかな?)

 そんな事を思ったが、すぐに疑問が生じてくる。

(……でも、指示も何にもでてないから……違うよね?)

 ヘイド艦長の方を見ると、椅子に座って何か思案している。出撃の命令は出そうな雰囲気はない。

(やっぱ行かない、か……ミラムーンのあのおじさん嫌な感じだもんね。助けに行く必要はないよ。自業自得だもんね)

 電子音がシュキの耳に聞えてきた。PFからブリッジを呼び出した時の電子音だ。
誰かがPFに乗っている――誰だろう?
すぐに回線をつなぎそれを確かめてみる。

『シュキ、格納庫のハッチを開けてくれ』

 ノートンだった。ハッチを開けてくれと言う事はPFでミラムーンを助けに行くというのだろうか。
 シュキは確かめるように艦長の方を振り返える。しかし、艦長は難しそうな顔をしているだけで、電子音にも、シュキにも気がつきながら、何も言わない。

『聞えないのか? ハッチを開けてくれ』

 ノートンがせかすように言う。
 艦長が何も言わないのは、ノートンに全て一任しているかも知れない、さっきひそひそと話していたのも、この事を話していたのかも知れない。そう思い、ハッチの開放スイッチに手を伸ばしたが、

(……待ってよ。じゃあ隊長は、一人で行く気なの?)

 手を止め、

「無茶だよっ!」

 耳にかけるイヤフォンマイクに向かって叫んだ。
 とつぜんのシュキの大声で、ざわついていたブリッジがしんっとなり、視線が集る。

「隊長、馬鹿なこと考えないで、一人でなんて無理だってっ!」
『……』
「聞いてるの、行っちゃ駄目だよ。ミラムーンなんてほっときなよ、勝手に行って、勝手にやられちゃってんだからさ」

 シュキはいつの間にか、カシウ・モッテスナの印象を衛星Gのミラムーン軍全体に重ねてしまっていた。仕方がないこととは言え、えてして、こう言った間違いを犯す人は多い、違った層の物を、同じ層の物と考えてしまうのだ。

『……カシウはそうでも、彼の部下たちはそうじゃないだろ……もういい』

 ノートンは溜息を吐いた。

(シュキといい……ジータといい……俺は……)

 ブリッジからハッチを開けてもらう事は諦め、自力で開ける事にしたノートンは、PFを操作し、壁にかかっていたレーザーソードを手に取ると、

「ハッチの側の整備員、そこをどけ、危ないぞっ!」
『隊長なにしてんのっ、何する気なのよっ!』

 まだ切っていなかった通信機の向こうから聞えてくるシュキの甲高い声に鼓膜がびりびりと震えた。
 レーザーソードにエネルギーを供給し、収束光で刃を作り出す。ノートンはハッチを焼切るつもりなのだ。

(……これぐらい、派手にやっておいた方がいいだろうしな)

 さっさとハッチの側まで行って作業にかかろうと思うのだが、足元を右往左往する数十人の整備員のせいで、一歩も踏み出せないでいる。シュキの声はまだ聞こえてくる。

『こらっ! 隊長、聞いてんの。絶対、ハッチは開けないんだからね、絶対、一人でなんか行かせないんだからね……一人で行って無事に帰ってこれるわけないでしょ、ねぇ、お願いだから……って、ちょっとジータ、な――隊長っ! 止めてください、無――ジータ、これ返して、私が話してんのよ。隊長、何考えてるの、無謀すぎるよ。だいたい――隊長、お願いですから俺も一緒に連れてってくださいっ!――ジータ、馬鹿言ってんじゃないの、誰も行っちゃ駄目なんだよ。ミラムーンはほっとくのが一番なの自業自得なんだからっ!――なに言ってんだ、放っておけるわけないだろ、同盟国なんだぞっ!』

 二人がイヤフォンマイクを取りあい、代わる代わるノートンをとめようと声を掛けてきた――が、途中でただの言い争い変わったような気もするが気のせいだろうか――。
 ノートンは、ブリッジでイヤフォンマイクの取り合いをしている二人の姿を想像して、笑みを浮かべた。

(二人のこう言うところは……はじめてあった時から、何かがあっても変わらないんだな……)

 ノートンが足元を動き回っていた整備員たちがようやくいなくなったので、PFの歩を進めようとした時、

『やっほー、隊長、聞こえる? いま開けるかんね』

 ブリッジとは違う回線からの通信が聞こえてきた。その特徴のある声の主がノートンにはすぐにわかった、マコトだ。
 モニターの中に手を振りながら、ハッチ手動開閉装置まで小走りしていく姿が見えた。

(予定が狂ったが……まぁいい)
『ちょっと、マコトちゃん何してんの、ハッチ開けちゃ駄目だってばっ!』

 通信に割り込んできたマコトの声を聞いたシュキが、悲鳴のよう叫びを上げる。

『シュキ姉ちゃん、大丈夫だよ。隊長は無駄死にするような戦いはしなかったじゃん。Gエリアの時だってどんな無茶な作戦でも、必ず帰ってきたでしょ?』
『でも、今回は……だって、もう』
『信じようよ。シュキ姉ちゃんだって、Gエリアでは隊長のやる事を、どんなに変な事でも信じてたじゃない』

 マコトがハッチを開けるのを待ちながら、二人の会話を黙って聞いていた。

(あれは……ゲームのようなものだったからな、安全なルールで守られたゲームのような……)

 ハッチがゆっくりと開き始めた。
 ミラムーン基地ドックの壁面が見えてきた。灰色で、何の味気もないつまらない壁だ。

「……俺みたいだな」

 まだ聞こえてくるシュキの耳障りな通信を切ると、前線へと独り向かった――何も迷う事はない、ただ敵を倒せば良いだけの事だ昔のように。







 

 ノートンが飛び出してから、一日後。
 クランの乗った補給物資やPFを搭載した輸送機は、レガルト小隊の護衛で衛星Gの軌道上まで送られ、地表面に降下しようとしていた。
 彼女は大きく広がる黒く音のない光景を眺め、物思いにふけっていた。

(みんな、無事かな……)

 安全確実に物資を届けるために、補給船はどことも連絡をとりあわずにここまで来たので、クランは衛星Gで起こったミラムーンとヴァリムの正面衝突の事を知らないのだ。だが、妙な胸騒ぎを覚えていた。

『では、私たちはここで失礼します。作戦の成功、お祈りしております』

 地表を映しているモニターのすぐ脇にある、通信用モニターの向こうにいる青い髪をした女性、レガルト小隊所属オペレーターのノギ・カグヤが別れの挨拶を口にしたが、クランは地表の映るモニターをじっと見たまま上の空で返事をする。

「そうだ、コーヒーのブレンドなんだけど」

 的の外れた答えが返ってきたので、画面の中で瞬きをして、カグヤが不思議そうな顔をした。カグヤは古くからクランと個人的な付き合いがあるのだが、上の空の彼女を見るのは珍しい。

『ネルモアさん……クラン?』

 カグヤはオペレーターの事務的な口調ではなく、親しい友人に声をかけるときの調子でクランに呼びかける。

「……」

 クランはモニター越しにカグヤを見て、動きを止める。

「なんでもないわ……ありがと、カグヤさん」

 クランの声の調子は仕事の時も、それ以外の時もいつも同じだ、気分が読み難いのだが、

『……無理しないでね、クラン』

 カグヤには今回の彼女はかなり沈んでいるがよくわかった。
 レガルト隊は、特務隊としてかなりの自由度が保持されているので作戦内容の変更を比較的容易に行える。なので「ブレッドさんにお願いして、地表まで護衛するようにしてもらおうかな……」とも思ったのだが、

「えぇ、ありがとう」

 友人としての安易な気持ちで部隊を、おいそれと動かすのは度が過ぎると思いなおし、それは止めにした。

『っじゃ、がんばって……いってらっしゃい』
「……いってきます」

 二人が会話を終えると、補給艦は降下シークエンスに入った。

 

 補給艦は、基地の上空に到着し、管制塔と連絡を取り許可をもらい、指定された場所へと降りる。着陸を終えると、地面が動き出す。
 補給艦が着陸した場所は巨大なエレベーターになっており、補給を待つブリュンヒルデがいる地下ドックへ向かって動き出した。
 しばらくすると、艦が大きく一度揺れ、

『ドックへ到着した。さっそく補給物資の運搬作業を開始されたし』
「了解」

 ミラムーンから指示が来た。クランはそれに返事をする。そして、

「全員、作業に取り掛かってください。両ジョゲツ少尉はPFで物資の運搬を手伝うように、使用プログラムはCモードのレベル4で……以上」

 艦内にいる人員に指示を出し、自身は双子のジョゲツが心配だったので様子を見に行くため、席を立った。
 PFの収めてある第一船倉へとクランが行くと、すでに上に向かって観音開きの扉が開かれ、ドックの高い灰色の天井が見えるようになっていた。
 惑星Jから運んできた二機のPFが横になっており、Jフェニックスのコックピットに入ろうとしているどちらか一方のジョゲツ少尉がクランの目に入った。

「ジョゲツ少尉っ!」

 クランが声を張り上げて呼びかけると、ジョゲツ少尉は振り返りきょろきょろと声の主を探す。

「しっかりお願いしますよっ」
「は〜い、エリカにお任せっ!」

 エリカは大きく手を振り返事をするが、クランに見えるように思いっきり背伸びして手を振ったらしく、爪先立ちの状態で激しく手を振ったせいでバランスを崩し、

「おわぁぁっとと」

 横になったPFから落ちそうになったが、

「ぉぉっとととっっ!」

 手をぐるぐると廻して何とかバランスを取り直し落ちずにすんだ。
 クランは口から安堵と呆れの混じった息を吐き、

「少尉。気をつけて下さいよ」

 と声を掛けて、補給物資が積まれている第二船倉へと歩を進めた。第二船倉には、PF用の補充パーツや弾薬などが積み込んである。
 彼女がつくと、すでにブリュンヒルデから来た人員と補給艦の人員とが協力して物資を運び出す作業を始めていた。
 ブリュンヒルデからきている人々が、心なしか暗い雰囲気を漂わせているのが気になったが、作業は順調なようなので、しばらく様子を見ると、クランはその場を後にして人員の受け入れと物資の受け渡しの手続きに必要な書類を持ち、ブリュンヒルデの方へと向かった。
 ブリュンヒルデまでの五百メートルほどの距離をゆっくりと歩いていると、後ろから大きな振動と共に、コンテナを抱えたJドラグーンRが近寄ってきて、彼女を追い越して行く。

(……Jフェニックスにいたのがエリカ・ジョゲツ少尉だから、このドラグーンに乗っているのはユリカ・ジョゲツ少尉か、いちおう指示を出せばしっかり働いてくれるみたいね……)

 いつもふざけている二人の様子から、言われた指示を真面目にやらないのかと少々心配していたが、その点は大丈夫なようで安心した。
 どうも二人を見ているとュキを思いだして不安だったのだ。特に最初の頃のシュキの事を。
 クランが初めてあった時のシュキは酷いものであった。
 何か指示を出しても、彼女独特の思考で拡大解釈して、指示を歪めてしまい。それを注意しても「え? こうした方が良いと思ったんだけど……」と言って、まったく反省の色を見せず。昔のシュキは、勝手な事をよくやっていた。
 シュキの事を思い出しながらそのまま歩き続け、艦の内部へと通じる通路を渡り、中に入ると、そのシュキが立っていた。出迎えに来てくれたようだ。しかし、その表情はクランの思い出の中にある何時もの明るいものではなく、陰鬱に深く沈んでいる。一瞬、別人ではないかと思ってしまうほどのクランの知らない、シュキに似つかわしくない顔だった。

「どうしたの、シュキ」

 シュキは答えずにクランの顔をじっと見つめる。

「シュキ……」

 ――涙ぐんでいるの?
 シュキが不意に床を蹴り、クランに抱きついてきた。

「っちょ――」

 クランはよろけたが足を一歩後ろに引き、近くの壁に手をつき何とか堪える。

「――シュキど、震えてるの?」

 そっと背中に手を置くとシュキの体のふるえが手の平を通して伝わってくる。
 ――何があったの?
 震える少女はしっかりとクランに身体をくっつけ、胸に顔をうずめたまま何も言わない。
 クランは不意に、冷たさを感じ、身震いした。

「……泣いてるの」

 シュキはぎゅっと抱きつく力を強め、身を硬くする。

「ねぇ、何があったの?」

 涙の冷たさを感じながらたずねた。やはり、シュキは何も答えない。
 手に持っていた書類を床に放り落とし、両手で優しく抱き返し、シュキの耳元でささやく。

「シュキ、泣いてたらわからない。何があったの……話して」
「……うが……ったの……」

 胸にこそばゆさを感じながら、シュキの呟きに耳を傾けたが、内容を聞き取る事はできなかった。

「……絡……いの、……た……、かな……に」
「……うん……いいのよ、シュキ」

 広がる涙の冷たさを感じながら、暖かく抱きしめ、じっと、シュキが落ち着くのを待つことにした。

 

 物資の積み込みは淡々と進められてゆき、
             もうじき終わろうとしていたが、

 二人はしぃんっとそのまま、
           抱きあったまま、

 静かに、
  その場に、
   佇んでいた。








 

 第5話へ続く

 



あとがき

 泣いてばっかりのシュキではあるけども……泣きたいのは正直こっちである(マテ)
 2005/10/01 usagi.

 


 管理人より

 バーニィさんより第4話後編をご投稿頂きました!

 それで一人で出撃……さて、大丈夫なのやら(汗)

 一方「姉」はやはりこういう事に慣れていないようで……というより向いていないと言うか(苦笑)
 


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