<機甲兵団J−PHOENIX>

コバルト小隊 〜Satellite named genesis.〜



 

〜これまでのあらすじ〜

 聖暦二十六年。
 ミラムーンが占有する衛星Gへとヴァリム軍が侵攻。ミラムーンに救援を求められたアルサレアは、Gaia地区でのヴァリムとの戦闘において、アルサレアを勝利へと導いた部隊として有名なコバルト隊の指揮官コバルトリーダーをオーガル・ディラム級新造艦ブリュンヒルデと共に派遣。
 途中、グットマンの襲撃に遭うも無事にその災難を切り抜ける。
 衛星Gへと到着後、コバルトリーダーたちは偵察も兼ねて哨戒任務に就く。
 悲劇はそこで起こった。
 突如、数機の巨大人型兵器GF――ギガンティックフレーム――の瞬間転移による奇襲と新型PFの来襲に遭ったのだ。
 辛うじて敵を退けるも、母艦ブリュンヒルデは甚大な損害を受け、二人の仲間の命も散ってしまう。
 ブリュンヒルデは傷ついた体に傷心の人々を乗せ、ミラムーン基地への帰路についた……



 

 第参話 帰路



 

 孤独。

 コバルト小隊は孤独であった。
 惑星Jの人類の発祥の地、いまや地表の九〇%を灰色の人工物に覆われ、肉を持たない生物に支配されし地球。
 太古の昔、青く輝く美しい惑星であった頃、その地において戦乙女と呼ばれていた存在の名を冠する宇宙母艦ブリュンヒルデ。
 戦巫女の戦車に乗り込み彼らが向かった先は、戦場。
 そこで、彼らを待っていたのは、ヴァルハラに集いし偉大なる勇者たちの姿はなく、猜疑、嫉妬、高慢に囚われたおよそ味方とは呼べぬ、自らに陶酔する毛皮を被りし者。
 そして、戦場における。二人の仲間の死。
 九死に一生を得、死地より生還した彼らを待っていたのは、冷たい冷遇であった



 

〜ブリュンヒルデ艦内重力区 ブリッジ〜

 ブリッジ中央に備え付けられている大型のモニター画面。
 普段は艦の状態を知らせるデータや、レーダー、光学レンズなどの観測機器で得た情報にデータを合成させた外の景色が映し出されている。しかし、今映っているのは……。

『君たちはいったい何をしに来たんだ! 我々ミラムーンの手助けに来たのではないのか!?』

 怒りに燃えるカシウ・モッテスナ将軍、衛星Gにおけるミラムーン軍の最高責任者の顔だ。

『まったく……哨戒任務もろくにできん上に、数機のPFを失い、艦に甚大なダメージを受けるとは、君たちは我々の足をひっぱりに来たのか!』

 カシウの一方的な言葉にブリッジのクルーたちは怒りを覚えながら、黙々と自分の担当する作業に没頭していた。

「……この失態については、弁解のしようがありません」

 延々と10分近く罵られ続けていたノートンは、喉の奥から苦しそうに言葉を発した。

『まったくだ。弁解のしようはないだろな。君らには失望したよ。今後はミラムーン単独でヴァリム軍へ対処して行く……まったく、同盟国であるアルサレアが、こんな名ばかりの部隊を送り込んで来るとはな……通信は以上だ。基地にはかってに帰って来い』

 その言葉を吐き捨てるように言うと最後に、カシウは通信を断つ。ブリッジの誰もが安堵の表情をかすかに浮かべた。
 モニターの映像が切り替り静かな衛星Gの景色が映ると、ノートンは溜息を一つ吐き、空になっているオペレーターの席を見て呟いた。

「……シュキなら、大丈夫だと思ってたんだがな」

 ブリュンヒルデは味方とは到底思えないカシウの率いるミラムーン基地へと、静かに航行して行った。



<機甲兵団J−PHOENIX> 
 コバルト小隊〜Satellite named genesis.〜
 第参. 伍話 Discordant polyphony


 

〜ブリュンヒルデ艦内重力区 居住区〜

 静かな室内の片隅、シュキは自分の膝を抱え込み置物のようにじっと座っていた。
 ミオ・ポーティミング、彼女とシュキは特に親しかったわけではなかった。しかし、まったく親しくなかったわけでもない。
 先の戦闘折、ミオは戦死した。何の前触れもなく、唐突に。
 戦時下のこの状況でアルサレア軍兵士と言う職業をしていれば、いつ死んでもおかしくはないが、そう言う事を言葉として口にしたとしても、それを実感している人間は少ない。
 現状では人間同士が生身で殺し合う場面など限りなく少なく、戦いの大半は機械を通し間接的に人間が関与する場合が数多い。
 それが原因だ。
 オペレーターの見習いとして軍隊内で働き始めてからすでに一年以上、シュキにとってミオの死は、直接オペレーターとして参加した戦闘において初めての戦死者だった。
 彼女の知り合いも数人、戦争の哀れな犠牲者となってはいたが、それは彼女の目の届かない遠くの出来事であり、肌で感じられるものではなかった。
 彼女の視線の先に小さな箱が置いてある。ミオの私物をシュキがまとめたものだ。

「……あんなに元気だったのに」

 箱を見ながらシュキが呟く。
 彼女の脳裏に、出撃前にミオがグレンリーダーの事を楽しげに話している姿が浮かんだ。

「……死んじゃうと、なんにも残らないんだね……」

 シュキは、クラン・ネルモアと言う女性オペレーターの下で見習い期間を過ごしつつ、ろくな実績も経験もないままクランと一緒に、特務隊であるコバルト隊へと配属され、いまに至る。常勝無敗――常勝無敗、つまり負けを知らないという意味だが一度も敗退をしなかったと言う意味、大局的に見て、最終的な結果として無敗と言う意味。単純に死者の数で勝敗を決した場合の無敗と言う意味だ――の二つ名で呼ばれる隊に所属していた彼女の軍歴は非常に特異なものだ。幸運なことに彼女の身近な仲間は今まで誰一人として戦死者がいなかった。
 長い間、仲間の死と言う悲しみに無縁であった彼女にとって、ミオの死は衝撃的なものだった。

「……クラン、私……もう、駄目かも。こんな辛いの、もうやだよ。戦争なんて、嫌いだよ……」

 耐え難い、苦しみであった。
 シュキは今までずっと戦争に参加していながら、やっと自分が戦争に参加していると言う実感を覚えていた。

 

 待機任務中であり、パイロット待機室で控えていなければならないはずのジータが、シュキのいる部屋の前で彼女に声を掛けるかどうか迷っていた。
 戦闘終了後。大破したノートンの機体と敵の落として行ったPF用新兵器を回収し、母艦であるブリュンヒルデへと帰還した時、ジータはシュキの異変にすぐに気がついた。
 取り乱して騒ぎ立てていたわけではない、彼女がいつもに比べあまりにも静か過ぎたのだ。
 Gエリアで戦っていたおり、シュキは戦闘が終わると興奮しながらついさっき終わったばかりの戦闘の感想を、大袈裟な身振り手振りをまじえて戦ってきたばかりのパイロット達に語る癖があった。そうしない事があってもハンガーに機体を固定し、機体の表面温度が下がるまでコックピット内で待機している間、シュキは通信モニターの向こうから一方的に喋り続ける事がよくあった。
 その勢いはマコト・フライトがPFについて熱く語る時に勝るとも劣らず、凄惨な戦闘でもそれほどそうでもない戦闘でも関係がなかった。モニター越しの現実世界の感想を、映画を見終わった後のように彼女は喋るのだ。
 彼女にそう言う癖がついたのは、それこそ特異な常勝無敗の部隊に居るという経歴の影響かもしれない。
 シュキは、ちょっと誰かにその事を注意されたからと言って自分の行動を変えるようなタイプではない。
 その彼女が戦闘後、静かだった。
 確かに戦死者が出たのだし、大騒ぎができるような場面ではない。しかし、それにしてもシュキの静かさは異常だった。

(……やっぱ、ゴリアンさんやミオさんの事で落ち込んでいるんだろうな)

 ジータにはシュキの気持ちが分かる気がした。 彼もシュキと似たような特異な経歴の持ち主だからだ。
 彼のパイロットとしての初の戦いは、兵士たちの間で“地獄の一週間“と呼ばれ、PF開発後最大の戦いアルサレア要塞攻防戦。
 ジータは当時、PF訓練校に在籍していたが一通りPFの基礎訓練は終えていたために、急遽繰り上げ卒業と言う扱いを受け戦場に借り出された。しかも、初陣早々補給部隊の一小隊とは言え指揮官と言う立場でだ。それ程までにアルサレアは人材不足だったのだ。
 彼は任務地が後方と言う事もあって無事に戦闘を乗り越え、周囲に戦死者は生まれなかった。
 月日が過ぎ、コバルト隊に配属された後もそれは同じだ。シュキと同じように常勝無敗が彼の経歴だ。

(……なんて声を掛けたら良いんだろう。「死んだ人の事は気にしない方が良いよ」、「戦争なんだから仕方がないよ」……そんなのじゃ、駄目だよな。なんか、こう……他人行儀だ。逆にシュキを傷つけそうだ……苦手なんだよな、こう言うの)

 溜息を吐き、ジータはインターフォンを押そうとしていた指を引っ込め、

(……ゴリアンさん、ミオさん……二人とも……帰ってこないんだ。戦死……か、俺もいつそうなってもおかしくないんだよな。シュキと同じで、初めて仲間が戦死したって言うのに――)

 その場を後に歩き出し、自分の持ち場であるパイロット待機室へ向かった。

(――不思議と悲しくないし、恐くないんだよな……なんでだろう……戦争に慣れたのか……人を殺すことに……)

 悲しいはずなのに悲しくない、恐いはずなのに恐くない、ジータは自分の心の中に空虚な部分を見出した。







 

〜ブリュンヒルデ艦内重力区外 パイロット待機室〜

 待機室へと戻ってきたジータを、ムラキ・オニキスの不機嫌な顔と大きな声が出迎えられた。

「ジータ、どこに行っていた!」
「その……シュキのところに、心配で」

 ジータはばつが悪そうに小声で答える。それもそのはず、待機任務の割り当たられていたにもかかわらずシュキが心配と言う理由で、無断で彼女のいる部屋の前まで行っていたのだ。

「今の、状況……分かっているのか?」

 ムラキの声がやや奮えている、彼が怒りを堪えているのがジータには感じ取れる。

「もちろんです。分かっています」

 ムラキの言う今の状況とは、主兵装、機関部に損傷を受け迎撃も航行もまともに行えない母艦ブリュンヒルデの状況と、艦に搭載されているPFのうちまともに動ける機体は、ジータ機グラディエーターのみと言う状況。つまり、敵が攻めてきた場合に防衛戦力として期待できるのはジータのPFのみ、と言う状況の事を指している。
 艦に乗っている全員の命が、ジータの双肩に掛かっているわけだ。

「ジータ。まだまだ半人前のお前が他人を気にしている余裕などあるのか!」

 この状況下に無断で、しかも私事で出歩いているジータの事を知れば誰だって頭にくる。

「……すみません」

 口では謝ったが、彼の心に「半人前とまで言わないでも良いのに」と思う気持ちが存在した。

「なんだそれはっ! はっきり喋らないか、ジータ」

 ジータの心は、理由のわからない苛立ちで掻き乱されて行く。ただ、ムラキに苛立っているわけではない事だけが確かだった。

「わかりましたよ。どうもすいませんでしたね!」
「お前、ど」

 ムラキの言葉を遮るように、

「部下が死んだからって俺に当たらない下さいよ!」(何、言ってんだ……俺?)

 言う。
 彼は自分の言った馬鹿な台詞の招く結果が恐くてうつむいた。
 こんな事を彼は言うつもりはなかった。だが、意思に反して口から漏れたのだ。
 苛立ちを感じさせるこの会話を終らせたい気持ちが。
 ムラキの反応がないので恐る恐る顔を上げると、握り拳が目に飛び込んでくる。ジータは避ける間もなくそれをまともにくらい、壁際まで殴り飛ばされた。

「よくそんな事が言えるな。いつからそんなに偉くなったんだ、お前はっ!」
「……」(別に、そんなんじゃ……)
「俺がお前に八つ当たりをしているとでも思っているのか!」
「……」(違う事はわかってますよ……ムラキさんはそんな人じゃない……わかってますよ)

 ジータは答えない、答えられない。

「偉そうな口をきいておいて今度はだんまりか、ジータっ!」
「……」(何も言えるわけないじゃないですか……もともと言うことなんてないんだし)
「ジータ。お前はシュキの心配をして彼女の所に行っていたと言ったが……本当はお前が、心配して欲しかったんじゃないのか? 話を聞いて欲しかっただけじゃないのか?」
「……」(……そう、なのか、な?)
「……まぁいい、ノートンにお前の行動は報告させてもらうぞ。今のお前にこの艦の人命を預ける事はできない」

 ムラキは背を向け部屋を出て行く。

「……俺、何やってんだろ」

 ジータは部屋に独り残された。

(……悲しくない、恐くない、それに苛立っているのか? 違うそうじゃない、そうじゃないんだ……思い通りに……いかないから、か?)





 

〜ブリュンヒルデ艦内重力区外 PF格納庫〜

「お〜い、おっちゃ〜〜〜ん!」

 明るい声が格納庫全体に響き渡る。
 声の主はマコト・フライト、ロボットとアニメを愛するまだ幼さの残る少女だ。

「だぁーれが、おっちゃんだ、だれがぁ!」

 おっちゃんと呼ばれた三十歳前後の整備主任は機体の影から顔を出してマコトを怒鳴りつける。

「あ、いたいた。そこにいたんだ。ここんとこの配線なんだけどさ、どこ繋ぐの?」
「待て、素人が配線なんかいじるなっ!!」

 整備主任のおっちゃんはマコトの恐ろしい発言を聞いて、慌ててマコトの所へと駆け寄ってくる。
 マコトはあくまでもパイロットであってPFの整備に関しての知識は素人に毛が生えて態度の物、素人も同然だ。なまじPFに親しい分、素人よりも余計にたちが悪いかもしれない。
 整備主任のおっちゃんはマコトが機体を磨きたいと言うので整備の邪魔にならなければと言う条件で機体を磨かせていたのだが、いつの間にか他の整備員に紛れ込み整備を手伝っていたようだ。
 おっちゃんはマコトのすぐ隣で整備をしていた若者の頭を小突き怒鳴りつけた。

「なんで、素人にいじらせんだよ。おめぇはっ!」
「だ、だって主任。手つきが慣れてるし、『マコちゃんにお任せ!』とか言うもんだから……」
「ど阿呆! この子は調子が良いだけだ!!」
「酷いなぁ、おっちゃん。マコちゃんこれでも手先は器用なんだよ」
「おいおい、手先が器用だからって整備員でもないやつにPFの整備は任せら……おい待て、話は終わっちゃいねぇよ」

 おっちゃんの注意がマコトへと移った隙に逃げようとしていた若者は後ろ襟を捕まれ引き寄せられた。

「いいか、お前も、お前もっ! PFは玩具じゃないんだぞ!!」
「「すみません」」

 若い整備員とマコトは声をそろえて謝った。

「パイロットは機体の事を整備員に任せて、今はゆっくり休んでな」
「……でも、マコちゃんの機体あんなんだし……少しは整備のこと覚えて、機体を早く直したいんだ」

 マコトは俯き、片足が折れてしまった愛機“ロボ”を指差した。
 彼女の明るかった雰囲気は消え失せ、代わりに暗いじめじめとした雰囲気に身にまとう。

「……しゃあねぇな。パイロットも現場で応急処置をする程度の整備の知識ぐらい知ってた方が良いよな……教えてやるか」
「ホントッ!」

 うつむいていたマコトが顔を上げた。その顔は先程の雰囲気からは想像できない喜びに満ち溢れている。

「ただし、ロウ大尉の許可が出てからだ」
「じゃあじゃあ、隊長がOKすれば良いんだね!」
「そうだ」
「よっしゃぁぁ。早速、行ってこよっと!」

 マコトは言うが早いかノートンを探しに走って行った。

「いやぁ、ホント明るくて調子の良い子ですねぇ」
「阿呆、“カラ元気”だよ」
「そうですかね?」
「そうだよ……自分の機体は壊れちまうし、仲間は二人も死んじまったし……あんなに明るくいられるわけがねぇだろ。機体の整備したいってのも、何もしないでジッとしてるのが耐えられないからだろ」
「そうですかねぇ……ただ、何にも感じてないだけに見えますけどね」
「……まったく、大したもんだぜ。まだ十五にもなってないだろうに、立派なもんだ」
「そうなんですかねぇ……」
「っおい。お前な!」
「はい?」
「ったく……まぁいい。あの子が戻ってきたら色々教えてやれ」
「俺がですか!?」
「そうだ」
「俺だって整備の仕事が……」
「阿呆! 整備仲間と素人の区別も付かないやつに大事なPFを任せておけるかっ!」
「そ、そんなぁ」
「だからってあの子に間違ったこと教えるんじゃねぇぞ。まぁ、気が付かなかった罰だ。これだけですんでありがたく思えよ」
「わ、わかりましたよ……とほほ」





 

〜ブリュンヒルデ艦内重力区 ブリッジ〜

「……えぇ、わかりましたムラキさん……ジータには俺からも言っておきます。そうですね……代わりはムラキさんにお願いするかもしれません……えぇ、よろしくお願いします」

 ノートンはインターフォンを置き溜息を吐いた。

「大尉……ランバート少尉か?」
「どうも、シュキと同じで参っているみたいでしてね(――自覚がないぶん、厄介か、いや……シュキと話せれば問題はなくなるかな、もっともシュキにジータの話を聞く余裕があればだが、シュキは一見わがままに見えるがけっこう周りに気を使っているからな、それが彼女の良いところなんだが……今回の場合、余裕があるかどうか……)」

 彼はヘイド・ボーレン艦長に苦笑いで答え、窓の外の景色に目をやった。

(宇宙に出た時は綺麗に見えたが……いまでは宇宙の静けさと暗さが不気味に見えるな)

「たいちょぉぉぉっ!」

 元気の良い声と共にマコトがブリッジへと駆け込んできた。
 その声を聞いたノートンは頭を抱え込みその場にしゃがみ込んでしまう。

「あれ、どこか痛いの隊長?」

 しゃがみ込んでいる彼の側にマコトが駆け寄ってきて心配そうに覗き込む、ノートンはブリッジ中の視線を背中に感じた。
 彼はすっくと立ち上がると顔を赤くしながら彼女を引き摺り、

「ぐ、ぐるじぃよぉー」

 ブリッジの外へといそいそと退場。クルーの視線から逃れると、深呼吸を一つ、落ち着きを取り戻し話し始めた。

「マコト、何の用だ」
「あのね、整備主任のおっちゃんが整備教えてくれるんだって。だから、隊長の許可が欲しいんだ、許可ちょ〜だい」

 人に頼み事をするような口ぶりではないが、これがマコト流である事をノートンは重々承知している。

「整備か……」

 ノートンは少し渋った。先程へのささやかな仕返しだ。

「頼むよ、たいちょぉ……今度マコちゃんの秘蔵アニメDVD貸してあげるからさぁ」

 彼女は自分が好きなものは誰でも好きなものと思い込む節がある、アニメが良い例だ。もっともそのお陰でGエリアの戦いの折、サチコ・ロックナートから少々融通してもらった事がるので意外と有用だ。
 世の中、何が役にたつかなど誰にもわからないものだ。
 マコトがPFに付いてより詳しくなるのは悪い事ではない。PFが見かけよりも遥かにデリケートな機械である事がわかれば、機体を今よりも大事に扱うようになるかもしれないし、何よりもPFの応急処置だけでも行う事が可能な人間が増えるのは隊にとって非常にありがたいことである。マコトの機体は修理中、補給の目途も立っていないことから、時期としても丁度良い。

「わかった。許可しよう、しっかりと習ってくるんだぞ」
「さっすが、たいちょ。話がわかるねっ!!」

 彼女はその場で飛び跳ね喜びを表現すると、格納庫へ向かって猛然と走っていった。

(……シュキもジータもあれぐらいなら良いんだがな)

 ノートンの目には諦めと憤りの色が見えた。







 

〜ブリュンヒルデ艦内重力区外 パイロット待機室〜

 自動ドアが開く音。
 ジータがゆっくりと顔を上げると、入り口に立つノートンとその後ろに立つ警備兵の姿見えた。二言三言、後ろの男に声を掛ける彼は部屋の中へと入ってくる。
 椅子から立ち上がると敬礼、形式をいちおう守る。ノートンとジータは今更形式に拘るような間柄ではないが、ムラキとの一件があったせいか意識せずとも自然と体が動き、彼は敬礼をしていた。
 ノートンは敬礼に答えると、ドアの脇にあるコンソールパネルを操作し監視カメラを停止、部屋のドアにロックを掛ける。

「これで、誰にも邪魔をされないで話せる」

 と、独り言を言うとジータの前にある椅子に腰掛けた。

「……階級はなしで、お前と個人的に話したいんだ。ジータ、座れよ」
「はい」
「俺は正直、お前にすまないと思っている」
「……?」

 彼の言葉にジータは怪訝な顔をした。

「……Gaia地区の戦いや、今回のこの戦いについてだ」

 それに答えるようにゆっくりと、ジータを直視せず、床を見ながらノートンは言葉を続ける。

「お前の今の状態、心理状態とでも言うのかな……それはなんとなく、俺にはわかる。兵士として戦うことに必要な経験。それは、お前には十分たりている。だが、一個の存在としての戦争と言う言葉に要約されるモノとの経験、接点は少ない」
「言っている意味が良くわからないですよ、隊長」

 無視をして言葉を続けた。

「……ある意味、一つのソフトとして考えてきた。迅速に処理速度を速めるためにプログラマーである俺はプログラムを組み、修正し、使用してきた。無駄なく効率よく、淡々と数字を扱い、全てを0と1に還元し、割り切り……消費させてきた。
 一つのソフトを組み上げるのにそのソウタイを無視し、効率を重要視し、経験はブロックに、揺らぎを求めず停滞を求め、評価してきた」
「……隊長?」

 不意にノートンが顔を上げ、ジータの顔を見る。

「ムラキさんから聞いたが……唯一まともに稼動するPFのパイロットである者が手を抜くと、その結果何が起こるか、わからないお前じゃないよな?」
「それは、反省してます……これからはこういう事がないように、注意します」

 答えを聞くとノートンは押し黙ってしまう。ジータの頭に形にならないイメージが湧いたが、それが口から出る事はなかった。

「ジータ。Gエリアの戦いは異常だった事を覚えておいてくれ」
「異常って……何がです?」

 彼は隊長の言った言葉が理解できなかった。
 異常?
 何が異常だというのだろうか……ジータから見ればあの戦いは妙なところはなかった。
 たしかに、ジータにとって辛く厳しい戦いではあった。しかし、異常と感じた点は何一つなかった。隊長はGエリアで戦いながら、この戦いは異常だ、と感じていたのだろうか……だとしたら、隊長はどこにその異常を見出していたんだろうか」そんな疑問が彼の心に浮かんだ。一緒に戦ってきた上官とは言え、自分が戦ってきた戦いを異常と言われるのは良い気がしなかった。
 ジータのむっとした表情に苦笑いをするノートン。

「異常に恵まれた環境だった、と言う事だ。コバルト隊は特務隊の中でも異常なほど恵まれた環境にいた。
 常時120%の補給体制、整備員技術もトップクラス、規格PFと違い手間と金が常に掛かるカスタムPFが隊の主要PFを占めているのにもかかわらず、整備の点で不備があった事はない。
 隊を構成する人間は殆どその道のエキスパートばかりだ。シュキの様な例外もいたが……彼女も彼女で優秀な方ではある。お前やリンナ、マコト、若いパイロットも同じだ。その経験のわりにはかなりのPF操縦技術と状況判断能力を持っていた。
 アルサレアの名だたるエースパイロットもやたらと多かったな……“元グレン小隊”のキース・エルヴィン、アイリ・ミカムラ。スティールレイン隊の中で砲戦の指揮官としてもパイロットとしても優秀な“花火師”ギブソン・ドゥナテロ。
 スタンドアローンが多いがその欠点を補ってなお余りある実力を持っている“アルサレアの狂犬”ランブル・クリスティーン。サーリットン戦線で戦い続けて、ヴァリムから“砂漠の狼”と恐れられている、チェンナ・マーロウ。
 ベテランのPFパイロットであり目立つ事はないが確実に作戦を遂行する、歴史に残るエースパイロットを示す“ジュエル・オブ・アルサレア”の一人であるムラキ・オニキス。元PFパイロットと言う経験のあるオペレーターとしてだけでなく参謀としても頼れるクラン・ネルモア。クランのような存在はオペレーターには早々いない。彼女の場合、一つの部隊を任せても良いぐらい指揮官としても優秀だからな。
 俺の指揮権も大尉と言う階級を超えてその戦場で全体に影響できるまで優遇されていた……お前は知らないかもしれないが、サポートとして偵察衛星を一個、コバルト隊の貸切で使っていたんだ」
「貸切ですか……」
「あぁ、貸切だ。貴重な衛星をな。とにかくやたらと優遇されていたわけだ。お前が戦ってきたのはそう言う、異常極まりない部隊だったと言う事を忘れるな」
「でも……俺にとってはコバルト隊は」
「別にコバルト隊が悪い部隊だったわけじゃない。異常な部隊だっただけだ」
「……はぁ」
「……ジータ、お前は少し休め、いまお前に必要なのは休息だ」

 ジータはすぐに返事をしなかった。言葉を選んでいるようだ。

「営倉入りは覚悟していますけど……そのできれば……基地に付くまでは待ってくれませんか」
「なぜ」
「パイロットとして、いま戦えるのは俺だけだから……えっと……」
「ジータ……」

 溜息を吐きながらノートンが彼の名前を呼ぶ。

「ジータ……いいかジータ。“いま戦えるのはお前だけ”じゃない。“いま動くPFがお前のだけ”なんだ……勘違いするな。必要なのは動くPFであって、気の抜けたパイロットじゃない」
「でも、あの機体はカスタムPFだし、俺に最適なセッティングがされているわけで……射撃戦が主体の隊長やムラキさんだと、相性が悪いじゃないですか……だから、機体性能は十分発揮されないわけで……確かに俺は今気が抜けているかもしれませんけど、俺が乗った方が性能は……だから、戦闘になったら俺が乗っていた方が……」

 ジータのそれは、カスタムPFを新兵の時からあてがわられ、優遇された恵まれた環境で苦もなく成長してきたパイロットの発言だった。
 彼の言葉を聞いたノートンは、ジータに哀れみを感じ、「すまないな」と謝す。

「……俺やムラキさんなら心配はない。どんな機体でも、例えそれが自分とは違った戦闘スタイルをとっているパイロットのカスタムPFであっても、気の抜けたパイロットよりも上手くPFを扱える」
「……」

 ノートンは椅子から立ち上がるとコンソールパネルを操作しドアのロックを外す。
 ドアが開くとその向こうには警備兵が彼に声を掛けてきた。

「大尉、艦長がお呼びです」

 ノートンは「わかった……」と言うと、ジータの方を一度見「頼む」と警備兵に声を掛けた。

「はっ!」

 ノートンが部屋から出ると入れ替わるように衛兵が入ってきた。
 その衛兵はジータの側まで来ると、彼に声を掛け、営倉へと連れて行った。





 

〜ブリュンヒルデ艦内重力区 艦長室〜

 ジータとの話を終えた、艦長が呼んでいると聞いたノートンは艦長室へと来ていた。

「艦長、話と言うのはなんでしょうか?」

 室内。
 彼とヘイド艦長、机を挟んで向かい合って立っている。二人の間にも艦中を漂っている重い空気があった。

「まぁ、掛けてくれ」

 彼に椅子を勧め、座るのを見ると自らも腰掛け、溜息を一つ吐く艦長。
 戦闘が終わってからこのかた、艦内の重い空気に誰しもが溜息を吐きたくなる気分にさせられ、誰も彼もが溜息ばかりをやたらと吐いている。そんな中で溜息を吐かないのはマコトぐらいなものだ。
 ノートンもつられて溜息を一つ。

「……正直なところ、君はこの戦場をどう思う?」
「戦わされるものとしては、かなり条件は厳しいですね――」

 ボーレン艦長は下から見上げるように彼の言葉の続きを待った。

「――ミラムーンは非協力的な態度をとっていますし、ヴァリムの戦力は未知数……――」

 間を置きノートンが言葉を続ける。

「――我々はこの戦場で孤立無援……と言ったところでしょうか」
「だが、我々は戦わねばならない」
「たしかに、戦わねばならないのはわかりますが、無茶をして死ぬのはごめんです」
「それは私も同じだ。できれば誰一人とて死なせたくはない……すでに遅いがね」

 二人は言葉につまり黙ってしまう。
 艦長室の壁に掛けてある時計の秒針の音だけが響く、カチカチ……と。

「艦長……ミラムーンとヴァリム繋がっているのではないでしょうかね?」
「な……」

 出し抜けにとんでもない事を言いわれ、艦長は言葉につまった。

「いいですか、艦長……正直こういう事を考えるのは、特務隊の一隊長としては過ぎた事だと思いますが」

 ノートンはそこで言葉を区切り、ヘイドの顔を眺め様子を窺う。

「続けてくれ」
「まず、ミラムーンの遭遇したヴァリムの戦力と、我々が遭遇したヴァリムの戦力には差がありすぎます」

 ノートンの言葉を受けたヘイド艦長はミラムーン軍に提供してもらった戦闘報告のデータを思い返す。
 ヴァリム軍侵攻時の戦闘報告、ヴァリム軍量産型ヤシャ一個中隊と交戦、自軍の被害二割を超えたため撤退。以後の交戦は偵察時における遭遇戦のみ、被害皆無。
 確かに先の戦闘で遭遇した戦力、ヴァリム軍新型PF一機、GF――Gigantic Frame、ギガンティックフレームの略――七機とはかなりの差がある。

「確かに戦力差はあるが、偶然だろう。ヴァリム軍のミラムーン軍とアルサレア軍である我々の戦力評価に差があったからそうなっただけかも知れない」
「たしかに……それもあるでしょう。しかし、ミラムーンは何故徹底抗戦しなかったのでしょうか?」
「採掘所の一つを奪われても、ミラムーンにとっては衛星G上の一施設を押さえられたに過ぎない、初戦から徹底抗戦をする必要はないだろう。奇襲だったようだし……部隊を立て直す事を優先したのだと私は思う」

 彼は艦長の答えを聞くと今度は別の質問をした。

「では、ヴァリム軍はなぜ敵を叩けるうちに叩いておかなかったのでしょうか?」
「ヴァリムが叩けるうちに叩かなかった。つまり、奇襲時に全力を持ってミラムーン軍の戦力を出来るだけ削ぐ事を行わなかったのはなぜかと言うことだろうが、これは単純に、ミラムーンの戦力を過小評価しているからだろう。あとは採掘所への被害を最小限に抑えるため、施設の占拠が目的であっただろうからな」
「ヴァリムが採掘所を占拠した理由は?」
「採掘資源及び、ミラムーンの技術の取得……だろうな」
「ヴァリムには十分な資源も技術もありますよ。アルサレアならその理由もわかりますけどね……Gエリアでもそうでしたし」

 かつてのアルサレアは、傭兵などと言う仕事に収入を頼らなければならない様な国であった。それは国土の大半が農作物などを育てられないだけでなく、採掘資源にも乏しい貧しい土地だったからだ。
 それに比べ、ミラムーン、ヴァリムは肥沃な大地に恵まれていた。

「……ん、うん。そうだな、たしかにそうだ」
「ミラムーンの戦力。これはご存知でしょうが、お世辞にも立派とは言いがたい。基本的にはゼムンゼンとアルサレアのリサイクル品PF、型遅れのJファーやJフェニックスです。
 ミラムーン本国ならばそれらも充実しているでしょうが、この衛星Gにはたいした戦力も配備されていません。
 それにこの衛星はミラムーンが全て『この衛星で採掘した資源はどの国にも分け隔てなく分ける』と言う条件の下で、数百年前から管轄下においている衛星です。
 かつてのGaia地区のように不可侵条約はどこの国の間でも結ばれていませんが、各国家間では“不可侵”であることは暗に示されています。また、不可侵でありつづけるためにミラムーンはヴァリムにも資源を輸出しています。今現在もね」
「……」
「この衛星で採掘される資源は取り立てて珍しい物はありません。どこでも採掘可能な資源ばかり、ザーベイルやルネオアの方が資源は豊富です。
 そう言う点もあって、ミラムーンが独占している事に各国は何も言っていなかった訳ですが……今回のヴァリムの侵攻にはどのようなメリットがあるのでしょうね、艦長」
「たしかに、大尉の話を聞いていれば、ヴァリムにメリットが少ない事はわかる。だが、ヴァリムも馬鹿ではない、何らかのメリットがなければ攻め込むような事はしなかっただろう。
 何かはわからないが、何らかのメリットがそこにはあるはずだ。しかしだ、ミラムーンとヴァリムが繋がっていると言うことの説明にはならないと思うがね」
「それはこれから説明します。簡単な事なんですけどね……」
「簡単な事?」
「えぇ、ゼクルヴが偵察に使われる事なんてあるのだろうか、と言うことです」
「普通に考えたら、ありえないな、あれは基本的に瞬間転移による奇襲作戦で使用される。しかも、相手の正確な位置を把握している場合でないと……使、え、な、い」

 艦長はゼクルヴの運用に付いて自分で説明しながら恐ろしい事に気がついてしまう。

「“相手の正確な位置を把握している場合でないと使えない”その通りなんですよ、艦長。ゼクルヴは相手の位置を正確に把握していないと奇襲に使えないんですよ。
 拠点防衛時ならばゼクルヴの奇襲はあるかもしれませんが、哨戒任務など移動をしている場合は正確な瞬間転移による奇襲などありえないんですよ……普通の場合」
「……だが、こちらに覚られずにこちらの動きを把握する事は不可能じゃない」

 ヘイドは、友軍であるミラムーンがこちらの情報を流したなど認めたくなかった。いや、認めてはならない。

「PFならばともかく……残念な事に我々のブリュンヒルデは並じゃありませんからね。捕捉される前に捕捉出来ない事があっても、捕捉されたのなら捕捉された事は、敵の攻撃が来る前に知る事ができますよ」
「だが、どうやってこちらの正確な位置を把握した?」
「ミラムーンに定期的に連絡を入れていたじゃありませんか……定時連絡の直後でしたよ。あの奇襲は」
「では、たまたま定時連絡が敵の網に引っ掛り、それで奇襲されたのだろう」
「位置を突き止められた事はそれで説明が付きますが、ヴァリムはミラムーンの哨戒任務に付いている部隊を攻撃するならば、あれだけの戦力を投入する必要はなかったはずでしょう……あの戦力、こちらの戦力を見越した上での奇襲と思えませんか」
「……暗号化されていただろう。この艦がミラムーンに発した物だと断定はできなかったはずだ」
「単独ならばそうでしょうね。暗号の解読に時間が掛かりますから、この艦が発した物、と断定はできない、単独ならば。しかし、予めこの艦の使用する暗号通信のパターンを敵が知っていたら……この艦だと簡単に断定できます」

「……ヴァリムは最初からあの戦力で哨戒任務部隊を撃破する予定だったとも考えられる」
「ミラムーンとヴァリムの間の戦いは、この衛星Gへのヴァリム侵攻時以来、小規模な争いしか行われていません。その際に、ゼクルヴは一切確認されていないとの事です」
「……偶然だろう」
「私たちが哨戒任務に当たったのも偶然ですか」
「……モッテスナ将軍の命令だ」
「我々の戦力を全て哨戒任務に当てる必要があったでしょうか、通常ならば一個小隊で十分なはずです」
「……」
「妙だと思いませんか、偶然が多過ぎる。我々の存在を知ったヴァリムが偵察部隊の強化を図ったのはわかります。しかし、“偶然”我々が哨戒任務に出ている途中、“偶然”にも敵に発見され、“偶然”定時連絡直後に奇襲を受けた。そして“偶然”にもカシウ・モッテスナ将軍はアルサレアを毛嫌いしている」
「だが、それらは全て偶然だ」
「そうです。全て偶然です。ミラムーンが情報を流している確証など何一つありません。しかし、ミラムーンが情報を流していない確証も何一つありません。仮にミラムーンとヴァリムが通じているのであれば、我々の存在はイレギュラー、消したくなるのが当然じゃありませんか」

「……ミラムーンはアルサレアの同盟国だぞ、そんなはずは」
「ない、と言いたい所ではありますが……前例があるじゃありませんか」
「ゼクルヴの開発か? あれは噂に過ぎない」
「火のない所に煙は立たない、と言いますよ。たしかにアルサレア軍部の公開した情報では『ゼクルヴの開発にミラムーンが関与していた事はない』となっていますが、ミラムーン軍内には親アルサレア派、と親ヴァリム派の勢力が存在している事は誰でも知っています。そして、この衛星Gは親ヴァリム派の人間が多数を占める場所でもある」
「……確証はないだろう」
「ありません。この衛星Gに親ヴァリム派の人間が全体の何割を占めているかなんて誰にもわかりません。ただ、この衛星には多いという噂があるだけです。いや、正確に言うと、この衛星に多いのではなく、『宇宙には親ヴァリム派が多い』と言う噂なんですがね」
「それは私も知っている。自分の向かう戦地がどのような場所かぐらいは、この艦の艦長に任命された時から下調べはしていたからな……しかし、認めたくはない」
「艦長が認めようと認めまいと、“噂”と“偶然”の存在は真実です」

「だが、我々はそんな事があったとしても、本国からミラムーンに協力するように言われている。そんな事を理由に彼らの命令を拒否したりする事はできない」
「そうです。私たちにできる事は……命令を守りつつ自分たちの命を守る事」
「軍人は命令には逆らえない、絶対にな」
「えぇ、軍人はそうです。ですが、私個人なら別です」
「……どうする気だ」
「何もしませんよ。ただ何かあった場合……」
「目を瞑れ、と?」
「いえ、その必要はありません。ただ私の考えを知ってもらっていた方が事後処理がやりやすいと思ったから話したまでです。指揮系統が混乱するのだけは避けたいですからね」
「……指揮官には向かない人間だな、君は」
「私もそう思いますよ、俺は人の命を預かれるような人間じゃないですから……守る側よりも奪う側の人間ですよ」







 

〜ブリュンヒルデ艦内重力区 営倉〜

「入れ」

 ジータの背中を衛兵が小突く。目の前には明るい廊下とは対照的に薄暗い営倉が口を開いている。

「わかってるよ……言われなくても……」

 営倉の奥を良くみれば誰か先客がいるようだ。
 衛兵が無言で背中をもう一度小突く、ジータは一歩踏み出し営倉の中へと入る。
 後ろで扉が閉まる。

「……ジータ?」

 聞き慣れた声がした。彼にはそれが誰なのかすぐにわかった。
 シュキだ。

「シュ、シュキ! 何でこんなところに」

 ジータは何だか非常に不味い気がした。暗い部屋で二人っきり、彼の頭から苛立ちも何もかもが消え失せ、ただわけもなく焦った。
 何かの手違いでシュキと同じ営倉に入れられたのだと思い、先程の衛兵を呼び戻そうと声を出したが、何の反応もない。

「ジータ……座れば」

 シュキらしからぬ暗い声が耳に聞こえた。

「ぁ……あぁ」

 彼女に話しかける言葉を捜すが見つからない。
ジータはシュキから離れた壁に寄り掛かりそっと腰を下ろした。

 

 営倉の中は、耳鳴りがしてくるほどに静かだ。

 

 どれぐらい経っただろうか、ジータはシュキの息遣いを聞きながら、話しかける言葉を未だにずっと考えていた。

「私……嫌になっちゃったな……」

 不意にシュキが言葉を発した。

「っえ……と――」

 話し掛ける事だけを考えていたジータは返事がすぐに浮かばなかった。

「――……なにが」
「……戦争」
「……」

 ジータは答えに困った。なんと言えば良いだろうか?

「毎日、毎日。人がいっぱい死んで……人から色んな物を奪って勲章もらって、出世して……その先に何があるの……」
「知らないよ、そんなの」
「そりゃ、私はオペレーターだから……ほとんど出世は出来ないだろうし、直接    しないかもしれないけど……でも、私は戦争に参加して人殺しの手助けをしていることに変わりはない……そんな気がしてきちゃったの……それが、嫌になっちゃったんだ」
「別に……シュキや俺が戦争に参加しないでも他の人が代わりに戦争に参加して同じ事をする……変わらないよ。嫌になるのは分かるけど、“仕方がない”んだよ。“戦争だから”ね」
「……違うよ」
「違わないよ。戦争は国と国同志の争いだ。“望もうとも望まないとも”その国に住んでいる人間は戦争にかり出され参加させられる。人一人だけでは戦争は終わらせられない。戦争に参加させられて    手伝わされて……“仕方ない”よ、嫌がっても戦争はなくならない」
「だから……仕方がないとか、戦争だからとか、望もうとも望まないともとか……そんなんじゃないの。そんなのは……そんなのは……わかってる……わかってるよ」

 シュキの声がうわずった。

「……じゃあ、受け入れるしかないじゃないか、わかっている事を」
「ジータは、受け入れられるの? また戦闘があれば、誰か死んじゃうかも知れないんだよ! ミオさんやゴリアンさんみたいに、ついさっきまで元気だった人が死んじゃうかも知れないんだよ!!」

 彼女の感情が溢れ出す。

「わかってるよ! だから、俺たちは死なないために戦ってるんだろ、誰かが死ぬ事が“仕方がない事”だなんて、“どうしようもない事”だなんて簡単に受け入れられるわけないだろ!!」

 彼は突如激高し声を張り上げる。
シュキは萎縮し、何か言おうとしたが口を少し開いただけで、それは音になって出てくることはなかった。

「生き残るために、怖い事も、悲しい事も……みんな忘れて、忘れて、忘(れなくちゃ、続けらんないだろ、こんなの)……」

 彼は喉に言葉を詰まらせ、それ以上は言えなかった。

「……」
「……」

 沈黙。

「変なこと言って……ごめんジータ……ホントはジータや……パイロットのみんなの方が辛いのにね……わかってたのに、いまさら何言ってんだろね……もう一年以上も、ずっと戦争に参加してるのに……今更……だよね……馬鹿だね、私」

 沈黙。

「シュキの気持ちは……」

 沈黙。

「……間違ったものじゃないし、それは忘れちゃいけないものだと思う……」
「……」
「俺だって……今日までゲームみたいにさ、感じてた……戦争に参加している気がしてなかったんだ。現実感がまるで感じられなかったんだ」

 シュキはジータの言葉に耳を傾ける。

「俺はそう言う感覚で、ずっと戦ってきたんだ……正面から向き合うと辛いから、俺はそう言うのを選んだのかもしれないけど、それだと駄目なんだよな。目をつぶるんじゃなく、ちゃんと向き合わないと駄目なんだって、やっと気が付いたんだ」

 沈黙。
 沈黙。
 沈黙の幕が下りた。
 共有できない空回りしていた言葉が途切れ、空気のわずかな揺れを感じられるほどの、静けさが漂う。
 言葉以外の何かで、何かを共有したような気持ちを二人とも感じていた。








 

第4話へ続く

 



あとがき

 暗中模索の日々は続く……弁解の余地無しは私のほうですね。あまりにも前回の投稿から期間が開きすぎている。だいいち内容だって……ぁあぁ、ヤバイなぁ。
 そう言えば炙り出しは、ネット上のSSでの独特な表現方法として使用はしているけど、やはり、良い気はしないな(滝汗) 2005/04/10 usagi.


 


 管理人より

 バーニィさんより第3話をご投稿頂きました!

 コバルト隊はかなり優遇されてましたからねぇ……何しろ隊員が隊員でしたし。

 炙り出しは……まぁ、極力使わないに越した事はないですね。
 


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