機甲兵団J−PHOENIX“PFリップス小隊”

−夢見る乙女の追撃作戦− 前編






 Gエリアでの戦い、そしてその直後に起こった騒動から数ヶ月が過ぎた。

 この戦いで互いに得られたものはなんだろうか?

 アルサレアはこの戦いでGエリアという地域を失うが、その後の条約違反問題や外交において世論の支持を集めた事、グレン将軍・そしてグレンリーダーに続く新たな「英雄」の登場に士気は大いに高まった。

 一方、ヴァリムはこの戦いで多くの戦死者を出したが、Gエリアから掘り出していた、大量のレアメタルを入手し、またベリウムという今のヴァリム支配体制において、目障りな存在を『幸い』にも失う事が出来て、やや不安定ながらどうにかその支配体制を維持する事が出来たようである。


 双方得たもの、失ったものは多いものの、双方が「必要」と思ったものは手に入れ、逆に「不必要」と思ったものを反対意見の余地なく排除出来たという事になるのではないだろうか?

 双方が現状のまま国境線で睨み合っているのは、その事を仮説的ではあるが表しているのではなかろうか?

 それはすなわち、この戦いはまだ序章が終わったに過ぎない、物語の途中…いわば次の一幕への「準備期間」とも言えるのではないだろうか……。

 その仮定だらけの話を証明するかのように、双方では次の戦いの準備が進んでいた…。




 何もない荒野を一機のPFがブースト全開で疾走していた。

 見た目、女性をイメージさせる、全体的に細いフレーム構成で、背中にウイング装備しており、真紅の鎧をまとった天使、という印象である。

 しかし、この機体を知っている者は口をそろえてこう言うだろう。


「ヤツは死を呼ぶ悪魔だ」


 真紅のPFは川を越え、谷を飛び越え、海を渡り、一つの小さい島へとやってきた。

 おそらく、PFの移動速度なら一時間ほどで一週できるだろう。

 ここは「元」Gエリアがあった海から比較的近い…Gエリア海域から東にある、地図にさえ載っていないような小さい島にある基地である。

 ベリウム率いるヴァリムの部隊がGエリア侵攻の中継基地の一つとして使用されていた時期もあったが、リベル諸島に大型航空機用の長距離滑走路を設置して以降、久しく使われておらず、航続距離の短い戦闘用輸送機が何度か補給のため立ち寄った程度である。Gエリア崩壊後も津波や地盤沈下等の被害も無く奇跡的に無事だった基地でもあり、リベル諸島を脱出したわずかなヴァリム兵が避難先として活用して以降、戦略的価値無しとみて閉鎖されているはずだった。

 その基地にPFは着地し、管制塔らしき建物の近くで足を止める。 

 それから30分ほど経った時…2機の輸送機が基地に着艦した。


「…遅い! 何をしていた!?」


 PFのパイロットは通信回線を開いて輸送機の運転員に叱咤する。


『申し訳ありませんっ! 上空は乱気流が激しく…』


 この期に及んで言い訳をしようとする運転員の言葉に、PFのパイロットは眉を一瞬、吊り上げるように動かしただけだった。


「…戯言を言うしか能のないヤツは、ヴァリムにはもういないはずだけどねぇ…」


 その言葉の裏の意味を察したか、その運転員は先程よりも緊張した声色で答える。


『もっ申し訳ありませんっ! 直ちに準備を始めます、神佐!!』


 その言葉が言い終わるか言い終わらないかのうちに、神佐と呼ばれた女性は通信回線を切る。そしてわずかだか口元に怪しい笑みを浮かべる。


「…ベリウムの遺産…さて、どんなものかしらね……」

 
 余談だが、「特殊任務」と称して徴発された2機の輸送機が、事故により1機が爆発して海に墜落し大破、残る一機の方も爆発の余波に巻き込まれてヴァリム領の森林に墜落し中破したとの連絡が入り救助隊が向かったものの、生存者はいなかった…という記録が残っているのだが、その内容に深く詮索する者は誰もいなかったという…。




 アルサレアの首都、オルフェン…今この場所は活気に満ちていた。

 先のGエリアを含めた一連の騒動はあまり一般には詳しい状況は知らされていないものの、戦いに勝利したというイメージがあったためである。

 …実際は痛み分けに近い…のであるが、これはヴァリムがこの件に関する事をあまり公にしなかった事と、アルサレア情報部の情報操作の賜物…と言えるだろう。

 表通りは出店や民衆でひしめき、普通に歩く事も難しい状況の中、4人の女の子が全力疾走していた。


「えーん…まってよぉ!」

「うるさい! 最初に「早い者勝ち」と言ったのは、おまえだ!」

「そうよぉ!」

「まっててねぇっ! お兄ちゃんっ!!」


 言い争いを続けているのは、いずれも…まあ、可愛い女の子達である。一番小さくても14、5歳、大きくて20歳前後で、服装は各々好きな格好をしているのかバラバラであり、どこにでもいそうな女の子のように見えるのだが、彼女らは一応、軍人である。

 
 …もう、あえて説明しなくても分かるだろうが、この4人こそ、グレンリーダー親衛隊を『自称』する、「LIPS小隊」…別名「グレンリーダーおっかけ隊」である。

 先頭を走るのは最年長であり、実質上LIPS隊のリーダー的立場になっている、元従軍看護婦のセリナ=バーミントである。

 そのすぐ後ろには元PF整備士という肩書きを持つリサ=イワサキが今にもセリナを追い抜きそうな勢いで追走している。さすがにこの二人は肉体労働に慣れているからか、こういう状況では一日の長がある。

 そこから数m離れた位置を走っているのは、元良家のお嬢様で、グレンリーダーの事を「兄」と思い込んでいる、イズミ=ウッドビレッジがおり、さらにその後方には最年少であり、元商家の娘であるプリス=ピーピアスが肩で息をしながら何とか離されまいと必死に走っていた。


「しかし、本当なんだろうな!? この先の講堂でグレンリーダー様が祝辞を贈る、と言う話は!?」

「だって、みんなそう言ってたのよっ!?」

「みんなってだれぇ!?」

「町の人っ!」


 リサの言葉に、やや言葉を失う一同。


「…って、そんなあいまいな情報でわたし達はこんな時間に走っているのかぁ!?」


 ちなみに今は昼ちょっと前である。

 LIPS隊はここ最近、どの指揮系統にも属していない独立愚連隊であるのをいい事に、ろくに哨戒任務にも出ず、首都オルフェンに居続けていた。

 目的は、もちろん「グレンリーダー様に会うため」である。

 しかし、いまやアルサレアの特務小隊長から将軍、そして元帥にまで昇格してしまったために、同じ首都に居るはずなのに、会うどころかどこに居るのかも分からず、一同は少々焦っていた所である。


 つい先日などは、アルサレア作戦本部の立ち入り禁止区域にこっそり侵入しようとして、警備兵と鬼ごっこまで繰り広げたらしい。(その影響でさらに警備が厳しくなったのは言うまでもない)

 その後、捕まってない所を見ると、どうやらばれてはいない様だが、さすがに二度目はないと思い、額を付き合わせて対策検討会議兼昼食にしようとした所で、町まで買い物に行っていたリサから、この情報を聞かされた…という訳である。


「そうだよぉ…リサちゃん、ウソだったら罰金だからねぇ!」

「ウソだと思うんなら、来なければいいじゃない!」

「いやっ! もし本当だったら、お兄ちゃんに会えないじゃない!」


 4人は人垣をすり抜け、屋台の隙間を走りぬけ、細い路地裏を近道しながら走った。

 …後ろから、文句や悲鳴が聞こえるが、それは無視するLIPSの面々。

 再び細い路地に入る……


「…とっと、押さないでよ!」

「…っと、すまんな、手が滑った」

「セリナ、わざとでしょ!?」


 ギロッとリサが睨むが、何事もなかったような顔をするセリナ


「いいがかりだな。わたしの進路をふさいでいるお前が悪いんだ」


 そう言うセリナの顔は、わずかに含み笑いをしていた。


あ〜っ! 今、何気に本音が出たぁ…!」

「…だから、いいがかりだと…」


 言い争う二人をあざ笑うかのように、イズミとプリスが追い抜く。


「きゃはは…お先にぃ〜!」

「お兄ちゃ〜んっ!」

「ああっ! リサ、お前が余計なこと言うから追い抜かれてしまったではないか!」

「先に手を出したのはセリナでしょ!?」


 などと、互いに相手を先に行かせず、いかに出し抜こうかと考えなければ、もう少し早く行けそうなものなのだろうが……。

 …まあ、とにかく、熾烈な競争は講堂前まで及び、4人は肩で息をしながらへたりと膝をつける。


はあっ…はあっ…ここが講堂…?」

「…人が…集まってるねぇ…」

「……ここに、はぁ、お兄ちゃんが…?」

「…まて、まずはリサの情報が、正しいのか確認を…っと…」


 セリナは最後の力を振り絞って立ち上がると講堂に向かって歩き出す。他の3人も置いて行かれまいと必死に後を追う。

 その講堂はどうやら一般に開放されているらしく、先程から何人もの人間が中に入っている姿が見える。


「ふむ、何かここでありそうなのは事実らしいが……?」


 セリナは周囲の人を見回しながら門の所に何か看板らしき物があるので、そちらに視線を向ける。他の3人もそれに習うように視線を向けた。



『白銀の戦場 〜蒼き部隊の苦闘〜』



 …と、書かれた看板が4人の目に入る。


「「「…リサ(ちゃん、さん)…?」」」

「…え〜…っと…?」


 3人の視線から逃げるように視線を逸らすリサ。


「これはこの前の戦いのドキュメンタリー映画ではないか!?」


 これは先のGエリアでの戦争におけるアルサレアの活躍とヴァリムの悪道を広めるため、軍の全面協力で作った映画である。…と言えば聞こえはいいが、ようはプロパガンダと言うの名目の「情報操作」の一環で行なわれているものであり、莫大な費用がかかる軍事兵器…新機軸PF開発のささやかな資金稼ぎを目的として作られた映画である。

 PFについては実際の演習や新兵の訓練を兼ねて演習場で行なわれており…戦闘シーンは実弾演習や実際にGエリアで戦っている所をCG処理してなど、撮影に「本物」のPFを使用している事から、広報用番組はもちろんの事、ミリタリー系アングラ情報よりも遥かに完成度が高かったため、前評判が非常に良かったという話である。

 もっとも、出ているのは完全規格のJファーやJファーカスタム、Jフェニックスが中心で、新型機や各機のカスタムタイプなどは終わりの方や画面の片隅に少し出ている程度なので、一部の熱狂的マニアからは落胆の声が出ているらしい。


 もちろん、熱狂的「グレンリーダー」ファンであるこの4人も、グレンリーダーが一コマも出ていない戦争史実映画など何の興味もなく、今でも昔出ていた広報用短編特撮映像が彼女たちのベストシアターである。


「罰金だ、罰金〜っ!」

「…やっと会えると思ったのに……!」


 しばらくの間申し訳なさそうな顔をしたリサだったが…何か思い出したか、首を傾げる。


「…でも、何で映画を上映するのに講堂でやるんだろ?」


 確かに、首都であるオルフェンはアルサレア有数の大都市でもある。もちろん映画館もそれ相応の規模のものがいくつもあるはずだ。


「…あ…」


 何か言いかけたプリス。


「……どうしたの、プリス?」

「…な、なんでもないのだ! …それよりもリサちゃ〜ん…?」


 文字通り悪魔の笑みを浮かべて、プリスはリサに詰め寄った。


「な、何よ…?」

「罰金払え〜! じゃなかったら、昼飯おごれ〜っ!」


 しつこく迫って捕まえようとするプリスに、思わずザザッと後ろに避けるリサ。


「…ふっ、そうだな。せめて昼食ぐらいおごって貰わないと、割に合わん」

「わたし、紅茶とケーキだけでいいです」


 厳しい表情で冷笑を浮かべつつ睨むセリナと、微笑みながらイズミもそれに同意する。


「…う…」


 思わず逃げ腰になり、あわてて逃げ出すリサ。


「あ、逃げたら罪が重くなるんだぞぉ!?」


 プリスもあわてて走り出す。


「…やれやれ、また走るのか…」


 セリナとイズミも少し遅れて後を追う羽目になった。


  
 リサとプリスの鬼ごっこはしばらく続き、さすがにリサも息が切れて立ち止まってしまった。


「……あれ? …プリスは…?」


 後ろを振り向いてもプリスの姿が見えない。しばらくすると、遅れてきたセリナとイズミの姿が見えた。


「……プリス、知らない?」


 リサが二人に聞くが、二人も互いの顔を見合わせた後、首を傾げる。


「いや、わたしは見てないぞ?」

「…そうですね…わたしも見ていないです。わたし達より先にリサさんを追いかけていたはずなんですけど……?」


 3人は改めて周囲を見回すが、プリスの姿は見えなかった。


「あのコ、どこいったんだろ?」

「まあ、どこかで進む道を間違えたのだろう。…それより…」


 セリナがガシッとリサの首根っこを捕まえる。


「…食事とは言わんから、飲み物くらいはおごれ」


 食事なしで全力疾走した上、湧き出た希望を打ち砕かれたせいか、いつものセリナより3割増し(リサ独自評価)の迫力があった。思わず頷いてしまうリサ。


「……うう…わ、わかったわよ…払えばいいんでしょ…!」

「最初から素直にそう言えばいいのだ、馬鹿者」

「あいたっ!」


 そう言って、セリナはリサの頭をパシンと叩く。


「プリスはどうします?」

「…そのうちお腹すかせて、宿舎に帰ってくるだろう。…気にするな」


 そのまま宿舎に戻ろうとする3人だったが……



「うっふっふっ…う〜まく行った、う〜まくいった〜♪」


 スキップして鼻唄を歌いながらプリスは講堂に戻っていた。しかもいつ買ったのか、その手には花束が握られている。

 プリスは改めて、講堂を見上げる。そしてゴクッと息を飲み込んで胸の『お守り』の感触を確かめつつ、講堂に向かって歩き出す。


「待っててねぇ、グレンリーダー様…。今、プリスがいくからねぇ!!」


 周囲に怪訝な表情で見送られながら、プリスは意気揚々と講堂に入って行った。

 ちなみに、題名が書かれた看板の上に、少し小さい字でこう書かれていたのである。


『アルサレア戦役・Gエリア戦線での英雄達を特別ゲストとして御招待!』


 このしたたかさと計算高さは、さすがに商売人の娘と言うべきだろうか?

 『英雄』と言われただけで『グレンリーダー』を連想してしまう浅はかさは、プリスらしいと言えるのであろうが……。




 話はしばらく前にさかのぼる。

 アルサレアとヴァリムの国境線…戦線維持線は、サーリットン砂漠を東西に二分する形で展開しており、今でも哨戒機や偵察機同士での小競り合いが耐えない危険地域である。

 そんな中、今もアルサレアのPF小隊とヴァリムのPFが死闘を繰り広げていた。


「…『クレイモア』敵の機種は…!?」

『わからん! 照合機体なし! カスタムタイプかそうでなければ…』

「チッ! 新型かよ!?」

『…くそったれ! なんてスピード…うわぁっ!?』

「おい、『クレイモア』!? 応答しろ!」


 しかし、ノイズが走るだけで、『クレイモア』と呼ばれたPFパイロットからの応答はなかった。


『こちら『スパイラル』…敵機を確認した! …クソッ…『クレイモア』大破!』

「…敵は何機いる!?」

『…一機のみっ! レーダーサイトには一機しか確認できない!』

「…一機だと!?」

『ああそうだ!…『スパイラル』、敵機を捕捉! 喰らえっ!』


 このチームは互いにコードネームで呼び合っているようである。

 『スパイラル』と呼ばれた機体はJファーカスタムにドリルアーム、ウイングシールドを両手に、肩にはMLRSとモーターキャノンを装備した、中距離戦用の装備形態らしい。

 ちなみに『クレイモア』はJキャノンのカスタム機で、右腕と両肩にショットガンを装備していた機体のようである。

 スパイラルは腕に装備していたドリルアームを構えて敵機に突撃する。

 しかし、敵機はまるで慣性を無視したかのように直角に軌道を修正し、これをかわす。

 そして、振り向きざま再び猛ダッシュし、スパイラルの背後へ…


『グウッ!?』

「どうした!?」

『…ッックゥ…だ、大丈夫だ…MLRS、使用不能!? …この…強制排除!』


 接続部分が爆発し、肩からMLRSが外される。


「…よし、こちら『ヒートハンマー』、『スパイラル』及び敵機を目視で確認!」


 ここでようやく隊長機である『ヒートハンマー』が到着したらしい。

 『ヒートハンマー』はJグラップラーのカスタム機らしく、ハンマーは装備されていないが、カイザーナックルとヒートパイルバンカーを装備しており、ブーストも多少いじってあるのか、重い機体にもかかわらず機動性はかなり高くなっている。

 ヒートハンマーはすばやく接近しようと試みるが、敵機はそれをさらに上回る機動性とジャンプ力で翻弄する。


『援護する!』


 スパイラルは残ったモーターキャノンを連発し、敵機にミサイルの雨を降らせるが、敵機はミサイルを冷静に肩部に装備されていたガトリングで撃墜する。

 それでも、先程よりは移動速度が落ちたため、ヒートハンマーは敵機へと猛接近する。


「死ねッ!」


 ヒートパイルバンカーを振りかぶり、敵に必殺の一撃を食らわそうとした瞬間、急にヒートハンマーのパイロットの視界から敵機が消える。


「何!?」

『左だ!』


 スパイラルからの指示を受けた時、すでに敵機はヒートハンマーの真横へと最接近しており、そのままパイルバンカーを装備している腕を片手で持ち上げると、反対の手をコクピットがある部分に置く。


「…う…?」

『……さよなら』


 接触回線で聞いたその声がヒートハンマーのパイロットが聞いた最後の言葉だった。

 敵機は勢い良く足を踏み込むと、踏み込みの勢いと腰の回転だけを利用してヒートハンマーに一撃を加える。一見するとヒートハンマーの装甲には傷一つ付いていないのだが、ヒートハンマーはピクリとも動かなくなった。もちろん、スパイラルが何度呼びかけても応答は入らなかった。


「……な…新兵器…なの、か…!?」


 瞬間移動したかのような動きも含めて今のは、格闘技の一種なのだが、それを知らないスパイラルのパイロットは驚愕する。

 このような状況になっては、もう勝ち目がないと悟ったか、スパイラルはモーターキャノンを撃ちながら後方へ退避する。

 それを見逃すつもりなのか、敵機はしばらく傍観していたが…


『…やりなさい』


 どこからか敵機に通信回線が開き、命令される。


「……はい」


 敵機は大きくジャンプすると、ブースト全開で敵を猛追する。

 レーダー圏外まで移動したのにもかかわらず、敵機は2〜3回のジャンプとブースト移動で一瞬の内にスパイラルを射程圏内に捕捉する。


「……敵機捕捉」


 敵機の中にいるパイロットがそう呟くと腕部に固定されていた「Pクロウ改」が起動し、肘に付いていた刃先の部分がスライドし、手の甲の少し上から出てくる。


「…死んで」


 まるで頼み事をするかのように呟くと、敵機はジャンプした勢いをそのまま利用して、スパイラルの右肩部から右太股部にかけてを大きく切り裂く。そして、足を失ったスパイラルはそのまま倒れてしまう。


「……熱源調査……コクピット付近に熱源を確認…」


 敵機のパイロットはコクピット周辺の温度をサーチする。どうやら、パイロットはまだ生存しているようで、ジェネレーターもまだ生きているようだ。


『…殺しなさい…』


 再びくる命令。


「…………はい……」


 ガトリング発射準備…一斉射……

 本来なら一瞬で行えるはずの動作を何故か手間取って、完全にスパイラルを沈黙させる。


「……目標、完全に沈黙……コクピット付近に熱源反応なし……」

『……ベリウムも最後の最後で、いい仕事をしたわね…まだ、改良しなくてはならない点も多いけど…』

「…ありがとうございます」

『…でも、この程度の相手に3分…か。…もう少し早く片付けられなかったの?』

「…申し訳ありません。…ジェネレーター使用効率の調整をする必要があります」

『…言い訳はいいわ。戻ってらっしゃい』

「…了解」


 パイロットは感情の感じられない声で受け答えすると、機体を反転させヴァリム領内へ向かっていった。





「…報告は以上です」


 ヴァリムの新型機来襲を受けて、急遽開かれた臨時会議で報告を受けたアルサレアの将官及び左官達は難しい顔をしていた。


「…この1週間で5回…何を考えているのか……」

「まったく…ここしばらくは大人しくしているなと思っていれば……」

「…そうですな。ヴァリムの蛮勇ここに極まれり、ですな」


 前線指揮官である3人の佐官は、まるで他人事のように文句を言う。

 いざ戦争になったら、矢面に立つのはまず自分達の部隊であるだろうに。


「それで、その報告にあったスパイラルという機体名のパイロットは?」


 一番に上座に座っている、黒髪の青年が聞く。


「……救助したときは脱水症状及び各所打撲・骨折がひどく、一時は危険な状態でしたが…何とか峠は越えたとの事です。しかし、他の方は……」

「……そうか……」


 青年はしばし目を閉じ、黙祷すると再び厳しい表情に戻る。


「…調査官、アイリ…いや、頼んでいた調査結果は?」


 調査官と呼ばれた女性は、手元の端末から資料を開く。すると、大画面にその文書らしきものと、参考資料として添付したヴァリム新型機の『謎の攻撃』のシーンが流れる。


「……『映像記録と攻撃を受けた部分の状況を見た限り、あれは新兵器の類ではなく空手で言う『裏当て』また、空手ではありませんが『通背』と呼ばれる『技』を応用したものではないか、と思います』…要約すると、以上です」


 持ち帰ったヒートハンマーの解体作業状況が映し出される。確かに装甲そのものは少々へこんでいるだけでたいしたダメージなどなさそうだが、装甲の裏にあった内部フレームや電子機器などはまるで爆弾でも使われたかのようにグシャグシャになっていた。


 報告書には他にも、技の詳細な説明や、ささやかなアピールが書かれているのだが、それは省いて説明している。なかなかに優秀な調査官である。


「……PF研究所からの報告は?」

「はい。……『技術的には、パイロットが格闘技の達人レベルであるなら、IFSの特性を利用してPFで技の再現をする事は不可能ではなく、また敵の機動力と俊敏性を鑑みるに、新型機は先の戦いの折、ミラムーン領土内の山岳高山部で確認した、敵部隊長のPFと同じ設計思想で造られたものではないか』…との事です」


 報告を受けて、しばらく黙考していたが……


「…ならば、彼らに任せてみてはどうだろうか? 同系機との戦闘経験を持っている彼らなら、迅速かつ的確に対応できると思うが?」

「しかし、敵機は神出鬼没だ。そんな敵相手にどう対応させるというのだ?」

「なるほど、しかし神出鬼没というなら彼らも負けていないのではないのかね?」

「いや少し前ならまだしもいまは大所帯だ、そう簡単でもなかろう」

「それに、今彼らは…部隊を再編中のはずだ。そんな暇はないのではないかな? 少なくとも、この会議に参加できない程度には…」

「……ふっふっ…確かにな」

「それよりも、これを機会にさらなる軍備増強を首相に提案してみては?」


 …などと好き勝手に言い始めるばかりか、今回の議題とはまったく関係ない事まで話し出す将官・左官達の態度に少し機嫌を悪くしたか、机をドンッと叩く音がする。


「…ともかく、敵機の目的と現在の所在をつかむため、各隊の協力が必要だ。具体的な編成と任地については追って通達する。…何か質問は?」


 特に意見がないのを確認すると、会議の終了を通達し、会議室を後にする一同。



「……ふう…」

「……お疲れ様です」
 
 そこに残ったのは上座に座っていた何人かの将官と元帥達だけである。

 調査官が何時の間にか飲み物を持参して、残った人間に勧める。


「…ありがとう。……さて、どうしたものか……」

「……その事なんだが…ちょっとよろしいか?」


 そう言って挙手したのは、初老の男であった。


「……ツェレンコフ参謀本部長?」

「…うむ、ここだけの話なんだが………」


 そう言って喋りだすツェレンコフ=ゴルビーの顔は、まるで新しいおもちゃを貰った子供のように生き生きとしていた。

 参謀本部長のこの顔が、「何か企んでいる」顔だと知っているのは、目の前にいる青年と調査官…ごく一部の知り合いだけである。




「はぁ〜…」


 プリスは大きくため息をしながらトボトボと宿舎に帰っていた。

 路地裏に入ると、足元を空き缶だの紙くずだのが転がっている。


「…だぁぁぁっ、ジャマものがぁ〜っ!」


 プリスは足元にあるものを片っ端から蹴飛ばしたり踏み潰したりして、憂さ晴らしをしているようだ。


「…グレンリーダー様を差し置いて、何であんな軽薄男と達磨男が…!」



 …えーと、何があったかと言うと……

 プリスは講堂の一般客席の一つで、今か今かと特別ゲスト達の紹介…というより、グレンリーダー…アルサレアの若き将軍閣下の名前を呼ばれるのを期待していたのだが……


「…将軍閣下はご多忙中につき、閣下が特務小隊長時代だった頃からのご友人・部下であり、今回の映画の舞台となっているGエリア戦線でも獅子奮迅の活躍を見せ、本映画の監修も務めていただきました…この御二方に来ていただきました!」

『や、どーも。ご紹介に与った、キース=エルヴィンです』

『…ワ、ワシがギブソンである! よよよ、よろしく頼む!』


 女の子達の(主にキースへの)黄色い歓声の中、プリスは思いっきりブーイングをしたい気分だった。


 …などという、冷静に考えれば至極当然の結果に、プリスは激怒していたのである。

 解説者のあの言い方だと、将軍が来ない事は前もって分かっていたのだろう。


「…プリスは諦めないのだっ! それに今回は花束贈ったから、きっとグレンリーダー様はぁ………にへへぇ……」


 現在、妄想爆発中のプリスだが、実は彼女の贈った花束に差出人の名前が書かれていない事を、本人は全く気がついていなかった。


「…プリス、君と会った時の事を覚えているか?」

「もちろんですぅ…グレンリーダー様ぁ…!」


 一人二役をしながら身悶えるプリスを見て、ギョッとしたりなにか恐いものを見たような、同情したかのような視線を送りつつ、思わず避けてしまう通行人達。

 …気持ちは分かるが。


「…にゃはは…もう…って、あれぇ?」


 やっと妄想の世界から戻って来た時には、プリスは宿舎のある路地を通り過ぎて、裏街道まで来てしまったらしい。


「……しまったのだ。…戻ろっと…」


 来た道を引き返そうとするプリスではあったが…その背後に大男が……


「…ぎにゃあああぁぁっ!?」


 いきなりその中年男に押し倒されてしまい、奇妙な悲鳴を上げる。


「このこのっ! 離せぇ、この痴漢、変態、強盗、詐欺師、強姦魔ぁっ!!」


 明らかに間違った事まで大声で叫んで抗議するプリスであったが、問題の中年男はプリスを押し倒したまま何もしてこない。


「…お?」


 ここに来てプリスもやっと気がついたか、男の方に視線を向ける。

 よく見れば、男は誰かに殴られたのか、顔等にあざが出来ており、気絶してフラフラと倒れた所にたまたまプリスがいた…だけらしい。

 プリスはその事に思い至ってホッと胸を撫で下ろすと、何とか男のボディプレスから這い出る。


「……まったく…んん?」


 よく見れば、男の懐から財布がこぼれていた。


「…これはプリスの心の傷代と迷惑料、クリーニング代として貰って置くからね」


 自分勝手な言い分を言ってのけて財布を拾うと(これは立派な犯罪行為です)、プリスはこの男の仲間と思われる男と、女の子…プリスと同じ位の歳背格好の子供が言い争っている現場に出くわした。


「…このガキ、よくも……!」

「先にそっちが変なことしたんでしょ? ボクは正当防衛!!」

「なぁにが正当防衛だ!? ちょっとケツ撫でただけだろうがっ!」


 こっちもプリスに負けないくらいの自分勝手な言い分を言うが、女の子は特におびえた様子はない。

 …赤い…やや赤みを帯びた栗毛の髪と目をした、可愛らしい少女である。胸くらいまで伸びている髪を首の後ろあたりで縛ってまとめている。

 服装はTシャツとトランクスっぽいのズボンに、一枚上着を羽織っており、これから走りに行こう…と思わせるようなラフな格好をしているのが、彼女の性格を物語っているような気がする。


「…文句があるなら、かかってきたらぁ?」


 子供らしからぬ態度と何ともいえない威圧感で迫る女の子


「……ぅ……?」


 その威圧感を肌で感じ取ったか、男達は互いの顔を見合わせた後、倒れた男を引きずってその場から逃げるように去っていった。


「……もう、口ばかり強くて肝心なとこじゃダメなんて…これならよっぽど……」


 何かを言いかける女の子だったが、急に何かを思い出したかのように口を止める。


「…あ、そこのキミ、ちょっといい?」


 コソコソと逃げようとしてたプリスを、女の子が呼び止める。


「ななな、なんなのだ、プリス、悪い事してないよ? お財布盗むなんて犯罪者のすることだよね、犯罪者は罰金なんだよね?」


 完全に動揺しているプリスは喋んなくてもいい事までペラペラ喋りだす。

 それをどう思ったのか、女の子はニコニコしながら歩み寄ってくる。


「…大丈夫だった? ボクが吹っ飛ばしたヤツに潰されたみたいだけど?」


 黙って何度も頷くプリス。ちなみに財布は後ろに隠している。


「ボクはシータ、シータ=クロウっていうの、よろしくね。…キミの名前は?」

「…プリス=ピーピアス…」

「…プリスちゃんか…可愛い名前だね」

「えへへ…」


 可愛いと言われて、さすがに悪い気はしていないらしい。

 しかし、さっきの事を思い出し、また硬い表情に戻るプリス。

 少なくとも彼女…シータは、大の男を苦もなく吹っ飛ばすほどの力があるのだ、と。


「ねね、プリスちゃん? ボク、この町にはじめて来たんだけど、ここってどこ?」


 シータはおもむろに地図をプリスに見せる。…地図に記されている場所は、プリスが泊まっている、兵士の簡易宿舎からもさほど離れていない所だ。


「ここならプリスがいる所からちょっと向こうに行った所…」

「そうなんだ。ねね、そこまで一緒に行かない?」


 プリスが言いかけたのを遮るように頼むシータ。しかもいつの間にか手まで握っている。妙に馴れ馴れしい態度に、プリスはちょっと戸惑った。


「……でも、プリスは……」

「食事おごってあげるから」

「…行きまーす!」


 今しがたまで「怪しい人」という第一印象だったシータを、「良い人」に一転させてしまったプリスであった。




 こちら所変わってアルサレア兵士簡易宿舎

 アルサレアの兵士や傭兵が一時的に滞在するための施設であり、ビジネスホテルのような質素な作りだが、LIPSの面々はこの一室を借りて生活していた。

 生活といっても、この部屋は二段ベッドと私物保管用の棚が人数分…連絡用・情報収集用を兼ねた情報端末装置一式が一つあるだけで、居住性があまりないためLIPSの面々は大抵の場合、自分達のPFを整備しているか、グレンリーダーに関わる情報を探して、街中をぶらついている毎日である。


「…ねえ、イズミ…プリス戻ってきた?」


 PFの整備からリサが戻ってきたらしい。


「…いいえ、戻ってきていません」

「まったく、あいつめ…自分勝手な行動をしおって……」


 ベッドで寝っころがっていたセリナ達だったが…


「「「まさか、プリスわたし達を出し抜いて……!?」」」


 まったく同じ事を喋る一同。しかもことグレンリーダー絡みになると異様に勘が鋭い。


「…ま、まさかね」

「そ、そうだな…あのプリスの事だ、きっと妙な勘違いで墓穴を掘るだろう」


 付き合いがそこそこ長いので行動パターンもお見通しらしい。

 それでも少々不安なのか、妙に落ち着かない。


「やっぱり探しに行こう!」


 リサが部屋を出ようとすると、急に情報端末から呼び出しベルが鳴る。


「…何だ…?」


 セリナがベッドから起き出て、端末を操作する。


「はい、こちらLIPS小隊セリナ=バーミントです」

『…こちら、司令本部、マヤ=シンジョウです』


 モニターに若い女性が表れる。

 フェンナに代わって新しく作戦司令本部に配属されたオペレーターで、若いがなかなかに優秀らしく、セリナと同じくらいの年であるが、もう少尉にまで昇進している。

 ちなみにセリナは、現在軍曹である。

 腰までありそうな長い髪に黒い瞳で、いかにも良家のお嬢様といった綺麗な容姿をしていて、セリナとは色々な意味で対照的な女性のようである。


『実は、あなた達にやっていただきたい任務があるのです』


 丁寧な口調で聞いてくるが、これは確認ではなく確定事項なのだろう。


「…はい。どのような……?」


 正直、断りたい所だったが、軍の規律から考えればそうはいかないのが現実である。


『…ヴァリムとの国境地帯に最近ヴァリムの新型機が出没しているのはご存知ですか?』


 その言葉に正直、ムッとなるセリナ。たしかに、『グレンリーダー様』ばかり追いかけてろくに作戦に参加した事はないとは言え、その程度の情報は収集している。

 セリナの心情を知ってか知らずか、マヤは話を続ける。


『…先程、臨時会議を招集した結果、大規模な部隊を編成する事になったのですが、自由行動のきく、貴方達に遊撃隊として先行哨戒任務をお願いしたいのです』

「…な…!?」


 これにはセリナも驚いた。うしろで見ていたリサとイズミなど、言葉すら出ずに絶句している。


「ちょ、ちょっと待ってください。何故そのように重要な任務をわたし達に?」

『私が進言した』


 そう言って回線に割り込んできたのは、ツェレンコフ=ゴルビー参謀本部長だった。

『「! 参謀本部長閣下!?」』

 あわてて最敬礼するセリナ達。元帥の方からは見えていないだろうが、アヤもそれにやや遅れた形で敬礼する。


『…思えば、お前たちには随分と苦労をかけたな。…私もずいぶん悩んだよ』

「…は、はあ…」


 ゴルビーが何を言いたいのかわからないセリナはあいまいな返事をする。


(…別にこれといって頭を悩ませる事などした覚えはないのだが……)


 …自覚が無いという事は、ある意味幸せな事である。


『私が元帥閣下に直々に進言すれば、面会くらいなら出来るのではないかと、今更ながらに気がついてな……』

「いえ、その件に関しては我々の個人的感情からであって…閣下のお手を煩わせる事では…」


 内心狂喜乱舞したセリナではあるが、一応恐縮した振りを見せる。

 参謀本部に直接、グレンリーダー様に会えないか頼む…この事はもちろん、みんなで検討した事はあるようだ。

 しかし、独力で何とかしたい気持ち…ゴルビーに個人的な事を頼むという畏れ多さから、結局実行していなかったらしい。

 LIPS小隊は軍の中では建前上、参謀本部長の直轄部隊という扱いになっている。

 軍の中にあって、自由行動を許されているのはその恩恵があっての事なのだ。

 簡易宿舎の件にしても、参謀本部からの要請で長期間の滞在が許可されているのであるが、本人達はあまり自覚していなかった。


『まあ、さすがに面会だけを頼む、というのは無理だが、今回の作戦は元帥閣下直々のものでな。目標であるPFを君らの力で何とか拿捕できれば、その件を私が報告する際に、面会の事を切り出せる…と思って、元帥閣下に『私の部隊を先行させよう』と、進言したのだ』

「そういう事でしたか。…お心遣い、ありがとうございます」

『うむ、もちろん今回の任務はかなりの危険を伴う。そこで、今使用しているPFの改修要望があれば、出来るだけ便宜するが?』

「ほ、本当ですか!?」


 そう言ってセリナを押しのけ、ディスプレイに顔を摺り寄せるリサ。きっと、向こう側から見ればさぞかし面白い顔になっている事だろう。

 
 ここで、ゴルビー参謀本部長の執務室サイドから見てみよう。

 …カメラの直近なので、案の定面白い顔で映っているリサの表情に、思わず苦笑してしまうゴルビー。


『わたしのJフェニックスをもっと強くしていいんですか? そうでしたら、わたし、ずっと考えてた改修案があるんです! ウイングのスタビライザーを強化して…』


 そう言いかけたリサの顔が画面から突然消える。その直後、セリナとリサがなにやら言い争う声とイズミの悲鳴、そして何かがぶつかったり、叩き合う音が聞こえた。


「………」


 さすがに困惑したように絶句するゴルビーだったが、しばらくするとセリナが顔に引っかき傷を作って現れた。


『…申し訳ありません。お気になさらないでください』

「…フフフ…まったく…あの時とぜんぜん変わっておらんな…」


 ゴルビーは呆れるというより、感心したかのような口調だった。





 あれは、セリナがグレンリーダーと出会い、しばらくたった頃だろうか? ゴルビーの手元に彼女の転属願いと詳細なプロフィールが送られてきたのは。


「…ふむ…?」


 当時から、ツェレンコフ=ゴルビーはグレン将軍の下、参謀…そして作戦部長として活躍し、自ら前線に赴いていた将軍を補佐すると共に、その激務の中で彼はグレン将軍直轄であり、軍内部でも詳しく知る者は少ない、グレン特務小隊の機密性を守るため、各方面から引き抜いた諜報・内偵専門の兵士を派遣して、情報を収集していた。

 LIPSの面々は知らないであろうが、彼と接触してしばらくの間は問題が起きないよう、また彼の事に関しての情報が漏れないように、密かに監視されていたのである。

 もちろん、彼女らがグレンリーダーを命の恩人として慕い、再会を願っているという事もゴルビーの耳には入っていたので、何か思うところがあったのだろう、おもむろに机の中にあるファイルを開く。

 その中には「注意人物」という赤い大きな文字と共に、リサやプリス、イズミの顔写真とプロフィールが載っていた。


「…イワサキ兵長、端末を不法使用の疑いあり…ウッドビレッジ三等兵、監視のため雑役として軍に入隊させるも、挙動不審な動きが目立つ…ピーピアス二等兵、処分した財産を使い、探偵を雇って調査活動を継続中……か…」


 その3人にどんな背景があるか知っているゴルビーはそれらの行動が何を意味しているか、またいかに危険であるかも、よく解っていた。

 アルサレアにしてもヴァリムにしてもグレン特務小隊の名前は、まず知らない者はいないだろう。彼女たちのことがヴァリムの諜報部にでも知られれば……


「…いっそ、一つにまとめてみるかな?」


 最初、冗談半分で思った事ではあったが、考えれば考えるほど名案だと後で思いはじめたらしく、端末を開いて新小隊企画案を作成し始めたのだった。




「…軍属になってまだ日も浅いというのに、いきなり参謀本部からの個別呼び出しとはな…何か知らない内に問題でも起こしたのだろうか?」

 セリナは、独り言を言いながら作戦司令部の廊下を歩いていた。

 セリナは正式な軍人ではなかったが、従軍看護婦としての経歴、そしてグレンリーダーの看護を担当した功績という名目で、転属後、兵長からのスタートになっていた。

 別に転属したことはさして珍しい事ではないはず…と、セリナは思う。

 確かに、オペレーターや研究所勤めからPFパイロットになった者、またはその逆…元々アマチュア…傭兵や民間兵だった者がその操作技術を買われ、正式にプロ…軍属になったり、セリナのように戦闘要員以外の部署からも時々転属を希望する者もいたので、それ自体は珍しい事ではない。

 しばらく考えながら歩いていたセリナの前に、キョロキョロと回りを見回しながら歩いている女の子の姿が見えた。

 手元にあるメモ帳らしきものを覗き込みながら、壁に立てかけてあった建物内の案内図を見ている所を見ると、どうやら迷子らしい。


(…まったく、ここをどこだと思っているのだ?)

「おい、ここで何をしている?」

「え…きゃっ! えっと、あっ…失礼しました、兵長!」


 妙に動揺しながら女の子はセリナがつけている階級証に気がついたか、ぎこちない敬礼をする。


「…すみません。…ここは初めて来るもので…その……」


 妙に落ち着かない様子で説明する女の子。…対人恐怖症なのだろうか?


「…ふう…それで、どこへ行こうとしているんだ?」


 このままでは日が暮れると思ったのか、セリナは聞いてみる。


「はい。…ゴルビー参謀本部長閣下の執務室です」

「…は?」


 自分と同じ行き先なので、思わず間の抜けた声を出してしまうセリナ。


「あの…なにか…?」

「…いや、何でもない…名前は?」

「…えっと…イズミ=ウッドビレッジ三等兵と申します」


 イズミとセリナ、出会いの瞬間であった。






 二人してゴルビーの執務室前まで来ると、一回深呼吸をして、セリナはドアをノックする。


「セリナ=バーミント兵長、入ります!」

「イズミ=ウッドビレッジ三等兵、入ります」

『…入りたまえ』


 ドアの向こうからゴルビーの声が聞こえたので、セリナ達は中に入る。

 そこにはゴルビーのほかに秘書らしき人物…それにあともう二人の人物がいた。


(……階級は私と同じ兵長と…二等兵か……)


 セリナとイズミはとりあえずその二人の横に並んだ。

 もう分かっているだろうが、「その二人」はリサとプリスである。


「…これで全員そろったな」


 ゴルビーは4人の顔を見回しながら、頷く。


「さて、諸君らは何故ここに呼ばれたのか、状況をよく理解できていない事だと思う。…今回、ここに集まってもらった君達は、ある共通点によって集められているのだ」

「…共通点、ですか?」


 セリナ達は互いを見回した。…もちろんの事だが、外見上軍服以外のどこにも、共通点らしきものは発見できなかった。


「うむ、君達が敬愛するある人物に接触した事のある…というな」

「「「「なっ!?」」」」


 驚く一同に、秘書から資料が手渡された。各々の名前と簡単なプロフィールである。


「…この件に関しては諸君らも知ってのとおり、極秘事項でな、まあ、どういう経緯があったのかについては、各人で話してもらうとして…ここからが本題だが…」


 ゴルビーが厳しい表情になるので、一同も姿勢を正す。


「…君らには、小隊を組んでもらい、PFに乗ってもらう事になった」


 しばしの沈黙……


「「「「…ええっ!?」」」」


 ようやく、状況に頭が追いついたのか、素っ頓狂な悲鳴を上げる一同。


「いきなりでありますか!? …わたしなどやっと訓練を終えたばかり…」

「それに関して言えば、他の者は未経験も同じだよ。…心配せんでも、シュミレーションと訓練は一通りやらせるがね、バーミント軍曹」

「わたしなんかが、パイロットになってもいいんですか!? わたしまだ、雑役扱いの三等兵……」

「無論だよ、ウッドビレッジ二等兵。…ちゃんとした訓練さえ積んで貰えば、雑役だろうと清掃員だろうとPFには乗れる」


 元帥の物言いにしばらく呆然としていたセリナとイズミだったが…


「…軍曹?」
「……二等兵?」


 自分達の階級が上がっているのに、今頃気付く。


「小隊長を任せる以上、さすがに部下と同じ階級のままではまずいからな。また、ウッドビレッジ二等兵の言葉どおり、建前上、PFパイロットは二等兵以上が原則だからな。二名については私の権限において今日付けで昇進、その後4名でPFの操作訓練に入ってもらう。バーミント軍曹は大変だろうが、そのあたりはこちらで調整しよう」


「「…は、はぁ…」」


 正直、いきなりそんな理由で昇進されてもあまり実感のわかない事で、どう返事していいか良く分からなかったイズミとセリナ。

 その横で「いいなぁ…」とか言っているが、二人の耳には混乱して入らなかった。


「PFに関しては、最新鋭機のJフェニックスを手配しよう」


 その言葉に再び驚く一同だが…


「ほ、ホントですかっ!?」


 約1名、感極まって今の状況も忘れたか、ゴルビーの座っている机に乗り出してくる。

 …言わずとも分かっているだろうが…リサである。


「Jフェニックスが貰えるんですか!? わたしたちが使ってもいいんですね!?」

「…う、うむ」


 リサがPFに対して異常なまでの愛着心があるのを一応書類を通して知ってはいたが、こうして面と向かわれると、その迫力に押されて、思わず仰け反ってしまうゴルビーだった。


「なにをやっとるんだ、この馬鹿者っ!」


 セリナがリサの後頭部を拳で殴って鷲掴みにし、元の位置に戻す。


「なにすんのよっ!?」

「それはこっちの台詞だっ! 参謀本部長に失礼だろうが」


 そう言われて、今の状況に改めて気が付いたか、リサは顔を真っ赤にして身を小さくする。


「…ま、まあ、詳細については追って通達する。何か質問はあるかな?」


 プリスが手を上げた。


「今の宿舎はどうするんですか?」


 彼女たちは今、兵士の一般宿舎に寝泊りしている。

 PFパイロットになれば、たとえ二等兵でも個室、または小隊単位で部屋を与えられるのだ。


「…あいにくと、小隊用の部屋や個室は満室でな。…手配中ではあるから、まだ正式ではないが、どこかの…そうだな、簡易宿舎あたりを借りて、生活してもらう事になると思う。もちろん、そこの賃貸費用はこちらで受け持つ」

「よっしゃ…!」


 簡易宿舎をただと聞いて、小さくガッツポーズを決めるプリス。

 これは他の兵士との接触を極力を抑えるためだったらしい。本当の所は当時、小隊用の部屋は当時かなり空いていた。  

 他に質問がなかったので、秘書に彼女たちを別室に送るよう指示する。


「今日のところは、ここの客室を開放しておこう。そこで、各自親睦を深めると共に、今後の訓練に備えて、十分に休んでくれ」

「「「「ありがとうございます」」」」


 秘書に連れられて退室するのを見届けると…


「…すこし、急ぎすぎただろうか…?」


 などと、いまさら後悔してしまうゴルビーだった。


 まあ、その後彼女らは互いの存在が牽制しあってグレンリーダーに関する調査が滞る事になったし、監視の負担も減らした上ヴァリムの目からも隠す事に成功したし、偶然による事も多かったが、それなりに戦果をあげる事も出来たので、参謀本部長の思惑は予想を超える形で成功したと、言えなくもないだろう。





 ここで、舞台は再びLIPSがいる簡易宿舎に戻る。

 
『…まったく、あの時はさすがの私も驚かされたよ』

「……おそれいります」

 昔の話を持ち出されて、赤面してしまっているリサを横目で見ながら、セリナが謝った。

『敵機の居場所は現在不明だが、今まで行動パターンから、いくつかのポイントを絞り出している。君らはその中のいくつかを担当してもらう事になるだろう。…その辺りについては正式に決定次第、通達しよう。では、今日の所はこのまま警戒待機とする、以上だ』

「「「了解しました!」」」

 
 通信が切れたのを確認すると、セリナ達は大きく深呼吸をする。


「…さて、また忙しくなりそうだ」


 …別に今までが暇だった訳ではない。単にLIPSがグレンリーダー捜索にかまけて、本来しなければいけない任務を放棄していただけだ。


「…私のフェニックス…あれをこうして…ああ、早く改修したいぃ…!」
「…お兄ちゃんに会える…お兄ちゃんに褒めてもらえる……!」


 トリップしている二人を見ながら、セリナはプリスの存在を忘れていたのに気が付いた。


「あいつめ…どこに行ったのだろう…」


 そう言いかけるやいなや、ドアが開いてプリスが入ってくる。


「たっだいま〜…ウフフ…」


 食事をおごってもらって上機嫌のプリスは、先程の不愉快な思い出など、完全に忘れていた。


「プリスっ今まで何処に…!?」


 セリナに聞かれて、一瞬戸惑うプリス。


「えっとぉ…」




 プリスは食事した帰り道の間、シータと世間話をしながら歩いていた。

 別に取り立てて特別な事を話していたわけではない。


「…へぇ…シータちゃんは傭兵やってるんだぁ…」

「うん、正式に軍に属してるわけじゃないから…そんなものなのかな…?」


 なるほど、それなら彼女が妙に強いのも納得できると、プリスは思った。


「…でも、ここに何の用なの?」


 シータの手書きの地図を改めて見ると、そこは今は使われていない工場跡地だった。


「…うーん…ま、いっか。そこでね、ちょっとやりたい事があるんだ」


 そう言って、シータは腕で構えをとる。


「泊まってる所の裏庭でやってたら、怒られちゃってね」

「…ふーん…」


 おそらく、格闘技の練習でもしてたのだろう。プリスはそう思った。




 そんな程度の事だ。自分が軍人である事やそれに関わる内容はまったく話していない。


「うんとね、ここの帰りで知り合った人と、食事してたよ。…何かあったのぉ?」


 リサとイズミがまだどこか別の世界に飛んでいっちゃってるのを見て、プリスが聞くと、セリナは今までの事を説明する。


「へぇぇ…そっか、でも、これが成功すれば、グレンリーダー様に褒めてもらえるかもしれないんだぁ…にへへぇ…」


 プリスも別世界に飛んでいってしまったらしい。セリナも飛んでいきたいところだが、とりあえずこれからの事を考えらながら、PFの整備工場設備使用申請とPFの改修案申請の書類様式を選択し、印刷し始めた。




 そしてそれから約7日後、PFの改修を終えたLIPS小隊は指定されたポイント…アルサレアとヴァリム、ミラムーンの国境が重なる草原地帯に向けて出発するのだった……







 とりあえず、続きます……


 



オリジナル設定及び用語解説


 ヴァリム製新機体

 正式名称:JN−MK14G「ミカヅキ」(オリジナル機体なので型式名は変更される可能性有り)

 ベリウムがひそかに開発していたPFの一体。本来、ベリウム専用機だったスサノオの護衛機として開発され、スサノオよりも早い段階で完成するはずだったのだが、Gエリアでの戦況が急変し、スサノオの完成を優先させたため、完成が遅れてしまい、結局リベル諸島における争いまでには完成せず、ベリウムの秘密地下施設の中で未完成のまま眠っていた所を、先の戦いでどさくさ紛れにベリウムの資料を盗んだフォルセアの手により、発見・改修される。

 重PFながら、驚異的な機動力とジャンプ力を持ち、足場の悪い極地戦や森林・山岳戦でその性能を発揮するはずだった。なお、ラセツの設計データを基にして、「噛み付く」事が出来る。

 今回登場機体はフォルセアがその性能を確かめるために、最終調整に使用していたと思われる試作型を再調整した機体であり、「噛み付く」機能は使用不可になっておりジェネレーターに欠陥があるものの、持ち味である機動性の高さはそのままである。

 余談だが、当初この機体は「ミカズチ」という名称だったが、製作者の「語呂が悪い」との鶴の一声で「ミカヅキ」という名前に変わっている。




武器

 Pクロウ改

 PFの格闘戦を想定して開発された新兵器。通常のPクロウが「爪つきグローブ」とすると、これは「爪つき手甲(篭手)」のような形状をしている。

 普段は肘の部分から出ている刃(肘攻撃用)が篭手の中をスライドする事で爪になる構造で、通常型より攻撃力は小さいが、手が自由に使えるので、別に武器を持とうと思えば出来るし、格闘戦(殴り合い)を重視するPFには都合のいい武装である。

 ミカヅキの標準装備でもある。






あとがき

 人によっては初めてでは無いかと思いますが、この作品は某サイトに公開されていたものをリメイクしたものです。

 件のサイトはすでに放置の後閉鎖されたようなので、今回こちらに引越しと相成りました(汗)

 すでにこちらで公開済みのLIPS外伝の本編的な作品である為、外伝をお読みの方にはすでにおおよその展開はお分かりになるとは思いますが、こちらのほうもよろしく御願いいたします(苦笑)

 


 管理人より

 ヨニカさんよりリップスの前編を頂きました!

 やはり背景がしっかりしてると貴奴らについても多少マシに見えますね。

 頑張れゴルビー、全てはお前の黒さにかかっている(爆)
 


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