LIPSの朝は意外に早い。
 もっとも、早いのはリサだけだが。

 部屋の時計が『AM 5:00』と表示された頃……



「……ん〜……」

 ヘッドホンをつけたまま寝ていたリサが目を覚ます。

 どうやら、それはタイマーセットしてあった、ラジオか何からしい。

「……さて……」

 リサは他の面々が起きないようにこっそりとベッドを出ると、作業服に着替え始める。

「……」

 まだ寝ている3人を少々根に持つような視線で見ると、リサは部屋を出た。

(この仕事は他のコに任せられないもんね…とくにプリスには)

 勝手にPFをいじられた事を思い出し、リサは不機嫌な顔になる。

 しかし、すぐに気を取り直したか、パンパンと頬を叩くと、整備場に行くため、やや早足で急ぐのだった。








 

機甲兵団J−PHOENIX“PFリップス小隊”

−夢見る乙女の追撃作戦− 番外編 その1(LIPSの日常)













 

 早朝の整備場は市場の如く賑わっていた。

 整備服を着た作業員が右往左往して部品や冷却液入りのタンクを運び、整備主任から檄を飛ばされ慌てふためく中、リサは自分の機体のコクピットで機体の微調整をしていた。

「…イワサキ兵長、これでよろしいですか?」

 コクピットの外から整備士の一人に呼びかけられるリサ。

 リサはその整備士からクリップボードを受け取ると、そこに貼られている書類に目を通す……。

「…ん〜…もうちょっと腕速度、上げられない?」

「……これ以上ですか…うーん、どうでしょう…強度的に厳しいですが……」

「そう…じゃ、仕方ないわね……」

 あっさりと諦めるリサに、その整備士はすこし驚いたような表情になる。

「どうしたの?」

「あ、いえ…てっきり、『それを何とかするのが整備士の仕事だろ!』…とか言われると思ったんで…すいません」

 今度はリサが目を丸くする。

「…今度、そんなヤツがいたら、『整備士のおかげで機体のコンディション維持できるんだろ、贅沢言うなっ!』…って言ってやったら?」

「…そ、それはちょっと……」

「あはは、そうよね。そんな事言ってたら、真っ先に辺境の基地に飛ばされちゃうわね。ま、それは冗談としても、わたしは整備士出身だから、そっちの苦労も分かってるし、あんまり無茶な事言わないから、安心していいわよ」

「…助かります」

 LIPSをよく知る者は耳を疑うかも知れないが、リサは整備士の中では評判がいい。

 元々整備士なのだから、よく作業を手伝ってくれるだけでなく、その苦労も十分に承知してるので、多少の無茶を言う事はあっても、無理な注文をする事が無かったからだ。

 それに、無茶な事を言う時は、大抵の場合自らも参加して最後までつきあってくれるし、整備については何かミスでもあるか、最終的なチェックの時以外は余計な口出しをしないのもその理由の一つに挙げられるだろう。


 …本人にしてみれば、自分のPFを他人に任せる以上、細かい調整や改修は最後まで見て、自分で具合を確認しないと安心して眠れないからという、恐ろしく個人的な理由からなのだが…整備士の方から言わせれば、整備士に任せきりでいざ機体に不備があったら整備士の責任と怒るばかりのパイロットより遙かにマシ…という所であろう。


 さらには、リサは整備士にとっては憧れの対象にもなっている事も大きな要因である。

 PF整備士を志す者は、大きく分ければ三つに分類できる。

 一つは、機械いじりが何よりも好きな者、そしてもう一つは何らかの理由でパイロットを辞めたりした者……。

 残りの一つは最終的にPFパイロットを目指している者…である。

 そんな者達にとって、若干17歳でパイロットになった整備士は尊敬と羨望の対象となり得た。

 元パイロットの整備士にしても、ひよっこのパイロットに操縦テクニックを伝授しながら、互いの整備知識を交換し合うというのは、いい勉強になっているらしい。

 一部には嫉妬する者もいたが、それはごく少数派であるし、リサが切れるのと怖いのは整備士仲間でもちょっとは知られているので、今の所、手を出す無謀者はいなかった。

 もっとも…



「……あ、冷却液なんだけど、粘度を変えて、冷却性を高めれば…全体の反応速度をあと5%…ううん、6%くらいは上げられない?」

 なまじ整備知識があるだけに、中途半端な整備や手抜き整備が出来ないのは新人の整備士にとっては困りものだろう。

 ベテランの整備士にしてみれば、望む所と言った感じだろうが……。

「……となると、極地戦では性能が落ちる事になると思いますが…よろしいですか?」

「うーん、そうねぇ…今は秋だし、極端に寒い地域で作戦があるとは考えにくいから、シュミレーションしてみましょうか?」

「……了解です」

 整備士の少年は軽く敬礼すると、作業台を降りて整備端末に腰掛ける。

 リサも調整を一通り終えると、コクピットから出る。

「……う〜ん…ふわぁ…今日は良いことありそうね…JP…」

 まるで弟か息子にでも話しかけるように微笑むと、リサはJPの装甲をポンポンと撫でるように叩いた。

 これが彼女のPFに対する「あいさつ」である。














 

 時計が『AM 8:00』と示した頃……


 イズミの朝はかなり遅い。

 メンバーの中では間違いなく一番遅いだろう。

 この日も……

「イズミちゃん、朝だよ〜!」

 プリスにベッドを揺さぶられ、ようやく目を覚ましたイズミ。

「…………」

 …と思ったら、また寝てしまった。

「イズミちゃんってばっ! …こうなったらぁ…」

 プリスは何を思ったか、自分の私物保管用ロッカーをゴソゴソと探す。

「……ふっふっふっ…」

 不気味な笑みを浮かべて取り出したのは手書きで「プリスの秘密箱」と書かれた小さいツールボックスである。

「これ使うの久しぶり〜♪」

 楽しげに中を探るプリス。

「……よーし、これ、いってみよ〜!」

 プリスはどこからか耳栓を取り出すと、自分の耳に付ける。

 そしてツールボックスから取り出したものを、イズミの顔にくっつける………


 数秒後………






「きゃあああぁぁぁっ!!!」



 まるで窓が割れんばかりの声が宿舎中にこだまする。

「…おお、久しぶりだな…」

 驚く宿泊客の中、ここの常連や宿舎の職員はそんな事を呟きながら、別に慌てることなく食事を楽しんだり、掃除をしたりしていた。


「プ、プリスゥゥ〜! それ、やめてっていってるでしょぉぉ〜!?」

 イズミは今にも泣きそうな顔で…いや、既に泣き顔でプリスに抗議する。

「…だったら、早く起きてよね〜」

 プリスは足下に落ちたものを拾うと、ツールボックスの中にしまいこんだ。



「……こんどは何なんだ?」

 セリナが部屋に戻ってきた。

 …手にタオルや石鹸らしき物を持っている所を見ると、風呂かシャワーにでも行っていたらしい。

「今回は特大のクモ〜♪」

 プリスは喜々とした表情で、ツールボックスから身体だけでもプリスの手ぐらいありそうな大きさのクモの人形を取り出した。

 …かなりリアルである。

 触感もゴムとスポンジを足したような適度な柔らかさで、体毛まで再現させている……かなりの逸品だった。

 おそらく、知識の無い者が見れば、一瞬本物と間違えるだろう。

 セリナがツールボックスを覗き込むと、色んな雑品に紛れてムカデやら蛇やら言葉にも出したくないような黒い物体が見え隠れしている。

 …どこでこんなもの売ってるんだろうか?

 それ以前にプリスは平気なのか!?

 …まあ、喜々としている様子からすると、大丈夫らしいが、セリナはさすがに触ろうという気にはなれなかった。

 例えおもちゃと分かってはいても……








 

 イズミは悪夢のような寝覚めを忘れたいのか、大好きな風呂に入って気分をリフレッシュさせると、軽く朝食を済ませて、部屋に戻ってきた。

 部屋には誰もいなかったが、リサも戻ってきたのかベッドの上に作業用の帽子が置かれており、リサ用のハンガーには少々年季の入った整備服がかけられていた。

「……どこにいったのかな…」

 イズミはまだ少し水気を帯びている髪を手入れしながら乾かすと、着替え始める。

「…あ……」

 ロッカーの中に大切にしまってあった服を見て、何かを急に思い出したイズミは、一瞬手が止まる。

「……どうしよう?」

 しばらく悩んだイズミだったが、そのまま着替えをして、手荷物をまとめると、部屋を出ていった。

 ……何を思い出したのだろうか?

















 

 プリスは市場の隣にある、商店街に来ていた。

 ここは市場から卸された商品が直接売買される所なので、他の店で買うよりずっと安くて新鮮なものが買えるらしい。

 別にこれといって欲しいものがあるわけではないが、プリスはこういう活気のある雰囲気が好きだった。

 これはやはり生まれや親の影響があってのことだろう。

「……フムフム…最近の野菜の値段は……っと」

 何やら手帳に書き込みつつ、プリスは売り場を回っていた。

 お店の裏にも回って、残飯や使用済みのダンボールの量や運送された日付もチェックしている。


 ……何をしているのだろうか?


「……う〜ん……?」

 一通り商店街を回ると、プリスは近くの広場でまるで競馬の予想屋のように座り込む。


 …何故か妙に似合っているように見えるのは私の気のせいだろうか…


「ようっ、どうしたい、プリスちゃん!」

 市場でよく顔を合わせる知り合いなのか、いかにも市場関係者か卸売業者と言った様相の男が聞いてくる。

「あ、どうも〜…儲かってる〜?」

「…うーん…戦争が収まってるんで、物資の流通はよくなってるんだが…その分値段が落ちちゃってねぇ……」

 頭をかきながら男は困ったように肩を落とす。

 それを見たプリスは、いきなり顔を綻ばす。


 …まるで悪魔の笑みのように。


「…ムフフ…どう、情報買わない?」

「お、良いネタ入ったのかい?」

 …ここだけ聞いてると、とてもではないが、子供と大人の会話とは思えない。

 プリスはキョロキョロ見回すと、小声で男に手招きする。

「まず、いくらで買う?」

 プリスはウエストポーチから携帯電卓を取り出して、男に手渡す。


 ……最初からこのつもりだったのか…?


「うーん、プリスちゃんにはこれまでもお世話になってるからねぇ…こんなところで…」

 男の方ももう慣れてるのか、驚くような様子もなく電卓に数字を入力する。

 それを見て、プリスは頷くと、電卓をウエストポーチに戻す。


 …商談成立したらしい…


「この前、南部の地方都市がヴァリムの攻撃に遭ったのは知ってるでしょ?」

「…そりゃ、まあ…あれだけさわいでればねぇ…」

 我が意を得たりとばかりに大きく頷くと、プリスは話を続ける。

「…プリスの見立てでは、運送業者とかが渋って、その近辺の流通が少し滞ってると思うんだけど……」

 プリスは野菜の値段や量・質をメモしたページを見せる。

「…そのせいか、その地方特産の野菜や果物の値段がちょっと高くなってる…」

 …確かに…と言いたいのか、男は神妙な顔で頷く。

「……だから、すこし足を延ばしてそこまで直接買い付けにいけば、結構いい値段で捌けると思うんだけど? これからさらに値上がりしそうだし」

「……しかしねぇ…ちょっと危ないんじゃないかな?」

 しかし、プリスは心配無用とばかりに口を鳴らしながら人差し指を揺らす。

「軍だって、かなりの規模で動いているだろうから、そんなに危険は無いと思うよ。それに…こういう時にこそ、稼ぐチャンスでしょ?」

 軍の事情をよく知るプリスだからこそ、簡単に決断できる判断だろう。


 …実はこれ、立派な軍規(守秘義務)違反である。

 …断言してるわけではないし、自分が軍関係者だと自ら明かしてもいないので、一般論を言ってるだけだと、しらばっくれられたらそれまでだろうが…。


「…なるほど…よし、検討してみるか…ありがとな、プリスちゃん」

 そういって、男は財布から数枚のお札を取り出すと、プリスに手渡した。

「…毎度どうも〜…これからもごひいきに〜…♪」

 プリスはお札を数えると、にんまりとした笑顔でそれをがまぐちにしまった。


 元々家が貿易会社だっただけあって、ピーピアスの名前はその逸話や顛末も含めて、商売人の間では結構知れ渡っているらしい。

 実際、両親の死後、プリスの商才を惜しんでか、会社経営の補佐をしようという人物までいたくらいである。(遺産目当てであろうが)

 いまでも、こうしてアドバイスし、しかもそれが的中しているので、この辺りでプリスの名前を知らない卸売業者はまず居ないだろう。


 …完全に進む道を間違えているプリスだったが、本人はこれでいいと思っている。

 少なくともプリスには今、軍を辞める理由も無ければその気もないし、商売で生計を立てようという気も無い。

 プリスはフッと大人びた笑みをこぼし、胸元のお守りを握り締める。

「……グレンリーダー様…」

 彼女が今したいことは、別にあるのだから…


















 

「…まったく、約束が気になって探してみれば、このザマか……」

 セリナはそう自嘲するように苦笑すると、持って来ていた袋から瓶と紙コップを出す。

「わたしの給料では大した酒は買えなくてな。安物だが我慢してくれ」

 セリナは、紙コップ2つを置くとそれに酒を注ぎ込んだ。

「…ふっ…2年遅れだが…乾杯だ」

 セリナは紙コップを手に取ると、酒を飲む。

 そして、あの頃のことを思い出していた。




 それはセリナが従軍看護婦として働き始めた頃だった。

 当時からセリナは男口調だったが、さすがに今のような全く動じないような感じではなく、周囲を威嚇する意味を込めてその言葉遣いをしていたような感じだった。

 今にして思えば、あの時の自分は本当に子供だったのだなと、セリナは反省している。

 当時はまだ見習いという事で、比較的大きな後方の野戦病院で働いていたのだが、あの頃は白衣が血で赤黒く汚れるたびに病院の裏で吐いていたものだ。

 一時期など、お粥とスープでさえ、満足に口に入れられない事もあった。

 そのくせ、人一倍負け惜しみが強かったのでさも平気そうな顔で仕事をしていた。

 そんな精神的にギリギリの生活を送っていた頃、一人の兵士が入院してきた。

 意識不明の重体ではあったが、命に別状はなく、意識もすぐに回復した。

 …しかし、利き腕である右腕は骨折で満足に動かす事も出来ず、左足は回復の見込みが無い状態だったので、膝下からバッサリと切断されてしまっていた。

 …だが、そんな状態なのにも関わらず、この兵士は落ち込む事無く平然としていた。

 そんな態度はセリナはもちろん、他の看護婦、看護士からも奇異な存在に映った。

 本人曰く「自分がしたい事やって、こうなったから後悔はしてない」との事だが…。


 そんな時である。

 セリナがいつものように回診に来ると…

「よお、お仕事ご苦労さん」

 その兵士がベッドの上で何やら飲みつつ、セリナを呼び止める。

「…な…おい、それ酒だろ!? 病院内にそんなものを…!」

「…病院ね…こんな豚小屋同然のところを……」

「それは…まあ、そうだが…って、それとこれは別だろっ!」

 セリナはその兵士から酒を取り上げた。

「…まったく、いったいどこから…!」

「フフ、コイツでさ」

 そう言って見せたのはトランプだった。

「…どこぞの不良みたいだな、おまえ?」

「そうかい? …ま、兵士生活長いと、この位の娯楽がなきゃ、やっていけないがね…」

 呆れたような顔をしながら、セリナは酒の入った瓶を扉の片隅に置く。

「…どうだい? 今度は看護婦さんも一緒に?」

「わたしはまだ19だ! それに仕事中!」

 強い口調で拒否するセリナに、肩をすくめて困ったような顔をする兵士。

 困っているのはこっちだと言いたげに、セリナは睨む。

 その後、特にどうという事はない雑談をするセリナと兵士であったが…

「…だから、しつこいぞ、酒など飲めるか」

「…むう、つれないねぇ…そうだ、なら、1年後にオルフェンに来る事があったら、一緒に酒でも飲みかわさないか?」

 唐突にそんな事を言い出す兵士に目を丸くするセリナ。

「…な、なにをいきなり…!?」

「…フフ、退院後のせめてもの楽しみってヤツだ」

「……必要なさそうに思うけどな……」

 疑わしげな目で見ながら、セリナはベッドの脇に置いてあった病人の私物をしまっておくロッカーを開ける。

 ……有名アイドルのブロマイドやら古雑誌やら酒やらおつまみやら…そんなどーでもいい私物が次々と目に入る。

「……まったく、いつの間にこんな持ち込んで…!?」

 セリナは問答無用とばかりに酒類やおつまみを没収した。

「…で、約束してくれるかい?」

 まったく懲りてない様子の兵士はしつこくセリナに聞いてみた。

「…ふぅ…わたしも忙しい身だからな…そんな先の事、約束できそうにないな」

「そうか〜…しかたない。…まあ、もし覚えていたら、オルフェンの……」

 そう言って、兵士は行きつけの酒場の住所と店名を話していた。

 …もっとも、セリナは適当なあいづちを打つだけで、完全に忘れていたのだが…

 昨日、倉庫の奥にしまい込んでいた従軍看護婦時代のカルテとも言えないお粗末な手記と教本、わずかな私物を整理していたら、その兵士が書いたと思われる酒場の地図がいつの間にか紛れ込んでいたのを見て、兵士が言っていた事を思い出したセリナであった。







「まったく、人の私物をあさりおって…ついでに文句の一言でも言ってやろうと思ったが」

 セリナはそう言うと、その男が眠っている石碑の埃を払う。

「…こうなってしまっては、文句も言えないな」

 セリナがその兵士についての履歴を検索したところ、『退院後、整備士に転向、辺境の基地にて作業に従事するも、ヴァリムに襲撃を受けた際に仲間をかばい殉職』…端的に説明してしまえばそんな内容であったらしい。




「…今にして思えば、おまえのあの言葉がきっかけだったのかもな…わたしが日記を書き始めたのは…」

 セリナはそういうと、さらに飲めと言いたげになみなみとコップに酒をつぎ足したのだった。









 …再び回想に戻る…


「…本当にそれでいいのか?」

 兵士が退院するという事で、兵士の手荷物を持ちつつ、セリナが聞く。

「ああ、十分だよ」

「…おまえに出ている保険金や医療手当を考えれば、そんな安物よりもっと良い義足が買えそうだがな?」

 と言いつつ、セリナは義足を見る。

 見るからに『義足』と判るような無骨な物である。

 PFのような物が既に一般的になっているこの世界では、義足と言っても普通の足と同様に自由に動かすことが出来る上、人工皮膚等の疑似有機素材の開発もされているので、一目では義足と判らない精密な物を造る事も十分に可能なのである。

「ああ、療養休暇の間に、ちょいと旅をする予定でな。何かと資金が要る」

「旅?」

「ただ一人の生き残りとして、作戦で死んだ上官や部下の家族に、会いにな」

「…おまえが気に病むことでもなかろうに。聞く所に因れば、かなり無茶苦茶な作戦だったのだろう? たかだか一個中隊で要塞拠点を制圧しろなどと…」

「…世間的に見ればそうなるだろうが…俺自身が納得できないんでね。それに、あいつらの言葉を直接伝えてやりたいとも思ってる」

 そう言って兵士は懐から薄汚れた手帳を取り出した。

「作戦前に、隊の仲間が書いた遺言をまとめた物だ。もし、作戦で死ぬ事があったら、生き残った者が家族に伝える…という事で、全員が同じ物を持っていた」

「………」

 この時、セリナは戦争の恐ろしさを初めて知ったような気がしたらしい。

「…単なる自己満足と思われるだろうが、後悔はしたくないんでね」

 などと苦笑しながら言った兵士の言葉がセリナの頭に妙に強く残っていた。

 その後、見習い期間を終えて、前線の野戦病院に派遣されたのち、日記の中に兵士の日常や遺言めいた言葉を書き残して、兵士の持っていた私物と共に手紙を同封して、家族に送ったのはその影響が確かにあったのだろう。






 供え物や花を手向けたセリナはしばしの間、そんな事を考えながら石碑の前で黙祷すると、軽く一礼してその場を後にした。

 元々ここは戦死者の慰霊碑という事で、大勢の人間が来るという事もあるのであまり長居は出来ないのだ。

 余った酒を軽く嗜みつつ、セリナが歩いていると……

「……ん?」

「…あ…」

 イズミとばったり出くわした。

「……こんなところで会うとはな…」

「…そ、そうですね」

 ここに来る用など、大体見当はつくのだが……

「…何か用事でもあったのか?」

 …セリナは一応、聞いてみた。

「…あの、ちょっとお墓参りに………」

 …いや、それは分かってるんだが…

 セリナはそう思ったが、イズミの事だ…きっと親か親類の命日か何かなのだろうと勝手に解釈したセリナは、そのまま歩き出す。

 イズミもその後に続くように歩き出す。

「あの、セリナさんは…?」

「…ああ、昔の知り合い…いや、顔見知り程度の仲だったんだが、ちょっとした事で思い出したものでな……」

 セリナは簡単にその兵士の事を説明した。

「……とにかく、毎日がそんな感じでな…何度病院内で騒ぎを起こしたか…」

「…はぁ…」

「しかし、今となっては良い経験だったよ。あれ以降、大抵の事には動じなくなったし、自分のペースというものを自覚できるようになったからな」

 そう言って、この場に似合わない笑い声を上げるセリナ。

 …もう少し他人のペースに合わせてほしいと、心から思うイズミ。

 何かと対立する事が多い二人だが、やはり生まれや育ちが大きく影響してるのだろう。

 セリナは元々田舎暮らしで決して裕福とは言えない環境で育ったのに対し、イズミはオルフェンで生まれ育ち、家は大手とは言えないまでも、PF関連部品を製造していた会社であった。

 その会社はもう無くなっており、イズミの手元には抵当に含まれなかったお金と親の遺品しか残っていないので、今はそれほど裕福ではない。

 …が、やはりその考え方や言動はどこか上流階級を思わせるようなものが多く、小隊を組んだ頃は色々意見の衝突で喧嘩をしたらしい。

 プリスはイズミ同様、資産家の娘だったし、リサはそういう事にこだわらない(PFさえ問題なければ他はどーでもいい)性格だったので、この二人とはそれほど揉めた事は無いようだが……


 要は、セリナから言わせれば、その言動や態度が甘えてるとしか思えないから…という事なのだろうが…イズミから言わせれば、精神論で物事を語り過ぎている…という事なのだろう。

 ただ、普段は対立の多いこの二人も、ひとたび歯車が合うと巧みなコンビネーションを見せる事も多く、仲が良いのか悪いのかよく分からない所がある。

 迷コンビというのは、こういう事を言うのかも知れない……。















 

「ふぅ…つかれた…」

 途中でセリナと別れたイズミは、カフェ風のレストランでトーストサンドを味わいつつ、紅茶を飲んでいた。

「…………ふぅ……」

 イズミは再びため息をもらす。

 彼女にとって、今日は良い思い出と悪い思い出が交錯する、複雑な日のようだ。

 その事を考えると、どうにも気が重くなり、食事のペースも落ちる。

「…あいたいなぁ…お兄ちゃん」

 イズミは普段こそお嬢様らしい口調であるが、感情が高ぶったり、動揺したりすると、子供のような口調で喋ってしまう。

 おそらく、トラウマが原因であろうが、本人は全く自覚がないので、気にしていない。

 あの人を「兄」と呼ぶのもそのトラウマが起因しているのだが、その事はLIPSも内々に知らされているので、言葉遣いも含めて、あまり突っ込んだ話はしていなかったりする。

 イズミは暗い表情のまま食事をしていたが、ふと視線を隣のテーブルに向けると、一人の男がこちらを見ていた。

 最初は偶然だろうと思い、それほど気にならなかったが、そちらに視線を向けるたびに目が合ってしまうので、ちょっと不安になるイズミ。

(…はやく食べよ…)

 もともと対人恐怖症気味なので、人の視線を必要以上に気にしてしまうイズミはやや急いでトーストを口の中に押し込んだ。

「…グ…けほ…」

 しかし、やはり無理をしすぎたか、咳き込んでしまう。

「…大丈夫か?」

 それが逆効果になり、その男がちょっと心配そうな顔でイズミに水を勧めてきた。

「…すまなかったな。驚かせたみたいで」

 …どうやら、男の方もイズミが必要以上に意識している事に気が付いていたらしい。

 イズミはとにかく楽になろうとして、水を一気に飲みこんだ。

「……ふう………。…あ、あの…どうも……」

 赤面してしまうイズミを見て、思わず苦笑する男は、テーブルの上に置いてあった注文明細を手に取る。

「…せめてもの詫びに、俺が払っとくよ」

「…え?」

 驚くイズミをよそに、その男は2枚の明細をレジに持っていくと、そのまま支払いを済ませてしまった。





「…あ、あのっ…あ、ありがとう…ございますっ」

 店の前で、お礼を言うイズミに、男の方は少々照れくさそうに手を振った。

「気にしなくていいぞ。…そもそも、悪いのはこっちだし…」

「い、いえ…こちらこそ、恥ずかしいところを……」

「…いや、そ、そんな事は……」

 男も謝るような感じになってしまい、周囲から怪訝そうな目で見られる。

「…場所、変えた方がいいと思わないか?」

「………そ、そうです…ね……」

 とりあえず、その場所から目と鼻の先の噴水広場にあるベンチに腰掛ける二人。

 …まあ、イズミも多少は警戒しているのか、かなり離れた位置に座ったが。

「…さっきも言ったが、別に気にしなくていいぞ。……俺の…知り合いの知り合い…に雰囲気が似てると思って、つい見とれてただけだからな。…済まなかった」

 さもウソそうな言い訳を言う男だが、イズミはそれを信じたようだ。

「…知り合いの知り合い…ですか?」

「ああ、あいつは『友達』と言ってたけどな…。もっとも、あいつの『友達』の有効範囲は『何度か会っただけの人間』も含まれるから、何とも言えないが」

(……そんな人、知ってる人にいたかな?)

 考えてみるが、心当たりがない。

 その考えを読みとったか、男は少し笑ったような表情で立ち上がる。

「…じゃあな、また遇う機会があったら、よろしく頼む」

 そう言って立ち去っていく姿を見て、何となく既視感を覚えるイズミ。
 首を傾げながら立ち上がって、男とは反対方向に行こうとするが…

「……!?」

 不意にその『知り合い』に思い当たる人物の姿が思い浮かび、振り返る。
 もちろん、既に人陰に隠れて、その姿は確認できなかった……。












 

 続く…(予定では、オリキャラの後日談でも…)
 



 あとがき

 どーも、ヨニカ=グリフィスです。
 いや、どうも…以前チャットで「まじめなリップスなど書けない」とのお言葉を頂き、急遽小説の展開上カットされた所と、オリジナルすぎてボツになった案を思い出しながら加筆修正をかけたものを掲載させていただきました。
 ちなみに、リサの所は小説中編に載せようと思った部分です。プリス・セリナ・イズミのエピソードはボツ案から流用しました。

 最後に出てきたオリキャラ(中編未掲載なので名前伏せてます)も含めて、シータの後日談でも書きたいのですが、まだ前編以降掲載されてないので、別作品で登場予定のキャラの話でも書こうかなぁ…と、少々無謀な事を考えております。(設定はあるし、それだけで話し作れるネタはあるけど、構成をぜんぜん考えてない…)

 では、その2がどうなるか(それ以前に書けるのか)は分かりませんが、期待して(する人いるんだろうか?)待っていていただければいいなぁ…と、祈っております…。
(すでに気後れしている自分に少々自己嫌悪…)


 


 管理人より

 ヨニカさんよりリップスの番外編を頂きました!

 ……まぁ、ゲームにさえ関わらなければ、いくらでも出てOKなんですけどね(小説とか)

 とにかくゲーム同梱DVDだけはもう止めて欲しいです(泣)

 絶対その開発費でゲームが値上がりしてるはずなので…………
 


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