◆ 機甲兵団J-フェニックス 〜悪夢越える翼〜(前編) ◆







 

 阿鼻叫喚の叫びが、耳をつんざく。
 それは、味方の悲鳴。苦楽を共にしてきた戦友たちの絶叫。
 目の前を駆け抜けていく緑の破壊神――巨大な鉄槌が唸りをあげ、すべてを粉砕していく。
 燃え上がるは灼熱の炎。消えゆくは人の命。轟くは自慢げな低い哄笑。

『――弱いな!弱すぎる!!』

 なにも出来ずに見つめている自分がいる。
 鋼鉄のコクピットの中で、呆然と殺戮を野放しにしている自分がいる。
 否定を続ける自分がいる。
 理解ができない。したくはない。これは悪夢――現実ではないと。
 だが、それはすぐに間違っていたと気付く。
 炎の中で、こちらを見据えてくる破壊神――目標は自分だ。
 全身から殺意をほとばしらせ、猛然と、牛のように突っ込んでくる。
 それがわかっていながら、操縦桿を握る手には力が入らなかった。
 なす術もなく、突撃を見つめていた。
 やがて、鉄槌がせまり、そして視界に広がったのは――赤い、果てしなく赤い暗闇だった。


 

「――あああああああああああああぁぁぁぁぁっっ!!」

 自分でも意外なほどの絶叫をあげて、クランは飛び起きた。
 お世辞にもきれいとは言い難い鉄の壁が、彼女の視界に飛び込んでくる。戦場を移動する大型輸送機の一室だ。

「なっ! なんなの、なんなの〜〜!?」

 隣のベッドで眠っていた見習いオペレーターのシュキが、驚いたように飛び起きる。
 睡魔に取り付かれた者でさえも、意識を蘇らせる――それほど凄い声だった。

「い、いったい、なにがあったの〜〜!? クラン!? そんな大声出してぇ……」

「…………え、ええ……ごめんなさい。なんでもないわ、シュキ……ちょっと、うなされただけ」

 重そうな瞼をこするシュキを見つめ、クランは荒い息をつく。
 その全身からは、嫌な汗が噴き出していた。

「ほんとに? だいじょうぶ? 顔色悪いよ〜〜」

 普段は冷静沈着な彼女が、これほどの大声を出すのは、まずないことだった。
 ゆえに、お気楽極楽娘で通っているシュキでさえ、心配せずにはいられないようだ。いつのまにか、気遣わしげな視線を彼女に向けている。

「大丈夫よ……たいしたことじゃないから……」

「……そう? それならそれでいいんだけどぉ……」

 まだ若干の疑問を残しているようだったが、シュキは糸の切れた人形のようにベッドへ倒れ込んだ。
 ほとんど間髪入れずに寝息をたて始める。今は一応、仮眠の時間なのだが、彼女のは完全に熟睡である。
 子供のように幸せそうな寝顔を見つめていると、思わず彼女がうらやましいと思ってしまう。
 クランは、髪の毛をかきあげて大きく息をついた。

(……なぜ、今になって、あんな夢を見たの……?)

 先に見た悪夢は、忌まわしき過去の記憶――彼女の運命を変えた日の再現だった。
 たとえ夢であっても、クランとしては二度と見たくない記憶だった。

(これから行くところに、なにか関係があるというのかしら……まさか、そんな、ね……)

 非科学的なことは信じないタイプの彼女だったが、これまで封印されていた過去を見たのが単なる偶然とは思えなかった。
 いまだ心臓の鼓動は早鐘のようであり、胸に手を当てずとも感じられるほどに強い。
 不安な気持ちを抱えながら、彼女は傍らにあった眼鏡をかけると、ゆっくりとベッドから降りた。

 

 ヴァリム強硬派の雄――ベリウム・ヴァレリウスのGエリア侵攻に端を発したアルサレアとヴァリムの戦いは、終焉の時を迎えようとしていた。
 サーリットン戦線でのアルサレアの勝利。
 そして、死の商人ギルゲフ・ド・ガルスキーの暗躍によるヴァリム軍戦力の本土帰還。
 Gエリアに残ったベリウム子飼いの部隊を掃討し、その身柄を確保するべく、アルサレアの精鋭であるコバルト特務小隊は、敵の本拠地[リベル諸島]へと向かっていた。

「隊長。どうやらこの戦いも、もうじき終わりそうですね……」

 輸送機のブリッジで、青い髪の若者――ジータ・ランバートは、傍らに立つ黒髪の若者に、言葉を投げかけた。
 この部隊の隊長であり、アルサレアの若きエースとして名を馳せるようになったコバルトリーダーは、目の前に広がる薄暗い空を眺めながら、わずかに頷いた。

「うん……これで、すべてが終われば、それに越したことはないんだけど……」

「浮かない……顔ですね」

 隊長の翳りを帯びた表情に、ジータは訝しげな視線を向けた。

「……確かにベリウムを追いつめることはできた。けど……あまりに、うまくいきすぎているような気がするんだ。サーリットンでの戦いで戦線が後退したという理由だけのわりには、引き際があまりにも良すぎる。それがどうも引っかかるんだ……」

「罠、だとでも?」

「……それはまずないだろう。ただ、ヴァリムが新たな侵攻を考えている可能性は、充分にあるということさ」

 コバルトリーダーの言おうとしていることを察したのか、ジータは微かに頷く。

「戦力の温存ってことですか……戦争は、まだ続くと言いたいんですね」

「そんな簡単に終わる戦争ではないさ。ギルゲフのこともあるけど、アルサレアとヴァリムの確執は昔からあることだからね……」

「はいはい。考え事は、そこまで、そこまで」

 二人が、今ひとつ煮え切らない気持ちを抱いていると、唐突に後ろから声がかかった。
 眼鏡を拭きながら言ったのは、壮年の男だ。
 オスコット・リースボン――とぼけた感じとは裏腹に、かつては傭兵として数多の戦場を駆け抜けてきたアルサレアでも歴戦の古強者である。

「考えたところで、しょうがないんだから……そういった小難しいことは、政治屋さんに任せときましょ。我々の仕事はベリウムさんの確保。下っ端は悩まず働くってね……」

「……違いないな」

 その言葉に、コバルトリーダーは苦笑する。
 どれほど悩もうと、自分の立場ではどうにもならないことはある。ならば、今は与えられた任務の遂行を第一と考えるべきだろう。
 そこへ扉が開いて、二人の少女が入ってきた。コバルト小隊のオペレーター、シュキ・オールティとクラン・ネルモアである。

「あれぇ〜?リーダー?なにしてるの〜〜?」

 シュキは、どこか間延びした口調で問いかけてくる。
 その顔は、まだ眠そうだ。実際あれから数分もしないうちに叩き起こされたのだから、無理もないところだろう。
 彼女を叩き起こした主であるクランも、やや意外そうな顔で、コバルトリーダーを見つめていた。

「まだ、作戦開始には時間がありますが……ここで、なにを?」

「……いや、ちょっと、ね……」

 コバルトリーダーは、思わず言葉を濁す。
 緊急時の対応のため、隊員たちは交代でブリッジに残っていたが、現在はジータとオスコットの番である。彼の順番はまだ先のはずだ。


「まさかとは思いますが……あれから、ずっとここにいらしたのですか?」


 クランの表情が、険しくなった。
 彼女の言うあれからというのは、輸送機が基地を飛び立ってからということである。時間にしたら一時間くらいだったが、前の作戦からほとんど休む間もなく行軍している彼らにとって、この時間は貴重なものと言えた。
 コバルトリーダーはなにも答えようとしない。代わりに口を開いたのはジータだ。


「そういえば、自分たちが来る前から、隊長はここにいましたね……実は、ほとんど休んでないのではないですか?」

「いや……そんなことは……ないさ……」


 どこか歯切れの悪い返答が返ってくる。思わず泳いでしまった視線が、コバルトリーダーの動揺を物語っていた。
 誰が見ても、嘘をついているのはあきらかだ。性格的に彼は、詐欺師には向いていないだろう。


「……コバルトリーダー。緊張するお気持ちはわかりますが……休息を取れる時に取っておくのも、軍人の大事な務めです。作戦行動に支障が出てからでは遅いのですよ」

「ああ、わかってる……」

「わかってらっしゃいません! そのせいで部隊が全滅の危機にでも瀕したら、どう責任を取るおつもりですか!!」


 激しい口調だった。クランにしては、めずらしく興奮しているようだ。
 気圧されつつもコバルトリーダーは、怪訝さに眉をひそめる。


「そ、そのことに関しては、悪かったと思ってるよ。気になることがあったものだから……でも、どうしたんだ、クラン? 君らしくもない……そんなに興奮するなんて?」


 言われて、クランも気づいたようである。彼女はハッとしたように顔を俯けた。


「……わ、私のことよりも、コバルトリーダーのことです! 今からでも遅くはありません。少し休息を取ってください!!」

「わかった。わかったよ……」


 コバルトリーダーは逃げるようにして、ブリッジをあとにする。
 その様子を見て、オスコットは意味ありげに笑った。


「おやおや、隊長さん。すっかり尻に敷かれちまっているみたいだねぇ」

「でも、クランってば本当にさっきから変なんだよ。あたしのことも叩くしぃ……」

「……いや、それは、いつものことのような気もするけど……」

「なっ!! ひっどーーい!! あたし、そんなヘマばっかしてないよぉ!!」

「まぁまぁ、とりあえず落ち着きなさいって……」


 ジータの突っ込みに興奮したシュキをなだめ、彼は諭すように言う。


「愛する男女の間には、いろいろとあるものなんだ……それこそ海よりも深い複雑な事情ってものがねぇ……ま、まだお子様な君たちには、わからないかもしれないけど」

「は、はぁ……そういう、ものなんですか……?」

「ふ〜〜ん……リーダーとクランが? そうは見えないけど、そうなのかなぁ?」


 ジータが顔を赤らめ、シュキが不思議そうに首を傾げる。
 ブリッジの一角で盛り上がっている三人に、クランは鋭い視線を向けた。


「勝手に話を作らないでください!!」


 その剣幕に、ジータたちは慌てて互いの顔を背けた。


(まったく、この人たちは……)


 さっきの夢のこともあったが、そうでなくても機嫌が悪くなっていただろうと、クランはため息をつきながら思った。








 

[リベル諸島]――そこは無数の島々が並ぶ、地殻変動の多い地域である。
 ベリウム・ヴァレリウスはここを拠点として、Gエリアへの侵攻作戦を行っていた。
 極地での戦闘には絶大な自信を持っていた彼らだったが、アルサレアによる極地戦用PFの投入やコバルト小隊の活躍。さらにはヴァリム本国への主戦力撤退によって、戦局は完全にアルサレア優位となっていた。
 もはや、数少ない部隊しか持たぬ彼らに、情勢の不利を覆す力はない。
 しかし、それでもベリウムにあきらめた様子はないようである。コバルト小隊接近の報を受けても、特に動揺はしていないようだった。そして、それは彼直属の部隊にしても同じことだった。
 ベリウムという男のカリスマ――ギルゲフのそれとは比較にならないとしても、一部の兵士の信頼を集めるには充分に足るものだったようである。
 その彼の片腕――ヴァリムでも猛牛の異名を持つことで知られるバール・アックスは、コバルト小隊の降下地点となるであろう諸島の南側へと、直属の部隊を展開させていた。

「バール司令。アルサレアの輸送機をレーダーに捕捉しました。恐らく、例の部隊かと……」

 基地オペレーターの言葉に、バールは鼻を鳴らした。

「フン。コバルトとかいう特務部隊か……最近、ずいぶんと図に乗っているようだな」

「……Gエリア侵攻作戦で、我が軍の行動をことごとく阻んできた部隊です。双子の悪魔やダン、ルキアらを退け、サーリットン戦線では新型ゼクルヴすらも倒したようで……噂では、かつてのグレン小隊のメンバーも参加しているらしく、侮れぬ実力の持ち主かと……」

 傍らに立つ副官が、これまでのコバルト小隊の活躍――ヴァリムにしてみれば、屈辱の記録を報告する。その声は若干、緊張していた。
 だが、バールに怖じ気づいた様子はない。むしろ嬉々としているようである。

「面白いではないか。紛い物の特務部隊には、いいかげん飽き飽きしていたところだ。少しは手応えのある奴らに来てもらわないと、つまらんからな」

 その顔には自信が満ちている。
 これまでグリュウ以外には無敗を誇ってきた彼にとって、アルサレアの兵士など恐れるものではなかった。現に彼は、いくつもの特務部隊を壊滅させている。

「――いずれにせよ、これ以上アルサレアの連中をのさばらせるわけにはいかん。ベリウム様にたてつく者は、皆殺しにしてくれるわ!!」

 猛牛の咆哮は、その場にいた兵士たち全員に伝染する。
 戦いを左右する要素は多々あれど、士気はその最も重要なものである。負け戦とは思わぬこと――それが最終的に勝利をもぎ取ることになるという事実を、この場の誰もが知っていた。

(さぁ、来るがいい。コバルト小隊め……このバール様が、まとめて地獄に送ってくれるわ!)

 いまだ見ぬ強敵に思いを馳せ、バールは不敵に笑った。







 

 ブリッジでの他愛もない騒動から二十分後――コバルト小隊を乗せた輸送機は、リベル諸島の降下ポイントへ到着していた。

『――まもなく、降下ポイントです。小隊各員は、降下の準備をお願いします』

 クランの事務的な声が、コクピットにこだまする。戦いに赴く前の、いつもの光景だ。
 コバルト小隊の全PFは、すでにアイドリング状態で出撃の時を待っている。その中では、隊員それぞれが異なった思いを抱いていた。

「いよいよ、ベリウムって奴との御対面か……やれやれ、今回の戦争もやっと終わりってか」

「でも、な〜んか哀れよねぇ……結局のところ、ヴァリムはそのベリウムって奴のことを見捨てたんでしょ?」

「まぁな。多分、Gエリア侵攻の罪をぜんぶ、なすりつけようってんだろ? 頼るべき味方も敵ってんじゃあ、やっこさんもやってられないだろうなぁ」

 元グレン小隊メンバーだったキース・エルヴィンとアイリ・ミカムラが、普段の軽口を叩いている。 さすがに歴戦の戦士だけあって、出撃前も余裕しゃくしゃくといった感じだ。

「……くだらん。ヴァリムの連中に同情など必要ない。とにかく、俺の目の前に現れた奴らは殺す……それだけだ」

 穏やかでない言葉を放ったのは、[アルサレアの狂犬]の異名を取るランブル・クリスティーンだ。
 そんな彼を、元同僚のムラキ・オニキスがたしなめる。

「おいおい、作戦は敵司令官の確保だぞ。熱くなってそこのところ、忘れないようにしてくれ」

「関係ない。そいつを殺されたくなかったら、先にお前たちが押さえることだ」

「……相変わらず、無茶苦茶なことを言うな。お前は」

「ガハハハハ!!まぁ、そのくらいのほうが頼もしいぞぃ!!」

 ため息をついたムラキに向けて豪快な笑い声を飛ばしたのは、元スティールレイン連隊の隊長、ギブソン・ドゥナテロだ。
 彼もまたキースやアイリ同様、今回の戦争のためにコバルト小隊に編入された古参組である。コバルト小隊がここまで多大な戦果をあげられたのも、彼らの働きによるところが大きかった。

「……ところで、そのベリウムというお方は、強いのでしょうか?」

「リンナってば、相変わらずそのことにしか興味がないんだねぇ〜?」

「強い方でなくては、イズミ家の名を継ぐにふさわしいとは言えないのですから、当然ですわ」

「ふ〜〜ん。で? ここまでで、誰か候補はいた?」

「そうですわね……今のところは、隊長さんだけでしょうか……」

 そんな彼らを無視して不可思議な会話を交わしているのは、黒髪の美少女リンナ・イズミと、部隊最年少のマコト・フライトだ。
 アルサレア兵士の戦う理由には様々なものがあるが、その中でもこの二人のものは、かなりの変わり種だ。リンナは家のしきたりで強い殿方を探すためだったし、マコトにしてみれば戦いは自作の趣味的PFの実戦テストに過ぎない。
 それでも彼女らの操縦の腕はアルサレアでも屈指の実力なのだから、神も悪戯が過ぎるというものか。

「……蒼き空に舞う翼持つ者たちよ。我と我の仲間たちに力を……」

 一人、戦いの前に祈りを捧げているのは、チェンナ・マーロウである。
 ヴァリムによって滅ぼされたマヌール族戦士の生き残りであり、一族の無念を晴らすという、ある意味もっともわかりやすい理由で戦っている女戦士だ。
 とはいえ、彼女は決して己の感情に任せて敵を虐殺したりはしない。ただ、自分と同じ悲劇を生み出したくないだけなのだ。その辺は、ランブルとは違っている。
 クランがパイロットだった頃は同じ部隊に所属していたようだが、そのことについてはクラン共々、あまり多くを語ろうとはしなかった。もっとも、過去の詮索をしようという人間は特にいなかったわけであるが。

『……コバルトリーダー』

 一人黙って隊員たちのやり取りを聞いていたコバルトリーダーだったが、クランが突然、回線をつないで話しかけてきた。

「なんだい? クラン?」

『……いえ、先ほどは申しわけありませんでした。あのようなことを言ってしまって……』

 事務的な口調とは違い、そこには普段押し殺された感情が垣間見えていた。
 コバルトリーダーは、穏やかに笑う。

「なんだ。そのことか……気にしてないさ。クランの言ってたことは間違っていない。休息を取らなかった僕が悪いんだからね」

 彼の口から出たそれは、偽りのない言葉だった。
 事実、彼が部隊内で最も信頼を置く人間は、他ならぬクランである。様々な局面において彼女の的確な助言がなければ、自分たちはここまで来れなかったのだから。
 それだけに、コバルトリーダーは先ほどの彼女の不自然な態度に、引っかかるものを感じていた。

「でも、本当にどうしたんだ? さっきもそうだったけど、今だって……どこか、疲れたような顔をしている」

『……それは、その……』

「あ、言いたくなければ、無理することはないんだけど……」

 慌てて両手を振ったコバルトリーダーを見て、クランは顔を緩めた。

『……コバルトリーダーには、隠し事はできないみたいですね……』

 彼女はそっと髪をかきあげると、コバルトリーダーの瞳をモニター越しに見つめた。

『……悪夢を、見たんです』

「悪夢?」

『ええ。以前、少しお話したことがあったと思います……私の部隊が全滅したということを。その時の……夢です』


 クランがかつてはパイロットだったというのは、部隊の誰もが知る事実である。
 作戦遂行中に所属していた部隊が全滅したことで大怪我を負った彼女は、視覚障害を起こし、PFに乗れなくなってしまった。ゆえに、今はオペレーターとして戦っているのだと――。


『なぜ、今になってそんな夢を見たのかはわかりません……ただ、こういう言い方は好きではないのですが……嫌な予感がするんです。どうしても不安が拭い切れなくて……今回の作戦に、なにか関わりがなければいいのですが……』

「……そうか。それで落ち着きがなかったのか……でも、クランでも不安になる時があるんだな。ちょっと意外だったよ」

『……コバルトリーダー。私は機械ではありませんよ……その言葉は、ひどいのではありませんか?』


 やや怒ったような口調で抗議するクラン。その姿はどこか可愛らしくも見える。
 思わず苦笑を漏らしつつも、コバルトリーダーは真っ直ぐに彼女を見つめた。


「悪い悪い。でも、心配はいらないさ……僕は誰も死なせないし、必ず生きて戻る。だから、いつも通りにサポートを頼むよ」


 穏やかな言葉の中に、決意があった。そして、見つめてくる瞳の中にも。
 クランの頬がわずかに染まる。


『わ、わかりました……でも、コバルトリーダー……お気をつけて……』

「了解」

 そこへ、あきれたようなシュキの声が割り込んでくる。

『ク〜ラ〜ン〜。降下ポイントなんだけどぉ〜〜?』

 思わず、二人は互いに目をそらした。
 小さく咳払いした後、クランは事務的な口調に戻る。

『……では、全機降下開始してください』

 彼女の言葉と同時に、輸送機のハッチが開く。
 音をたてて、寒風が激しく吹き込んでくるのが、コクピット越しにも感じられるようだ。
 視界は見事なまでに白いことから、外では雪が降っているようだ。
 あまり良い状況下と言えないものの、引き返すわけにもいかなかった。

「了解。コバルト小隊……出撃する!!」

 コバルトリーダーの号令と共に、11機のPFが、凍てついた空気の中に飛び出した――。






 

 今回の作戦は、三つの部隊に分かれて行うことになっていた。
 内訳はコバルトリーダー、ジータ、オスコットの第一小隊と、キース、アイリ、チェンナ、ランブルの第二小隊。ギブソン、ムラキ、リンナ、マコトの第三小隊だ。
 敵の本拠地であるリベル本島に向かう途中には、いくつかの敵施設が存在している。
 それぞれが別ルートで進攻し、施設を制圧していくわけである。

『作戦通りキース小隊は東側から、ギブソン小隊は西側から進攻してください。コバルト小隊は、敵部隊による挟撃を避けるため、島の外れにあるRポイントの軍事施設を制圧。すぐに後を追ってください。敵の主力防衛部隊が駐留していると思われるFポイントの軍事基地への攻撃は、部隊合流後に行います。総攻撃予定時刻は0230。合流場所はGポイントです』

「了解!それじゃ、サクッと終わらせますか! お先に行くぜ、隊長さん!」

「せいぜい、派手に暴れてやるとするかのぅ! ガハハハハ……!」

 キースとギブソンが笑いながら答えた。
 クランの言葉を聞き終わるやいなや、二つの部隊はそれぞれの方向へと走り去っていく。決戦間近ではあったが、誰の心にも気負いはないようだ。

「みんな、無理はするなよ!」

「心配いりませんわ。隊長さんは、後からゆっくりいらしてください」

「そーそー。このマコト・ア〜ンド・ロボにおっまかせぇ〜!!」

 リンナやマコトの明るげな声が、通信機の向こうから響いてくる。
 それはいつも通りの光景だったが、コバルトリーダーは逆におぼろげな不安を覚えた。
 ここまで勝ち進んできたことによる自信――それが隊員たちの心に、慢心を生んでいるのではないかと感じたのである。

「隊長? どうかしましたか?」

「……いや、なんでもない。僕たちも行こう」

 だが、コバルトリーダーは、あえてそれを語ることはしなかった。
 漠然とした感覚で、隊員たちを惑わせてはならない。それは隊長としての務めだ。
 ただの杞憂に過ぎない。クランの不安が伝染しただけだ――そう、心に言い聞かせてコバルトリーダーは操縦桿を握り締めた。
 だが後に、彼は激しく後悔することになる――自分の判断が甘かったという事実に。




 

「クランってば、やっぱ、リーダーと怪しいんじゃないのぉ〜?」

 オペレータールームでは、シュキが意味ありげな笑みを浮かべて、クランを見つめていた。

「……今は、作戦行動中よ。集中しなさい。シュキ」

 当のクランは、いつもの顔でモニターを見つめている。
 そこには先ほどの動揺は見られない。

「またまたぁ〜、照れることないと思うけどぉ〜?」


 だが、シュキは聞いている様子がない。からかうかのように横目で顔を近づけてくる。
 クランは拳を握り締めると、澱みのない動きでそれをシュキの頭上に振り下ろした。
 鈍い音が、意外なまでに辺りに響き渡る。


「……集中しなさいと言ったはずよ」

「ひ、ひどいよ、クラン……ぶつことないのにぃ……ううぅぅ〜〜」


 頭を押さえて涙ぐむ少女を無視し、クランは偵察衛星から送信されてくるデータを調べ始めた。


(Fポイントの駐留部隊は、他と比べれば確かに多い……だけど、重要拠点の防衛にしては規模が小さすぎるわ。なぜ……? ここを突破されれば、ベリウムも後がないというのに……それほど守りに自信があるということなの?)


 彼女は怪訝そうに眉をひそめる。
 得体の知れない不安に対して、具体的な解決策を見出そうとする努力も、今はまったく身を結んでいない。その事実が、逆に不安を高めていた。
 先ほど見た夢の光景がフィードバックしてくる――見たくもない悪夢の光景が。


(……そんなはずないわ。あいつ……あいつがいるなんてことは……でも、もし……もし、そうだとしたら……!)


 ポーカーフェイスの下に震える思いを隠しながら、クランはただひたすらに、コンソールパネルを叩き続けた。




 

 コバルトリーダー率いる部隊は、島の西の外れに位置するRポイントに接近していた。
 雪はますます激しくなるばかりで、風もまた強い。視界はほとんどきかず、部隊の進攻も思うようにいかない状況になりつつあった。
 それでも、足を止めるわけにいかない。
 極地での戦闘はヴァリムの部隊のみならず、天候さえもまた敵なのだ。自然の厳しさを制することができてこそ、勝機は見えてくる。
 それは、これまでの戦いで得た教訓だった。


『敵部隊、六時の方向に展開中! 数はそんなでもないから、パ〜ッとやっつけちゃおうよ!!』


 データ収集で手が離せないクランに代わり、シュキがコバルトリーダーに告げた。
 しかし、彼女のサポートはオペレーターらしくない。なにしろ上官に敬語を使わない上に、状況説明がアバウト過ぎるからだ。他の部隊の人間が聞いたら、さぞ驚くことだろう。
 もっともコバルト小隊にとっては、かなり慣れ親しんだものであり、今更咎める人間もいなかったわけだが。


「ま、こんな島の外れにいるような部隊じゃあ、たいした戦力じゃないでしょ……とは言っても、施設は結構立派なもんだ。気をつけるべきは、防衛設備のほうかもねぇ」


 オスコットが飄々とした顔で付け加えた。
 ふざけたような感じでも、さすがに修羅場をくぐってきただけのことはあり、状況判断はへっぽこなオペレーターよりも鋭い。
 コバルトリーダーは、深く頷いた。


「……よし。まずは、設置兵器の破壊を優先する。ジータ、オスコット、敵部隊を引きつけておいてくれ。その隙に、僕が施設に攻撃を加える」

「了解!!」

「任せてもらいましょ」


 コバルトリーダーの指示に従い、二人は一気に機体を加速。そのまま飛翔させた。
 施設から警報が聞こえてくる。やや遅れて、レーダーサイトに無数の光点が浮かび上がった。


「……来ましたよぉ。敵さんの大群がぁ」

「ジータ・ランバート。行きます!!」


 ジータたちが、敵PFをおびき出すべく、散開していく。
 視界がききにくいため、行動の把握はレーダーが頼りだ。光点が二人のほうに移動し始めたのを見計らって、コバルトリーダーはブーストを全開――地上を疾駆した。
 吹雪の中に浮かび上がった施設は、かなり高レベルの防衛設備を持っているようだった。無数のミサイルが建物の上部から発射され、コバルトリーダーのほうに向かってきた。
 四連上部射出型フレア・ミサイル・システム――発射後、一定の距離で起爆し、爆風を撒き散らすミサイルだ。敵の侵攻を阻むことを目的としているため、威力そのものは高くないが、攻撃範囲は非常に広い。ゆえに、その回避にはかなりの困難を強いられた。
 並の兵士ならば、施設に近づくこともできないだろう。
 だが、コバルトリーダーの駆る群青色の機体――索敵能力と高機動空戦能力を追求したJ-カイザーとJ-フェニックスのミキシングビルド機――J-カイザー・フェニックスカスタムは、雪の中に弾ける灼熱の爆風をかいくぐりながら、確実に施設へと接近した。

「ターゲット・インサイト。ロック……シュート!!」

 射程に入ったところで、スマートガンが火を吹く。
 ミサイルの射出口に弾丸が吸い込まれ、音をたてて爆発した。
 数秒と間を置かずにミサイルが飛来するが、すでにその時点で、コバルトリーダーは数百メートル離れた位置に移動している。彼の瞳は鷹のように、次の標的を捉えていた。
 放たれる銃火と共に、白い世界に光が灯っては消えていく。施設の防衛設備は、もはや完全に沈黙しつつあった。


「……さっすが、大統領。そつがないねぇ」

「負けませんよ。隊長!!」


 その光景を余裕で眺めながら、オスコットは目の前のラセツにレーザースピアを突きたてる。
 不敵に笑ったジータは、風を纏った斬馬刀で、敵機の腕を斬り飛ばした。


『敵の設置兵器は、完全に沈黙っ! さぁ、ぱぱーっといっちゃおうっ!!』


 通信機から聞こえてきたシュキの声は、相変わらず軽い。
 最後の防衛兵器を破壊したコバルトリーダーは、吹雪の中に舞い上がりながら、残存戦力の掃討に向かった。





 

 コバルト小隊が、施設の制圧を完了したのは、それから数分後のことであった。
 一般的な部隊による制圧の時間と比較すれば、コバルト小隊のそれは遥かに迅速なものであったが、今回の作戦行動においては、お世辞にも早いとは言い難い。
 キース、ギブソン小隊に追いつく必要があるために、コバルト小隊は、かなりのハードスケジュールをこなさねばならなかったからである。


『――制圧完了。シュキ、他の部隊の状況はどうなっている?』

「え?ええぇぇ〜〜っと……」


 コバルトリーダーからの突然の質問に、あたふたするシュキ。代わって答えたのはクランだ。


「キース小隊はOポイントで敵部隊と交戦中。ギブソン小隊はJポイントに向けて進攻中。両部隊共に損害はなし。予定時刻までには、問題なく合流地点に到着可能です」

『……そうか……』


 コバルトリーダーは、静かに息をついたようであった。
 作戦はとりあえず順調に進行している。しかし、油断は禁物だ。


『――よし。僕たちも補給が完了しだい、すぐに行動を開始する。二人は引き続き、全部隊のモニターを頼む』

「了解しました」


 コバルトリーダーからの通信が切れた後、クランは隣で小さくなっているシュキを睨んだ。


「シュキ……各部隊のモニターを怠っていたようね。今回のような複数部隊行動の時に、互いの状況を把握できないのが、どれほど危険なことかわかっているの?」

「……う〜。ご、ごめぇん……あたし、一度にたくさんのことやるの苦手でぇ……」


 上目遣いにクランを見やるシュキ。その様子は、まるで捨てられた子犬のようである。
 この姿を見れば、一回や二回は許す気も起きようというものだが、すでに何度も同じ状況に接しているクランに、情けというものは微塵もない。
 ましてや彼女たちは軍人なのだ。甘えは許されない。


「言い訳しないの!! とにかく、気を抜かないで!! 今度の戦いは、これまでと意味合いが違うんだから! 今度うっかりしていたら……!」

「わ、わかった。わかったよぉ〜〜!だから、ぶたないでぇ!」


 振りかぶられた拳を見て、シュキが思わず頭を押さえる。
 クランは無言で彼女を見つめていたが、やがて手を下ろすと、再びデータの収集を始めた。

(き、今日のクラン、怖すぎるよぉ〜〜……)

 どこか、鬼気迫る表情でコンソールを叩くクランを見て、シュキは脅えたように身体を震わせた。




 

 ギブソン率いる第三小隊は、北北東のJポイントを目指していた。彼らは現在、合流地点のGポイントに最も近い位置にいる。

「――なんか、拍子抜けだのう。敵さんも雑魚ばっかで、ろくな奴がおらんではないか……」

 J-アームド・カスタムのコクピットで、ギブソンはぼやいた。
 これまで交戦してきた部隊は数こそ多いものの、実力的には未熟な兵しかいなかった。本拠地近辺の防衛を任せるには、あまりにもお粗末な話だ。

「確かに、防衛網があまりにもザルだ。まるで、攻めてくれと言わんばかりだな。戦力のほとんどが撤退したとはいえ、そこまで人材が不足しているわけでもないはずだが……」

 ムラキも疑問に感じているようである。
 歴戦の戦士である二人には、あまりにも事が簡単に進みすぎることへの疑問が付きまとっているようだ。それは修羅場をくぐった者だけが持つ、一種の勘とでも言おうか。

「関係ありませんわ。それだけ、ベリウムというお方に人望がないということです。この調子では、その方の実力も知れていますわね」

「ま、そ〜いうこと。くだんないこと気にしてないで、とっとと行こぉ〜!」

 だが、厳しいセリフを口にしたリンナやお気楽なマコトには、そういった疑問はないようである。
 それは、若さゆえの愚かさとも言えたが、現在の戦況はあきらかにアルサレア優勢なのだから、そうなってしまうのを非難することはできない。実際は、単なる考え過ぎかもしれないのだ。

「まぁ、わしらの進撃を阻めるほどの奴が残っているとは思えん! なにが来ようと、蹴散らしていくのみじゃのう! とにかく、合流地点に一番乗りじゃ!!」

 もとより豪快かつ前向き思考のギブソンである。
 一度決めてしまえば、心に浮かんだ霞のような疑問はどこかに吹き飛んでしまったようだ。
 ムラキも、特に異を唱えることはしなかった。


「あら?レーダーに反応ですわ?」


 再び行動を開始した矢先に、リンナが言った。見るとレーダーに、いくつかの光点が浮かんでいる。

「敵か? しかし、三機だと?ずいぶん、少ないな……」

「むぅ……」

 訝しげなムラキの言葉に、ギブソンは唸った。敵の部隊にしては確かに数が少ない。ヴァリム軍は主に中隊規模で動くため、こういった小規模の部隊に遭遇することは、ほとんどないからだ。

「フ〜ム……敵の偵察部隊かもしれんのう。ここで逃すと厄介なことになるかもしれん」

「どっちみち敵だろ?それに、そういうことだったら、なおさら逃がすわけにはいかないじゃん!」

 マコトが嬉々として言った。彼女はすでにやる気まんまんのようだ。
 リンナもまた、深く頷く。

「そうですわね。腕のほうまでは期待できないかもしれませんが……逃すわけにはまいりません」

「……よし! 追撃するぞい!!」

 悩んでいる状況ではないと判断したギブソンは、全員に号令を出した。ほとんど同時に、全員の機体が疾走を始める。
 敵を示す光点は、しばし動きを見せないでいたが、彼らが一定距離まで接近すると、突然、遠ざかり始めた。そのまま、巨大な氷山の陰へと姿を隠して逃げようとする。

「こんのぉ〜。逃っがすかぁーーーっっ!!」

 マコトが叫ぶ。
 ギブソン小隊は、機体をさらに加速させて、敵機を追った。
 敵機との距離が一気に詰まる。雪は激しかったが、なんとか肉眼でもその姿を捉えることができた。
 敵はヴァリムの量産機、ヌエである。しかも、極地戦仕様ではなく、汎用仕様のものだ。


「ヌエだとぉ〜? この雑魚があぁっ!!」


 この時点で誰かが冷静だったならば、敵の動きが逃げるというよりは、どこか誘っているような感じだったことに気づいたかもしれなかった。そして、その動きが、機械的過ぎるということにも。


「もらったぁ〜〜!!」


 マコトのカスタム機が、レーザーカタールを振りかぶった。
 刀身が蒼い光に包まれ、触れた雪が蒸発する。
 そして振り抜かれた光の刃が、逃走するヌエの背中を切り裂いた。
 火花が走り、遅れて炎が巻き上がる。敵はそのまま、もんどりうって転倒した。

「あれ……なんだぁ? こいつぅ?」

 あまりにも不自然な倒れかただった。どこか操り人形めいた動きのように思えた。
 他の二機も、すでにギブソンとリンナによって倒されていたが、あまりにもあっけない。

「――おい!ヴァリムの悪党ぉ!!返事くらいしてみろぉ!!」

 さすがにマコトが疑問を抱いたその時――異様なまでに凄まじい音をたてて、足下の氷が爆発した。

「なっ!なにぃぃーーーっっ!?」

 PFが大きくバランスを崩した。足場の氷が音をたてて砕け、海へ崩れ落ちていく。
 隊員たちは慌ててブーストで体勢を立て直したものの、続けて響いてきた凄まじい音に、さらに息を呑んだ。

「地殻変動か!?いや、違う。これは、まさかっ!?」

 ムラキが叫んだその瞬間、傍らにそびえていた氷山が、一気に崩れてきた。
 岩のような氷の塊が、ギブソンたちに降り注ぐ。


「い!いかん! これは罠じゃぞい!! ぬかったあぁぁーーーっっ!!」


 ギブソンが気づいた時には、すでに遅かった。
 敵のヌエは無人機であり、自分たちをこの場所に誘い込むための囮だったのである。


「きゃあああああああああぁぁぁぁ……!!」

「うおおおおおおおおぉぉ……!!」


 ほんの数瞬の出来事で、逃れる暇はなかった。
 土砂崩れのような氷の濁流にすべてのPFが飲み込まれ、絶叫が雪の中に消えていった――。





 

「バール司令。ネズミが見事に引っかかったようですな……」

 基地の司令室で、副官がスクリーンを見ながらつぶやいた。
 Jポイント付近――そこに、血のような赤い光点が点滅している。ブービートラップの発動を示すものだ。

「……他愛もなく引っかかりおったな。所詮は、運のみで勝ってきたということか。化けの皮がはがれたな、コバルト小隊とやらも」

「……ですが、敵は部隊を分けて進攻している様子。仲間の異変に気づいた他の連中が、救出に向かうかもしれません」

「そんなことは、わかっている……」

 トラップの光点を見つめ、つまらなそうに頭を掻いていたバールだったが、不意に立ち上がると、重い声で言った。

「……とりあえず、出るぞ。あとは任せる」

「は? どちらへ?」

 いきなりの司令官の言葉に、副官は訝しげな視線を向けた。
 その問いに、バールは不敵な笑みを返す。


「決まってるだろう。罠に掛かった餌につられてやってくるネズミ共を、狩りに行くのよ……」


 その口調はどこか楽しげであったが、聞く者の背筋を凍らせる、恐ろしさに満ちていた。






 

「ギブソン小隊?……ギブソン小隊!? 応答してよぉーーっ!!」

 シュキの絶叫が、オペレータールームに響く。
 突然の出来事に、クランが顔色を変えて彼女のほうを見た。

「どうしたの!? なにがあったの!? シュキ!!」

「ギ、ギブソン小隊との通信ができないのぉ!!」


 クランはメインスクリーンに目をやる。
 ギブソン小隊を示すマーカーは、Jポイント付近で止まったままだ。
 だが、通信回線はまったく開かない状況だった。なにかがあったのは間違いない。


「モニターはしてなかったの!? こうなる前の状況はどうなっていたの!!」

「あ、あたしだって頑張ってたよぉ!! なんか、敵がいたから追撃してたみたいなんだけど、ちょっと目を離したら、いきなり画像と通信が途絶えて……!」


 部隊のモニターは本来、偵察衛星を使って行われるが、複数部隊同時行動の際は、各隊長機のメインカメラとのリンクも併用する。これによって、常に各部隊の情報をリアルタイムで知ることができるわけだが、オペレーター経験の浅い人間では処理と対応が間に合わないことが多い。
 クランは己の迂闊さを呪った。本来はもっと自分がサポートするべきなのだが、情報収集に集中し過ぎたせいで、フォローがおろそかになっていた。シュキだけの責任ではない。
 彼女は、偵察衛星のカメラをギブソン小隊のマーカーポイントに回した。
 だが、そこに映っていたのは、果てしない氷の荒野にぽっかり空いた湖のような海と、いびつな形に歪んだ氷山だけであった。


「……コ、コバルトリーダー!」


 叫ぶクランの顔は、悲痛に歪んでいた。
 やや遅れて、通信モニターの向こうから黒髪の若者の姿が現れる。


『どうした!?なにがあったんだ、クラン?』

「……ギブソン小隊との連絡が途絶えました……」

『なんだって!? どこだ!? どこで途絶えたんだ!?』

「Jポイント付近の氷上です……今、データを転送します」


 どこか苦しげなクランの報告に、コバルトリーダーの顔色が変わった。
 モニター越しにも、その動揺が窺えるようだ。
 コンソールを操作すると、やがて返答が返ってきた。

『よし。確認した!! キース小隊にも連絡を取ってくれ。今から、すぐに向かう!!』

「了解……しました」

 つとめて冷静に振る舞うクランだったが、その心臓の鼓動はすでに早鐘のようになっていた。
 あの時見た悪夢の光景――それが、なぜか彼女の脳裏に、再び浮かび上がっていた。





 

 時刻は0時ちょうど。
 一日が切り変わる時刻だ。本来なら闇が支配し、すべてのものが凍てついた眠りにつくべき時間である。
 それまで激しく吹き荒れていた吹雪は、いつのまにか弱まり、天空には緑の輝きを持った月が浮かんでいる。その優しくも怪しい光に照らされた大地は、幻想の中の異世界を思わせた。
 緑月――惑星Jの重力が増加する時間帯である。その異常の理由は、今もって定かではない。
 かつて人々が移民してきた頃はその環境の変化に苦しんだらしいが、人の適応能力は高い。今のJの人々はその変化を苦にしなくなっていた。
 そんな緑の世界の中、ギブソンたちが消息を絶ったポイントに、四機のPFが到着していた。キース率いる第二小隊である。

「この辺のようだな。おっさんたちが、消えちまったってところは……」

 キースが厳しい表情で言った。状況が状況だけに、普段の軽さは、さすがにない。

「ここだけ、氷が砕けてるみたい。地殻変動……にしては変よねぇ?」

 アイリが機体のバランスを取りながら言った。
 周りの海は完全に氷に覆われているのに、彼らのいる数百メートル範囲は大半が崩壊していた。青い海の中に浮かぶ氷の足場は、かなり不安定に揺れている。

「……なにを、くだらんことを言っている。これはトラップだ……なにか、爆発物が埋め込まれていたに違いない」

 ランブルが、近くの大きめの氷山を指す。そこには、なにかの炸裂した破片が見えていた。

「こんなつまらん手に引っかかるとは、マヌケな連中だ。ムラキの奴も落ちぶれたようだな」

「……ちょっと、ずいぶんな言い草じゃないの?それ?」

 アイリがムッとしたように言う。
 彼女もギブソンは好きでなかったが、それでも同軍の仲間である。顔色ひとつ変えずにつぶやくランブルの気が知れなかった。
 もっとも、仲間思いのアイリと孤高を好むランブルとでは、ウマが合わなくて当然だったが。

「フン。足手まといがどうなろうと知ったことか。こっちとしては、むしろ迷惑だ」

「あ、あんたねぇ……!!」

「……おいおい、やめとけよ。二人共……とにかく、みんな水ん中に落っこっちまったってことだな。PFの気密性が高いっつっても、水中じゃまともに動けねぇか」

 キースが二人をなだめつつ言った。
 汎用型とはいっても、PFは水中での行動ができるように造られてはいない。おまけに緑月では、機体を浮上させることもままならないだろう。

「それに通信が取れないってことは、機体が故障している可能性もあるよね。とにかく、早く探さないと……」

「待って! レーダーに反応!! 敵部隊が近づいてる!!」

 アイリがつぶやいたその時、チェンナが気づいたように叫んだ。
 レーダーサイトに、敵を示す光点が浮かんでいる。それらが、恐るべき高速で接近していた。
 臨戦体勢を取るキース小隊。やがて姿を現したのは、三つの影――巨大な二振りのハンマーを携えた重装型PFだった。
 タルカスに似ているが、細部に微妙な違いがある。妙に威圧的な雰囲気を持ったその機体を見て、キースは息を呑んだ。
 数は少ないが、侮れない相手――歴戦の戦士の直感が、そう告げている。
 だが、その姿にさらなる驚愕を覚えた人間がいた。


「緑の……破壊神……!!」


 チェンナの声が歪んだ。そこには底知れない恐怖と、張り詰めた緊張があった。


「なんで……なんで、あいつが、ここに!?」


 彼女が愕然と叫んだその時、大気を震わす声が響いてきた。


『クックック……いたな、ネズミ共。このバール様が、まとめて狩ってやろう!!』


 ハンマーを軽々と振り回したタルカスは、その先端をキースたちに突きつけると瞳に怪しい輝きを宿した。




 

「バ、バー……ル……!」

 その頃、オペレータールームでも、クランが血の気の引いた顔でモニターを見つめていた。
 彼女の手は小刻みに震え、全身には大量の冷や汗がつたっている。表情も彼女らしくなく、恐怖に歪み引きつっていた。

「……クラン? クランってば!! どーしたのよぉ!!」

 シュキの叫びが何回か繰り返された後、クランは唐突に我に返った。

「あっ……シ、シュキ……どうしたの?」

「それは、こっちのセリフだよぉ。どうしたの。クラン?……あのバールって奴、知ってるの?」

「え、ええ……知って……知っているわ……忘れられるわけがない……!」

 不思議そうな顔をするシュキに対して、クランは底知れぬ闇を吐くかのように言った。
 忌まわしき記憶。悪夢の再来。沸き上がる無限の恐怖――彼女の言葉には、そのすべてがあった。

「と、とにかく危険だわ。危険すぎる……! シュキ、コバルトリーダーはまだなの!?」

「え? え〜っと……まだ全然だよぉ。距離にしたら20kmは離れてるもん」

 スクリーンを見て、シュキがたどたどしく言った。
 クランの焦りが伝染したのか、彼女も落ち着かないようだ。オペレータールームに流れる空気は、異様なまでに張り詰めていた。
 クランは、手を強く握り締めた。キースたちは歴戦の戦士だ。みすみす遅れを取ることはないだろうが、相手の恐ろしさを肌で知っているだけに安心することはできなかった。
 唐突に通信機から、雄叫びが聞こえてくる。
 野生の咆哮のような叫び。だが、それはやはり焦りを含んだものであった。

「!? チェンナ!? ダメよ!! 焦ってはダメ!!」

 叫ぶクランの声は、死神の鎌を首に当てられたような必死さに満ちていた。



 

「うおおおぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!」
 

 チェンナの声と共に、キース小隊は戦闘行動に移った。戦場となる氷上は、かなり不安定な状況であったが、とまどっている暇はない。
 飛行ブーストから、チェンナのカスタム機がブーストサァイフを振りかぶった。大鎌に装備された小型ブースターが吠え、猛烈な加速で刃が振り下ろされる。
 だが、緑のタルカスはバックダッシュでそれを回避すると、無造作に肩のAAFミサイルを放った。
 ミサイルはチェンナ機の足下で弾ける。氷片が細かいしぶきとなって舞い上がった。


『――その機体、見覚えがあるぞ……確か、以前つぶした特務部隊にいた奴だな。ククク……どうやら改めて死にたいようだな』

「くっ! 黙れえぇぇぇーーーーっっ!!」


 再び跳躍し、バール機にせまるチェンナ。カイザーシールドを構えて、彼女は体当たりをする。
 凄まじい衝突音。チェンナ機に押されて氷を削りながら、タルカスが数十メートルほど後退した。


『フン。威勢だけはいいな。だが、それだけでこの俺様に勝てると思うな!!』

 バールはブーストを全開にする。重量級とは思えない加速度に、チェンナの機体が押し戻された。

「こっ!このおぉっ!!」


 飛び退って再びブーストサァイフを振りかぶるチェンナだったが、その行動は一瞬遅い。
 タルカスのハンマーが、唸りをあげた。重い一撃がカイザーシールドを粉砕し、機体を後方へと撥ね飛ばす。

「あああぁぁっ!! くっ……このぉっ!!」

 危うく海へ落下しかかったチェンナだったが、とっさにブーストサァイフを氷上に打ち込んでいた。


『……往生際が悪いな。地獄へ行くがいい!!』

 追撃をかけようとするバール。そこに、ランブルの怒声が響いた。

「雑魚が!!くたばれ!!」

 J-フェニックスベースの射撃型カスタム機が、ほとんど間髪入れずにキャノンを撃った。
 高速で直進した砲弾が、緑の破壊神を直撃する。爆風に雪煙が舞った。


「どうだ!!……っ!? なんだと!!」


 だが、勝ち誇ったランブルの表情は、すぐに歪んだ。バールのタルカスは雪煙の中で、何事もなかったかのように超然と立っていた。信じられないほどの強固な装甲だった。


『それで終わりか? くだらんな! アルサレアの犬が!!』

「おのれ、貴様っ!!」


 バールの挑発に吠えるランブル。だが、ほぼ同時に、彼の機体を凄まじい衝撃が襲った。
 バール直属の赤いタルカスのハンマーが、ランブル機を吹き飛ばしたのである。


「うおおおおおおおおおぉぉっ!?」

「ランブル!! くそっ! アイリ、フォローは任せた!!」

「OK!!」


 援護に向かおうとしたキースは、もう一機の赤いタルカスに阻まれていた。
 アイリのJ-グラップラー・カスタムが、彼の要請に応えて、ランブルを狙う敵機を追う。


「そこっ!! 動くなああぁーーーーーーーっっ!!」


 ブーストダッシュ。
 右腕のドリルアームが回転し、敵タルカスのハンマーとぶつかり合う。火花を散らしながら、ハンマーが砕けた。
 タルカスが距離を離しながらミサイルを撃つ。
 だが、狙いは定まっていない。アイリは機体を低姿勢にして、それを回避した。

「重そうなくせに、意外と速いわね……でもっ! ここまでよぉぉっ!!」

 再度、ブーストを全開にするアイリ。そのまま敵機の懐に飛び込むと、無造作に脚を蹴り払った。
 バランスを崩し、前のめりになるタルカス。その顎をドリルアームが突き上げる。
 ヘッドフレームを砕かれながら、敵機が宙に舞い、そのまま海に落下した。

「一機、撃破!!さぁ、次ぃっ!!」

 彼女は反転し、もう一機の赤いタルカスに迫った。
 敵はキースからアイリに目標を変更する。X・ハンマーが無造作に振り下ろされるが、アイリはサイドステップで、それをかわした。

「あまい、あまい、あっまーーーーーーいぃ!!」

 ドリルで敵を殴り飛ばすアイリ。
 猪突猛進のように見えて、彼女の戦いかたには隙がなかった。かつてグレン小隊で戦っていた頃より、さらに磨きがかかっているようである。
 そして、それはキースも同じだった。

「ナ〜イスタイミング!! もらった!!」

 バランスを崩したタルカスに向けて、サーマルプラズマライフルが吠える。それは、狙いあやまたずに敵機の頭部を直撃した。
 火花をあげながら、タルカスは前のめりに氷上に倒れ込んだ。

「あ〜っ! せっかくあたしが倒そうと思ったのにぃ!」

「ま、そうぼやきなさんなって……さぁ、あとは、あの緑色の奴だけだ!!」

 だが、二人がバールに向き直ったその時、チェンナたちの絶叫が響いてきた。


「あああああああぁぁぁっっ……!!」

「ぐおおおおおおおおおぉぉぉっ……!!」

「チェンナっっ!?ランブルっっ!?」


 見るとバールの足下には、二人の機体が横たわっていた。その上に、巨大なハンマーがのしかかって彼らを圧迫している。
 不気味な緑色の光が、タルカスの全身から放たれていた。


『クックック……もろいぞ! もろいわ!! この弱者共がああああぁぁぁっっ!!』


 まるで釘でも打つかのように、バールはチェンナたちを氷に打ちつけた。
 二機の装甲がひしゃげ、フレームが歪んでいく。それは、まさに狂気の光景だった。


「こっ! この野郎ぉぉーーーーーーーーっっ!!」


 キースが叫んだ。
 サーマルプラズマライフルが高速連射されて、タルカスを襲う。
 灼熱のエネルギー弾が破壊神を打ち据えた。本来なら深刻なダメージを受けるはずだが、先ほどのランブルの攻撃同様、攻撃は見えないなにかに弾かれているようだった。
 バールはまったく意に介した様子がなく、タルカス自体にも傷ひとつつかない。


『うざいわ!! 雑魚があぁぁぁっ!!』


 咆哮と共に、AAFミサイルが無数に飛んできた。めくら撃ちのように見えて、狙いは正確だ。
 飛来するそれらを、キースはライフルで器用に撃ち落とす。巻き起こる爆風が視界をさえぎった。
 だが、その爆風の中から突然、タルカスが姿を現す。疾風のような速さだった。


「なにっ!?」

『死ねぇ!!』


 ハンマーが、凄まじい音をたてて軌跡を描く。とっさにガードしたキースだったが、ライフルと腕が打ち砕かれ、機体が後方に吹き飛ばされた。


「うおおああああああぁぁっっ!!」

「キースっ!!……こんのおおおおぉぉぉーーーーーーーーーーっっ!!!」


 アイリが雄叫びと共に特攻する。巨大なハンマーを破壊するように、彼女はドリルを突き出した。
 が、目標が突然、消失する。タルカスが凄まじい機動で、天に舞い上がった。


『甘いわ!!』

「くっ! こいつううううぅぅっっ!!!」


 打ち下ろされてくるハンマーを転がるように回避する。
 ドリルアームが腕ごと叩き潰されてしまったが、アイリは気にせずにそのまま、体勢を立て直すと、いったんジャンプして距離を取った。


『……ほう。さすがは元グレン小隊メンバーといったところか……だが、無駄だぁ!! このバール様の完成された機体の前には、貴様らなど敵ではない!! そう、あのグリュウでさえもなあぁぁぁっ!!』

 バールの声は、どこか狂気に満ちていた。グリュウという言葉に、強いこだわりがあった。
 驚愕と焦りの中にいたキースだったが、その言葉に、ふと冷静さを取り戻す。
 タルカスを見据えて、彼は笑った。


「……なるほどな。お前、あのグリュウにこだわってたってわけか……」


 タルカスの動きが不意に止まった。全身から立ち昇るオーラが微妙に揺らいでいる。
 それを見てキースは更に笑った。


「しかもその様子だと、あいつに勝てなかったって感じだな……以前もいたぜ。グリュウの名前を持ち出して、自分は奴より強い!だなんて、ぬかしてた野郎がな」

『ぬうう……黙れ……!』

「ツヴァルコフっていったっけ。ま、結局そいつは機体の力に頼ってただけのこけおどし野郎だったんだけどな。お前も、あいつと同じってか?」

『黙らんかあああああぁぁぁぁぁっっ!!!』


 バールが猛る。タルカスがその意志をくみ取ったかのように、猛然とダッシュしてきた。
 狂戦士のような攻撃が、キースを襲った。縦横無尽に振られるハンマーが、機体を打ち据えていく。


『この俺様こそが、ヴァリムのエースよ!!!! グリュウごときなどおぉぉぉぉぉっっ!!!!』


 凄まじい衝撃に晒されるコクピットの中で、しかしキースは勝ち誇ったような声をあげた。


「お前は、遥かにあいつにゃ及ばねぇよ……俺にはわかる。あいつは、もっと純粋に強い男だったぜ!! てめぇみてぇな腐れ外道と違ってなぁっ!!」

『ぬああああああああぁぁぁぁっっ!! 死ねええぇぇぇぇーーーーーーーーーっっ!!』


 タルカスは、腕がちぎれんばかりにハンマーを振るった。
 キース機の装甲が次々に砕け、緑色の空へと散ってゆく。やがて、渾身の一撃がメインフレームを捉えた。


「ぐああああああああぁぁぁっっ!!」

「キィーースゥゥゥーーーーーーーーーッッ!!!」


 アイリが絶叫する。ボロボロになって天を舞ったキースの機体は、きりもみしながら冷たい氷の海へと落下していった。


「よくもキースを……!! 許さないっっ!!」


 アイリが、空中から飛び蹴りを放った。それはタルカスの顔面を捉え、後方へと吹き飛ばす。


『ぬおおおお……貴様ああああぁぁっっ!!』


 態勢を立て直しながら、バールは間髪入れずにミサイルを放った。
 着地したばかりのJ-グラップラー・カスタムに、それは炸裂する。巻き起こった爆風に、機体が大きくよろけた。


「うああああっっ!!」

『これで、とどめだあああぁっっ!!』


 バールは叫びと共に、ハンマーをぶん投げる。
 高速回転しながら飛んできた鉄槌が、アイリ機を吹き飛ばし、そのまま海へと叩き落とした。


「……ああああああああぁぁぁぁっっ……!!!」


 アイリの絶叫がこだまする。水面に激しい水柱が上がった。


『フ……フハハハハハハ……見たか!!これぞ、エースの力よおぉぉっっ!!』


 恐ろしく荒い息の中、バールは海を見つめて、咆哮した。
 元グレン小隊の二人は、そのまま二度と、水面に姿を現すことはなかった――。


『次は……次は、貴様の番だ!!コバルトリィダァァァーーーーーーッッ!!!』


 緑と氷の支配する荒野――そこに、狂ったような戦士の哄笑のみが響き渡っていた。



 

「みっ、みんなああぁぁぁーーーーーーーーっっ!!」


 シュキの絶叫がオペレータールームを満たす。
 映像越しではあったが、バールの圧倒的戦闘力を目にして、彼女も平静を失っていた。


「ねぇ、クランっ!! どーすればいいのぉ!! ねぇ、クランッ……!!」


 だが、すがりつくようなシュキの言葉に、クランは答えを返すことができなかった。

 視界が、歪む。

 息が、できない。

 身体が、凍りつく。

 同じだ。あの時と同じだ――自分は、また、なにもできなかった。


「クランッ!! クランってばあぁぁーーーーーーーーーっっ!!」


 もはや、いつもの冷静さは、今のクランにはなかった。
 助けを求める同僚の声すらも耳に届かず、彼女はただ呆然とした表情で、悪夢の再来を眺めていた――。









 

―― 後編に続く ――

 



 ○ あとがき

 こん○○わ。双首蒼竜です。
 今回はコバルト小隊編でのお話、[悪夢越える翼]をお送りします。
 やはり数年前に書いたものだけあって、今見ると結構恥ずかしい面も多かったりしますね。
 まぁ、それは成長の証なんでしょうか? 近い内に後編もアップしますので、お待ちください。


双首蒼竜


 


 管理人より

 双首蒼竜さんよりご投稿頂きました!

 この話も鋼鉄の基になってますね〜w

 あの絵のリクエストをしたのも、思えばこの話があったからこそ……その意味でも懐かしいです。
 


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