○ Panzer Frame J-PHOENIX Side Story ―― SEALED HEART ――







 

 聖暦23年初冬。
 フィアッツァ大陸を揺るがしたアルサレア帝国とヴァリム共和国の戦いは、ひとつの終焉を迎えていた。
 ヴァリムを影から操っていた死の商人――ギルゲフ・ド・ガルスキー率いるガルスキー財団は、新生アルサレアの首相フェンナ・クラウゼンの演説によって、その存在を白日のもとに晒され、国内での影響力を失いつつあった。
 そのギルゲフ操る強硬派が仕掛けた最終決戦――のちに、アルサレア戦役と呼ばれる戦いはヴァリムのエースであるグリュウ・アインソードの死など数多くの犠牲を生み出しながら、辛くもアルサレアの勝利に終わった。
 だが、勝利の立役者である新生アルサレアの将軍――グレンリーダーの姿もまた、アルサレアの地にはなかったのである。


 

 天から現れた白き妖精が、静寂の大地に舞い降りる。
 凍てつく白き荒野に、傷だらけで横たわっている一機の人型機動兵器の姿がある。
 アルサレアの最新型PF[APF−005]――機体名J-フェニックス。エースパイロットと呼ばれる人間のみに与えられるそれは、アルサレアの守護神として大陸の人々に知れ渡っている。
 その機体が、無残な姿を雪原に晒していた。
 開いたコクピットには、あちこちに赤いものが滲んでいる。
 わずかに鉄の臭いを含むそれは、間違いなく人の血だ。致死量ではないが、楽観視できるほどのものでもないのは、誰が見てもあきらかである。
 当のパイロットがいないことから、どうやら脱出はしたようだ。しかし、続いていたと思われる血痕は新たな雪の中に消え、まったく見えなくなっていた。
 雪はただ、降り積もる。すべてを押し包み隠すかのように――。
 死に絶えた機械の守護神は、このまま氷のオブジェとなる運命なのだろうか。


『グレ……リ…ダー……おう…』


 かろうじて生きていた電気系統。
 無人の兵器の中に、突然人の声が響き渡る。それは少女の叫びだった。


『……グレンリーダー!! 応答して!! グレンリィダァァァァーーーッ!!』


 しかし、答えるべき人間はいない。モニターに滲む雪が、無情にその事実を告げていた。
 常世の妖精の哄笑が聞こえた気がする。
 ここには生あるものなどいはしない。死んだものしかいないのだと――。
 少女の声が、悲痛な響きに変わっていく。


『もう、終わったのぉぉぉ……!! だから……だから私……ぅああああぁぁぁぁ……』


 コクピットから聞こえてくるのは、嘆きの声。
 激しい嗚咽が、無情に荒野へと散っていった――。






 

 静寂の雪原を、音をたてて走るふたつの影がある。
 紅蓮と紫紺のコントラスト。忍者を模したような異形――それはまぎれもなくPFだったが、一般的に戦場で見かけるものとは趣が違っていた。
[JN−SZ04]シンザン――ヴァリム製の最新鋭PF。
 その中でもこの二機は、マン・マシーン計画という強化兵士育成計画によって生まれたバトル・ヒューマノイド――[双子の悪魔]専用の高性能機であった。


「あ〜〜あ……な〜んか、面白くないなぁ……」


 その片割れである赤毛の少女――マイ・キサラギは視界を覆っている無数の白い結晶を眺めながら、つまらなそうにつぶやいた。
 その瞳に普段燃えている炎のような輝きも、今はすっかり消え失せている。まるで下火になった焚き火のようだ。
 躍動感のないその姿は彼女の魅力を半減させていたが、敵もいない無人の荒野では彼女らの存在意義そのものがないのだから、無理もないことと言えよう。


「――予定行動時間を五秒経過しているわ。急ぐわよ、マイ」


 そのマイと肩を並べて走る姉――ユイ・キサラギは、今見えている景色のような凍りついた声で言った。
 同じ戦士であり姉妹でありながら、彼女にはマイのような感情の起伏はなく常に淡々としている。
 それがユイの持つ特性と言ってしまえば元も子もないが、マイとしては感情的になった姉の姿を見てみたいとも思っていた。


「でもさぁ、これからどうしようってわけ? 戦争そのものは、とっくに片が付いちまったんだろ? ギルゲフの下へ戻っても、しばらくは出番なしなんじゃないの?」


 彼女たちの戦果はともかく、アルサレア戦役は完全にヴァリムの敗北だった。
 このまま戻っても国内は政治的にガタガタで、立て直すには時間がかかる。彼女らの黒幕であるギルゲフも今は失脚し、その発言力を大きく失っていた。
 難しいことは抜きにしても、つまるところ戦士としての彼女たちに出番はないのである。


「――確かに、しばらく戦争はないでしょう。神佐が言うには、ギルゲフ様も身を隠すらしいわ。新たな機会が来るまでは、ね」

「フ〜ン……あのフォルセアがかい? あいつもいいかげんしぶといよなぁ。グレンリーダーと戦って重傷らしいけど、いっそ一思いに殺っちゃったほうがいいんじゃないの?」

「滅多なことを言うものじゃないわ。マイ……気持ちはわかるけどね……」


 普通の人間なら苦笑のひとつもするところだが、ユイは淡々と言い放つので本気か冗談かわかりにくい。
 もちろんそれが本音であることは双子であるマイにはわかっていたし、そもそもユイが冗談を言ったところを聞いたことがないのだが。


「でも、私たちにやることがないわけではないわ。これまでの戦いにおけるデータが、膨大に溜まっている……整理、分析……全部終わらせるのに、数日はかかるでしょうね」

「うげ……! それ、あたいもやんの?」

「当然ね。戦闘データを元にした、模擬シミュレーションもやるでしょうから」


 ユイの言葉に、マイはげんなりとため息をついた。
 研究所でのカンヅメ作業は、彼女の最も嫌いなことである。模擬シミュレーションはデータ上の敵を掃討するだけで、面白みもなにもない。
 実際の戦場にいるのとはわけが違う。哀れな敵の叫びも聞けないのだ。


「あ〜〜〜〜! もう! 最悪だよ! なんで負けてんのかなぁ!? グレンリーダーの奴とも会えなかったしさぁ!!」

「そうね……でも、仕方がないわ」


 突発的な妹の叫びに、姉はやはり淡々と答えた。
 アルサレア要塞攻略戦の際、彼女たちはグリュウとは別の部隊にいた。従って、実際にグレンリーダーと戦っていないのである。
 聞いた話ではそのグリュウも、彼との一騎打ちに破れて戦死したとのことだった。
 ヴァリム最強のパイロットであり、人間的にも尊敬できる人物だっただけに、彼の死にはユイも少なからず驚いたし、悼む気持ちはあった。
 しかしそれ以上に彼女の心を満たしたのは、グレンリーダーに対する不可解な感情だ。


(……グレンリーダー……)


 ユイはエメラルドの瞳に、わずかに厳しい光をたたえる。
 自分の予測をことごとく上回り、自分たちを打ち破ってきた男――彼女らにとっては、屈辱を思い出させる名前だった。


(……いつか……私が殺す)


 そこまで思って、ユイはハッとした。
 感情的にならないはずの自分が、その男との戦いにこだわっている。敵との戦いなど、彼女にとってはデータの収集と抹消以外の意味などないはずなのに――。


(なぜ……どうかしている)


 わずかに頭を振るユイ。長いこと戦いの中にいたせいで、精神が疲れているのだろう。研究所に帰ったら、少し診てもらったほうがいいかもしれない。
 息を吐いて気を静めた彼女だったが、ふとセンサーに目をやると、そこにひとつの反応があることに気付く。


「生命反応……?」


 この雪原は、まず人の来ないところだ。
 戦場からそれほど離れてないとはいえ、生命反応があるとは思えない。鹿かなにかだろうか?
 普段なら黙殺して通り過ぎるのだが、ユイはなぜかその反応が気になった。
 機体を停止させてコクピットハッチを開く。吹き込んできた冷気に、吐く息が白く凍った。
 突然、奇妙な行動を取った姉に、マイは訝しげに尋ねる。


「……姉貴? どうしたんだよ?」

「少し、調べたいことがあるわ……そこにいて、マイ」

「……あっ! 待って姉貴。あたいも行くよ!」


 ハンドガンを構えて雪原に降り立った姉を追い、マイもまた機体を止めてコクピットから飛び出した。



 

 雪の中に眠る木々の間を、ゆっくりと歩む人影がある。
 それは蒼いパイロットスーツに身を包んだ長身の青年だった。
 時折よろめきながら、手近の木にもたれつつ荒い息をつく。


「く……はぁ、はぁ……」


 その彼の肩からは、わずかに血が流れている。他にもあちこちに、赤いものが滲んでいた。
 生命に関わるほどの傷はないようだったが、体力の低下が命取りとなるこの寒さの中では、死を招くに充分なものだ。
 不意に、男が雪に足を取られて倒れる。
 乾いたような音をあげ、白い大地に身体が沈む。
 だが、起き上がるだけの力は、もはや彼には残されていなかった。


「ここまでなのか……? フ……なんとも、情けない話だな……」


 無様な姿を雪原に晒した男――グレンリーダーは自嘲気味に笑った。
 アルサレア戦役での激しい戦いの果てに愛機のJ−フェニックスは大破し、この雪原へ墜落した。
 機体の電子系は大半がやられており、レーダーも使えず救難信号すらも放てない。通信機は、受信は可能でも、こちらからの通信はできないという有り様だ。
 神が意地悪しているとしか思えない不運さだった。
 もっとも、あそこまでやられて生命があったということは、逆に幸運なのかも知れなかったが。
 待っていても、この寒さでは捜索部隊が着くまでに死ぬ可能性が高い。
 同じ生命を落とすのなら、最後まであがいてみよう――そう思って雪原を抜けようとここまで歩いてきたが、はっきり言って認識が甘かった。
 彼の落ちた雪原は、歩いて横断できるような生易しいものではなかったのである。


「すまないな……フェンナ、アイリ、そしてキース……どうやら、生きて戻ることはできないようだ」


 彼の脳裏に戦友たちの姿が浮かぶ。
 死を前にした人間の脳裏には走馬灯のように思い出が蘇ると本で読んだことがあったが、実際にこうなってみると、それは事実のようだと妙に納得できる。
 不思議と冷静な心境で、グレンリーダーは己が死を見つめていた。

 

 ―― ズッ、ズッ ――

 

 ふと、耳に雪を踏む音が聞こえた気がした。
 気のせいか――その割には妙にリアルな音だった。死神の足音を聞くにも、まだ早い気がする。
 彼は残る力を振り絞って、音のする方向を見やる。
 そこにいたのは、意外な人間たちであった。


「……まさか、こんなところで会えるとは思わなかったわ。グレンリーダー……」

「…………ユイ、それにマイか……俺も焼きが回ったようだな。やっと人に会えたと思ったら、お前たちだとは…………」


 氷と炎を思わせる双子に、グレンリーダーは弱々しく笑ってみせる。
 神の意地の悪さも、ここまでくれば立派なものだ。


「ずいぶん、無様な姿だなぁ。グレンリーダー! アルサレアのエースとは思えないよ!」


 まったくだ――マイの言葉に、グレンリーダーは思わず同意したくなった。
 雪の中で一人、凍死しかかっている将軍など、世界中どこを探してもいないだろう。
 それにどのみち、ここで果てる命だ。いちいち抵抗する気も反論する気も起きなかった。


「……早く殺したらどうだ? ヴァリムにとって、俺は生きていては困る人間のはず……それにお前は、俺を殺したいはずじゃなかったか?」

「フン!! 確かに、お前はあたいの獲物だって言ったけどね……死にかけで、気力も失っているような奴を殺しても、面白くもなんともないよ! あたいは……あたいは強い奴にしか、興味はないんだ!!」


 どこかあきらめの入った言葉に、マイは不快そうに鼻を鳴らした。
 これが名もない兵士なら問答無用で殺したのだろうが、彼女にとってグレンリーダーはその実力を認めた相手だ。気負いがあったぶん、落胆も大きかったに違いない。
 憮然と背を向けたマイから目を移し、グレンリーダーはユイを見た。
 氷の少女は、エメラルドの瞳に変わらぬ冷光を宿している。その手に握られたハンドガンの銃口が、彼の額に向けられた。


「意外な結末ね。グレンリーダー……私も残念だわ。お前を戦場で殺せないのは」

「俺も意外だと思っている……お前に戦場以外の場所で殺されようとはな」


 放たれる最後の言葉。
 吹き荒ぶ寒風の中、二人の視線が交錯する。そこには、一切の情など存在しないはずだった。
 だが――意外なことに、ユイはトリガーを引くどころか、その銃口をゆっくりと下ろした。


「……気が変わったわ」

「姉貴!?」


 その言葉に、グレンリーダーのみならず、マイも動揺した。
 気が変わる――完全な感情操作を施されたはずのユイが、そんな言葉を言うなど、あり得ないことだった。
 先ほどの不可解な行動といい、今日のユイはどこかおかしい。


「どういうつもりだよ! 姉貴!?」

「この男には、まだ利用価値がある……生かして、連れ帰ったほうがいいと判断したまでよ」

「……本当に、それだけなのかよ?」

「…………どういう意味かしら、マイ?」


 確かにグレンリーダーは、現アルサレアの将軍だ。
 生かしておいたほうが今後、外交面で有利になる。政治的にも軍事的にも切り札として使えるだろう。それは、マイにも理解できた。
 彼女が訝しんだのは、グレンリーダーを見つめる姉の瞳に存在したわずかな揺らぎだった。
 そこにユイらしくもない感情の発露があったような気がしたからだ。
 だが、それを言っても、多分姉は否定するに違いない。マイはあえて言葉を濁した。


「……別に。ただ、なんとなくそう思っただけだよ」

「そう。なら、行くわよ。予定行動時間を四分三十五秒経過したわ……手伝って」


 そう言うと、ユイはグレンリーダーに肩を貸して身体を支えた。
 マイも不本意ながら、反対側に回る。


「…………思惑があるにせよ、お前に助けられるとは思ってもみなかった……あの時とは逆だな」

「余計なことは、しゃべらないほうがいいわ……また、気が変わるかもしれないから」


 弱くつぶやいたグレンリーダーの言葉に、ユイはかつての出来事を思い出していた――。




 

 J-アームドの強奪事件――グレンリーダーと双子との因縁は、そこから始まった。
 アルサレアの試作型PFを解析し、対アルサレア要塞攻略の切り札となる機体を造る。ユイの提案によるその作戦は、途中までは確かに成功していた。
 だが、そんな彼女たちの前に立ちはだかったのがグレン小隊である。彼らによって作戦は阻止され、結果としてアルサレア要塞攻略戦――すなわちアルサレア戦役に投入するはずだった新型機の開発は頓挫してしまった。
 グレンリーダーと双子が最後にまみえたのは、灼熱の溶岩が煮えたぎる火山地帯の一角だった。
 そこでユイたちは、敗北と屈辱を味わうことになる。あの時のことは、いまだに彼女らの脳裏に焼きついて離れなかった。


「さぁ! いっくよおおぉーーーーーっっ!!」


 マイのシンザンが空を駆けながら、大鎌を振りかぶる。
 その後方には、ユイのシンザン。背面の巨大な手裏剣が、唸りをあげて宙を飛んだ。
 一対二の戦い――しかも、相手は連携を得意とした双子の悪魔だ。
 さらにグレンリーダーのJ-フェニックスは、今しがた敵PF部隊との戦いを終えたばかりだった。
 サブマシンガンの弾数は心もとなく、頼みの綱は右手に握られたレーザーソードのみ。機体の活動限界も近い。
 圧倒的不利の状況――だが、グレンリーダーの瞳にあきらめの色はなかった。


「決着をつける時が来たようだな」


 静かにつぶやくと同時に、彼は操縦桿を強く握った。
 ブーストペダルを強く踏み込むと、機体は瞬間的に高加速する。左方向から弧を描いて飛来する手裏剣を回避しながら、前方へと駆ける。
 目の前にマイのシンザンがせまってきた。残像を引きずりながら、手にした巨大鎌が振り下ろされてくる。
 ブーストを調整。左出力を全開。わずかに斜め前方へ機体を加速させ、グレンリーダーは必殺の一撃をかわした。


「……甘いわ」


 そこに近づくユイのシンザン。腕に装着されたヤミフブキから、小型の手裏剣が無数に飛ぶ。
 軌道修正したばかりのJ-フェニックスに回避の手はない。誰が見てもそれはあきらかだった。
 だが、グレンリーダーは意外なことに、機体をその中へ突っ込ませた。
 同時にサブマシンガンが咆哮する。ばら撒かれた弾丸が、手裏剣を弾いて撃ち落とす。


「……なに?」


 ユイはわずかに驚きの表情を見せた。
 致命傷となる可能性のあった手裏剣だけを仕留め、J-フェニックスはそのまま彼女の機体に突っ込んでくる。恐るべき判断力と射撃技術だった。
 振り下ろされてくるレーザーソードに対し、ユイは機体を反らしたが、わずかに間に合わない。
 赤い世界に青の閃光が巻き起こり、シンザンの左腕が宙に舞った。


「くっ!?」

「あっ、姉貴!?……こいつぅぅっ!!」


 マイのシンザンが再度、接近してくる。背を向けたJ-フェニックスは完全に無防備だ。
 風を切って大鎌が迫る――だが、その一撃は、やはり敵を捉えなかった。
 レーザーソードが瞬時に跳ね上がり、頭上で刃を止める。まるで、後ろが見えていたかのように。


「なっ!!うそだろ!?」


 それは、華麗なる殺陣のような動き――続けて、サブマシンガンが無造作に後ろに放たれた。


「うあああっっ!!」


 威力の低い弾丸といえど、この至近距離ではバカにならない。コクピット直撃の衝撃にコントロールを失ったマイの機体はきりもみしながら落下する。
 グレンリーダーはいったん距離を離すと、改めて向き直る。
 なんとか機体を立て直した双子――その前に、真紅の鳳凰が超然とたたずんでいた。


「あいつ……さらに強くなってやがる!!」


 数多の戦場を駆け抜けたグレンリーダーの戦闘技術は、飛躍的に上昇していた。
 それは一般的な兵士の向上率を遥かに超えている――まさにエースというより王者の風格だった。


「……前回のデータを修正する必要があるようね……」


 そう言いつつもユイは、そのデータがまるで役に立たなくなっていることを理解していた。
 これまでの戦いでグレン小隊――特にグレンリーダーは、常に彼女の分析以上の力を発揮してきた。
 今、必要なのは全力での戦闘だ。これまでのような相手に合わせた力のセーブなど、この男には意味がなかった。


「あれをやるわ。行くわよ。マイ」

「OK!! うおおおおぉぉーーーーーっっ!!」


 再三、高速で向かってきたマイは、死神に憑かれたかのように大鎌を振るった。
 およそ普通の人間では反応できないほどの高速斬撃――バトル・ヒューマノイドならではの攻撃だ。
 だが、その攻撃を、ただの人間であるはずのグレンリーダーは、すべて捌いた。
 時に機体を反らし、時にレーザーソードで受け止める。そこには微塵の迷いも狂いもなかった。


「この野郎ぉぉぉぉーーーーーーっっ!!」


 すべての力を込めた一撃をマイは放つ。
 だが、その一撃が炸裂する前に、鳳凰の光刃が大鎌の柄を断ち切った。


「くっ……!だが、甘いぜ!!」


 宙に舞う鎌を見てマイは歯噛みしたが、彼女は迷うことなく、すぐに機体を離した。
 わずかに遅れて無数の巨大手裏剣が、その場に飛んでくる。ユイが放ったものだった。


「――終わりね」


 ユイの冷たい哄笑。まるで、檻のように巨大手裏剣がJ−フェニックスを囲み、その距離を狭めてきた。マイの攻撃はあくまで、時間稼ぎに過ぎなかったのだ。
 サブマシンガンなどでは弾けない。今度こそ終わったはず――双子は、そう思った。

 だが、そこでもグレンリーダーは意外な行動を見せた。
 唯一、手裏剣の来ない方向――すなわち、真下に向かって機体を加速させたのだ。
 煮えたぎるマグマに触れるか触れないかというところで、機体は水平飛行――追ってきた手裏剣が溶岩に落ちていく。
 コクピットをなぶる高熱に、グレンリーダーの顔にも大量の汗が浮かぶ。
 それを気にした様子もなく、彼はHMを発動させた。光に包まれたJ-フェニックスはスピードを上げ、更に急上昇をかける。
 凄まじいGの中、グレンリーダーの目に見えていたのは、紫紺のシンザンの背中だった。
 落下してから一連の行動にかかった時間は、わずか数秒に過ぎない。


「……!? そんなはずは!?」


 ユイの瞳に、初めて動揺の色が浮かぶ。次の瞬間、凄まじい衝撃がシンザンを襲った。
 轟音が、火口にこだまする。


「くううううぅぅっっ!!」


 彼女は悲鳴をあげた。
 高速で特攻してきたJ−フェニックスのレーザーソードが、背中を激しく打ち据えたのだ。十文字大手裏剣が破壊され、背面に亀裂が入る。
 その瞬間、シンザンのブースターが停止した。モニターに警告が映る。


「ブーストシステム、緊急停止? これは……落ちる!?」


 溶岩の上空での戦闘である。飛べなくなったものが墜落するのは当然だった。
 ユイはとっさに瞬間転移システムを発動するものの、今の衝撃でそれすらもやられていたらしい。
 モニターに映る無情な警告を見つめながら、シンザンは溶岩の海に落下していった。


「あっ!! 姉貴ぃぃぃーーーっっ!!」


 マイのシンザンが追うが、間に合わない。
 眼前にせまってくるマグマ――迫りくる己が死を、ユイは変わらぬ冷たい瞳で眺めていた。


 突然、身体を上下に揺さぶられるような感覚が走る。


 なぜか機体が宙に止まった。溶岩から数メートルというところで、視界が変化しなくなる。
 なぜ――?マイの機体は距離があり過ぎた。間に合うはずがない。ならば、なぜ自分は落ちないのだろうか――?
 その答えはすぐに出た。メインカメラを回したユイは、そこに炎の色をした鳳凰の姿を見た。


「……グレンリーダー!?」


 いつのまにかシンザンを抱えたJ−フェニックスが、舞い上がるように飛翔していた。
 冷静なはずの少女は、どこか怒りをたたえた瞳で、目の前の敵を見つめる。


「どういうつもり!? グレンリーダー!!」

「……誰であれ、人の死はできれば見たくない。それにこんな終わり方は、俺も納得できないからな」

「……くっ!」


 ユイは歯噛みした。
 甘い考え――普段ならそう言って笑うところだ。
 だが、自分は不本意にも、その甘い考えによって生命を救われた。戦士として屈辱だった。
 近くの岩場に降り立つ二機の後を追って、マイのシンザンがやって来る。


「さぁ、まだ戦うつもりか? お前たちの武器は、ほとんどなくなっているが?」


 フレーム内蔵兵器を除けば、確かにユイ機は武装なし。
 マイ機にしても、十文字大手裏剣を残すのみだった。


「……情けをかけるつもりかよ!! ふざけるなあああぁぁぁーーーーっっ!!」


 マイが叫んで手裏剣に手をかけたその時、彼らの間に割り込むように、黒いPFが降り立った。
 それは[黒夜叉]と呼ばれる機体――ヴァリムのエースパイロットであるグリュウ・アインソードの駆る漆黒のカスタム機だ。


「お前は……!? グリュウ!!」

「この双子を手玉に取るとは、さすがだな。グレンリーダー……見事と言っておこう! だが、こんなところで、のんびりしていていいのか? お前の仲間たちが、今、どうなっているか……?」

「なに!? 貴様、アイリとキースをっ!!」


 突然、現れたグリュウの言葉に、グレンリーダーは初めて動揺した。
 どこか思わせぶりな口調で、グリュウは続ける。


「……早く行ったほうがいいのではないか? お互い、仲間のことは気がかりだろう……」

「くっ! わかった……今は退こう。お前との決着は……次につけるぞ!!」

「望むところだ。その時まで貴様の生命、預けておいてやる……!」


 グレンリーダーは背を向けると、天に向けて飛翔した。
 噴き上がる猛煙の中を、J−フェニックスが飛び去っていく。


「グリュウ!! なにしに来たんだよ!! お前の情けなんか受けねぇぞ!!」

「勘違いするな……ヴァリムのためだ。お前たちに死なれては、なにかと困るからな」

「あたいたちが、あいつに負けるってのか!?」

「そのザマで、奴に勝つつもりでいたのか? 気持ちはわかるが、戦況は確実に見極めなくてはな」

「なにぃっ!!」

「お止めなさい。マイ……それではまさか大尉。他の試作機も……?」


 冷静さを取り戻したユイの言葉に、グリュウは静かに頷いた。


「その通りだ。ダークアームド……といったか? 試作機は三機ともすべて、破壊された。多少のデータは残っているようだが……今回の作戦は成功したとは言い難いな」

「…………そうですか。グレン小隊の仕業、ですね?」

「アルサレアの技術を利用した新型機の開発――その案は良かったが、奴らを侮り過ぎたな」


 ユイはなにも言い返すことができなかった。
 データの収集は完璧だったはずだが、それでもこの結果になったのは、自分たちの傲慢さゆえか。
 伏せられた顔から、悔しげなつぶやきが漏れた。


「……グレン小隊……予想以上の、強さでした」

「……生きていれば、チャンスはある。この私も、いずれ奴との決着は着けねばなるまい……」

「ちくしょうっ!! あたいは、必ず……必ず、あのグレンリーダーを倒してやるっっ!!」


 マイが荒れ狂う炎のように絶叫した。
 だが、それ以上にユイの心の中にはグレンリーダーに対する凍てついた炎が、大きな渦を巻いていた――。




 

 かつて、自分に屈辱を味あわせた男が、今、ここにいる。しかも、あの時のような圧倒的な存在ではなく、簡単に生命さえも奪えてしまうような弱い存在として――。
 マイほどではないにしろ、ユイの中にも動揺はあった。
 なぜなのだろう。妹のような感情を持っていないはずの自分が抱く、この思いはなんなのだろうか?
 自問自答を繰り返す彼女の顔には、いつしか迷いが浮かんでいた。







 

 双子たちがグレンリーダーを発見してから、二日が経過していた。
 グレンリーダーの身柄は、今、ミラムーンとの国境付近にあるミレンシェン基地にあった。発見現場から比較的近い位置にあったし、傷の手当てをする上でも一度はまともな設備のある場所に運ぶ必要があったからだ。
 だが、基地司令官のツヴァルコフは、ヴァリム国内でもあまり評判は良くなかった。残忍であり、捕虜を捕虜として扱わずにいたぶり殺したという話は、星の数ほどあるらしい。
 それなりの地位にいるにも関わらず、こんな辺境基地の司令官に収まっているのはそのためだ。
 いわば、ここはヴァリムの左遷先ともいえる場所のひとつだったのである。
 そこに転がり込んできたアルサレアの将軍――手厚い歓迎など、受けようはずもない。
 いや、ある意味で、それは手厚い歓迎だったのかもしれないが。


「クハハハハハハアァァ!! いいザマだな、グレンリーダー!!」


 独房の中で、ツヴァルコフは哄笑をあげていた。
 彼の足下には、顔を床になすりつけて倒れているグレンリーダーの姿がある。傷の手当ては一応されていたが、その顔には新たな痣が浮かんでいた。
 ツヴァルコフは、捕虜をいたぶることに快楽を覚える男であった。おまけに相手は、ヴァリムでも憎まれているグレンリーダーである。私刑に気合が入るのは当然だった。


「これが、アルサレアのエースの姿か! ハハハハハ……まったく、無様よ!!」


 ツヴァルコフは軍靴の底で、彼の顔を踏みつける。
 グレンリーダーは抵抗もできずに、わずかに身じろぎするだけだった。


「ツヴァルコフ司令。参謀本部から、通信が入っているようですが」


 私刑を続けようとした彼のもとに現れたのは、紫の髪の少女だった。
 言わずと知れた双子の悪魔の片割れ、ユイ・キサラギである。
 冷徹な瞳を向けてくる少女に、ツヴァルコフは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「またか……本国の連中は、相変わらず口やかましいことよ」

「――現在、この基地はアルサレアの将軍を監視下に置いているという非常に重要な立場にあります。参謀本部が気を揉むのは当然かと……それに、司令の悪癖は軍内部でも有名ですので」


 双子たちは諜報部を通じて、グレンリーダーのことを本部に知らせていた。
 その結果、彼女らは明確な処置が講じられるまで、彼の監視役を命じられたのである。
 これはグレンリーダーの逃走を防ぐというよりは、ツヴァルコフの暴走を防ぐという意味合いのほうが強かった。


「貴様ぁ! 誰に口を聞いている!! それが、仮にも上官に対する態度か!!」

「事実を言ったまでです……それに私たちは本部の決定があるまで、グレンリーダーの生命の安全を確保しなければなりません」

「フン!!」


 ツヴァルコフは軍靴をこれ見よがしに鳴らすと、彼女の横を通り過ぎていった。
 突然基地にやってきて、あれこれと口を出してくる人間――快く思われないのは当然である。
 無論、そんなことを気にするユイではなく、遠ざかっていく足音を背中で聞きながら、グレンリーダーの側へ歩み寄った。


「……ユイか」


 傍らにやってきた少女に、グレンリーダーは弱々しくつぶやいた。
 彼女がここに来るのは、もう何度目かわからない。顔を見なくてもユイのほうだと、わかるようになっていた。


「……また派手にやられたものね」

「あれから、三十分置きくらいか……ずっとこんな調子だ。あの男も相当、暇なようだな」


 ゆっくり起き上がり、なんとか身体を壁にもたれさせると、彼はユイを見上げた。
 少女の顔に憂いの表情は浮かばなかったが、その瞳にはどこか揺らいだ光があるように見える。


「まだ減らず口を叩けるくらいなら、生命に別状はないようね……なにか、要望はあるかしら?」

「そうだな……とりあえず、水でも、もらいたいところか……」

「わかったわ」


 ユイは独房の蛇口からコップに水を汲むと、グレンリーダーのほうに持ってきた。
 それを受け取り、中身を一気に飲み干す。わずかながらに活力が戻ってくるのを実感すると、傷だらけの青年は静かな声でつぶやいた。


「お前も、損な役回りを押し付けられたものだな……本当なら、お前が俺を殺したいはずだろうに」

「……任務だから、仕方がないわ。それに……今のお前の命を取っても、意味がない……」

「意味がないか……なぜ、そう思うんだ? お前は、そんなこと考えない人間だと思ったがな」

「……ずいぶんな言い草ね。でも……そうね……自分でも、わからないわ」


 その言葉は、今のユイの真実を物語っている。そもそも、こんなことを敵である男に話していること自体、以前の彼女ではあり得ないことだ。
 自分でも理解できない――己の中に存在する不可解な感情を、ユイは持て余していたのである。


「……お前は、変わってきているのかもしれないな」

「私が、変わる?」

「そうだ。お前自身では意識していないかもしれないが……前に比べると、人間らしくなった」

「……人間らしい?……あり得ないわ」


 目の前の男が放った意外な言葉を、ユイは即座に否定する。
 バトル・ヒューマノイドとして育てられた自分に、人間らしい感情などありはしない。それは、自他共に認める事実だ。
 その自分に向かって、人間らしいなどと言ったのは、この男が初めてだった。


「……お前がどんな風に生きてきたのかは知らないが、結局は、同じ人間ってことだ……別に、悪いことじゃない」

「くだらないわ……そんなこと、あるはずがない……」


 そう答えつつも、ユイの心の中には、グレンリーダーの言葉が染み付いて離れない。
 二人は顔を突き合わせたまま、しばらく黙り込む。
 蛇口から垂れる水滴の音が、意外に大きく響き渡っていた。


「…………もう、行くわ」


 やがてユイは、ゆっくりと立ち上がった。
 ここにいる理由も特になかったし、これ以上いたところで良い気分にはなるわけではない。
 足早に独房を立ち去りかけた彼女だったが、その背にグレンリーダーの声が飛んでくる。


「……ユイ……」

「なに?」


 振り向くことなく答えたその声は、いつも通りに淡々としたものだったが――。


「……すまないな。ありがとう……」


 続けて放たれた男の温かい言葉に、ユイは思わず立ち止まってしまった。
 全身にわずかな震えが生じ、胸の辺りが熱くなるのがわかる。
 数分とも、数時間とも思える一瞬の間のあと、少女の口から出た言葉は、たった一言だった。


「…………任務、だから……」


 そこには、これまでの氷の冷たさはすでになくなっていた。


 

 ――なぜ、自分は、こんな気持ちになっているのだろう。

 ユイは、苦しみを覚えていた。

 ――あの男は、敵のはずなのに。

 かつて抱いた冷たい殺意。凍てついた炎。

 ――どうして、私は、あの男を殺す気にならない?

 あの雪原に、それは消えた。

 ――なぜ、こんなに、あの男が気になる?

 代わりに燃え上がったのは、紅蓮の炎。

 ――どうして、こんなに、温かいのだろう?

 心を満たす、不思議な感情。

 ――どうして、こんなに……胸が締めつけられるのだろうか?

 初めて抱く、切ない思い――。

 だが、それを理解できないままにユイは歩き続けた。


「姉貴」


 独房からさほど離れていない通路の角で、ユイは見慣れた顔と出会った。
 妹のマイである。腕組みをして壁にもたれかかる様は、どこか不機嫌そうだ。


「マイ? こんなところで、なにをしているの?」

「姉貴を待ってたのさ」


 声もまた刺々しい。マイの不機嫌そうな顔は見慣れていたが、今回のは少し感じが違うようだ。
 思わずユイは、訝しげな表情をした。


「……なにか、あったのかしら?」

「上からの命令で、グレンリーダーを首都に送れだとさ……」

「……そう。出発はいつ?」

「……明後日らしいぜ」


 ユイとしては、予想通りの出来事だ。
 マイ自身もそれはわかっていただろうから、彼女が不機嫌になる理由は特にないはずだが――。


「それで? そのことを伝えたくて、私を待っていたわけでもないようだけど……」


 その言葉に、マイは壁から背を離して向き直ると、姉の瞳を見つめた。


「姉貴……どういうつもりだよ?」

「……なんのことかしら」


 淡々としたユイの態度に、マイは声を荒げた。


「とぼけんなよ!! グレンリーダーのことさ!! なんでアイツのこと、そんなに気にかけてんだよっ!!」

「……意味が、わからないわ」


 感情的になる妹を見据えたユイだったが、その視線は、いつものように冷めたものではなかった。


「ここ最近、姉貴はおかしいよ!あいつのところに行ったの、これで何回目だよ!?」

「ツヴァルコフの暴走を警戒するためよ……任務だから仕方がないわ」


 答える声も、どこか自分を納得させようとしているかのようだ。
 生まれた頃からの長い付き合いであるマイには、その事実が直感的にわかっていたようだ。
 そんな彼女の口から続けられた言葉は、意外なものだった。


「ウソだ!! 姉貴……姉貴は、あいつのことが……好きになっちまったんじゃないのか!?」

「……好、き……? なにを言っているの? なぜ、私が……? あの男は、倒すべき敵よ……!?」


 あまりにも極論である。
 以前だったら、間違いなく鼻で笑い飛ばしているところだ。
 だが、今のユイにはそれを完全に否定しきれない、なにかがあった。


「……あの火山での戦い以来、確かに、姉貴はあいつを憎んでた! あたいよりも、ずっと! でも、あいつを見つけた一昨日から……姉貴は、おかしくなった!! 一体、どうしちまったんだよ! らしくねぇよ! こんなの!!」


 姉の肩を揺するマイの叫びは、どこか悲痛なものに変わっていた。
 だが、ユイはその変化にも気づかない。彼女の心は、嵐の海のようにざわめいていた。


 ――グレンリーダーは敵だった。グレンリーダーは敵ではなかった。
 ――火山地帯で戦った強敵。雪原で再会した生ける屍。
 ――圧倒的な力を持つ戦士。吹けば飛ぶような虫の命。
 ――自分に屈辱を与えた男だった。自分に喪失感を与えた男だっ……た。
 ――自分は、グレンリーダーを憎んで……いた? グレンリーダーを、あ……い……し……て?


「うっ……あああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっっ!!」


 ユイは頭を抱えた。
 なにもわからなかった。
 冷静さを失い、闇と光、相反するふたつの思いに捕らわれた混沌の心。
 それは出口のない迷路をさまよい続け、先の見えない奈落へと、深く深く、落ちていった――。


 唐突に声が途切れた。
 ユイの瞳から輝きが消え、ゆっくりと力なく、その場に崩れ落ちてゆく。


「!! あっ、姉貴いぃぃぃぃーーーっっ!!」


 突然、気を失った姉を抱え、マイはなす術もなく、絶叫した。



 

 暗闇の中で、ユイは声を聞いていた。


《――ユイ・キサラギ――お前は、戦うために生まれた》


 それは、生まれた時から聞こえていた声だった。
 ずっと、それを聞いてきた。
 その声が、彼女に命じていた。


《――敵を倒せ。すべての敵を》


 私は、すべての敵を倒す。


《お前には、なにも必要ない――感情など、必要ない》


 ――私には、なにも必要、ない。


《――愛も、憎しみも、必要ない――》


 ――愛も、憎しみも、必要ない。


《――氷のように、機械のように、敵を、倒せ》


 ――氷のように、機械のように……倒す……倒す……敵を……倒す。


 呪文のように響く声。
 それが混沌を消し去るかのように、ユイの心を覆っていった。


 

 再びユイが目を覚ますと、そこには見慣れない天井があった。
 消毒液の臭いが鼻を突く。どうやらミレンシェン基地の医務室のようだ。
 傍らには、少し疲れた様子のマイが座っている。


「……私は、どうして?」


 力のない、そのつぶやきに、マイは静かに答えた。


「姉貴、いきなり倒れたんだ。あたいにも理由はわからないけど……でも、丸一日眠りっぱなしだった……正直、どうなるかと思ったよ」

「そう……心配かけたわね。マイ」


 一日も眠りっぱなしというのは、これまでにない経験だった。
 倒れた時の記憶は、曖昧だが残っている。激しく反発し合うなにかが自分の中でぶつかり合い、そして弾けたようだった。
 その後に自分を満たしたのは、いつも聞いていた冷たい声だ。
 同時に彼女の中に根付いていた冷徹なる心が、再び蘇っていた。あの苦しみは、今はほとんど感じられない。


「……いいんだ。姉貴が無事なら、それで……」


 涙目になっている妹を、ユイはぼんやりと見つめていた。
 そこに、サイレンの音が聞こえてくる。


「……? マイ。この音は?」


 訝しげな姉の言葉に、マイは気がついたように答えた。


「ああ……なんでも、近くにアルサレアの部隊がせまっているらしいぜ。ツヴァルコフの野郎が、不気味に笑ってやがった」

「アルサレアの部隊? そう……目的は……」

「ああ……多分、グレンリーダーだろうね。助けにきたんじゃないの」

「敵の規模は?」


 ユイは起き上がると、冷静さを取り戻した声で訊いた。
 思わず手を差し伸べようとする妹を遮り、ベッドから降りる。その動きにはまったく無駄がない。
 いつもの戦闘マシーンとしての本性が、彼女を突き動かしていた。
 マイは一瞬だけ安堵したような顔をすると、姉の問いかけに返答する。


「なんでも、一個小隊らしいぜ……結構、無謀な奴らだよ」

「一個小隊で、この基地を攻める……グレンリーダーがいない今、それだけの実力を持つ部隊は、アルサレアにはいないわ。多分、それは陽動でしょうね」

「ツヴァルコフの野郎も、そんなこと言ってた。小心者のくせに、頭だけは回る奴だよなぁ」


 妹の辛辣な言葉に、ユイはわずかに口元を歪めた。


「フッ……そうね。あの男らしいわ」

「……で、あたいたちは、どうする? 出撃するのかい?」


 どこかためらいがちに、マイは訊いてきた。
 外傷がないとはいえ、今起きたばかりのユイを戦場に出したくないと思ったのだろう。
 だが、その姉から返ってきた答えは、意外なものだった。


「……その必要はないわ」

「!? なんで? だって、あたいたちの任務は……!!」

「そう、グレンリーダーの監視よ……でも、この基地のために出撃する必要はない。それにアルサレアの部隊から、グレンリーダーを守れとも聞いていないわ。私たちの任務は、あくまで[監視]よ」

「ちょ、ちょっと待てよ! 姉貴! いくらなんでも……!」


 あまりにも屁理屈だとマイは思った。普段のユイなら、そんなことは絶対言わないはずだ。
 動揺をあらわにする妹に、ユイは唐突に質問をぶつけた。


「マイ。ひとつ訊くわ……あなたは今のアルサレアに、敵がいると思うかしら?」

「えっ?」

「グレンリーダーを失った今のアルサレアに、敵がいるのかと訊いているのよ」

「えぇっ! そ、それは……まぁ、いない、かなぁ?」


 マイは少し思案して答えた。
 アイリやキースといったグレン小隊メンバーは手強い敵ではあったが、自分たち二人の宿敵になるほどの実力かと言われれば、疑問符が付かざるを得ない。
 傲慢な話であったが、実際に彼女たちの脅威となったのはグレンリーダーだけなのだ。


「……戦いとはある程度、実力が拮抗しないと、長続きしないものよ」

「!? 姉貴……まさか!?」


 その言葉を聞いた瞬間、マイは悟った。
 ユイはグレンリーダーをアルサレアに返すつもりなのだ。
 だから、ツヴァルコフの手助けをしないと――そう言ったのである。
 しかし、それはヴァリムへの裏切りもいいところだった。


「本気なのかよ!! そんなことしたら、あたいたちだって……!!」

「気にする必要はないわ。この基地の責任者は、あくまでツヴァルコフなのだから……すべて、あの男の責任にすれば問題はない」

「む、無茶苦茶言うよ!」

「マイは……嫌なのかしら? あの男を、敵にしたいとは思わないの?」

「そ、そりゃあ……あいつは、強い。あたいの手で……倒したいさ!」


 妹の返事に、ユイは冷たく笑った。
 それは、いつもの彼女の笑いだった。


「……なら、問題ないわ。グレンリーダーは、敵……あの男は、私たちの手で殺すのよ。そのためならツヴァルコフのような俗物がどうなろうと、構わないでしょ……フフ……」


 さすがのマイも、背筋が凍りついた。
 今のユイは、恐ろしいまでの冷たさ――絶対零度の心を、持っていると思った。


(そう……敵はすべて倒すだけ……氷のように、機械のように……私には、なにも必要ないわ……)





 

 サイレンの音が大きく鳴り響く通路を、ユイたちは歩いていた。
 行き先はただひとつ――グレンリーダーのいる独房である。
 基地の兵士は、ほとんど出払っているようだ。すれ違う人間にあまり出くわすこともなく、彼女たちは独房のある場所に辿り着く。
 慌しさのためか、見張りも今はいなかった。


「……お前たちか」


 壁にもたれながら、グレンリーダーはやって来た二人を見た。
 周囲の騒ぎを聞いていれば、敵が攻めてきたのだということはわかる。
 自分を連れ出しに来たのだろう――彼は、そう思った。
 鍵を開けたユイは、淡々とした声で言う。


「出なさい。グレンリーダー」

「……だいぶ、騒がしいようだな。敵襲か?」

「アルサレアの部隊が来ている。多分、お前を助けに来たのでしょう……うまく合流するのね」

「なに!?」


 あまりに唐突な言葉に、グレンリーダーは面食らった。
 よく見ると、二人は銃すらも構えていない。まるで、逃げろと言わんばかりだ。


「俺を……助けるというのか!?」

「勘違いしないことね。お前は、敵……敵は、私たちが倒す。そう……お前は、敵でなくてはならないのよ」

「……敵、だと?」


 二人の真意が今ひとつ掴めないグレンリーダー。
 ユイはまったく表情も変えずに続けた。


「……今のままでは、お前はただの捕虜に過ぎない。お前がアルサレアに戻れば……再び、私たちの敵になるということよ」

「!? バカな! たったそれだけのために、俺を逃がすというのか!?」


 あまりにもバカげた話だ。
 戦うために自分を逃がすなど――どこか狂った考えだと思った。
 だが、彼女らは本気であり正気だった。
 戦慄に凍りついた青年に向けて、マイが不敵な笑みを浮かべる。


「そういうこと……せいぜい感謝しな。グレンリーダー……お前は、あたいが倒すんだからさ」

「また、会いましょう。グレンリーダー……次は、戦場でね」


 わずかな哄笑を残し、双子はゆっくりと立ち去っていく。
 独房から飛び出したグレンリーダーは、ユイの背中に向かって思わず叫んでいた。


「待てっ!! ユイ! お前は……!!」


 その声に、立ち止まるユイ。
 だが、振り向いた紫髪の少女の瞳には、いつもの冷徹な輝きしか浮かんでいなかった。


「馴れ馴れしく呼ばないで……! 言ったはずよ。お前は敵だと……!」


 遠ざかるふたつの足音。グレンリーダーはその後ろ姿を、呆然と見つめていた。


(ユイ。お前の心は……再び、凍りついてしまったというのか……!?)


 心に突き刺さる現実。わずかな哀れみの表情が、彼の顔に浮かんだ。
 虚ろにたたずむグレンリーダーの耳に、大きな震動音が聞こえてくる。特徴のある駆動音――PFの歩く音だ。
 やがて激しい衝撃と共に、壁が崩れ落ちる。その向こうから姿を現したのは、黄色と白に彩られたJ-ファーカスタムであった。


『隊長っ!! 隊長っっ!? 無事なの!?』

「アイリ!!」


 放たれた部下の涙声――グレンリーダーは機体に向かって微笑んでみせたが、その表情はどこか、ぎこちないものだった。






 

 独房を去ったユイたちの姿は、ミレンシェン基地の司令室にあった。
 床を赤く染めて、数人の人間たちが転がっている。ツヴァルコフ直属の部下たち――そのほとんどが、身動きひとつすることもなく息絶えていた。
 独房に着いている監視カメラを調べられれば、グレンリーダーを逃がしたことがばれてしまう。すべての証拠隠滅のために、彼女たちはここの人間を射殺したのだった。
 硝煙を立ち上らせるハンドガンを下げ、マイは姉のほうを見る。


「ツヴァルコフの野郎、いないみたいだぜ」

「……意外ね。あの男が前線に立つとは……よほど、機体に自信があるということかしら?」


 ユイもまた、細腕に似合わぬ銃を手にしている。
 彼女の足下には、頭部を撃ち抜かれた男が、脳漿と鮮血をぶちまけていた。あまりにも凄惨な光景だったが、双子は気にした様子もなく、会話を続ける。


「機体? ああ、あのゴツイ試作機のこと? 確か[ヘリオス]とか言ったっけ」

「試作型兵器の実験機ということらしいわ。ただ、ポテンシャルはかなり高いみたいね」


 ユイは、コンソールパネルを操作しながら、妹の問いに答えた。
 様々なデータに目を通し、それを頭に叩き込んでいく。コンピューター並の処理速度――それもまた、彼女の特性のひとつだった。
 だが、しばらくしたところでその手が、ふと止まる。


「これは……? そういうことね……フフ……いかにも小心者の考えそうなことだわ」

「どうかしたのかい? 姉貴」

「ええ……自爆装置が作動しているわ。この基地は、あと五分ほどで爆発するみたいね」

「ゲッ! マジ? じゃあ、ツヴァルコフの野郎は、出撃したんじゃなくて……」

「そう。逃げるつもりなのよ。部下もなにもかも見捨ててね。ここの人間たちも、捨て駒にされただけ……哀れなものね」

「どうする? 姉貴? ツヴァルコフの野郎も片付けなくちゃ、まずいんじゃ……」


 さすがのマイも、少し慌てたようだ。
 彼女の懸念はもっともだった。基地を見捨てた以上、ツヴァルコフへの責任追求は免れなかったが、自分たちがグレンリーダーを逃がしたことを、奴が知らないとも限らない。
 だが、ユイは焦った様子もなく、いつもの微笑みを浮かべた。


「問題ないわ。手は打ってあるから……それにあの男は、グレンリーダーにやられるわね」

「……どういう意味さ。姉貴?」


 妹の言葉に、ユイはメインスクリーンを指差す。
 そこには、今まさに地上に降り立とうとしている真紅の鳳凰の姿があった――。





 

 遥か上空から投下された紅のJ-フェニックスは、オートパイロットで基地内へと降り立った。


「PFを投下しただと!?味な真似を!!」


 マイ曰く、ゴツイ機体――試作型PF[ヘリオス]に乗ったツヴァルコフは、いまいましげに顔を歪めた。
 救出に来た連中の機体は沈黙させたが、その隙にグレンリーダーを逃がしてしまったのは予想外だった。今、グレンリーダーは着地したJ-フェニックスの中にいる。


「ツヴァルコフ!!貴様は……許さん!!」


 スピーカーを通して、炎のような声が飛んできた。
 それは独房で、なす術なく倒れていた若者のものとは思えないほどの覇気に満ちている。


「フン!! 死に損ないが、いきがるなよ!! あのグリュウすらも足下に及ばなかった、このヘリオスの力を見せてやる!!」


 ツヴァルコフの言葉は虚勢であったが、機体に自信があるのは事実だった。
 真・双斬破と呼ばれる試作兵器の力は、既存の武器の威力を遥かに上回るものだ。
 一撃でも食らわせれば、勝負はつくはずだった。


「死ねぇ! グレンリィダァッ!! 我が栄光の礎となるがいいーーーーっっ!!」


 猛然と突っ込んでくるヘリオスを見据えたJ-フェニックスの目が、緑色に輝く。
 操縦桿を握るグレンリーダーは、久しぶりの手応えに心が沸き立つのを感じた。


「いくぞっっ!!」


 ブースト起動――鳳凰が大地を駆けた。
 ヘリオスの振るう真・双斬破が、J-フェニックスを狙う。
 だが、そのスピードは意外なほど遅い。J-フェニックスは、ダッシュ状態から機体を前傾――沈み込んで回避、後ろへ通過する。
 すかさず機体を反転させるグレンリーダー。同時にトリガー。サブマシンガンが咆哮する。
 放たれた無数の弾丸が、ヘリオスの背中をえぐった。


「ぐおおっ!おのれえぇぇぇっ!!」


 ツヴァルコフは、レーザーネットを展開する。
 胸部から放たれた無数の蒼い針のような光が、J-フェニックスを追ってきた。


「これは!? こっちを追尾するのか!……くっ!!」


 機体を小刻みに襲った衝撃に、グレンリーダーはうめいた。削られるような音と共に、モニターの損傷率ゲージが上昇していく。
 さらに、身体のあちこちが悲鳴をあげた。当然のことながら、グレンリーダーの身体は本調子ではない。長期戦は不利になるだけだ。
 だが、彼の瞳に宿る闘志はより激しく燃え上がっていた。


(機体損傷率は11%か……ダメージとしては、たいしたことない。まだ実用段階にない指向性誘導ビームの試作兵器……といったところか)


 グレンリーダーは、機体を更に加速させた。
 ジグザグの軌道を取りながら、レーザーネットの追尾を振り切る。
 それを見て、ツヴァルコフは口元を歪めた。


「クハアアアァァァッ!! 甘いわあああぁぁぁぁぁーーっ!!」


 彼は狂気の叫びを発する。
 ヘリオスの頭部が紫色に発光――エネルギーが収束していく。
 続けて、その額から一筋の光条が放たれた。頭部兵器のデス・レーザーだ。
 それは逃げるJ-フェニックスの前方の空間を、薙ぎながら迫ってくる。
 普通の兵士なら、回避はできなかっただろう。
 だが、グレンリーダーの行動は驚くほど素早かった。機体跳躍。ブースト全開――J-フェニックスが雄叫びをあげる。真紅の鳳凰が天に舞った。


「おのれええええぇぇぇっっ!!」


 ツヴァルコフは、再度レーザーネットを使おうとした。
 グレンリーダーの視線は一点に集中する。ヘリオスの胸部――発射口の部分に向けて、彼はサブマシンガンを撃った。
 レーザーネットが放たれようとした瞬間、弾丸が胸部に炸裂する。
 閃光と衝撃が、コクピットのツヴァルコフを襲った。


「ぐわあああああぁぁっっ!!」


 一瞬の隙を突いて、J-フェニックスが特攻してくる。
 とっさに彼は真・双斬破を振るったが、その片方が振り切るよりも早く、レーザーソードによって打ち砕かれた。


「ぐうっ! グレンリーダーめ……うおおぉっ!? こ、これは!? 機体がいうことをきかんっっ!!」


 BURMシステム異常発生――モニターに映った警告が、ヘリオスの能力の低下を知らせる。


「バカな!! 我がヘリオスが、こんなことでっっ!!」


 ヘリオスは、その機動性を大幅に低下させていた。
 慌てふためくツヴァルコフの目に、J-フェニックスの緑眼が映る――それは、死神のような冷たく射抜く光を放っていたように見えた。


「終わりだ!ツヴァルコフ!!」


 灼熱の咆哮。
 放たれたレーザーソードの一撃が、ヘリオスを横一文字に叩き斬った。


「ば……バカな……これが、アルサレアの守護神の力だと、いうのかああぁぁっっ!!」


 地上に転がったヘリオスの上半身の中で、ツヴァルコフは震えていた。
 機体の性能差などものともしないグレンリーダーの気迫と実力――そのすべてに、彼は畏怖していたのである。


『そういうことね。ツヴァルコフ……お前は、グレンリーダーを侮り過ぎたのよ……』


 突如、通信機から聞こえてきた声に、ツヴァルコフは目を見開いた。


「!? ユイ・キサラギかっ!! この裏切り者め! 貴様が、貴様らが、グレンリーダーをっ!!」

『やはり、知っていたようね。でも、これで終わり……お前の死に様としては、お似合いだわ』

「なにをっっ!! 私は死なん!! ここから脱出して、貴様らを……!!」


 脱出システムを起動させようとしたツヴァルコフだが、その顔が驚愕に凍りついた。
 エスケープシステム・フリーズ――ジェネレーター・オーバーロード――。
 モニターに、続けざまに警告が並んだ。


「ば、バカな!これはっっ!?」

『少し、機体に細工をさせてもらったわ……お前に生きていてもらっては困るから……』


 氷の声を放ちながら、ユイは口元を歪める。
 淡々としているようで、その様子はどこか愉快そうにも見えた。
 ジェネレーターの暴走で、機体の温度が急激に上昇していく。ツヴァルコフの絶叫が響き渡った。


「うおおおおおおおおぉぉっ!! おのれ! ユイ・キサラギぃぃぃぃっっ!!」

『……死になさい』


 冷酷な宣告と共に、ヘリオスは炎に包まれ――轟音をあげて、砕け散った。
 それはあまりにも情けない基地司令官の最期だった。





 

『グレンリーダー!! 熱源反応が増大しています!! その基地はもうすぐ爆発しますっ!!』


 通信機から聞こえてきたフェンナの叫びに、グレンリーダーは舌打ちした。


「急ぐぞっ! 脱出する!! アイリ! キース! 動けるか!?」

「ダメッッ! 機体が動かないよ!! 隊長っ!!」

「ガッデム!! こっちも無理だぜ!!」

「急げ! こっちに乗るんだっっ!!」


 悲痛な部下の叫びに、グレンリーダーはJ-フェニックスを加速させる。
 動けなくなった部下たちの機体を回りながら、彼は二人を自機の手の上に乗せていった。


「しっかり、掴まっていろっっ!!」


 ブースト全開で、鳳凰が天空に駆け上がる。
 アイリたちは強烈な風を感じながら、機体の指にしがみついた。
 遅れて激しい閃光が巻き起こる。同時に、耳をつんざく大音響が背後から聞こえてきた。







 

「……フン。どうやら、うまく脱出できたみたいじゃん」


 炎を上げるミレンシェン基地。
 そこからやや離れたシンザンのコクピットの中で、マイは笑っていた。
 彼女は、どこか嬉しそうだ。


「……まだ死んでもらっては困るわ。そうでなくては、私たちがリスクを犯してまで、助けた意味がないもの」


 ユイもまた、コクピットの中で微笑んでいる。氷の微笑だ。


「これで、また、アイツと戦えるってことだよね?」

「そうね……これで、グレンリーダーは敵……敵は、倒すだけよ……」

「どうすんの? ここで、やるのかい?」


 目を輝かせる妹の言葉に、しかし、ユイは首を振った。


「……今は止めておきましょう。チャンスはまた、いずれ来るから……」

「……ちぇっ。ま、しょうがないかな」

「……行くわよ。マイ」


 加速する二機のシンザン。
 赤い輝きを背負いながら、二人は東に向かって飛翔する。


(グレンリーダー……)


 ユイは、カメラを後ろに回した。
 真紅のJ-フェニックスの姿が、彼方にぼんやりと浮かんでいる。
 刹那、エメラルドの瞳にわずかな波が起きた。
 それはほんの一瞬のことだったが、そこに浮かんでいたものは、愛しさ、切なさ、苦痛、憎しみ――すべての入り混じった複雑な感情だった。


(……グレンリーダー……私は……お前を……)


《敵を倒せ。すべての敵を――お前はそのために存在する――なにも、必要ない――》


 だが、その心を封印するかのように、冷たい声が少女の中に流れ続けていた。




 

 基地から脱出したJ-フェニックスは、安全圏に到達したところで地上へと降り立った。
 地面に着地したキースが大きく息をつく。


「ふぃ〜〜っ……危機一髪ってか」

「まったく、危なかったわねぇ……あっ!! 隊長っ!! あれはっ!?」


 同じように大地を踏んだアイリは、なにかに気づいたように叫ぶ。その顔には、わずかに動揺の色が浮かんでいた。
 示されてグレンリーダーは基地のほうを見つめる。
 炎が天空を朱に染める中、彼は遠ざかっていく二機のシンザンの姿を見た。


「……ユイ……」


 彼は呆然とつぶやいた。
 それは、誰の耳にも届かないほどの小さな声だった。
 脳裏に、ここ数日のユイの言葉が蘇る。


「――また、気が変わるかもしれないから」
「――人間らしい?……ありえないわ」
「――任務、だから……」
「――お前は、敵でなくてはならないのよ……」
「――言ったはずよ。お前は敵だと……!」


(……ユイ。お前が、どうなったのかはわからない……だが、お前の心は苦しんでいる。今は無理かもしれないが、いつかその苦痛からお前を解き放とう……)


 心を封じられた少女の顔を思い浮かべながら、グレンリーダーは新たな決意の光を、その瞳に宿していた――。









 

―― 了 ――



 



 ○ あとがき

 こん○○わ。双首蒼竜です。
 さて、この作品はかつて某サイトに投稿した作品に、若干の加筆修正を加えたものです。
 現在ではそのサイトが消滅したため、皆様の目に触れることがなくなったので、この辺境の地へと移すことにしました。
 管理人のタングラム氏には、お礼を申し上げます。


 一応、Jフェニックスのサイドストーリーとして位置付けられた作品だけに、オリジナルキャラなどは一切入ってません。そのため、二次創作として、誰にでも楽しめる作品となっています。
 オリジナルキャラの多い今の作品に辟易している方は、気が向いたら読んでみてください。
 また、前のデータを保存している方は、それと照らし合わせて読んでみても面白いでしょう。


 なお、以後も同じように消滅した作品を復刻する予定です。
 これらの作品の中には、現在連載中の[鋼鉄の黙示録]にも通ずる設定があるので、参照してみてください。


双首蒼竜


 


 管理人より

 双首蒼竜さんよりご投稿頂きました!

 いや〜、懐かしいですねぇ。当時のことを思い出します。

 そしてこの後E・Eへと続き、鋼鉄へ……。
 


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