機甲兵団J−PHOENIX ―残酷な願い―




 

 遠のいていく2つのバーナー炎。

 薄れていく意識と霞んでいく視界の中、それでも必死にその後を追おうと、グロリアは己が機体――アラストル――を動かそうとする。
 しかしパイロット同様、既に満身創痍の機体は悲鳴を上げるだけで、動こうとはしない。それどころか、損傷した各部から火花を散らし、過負荷に耐えかねた関節が各所で砕け、爆発し、より傷を深めていく。
 辛うじて持ち上げられた左腕が、追い縋る様にバーナー炎を掴もうとして……力なく垂れ下がる。
 それが満身創痍のアラストルの最期だった。

 それでも、前へ。1メートルでも1センチでも。
 完全に沈黙した機体――、それが2度と動かないと分かっていてもなお、グロリアは遠のいていく微かな光に追い縋ろうとした。

 約束、したのだ。彼女は。

 『双子の悪魔』――キサラギ姉妹――を足止めする、と。


(情けない……足止めすら満足にできないなんて)


 コックピット内で必死に足掻きながら、彼女は自らに絶望した。
 かつてはエースパイロットと呼ばれていた。だが、実際はどうだ。自ら引き受けた足止め役すら、今の自分には満足にこなせない。

 第3者から見れば、彼女は善戦した方だろう。
 何しろ相手はヴァリムでも第1級のエースパイロット『双子の悪魔』、それも2対1となれば、並のパイロットなら瞬殺されていていもおかしくない筈なのだから。

 機体が全く反応しなくなり、そしてバーナー炎が完全に見えなくなって、ようやく彼女は操縦桿から手を離した。
 その手は自らの血でべっとりと濡れている。
 よく見れば、コックピット内にも赤いものが漂っていた。


(これで……終わり……ね)


 機体も動かず、自らも満身創痍の重傷を負って、彼女は思う。
 このまま目を閉じれば……多分、全てが終わる。
 すぐ傍まで迫っている死の気配を感じながら、彼女はそれに逆らわず、静かに目を閉じて……絶望の暗闇にその身を預けた――。







 

 目の前が赤い。
 視界を赤く染めるのは、炎と……血。
 耳に飛び込んでくるのは、爆発音と人の声。
 それは助けを求めるもの、命乞いをするもの、そして断末魔。

 その光景に、彼女は見覚えがあった。
 それは忘れようとしても忘れられない、復讐――罪――の記憶。
 許されざる、己の……罪。

 

「……っ!」

 目を覚ました彼女は、激痛に顔を顰め……自分が夢を見ていたという事に気付く。
 そして……。

「生き、て、る?」

 自分が生きているという事実に愕然とする。
 一瞬、悪夢の続きかとも思ったが、痛みを訴える身体が、これは現実だと主張し、その考えを否定する。

 

「目が覚めましたか?」

 

 彼女が事実に戸惑っていると、部屋のドアが開き、1人の青年が入ってきた。
 頭や腕に巻かれた包帯や顔に貼られている絆創膏が、痛々しい。


 その青年を、彼女は知っていた。声だけではあったが。

 

「レガルドリーダー……?」

 彼女の言葉に、青年は軽く会釈を返し、自らの名を名乗った。

 

「……ちょっ!グロリアさん、無茶しちゃダメですよ!」

 無理やり身体を起こそうとする彼女を、青年――ブレッド――は慌てて制止する。
 だが、彼女はその制止と身体の激痛を無視して、上体を起こすと、一番気がかりな事をブレッドに尋ねた。

 

「彼は……アークレルは?」

 

 その質問にブレッドの顔が歪むのを見て、彼女は事態が最悪の結末を迎えた事を直感した。

「レガルドさんは……俺、が……倒しました……」

 長い、長い沈黙の後、ブレッドはそう呟き、彼女が双子を足止めしている間に起きた事を、ぽつりぽつりと語りだした。


 フォルセアは何とか倒せたものの、最期にブラフォードの制御装置を破壊されてしまった事。
 制御装置を破壊された事により、ブラフォードが完全に暴走してしまった事。
 そして――暴走したブラフォードを倒した事。
 その後、オペレータールームで辛うじて感知できたアラストルの識別コードを頼りに、グロリアを救出した事。

 

「あと少し遅かったら……危険だったそうです」

 ブレッドの言葉に、彼女は興味なさ気に「そう」と呟いたきり、黙り込んでしまった。

 何故、助けたのだ。最早、生きる理由も意味もないというのに……。

 

「どうして……」
「……え?」

 思わず口をついて出た呟きに、ブレッドが反応する。
 一度、堰を切った言葉は……止まらなかった。

 

「どうして私を助けたの?もう、私には生きる理由も意味もないのに!」

 

 祖国を裏切り、その手を同胞の血で染め……その上、最愛の人を……それこそ自分にとって世界の総てであった人を喪って……。
 何より、自分はあの時望んだのだ。総ての終わりを。
 それなのに……何故……。

 彼女の言葉を、ブレッドは黙って聞いていた。
 彼女が終わりを望んでいた事は知っていた。だが、それでも彼は助けたかったのだ。
 しかし、それをどう説明すればいいのか、彼には分からなかった。

 

「俺が……」

 暫くして、漸くブレッドは口を開いた。

「俺が、レガルドさんだったらって。そう思ったんです」

 俺はレガルドさんに会った事もないし、グロリアさんみたいに全てを賭けて守りたい、たった1人の人というのもいないから……何とも言えないんですけど。
 そう言って、ブレッドは続ける。

「でも、俺がレガルドさんだったら、やっぱりグロリアさんには生きて欲しいし……できれば……その……幸せになって欲しいと思うんです」

 困った様に頬を掻いて、ブレッドはそう言った。

 

「グロリアさんがレガルドさんの立場だったら、どう思いますか?」

 一拍置いてブレッドは彼女にそう訊いた。

 レガルドさんの事を一番理解しているのは、きっとグロリアさんだから。
 だから……グロリアさんがレガルドさんの立場になって考えて……それで出た答えが、きっとレガルドさんの思いだと思うんです。
 だから、考えてみて下さい。グロリアさんがレガルドさんの立場だったら、レガルドさんに何を望むのか。

 

「私が……アークレルの立場だったら……」

 

 彼女の呟きに、ブレッドが頷く。
 と、不意に施設内に放送が響く。それはブレッドを呼び出す旨のものだった。

 

「……っと、すいません。俺、行きますね」

 そう言って、ブレッドは軽く会釈すると部屋を出て行こうとして……不意に振り返った。

「さっきの……グロリアさんに生きていて欲しいっていう話ですけど……そう思ってるのは、俺だけじゃないんです」

 主任も、サタナガ教官も、バックスもクリオもカグヤも……皆が皆、グロリアさんには生きていて欲しいって思ってます。
 その事を、忘れないで下さい。

 そう言うと、今度こそブレッドはドアの向こうへと消えていったのだった。







 

 ブレッドの背中がドアの向こうへ消えたのを見届けて、彼女は再びベッドに横になる。

 

(『グロリアさんがレガルドさんの立場だったら、どう思いますか?』か――)

 目を閉じて、先程ブレッドが言った言葉を思い出す。

 考えてもみなかった。
 自分が彼の立場であったなら、彼に何を望むかなど。
 それだけ、余裕がなかったという事か。
 知らず、自嘲の笑みが浮かぶ。


(『レガルドさんの事を一番理解しているのは、きっとグロリアさんだから』)

(『だから……グロリアさんがレガルドさんの立場になって考えて……それで出た答えが、きっとレガルドさんの思いだと思うんです』)


 再び蘇る、ブレッドの言葉。

 自惚れてもいいというのなら、そういう事になるのだろう。

 彼の立場になったとして、自分が彼に望み、願う事。
 そんな事は考えるまでもない。


 だが、それは何と残酷な願いか。


(私が彼だったら、か――)


 しかし、それでも自分は願い、望むのだろう。
 それがどれほど残酷な願いであろうとも。

 そして、恐らくは彼も、自分にそう望んでいた――。

 

(なんて――)

「なんて……自分勝手な願い……」

 思いは、微かな呟きとなって口から漏れる。

 

(『俺がレガルドさんだったら、やっぱりグロリアさんには生きて欲しいし……できれば……その……幸せになって欲しいと思うんです』)

 

 全くもってその通りだと思う。
 彼女が彼の立場であったならば、間違いなくそう望んでいただろう。
 ――そして、恐らくは彼も。

 

『生きて、そして幸せになって欲しい』

 

 それが、答え。

 我ながら、残酷なものだと思う。
 許されざる罪を背負い、世界の総て――そう言ってもいい程大切な存在――を喪って、それでも『生きろ。そして幸せになれ』と言う。

 いっそ、死んでしまった方が楽なのだ。残された者は。

 だが、それを承知の上で、それでも願わずにはいられない。
 たとえそれがどれほど自分勝手で、残された者にとって残酷であっても。

 

『もう、私には生きる理由も意味もないのに』

 

 そう思っていた。
 レガルドリーダーと話をして、先程の質問をされるまでは。
 しかし……。

 許されざる罪を背負い、大切な者を喪い、色褪せたこの世界で、それでも生きろと、幸せになれと。

 彼なら、そして自分なら、そう願うであろうという事を知ってしまったから。

 

「生きていくしか……ないじゃ、ない」

 そう呟いた彼女の双眸は、涙に濡れていた。

 

(……ごめんなさい)

 そして、彼女は心の中で彼に詫びた。

 恐らくだが、彼は『生きて、そして幸せになって欲しい』と、そう願っていた筈だ。

 しかし……今の彼女に『幸せになって欲しい』というのは、無理な相談だった。
 彼女の幸せは、彼と共にあったのだから。

 

(でも……私は生きていくから)

 

 煉獄の苦しみと、消えない傷、そして消せない罪を抱えて、彼のいない色褪せた世界で、悲しみと怒りと、想い出を胸に、罪と後悔をその手に握り締めて……。







 

 大丈夫なんて、とても言えないけれど。
 それでも、私は生きていくから。
 それが、私があなたにしてあげられる最後の……そして唯一の事だから。





 

―残酷な願い―(完)

 



 あとがき

 フライング3周年おめでとうございます……な話……じゃねぇ!
 どうも、めでたい筈の3周年にこんな重い話を投稿した大馬鹿者、我龍です。
 あああ、物を投げないで下さい〜!<ついでに毒とツッコミも(殴打)

 えーと……なんていうか……もう、全面的に「ごめんなさい」(土下座)

 いや、あの……うん、途中で投げかけた。ついでに勢いを失って失速したのも痛かった。
 今回のお題「オリキャラを使わずに、グロリアを助けろ」は、一応クリアしたつもり……うん、つもりです。
 肉体面はともかく、精神面では全然救われてないです。ええ。
 まあ、あれだけ大切に想っていた男性が亡くなったばかりなので、そのあたりはやむなしかな、と<言い訳
 ……この後、彼女が精神的に救済……というか、ちゃんとレガルドの最期の願いを叶えるネタがある事にはあるんですが……それは分かる人だけ分かって下さい。
 ……ええ、自分、異端なんで。


 何はともあれ、タングラムさん、3周年おめでとうございます!
 ええ、全然めでたい話じゃなくて恐縮ですが(滝汗)

 そしてここまでお付き合いいただいた皆さん、お疲れ様でした&ありがとうございました!


 


 管理人より

 我龍さんよりご投稿頂きました!

 うん、しっかりお題は守れてますから、OKだと思いますよ。僕としてはGood Job!!

 こういう状況は稀とはいえ戦争以外でも起こりますからね。あとはグロリア次第……。

 それなりに救いようはあると思うので、あとは本人次第でしょう。
 


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