Chapter4 逃亡:〜脱走兵
心臓部となるジェネレーター。
血管となるエネルギーライン。
筋肉となる駆動系。
――この機械は、人が創り出した『生物』の最も単純な形態を有している。
だが、それは唯の生物とは違い、偶然に出来た訳でも、ましてや神が創った訳でもない。
人によって、ただその『戦う』という特殊な目的のためにデザインされた純粋な存在である。
中でもPFは、正に『人間の複製』として、特にその『戦士としての生態』を抽象した存在としても過言ではない。
その発展の一つの究極点となったもの。
それが雪風改―――ホワイトセラフ・ルシファー。
人類の創り出した擬制の使徒。その頂点に立つもの。
そのルシファーが新たな頭脳と魂を得た事により、それは真の意味で『機械から生物への昇華』を可能とした。
それは正に進化と呼べるものであった。
純然たる生命によって統べられた機神
それは従来の常識を超えた存在、生物という概念を超越した存在。
―――神をも恐れぬ、人の英知の結晶体―――
―――再び生まれ出でよ、神殺しの剣よ―――
――――その名はルシファー―――
―――黒き熾天使長、そして神の反逆者―――
―――羽ばたきの刻は近い―――
「・・・・・・・・・これでどう?」
「おっ、良い感じだな。・・・こんな便利なものだったとは、正にギルゲフ様々だな」
禁忌の夜から一夜明けて、シオリの脳はブレインデバイスシステムとの完全な融合を果たしていた。
コクピット内部のメインモニターにシオリの顔が映る。脳内に残った記憶から読み出され、復元されたものだ。今までは声と文字だけでしか表現出来なかった彼女の存在にようやく『顔』が付いたのだ。
久し振りに見た恋人の顔に、レビの顔から自然と笑みが零れる。
「今までは声と文字だけで味気なかったが・・・ここまで来たら通信しているのとあまり変わらんな」
シオリの脳は既にブレインデバイスシステムを通じてルシファーの正真正銘のコアとなっていた。レビにとってはPFのシステムが他人の脳に掌握されているという事自体が初めての経験であったため、その効果には驚かされるばかりであった。
そしてまた、こんな事が本当に出来るのか、前みたいに夢でも見ているのではないか、そう思って頬を幾度と抓ってみるが、その度に改めて生命の神秘と、人類の英知の深遠に畏敬の念を抱くばかりでもあった。
「そうねぇ・・・。想像した事が実物みたいに鮮明にイメージされるから便利なのは良いんだけど、自分の体じゃないから動けないじゃない・・・私」
モニター上で少し卑屈にそうな顔をする。本来なら少々内気な性格の彼女にとって何でもないような仕草だが、殊に暴走の事を考えると楽観してはいられなかった。
(ここでジョークのひとつでも出した方が良いのかな?)
「・・・つまり、心配しているのは浮気・・・とでも言いたいと?」
「・・・もう、浮気じゃなくて不倫でしょ。バレたら銃殺刑なんだから・・・」
真面目な顔で返される。
(外したか・・・)
彼は外したジョークに苦笑いするしかなかった。
「あっ、そろそろ定期健診の時間じゃないの?」
彼女は頭が良く、時間に正確である。だから自分だけではなく他人のスケジュールまで覚える事が出来る。彼女にとって秘書など雑用係以外の何でもないのだ。しかし、今回のそれは彼女からの助け舟のようであった。
「そんな時間か・・・行ってくる」
「寄り道しないでね!!」
彼女が画面上から手を振る。おそらく彼女は冗談でやっているのだろう。
(ははは、遊ばれてしまったかな・・・)
だが、それは今までになかったこそばゆい感覚であった。
しかし、そこには彼女の前で無意識にではあるが無理して笑おうとする自分がいた事に気付いてはいなかった。
定期健診――――毎日あるそれはもはや定時診断と言うべきものであったが、それは名ばかりの通過儀礼で、レビの全快したとの主張を否決するためだけのものでしかなかった。
彼は医者の安静という言葉を聞き流すと、すぐに外に出た。
人間の肉体は一日そこらで簡単に状況が変化するものではない。尤も、医者に行かない訳にはいかなかったが、そんな事に時間を使っている自分が情けなかった。
彼は漠然とした不安を抱えながらも、その霧が薄くなっていくのを感じていた。同時にその奥に見え始める疑問も感じながら。
彼は思い始めていた、今するべき事は自分の体の治療なのではないという事を。そして、少なくともルシファーのコアとなったシオリの傍にいる事で精神の安定に勤めなくてはならないという事を。
(焦っているのかも知れない)
漠然とした後悔と罪悪感―――自分でも最善の策だと思っていた。それを何度再確認してみても結果は同じである筈である。しかし、その漠然とした“しこり”は本質が掴めないだけに解決法が見えず、その度に自問自答を繰り返す事となった。
(こんな状況・・・前にもあったな)
それはセレスと初めて交戦した後に持った不安の形に似ていた。
(本人に聞くべきかな)
以前に持った言い知れぬ不安と、今の漠然とした後悔と罪悪感。2つの形は似ていたのだろう、そこから導き出される解決法もまた、彼女の言った言葉であった。
彼は格納庫へと駆けた。
ルシファーのコクピット―――肉体を持たず、脳だけとなったシオリはそこから離れる事が出来ない。もちろん彼女だけでルシファーを操作する事は可能である。しかし、真面目な彼女はそんな事をしないだろう。
動けない事はルシファーの中でなくても同じ事であるが、覚醒状態を保っている脳にとってこれは同時に意識を籠の中に入れる行為とも等しいものであった。
「ヒマでぇ〜〜すぅ」
入ってきたレビに浴びせられたのは気の抜けた声であった。
彼女は何もしない時間を持たない。つまり、何もしない時間があったらその時間を圧縮するために寝るタイプなのである。その彼女が寝ていない―――OSと直結した脳に寝るという行為が可能なのかは解らないが、少なくとも今の彼女にとっては寝る方法が解らないといった所であろうか。
ブレインデバイスシステムは脳の覚醒状態を保つ手段としては完璧といえるものであるが故に、彼女にしてみれば覚醒状態を常に保たされ続けられる事を意味していた。加えてOSと直接リンクしている脳の情報処理能力は生身の状態よりも大幅に向上している。その速度は機械と同速とまでは行かないまでも、思考レベルではPFに搭載されている人工知能のそれを遥かに凌いでいるため、ルシファーのコアとして新たに付け加えられた感覚は、彼女に1秒間を無限のように感じさせるものであった。
「何か暇潰しの道具でもなかったか?」
レビは出来得るだけ明るい表情で話し掛ける。
しかし、2人は長い付き合いである。彼女はその違和感に気付かない筈はなかった。
「最近無理してない? その笑顔・・・わざとだよ」
女とは男と違ってそういう事には遥かに鋭い感覚を持っている。だから、言われて初めて彼は無意識的に気を遣って笑おうとしていた事に気付いたのであった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
(これが原因のひとつだったのかも知れない)
自己犠牲を愛の究極形と定義するならば彼の行動は間違ってはいない。しかし、その形には人の数ほどの矛盾を内包しているという側面がある。
つまり、いわゆる自己犠牲に潜む本質的なパラドックスである。即ち、ある男が自分の命を犠牲にして助けた恋人がいたとして、その彼女が恋人を失ってまで自分が生き残った事に喜びを感じる事はないという矛盾である。
その分岐点となる基準は程度によって様々であるが、今回の場合は自分のために気を遣って無理に笑おうとしてくれるレビに嬉しさを、そして演じられる悲しさという、相反する2つの感情が同時に混在させてしまうという矛盾を持ったという事である。
だが、シオリが求めていたのは決して義務感などではない。
レビはその言葉によって、自分の中にあった『漠然とした何か』の正体を垣間見る事になった。
(心のどこかに罪悪感があったから・・・無意識の義務感があったから・・・それが自分で気付けなかったから、シオリが先に気付いて不安になって・・・悲しくなって・・・それは解っていても俺は理由に気付かずに・・・)
「・・・くっ、俺は何を・・・」
レビは額を押さえた。体温が下がっているのか、少し冷たかった。薄っすらと汗がにじみ、少しだけ震えていた。
急に自分が酷く卑小な存在に見えたような気がした。
「わっ、私は大丈夫だから!! ・・・ホントに大丈夫だから、そんなに心配しなくても良いよ。ここの生活だって、結構新鮮で楽しいのよっ!!」
今度はシオリが優しく話し掛ける。しかし、それは誰の目にも明らかな虚勢だった。ショックを受けた彼を見て内心一番焦っているのは彼女である。
だが、その優しさがレビを一層惨めにさせた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ひと呼吸おいてレビは立ち上がった。
「すまない・・・考えたい事がある」
そう言い残して彼は走り出した。
「えっ、ちょっと!! また暇な時間なの!?」
十数分後、地上都市の繁華街、雑踏の中に彼はいた。
本来雑音は思考の妨げになるものである。常に飛び交う雑音が耳に入り、思考が纏まらない。しかし、今の彼にとっては都合が良かった。物事を深く考えると、そこからは罪悪感しか出てこないからである。
(何が無理しなくて良いよ、だ。・・・無理してるのはそっちだろ!!)
そんな時、ふと目に留まった建物があった。
(きっと寂しいんだろうな)
彼は人込みの中に紛れていった。
そして3時間後、レビは再び格納庫に姿を現した。
「ただいま」
どことなく申し訳なさそうにコクピットに乗り込む。
それに反応してディスプレイにシオリの顔が映し出される。
「あっ、おかえりな・・・黒髪っ!? 何それ、女装!? 何してんのよ!!」
レビを見たシオリは驚きの絶叫を上げる。彼女はルシファーを省電力のノーマルモードにしていたために、予めそれをメインカメラで確認してはいなかったのだ。
一方で彼の髪はシオリと同じ漆黒であり、髪形もどことなく彼女のそれを模したようなものであった―――が、模された彼女にとってそれは唯の女装にしか見えなかった。
だが、女装という言葉に、レビの口元が引きつった。―――まだ本番じゃないのにこの驚き様かよ。
「こんなもんで驚いてもらっちゃ困る。まだあるぞ!」
レビは嬉しそうな顔でポケットから金属製の仮面を取り出し、それを着けて見せた。
「これ、やってみたかったんだよなぁ〜。だって強い奴って仮面着けてるもんじゃん。ウチの特殊部隊だって変な仮面着けてるし」
そしてレビは自身の偏った知識と、その現象形態である自らの顔を披露する。
だが、それにしても顔の左半面を覆うような銀色の仮面は驚くほどファッション性が高く、彼の容姿の良さも相まって非常に秀麗な面持ちとなった。
レビは今度こそニヤリとする。
「・・・どう?」
―――という微妙な問いに彼女は困った顔をしながら答える。
「似合ってな・・・(じゃなかった!)・・・・・・るとは思うけど・・・。どうして急に?」
「この髪型は君の髪型だ、だから俺は俺である限り君を忘れる事は無い。で、この仮面は元々インチキマジシャンが使う小型通信機付きの仮面なんだ。と、言う事は・・・バッテリーが有る内はいつでも話が出来るって事になる」
「・・・通信だけなら仮面被らなくても良いんじゃないの?」
核心を突く意見である。普通に考えればそんな局地的なものよりも本物の通信機の方が性能は高いと考えるのが自然である。
「・・・・・・・・・・・・」
少し黙り込んだ後、彼は口を開いた。
「これは誓いだ・・・つまり、俺が素顔を晒すのはここでだけだ。・・・まぁ、仮面は寝る時とかも外すがな。つまり君以外に俺の素顔は見させないと言う事だ。通信機の性能も心配しなくて良いよ。市販の物と違ってディスプレイの分の電気を使わないからフルで一日くらいは平気で保つらしいからな」
「そこまでしてくれなくても・・・かな。だって困るでしょ? 外出る時とか」
勝手な誓いにシオリは少し迷惑そうだ。優しい彼女はレビが変な格好をする事でその評判が傷つかないのかと心配しているのだ。だから優しく傷つかないように少しずつ『正常化』へと誘導していこうと努力していたのだが、当の本人はそれに全く気付いていない。意外と自分の事には鈍いのだろうか。
「・・・いや、困らないよ、全然。・・・それに、このくらいはさせてくれよ。まっ、こっちも深く考えた訳でもないから好きにやってるのと変わらないけどな」
だからそう答えてしまう。致命的なまでに自覚症状がないのだ。
「・・・うーん、良く解らないけど・・・・・・ありがとう、気を遣ってくれて。・・・でも、街に出る時にその仮面は止めた方が良いと思うよ。あとその髪型。女装にしか見えないよ」
「いやいや、今の俺は君しか見えてないって事の証明みたいな物さ」
「はははっ、でもいい加減にしないと・・・・・・前方に反応!!」
「なっ!!」
会話に夢中になっていて見逃していた。ふと気付くと、そこにはカースウェイがいた。
「・・・失礼、邪魔しないようにこっそりやろうと思っていたのですが・・・補給物資です、これ」
彼は50cm×1mほどのカートリッジを両手に持ち、ルシファーのメインフレームのスロットに差し込んだ。
「何を入れたんだ?」
レビはコクピットのハッチを開けた。
「脳を維持するための栄養・・・とでも言った物ですよ。・・・これで半年分とちょっとですね。これで大佐はゴハン食べなくても半年以上生きられるようになりました・・・って事です」
カースウェイはゆっくりと立ち上がって変貌したレビを見たが、その顔にはシオリほどの驚きは感じられなかった。
「おや、中佐・・・黒くなったんですか? しかも仮面まで着けて・・・」
だが、無表情とは裏腹に、肩と声調が少し震えていた。一部始終を聞いていた彼は一見平静を装ってはいるが、その実は笑いを堪えるのに必死だったのだ。
「その事については何も言わなくて良い」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
カースウェイは何も答えない。笑いは堪えたままだ。
『ピロロロロロッ』
その時、無音に近い格納庫内に安っぽい通信機の電子音が響いた。
カースウェイは表情を切り替えてスピーカーを耳に当てる。
「失礼、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい、離反の可能性?・・・・・・使えるか、ですか?・・・・・・・・・・・・・解りました」
彼はレビの目に焦点を合わせた。その目はもう笑ってはいなかった。
「中佐・・・ミラムーンに向かって貰えませんか?」
「ああっ!?」
唐突な一言であったため、さしもの彼にもそう答える他が無かった。しかし、カースウェイは続ける。
「ミラムーン材質研究所、アルサレアが捕獲したもうひとつの機動兵器が解析されている場所です。さっきのは、そこで怪しい動きがあるとの報告でした。しかし、ヴァリムに、いえ、ガルスキーに属する我々がそこに出て行けば、下手をすれば我々の存在を明るみに出す事になりますし、アルサレア陣営との全面戦争の火種になりかねません。今の世界情勢の中、それは絶対に避けなくてはなりません」
――ミラムーン材質研究所といえば、アルサレア陣営でも指折りの規模を誇る研究所だ。ヴァリムとミラムーンが決別して久しいこの情勢下で、何故そんなところから情報が流れてくるのだろうか。
レビは漠然と感じた。このジャニターという組織、唯の特務機関ではないという事を。今更考えたところでどうにもならないものでもあったが。
だが、取り敢えずは明らかにしなければならない事があった。いきなりそんな事を言われても反応のしようがない。
「・・・話が読めんな。で、結局どうやってミラムーンに行って、何をすれば良いんだ?」
「中佐の役割は簡単な調査、そして万一の保険です。『もうひとつの機動兵器が奪取されるなどという事態』にならないためのね。もちろんガルスキーである我々が動く訳には行きません。それにヴァリム軍籍でも意味がありませんから、中佐には軍を脱走して貰います」
「はぁ?」
――― 一体何を言っているんだ?
「とにかく、そうすれば迅速にミラムーン材質研究所に戦力を割く事になりますし、中佐の討伐という口実で軍を出す事も可能になります。大丈夫ですよ。明日からステラマックスによる電波障害が本格化します。そうすれば夜だけでなく昼間も衛星は使えませんから、今頃は電波対策で迎撃どころではない筈です。ですが、電波対策の終わっているルシファーのレーダーも昼間では半分程度の性能しか発揮できませんから、夜のうちに行くべきですね」
「つまりエサになってくれと言う訳か・・・脱走した場合、現地での補給は」
「最悪、アルサレア・ミラムーン両国の同志に手配しておきます。そうですね、アルサレア要塞にでも行って貰えれば、数多くの同志がいる筈ですし、物資も豊富な筈です」
―――ちょっと待て、アルサレア要塞にも同志がいるって言ってなかったか!?
「アルサレアで補給しろってか!? どうやって?」
「それは、その時にお教えします。準備がまだ終わっていないので、優先度の高い質問をお願いします」
「むぅ・・・・・・ソウリュウやセガワ閣下はどうする?」
「セガワ閣下はそもそも最初からジャニターの方です。ソウリュウ大尉や、他のフェンリル機動師団も皆さんにはジャニターを手伝って頂きます。まぁ、優秀な方だけですがね。・・・その他のアフターケアも任せて貰いましょう」
―――閣下までジャニターだと!?
―――おかしな話だ。穏健派の旗印であった閣下がガルスキーに与するとは思えない。それも退官後に。俺達のように脅迫されての事なのだろうか。閣下には一度話をつけなければならないだろうな。
―――だが、今はするべき事がある。暫くは道化を演じておこう。ジャニターについてはソウリュウが上手くやってもらえば良い。むしろ、もう一機の機動兵器、おそらく奴が捜していたアレスという奴だろう。そして反乱の予兆。嫌な予感がする。
懸案事項が増えるばかりだ。レビは溜息をついた。
「もう時間がありませんので、このへんで」
カースウェイは会話を区切る。これ以上は聞いても無駄という事だろう。
「どうせ反対する余地などない。良いだろう。ここまでして貰った礼だ、しっかり受け取って貰おうか。だが、本当に大丈夫なんだろうな」
「中佐が愛国者だという情報は記載されていませんでしたが・・・・・・・・・大丈夫ですよ。我々はジャニターですから。それでは今から8時間後の明朝0400時に来て下さい、それまでに機体と装備の最終チェックをしておきます」
「対した自信だ。だが、早いな。まぁ、了解した・・・シオリ、これで外に出られるぞ。退屈しないで済みそうだ」
「もぅ・・・・・・仕方ないんだから」
危険な旅とはいえ、久し振りの外出に彼女は少々嬉しそうな顔をするのであった。
だが、レビは内心ヒヤヒヤしていた。―――脱走だって、本当に大丈夫なのかよ?
人質を取られている自分に泣き言を言う資格などないのだが。
「そうと決まったら・・・っと」
レビはコクピットから出た。
「どこ行くの?」
「ソウリュウ達に挨拶をな」
「その方が良いでしょう、これからは単独行動になりますからね。変に何も言わないで行かれると後々不満が出てくる人もいるでしょうしね。『俺達を騙してるんじゃないだろうな』とか『二枚舌外交か?』ってね。だから、本人が言ってくれる事が一番助かるんですよ。ただし機密までは喋らないで下さいね」
「そう言って貰うと助かる」
そう言い残し、彼は“そのままの姿”で格納庫を後にしようとした。
このままではまずい―――シオリは大きな声で叫んだ。
「ちょっと待ってよ。その格好もいい加減にしないとここから放り出すわよ!! 気持ちは嬉しいけど、女装とコスプレなんて恥ずかしくて一緒に外出たくないもの。通信だって仮面じゃなくてインカムにしなさい!!」
「・・・・・・・やっぱり??」
レビはかつらと仮面を外した。シオリが面と向かって拒絶の言葉を言うのは珍しい事だ。それほど嫌なのだろうか。レビは肩をすくめる。結構な散財だった。
「やっぱりその方が似合ってるわよ」
だが、シオリのフォローに、レビは照れくさそうに頷いた。
「・・・行ってしまわれましたね。・・・さて、こちらも最終チェックと行きましょうか」
そこにはレビと入れ違いに数人の親衛隊が入って来た。
「勝てるようにして差し上げます」
カースウェイはニヤリと微笑んだ。
1時間後。レビは地下施設との接点である駐車場のような区画にソウリュウ、ドゥリゲス、そして失礼とは思いながらもセガワを呼び出した。彼等には伝えなければならない事、聞かなければならない事があった。
「ソウリュウ、ドゥリゲス。俺はこれからルシファー1機でミラムーンに行く事となった」
「何でまた急に?」
突然の意味不明な発言にソウリュウが聞き返す。
「良くは解らんが、アルサレアが捕獲したもうひとつの機体が解析されているミラムーン材質研究所に怪しい動きがあるらしい。調査してこいという事だ」
「それは解りますが、どうして1機なのですか? 我々だっているでしょうし」
「いや、後で軍を動かすには俺を脱走兵という事にした方が良いらしい。政治的な問題だろうな。それに、逃げるならゼロやオニカスタムではルシファーとの速度差があり過ぎる。ミラムーンへ迅速に向かう事も条件に盛り込まれているからな」
「それは解りますが・・・。それで我々はどうすれば?」
「ソウリュウにはジャニターに転属して貰う。ガルスキーだからって気にするな。あのセレスの出現によって俺達の運命は狂わされている。アレを処分出来なかった事は俺達の責任だ、何が何でも成し遂げなくてはならない。何が重要か、その事だけを考えて欲しい。そうだな、軍の連中に何か聞かれたら『脱走した臆病者の上官をこの手で斬り捨てたいからです』とでも言っておけ」
「いっ、良いんですか?」
「俺が良いと言ってるんだから良い。で、ドゥリゲス・・・貴様には最重要の任務を与える。・・・セガワ閣下と、シオリの身体を死守する事だ。・・・頼んだぞ。おそらくここに留まるのだからジャニターに異動しなくてはならなくてはならない事態も生じるかも知れない。全ての選択肢を容認する」
「はっ、了解しました」
2人はレビに向かって最敬礼した。
そしてレビはソウリュウと小声で話した。誰かに聴かれていてはまずい会話だからである。
「ジャニターの事、少し探りを入れてみてくれ。危険ならしなくてもいい」
「了解しました」
「俺はもうすぐ行かなくてはならない。・・・心配するな、ブレインデバイスを積んだルシファーならグレン小隊を一度に相手したって勝てるさ」
実際に使用した事がないシステムを過大評価しているような気がしたが、この場で泣き言を言うよりは障害はない。
さてと―――レビはセガワと面と向かった。どうしても聞いておかなければならない事があったのだ。
彼はシオリの父親であり、自分が最も尊敬する上官。何があっても疑いようがない存在だ。
だからこそ、全ての疑念を取り払ってしまいたかった。
「閣下もジャニターだそうですね。カースウェイから聞きました。彼等は何者ですか」
その言葉にソウリュウとドゥリゲスは絶句した。
レビは僅かな敵意を見せながら、本題からぶつかる。出撃まで時間がないのだ、小細工などで茶を濁している時間などない。
「どうして閣下がガルスキーなんかに!!」
互いに重苦しい雰囲気の中、セガワが周囲を気にしながら口を開いた
「そうか。勘違いするのも無理はない。これは本来、他人に聞かれてはならない話だ、レビ、それにソウリュウ、ドゥリゲス。決して他言はするな。彼等は・・・・・・いや、我々はガルスキーであってガルスキーではない。我々の意志は『管理者』と共にある」
「管理者!?」
「そうだ。かつて惑星Jを統べていた超国家機関。ガルスキーやヴァリムによってその地位を追われた者達。そして一極化した世界を良しとせず、旧秩序の復古を目指す者達の箱舟だ。ガルスキー本体に比べて戦力こそ小さいが、協力者はヴァリムだけでなくアルサレア陣営にも多い。・・・・・・ここではあまり長話をする事は出来ない。全てを話せないのが忍びないが、ここはジャニターの城でも、どこに強硬派の目や耳があるとは限らないのだ。だが、これだけは伝えておきたい。お前達は何も心配する事はない。彼等を・・・いや、我々を信じろ」
「・・・・・・・・・そこまで仰るなら。・・・了解しました」
レビは最敬礼をする。未だに疑問が残るが、我々を信じろ、その言葉だけで心置きなく戦える。
短い別れの挨拶を終え、レビは格納庫へ―――次の戦場へと戻って行った。
「早かったですね」
格納庫へ戻って来たレビへの第一声がそれであった。
「ああ」
特に返す言葉も思い付かなかったので流してみる。
「チェックは終了しましたから、後は出るだけです。武装も出力面を少し改良しておきました。ディフェンスフィールドの出力も、セレスと同等とまでは行きませんが、かなりのレベルにまで展開が可能です。その分ジェネレーターもタナトス用の改良版を入れておきましたから大丈夫ですよ。なに、心配いりませんよ。これらはここの工廠で開発した独自のものですから、記録には残っていません」
「ン、そうか。・・・・・・ウィングの形が変わっているが、あれは?」
「ええ、アタックウィングW『セラフィムロード』。従来の改良版です。アルサレアのグローウィングを参考にして、フェザーに電力消費型の飛行機能を追加したウィングです。なにせ長距離を飛行する訳ですからね。最高速度こそ高くありませんが、航続距離はほぼ無限。少し大きくなった分だけ重量は若干増えましたが、フェザーごとに出力調整が可能ですので、機動性・旋回性能はこれで1割強ほど向上するスグレモノです。あとは飛行用のローレンツ力を応用してフェザーの動きも従来より向上していますし、磁気反発で実体弾や粒子ビームのダメージを軽減ないし無効化する効果もあります。正に攻・防・機動の全てをカバーしたマルチウェポンですね。ディフェンスフィールドと併せて、奇しくもセレスのシールドと同じ効果となった訳ですね。尤もこちらの方が段違いに弱いですが」
「熾天使の王か。ほぅ、凄いじゃないか」
―――これもギルゲフの遺産という奴か。どうやらヴァリム軍の技術レベルよりも3年は進んでいるようだな。だが、これだけの技術があるのなら、強力な特化型機体がもっと多くてもおかしくはないのではないか。それが前に漏らしたルシファーより強い機体という奴か。この調子だと量産型タナトス以外にも何かありそうだな。レビは思った。
「詳しい使用方法は大佐の方にお教えしてあります。ですがあまり過信しないように。この装備だけはアルサレアにもありませんから、破壊されればジャニター経由で持ってくるしかありません。これは危険な行為ですから、基本的には当てにしないで下さい」
「そうか・・・・・・話は変わるが、大体の事はセガワ閣下に聞いた。だが、最後に聞かせてくれ。ジャニターの目的は何だ?」
カースウェイの顔つきが変わった。物凄いプレッシャーだった。周囲に気を張っているのが解る。
「・・・・・・そうですか、閣下が。そうですね。今の中佐には知るだけの資格はあるでしょうしね。・・・・・・・・・同じですよ。そのために未知の力を手に入れようとしただけ。それが出来ないのであれば他に渡る前に破壊するだけ。それだけの話です。それが難しかったんですがね」
小声で話す。出来るだけ迂闊な言葉を出さないように気を付けながら。
「その口調では、ガルスキー本体にはジャニターの本体がまだバレていないという事だな?」
「ええ。唯一知っていたギルゲフ派の人間は鏡森で全て死んで貰いましたしね」
「・・・・・・あの事件以降だったな、ジャニターの存在が上級士官の中で明るみに出たのは。あの時はギルゲフ派から離反した特務機関だったか? ・・・・・・巧妙だな」
「ですが、今はまだ力不足です。・・・・・・・・・さぁ、無駄話はこのくらいにしておきましょう。中佐にとっては、我々が憎むべきガルスキー、ギルゲフの亡霊ではないという事実だけで十分の筈ではないですか」
―――見透かされていたか。レビは肩をすくめる。
「そうだな。少し寝る。時間が来たら起こせ」
彼はそう言ってコクピットの中に入った。
中のメインモニターは彼の搭乗と同時に起動し、そこにシオリの顔が映し出される。
「おかえり。・・・早かったですね」
「そうみたいだな。・・・俺は寝るよ、朝が早いからな。君も寝られるのなら寝た方が良い、どうしても無理なら過去の戦闘データーがあるから、そいつと対戦してこの機体に慣れといてくれ。・・・・・・どうした? 何でそんなに嬉しそうな顔をしてるんだ」
彼女はその言葉に頬を赤らめて答えた。
「・・・良く考えたらこれって新婚旅行じゃない?」
思わず噴出す。
「・・・そうなるのかな? いや、結婚してないから婚前旅行かな・・・だが、これはそんな旅行にしたくない」
「どうして?」
「だって婚前旅行にするには最低の旅行だからさ。観光地に行く訳でもない。あるとすれば戦いだけだ。そんな旅行を一生の思い出にするのもどうかと思う。どうせなら体が治った後に行こうじゃないか」
「うぅ〜ん、そうかもね。・・・じゃぁ、おやすみなさい」
メインモニターから光が消えた。どうやら彼女は寝る方法に気付いたのだろうか、それとも意識は未だ電脳空間に存在しているのか。ともかく彼は睡魔に任せて深いまどろみへと身を委ねていった。
そして0400時。出撃の―――正確には脱走の時間である。
冬の夜明けは遅い。夏ならば早朝の時間も、今は深夜という方が適当だった。
格納庫から飛行変形したルシファーが滑走路に向かって運び出されていた。
澄んだ冷たい空気が、ルシファーの背中を押す。ビュンビュンという大きな風切り音が、さっさと行っちまえと吐き捨てるような手荒い餞別に聞こえた。
夜中まで強い風が吹く事は、この地方では珍しい。不吉の夜。冥王の復活に相応しいステージだ。
「航路ですが、監視衛星の感度が低い夜のうちに南下して国境を突破。電波妨害が強くなる日中を利用して国境から1000kmを維持したまま西に進んで下さい。そうすれば途中に基地はありません。ですが、ミラムーン国境から材質研究所に最短距離で入るにはヴァリムのシンダス軍港は必ず通らなければならないので、気をつけて下さい。では、これから3時間後に警報を発します。ここからは追撃部隊を出しませんが、おそらくヴァリム・ミラムーン間の前線部隊と対峙する事があるかも知れませんからお気を付けて」
いつになく慎重なカースウェイが声を掛ける。
「了解した。・・・レビ=プラウド、ルシファー出るぞ!!」
ルシファーは滑走路にスタンバイ。レビはウィングを巡航モードにセット、スロットルレバーをMAXに押し上げる。
ウィングが微かに赤紫の光を放ち、凄まじい爆風が機体後方より噴出された。加速した機首が、機体の遥か前方を吹き抜ける風を貫き、そして追い抜かす。
機体は上昇。
眠りについた無音の都市を揺るがす爆音と共に、ルシファーは再び飛翔した。
「只今ルシファーが出撃しました」
「そうか・・・御苦労だったな」
「しかし、間に合いますかね」
「・・・解らん。だが、アレの完成はもうすぐだろう? ・・・出来れば温存したいがな」
「ン、確かアレは宇宙での戦闘を主体にしたものではなかったのですか?」
「いや、ギルゲフの残した良い技術があってな、その点は大丈夫だ。・・・・・・せいぜい踊れよレビ=プラウド。既にサイは投げられた・・・・・・その目は一体どうなるかな?」
遂に復活したルシファー。新型ウィング『セラフィムロード』を背に、気合も十分!!
しかも超強力ディフェンスフィールドに、ウィングのリニアフィールドと、防御面はセレスみたいなやつになってきましたね。もちろんこっちは無敵なんかじゃありませんが・・・・・・
しかし、これからがルシファーの真骨頂。シナリオ4の最終話では大暴れしてくれる事でしょう。
因みに、この時代において「アルサレアの技術の方が高い」という状況は崩れつつあります。特化系PFではアルサレアの方が若干優位ですが、空戦型PFではヴァリムが圧倒的に優位な立場にいます。
その中でもルシファーは『ギルゲフの遺産』であるジャニターの特殊技術を使用しているので、第三世代PFとしては最高峰の機体性能を持っている事になります。
加えて高Gをものともしないレビの耐G能力とシオリのブレインデバイスがあれば、鬼に金棒、アメリカに核弾頭です(笑)(っても、セレスやアレスの性能は変態的ですから、事が容易に進むという訳にもいかないでしょうしね)
次回は、復活したルシファーとシオリの戦闘能力が一気に発揮されます。
そして元祖パイロットのレビ。彼等ががどんな戦闘を繰り広げるのか?
こいつは要チェックだぜ!!
あと、レビ的設定では、アタックウィングやハイパーバーニアなどは形式名称と通称があります。(因みにハイパーバーニアの形式名称はラグーンブーストW)
例えばアタックウィングの場合、
アタックウィングT:レイフォース (アルサレア製 試作型ウィング。フローターウィングの改良版。単発の攻撃力はレーザーマシンガン程度)
アタックウィングU:ラファエルウィンド (ヴァリム製 シナリオ2でルシファーが装備していたウィング。フェザーで1基でブレード・マシンガン・バスターを撃ち分け可能)
アタックウィングV:フレイムバード (アルサレア製 ラファエルウィンドより性能が若干高い。JUフェニックスなどが装備。高い攻撃力を持つ)
アタックウィングW:セラフィムロード (ヴァリム製 今回の新装備。攻・防・機の全てが揃った、現状での系統最強装備)
―――って感じです。
さて次は、遂に奴らが動き出します。
謎の組織ジャニターの狙いは何なのか?
最後の会話に出てきたアレとは何なのか?
そして、ジャニターの策動とレビのミラムーン派遣は何を意味するのか?
これから始まる史上最悪の新婚旅行。ミラムーンへと急ぐレビとシオリの運命やいかに!!
次回、Chapter5 策略:〜ジャニター始動
暗雲に満ちた策謀に、立ち向かえ、ソウリュウ!!
管理人より
レビさんよりシナリオ4のChapter4をご投稿頂きました!
遂にジャニターの謎が少し明らかになりましたね〜。
しかし……何やら気になる言葉を残してますね。