注:以下の作品は、以前に投稿させて頂いた。JフェニックスリレーSS第4話のノーカット版です。内容に大きな変化がありませんので、その点をご了承の上お読み下さい。




 

機甲兵団J−PHOENIX

第4話「ギラ・ドゥロ補給基地」ノーカット版
 ――ABC、それぞれの住む宇宙――




 

 戦禍に呑まれた人々の悲鳴や怒号を風は記憶している。
 人々が忘れ去ろうとも、大気は忘れない。
 地上の出来事を、風は世界中に伝える。
 人は空を飛び、風に触れるたびに思い出すだろう。
 自ら犯した罪を。
 人は空を飛び、風に触れるたびに知るだろう。
 その身に訪れる相応の罰を。
 空を飛べるのならば。

 血に塗れた傭兵として、八百年近い歴史を持つアルサレア。
 そこに住む、罪人たちには大きくわけ、罪を知らずに生きる人々、罪の重みを感じながらも生き続ける人々、罪を忘れ同じ罪を犯し続ける人々、三つの人種がある――庶民、兵士、政治家。

 ここに境界線に立つ、名も無き男が独り、グレンリーダー。
 罪を恥じながらも罪を隠し、罪が暴かれ審判の下る日を待ち望み、同時にできる物ならば罪を塗り潰したいと願う男。
 アルサレア本国へと向かうバインガルド。
 椅子に座り剥き出しの鉄板を見つめる彼は、捕らわれていた。
 頭の中に響く数時間前に聞いたフェンナの声。暗闇でうずくまる彼を照らした一条の光。

 ――立って!! 戦ってください!! グレンリィダァァァァァァーーーーッッ!!!

 繰り返し、その声が響いていた。

(そうだ。俺は彼女が許してくれる日まで戦って戦って……を守らなければ……フェンナは俺にとって……)

 声を聞くとそれに答えるように思考が生まれる。
 だが、フェンナが自分にとって何なのか、そこから先は混濁し何も考えられず、真っ白になってしまう。
 しばらく白い世界が続くと、やがて反転し黒い世界に。
 そして、再びフェンナの声が響く。

「あの、グレンリーダー」

 極々小さな輪をなす蛇の背を何十周と歩き回っていると、不意に聞こえてきた生あるフェンナの声。
 我に返り、ゆっくりと顔を上げ彼女を見た。

「どうした」
「今回の作戦の報告書は、いつまでに提出すれば良いんでしょうか?」
「別に急ぐ必要はないから、今日中に出せば問題ない」
「あ、そうですか――」

 そこで会話が途切れてしまう。
 フェンナは言葉を続けようとしたが何を言って良いのかわからず声が出ない。
 バストゥール研究所での作戦を終えてから、フェンナはずっと彼と話をしたいと思っていた。別に「これに付いて話したい」と具体的な内容があるわけではない。ただ、何でも良いから話をしたかった。
 話をすれば少しでも、役に立てるかも知れないから。
 彼女は対話の効用をよく知っている。
 グレンリーダーが何かを悩んでいるのは明らかだ。いや、一つの悩みはすでに晴れたかのように見える。だが、今度は別の物に捕らわれているようだ。
 根拠などないが、フェンナはそれが自分に関係があるように思えてならなかった。

「何を、読んでいるんだ」
「え?」

 一瞬何を言っているのかよくわからなかったが、自分が手にしている本の事だとすぐに気がつく。

「教習本ではないようだが」
「あ、これは……小説です。すみません」

 フェンナは思わず謝ってしまう。
 軍規に「移動中、小説を読んではならない」など記されていない。ただ何となく、新米が呑気に小説など読んでいるのは悪い気がした。

「なんで、謝るんだい?」
「ぁ、はい。何ででしょうね」

 真面目な顔で聞いてくるグレンリーダーにどう答えたら良いかわからず困ってしまう。
 取り合えず軽い笑顔で誤魔化すと、彼はそれを「小説の事は聞かないで欲しい」と言うサインだと思ったのか、口を噤んでしまう。
 会話を望むフェンナとしてはせっかくの切っ掛けをふいにしたくなかった。

「あの、この小説はいわゆる地球時代からの文化的遺産の一つ、大古典小説で……“罪と罰”と言うタイトルの本です」

 そう言って本の表紙をグレンリーダーの方に向ける。

「罪と罰……か。罪を犯した人間が罰を受けて死ぬ話?」

 彼は今の自分にぴったりのタイトルから内容を想像した。

「違いますよ。“人を殺した罪の意識にさいなまれ、不安と恐怖におびえる日々を過す青年が一人の少女に出会い、希望を見出し自首を決意。刑を受け、罪を償い悔い改め生まれ変る”お話ですよ」
「生まれ変わる。生まれ変わってから色々とありそうなものだけど、それで終わりかい?」
「そうですよ。“生まれ変わった瞬間で終わり”ですね、私の印象だと」
「何か中途半端な気がするな」
「そうでもないですよ。ここで終わってるから良いんだと思います」
「まぁ、どんな本も読んで見る前に、あらすじを聞いただけで内容を決め付けてはいけないからな」
「そうですね……よかったら、読んでみますか?」
「いや、遠慮するよ。平和な時代に書かれた古典小説は馴染めないんだ。因果応報、死をもたらした罪は死をもって償う。どうにもそう言う考えの方が馴染むからね。罪を犯して、それを悔いるのは良いが……それを忘れて生きていたくはないな」
「忘れる……ですか、少佐にとって悔い改めると言うのは忘れる事なんですか?」

 グレンリーダーの言葉に引っ掛る物を感じたフェンナは好奇心から尋ねてみた。

「いや、そうじゃないよ。言い方が悪かったな。悔い改めると言うのは要するに、過ちを反省し二度とそれをしないように心を入れ替える事だろう?」
「そうですね」
「死は死をもってしか償えない。悔い改める程度では償えないと思うんだ……特に俺のような人間はな、俺は……」

 兵士だから。
 グレンリーダーはその言葉を飲み込んだ。そして、別の言葉につなげる。

「人を殺して尚、生き続けるには……罪を忘れるか、罪を背負い続けるしかない……背負って、そして――」
「そして……」
「――死ぬまで生きて行くしかない。罪を重ね続け、罪の重さを感じながら、最後に罰を受けるまで。罪の重さに耐え切れずに押し潰され、死が訪れるその日まで……」

 グレンリーダーの口から出た言葉が空気に冷たくじっとりとした湿気を与え、沈黙を呼び込んだ。
 フェンナは軽率な質問をした事を悔いた。
 彼は兵士。
 毎日、国のために命を賭け、他人の命を奪っているのだ。
 人の死など日常の一コマでしかなく、自らの命を守るために、その手で他人の命を奪う事など「当たり前になってしまった」行為なのだ。
 人を殺すことを悔いたとしても、また人を殺さずにはいられない。悔い改めるなどできはしない。兵士である限り。
 自分はなんて馬鹿な質問をしたのだろうか。
 陰湿な空気の中、好奇心から生まれた無遠慮な質問に答えさせられたグレンリーダーの気持ちを考えると、涙が自然と零れ出てきた。
 未来の自分の姿が垣間見えた。
 彼女も今や兵士の一員なのだ。自ら望んでこの世界に足を踏み入れたのだ……人の死に対して悔い改めている暇などない世界に。

(でも……死でしか償えないなんて、死だけで償えてしまうなんて……死が罰なんて……)

 フェンナの中に「彼は間違っている」と言う思いがあったが、それは涙のために声にならず、かわりの言葉が口から漏れる。

「……ごめんなさい少佐」

「いや、フェンナ。謝るほどの事じゃないよ。俺の方こそ、すまない。変な話をしてしまって」

 グレンリーダーは下をうつむきながら言った。
 二人の間に見えないカーテンが引かれていた。
 どう言う訳なのかわからないが、涙をこぼし始めたフェンナにこれ以上どうやって言葉を掛けるべきかどうか、彼は悩んだ。

(キースだったら、こう言う時に何か上手い言葉を見つけられるんだろうな……)

 部下である金髪の青年を頭に浮かべると、どこからか音が聞こえて来る。間の抜けたお腹が空いた時に鳴る音だ。
 グレンリーダーが見るとフェンナは恥ずかしそうにする。

(そう言えば……作戦があったから食事をとる時間なんてなかったもんな……フェンナが、お腹が空くのもあたり前か)

 そう思うと、グレン将軍の一件があってからと言うもの最低限の栄養摂取以外に、自分がまともに食事らしい食事をしていない事を思い出した。
 何となく胃の辺り手を当てる。胃がそれに答えるように鳴った。
 驚いたような顔したフェンナと目が合う。

「お腹……空いたな」
「そうですね」

 フェンナは微笑みながら答えた。
 目と目が合い二人が同時に笑い出すと、今まで場を占めていた陰湿な空気は、流れ込む和やかな空気に押し流され跡形もなく失せた。

「そう言えばフェンナはどんな――」

 グレンリーダーのその言葉を合図に、二人はスピーカーから「もう時期、要塞に着きますぜ。フェンナ様、管制塔に連絡お願いしやす」と、ベテランパイロットの声が聞こえてくるまで、時が経つのも忘れ会話を弾ませた。

――

 

 休憩室。
 兵士たちがいくつかのグループを作り、やれ何処の隊のなんとかがやられた、アルプスでPF級巨大人喰い兎に遭遇した、第二研究所の連中が趣味で作ってる実験機が凄いらしい、などと噂話を楽しんでいる中、アイリ=ミカムラは奥の方で独り、つまらなそうに携帯端末をいじっていた。
 意味もなく表示設定を変更したり、グレンリーダーからの過去の業務報告メールなどを眺めていると、端末が揺れだし着信を知らせた。
 アイリは、目を輝かせたかと思うと、すぐに落胆し、今度は椅子から飛び跳ねる。
 キースからバインガルドが到着したと連絡が入ったのだ。
 ロケットアイリの異名に恥じぬ快足で休憩室を飛び出し、途中でジープをなかば強引に調達、滑走路へと向かった。

「たいちょぉ、おかえりなさーい」

 バインガルドの後部ハッチから降りて来た隊長を見つけたアイリが、手を振りながら駆けて行く。
 傍から見ると、飼い主の帰りを待ちわびていた犬が尻尾を振りながら駆け寄る姿に見える。

「任務お疲れさま」
「出迎えか、ありがとう」

 本当に感謝しているのかいないのか、グレンリーダーは不愛想な声で答えた。

「そんなのいいですって、ほらほら、疲れてるでしょ。荷物持ちますよ」

 それでもアイリは嬉しそうな顔をすると、彼が肩から担いでいる荷物に手を伸ばし世話を焼こうとする。その時、ふとグレンリーダーの横に立っている人物に気が付いた。
 フェンナだ。
 先ほどからそこにずっと居たのだが、グレンリーダーの前では近視になりがちな少女には見えていなかったのだ。
 彼女は、グレンリーダーに話しかける嬉しそうなアイリの姿を見て微笑んでいる。
 アイリは気恥ずかしさを感じ、

「フェンナもお疲れ様。ほ、ほら、フェンナのも持ったげる」

 それを隠すためにフェンナの荷物をひったくるようにして取ると、二人の荷物を持ち自分が乗ってきたジープに向かって歩き出した。

「二人とも早く」

 振り返ると、アイリの行動が面白かったのか、二人は笑い合っていた。
 そんな二人、グレンリーダーの陰りが拭い去られた笑顔を見た瞬間、アイリは荷物を落としてしまう。

「大丈夫かアイリ?」

 グレンリーダーがゆっくりと歩み寄り荷物を持とうと手を伸ばすが、

「ぁ、うん。大丈夫だよ。ちょっと手が滑っちゃっただけ……」

 アイリはそう言って、遮るように荷物を取り上げジープへと積み込む。
 先ほどまではしゃいでいたのとは一変、急に浮かない顔になってしまったアイリだが、二人は気がつかぬまま後部座席に乗り込む。
 アイリは少々荒っぽい運転でPF部隊の待機所へと向かった。

「さっきの話の続きなんですが、どうしてミラムーンは気化爆弾なんて危険な物を研究していたのでしょうね……それも、秘密裏に」
「フェンナ。秘密裏に何かを開発するのは、ミラムーンに限った事ではないさ。軍隊は人に知られずに新兵器の開発を進めたがる。アルサレアのPFだって気化爆弾に負けず劣らず危険な物だが、秘密裏に開発されていたじゃないか……ミラムーンにしてみれば、フェンナが気化爆弾に不信感を持つように、以前は間違いなくアルサレアのPFに不信感を持っていたと思うな」

 アイリの耳に彼女が知るよりも多弁な彼の声が聞こえてくる。

「でもPFは、父がPFの開発を進めたのは、戦場での被害を少しでも減らすために……」
「もちろん。もちろん閣下はそう言う目的でPFを作られた。だけどフェンナ……君も何度か戦場を経験したからわかると思うけど、戦場では誰もが酷く不安がり、どんな些細な事にでも脅え、猜疑心を持たずにはいられないんだ」
「わからなくはないけど……でも、“ヴァリムが研究所を完全に占拠するまでアルサレアに応援を頼まない”なんて……もっとアルサレアを信用して欲しいですよね」

 アイリにも二人の会話は聞こえていたが、その内容は右から左へと流れていく。
 ただ二人が親しげに話していると言う事実が、胸の中にもやもやとした物を作り出す。
 自分ではそれを嫉妬だと意識できず、得体の知れない不快感だけを味わいながら運転を続けた。
 やがて、二人の声が聞こえなくなってくる。
 心に空洞が生まれた。


 

 後部座席では二人の会話が続けらる。

「たしかに……ヴァリム軍が優秀で、バストゥール研究所が比較的国境に近いとは言え、ヴァリム軍の侵入は基地が完全に占拠される前にわかっていたはずだからな、越境されて気が付かないという事は殆どない」
「そうなんですよ。ミラムーンがヴァリムの侵攻を知っていた可能性は非常に高い、それにもかかわらずアルサレアに応援要請を出したのは、完全に施設を占拠されてから……おかしいですよね? あんまり良い噂を聞きませんし……」

 おかしいのはグレンリーダーもわかっていた。しかし、それは考えないことにしていた。そう言う習慣が身についていたからだ。
 特務小隊は、その名の如く特別な任務を遂行する事の多い小隊。
 理由などわからない作戦がいくらでもある。「それは、作戦の一部しか知らされないのだから当然だ」そう考え割り切ってきていた。
 そう考えどんな内容の作戦であろうともこなしてきた。だから戦場に出た時に迷わず任務を遂行する事ができる。どんな事でも命令であればできる。そして、任務を終えた後も引きずることはない。いや、なかった。
 以前のグレンリーダーだったならば、フェンナから疑問をぶつけられても、疑心が伝染し鬼が頭をもたげる事はなかったであろうが、グレン・クラウゼンの影に取り憑かれた彼には鬼を押さえるだけの力はなかった。
 不安に駆られ、誤った問いの誤った答えを考え始めてしまう。心に空洞ができた。

(クレスト・ウォールナーが個人的に送ってきた将軍宛のメール……あれがなければ、どうなっていたんだろか? そのまま気化爆弾はヴァリムの物になっていた? まぁ、そこら辺はわからないな。ただ、ミラムーン軍の一部は気化爆弾の事をアルサレアに知られたくなかったんだろう。だから、アルサレアに正式に応援要請は出さなかったんだ。毎日のように応援要請が来ているにもかかわらず。何故かバストゥール研究所の時は送って来なかったんだからな。裏が、秘密があるのではないかと誰だって思う。俺だってそうだ。フェンナの不安は当然なのかも知れない。だが……アルサレアだって、将軍の死を秘密に……ミラムーンにはミラムーンの事情が、何かあるんだろう。俺が考えても仕方がないな、参謀本部長が考えることだ……いくら将軍の影武者でも、俺の役目ではないさ。俺は与えられた命令を遂行する兵士なんだ。グレン将軍じゃない。俺は俺、ただのパイロットだ)
「グレンリー、ダー?」
「ぁぁ、すまない。あまり、ミラムーンの事は考えない方が良いと思うな。俺達が考えたって、しょうがないさ」
「……たしかに、自分の事で精一杯のオペレーターの私なんかが心配しても仕方がないのかもしれませんね」
(フェンナは、グレン閣下の娘だ……俺のような一介の兵士と違い、広い視野で物を考えるのかも知れないな……「自分の事で精一杯」なのは、むしろ、俺だな)
「私、昔からそうなんですよね。自分で一人ではどうしようもないような事ばっかり考えて……気を付けないと」
「あ、ぁぁ……」

 彼は不安の雲でいっぱいの灰色の空を見ながら返事をした、上の空で。

「グレンリーダー?」
「ぁぁ」
「明日晴れますかね?」
「ぁぁ」
「……っもう」

 気がつくとフェンナが横で不機嫌な顔をしていた。心に浮かんだ疑問に対し口が自然と動く。

「どうかしたか、フェンナ?」
「別に何でもありませんっ!」

 どう言う訳だかさっぱりわからないがご立腹のようだ。
 ふと、横の景色を見ると見覚えのある建物が通り過ぎて行く。彼は言葉を発した。


 

「アイリ、通りすぎたぞ」

 アイリは、目的の建物に気が付かず通りすぎた。

「あ、ごめん……ぼぉっとしてた」

 ブレーキを踏み込み急停車、Uターン。

「はい、到着っ」

 建物の前まで戻ってくるとジープを停車させる。

「助かったよアイリ」
「いいっていいって、ゆっくり休んでね隊長」
「あぁ」

 アイリはグレンリーダーに精一杯の作り笑顔を向けたが、彼は何時も通り何の反応もしない。

「じゃぁ。アイリさん、ありがとうございました」
「あ、フェンナ」

 彼女は思わずフェンナを呼び止めた。

「はい」
「えっと……」

 が、しかし、言葉が上手く頭の中でまとまらず声が詰まってしまう。
 フェンナはアイリの言葉を静かに待つ。
 一分ほどして。

「ごめん、なに言おうとしたか忘れちゃった」
「ふふ、変なアイリさん。それじゃ」
「うん」

 アイリは呟いた。

「フェンナ……どうやって隊長を元気付けたのかなぁ……」


 

 バインガルドの中でお互いに空腹を感じ、自室に帰って休む前に食事を取る事にしたグレンリーダーとフェンナ。二人が食堂の方へと向かっていると、冷やかすような口笛が聞こえた。

「っよ、そこを行くお熱いカップルさんっ!」

 キースが脇の通路から顔を出し意味ありげに笑う。
 フェンナは困った顔をしたのに対し、グレンリーダーは眉一つ動かさず、

「何だキースか。もう少ししたら新品のJファーが届くはずだ。用意しておけよ」

 と、実に淡々としていた。

「了解了解。にしても隊長、相変わらずだねぇ」
「何がだ?」
「いやその……」

 真顔で尋ねてくるグレンリーダーにキースは言葉を詰まらせる。「相変わらず不愛想だねぇ」なんていくらキースでも言い辛い。彼にはあまり冗談が通じないのだ。

「っま、何はともあれ二人ともお疲れさん。色々大変だったみたいだな。施設には気化爆弾が充満で火器が使えなかったんだろ?」

 キースは話題を変えた。

「ああ」
「ってことはあれだろ、白兵戦のみでミッションをこなしたわけだ」
「そうなるな」
「かぁぁっ。さっすがだぜ隊長っ!」

 アルサレア軍ではヴァリムに比べ比較的多くの情報が開示されている。
 作戦前には参加する人間以外に知られないようにしっかりと保護されているが、作戦中の出来事は作戦が終わればすぐに公開される。
 キースが施設内に気化爆弾が充満している事を知っているのはそのおかげだ。もちろん彼がグレン小隊の隊員だから知りえたと言うのもある。

「でさ、ボスが棍棒持ってたんだろ、でっかい棍棒」
「……持ってたな」

 グレンリーダーの脳裏に激しい衝撃音とフェンナの悲痛な叫び声が蘇る。

「棍棒とはレーザー兵器全盛期のこの時代に変ったもん持ち出してくるよなぁ。原始的って言うかなんと言うかさ」
「そうだな。武器としては原始的だが有効な武器に違いはない。レーザーソードなんかはジェネレーターからの供給が途絶えると使い物にならなくなるが、そう言った心配がないしな」
「そうそう。意外と使えるんだよなああいう単純なやつって。レーザーガンが出てきたからって火薬式の銃がなくなったわけじゃないしな」
「けっきょく、単純な構造の方が故障が起こりにくいし、起きたとしても修理がしやすいからな。複雑になりすぎるのも考え物と言う事だな……他のモノでもな」
「まったくだね。っま、隊長の場合、PFに乗りゃぁどんな武器を使ったって強いんだろうけどな」
「俺は強くなんかないさ、無力だよ」
「隊長、謙遜かよっ」

 肩をキースが笑いながら小突くとグレンリーダーは、

「謙遜なら、良いんだがな」

 力なく微笑む。
 それ以上は触れられたくない、そう言う空気を感じたキースはまたも話題を変えた。

「ところでよ隊長」
「どうした?」

 キースはグレンリーダーの直ぐ横まで移動し小声で囁く。

「アイリがここんとこどうも不調なんだよ。なぁんか悩みあるみたいなんだよ。“っま、頑張れよ”の一言でも良いから声掛けてやって、ついでに相談にでも乗ってやってくんねぇか?」

 グレンリーダーは唸り、渋い顔をした。

「悪いがキース。お前が相談に乗ってあげてくれないか」
「え、俺? いや、俺じゃ駄目なんだよ」
「なら、フェンナにでも……フェンナ」
「なんですか」
「まったまった。オーケー、俺が相談に乗るよ」
「相談って、何の話――」
「いや、なんでもないんだ。っな、隊長」

 フェンナの言葉を遮り、キースは誤魔化すように即答する。
 朴念仁で名が通っており場の雰囲気を掴み損ねる事の多いグレンリーダーも、彼が何かを誤魔化そうとしているのはよくわかった。

「そう、なんでもないんだ」
「そう、ですか」

 フェンナのその言葉を聞くとキースは二人から飛び退り、離れる

「これ以上お二人さんの中を邪魔するのも悪いんで、俺っちはここらで退散だ。See you!」

 そう言い残し、逃げるようにしてキースは走り去り、

(やべぇやべぇ。話の持って行き方を間違っちまった……いきなりアイリの相談に乗ってやってくれなんて、隊長には無理な話だったな。っましゃぁない。いちおうアイリとは話をしてみますかね……俺じゃ駄目なんだけど、八つ当たりするだけでも少しは気が晴れるだろ……美形の俺様の顔に痣が出来ませんように)

 アイリを探しに運動場へと向かった。

――

 

 空気が爆ぜる音と鈴のような軽い音が交互に生まれ、すぐさま吸音性の高い壁へと吸い込まれ、消え行く。
 ここはアルサレア要塞内、室内射撃練習場。
 二十ヤード――約十八メートル――前方にぶら下がっている黒い人型のシルエットが描かれた紙を睨みつけ、アイリは一人、イヤープロテクタもゴーグルも着けず、黙々と銃を撃っていた。練習場に入ってきた時は何人か先客いたのだが、彼女の発する雰囲気が空気と混じり、居心地の悪い化合物を作り出したため、みな出て行ってしまった。
 頭の中に浮かんでくる微笑み合うグレンリーダーとフェンナの姿、ぞんざいな態度でアイリに返事をするグレンリーダー、仲良く腕を組んで買い物をするグレンリーダーとフェンナ。
 その目で見た物、見ていない物、苛立たせる映像を打消すように、アイリは荒っぽくトリガーを引く。
 ろくに構えもせず、ただ闇雲に撃っているせいでなかなか命中しない弾、当ってもまったく感じられない手応え、それがますます苛立ちを募らせて行く。

「っもう、これだから銃って嫌いなのよっ!」

 声も銃声と同じように虚しく壁に吸い込まれて行く、それも彼女を苛立たせる。今はどんな些細な事も苛立ちを悪化させるだけであった。
 何で私はフェンナみたくできないのかな?――それは恐ろしいから、彼を傷つける事が。
 アイリはそれを、自分の本心をわかっていた。だが、言葉にはならない。思考にも、イメージにも。
 存在しているのは確かなのに、よく見えないあいまいな物でしかない。あいまいな存在を捉えられずにいるせいで、胸の中で苛立ちばかりが大きく成長して行く。
 急に銃の引き金が動かなくなった。
 見るとスライドが途中で止まっている。排莢口は詰まっていない。どうやら弾の装填時に不具合が生じたようだ。
 アイリは右手でグリップを握ったまま、左手で荒っぽくスライドを動かそうとするがびくともしない。
 夢中になってスライドを弄っている内に、まだ冷え切っていない銃口に手が触れる。
 反射的に両手を離したため音を立てて銃が床に落ちた。
 彼女はそれを忌々しげ気に見下ろし、踏みつけようと足を上げる。

「このっ」

 だが、足はなかなか踏み降ろされない。
 アイリはそのままの姿勢で動きを止めた。
 しばらくすると、ゆっくりと息を吐きながら床に足を下ろす。
 おもむろににしゃがみ込み、銃を手に取り、表情のない顔で手の中のそれを見る。
 大きく息を吸い込み振りかぶると、壁面に掛けられている射撃練習場備え付きの銃に向かって投げつけた。
 室内に派手な音を響かせ銃が床に散らばる。音はすぐに消えてなくなりしんっと静まり返った。

「おいおい、銃をそんなに乱暴に扱うなよな」

 アイリの耳に、どこかおどけた調子の緊張感のない声が聞こえきた。
 聞きなれたその声、キースだ。

「何か用、キース」

 そう言うと彼の方を振り返りもせず、床に散らばる銃の所へと行き、ゆっくりとした動作で壁に掛け直して行く。

(まったく何やってんだろ、あたし……)
「ジャムった位で銃に八つ当たりはよくないと思うぜ」
「はいはい」

 キースの言葉を聞き流しながらアイリは黙々と銃を片付ける。

「しっかし、相変わらず下手だなぁ」

 アイリがキースの方を振り返ると、イヤープロテクタを手で玩びながら、彼女が使っていた的を手前に引き寄せ、眺めていた。

「キース、何の用なのよ。あたしに喧嘩売りに来たわけ?」

 声を震わせながらそう言って、目を吊り上げ彼に歩み寄る。
 アイリは内心、キースを思いっきりぶん殴ってやりたい気持ちを抑えていた。

「ほんと、相変わらず下手だなぁ」

 彼のその言葉に、堪忍袋の緒が張り詰める。

「うるさいわね。銃は苦手なのよ」

 目をそらした。これ以上、顔を見ていると緒が切れかねない。

「っま、そうだろうな。こう言うのはマイペースな人間の方が向いてるんだ。鼻息の荒いじゃじゃ馬にゃぁ向かないわな。手元がすぐにぶれちまう」
「何よ。どういう意味よっ!」

 思わずキースに向かって拳を振り上げた。
 彼は大袈裟に背中を丸め、両手で顔を覆う。指の間からおっかなびっくりとして表情が見える。

「おいおい、怒るなよ。褒めてんだぜ」

 褒めてる? どこが?
 アイリは振り上げた拳にさらに力を込める。

「そう言う風にはぜんっぜん、聞こえなかったけど」
「そうか? 聞き間違いじゃないのか?」

 彼は怒り爆発寸前のアイリを恐がるような動作をしながらも、それを微塵も感じさせずに言うと、馬鹿っぽく実にわざとらしく、にかっと笑った。

「はぁ……」

 掴み所のない、ひょうひょうとした態度が堪忍袋に穴を開けた。溜息と共に怒気が外に漏れる――キース相手に、あたし何を苛々してんだろ。馬鹿馬鹿しい。

「まったく何しに来たのよ。あたしに喧嘩売りに来たわけ?」

 あたしに喧嘩売りに来たわけ?
 先と同じ言葉だが、今の言葉には怒りの臭いは感じとれない。キースのペースに乗せられて僅かながらも普段のアイリに戻っていた。

「冗談言うなよ。お前と喧嘩なんかしたら俺様の誰もがうらやむ顔に傷がついちまう」

 キースは拳を作って自分の頬に押し当てる。

「じゃあ、何しに来たのよ」
「射撃練習」
「だったら、黙ってやれば」
「つれないねぇ」

 大袈裟に首を振ると、壁に掛けてある銃を取りに行く。
 アイリは自分のレーンに掛かっている的を眺める。

(たしかに、あたしって下手だよね)

 的の穴は全体的にまんべんなく開いていた。ある意味器用ではあるがお世辞にも上手いとは言えない。

「キース、あたしのこと下手だって言ってたけど、あんたはどうなのよ」

 と、隣のレーンに付いてキースに尋ねる。

「スナイパーキース様の腕前を疑うのか? まぁ見てなって」

 的をぶら下げ、レーンの直ぐ脇にある壁面に付いているボタンを押し、二十ヤードの位置まで移動させる。
 壁でマガジン軽く二、三回叩き装填。スライドを引き、銃を構え、普段の行状からは想像もつかないような真剣な顔をし、発砲。
 早くもなく遅くもなく、一定間隔で全ての弾を撃ち尽くす。

「っま、こんなもんだな」
「こんなって、どんなよ」

 キースは意味ありげに笑うと的を引き寄せた。
 アイリがそれを覗き込む。
 マンシルエットの顔、ちょうど目に当たる部分に穴が二つ開いていた。

「なにこれ、二発しか当ってないじゃないの」
「……まぁ、そんな風にも見えるわな……にしてもさ、この撃ち終わった的って性格が出ると思わないか?」
「なによ、突然」
「俺様のはよ、実に精密。しかも芸術的に見える」
「どこがよ? 二発しか当ってないのに」

 冷ややかな言葉と視線を無視して言葉を続ける。

「アイリのは実にいい加減と言うか、行き当りばったりと言うか……うぅん、そうだな。数撃ちゃ当るって感じだ」
「つまり下手って事でしょ?」
「そうとも言う……でもよ、いま肝心なのは性格だ。性質って言っても良いかな。要するにアイリはだな、狙ったりなんかしないでがむしゃらに撃ちまくる性格。考える前にまず行動、当って砕けろ、結果がなんだ、なるようになるさ、悩まず気楽に行こうぜ、Baby! って感じだ」
「言ってる意味がわかんないわよ、キース」

 キースは急に真面目な顔になる。

「俺らはよ。PFなんてもんで守られてるから忘れがちだが、兵士だ。毎日戦場で命を賭けてる」
「そんなのあたり前じゃない」
「いつ死んだっておかしかない」
「……」
「だからよ。一日一日後悔しないように生きてかにゃいかんと思うんだよ」
「だから何よ?」
「お前らしくもなく、うじうじ悩んでないで、何でも良いから隊長に声掛けて、話せって事だよ」
「何でそこで隊長が出てくるのよっ!」

 彼の言葉を打消すようにアイリは声を荒げた。

「言うまでもないだろ」
「……隊長にとってはあたし何かよりも……フェンナの方が」

 下を俯いて消え去りそうな声で囁く。

「そんなもん、関係ねぇだろ」
「あんたこそ関係ないじゃないの、あたしはキースみたいに軟派じゃないのよっ!」

 手に持っていた銃を床に投げ捨てるとアイリは足早に射撃練習場を後にした。

(あぁあ、よけい悪化させちまったかな……やっぱし硬派な俺には無理だよなぁ。隊長が優しく一声掛ければそれで全部終わるんだけどな……まぁ、あの朴念仁にはそんなの期待できないか。それに隊長も隊長で最近おかしいしな……我ながら知りすぎた男は恐いねぇ。っま、なるようにしからないからな、良いさ)

 自分が的に開けた、目のような穴を見た。

「お前どう思う?」

 的は節穴の目で答える。
 キースは一人微笑み、鼻で笑うと「Que sera sera,Whatever will be will be ♪」と歌いながら練習場を後にした。

――

 

 キースと分かれた後、フェンナとグレンリーダーはその足を食堂へと向けていた。
 グレン=クラウゼンの令嬢フェンナ=クラウゼン、アルサレアの若きエースパイロットグレンリーダー。
 有名な二人が食堂の扉を潜ると視線が一斉に集る。
 グレンリーダーは鈍いおかげでそれに気が付きもせず、フェンナは幼少の折から多くの視線に晒されて生活してきたが故にさして気にもせず、向かい合わせに席に着くと、

「それで、ノギ・カグヤって人なんですけど、よく一緒にオルフェンやファーレンでおいしい喫茶店を探して歩いてたんです」
「喫茶店?」
「彼女、コーヒー好きなんです」
「ぁぁ、なるほど」
「カグヤさん、とっても優秀でどこかの特殊部隊に配属されたらしいんです。ここに来る前もしかしたらグレン小隊なのかなぁって思ってたんですけど、違ったみたいですね」 「アルサレアには特殊部隊は多いからな」
「でも、カグヤさんぐらい優秀だったらトップクラスのグレン小隊に居てもおかしくないと思ったんですけどね」
「まぁ、特殊部隊の中でもグレン小隊はさらに特殊な部類に入るからな。成績とかそう言うのだけじゃ配属にならないよ」
「……やっぱり、わたしはお父さんの娘だからな……入れたのかな」
「え?」
「なんでもありません、なんでも。ところで少佐はザックシティ行った事あります? あそこ何でもあるんですよね。まぁ、そこもカグヤさんとよく行ったんですけどね。ほら、コーヒー豆って貴重だから――」

 二人はフェンナの訓練校時代の話などをしながら食事を楽しんだ。そして、食事を終え食堂を出るとグレンリーダーは言った。

「フェンナ、いつ出撃になるかわからない。よく休んで置けよ」
「はい。グレンリーダーこそしっかり休んでくださいね。疲れた顔、してますよ」
「そうか?」
「はい……じゃぁ」
「あぁ……」

 背を向け自室へと行こうとするフェンナの背中に、声を掛けようと思ったが言葉は出なかった。

――

 

 自室へと戻ったグレンリーダーは深く息を吐き、ベッドに腰掛けた。
 顔を両手で覆い自分の行動を思い起こす。

(どうも……ミラムーンでの作戦を終えた後の俺は、感情が昂っていたな……どうしてしまったんだ新米じゃあるまいし……あの夢にうなされていた反動か?)

 あの夢、何度となく繰り返し見たグレン将軍の死を見取り最後の言葉を聞くその光景。
 彼は頭の中に浮かんだ光景を頬を叩いて消し飛ばした。

(いや、違う……彼女だ)

 ベッドから立ち上がり、いつも携帯している銃を机の上に置き、服をベッドに脱ぎ捨てシャワールームに入る。
 シャワーからこぼれる暖かいお湯を浴びると、体が弛緩し心も緩んだ。

「もう少し、フェンナと話していたかったな」

 不意に口からそんな呟きが漏れると、

「くくく……くく、く、はは、はははははっ」

 あまりフェンナと話したくはないと思っていた自分から出た言葉とは思えず、笑いだしてしまう。

(そう、そうだな。相手がフェンナだったから……俺は口があんなに軽くなっていたのか)

 朴念仁と自分が呼ばれている事は知らないが、人と比べ口数が少ないのはよくわかっている。
 フェンナといつもより口数多く話している自分を思い出し、つい口を滑らせてはいないかと不安になる。同時に、口を滑らせてしまったのならば「それも良い」と言う気持ちもあった。
 滑らせていたならば、もうこれ以上苦しむ必要がないのだから。

(考えても仕方がないな……俺には待つ事しかできないんだ)

 シャワーを止め、体を拭き、気持ちと共に新しい軍服に着替えると、メールを確認するために端末の置いてある机に向かう。
 まずは私信の方を調べてみる。
 未読の新着メールは二件、一件の差出人はアイリ。もう一件は、

「ギブソン……ギブソン=ドゥナテロか、懐かしいな」

 ギブソンはかつては戦場で肩を並べ、生死を共にした戦友だ。
 彼がグレン小隊に所属してからは二人とも別々の戦場へと赴くようになりまったく会っていない。噂でどこかのPF砲戦部隊に配属されたと聞いた事がある。
 グレンリーダーの脳裏に、ギブソンとの思い出が蘇る。
 あの頃は気負う物もなく、ただひたすらアルサレアのために思うぞんぶん力を尽くしていた。
 あの頃は疲れなど知らず、体中に力が蘇っていた。

「歳をとったかな……」

 そう言いながら、まだまだ若い自分の年齢を思い出し苦笑する。
 グレンリーダーはディスプレイに視線を戻す。
 日付によるとギブソンからのメールが届いたのは、バストゥール研究所へ向かう前のようだ。研究所へ行く前にメールのチェックを行った記憶はあるが、どうも見逃したらしい。
 メールを開いてみる。

 【よう、久しぶり。元気だったか?
 またこっちに厄介になりに帰ってきたぞい。
 しばらく会ってなかったが、お前さんの活躍は向こうの戦線まで轟き渡っていたぞい。
 派手にやっているようじゃないか!
 そのうち発令があるとは思うが、今度お前さんの部隊と共同で作戦にあたる事になったんでな。古巣に戻って来たって訳じゃ。
 ま、よろしく頼むぞいっ!】

 語尾に「ぞい」がやたらと付くギブソンの懐かしい声が頭の中に蘇った。

「相変わらず“ぞい”は取れてないんだな……それにしても」

 心の中で「そのうち発令があるとは思うが、今度お前さんの部隊と共同で作戦にあたる事になったんでな」と言う言葉が引っ掛っていた。
 グレンリーダーはグレン将軍宛のメールアドレスを開き、着信メールをチェックする。
 作戦に関連するツェレンコフからのメールはない。
 今の所、能動的な大規模作戦はないようだ。各戦線では、臨機応変に受動的な防衛任務を勤めているのだろう。
 ヴァリムに対しこちらから打って出る必要のある作戦があれば、グレン小隊が関わろうが関わるまいが、参謀本部長からのメールが来るはずだ。
 ところが、理屈の上ではグレン将軍の許可がなければ作戦の準備は行われないはずなのにギブソンのメールによると、すでにグレン小隊と彼の所属する部隊との合同作戦の準備が進められているらしい。
 たしかにいちいち最高権力者の許可を待ってから準備を始めたのでは遅い、急を要する作戦ならば決裁を求めるメールは来ないかも知れない。
 だが、準備する期間があるほど時間的余裕のある作戦である。もっと前にメールは来ていても良いはずだ。
 それこそ、ギブソンからのメールが来る前の段階で。
 グレンリーダーは疑問に思った。

(俺は本当に……影武者として必要なのか? フェンナを騙し続ける必要なんてあるのか?)

 自分の知らないところで進められている作戦。
 手続き上必要なだけの自分が行う決裁。
 形の上では作戦の採否を決めてはいるが、参謀本部長の作戦を却下する権限を与えられているのだろうか。
 自分が否と答え、作戦が中止されることなどあるのだろうか。
 自分が影武者としてやっている事は、何の意味もないのではないだろうか。
 本当に参謀本部長は自分に採決を任せているのだろうか――俺はたまたま将軍の死に遭遇したからこの役割を与えられただけで、本当は必要ないんじゃないのか?
 与えられた役割への不信感と、立場上知ってるはずなのに自分の知らぬ所で動いている事への不安感が混ざり合い、得体の知れない恐怖心となり、体の内側を這い回る。
 グレンリーダーは目を閉じ、深呼吸を行い自分を落ち着かせようとする。
 数分間、何もかも忘れ呼吸のみに集中していると恐怖心は感じられなくなった。

(……ふぅ。本当に俺はどうしたんだ。些細な事で落ち着きを失うなんて……自分の知らぬ所で動いている事があるのは当り前じゃないか、閣下だって軍の全てを把握できていた訳がない……落ち着け、落ち着いて目の前の敵に一つ一つに的確に対処すれば、生き残れるさ……その時まで)

 ディスプレイには将軍宛のメールが表示されている。
 フェンナからのメールとミラムーンのクレスト=ウォールナーからのメールが届いていた。
 まずは、クレストの方を確認。
 内容は件の研究所の礼と、ヴァリムの工作に気を付けて下さいと言う物だ。
 続いてフェンナのメール。
 ギブソンのメールと同じく前回の作戦前に届いている。これもチェックし忘れていたようだ。
 グレンリーダーは見ようか見まいか、逡巡する。
 見れば気が滅入るのはわかりきっている。だが、見る事はなかば義務の様な物――大袈裟だが――これも一つの罰。
 指が小刻みに揺れ、心臓が激しく鳴り出す。ロシアンルーレットでもしているような気分だ。
 迷った末に、メールを開いた。

 【お元気ですか、お父さん。
 今日帰り道に、花屋さんのそばで、子犬を拾いました。
 ほとんど真っ白なんだけれど、耳と尾の先だけすこし茶色くなっていて、とても綺麗な子なの。

 箱の中からまっすぐにこっちを見ていて、なんだかほっとけなくて、つい連れて帰ちゃった。
 それを言ったら、クレア姉さんに笑われちゃいました。

 その子はとても甘えん坊な子で私の後をついて回るの。名前はラヴってつけました。
 これも姉さんに笑われてしまいました。ぶー。

 今、我が家の話題は、ラヴの事で持ちきりです。
 お父さん、早く帰ってこないと居場所がなくなっちゃうぞ。

 早く帰って来てね、お父さん】

 グレンリーダーは案の上、見なければ良かったと後悔した。
 怒りとも悲しみとも取れる感情に体が打ち震える。
 たかがメール。
 しかし、銃弾を体に撃ち込まれるよりも辛いものであった。
 端末を切ろうとして、自分宛にアイリからのメールが来ている事を思い出した。
 開いてみると件名には「隊長、お疲れ様」とあったが、本文は白紙。
 グレンリーダーはキースが「アイリの相談にでも乗ってやってくれないか」と言っていたのを思い出し、このメールは何か関連があるのだろうかとも考えた。
 アイリにメールを送ろうと思い本文を打つためにキーボードに指を掛けたのだが、いまだ動揺冷めやらぬ彼は、まったく文章が浮かばない。

(後で、送れば良いか……)

 アイリにメールを送るのは止め、端末の電源を落とした。
 グレンリーダーは袖で額を拭う。先ほどシャワーを浴びたばかりなのに額にじっとりと嫌な汗をかいていた。
 洗面所へ行き顔を洗う、鏡を見ると目だけがぎらつく酷い表情の自分が居た。

(戦闘なんかよりも……メールを確認する作業の方が遙かに疲れるな)

 ベッドに戻ると横になり目を瞑る。が、ものの数秒も経たないうちに目を開く。
 眠れそうもない。やたらと目が冴えている。
 上体を起こしベッドに腰掛けどうしたものか考える。できれば今のうちにまとまった睡眠を取っておきたい。
 睡眠薬でも飲むか?――それは気が進まないな
 立ち上がり部屋の中を歩き回る。どうしたものか、どうしたものか。

(仕方がない……寝るのは止すか)

 かと言ってこれと言ってする事が思い浮かばない。
 フェンナはどうしてるだろう、彼女と話して時間を過すか――いや、たぶん寝ているな。
 ふと、机の上の銃が目に付いた。
 グレンリーダーは手に取ると、ふむんと唸り一人頷く。

(分解掃除でもするか……)

 ロッカーから道具を取り出し、机の上に広げ始める。
 そして数十分後。
 掃除を終えたグレンリーダーは部屋を後にし、特に目的もなく施設内をぶらつく事にした。
 アイリにメールを送ろうと考えていた事など、頭の中からすっかり消え失せていた。

――

 

 ビニールが掛かったままの硬いシートに腰掛け、独特の化学臭に囲まれながら、開放されたハッチから見えるPF格納庫の薄汚れた天井を、アイリは眠そうな目で眺めていた。
 アルサレア要塞内にあるPF格納庫。
 カシュー平原の戦闘時に大破したアイリとキースのJファー。
 修理の予定だったが思いのほか損傷が酷かったらしく、ほんの数十分前に新品のJファーが二人のために届けられた。
 アイリは真新しいJファーの調整作業を行うためコックピットに乗りこんだのだが、作業はまったくはかどっておらず、先ほどから天井ばかり見上げていた。
 とろんっとした目つきのアイリ。
 作業が進まないのは、眠いのもあるが、頭の中がつい数時間前に見たグレンリーダーとフェンナの姿、お似合いのカップルに見える二人の姿でいっぱいのせいだった。

「久しぶりに見たなぁ……」

 楽しそうに話すグレンリーダーとフェンナの姿を思い浮かべ、アイリは一人そう呟くと、胸ポケットから一枚の写真を取り出した。
 グレンリーダーとアイリが並んで写っている写真だ。
 何故か右側約三分の一の所で折り曲げられている。金髪が微かに写っていることから、折られた方に写っているのはキースだとわかる。
 その写真に写っているグレンリーダーは笑顔だった。
 陰りのない、何の不安もない、人を勇気づけ、人の注目を集める笑顔。
 そして、その笑みは失われて久しい笑みだった。
 そうあの日……隊長がグレン将軍の護衛任務に失敗して、将軍に入院するほどの怪我を負わせてしまった日。
 あの日から、隊長は何か思いつめているような表情をよくするようになった――でも、ミラムーンから帰ってきた隊長は笑ってた。前みたいに。
 アイリはグレンリーダーが暗い表情をするようになってからと言うもの、力になりたいと切に願い、彼女なりに彼の不安を少しでも解消しようと色々と努力してきた。
 しかし、アイリがいくら話しかけても、どんなに笑いかけても、グレンリーダーはまるで彼女から距離を取るようにして、まったく振り返らなかった。
 酷く不安だった。
 暗い影に覆われたグレンリーダーが心配だった。
 ところが、ほんの数時間前にミラムーンから帰ってきたグレンリーダーからは陰りが消えていた。
 何があったのかはわからない。
 ただ、フェンナとグレンリーダーが笑い合っているのを見たアイリは、二人の間で何かあったのだと直感した。
 それが何なのかはわからない。わからないだけにもどかしい。
 そのもどかしさとフェンナへの女性としての嫉妬の感情、その他諸々、さまざまな感情が入り混じり、アイリはほんの少し前まで苛立ちを募らせていた。しかし今は射撃練習場の一件でキースに毒気を抜かれたのか、ただ疲れ、眠気だけが残っていた。

(……隊長の事ばっか考えててもしょうがない。セッティングやんないと)

 どうにか頭を切り替え、作業を行う。
 セッティングと言っても、初期設定を行えば良いだけでたいした手間ではないのだが、今にも目蓋が落ちてきそうな彼女には面倒な作業であった。
 途中何度か眠りの淵に沈み、その度にグレンリーダーの事を思い出しては手を止め、頭を切り替えて作業を再開。そしてまた、眠りの淵に沈み……頭をかっくんかっくん揺すりながらも何とかセッティングを終えると。

「へへ、たいちょぉ〜終わったよぉ〜」

 夢の中の隊長に、にへっと笑いかけその場で眠りに落ちた。


 

 ――赤々とした渦巻き太陽が尻尾をバタつかせ、地平線の彼方へと沈みかけている夕暮れ時。
 熟し切ったオレンジの色彩の中、二機のPFが剣戟を繰り広げていた。

「アルサレアは俺が守るっ!」

 まともに立つ事が出来ないほどに洗練され過ぎたフォルムのJファーカスタムアーリータイプを駆る、ステキなタイチョ。

「ぬはははははっ!」

 やたらと刺々しい如何にも悪と言うオーラを漂わせたクロトゲヤシャを操る、にっくきヘッポコカラス野郎。
 レーザソードが宙を舞う。ぶわんぶわん。
 サムライソードが空を切る。しゅぱしゅぱ。
 ぶわんぶわん、しゅぱしゅぱ。
 ぶわんぶわん、しゅぱしゅぱ。
 ぶわんぶわん、しゅぱしゅぱ。
 二人の戦いは互角のように思えた。がしかぁし、格好良さを重視し過ぎたアンバランスなタイチョの機体が小石につまずいてド派手に転んでしまう。

「だぁはは、覚悟しろぉ」

 クロトゲヤシャがサムライソードを振り上げる。
 タイチョ、ぴぃんち。

「まてぇっ!」

 そこでぐるぐる太陽を背に、PFに乗って颯爽と現れる西方不敗マスターヒロインアイリちゃん。

「乾坤一擲、アイリぱぁんちっ!」

 天地を揺るがし炸裂する見的必殺パンチ。

「覚えてろよぉ〜〜〜〜〜!」

 悪役にありがちな台詞を残し、きらぁんっと星になるヘッポコカラス野郎。

「タイチョ、“問題ない”ですか?」

 機体から駆け下りタイチョの下へ。

「あぁ、問題ない」

 さわやかな白い歯を見せながら笑顔で答えるタイチョ。

「アイリ、いつも助けてくれてありがとう」
「うぅん、あたしはタイチョから“ありがとう”って言ってもらえれば疲れなんか一瞬でぶっ飛んじゃうし、タイチョのために、なんだってできるよ、なんだって。落下するサーベイルだって止めて見せるよ。だってあたし、隊長の事……」

 見詰め合う二人、二人だけの世界。
 しかしその世界は長く形を維持できなかった。空に突如暗雲が立ち込めたかと思うと、稲光が――。


 

「やばっ、フラッシュを切り忘れた」

 アイリが夢から覚めると孤独な暗闇がそこにあった。

(隊長……消えちゃった。まだ言ってないのに)

 肌に感じる空気はひんやりと冷たく、遠くからは働く作業員たちの声が聞こえてくるが、まだ心地良い夢の中のような気分だ。

(もう一度眠れば、また隊長に会えるかなぁ)

 アイリは隊長の事を思い浮かべ顔をほころばせた。

「よしよし、まだ起きてねぇな」

 半覚醒状態のアイリの耳に男の声が聞こえてくる。

(隊長の声? まだ夢の中なのかな……でも、なんか隊長とは違うような、隊長だと良いな)

 アイリは思い人を目蓋の裏に描きながらゆっくりと目を開いた。
 が、そこに居たのは。

「「あ"っ」」
「キース……何してんの」
「いやぁ、なんだろなぁ」

 キースをよく見ると、手にはカメラを持っている。それで何を撮っていたかと言えば……この状況だ、彼女しかいない。

「ちょっと、なに撮ってたのよっ!」

 グレンリーダーとの――実際夢なのだが――夢のような一時を邪魔されたアイリは機嫌が悪い。
 眉尻を吊り上げ硬く厳しい顔になり、拳に力を込めた。
 しかし、機嫌が悪いと言っても少し前まで隊長とフェンナに抱いていたやりきれない気持ちからくる不快なものではなく、キースの行動に対する不機嫌。
 ここ最近感じていなかったある意味、アイリらしい真っ直ぐでシンプルな感情であった。

「……狂暴な山猫を、だな」
「誰が山猫よっ!」
「誰もお前の事だなんて言ってな……あ、隊長、助けてくれよぉ」

 キースが遠くに向かって手を振りながらそう言った。
 アイリは「隊長」と言う言葉に反応して、柔らかい表情になり拳を解き、キースの視線を追う。
 恋する乙女として――今更な感はあるが――隊長の前で、がさつな乱暴物ではなく大人しい女の子でいたいのである。
 隊長を探したがどうも姿は見えない。キースに視線を戻すと目に入ってきたのは逃げ去る背中。

「まてぇっ!」

 金色鼠を追って桃色山猫は走り出す。その姿はどこか楽しげである。

「むわぁてぇ〜」

 追跡者の声が後ろから聞こえてくる。
 余裕があれば何か言葉を発しておちょくるところだが、今のキースにそんな余裕などなかった。
 全速力で走っているにもかかわらず、距離が徐々に縮まっているのだ。

(やべぇ、アイリは落ち込んでたから楽に逃げ切れると踏んでたが、どうも簡単には逃げ切れなさそうだ……くぅ、まずいまずい、このままじゃ“アルサレアの乙女”に投稿できねぇぜ……隊長どっかにいねぇかな……)

 後悔しながら、キースは要塞内をグレンリーダーの姿を求めて疾走した。

――

 

 自動ドアが開き、金髪の青年キースが「待ちなさぁいっ!」と言うアイリの叫び声と共に休憩室に飛び込んでくる。
 けっきょく眠る事ができずに施設内をぶらぶらと歩き、この休憩室へと辿り着いたグレンリーダー。
 何をするでもなく部屋の奥でぼぉっとしながらコーヒーを飲んでいた彼が、静かに顔をあげるとキースがこちらに向かって走ってくるのが見えた。

「隊長、助けてくれ。あのじゃじゃ馬おっかねぇったらありゃしねぇ。うわっ、来やがった」

 そう言ってグレンリーダーの座っている椅子の後ろに身を隠す。
 一目見ればそこに隠れていると誰にでもわかってしまうような隠れ方だ。
 声は本気でアイリを恐がっているように聞えるが、行動はとてもそのように見えない。
 そんなキースの行動に彼は思わず笑みをこぼした。

「キース、あたしから逃げようったって、そうはいかないわよ」
「アイリ、どうした」

 興奮して朱色に頬を染め眉間にしわを寄せているものの、どこか迫力に欠けた可愛げな怒った顔のアイリに、グレンリーダーは尋ねた。

「た、隊長。なんでもないよ、です。キースが……あぁもうキース、早く寄越しなさいよっ!」

 いつものアイリなら「隊長、キースったらこうなんだよ」と説明を始める所なのだが、どうも今回は様子が違う。
 朱色だった頬を薄紅梅色に変え、恥ずかしそうにしている。

「何をしたんだ?」

 アイリは答えてくれそうもないので、椅子の後ろに居るキースを覗き込み尋ねた。
 すると彼は、既にそこに隠れているとばれているにもかかわらず、手を横に振ったり人差し指を立て口に近づけしぃっと、態度で「隊長、俺に話掛けちゃ駄目だって」と答えた。

「出てきなさいよ」

 アイリがグレンリーダーの後ろへと回り込み、椅子に隠れているキースの襟を掴む。

 

「まいった。ギブアップギブアップ」

 キースは観念したのか両手を上げる。アイリは彼が右手に持っているカメラを取り上げた。カメラがこの騒ぎの原因らしい。

「キース。これどこに記憶ディスクが入ってるのよ」

 カメラの操作方法がわからないらしい。

「そんなもんねぇよ。記憶媒体は感光フィルムだからな」
「じゃあ、そのフィルムってのはどこに入ってるの」
「さぁて、どこでしょうねぇ」
「キース、教えないとこのカメラ壊すわよ」

 言うが早いかアイリは床にカメラを置き手近な椅子を持ち上げた。
 その時グレンリーダーが突然椅子から立ち上がり、アイリに向かって敬礼する。

「な、なに。隊長?」

 彼女は彼の唐突な行動に驚きぽかんっと口を開けた。
 そんなアイリをよそにキースまでもが敬礼――いったいどうしちゃったの二人とも?
 椅子を持ち上げた姿勢のまま二人をよく見た。どうやら視線は彼女の後ろへと向かっている。
 恐る恐る振り返ると、そこには参謀本部長ツェレンコフ=ゴルビーの姿が。

(げげ、参謀本部長。なるほど二人とも参謀本部長に敬礼してたんだ。あたしも敬礼しなくちゃ)

 敬礼しようと言う考えが手に持っている椅子の存在を忘れさせた。
 椅子は下へとまっ逆さま。音を立てて床とぶつかる。アイリは思わず、

「うわぁっと」

 自分の立てた音にびっくりして後ろに跳び下がった。
 部屋にはなんとも言えない空気が漂う。
 アイリはともかく参謀本部長に敬礼。
 恐る恐る参謀本部長の様子をうかがった。

「少佐、ちょっと来てくれるか」
「はっ」

 参謀本部長はアイリの行動などまったく気にしている様子もない。
 呼ばれたグレンリーダーは、床に置いてあるキースのカメラを拾い上げると参謀本部長の方へと歩き出す。

「隊長ちょっと待っ……」

 アイリはカメラを持っていこうとした隊長を呼び止めカメラを渡して貰おうとしたが、参謀本部長の手前、途中で言葉を呑み込んだ。

「二人ともこれは俺が預かっておく。いいな?」
「「了解」」

 参謀本部長とグレンリーダーはそのまま部屋を後にした。そして部屋に残った二人は、

「ちょっとキース。あんたのせいでとんでもない恥をかいちゃったじゃないのっ!」
「What? 何で俺のせいになるんだよ」

 いつものやり取りを始めるのであった。

――

 

 そのころフェンナは、特別に用意された個室のベッドの上で膝を抱え意味もなく壁を眺めていた。
 眠った方が良いのはわかっていたが、眠れなかった。
 いや、眠りたくなかった。
 目をつぶると、ここ数日の間に見てきた恐ろしい現実が蘇りそうで。
 何よりも尊いものと考え教えられてきた命が、いとも容易くほんの一瞬にして蒸発して行ってしまう戦場の光景が蘇りそうで。
 もちろん、彼女自身がその目で人の死を見たわけではない。だが、感受性の鋭い彼女には、命が消え去る現場に居ただけでも、その衝撃は計り知れないものだった。

「どうして、戦争をしなくてはいけないの?」

 独りだけの部屋、答える者は誰も居ない。
 問いが壁に何度か跳ねやがて消え去り、空気に完全に溶け込み、吸気と共に彼女の中へ戻って行く。
 膝を抱えた姿勢のままベッドの上に横に倒れる。涙が自然と流れ落ち、シーツを濡らした。

「……そうだ、報告書作らなきゃ」

 数分後、フェンナはそうつぶやき目蓋を閉じた。

――

 

 グレンリーダーは休憩室を後にし、黙って参謀本部長の後を付き従う。
 ツェレンコフが要塞内を歩いて行くと道行く人々が廊下のすみに寄り敬礼をする。
 多くの人が行き交い混雑するために普段は避けているアルサレア要塞のメインストリートとも呼べる通路でもそれは変わらない。
 ちょっとしたコンテナが通れる広い廊下の両脇に人々がずらりと並び一斉に敬礼をする。
 その光景を見ると、参謀本部長と個人的に親しくしているためにあまり感じていなかった階級の差、軍隊内での立場の差を強く感じさせられた。
 しばらく歩くと、要塞中枢エリアへと直通している高官専用エレベーターの前に到着。
 ドアの前に肩から銃を下げた警備兵がいた。
 警備兵はツェレンコフを見ると敬礼。本部長の後に付き従うグレンリーダーのボディチェックを行おうとしたが、「彼は良い」と参謀本部長が止めた。
 エレベーターが到着し扉が開く。エレベーターの中にまで警備の人間がいた。

(ずいぶんと物々しい警備だな、前はこんなに厳重ではなかったはずだが……)

 グレンリーダーは過剰と思える警備に、何処となく不安を感じ顔を曇らせながら中へと入る。

「あの一件以来、セキュリティを強化したんだよ」

 ツェレンコフが呟いた。

 参謀本部長の執務室がある階に到着。エレベーターから降り黙々と歩く。その時にグレンリーダーが感じたのは居心地の悪さだった。
 彼がいつも利用しているエリアは壁も床も実に殺風景で、色と言えばエリアを示す派手な原色のアルファベットと数字、床に描かれた線ぐらいな物だ。そしていつも喧騒に包まれ騒がしい。
 だがここは違う。
 肌寒い静寂に覆われ、床には柔らかな絨毯が敷かれている。壁には壁紙が張られ一定間隔で絵も掛けられている。同じ要塞内とは思えない、まるで別世界だ。
 ツェレンコフの執務室の前室に当たる秘書室に着いた。
 中にはメガネを掛けたポニーテールの女性秘書官が一人。彼女は参謀本部長の入室と同時に席を立ち敬礼する。

「おかえりなさいませ。参謀本部長、この後――」
「悪いが、彼と話がある。個人的な話だ。君は休憩してきてくれないか?」
「畏まりました。では、三十分ほど休憩させて頂きます」

 秘書官は何通かの書類を手に持つと、ツェレンコフとグレンリーダーに一礼し部屋を後にした。
 執務室に入ると、ツェレンコフは座り心地の良さそうな椅子に腰掛け、大きく息を吐いた。
 先ほどの歩いてきた廊下よりもさらに豪華な内装が施されておりグレンリーダーにとっては居心地の悪い空間だが、どうやら参謀本部長にとってはここが一番落ち着く場所らしい。
 彼は机の上の写真を取り、グレンリーダーに渡した。

「これは?」
「今度の少々大掛かりな作戦に関係する敵の新兵器の写真だ」
(ギブソンからのメールにあった大掛かりな作戦、あれに関係しているのだろうか?)

 写真には整備工場と思われる場所で肩膝を付いたヌエと、ヴァリムの整備員と思われる人々が行き交う姿が映し出されていた。
 新兵器らしき物は何も移っていない。

「よく見てくれ、背景をな」
「……背景」

 もう一度写真を良く見てみる。
 背景には壁しか写っていないように見えるが、良く見ればその壁はどこか不自然だ。湾曲を持っているように見える。
 特殊な構造をした整備工場だろうか?
 一般的な整備工場のイメージにはそぐわない壁だ。

「よくわかりませんが……変わった整備工場ですね」
「あぁ、実に変わった整備工場だ。そこに移っているのはヴァリムの新兵器の一部分」
「一部分?」
「そう。ヴァリムが開発した巨大空中空母オーガル・ディラム。それはその甲板。写真は空中空母が収められている整備工場で撮られた物だ。」

 巨大空中空母。
 いったい全体像はどれほどの大きさを持っているのだろうか。
 グレンリーダーは背筋に冷たい物を感じた。

「いずれ、例のメールが君の所に届くとは思うが、今回その空母の整備基地を叩く作戦が行われる」
「……厳しい戦いになりそうですね」
「ぁぁ、厳しい物になるだろう。PFを開発して以来、有利に戦いを進めてきた我々だが、いよいよ簡単にはいかなくなって来た。これからの戦いは、今まで以上に厳しい物になるだろう。防戦一方に徹してきた我々だが、攻勢に出ねばなるまい。君の」

 ツェレンコフは言葉を区切り、沈黙する。

「君の負担も、これから増えて行くだろう。小隊長としても……もう一つの役割としても」

 ゴルビーの口から言葉が紡ぎだされる度に、喉が締め付けられるような気がした。
 目を瞑り、深呼吸を一つすると、

「……参謀本部長」
「なんだ、少佐」
「グレン=クラウゼン閣下のご息女フェンナ=クラウゼン少尉を、多大な危険の伴う特務小隊の一員として……特に今回のように攻勢に出る作戦ともなれば、前線に出すのは危険です。彼女を安全な部署へ転属して頂けませんでしょうか」

 グレンリーダーは事務的な口調で陳情した。

「……」

 ゴルビーは椅子に腰掛け、腕組みをし、黙考した。

「先日、フェンナ様が突然家に訪ねられてきてな……」

 シガレットケースからタバコを一本取り出すと、とんとんっと机の上で叩き始める。

「犬を連れていたな、まだ小さい、白い子犬だ……ラヴとか言っていたかな」

 グレンリーダーはフェンナのメールを思い出した。

「犬に“愛”と名付けるとは……フェンナ様らしい。フェンナ様が言うには、たまたま近くまできたから寄ったそうだが、あれは嘘だな。私が閣下と親しい事を覚えていてわざわざ訪ねて来たんだろう……」

 ツェレンコフはおもむろにタバコに火をつける。

「私が“閣下はご健在だから安心して欲しい”と言っても目に涙を浮かべながら、何度も何度も“父はどうしているんですか?”と聞かれてな……やりきれんよ」

 天井に昇りゆく煙を見ながらツェレンコフは溜息を一つ。そして、

「閣下について――」

 灰皿にまだ長いタバコを押し付けた。

「――確信は持っていないが、何かあったと、感じ取っているのだろうな……女性は勘が良い、気をつけてくれよ」
「十分、注意します」

 なかなか自分の陳情に答えないツェレンコフにグレンリーダーは苛立ちを覚え始めた。

「参謀本部長」
「ぁぁ、わかってる」

 ツェレンコフは新しいタバコを取り出し、火をつけ、

「閣下の崩御は、もう少し世界の情勢が定まってから発表しようと思っている。同時に、次期指導者の決定もな。それまでは君に苦労をかける――」

 しばらく、タバコの先端の赤い光を見ながら話を続ける。

「――次期指導者としては、長女であるクレア様になって頂くのが一番望ましい。クレア様は昔から閣下に同行して色々と見聞きしているし、何よりも閣下から受け継いだカリスマ性がおありだ。ただ、クレア様は病弱だからな。フェンナ様は……」

 一旦言葉を区切り、一口も吸っていないタバコを灰皿に押し付け、椅子から立ち上がり、部屋の中を歩き出した。

「……フェンナ様は……私は人の上に立てる人間ではないと思っている。平凡だ、至ってな。人と共に泣き、人と共に笑い、あまりにも普通の人間だ。苦労や不安を知らな過ぎる」

 ツェレンコフの同意を求めるような視線に、グレンリーダーは目をそっと瞑り。

「わかりかねます」

 と言った。
 彼は内心、参謀本部長に対し怒りを感じていた。
 まだ出会って数日とは言え、不安と恐怖に襲われながらも、それに耐えている彼女を知っているから――フェンナは苦労や不安を知らない人間などでは断じてない。断じて。
 そうでなければ、あの研究所で死を覚悟した時の彼女の呼びかけは、心に届く事はなかったはずだ。

「フェンナ様には、色々と現実を見てもらわねばらない。彼女は今まで箱入り娘として育てられてきたからな。この戦しかないアルサレアにあって戦場を知らずに育ってきた数少ない人間だ」
「だから……グレン小隊に配属した」
「そうだ」

 つまり「転属は認められない」とグレンリーダーは理解した。
 わからなくはない、わからなくはないが、あまりにも酷ではないだろうか。
 グレンリーダーは口を開いた。

「酷すぎませんか……彼女は、何も知らずに」

 それ以上言葉は続かなかった。
 皮下で様々なものを巻き込みながら感情が渦巻き、思考は乱れ、自分が何を言いたいのかよくわからなかった。

「少し頭を冷やせ。個人的な感情は事態を混乱させるだけだ。現実だけを見ろ……いずれアルサレアの後継者について君の意見を聞くだろう。その時までによく現実を見極めておいてくれ、現実だけをな」

 それだけ言うと、ツェレンコフは窓まで行き外の景色を眺める。
 グレンリーダーは何も言わない。
 しばらくすると、ツェレンコフが口を開き、

「もういい下がれ」
「参謀本部長。前線がどれだけ危険か貴方はわかっているはずです……」
「君が守れ。それとも、自信がないか?」
「……」
「彼女に何があったとしても、君が最善を尽くしたのなら悔やむ事はない……閣下の事に付いても同じだ」
「それは……」
「もし、彼女が命を落とすような事があったとしても、それはその程度の器だったと言う事だ。わしはそのような事はないと思っているがね。君は命にかえても彼女を守り抜く……違うか?」
「……」
「下がれ。よく休んでおくと良い。これからは休む間などないかも知れないぞ」

 グレンリーダーは何も言わずに、言葉に従い部屋を後にした。
 ツェレンコフは独りになると、窓に映る自分の顔に向かって話し始めた。

「これからますます戦争は酷くなって行く。今が一番大事なときだと言うのに……グレン、お前は何故死んだ? わしはお前を恨むぞ、厄介ごとばかり残していきおって」

 窓には見知らぬ寂しそうな老人の顔が映っていた。

――

 

 執務室を後にし秘書室を通り廊下へと出ると、ツェレンコフの秘書官が立っていた。

「お送りいたします」
「ありがとう」

 秘書官に見送られてエレベーターに乗り込み、居心地の悪い場所を後にした。できれば二度と足の踏み入れたくない場所を。

――

 

 翌日の午前七時ごろ。
 グレンリーダーの自室にギラドゥロ補給基地奇襲作戦の許可申請メールが届いた。

――

 

「……作戦の詳細は後で知らせることになるが、今回敵基地への奇襲作戦にグレン小隊の参加が決定した。それに伴い、我々は移動を行う」

 アルサレア要塞内、作戦会議室。
 グレンリーダーは部下達を集め、ヴァリム軍の大型巨大空母オーガル・ディラムのドックがあるギラ・ドゥロ補給基奇襲地作戦が発令された事を伝えた。
 作戦の詳細は彼もまだ聞かされていない。

「移動方法だが、まずはバインガルドに搭乗しイオンド地区南東部で降下。その後イオンド地区を巡回するアントに合流。その後の指示はアントで受ける予定だ」

 イオンド地区はアルサレア要塞の西にあり、国境を越えヴァリム領まで続く広い土地を指す。
 ヴァリムがミローナ地区と呼んでいるこのエリア内には最激戦区として名高いサーリットン戦線がある事からもわかる通り、戦闘の絶えない地域で荒涼とした、人々の血と涙を両親に持つ土地である。
 アントと言うのはアルサレア領内――主に国境付近――を巡回している視覚的電子的に迷彩の施された複数の大型トレーラーで構成される補給部隊だ。
 アルサレアの兵士達は基地が遠い場合や、敵の奇襲などで思わぬ損失を受けた場合など、このアントで補給を受ける事ができる。また今回のように何かの作戦で移動する時などにも、その利便性や隠密性の高さから利用される。

「隊長」
「何だ、キース」
「俺らはPF乗って移動すっから良いけど。フェンナちゃんはどうするんだ? 敵基地への奇襲攻撃だろ? って事とは敵陣に乗り込むわけだから、遠くからオペレーティングするのは無理だよな」
「ぁぁ、その通りだ。フェンナには……」

 フェンナを見てグレンリーダーは言葉を詰まらせた――「来て欲しくないのだが」とは言えないよな。
 彼を不思議そうに見返すフェンナの横でアイリがつまらなそうな顔をしていたが、グレンリーダーの目には入らない。

「フェンナには、指揮車両で同行してもらう予定だ」

 指揮車両は、要するにPF部隊の電子的な支援を目的とした装甲トラックだ。
 自国内での戦闘ならばバインガルドやアルサレア要塞内からでもオペレーターとしての仕事を果たせるが、敵国内ではそうもいかない。そこで指揮車両が必要になってくるわけだ。
 もっとも、Jフェーと比べて指揮官機としてより性能の高い通信機器を搭載したJファーカスタムがあれば済んでしまう場面が多く、必ずしも必要なわけではない。

(作戦のために指揮車両が必要なのか、それとも参謀本部長が言っていたように経験不足のフェンナに実戦を経験してもらうためなのか、どちらかわからないができれば彼女には安全なアルサレア国内に残ってもらいたいものだな)

 グレンリーダーのそんな思いが、口に言葉を喋らせた。

「少尉は小隊に入隊してから日も浅い。今回の任務はかなり危険なものになると予想される。もし自信がないのなら、この作戦への参加を辞退しても良い……どうする、少尉」

 目に映るフェンナの表情は、どう言う訳か失意の相だった。グレンリーダーは色のくすんだ目に見返され、なぜそんな目をするのかまるで理解できず困惑した。

「少佐、私も作戦に参加させて下さい。それとも私では力不足ですか」
「いや……そんな事はない」

 フェンナの言葉にグレンリーダーはそれ以上何も言えなかった。
 作戦会議室がしんっと静りかえる。
 三人はグレンリーダーの言葉を待ったが、なかなか彼の口は動かない。

「なぁ、俺達は四人そろってグレン小隊なんだしよ。“みんなで仲良くヴァリムにピクニック”と行こうぜ」

 誰に言うでもなく、淀んだ場の空気に流れを生み出そうとしたキースだが、言葉は虚しく宙に消えた。

「移動は一時間後。パイロットはPFの準備を、オペレーターは指揮車両の準備をしておいてくれ。指揮車両は配給部に言えば回してもらえるはずだ……少尉は、降下の経験がないかも知れないが大丈夫だな?」
「はい」
「以上だ。解散」

 それだけ言うとグレンリーダーは足早に部屋から去る。
 続いてアイリ、キースと去り、フェンナが最後に部屋に残った。

(グレンリーダー、「自信がないのなら、この作戦への参加を辞退しても良い」だなんて、私のこと仲間だと認めてくれてないのかな。私がクラウゼンだからかな……バインガルドでいっぱい話できたし、打ち解けられたと思ったんだけどな……)

 独り皆が出て行ったドアを見つめ、フェンナは心の中で呟いた。


――
 

 グレン小隊の各員がおのおの準備を滞りなく終えた一時間後。
 パイロット達がバインガルドに三機のPFを搭載し、最後にフェンナが指揮車両を積み込んだ。
 バインガルドの格納庫、向かい合うグレンリーダーとキースの機体の間に停車した指揮車両のハッチを開き顔を出したフェンナに整備員が下から声を掛けてきた。

「フェンナ様、ロックの解除わかりますよね?」
「はい、大丈夫です」

 笑顔で答える。
 フェンナは昔からの人前に出る事が多かったせいか、人と話す時はわざわざ愛想の良い笑顔を作ってしまう。

「いちおう固定しましたけど、後で自分でも確認しておいて下さいフェンナ様」

 フェンナの笑顔が一瞬曇る。「フェンナ様」と様をつけて呼ばれるのは嫌なのだ。
 前は会う人会う人全員に「フェンナで良いですよ」と言っていたが最近では少々それも面倒になり、気にしないように務めていた。
 それでも皆に様付けで呼ばれると一抹の寂しさを感じずに入られなかった――自分だけが特別扱いされ、距離を置かれているようだから。

「はい。ありがとうございます」
「では、失礼しますっ!」

 十代後半の整備員はフェンナと話せた事が嬉しいのか目を輝かせながら走り去った。
 フェンナは頭を指揮車両の中に引っ込めると、指揮車両に付けられているパラシュートの作動確認を行う。すでに調べてあり問題ないのはわかっているが、実際に降下するのは始めてだ、不安で何度も確認してしまう。

「よし、大丈夫」

 グリーンランプが灯るのを確認すると、外へ出る。

「フェンナ、タキシングに入るって。座席に着かないと危ないよ」

 どこからかアイリの声が聞こえて来た。
 辺りを見回すと操縦席側の出入り口から顔を出している彼女がいた。

「いま行きます」

 指揮車両から飛び降り、しっかりと床に固定されるかどうか一回りして確認すると、コックピットへと走って行く。
 操縦室では既に全員が席に着きシートベルトをしていた。

「すみません、遅れました」
「よし、全員そろったな。頼む」

 グレンリーダーはフェンナが部屋には入ってくるのを確認すると、ベテランパイロットに声を掛けた。

「了解しやした。ほら新人、タキシング任せるぞ」
「えぇっ!? 私がですか」
「何だお前、早くやりたいって言ってたじゃねぇか」
「でもいきなりだなんて無理ですよ」
「お前な、いきなりやれなきゃ意味ねぇんだよ」
「そ、そりゃそうですけど……」

 中年ベテランパイロットと新人女性パイロットがもめて、なかなかバインガルドは動かない。作戦時間にはまだ余裕がある、グレンリーダーは黙って様子を見た。

『バインガルド、こちら管制塔。動いていないようですが、何かありましたか?』
「こちらバインガルド。なんでもありやせん、ちょっとトラブルがありやしたが、もう解決しました」
『了解。後続が控えてます。早く出て下さい』
「了解」

 管制塔との交信を終えると、ベテランパイロットが新人の頭を引っぱたいた。

「おめぇっ。もたもたしてんな、さっさと動かせ、後がつかえてるって言ってたろっ!」
「っな、なにするんですかっ! お父さんにだってぶたれた事ないんですよっ!!」
「早く動かさねぇからだ」
「まだ私がやるとも何とも言ってないじゃないですか」
「おぅ。じゃぁやるのか? やらねぇのか?」
「やりますよ。やって見せますっ!!」

 新人は後ろを振り向きグレンリーダーを見ると、顔を真っ赤にする。
 しんっと静まりきった操縦席の空気をキースとベテランパイロットの忍び笑いが揺らす。

「いきますっ!」

 大声を上げ気合を入れる新人。
 スロットルをやや開き、パーキングブレーキ解除。そして力を込めてフルスロットル。
 最大積載重量五十トン近いバインガルドの巨大なエンジンが唸りを上げる。機体はその雄たけびとは裏腹にゆったりとした動作で動き出した。
 一度動き出したらスロットルを絞り低速を維持すれば良いのだが……新人は絞らない。「このまま離陸する気なのだろうか?」と言う疑問と不安がグレン小隊面々の頭の中に一斉に浮かんだ。

「ぉぃ……おぃっ! スロットル、スロットルッ!!」

 ベテランパイロットが声を掛け、慌ててスロットルレバーを下げる。
 恐る恐る彼が後ろを振り返ると、苦笑いをしたり、青ざめた顔をしたり、無表情だったり、なぜか微笑んでいたり、それぞれ異なるの顔をした四人がいた。

「ははは、すいやせん……」

 頭を掻き、謝るベテランパイロット。
 その後、頭にこぶを作った新人の操縦で、バインガルドは特に問題もなく滑走路へとたどり着き、大空へと飛び立った。

――

 

 数十分後、降下予定地点に到着した。

『降下ポイントに到着。後部ハッチを開きやす』
『了解。フェンナ、君からだ。何かあったらフォローする。大丈夫だな?』
「はい、了解しました」

 フェンナは緊張しながら指揮車両のエンジンに火を入れ、ロック解除スイッチに指を掛ける。

「ロック解除します」

 スイッチを押すとそれに答えるように足元からロックの外れる音がした。
 まずは正面カメラのモニターで、さらに念のために覗き窓から前方に障害物がないかどうか確認。それを終えると車両を発車させる。
 パラシュートがちゃんと付いているとは言え、ハッチから空に飛び出すのは勇気がいる。一度深呼吸をするとフェンナは勢いよく飛び出した。
 若干の間をおきパラシュートを開く。
 指揮車両は減速。ゆっくりと地上に向かって降下して行く。
 緊張に満ちた短く長い時間が過ぎると、車両は衝撃と共に着地。
 フェンナは胸に手を当ててほっと一息吐く。胸の奥で心臓が激しく脈打っているのが感じられた。

『フェンナ、大丈夫?』

 スピーカーからアイリの声が流れてきた。
 モニターの隅にウィンドウが開き心配そうな顔つきの彼女が映っている。画像通信だ。

「だ、大丈夫です、アイリさん……ちょっと恐かったけど」
『はは、降下するの初めてでしょ? そりゃ、恐いよね』
「えぇ、皆さんは大丈夫ですか?」
『もっちろん……キースはまたこけたけどね。最初は恐いけど降下なんて慣れちゃえばジェットコースターみたいなもんで楽――』
『二人ともおしゃべりはそこまでだ。アントとの予定合流ポイントまで移動するぞ』
「『了解』」

 グレンリーダーのJファーカスタムを先頭に、アイリ機、指揮車両、キース機の順で数十キロメートル先のポイントを目指し進む。
 隊の進行速度は、指揮車両にあわせているために速くはない。
 PFは悪路を物ともせずに進む事ができるが、フェンナの乗る指揮車両はそうはいかない。PFの随伴を目的とした車両だけに、通常車両に比べれば悪路の走破性能は高い。が、所詮は車である。大きな溝にはまれば動けなくなってしまう。
 ましてや、いま進んでいる場所はPFによる戦闘を何度も行った場所である。
 様々な爆発により地面は嵐で乱れた海面がそのまま固まったかのように大きく波打ち、地雷こそないものの、所々に不発弾が埋まっている。車両で進むには少々酷な地形だ。
 ちょっと進むのにも苦労する荒れた大地を見ながら進んでいる内に、散々傷つけられ蹂躙されたこの大地が人を拒んでいるような気がしてきた。
 人は住む場所を求め、奪い合い、執着し、守り、そのために自らの手でその場所を失う。

(戦場って……こんなに酷い場所だったのね。こんな近くで見るまで知らなかった)
『フェンナ、前方十三メートル程の所で地面が急に落ち込んでいる。左から回った方が良い』
「了解」

 フェンナは肩に力を入れおっかなびっくりしながら、先頭を行くグレンリーダーの指示したコースを進む事に専念していた。
 隊長の声は事務的で冷たい物だったが、誘導してくると言うだけで十分嬉しかった。
 何の誘導もなく前を進むPFに着いて行くのは不可能ではないにしろ、酷く不安に思えた。

(誰かに誘導してもらえるだけで安心できるのね……作戦行動中は、今の私みたいにパイロットのみんなも不安なのかな? だとしたらオペレーターって、ただ指示をしたり、状況を報告するだけじゃないんだろうな……自惚れかも知れないけど、もっと大切な――)
『フェンナ』
「ひゃぃっ」

 やや現実から遠ざかっていたフェンナは、急に聞こえてきたグレンリーダーの呼び掛けにすっとんきょうな声で返事をした。

『どうした? 何かあったか』
「いえ、大丈夫です。何もありません」
『もう直ぐ合流予定ポイントだ。そこに着いたら休める。それまでは気を抜かない方が良い』
「はい」

 その会話終え、一つ丘を越えると合流ポイントに到着した。

『よし、全機警戒態勢のままその場で待機。フェンナ、合流予定時間は?』
「ちょうど十二分後です。予定時刻よりも早く着きましたね」
『そうだな。あまり良い事ではないけどな』

 フェンナは今更ながら自分の失敗に気がついた。
 作戦行動における合流は、人との待ち合わせとは違い早めに到着して待つ事が良いわけではない。正負問わず予定時刻との誤差は少なければ少ない方が良い。
 本来ならばここまでの行軍中、オペレーター役のフェンナが時間をしっかりと確認し、隊の速度を計り、グレンリーダーに伝えなければならなかったのだ。

「すみませんでした」
『気にするな、ここはまだアルサレア領内だからな。問題ない』
「はい」

 不整地を恐々と、視界の狭い指揮車両のハンドルにしがみつき運転する自分の姿を想像し、フェンナは恥ずかしくなった――私ったら、自分の事だけで、隊の一員としてオペレーターの役割もこなせないで、何も出来てないじゃないの……頑張らなくちゃ、自分で「作戦に参加させて下さい」って言ったんだもの。

『隊長、機影だ。一時の方向、丘の上、三機。今IFFで確認する』

 キースに声を掛けられると、グレンリーダーはすぐにフェンナを守れる位置に移動する。
 フェンナはどうしたら良いのかわからず、その場でじっとしていた。
 心臓の音がいやにはっきりと聞こえる――戦闘が起きたらどうしよう、どうすれば良いのかな。
 狭い指揮車両の中に居ると、まるで棺桶にでも閉じ込められているような気分になりひどく不安だった。
 厚い鉄板に囲まれたここは息苦しい。
 ハッチを開けて外に顔を出せば少しは良くなるだろうが、敵が現れたかも知れないこの状況下でそれを行う勇気は持ち合わせていない。

『応答あり、確認した。味方だぜ隊長』

 通信機から流れてきたキースの声に、フェンナはほっと胸を撫で下ろした。

『そうか。おそらくアント所属の偵察隊だろう』

 息苦しさを覚えたフェンナは、指揮車両のハッチから顔を出し空を仰ぎ見る。
 降下してからずっと緊張したまま車両内に居たせいか、空は何時もに増して綺麗に見えた。
 大きく深呼吸をすると、錆と硝煙の臭いが染み付いた土埃の舞うけっして綺麗とはいいがたい空気であったがそれすらおいしく感じられた。
 だが体は正直な物で、もう一度深呼吸した時、フェンナは咳き込んだ。
 体にとって悪い空気はやはり悪い空気でしかないらしい。


 

 ちょうど十二分後。
 埃を巻き上げ巨大なトラックが群れをなし現れた。アントだ。
 ハッチから顔を出し双眼鏡でアントのその走る姿を見たフェンナは言葉を失った。
 数十機のPFを搭載し、なおかつ整備までこなせるトラックとは呼び難いモンスターマシンが約二十台。
 走るその姿は圧巻である。

『フェンナ、コンタクトを取ってくれ』

 フェンナはすぐに指揮車両の中に戻り椅子に飛び乗る。
 硬いシートにお尻を強かに打ちつけてしまい痛んだが、堪えながらアントに通信を繋ぐ。
 形式通りのやり取りを行うと、トラックの群れはグレン小隊の目の前で停止した。
 すぐに荷台にPFを乗せるようにと指示が飛んでくる。

「グレンリーダー、トラックの荷台に格納するように、との指示です」
『了解』

 覗き窓に顔を近づけ、フェンナはトラックを興味深げに見る。
 大型トラックの荷台部分の高さはPFの身長よりもやや高い程度、荷台だけの高さを見るとPFよりも低い。と言う事は荷台の中ではPFは直立できない。荷台の後ろを開いて中にPFを歩かせて行くと言う方法は取れない。
 彼女が眺めていると荷台の壁面が天辺から割れ、片側がフェンナ達の方へ向かってゆっくりと倒れてきた。四十メートル近い荷台側面の一部が開放される。
 グレンリーダー達はPFを、開いた側面から荷台に乗せ片膝をつかせた。すると、何処からか整備員らしき人々が数十人現れ、慣れた手付きでPFを動かないように固定する。PFが固定されると荷台側面が閉じ、元通りになった。
 フェンナが見取れているとアントのオペレーターから荷台に載せるように指示が来た。しかし、何処から載せれば良いのかわからない。
 指揮車両の覗き窓からでは視界が狭く入り口を探す事もままならないので、車載カメラを左右に動かしトラックをよく見る。
 荷台の最後尾が開いている。あそこから入れば良いのだろう。
 フェンナは車両を動かしそちらへ向かう。
 壁面が開放され、地面から一際高いトラックの荷台までスロープが延びていた。
 勢いをつけ、角度の急なスロープを登り荷台の中へ。
 目に入ってきたのは約四十メートルの荷台の両側に等間隔で片膝をつき居並ぶPF二十機、思わず彼女は「……すごい」と呟いた。そして、ハッチから顔を出し溜息混じりにもう一度、

「すっごい……」

 フェンナが整然と並ぶPFに見とれていると、出し抜けに下から掛け声が聞こえてきた。

「全員整列っ!」

 何事かとハッチから体を出し、指揮車両の上に立って眺めてみると、ちょうどPFと同じ数の整備員たちがずらりと並んでいた。

「フェンナ・クラウゼン様に、敬礼っ!」

 その中で一番高齢と思われる男の号令で全員が一斉にフェンナに敬礼する。まるで荷台に並ぶPFも敬礼してるかのような気がして、フェンナは圧倒され呆然とした。
 敬礼した整備員たちはフェンナの反応がないので敬礼をしたままの姿勢を維持して動かない。
 緊張した空気が漂いだして一分、フェンナがようやく口を開いた。

「あの……こ」

 こう言うの困ります。と言おうとしたが整備員たちの真剣なまなざしを見るとそれは言えなかった。

「皆さん、お出迎え。ありがとうございます」

 笑顔で返礼する彼女に、整備員たちは満足したらしく緊張した空気が消えた。

「っさ、フェンナ様。こちらへどうぞ、あちらでグレン小隊の皆さんがお待ちです。お手を汚さぬように、車両は私達の方で固定しておきますので、お任せ下さい」

 自分は将軍の娘ではなく一人の軍人、自分のやるべき事は自分でやる。過保護な特別扱いは受けたくない。内心、フェンナはこう言った自分を特別扱いしようとする人間に出会うたびに苛立ちを覚えていた。
 しかし、今回も通例どおり、断ると悪い気がして断る事ができず、

「では、お願いしますね」

 と言ってしまう。
 整備班長らしき人物に体を支えられながら指揮車両の上から降りると苛立ちを隠すように、にこやかな顔を作った。
 フェンナの乗っていた指揮車両が固定されるとトラックが動き出し、それを合図に一台また一台と他の車両も今夜の野営地へと向かい群れをなし、蟻の如く移動を開始した。

――

 

 高度な防振機構を備えた荷台とは言え、トラックの長大な荷台は右に左にゆっくり大きく揺れ動く。その揺れの中、整備員たちはグレン小隊の三機のPFに迷彩塗装を施す作業を行っている。
 アイリは壁に寄り掛かりその様子を眺めていた。

(こんな揺れてるのに、大したもんだよね)

 PFのパイロットであるアイリも揺れには強い、PFのコックピットはこの荷台の揺れなどの比ではない激しい物だ。
 どんな揺れの中でも感覚を失わずにいられる自信はあるが、それは体をしっかりと固定されていればの話である。
 体をどこかに固定するわけでもないのに平然と走り回り作業を行うアントの整備員たちに感心した。

「アイリ、こんな所でなにやってんだ?」

 キースがよたよたと覚束ない足取りでアイリに近寄ってくる。この揺れで上手く歩けないようだ。

「別に。ただ何となくあれを見てたのよ」

 彼女らの乗るこの巨大なトラックは、荷台と運転席の間にちょっとした居住スペースがあり「グレン小隊には野営地に着くまで」と休憩のために一部屋割り当てられていたのだが、アイリはグレンリーダーとフェンナが一緒に居るのを見ると落ち着かないため、仕方なくここでこうして塗装作業を眺めに来ていた。

「どれだ? あぁ、塗装か。今回の作戦は敵地に進攻するみたいだからな。何時もの派手なカラーリングじゃ、あっと言う間に敵に見つかっちまうもんな」

 グレン小隊の機体は白地をベースに、それぞれのパーソナルカラーでカラーリングが施されている。
 グレンリーダーが赤、アイリが黄、キースが青。
 自国内で敵の迎撃に当たる分には「グレン小隊ここにありっ!」と敵に見せつける意味がなきにしもあらずだが。

「特に黄色は目立つからなぁ……」
「あたしは黄色が好きなのよ。何かまずいわけ」
「いや別に……っま、そんな事はどうでも良いけどな」
「ところでキースは何してんのよ?」
「俺も暇なんで見物にな。アルサレアのPFってのはパーソナルカラーを採用してるやつが多いんで、けっこう見てて面白くてな」
「たしかにね。趣味悪いのも多いけど」
(アイリの機体も、趣味が良いとは言えねぇけどな……なんて言葉は口が裂けても言えやしねぇな)

 と、キースが心の中で呟くと、

「なぁんか、言いたそうね……」

 とアイリが睨みつけてきた。彼は顔を隠しあからさまに何かありそうな事を臭わせながら言う。

「なんでもない、なんでもない」

 最近機嫌の悪いアイリだ、いつ拳が飛んできてもおかしくない。
 キースはいつでも逃げられるように体を後ろにやや傾けたが、意外や意外。

「っまいいや、どうせ暇だし。あたしもPFでも見ようかな」

 拳は飛んでこなかった。

(機嫌、少しはよくなったの……かな)
「それじゃ、あっちから見てこうか。ほらっ、キース行くよ」
「あぁ」

 一機づつ順番に眺め行き、二人は一際異彩を放つPFの前で立ち止まった。
 そのPFは異様だった。
 何が異様か。
 色が異様だ。
 アルサレアのPFに異様な色は数あれど、これは特に異様だ。
 ピンク。
 遠くからでも、どんな暗闇でも目立ちそうな派手なピンクのJファーカスタム。

「すげぇ、ピンクだぜピンク。ありえねぇよな……」
「そう? 別にこれはこれでいいんじゃないの、個人の趣味なんだし。たしかに――」

 奇妙な生物を見つけたような目でアイリを見るキース。

「――ありえないってのは……ちょっと、なによぉ。さっきもそんな目で見てたわよね……言いたい事あるなら言いなさいよ」
「なんとなく、お前とこのPFのパイロットって気が合いそうだなぁって……お前、髪の色は妙なピンクだし」
「っ、この色は生まれつきなのっ!」

 アイリはキースの頭を小突く。

「わりぃわりぃ、そう怒るなって」
「まったくもう……にしても色の選択は自由とは言え、ピンクわねぇ、流石に乗れないな……恥ずかしいし」
(さっきは「これはこれで良い」って言ってたじゃないか。髪の色はピンクでも恥ずかしくなくて、機体がピンクだと恥ずかしいのか? だいたい黄色いPFに乗っといてよく言うぜ……ん? ピンク、黄色、赤に青……)
「キース?」

 珍しく真剣な表情で考え事をしている様子のキースにアイリは尋ねた。

「……うぅん」

 唸るだけでキースは答えない――キースがこんな真剣な顔をするなんて珍しい、どうしたんだろ?

「どうしたのキース?」
「黒があれば、と思ってな」

 ピンクのPFを見上げながらキースはぽつりっと言った。

「黒?」
「ほら、戦隊には欠かせないだろ。黒ってさ」
「戦隊って、戦術の単位の……」
「違う違う。戦隊物だよ。子供の時見なかったか、五人組のヒーローが悪の秘密結社と戦う戦隊物だよ」
「キース。真面目な顔してなに考えているのかと思えば……戦隊物? まったく、子供なんだから」
「アイリ。戦隊物といえば男ならば誰しもが憧れたもんだぞ。それにアルサレアは正義の国なんだから何となく戦隊物がお似合いじゃないか」
「あたしは男じゃなくて女だもの。そんなのわかんないわよ」
「……そうか、そう言えばお前は男じゃなくて女だったな。これは困った。紅一点はピンクって言うのがお約束なんだがな……紅一点じゃなくて紅二点になっちまう」
「……何もこのPFのパイロットが女って決まったわけじゃないんだから、あたしが紅一点かも知れないわよ」

 キースはまたも妙な物を見るような眼つきでアイリを見る。

「またそんな目をして……なによ」
「だってお前……こんなピンクのPFに男が乗ってる所を想像して見ろよ」

 アイリは想像してみる。苦手な暑苦しいおっさんがコックピットから出てくる姿を……。

「さ、最悪」
「だろ? やっぱりピンクはフェンナちゃんみたいなタイプが似合うんだよ」

 戦隊物とやらをよく知らないアイリはそう言い切るキースがよくわからない。

「そう言うもんなの?」
「Sure。フェンナちゃん以外は考えられない……っお、そうだ。そう言えば黄色が女ってパターンもあったな……どことなぁくアイリみたいな感じのが多かった記憶がある」
「それって何か、嫌味に聞こえるんだけど……」
「それは気にし過ぎってもんだ。そう言えばよ、このPF何か違わないか?」

 キースがピンクの機体を見上げながら言った。

「そう、何処が違うのよ」
「どこって言われると困るんだけど、何か違和感が」
「ピンクだからじゃないの? こんな色のPF、そうそうあるもんじゃないし」
「それはたしかにそうなんだけどな」

 彼は開放されたコックピットから下がっている昇降用ワイヤーでコックピットに昇り、中を覗き込む。

「ちょっと来て見ろよ、アイリ」
「来て見ろって言われても、どうやって上れって言うのよ」
「得意の馬鹿力でロッククライミング」
「なんですってっ!」
「いや、なんでもない」

 降ろされた昇降用ワイヤーでアイリが登ってくる。

「ほら見てみろよ。この機体、複座だぜ」
「ほんとだ。訓練所を思い出すわね」
「そういやお前は訓練所出身だもんな。にしても複座とは珍しい。どこか特殊部隊の機体だろうな。そうじゃなきゃ複座なんて使わねぇからな」
「そりゃそうね。複座にする分装甲薄くなるし、普通に戦闘する場合には複座の必要なんてないものね」
「データ収集だとか偵察とか、目立たない任務に就くんだろうな」
「でもキース。目立たない任務は、無理だと思うけど」
「……ピンクのカラーリングだもんな、たしかに無理だ。じゃぁ、この機体はなんなんだ。訓練所で使うのか?」
「たしかに訓練所の機体ってオレンジとかの目立つ色だけど、流石にピンクはないと思うよ」
「となると……なんだろうな、宣伝用か」
「宣伝って、何の宣伝よ」
「……アイドル」
「……」

 アイリは真新しい複座型コックピットを見ながら、奇抜なパイロットスーツに身を包んだアイドル二人を想像してみる。
 ステージで歌い、踊りまわるアイドル、声援を送るアルサレアの兵士達。

「……それがほんとなら、アルサレアも終わりね」

――

 

「はぁっくしゅっ!」

 アルサレア軍参謀本部長ツェレンコフ=ゴルビー執務室。
 常時、快適な温度と湿度に保たれている執務室で、ツェレンコフは大きなくしゃみをした。

「大丈夫ですか?」
「ぁあ……続けてくれ」
「わかりました」

 そう言うと、秘書は束になっている連絡事項の続きを読み上げ始めた。

――

 

 日が傾き辺りの色が変わり始めた頃、アントは野営地に到着した。
 大きな岩陰に分散し全てのトラックを隠し終わると、アント全体が活気に満ちてくる。
 自走整備工場とも言えるアントが、移動中には行えなかった本格的な整備を開始したのだ。
グレン小隊の面々は、自分たちの機体が納まっているトラックから離れ、別の小振りなトラックへと移動した。居住スペースを備えたトラックらしく、いくつもの個室がある。
 小隊全員に個室を割り当てられていたが、今回の作戦で行動を共にするギブソン中隊との合流時間が近かったためトラック内にある作戦室にアイリを除く全員が集っていた。
 彼女は今、アントの司令官の所へグレンリーダーの代理として作戦の詳細の示された指令書を受け取りに行っていた。
 グレンリーダーの手元には既に作戦指令書はあるのだが、そこに記されているのは大まかな概要と「アントへ移動してギブソン中隊と合流しろ」と言う指示だけで、具体的な作戦行動は何一つ書かれていないのだ。
 通常ならば最初から事細かな指示書が渡され「後は作戦を実行するだけ」となるのだが、今回の奇襲作戦は念には念を入れて準備しているのだろう。万が一グレン小隊が移動中に襲撃に遭い、敵に情報が渡る可能性を避けるため作戦本部は最初から指示書を渡さなかったようだ。

「アイリ=ミカムラただいま戻りましたっ!」

 部屋の自動ドアが開き、アイリが敬礼と共に元気よく帰還を告げた。

「ご苦労」

 グレンリーダーはそっけなく返事をしたが、彼女はそれでも満足した様子。足取りも軽く彼に近寄り作戦指令書を手渡した。
 彼は壁に寄り掛かりながら指令書に目を通し始める。
 キースが腰掛けたまま椅子をずるずると引き摺り、グレンリーダーに近寄って行く。

「よぉ、隊長。今回の作戦はどんなんだ?」
「それはギブソンが到着してから伝える」

 指令書から目を離さずにそう言った。

「Who? ギブソンってのは誰だい」
「そう言えば言ってなかったな。ギブソン=ドゥナテロ。今回、合同で任務にあたるスティールレイン連隊所属砲撃中隊の隊長。彼は俺の同窓なんだ」
「へぇ、そうだったのか」
「けっこう前の事なんだが、ギブソンが――」

 グレンリーダーがギブソンの事を話そうとした時、遮るように内線電話が鳴り出した。
 フェンナが受話器を取り対応する。

「はい……はい、そうですか、わかりました……グレンリーダー、ギブソン砲撃中隊が到着したそうです」
「そうか、どうするかな……アイリ」

 黙って携帯端末機をいじっていたアイリがグレンリーダーに声を掛けられ、顔を輝かせた。
 無論、彼はそんなことなど分かりはしない。

「なんです隊長」
「ギブソンを迎えに行ってくれ」
「了解」
「あの、私が行ってきましょうか? アイリさん、さっき指令書を取ってきてくれましたし」
「良いって良いって、こう言うのは下っ端に任せといてよ」
「そう言う事だ。フェンナはこれに目を通しておいてくれ」

 そう言ってフェンナに作戦指令書を差し出すと、部屋の空気が凍りつく。彼は一瞬遅れてそれに気がついた。

「……どうしたんだ?」
「じゃ、じゃぁ、あたし行って来るから。えっと、スティールレイン連隊のギブソン砲撃中隊隊長ギブソン=ドゥナテロだよね?」
「そうだ。ギブソン=ドゥナテロ少尉」
「了解、っじゃ」

 アイリは明るい声を残して部屋を後にした。

――

 

 トラックから出たアイリは外気の寒さに身を縮こまらせ、合流予定の部隊、ギブソン砲戦中隊の隊長ギブソン=ドゥナテロを迎えに行くために、とぼとぼと一人歩き始めた。

「うぅ、寒い……あたしって隊長の役に立ってるのかな……正直、手応えなくて不安なんだよね。フェンナちゃんみたいにうまくできないし」

 白い息で手を温めながら呟いた――考えても仕方がないか。あたしは体を使うしかないもんね。ただのつかいっぱしりでも良いよね。一生懸命やればさ。

「さっさと迎えにいこっと」

 アイリは駆け出した。
 途中、アントの人間にギブソン隊がどこにいるのか尋ねて回り、グレンリーダーたちが待機しているトラックからは一キロメートル以上も離れた場所で、ようやく見つける事ができた。
 アントの整備員が着ている服とは違い、アイリの着ているアルサレアパイロットと同じ制服を着ている人間が数人、何やら話している。

「グレン小隊所属アイリ=ミカラム兵長。ギブソン砲撃中隊、隊長ギブソン=ドゥナテロ少尉をお迎えに上がりました」

 誰に言うともなく中隊の人間に声を掛けしばらく待つと、人を掻き分けメガネをした立派な太鼓腹の狸……ではなく見るからに暑苦しい男が一人現れた。

「おぉ、待っとったぞいっ!」

 狸が太鼓腹に見合った大きな声を出した。
 アイリは思わず顔をしかめる。暑苦しい太った男、やたらとでかい声、がさつそうな性格――生理的に受け付けないタイプ。

「さぁ行くぞい。道案内を頼むぞ、ピンク頭のねぇちゃん」
「ピ、ピ……」

 ギブソンが髪の色を言っているのはわかるが、どうも頭の中身がピンク色で「おめでたい奴だ」と言われている様な気がした――そう言えばあのPFのパイロットは「おめでたいやつ」なのかな?

「いやいや、すまんかった。名前がわからんもんでな、なんて名前だぞい?」
「アイリ=ミカムラ兵長です」
「そうかそうか」

 ぷっくりと膨れたギブソンの右手が突き出される。アイリはなんとなぁく握手することに嫌悪感を抱いた。が、握手をしないわけにもいかない。

「どうぞよろしく」

 握った手はじっとりと汗ばんでいて気持ちが悪かった。

「よろしく頼むぞい」

 ぶんぶんっと上下に激しく二度三度と手を振ったかと思うと、ギブソンは次に彼女の両肩をこれまた激しく叩く。そして最後に、にたぁっと笑った。
 その笑い顔がアイリにはガマ蛙か何かに見えた。

(なんか……苦手だなぁこの人)

 ガマ蛙が辺りを見回したかと思うと、アイリの横を通り過ぎて行く。彼女はギブソンの方へ体を向けながら、こっそりと服で手を拭いた。

「どうしました」
「車はどこだぞい?」
「ぁぁ、車ですか」

 彼の体形からして平均的な体重とは到底思えない。あまり歩くのが好きではないだろう――だけど考えてみたら迎えに来るんだから、車で来るのがあたり前だったかも……。

「あたし、走って来ちゃったんで……いま、何か乗り物探してきますね」
「おぅ、頼むぞい。わしはこんな腹だからな、歩くのは苦手ぞい」

 そう言ってギブソンは丸々とした腹を叩く。腹太鼓からはなかなか良い音がした。
 アイリが車を見つけるまで十分も掛からなかった。

「お待たせしました」
「ご苦労ご苦労」

 どっこいしょ、の掛け声と共に巨体が助手席に乗り込むとアイリの調達してきたジープが大きく揺れた。

(後ろに座ってくれないかなぁ……はぁ、隣に座るのが隊長ならともかく……こんな狸だか蛙だかわからん人だとは)
「出発進行だぞいっ!」

 沈んだ気持ちのアイリとは対照的に、ギブソンは至って陽気だ。旧友であるグレンリーダーと久しぶりに会えるのが嬉しいのだろう。

「了解、出発進行……」

 ジープがのろのろと動き出した。

――

 

「アイリ=ミカム――」
「いよぉ、久しぶりだぞいっ!!」

 アイリが部屋を出てから数十分後、戻ってきた彼女を押しのけながらギブソンがずかずかと部屋に入ってきた。

「久しぶりだな、ギブソン。相変わらず元気そうだ」
「お主はなんか調子悪そうだぞい」
「そうか?」
「あんまり飯を食っとらんのだろ。いかんぞい。わしの様にたらふく食わんと。がっはっは」

 腹を叩きながら笑うギブソンの勢いに、アイリもフェンナもキースも圧倒され呆気に取られた。

「さて、ギブソンも来た事だし、作戦の概要を読み上げてくれるかフェンナ」

 グレンリーダーは自分の小隊員の紹介も、友人の紹介もせず、フェンナに言った。

「あ、はい。えっとですね……」
「お主が、将軍閣下の娘さんか。なんか想像しとったのと雰囲気違うぞい」
「そ、そうですか」

 彼女は萎縮して小動物のように身を縮こませる。

「ところで、わしの紹介はしてくれんのか?」
「そう言えば、そうだな……紹介してなかったな」
「まったく、おぬしは相変わらずだぞい」

 ギブソンに言われるまで紹介する事をすっかり忘れていたグレンリーダーは、各人を簡単に紹介。
 それを終えると、フェンナが作戦の概要を説明し始めた。

「では、説明を始めます。まず国境付近まで――」

 作戦の概要は以下のような物だった。
 まずグレン小隊が国境付近までアントの輸送トラックを使用し、移動。侵入ポイントから北数十キロメートル地点の陽動部隊戦闘開始を待ち、ヴァリム領内に侵入。
 途中、ABCD四箇所の中継ポイントを通りギラ・ドゥロ補給基地の近くまで移動、待機。
 ギブソン砲戦中隊は遅れて移動を開始し砲撃地点のBポイントで待機。
 ミラムーンから侵攻するミラムーン所属陽動部隊の動きを待ち、基地への奇襲攻撃を開始。グレンリーダーが敵基地に侵入し、燃料貯蔵庫の位置を確認記録。
 ギブソン中隊に位置データを送信し砲撃。燃料及び弾薬の誘爆を利用し、敵地下基地を内部から破壊する。

「ありがとうフェンナ。さて、何か質問はあるか?」

 キースが静かに手を上げ、グレンリーダーが頷く。

「ミラムーンが囮をやるみたいだけどよ。しっかりと長時間敵を引きつけておいてくれるかどうか、俺っちは正直不安なんだけど……そこんところ隊長どう考えてんだ?」
「たしかにミラムーンは、軍を構成する兵器の質においてアルサレアに劣るかも知れない。だが作戦本部は陽動を行えるだけの戦力があるから、このような作戦を立てたのだろう。信じるしかないな」
「信じる……ね。っま、たしかにそれしかないわな、わりぃわりぃ馬鹿な質問しちまった」
「まぁ気持ちはわからないではないさ。どんな作戦でも俺達は本部を信じて与えられた任務に全力を注ぐしかない。だが、安心できる情報もある、レガルト小隊が参加するらしい」
「レガルト小隊か……そりゃ少しは安心できるかもな」

 レガルト小隊、アルサレアに数多く存在する特務小隊の一つで、宇宙を中心に活躍している部隊だ。その実力、任務の成功率はグレン小隊に勝るとも劣らない。

「それに付け加え、今回のミラムーンはPFを投入するらしい」
「へぇ、ついにミラムーンもPF投入か」
「まだ、試作段階な上に機数はかなり少ないらしいがな……たしか名前は」

 作戦指令書を持っているフェンナを見る。紙をめくる音が室内に響いた。

「えっとぉ、名前はゼムンゼンですね」
「だそうだ」
「そりゃまた、変な名前だな。なぁ、アイリ」
「そうだね、何か弱そうな感じ。ただの張りぼてだったりして、装甲なんて四足歩行戦車並みなんじゃない」

 キースに合わせるようにアイリはふざけた調子で返事をした。すると、

「アイリ、名前で性能が決まるわけじゃない。少なくともヌエと同程度の、実用に耐えうる性能はあるはずだ」

 グレンリーダーは至極真面目な顔で言った。

「あ、え? 別にそう言う意味で言ったんじゃなくて……今のは冗談で、作戦に使うんだから実用に耐えうるのは当り前で――」

 言葉を真面目に受け取ってしまった彼の誤解をどう解いたものか、頭を悩ませ口を動かし続けるアイリ。
 混乱した頭が動かす口から出てくる言葉を真剣に聞くグレンリーダー。
 そんな二人を見てギブソンが、顎が外れるのではないかと言うほど大笑い。

「ギブソン、何を笑っているんだ?」

 不思議そうな顔で尋ねる彼の言葉で、太鼓腹はさらに激しく鳴り響いた。

――

 

「ふぅん、これが今回の作戦ルートか、敵地で一泊予定って言うのは嫌な感じだなぁ、日帰りの方が良いのに」

 自機のディスプレイに表示された作戦データを眺め、アイリは呟いた。
 あの後、ミーティングはすぐに終わり「各自データをインストールし、作戦の細部を覚えておくように」と作戦内容を収めたディスクが渡された。今見ているのはインストールしたデータだ。

(なんとかなるかな……うぅん、なんとかしなくちゃ。負けらんないんだから)

 負けられないって、何に?
 頭の中に一瞬、フェンナの顔が浮かぶ。だが意識する前に像はぼやけ別の物へと変じた。
 黒いヴァリムのPF、ヤシャ。

(今度は前みたいに撃破されるもんか、隊長を最後までしっかり守るんだから、足手まといにだけはなりたくない……隊長の足手まといにだけは、絶対にっ)

 何気なくディスプレイに写っているトラックの荷台内の映像を見てみると、グレンリーダーを呼び止めるフェンナの姿が見えた。
 小さいウィンドウを開き、画像を拡大してみる。フェンナの口がゆっくりと動き出す――どんな話をしてるんだろ?
 PFに搭載されている集音マイクを起動させ二人に向ける。

『――らいの人がいるんでしょうか?』

 フェンナのどこかはかなげな声が聞こえてきた。

『あの基地?』
『私たちが奇襲を掛けようとしている基地です』
『そんな事を聞いてどうするんだ』

 グレンリーダーは誰に対してもとる、そっけない言葉を発する。

『別に……特に理由はないですけど……何となく気になって』
『気にしない方が、良い』
『少佐は、気にならないんですか?』
『どうかな……よくわからないな』
『よくわからない、ですか?』
『あぁ、気になるのか、気にならないのか……何が気になっているのか、よくわからないんだ』
『そうですか……』
『確実にわかっているのは基地に何人いようとも、やる事は変わらないし、俺達がやらないでも他の人間がやると言う事だ』
『たしかに、そうですね。私たちがやらないでも、他の人が……やるんですよね、戦争ですもんね』
『不安はわかるが、シミュレーション通りにやれば作戦はこなせる、頼むぞフェンナ』

 アイリは心の中で思った、フェンナが聞きたいのはそう言う事ではないと――どうして隊長って鈍いんだろう、ちょっと寂しいよね。

『……はい』

 フェンナが吐息の様な返事を聞き。アイリも吐息を漏らした。

「何してんだろ、あたし……」

 ディスプレイの中の光景は別世界の出来事のように思えた。

――

 

 日の変わりつつある深夜。
 緑と紫、両儀の星明りが、寒々と冷えたきった大気と地表を満たす。
 淡い光を避けるように一台の大型トラックが国境間際の岩陰で停車した。
 荷台が大きく両側へと開き、中から夜間迷彩を施された三機のPFと一台の車両が姿を現す。
 その一台の車両、指揮車両に乗るフェンナは、いつになく張り詰めた空気の中、汗をかいた肌にまとわりつくブラウスと下着に不快感を感じながら作戦開始の時を待っていた――もうすぐ、始まる。

「作戦開始十秒前。九、八、七、六、五、四――」

 指揮車両の中からフェンナがカウントを数える。声が震えていた。
 無理もない。これからヴァリムへと侵攻するのだ。
 すでに実戦を経験したとは言え、それは安全な遠いところからオペレートをしていただけ、今回はもっと近い距離で戦闘に参加することになる。彼女自身が、命を瞬かせ閃光と共に消え去らんばかりに。

「――三、二、一。作戦スタートです」

 カウントを終えると同時に数十キロメートル北の空が明るく瞬きだし、作戦開始を知らせる目に見えぬ電波が指揮車両に届く。
 今、グレン小隊が鍵を握るギラ・ドゥロ補給基地攻略作戦が開始された
 フェンナは暗視カメラから送られてくる景色を見ながら心の中で呟いた。

(今度はオペレーターの役割をしっかり果してみせる)

 彼女に与えられた仕事は、中継とスケジュール管理だ――隊の先頭を行くグレンリーダーからの情報を、レーザー通信を使い、後ろから来るキースとアイリへと伝える役目。時間を計りグレンリーダーに進行速度の指示を出し、必要な地形データを送信する役目――。
 国境が近づいてきた。
 それにつれ、心臓の音は速く大きく、呼吸は浅く息苦しくなってくる。
 実在しない国境線、彼女の目には見えていないのに、心の目には確かに見えていた。そして恐怖心と言う姿を借り、実在となり大きく圧しかかってきていた。

(あの向こうがヴァリム。敵が、侵略者がいる……)

 ハンドルを握る手が震えだし、全身から汗が吹き出てきた。

「やぁっ!」

 我知らず雄叫びを上げ、アクセルペダルを踏み込んだ。
 指揮車両は国境に向かい全速力、禍々しい姿をとる壁を一気に突破。
 自機を示す光点が地図の上を静かに移動している。無事にヴァリム領内へと入っていた。
 無論、何の衝撃も音もなかった、実にあっさりとしたものだ。

「……ふぅ」

 息をつくと、たかが国境線を越えるだけで妙に力の入っていた自分が情けなくなった――いけないいけない、しっかりしなきゃ。
 地図を凝視していた目を、前方を写す暗視カメラの映像に戻すと、

(え、あれ? 障害物?)

 前方に障害物――グレンリーダーのJファーカスタムの足――が急に現れた。
 めいいっぱい踏み込んでいたアクセルから足を離しブレーキをかける。
 過重がフロントに集まり、体が前に投げ出されそうになる。
 シートベルトが胸に食い込む。痛みが走り息が詰まった。まだ、車両は止まらない。

「きゃぁぁっ!」

 ハンドルを右に切ると前方に荷重の乗った指揮車両は急旋回、なんとか衝突は免れた。
 が、ほっとしたのもつかの間、大きな石に右前輪が乗り上げ車両の右側が宙に浮く。
 そのまま横転するかと思いきや、車両は斜めになったまま片輪走行。絶妙のバランスを保ち走り続ける。

「わ、わわわ、わわ――」

 必死になって右に左にハンドルを動かしていると、車両は徐々に速度を落とし、

「わわわわ……っきゃ」

 やがて、何事もなかったように地面に着地した。
 ぽかんと口を開けて、完全に固まってしまったフェンナ――なに今の、なにがあったの?

『カルボキシリック0。どうした?』

 スピーカーから聞こえてくるグレンリーダーの声。カルボキシリック0とはフェンナのことだが、気がつかない。

『カルボキシリック0。フェンナ?』
「あ、はい。以上なしです。なんでもありません」

 自分の名前を呼ばれてようやく気がついた彼女は、ぼぉっとしながらも無線ではなくレーザー通信を使い、いっぽん調子な声で返事をした。

『大丈夫なら良いが……隊列は乱さないでくれ』
「ごめんなさい。隊列に戻ります」

 急いで隊列に戻ろうと指揮車両を走らせ始めると、何か違和感を感じた。
 いちおうまっすぐに走れているし異音もしない、車両に異常なさそうだ。

(……やだ、私ったら)

 座席が生暖かかった。汗だけとは思えないほどぐっちょりと、下着とズボンが濡れている。

(どうしよう。着替えてる時間、はないか……スケジュール表からも目が離せないし、車も止められない。中継地点までこのまま我慢しなきゃ。でも、誰も見てないし……)

 ふと、ある考えが浮かんだ。
 真っ赤な顔をして、車内をきょろきょろと見回す。

(駄目駄目。やっぱり駄目。いくら誰も見てないからって、脱いじゃうのは駄目……任務に集中しなくちゃ。次の中継地点のAポイントは止まらずに通過だから、ゆっくり着替えられるのはBポイントね……たしか午前中には到着予定だったはずだけど……まだ日も昇ってないし……あと何時間?)

――

 

 八時間後。
 作戦開始前、不安で胸がいっぱいだったフェンナだが、もともと勉強家でみっちりとシミュレーションをこなしておかげだろう、何の苦もなく自然と作業を行えるようになっていた――ちょっとしたアクシデントの嫌な感覚を忘れるために作業に没頭していたとも言えるかもしれないが。
 最初の中継地点であるAポイントはすでに通過。Bポイントは間際だ。
 今は森の中で、時間にして十分先行しているグレンリーダーからの通信を、キースとアイリと共に待っていた。

『フェンナ、隊長からの連絡は?』

 アイリがグレンリーダーが偵察に出てから合計八回目の質問を口にした。

「3、まだ1からの連絡はありません」
『そう……ところでさ、数字で呼ぶの止めようよ。なんか好きじゃないんだよね。そう言うの』
「そうは言いますけど、いちおう作戦行動中ですから」
『それはそうなんだどさ。なんかねぇ』
「なんとなく言いたいことはわかりますけどね。でも、名前とは言え情報漏れはまずいですし」
『大丈夫、大丈夫。これレーザー回線だから間に割り込まれないと聞かれないし』

 指揮車両とアイリ機の間は数十メートル、間に割り込めば嫌でもわかる。たしかに盗聴されるような状況ではないが……。

「でも、規則は規則ですし、いちおう守らないと駄目です。いいですねカルボキシリック3。今の指揮権は私にありますから」
『もう頭固いなぁ、隊長そっくり』

 そんな言葉を交わしながら笑い合う二人。なんとも敵中行軍に似つかわしくない会話だが、フェンナにとっては緊張がほぐれ、ちょうど良かった――アイリさん、私に気を使ってくれているのかな?
 二人が会話を弾ませていると、グレンリーダーからの信号が入った。

「入電あり。2、3、進行を開始します」
『『了解』』

 フェンナたちはアイリ機を先頭に行軍を開始。鳥の群れが動き出したPFに驚きいっせいに飛び上がった。鳥たちの飛び上がった先には電子機器の内臓を持った別の鳥が一羽……。

――

 

 しばらく進むと、森を抜け、巨大な岩のある広場へと出た。
 中継地点のBポイントだ。

「はぁ、やっとついた……」

 フェンナは指揮車両の中でそう呟きそっと胸をなでおろした。すると、いままで任務遂行の一点に集中していた意識が周囲に拡散する。
 まず、乾いたとはいえ不快な肌触りの下着とズボンが気になり、次いで車内の臭いが気になりだした。
 戦闘で使われるどんな道具にでも「安全第一」を追求するアルサレア製だけあって機密性は高い。が、空調も万全を施してある。そんじょそこらの最新エアコンに以上の脱臭機能もついているし、空気は完全に入れ替わり臭いなどとうに失せている。服には染み着いているだろうが、人間の嗅覚でははっきり感じられる程ではない。
 だが、どうも鼻の奥に臭いが残っている気がしてならなかった。
 このポイントに到着しても、すぐに休憩とはいかず、やらねばならない作業があるのだが、それらは全て頭の外にほっぽり出されてしまい、

(どうしようかな……すぐにでも、服、洗いたいけど洗濯なんてできないし)

 などと言う言葉が頭を占めていた。
 広場の中央にある巨大な岩は中が空洞になっている。
 PFが容易に入れほどの広さがある空洞だ。機体を隠すのには最適な場所といえる。
 それはヴァリムにとっても同じようで、もともとはなんらかの施設があったらしく、それらしい残骸がいくつか見てとれた。
 フェンナは横穴からその空洞へと車両を入れ、適当なところで停車。
 メインスイッチを切りるとさっそく席から立ち上がり、荷物がつまったザックを開き、予備の下着を探しにかかる。
 ズボンを余分に持ってきてなかったのが悔やまれるが、下着を替えるだけでもずいぶんと違う。ズボンを脱ぎ、狭い車内でなんとか下着を替え、再びズボンをはこうとした時、

「フェンナ、仕事まだ残ってるよ。通信切れてるみたいだけど、どうかしたの?」

 声と共に、ハッチを叩く音が聞こえてきた。アイリだ。
 ズボンはまだ膝までしか上げていない、こんな姿を見られたら大変だ。同姓とは言え恥ずかしいものは恥ずかしい。

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」

 一声かけ、慌ててズボンを上げようとする、が。
 何かに足を引っかけ、もつれ、ころんだ。それはもう派手に、思わずアイリがハッチを開けて中を覗いてしまうほどの音を立てて。


 

「どうしたのっ!?」

 アイリの眼下には奇妙な光景が広がっていた。
 それはちょうどこんな感じだ。
 車内にぶちまけられたザックの中身、その中でちょうどお尻を突きだす形で運転席の上に“く”の字に倒れ、床におでこをくっつけ、ズボンを膝まで下ろし、頭の上にはパンツを一枚乗せた――もちろん下にはちゃんと履いている、別のパンツだ――女性が約一名。
 訳がわからなかった。
 だから、すぐにハッチを閉じた。

「……」

 一体何が起こったの……それにあれって誰?
 今、下でとっても恥ずかしい格好をしているのはフェンナ以外には誰も考えられないのであるが、彼女にはすぐに理解できなかった。
 清楚で可憐なお嬢様のフェンナと、下の恥ずかしい姿の女性、イメージがどうしても重なり合わなかった。
 アイリが腕組をしてうんうん唸っていると、ハッチが静かに開き、フェンナが顔を半分だけ出した――さっきの人、やっぱフェンナだよね。フェンナしかいないもんね……なんか、すごいもの見ちゃったかも、あたし。

「あの……み、見ました?」

 いまにも消え去りそうな声でフェンナが言うと、アイリは髪を振り乱し激しく首を横に振った。だが、目の奥には先ほどの光景がしっかりと焼きついている。

「そう、よかった……」

 嘘なのだが、どうやら納得してくれたようだ。
 きっとオーバーアクションが効いたのだろう。と、勢いよく振り過ぎてふらふらする頭を片手で支えながら思った。

「そうだ、フェンナ。まだやることあるんだ。あの入り口のところにさ。トラップ仕掛けるのを二人でやっておいてくれって」
「はい、わかりました」

 元気よく返事をしたものの、フェンナは顔を半分出したまま、出てこようとしない。

「……」
「……フェンナ?」
「さ、先に行っててください。すぐ行きますから」
「わかった」

 本当はもう少し、頭のふらつきを落ち着けたかったのだが、まあしょうがない。アイリは慎重に指揮車両の屋根から下に降りた。

「あ、そうだ。後ろの荷台空けてくれる? 仕掛けるやつ、その中だから」
「はい」

 指揮車両は、装甲車とトラックが融合したような形をしている。後ろの荷台部分には、食料や機材など、今回の作戦よりも長期の行軍に必要なものを載せられるだけの広さがある。
 後ろの荷台が開けられるとアイリは必要な道具の入った箱を取り出し、地面に並べた。

「ひ、ふ、み、よ。うん、これでよし」

 フェンナはまだ来ない。

「フェンナ、早く済ませちゃおうよ」

 運転席の方から、荷台を通って外へ。やっと出てきた。どこか気恥ずかしそうに、内股でもじもじと、歩きにくそうに。

(どうしたんだろ? さっきの格好、頭のパンツ、恥ずかしそうな歩き方……あ、そっか)

 アイリはフェンナに何が起きたのか理解した。最初の頃は良くあることだ。



 さっきの格好をアイリは見ていないと言うが、どうも見られたような気がして恥ずかしくてならない。だから、外に出るのが遅れてしまった。
 彼女は最初、自分を見て不思議そうな顔をしたが、急に納得したような顔になった。やはり、見られた気がする。

「っじゃ、フェンナは一個持ってね。あとはあたしが持ってくから」

 そう言ってアイリは箱を三つ重ねて軽々と持ち上げた。フェンナは続いて箱を持つ、ずしりとかなり重かった。

(……アイリさんって力持ちなのね)

 キースさんが良くぶたれてるけど、痛いんだろうな。などと思いながら歩き始めると、

「ねぇ、フェンナ。あれ、持ってこなかったの?」

 アイリがすぐに口を開いた。

「あれ。ですか?」
「ほら、なんて言えば良いかな……月のものの時に使うのと、似たようなやつ」

 ……月のもの。

「あの、あ、え、ぇえ?」
「ひょ、表現が悪かったかな。いや、ほら……あの、今回の任務、長時間じゃない? だから、いわゆる、ね。その、あれの対策に……長い間、缶詰めなわけだから……ぁぁ、このさい、はっきり言っちゃえば、つまり、オムツ」

 オムツ、シャトルで宇宙に行く時は欠かせない必須アイテム。
 たしかに教本にも、ちらっとそう書いてある。そして、何も宇宙だけでなく、地上でだって必要な時がある。
 特に敵陣を長時間行軍しなければいけない、つまり今回の作戦のような場合とか。
 国境から、ここまでくるのに約八時間。
 八時間もトイレを我慢するはちょっと厳しいものがある。我慢できないことはないだろうが、万が一と言うこともあり得るし、つければとりあえずは安心。よくよく考えればまさにオムツは必須アイテム。
 だが、フェンナは見事にそのことを失念していた。で、失敗したわけだ。

「別に、答えなくても良いんだけど。ほら、さっきあんな格好してたし、もしかしたらそうなのかなぁって、まだ作戦長いしね。ははは……はぁ、ごめんね。変なこと聞いちゃって……フェンナ?」

 アイリが振り返ると、顔を真っ赤にしたフェンナが目に入った。

「は、ははは……」

 フェンナは自分でもなんだかよくわからないが、笑った。

「……ははは」

 アイリも笑った。力なく。
 彼女が前を向き歩き始めたので、フェンナも続く。
 やや間があって。

「よかったら、あたしの予備使う?」
「はい……ところで、やっぱり見たんですね」
「ごめん」

 それにしても、キースさんやグレンリーダーもオムツを使ってるのかしら?
 頭に浮かんだ疑問を、忘れようとフェンナは足を速めた。

――

 

 ドックフードのような匂いの漂う缶詰の中身を、スプーンでかき混ぜてはすくい、もどす。
 得体の知れない動物の成型肉をすくい、もどす。
 とことんまで遺伝子改良を施された豆をすくい、もどす。
 その度に、どろどろとしたスープはべちゃべちゃと音を立て、もともと少ないフェンナの食欲をさらに減らす。
 彼女の横ではアイリが同じものをさもおいしそうに口へと運び、頬張っていた。

「フェンナ、食べないの? 食べとかないと持たないよ」

 アイリがスープを飲み干して満足げな顔で話し掛けてきたが、

「あ、はい……そうですね」

 フェンナは返事をするもうわの空、レーションをいっこうに口へ運ばない。
 グレンリーダーは仮眠中で、キースは見張りに立っている。
 もう少ししたら、フェンナは仮眠をとり、アイリが見張りに立つ。
 日はとうに沈み、これが今日の最後の食事の時間だ。
 今のうちに食べておかないといけないのだが、どうにも食欲がわかなかった。ほんの数分前に聞いたアイリの話のせいだろうか。
 フェンナが上を見ると、星々の世界の見える大きな穴があった。星は地上の鈍い光とは違い、澄んだ光を放っていた。

――あの穴、気になるの?

 アイリの言葉が脳裏によみがえる。


 

「あれは前の作戦の時に開けた穴だね」
「前の作戦ですか?」
「そう、ここってさヴァリムの前線基地だったんだ。ほら、この中ってPFを隠しとくのにちょうど良いじゃない」
「そうですね。ちょうど今の私たちみたいに」
「でさ、グレン小隊も作戦に参加したの。今回の作戦ほど大掛かりじゃないけど、あれはあれでけっこう大きな戦果だったよ」
「……戦果ですか」
「うん。敵の前線を後退させられたし、この基地の広さを見ればわかると思うけど、ヌエを三十機近く撃破できたからね。それも大した被害も出さないで。うまく敵に気がつれないように接近できたからね。最初の一発目の特殊弾であの穴を開けてさ。すぐに気化爆弾を射ち込んだんだ」
「き、気化爆弾」
「そう、気化爆弾。あたし達が入ってきた入り口も閉じてたし、この中はあの穴以外には開口部がない状態だったからね。効果絶大、外から見ると穴から火柱が上がるのが見えたぐらい」
「何人ぐらいの人がいたんでしょうね……この基地に」
「うぅん、どうだろ。もろもろ含めてPF一個小隊あたり大雑把に約五十人いたとして、一個大隊はいたから……四百五十人ぐらいじゃないかな」


 

 一連の会話の流れを思い出すと、沈んでいたイメージが再び浮かび上がってきた。
 紅く染まる閉じた空間、衣服が燃えがり、人々の皮膚が膨れ、裂け、赤く染まる。全てが赤く。
 火は思いのほか早く消える。
 瞬きする間の赤い世界から一転して、世界は黒く、地獄の釜の底のような光景へと転じる。
 壁面、PF、整備器具、そして、転がる黒こげ死体。死体の中にはまだ生きているのか、ゆっくりと蠢くものも。
 黒焦げた死体の一つが、這い寄って来る。床に赤黒い自分の肉を残しながら前へ前へと。
 空ろとなった目でフェンナを見上げ、……と呟く。

「フェンナ?」

 われに返ると、アイリが心配そうな顔でこちらを見ていた。

「はい、大丈夫です。ちょっと考え事してて」

 フェンナは再び天井の穴に目を向ける。星は雲に隠れていた。

「もしかして、さっきのあたしの話のせい?」
「そんなことないですよ……ただ、この基地で何があったのか想像したら、ちょっと怖くなっちゃって」
「……怖い、か。ごめんね。あたし、気がつかなくて」
「いえ、そんな、あやまらなくても」
「なんかさぁ、フェンナって話しやすいから、ついつい喋りすぎちゃった。まだ、フェンナは新兵だもんね……ぁぁ、やだな、ずいぶん鈍感になっちゃってるんだ」
「そんなことないですよ。アイリさん私に色々気を使ってくれてますし」
「ありがと……でもね。なんか、つくづく感じちゃう、あたしの身体も心も、戦場に馴染んじゃってるんだって。殺すとか殺されるとか、当り前になってるんだよね。殺すって言葉もめったに思い浮かばないもんね。たしかに殺人って言う言葉に嫌悪感は抱くけど、自分がそうしてるって実感ないんだよね。ニュースでさ、事故とかの話を聞くじゃない。たしかにそう言う事故は現実にあるんだけど、なんか現実感はないんだよね。PFで戦ってると、そう言うのと一緒で自分がやってることに現実感がないんだ。だから、平気でひどい作戦の内容も喋れちゃう……自分がしたことなのに、見に行ったアクション映画の内容でも話すみたいにさ」
「……」

 フェンナは何も言えなかった。

「ぁぁ、ごめんごめん。また、喋りすぎちゃった。」
「そんなに、気にしないで下さい」
「はは、ありがと……ところで、それ食べないの?」

 物欲しげな目でフェンナの缶詰を見るアイリ。

「よかったら、食べます? やっぱり、食べられそうもないですから」
「そう? じゃ、もらっちゃおうかな。へへ、一つじゃ足りないんだよね」

 スープを受け取ると、アイリがおいしそうに食べ始める。

(アイリさんみたいにはなれそうもないな)

――

 

 九時間後。まだ日が昇るには早い時刻。
 ギラ・ドゥロ補給基地近くの森の中にフェンナの乗る指揮車両の姿があった。
 辺りにグレンリーダーたちの姿はない。彼らはより基地に近いところで身を潜めている。
 フェンナは指揮車両から離れ、小高い丘に登り、敵基地の隠されている楕円形の形をした巨大な一枚岩を双眼鏡で監視していた。
 既に、陽動部隊がミラムーン側からヴァリム国内に進行しギラ・ドゥロ補給基地に背中を向け戦闘を始めている。
 後は問題のオーガル・ディラムが、レガルト小隊とミラムーン製PFゼムンゼンと言う餌に誘き出されるのを待つだけ。
 そう、彼女は巨大空中空母が動き出すのを待っているのだ。
 早起きな鳥たちや、虫たちのささやき声を聞きながら巨大な岩も見ていると、フェンナは不安になってくる。
 辺りには似たような岩が二個三個点在している。
 いま自分が監視している岩の内部に本当にヴァリム補給基地が、巨大な空中空母が隠されているのだろうか?
 軍から提供されている情報によれば基地があの岩山の中にある事は間違いない。だが何処から見ても――カモフラージュが施されているのだからそう見えるのは当り前なのだが――自然の岩山。
 B地点で実際に似たような一枚岩の内部にPFを隠し、数時間過ごし、頭ではあれが敵基地だとわかっていても、あの中に巨大空母が格納され、何十機と言うPFと何百人と言う人間が働いているとはなかなか実感できなかった。したくなかった。

「本当にあれが基地なのかしら?」

 監視を始めて五回目の独り言。
 普段あまり独り言を言わない彼女だが、気持ちを落ち着かせようと自然と声が漏れてしまうようだ。
 何度も小動物が揺らすがさがさと言う草の音に身をすくませ時を過ごし、鳴いている虫たちの種類が変わった頃、フェンナは何かが動くような音と揺れを感じた。
 あまりに微かだったために錯覚かと思えた。
 白い息をゆっくりと吐き出しながら耳を澄ます。
 気がつくと先ほどまで鳴いていた虫や鳥たちの声が止み、辺りは僅かな風でこすれ合う葉音だけが満ちている。
 その音に隠れるようにして先ほどの音はまだ続いていた。何かを引き摺るような、地の底で何かが動いているような音。
 問題の岩山を見ると、上部から横に広い範囲で湯気が立ち上っていた。まだ日は昇っていない。岩の向こう側に泉があると言うこともない。
 不自然な湯気、人工の湯気。
 フェンナは双眼鏡で岩よく見る。
 最初は湯気が上がっていただけであったが、やがて辺りの空気が震えだし、何かが岩の中から現れた。それはゆっくりと徐々に姿を現す。
 オーガル・ディラムだ。
 空中空母がその全様を現した時、フェンナは思わず、

「なに、あれ、は……」

 言葉を漏らし、全長五百メートルを超える巨大な人工物が空に浮かぶその姿に寒気を覚えた――物を破壊する道具でしかない兵器、他者を捻じ伏せ己が意を通すための手段、肥大化した人間の悪しき本能、戦禍で肥太った過ぎたる欲望、それらの象徴。
 恐怖とも怒りとも、喜びとさえ取れかねない感情の高まりで生じた「すぐにでも指揮車両の中に駆け込みたい」と言う衝動を抑え、その場にとどまり動向をうかがう。
 だが、オーガル・ディラムが巨石の上で方向転換しこちらに真っ直ぐ向かってくるのを見ると、転びそうになりながらも丘を駆け下り、森の中へと入り、木の影に身を隠さずにいられなかった。
 オーガル・ディラムがすぐ真上を通る。
 どのような手段で飛んでいるのかわからないが音は静かだ。それが不気味に感じる。
 視覚的には巨大ではっきりと存在感があるのに、それに似合わず起てる音が小さいためにその存在感に現実味がない。幽霊でも見ているような、そんな印象を受けフェンナは身震いした。
 やがて巨大な亡霊は南東の空へと姿を消す。陽動部隊が戦闘を行っている方角だ、陽動は成功したと考えて良いだろう。
 木の影から辺りの様子を窺うと、息を止め指揮車両へと全速力で駆け出し、中へ入る。ハッチを手早く閉めると、そこでようやく息を吐き出した。
 首から掛けていた双眼鏡を放り出すと、腕時計のタイマーを十分後にセット。時を待つ。
 オーガル・ディラムが出撃してから十分後、フェンナがグレンリーダーに通信を入れる予定になっている。それが突入のタイミングだ。
 しばらくカウントを続けるデジタル表記数字を眺めている内に自分が大事な仕事を忘れている事に気がついた――オーガル・ディラムが戻ってくるかどうか見張っていないとっ!
 勢いよくハッチの扉を開き、基地を監視していた丘へと駆け昇る。
 オーガル・ディラムが去り、辺りでは再び虫たちが鳴き出し、一枚岩の上から湯気は消え、全ては元通りになっていた。幻でも見ていたような気分だ。
 だが、刻々と進む腕時計のタイマーが幻でなかった事を物語っている――ともかく、監視を続けないと。
 監視対象の巨石に目を留めながら、首に掛かっている双眼鏡を取ろうとしたが、手に伝わってきたのは冷たい双眼鏡の感覚ではなく、柔らかい肉の感触。
 視線を移すと自分の手で、自分の胸を掴んでいる。
 慌てて手を離し、辺りを見回すと頬を紅くし、フェンナは全速力で指揮車両へ双眼鏡を取りに駆け戻った。


 

 目をつぶっていたグレンリーダーの鼓膜を電子音が揺らす。
 モニターを見るとコールサインが灯っている。つなぐとフェンナの声が聞こえてきた。

『カルボキシリック0よりカルボキシリック1へ、石見銀山猫いらず』

 突入の合図だ。

「了解。俺が先行する。2は援護。3は敵機の警戒だ」
『2、ラジャー』『3、了解』

 三機のPFは隠れていた場所から一機に飛び出し、ブーストの軌跡を残しながらナビゲーションソフトの指示通りに目標の巨石、PF搬入口を目指す。
 移動を始めてすぐにロックオンを知らせる警戒音がコックピットに響いた、薄い緑色の映像が映る正面モニターに赤く“connon”の文字が灯る。
 地面の下に隠されていたらしく次々と新たな砲台が姿を現すが、グレンリーダーは移動速度を落とすことなく、的確にそれらの防衛設備を破壊して行く。しかし、彼のJファーカスタムに装備されている射撃兵器は散弾を放つショットガン。連射性集弾性ともに劣るため、いかに彼の腕がよくとも砲台を撃ち漏らしてしまう。それをキースがスマートガンでカバーし、砲台を尽く破壊して行く。アイリに出番はなかった。

 ものの数十秒も経たずに入り口が見えてきた。
 一見すると岩にしか見えないがナビゲーションソフトは「直進せよ」と指示している。

「2、3。後は任せたぞ。敵勢力を排除しこの場を確保するんだ」
『Yea』『了解』

 PFの二倍はあろうかと言う巨大な隠し扉。
 グレンリーダーはそれを工作員が入手した暗証コードを乗せた電波により開き、ギラ・ドゥロ補給基地内部へと勢いよく飛び込む。スピーカーから「隊長、気をつけて……」と言う声が流れたが彼の耳には届かなかった。


 

 薄暗い照明の通路を百メートルほど進むと、長方形にくりぬかれた地肌の露出している広い空間に出た。
 機体を立ち止まらせ、辺りの様子をうかがう。

(……妙だな)

 グレンリーダーはいぶかしんだ。
 奥行五十メートル、横幅十五メートル、高さ三十メートル、天井に照明が備え付けられおり部屋は明るい。
 妙な点は、室内に何もない事だ。
 運搬作業に使う機械、コンテナ、見事に何もない。
 地面に長時間重い物が置かれていたと思われる痕跡があることから、倉庫であろう推測できるのだが……。

(おかしい。この部屋には何故何も置かれていないんだ? 倉庫ではなく、ただの通路だとしても広すぎる……まさか、ヴァリムは俺達の襲撃を知っていた? 既にこの基地は放棄する準備が整っているのか?)

 胸中で不安が鎌首をもたげる。

(こちらの動きがばれているとなると、これは罠か。だとしたらフェンナッ! キース、アイリ……)

 彼は衝動に駆られ機体を反転、元来た道を引き返そうとしたが、

『ラットよりアセティック、アセティック』

 不意に入ってきた通信が彼を引き止める。

(ラット、工作員か)
『ラット、アセティック』
「こちらアセティック。ラット」
『今からそちらにデータを送る。ナビゲーションシステムを立ち上げておいてくれ』
「了解」

 言われたとおり、ナビゲーションシステムを立ち上げる。
 メインモニターの隅にナビの情報ウィンドウが開かれ、そこにデータ受信中の文字と終了予定時間――“one miuntes”――が表示される。
 ただのナビゲーションデータのはずだが、それにしては時間が掛かる。

(罠だろうが何だろうが、今更引き返せないか……キースとアイリは何とかなる。だがフェンナは……無事だと良いが)
『必要なデータは送信した。ところで通信テストは行ったか?』
「いや、まだだ」
『……』

 スピーカーから溜息のような音が漏れてきた。

『通信は不可能なはずだ』
「通信不能か。となればマッピングが必要だな」

 予め予想されていた事ではあるが、それはグレンリーダーが無事に基地の奥まで行き、目的地である燃料貯蔵庫の位置を確認。そして、基地から無事に脱出しなければならないと言う事を意味していた。
 通信が可能であるならば、燃料貯蔵庫までPFで侵入し、自ら電波を発するマーカーをセット済むのだが、通信が通らないとすればそうはいかない。
 基地入り口から燃料貯蔵庫までPFで進みながら測量を行い立体的な地図を作成。
 基地から脱出後、マーカーをセットし、作成した地図を元にしたマーカーの位置誤差修正データをフェンナの搭乗する指揮車両を経由し砲撃隊へと送り、燃料貯蔵庫の正確な位置を知らせるのである。
 測量はPFに備え付けられているソフトさえ立ち上げれば後はコンピューターが勝手にやってくれるので楽ではあるが、少々時間が掛かってしまう欠点がある。だが、それしか方法がないのだから仕方がない。
 グレンリーダーは地図作成ソフトを起動した。

『俺はこれから脱出準備に入る。幸運を祈る。アルサレアに勝利を』
「アルサレアに勝利を」
『ん? アセティックそちらにPFが向かっている』
「なに?」
『イリアだ、気をつけろ』
「イリア?」

 倉庫奥にある重く巨大な扉が開き、白を基調とした細身のフレームで構成された見たこともないPFが三機。

「……あれがイリアか?」

 グレンリーダーは呟いた。
 それに反応するかのように、

 ――   EnemyPF:I・Ria
 ―― EnemyArms:LaserSpear
 ――     :LaserPistol

 モニターにデータが表示される。
 ヌエなどに比べれば明らかに登録されているデータは少ない。グレンリーダー自身初めて遭遇する敵だ。慎重に敵の性能を探りながら戦うのが定石だが彼は、

(……時間が惜しい)

 突貫。
 恐れる事もなく、真正面から突撃した。
 三機のイリアは一斉に手にしたレーザーピストルを構え、矢継ぎ早にレーザーを放つ。
 レーザーが放たれた時、既にグレンリーダーは機体を横にスライドさせて回避行動を行っていた。
 通常のPFが装備する実弾兵器ならば十分に回避が間に合うタイミングだ。
 だが、レーザーの速度は早い。

 ――damage

 モニターに警告メッセージ。
 レーザーが命中したのだ。
 着弾時の衝撃はない。その事が彼に不快感を抱かせた。

(……レーザー全盛期時代、か。ゲームの世界だな)

 グレンリーダーは一機のイリアに狙いを定め、不快感を振り払うように雄叫びを上げると機体をさらに加速させる。

(あと少し、あと少し……きたっ!)

 ショットガンの有効射程距離内に入ると、右端のイリアに向け連射。
 PFの性能から見れば、弾速が遅く早めに回避行動を取れば優々と避けられる実弾兵器だが、ショットガンは放射状に弾が広がる。マシンガンなどに比べ命中率は高い。そして何よりもレーザーとは違い着弾すれば衝撃を与え、敵の動きを一瞬止める事が出来る。
 散弾一発当りのストッピングパワーは他の実弾兵器に比べれば低いショットガンだが、機体重量が軽いイリアには十分な効果を発揮した。
 ショットガンをまともに受けたイリアは攻撃の手を止め、回避行動に移ろうとした。だが、一度足を止められた後ではそれは遅すぎる、二射目の散弾をまともに受けイリアはその場に崩れ落ちた。
 距離をつめたグレンリーダーにリーダー機と思しきイリアがレーザースピアを振るい、襲い掛かってくる。
 彼はこれを紙一重でかわし、横を抜け様に切る。そして、もう一機のイリアに向けショットガンを放つ。
 命中。
 動きが止まった所をレーザーソードを一振り。  撃破。
 後ろを振り返り、先ほどレーザーソードで抜け様に切ったイリアに止めを刺す。
 敵勢力沈黙。

(敵は後どれ位いるんだろうな……)
『ダウンロード完了。音声案内ヲ開始シマス。E−07ノ扉ニ向カッテクダサイ』
(今は先に進むしかない。みんな無事でいてくれよ)
『E−07ノ扉ニ向カッテクダサイ。E−07ノ扉ニ向カッテクダサイ』


 

 グレンリーダーが基地内部へと侵入して十ニ分。
 脱出路の確保に当っているキースとアイリは、周囲の砲台を全て破壊し終え、彼の脱出を待っていた。
 辺りは戦場だと言うのに不気味なほど静かだった。

「隊長、大丈夫かな……」

 今頃、基地内部で激しい戦闘を行っているであろう隊長を思い、アイリは不安げに呟いた。

『アイリ、敵さんのお出ましだっ!』

 キースの言葉にはっとし、レーダーに目をやり、すぐに敵の方を向く。見たことのない敵機、四機のイリアがモニターに映し出される。

「ヴァリムの新型? でも、隊長が戻ってくるまでここを守らなきゃいけないんだ。いくよキースッ!」

 射撃でお互いに二三軽い挨拶を交わし終えるとアイリが突撃した。
 敵はそれに対し冷静に、後ろへ下がり距離を取る。そして手にしたレーザーピストルで彼女を迎え撃つ。
 数発のレーザーを受けJファーの装甲表面が赤熱する。

『アイリ、下がれっ!』

 衝撃も音もないレーザー。
 警告メッセージも警告音も発せられていたが、熱くなっている彼女は彼のその声を聞くまで、自分が攻撃を受けていることに気がつかなかった――まっずったぁ。
 距離をとろうと下がるが、イリア達はターゲットをアイリに絞り逃がすまいと距離をつめる。
 キースがカバーに入りイリアを牽制するが敵は四機。
 腕が良くとも短時間で行える行動にはおのずと限界がある。二機の敵をアイリから引き離すのが精一杯であった。
 キースが一対二の状況を作り出し、アイリが撃破されるのを防いだものの二人は分断され、非常に不利な状況に変わりはない。防戦を強いられ、じわじわとダメージが累積し行動不能に陥るのは時間の問題であった。

 二機のイリアが右に左に、前に後ろに、現れては消えレーザーを浴びせかける。
 アイリは少しでも敵の足を鈍らせようとマシンガンの弾を周囲にばら撒くが、まったく効果が上がらない。

(こんな所で、こんな所で――)

 敵への苛立ちを、目の前の敵に翻弄される自分の不甲斐なさを、奥歯で噛み締め、

「――負けるもんかぁっ!」

 アイリは吠えた。

『馬鹿っ、無茶はやめろっ!』

 キースの制止を聞きもせず、強引に状況を打開しようと全速力で距離をつめる。
 すでに勝ちを確信していたのか、敵は虚をつかれ、予想外の行動に動きを鈍らせた。しかし、それでもレーザーピストルでの迎撃だけは行う。
 数発が直撃するも着弾時の衝撃がないレーザーであるが故に、オーバーヒートの警告音を無視して猛進するアイリの動きは止められない。
 Jファーが左手のレーザーソードを大きく振りかぶり、斬り下ろす。
 イリアの右肩から深々と胸の辺りまで光の束が食い込んだ。
 動きの止まったJファーに一撃を、ともう一機のイリアが右側面から接近。レーザースピアを突き立てようと腕を引く。
 その動きに気がついたアイリは、Jファーにレーザーソードを離させ、近づく敵の方を向かせると右足を一歩踏み出させ、ほんの少し間を置き腰部を左回りに旋回させるとほぼ同時に右腕を突き出させる。ちょうど突きを放つような感じだ。
 Jファーの腰が沈み、右手に運動エネルギーが集る。
 イリアの頭部にサブマシンガンの銃口がめり込んだ。
 と、その瞬間。  サブマシンガンのマガジン内の弾薬が爆発。  イリアの頭部とマシンガンもろともJファーの前腕が吹き飛んだ。
 敵は頭部を破壊されながらもまだ後ろに下がりつつ、レーザーピーストルを構える。

「逃がすかぁっ!」

 アイリはさらに左拳を叩き込まんとブーストペダルを踏み込んでJファーに鞭打ち追撃させる。
 が、唐突にブーストノズルの火が消えJファーの速度が急激に落ちてしまう。オーバーヒートだ。
 頭部を失ったイリアがここぞとばかりに反撃を開始。しかし幸いにも頭部を失っているためにWCSが正常に機能せず照準はでたらめ、ブースターが使えずとも避けられない事はなかったが、避ける事しかできない状況だった。

『Damn it! 一機行ったぞ』
「こんなときにぃっ!」

 叫んだ所で機体の動きは早くなる訳もなく、冷却の進行具合を示すゲージは遅々として進まない。
 キースが逃がしたイリアがすぐ近くまで迫る。

『なに呑気に歩いてるっ!?』

 そのすぐ後を追うキース。さらに彼の後を追う、もう一機のイリア。

「オーバーヒート、してんのよ」

 Jファーにジャンプをさせ、アイリが不機嫌そうに言う。

『What? 無茶するからだ。さっさと逃げろ。基地の中に逃げ込め』

 キースは頭部を失いアイリ機に固執していたイリアの背中にスマートガンを撃ち込む。撃破。
 ぴょんぴょんと跳び回って逃げるアイリ。
 それを狙う二機のイリア。
 アイリの盾になりながらイリアを牽制するキース。
 いま自分が引かねば彼が窮地に陥るのは目に見えている。だが、

「逃げるわけにはいかないのよっ。あたしは、あた――」
『馬鹿野郎っ! くだらねぇ意地はってんじゃねぇ。頭冷やせ、俺らがやってんのは子供の喧嘩じゃねぇんだぞっ!』

 冷却が終了しブースターが使えるようになっても、レーザーソードを手放しサブマシンガンを失ったJファーはもはや微々たる戦力。どちらにしろ一旦下がりキースの負担を減らす事が最善だ。しかし、

(冷却が終われば……)

 兵器を持たなくとも左腕一本で敵の一機や二機、落とす自信はある。
 アイリはこのまま冷却が完了するまでは粘るつもりだった。ところが、進行具合を示すゲージがどう言う訳か途中で止まっていた。
 原因はわからない、単に正常に表示されていないだけなのか、ブースターが壊れたのか、冷却液がもれているのか、いずれにしろ、

(……もう、無理か)

 それは明らかだった。
 留まるのは百害あって一理なしだ。

「キース、下がらせてもらうね」
『早く行け、俺もすぐに下がる』

 その場を後に敵基地の中へとアイリは逃げ込んだ。
 森へ逃た場合、追撃されて逃げ切る事もかなわず敵にやられるのみ。何よりも中に入ったグレンリーダーの退路が完全に断たれる事になってしまう。
 基地の中ならば多少の障害物もあるだろうし内部の敵はグレンリーダーの方へと向かっている可能性が高く、遭遇する可能性は低い。危険な賭けだが追い詰められた状況下、敵基地へと逃げ込むしか選択の余地はなかった。
 通路を逃げながら、アイリは冷静さを欠いた自分を情けなく思い。

「あたしの……馬鹿」

 奥歯を噛み締め喉の奥から声を漏らした。

(あたしの機体もキースの機体も、もう限界……どうすれば良いのよ)

 PFがちょうど一機通れるだけの横幅を持った通路を抜けると、広い部屋に出た。
 敵影はない。
 部屋の奥には通路がありその手前にPF三機分の残骸がある。先ほど外で戦っていた機体と同じようだ。

(隊長が撃破したんだ、一人で三機も……やっぱ隊長は凄いや。隊長が来てくれれば何とかなる――)

 隊長の足手まといにならないと心に決めたにもかかわらず、窮地に陥れば当り前のように頼っている自分に気がつき苦笑した。目頭が熱くなってくる。

(――駄目だなあたし……こんなんじゃ、隊長の力になるなんて無理だ)

 アイリが入り口のすぐ脇で待機していると、部屋に所々痛々しく赤熱したキース機が飛び込んでくる。

(キース、ごめん……)
『ひゅぅ。やばかったぜ、あぶねぇあぶねぇ。へへ、生きてっかアイリ? パーティはこれからだぜ』

 自分のせいで死にかけたと言うのに。何時もの軽いノリの言葉が嬉しかった。

『おい、大丈夫なのかアイリ。生きてんなら黙ってないで何とか言えよ』
「大丈夫、生きてる」
『お前、泣いてんのか?』
「……」

 視線を下に降ろすと、ぽつぽつとズボンが濡れていた。

「泣いてなんかいないわよっ!」
『Sorry sorry 怒鳴る元気がありゃ大丈夫だな。さて、中身は元気そうだが機体の方はどうだ? まだいけるか?』

 モニターには相変わらずブースター冷却中の表示がされていた。他にも冷却液、モーター類様々な危険を知らせる表示がされている。

「ブースターは完全に駄目みたい。他の箇所もほとんど限界……装甲はまだ持ちそうだけどね」
『俺の方は、装甲がもう駄目だな……どうしたもんかねぇ、外の二機に玉砕覚悟で挑んでみるか』

 アイリは迷わず、反射的と言っても良いほどすばやく。

「こうなったら、玉砕ね」
『ぉぃぉぃ……冗談だよ。ほんとに玉砕する気だったらわざわざ基地の中に逃げやしないって、お前だってそんな気ないから、ここに居るんだろ』
「っう」

 隊長のためなら命をもいとわない、などと常々思っていたが、さきほどの玉砕の機会をあっさり逃していた、どうやら自分は命が惜しかったらしい。

(ほんとあたし、情けないな)

 と、アイリは勘違いした。

『っま、死ぬのは何時でもできるし誰でもできる。俺たちゃ一応プロだからな、まずはやれることをやり尽くさないと……とりあえず、降参でもするか?』
「冗談じゃないわよ。い、や、よっ!」
『そんじゃ、我らが救世主、グレンリーダーでも待つか』
「それは……」

 隊長に助けて欲しい、でもやっぱり隊長に迷惑かけたくない、足手まといになりたくない、それでも隊長に助けて欲しい。
 頭の中で目まぐるしく変わる考えと情けない自分を吹き飛ばすように、

「やだ……絶対に、やだっ!」
『そんな、でかい声出すなよ、耳がいかれちまう』

 アイリは少し黙って、自分なりにどうすればいいか考えてみた。
 降参、グレンリーダーを待つ――心情的に嫌なので却下。
 玉砕――いまさらできない。
 さらに基地の奥に逃げ込む――逃げるのはやだ。
 未来への道は自分の力で進むもの、障害は拳でぶち壊す……けっきょく戦うしかないか――機体がもう限界。
 じゃあ、素手で――PF壊せるわけないもんね。
 やっぱり玉砕――いまさらできない。
 結論、打つ手なし――そんなのやだ。

「あぁ、もうどうすればいいのかわからないよっ!」
『降服に決まりだな』
「え?」
『おぉい、ヴァリムさんよ。こちらはグレン特務小隊キース=エルヴィン、もう降参だ。今から外に出てくから撃たないでくれよ』

 言うが早いか、止める間もなくキースは外の敵に向かってスピーカーで降服を宣言すると、PFに武器を捨てさせ、外へ向かいはじめた。

「ちょ、ちょっと……」
『アイリ、変な事すんなよ。おとなくしてりゃ、殺されやしないって』

 アイリは仕方なく、キースの後に続いた。

(こうなったら、玉砕しかないよね)

 などと心中でつぶやきながら。
 外に出るとイリアが二機、レーザーピストルを構えて待っていた。
 今度こそ、玉砕と思っていたアイリだったが、いざ敵を前にすると、兵士としての経験から彼我戦力差を計算し、こりゃぁ玉砕は無理だわ、とあっさり結論づけてしまった。
 玉砕は冷静な判断力を持ってできるものではない。
 キース機が入り口を塞ぐような形で立ったので、アイリは自分の機体をその横に並べた。

『二機とも、片膝を着かせてPFを停止させろ』

 キースが敵の言うとおり片膝を着かせたのを見て、アイリはしぶしぶながら彼にならおうとした。  その時、キース機の頭上を何か長いものが通り過ぎ、一機のイリアに突き刺さった。

「槍っ!?」

 それはイリア達に装備されていたレーザースピアだった。
 アイリ同様、何が起こったのかわからず呆然と立ち尽くしているもう一機のイリアにキース機が躍りかかり、地面に打ち倒し、何度も拳で打ち据える。

『よぉし、いっちょあがりっ!』

 あっという間に事態は好転した。だが、何が起こったのか。

「な、あ、え、う、は?」
『大丈夫か、アイリ』

 言葉になっていない声にアイリに応えたのは、キースではなかった。

「隊長っ!?」

 通路から、グレンリーダーのJファーカスタムが姿を現した。

『いやぁ、隊長。さっきの見事なコンビネーション。やっぱり俺達は最高のタッグだな』
『はは、そうだな』
「でも、隊長……どうやって」
『聞いて驚くなよ、アイリ』
「あんたには聞いてないわよ、キース」
『簡単だよアイリ、二人が会話しているのが聞こえてきたから、キースの個人回線に文字だけ送ったんだ』
『っそ、「こちらで合わせる、敵に降服しろ」ってな』

 たしかにPFはそういった機能がある、方法としては納得。だが、

「どうしてあたしに送ってくれなかったんですか?」

 不満だった。

『そりゃお前、誰がどう考えたって冷静じゃなかったし、お前向けの作戦じゃないからだろ』
「むぅー」
『キースの言うとおりだ、あの場合はキースの方が適任だと思ったからな。理由は知らないが、会話を聞いてアイリは冷静さを欠いてるように思えたからな』

 それは、大好きな隊長のせいです……などとは、口が裂けてもいえなかった。

「次は冷静でいますから、あたしに送ってくださいね」
『あぁ、次は頼むぞ。そのかわり、玉砕なんて考えるんじゃない。作戦行動中は部下の命は隊長である俺が預かっている、俺には守る責任がある。だから命令する、かってに死ぬことは許さない、いいなアイリ』
「はいっ!」

 グレンリーダーは小隊長としてそう言ったのだが、アイリの脳には「お前は俺のものだ、かってに死ぬな」とでも解されたのだろう。
 瞳にハート型の光でも浮かびそうなほど、うれしそうに返事をした。

『さぁ、時間もない、ギブソンを待たせてるからな。フェンナに連絡を入れるぞ……アセティック、カルボキシリック0応答を。カルボ――』

――

 

『アセティック、カルボキシリック0応答を。カルボキシリック0応答を。こちらアセティック』

 指揮車両の中、ただじっと待たねばならぬ不安を押さえつけるように、膝を抱え、硬く閉じた目から涙を漏らしていたフェンナの耳に、グレンリーダーの声がとどいた。
 彼女はすぐに応答する。

「こちらカルボキシリック0。よかった無事だったんですね」
『あぁ、なんとかな。データを送る、転送を頼む』
「はい……あのマーカーは?」
『入り口にセットした。そちらでも確認できるはずだが』
「え……はい。確認しました。セットされてますね」
『では、転送を頼む』
「了解」

 データはすぐに送られて来た。
 あとは衛星を介したレーザー通信でギブソン中隊に送信すれば任務完了だ。
 フェンナはデータを慣れた手付きで素早く送信する。データのやりとりは訓練校の練習で目を瞑っていてもできるぐらいになっている。
 送信する作業は実に簡単であっけない物だった。

「送信完了です」

 グレンリーダーにそう言うと突然、寒気に襲われた。鳥肌が立ち、顔が引きつる――私、今……送信、した、の?
 当たり前の事をしただけ。
 だがフェンナはショックを受けた。何の意識もなくただ言われたからそうした、その結果を想像して――こんな簡単な事で、多くの人の運命に幕を落とさせてしまうなんて……人間の命を、こんなに軽く扱ってしまうなんて。

『ギブソンリーダー、データは送信した。後は任せたぞっ!』
『遅〜〜いっ! 待ちくたびれたぞい! ちゃっちゃと引っ込めい!!』
『……やな感じぃ』
『そう言うな。あれでも支援砲撃に関しては超一流なんだ』
『っま、俺達の努力が無駄にならない事を祈ろうや。そんな事より早く引き上げようぜ。巻き添えはごめんだ』

 これから大勢の人間が死ぬと言うのに皆の声は、任務を達成したよろこびを感じているのだろう、嬉しそうですらある。フェンナにはそう聞えた。
 息苦しさを感じた彼女は、イヤフォンマイクを外しハッチから顔を出す。
 上を見上げると、明け方の清々しい空を気持ち良さそうに泳ぐミサイルが目に飛び込んできた――あれはっ!?
 それがギブソン中隊が放ったミサイルだとすぐにわかった。
 ミサイルは迷うことなく正確に、フェンナが送信した目標地点、ギラ・ドゥロ補給基地のある一枚岩のちょうど真中あたりに着弾。
 その瞬間、フェンナは激しい爆音と巻き起こる土煙を想像した。が、それは起こらなかった。

「不発弾?」

 呟きと共に爆発が起こった。
 爆炎こそ上がらなかったが、大地が揺れ土煙が高く上る。
 想像していた物に比べずいぶんと地味な光景に拍子抜けしたフェンナだが、砲撃の本番はこれからであった。
 辺りに鳴り響く大気を引き裂くような甲高い音。
 彼女が再び上を見上げると、何百と言うおびただしい数の砲弾が飛んでいた。
 着弾。
 フェンナが想像していた以上の光景がそこに生まれた。
 筆舌に尽くし難いけたたましい音をたてて大気が爆ぜ、まるで火山が噴火したかのように一枚岩が天辺から火を吹く。
 先日、初めての実戦で弾け散る光の一つ一つに命の散華を見たフェンナ。いま目の当たりにするそれらが束となった天を焦がす火柱に、絶叫することしかできなかった。

「――」

 喉を震わせ叫んでいるはずなのに、連続的に起こる爆音で自分の声すら聞こえない。いや、叫びが声にもなっていないのか。
 鼓膜を震わせる大気の悲鳴、眼球に焼き付く爆炎、目の前のおぞましい現実が、いやにはっきりと知覚できた。
 時間経過と共に上昇気流で火柱は高く赤々と、大気の悲鳴はマンドラゴラの断末魔へ、砲撃はさらに激しく。
 それを見ていると今度は下から吐き気が込み上げてきた。
 指揮車両から降り覚束ない足取りで茂みの方へと向かい、木に手をつき、フェンナはそこで吐いた。
 地面に半ば溶けかけたレーションが落ちると、一斉に虫が群がって来る。
 もう一度吐く。
 さらにもう一度。
 胃の内容物を全て吐き尽くしても、吐き気は収まらなかった。
 もう一度。
 さらにもう一度……。
 吐き気が収まりハンカチで口を拭くフェンナ。何時の間にか砲撃も止んでいた。
 涙の浮かんだ目を下に向けると自分の吐しゃ物から虫が這い出てくるのが見えた。
 彼女は「っひ」と短く息を吸い込み尻餅をついた。自分の胃からその虫が出てきたと勘違いしたのだ。
 すぐに離れようとしたが、腰が抜けて動けない。
 足の指先に奇妙な感覚を覚えた。
 さわさわと細い物で撫でられている感じだ。
 それは段々上へと上がって来る。
 その内に撫でている物がその数を増しぞわぞわとした感じへ、そう、ちょうど虫が這っている様な、フェンナの感覚はそれを虫だと判断した。
 靴の中を、靴下の中を、ズボンの中を、皮膚の下を這い上ってくる何百と言う小さな虫たちの感覚。
 目に見えるわけがないのだが、彼女はそれを見た。
 逃げ出したいのに逃げ出せない、虫たちが恐怖に耐えるフェンナの膝辺りまで来た時、体はようやく動くようになった。

(立てる)

 と、心に思うよりも早く体は動き出し指揮車両へと向かった。
 だが、全速力で走っているつもりなのに、手足はてんでばらばら勝手に動き回った。その結果、走れずに地面を這ってしまう。
 ようやく指揮車両についた時には体中が土で汚れていた。
 タラップを昇りハッチに入ろうとすると視野の隅に何かが入ってきた。
 そちらを見ると、鴉が一匹。
 別に珍しくもないフィアッツァ大陸のどこにでもいる鳥だ。フェンナもそれは知っていたが、ヴァリムにも鴉がいる事を初めて識った。
 一鳴きすると鴉は空に飛び立つ。
 目で追うと、火が見えた。
 砲撃の時の恐怖が一瞬蘇ったが、すぐに正気を取り戻しその火元を見る事ができた。
 森だ。
 森が燃えている。
 砲撃の影響で森に火がついたのだろう。火はまだ遠いがすぐに逃げねば巻かれてしまいかねない。

『0、カルボキシリック0、フェンナ。応答して、フェンナッ!』
「アイリさん?」

 何処からかアイリの声が聞こえてくる。辺りの森を見渡すが当然その姿はない。

『フェンナッ! どうしたのよ。何があったのっ!? 作戦は上手くいったんだよ。応答して。早く撤退しないと……フェンナ……キース、フェンナどうしたんだろ……まさか』
『大丈夫だ。いま隊長が向かってんだろ。とにかく呼び続けるっきゃない』

 声は下から聞こえてきていた。
 ハッチから覗くと、床に投げ出してあるイヤフォンマイクから音声が漏れていた――なんで気がつかなかったんだろ。私、気が動転してるのかしら。
 緩慢な動作でハッチの中に入ろうとした時、後ろから木をへし折る激しい音がした。
 びくっと肩を震わせ、強張った体をゆっくりと振り返らせる。

『フェンナ、大丈夫かっ!?』

 外部スピーカーで話しかけてくるグレンリーダーのJファーカスタムが立っていた。

「はいっ!」

 フェンナは自分でも驚くほど元気の良い声で返事をした。

『通信機が壊れているのか? 連絡が途絶えた。撤退するぞ。火の周りが早い、急いだ方が良い。車が動かないならこっちに乗れ』

 のろのろと指揮車両の中に入りイヤフォンマイクをつける。

『フェンナ。応答してよ、フェンナ』
「はい、こちらフェンナです。」

 エンジンをかけながら返事をする。

『フェンナ?』
「どうかしましたか?」
『どうかしましたかってそんな呑気な……通信がつながんなくて、それで……そんな事よりも、早く撤退、合流ポイントに向かって。作戦は成功。後は引き上げるだけだよ。いま隊長がそっちに向かってるから一緒に――』
「グレンリーダーには会いましたよ」
『そう、良かった。ともかく急いで撤退を』
「はい。カルボキシリック0、撤退を開始します」

 自分が喋っていると言う感じがせずどうにも奇妙だ。
 ハンドルを握る感覚も厚いグローブでもしている様に感じる。アクセルをいっぱいに踏み込むと、指揮車両は唸りを上げ全速力で駆け出した。
 障害物や激しい揺れなど気にもせず、どんどんと加速し合流ポイントへ向かって走る指揮車両。
 運転していると目に涙が浮かんできた。袖で拭うが後から後から溢れてくる。

(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい)

 心の中でわけもわからずそう呟きながら。

――

 

 数時間後。
 合流ポイントまで敵と遭遇する事もなく到着し、グレン小隊はギブソン中隊と合流した。
 オーガル・ディラムは陽動部隊との戦闘中にギラ・ドゥロ補給基地の異変を察し、すぐに撤退を開始。巨大空中空母に損傷らしい損傷は与える事ができなかった。しかし、戦闘データを得る事ができた。アルサレアとしてはまずまずの戦果と言えよう。
 合流地点。
 フェンナは指揮車両の屋根に腰掛け、撤退準備に追われる隊員たちの姿を眺めていた。
 すでに日の出の時刻は過ぎているが、雲が多いため辺りはまだ薄暗い。
 背中に暖かさを感じ振り返る。
 雲の切れ間から太陽が顔を覗かせていた。
 立ち上がり生まれたばかりの太陽を眺める。

(新しい一日がもう始めっているんだ)

 雲のヴェールが陽光を屈折させ拡散させ或いは集め、空を輝かし幾条もの光の雨を地上に降り注がせる――幾人かの兵士が朝日の羽衣を帯びたフェンナに見惚れ、足を止めた。
 目の前の美しい光景に普段ならば素直に感動する所だが、彼女のささくれ立った心には物悲しい気分をもたらした。

(日は沈んでもまた昇り、あまねく万物を平等に照らす。人は死んでしまえばそれまで。底を欠いた器が水を留め置く事が叶わないように……お父さん、こんなに辛い思いしてたんだね。私、わかっているつもりだったのに、わかってなかった……お父さん、会って話せたら良いのに)

 父に会いたい、それが叶わぬ願いだと、太陽は雲に隠れてしまう。
 辺りは再び薄暗く、薄暗く……。

 アルサレアとヴァリムの戦争は曇り空のように未だ先は見えず、ますますの混迷を極めて行く。








 

〜第4話 了〜



 後書き

 おはこにばんわ。
 久方ぶりに投稿させていただきますバーニィでござい。ほんと、久しぶりです。久しぶりのくせに過去の作品のノーカット版なんぞという手抜きと取られても仕方がない作品です。内容的にも変化はありませんしね。(苦笑)
 この作品の投稿を機会に前よりも意識的にJフェニのSSに触れる時間を増やしていきたいものです……未完作品多いですから、自分(自爆)


 


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