機甲兵団J−PHOENIX

第2話「奴の名は…」








 ミラムーン。
 アルサレアと古くから深い友好関係を結ぶ経済大国で、両国はお互いに手を取り合いヴァリムに対抗している。
 軍事力に秀でたアルサレア。高い経済力を持ち資源の豊富なミラムーン。
 ヴァリムにとってこの二国の関係は大きな障害であった。
 この関係を絶つことが出来たならば、それはヴァリムにとって大きな戦果となるだろう。

 星に彩られる夜空に、仲の良いルネオアとザーベイルの姉妹が薄っすらと輝きを放っている時刻。
 一機の大型輸送機が、アルサレアとミラムーンの国境を越えようとしていた。





 操縦室の扉を静かに開き、一人の黒髪の青年が操縦室に入ってくる。
 華を持った、どこか人とは違う雰囲気を持った青年だ。彼が操縦室に入って来ただけで空気が変化した。

「そろそろ国境か?」

 輸送機を操縦する操縦士の二人によく通る声で呼び掛ける。

「はい、もうじき国境になります」

 若い女性の副操縦士がすぐに返事をする。心なしか声が上ずっている。アルサレアの若きエースパイロットを前にして緊張しているようだ。
 グレンリーダーは二十歳という若さでありながら、階級はすでに少佐。立場はアルサレアの最高責任者であるグレン将軍直属の特務小隊の小隊長である。
 アルサレアの軍に所属する若い兵士たちは誰しもが皆、憧れる存在であった。

「あと、一時間もあれば着きますぜ、寝ておいた方が良いんじゃないですかね」

 もう一人の操縦士が言った。
 中年にさしかかっている彼はグレンリーダーがグレン小隊の隊長を務める前から、グレン小隊が頻繁に利用するこの大型輸送機、バインガルドの操縦をしているベテランパイロットだ。
 グレンリーダーは彼の操縦には絶対の信頼をおいている。

「今、寝ると中途半端になって集中力が切れる。作戦が終わったらまとめてゆっくり寝るさ」

 疲れた笑みを浮かべ、彼が答えると、

「でも、お疲れみたいですから、少しでも寝ておいた方が良いですよ」

 グレンリーダーの顔を見ながら副操縦士がそう言ってきた。
 彼の顔色を見れば誰でも疲労の色を見て取り、万全とは言えない状態だというのが良くわかる。

「おめぇは黙ってろ、新人。てめぇが思ってるほど、パイロットってのはやわじゃねぇんだよ。けつの青いお前が人の心配している余裕なんてねぇだろ」
「私には新人じゃなくて、ちゃんとした名前があるんですから名前で呼んで下さい。いいですか私の名前は――」、
「おっと……そろそろ国境だ、向こうの管制塔に連絡とらにゃ」

 大声を張り上げベテランパイロットが新人の言葉を遮った。

「二人とも、ふざけすぎて輸送機を墜落させないでくれよ」
「っはっはっは、俺の操縦の腕はご存知でしょう、そんなこと言うなんて人が悪いですぜ小隊長さん……堕ちるとしたらこいつが操縦桿握ってる時でさ」

 グレンリーダーの冗談に大きな笑い声で答えるベテランパイロットを、現に操縦桿を握ってる副操縦士は、口を尖らせ横目で不満そうに睨んだ。

「墜落させないように頼むよ、新人さん」

 憧れのエースパイロットが肩を叩き、近くで声を掛ける。

「はいっ、新人頑張ります」

 新人副操縦士は座席から飛び上がらん、とばかりに喜び、声を張り上げた。

「なんでぇ……俺に新人って言われんのは嫌で、小隊長さんは良いわけだ……」
「人によるんですよ、人に」
「そう言うもんか……」

「そう言うもんです」
「お前、嫌なやつだなぁ」
「中尉こそ嫌な人です」


 何時まで見ていても飽きない二人のやり取りを聞きながら、グレンリーダーは操縦室を後にした。

 彼は数時間前のことを思い出していた。



―――




 数時間前。
 カシュー平原でのヴァリム軍迎撃作戦を終えた彼らは、今と同じようにバインガルドの機内にいた。

「皆さんお疲れ様でした」

 PFから降りてきて、機密ハッチを開き操縦室の前室へと入ってきた三人を、フェンナが笑顔で出迎えてくれた……グレンリーダーには、その笑顔にどこかしら暗い影があるように感じた。

「よぉーフェンナちゃん、俺様の活躍見てくれた?」
「え、えぇ、その……」

 唐突なキースの言葉にフェンナは驚きを隠せず、どう返事をしたら良いのか困惑してしまう。
 そんなフェンナの困った顔を見たアイリはキースの脛を何の遠慮もなく、硬い靴の裏で蹴り飛ばした。

「っう、ってぇぇぇっ」

 その場に座り込み苦しむキース、半分は芝居、半分は本気だ。
 アイリは毎度毎度、彼が大袈裟なリアクションをすることはわかりきっているので、キースの様子を見て心配などしない。
 フェンナも一瞬心配そうな顔をしたが、最初に顔を会わせた時のことを思い出したのか、くすっと笑みをこぼす。

「まったくキースは馴れ馴れしいんだから。フェンナさんが困ってるじゃない」
「あのなぁアイリ。俺もいっつも、いっつも、お前にツッコミいれられんの困ってんだぞ」

 蹴られた脛をなでつつ、アイリを下から見上げる。

「なによぉ、文句あるのー」

 腰に両手をあて上体を前に倒し、顔をずっ、と近づけ睨みつけると、

「っう」

 キースは蛇に睨まれた蛙の状態になってしまう。

「あの、アイリさん。私べつに困ってませんから」
「いいの、いいのフェンナさん。こいつは引っ叩かないと、わかんないんだから。キースがなんか迷惑かけたら、あたしに言ってね。とっちめてやるんだからっ!」

 得意げに、明るく、凄いことを言いきるアイリに対し、フェンナは苦笑いするしかなかった。

 キースとアイリの年齢差は八つ。
 それにも関わらずキースは年齢が上と言うことで威張ることもなく、年下のアイリに好きなようにさせ、それを受け入れている。
 小突かれても、小言を言われても、彼自身それを楽しんでいるのではあるだろうが、なかなかできるものではない。
 普段のふざけた態度や軟派な行動のせいで過小評価されがちだが、彼がグレン小隊内において貴重な人材であることは間違いない。
 もっともアイリは、キースの寛大さをまったく意識せずに「何をやっても本気で怒ることはないだろうから」と思い色々とやっているようだ。

「かぁーっ、“私べつに困ってません”、なんてフェンナちゃんは優しいねぇ。天使みたいだぜ、もう最高っ!」

 アイリの視線がフェンナに移り呪縛が解けると、キースの口は急に軽くなる。

「キースさんって面白い人ですね。私はそんなに優しい人間じゃありませんよ」
「いやいや、実に奥ゆかしい」

 床にあぐらをかくと、腕組をして、うん、うん、と一人で深くうなずき、さらに言葉を続けた。

「それに比べて、こっちのは乱暴で、がさつで……っと、待った待った」

 拳を振り上げたアイリの姿が目に入ったキースは、目を見張るほどの速さで立ち上がり、後退る。


「キース、覚悟はいいわね」
「待て待て、話せばわかる話せばわかるっ!」
「問答無用っ!」

 フェンナはそんな二人を微笑を浮かべ、楽しそうに見つめていた。
 彼女の育った環境には二人のような人間は居なかったので、もの珍しいのだろう。

 グレンリーダーはそんな三人をただ眺めていた。どことなく現実味のない夢の中の光景のように。
 フェンナの顔を見て彼は思う。

(彼女のあの笑顔を……失わせたくないな)

 彼女はいずれ知ることになる。グレン=クラウゼン、自らの父親の死を、その時、彼女は自分のことをどう思うだろうか、父親の死を知り、父親の振りをして、多くの人を騙している自分のことをどう思うだろうか。

 不安で冷えあがる。

 フェンナの笑顔を見るたびに胸が締めつけられる思いがした。
 真っ先に父親の死を知るべき肉親が、国のために、アルサレアという国の存続のために騙され、悲しむことも出来ず、すでに他界した父親へ、無事だと信じメールを送る。だが、父親からのメールは帰ってこない。帰ってくるのは虚構のメール。

 悲しみが溢れだす。

 そして、それを行っているのは他でもない自分なのだ。

 怒りが沸きあがる。

 複雑な胸中のグレンリーダーがふっとフェンナを見ると、微笑んでいたフェンナに徐々に暗い影が降りてくるの見て取れた。
 彼にはなんとなくその原因がわかる気がした。
 フェンナにとって今回のカシュー平原での戦闘は初めての実戦である。
 初めて戦闘に参加したパイロットなどには良くある“やりきれない気持ち”と言うやつだろう。
 どんな大義名分を掲げようとも、人と人との殺し合い、それが戦争だ。
 外交手段の一つ、と上層に属する人間は言うかもしれないが、下層に位置する人間にとっては、そんなものは方便に過ぎない。
 オペレーターはパイロットよりも間接的な形で戦闘に参加するが、感受性の鋭い人は“やりきれない気持ち”を抱くこともある。
 フェンナも鋭い方なのだろう。
 視線に気がついたフェンナがこちらを向く。目があった。

「フ……」

 グレンリーダーは声を掛けようと口を開きかけたが、嵐のように荒れているさまざまな感情と、理性がそれを妨げる。
 「フェンナと話す時は言葉を慎重に選ばなければならない」、生真面目で嘘が下手な性格が、そんな言葉を頭の中に浮かばせた。
 こう言う時ばかりはキースの性格が羨ましく思える。
 自然に取り留めのない会話をすれば良いだけなのに、意識すればするほど不自然になってしまう。

 離れた所でキースとアイリはお互いに小言を言いあっているのが聞こえた。

 何故ああできないのか。
 一度、呼吸を整え、頭の中を乱れ飛んでいる感情を落ちつかせる。
 フェンナは彼が口を開きかけたのに気がついたので、そちらを向き、言葉を待っているようだ。

「フェンナ――」「少佐――」

 二人の口から同時に言葉が発せられる。
 少し間を置き、

「なんですか、少佐?」

 小首を傾げ笑顔と一緒にフェンナが声を発する。
 笑顔の効用か、グレンリーダーは少し話しやすくなった。

「初めての戦闘、緊張したかい?」
「はい。でも、皆さんだったから安心でした」
「安心?」
「……やっぱり、シミュレーションとはぜんぜん違いましたから、緊張感と言うか、そう言うのが。別に私は、戦闘に参加するわけじゃないですけど、やっぱり違うんですよね……なんて言うのかな……ともかく、初めてのオペレーションをしていても、私は皆さんみたいに強い人たちの小隊に配属されたので……その、安心でした」

 初めて味わう戦闘の雰囲気で、フェンナの感情が昂っていることはその言葉の端々に感じ取れた。
 無理もない、誰だって自分の初めての任務と言うものは緊張する。ただ、彼女のそれは少し度が強いようだ。

「大丈夫、すぐに慣れるさ」
「あ……そうですよね。慣れ、ますよね」

 弱々しくそう言うとフェンナはうつむいてしまう。
 何か不味いことを言ってしまったのかと思いグレンリーダーは気まずい気持ち抱く。
 同時に、内心、信じられないほど、恐々とフェンナの一挙一動をうかがっている卑屈な自分の姿を、心の中に見た気がして、嫌な気分にもなった。


「そうだ、基地に定時連絡入れてきますねっ」

 顔を上げ精一杯明るい笑顔を作ると、通信機のある操縦室へと彼女は向かう。
 窓から差し込んだ夕陽に照らされた彼女の小さい背中は、泣いているように見えた。

 キースとアイリの小言の言い合いは、後ろの方でまだ続いていた。



―――




 グレンリーダーが操縦室から出ると、オペレーターの教習本を熱心に読んでいるフェンナの姿が目に入った。
 所々破れ、手垢で薄汚れ、しおり代わりにメモが挟まれているその本から、彼女の真面目で努力家な性格がうかがえる。

「フェンナ、眠らないで良いのか?」
「はい、大丈夫です。なんか目がさえちゃって……少佐こそ、大丈夫ですか?」

 「副操縦士にも言われたが、そんなに疲れた顔をしているのだろうか?」そう思いながら、引き出した簡易ベットでぐっすりと寝ているキースとアイリの姿を見る。

「俺も、目がさえていてね」

 嘘だ。
 眠れる時には眠っておきたい。しかし、誰か他の人間が近くに居る場所で眠るのは避けたかった。
 特にフェンナが居る場所では。

 夢。

 それが原因だ。

 とめどなく溢れる血、

 擦れた声、

 遺言。

 そして、絶叫。

 夢であって欲しい現実。
 あの忘れることのできない記憶が生み出す悪夢。
 起きている間は意識により、思い十字架を背負わされた無意識の悲鳴に耳を塞ぐことができる。
 だが、眠りに落ちてしまったら。
 どんな小さな断片でも漏らすわけにはいかない、それが意識の光が届かない所で発せられた小さな言葉であっても、けっして。


『フェンナ様、起きてらっしゃいやすか――』

 スピーカーからベテラン操縦士の声が聞こえてきた。
 グレン将軍の娘と言うことを意識してか、彼なりに敬語を使おうとしているが、とってつけたようなその敬語は妙なものだった。

『――ミラムーンの管制塔と繋ぎをとってほしいんですが……』

 わざわざフェンナに連絡を取らせずとも、彼が自分で連絡をとれば手早く済むのだが、ベテランのフェンナにちょっとでも通信を扱う経験をしてもらおうと言う配慮だ。
 それはフェンナのために、延いては部隊のためになる。
 新しく配属された人間がどれだけ部隊に早くなれるか、現場での結果のもたらすものを考えると、その影響は非常に大きい。
 ほんの些細なことでも、日々の小さな積み重ねが、重要なのだ。
 フェンナは本をたたみ立ち上がると、

「行ってきますね」

 そう言って操縦室へと歩いて行った。





 扉をくぐると、ベテラン操縦士が声を掛けてきた。

「フェンナ様、ミラムーンの方に連絡とってもらえます? コードはご存知ですよね」
「はい、大丈夫です。それと“様”はいりませんよ。なんか、付けられると落ち着かなくて」

 フェンナは通信機の前に移動して席に着く。

「はっはっは、そう言われましてもね。なんてぇか、尊敬いたしますグレン将軍閣下の御令嬢であらせられますフェンナ嬢様にはやはり、“様”を付けやせんと、どぉにも気分が悪い」

「じゃあ、お好きに呼んで下さい」

 彼女が微笑み掛けるとベテランパイロットは柄にもなく顔を赤くした。それを見た新人副操縦士は横で笑っている。
 フェンナはふうっと一息吐く。
 アルサレアとミラムーンは友好関係にあるが、国境はしっかりと存在する。
 戦時下であるこの状況。ほんの短い時間ですむ通信だが、越境許可のやりとりをしっかりこなさなければ、問答無用で撃墜されてしまう。
 自分の通信ミス一つで、そんな事態になる可能性が少なからずともあるのだ。
 はじめて、仲間内以外との通信のやり取りをこなすフェンナは緊張していた。
 イヤフォンマイクを装着して通信を始める。

「こちら、アルサレア軍所属バインガルド……ミラムーン管制塔どうぞ」
『こちら管制塔、どうぞ』
「特務でZ2からB4へ移動、越境許可を願う、どうぞ」
『こちらで照合する。コードを』
「フォックス、ロバート、エコー、エコー。フォーマットα8255」
『確認した、越境を許可する。ようこそグレン小隊歓迎する』
「ありがとうございます」

 通信を終えると、イヤフォンマイクを外し通信機のスイッチを切る。

「これで良いんですよね?」
「えぇ、もう、完璧でさ」





 フェンナが操縦室へと入ると、グレンリーダーは彼女が置いて行ったオペレーターの教習本を何気なく手にとって開いてみる。
 かなり使い込まれているらしく、本を持っただけで手に馴染む、ページをぱらっぱらとめくってみる。
 本文のあちらこちらにマーカーで線が引かれ、余白には沢山の文字が書き込まれている。

(凄いな……)

 ただ感心するしかなかった。
 今時こんなに熱心な人は珍しい。性分なのだろうか。
 本を元に戻す。なんども繰り返し開かれたことを示すように表紙が浮いている。

(……けっこう努力家なんだな……色々と無理をしなければ良いが)

 教習本を戻し、椅子に腰掛け、天井を見上げる。
 フェンナがいなくなって緊張感が抜けたのか、目蓋が重くなってきた。

(そう言えば、昨日から初着任だったのに……フェンナは一睡もしてないだろうな……大丈夫だろ、う、か……)

 眠りの淵へと、落ちて行く意識は――



―――



 ――カシュー平原での戦闘を終え、駐屯基地に帰還したときの事を思い出していた。

 地平線に沈む直前のひときわ明るい日の光を浴びながら、基地の滑走路へとバインガルドが進入すると、格納庫の大きな扉が開き、基地の整備員たちが補給物資を積んだトラックに乗り込み飛び出してくる。
 バインガルドは速度をゆっくりと落とし止ると、PFが立って出られるほどの広い開口部を持った後部ハッチを開いた。
 ハッチが完全に開き終える前に、物資を満載したトラックが到着、整備員たちがあわただしく飛び降りる。

「うっし、野郎ども、一機あたり五分で終わらせるぞっ!」
「「「了解っす、班長!」」」

 整備班長の掛け声に数十人の整備員たちがいっせいに答え、完全に開き終えたハッチに飛び込んで行った。
 バインガルドの格納庫内が急に騒がしくなり始める。
 フェンナは整備員たちが所狭しと駆け回るバインガルドの格納庫のすみでその光景に驚いていた。
 彼女の左隣ではグレンリーダーが、紙にプリントアウトされた、先の戦闘でPFに蓄積された自分と部下二人分のログを見ている。
 二人の部下のPF操縦技術に不信を持っているわけではないが、ログのチェックは真面目な彼の習慣であった。
 二人の少女の声が彼の耳に入ってくる。

「す、凄いですね……皆さん」
「うん、凄いよねぇ。あたしもはじめて見た時、びっくりしちゃったもん」

 フェンナの横に立っていたアイリがフェンナの感嘆の声に同意した。
 整備員たちはまったく無駄のない動作で疲れる事を知らない機械のように、十分後か一日後かわからない次の出撃時のために、不足分の補給物資を補充し、PFの疲労したモーター類や冷却液を取り替えて行く。
 PFの内部パーツはそう簡単に壊れるものではないが、グレン小隊のような特務小隊、特に緊急時に出番の多い部隊では、疲労したパーツを何時までも使うことはなく、常に最高の効果が得られる状態の内部パーツを使用するように心掛けられていた。
 0.1%〜0.5%の性能差であろうとも、兵器の性能を高い水準で保つ、それが任務を達成し生き残るためには重要なことだ。

「前にね。班長さんに何でそんなに動けるの、って聞いた事あるんだ」
「なんて言ってました」
「“過重力日の野外筋力トレーニングの賜物だっ!”って言ってたよ」
「過重力日のトレーニング……なんか、凄そうですね。アルサレアの整備員の皆さんがトレーニングしてるのでしょうか……」
「……流石にそれはないんじゃないかなぁ。この人達だけだと思うよ、変わってるよね」

 グレンリーダーが見ているログに、やはり大きな問題のある箇所などない。
 あえて言うなら、輸送機からの降下時にキースがこけることぐらいだろうか。

(PFの技術で一日の長があるアルサレアが、今のところPF戦では有利に戦いを進めているが……ヌエを一年で開発したヴァリムだ。その差は後数ヶ月もすれば埋まってしまうだろう……PFでほぼ確実に勝てる戦いはすぐにでもなくなるかも知れないな)

 携帯端末が揺れだし、彼にメールの着信を伝えた。
 端末を取り出し画面を見ると、将軍宛のメールがアドレスに届いたことが示されている。
 メールは、ゴルビーからの何らかの作戦承認願いと思われた。
 カシュー平原からのヴァリムの侵攻は一時的に止める事はできたが、なにも侵攻ルートは一箇所だけではないのだ。
 他にもルートは山ほどある。
 ましてや侵攻してくる敵はアルサレアを兵器類の絶対数で上回るヴァリムである。
 複数のルートから同時進行することなど容易だ。
 グレンリーダーはメールの内容をすぐにでも確認したい気持ちを抑え、携帯端末をポケットにしまい込む。
 この場で携帯端末を使って将軍宛のメールを見る事は不可能ではない。だが、幸いにしてここは基地だ。わざわざそんな危険を冒す必要はない。自室まで行けば携帯端末よりもいくぶんか安全に確認できる端末があるのだ。

「フェンナ、アイリ……キースがどこに行ったか知らないか?」

 整備員たちの威勢の良い声が響いている格納庫内を見渡し、キースの姿を探しながら横にいる二人に尋ねると、

「キースさん……そう言えば、見えませんね……」
「あいつのことだからまたナンパでもしてるんじゃないんですか」

 会話を止め一緒に周囲を見渡しながら答えた。
 グレンリーダーとしてはこの場をキースに任せて、今すぐにでもメールの確認をしたかったのだが、どうやら二人のうちどちらかに代理を頼まねばならないようだ。
 経験から言えばアイリに頼みたいのだが、フェンナの方が階級は上だ、順当に行けばフェンナになる。それに、フェンナは新人でもあるし、色々と経験してもらって欲しいところだ。
 悩んだ末に彼は、

「フェンナ」
「なんですか、少佐」
「俺はちょっと離れないといけないから、後を頼む」
「えぇっ、な、何をすればいいんですかっ」

 初日にしていきなりこの場を、つまり一時的に隊長代理を任せる、と言われたフェンナは驚きの声を上げた。

「別にたいしたことじゃないさ、補給がリスト通りにしっかりと終えられたか、機体のチェックを終えられたかどうかを確認して、サインをすれば良いだけだ。リストは……これだな」

 さきほど見ていた記録の下から、使用された弾薬を主とする補給予定物資が、ずらりとリストアップされた紙をフェンナに手渡す。
 フェンナの向こう側に、しょげかえったアイリの顔が見えたが、なぜ彼女がそんな顔をしているのか、まったく検討もつかない。
 気にはなったが、彼にとって将軍宛のメールの内容の方が大事であった。
 二人に背を向けて、端末のある自室へと駆け出そうとすると、

「隊長、あたしは?」

 アイリが声を掛けてきた。
 パイロットである彼女には別にしてもらうことはないのだが、

「キースを捕まえてきて仕事に戻らせておいてくれっ」

 とりあえず、キースのことを頼んでおいた。

「了解、任せといてっ!」

 アイリの表情は、しょげかえっていたのが嘘のように、嬉しそうなものへと一転した。
 グレンリーダーはアイリのころっころと変わる表情を見て良く思う。

(……アイリは、なんであんなに良く表情が変わるんだろうな?)

 走り出すとそんな疑問はすぐに消え去った。
 彼はまったく気が付いていない。自分の一挙一動が、アイリにとってはどれほど気になるものであるのかと言うことに。





 バインガルドを出ると整備員たちが乗ってきたトラックの内から、荷を全て降ろした一台を見つけ、近くにいた整備員を呼びとめる。
 自室のある建物へ運んでもらうように頼むと、その整備員はこころよく引き受けてくれた。

「仕事の途中なのに悪いな」
「なーに、グレンリーダーの頼みだったら何でも聞きますよ。それに、うちの整備班長人使い荒いですしね……っあ、今の言わないで下さいよ」
「わかってるよ、大変なことになるもんな」
「ははは、そうっすね。恐ろしいことになっちまいますよ」

 普通の軍隊ならばこう言った会話は、許されないのかもしれないが、アルサレア軍はこう言った類のことにはあまりうるさくなかった。
 その原因には軍を構成する人間の年齢が若いと言うのもあるのかも知れない。
 グレンリーダーはアルサレア軍のこう言うところは嫌いではなかった。むしろ、これがアルサレア軍の良い所のように思えた。
 戦場に出れば嫌でも凄惨な現実に直面せざるを得ない。
 せめて自分の仲間内では堅苦しい雰囲気など取り払い、笑いあい、和やかな時間を過ごしたいものだ。
 しばらく他愛のない会話をしているすぐに目的の建物の前へと到着。グレンリーダーはトラックから飛ぶように降りた。

「俺ここで待ってますんでっ」
「いや、君は戻ってくれ、整備班長に叱られるだろ」
「じゃあ、そうさせてもらいます」

 そう言うと車をすぐにUターンさせ、来たときよりも速いスピードで走り去って行った。よほど整備班長が恐いのだろう。
 グレンリーダーは建物に入るとすぐに、廊下で女性士官を口説いているキースを見つけた。

「キース、アイリが角を立てながら探してたぞっ」

 キースは肩をびくっと震わせ、辺りをきょろきょろとしだした。
 本気なのか演技なのかはわからないが、まるで肉食獣に怯える草食動物のように見えた。





 自室に入ると、邪魔な椅子を乱暴にどかし、すぐに端末を立ち上げる。
 ゴルビーから送られてきたメールがあった。何かの作戦の承認の件だろう。
 すぐにそのメールの内容を確認しようとするが、機密保持のために複雑に暗号化された参謀本部長から送られてきたメールは、すぐにその姿を現さない。
 立ったまま苛々としてディスプレイを睨みつけた。
 その短い時間があれば数十人が散ることを身をもって知っている彼にとっては、メールを待つ一分一秒のわずかな時間が煩わしかった。
 作戦の承認一つで一分手間取れば、作戦を行われる現場では数十分の遅れが生じる。
 現場の時間の流れが身に付いてしまっている彼には、将校の時間の流れはまだ馴染めないものだった。
 三十秒ほどでメールは表示された。
 案の定、ヴァリムの侵攻に対する迎撃任務の承認を求めるメールだった。しかし、グレンリーダーの予想に反してその内容は、ヴァリムがアルサレアの友好国であるミラムーンに、軍を進めたと言うものだった。

【将軍閣下に御報告申し上げます。
 ヴァリムの機動部隊が、今度はミラムーン国へと進軍をはじめました。
 ミラムーンは、古くからのアルサレアの同盟国です。
 アルサレア本国の防御が堅いため、周辺国から制圧しようという作戦でしょう。

 ミラムーン側でも、ヴァリムのガイドゥムラ平原侵攻の情報をキャッチしたらしく、アルサレア機甲兵団に対して、援軍の要請を出してきました。
 閣下、ここは要請に応えるのがよろしいかと存じます。ミラムーンへの援軍派遣を提案いたします】


 作戦を承認するメールを手早く返信し、先程どかした椅子を引き寄せ腰を落ち着かせた。

(ヴァリムがミラムーン側から侵攻? どう言うことだ……わざわざそんな遠くから侵攻するとは、兵力によほどの余裕があるのか? だとしたら、カシュー平原とガイドゥムラ平原、同時に侵攻する方が効果的だったはずだ……どう考えてもその方が良い――)

 戦慣れしたヴァリムとは到底思えない稚拙な攻め方をしているように思えた。

(――それとも、アルサレアのカシュー平原への侵攻が失敗だったのでPFを脅威と見て、ミラムーンのガイドゥムラ平原に侵攻ルートを切り替えたのか?)

 自分が思いついた馬鹿な考えを、

「っふ、そんなわけがないか」

 思わず鼻で笑ってしまう。
 大局を考えることをやめた。グレン将軍の影武者をしているとは言え、彼は兵士なのだ。将校ではない。
 端末の電源を切ろうと思いディスプレイに目をやると、一通の未読メールに目が留まった。さっきは参謀本部長からメールを見ることを意識していたせいで気がつかなかったようだ。
 着信した時間を見ると、ツェレンコフから送られてきたメールよりも前に到着している。
 差出人を見てみると、そのメールはフェンナから父親に宛て送られたものだった。おそらく輸送機の中から送ったのだろう。
 グレンリーダーは見ようか見まいか思案する。
 遅かれ早かれ見なければならないものだが……。
 不意に携帯端末がメールの着信を知らせる。取り出して見るとフェンナからメールが入っていた。もちろん、グレン小隊としての彼宛でだ。

【フェンナ=クラウゼンです。
 補給、機体チェックともに問題なく終了しました。
 キースさんはいまアイリさんに、なんか色々言われています。
 少佐、この後どうすれば良いのでしょうか?
 ご指示をお願い致します】


 返信をしようと思い操作を始めると、小型携帯端末がさらにメールの着信を知らせた。妙にあわただしい。
 今度の内容は軍部からグレン小隊への出撃待機命令。
 つい先程、彼がグレン将軍の代理として承認した作戦のための待機だろう。
 この素早い対応。流石はツェレンコフ=ゴルビー、グレンリーダーは彼の存在のありがたみをつくづく感じた。
 出撃待機命令を確認し終えると、フェンナへの返信を打ち始める。フェンナ、キース、アイリの三人にも出撃待機命令の連絡が入っているはずなので、それを考慮して「各自待機」と。
 後はそれぞれの判断で行動してくれるはずだ。
 返信を終えると、フェンナが父親へ送った私信を見ることにした。

【お父さんへ。

 今日、はじめてオペレーターの仕事をしました。

 グレン小隊の皆さんは、強くて責任感があって、とても優しく楽しそうな人達です。
 あの様な方々の担当になれて、ちょっとラッキーかな?

 でも、初めて見る実戦はとても激しくて、弾け散る光の一つ一つが、命の散華の光なのだと思うと、なんだかいたたまれない気持ちになってしまいます。

 戦闘の後、帰ってきた皆さんに精一杯の笑顔で「お疲れ様」って言ったんだけど、どこか無理があったみたい。
 隊長さんは私が無理しているんだって気がついたみたいで、私に「大丈夫、すぐに慣れるさ」って優しい言葉をかけてくれました。
 嬉しかった……でも、とても恐くなってしまいました。
 私を気に掛けて優しい言葉をかけてくれる少佐が、私がいたたまれない気持ちになったあの光を生み出したかと思うと、そして私もいずれ、そう言う光景や行為に慣れてしまうのかと思うと。
 覚悟はしてたけど、こんなにも辛いものだ何て思わなかった。
 こんなこと、皆にはとても言えない事だけれど、お父さんになら良いよね?

 それじゃ、お父さん、またメールします。元気でね】


 メールを読み終わった彼は画面を見つめたまま動けなくなった。
 心の中では、フェンナの持つ自分がすでに鈍くなってしまった感覚に、恥ずかしさを感じ、それが薄れてくると、彼女の心の中を盗み見てしまった罪悪感が膨らんでくる。
 さらには……。

 机に手を突きゆっくりと立ち上がった。肩が震えている。
 目まぐるしく押し寄せる感情の波にのまれ、もはや自分がどんな感情を抱いてるのかまったくわからない。

(……いつまで続ければいいんだ……こんなことを)

 インターフォンチャイムが鳴り、

『隊長、いらっしゃいますか……食事でも、一緒にどうです。いつ出撃になるかわかりませんし……』

 アイリの声がスピーカーから聞こえてきた。
 彼女の言うとおり、いつ出撃するかわからないのだし、食事でもとっておくべきなのかも知れない。
 だが、今の彼はとてもそんな気分ではなかった。
 部屋の扉を開け、断ろうと思い自動扉のロックに手を解除しようとコンソールへ手を伸ばしたのだが、スイッチを押せない。
 アイリの顔を見たら、仲間の顔を見たら苦汁に耐えかね、頼ってしまうような気がしたのだ。
 彼は、スピーカーを使ってドア越しに彼女に返事をする。

「悪い、が……俺は、後で食べるよ」

 声がわずかに震えていた。

『隊長……調子が悪いんですか』

 息を吐き、自分を落ち着かせると、「調子が悪いか……最悪だろうな」そう思い苦笑を浮かべた。

「いや、問題ない。早く食べに行った方が良いぞ、出撃がいつになるか分からないからな、今のうちに良く休んでおけ」
『う……うん――』

 グレンリーダーの暗に突き放した雰囲気を持った物言いに、アイリは歯切れ悪い返事をし、

『――隊長、あた……無理しないでね』

 何か言いたいことがあったようだが、それを飲み込み、彼の部屋の前から去って行った。

(……俺は余裕がないんだな)

 頼りない足取りで机へ向かい、端末の電源を落とし、洗面所へ。
 鏡の前に立ち、自分と向き合った。

(……小隊長の俺と、将軍である俺、割り切れば良いじゃないか……)

 鏡の中の自分に心の中で言い聞かせると、目の前に血塗れの男の姿が浮かぶ。
 口から赤い泡と共に、いまわのきわの言葉が流れ出す。
 まるで呪詛のように。
 あの場にいなかったのなら、簡単に割り切ることができただろう。現実感を伴わないから。
 だが、彼はあの場にいた。

(……俺はどこまでやれる?)

 沈黙。
 鏡の中の虚像は答えない。答えるはずもない。
 誰も彼の代わりに答えてくれるものはいないのだ――主体を持たねば、存在は答えない。
 彼は、あの悪夢を片時も忘れることなどできはしない。いや、忘れてはならない。“真実を知る唯一の人間”なのだから、グレン将軍の意思を継げる者は……。

 彼がゆっくりと蛇口を捻り水道の水を出すと、水が勢いよく流れ出し、渦を巻いて排水溝へと流れ落ちて行った。
 流れ落ちる水を見ていると、頭の中にさまざまな思いや感情が浮かんでは消えるが、どれ一つとしてそれが表相に残ることはなかった。





 どれほどの時間が経ったろうか、携帯端末がけたたましい非常召集ベルの音を発した。
 その音で我に返った彼は水道の蛇口を閉め、携帯端末を取り出し画面を見る。
 デジタル表示の時計を見ると、参謀本部長に返信してからすでに、三十分以上が経っている。
 鏡の前で長いこと棒立ちになっていたようだ。

『緊急連絡! グレン特務小隊はバインガルドに集合して下さい! 繰り返します。グレン特――』

 緊急連絡のアナウンスを聞きながら、慌しく部屋から飛び出し、バインガルドへ向かう。






 グレンリーダーがバインガルドに到着すると、すでにフェンナが来ていた。キースとアイリの姿は見えない。

「フェンナ、二人は?」
「まだ来てません」

 時計を見ると、緊急連絡が入ってからすでに十分が過ぎている。
 別段、何分以内に集まらなければならない、と言ったように規定が定められているわけではないが、二人とも遅すぎだ。一分一秒を争う事態だからこその緊急連絡なのだから。

(各自待機ではなくバインガルドで待機させておくべきだったかな……)
「よぉよぉー、お待たせぇー!」

 キースが悪びれる様子もなくやってきた。明るいのりと勢いで誤魔化す、遅れた時のお決まりのパターンだ。

「あれ? おれっちが最後じゃないんだ」

 いつもなら激しいつっこみが入れられるところなのだが、それがないので辺りを見回すと、自分が最後ではないことに気がつき、

「アイリが遅刻とは、珍しいもんだな」

 驚きの顔を作り、肩をすくめてグレンリーダーに話しかける。

「少佐、作戦本部長から音声通信です」
「つないでくれ」

 グレンリーダーはキースに苦笑いをすることで返事を返しておき、フェンナからイヤフォンマイクを受け取り、装着した。

「こちらグレンリーダー、作戦本部長、どうぞ」
『グレンリーダー、こちらダグオンだ。任務の概要を伝える。諸君らがカシュー平原にて撃退した部隊の別働隊がミラムーン方面に侵攻中とのことだ。ミラムーンに飛び、ミラムーン軍と協力してこれを撃退してくれ、具体的な指示はミラムーンに到着、友軍と合流した後、話す』
「了解しました」

 イヤフォンマイクを外しフェンナに渡すと同時に、

「ごめんなさいっ!」

 の一声と共にぼさぼさの髪をしたアイリが駆け込んできた。
 全力で走ってきたらしく息を切らし膝に手をつく。  顔を少し上げ、グレンリーダーを見て、

「隊長……ごめんなさい。その、えっと……」

 右手を膝から離し、後ろのほうを指差しながら、自分が遅れた理由を説明しようとしたが、指先が中を彷徨うだけで言葉がすぐに出てこない。

「……シャワーを浴びてたんで……」
「まぁいいさ……髪、整えておけよ」
「……りょ、了解」

 アイリは顔を赤くし小声で答えた。

「全員席に付け。グレン小隊はこれより、ミラムーンの援護に向かうっ!」

 グレンリーダーの指示に従い、甲高いエンジン音を響かせながら夜空に向かい、バインガルドがミラムーンへと飛び立つ……。



―――




 薄っすらと目を開けると、そこはバインガルドの機内だった。

(いつの間にか、寝てたのか……それともこれも夢か……)

 彼は何か夢でも見ていたようで、いま見ている薄ぼんやりとした光景も、夢の続きのような、そうではないようなものに見え、夢から覚めきれない、奇妙な感覚にとらわれていた。
 しばらく寝ぼけた目で景色を眺めていると意識がはっきりしてくる。
 辺りを見回すと、アイリとキースはあい変らず寝ている。フェンナはまだオペレーターの教習本を読んでいる。

(……フェンナも寝ているのか)

 一見、読んでいたかと思えたが、どうもそのまま眠ってしまったらしい。安らかな寝顔を浮かべている。
 立ち上がろうとして、自分に掛けられている毛布に気がつく、フェンナが掛けてくれたようだ。
 心の中で「ありがとう」と礼を言い。眠っているフェンナを起こさないように、そっと毛布を掛けた。ところが、

「っん、ぅ」

 彼女は起きてしまった。
 目を開けたフェンナと目があったグレンリーダーは、別に後ろめたい物があるわけではないのだが、なんとも気まずい気になってしまう。
 フェンナはフェンナで、目を開くといきなり目の前に少佐の顔があるものだから、きょとんとしてしまった。

「……すまない。起こしてしまったか」
「別にかまいませんよ。ちょっとうたた寝をしただけですから……毛布、ありがとうございます」

 彼女は頬を薄く朱に染め、開かれたままであった本を閉じながら礼を言った。

「俺の方こそ、ありがとう。フェンナが掛けてくれたんだろ」
「えぇ、風邪をひくと大変ですからね」

 バインガルドが飛んでいるのは高度数千メートルの高さだ。もともと寒冷な土地であるアルサレアに住む者たちは寒さに強いが、空の上の寒さはまた格別である。
 輸送機内に暖房設備がないわけではないが、それは人にとって快適な環境を保つ物ではなく、物の品質の低下を防ぐ程度の物だ。いくら寒さに慣れているアルサレアの人間でも体調をくずしてしまう。

「もう少しで到着かな……」
「そうですね。たぶんもう少しで到着ですね」

 グレンリーダーは何か話そうと思うのだが、どうにもうまく会話が続かないことにもどかしさを感じた。
 フェンナは微笑を浮かべたまま、彼が話すのを待っている。そんな彼女の顔を見ると、ますます話す言葉を失って行くような気がした

「昨日が初日でまだ要領をつかめてないのに、大変だな……その、休む時間がまったくなくて」
「そんなことありませんよ。私これでもけっこう楽しんでいるんですよ。初めてのことばかりですから」

 フェンナがそう言うのを聞いて、彼女が父親に当てたメールの中身を不本意ながら覗き見た彼は、「無理をしているんじゃないだろうか」と心配になった。
 すると、自分でも意識しないうちに、言葉が口から漏れていた。

「無理は……しない方が良い。この仕事は無理をして長く続けられるものじゃないからな」

声の調子を落とし、聞えるか聞こえないかと言うほどの呟きで。

「はい?」
「いや、なんでもないんだ」

 そのままグレンリーダーは押し黙ってしまう。

「……心配してくれてありがとうございます。でも安心してください、少佐。これでも私、けっこう根は丈夫なんですよ」

 そう言ってフェンナは、笑顔と一緒に元気なことを動作でアピールした。

「そうか、なら安心だな、頼りにさせてもらうよ」

 明るい笑顔で床に作り出されたフェンナの影は、元気などなく、落ち込んでいたが、彼は影から目を離し、フェンナの眩しい笑顔を見つめ、自分も笑顔を作り返事をした。

「はい、任せてください」

 そんな二人を目の覚めていたアイリが、羨ましそうに毛布の隙間から覗き込んでいた。



―――




 夜も明けぬ、静かな時刻。
 バインガルドがミラムーン軍基地に到着した。
 滑走路に入り速度が落ち着くと、基地から出迎えのジープがすぐに走って来た。
 グレンリーダーが輸送機の外へと出ると、

「グレン小隊の皆さんですね。心より歓迎いたします」

 ミラムーンの尉官が敬礼と共に出迎えてくれた。
 グレンリーダーが敬礼で返礼をすると、後ろに居たフェンナ、アイリ、キースの三人もならって敬礼をする。

「早速で、申訳ありませんが基地指令がお待ちです。ご同行願います」
「了解した。キース、アイリ、二人はいつでも出撃できるようにバインガルドで待機。フェンナは付いてきてくれ」

 彼は部下に指示を与えるとフェンナを伴ってジープに乗り込み、ミラムーンの基地指令の元へと向かって行った。
 アイリはグレンリーダーが乗った遠ざかって行くジープを寂しげに見つめていた。
 寂しい色をした目にするものは、フェンナへの羨望。そして何よりも、恋焦がれる彼がフェンナに向ける“特別な”視線、態度への不安だった。

「よぉーアイリ、元気ないじゃん。どうかしたか?」

 キースが何時もの調子で声を掛けてくる。

「うるさいわね。あんたには関係ないでしょっ!」

 そう言って、

「いでぇっ」

 キースの脛を思いっきり蹴りつけ格納庫の方へと歩いて行く。
 むくれっ面で歩いて行くアイリの背中を見て、「やれやれ」と言った風な感じで苦笑いをし、

「まったく……らしくねぇな」

 と呟き、頭を掻きながら自分も格納庫へと向かった。






 バインガルドから走ること数分。
 ジープは質素で頑丈そうな造りの建物の前で止まった。

「っさ、こちらです」

 出迎えに来た尉官がジープから降り先頭に立ってぎこちない動作でよそよそしく案内する。どうも緊張しているらしいが、それだけではないように思えた。
 グレンリーダーは、比較できるほど多くのミラムーンの軍人にあっているわけではないが、彼があったミラムーン軍人は誰も彼もがアルサレアの人間に会う時は、卑屈だったり、妙に緊張していたりしているように思えた。
 ミラムーンはどこかしらアルサレア対し、「上目使い」のところがある。
 もちろん、アルサレアは対等の立場での友好関係を築いていると考えているのだが、事実はそうではない。ミラムーンと言う国には潜在的にアルサレアに対し劣等感を抱いている感がある。
 国の内包する劣等感の色が、軍の気質を染め上げ、集団に属する個人の気質の表相に影響し、グレンリーダーが出会ったような人間を作り出しているのだ。





 ミラムーンの尉官に案内され通された部屋には、この基地の司令官代理を務めるミラムーン軍の大佐が居た。

「いやぁーよく来てくれた。噂に名高いグレンリーダーに来て頂けるとは光栄だ」

 そう言って作り笑顔で近づき、グレンリーダーの手を取り両手で握り締め硬く握手をした。
 愛想は良いがどこか他人行儀だ。「こちらの様子を伺っている感じがするな」グレンリーダーはそう感じた。
 司令官代理は次に、フェンナの前に立ち。彼女の手を取り、グレンリーダーの時と同じように両手で握手をした。

「君もよく来てくれた……えぇっと……」
「フェンナ=クラウゼン少尉です。よろしくお願いします、大佐」

 握手をしながら上下に激しく振っていた大佐の手が止まり、顔が凍り付く。

「ク、クラウゼン……あ、あ、あの、もしや、グレン=クラウゼン将軍閣下の、ご、ご令嬢でありますか?」
「はい、グレン=クラウゼンは私の父です」

 目の前に居たまだ若い少女が、外見からは想像もつかない、大佐にとって思いもよらない大人物だったために、驚きのあまりどもってしまった。
 フェンナはそんな大佐の心情を知ってか知らずか、明るく平然と肯定した。

「大変失礼致しました。まさかお忍びでいらっしゃるとは思いもよらず。申し訳ありません」

 深々と頭を下げ、自らの思い込みで非礼を詫びる大佐。今度はフェンナが驚く番だった。

「こ、困ります。頭を上げて下さい。私はアルサレア軍の一士官として、ミラムーンに着ただけです。クラウゼンの名は関係ありません」
「そうでしたか、重ね重ねご無礼を、申し訳ありません」

 そう言って、一度上げた頭をまたもや深々と下げる。

「……大佐――」

 彼女は大佐の肩に柔らかく手を置き、彼の上体をそっと起こす。

「――私のことは、アルサレア軍の一介の少尉として扱って下さい」
「っは、了解いたしましたっ!」

 今度は胸を張って大きな声で敬礼。コミカルな人だ。

「はぁ……」

 溜息を一つ。この人には何を言っても駄目だ、そう思いフェンナは諦めた。

「大佐、通信の準備が整いました」
「おぉ、そうか。では、さっそく作戦会議を始めよう。っさ、フェンナ様、グレンリーダー、こちらへ」

 基地指令代理は二人を部屋の奥にあるホログラム装置が内蔵されている机へと案内した。

「っさ、フェンナ様、グレンリーダー、これをお付け下さい」

 部屋にいた大佐の部下と思われる男性がイヤフォンマイクを二人に渡す。
 フェンナはグレンリーダーの横で、大佐の部下までもが倣って「様」を付けるので居心地の悪そうな顔をしていた。
 机の前に二人が立つと大佐がコンソールを操作する。
 部屋の明かりを薄暗くなり、この基地周辺から国境に掛けての立体的なホログラムの地図が映し出された。

「大佐、通信をつなぎます」
「ああ、頼む」

 室内の壁紙の一面に、ダグオン=ゲーニッツの顔が映し出される。
 この部屋の壁面は汎用ディスプレイとして機能するようになっているのだ。

『通信状態は良好のようだな、さっそく始めようか……』

 ダグオンの作戦の説明が開始された……。









 数時間後。
 夜が開けすっかりと明るくなったガイドゥムラ平原の中ほどに、グレン小隊の三機のPFの姿があった。
 それぞれの武装は前回とほぼ同様だが、この場所は、平原とは言うものの岩場が多く、地殻変動の影響で数多くの断層や崖が存在している。
 その地形を考慮してキース機にはモーターキャノンが搭載されている。これは迫撃砲で弾道が大きく弧を描くことに特徴がある兵器だ。
 ミラムーン軍は、ヴァリムのPFに対抗するための兵器を持っていないために、後方で通信施設の防御などグレン小隊のバックアップに務めている。
 その通信施設に居るフェンナから通信が入った。

『敵部隊は前方3000のポイントに展開中、観測班からの報告によると、敵は高速移動が可能なタイプのようです。注意して下さい』
「了解。キース、中距離からの援護を頼む。アイリは俺に続け」

 グレンリーダーが敵の存在するポイントへと一気に駆け出した。

『Yea!』『了解!』

 それに続いて、アイリ、キースの順で後に続く。
 すぐに敵機影がレーダーに映るが、PFの姿は見えない。PFよりも大きな岩陰に隠れているのだ。

(敵の数は三機か……)

 まっすぐに向かってくるグレン小隊の存在に気がついた敵が、こちらに向かって移動し始めたのがレーダー上で確認できた。
 それでもまだ敵の姿は見えない。

「二人とも来るぞっ!」

 前方にある、ちょうどPF一機隠れる大きさをした岩陰からヌエが飛び出して来た。グレンリーダーはサブマシンガンのトリガーに指を掛ける。
 その時、

『先手必勝っ!』

 アイリの叫び声と共に、数十発のガトリングガンから放たれた弾丸がそのヌエに向かって飛んで行った。
 彼女の声を聞いたグレンリーダーは撃つのを中止した。タイミングから察して、アイリの攻撃が十中八九当たると思えたからだ。
 ところがアイリの放った弾は初弾がヌエの肩で火花を散らせただけだった。
 敵はガトリングを撃たれたことをいち早く察知すると、地面を蹴りと素早く岩陰に戻ったのだ。

(……機体の性能のおかげか、パイロットの腕か……あるいはその両方、厄介そうだな)

 アイリの攻撃が外れたと知ったキースがモーターキャノンを放った。
 それを音で察知したグレンリーダーはブーストペダルを踏み込み加速。ヌエが戻ったのとは逆の方向から回り込む。
 モーターキャノンの着弾で岩の表面が砕け飛び散り、影に隠れていたヌエが丁度グレンリーダーの前に弾き出される。
 ヌエは吹き飛ばされたにもかかわらず機体バランスを失っていなかった。すんでで回避行動を取ったようだ。
 Jファーカスタムの存在に気が付き、レーザーソードで振り上げたが、ヌエが弾き出されることを予想していたグレンリーダーの方が行動は早かった。
 ヌエの横を通り過ぎざまにフォースソードを二振り。
 頭部と腰部に深々と致命傷を与え行動不能に陥れると、動きを止めることなく次の敵へと機体をジャンプさせる。
 やや離れた所で二機のヌエと二人の仲間が交戦しているのが見えた。
 お互いに中距離での射撃戦を行い牽制しあっている。
 キースとアイリが下がろうとすると向こうは同じだけ前進する。敵のヌエがキースのモーターキャノンが撃てないぎりぎりの距離を維持しているのだ。
 グレンリーダーが機体を着地させると、先ほど致命傷を与えたヌエが爆発を起こした。
 その爆音を聞いた、二人と適度な距離を取っていた二機の敵の内一機が、こちらを振り向き、一瞬歩みを止めた。
 後退していたアイリがその気を逃がさず突撃。
 ヌエの脇腹にレーザーソードを突き刺す。
 グレンリーダーはアイリが突撃すると同時に機体をダッシュさせていた。彼女を援護するためだ。
 最後の一機のヌエは、セオリー通りならば隙の出来たアイリ機を攻撃する。
 だがそうはせず、虚をついて、キース機との距離を全速力でつめた。
 キースは後退しつつ近づく敵にサーマルプラズマライフルを放つが、ヌエはほんの少し左右に機体をずらすだけで避けて行く。
 速力で上回るヌエが追いつき、レーザーソードを振りかざし斬りかかる。
 その光景を見たグレンリーダーは、心の中で蘇った忌々しい感情に寒気を覚えた。

(あんなものっ、二度とごめんだ、二度と、二度と……)

 気持ちは焦るが、彼の豊富な戦闘経験は目の前の事態に対し、今の手札で出来ることはせいぜい一つしかないことを知らせていた。
 サブマシンガンをヌエに撃ち込む。
 それしかない。しかし、サブマシンガンは集弾性が悪く誤射の危険性がある。一発や二発程度でPFには何の外傷も与えられないが、恐いのはパイロットを脅かすことだ。もし、キースが何か回避行動をしようとした時に、誤射してしまったら動きを阻害してしまう。
 逆にヌエに当たれば、攻撃のタイミングを遅らせたりすることができるかも知れないが……。
 グレンリーダーは、

「キィースっ!」

 誤射への不安を振り払うように叫ぶと、ヌエの背中に向けサブマシンガンを三連射。
 一方、キースは後退させていた機体に地を蹴らせ敵に向かって前進した。
 グレンリーダーの放った弾が着弾。
 キース機はレーザーソードが完全に振り下ろされる前に、Jファーをヌエの脇に滑り込ませる。
 ヌエとJファーがぶつかり合い、激しい音を立てながら地面に倒れ込んだ。
 二人に追いついたグレンリーダーは、フォースソードを倒れたヌエの背面装甲に突き立て、コックピットを焼き尽くし、機体を爆発させずに動きを止めた。

「大丈夫かキース?」

 鼻を近づけたら背けたくなるような臭いのついたフォースソードを引き抜き、キースに呼び掛けると、

『Hyuuuuu、あぶねぇあぶねぇ、まじ危なかったぜ』

 何時ものキースの声を聞き、胸を撫で下ろす。

「……無事なようだな」
『あったりめぇよ。このキース様、簡単にやられやしねぇって……でも、今のはまじ助かったぜ。サンキュー、隊長」
「俺の助けは要らなかったかもな」
『そんなことねぇって……それにしても奴らずいぶんとチューンナップしてたな、そこらのヌエより速かったぜ』
「あぁ、そうだな」
『隊長、大丈夫ですか』

 アイリがこちらによってきながら声を掛けてきた。

「ああ、問題ない。キースも無事だ」

 グレンリーダーがアイリに返事を返したその時。

『流石はアルサレアの精鋭部隊。やるものだな』

 通信機からから聞いたことのない男の声が聞えてきた。

「なにっ!」『敵の通信!?』

 三人はとっさに機体の首を左右に動かしモニター内に敵の姿を探す。

『どぁっ!』

 キースのJファーが何処からともなく飛んできたミサイルによって吹き飛ばされた。

「キースっ!」
『ははは、どこを見ている!!」
「っく、上かっ!」

 地面に映った影に気がついたグレンリーダーはJファーカスタムに上を向かせる。
 黒い機体が見えた。
 太陽光を反射してカタナが光るのを見て、すぐに機体を後退させる。

「散開しろっ!」

 隊長の声を聞いたアイリ機はバックステップで距離を取る。吹き飛ばされたキース機はゆっくりと立ち上がる。
 突如表れた黒い機体は余程の自信があるのか、上から一方的に攻撃を出来たにもかかわらず、何もせず三機の真中に堂々と降り立った。

(あの機体……ヤシャか)

 グレンリーダーは、ヌエとは明らかに違うその黒い機体を資料で見たことがあった。
 直接交戦したわけではないので性能のほどはわからないが、少なくともヌエよりは上なはずだ。さらに厄介なことに敵のパイロットが持っている圧力は相当なものに感じられた。

(厄介な敵だな……)

 手袋の中で汗ばむ手を一度握り締め、深く息を吐く。

(……敵は一機だけか? それとも他にもまだ居るのか?)

 モニターに映る黒いヤシャを睨み、どう行動するか考えていると、

『黒いPFなんて乗りやがって……このカラス野郎。覚悟しやがれっ!』

 キースが黒いPFに向かって叫んだ。

『威勢が良いな……さあ、貴様らの力、見せてもらおうっ!』

 敵のその言葉が合図となり、戦闘が開始された。
 まず、黒いPFがブーストの軌跡を残しながらキース機に向かう。
 キース機は距離が近いこともあり、射撃を行わず、空いている左手を振り上げ殴りかかった。
 アイリとグレンリーダーは敵の後を追う。
 PFの拳が、メインフレームを捉え激しい音を立てる。しかし、キースの放ったその攻撃はヤシャの勢いをまったく殺すことなく、逆に、もっとも装甲の厚いメインフレームの前面で受けられたために、繊細なPFのマミュピレーターがひしゃげてしまった。
 ヤシャが手にしたカタナを引き、キース機を突こうとするが、左後ろから斬りかかろうとしたアイリ機の存在をレーダーで知ったか、気配で覚ったか、急速に旋回しつつ右へと移動し回避した。
 旋回を終えたヤシャがAAFミサイル放つ。
 キースはそれに気が付き、撃ち落そうとするが時すでに遅し。
 アイリ機は爆風で吹き飛ばされ、二度のミサイルの直撃を受けたキース機のコックピット内では、警告音が鳴り響く。
 PFの外部装甲の耐久力が限界に近いのだ。
 倒れたニ機を飛び越え、グレンリーダーがサブマシンガンを連射しつつ、ヤシャとの距離を詰める。
 だが、地面に穴を開けるだけで、後方に下がるヤシャにまったく当たることはない。

『三対一では、分が悪いな……一旦引かせてもらおうか』

 そう言って敵のパイロットは後退する速度を速め、自分の後ろにある崖の下へと降りて行った。

「逃がすかっ!」

 今のうちに片付けなければあのヤシャは脅威になる――グレンリーダーはヤシャの後を追う。
 崖下にヤシャを見つけ、飛び降りた瞬間、真下から何か大きな影が二つ、崖の上へと上がって行った。

(しまったっ!)

 その影がPFであることは容易に想像がついた。
 ヤシャの動きはこちらの戦力を分散させることが目的であり、始めからアイリとキースを得物として狙っていたのだ。
 そのことに気が付き、上へと引き返そうとブーストペダルを踏み込むが、一度下降を始めた重いPFは簡単には上昇しない。
 結果的に空中で静止する形となり、その隙にヤシャがカタナで斬りかかって来た。

「くそっ!」

 グレンリーダーは二人の元へ行くことを諦め、崖のそこへ降りて回避し、黒いヤシャと対峙した。

『貴様が指揮官のようだな、腕は立つが……っふん。この程度の罠にかかるとは未熟だな。部下が心配ならばこの私を倒してから行けっ!』

 敵の言うとおりだ――自分の不甲斐なさを感じ、ぎりぎりと音を立てながら歯を食いしばり、ヤシャに向け銃を撃つ。

『敵と語る舌は持たぬか、それでこそ兵士だっ!』

 ヤシャはやすやすとサブマシンガンをかわし、装備しているサブマシンガンで反撃してくる。
 だが、回避行動を取るJファーカスタムにはかすりもしない。
 しばらくお互いにマシンガンを撃ち合いが続いたが、両者共にまったく弾に当たらない。
 実力が拮抗しているかに見えた。
 だが、それまでマシンガンを撃っていたヤシャが、その合間にAAFミサイルを撃ち始めると、グレンリーダーが徐々に押され始める。
 ミサイルはマシンガンで撃ち落し、マシンガンは回避、隙を見て反撃、反撃。
 マシンガンの残弾数表示が黄から赤へ、そして、0になった。
 ミサイルが接近する。
 迎撃手段を失ってしまったグレンリーダーは、逃げようとする。しかし、ミサイルの速度がJファーカスタムを上回っており、逃げ切れない。
 止むを得ず、フォースソードでミサイルを切り払い爆発させる。
 PF本体への直撃は避けられたが、爆発の衝撃で機体が弾かれ、崖の壁面に叩きつけられた。

(……っくそ)

 ゆっくりと歩を進め、ヤシャが近づいてくる。

『そこまでだぁーっ!』

 その時、アイリが叫び声と共に崖の上から現れ、黒いPFにレーザーソード突き立てようと急降下する。
 ヤシャに乗る男はそれに気が付き、機体に一歩足を引かせ、同時に下から上、上から後ろへと大きく弧を描くようにカタナを振るわせる。
 レーザーソードはヤシャには当たらずに地面に突き刺さった。
 攻撃が外れた事を覚ったアイリは、バックステップで距離を取るが、レーザーソードを握っていた右腕は身体に着いて来ることはなかった。
 先程振るわれたカタナにより右肩の付根――ちょうどうマルチポートジョイントのある強度の弱い箇所――から切断されていたのだ。
 状況が不利と判断したヤシャは、崖の上へ向かってジャンプ。
 アイリに続いて崖から飛び降りていたキースが、すれ違いざまにサーマルプラズマライフルを放つが、ヤシャには当たらなかった。
 グレンリーダーは機体を立ち上がらせるとヤシャの後を追い崖の上へ、二人も後に続く。
 崖の上に着くと大破した真新しいヌエの残骸が二つあった。アイリとキースが撃破した物だ。
 Jファーカスタムの前に二機のJファーが並んで着地する。

『どこに行きやがったカラス野郎っ!』

 キースが叫ぶと、

『貴様らの実力はよくわかった。噂以上にやるようだ――』

 ヤシャが岩の上に姿を現した。

『――十分データは取らせてもらったからな。これはほんの礼だ、受け取るがいいっ!!』

 ヤシャの左腕の内側から、閃光弾が打ち出され、三人の視界を奪う。
 グレンリーダーの目が見えるようになると、カタナを振り上げキースへと真っ直ぐに向かうヤシャの姿が見えた。
 反射的にサブマシンガンのトリガーを引いたが、弾の切れている銃からは虚しく作動音が聞えるだけだった。
 カタナを振り上げ、キースのJファーに斬りかかるかに見えたが、振り上げた手はそのままで肩のAAFミサイルを発射。
 止まることなく、アイリ機の方に急激に向きを変え、カタナを振り下ろし、残った左腕を切り落としつつ、手を引き付け、ジェネレーターにカタナを深々と突きこんだ。
 それと同時に、キース機にミサイルが直撃。

『がはぁっ!』『きゃぁぁぁぁぁっ!』

 スピーカーから、二人の悲鳴が同時に聞え、モニターでは、二人の機体の激しい爆発が同時に見えた。
 それがグレンリーダーの目の前に突如としてあの悪夢の光景が蘇らせた。

 堕ち行く輸送機、血塗れの男、悲鳴にも似た雄叫びを上げる自分。

 数瞬後、現実に立ち戻ったグレンリーダーの目の前には、モニターに映るAAFミサイルの姿があった。

「つぅっ!」

 短く息を吐き。条件反射的に全速力で左へと回避した。
 機体は地を蹴り少し浮くと、全速力でで左へ、回避成功、着地。
 着地の衝撃と機体に生じた慣性を和らげるために屈するサスペンション。
 機体が居つく。
 そこへヤシャが追撃してきた。
 もう一度、ブーストで回避を行おうとしたが、制動に全稼働力が費やされているために、機体は反応しない。
 胸を薙ぐようにカタナが振るわれる。
 とっさに、オートバランサーの制御レベル調整レバーを操作し、最低レベルまで引き下げる。
 わずかに曲がっていただけの膝が、深く曲がり、機体全体の姿勢が低くなる。
 Jファーカスタム頭部のアンテナが切り取られた。
 残された唯一の武器であるフォースソードで攻撃するようにJファーカスタムを操作。
 だが、フォースソードで攻撃が行なわれる事はなかった。
 グレンリーダーの命令よりも早く、メインモニターの画像はぶつりっと途絶え、空になったサブマシンガンを握っていた右手が中を飛ぶ。
 ヤシャの斬り返しがPFの制御コンピューターのある頭部を胴から切り離したのだ。
 グレンリーダーには何が起こったのかわからないまま、Jファーカスタムが地に倒れ込む。

(……)

 言葉出ず、思考も止まっていた。頭の中が真っ白で何があったのかで思い出せない。

「っはぁ……はぁ、はぁ」

 いつの間にか止めていた息を吐き出し、やけによく聞こえる自分の心臓の鼓動に耳を澄ませ、心を落ち着け、状態を把握しようとする。

『グレ……ー……、…レンリ………聞……ま…か? 応…し……さい。何があっ……です? グ………ーダー、マーカーが、三人………カーが見……せん。グレンリ………、こち………把握で…ません……どう…って…の、敵のECM… ……グレ…リーダー、返事を…てっ! 少…、…佐っ!!』

 通信機から、取り乱したフェンナの声が途切れ途切れに聞えてくると、ようやく意識がはっきりし始めた。
 まだ生きているということは、敵は止めを刺さずに撤退したらしい。
 先程の攻防を思い出すと鳥肌が立った。
 喉の奥から、呟きが漏れる。

「……なんて奴だ」











 〜第二話 了〜

 



 後書き

 第二話を書かせてもらいましたバーニィです。
 今回はいつになくハイペースだったので誤字が心配です、6回は見直したけど、ははは、まだありそうな気がする(滝汗)
 リレーSS参加者の皆さん、書くに当たりまして色々とご協力ありがとうございました。特にタングラムさん、色々と助かりました。どうも、ありがとうございました。






〜リレーSS作中における、グレンリーダーの名称の扱いについて(引き続きアンケート実施中)〜

  このまま名前を出さずに誤魔化す
  読者が任意に入力可能にする
  名前を公募して固定する
  その他の案

 ・任意入力可能、公募、その他の案の場合、出来れば未入力時の初期名称や案について書いて下さい。
 

 





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