――もう、何度目だろうか――
「将軍、気を確かに!」
駆けつけた青年が、グレン将軍の身体に突き刺さった大きな破片を引き抜く。
その大きな傷口から噴き出す血の量は、明らかに致死量に達している。
それでも彼は希望を捨てず、必死に止血作業を行った。
――その日、アルサレアの最高指導者“グレン=クラウゼン将軍”は、ヴァリムとの戦争による被害状況の視察のために輸送機で国境付近の地域へと飛び立った。
その警護には将軍直属のグレン特務小隊長の他、多くの護衛が付いていた。国のVIPの警護なのだから、厳重な警護は当然の事である。
唯一の心配事があるとしたら、将軍専用機である“アルサレアGS”がオーバーホール中のため、将軍の手元に存在しない事だろう。
けれども今回は前線で戦闘を行うわけではないため、将軍がPF――パンツァー・フレーム――で出撃する必要も、また護衛部隊を突破されるような事態もないと思われた。
だが――
「聞け……」
将軍の口から、呻くような声が発せられた。
少なくとも意識がある事を知り、彼は微かに安堵する。
しかし次に告げられた内容に、彼は自分の耳を疑った。
「オマエが、私に代わって……指揮を執れ……ツェレンコフと、共に……」
「将軍!?」
グレン将軍の言葉に、彼は戸惑いを隠せなかった。
参謀本部長はともかく、何故一介の兵士である自分が……という思いが強かったのである。
それに何より、将軍の命の火をこんな所で消してたまるかという気持ちが、死という現実を否定しようとしていた。
――だが、その予想は外れてしまった。しかも最悪の形で……。
まもなく国境付近に到達しようとした所で、輸送機は正体不明の機動兵器部隊に襲撃されたのである。
ヌエだけならばヴァリムの部隊だと判断出来るのだが、敵部隊にはJファーまで混ざっていたため、ヴァリムと断定する事は出来なかった。
彼、グレン特務小隊長――グレンリーダーも、この非常事態を受けて即座に出撃。かくして所属不明機の迎撃が開始された。
戦闘は敵が短期決戦を狙ったためか、これまでにないほどの激しさだった。
敵部隊は次第にその数を減らしていくものの、味方はそれ以上のペースで減っていく。
そして激戦の末、遂に輸送機が撃墜されてしまい、残されたのは彼のJファーカスタムだけとなった。
彼は急いで輸送機の残骸を捜索し、どうにかグレン将軍を発見する事ができたものの、将軍は瀕死の重傷を負っていたのである――
「私の死は……内密に……せよ」
彼の思いとは反対に、グレン将軍は自らの命がもう長くはない事を理解していた。
そんな将軍にとって、彼がこの場に居てくれた事は救いであった。
彼の素質にアルサレアの将来を見いだしていた将軍は、彼ならば自分の後を任せる事が出来ると以前から考えていたのである。
本当なら、自分が平穏な世界を作ってから後の世代へと引き渡したかったのだろうが、それはもはや叶わぬ事……
そのため、未来へ――新たな世代へ希望をもたらして欲しいという願いを込めて、将軍は全てを彼へと託したのだった。
「娘達を……頼、む」
最後に将軍の口から出て来たのは、自らの大切な者達への愛しさと、守りたいものをもはや守れないという無念さがにじみ出ているように感じられる言葉だった。
その時の将軍の顔は、アルサレア最高指導者としての顔ではなく、一人の父親の顔であった。
そして、その一言を言い終えた所で、将軍は力尽きたように目を閉ざした。
……こうして、アルサレアの最高指導者“グレン=クラウゼン将軍”は、静かに息を引き取った。
「将、軍……グレン将軍!!」
分かっていた事だった。致命傷を負っている以上、もはや助からない事は……
それでも彼は、助かると信じずにはいられなかった。
もし将軍が死亡したことが知れたら、アルサレア国内は混乱し、ヴァリムに敗れるだろう。
グレン将軍の存在はそれ程までに大きかったのである。
だがこうなってしまった以上、アルサレアをヴァリムの侵略から守るには、将軍の遺言通りにするしかない。
将軍の遺志を継いで、国を守り通すために……
「うおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
絶叫が辺りに響き渡る。
守るべき者を守り通す事が出来なかった己の不甲斐なさに、怒りが込み上げてくる。
様々な感情が混ざり合い、こぼれ落ちる涙。
炎が舞い上がり、焼け付くような熱風に晒されるも、止め処なく溢れてくる。
残されたのは、全てを託された青年のみ。
そしてこの日から、彼は国の存亡に関わる重大な使命と、重い十字架を背負う事となった。
「――また、この夢か」
まぶたを開けると、見慣れた天井が目に映った。
眠っていた場所は薄暗い部屋……すなわち彼の自室である。
ここで寝ると、彼はよくこの夢を見る。
そしてこの悪夢を見る度に、己の無力さを突きつけられる。
次第に思考がマイナス側に傾いていくのを感じた彼は、それを振り払うべくベッドから起きあがる。
それから数分ほどして、一通り着替えを済ませた彼は、デスクにある端末へと向かった。
普段ならそのまま朝食を取りに行くのだが、先程小型携帯端末に電子メールの着信表示があったので、先に電子メールの確認を行うことにしたのである。
「メールの送り主は参謀長と……彼女か」
彼が確認する電子メールアドレスは二つ。
一つは彼自身のもので、軍からの指示を伝えられたり、 仲間との連絡に使うなどしている。
もう一つはグレン将軍のものとされているアドレスであり、このアドレスを介して、彼はグレン将軍の影武者を務めている。将軍の遺言通りに……
あの日、アルサレア要塞に帰還したグレンリーダーから事の次第を聞いたツェレンコフ=ゴルビー参謀本部長は、遺言に従いグレン将軍の死を隠蔽するために“グレン=クラウゼン将軍閣下は病床に伏された”という偽の情報を至る所に発信したのだ。
さらに、直接顔を合わせずに指示が出せるよう、電子メールによって間接的に命令を執行できるようにした。
こうしてツェレンコフ参謀本部長は、グレンリーダーが影武者を務める事ができる状況を作り出したのである。
将軍のアドレスに来ていたメールの内、一つ目はツェレンコフ参謀本部長からのものだった。
基本的に用事がある時にしか参謀本部長はメールを送らないため、何かあったのだろうと思いつつメールの内容を読む。
【グレン将軍閣下が暗殺されてから君に影武者を頼んでいるが、今のところは問題無さそうだ。
だが、少々厄介な問題が出てきた。どうやらヴァリム軍がアルサレア領内への侵攻を計画しているらしい。
アルサレアとしては当然これを撃退しなけばならないが、軍の出動権は全て将軍のものだ。故に、将軍としての指示を頼みたい。
作戦案については私の方からメールで送信させてもらった。一通り目を通した上で決裁して欲しい。以上、宜しく頼んだぞ】
予想通り、急を要する内容のメールであった。
まだ送信されてからあまり時間が経っていない事を確認しつつ、参謀本部長からのもう一つのメールを急いで開く。
そちらにはカシュー草原地方での防衛作戦について記されていた。
具体的には、我が国の諜報機関が“ヴァリム共和国の機動部隊が我が国のカシュー草原地方への攻撃準備を行っている”という情報を手に入れたため、防衛のために部隊の派遣を承認して欲しいというものだった。
(ヴァリムもこちらとの戦争に本腰を入れ始めたと見るべきか……)
作戦承認の旨を書いてメールを送り返した後、彼はヴァリムの思惑について考えを巡らせた。
聖歴19年にアルサレアがパンツァーフレームを完成させて以降、ヴァリムは一時的に戦力を後退させて従来の国境線――正確にはアルサレア及びミラムーンの本来の国境線――を死守する事に全力を傾けていた。
だが、1年前にパンツァーフレーム“ヌエ”を完成させてからは、再びアルサレアを侵略せんとして攻勢を強めていた。
その攻勢が衰え、情勢が落ち着いた時に起こったのが、将軍の暗殺事件である。
幸いにも暗殺事件以降は――アルサレアに侵攻可能な戦力を調えるためかもしれないが――ヴァリムが本格的な軍事行動に出ることは殆ど無かった。
だからこそ今回の侵攻計画は、ヴァリムが本格的に攻めてくる前触れだと彼には感じられた。
「結局は向こうの出方次第か……」
戦う事しかできない彼にはどうすることも出来ない問題だが、参謀本部長なら何か対策を立ててくれるだろうと思う。
もっとも参謀本部長の事だから、彼が言うまでもなく既に対策を立てているかもしれない。将軍亡き今、この国を実際に支えているのは参謀本部長の手腕なのだから。
そして将軍のアドレスに来ていた最後のメールを確認する。
差出人はフェンナ=クラウゼン。つまりグレン将軍のご息女がグレン将軍へと当てたものだ。
これまでも定期的に送られてきており、その内容は父親への励ましなどだった。
それを見るたびに、彼はやるせない思いにさいなまれた。
いくら将軍の死を隠すためとはいえ、偽の返信をして彼女達を騙し続けるのは彼自身としても酷く辛かった。
(良い意味での嘘と悪い意味での嘘……この場合はどちらなのだろうな)
そう考えたが、すぐに自嘲の笑みを浮かべる――単に逃げ道を欲したが故の思考だと気付いて。
誰だって肉親の死は知りたいと思うだろう。にもかかわらず、自分は国の都合という理由で嘘を付き続けているのだから、良いはずなどない。
真実は時に人を傷付けるが、知らないよりも知っている方が良いはずだ。
それでも今の彼には自らの独断で告げるような勇気はない。
結局、将軍の心を考えて必要最小限の事を書き、返信した。
いつまで同じ事を繰り返すのかと、自分自身に問いかけながら……
次に自分のメールアドレスをチェックすると、一通だけ受信が確認された。
同じグレン小隊の仲間――キース=エルヴィンやアイリ=ミカムラと別行動を取っている時にはよくメールで連絡を取り合うのだが、現在のように共に行動している時は二人がメールを送る事などまず無い。
そのため軍本部からの連絡かと思い、受信したメールを見ようとして……指が止まる。
送信者欄に書かれていた名前は、フェンナ=クラウゼン。
何故このアドレスに送られてきたのか分からない彼は、先程将軍に代わって返信したばかりという事もあり気が気でないのか、恐る恐るメールを開いて本文を読む。
さらっと本文を読んだ彼は、安堵の溜息を吐いた。書かれていた内容は単に配属の挨拶だった。
影武者の事がバレたのかと内心冷や汗を流したが、どうやら杞憂だったらしい。
(しかし、卒業の事は知っていたが……恐らくは参謀本部長か)
部隊内での情報通のキースから聞かされた話と、フェンナ自身が将軍に送っていたメールの内容を思い出す。
この部隊――グレン特務小隊へ配属したのは、まず間違いなく参謀本部長だろう。
グレン小隊専属オペレーターの件については以前から知っていたのだが、誰が配属されるのかは調整中という事で教えてもらえなかった。
グレン小隊は将軍直属の部隊故に最前線にも派遣されるが、帰還不能な場所に配置される事はまず無い。それが彼女の安全に繋がると考えたのかもしれない。
だが、彼としては、出来る事なら他の部隊に配属して欲しかったというのが本音である。
……自分が守りきれると思うほど、彼は傲慢ではない。
色々考えすぎて疲れたのか、全身の力を抜いて椅子の背にもたれかかった。
仕方のないこととはいえ、これからの事を考えると気が滅入るのだろう。
でも、いくら考えた所で変わるわけでもない。
「とにかく、ボロを出さないようにしないとな」
苦しげな呟きは誰に聞かれる事もなく、虚空へと消える。
進むべき道は一つ。そして自分にそれを変える事はできない。
ふと視界の隅に映った時計を見やると、いつの間にか朝食に丁度良い時間となっていたため、彼は部屋を出て食堂へと向かい始めた。
「おはようさん、隊長!」
食堂へ向かう途中、挨拶と同時に背後から肩を叩かれる。
その聞き馴染んだ声に、彼は相手の方を振り向きつつ挨拶を交わす。
「おはよう、キース」
彼の横に並んで歩くのは、軽薄そうな顔をした金髪の青年。
キース=エルヴィン。同じグレン特務小隊に所属する隊員……つまり彼の部下である。
外面通りの軽い性格だが、その人当たりの良さ故に生真面目過ぎる嫌いのある彼に丁度良い人物だと言える。
少し経って、彼等の後ろから小走りで駆けてくる足音が聞こえてきた。
「あっ、隊長。おはようございます! それとキースもおはよ」
「ああ、アイリもおはよう」
挨拶しながら彼のもう一方の横に並んだのは、桃色の髪の少女。
アイリ=ミカムラ。彼の元上官の忘れ形見にして、同じグレン特務小隊に所属する活発な少女である。
そうして三人揃って食堂へと歩き始めた所で、各自の小型携帯端末から連絡メールの着信音が鳴る。
ちょうど端末を操作していたキースが、三人の中で一番早くメールの内容を読み取る。
「なになに……出撃待機? という事は何かあるのか?」
「恐らくそうだろうな」
メールの内容はグレン小隊への出撃待機命令。
軍隊に所属する以上は常に出撃待機状態となるのだが、何らかの作戦行動が行われる場合には、今回のように対応する部隊へと事前に連絡が行われるようになっている。
施設内の放送で連絡してもよいのだろうが、通信メールの方が高確率で指示が伝わるため、非常連絡以外は大抵通信メールを使うのが普通となっていた。
彼自身は今回の作戦内容を知っているのだが、グレン小隊長ではなく影武者として知ったため、それを明かすわけにはいかない。
「んじゃ、早めに朝食を済ませないとな」
「それもそうね。じゃ、早く行きましょ! 急がないと混んじゃいますよ」
「そうだな」
キースとアイリが引っ張る形で、彼等は少し早足で食堂へと向かっていった。
「そう言えば隊長、今度あたし達の部隊に新しい人が配属になるって聞いたんだけど、ホント?」
食堂に着き、朝食に手をかけた所でアイリが彼に問い尋ねる。
どこで噂を聞きつけたのかは知らないが、なかなか耳が早いことだと彼は思う。
彼自身、誰が来るのかは先程知ったばかりなのだから。
「ああ、今朝メールで挨拶状が来ていたな」
「どんな人なのか、ちょっとだけでいいから教えてくれませんか?」
ねぇ、ねぇ、と詰め寄るアイリ。
「俺も是非知りたいなぁ〜。せめて可愛い娘なのか位は教えてくんない?」
「あのねぇ、アンタの頭にあるのはそれだけなの?」
相変わらずなキースの言葉に、アイリは半眼でツッコミを入れる。
「まぁ、会ってからの楽しみに取っておけ」
いつもと変わりない彼等の様子に苦笑しつつ、彼はそう答えた。
恐らく噂だけでも知っているはずだから、少しは驚くだろうと考えながら。
「むぅ……とにかく人当たりのいい人だったらいいなぁ」
「秘密かぁ。ま、こうして期待を膨らませるのもいいかもな。今から楽しみだねぇ」
教えてもらえなかった事にやや不満は残るようだが、二人とも引き下がってくれたようである。
もしこれ以上聞かれていたなら、噂などに疎い彼としてはフェンナの名前を挙げる以外に無かっただろう。
「そんで隊長、今日の予定はいかように?」
「待機命令が出ているんだから、室内で自主訓練じゃないの?」
「アイリの言う通りだな。だが、出来れば出撃前に新配属になる人員との顔合わせを済ませておきたいから、もう少しして向こうが大丈夫なら顔合わせをしようと思う」
この言葉に、二人は目を輝かせる。
「それじゃ早速確認してみようぜ」
「是非そうしましょう!」
余程早く会いたいのか、アイリとキースは二人して彼の事を急かす。
そんな二人の様子に苦笑いを浮かべながら、彼は携帯端末を取り出そうと懐に手を入れる。
その瞬間、彼等の携帯端末から非常召集のベルが鳴る。
「何だ!?」
『緊急連絡! グレン特務小隊は“バインガルド”に集合して下さい! 繰り返します――』
キースが声を上げると同時に、施設内に緊急召集の放送が流れる。
放送の内容を聞き、三人は顔を見合わせて頷く。
「行くぞ」
「「了解!」」
返事と共に、彼等は輸送機のある施設へと真っ直ぐに駆けだしていった。
整備工場に勢いよく駆け込んできた三つの人影。
彼等の向かう先にあるのは、グレン特務小隊専用輸送艇“バインガルド”。内部に様々な設備を備えた特別艇である。
「出撃準備は整っています。ご武運を!」
「ああ!」
整備兵の言葉に、三人は走りながら敬礼を返す。
そのまま輸送艇に駆け込み、真っ直ぐに操縦室を目指す。
歩き慣れた通路を駆け抜けて広い操縦室に突入すると、既にバインガルドの操縦士達が発進準備を進めていた。
「済まない、遅くなった!」
「俺達も今来たばかりですよ。急いで発進準備をします」
操縦士達と挨拶を交わしながら、彼等は各々の席に着いてベルトを締める。
その間にも発進準備は着々と進んでいく。
「本部より通信入ります」
通信士の報告と同時に、正面のモニターに厳つい顔をした壮年の男性の姿が映る。
男の名はダグオン=ゲーニッツ、アルサレア機甲兵団の作戦司令官を務める人物である。
『グレン小隊、全員揃ったか?』
ダグオンの言葉に彼は周囲を見回す。
すると、本日追加される一名がまだ来ていない事に気付く。
「いえ、まだ一人――」
「遅くなりました、申し訳ありません!」
言いかけた所で、一人の女性が操縦室に駆け込んできた。
そこにいたのは、栗色の髪に意志の強そうな瞳、そして穏やかさと微かに凛々しさを感じさせる雰囲気を纏った人物だった。
駆け込んできたその様子から、彼女が本日から配属されるオペレーターなのだと、キース達も理解する。
「ヒュ〜」
「こらっ!」
彼女の容姿に思わず口笛を鳴らすキースの頭をアイリが小突く。
それを見たオペレーターの女性は、戸惑うように曖昧な笑みを浮かべる。
そんな和やかな雰囲気が作られる中、隊長たる彼が沈痛な表情を浮かべている事に気付いた者はいなかった。
しかしそれも一瞬の事。彼はすぐに表情を引き締めて改めて周囲を見回し、隊員が揃った事を確認する。
「グレン特務小隊、全員集合しました」
『よし。今回の任務は敵部隊の迎撃だ。詳しい作戦説明は目的地に向かいながら行うので、まずは急いで発進してくれ。目的地はカシュー草原地方だ』
「了解です。君も着席してくれ」
「わ、分かりました」
彼に促され、フェンナも席に着く。
それを確認し、操縦士が発進の確認を取る。
「行きやすぜ」
「ああ、頼む」
誘導に従い、ゆっくりと滑走路へ移動するバインガルド。
そして所定の位置に着いた所でエンジンに点火し、急激な加速が彼等を襲う。
それから程なくして、バインガルドは大空へと飛び立った。
『それでは、今回の作戦について話すぞ』
発進からしばらくして落ち着いた所で、ダグオンが切り出した。
ダグオンは一見するとただ厳ついだけの男性に見えるが、実際は誰よりも熱い性格を抑えているだけだということを彼等は知っている。
ただ元々喧嘩っ早い性格なため、もし階級と役職に縛られてさえいなければ、真っ先に前線へと飛び出していくだろう。後方で戦況をじっと見ているのは、ダグオンの性に合わないのだから。
とはいえ、一応自制心はあるようなので、戦況が悪化しない限りは前線に飛び出してくることは無いと思われる。
『今回の作戦は、カシュー草原地方に侵攻を始めたヴァリム軍の迎撃だ。確認されている敵部隊数は8機……2個小隊だが、お前達なら問題無いだろう。勇戦する事を期待する』
「「「「了解!!」」」」
互いに敬礼をし、そこで通信が切られる。
静かになった操縦室。少しの間だが、何故か誰も声を挙げる事がなかった。
けれどもその静寂はすぐに破られた。
「さてと、それじゃ……お嬢さんの自己紹介からお願いしようかな?」
「そうね」
ニヤッと笑いながらそう告げるキース。その言葉にアイリも同調する。
二人の視線の先にいるのはもちろん、先程駆け込んできた女性である。
突然話を振られてきょとんとした表情を浮かべる彼女だったが、意味を理解すると納得顔で微笑む。
「そうですね。それでは……」
立ち上がり、操縦室の中央まで来て彼等の方を向く。
やや緊張しているようだが、今日初めて配属されるのだから仕方のないことだろう。
「初めまして、本日付でグレン小隊の担当オペレーターに任命されたフェンナ=クラウゼンと申します。士官学校を卒業したばかりの若輩者ですが、ご指導の程よろしくお願いします」
丁寧に、そしてハッキリと全員に挨拶をするフェンナ。
それを聞いた二人は――正確には操縦士達も――驚いて目を丸くする。
「おおっ! 将軍閣下の娘さんが士官学校を出たって聞いていたが、まさか俺達のところに配属されるとはなぁ」
「ホントね、一瞬驚いちゃった」
噂では知っていたが、実際に見たのは今日が初めてなのだろう。二人とも予想通り驚いていた。
それでもあまり動じた様子はなく、いつも通り軽い口調で話している。
そしてフェンナを観察するように見ていたキースは頷くと、口を開いた。
「ね、今度デートしない?」
「えっ、ええっ!?」
予想外の話を振られて、フェンナは驚きと戸惑いの混ざった声を挙げる。
それ以前に、彼女の家柄を考えると、恐らくはその手の事に対する免疫が無いのかもしれない。
「あんたなにバカなこと言ってんのよ」
ゴンッと小気味よい――と言うべきか迷うような、少々痛そうな音が室内に響く。
アイリが思い切りキースの頭を殴りつけたのだ。痛そうに頭を抱えているキースを見て、彼は苦笑を浮かべる。
一方、二人のコント、もとい“じゃれ合い”に慣れていないフェンナは思わず目を白黒させ、次にキースの事を心配そうに見る。
そんな周囲の様子を無視して、アイリは清々しい笑顔を浮かべてフェンナの方を向く。
「どっかの馬鹿が迷惑かけてゴメンね、フェンナさん。あたしはアイリ、アイリ=ミカムラ。よろしくね」
「そうだな。よろしく、フェンナさん」
彼もアイリに続いて挨拶をする。将軍の事などで揺れる心を抑えつけながら……
キースは何か言いたそうな目でアイリの事を睨むが、アイリ本人は涼しい顔で受け流している。
「フェンナでいいですよ。私の方こそよろしくお願いします」
そんな彼等の様子が面白かったのか、フェンナはくすくすと笑いをこぼしながら彼等に言った。
「わかった。じゃあフェンナ、よろしく頼むよ」
「はいっ!!」
「ムッ、なんかいい雰囲気……」
彼の言葉を聞き、嬉しそうに返事をするフェンナ。
その態度に何かを感じ取ったのか、アイリは面白くなさそうに呟く。
その背後で彼等の事を見ていたキースが含み笑いを浮かべていたが、それに気付いた者はいなかった。
それからしばらく雑談を続けていたが、作戦予定時間が迫ったのを受けて三人は立ち上がる。
「二人とも、行くぞ」
「「了解!」」
「皆さん、お気をつけて!」
フェンナ達に見送られつつ、三人は格納庫へと移動した。
格納庫には、三機のパンツァー・フレームが置かれていた。
一つは赤を基調としたグレンリーダー専用Jファーカスタム。外見や武装、カラーリングは通常のJファーカスタムと変わりないものの、内部は相当カスタマイズされている。影武者まで失う訳にはいかないという参謀本部長の指示によるものだ。
もう一つは青を基調としたキース専用Jファー。こちらはキース自身が射撃を得意としていることから近接兵器を排し、射撃兵器中心の軽装型となっている。
そして最後の一つは黄を基調としたアイリ専用Jファー。アイリ自身は接近戦を得意としているが、戦場では遠距離攻撃が有利である事を彼女自身自覚しているため、装備は遠近両用の万能型となっている。
各自の機体に乗り込んだ彼等は、自機をハンガーから開放し武装の装備などを済ませる。
『まもなく作戦ポイントに到着します。グレン小隊、降下を開始してください』
フェンナの声がコックピットに響き、同時に輸送機の後部ハッチが開いていく。
「グレンリーダー了解。キース、アイリ、出撃だ!」
「Yea!」「了解!」
作戦開始の合図と共に、三機は輸送艇から飛び降りる。
自由落下を続ける三機のモニターには、地表に近付いていく様子が映っている。
ある程度落下した所で、着陸時の衝撃を和らげるためブースターを断続的に逆噴射。コックピットにもその反動が伝わる。
逆噴射を繰り返す事で一定速度まで減速した三機は、そのまま勢いよく着地する。
そして二機はそのまま立ち上がるが、キースの機体だけは着地時に重心を機体後方にかけてしまっていたのか、尻餅をつく形で後ろに倒れ込んだ。
「大丈夫か、キース?」
「へへへ、ドジっちまったぜ」
彼もキースに声をかけるものの、毎度の事で慣れてしまっているのか、その言葉とは裏腹にあまり心配した様子は見せていない。
「いつまで経っても直んないのねぇ、その癖」
「ほっとけ、俺の場合、尻餅つくのは縁起がいいんだよっ!」
「どーだか」
二人のやり取りに口元を緩ませる彼だったが、すぐに機体のレーダーが感知した反応を読み取る。
「二人ともそこまでにしておけ。敵さんのお出ましだぞ!」
向かってきているのは四つの反応。その後わずかに遅れて別の反応が四つ、探索範囲ギリギリに表示される。
「行くぞ、キース、アイリ!」
「さて、いっちょやってやるか」
「ほら、ボサッとしない! 行くわよ!」
正面から来る四機へ向けて、彼等は機体を加速させる。
モニターに映る機影が次第に大きくなるのを理解しつつ、武器を構えたまま突撃していく。
そして、最初に撃ったのはアイリであった。アイリ機の肩に装備されたガトリング砲が火を噴く。
しかし攻撃を判断したヌエ部隊は即座に散開し、放たれた弾丸はヌエが存在していた場所を通り抜けただけとなる。
お返しとばかりにスマートガンの雨が彼等に降りかかるが、三機とも銃弾の雨を難なく回避してさらに接近していく。
「キース!」
「任せろっ!」
アイリの掛け声に合わせ、キース機がヌエの一機に狙いを定めてサーマルプラズマライフルを放つ。
避けようとして回避行動を取るヌエだが、そこにアイリ機が走り込んでくる。
逆に叩ききろうとヌエがレーザーソードを振りかぶるが、遅い。
「ていっ!」
横薙ぎに払われたレーザーソードが、ヌエの腰部を真っ二つに斬り裂く。
すかさずもう一機のヌエがスマートガンを放とうとするが、アイリはとっさの反応により、地面を蹴り機体を跳躍させる。
ヌエは追撃しようと銃口を上に向けるが、その前にアイリがガトリング砲とサブマシンガンを撃ち込んできたため回避行動を取らざるを得なくなった。
銃弾の雨から逃げようと、ヌエはフルスロットで横方向に加速する。
そこに、まるでヌエの動きを読んでいたようにしてプラズマが撃ち込まれ、ヌエの頭部カメラが破損する。
さらに二発、三発と次々に撃ち込まれるプラズマ弾は全てヌエの胴体に直撃し、背後からはガトリング砲が撃ち込まれ、耐えきれなくなったヌエは遂に爆発した。
「ナイス援護!」
「あったりめぇだろ!」
普段は色々言い合っている二人だが、戦闘時の息はピッタリだった。
それだけ互いに信頼しているという証拠だろう。
(二人の方は大丈夫そうだな)
一方、目の前に迫る二機のヌエを把握しながらも、彼は仲間の戦況を確認していた。
その間にも正面と右側からヌエが一機ずつ迫ってくるが、彼は二機の攻撃を全て回避し、お返しとして正面にいるヌエにサブマシンガンを撃ち込む。
放った弾丸は頭部に全弾命中し、ヌエの外部カメラの大半が使用不能となる。
動きの悪くなったヌエの様子を見た彼は、その懐に飛び込むように突撃し、レーザーソードでヌエを斬りつける。
そして撃破の確認もせずにもう一機の方を振り向き、サブマシンガンをばらまきつつ接近、相手の射撃を避けつつ飛び込んでいく。
ヌエはすぐさま接近戦に切り替えてレーザーソードで斬りかかってくるが、彼は途中で進路を微妙に変え、相手のレーザーソードを空振りさせる。
そのまますれ違い様にヌエを斬り捨て、Jファーカスタムはそのままヌエから遠ざかっていく。
その数瞬後、後方で爆音が響き渡った。
「流石は隊長、お見事!」
「相変わらず凄いですね」
簡単に二機を落とした彼の実力を、キースとアイリは称賛する。
だが、まだ戦闘は終わっていない。
『まもなく敵一個小隊が戦闘エリアに入ります、注意して下さい!』
「よし、油断せずに行くぞ」
「分かってるって」
「この調子でさっさと終わらせちゃいましょう!」
レーダーにはまもなく戦闘可能距離内に入る四つの反応が映っている。
前情報通りなら、その四機が残る迎撃対象という事になる。
「キース、アイリ、援護を頼む」
「OK!」「了解!」
Jファーカスタムがヌエの集団へと一直線に突っ込み、その左右からキースとアイリが銃弾を放ちつつ付いてくる。
先頭に立つJファーカスタムへと弾幕を集中させる四機のヌエ。しかし彼は銃弾の軌道を全て読み、上下左右に巧みに動いて攻撃を避けつつ前進を続ける。
「B2に集中っ!」
指示に従い、キースとアイリはその一機へと火線を集中させる。
反応が遅れたそのヌエは二人の攻撃をまともに受け、メインフレームから火花を上げる。
一拍おいて爆散するヌエ。それを横目に捉えながら、彼は自機の右方向に居るヌエへと狙いを定めて斬りかかる。
もう一機のヌエが仲間を援護しようとJファーカスタムへ銃口を向けるが、突如襲いかかってきたプラズマに気付き、引き金を引かずに回避運動を取る。
援護させまいと次々に加えられるキースからの牽制。その正確な射撃に、ヌエは防戦一方となった。
同時にアイリも左方向にいるヌエへと、サブマシンガンで牽制を加えつつ接近戦を挑んでいく。
そして、Jファーカスタムの横薙ぎの斬撃は腰部を両断し、アイリ機による袈裟懸けの一撃が胸部に深い損傷を与え、キース機から放たれたプラズマが頭部を貫いた。
こうして勝敗は決した。
四機――数分前の分も含めると八機全てが戦闘不能に陥ったことで、ヴァリムのカシュー草原地方侵攻は失敗に終わった。
少なくとも、先陣を切るはずの部隊が即座に迎撃された事により、ヴァリムの出鼻をくじいた事を確かである。
『作戦終了。皆さんご無事ですね、よかった……』
敵機の完全停止と周囲に敵影が無い事を確認したところで、フェンナから通信が入る。
作戦終了という事は、バインガルドの方でも周囲に敵影が無い事を確認したようだ。
初めての部隊での実戦という事もあり、彼女の言葉には戦闘終了による安堵の色が強く表れていた。
『本当にお疲れ様でした。グレン小隊、全機帰還してください』
彼等はバインガルドがやや高度を落としてこちらに向かってくるのを確認すると、バインガルドの速度に合わせて機体を高く飛翔させる。
そして三機とも回収した事を確認した操縦士はバインガルドを加速させ、アルサレア要塞へと進路を取った。
『はぁ〜、終わった終わった』
『全く、何でヴァリムはこうもしつこいのよ』
格納庫で武器をラックに置きながら、キースとアイリは何度も懲りずに攻めてくる敵国に対して愚痴をこぼす。
「ま、帰ったらゆっくり休め」
「そうさせてもらうぜ」
通信機から聞こえてくる二人の愚痴に彼は苦笑を漏らし、労るように声をかける。
機体をハンガーに固定し、キース達は機体から降りる。
彼も最後の確認を済ませて機体から降りるべく操作パネルに手を伸ばすが、その時、携帯端末が振動してメールの着信を知らせる。
何だろうかと思ってメールを開くと、参謀本部長からの個人連絡が入っていた。非常連絡というわけではなさそうだが、念のためすぐに本文に目を通す。
【君の部隊にフェンナ様が配属になったと思う。ワシは危険故にお止めしたのだが、ご本人たっての希望でな。ならば、アルサレア機甲兵団で“最も安全な部隊”に配属したという訳だ。
フェンナ様の事、くれぐれもよろしく頼むぞ。例の件も内密にな】
予想通りと言えるフェンナの配属理由に一応納得するものの、同時に参謀本部長の無責任さに頭を抱えたくなった。
影武者の件を内密にするのであれば、なおさら別の部隊に配属して欲しいというのが彼の本音である。今はどうにかバレていないものの、バレないという保証はどこにもない。
それにフェンナの配属の事を知っていたのなら、もう少し早く連絡して欲しかった。
参謀本部長の言いたいことは分かるが、彼とて人間であり、人として正常な感情を持っている以上は怒りもする。
ただ、色々と文句はあるものの、言ったところでどうしようもない事もまた現実である。
「……これからどうなるのだろうな」
力無く呟いた言葉は、コックピットの中に消える。
フェンナの事。影武者の事。まだ四半日も経っていないというのに色々な事があった。
それらに関してこれからどう対応していくのか、それが問題だった。
『タイチョ〜、いつまで乗ってるんですか〜』
下からアイリの声が聞こえてきて、ずっと機体に乗ったままであることを思い出す。
モニターを見ると、下でキースとアイリがこちらに向かって手を振っている。
彼はその様子に口元を緩ませると、パネルを操作してコックピットを上昇させた。
アルサレア要塞の中でも厳重に管理された場所の一つ、参謀本部長室。
その部屋の奥にある広い机の後ろに、一人の人物が座っていた。
彼の名はツェレンコフ=ゴルビー。
グレン=クラウゼン将軍と共に幾重もの戦場を駆け抜けてきた猛者であり、現在は参謀本部長として上層部を統括、アルサレア防衛のために尽力している人物である。
『グレン特務小隊から連絡があり、作戦は無事成功したとのことです』
「そうか、うまくいったか」
迎撃作戦成功の報を聞いたゴルビーは安堵の溜息を漏らす。
普段なら何も心配しないのだが、フェンナが配属されて初めての戦闘だったことから少しだけ心配になっていた。
(彼の部隊ならフェンナ様も安全だろう。あとは儂が彼等の運用に注意すればよいだけだな)
グレン将軍亡き今、現状でアルサレアをまとめられそうな人物はフェンナの姉のクレア=クラウゼンだけである。
だが彼女は生まれつき病弱なため、アルサレアの代表という激務を担わせるわけにはいかないだろう。
故に将来的にはフェンナがその役割を担うことになるだろうと、ゴルビーは考えていた。
そして脳裏に浮かぶのはもう一人。いくら将軍の遺言とはいえ、負担の大きい影武者の役割を押しつけてしまった黒髪の青年の姿。
彼のパイロットとしての能力と戦場でのカリスマ的資質は、若き日のグレン将軍に全く劣らない。将軍もそれを理解していたからこそ彼を後継者に選んだのだろう。
彼もフェンナも今はまだ未成熟だが、何れはこの国を引っ張る存在となるはずである。
彼等こそがこの国の希望なのだ。
「頼んだぞ……」
その小さな呟きは誰にも聞こえることがないものの、ゴルビーの強い想いが込められていた。
〜第一話 了〜
後書き
企画立ち上げから約半年、ようやく第1話です。
第1弾という事で、自分で書いてみました。次に続くのは誰でしょうか?
それではまた次回。2005/07/09 タングラム
それと、この企画の事でアンケートを取りたいので、出来たら読んで下さった方は下のフォームで選択して送信して欲しいかなと思います。
〜リレーSS作中における、グレンリーダーの名称の扱いについて〜