機甲兵団J−PHOENIX 外伝

墓と少女と暴龍と







 

 人通りの少ない廊下に、堅い靴底が鳴らす心地よい響きが規則正しく続く。
 どこか冷たい印象を周囲に与える女性が一人、何の澱みもなく静寂の中を突き進んでいる。肩口まで伸びた濃紺の髪が、体の動きにワンテンポ遅れて流れるように揺れていた。
 その歩みは、ちょうどこの基地の司令室の前で止まる。

「メシス=グレイブヤード中尉、参りました」
「うむ、入ってくれたまえ」
「はっ、失礼します」

 その女性――メシスは短く答えると、司令室の扉を開けた。


 

「今回の君に与えられた作戦は、これだ」

 と、数枚の用紙が綴じられた指令書を差し出してくる。それを受け取り――目で合図をして許可を得てから――、その場で中の内容にざっと確認する。

「今度の作戦は……特務小隊との共同作業? 私のような一兵士に、ずいぶんと変わった作戦が回ってくるものですね。しかも合流するまでは単独行動を伴うとは」

 メシスは渡された指令書に眼を通しつつ、司令官に聞いてみる。
 特務小隊は、文字通り通常の隊とは異なり独自に動いており、その分所属する兵士の錬度も基本的に高い。そのため、いわば「外部」、それも一人の兵と共同作戦というのは比較的珍しいのである。

「すまんな、現状では適任者が周囲の基地に君しかいなかったのでな。数が多ければ良いという作戦ではないのだ。それに君ほどの腕なら安心して、命令できる」

 苦笑交じりに司令官は告げた。

「適任者、ですか」

 目を落としていた指令書から目を上げる。なお、あまり天狗になるつもりはないので、発言の後半部分にはあえて触れなかった。

 作戦内容は女性四人で構成された特務小隊とともに輸送車両の護衛という――、まぁ隊編成以外これといって目立ったところのない内容である。

「しかしこの年齢の女性だけでの編成とは……ずいぶんと腕が立つ娘たちのようですね」

 相手小隊の構成は最初の頁に書かれていたが、大抵の隊員が自分より若い。唯一隊長格(ただ単に年齢が一番高かったので、勝手に判断した)だけは自分より2つ上であったが、それでも平均すればかなり低年齢である。
 そのような根拠での発言だったのだが。

「……あー、そのなんだ。確かに色々と……すごい小隊ではあるな」
「?」

 視線を明後日の方向に逸らし、妙に歯切れの悪い司令官の言葉に、メシスは思わず眉をひそめる。

「うぅむ、会ってみれば君にも分かるはずだ。早めに出向いてくれ。よろしく頼むぞ」
「はっ、了解しました」

 とりあえず、この場はこれで終わりらしい。メシスは敬礼を一つして、その場から退室する。
 廊下に出ると、メシスは宿舎の方に足を向けながら思考を巡らした。

(先ほどの司令官の反応……いったい、どういうことだ?)

 誉めるにしては明らかに様子が違った。どうも自分にその小隊についての詳細を喋りたくない様子だったので、それから察するに、一癖のある小隊のようではあるが……。

(ふむ、まあ気にするほどでもないか。会ってみれば分かることだ。時間が勿体ないし、指定された基地まで行くか)

 そう自己完結すると割り当てられていた部屋に戻り、ものの数分でさほど多くない荷物をまとめ、さっさとハンガーに向かっていった。




 

(順調、だな。この様子だと、あと三時間ほどで合流地点の基地に到着できる)

 機体を進ませ整理したデータから、そう判断した。この先の天候にも問題なく、アルサレア国境から少し中に入ったこの周囲には敵機の陰も見当たらないからである。

 基地を発ってから数時間、すでに行程の半分を消化できていた。

「……ん?」

 それからまたしばらく機体を走らせ進ませていると、レーダーの隅に一点の反応が表示された。一瞬敵機かと警戒したが、熱源反応から察するにどうやら一般人の輸送車両らしい。

(こんなところに民間人とは変わっている……)

 一瞬だけ逡巡したが、時間的に余裕があったため、結局機体をレーダーに示されたポイントに向けたのだった。


 

「いや〜、助かりましたよ。ありがとうございます」
「気にするな。たまたま通りがかっただけだ」

 メシスは短く答える。タイヤが小さな地割れ部分にはまった車体をPFで持ち上げたあと、通信を繋いできた運転手と話をしていた。
 一応作戦前ということで急ぐ道ではあるが、それでも今までの行程が順調であったため多少は余裕がある。感謝の念を伝えようとする相手と話すことくらい問題ないだろう。

「しかしこんなところでほぼ無武装で一人旅とは……少々無用心ではないか?」

 ふと思ったことを聞いてみた。
 周囲には道らしい道もなく、荒漠とした原野が広がっている。まず人影など見当たらない。
だが一時間ほどで近くの街にたどり着ける距離だからといって、ゲリラや野盗などに襲われる可能性が皆無だとは誰にも断言できない。

「ははは……。実を言うと、自分のPFはこの先の街にある貸し倉庫に預けてありまして。それを受け取りに行く途中だったんですよ」

 苦笑しつつ青年が言う。聞くと、数週間ほど前からPFを置いて独りで行動する必要があったため、知り合いの整備工場に機体を預けていて、今から引き取りに行くらしい。

「公道を通ったほうが安全なのは分かっていたんですけどね。早めに受けておきたかったので近道したのですが……まぁこのざまです」
「安全性より早期の回収を望むとなるとよほどのことだな。まぁ気をつけて進んだ方が良いと思うぞ」
「はは、肝に銘じておきますよ」

 苦笑を浮かべながら返事をした青年を見て、メシスは毒気が抜かれたように軽く溜息を吐く。

「いつか御礼をしたいのですが……お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「メシス=グレイブヤードだ。お前は?」
「僕はタイガ=マサキと言います。お見知りおきを」

 その青年は朗らかに笑いながら答えた。




 

 タイガと別れてから数時間後、何事もなくメシスは命令書に記載された基地についた。
 とりあえず機体を整備の人間に預け、その足で基地指令に到着の報告をする。
 その後さっそく合流予定の小隊と顔合わせをしようと思ったのだが、聞くところによると相手側は現在外出中で、戻ってくるまでもう少しかかるらしい。

 仕方なく持ってきたボストンバック大の荷物を、割り当てられた部屋の隅に投げたあと、そこで時間を潰し始める。人通りの多いロビーや、整備員が絶え間なく行きかう格納庫にいるのは、わざわざ気疲れするだけだ。

 メシスは質素で堅いベッドの脇に腰をかけ、軽く一息つく。
 楽な行程であったとは言え、かれこれ六時間ほど休みもそこそこにPFを動かしたのは、すでに熟練の腕を持つほどに操縦に慣れた彼女にとっても、多少疲労が溜まるものであった。

(また新しいチーム……か)

 紙コップに入ったコーヒーを片手に持ちながら、渡された資料を眺め考える。

 そこには構成員の簡単な身体的特徴や今までの経歴、その他今回の任務の詳細などが掲載されていた。来る途中でもざっと目を通しはしたが、改めて読んでみるとなかなか注意を引く内容がある。
 あの色々な意味で有名であるタルカス三人衆を退けたと言うのは、その最たるものだ――ただ、そのときの賠償費の項目が異様に多いのはミスプリントであろうか。

 メシスはしばらくの間その場で物思いにふける。
 思っていた以上に時間があったため、指令書に書かれた以外のこと、今までの記憶が水泡のように浮かんでは消えていった。今までの任務、そのときに組んでいた味方について、そして――。

(……どうでも良い。今度もまた任務をこなして別れる。その程度の話だ)

 持っていた紙束を脇に放り投げ、冷めた視線を天井に向ける。その瞳には、何の感情も浮かんでは来なかった。




 

 数刻後、合流する小隊が来たという連絡を受け取ったのでブリーティングルームに出向くと、今度はほとんど待たずに相手側が小さな部屋に入ってきた。
 第一印象であるが――資料通り、どの隊員も若い。一人など、明らかに戦場に立つには尚早な子供である。
 しかしそんなことはおくびにも出さず、初対面の挨拶も早々にメシスは自己紹介を始める。

「私の名前はメシス=グレイブヤード。階級は中尉。これからしばらく任務を共にすることになった。よろしく頼む」
「グレイブヤード……【墓】? ずいぶんと変わった姓ですね」

 目の前にいる褐色の肌を持つ勝気そうな女性が言う。

 正直またか、と思ってしまうメシスであったが仕方ないだろうと、これまた今まで同様に納得する。
何しろ【墓】などという不吉な姓の人間はまずいない。自分以外にこの名を名乗っている人間を見ればメシスでも疑問に思うだろう。

「ああ……少々わけありでな」
「ふぅん。まぁそれは置いといて。私たちも自己紹介しないとね」

(普通に流すとは……気を使ってくれたのか、ただ単に興味がなかったのか。判断が難しいところだ)

 眼鏡をかけた緑色の髪の少女の発言を聞き、メシスは心の中で微苦笑を浮かべた。
 どう考えても偽名なことを分かっているのにあえて触れなかったと普通は考えるが、それにしても少女の反応が淡白すぎた気もする。

 一方、その少女はメシスのそんな考えは露知らず、宣言通り名乗りを始めた。

「私はリサ=イワサキ。『LIPS小隊』のメカニック兼パイロットよ。よろしくね」

 と、どこか軽い口調で告げる。その小隊名を聞いた瞬間、メシスの記憶の中で何か引っかかるものがあったが、それを完全に思い出す前に次の人物が喋る。

「えっと……イズミ=ウッドビレッジです。この小隊ではパイロットをやっています。これからよろしくお願いします」

 四人の中では一番物静かそうなそうな――後にメシスのなかで若干の修正が加わる――少女が軽く頭を下げた。

「次はプリスちゃんっで〜す! プリス=ピーピアス、『LIPS小隊』の金庫番兼パイロットやってるよ〜」

 何故か右手を大きく振りながら元気良く喋る。気さく、と言うよりも身内に接するような軽い態度である。

「こっ、こらお前ら。上官に向かっていきなりそんな口を訊くな!」

 プリスたちの態度に、まだ自己紹介していない女性が少々慌てたように注意した。

「いや、あまり硬くならないくても良い。名前を呼ぶときも階級はいらないから単にメシス、とでも呼んでくれ」
「はぁ……そうですか。メシス中尉……あ、ではなく。メシスさんがそう言うなら」

 褐色の女性はどこか気が抜けたような生返事を返した。
 メシス自身は規律などをきちっと守るタイプであるが、それを同僚にまで強制したりはしない。
 もっともそれは、相手に親近感を持ってもらうためではなく、単に敬称を付ける手間を省いただけなのであるが。

「しかし……金庫番? もしかして君が小隊内の資金繰りを管理しているのか?」

 思わずメシスは疑問を口にしてしまう。この小隊の中でもどう控えめに見ても一番若い、というか幼いプリスが財布を握っているとは……何かが間違っている気がする。

 それに対してプリスは、

「うん。だってリサちゃんはお金持たせておくと勝手に変なPFのパーツ買ってくるし、イズミちゃんはお金持たせておくと勝手に変な家具買ってくるし、セリナちゃんはお金持たせておくと勝手に変なお酒とか買ってくるし」

 まったく淀みのない答えだ。言い回しから察するにしてかなり厳しい意見がこめられている……どうやら小隊のメンバーは金の使い方に少々問題があるようである。
 ちなみに一人だけ紹介されていない名前があったが、この目の前にいる勝気な娘に違いないだろうと自己完結する。

 それはさておき。

「べ、別にいいでしょ! いつも世話になっているんだから、少しくらい良いパーツを買ってあげても!」
「そりゃそうだけどさぁ。ディスポーザブルライフルなんていっぱい購入してどうすんの。弾数たったの四発じゃん。しかももの凄く高いし」
「ぐ。」

 早速口論が始まったが、開始早々プリスの鋭いツッコミにリサの言葉が一瞬詰まった。

 ちなみにディスポーザフルライフルとはカスタム兵器に属するもので、一発の威力は射撃兵器でバスターランチャーに次ぐほどの高威力を誇る。
 しかしその反動で砲身が持たず、たったの四発しか撃てない、まさに【使い捨て】の名にふさわしい兵器だ。

「でもタルカスみたいな重PFと戦うのには、火力が必要なのよ、火力が! サブマシンガンなんかじゃ足りないの!」
「…………一回も当てた記憶ないよ?」
「……」

 ちなみに今まで購入した四挺計十六発の戦果は以下の通り。

 明後日の方向に飛んでいったもの六発。
 LIPS小隊の一方のJフェニックスや友軍機にかすったものが三発。
 公道に大穴空けたものが三発。
 草むらに着弾し小火になりかけたものが二発。
 近くにあった民家の水車を打ち抜いたものが一発。
 アルサレア軍施設の自家発電機に直撃したものが一発。

 一言で言って、惨憺たる結果だ。特に最後のものは洒落にならず、責任逃れのためその場から脱兎のごとく逃走していた。
 その記憶を思い出したのか、リサは完全に沈黙してしまい、その顔面の上を一筋、汗が滑り落ちる。

「わ、私のはちゃんと生活に使えるものなんだからいいでしょ?」

 今度はリサの横に立っていた少女――イズミがちょっと控えめに反論する。

「う〜ん、イズミちゃんのは二人に比べればマシなんだけど、それでもさぁ。宿舎にバカみたいに大きいアンティークの木製大タンスが運ばれてきたときは、目が点になっちゃったもん」
「でもあのときは、元からあったタンスが壊れかけていたんだから別に……」

 口を尖らせてイズミが文句を言うと……当時のことを思い出したのか、プリスがやたら大仰な仕草で深い溜息をついた。

「でも……もの凄く高かったよ。領収書見たとき思わず叫んじゃったし」

 事実である。アンティークで、しかもかなりの重量を持っていたタンスの値段は……4人の合計した給料3ヶ月分よりも遥かに高かったのだ。このときはさすがにリサたちも慌てて返品したため事なきを済んだのだった。

「だって……あのタンスは良い物だったんだもん」

 ポツリと呟く。

 そう、イズミは幼少のころからいわゆる大富豪の家で生活していたため、どうもそう言った高級感あふれる――実際に高級であるが――家具に目がなかったりする。多少はしばらく世間の荒波に揉まれたため落ち着いてはいるが、それでも手ごろなものよりも高いものを選ぶ傾向があるのは事実だ。

 当時の騒動を思い出したのか、さすがに目を逸らしてばつの悪そうな顔をして反論をやめるイズミであった。

「セリナちゃんはセリナちゃんで無駄に高っかいお酒ばっかり集めてくるし……」
「な、何を言うか。適度なアルコールは心体をリラックスさせ血流も良くするため、健康に良いんだぞ」

 自分に矛先が向いたので、慌てて答えるが……変に飲んだくれがしそうな言い訳なところが、すでにこの戦いの優劣を表しているように思えた。

「でもアルコール度数九十%以上のお酒なんて明らかに違うと思う」
「ううう……。しかしどの酒もちゃんと値切ったりしたものを購入しているんだ。そりゃ確かに高いかもしれんが相場よりは安い!」

 ぐっと握り拳を作り力説する…………どーにもズレ気味の説だが。

「普通より安くても、軽い飲み屋に匹敵するくらいの種類のお酒を保管している時点で十分すぎるほど無駄遣いに当てはまるだと思うけど……」

 プリスがぽつりと言うと、『そ、それはだな。酒にも種類があるし他にも地域限定品とかがだな……』と語尾が弱まりごにょごにょと反論する勢いがなくなってきた。が、間髪入れずに入れ替わりにリサが反論を始める。

「だぁぁっ、あんたはお金にがめつすぎるのよ!」
「だってそうしないとすぐお金なくなっちゃうんだもん!」

 一方、騒ぎの横で先ほどから展開の早さついていけず、完全に傍観者と化し話を聞いていたメシスは、片端から反論を斬って捨てるプリスの口の上手さから、このようなやりとりが日常茶飯事であることが何となく分かった。

(……ど、どうも雲行きが怪しくなってきた、な)

 正直怪しいどころではなく、どんより曇って滝のような豪雨が降っているような状態である気もしたが、無理やり思考の外に放り出した。でないと、この場でくじけてしまいそうな気がしたからである。

 メシスが心の中で冷や汗を流している最中、どうやら一通り決着がついたらしく最後に残った一人が自己紹介してくる。ゼハゼハ言いながら肩を上下させ呼吸を整えるのに時間がかかったりもしたが。

「わ、私はセリナ=バーミント軍曹、この小隊の医療隊員およびパイロットを務めています」
「ちなみに私たちの中で一番年増で〜す!」
「なっ! プリス、もう一度言ってみろ!!」
「だって事実じゃん。私の年齢の五割り増し以上だしさ〜」
「うッ!?」

 本人的に今のは相当痛かったらしく、顔をゆがめるセリナ。やはりどんなに勝気でも女性、ということだ。

(とは言え、彼女も確か二十代前半……十分若いと思うのだが)

 指令書に書いてあったセリナの年齢を思い出しながら思うが……まぁそういう問題でもないのだろう。確かに『年齢の五割増し以上』は自分の年齢がいくつであっても相当なパンチ力がある。

「ふ、ふん! グレンリーダー様は私のような大人の魅力がある女性の方が好みだろう。お前のようなお子様には興味を持たないのは明白だ」
「な、なんですってぇ!?」

 至極正論なセリフでセリナがカウンターを喰らわせる。
 まぁ事実ではあるが、別にセリナにほれる可能性も同じくらい低いということについては目を逸らしているらしい。……純粋に気づいていないだけかもしれないが。

 またもや傍から見ると限りなくしょうもない言い争い第二ラウンドを始めたLIPS小隊の面々と違って、メシスは今聞こえてきたあまり自分に縁のない言葉が耳に入り、思わず顔をしかめる。それは――。

(グレンリーダー……『様』?)

 グレンリーダー、といえば実際に会ったことはないメシスでも、どんな人物か聞いたことはある。軍属なら当たり前だ。
 なにしろ今は亡きグレン将軍直属の小隊の隊長で、アルサレア戦役で『あの』黒夜叉を撃墜したりと数え切れないほどの戦績を残している。
 その伝説とまで言われる小隊の隊長で、しかも現アルサレア軍元帥であるのだから、英雄扱いされるのは十分に分かる。分かるのだが。

(何故に『様』なのだろう……?)

 しかも妙に熱っぽい響きを含ませているので、余計混乱する。
 メシス自身はその手の話にあまり興味がないのだが、世間一般の女性の間ではグレンリーダーはアイドル的な位置づけなのだろうか。

(……わからん)

 メシスが考えにふけっている間にもLIPS小隊の面々は延々とグレンリーダーをめぐって取らぬ狸の皮算用合戦を繰り広げている。
 よくもまぁ途切れもせず言い合えると、むしろ感心してしまうくらいだ。

 このまま傍観しても仕方ないことなので、彼女らの言葉の間隙を縫って質問する。

「あー、そのなんだ。私は直に会ったことがないからいまいち分からないが、グレンリーダーは、そこまでその……格好良いのか?」

 なんとなく聞いてみる……しかし、その内容はやぶ蛇、他の言い方をするならば『禁句』であったことにメシスが気付いたのはそのわずか数秒後であった。全員同時にくるりと振り向き主張してきたのだ。

「当然じゃない!」
 とリサ。
「最高です!」
 とイズミ
「もっちろん!」
 とプリス。
「愚問だ!」
 とセリナ。

 つい先ほどまで言い争っていた面々が、いきなり申し合わせたように同じ意見を言うのはある種、笑いを誘う風景であろう。――もっとも、その矛先のメシスにとってはそれどころではなかったが。

 そして、しばらく後。

「そ、そうか……それは良かったな」

 結局早々に一時間近くグレンリーダー列伝を聞かされたメシスは、最終的にこめかみに一筋の汗を流しつつ、力なく同意したのであった。







 

 翌日。
 結局あれからすぐに心労でダウンしてしまったメシスは基地指令に頼み込んで個室を借り(合流相手がLIPS小隊と言ったら涙を流して許可を出してくれた)一人で休んだのだが、ともに行動するからには確認することはいくらでもあった。

「そう言えば昨日の話だと全員パイロットだと言っていたが……PFを四機も配属するとは、上もずいぶん信頼しているのだな」

 リサ達四人が寝泊りに使った部屋で簡単なミーティングを行っている最中、メシスがふと思い出したように言う。

 女性や子供でも操縦できるという謳い文句があるPFとは言え、まだ幼さが目立つプリスにまで機体を渡すとは、珍しいことである。
 しかもLIPS小隊は一種の特務小隊、言ってしまえばその機体をパイロットに完全に任せるということであり、早々ないことだ。

「えっへ〜ん、そりゃぁもちろん……と言いたいところだけど、機体は二機しかないのよね」
「二機……。場合によって乗る者を変えているのか? あまり効率がいい運用法とは思えないが……」

 リサの意外な言葉に、メシスは少々不思議そうな顔をした。

 PFは当然使えば使うほどその腕が上がる。同じ隊の中で毎回乗る人物を変え平均的な腕にするよりは、どのみち二機しか機体いないのだから、パイロット・整備等のサポートを固定しそれぞれの分野のエキスパートを養成した方が良いだろう。

「そうではなくて。私たちの機体は複座式なんだ」
「複座式? また珍しいな」
「ああ、支給されたときからずっと。慣れるまでが大変でしたよ」
「それはそうだろう」

 メシスは首肯する。PFはもとより一人乗りを前提にして設計された。
 搭乗者は一人いれば闘える兵器であり、それをあえて複座式にするとなると――言うなれば自動車のハンドルとアクセル・ブレーキを別の人間が行うようなものだ。よほど連携が取れていなければまず確実に事故が起きる。
 一応複座で自分の担当以外の操作系にはロックはされているのだが。

「で、でも今はかなり呼吸もあうようになってきましたよ」
「そうか。では実戦では期待するとしよう」

 イズミが答えにそこはかとなく自信のようなものが含まれていることから、今までそれなりの戦績を上げたりもしたのだろう。それを感じメシスもあわせて言った。

「っとと、そろそろ準備しないとまずい時間になってるわ」

 リサが時計を見て告げる。基地から出発するのにあと二時間は優にあるが、輸送車両班とも最後の打ち合わせをし、PFの簡易状態チェックなどを行う事を考えると確かに急がなければならない。

「よしっ、では行くとするか」

 セリナの言葉に対してうなずくことで返答し、メシスも腰を上げた。
 これから輸送車護送という任務に就かねばならない。メシス個人としてはいままでの作戦と同じように無難にこなして通常の任務に戻ると思っていたのだが――真の苦労というものがまだ始まったばかりだとは予想だにしてなかった。







 

 リサの場合。

 敵機接近を示すアラームが各機内部に響き渡る。
 護衛を開始してから三日目、それまでは特に問題なく進行できていたが、ついにヴァリム軍の哨戒部隊に発見されてしまったのだ。

「来たか……そちらは大丈夫か?」

 メシスはLIPS小隊の面々に通信を入れる。間をおかず肯定の答えが返ってきたため、自らにも気を引き締める。
 敵機を目視で確認し――そして、ついにメシスとLIPS小隊が合流してから始めての実戦が始まった。
 メシスは自らの機体、【ラーズベルタ】を前面に押し出し敵を狩り出そうとする。
 しかし。

「一号機、避けるんじゃない! その程度の攻撃ではJフェニックスは落ちん。輸送車の盾になれ!」
「そ、そんなこと言ったってぇぇぇ!!」

 リサの叫び声が響く。何故か護衛よりも回避に専念しているため、敵機のマシンガンが輸送車の横っ腹に吸い込まれていった。
 結局、一台の輸送車が火を上げたのはわずか数分後のことだった。


 

 イズミの場合。

 情報戦用の中継車に積まれた広範囲レーダーに二小隊程度のヴァリム兵の姿を確認したためメシスたちが先行して物陰に潜み相手を待ち伏せる。

 相手は巡回任務中であるようだが……どうも気が緩んでいるのかレーダーの精度が悪いのか、こちらの動きに気が付いていないようである。
 どちらの場合でも巡回任務を行うには致命的な問題であると思われるが……この場合、メシスたちにとっては都合が良かった。

「全機、テンカウント後一斉に攻撃を仕掛けるぞ」

 メシスは呟くように通信をいれた……のだが、その瞬間。

「お兄ちゃん、見てて〜!」
「なっ、この馬鹿! 外部スピーカーをつけっぱなしで叫ぶな!」

 イズミに対してすぐさま鋭く叱責する。
 もっとも当然のことながら手遅れで敵機にこちらが完全に捕捉された。接近することはできたが、肝心の攻撃をするまでにはいたらず、つまり本当の意味での奇襲は失敗である。

「くそっ!」

 短く舌打ちをするとメシスは機体を急加速させ、敵部隊の中に躍りかかった。


 

 プリスの場合。

「二号機、まだ弾切れしていないだろう。弾幕を張れ!」

 今度の襲撃はヴァリム兵もそれなりに腕が立つようで、撃墜に時間がかかっていた。メシスは相手の隙を生み出すために牽制攻撃を促すが――、これまたプリスが火気管制するJフェニックスの攻撃は散漫だ。

「どうした!?」
「う〜ん、気が進まないだよねぇ」
「なぜだ!」

 いまだに撃つのを渋っているプリスに鋭い質問を投げかける。すると、こんな答えが返ってきた。

「だって、弾薬揃えるのにもお金かかるんだも〜ん。節約しなきゃダメなんだぞぉ」
「……この……ッ!」

 メシスは奥歯を音が鳴るほど噛み締め、操縦桿を握る手にも力がこもる。その怒りの矛先は、本来の対象ではなく、哀れヴァリムのPFに向けられたのだった。







 

「まったく……!」

 メシスは頭痛を感じているときのように片手を額に添え、怒気がこもった声で言う。

「貴様ら、あの闘い方はいったいなんだ」

 任務を開始してから数度の敵襲を退けたあと、彼女は野営に仮設した作戦室にLIPS小隊全員を招集したのである。

 怒鳴り散らしてはいないため、傍目からみるとあまり荒れているように見えない。
 しかし、そもそも普段からあまり感情を露わにしない彼女が、このように体内で荒れ狂う激憤を抑えながら説教しているのは当事者たち、すなわちLIPS小隊の面々にとっては、恐怖そのものであった。

「そもそも無駄な動きが多すぎる。もっと効率良く運用しなければ、『アルサレアの象徴』の名が泣くぞ」
「い、いやでもさ〜。敵はちゃんと倒したじゃん」

 リサが半分言い訳のようなセリフを言うが、それに対してメシスはぴしゃりと遮る。

「今回の任務は輸送車の護衛だろう。それを自機にバルカンが当たりそうになったという程度で、射軸から避けるとは」
「だって私のJフェニックスの柔肌に傷がさ」
「なるほど。それで自機を守るために護衛対象が一台大破した、と。素晴らしいな」

 リサの言い訳を普段にも増して冷たく斬り捨てるメシスの態度に、LIPSの一同はかなり引き気味だ。

「あははは……。メシス、ちょっと怖いよ? リラックスリラックス」
「知らん」

 場の空気を和ませようとしたのか、リサがちょっと軽い口調で行ってみるがあえなく撃沈される。

「一応言っておくが、イズミもプリスもだぞ」
「う゛。」

 一応二人も何が悪かったのか自覚しているようで、話を振られた瞬間微妙にメシスから視線を外す。
 その様子を見てメシスは――これ以上怒りはしなかったが――大きく一つ、溜息をついた。それから、と言うわけで、と行ってから続ける。

「……これから毎朝、基礎的な戦闘訓練及びPFを使っての模擬戦闘を行う。もちろん全員強制参加だ」
「え、ええ〜!?」

 メシスの言葉に、リサ達は悲鳴じみた声を上げる。自主訓練と言う言葉が、自らの辞書内で埃に埋もれて久しい。
 基本的に単独で、かなり好き勝手行動できた彼女らにとっては、朝はのんびりと過ごす時間だったのだ。

「一緒に任務に同行している身としては当然の権利だろう」
「そ、そんなことしなくてもプリスたちなら大丈夫と思うんだけど」

 慌てて主張してくるプリス。

 そう、彼女たちの機体捌きは、実のところ確かにそれなりのものであった。
 無論エースパイロット級には遠く及ばない腕前であるが、少なくともリサとセリナは一般兵と一騎打ちすれば負けることはない程度の技術を持っている。
 メシスも最初は、上層部が厄介払いのためだけにこの四人だけで隊を組ませていたと思ったが、そういうわけではなかったようだ。

 しかし。

 それ以外の部分が破滅的に悪い。
 特にリサは接近戦用装備のJフェニックスに乗っているときでさえ、自機に傷がつくのを嫌がり相手に近づかず、ひとたび相手の射撃兵器が当たれば、今度は叫び声を上げ攻撃が疎かになる。
 はっきり言って命のやり取りを行う実戦でこの隙は致命的だ。
 メシスでなくとも修正しようと思うのは当然だろう。

 彼女の場合、自分の足手まといになるというだけでなく、純粋にリサ達の身を心配している部分があるのだが……本人にもあまり自覚がないようである。

 それはともかく。

「そうはいかん。これから先もこの有様では任務にも支障が出る可能性が高い。これは隊の運用にとってもマイナスにしかならないからな。……わかったか?」
「……了解〜」

 明らかに反論を許さない口調である。その雰囲気と据わった眼にのまれ、表情に不満の色をありありと浮かべながらも、LIPS小隊の面々は異口同音に返事をしたのであった。




 

 結局それから三週間ほど、護衛任務の傍らメシスが臨時教官となってLIPS小隊の面々を鍛え続けた。

 とは言え、いきなりエースクラスのパイロットに求められるような訓練など到底不可能なので、基本的にこれといった目立った内容ではない。PF訓練施設などの内容よりはきついが、実戦慣れした熟練の戦士にとってはそこまで苦にならない程度であろう。

 だが、今まで訓練というものをあまりやってこなかったリサたちにとっては、過労の極みであった。
 事実、任務の前に訓練すると彼女たちが『へばって』しまい肝心の輸送車両護衛という任務が疎かになってしまうので、訓練の時間帯を夜間にまわしたりと、細かな調整を行うメシスの負担も確実に増えたのである。

 そのためさすがに任務に特訓などの調整を一人でこなすのは難しく、メシスは小隊の中では一番戦闘経験が豊富で人格者だったセリナにサポートを頼んだ。
 彼女だけは戦闘面・性格面でも目立った問題はなく、持ち前のリーダーシップでてきぱきと指示と飛ばす。
 ちなみにメシスも同じような態度であり、それがあまりに息が合っていたため、『まるでセリナちゃんが二人に増えたみたい』、とはプリスの弁である。

 結局、LIPS小隊の面々はひいひい悲鳴を上げながらも訓練をこなしていった。
 途中、また何度か小規模な敵襲がありPFに多少の損害はでたが、護衛対象そのものは無事だったためそのまま任務を続行し――メシスがLISP小隊の面々と合流してから約四週間、護衛対象を予定された基地へと送り届け終わった。

 本来ならここでこの五人組の臨時小隊は解散される――はずだったのだが。 




 

「なっ!? あと最低一ヶ月は行動を共にしろだと!」

 基地指令からの通信を聴き、メシスは思わず上官に敬語を使うことを忘れ叫んでしまった。

「う、うむ。すまないがそうしてくれ。今ままでは基本的に彼女らには好き勝手やらせていたが、お目付というか『手綱』が必要という判断が先日の話し合いで決まってな。その役目に君が抜擢――――」
「何故私が!」

 思わずコンソールパネルを手のひらでばん、と叩きながら噛み付く。普段の彼女からは想像しがたい態度であったが……それだけ切羽詰っているのだろう。

 この四週間行動してみて分かった事柄の一つ、それはあの小隊と一緒にいると精神的疲労が非常に溜まるということである。
 何しろ二言目には『グレンリーダー様』という言葉が出てきて半暴走するのだ。まともな神経では、付き合ってはいけない。

「君は彼女らと年齢も近く、そして非常に『真面目』だ。手綱を引く役目としては適任者という判断だよ」
「……なるほど。最初に彼女たちと組まれた理由もそれですか」

 メシスはまるで苦虫を噛みつぶしたかのような渋面で呟く。思い返してみれば、あのときも適任者ということを言われていた気がする。

「ああ、そうだ。そして今回の作戦でもちゃんとした共同戦線を張ることもできたようだし、それに彼女たちとの関係も比較的良好だそうだからな。新しい人材を派遣するよりは良いとは思わんか?」
「それはッ……まあそうですが……」

 思わず語尾が弱くなる。
 基地指令の言葉に思わず「思うか!」と言いたくなったが、自分の中にまだ残っている冷静な部分がそれを肯定してしまったので、強く反論ができなかった。

「まぁ彼女らも普通のときは、意外にまともだろう?」
「普通じゃないときが多すぎます……!」
「ぬ、ぬぅ……まぁそこら辺は何とかしてくれたまえ。何はともあれ次の指令、頼んだぞ」
「ぐっ……………………。了解……」

 どの道、今はアルサレア軍に所属している身なのだ。命令と言われれば最終的に納得しなくとも従うしかない。職業軍人の悲しい性である。
 メシスはうなだれるように首肯し、通信を切った。


 

(まさか……当初の倍以上に伸びるとはな)

 メシスはずいぶんと疲れた顔をしながら、心なしか足取りも重く自室に向かって歩いていた。

 四週間ほど付き合ってみて基本的に四人とも悪い娘ではないのは分かったが、どうにもこうにもあのノリについていけない。……まぁまともな人間ならそう思うのも仕方ないだろうが。
 すでに――よくよく考えてみると果てしなく嫌な気がするが――慣れてきたため、いちいち反応せず流したり、話を元に戻すスキルが身に付いてきたので、まだましになってはきた。

 それでも数日前に、夜遅く四人揃って『例のビデヲ』を見つつ「グレンリーダー様〜〜」と叫んでいたところに遭遇したときは、あきれを通り越して戦慄を感じ、思わず腰のホルダーに収まっていた銃に手が伸びてしまったのは、ここだけの秘密である。

 さて、どうしたものか、と思いながら多少重くなった足を進めて、LIPSたちと共同で使用している部屋の前に着く。

(……まぁ根が悪いわけではないからな。根性が腐りきった連中よりはともに過ごしやすい……か)

 そう独白したものの、数秒間その場に立ちつくしていたが……結局その場にいてもらちが明かないのは分かりきったことなので、ドアをノックする。

「あ、おかえりなさい。皆、メシス姉が戻ってきたよ〜」

 ドアを開けたイズミが、メシスの顔を確認するなり中にいる残りのメンバーに伝える。
 ちなみにこのメシスに対する呼び方は、いつの間にかイズミとプリスの間で定着していた。否定するタイミングを逃してしまったので、メシスもそのまま放置状態である。

「おかえり〜。で、メシスはこれからどうするの?」

 今は特に任務もなく待機中だったため、タンクトップとジーンズという限りなく私服に近い――と言うか、まんまな――ラフな格好でくつろいでいたリサが聞いてくる。
 それを見た、根が真面目なメシスはもう少し『締まった』服装の方が良いような気がしたが……言ってもしょうがないことなのでそこには触れず、告げる。

「正式な命令が下りてな。もうしばらくお前たちと同行することになった」
「えっ、本当!?」

 驚いたような声を上げるイズミ。きつい訓練を強制されていたが、そこはメシスの面倒見の良さが勝っていたのだろう。彼女はプリスと並んでメシスに懐いていたのだ。
 てっきり今日で別れることになると思っていたため、予想外の答えに喜びも大きいのだろう。

「ああ、とりあえず一ヶ月延長といった感じだな。……と言うわけで、これからもよろしく頼む」
「こちらこそ」

 セリナが微笑みながら答える。彼女としても同世代のメシスは気軽にプリスたちの愚痴が言い合える存在であり、言うなれば『友人』のように思っているのでメシスが残留するのは歓迎することだ。
 現に、最初はさん付けだったが今はそれも取れて互いに呼び捨てで名を呼ぶくらいである。

 ……もっとも余談ながら、その『友人』が自分の事についてもときどき頭を痛ませていることについては――当然というかなんと言うか――気付いてなかったりしたりするセリナであった。

「んじゃ、これからメシス姉の改めてLIPS小隊への歓迎会をやろっか」
「賛成〜」

 プリスの提案にリサたちが当然のように異口同音に賛同する。その光景にメシスも珍しく少々気恥ずかしそうに目線を逸らした。
 この心地よい一体感はずいぶんと長い間感じていなかった。そんなことを頭の隅で思う。
 本人もあまり気付いてないが……メシス自身も自由奔放に振舞う彼女たちのことを、何だかんだ言いつつすでにどこか気にいっているのである。

 心労が溜まる、という方はしっかりと自覚はあるのだが。

「じゃあ酒を買ってこないとね」
「……ん?」

 プリスがさらりといった言葉が耳に引っかかりいぶかしる。

「それよりもセリナちゃん秘蔵の白ワインを」
「なぁっ! ま、まて。あれは次回に取っておこう」
「え〜、心狭〜〜い」
「ぐ。……よ、よしわかった……いいだろう! …………ううう」

 どうやらすでに宴会気分のようだ。それほどアルコールに強くないメシスには少々困るところであるが。

(まったく。仕方ないな)

 苦笑しながらも、あえて止めない。形上、わざわざ自分のために開いてもらうのだ。それくらいは気にせずにいこう、と思った。

 だが。

「よ〜し、それじゃあ歓迎会ついでにメシスの機体も全身ピンクにするわよ〜!」
「却下だ、それだけは……!」

 メシスは顔を真っ赤にして叫んだ。




 

(さて。次の出撃まではしばらくの暇があるようだし、機体の整備を今のうちに済ませておくか)

「おはよ〜、って、メシスどっかに行くの?」

 メシスの部屋にリサが入ってきたが、外出する準備をしている姿を確認すると同時に聞いてくる。

「ああ、私の機体の整備やらなんやらでな。少々酷使しすぎたかも知れん」
「確かにかなりくたびれていたよね……。どこで整備するの?」

 通常、アルサレア軍に所属する兵は軍の施設で整備を受ける。現にLIPS小隊の二機のJフェニックスとメシスの機体もすでに軍のハンガーに運ばれていた。が。

「私は少々民間の技術にも興味があったから、昨日のうちに申請書を出して外での整備を許可してもらったよ」

 通常なら整備もそのハンガーで行うところであるが、彼女らが滞在している街にはある特徴がある。

 ウォルディア・シティ。
 しかし世間一般では、【整備都市】の名の方が知られているだろう。

 古くから、機械類を代表とされるさまざまな物品の整備・修理を行う街として、アルサレアだけでなくフィアッツァ大陸全体にその名を轟かせており、遠くからわざわざ足を運ぶ者も多いと言う。

 そしてこのウォルディア・シティには、PFの民間の整備屋も多く軒をつらねていて、その腕も確かなのだ。
 もちろんメシスとしても軍の整備兵を信用しないわけではないが、傭兵の中でも評判の整備屋についても気になるところである。

「そっか〜。じゃあ、あたしたちはこっちでやるから、またあとで――」

 リサが返答を途中まで告げたとき、PiPiPiと部屋に単調な電子音が響く。

「あれ、メッセージが?」

 どうやらリサの携帯端末にメッセージが届いたらしい。メシスに対し軽く手で断りをしたあと確認する。
 その場でざっと目を通していたが。

「うわぁ。」
「うん、どうした?」

 読み終わるとリサはちょっと顔をしかめながら呻く。その態度が気になったのかメシスが質問した。

「なんかこの基地のハンガーに急いで整備しないといけない機体が大量に来るらしくて、私たちのJフェニックスを民間に委託しているハンガーに移動させるらしいんだよね。そのための書類チェックにあとで来てくれ、だってさ」
「そうか、それは災難だな」

 苦笑いを浮かべて答える。結局二機のJフェニックスも民間のハンガー行きということになり――しかも、手続きやらなんやらで余計な手間がかかってしまうのだから。
 このような状況は極めて稀であるが、それゆえに苦情を言っても通らないだろう。

「私とセリナはチェックしにハンガーに行かないといけないけど……メシスもいっしょに行く? 機体運ぶんでしょ?」

 リサが聞いてくるが、メシスは首を横に振った。

「どうも向こう側の都合で、持っていくのは昼近くにならないといけないそうでな。とりあえず街を散策してくるさ。運ぶのはそれからだ」
「ふぅん、あ、じゃあプリスとイズミと一緒に行ってくれない?」
「ん、何故だ?」
「とりあえずは書類チェックだけだと思うからあたしとセリナで十分だし、さっきあの娘達暇してたからさ」
「ふむ……」

 少々考える。正直オフまで彼女たちと過ごすのは体力を使いそうなのであまり進んでやりたいとも思わないけれども。

(まぁ疲れたら休めばいいし、それくらいはいいか)

「……ああ、構わない。では二人に用意ができたらここに来るように言っておいてくれるか」
「あい・あい・さー」

 笑みを浮かべなぜか軽く敬礼しながら――特に深い意味はないのだろう――リサが部屋をでていく。メシスはそれを苦笑しながら見送り、ぽつりと一言呟いた。

「一応マム、だと思うのだがな」




 

 ――どこか普通の街の雰囲気と違う。
 あの後プリスとイズミと共に外に出てから十数分。これが真っ先に雑踏を進みながらメシスが感じたことである。

 ぎらつくほどの強い日差しに、生活臭と砂塵の混じった独特な匂い。乾燥地帯に属する街ならば別段珍しい物でもない。
 ジャンク屋やハンガーが多いことは確かではあるが、建物の形状そのものも他の都市とあまり違いはない。

 しかしどこか拭いがたい違和感を覚える。
 その原因の一つが、普通の主婦に見える人々の井戸端会議の中にさえ『ウルの相場が安くなってきた』やら『やっぱり整備が楽だしSマシンガンの安定性はいいわよね〜』などという声が聞こえてくることであろう。

 正直、常に戦場に立っていたメシスにとってもかなり不自然な会話のような感じもしたが、逆に言えば一般市民ですらこのようなこと話せることができるほど、PFが生活に浸透している証拠である。

 良い悪いは置いておいて、時代の流れに敏感なのだろう。

「へぇ〜。さっすが整備都市と言われるだけあるね〜」

 まるでメシスの心を代弁するかのようにプリスが呟く。

 彼女は企業家の娘として各地を視察していたため、過去に数度この街を訪れたことがあったが、そのときは父に付いてまわり企業との交渉ばかり行っていったので、街の雰囲気までは十分に知ることはできなかった。
 それゆえこの風景は新鮮の映るのだろう。

 ちなみに声には出さないがイズミも面食らったように辺りをきょときょとと見回したりしている。

「まったくだな。噂には聞いていたがまさかここまでとは」
「だねぇ」

 そう答えながらにんまりと笑うプリス。聞こえてくる声が今後の商売活動に活かせるものばかりで嬉しいのだろう。ここらへんは、商売人の血が流れていることを実感させる。

「……あ、珍しい」

 しばらくそこらの店を覘きつつ通りを進んでいき、電動式オルゴールを並べた露店商を見たときに、ぽつりとイズミがぽつりと呟く。

 この電動式オルゴールというものはなかなか内部構造が細かく複雑なため、通常あまりこのような露店には並ばないものではある。
 どうやらこの街は整備だけでなく、このような細かいものを作成する技術もあるらしい。
 実演販売と言うべきか、いくつかの商品が実際に音楽を流している。その音はとても澄んでおり聞こえも良い。売るためのパフォーマンスとしては最高のものだといえよう。

 足を止め、その音をしばらく聞いていたプリスは、まるで面白い悪戯を思いついたかのように一瞬だけにやりと笑みを作り、その後白々しく声をあげる。

「欲しいんだけどねぇ……今手持ちないしなぁ」
「ん?」

 その言葉に何かを感じメシスが訝しがる。何かあまり良くないことが起きる、そんな予感がしたのだ。
 ……もっとも、もう少しだけ察しが良ければ、とっととその場を離れるという選択肢を選んでいたであろうが。

「あ、私も。欲しいのになぁ」

 プリスが一瞬だけ目配せするとイズミも心得た、といった雰囲気で合わせる。商品を見ているが、時々何か言いたげにメシスのほうに視線を向ける。その瞳には、妙に期待感を宿していた。

(……謀られた、か) 

 こういうときのLIPS小隊の連携力は驚くべきものがある。
 メシスはしばらく無視することで耐えていたが……いつまで経っても止める気がないということを理解し――結局折れた。

「……わかった。買ってやるから選んでくれ」
「きゃ〜、さすがメシス姉、ありがとうだよ〜!」

 そう歓声を上げると二人はハイタッチする。その様子に、すでに一体何度目か数える気にもならなくなった深い溜息を、胸からはき出すメシスであった。

 と、そのときプリスの携帯端末から着信音が流れる。

「おっとっと。リサちゃんからの呼び出しだ。イズミちゃんも来い、だってさ」

 慣れた動作で画面を確認する。どうやら基地に残った二人からの呼び出しのようである。

「どうしたんだ?」
「機体の整備についてだって〜。Jフェニックス自体はもう民間の方に送ったらしいけど、複座式の機体は珍しいプリス達にも意見を聞きたいとかなんとかかんとか」
「私も?」
「うん、あたし達動き担当火気管制担当がごっちゃごちゃだから、全員から意見聞きたいみたい」
「まぁそうだろうな。あまりセリナ達を待たせないよう急ぐんだぞ」
「は〜い、それじゃあ行ってきま〜す」

 プリスとイズミは声をそろえて返事をすると、メシスに背を向け駆け出す。当然、今しがた購入してやったオルゴールを大事そうに抱えながらである。
 その様子を見てメシスは口元に柔らかい笑みを浮かべる。

 数秒ほどその姿を見送っていたが、改めて街の探索に戻る。プリスたちと一緒に帰っても良かったのだが、せっかく時間を割いて出てきたのだからもう少し回ってみたかったのだ。

 しばらく一人で店やハンガーを見て歩き回っているとき、メシスは前方にどこかで見た人物が立っていることに気付いた。
 どうやらその人物はジャンクショップの店主と会話をしているようで、まだメシスに気付いてはいないようである。

(……ふむ)

 そのまま通り過ぎても良かったが……何となくメシスはそちらへ足を向ける。
 近くまで来たときちょうど店主との会話が終わったようで、男性は別れの言葉をつげ足を動かすところだった。

「やぁ。久しぶりだな」
「へ?」

 その男性は声をかけられたのが自分だと分かり、振り返る。しばしメシスの顔を凝視し――。

「え〜と…………あ」

 どうやら記憶の中から発掘したらしい。それからまた数秒間うなりながら、ようやくメシスの名前を口にした。

「貴女は……確かメシスさん、でしたよね?」
「ああ、君はタイガだったか」
「ええ、そうです」
「ここに無事いるということは、あれから無事に街についたようだな」
「はい。あのときはありがとうございました」

 タイガは律儀に頭まで下げて礼を言う。特に意識しての動作ではなかったのだろうが、それが逆にタイガの人柄を端的に表しているようにメシスは感じた。

「機体の方は受け取ったのか?」
「ええ、今はハンガーの方に置いてありますけども」
「そうか。それは何よりだ」
「貴方は何故この街に?」

 今度は逆にタイガが質問を投げかけた。

「任務でな。連れの機体の整備とかもあったので、もうしばらく基地にいるが」
「……機体の整備、ですか?」
「ああ、私のはお前もあのとき見ただろう。時間が空いているうちにきっちりやっておきたいのでな」
「なるほど、あの機体ですか。ちなみに……どこのハンガーに預けるので?」

 聞かれて、メシスは腰につけていたポーチから契約書を取り出し確認する。

「そうだな……。今のところこの『マエストロ・ジャディン』というところに預けようと思っている。少々相場より上の値段だが、なかなかの腕だと聞いてな」
「あ。あそこにしたんですか」
「ん? 何か問題でもある店なのか?」

 予想外のタイガの反応に、メシスは質問を返す。しかし、次に出た言葉は否定であった。

「いえ、実は自分もあそこにはちょこちょこお世話になっているので」
「ほう、そうなのか」

 意外そうな声を上げる。

「あ、どうです。この前のお礼を兼ねて、自分が貴方の機体を整備するというのは?」
「何?」
「この前言わなかったんですが、一応整備でご飯食べさせてもらっているんですよ。自慢じゃないですが、それなりの腕はあります」
「そうか……」

 と、心なしか胸を張りながら言ったタイガの提案に、メシスは少し考える。
 軍の整備でなく民間のを選んだのは、外の整備の腕というものを確認するためであった。タイガは軍に所属しているわけではないようなので、彼に頼むのも良いと判断した。

「よし、それでは頼むとするか」

 答えると、タイガは朗らかな笑みを浮かべた。

「わかりました。機体はすでに持っていったので?」
「いや、向こうにも事情があるようで午後になってから受け渡す予定でな」
「というと……そろそろ大丈夫では?」
「ん。そうだな」

 イズミたちの買い物に付き合い、タイガと会話しているうちにそれなりに時間が経っていたようである。確かにそろそろ受け入れる態勢も整っているだろう。

「では預けてくるとするか」
「じゃあ午後三時にハンガー前で、ということで」
「ああ、了解した。ではまた」

 その場でタイガと予定をあわせると、メシスは機体を運ぶために基地に戻っていった。


 

 数時間後。一度基地に帰りLIPS小隊の面々と昼食をとり軽く話をしてから、機体を預けたメシスはハンガー前でタイガと合流した。

「しかし悪いな。わざわざ機体を……」
「あ、いやいや。気にしないでください。受けた恩は返す、当然のことですよ」

 朗らかに笑いながら格納庫に歩いていく。と。

「ここだな」
「え〜と、どれどれ……って、おわ、ピンクのJフェニックス!? 今日はまたずいぶんと強烈なものを置いてあるなぁ……」

 真っ先に目に飛び込んできた二機のかなりけばい配色のJフェニックスを見上げて、タイガは何故か感心したように呟く。

「ん、どうかしたのか?」
「へ? あ、いえ。それよりも貴方の機体はどこですか?」
「向こうの奥にあるカスタム機だ。……それと、『貴方』なんて堅苦しい言葉は使わなくてもいいぞ。メシス、とでも呼んでくれ」
「はは、わかりました」

 ハンガーの中を歩いていくと、その先に紅い機体が鎮座していた。

「お、メシスさんの機体ですね。やっぱりずいぶんとカスタマイズされているなぁ。…………ふむ、脚部関節を強化しているにもかかわらず、この重量にしては結構疲労がある……となると陸戦用の高機動型機体か。しかもバーニアのノズル付近の塗装が剥げるほどの噴出となるとブースターはボアンΣ2。あっちにあるのが装備武装だとすると射撃メインのようだけど……機体表面にある傷の形状から考えると高機動近接型射撃機体、といったところかな……」

 ざっと機体を見回すなり、嬉しそうに解説を始める。ただ解説と言っても――最初の一言はメシスに向かって言ったものであろうが――どう考えても独り言の類であろう。
 突然の展開に置いてかれたようにしばらくぽけ〜と横に立っていたメシスが、このままで話が進まないと思ったのか珍しく控えめな口調で聞いてくる。

「あ〜……その……?」
「向こうはパンツァーか。となるとやはり近接型だとすれば機体表面が妙に熱にさらされている理由にも納得が……って、う、うわ。すいません!」

 ようやくメシスの態度に気づいたタイガがかなり慌てて振り返る。

「あうう。すいません。なかなか興味深い機体だったのでつい……」
「いや、構わないさ。しかし……たいした目利きだな。言っていたことすべてがどんぴしゃだ」

 苦笑しながらやんわりと片手で謝罪を制し、メシスが告げる。もちろんそのタイガが言っていた内容も彼女に向けられたものではなかったが、これだけ近くにいれば呟き程度の音量でも耳に届いていた。

「はは、ありがとうございます。まぁもっと詳しいことは少し触ってみないと分かりませんけども」
「それでも整備としての技術は確かだろう。……無粋な詮索かもしれんが、どこでその技術を?」
「最初は独学でしたね。その後は一応整備兵として軍の特務小隊に所属していましたけど」

 どこか遠くを見るようにタイガが応えた。

「特務小隊、か。……昔はと言うと今は軍人ではない?」
「ええ、とりあえず軍に所属しておく理由も無くなったので、今は流れの整備として各地を回っているんです」
「ふむ、そうか……」

 メシスは思うことがあるらしく、顎に指をそえ何かを考えるようなそぶりを見せる。

「……いや、気にしないでくれ。それより、直すのにどれくらいかかりそうだ?」

 何やら微妙な態度を感じたのかタイガが視線を投げかけてくるが、あえて深くは言わず逆にメシスが質問をする。

「そうですね〜。先ほど言ったとおりじっくり見ないとはっきりとは言えませんが……そろそろ機体全体の装甲や脚部の関節周りを中心にしっかり整備したほうが良いようですし、本格的にやるとちょっと時間がかかると思いますよ?」
「うむぅ、そうか……」
「一度機体をばらして確認した方が良いくらいの消耗度ですからね。……ちなみに今までオーバーホールレベルの大掛かりな整備したことは?」
「この機体に乗ってからは、ずいぶんとハードな任務が多かったが……一回か二回くらいだったかな」
「これだけ疲労が溜まる運用から考えると、ちょっと少ないですね」

 ワインレッドのカラーリングの機体を見上げながらタイガが呟いた。

 普通の人間では見た目からはそうと分からないが、彼の目にはどこか違和感として感じられるのだ。人間で言えば、表情を見て内臓疾患を看破する医師と同じ感じである。

「ここらで一回やっておきましょうか?」
「……そうだな」

 タイガの提案に一瞬考えたが、肯定の返事を返す。
 正直、今までと同じ運用ならばこのままで十分であったが……これからも他の隊員のサポートを行うことは確実であろうし、それによって機体にかかる負担は確実に大きくなる。
 肝心なときに溜まった金属疲労で重要機関が破損した、などとなっては洒落にもならないだろう。

「わかりました、まかせてください」
「よろしく頼む」

 メシスは軽く頭を下げる。

「さて……本来なら私も手伝いたいところだが先約が入っていてな。申し訳ないんだが……」
「ああ、お気になさらずに。整備は僕の仕事ですし」
「すまない。ではまた」
「ええ」

 こうしてメシスはタイガに機体を預け、その日はハンガーをあとにしたのだった。







 

 二日後の正午ほど。

「やぁ」
「っと、おにばんは〜……って、お疲れですか?」

 会って早々、整備の手を休めメシスの顔を見たタイガが質問してくる。
 というのも、彼女の顔色が前回会った時よりも明らかに優れていなかったのだ。青ざめている、ということはさすがにないが全身からにじみ出る疲労感は隠すことができなかった。

「ああ。ここ数日連れに振り回されて……正直、疲れた」

 その理由は―――そう、当然ながら前日までLIPSたちに散々振り回されたからである。

 あの常時ハイテンションなノリに未だに完全にはなじめず、想像以上に消耗したメシスは、あの地獄から逃げるため整備進行度のチェックという理由で、タイガの整備しているこのハンガーに避難してきたのである。

「う〜ん、お疲れ様です」
「ん。しかし……先ほどお前が言った『おにばんは』とは? 聞きなれない単語だが」
「あ。え〜と簡単に言うとおはよう、こんにちは、こんばんはをまとめた単語の短縮形です」

 タイガの解説を聞き、メシスが狐につままれたように微妙に顔をしかめる。

「む、むぅ。わかりにくいな……便利といえば便利とは思うが、普通に個別に使っても良いのでは?」
「そうですね。ただ、自分みたいに何日もハンガー内で機体の整備に付きっきりだと時間間隔もずれてきてしまうんで、結構使っちゃいますね。外の景色が見えるようなら話も別なんですが」
「……そんなものか」
「そんなものですよ」

 どこか納得できないメシスに対して、タイガがあくまでのほほんと答える。

「あ、そうだ。【ラーズベルタ】の整備の進行状況の方ですけど」
「そうだったな、それを確認しに来たんだった。どのくらいまで進んだ?」
「え〜と、メシスさんと別れてからすぐ機体をばらしてチェックを開始して必要なパーツを頼みまして。さすが整備都市ですよね、昨日の昼までに全部揃ったので直せるところから直している状態です。
 それぞれの部位、及び組み立て時の稼動確認が済めば終わるので……今日の夕方には終わりそうかな?」
「どれどれ……ほう、これだけの項目をすでに終わらせたのか。仕事が早いな」

 タイガが確認しているクリップボードにはさんだチェック表を横から覗き込み、感心したように言う。
 そこには、各項目のチェックボックスのほとんどに赤ペンで完了を示すスラッシュが書かれていた。

「久々に気合が入る仕事ですからね〜。ここ最近の中でも良いペースですよ」
「助かる。……他の整備の方にも礼を言わないとな。今は休憩時間なのか?」

 ざっとあたりを見渡しメシスが質問する。ハンガー内にはタイガの他に整備員が何人もいたが、それぞれ担当する機体にかかりっきりのため、ラーズベルタの周囲には誰もいない。

「へ? 最初から自分ひとりでやっていますけど……」
「なッ。あれだけの整備をこの短期間にたった一人でやったのか!?」

 さきほど見たチェック項目の数を思い出し、驚愕の声を上げる。
 てっきり何人かの集団で整備をしているものだとばかり思っていたメシスは、かなり意表をつかれたのだ。

「まぁ整備は得意なんで。……あ、ちなみに手は抜いていませんよ?」

 笑いながら言う。そののんびりとした人格に似合わず、メシスの想像以上に整備の腕が良いようである。そう考えると、

(……リサと話が合いそうだな)

と思ってしまう。そんなメシスの様子には気付かずタイガが話を続ける。

「それでいつ受け取りにきます? 明日のこの時間だったら確実ですが……その前に完了したら連絡を入れましょうか?」
「……いや、そこまでしてもらうのも悪い。明日この時間帯に取りに来るよ」

 少しの間、逡巡してから告げる。今日の夜から明日の朝にかけてどうしてもPFが必要になることはまずないだろう。それならば双方に手間がかかることは避けようと言う考えだった。

 その後しばらく世間話をしたあと、メシスはタイガにここまでの整備について礼を告げ宿舎の方に戻っていった。




 

 翌日。
 今日はメシスが声をかけるよりも、タイガが気づく方が早く、軽く手をあげて挨拶を先にしてくる。

「どうも〜」
「やあ。整備の方は?」
「ばっちり終わりましたよ。これでしばらくは問題ないと思います」
「そうか。すまなかったな、感謝するよ」
「いえいえ。……あ、そうそう。整備のおまけ、と言っては何ですけどサービスに新しい兵器を追加しておきました」
「新しい兵器?」

 メシスは怪訝な顔をした。自らの機体に目をやると、確かに機体の両側の腰部に、新しく機関銃のカートリッジに似た形状の兵器収納ボックスが設置されていた。

「ええ、近接戦闘用の兵器でして。おそらくメシスさんの戦闘スタイルに合っているかと」
「それは嬉しいのだが……いいのか、ここまでしてもらって?」

 少々戸惑い気味にメシスが聞く。機体の整備費は当然支払われているが、まさかこの兵器の値段までは入ってはいないだろう。
 となると純粋にタイガの出費ということになるが、当のタイガは頬をかきながら答えた。

「実はこれ、僕が自作した兵器なんですがまだ実戦テストをやっていなかったので。モニターになってもらいたいなぁ、と」
「なるほど、そういうことか」

 モニター、と言うことで納得する。
 他人に渡すくらいだから、基本的なテストは完全に終わっているはずである。
 ただどんな兵器でも、実戦という中で運用してみなければ見つからない欠点というのも存在している可能性がある。それゆえに、データ収集を含めメシスに頼むということであろう。

「わかった。それではありがたく受け取っておこう。もちろん、モニターの結果はメールで送らせてもらうよ」
「お願いします」
「了解だ。それでは……世話になったな」
「いえいえ。僕も面白い機体の整備ができて満足です。またどこかでお会いしましょう」

 そう言うとタイガは右手を差し出す。

「ああ、またどこかで」

 メシスはその手を握り返したのだった。





 





 

 薄雲の隙間から太陽の光が漏れ、周囲には野鳥の鳴き声が響き渡る。ともすれば、コクピット内にむき出しになった山肌から土の匂いが漂ってきそうな雰囲気ですらある。

 ――メシスたちの整備が済んでから二週間後。基地に駐在していた彼女らに緊急の任務が下りた。

 今回は近隣のヴァリム軍基地に補充される敵部隊の偵察、ならびに可能ならば殲滅という任務であった。
 どうやら最近ヴァリム軍は本格的に整備都市を手に入れるために活動を開始したらしく、それの妨害と言うことだ。

 すでに基地を出てから二時間。メシスたちは敵部隊の予想進路上にある山陰に隠れながら待ち伏せをしていた。
 そして……周囲を取り巻く静寂の先から、明らかにPFサイズのものとは思えない地響きが小さく鳴り響く。

「この振動音と熱源……、まさかGFの部隊か」

 データを解析しながらメシスは珍しく毒づく。
 本来、彼女一人であるならばゼクルヴの一個中隊と戦っても勝てるかはともかく負ける可能性は少ない。

 GFはその巨躯と積んだ火器により、戦闘力そのものは一般のPFを凌駕する性能を持っているが、その代償として大部分の機体が機動性は悪い。
 そのためヒット・アンド・アウェイを得意とする高機動型PFのラーズベルタにとっては相性が良い相手なのだ。

 しかし今はLIPS小隊というあまり戦力として期待できない、悪く言えば足手まといがくっついている。これで、全機無事に勝つことができるかというと―――。

(厳しいな)

 客観的に判断してもそう思う。

 ここ二ヶ月近くLIPS小隊の面々を鍛えなおしていたため、昔に比べて腕は確実に上昇しているものの、Jフェニックスにふさわしいパイロットと呼ぶにはもう少し、といった状態である。
 今の技量ではGFの放つ大量のミサイルを回避しきることも難しいだろう。

(せめてPFであれば連携でなんとかなるものを……こうなれば目視と同時に仕掛けて、反撃の暇を与えず短期決戦で仕留めるしかないか)

 指の先まで緊張感が染み渡り、思考も一気に戦闘モードに切り替わる。そうしているなか遠くから響く足音が徐々に大きくなり、ついにその姿が――。

「来たか、ではいく……なっ!?」

 機体を進ませようとしたところでメシスは目を見張った。何故ならば、ズームしたスクリーンに映ったGFの機体の色が『緑』であったからである。

(深緑のガルバだと!? まさかこんなところに拠点侵略用のGFがいるとは!)

 ゼクルヴ・ガルバ、通称『深緑のガルバ』。
 先のGエリア攻防戦があった時期にサーリットン戦線で確認された新型GFで、通常のゼクルヴとの最大の違いは強力なバスターランチャーを積んでいることである。装甲の薄いJフェニックスなどは一回でも直撃すれば大破は避けられないだろう。
 また装備されている誘導式ミサイルも威力の高い巨大な弾頭に変えられていて、追尾性も高くなっており、まさに一撃必殺の兵器群を持つ凶暴な猛獣である。

だが。

(いや……考えようによっては運が良かった、とも言えるか)

 操縦桿を握りなおしながら、メシスは頭を働かせる。

 ガルバは厚い防壁を持つ拠点を攻略するために大威力の兵器を装備しているが、逆に通常のゼクルヴのようにMLRS式のミサイルは積んでいない。単発な攻撃は当たれば痛いがかわしやすいのだ。
 ミサイル迎撃可能なWCSを積んだLIPS小隊のJフェニックスにとっては、バスターランチャーにさえ気を付ければ、ノーマルタイプより相性が良いとも言える。

 もっともガルバの危険性は、メリットを潰してなお釣りが繰るほどだ。これは一種の博打であるが、すでに下りることができない以上乗るしか道はない。

(やるか)

 そう短く心に決めると、すぐにリサ達に通信を接続する。 

「いいか。こちらから仕掛けるが……相手はGFだ。生半可な攻撃では落とすことはできないだろう。攻撃開始のタイミングは私に合わせろ」
『りょ、了解』

 メシスの口調に緊張からか有無を言わさない迫力を感じて、リサたちは素直に返答する。

「基本的にお前たち二機でガルバ一機に対して対応するように。ただし闘うときは常に周囲の機体が持つバスターランチャーの発射孔に常に気を配れ。一撃でももらえばやられるぞ!」

 変に緊張感を与えてしまい機体の動きがぎこちなくなる可能性もある言い方であるが、それでも必要なことだ。油断して直撃、などと言ったら洒落にもならない。

「Jフェニックスは運動性能が高いから、基本的に回避に専念してくれればいい。攻撃は……私がやる」

 静かな湖面のようだった瞳に、苛烈な色が宿る。その眼光はあたかも獰猛な鷹のように鋭利なものであった。

『ふっ、一人で大丈夫なのか?』

 セリナが質問する。LIPS小隊の中ではもっとも冷静な彼女が考えるに、いくらメシスの腕が立つとは言え、一人だけで倒していくのは無理だろう思われたのだ。

「……そうだな。可能なら回避ついでに援護を頼む」

 苦笑しながらメシスが返す。そしてすぐに顔を引き締め、モニターに目を戻した。すでにガルバはズームカメラで顔の細部まで確認できるほどにまでになっている。

 そしてその足につけられたバスターランチャーに緑色の明かりが点り――。

「全機散開! 行くぞッ!」

 相手が発射すると同時に機体を斜め前方に急加速させ、三体の鋼の鎧は巨人の群れに突撃していった。


 

 相手の先制攻撃を避けた三機は、その機動力を活かして一気に距離を詰める。全員得意レンジが中距離以下なので遠くにいても仕方ないからだ。

 メシスはもう一度バスターランチャーを撃つ態勢に入った先頭の機体に狙いを定めた。
 背面跳びの要領で射軸から機体を外し、逆に上空という攻撃ポジションを得る。そしてそのままショットガンを放つ。
 しかし無数にわかれた弾丸は地面を穿つにとどまった。そう、GFの最大の特徴とも言える、瞬間転移で回避されたのだ。

(そう簡単にはいかないか……)

 その映像をモニターで確認し、改めて気を引き締める。転移のタイミングのうまさから、少なくとも数機は単に機体の力の強大さに振り回されているわけではないようである。

 メシスはレーダーに目をやり相手の転移先を確認すると、どうやら追撃を避けるため多少距離を開けた場所に出現したようだ。

 その機体に背を向け――動きはサブモニターで確認しているが――次の機体に向かった。高機動という分類は伊達ではなく、一般の機体と比べると驚異的とも言える速度で疾駆させる。
 想像以上に早い動きに、ターゲットにされたガルバが迎撃か、転移で回避かの判断で迷ったため一瞬動きが止まった。その隙を逃さず一気に距離を詰めたメシスはガルバのコックピット部分にパンツァーシュレックの砲口を押し当て――ためらいなくトリガーを引く。

 直後、戦場に凶悪な爆裂音が鳴り響いた。

 零距離からパンツァーシュレックの直撃を受けたため、ガルバは四散こそしなかったもののそのコックピット部分は完全に潰れ、ゆっくりと後方に倒れた後沈黙した。

(まずは一機)

 メシスは倒れた相手にはほとんど目もくれず、次の獲物を探す。ちなみにメシス機も爆風による熱を受けたが、タイガにしてもらった耐熱コーティングによって損傷はゼロに近かった。

 続けて近くにいたGFに機体を向けるが、一撃で仲間を倒されたのを見たせいか、空間転移を織り交ぜながら慎重に距離をとられる。仕方なく左手に装備したショットガンで牽制しつつ、機体を滑らせる。

 射撃、加速、回避、跳躍、撹乱――。

 これらを状況に応じて組み合わせ、メシスは戦場の中を駆け巡る。その姿は、まさに相手を【墓】へと誘う赤い死神のようであった。

 と、ここで思いがけないことが起こった。

 二機のJフェニックスが一機のガルバに集中して攻撃を行なっていたが……水平に突き出された一号機のカタールが相手の機体の胴体部隙間、すなわち機体制御系の集合部に吸い込まれ――数瞬間後、まるで糸の切れた操り人形のように、その巨体が地に伏せた。

『……あれ?』

 攻撃したリサたち自身も驚いたような反応である。装甲に弾かれることを想定していたのであるから、ある意味当然の事と言えるかもしれない。

「停まるなっ、動け!」

 メシスの一喝に、泡を食ったように動き出す二機のJフェニックス。その数秒後、仲間を失ったことを理解した敵機の怒涛の攻撃が始まった。
 なんとかかわしながら二機は距離をとる。その危なっかしい様子に溜息をつきながらも、メシスは若干焦っていた心を落ち着けた。

(二機ともちゃんと戦力になっている、か。これならば多少時間をかけてでも大丈夫か)

 早急に一人で敵を倒さないといけないと言うプレッシャーがなくなり、肩から荷が下りたように感じる。
 だからと言って油断はできない。メシスは改めて気を入れると、機体を突撃させた。

 しかし今度は一転、攻めあぐねる形となる。

 どうやら最初にガルバを破壊した一撃の衝撃が大きかったらしく、このあとパンツァーシュレックを相手に向かって構えると瞬間転移で距離をとられることが多くなった。

 パンツァーシュレックは射撃兵器の中でも特に威力が高いが、弾速が遅いという欠点があるため近距離以外ではなかなか当てられないのだ。
 もう一方の手に持っているショットガンでもダメージを与えられるが、それでも一番のダメージ源が有効打にならないのはこの乱戦では正直きつい。

(しかし相手の注意はパンツァーに向かっているな。……これを使うか)

 メシスはパンツァーシュレックを機体背面部に取り付けた格納ジョイントに固定させると、片手は空手にしたまま最高速で距離を詰める。 その途中で腰部に備え付けられた兵器格納ボックスから短い黒色の円柱形の物体を手に取る。

 そのまま速度を落さず駆け抜け、低高度ジャンプをして瞬間相手の胴体部分に掌に持っていた物体を叩きつける。
 と、ガルバの装甲表面にぴたりと接着された。そしてメシスはGFの正面部の突起部分を足がかりとして跳躍し飛び越え、そのまま背面部にも貼り付けさせ離脱する。

 しかし――特に何も起こらない。メシスから攻撃を喰らったと思ったガルバも不思議そうに自分の胴体を見下ろす。ただし気味悪がって剥がそうと思ってもまったく取れなかったが。

 一機目への『設置』が終わるとメシスは機体を駆り、他に二機のガルバにも同じ要領でその黒色の物体を数箇所取り付けた。

 ただメシスが狙っていた残りの機体は一種の予感めいた危険性を感じたのか、瞬間転移の連続使用によってかなり離れたところまで逃げられてしまったため、そちらは諦める。

 メシスは欲を言えばもう少し多い機体にもつけたかったが、仕方がないだろう。『同時撃破』数を増やすことよりも一刻も早くこの数の不利を解消させなければならないのだ。
 メシスはこの兵器の作製者の忠告どおり、相手から少しだけ距離をとる。そして――。

(喰らえ)

 『起爆』のための電子信号を送った。

 次の瞬間。

 辺りを切り裂くが如き強烈な白い閃光と共に、本日戦闘が開始して以来最大の爆音が轟いた。
 三機のガルバそれぞれを中心に上がった炎の柱は、まさしく天を焦がすかのごとく燃え盛り、その熱量により爆発点周囲の空気が陽炎のように揺らぐ。
 ヘルファイアには及ばないが、PF用の兵器としては凶悪なまでの威力だった。

『な、なななななな何やったの!?』

 と、イズミが度肝を抜かれたような声で慌てて通信を入れてくる。
 Jフェニックス一号機・二号機ともに被害はなかったが、突如上がった爆発に驚いたのであろう。……これだけの規模だと当然であろうが。

「いや、その……知り合いから貰った兵器を使用してみたのだが……まさかこれほどの威力とは」

 メシスもどこか気が抜けたように返す。彼女もここまでの爆発が起きるとは思わなかったのだ。
 なお当然と言うべきか、直撃を喰らったガルバは原型を留めていないほど破壊されていた。さしものGFもあれだけの熱量と衝撃を耐えることはできなかったようである。

(こんなに危険なものだったとは。もう少し詳しく説明して欲しかったな)

 ――小型時限式爆雷、通称『イグニス』。
 これが、今メシスが使用した兵器の名称である。
 簡単に言えば対PF用接着式爆弾とも言えるもので、内部に強力な液体・火薬燃料を封入した爆弾を相手の機体表面に叩きつけて接着させ、その後電気信号を送ることで任意のタイミングで爆発させることが可能である。

 タイガが半ば趣味で作成した兵器であるが、基本的に接近しないと使えないという性質上なかなか使い手が見つからず、ちょうど戦闘スタイルがかみ合ったメシスにモニター代わりに整備終了後に渡したものであった。

 元々、巨大な質量を持つロケットを星の重力から解き放つほどの加速を得させることが可能な燃料なのだ。一個あたりの積載量は少量とは言え、その威力は推して知るべしといったところだろう。

 現にあまりの威力に敵味方問わず膠着してしまっている。

(あいつらは……)

 ここでメシスはこの自らが作った一瞬の隙でリサたちの様子を確認する。

 両機とも今のところ致命傷はないらしく、回避に専念している。余分な動作もいくらか入っているようだが、逆にそれゆえに目立ち、おとりとしての役割を十二分に果たしていた。
 このような強敵と戦ったことがなくもっと、混乱していると思っていたメシスにとっては、ここまで攻撃を避けるという事実はかなり驚きである。
 どうやら今までの戦闘での動きは、戦闘中の会話によって集中力が削がれていたせいというのもあるように思えた。

 ――もっとも、そんな半分漫才が入っている彼女達の会話を(当人達は気が付いていない様子であるが)外部スピーカーで流しながら回避していることで、それを聞いた相手の頭に血が上り攻撃が単調になっているのも大きな理由の一つだろうが。

 しかしそうこうしているうちに、リサ・プリスが駆る一号機が射撃攻撃の回避に専念するあまり、一体のガルバに接近しすぎてしまった。
 間合いに入ったところを狙われる。後ろ側に引き絞られた脚が一気に放たれた。
 慌てて一号機は機体を横に倒して回避。ギリギリのところでやり過ごすと、その隙をついてカタールを叩き込もうとする――が。

「後ろだ!」

 メシスが大声を張り上げる。
 もう一機のGFが、バスターランチャーの狙いを一号機に定めていたのである。リサ達は相手に気を取られすぎて後方の確認を怠っていたせいで気付いていなかった。

 接近戦を行うためその場で静止していたJフェニックスがいまから回避行動をとっても間に合わないと踏んだメシスは、躊躇なく一号機の足元に向かってパンツァーシュレックを発射する。

『ち、ちょ―――!』

 搭乗しているリサとプリスの悲鳴が綺麗にはもって聞こえるが、それも爆音によって遮られる。三十メートルほど吹き飛ぶとほぼ同時にバスターランチャーが虚空を突き抜けた。

『な、何すんのよ〜! 殺す気!?』

 体勢を立て直しながらリサが声を荒げる。彼女にとって命の次に、否、命と同等に大切なJフェニックスが傷物になったため思わず口をついて出る。

 当然のことながら爆風のダメージはあるものの、バスターの直撃を喰らうよりははるかに軽微であることは想像に難くないのだが。

「あのままいたらそのJフェニックスごと蒸発していたが、そのほうが良かったか?」
『そ、そうじゃないけどさ。一応助け方ってものが――』
「文句は後だ、また来るぞ!」

 異口同音に言ってきたリサとプリスの文句を遮って注意を促す。攻撃を外したものの好機には違いないと見たのかもう一度撃つようだ。 メシス機と一号機は慌てて構える。

 しかしバスターを発射する瞬間、そのガルバの背面に発生した爆発によってその巨体が大きく揺らぐ。Jフェニックス二号機が放ったグレネードランチャーが直撃したのだ。

『ふっ、どうした。そろそろ限界か?』

 と、ここでセリナが笑いながら通信を入れてくる。
 慣れないGFとの混戦の中、彼女らとしても悠長に話をする余裕はないはずであるが、軽口を言うことでお互いの緊張を和らげようとする年長者の気配りだろう。

『冗談!』

 その証拠というべきか、この状況でもリサとプリスが口の端に笑みを浮かべつつ声を揃えて答えた。

 だが次の瞬間、逆に一機のガルバが音もなく二号機の背後に空間転移した。

「…………え?」

 イズミがいきなりレーダー上、自機の後ろに生まれた反応に訝しがる。サブモニターを確認すると……すぐ目の前――ではなく実際では背後だが――鋼の巨体が映り、ひきつるような短い悲鳴を上げた。

 次の瞬間猛烈な勢いで蹴りが放たれる。イズミも慌てて回避を試みるが、いかんせん遅かった。振り子のように勢いをつけたGFの脚部が右側のウィングに直撃した。

「くぅぅぅぅぅぅぅっ!」
「きゃぁぁぁぁぁ!」
「セリナッ、イズミ!!」

 セリナとイズミ、そしてリサの悲鳴が重なる。
 Jフェニックスが紙屑のように勢いよく吹き飛び、数度大きくバウンドして――数十メートル転がった後止まった。

「ぐっ、イズミ! 姿勢を立て直せ!!」
「う、うん!」

 コックピット内に損傷によるアラートが鳴り響くなか、セリナは痛む頭を振りながら檄を飛ばす。
 イズミもふらふらしているようだが、なんとか返答し機体を起こした。ずいぶんとたどたどしい動きで隙だらけあったが、追撃はない。

 不思議に思い周囲を確認すると、自分達を蹴り飛ばしたGFに対して一号機がカタールでの接近戦で仕掛けているのが見えた。リサたちにガルバ三機同時は荷が重いだろうが、それでもセリナたちに注意が向かないようそこらを飛び回っている。

 それを見たセリナは心の中でリサたちに感謝しつつ、この間に機体をチェックする。

(くそっ、かなりの痛手だな)

 完全に片方のウィングは破壊されており、キックによるダメージに地面との接触時にかかった衝撃のせいで右腕をはじめとしてかなりの部分に不具合が発生していた。中破、とまではいかないが直ぐに戦闘に支障が出てくる可能性もある。

 徐々に相手の数も減ってきてはいるが、脅威自体はそれほど変わってはいない。短期決戦でケリがつけられなければ――。

(こちらの負けだ……!)

 奥歯をかみ締めながらセリナが思う。何しろたった数秒の隙を見せただけでこの痛手だ。改めてGFの恐怖を思い出された。

「くそ……イズミ、いけるか!?」
「うん、な、なんとか!」
「……よしっ、なら行くぞ」

 気丈なイズミの答えに、セリナは改めて気合を入れ、再び機体を敵機に向っていった。


 

 GF部隊は、敵機である三機のなかで一番の手練はメシスと判断したらしく、残っている戦力の七割を割いてきた。さすがにこれはメシスにとっても分が悪い展開である。

 ガルバの数少ない弱点である『手数が少ない』というものが数によって補われた形になっているからだ。

 自機に向かって放たれる攻撃を紙一重で避け続けるメシスであったが、それにも限界があった。
 三方向からの集中砲火をやり過ごしたが、若干機体の体勢が崩れ即座の回避行動が取れなくなる。
 その瞬間、メインモニターにすぐ前方の地面に数発の大型ミサイルが突撃した映像が映った。

(……ッ!)

 心の中で何かを思う間もなく、反射的に無理な姿勢のまま地を蹴って一気に後方へと逃れようとする。

 しかし発生した炎の壁の侵攻速度はその比ではなかった。次の瞬間にはメシス機は荒れ狂う炎に捉えられた。
 その圧力に、ラーズベルタはあたかもカタパルトから後ろ向きに思いっきり発射されたかのように吹き飛ぶ。

 耐熱コーティングは済ませているので熱による融解はなく純粋に爆風の衝撃だけが襲ってきたのだが……それでもベルトで固定している身体が前後に激しく揺れるほどであった。

(ぐぅ、ここで倒れるわけには!)

 吹き飛ばされた状態からとっさに武器を投げ出しバク転気味に地面に手をつき、間髪要れずに折った腕を伸ばすことによって発生する力の反動で跳ね上がる。

 その数瞬後、今しがたメシス機がいた空間を緑色の閃光が貫いた。光の残滓がふぅっと大気に溶ける。
 際どいところで相手の攻撃を避け、機体の損傷を確認すると、ダメージを知らせるアラートは絶えず聞こえていたが、戦闘に支障がない程度。

 大きな問題はないとは言え――何度も喰らうわけにはいかないだろう。

(油断した、か。人のこと言えないなッ)

 着地と同時に投げたパンツァーとショットガンへと向かい流れるような動きで拾い上げる。幸いなことに兵器の方には損傷はないようであった。
 機体には衝撃のダメージは残っているとは言え、一方のGF部隊も相当数が減ってきたのは事実ではある。

(守りに入りはしない……このまま叩き潰す!)

 空気を吸ったバーニア部分から激しい炎が噴出され、急加速。一気に距離を縮めた。

 近寄ってきたメシス機を見て相手がイグニスを接着されまいと、お得意の瞬間転移で避ける。しかしこのガルバのパイロットはもう一つのラーズベルタ最大の兵器について失念していた。

 十分に距離が詰まっていたため、転移先もそれほど距離がある場所ではないだろう。
 そう見当つけたメシスは相手が瞬間転移するやいなや、背面にセットしていたパンツァーシュレックを再び手に持つ。
 その動作を行いながらレーダーを確認し、新たな光点が生まれた瞬間そちらに砲塔を向けトリガーを引いた。

 わずか数秒後、瞬間転移が発動し終わったガルバのパイロットが最期に見た光景は、すでに目の前まで自分に向かってきていたパンツァーシュレックの弾丸であった。


 

 その後結局メシスたちは、二種類の兵器を駆使したラーズベルタを中心とした攻撃によって、一人の欠員も出すことなく十数機のガルバを沈黙させたのだった。







 

 戦場――だった場所――は、今はLIPSたちの勝利の凱歌によって満たされていた。

 唯一リサだけが自慢のJフェニックスにかなり傷がついてしまったため文句を言っているが、普段と比べてもその声が弾んでいる。
 何しろ新型GF部隊を撃滅させたのだ。今までのような敗残兵や哨戒部隊相手に白星を上げた、とは訳が違う。まさに大金星である。

 実際には大部分を倒したのはメシスであったが、その喜びも当然の物だと言えよう。

「ふぅ、相変わらず調子の良いヤツラだな、まったく。………………ん。気のせいか今、腕が?」

 苦笑交じりに彼女らのはしゃぎようを眺めていたメシスが、メインモニターの隅に移っていた敵機にカメラを向ける。
 次の瞬間、周囲に転がっていたゼクルヴ・ガルバのうちの一機の無機質な瞳に再び紅い狂気の光が灯った。

「なッ……!?」

 思わずメシスの声から、驚きとも呻きともとれる言葉が漏れ、その動きが止まった。

 何しろ、その機体はコックピット付近を含めた右半身が完全に潰れていたのだ。もはやエースと言っても過言ではないほどの戦歴をもつメシスが油断したのも、仕方ない。

「見てくれた、お兄ちゃ〜ん! あたしやったよ〜!!」
「ちょっとイズミ、あんた何自分だけの手柄にしてるの! グレンリーダー様から、最初にご褒美貰うのは私なんだから!!」
「え〜、リサちゃんずるいずるいずるい〜。罰金ものなのだ〜!」

 一方、LIPSの面々は未だに思いがけない大金星に酔いしれており、まったく気づいていない。

 それをあざ笑うかのように、ガルバの左足に装着されていたバスターランチャーに緑色の粒子が収束されて――――。

「ええぃ。いい加減にしろ、貴様ら! そもそも今回の手柄はだな、私が――――ん、熱源反応がまだ!?」

 他の三人の会話に割り込んでいたセリナがようやく気付いたが、すでに致命的な隙が生じていた。

(くぅ、間に合えッ!!)

 瞬間、メシスは機体のブーストを全開にして最大速度で射線上に向かって躍りだし、それと同時にパンツァーシュレックの銃口を向ける。
 そして機体を横滑りさせながらトリガーを引いたと同時に――――モニターが緑色の閃光に包まれた。




 

「……シス……ッ、メ……ス姉……!」

 暗闇の中――――どこからか声が聞こえてくる。ずいぶんと近いようで、また同時にひどく遠くからのようにも感じられた。

「ぐ……うぅ」

 目を開ける。ただそれだけの行為すらも苦痛に感じられるほどで、自分でも嫌になるくらいの緩慢さであった。
 まずかすれた視界に、上半身も完全に爆砕されたガルバの姿が目に入る。あの瞬間最後のパンツァーシュレックの砲弾を叩き込んだのだから当然だろう。そして。

(すまな、いな…………ラーズ)

 自分のすぐ横には半壊、いや全壊したと言ってもいいだろう。ラーズベルタが、まるで倒れこむように鎮座していた。

 ガルバのバスターランチャーを防ぐために、パンツァーシュレックを持っていた手とは逆の左腕をコックピット前方で盾のようにして構えたので何とか直撃は免れたものの、その腕は完全に融解し胴部の装甲もコックピットの内部が見えるほど破壊されたのだ。

 コックピットまで貫通しなかったのは、はっきり言って運によるところも大きかった。

 メシスは同時に、最近この機体を整備してくれた人物についても心の中で詫びた。
 何しろオーバーホールまでして整備してもらってからまだ二週間ほどしか経っていない。会ったときどんな言い訳をしようか、とぼんやりと考える。

 そこでようやく、ぼやけた視界の中に映っていたおぼろげな影が誰であるのかが判断できた。
 LIPS小隊。ここ二ヶ月近く、メシスとともに過ごしてきた迷惑な――しかし、どこか居心地が良い少女たちである。

「皆無事……か?」
「ええ、私たちは大丈夫よ」
「そうか……良かった」

 心のそこから安堵の吐息を吐く。どうやら機体を破壊させてまで防いだかいはあったようだ。その事実が身体の痛みを少しだけ和らげた。

 と、ここでメシスは改めて自分の周りに集まっているLIPS小隊の面々を見回す。どの顔にも不安と悲しみ、そして恐怖の色が浮かんでいる。

(……まったく。ひどい顔だ)

 ぼんやりと思考力の低下している中で思う。彼女らの普段の態度や行動からは想像すらできないほどの、負の感情が支配している表情なのだから。

「お前たちは……グレンリーダーのために……戦っているんだったな」
「う、うん。そうだけど」

 唐突に告げる。失意に染まった少女らを見たせいか自然と口から出た言葉であったが……メシスの思った以上に弱々しい声に、イズミの声がさらに震えた。

「そうか……羨ましいな」
「え?」

 メシスの言葉は聞こえたであろうし、その言葉の本来の意味も知っているだろうが、何故今言われたかの意味が理解できなかったのか一同聞き返す。

「好きな人の、ために戦う…………それも良いと思う。私には……できなかった生き方だ」
「喋るな! 今治療してやる!」

 セリナが強い口調で言いながら駆け寄ってきた。もとは戦場看護婦をやっていた彼女は、慣れもあるのかこの事態に一番冷静さを失っておらず、自分が乗っていたJフェニックスから急いで救急箱を持ってきて応急処置を始めたのである。

 しかし。

「いや……言わせてくれ」

 力のない声でメシスが呟く。が、おぼろげながらもその目に宿った意思の光に反論することができなくなったため、セリナは仕方なく治療に専念する。

「だが……この時代、それだけでは駄目だ。唯一つを守るために妄信的になるのではなく、それ以外にも目を向けなくてはいけない」

 メシスは焦点の定まらぬ瞳でどこか遠くを見ながら、言葉をつむぐ。

「私の……知り合いにも……そういう者が、いた。……自分の大切な、ものを守ることだけに執着し、結果……多くの人々を死なせてしまった……」

 あの時。自分のいた世界を赤く紅く染めた原因が自分の身内、そして自身にあったことをその風景を見ながら理解した日のことを心に浮かべた。

 そのときにはメシスは何の力もなかったと今でも思い、夢にも見る。友を守る力、自分の世界を守る力、そして何より、闘う力。

 あれから十年近くの歳月が経ったが、どうやら少なくとも最初の力は獲得していたようだ。そう思うと今までの人生が無駄ではなかったと気が楽になった。
 そしてその勢いで続ける。 

「お前たちは強い子だ……いつか、自分の大切な人の力になるために、そしてその大切に思う人が守りたいと思う者も助けることができるくらい……もっと強く、なれ」

 この娘たちには、自分のような人生を歩んで欲しくはない。その想いが体の奥底に残っている体力を搾り出させる。

「私のように……後悔、しないためにも……」
「わかった、わかったからぁ……」

 プリスとイズミが泣きながら抱きついてくる。その頭を、メシスは微笑みながら動かすのも辛くなった手で優しくなでる。
 何故か懐かれ二ヶ月付き合ってきたが、今ではメシスは二人を出来の悪い妹のように感じていた。その二人を守れたことが、とても嬉しかった。

「大丈夫……守りたい者……が、いるお前たちは、私よりも必ず強くなれるは……ずなのだか……ら……」

 メシスの語尾がだんだんと弱くなっていく。

「! やだ、やだよぅ、メシス姉! お願いだから、しっかりして!!」

 プリスの悲痛な叫びがあたりに響く。リサたちには知る良しもないが、このときプリスは両親が目の前で殺害されたときの光景が重なって見えていた。
 親しい人がいなくなる恐怖――久しく縁のなかった感覚に体が凍りつくような感覚を覚え、それが動揺に拍車をかけている。

「セリナ、どうなの!?」
「くっ、応急処置は終わった……しかし、何の設備もないこのようなところでは……!」

 セリナはリサの言葉に対して、辛そうに答えるしかない。いくら元戦場看護婦であったセリナにも救急箱程度の治療器具しかなければ、やれることにも限界があるのだ。

「私たちのJフェニックスも損壊が激しくてまともに動かないし……動いたとしても移動時の振動が……」

 かなり動揺したようにリサが言う。
 整備兵として配属されていたときには、当然のことながら前線に立つことも少なく、このような目の前で人が死ぬ間際のような事態にもあまり慣れていないからであろう。

 一体何をすればいいのか。その場にいる全員の胸の中に、焦燥だけが募る。
このやり取りの間にも徐々にではあるが確実にメシスの呼吸が弱く、小さくなっていく。

「そ、そんなぁ……どうしよう」

 目に浮かべた涙をこぼしながらプリスが呟いた――その瞬間。

「!?」

 彼女たちから少しだけ離れたところに、一体の機体が瞬間転移して来た。
 ダークブルーの装甲に包まれた見たこともないその機体は、こちらを向くと見せるとすぐさま声をかけてきた。

『救難信号を受けて来てみたけれど……そこの皆さん、どうしました?』

 外部スピーカーから若い男の声が流れてくる。

「た、助かった! 頼む、こいつをどこか設備のある病院に連れて行ってくれ!」
「重体者か……ん、まさかメシスさん!?」

 その男性――タイガは、傷の状態をざっと確認するためにズームさせたが、画面に映るその顔には見覚えがあった。

「わかりました。今すぐ連れて行きます」

 すぐさま機体を座らせコックピットのハッチを開けると、流れるような動作で飛び降りる。
 ほとんど無音で地面に降り立つと、滑るように少女達の下に移動した。

「これはひどい……では失礼っと」

 さっと確認してそう短く言うと、そのままやんわりとメシスを抱き再びコックピットへ潜りこんだ。

「ここから一番近い治療設備が揃っていそうな街は…………やはり整備都市かな」

 機体内のコンピューターに内蔵されている電子マップを見て即座に判断すると、機体を動かす。
 都市防衛という任務のおかげで、幸い街からはそんなに離れていなかったのである。

『ではウォルディア・シティに搬送してきます。彼女を運んだら皆さんを迎えに来るから、ちょっと待っていてください』
「わかりました! メシス姉のこと、よろしく頼みます!」
『了解!』

 そう告げるとタイガは瞬間転移を発動させ、その場から一瞬で掻き消えた。


 

「うっ……うっ、ぐす……」

 その場に残っているイズミとプリスは、未だに泣き続けている。

「……」

 一方のリサとセリナも暗い顔をして俯いたままだ。鉛のように重い空気が辺りを支配していた。

「メシス姉……大丈夫かなぁ」

 ――いったいどれほどその場にいただろうか。
 しばらくしてようやく泣き止んだプリスが涙を流しすぎて充血した目の焦点を遠く――おそらくここからは見えはしないメシスの方であろう――にあわせて、ぽつりと呟く。

「……信じるしかあるまい。あいつの力を」

 すでに自分のできることは何もないと理解しているセリナはいくらか落ち着いて告げる。
 力になれないならば、せめて彼女のために心から願おう、そういう気持ちであった。

「……大丈夫よ! なんたってメシスはあたしたちと二ヶ月近く一緒にやってきたんだよ? あれくらいの傷に負けたりしないって!」

 皆の不安を消すように、努めて明るい声でリサが言った。こういうとき、LIPS全体の士気をあげるのは決まってリサとセリナである。
 動揺はしていても根自体は他の二人よりしっかりしているため、フォロー役に回ることが多い。だてにこの小隊に入るまでにもアルサレア軍に所属していたわけではない。

「うん……そうだよね」

 普段の様子からは見る面影もないくらい儚げな声でプリスが同意する。
 それでもやはりこの娘は強い娘だ、とセリナは思う。

 十三歳ですでに小隊員として実戦で戦うということは並大抵の度胸ではできることではない。そういったところをリサもセリナも高く評価しているのだ――間違っても本人に言うつもりはないが。

 そのとき。

「う、うう……たし、の……だ」
「うん?」

 いままで膝を抱えてすすり泣いていたイズミがぽつりと呟く。あまりに小さい声だったせいで聞き取れず思わずセリナが聞き返す。

「わたしのせいよ……わたしが敵を倒れたのかどうかちゃんと確認しなかったせいで」

 今度は聞こえるように言う。しかしそれはセリナたちに聞かせるためではなく、はっきりとした声で言うことにより自分を責めているという感じを受けるような響きであった。

「そんなことはない! 一番の責任はリーダーのくせに相手の動きに気付かなかった私にある!」
「そうだよ、私だってチェックしてなかったし」
「でも最初に騒いだのは私だもん!」
「いや、しかしだな!」
「もうやめましょう、こんなことで争っていたらメシスも悲しむよ!」

 彼女たちは罪の擦り付け合いならぬ罪の『被り合い』を始めたが、皆の声をさえぎるように発せられたリサの叫びに、一同は水を打ったように静まり返る。

 沈黙が三十秒間ほどその場を支配し――皆が落ち着いたのを確認してからリサが切り出す。

「……悪かったのはあたしたち全員。誰かが特別に悪いことなんてなかった。そうでしょ?」
「……ああ、そうだな」

 溜息混じりにセリナが返答する。どの道この場で責任の『請け合い』をやっても意味がないと悟ったのであろう。
 続いて若干ヒステリックになっていたイズミも幾分か落ち着いた口調で言う。

「でもこのままじゃメシス姉に合わす顔がないよ……」
「それは正直私も思う。だから……自分の身を投げ出してまで私たちを護ってくれた彼女に対して何かできることを考えないと……」

 再びしばしの間沈黙が流れ――リサが口を開く。
 そして、純粋な意味での彼女に対してというわけではないのだけれども、と断ってから告げた――。




 

 タイガがメシスを運んでから数刻後。

 しばらくLIPS小隊の面々はその場で静かにしていたが、瞬間転移による空間のきしみを感じにわかに緊張が走る。
 向けられた四対の視線の中、タイガは機体を鎮座させコックピットの高度を下げると軽やかに地面に飛び降り、ゆっくりと彼女たちの元へ歩く。

「ど、どうでした?」

 タイガから喋るのさえ待てなかったのか、リサが恐る恐る聞いてくる。その表情を見て、タイガは勉めて優しい口調で告げる。

「大丈夫、もう問題ないですよ」
「ほ、ホントか!?」

 一歩前に出るような勢いで(と言うか実際に足が出ていたが)セリナが身を乗り出す。その表情はまだ緊張が残るとは言え、タイガの一言を聞いて明るくなったのは確実である。

「ええ、数箇所の複雑骨折となにより裂傷からの出血が激しかったのでかなり消耗はしていましたけどね。内臓系に大きなダメージがなかったのが幸いでした。輸血用の血液も足りて手術も順調のようですよ」
「あぅぅ……ありがとう……ざい、ます」

 その言葉を聞き、安堵感から腰が抜けてしまいその場にへたり込みながら礼を言ったイズミがまた泣き出す。

「え、あ、いや? その……え〜と?」

 その様子に困り果てたようにおろおろするタイガ。
 この数年間PFをいじることだけに関心を傾けていた彼は、気配り程度ならともかくこういう事態に対処できるほど女性に慣れていなかったりした。

 ある意味へたれである。

 その妙に間の抜けた動作に、残りの三人は思わず弱弱しいながらも笑みを浮かべる。

(う〜む……余裕が出てきたようだし、これはこれで良いかな)

 それを見たタイガは心の中でそう呟く。この対応は完全に「素」であったが、怪我の功名というものでどうにかこの場全体を支配していた重苦しい緊張感を和らげることはできたようだ。

 ここでタイガはイズミを余裕が生まれた他の少女たちに任せて、彼女たちのJフェニックスの状態を確認しに行った。
 移動するのにも使えるかどうかを確認する必要があるからだ。最悪途中で爆発するような損傷度であったらここで放棄しなければならない。

 とりあえず機体に近寄り、手際よく要所だけをチェックしたが。

(これはまた……判断に困る壊れ方だなぁ)

 口の端に苦笑いを浮かべ、結論づける。

 結果からだけ言えば動かして最寄りの基地にまで行くことはできる程度の余力は残っている。セリナ機のほうはリサ機に比べて損傷率が高いが、それでも通常に動かす程度でオーバーロードは起こさないだろう。

 だがしかし。
 これが戦闘も可能か否か、と言われればはっきりと『NO』と言わざるをえない。

 動かすことはできるといっても二機ともオートバランサーにダメージを受けているせいで、歩くたびに響く振動が大きくなるようだった。
 歩行程度ならまだしも、激しい動きがともなう行動をした時にかかる負荷はどのくらいのものか。あまり想像したくないものである。

 そして何より装甲の損傷も激しい。あの深緑のガルバと闘ったのだ。ヌエが一小隊、程度なら立ち回り次第で何とかなるかもしれないが、それ以上の隊と遭遇したときに切り抜けることができる程度の損傷だと断言できるほど、甘い傷ではなかった。

 むしろ彼女たちの技量を考えれば撃墜されなかったことが奇跡と言ってもいいだろう。

(仕方ないか……彼女たちにガルバの相手は辛かっただろうし)

 そこら辺に転がっているGFだったモノの成れの果てである残骸を眺める。大部隊とは言えるほどではないが少ないとも言えない数と交戦したようだ。

 かつて俗に言うGエリア攻防戦と同時期に起きた大規模衝突の際、初めて実戦投入され一気にサーリットン戦線を押し返したほどの戦闘力を有している。
 機体から考えても連れのメシスの腕は確かであろうが、それでもカバーしきれるものではなかったと言うことだ。

 結局溜息を一つつくと、タイガはLIPS小隊の元に向かった。


 

「え〜と、もう大丈夫ですか?」
「はい。すいませんでした」

 リサたちのところに戻り聞くタイガに、イズミが返答する。そのはっきりした声に安心し、後を続けた。

「今皆さんのJフェニックスの状態を確認したところ、移動のためだけに使うのならなんとかなりそうでした。なのでメシスさんを運んだ病院があるウォルディアまでの移動手段にしましょう」
「ああ、わかった」

 セリナは心得た、というように頷いたが、一方横にいたリサの顔が曇る。

「『移動手段』に使うって……それ以外はどうなの?」
「ん〜、現状では戦闘はまず無理ですねぇ。あと、ウォルディアまで無事に着いても……正直、この機体をそのまま運用することは厳しいかと」
「あうううぅぅ。わ、私のJフェニックスがぁ……」

 気まずさからかタイガが頬を指で掻きながら言った回答に、一気に脱力してへたり込んでしまうリサ。

 今までメシスのことが頭の思考容量を占拠していたが、今はリサにとって命と同等の大切さであるJフェニックスの容態について考えるだけの余裕ができたため、捨て置けなかった内容であったのだ。

 Jフェニックスに命を懸けていると言っても過言でないリサである。ぱっと見からして同じ結論に達してはいたのだろうが……信じたくなかった事実を、他人からも指摘されたことにより見事に玉砕してしまったようだ。

「ま、まぁ仕方ないって。それよりもとっとと行こうよ」

 こうなると長くなることを経験良く知っているため、プリスが慌てたように催促する。

「ぇぇ。分かったわ……はぁ……」

 溜息をつきながらよろよろと立ち上がった。不幸を身に纏ったようにオーラを立ち上らせているが、そこにはあえて触れず、タイガは皆に告げた。

「え、え〜と……では早速行くとしましょうか。ヴァリム軍もガルバの部隊が消息不明になった、なんていったら偵察隊を派遣する可能性も高いですし」

 タイガの言葉にLIPS小隊はそれぞれ機体に乗り込み、その巨体を立ち上げたのであった。




 

 それからしばらく、タイガの機体を先頭に一同はメシスを連れて行ったウォルディアへ進路をとった。
 PFは人と歩幅そのものが違うため、本調子ではなくてもそれなりの速度は出ている。戦った場所からは街まで二十キロほどであったが、二時間ほどもあれば到着するペースだ。

(とは言え……)

 どうやらそう簡単に事は運ばないらしい。

 タイガは機体の三次元広域レーダーに無数の機影を確認したのである。
 識別反応はヴァリムで、その数約四十。ほとんどアルサレアとの大規模戦闘がないこの地域に配置されているにしてはかなりの規模だ。

 どうやら撃墜されたガルバたちは彼らにとっても重要な戦力だったらしい。壊滅の知らせを受けて、一種の報復行為のために出撃したのだろう。ずいぶんと気合の入った部隊である。

(いくら進路上仕方ないとはいえ、ここまで思いっきり鉢合わせるなんてなぁ)

 タイガは内心でぼやく。
 ヴァリムの基地が近いのは確認していたが、Jフェニックスの状態を考えれば回り道する余裕がなかった。そのため最短距離を一気に抜けるつもりであったのであるが……。

「ちょっと、いいですか?」
『え、何です?』

 早速タイガはリサ達に通信を入れるが、疑問の声を持って返された。
 彼女たちの機体ではまだ敵機を捕捉していないようである。と言っても、タイガ機のレーダーレンジが通常機よりも長いというだけで、別にJフェニックスのレーダー精度が悪いというわけではないのだが。

「どうも前方からヴァリムの中隊が来ているみたいなので、皆さんはここでちょっと待っていてくれませんか?」

 その言葉に少女たちは息を飲む。実際に自分たちで動かしてみて、機体の惨状をよく理解しているためであろう。

「あ、大丈夫ですよ。そんなに時間は掛かりませんから」

 その空気を感じ取ったのか、タイガはあくまで軽い口調で告げる。

『一人で行く気か?』

 普段の勝気な口調でセリナが聞く。

「ええ、ささっと行って帰ってきます。またあとで合流しましょう。……では」

 簡潔にそれだけ答えると、答えを待たずタイガはそのまま真っ直ぐ機体を進めていったのだった。





 

 ステルスは切っているため、当然すでに捕捉されていたのだろう。タイガが相手を目視できる頃まで近づいたときには、すでにヴァリム軍は陣形を組んでいた。
 数十もの鋼鉄の巨体が並んでいるのはなかなかに壮観であった。

 さすがにいきなり戦闘というのも気が引けるので、タイガはとりあえず全チャンネルで通信を入れる。

「どうも、こんにちは」
『……気の抜けた口調だな。見かけん機体だが、貴様がGF部隊を落としたのか』
「あー、いえ。彼らを倒したのは僕じゃありませんよ」
『フン、当然か。お前のようなヤツに連中を倒せるわけもないだろう』
「はぁ……それはどうも」

 まぁ至極当然といえる短い反応が返ってきた。どうやら今ずいぶんと高圧的な喋り方をした人物がこの中隊の隊長なのだろう。
 だが、その態度を確認したタイガは、心の中で再び溜息をつく。どう転んでもこのあとの展開が容易に予想できたからである。そうとは知らず、相手の中隊長が続けてくる。

『さて、ではその我々ヴァリムに喧嘩を売ってくれたのはどこの輩かね?』
「それはお答えできません」
『……なんだと?』
「実はその人たちは僕の知人の御友人でして。手を出させるわけにはいきませんので」
『ほう、知っているのに教えない、と。この数を前にずいぶんと余裕じゃないか』
「誉め言葉として受け取らせていただきますよ」
『貴様……ッ』

 徐々にだが、確実に場の空気が剣呑さを帯びていく。もっとも原因の半分ほどは明らかにタイガにあるように思えるが。

『……まぁいい。貴様がやってきた方向に行けばいるのだろう。今回は見逃してやるから消えるが良い』
「だから通さないんですって」
『何ぃ?』
「あなた方があだ討ちを諦めないというのであれば…………僕が相手です」

 タイガのセリフに伏兵がいるのかと思い、中隊長は周囲を確認する。が、すでに見晴らしが良い平地でありPFが隠れられる障害物もなく、伏兵の影も形もない。

『貴様…………たった一機で、我々と戦うつもりか』
「ええ、そのつもりですけど?」

 中隊長が聞いてきた問いに、どこかのんびりとした雰囲気をまといながらタイガが告げる。
 一瞬の静寂が支配し――――次の瞬間、ヴァリム兵たちが大声をあげて嘲笑した。

『は……はは……あははははッ! 何言ってんのかわかってんのか、お前ェ!?』
『こっちが何機いると思ってんだ、ええッ!?』
『それとも目がイカレちまってて、俺たちがどれだけいるのかわからねぇのか、オイ!』

 一般兵が声を揃えてくる。好戦的な民族柄らしく、口が悪い。はっきり言ってPFに乗っているよりもそこらの繁華街でごろつきをやっていたほうが似合うような口調だ。

「う〜ん、分らないかなぁ」

 喧騒はどこ吹く風、流すようにタイガが少しだけ困ったように言葉を紡ぐ。
 そこまではあくまでマイペースに告げるが…………すぅ、と目に冷たさが浮かんだ。

「つまり、あなた達『程度』の腕なら、何人集まっても物の数じゃないってことですよ」

 あくまで朗らかに言いながら、しかしその内容はとても――――挑発的な内容だった。

『な、なんだと…………!』

 今まで部下と同様、馬鹿のように笑っていた中隊長が、どう考えても侮辱としか受け取れない言葉を聞いて色めきたつ。

「僕が前に所属していた小隊の隊員には、鼻歌交じりに一個大隊を壊滅させるだけの技量を持った人ばかりでしたからね。その方々と比べればそういう結論にもなります」
『訳の分からないことを……! い、良い度胸ではないか。では望みどおり……てめえら、やっちまえぇぇぇ!!』

 中隊長の号令により、すでに我慢の限界に来ていたヴァリム兵がまるで鎖の切れた猛獣のように一気に襲い掛かかってくる。
 しかしタイガはその鋼鉄の津波を見ながらもあくまで冷静に、機体をゆっくり動かし大剣を構える。

「昔あなた方と同じ軍に所属していたよしみで命までは取りませんが……再起不能程度は覚悟してください」

 そう呟くと同時にタイガの顔から甘さが抜け戦士の顔に変わると、

「暴龍の片鱗を示さん、……息吹け、覇流皇ッッ!!」

 烈迫の気合とともに機体を回転させながら沈み込ませ――――次の瞬間、一条の弾丸のごとくヴァリム兵に向かって地を蹴った。


 

 タイガの覇流皇は、猛烈な勢いで地を這うようにブーストでヴァリム軍中隊に突撃し――剣の間合いに入る直前、電磁加速剣【ヴァルムンク】の剣速加速を発動させる。

「ふっっ!」

 剣に備え付けられた加速ブースターが火を噴きあげた。
 機体をねじって相手の射撃攻撃をかわすと同時に、向かってきた敵の先頭集団の機体に対してすれ違いざまに加速させた斬撃を連続で叩き込む。
 金属が砕け散る壮絶な音が轟くとほぼ同時に、下半身を斬られたPFが数機空中に弾き飛ばされた。

『なっ、速い!?』

 思わず後続の兵が目を見張り叫ぶ。しかし――その一瞬生じた隙が致命的なものとなった。

 回転させながら駆け抜けた覇流皇の勢いを殺さず、タイガは水平に近い角度で振りぬいた状態から流れるようにヴァルムンクを背面に大きく振りかぶり、間を開けずに加速ブースターを点火、ジェネレーターとコックピットはあえて外したが頭頂部から右腰部にかけて一気に切り裂く。

 そして、たった今斬った機体を一気に飛び越え、その奥にいた機体のヘッドフレームと脚部を宙に飛ばす。
 高々と舞ったヘッドフレームが鈍い音を立てて地面に落下した。

 覇流皇が動いてからここまでにわずか二十秒弱、その間にすでに八機のヴァリム軍PFが戦闘不能に陥られた。

『ぐっ、近距離は不利だ! 距離をとって射撃で攻めろ!』

 あまりの一方的な展開にさすがに度肝を抜かれたのか、中隊長が叫ぶような口調で命令を出す。
 その声を聞き急ブーストで覇流皇から離れた六機ほどのONIGAMIのバスターランチャーの砲塔に、緑色の光が収束される。

「バスターですか。……ならば【エスクード】展開!」

 冷静に確認すると【エスクード】システムを起動した。その瞬間タイガ機の周囲に『見えざる壁』が展開される。

(この位置であれだけの数だと……これくらいの湾曲率かな)

 そう判断し【エスクード】を展開したまま、ONIGAMIに向かってブーストを噴かす。

『この野郎ォッ、食らいやがれぇ!』

 そのことに気づかず、真正面から突撃してきたのを好機と見て、ONIGAMIがバスターランチャーを発射する。
 周囲の空気を焦げ付かせながら覇流皇に六条の緑光の奔流が向かう。ヴァリム兵が回避行動をとらないタイガ機を見て直撃させ倒したと思った瞬間――すべての流れが装甲に、否、装甲の直前の空間で弾かれた。
 それだけでなく、弾かれたバスターランチャーが放射状に広がり、周囲にいた他の友軍機の表面を焼いたのである。

『な、何だあれは!?』

 今までみたこともない現象を目の当たりにし、ONIGAMIの動きが完全に止まる。その脇を覇流皇は瞬時に通り抜けた。

「バスターは有効に使わないといけませんよ!」

 そう告げるとヴァルムンクの刀身をスライドさせ【ブリューナクの鑓】を起動、発射と同時に機体を反転しながら振り抜く。通常チャージで撃ったがそれでもハンマバスターと同等の威力を持つ必殺の鑓は、ONIGAMIはもちろんのこと、彼らの後方にいた数機もろとも一撃目に頭部、一回転しながら撃ったニ撃目で脚間接部をまとめて融解させ沈黙させた。

『ぬ、ぬぅぅぅ。とにかく落とすんだ! 数はまだこちらのほうが上だぞ!』

 中隊長が叫ぶ。それと同時に中隊長の周囲を固めていた十機のヴェタールがMLRSを一斉に吐き出した。
 視界が埋まるほどの怒涛の弾幕にさすがのタイガも距離をとり、サイドステップとバックステップを組み合わせ高速で飛来してくるミサイルを避けることに専念する。

 数瞬前まで覇流皇がいた場所に一斉にMLRSが振りそそぎ――大爆発とともにあたりをつんざくような爆音が響く。何しろ五十発近いMLRSがほぼ一斉に爆発したため、その破壊の力は周囲の温度を急上昇させ、また立ち上った爆炎により互いの機体が確認できないほどである。

 タイガは爆風の影響で崩れたバランスを空中で姿勢制御を行い立て直し、機体を地面に着地させた。

(っとと。正攻法で、しかも無傷でこれを突破するのは厳しいかな?)

 当然ながら覇流皇を護る強固な鎧である【ゾディアック・エニティ】の強度を持ってすれば、いくら数が多いとは言えMLRS程度の爆風は耐えることができるであろう。
 しかし多少のダメージを追うのは確実であろうし――何より、そんな強攻策では昔の仲間たちに遠く及ばない。

(皆だったならもっとうまくできそうだしなぁ。少しでも近づく努力はしないと)

 口元に苦笑を浮かべ思う。
 一応整備係として暴龍小隊に入った身とはいえ、タイガもパイロットの腕に興味がないわけではない。トップエース級が揃っていたあの小隊に所属していたのだからそれに恥じない技術を得る、というのが戦闘面での目下の目標であった。

(そうすると【ジェミニ】と【サジタリウス】は封印だなぁ。……よし、それなら!)

 ヴァルムンクを背面ジョイント部分にマウントし、代わりに腰部付近にくっついていた尻尾のようなパーツを手に取る。

 と同時に、爆炎を切り裂きMLRSの第二陣が降り注ぐ。タイガは冷静にぎりぎりまで引きつけ、ちょうど良いタイミングになった瞬間一気に跳躍させ最初に発生した炎を飛び越える。
 発生した爆炎に乗って高度まで上がりそこで相手の布陣を確認するが――最初とあまり変わらず、ほとんど動いていない。彼らとしても見えない敵に対して迂闊な動きはできないということなのであろう。

(好機!)

 機体を自由落下させ布陣の中央に落ちていく。すると何機かのヴェタールが覇流皇の動きに気付き対空砲火よろしくMLRSを発射。
 それに対してタイガは右手に持ったパーツをウェーブさせるように振り回す。すると今まではPFよりも短い程度の長さしかなかったものが一気に数十メートルにまで伸びた。

 この伸縮自在のヒートロッドで自分の落下軌道に重なるMLRSを片っ端から『叩ききって』全て迎撃していく。
 そしてヴェタールから撃たれるMLRSが次弾装填のため止んだと同時に、ヒートロッドをMLRSのポッドに直撃させる。
 ヒートロッドが貫通する際発生した摩擦熱によってMLRSの内部火薬が一斉に誘爆し、あまりの衝撃に重量級のヴェタールが吹き飛んだ。
 それを視界の端で確認しながら二機、三機と同様の手順で行動不能にさせ、覇流皇は地面に足をつける。

「はぁぁぁぁああぁぁ!」

 慌てて残りの機体が構えるがそれよりも早く、着地と同時に嵐のような勢いで繰り出されたヒートロッドの乱舞によって手足を切り裂かれ、結局、最後まで指揮をしていた中隊長含め、全てのヴァリム機が地に伏せた。その結果にタイガは、

「ふぅ……ま、及第点かな?」

 ヒートロッドを格納してからあたりを見回し、呟いた。




 

『がっ……馬鹿な。い、いくらカスタムPFだからって、俺たちが……全滅』

 倒れた機体のコックピットの中で、ヴァリムの中隊長がまるで悪夢でも見ているかのような口調で呻く。
 諦めが悪いのかペダルを踏んだりレバーをがちゃがちゃやっているが手足をもぎ取られた機体は大きな動きをしようともしない。

 戦闘開始から約二十分、あたりは大破したPFが山のように転がっており、さながら地獄絵図であった。
 半刻前には四十機近くのPFが健在だったことを考えれば、この光景を見ても信じられないという考えもあながちおかしいとは言えないだろう。

「だから最初に言ったでしょう? あなた方には僕を倒すことはできないって」

 すでに普段ののんびりとした雰囲気に戻っていたタイガが近づきながら言う。特に言葉の中に含みを入れているわけではないのだが、自分の機体が動けないという不安感からか、中隊長は身体を強張らせ声を放てない。
 雰囲気だけ察したのか、その様子に対しタイガは苦笑しながら話す。

「そんなに落ち込まなくても良いかと。暴龍の息吹の前に立っていられる人は少ないですからね」
『暴龍…………? ま、まさかあの小隊員全員がトップエースクラスの腕を持ちながら、性格・素行に問題があり過ぎたため上層部ですら畏怖の目で見ていた、あの暴龍特務小隊!?』
「………………………………………………。たぶんあってます」

 妙に説明チックな中隊長の叫びに、ばつが悪そうな顔をしながら返事を返す。

(……こんなに悪名の方が高かったんだ)

 所属していた身としてはかなりショッキングな事実である。
 皆、普段は(たぶん)人格者で実際に暴れたことは少なかったが……その反面、一回の暴走で発生する被害はとんでもない。
 たった完全実働期間三ヶ月間という極めて短い結成期間であったがそれでも世間一般での評価はこんなもんだろうなぁ、とタイガは遠くを見ながら諦め半分で認めた。

「……まぁ、そういうことなので、ここらで諦めてもらえません? これ以上やると言うなら、『確実に』降りかかる火の粉は払わないといけませんけど?」
「わ、わかった。もうなにもしない。しかし……元ヴァリム軍の貴様がなぜあの連中を助ける?」

 タイガの言葉の裏に潜む抜き身の刀のような鋭さを敏感に感じ、中隊長は慌てて答える。

「う〜ん、特にこれといった理由はないですがね……ま、顔見知りの女性を見捨てるのは、男として恥ですから」

 そう答えるともう用は済んだというように背を向け、二機のJフェニックスの元に機体を歩かせたのだった。




 

『あー、皆さん? もう大丈夫ですよ』

 外部スピーカーから流れたタイガの声を聞き、離れた山陰に避難していたLIPSの面々は安堵の溜息をついた。一時間にも満たない時間であったが、その間緊張状態を維持しっぱなしで、神経が高ぶっていたのかもしれない。

「助かった〜」
「そうですかぁ……ありがとうございました」

 イズミがぺこりとお辞儀をする。それにならい、他の少女たちも頭を下げる。

「いえいえ、礼を言われるほどのことではありませんよ。機体の慣らしにちょうど良かったですし」

 さらりと怖いことを言うが、LIPS達も特に突っ込んではこない。やはりタイガがどうやって敵を倒したのか、と言うよりもメシスの様態が気になっているということであろう。
 それを感じたタイガは、早速移動を開始するように告げたのだった。



 

 その道すがら。

 荒野を進む二機のJフェニックスのコックピットには、澄んだ音が静かに鳴り響いていた。
 まるで今のLIPS小隊の心中を表すかのように、どこか物悲しいメロディである。しかしそれと同時に、聴く者に安らぎを与える優しい音色でもあった。

 ――そう。数週間前、ウォルディアでイズミとプリスがメシスに買ってもらった電動式オルゴールである。

 イズミとプリスは、誰に言われるでもなくオルゴールを取り出し――その演奏に聴き入っていた。同乗者であるリサとセリナも、何も文句は言わず耳を傾ける。

 誰一人として一言も発してはいなかったが、思っていることは同じであった。

(メシス姉……)

 音の海の中、イズミは心の中で告げる。

(ごめんなさい……私たちのせいで……って言ったら、また怒るかなぁ)

 訓練中、あまり要領の良くないイズミはよくメシスに怒られた。自虐的過ぎる点がある、とも言われたこともある。そのときはかなり落ち込んだりもしたが、今となっては大切な時間であったと思える。

(私たち……これからはもっともっと強くなるように頑張る。メシス姉が、言ったとおり皆で頑張ってみるわ……)

 自分やメシスが満足できるレベルに達成できるかは分からない。しかしやらないわけにはいかないのだ。それが自分達の命を救ってくれたメシスに対する恩返しになるのだと、強く言い聞かせる。

 柔らかい旋律の共に、四人の少女は決意を新たに荒れ果てた荒野を進んでいくのだった。







 

 一週間後。
 アルサレア首都に近い、アルサレア軍施設にて。

「どういう風の吹き回しかは知らんが……ここに来たというと事は、今までのような好き勝手はできんぞ。わかっているのだろうな?」

 アルサレア軍PF操縦技術訓練施設の所属届に眼を通しながら、面接官は意味もなく拳で軽く机を叩き続けながら、目の前に並んだ四人の女性兵士に質問を投げかける。

『はいっ、わかっています!』

 その少女たちはいずれもまだ若い。面接室に入ったときの動きもまだ硬く、そのときにした敬礼も普段しなれていないせいか、もっとも年上の女性以外はぎこちなかった。

 しかしそれを補ってなお余りある真摯さが少女たちの目には浮かんでいた。
 揺るぎない信念を宿しているように思える。

(『悪名』しか聞かんからどんなものかと思ったが……これならばなんとかなるかもしれんな)

 その目を見て、すでに中年に差し掛かった面接官は気分を軽くして思う。最初、彼女らの所属届をみたとき猛烈な頭痛を感じ有給を取って逃げようかとも思ったが……どうやら杞憂に終わりそうである。

「ふむ……気持ちだけはすでに一人前のようだな」

 面接官はにやりとする。一体何が彼女らにあったのかはもちろん知らないが、すでに戦士としての心構えがあるのなら、遠慮はいらないだろう。
 どれだけで音を上げて脱落するかは分からないが、やるからには容赦するつもりはない。

「ではこれからビシバシ鍛えていくぞ! 覚悟するんだな!」
『了解であります!』

 四人の少女の固い意志を含んだ声が、室内に響き渡った――。









 

――了――

 



設定集


●メシス=グレイブヤード
性別:女性
年齢:22歳
容姿:紫色の瞳に、濃紺の髪。背中に大きな火傷がある。
性格:非常に殺伐していて、人付き合いはかなり悪い。ただし根からではなく、本来持っている優しさなどを心の奥にしまっている状態。

 自ら周囲との『壁』を造っている節があるため、あまり深い友人を作らず、作戦前も一人で淡々と機体整備をするようなタイプ。
 戦闘時には普段の性格からは想像も出来ないほど苛烈な攻撃を行う。ただし、人が変わるということではなく、ただ淡々と相手を始末する感じ。
 八年ほど前に、父親がヴァリムに流した兵器が戦場となった自分の街を焼き、目の前で大部分の友人・知人を失ってしまったためショックを受け、他人の命で生活をしている家族らといることに嫌気が差し家を出た。
 友人たちが死んで以来、そのことが半ばトラウマとなり深い仲間を作ろうとはしなくなっている(自責の念が強いため)
 世を流れて傭兵となり、現在はアルサレア軍に所属している。階級は中尉。
 なお、姓は偽名。「自分は死ぬときまで独り。そして、最後に行き着く先は墓場だけである」という非常にネガティブな思考の下、自らに『グレイブヤード』(墓場の意)の姓をつけた。
 紆余曲折のあとLIPS小隊と親しくなる。


 

●メシス専用機:ラーズベルタ

 メシスが駆る高機動近接射撃型機体。

 ショットガンおよび一撃必殺のパンツァーシュレックによるヒット&アウェイを主な基本戦法としているため、ブースターにはボアンΣ2を使用し瞬間的な加速と最高速度を重視している機体となっている。
 が、ブースターによるエネルギー消費が激しいため、サーマル系の兵器を積んでいないところに若干の不安点が残る仕様となっている。
 劇中にて、再会したタイガによって整備を受ける。
 ただ、オーバーホールまでして整備したが比較的短時間の調整であったため劇的な性能アップはしておらず、主だった改修は脚部を中心とする間接部位の強化および機体表面の耐熱ナノメタルコーティングに限定されている。
 しかしこの改修のおかげで、高速戦闘時の無理な動きから来る負担も軽減され、また近距離でパンツァーシュレックを撃ったときに自機にかかる爆風によるダメージを減少させることができるので、連続戦闘時間の延長が可能となった。

 またタイガが趣味で作成したイグニスもモニターということで譲り受けているため、より近接戦闘に向いた機体になったといえる。


 

●接着式時限爆雷:イグニス
 ラーズベルタの腰の部分にマウントされている縦長の兵器収容ボックスの中に入っている高性能爆雷。

 内蔵火薬として高純度液体水素を用いているものと、固定燃料推進薬を用いているものの二種類がある。両者ともロケット燃料として使われるものであるため、小型ながら爆発の規模は非常に大きく、特に液体水素のものは発生する爆炎は白色透明であるため、近くで爆発を見ていた相手には若干の目くらましの効果も発揮する。
 外見は通常の地雷と同じように短い円筒形をしており、底面(上下どちらでも可)を叩きつけると表面に開いた穴から強力な瞬間接着剤が噴出する仕組みとなっている。
 基本的な使用方法としては相手に接近し、相手の機体表面に爆雷を接着し離脱、その後任意のタイミングで爆発させ破壊するというもの。

 相手に密着するほど接近し設置するというリスクを考えれば、非効率の部類に入る兵器と言わざるをえない。
 しかし接着したものはまずはがすことが出来ないため、腕の自信があるパイロットにとっては一機あたりにかける時間は近接武器で攻撃するのと同等の短時間ですみ、スムーズに相手の数を減らすことが可能となる。



 

●整備都市:ウォルディア

 アルサレア内陸に存在している都市で、『整備都市』の二つ名の通り、PFに限らずありとあらゆる機械類の整備が盛んで、街の指針としても奨励している。そのため、整備や機械がここまで生活に密着している都市は他に例をみない。
 それは一般家庭レベルまで普及しており、井戸端会議でPFの各部パーツの物価などといった話題があがるなど、外から来た人々にとってはかなり異質な雰囲気をまとっている。

 元は聖暦以前に、技術者集団だったキャラバンがこの地にとどまり街をつくり、そこから発展してきた。
 前身からして砂漠などで起こった不具合を自分たちの腕のみで直すことが日常茶飯事であり、その臨機応変にして高い技術は脈々と受け継がれてきた。

 現在では民間運営の整備工場やハンガーが街外延部面積の半分を占めるまでにいたっており、互いが競争相手であるため切磋琢磨を繰り返し、今ではこの地にいる整備員はほぼ全てが正規軍でも十二分に一線で働けるほどの腕を持つ。
 このため、傭兵はもちろんのこと、整備すべき機体が多すぎるときは近くに基地を持つ軍から整備の依頼が来ることも多々あるほど<ただし、機密問題もあるため軍所属のカスタム機が来ることはあまりない

 ちなみにタイガの出身地もこの都市であり、彼の整備士としての能力は幼少の頃から磨かれていたようである。





 

 後書き

 え〜、どうも皆さん、おはこにばんわ(ォィ)
 この場でははじめましてですね、ファイラムと申します。

 さてさて、いかがでしたでしょうか。この辺境の地に住み着いてから早三年、初のSSとなりましたが……初作の人選がこれとは、自分でも苦笑いしかできませんなぁ。
 元々このSS、彼女達のあまりの非難の声の多さ・毛嫌い具合に同情し、救済のための話として考えた物だったりします。自分は小説読んでいるため、肯定側中立派なものでして(死)

 劇中LIPS小隊が強すぎると思うシーンがあるかもしれませんが……小説基準&準主役補正がかかっていると思ってください。そうでもしないと話が進まないので……。
 ちなみに某元暴龍小隊員の馬鹿みたいな強さは……デフォルトです。スルーしてくださいませ(殴打)

 他にも色々語りたいところでありますが、長くなりすぎるのでここらへんで。

 最後に、ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。それでは!




 


 管理人より

 ファイラムさんよりご投稿いただきました!

 これは……某小隊がしっかり更生してますねw

 メシスが頑張った甲斐があったというものです、うんうん。

 そしてこちらでは勇姿を拝めたタイガ……さて暴龍記ではどのようになるのか(笑)<ギャグとシリアスでは違ってくるでしょうが
 


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