薄雲の隙間から太陽の光が漏れ、周囲には野鳥の鳴き声が響き渡る。ともすれば、コクピット内にむき出しになった山肌から土の匂いが漂ってきそうな雰囲気ですらある。

 ――メシスたちの整備が済んでから二週間後。基地に駐在していた彼女らに緊急の任務が下りた。

 今回は近隣のヴァリム軍基地に補充される敵部隊の偵察、ならびに可能ならば殲滅という任務であった。
 どうやら最近ヴァリム軍は本格的に整備都市を手に入れるために活動を開始したらしく、それの妨害と言うことだ。

 すでに基地を出てから二時間。メシスたちは敵部隊の予想進路上にある山陰に隠れながら待ち伏せをしていた。
 そして……周囲を取り巻く静寂の先から、明らかにPFサイズのものとは思えない地響きが小さく鳴り響く。

「この振動音と熱源……、まさかGFの部隊か」

 データを解析しながらメシスは珍しく毒づく。
 本来、彼女一人であるならばゼクルヴの一個中隊と戦っても勝てるかはともかく負ける可能性は少ない。

 GFはその巨躯と積んだ火器により、戦闘力そのものは一般のPFを凌駕する性能を持っているが、その代償として大部分の機体が機動性は悪い。
 そのためヒット・アンド・アウェイを得意とする高機動型PFのラーズベルタにとっては相性が良い相手なのだ。

 しかし今はLIPS小隊というあまり戦力として期待できない、悪く言えば足手まといがくっついている。これで、全機無事に勝つことができるかというと―――。

(厳しいな)

 客観的に判断してもそう思う。

 ここ二ヶ月近くLIPS小隊の面々を鍛えなおしていたため、昔に比べて腕は確実に上昇しているものの、Jフェニックスにふさわしいパイロットと呼ぶにはもう少し、といった状態である。
 今の技量ではGFの放つ大量のミサイルを回避しきることも難しいだろう。

(せめてPFであれば連携でなんとかなるものを……こうなれば目視と同時に仕掛けて、反撃の暇を与えず短期決戦で仕留めるしかないか)

 指の先まで緊張感が染み渡り、思考も一気に戦闘モードに切り替わる。そうしているなか遠くから響く足音が徐々に大きくなり、ついにその姿が――。

「来たか、ではいく……なっ!?」

 機体を進ませようとしたところでメシスは目を見張った。何故ならば、ズームしたスクリーンに映ったGFの機体の色が『緑』であったからである。

(深緑のガルバだと!? まさかこんなところに拠点侵略用のGFがいるとは!)

 ゼクルヴ・ガルバ、通称『深緑のガルバ』。
 先のGエリア攻防戦があった時期にサーリットン戦線で確認された新型GFで、通常のゼクルヴとの最大の違いは強力なバスターランチャーを積んでいることである。装甲の薄いJフェニックスなどは一回でも直撃すれば大破は避けられないだろう。
 また装備されている誘導式ミサイルも威力の高い巨大な弾頭に変えられていて、追尾性も高くなっており、まさに一撃必殺の兵器群を持つ凶暴な猛獣である。

だが。

(いや……考えようによっては運が良かった、とも言えるか)

 操縦桿を握りなおしながら、メシスは頭を働かせる。

 ガルバは厚い防壁を持つ拠点を攻略するために大威力の兵器を装備しているが、逆に通常のゼクルヴのようにMLRS式のミサイルは積んでいない。単発な攻撃は当たれば痛いがかわしやすいのだ。
 ミサイル迎撃可能なWCSを積んだLIPS小隊のJフェニックスにとっては、バスターランチャーにさえ気を付ければ、ノーマルタイプより相性が良いとも言える。

 もっともガルバの危険性は、メリットを潰してなお釣りが繰るほどだ。これは一種の博打であるが、すでに下りることができない以上乗るしか道はない。

(やるか)

 そう短く心に決めると、すぐにリサ達に通信を接続する。 

「いいか。こちらから仕掛けるが……相手はGFだ。生半可な攻撃では落とすことはできないだろう。攻撃開始のタイミングは私に合わせろ」
『りょ、了解』

 メシスの口調に緊張からか有無を言わさない迫力を感じて、リサたちは素直に返答する。

「基本的にお前たち二機でガルバ一機に対して対応するように。ただし闘うときは常に周囲の機体が持つバスターランチャーの発射孔に常に気を配れ。一撃でももらえばやられるぞ!」

 変に緊張感を与えてしまい機体の動きがぎこちなくなる可能性もある言い方であるが、それでも必要なことだ。油断して直撃、などと言ったら洒落にもならない。

「Jフェニックスは運動性能が高いから、基本的に回避に専念してくれればいい。攻撃は……私がやる」

 静かな湖面のようだった瞳に、苛烈な色が宿る。その眼光はあたかも獰猛な鷹のように鋭利なものであった。

『ふっ、一人で大丈夫なのか?』

 セリナが質問する。LIPS小隊の中ではもっとも冷静な彼女が考えるに、いくらメシスの腕が立つとは言え、一人だけで倒していくのは無理だろう思われたのだ。

「……そうだな。可能なら回避ついでに援護を頼む」

 苦笑しながらメシスが返す。そしてすぐに顔を引き締め、モニターに目を戻した。すでにガルバはズームカメラで顔の細部まで確認できるほどにまでになっている。

 そしてその足につけられたバスターランチャーに緑色の明かりが点り――。

「全機散開! 行くぞッ!」

 相手が発射すると同時に機体を斜め前方に急加速させ、三体の鋼の鎧は巨人の群れに突撃していった。


 

 相手の先制攻撃を避けた三機は、その機動力を活かして一気に距離を詰める。全員得意レンジが中距離以下なので遠くにいても仕方ないからだ。

 メシスはもう一度バスターランチャーを撃つ態勢に入った先頭の機体に狙いを定めた。
 背面跳びの要領で射軸から機体を外し、逆に上空という攻撃ポジションを得る。そしてそのままショットガンを放つ。
 しかし無数にわかれた弾丸は地面を穿つにとどまった。そう、GFの最大の特徴とも言える、瞬間転移で回避されたのだ。

(そう簡単にはいかないか……)

 その映像をモニターで確認し、改めて気を引き締める。転移のタイミングのうまさから、少なくとも数機は単に機体の力の強大さに振り回されているわけではないようである。

 メシスはレーダーに目をやり相手の転移先を確認すると、どうやら追撃を避けるため多少距離を開けた場所に出現したようだ。

 その機体に背を向け――動きはサブモニターで確認しているが――次の機体に向かった。高機動という分類は伊達ではなく、一般の機体と比べると驚異的とも言える速度で疾駆させる。
 想像以上に早い動きに、ターゲットにされたガルバが迎撃か、転移で回避かの判断で迷ったため一瞬動きが止まった。その隙を逃さず一気に距離を詰めたメシスはガルバのコックピット部分にパンツァーシュレックの砲口を押し当て――ためらいなくトリガーを引く。

 直後、戦場に凶悪な爆裂音が鳴り響いた。

 零距離からパンツァーシュレックの直撃を受けたため、ガルバは四散こそしなかったもののそのコックピット部分は完全に潰れ、ゆっくりと後方に倒れた後沈黙した。

(まずは一機)

 メシスは倒れた相手にはほとんど目もくれず、次の獲物を探す。ちなみにメシス機も爆風による熱を受けたが、タイガにしてもらった耐熱コーティングによって損傷はゼロに近かった。

 続けて近くにいたGFに機体を向けるが、一撃で仲間を倒されたのを見たせいか、空間転移を織り交ぜながら慎重に距離をとられる。仕方なく左手に装備したショットガンで牽制しつつ、機体を滑らせる。

 射撃、加速、回避、跳躍、撹乱――。

 これらを状況に応じて組み合わせ、メシスは戦場の中を駆け巡る。その姿は、まさに相手を【墓】へと誘う赤い死神のようであった。

 と、ここで思いがけないことが起こった。

 二機のJフェニックスが一機のガルバに集中して攻撃を行なっていたが……水平に突き出された一号機のカタールが相手の機体の胴体部隙間、すなわち機体制御系の集合部に吸い込まれ――数瞬間後、まるで糸の切れた操り人形のように、その巨体が地に伏せた。

『……あれ?』

 攻撃したリサたち自身も驚いたような反応である。装甲に弾かれることを想定していたのであるから、ある意味当然の事と言えるかもしれない。

「停まるなっ、動け!」

 メシスの一喝に、泡を食ったように動き出す二機のJフェニックス。その数秒後、仲間を失ったことを理解した敵機の怒涛の攻撃が始まった。
 なんとかかわしながら二機は距離をとる。その危なっかしい様子に溜息をつきながらも、メシスは若干焦っていた心を落ち着けた。

(二機ともちゃんと戦力になっている、か。これならば多少時間をかけてでも大丈夫か)

 早急に一人で敵を倒さないといけないと言うプレッシャーがなくなり、肩から荷が下りたように感じる。
 だからと言って油断はできない。メシスは改めて気を入れると、機体を突撃させた。

 しかし今度は一転、攻めあぐねる形となる。

 どうやら最初にガルバを破壊した一撃の衝撃が大きかったらしく、このあとパンツァーシュレックを相手に向かって構えると瞬間転移で距離をとられることが多くなった。

 パンツァーシュレックは射撃兵器の中でも特に威力が高いが、弾速が遅いという欠点があるため近距離以外ではなかなか当てられないのだ。
 もう一方の手に持っているショットガンでもダメージを与えられるが、それでも一番のダメージ源が有効打にならないのはこの乱戦では正直きつい。

(しかし相手の注意はパンツァーに向かっているな。……これを使うか)

 メシスはパンツァーシュレックを機体背面部に取り付けた格納ジョイントに固定させると、片手は空手にしたまま最高速で距離を詰める。 その途中で腰部に備え付けられた兵器格納ボックスから短い黒色の円柱形の物体を手に取る。

 そのまま速度を落さず駆け抜け、低高度ジャンプをして瞬間相手の胴体部分に掌に持っていた物体を叩きつける。
 と、ガルバの装甲表面にぴたりと接着された。そしてメシスはGFの正面部の突起部分を足がかりとして跳躍し飛び越え、そのまま背面部にも貼り付けさせ離脱する。

 しかし――特に何も起こらない。メシスから攻撃を喰らったと思ったガルバも不思議そうに自分の胴体を見下ろす。ただし気味悪がって剥がそうと思ってもまったく取れなかったが。

 一機目への『設置』が終わるとメシスは機体を駆り、他に二機のガルバにも同じ要領でその黒色の物体を数箇所取り付けた。

 ただメシスが狙っていた残りの機体は一種の予感めいた危険性を感じたのか、瞬間転移の連続使用によってかなり離れたところまで逃げられてしまったため、そちらは諦める。

 メシスは欲を言えばもう少し多い機体にもつけたかったが、仕方がないだろう。『同時撃破』数を増やすことよりも一刻も早くこの数の不利を解消させなければならないのだ。
 メシスはこの兵器の作製者の忠告どおり、相手から少しだけ距離をとる。そして――。

(喰らえ)

 『起爆』のための電子信号を送った。

 次の瞬間。

 辺りを切り裂くが如き強烈な白い閃光と共に、本日戦闘が開始して以来最大の爆音が轟いた。
 三機のガルバそれぞれを中心に上がった炎の柱は、まさしく天を焦がすかのごとく燃え盛り、その熱量により爆発点周囲の空気が陽炎のように揺らぐ。
 ヘルファイアには及ばないが、PF用の兵器としては凶悪なまでの威力だった。

『な、なななななな何やったの!?』

 と、イズミが度肝を抜かれたような声で慌てて通信を入れてくる。
 Jフェニックス一号機・二号機ともに被害はなかったが、突如上がった爆発に驚いたのであろう。……これだけの規模だと当然であろうが。

「いや、その……知り合いから貰った兵器を使用してみたのだが……まさかこれほどの威力とは」

 メシスもどこか気が抜けたように返す。彼女もここまでの爆発が起きるとは思わなかったのだ。
 なお当然と言うべきか、直撃を喰らったガルバは原型を留めていないほど破壊されていた。さしものGFもあれだけの熱量と衝撃を耐えることはできなかったようである。

(こんなに危険なものだったとは。もう少し詳しく説明して欲しかったな)

 ――小型時限式爆雷、通称『イグニス』。
 これが、今メシスが使用した兵器の名称である。
 簡単に言えば対PF用接着式爆弾とも言えるもので、内部に強力な液体・火薬燃料を封入した爆弾を相手の機体表面に叩きつけて接着させ、その後電気信号を送ることで任意のタイミングで爆発させることが可能である。

 タイガが半ば趣味で作成した兵器であるが、基本的に接近しないと使えないという性質上なかなか使い手が見つからず、ちょうど戦闘スタイルがかみ合ったメシスにモニター代わりに整備終了後に渡したものであった。

 元々、巨大な質量を持つロケットを星の重力から解き放つほどの加速を得させることが可能な燃料なのだ。一個あたりの積載量は少量とは言え、その威力は推して知るべしといったところだろう。

 現にあまりの威力に敵味方問わず膠着してしまっている。

(あいつらは……)

 ここでメシスはこの自らが作った一瞬の隙でリサたちの様子を確認する。

 両機とも今のところ致命傷はないらしく、回避に専念している。余分な動作もいくらか入っているようだが、逆にそれゆえに目立ち、おとりとしての役割を十二分に果たしていた。
 このような強敵と戦ったことがなくもっと、混乱していると思っていたメシスにとっては、ここまで攻撃を避けるという事実はかなり驚きである。
 どうやら今までの戦闘での動きは、戦闘中の会話によって集中力が削がれていたせいというのもあるように思えた。

 ――もっとも、そんな半分漫才が入っている彼女達の会話を(当人達は気が付いていない様子であるが)外部スピーカーで流しながら回避していることで、それを聞いた相手の頭に血が上り攻撃が単調になっているのも大きな理由の一つだろうが。

 しかしそうこうしているうちに、リサ・プリスが駆る一号機が射撃攻撃の回避に専念するあまり、一体のガルバに接近しすぎてしまった。
 間合いに入ったところを狙われる。後ろ側に引き絞られた脚が一気に放たれた。
 慌てて一号機は機体を横に倒して回避。ギリギリのところでやり過ごすと、その隙をついてカタールを叩き込もうとする――が。

「後ろだ!」

 メシスが大声を張り上げる。
 もう一機のGFが、バスターランチャーの狙いを一号機に定めていたのである。リサ達は相手に気を取られすぎて後方の確認を怠っていたせいで気付いていなかった。

 接近戦を行うためその場で静止していたJフェニックスがいまから回避行動をとっても間に合わないと踏んだメシスは、躊躇なく一号機の足元に向かってパンツァーシュレックを発射する。

『ち、ちょ―――!』

 搭乗しているリサとプリスの悲鳴が綺麗にはもって聞こえるが、それも爆音によって遮られる。三十メートルほど吹き飛ぶとほぼ同時にバスターランチャーが虚空を突き抜けた。

『な、何すんのよ〜! 殺す気!?』

 体勢を立て直しながらリサが声を荒げる。彼女にとって命の次に、否、命と同等に大切なJフェニックスが傷物になったため思わず口をついて出る。

 当然のことながら爆風のダメージはあるものの、バスターの直撃を喰らうよりははるかに軽微であることは想像に難くないのだが。

「あのままいたらそのJフェニックスごと蒸発していたが、そのほうが良かったか?」
『そ、そうじゃないけどさ。一応助け方ってものが――』
「文句は後だ、また来るぞ!」

 異口同音に言ってきたリサとプリスの文句を遮って注意を促す。攻撃を外したものの好機には違いないと見たのかもう一度撃つようだ。 メシス機と一号機は慌てて構える。

 しかしバスターを発射する瞬間、そのガルバの背面に発生した爆発によってその巨体が大きく揺らぐ。Jフェニックス二号機が放ったグレネードランチャーが直撃したのだ。

『ふっ、どうした。そろそろ限界か?』

 と、ここでセリナが笑いながら通信を入れてくる。
 慣れないGFとの混戦の中、彼女らとしても悠長に話をする余裕はないはずであるが、軽口を言うことでお互いの緊張を和らげようとする年長者の気配りだろう。

『冗談!』

 その証拠というべきか、この状況でもリサとプリスが口の端に笑みを浮かべつつ声を揃えて答えた。

 だが次の瞬間、逆に一機のガルバが音もなく二号機の背後に空間転移した。

「…………え?」

 イズミがいきなりレーダー上、自機の後ろに生まれた反応に訝しがる。サブモニターを確認すると……すぐ目の前――ではなく実際では背後だが――鋼の巨体が映り、ひきつるような短い悲鳴を上げた。

 次の瞬間猛烈な勢いで蹴りが放たれる。イズミも慌てて回避を試みるが、いかんせん遅かった。振り子のように勢いをつけたGFの脚部が右側のウィングに直撃した。

「くぅぅぅぅぅぅぅっ!」
「きゃぁぁぁぁぁ!」
「セリナッ、イズミ!!」

 セリナとイズミ、そしてリサの悲鳴が重なる。
 Jフェニックスが紙屑のように勢いよく吹き飛び、数度大きくバウンドして――数十メートル転がった後止まった。

「ぐっ、イズミ! 姿勢を立て直せ!!」
「う、うん!」

 コックピット内に損傷によるアラートが鳴り響くなか、セリナは痛む頭を振りながら檄を飛ばす。
 イズミもふらふらしているようだが、なんとか返答し機体を起こした。ずいぶんとたどたどしい動きで隙だらけあったが、追撃はない。

 不思議に思い周囲を確認すると、自分達を蹴り飛ばしたGFに対して一号機がカタールでの接近戦で仕掛けているのが見えた。リサたちにガルバ三機同時は荷が重いだろうが、それでもセリナたちに注意が向かないようそこらを飛び回っている。

 それを見たセリナは心の中でリサたちに感謝しつつ、この間に機体をチェックする。

(くそっ、かなりの痛手だな)

 完全に片方のウィングは破壊されており、キックによるダメージに地面との接触時にかかった衝撃のせいで右腕をはじめとしてかなりの部分に不具合が発生していた。中破、とまではいかないが直ぐに戦闘に支障が出てくる可能性もある。

 徐々に相手の数も減ってきてはいるが、脅威自体はそれほど変わってはいない。短期決戦でケリがつけられなければ――。

(こちらの負けだ……!)

 奥歯をかみ締めながらセリナが思う。何しろたった数秒の隙を見せただけでこの痛手だ。改めてGFの恐怖を思い出された。

「くそ……イズミ、いけるか!?」
「うん、な、なんとか!」
「……よしっ、なら行くぞ」

 気丈なイズミの答えに、セリナは改めて気合を入れ、再び機体を敵機に向っていった。


 

 GF部隊は、敵機である三機のなかで一番の手練はメシスと判断したらしく、残っている戦力の七割を割いてきた。さすがにこれはメシスにとっても分が悪い展開である。

 ガルバの数少ない弱点である『手数が少ない』というものが数によって補われた形になっているからだ。

 自機に向かって放たれる攻撃を紙一重で避け続けるメシスであったが、それにも限界があった。
 三方向からの集中砲火をやり過ごしたが、若干機体の体勢が崩れ即座の回避行動が取れなくなる。
 その瞬間、メインモニターにすぐ前方の地面に数発の大型ミサイルが突撃した映像が映った。

(……ッ!)

 心の中で何かを思う間もなく、反射的に無理な姿勢のまま地を蹴って一気に後方へと逃れようとする。

 しかし発生した炎の壁の侵攻速度はその比ではなかった。次の瞬間にはメシス機は荒れ狂う炎に捉えられた。
 その圧力に、ラーズベルタはあたかもカタパルトから後ろ向きに思いっきり発射されたかのように吹き飛ぶ。

 耐熱コーティングは済ませているので熱による融解はなく純粋に爆風の衝撃だけが襲ってきたのだが……それでもベルトで固定している身体が前後に激しく揺れるほどであった。

(ぐぅ、ここで倒れるわけには!)

 吹き飛ばされた状態からとっさに武器を投げ出しバク転気味に地面に手をつき、間髪要れずに折った腕を伸ばすことによって発生する力の反動で跳ね上がる。

 その数瞬後、今しがたメシス機がいた空間を緑色の閃光が貫いた。光の残滓がふぅっと大気に溶ける。
 際どいところで相手の攻撃を避け、機体の損傷を確認すると、ダメージを知らせるアラートは絶えず聞こえていたが、戦闘に支障がない程度。

 大きな問題はないとは言え――何度も喰らうわけにはいかないだろう。

(油断した、か。人のこと言えないなッ)

 着地と同時に投げたパンツァーとショットガンへと向かい流れるような動きで拾い上げる。幸いなことに兵器の方には損傷はないようであった。
 機体には衝撃のダメージは残っているとは言え、一方のGF部隊も相当数が減ってきたのは事実ではある。

(守りに入りはしない……このまま叩き潰す!)

 空気を吸ったバーニア部分から激しい炎が噴出され、急加速。一気に距離を縮めた。

 近寄ってきたメシス機を見て相手がイグニスを接着されまいと、お得意の瞬間転移で避ける。しかしこのガルバのパイロットはもう一つのラーズベルタ最大の兵器について失念していた。

 十分に距離が詰まっていたため、転移先もそれほど距離がある場所ではないだろう。
 そう見当つけたメシスは相手が瞬間転移するやいなや、背面にセットしていたパンツァーシュレックを再び手に持つ。
 その動作を行いながらレーダーを確認し、新たな光点が生まれた瞬間そちらに砲塔を向けトリガーを引いた。

 わずか数秒後、瞬間転移が発動し終わったガルバのパイロットが最期に見た光景は、すでに目の前まで自分に向かってきていたパンツァーシュレックの弾丸であった。


 

 その後結局メシスたちは、二種類の兵器を駆使したラーズベルタを中心とした攻撃によって、一人の欠員も出すことなく十数機のガルバを沈黙させたのだった。







 

 戦場――だった場所――は、今はLIPSたちの勝利の凱歌によって満たされていた。

 唯一リサだけが自慢のJフェニックスにかなり傷がついてしまったため文句を言っているが、普段と比べてもその声が弾んでいる。
 何しろ新型GF部隊を撃滅させたのだ。今までのような敗残兵や哨戒部隊相手に白星を上げた、とは訳が違う。まさに大金星である。

 実際には大部分を倒したのはメシスであったが、その喜びも当然の物だと言えよう。

「ふぅ、相変わらず調子の良いヤツラだな、まったく。………………ん。気のせいか今、腕が?」

 苦笑交じりに彼女らのはしゃぎようを眺めていたメシスが、メインモニターの隅に移っていた敵機にカメラを向ける。
 次の瞬間、周囲に転がっていたゼクルヴ・ガルバのうちの一機の無機質な瞳に再び紅い狂気の光が灯った。

「なッ……!?」

 思わずメシスの声から、驚きとも呻きともとれる言葉が漏れ、その動きが止まった。

 何しろ、その機体はコックピット付近を含めた右半身が完全に潰れていたのだ。もはやエースと言っても過言ではないほどの戦歴をもつメシスが油断したのも、仕方ない。

「見てくれた、お兄ちゃ〜ん! あたしやったよ〜!!」
「ちょっとイズミ、あんた何自分だけの手柄にしてるの! グレンリーダー様から、最初にご褒美貰うのは私なんだから!!」
「え〜、リサちゃんずるいずるいずるい〜。罰金ものなのだ〜!」

 一方、LIPSの面々は未だに思いがけない大金星に酔いしれており、まったく気づいていない。

 それをあざ笑うかのように、ガルバの左足に装着されていたバスターランチャーに緑色の粒子が収束されて――――。

「ええぃ。いい加減にしろ、貴様ら! そもそも今回の手柄はだな、私が――――ん、熱源反応がまだ!?」

 他の三人の会話に割り込んでいたセリナがようやく気付いたが、すでに致命的な隙が生じていた。

(くぅ、間に合えッ!!)

 瞬間、メシスは機体のブーストを全開にして最大速度で射線上に向かって躍りだし、それと同時にパンツァーシュレックの銃口を向ける。
 そして機体を横滑りさせながらトリガーを引いたと同時に――――モニターが緑色の閃光に包まれた。




 

「……シス……ッ、メ……ス姉……!」

 暗闇の中――――どこからか声が聞こえてくる。ずいぶんと近いようで、また同時にひどく遠くからのようにも感じられた。

「ぐ……うぅ」

 目を開ける。ただそれだけの行為すらも苦痛に感じられるほどで、自分でも嫌になるくらいの緩慢さであった。
 まずかすれた視界に、上半身も完全に爆砕されたガルバの姿が目に入る。あの瞬間最後のパンツァーシュレックの砲弾を叩き込んだのだから当然だろう。そして。

(すまな、いな…………ラーズ)

 自分のすぐ横には半壊、いや全壊したと言ってもいいだろう。ラーズベルタが、まるで倒れこむように鎮座していた。

 ガルバのバスターランチャーを防ぐために、パンツァーシュレックを持っていた手とは逆の左腕をコックピット前方で盾のようにして構えたので何とか直撃は免れたものの、その腕は完全に融解し胴部の装甲もコックピットの内部が見えるほど破壊されたのだ。

 コックピットまで貫通しなかったのは、はっきり言って運によるところも大きかった。

 メシスは同時に、最近この機体を整備してくれた人物についても心の中で詫びた。
 何しろオーバーホールまでして整備してもらってからまだ二週間ほどしか経っていない。会ったときどんな言い訳をしようか、とぼんやりと考える。

 そこでようやく、ぼやけた視界の中に映っていたおぼろげな影が誰であるのかが判断できた。
 LIPS小隊。ここ二ヶ月近く、メシスとともに過ごしてきた迷惑な――しかし、どこか居心地が良い少女たちである。

「皆無事……か?」
「ええ、私たちは大丈夫よ」
「そうか……良かった」

 心のそこから安堵の吐息を吐く。どうやら機体を破壊させてまで防いだかいはあったようだ。その事実が身体の痛みを少しだけ和らげた。

 と、ここでメシスは改めて自分の周りに集まっているLIPS小隊の面々を見回す。どの顔にも不安と悲しみ、そして恐怖の色が浮かんでいる。

(……まったく。ひどい顔だ)

 ぼんやりと思考力の低下している中で思う。彼女らの普段の態度や行動からは想像すらできないほどの、負の感情が支配している表情なのだから。

「お前たちは……グレンリーダーのために……戦っているんだったな」
「う、うん。そうだけど」

 唐突に告げる。失意に染まった少女らを見たせいか自然と口から出た言葉であったが……メシスの思った以上に弱々しい声に、イズミの声がさらに震えた。

「そうか……羨ましいな」
「え?」

 メシスの言葉は聞こえたであろうし、その言葉の本来の意味も知っているだろうが、何故今言われたかの意味が理解できなかったのか一同聞き返す。

「好きな人の、ために戦う…………それも良いと思う。私には……できなかった生き方だ」
「喋るな! 今治療してやる!」

 セリナが強い口調で言いながら駆け寄ってきた。もとは戦場看護婦をやっていた彼女は、慣れもあるのかこの事態に一番冷静さを失っておらず、自分が乗っていたJフェニックスから急いで救急箱を持ってきて応急処置を始めたのである。

 しかし。

「いや……言わせてくれ」

 力のない声でメシスが呟く。が、おぼろげながらもその目に宿った意思の光に反論することができなくなったため、セリナは仕方なく治療に専念する。

「だが……この時代、それだけでは駄目だ。唯一つを守るために妄信的になるのではなく、それ以外にも目を向けなくてはいけない」

 メシスは焦点の定まらぬ瞳でどこか遠くを見ながら、言葉をつむぐ。

「私の……知り合いにも……そういう者が、いた。……自分の大切な、ものを守ることだけに執着し、結果……多くの人々を死なせてしまった……」

 あの時。自分のいた世界を赤く紅く染めた原因が自分の身内、そして自身にあったことをその風景を見ながら理解した日のことを心に浮かべた。

 そのときにはメシスは何の力もなかったと今でも思い、夢にも見る。友を守る力、自分の世界を守る力、そして何より、闘う力。

 あれから十年近くの歳月が経ったが、どうやら少なくとも最初の力は獲得していたようだ。そう思うと今までの人生が無駄ではなかったと気が楽になった。
 そしてその勢いで続ける。 

「お前たちは強い子だ……いつか、自分の大切な人の力になるために、そしてその大切に思う人が守りたいと思う者も助けることができるくらい……もっと強く、なれ」

 この娘たちには、自分のような人生を歩んで欲しくはない。その想いが体の奥底に残っている体力を搾り出させる。

「私のように……後悔、しないためにも……」
「わかった、わかったからぁ……」

 プリスとイズミが泣きながら抱きついてくる。その頭を、メシスは微笑みながら動かすのも辛くなった手で優しくなでる。
 何故か懐かれ二ヶ月付き合ってきたが、今ではメシスは二人を出来の悪い妹のように感じていた。その二人を守れたことが、とても嬉しかった。

「大丈夫……守りたい者……が、いるお前たちは、私よりも必ず強くなれるは……ずなのだか……ら……」

 メシスの語尾がだんだんと弱くなっていく。

「! やだ、やだよぅ、メシス姉! お願いだから、しっかりして!!」

 プリスの悲痛な叫びがあたりに響く。リサたちには知る良しもないが、このときプリスは両親が目の前で殺害されたときの光景が重なって見えていた。
 親しい人がいなくなる恐怖――久しく縁のなかった感覚に体が凍りつくような感覚を覚え、それが動揺に拍車をかけている。

「セリナ、どうなの!?」
「くっ、応急処置は終わった……しかし、何の設備もないこのようなところでは……!」

 セリナはリサの言葉に対して、辛そうに答えるしかない。いくら元戦場看護婦であったセリナにも救急箱程度の治療器具しかなければ、やれることにも限界があるのだ。

「私たちのJフェニックスも損壊が激しくてまともに動かないし……動いたとしても移動時の振動が……」

 かなり動揺したようにリサが言う。
 整備兵として配属されていたときには、当然のことながら前線に立つことも少なく、このような目の前で人が死ぬ間際のような事態にもあまり慣れていないからであろう。

 一体何をすればいいのか。その場にいる全員の胸の中に、焦燥だけが募る。
このやり取りの間にも徐々にではあるが確実にメシスの呼吸が弱く、小さくなっていく。

「そ、そんなぁ……どうしよう」

 目に浮かべた涙をこぼしながらプリスが呟いた――その瞬間。

「!?」

 彼女たちから少しだけ離れたところに、一体の機体が瞬間転移して来た。
 ダークブルーの装甲に包まれた見たこともないその機体は、こちらを向くと見せるとすぐさま声をかけてきた。

『救難信号を受けて来てみたけれど……そこの皆さん、どうしました?』

 外部スピーカーから若い男の声が流れてくる。

「た、助かった! 頼む、こいつをどこか設備のある病院に連れて行ってくれ!」
「重体者か……ん、まさかメシスさん!?」

 その男性――タイガは、傷の状態をざっと確認するためにズームさせたが、画面に映るその顔には見覚えがあった。

「わかりました。今すぐ連れて行きます」

 すぐさま機体を座らせコックピットのハッチを開けると、流れるような動作で飛び降りる。
 ほとんど無音で地面に降り立つと、滑るように少女達の下に移動した。

「これはひどい……では失礼っと」

 さっと確認してそう短く言うと、そのままやんわりとメシスを抱き再びコックピットへ潜りこんだ。

「ここから一番近い治療設備が揃っていそうな街は…………やはり整備都市かな」

 機体内のコンピューターに内蔵されている電子マップを見て即座に判断すると、機体を動かす。
 都市防衛という任務のおかげで、幸い街からはそんなに離れていなかったのである。

『ではウォルディア・シティに搬送してきます。彼女を運んだら皆さんを迎えに来るから、ちょっと待っていてください』
「わかりました! メシス姉のこと、よろしく頼みます!」
『了解!』

 そう告げるとタイガは瞬間転移を発動させ、その場から一瞬で掻き消えた。


 

「うっ……うっ、ぐす……」

 その場に残っているイズミとプリスは、未だに泣き続けている。

「……」

 一方のリサとセリナも暗い顔をして俯いたままだ。鉛のように重い空気が辺りを支配していた。

「メシス姉……大丈夫かなぁ」

 ――いったいどれほどその場にいただろうか。
 しばらくしてようやく泣き止んだプリスが涙を流しすぎて充血した目の焦点を遠く――おそらくここからは見えはしないメシスの方であろう――にあわせて、ぽつりと呟く。

「……信じるしかあるまい。あいつの力を」

 すでに自分のできることは何もないと理解しているセリナはいくらか落ち着いて告げる。
 力になれないならば、せめて彼女のために心から願おう、そういう気持ちであった。

「……大丈夫よ! なんたってメシスはあたしたちと二ヶ月近く一緒にやってきたんだよ? あれくらいの傷に負けたりしないって!」

 皆の不安を消すように、努めて明るい声でリサが言った。こういうとき、LIPS全体の士気をあげるのは決まってリサとセリナである。
 動揺はしていても根自体は他の二人よりしっかりしているため、フォロー役に回ることが多い。だてにこの小隊に入るまでにもアルサレア軍に所属していたわけではない。

「うん……そうだよね」

 普段の様子からは見る面影もないくらい儚げな声でプリスが同意する。
 それでもやはりこの娘は強い娘だ、とセリナは思う。

 十三歳ですでに小隊員として実戦で戦うということは並大抵の度胸ではできることではない。そういったところをリサもセリナも高く評価しているのだ――間違っても本人に言うつもりはないが。

 そのとき。

「う、うう……たし、の……だ」
「うん?」

 いままで膝を抱えてすすり泣いていたイズミがぽつりと呟く。あまりに小さい声だったせいで聞き取れず思わずセリナが聞き返す。

「わたしのせいよ……わたしが敵を倒れたのかどうかちゃんと確認しなかったせいで」

 今度は聞こえるように言う。しかしそれはセリナたちに聞かせるためではなく、はっきりとした声で言うことにより自分を責めているという感じを受けるような響きであった。

「そんなことはない! 一番の責任はリーダーのくせに相手の動きに気付かなかった私にある!」
「そうだよ、私だってチェックしてなかったし」
「でも最初に騒いだのは私だもん!」
「いや、しかしだな!」
「もうやめましょう、こんなことで争っていたらメシスも悲しむよ!」

 彼女たちは罪の擦り付け合いならぬ罪の『被り合い』を始めたが、皆の声をさえぎるように発せられたリサの叫びに、一同は水を打ったように静まり返る。

 沈黙が三十秒間ほどその場を支配し――皆が落ち着いたのを確認してからリサが切り出す。

「……悪かったのはあたしたち全員。誰かが特別に悪いことなんてなかった。そうでしょ?」
「……ああ、そうだな」

 溜息混じりにセリナが返答する。どの道この場で責任の『請け合い』をやっても意味がないと悟ったのであろう。
 続いて若干ヒステリックになっていたイズミも幾分か落ち着いた口調で言う。

「でもこのままじゃメシス姉に合わす顔がないよ……」
「それは正直私も思う。だから……自分の身を投げ出してまで私たちを護ってくれた彼女に対して何かできることを考えないと……」

 再びしばしの間沈黙が流れ――リサが口を開く。
 そして、純粋な意味での彼女に対してというわけではないのだけれども、と断ってから告げた――。




 

 タイガがメシスを運んでから数刻後。

 しばらくLIPS小隊の面々はその場で静かにしていたが、瞬間転移による空間のきしみを感じにわかに緊張が走る。
 向けられた四対の視線の中、タイガは機体を鎮座させコックピットの高度を下げると軽やかに地面に飛び降り、ゆっくりと彼女たちの元へ歩く。

「ど、どうでした?」

 タイガから喋るのさえ待てなかったのか、リサが恐る恐る聞いてくる。その表情を見て、タイガは勉めて優しい口調で告げる。

「大丈夫、もう問題ないですよ」
「ほ、ホントか!?」

 一歩前に出るような勢いで(と言うか実際に足が出ていたが)セリナが身を乗り出す。その表情はまだ緊張が残るとは言え、タイガの一言を聞いて明るくなったのは確実である。

「ええ、数箇所の複雑骨折となにより裂傷からの出血が激しかったのでかなり消耗はしていましたけどね。内臓系に大きなダメージがなかったのが幸いでした。輸血用の血液も足りて手術も順調のようですよ」
「あぅぅ……ありがとう……ざい、ます」

 その言葉を聞き、安堵感から腰が抜けてしまいその場にへたり込みながら礼を言ったイズミがまた泣き出す。

「え、あ、いや? その……え〜と?」

 その様子に困り果てたようにおろおろするタイガ。
 この数年間PFをいじることだけに関心を傾けていた彼は、気配り程度ならともかくこういう事態に対処できるほど女性に慣れていなかったりした。

 ある意味へたれである。

 その妙に間の抜けた動作に、残りの三人は思わず弱弱しいながらも笑みを浮かべる。

(う〜む……余裕が出てきたようだし、これはこれで良いかな)

 それを見たタイガは心の中でそう呟く。この対応は完全に「素」であったが、怪我の功名というものでどうにかこの場全体を支配していた重苦しい緊張感を和らげることはできたようだ。

 ここでタイガはイズミを余裕が生まれた他の少女たちに任せて、彼女たちのJフェニックスの状態を確認しに行った。
 移動するのにも使えるかどうかを確認する必要があるからだ。最悪途中で爆発するような損傷度であったらここで放棄しなければならない。

 とりあえず機体に近寄り、手際よく要所だけをチェックしたが。

(これはまた……判断に困る壊れ方だなぁ)

 口の端に苦笑いを浮かべ、結論づける。

 結果からだけ言えば動かして最寄りの基地にまで行くことはできる程度の余力は残っている。セリナ機のほうはリサ機に比べて損傷率が高いが、それでも通常に動かす程度でオーバーロードは起こさないだろう。

 だがしかし。
 これが戦闘も可能か否か、と言われればはっきりと『NO』と言わざるをえない。

 動かすことはできるといっても二機ともオートバランサーにダメージを受けているせいで、歩くたびに響く振動が大きくなるようだった。
 歩行程度ならまだしも、激しい動きがともなう行動をした時にかかる負荷はどのくらいのものか。あまり想像したくないものである。

 そして何より装甲の損傷も激しい。あの深緑のガルバと闘ったのだ。ヌエが一小隊、程度なら立ち回り次第で何とかなるかもしれないが、それ以上の隊と遭遇したときに切り抜けることができる程度の損傷だと断言できるほど、甘い傷ではなかった。

 むしろ彼女たちの技量を考えれば撃墜されなかったことが奇跡と言ってもいいだろう。

(仕方ないか……彼女たちにガルバの相手は辛かっただろうし)

 そこら辺に転がっているGFだったモノの成れの果てである残骸を眺める。大部隊とは言えるほどではないが少ないとも言えない数と交戦したようだ。

 かつて俗に言うGエリア攻防戦と同時期に起きた大規模衝突の際、初めて実戦投入され一気にサーリットン戦線を押し返したほどの戦闘力を有している。
 機体から考えても連れのメシスの腕は確かであろうが、それでもカバーしきれるものではなかったと言うことだ。

 結局溜息を一つつくと、タイガはLIPS小隊の元に向かった。


 

「え〜と、もう大丈夫ですか?」
「はい。すいませんでした」

 リサたちのところに戻り聞くタイガに、イズミが返答する。そのはっきりした声に安心し、後を続けた。

「今皆さんのJフェニックスの状態を確認したところ、移動のためだけに使うのならなんとかなりそうでした。なのでメシスさんを運んだ病院があるウォルディアまでの移動手段にしましょう」
「ああ、わかった」

 セリナは心得た、というように頷いたが、一方横にいたリサの顔が曇る。

「『移動手段』に使うって……それ以外はどうなの?」
「ん〜、現状では戦闘はまず無理ですねぇ。あと、ウォルディアまで無事に着いても……正直、この機体をそのまま運用することは厳しいかと」
「あうううぅぅ。わ、私のJフェニックスがぁ……」

 気まずさからかタイガが頬を指で掻きながら言った回答に、一気に脱力してへたり込んでしまうリサ。

 今までメシスのことが頭の思考容量を占拠していたが、今はリサにとって命と同等の大切さであるJフェニックスの容態について考えるだけの余裕ができたため、捨て置けなかった内容であったのだ。

 Jフェニックスに命を懸けていると言っても過言でないリサである。ぱっと見からして同じ結論に達してはいたのだろうが……信じたくなかった事実を、他人からも指摘されたことにより見事に玉砕してしまったようだ。

「ま、まぁ仕方ないって。それよりもとっとと行こうよ」

 こうなると長くなることを経験良く知っているため、プリスが慌てたように催促する。

「ぇぇ。分かったわ……はぁ……」

 溜息をつきながらよろよろと立ち上がった。不幸を身に纏ったようにオーラを立ち上らせているが、そこにはあえて触れず、タイガは皆に告げた。

「え、え〜と……では早速行くとしましょうか。ヴァリム軍もガルバの部隊が消息不明になった、なんていったら偵察隊を派遣する可能性も高いですし」

 タイガの言葉にLIPS小隊はそれぞれ機体に乗り込み、その巨体を立ち上げたのであった。




 

 それからしばらく、タイガの機体を先頭に一同はメシスを連れて行ったウォルディアへ進路をとった。
 PFは人と歩幅そのものが違うため、本調子ではなくてもそれなりの速度は出ている。戦った場所からは街まで二十キロほどであったが、二時間ほどもあれば到着するペースだ。

(とは言え……)

 どうやらそう簡単に事は運ばないらしい。

 タイガは機体の三次元広域レーダーに無数の機影を確認したのである。
 識別反応はヴァリムで、その数約四十。ほとんどアルサレアとの大規模戦闘がないこの地域に配置されているにしてはかなりの規模だ。

 どうやら撃墜されたガルバたちは彼らにとっても重要な戦力だったらしい。壊滅の知らせを受けて、一種の報復行為のために出撃したのだろう。ずいぶんと気合の入った部隊である。

(いくら進路上仕方ないとはいえ、ここまで思いっきり鉢合わせるなんてなぁ)

 タイガは内心でぼやく。
 ヴァリムの基地が近いのは確認していたが、Jフェニックスの状態を考えれば回り道する余裕がなかった。そのため最短距離を一気に抜けるつもりであったのであるが……。

「ちょっと、いいですか?」
『え、何です?』

 早速タイガはリサ達に通信を入れるが、疑問の声を持って返された。
 彼女たちの機体ではまだ敵機を捕捉していないようである。と言っても、タイガ機のレーダーレンジが通常機よりも長いというだけで、別にJフェニックスのレーダー精度が悪いというわけではないのだが。

「どうも前方からヴァリムの中隊が来ているみたいなので、皆さんはここでちょっと待っていてくれませんか?」

 その言葉に少女たちは息を飲む。実際に自分たちで動かしてみて、機体の惨状をよく理解しているためであろう。

「あ、大丈夫ですよ。そんなに時間は掛かりませんから」

 その空気を感じ取ったのか、タイガはあくまで軽い口調で告げる。

『一人で行く気か?』

 普段の勝気な口調でセリナが聞く。

「ええ、ささっと行って帰ってきます。またあとで合流しましょう。……では」

 簡潔にそれだけ答えると、答えを待たずタイガはそのまま真っ直ぐ機体を進めていったのだった。





 

 ステルスは切っているため、当然すでに捕捉されていたのだろう。タイガが相手を目視できる頃まで近づいたときには、すでにヴァリム軍は陣形を組んでいた。
 数十もの鋼鉄の巨体が並んでいるのはなかなかに壮観であった。

 さすがにいきなり戦闘というのも気が引けるので、タイガはとりあえず全チャンネルで通信を入れる。

「どうも、こんにちは」
『……気の抜けた口調だな。見かけん機体だが、貴様がGF部隊を落としたのか』
「あー、いえ。彼らを倒したのは僕じゃありませんよ」
『フン、当然か。お前のようなヤツに連中を倒せるわけもないだろう』
「はぁ……それはどうも」

 まぁ至極当然といえる短い反応が返ってきた。どうやら今ずいぶんと高圧的な喋り方をした人物がこの中隊の隊長なのだろう。
 だが、その態度を確認したタイガは、心の中で再び溜息をつく。どう転んでもこのあとの展開が容易に予想できたからである。そうとは知らず、相手の中隊長が続けてくる。

『さて、ではその我々ヴァリムに喧嘩を売ってくれたのはどこの輩かね?』
「それはお答えできません」
『……なんだと?』
「実はその人たちは僕の知人の御友人でして。手を出させるわけにはいきませんので」
『ほう、知っているのに教えない、と。この数を前にずいぶんと余裕じゃないか』
「誉め言葉として受け取らせていただきますよ」
『貴様……ッ』

 徐々にだが、確実に場の空気が剣呑さを帯びていく。もっとも原因の半分ほどは明らかにタイガにあるように思えるが。

『……まぁいい。貴様がやってきた方向に行けばいるのだろう。今回は見逃してやるから消えるが良い』
「だから通さないんですって」
『何ぃ?』
「あなた方があだ討ちを諦めないというのであれば…………僕が相手です」

 タイガのセリフに伏兵がいるのかと思い、中隊長は周囲を確認する。が、すでに見晴らしが良い平地でありPFが隠れられる障害物もなく、伏兵の影も形もない。

『貴様…………たった一機で、我々と戦うつもりか』
「ええ、そのつもりですけど?」

 中隊長が聞いてきた問いに、どこかのんびりとした雰囲気をまといながらタイガが告げる。
 一瞬の静寂が支配し――――次の瞬間、ヴァリム兵たちが大声をあげて嘲笑した。

『は……はは……あははははッ! 何言ってんのかわかってんのか、お前ェ!?』
『こっちが何機いると思ってんだ、ええッ!?』
『それとも目がイカレちまってて、俺たちがどれだけいるのかわからねぇのか、オイ!』

 一般兵が声を揃えてくる。好戦的な民族柄らしく、口が悪い。はっきり言ってPFに乗っているよりもそこらの繁華街でごろつきをやっていたほうが似合うような口調だ。

「う〜ん、分らないかなぁ」

 喧騒はどこ吹く風、流すようにタイガが少しだけ困ったように言葉を紡ぐ。
 そこまではあくまでマイペースに告げるが…………すぅ、と目に冷たさが浮かんだ。

「つまり、あなた達『程度』の腕なら、何人集まっても物の数じゃないってことですよ」

 あくまで朗らかに言いながら、しかしその内容はとても――――挑発的な内容だった。

『な、なんだと…………!』

 今まで部下と同様、馬鹿のように笑っていた中隊長が、どう考えても侮辱としか受け取れない言葉を聞いて色めきたつ。

「僕が前に所属していた小隊の隊員には、鼻歌交じりに一個大隊を壊滅させるだけの技量を持った人ばかりでしたからね。その方々と比べればそういう結論にもなります」
『訳の分からないことを……! い、良い度胸ではないか。では望みどおり……てめえら、やっちまえぇぇぇ!!』

 中隊長の号令により、すでに我慢の限界に来ていたヴァリム兵がまるで鎖の切れた猛獣のように一気に襲い掛かかってくる。
 しかしタイガはその鋼鉄の津波を見ながらもあくまで冷静に、機体をゆっくり動かし大剣を構える。

「昔あなた方と同じ軍に所属していたよしみで命までは取りませんが……再起不能程度は覚悟してください」

 そう呟くと同時にタイガの顔から甘さが抜け戦士の顔に変わると、

「暴龍の片鱗を示さん、……息吹け、覇流皇ッッ!!」

 烈迫の気合とともに機体を回転させながら沈み込ませ――――次の瞬間、一条の弾丸のごとくヴァリム兵に向かって地を蹴った。


 

 タイガの覇流皇は、猛烈な勢いで地を這うようにブーストでヴァリム軍中隊に突撃し――剣の間合いに入る直前、電磁加速剣【ヴァルムンク】の剣速加速を発動させる。

「ふっっ!」

 剣に備え付けられた加速ブースターが火を噴きあげた。
 機体をねじって相手の射撃攻撃をかわすと同時に、向かってきた敵の先頭集団の機体に対してすれ違いざまに加速させた斬撃を連続で叩き込む。
 金属が砕け散る壮絶な音が轟くとほぼ同時に、下半身を斬られたPFが数機空中に弾き飛ばされた。

『なっ、速い!?』

 思わず後続の兵が目を見張り叫ぶ。しかし――その一瞬生じた隙が致命的なものとなった。

 回転させながら駆け抜けた覇流皇の勢いを殺さず、タイガは水平に近い角度で振りぬいた状態から流れるようにヴァルムンクを背面に大きく振りかぶり、間を開けずに加速ブースターを点火、ジェネレーターとコックピットはあえて外したが頭頂部から右腰部にかけて一気に切り裂く。

 そして、たった今斬った機体を一気に飛び越え、その奥にいた機体のヘッドフレームと脚部を宙に飛ばす。
 高々と舞ったヘッドフレームが鈍い音を立てて地面に落下した。

 覇流皇が動いてからここまでにわずか二十秒弱、その間にすでに八機のヴァリム軍PFが戦闘不能に陥られた。

『ぐっ、近距離は不利だ! 距離をとって射撃で攻めろ!』

 あまりの一方的な展開にさすがに度肝を抜かれたのか、中隊長が叫ぶような口調で命令を出す。
 その声を聞き急ブーストで覇流皇から離れた六機ほどのONIGAMIのバスターランチャーの砲塔に、緑色の光が収束される。

「バスターですか。……ならば【エスクード】展開!」

 冷静に確認すると【エスクード】システムを起動した。その瞬間タイガ機の周囲に『見えざる壁』が展開される。

(この位置であれだけの数だと……これくらいの湾曲率かな)

 そう判断し【エスクード】を展開したまま、ONIGAMIに向かってブーストを噴かす。

『この野郎ォッ、食らいやがれぇ!』

 そのことに気づかず、真正面から突撃してきたのを好機と見て、ONIGAMIがバスターランチャーを発射する。
 周囲の空気を焦げ付かせながら覇流皇に六条の緑光の奔流が向かう。ヴァリム兵が回避行動をとらないタイガ機を見て直撃させ倒したと思った瞬間――すべての流れが装甲に、否、装甲の直前の空間で弾かれた。
 それだけでなく、弾かれたバスターランチャーが放射状に広がり、周囲にいた他の友軍機の表面を焼いたのである。

『な、何だあれは!?』

 今までみたこともない現象を目の当たりにし、ONIGAMIの動きが完全に止まる。その脇を覇流皇は瞬時に通り抜けた。

「バスターは有効に使わないといけませんよ!」

 そう告げるとヴァルムンクの刀身をスライドさせ【ブリューナクの鑓】を起動、発射と同時に機体を反転しながら振り抜く。通常チャージで撃ったがそれでもハンマバスターと同等の威力を持つ必殺の鑓は、ONIGAMIはもちろんのこと、彼らの後方にいた数機もろとも一撃目に頭部、一回転しながら撃ったニ撃目で脚間接部をまとめて融解させ沈黙させた。

『ぬ、ぬぅぅぅ。とにかく落とすんだ! 数はまだこちらのほうが上だぞ!』

 中隊長が叫ぶ。それと同時に中隊長の周囲を固めていた十機のヴェタールがMLRSを一斉に吐き出した。
 視界が埋まるほどの怒涛の弾幕にさすがのタイガも距離をとり、サイドステップとバックステップを組み合わせ高速で飛来してくるミサイルを避けることに専念する。

 数瞬前まで覇流皇がいた場所に一斉にMLRSが振りそそぎ――大爆発とともにあたりをつんざくような爆音が響く。何しろ五十発近いMLRSがほぼ一斉に爆発したため、その破壊の力は周囲の温度を急上昇させ、また立ち上った爆炎により互いの機体が確認できないほどである。

 タイガは爆風の影響で崩れたバランスを空中で姿勢制御を行い立て直し、機体を地面に着地させた。

(っとと。正攻法で、しかも無傷でこれを突破するのは厳しいかな?)

 当然ながら覇流皇を護る強固な鎧である【ゾディアック・エニティ】の強度を持ってすれば、いくら数が多いとは言えMLRS程度の爆風は耐えることができるであろう。
 しかし多少のダメージを追うのは確実であろうし――何より、そんな強攻策では昔の仲間たちに遠く及ばない。

(皆だったならもっとうまくできそうだしなぁ。少しでも近づく努力はしないと)

 口元に苦笑を浮かべ思う。
 一応整備係として暴龍小隊に入った身とはいえ、タイガもパイロットの腕に興味がないわけではない。トップエース級が揃っていたあの小隊に所属していたのだからそれに恥じない技術を得る、というのが戦闘面での目下の目標であった。

(そうすると【ジェミニ】と【サジタリウス】は封印だなぁ。……よし、それなら!)

 ヴァルムンクを背面ジョイント部分にマウントし、代わりに腰部付近にくっついていた尻尾のようなパーツを手に取る。

 と同時に、爆炎を切り裂きMLRSの第二陣が降り注ぐ。タイガは冷静にぎりぎりまで引きつけ、ちょうど良いタイミングになった瞬間一気に跳躍させ最初に発生した炎を飛び越える。
 発生した爆炎に乗って高度まで上がりそこで相手の布陣を確認するが――最初とあまり変わらず、ほとんど動いていない。彼らとしても見えない敵に対して迂闊な動きはできないということなのであろう。

(好機!)

 機体を自由落下させ布陣の中央に落ちていく。すると何機かのヴェタールが覇流皇の動きに気付き対空砲火よろしくMLRSを発射。
 それに対してタイガは右手に持ったパーツをウェーブさせるように振り回す。すると今まではPFよりも短い程度の長さしかなかったものが一気に数十メートルにまで伸びた。

 この伸縮自在のヒートロッドで自分の落下軌道に重なるMLRSを片っ端から『叩ききって』全て迎撃していく。
 そしてヴェタールから撃たれるMLRSが次弾装填のため止んだと同時に、ヒートロッドをMLRSのポッドに直撃させる。
 ヒートロッドが貫通する際発生した摩擦熱によってMLRSの内部火薬が一斉に誘爆し、あまりの衝撃に重量級のヴェタールが吹き飛んだ。
 それを視界の端で確認しながら二機、三機と同様の手順で行動不能にさせ、覇流皇は地面に足をつける。

「はぁぁぁぁああぁぁ!」

 慌てて残りの機体が構えるがそれよりも早く、着地と同時に嵐のような勢いで繰り出されたヒートロッドの乱舞によって手足を切り裂かれ、結局、最後まで指揮をしていた中隊長含め、全てのヴァリム機が地に伏せた。その結果にタイガは、

「ふぅ……ま、及第点かな?」

 ヒートロッドを格納してからあたりを見回し、呟いた。




 

『がっ……馬鹿な。い、いくらカスタムPFだからって、俺たちが……全滅』

 倒れた機体のコックピットの中で、ヴァリムの中隊長がまるで悪夢でも見ているかのような口調で呻く。
 諦めが悪いのかペダルを踏んだりレバーをがちゃがちゃやっているが手足をもぎ取られた機体は大きな動きをしようともしない。

 戦闘開始から約二十分、あたりは大破したPFが山のように転がっており、さながら地獄絵図であった。
 半刻前には四十機近くのPFが健在だったことを考えれば、この光景を見ても信じられないという考えもあながちおかしいとは言えないだろう。

「だから最初に言ったでしょう? あなた方には僕を倒すことはできないって」

 すでに普段ののんびりとした雰囲気に戻っていたタイガが近づきながら言う。特に言葉の中に含みを入れているわけではないのだが、自分の機体が動けないという不安感からか、中隊長は身体を強張らせ声を放てない。
 雰囲気だけ察したのか、その様子に対しタイガは苦笑しながら話す。

「そんなに落ち込まなくても良いかと。暴龍の息吹の前に立っていられる人は少ないですからね」
『暴龍…………? ま、まさかあの小隊員全員がトップエースクラスの腕を持ちながら、性格・素行に問題があり過ぎたため上層部ですら畏怖の目で見ていた、あの暴龍特務小隊!?』
「………………………………………………。たぶんあってます」

 妙に説明チックな中隊長の叫びに、ばつが悪そうな顔をしながら返事を返す。

(……こんなに悪名の方が高かったんだ)

 所属していた身としてはかなりショッキングな事実である。
 皆、普段は(たぶん)人格者で実際に暴れたことは少なかったが……その反面、一回の暴走で発生する被害はとんでもない。
 たった完全実働期間三ヶ月間という極めて短い結成期間であったがそれでも世間一般での評価はこんなもんだろうなぁ、とタイガは遠くを見ながら諦め半分で認めた。

「……まぁ、そういうことなので、ここらで諦めてもらえません? これ以上やると言うなら、『確実に』降りかかる火の粉は払わないといけませんけど?」
「わ、わかった。もうなにもしない。しかし……元ヴァリム軍の貴様がなぜあの連中を助ける?」

 タイガの言葉の裏に潜む抜き身の刀のような鋭さを敏感に感じ、中隊長は慌てて答える。

「う〜ん、特にこれといった理由はないですがね……ま、顔見知りの女性を見捨てるのは、男として恥ですから」

 そう答えるともう用は済んだというように背を向け、二機のJフェニックスの元に機体を歩かせたのだった。




 

『あー、皆さん? もう大丈夫ですよ』

 外部スピーカーから流れたタイガの声を聞き、離れた山陰に避難していたLIPSの面々は安堵の溜息をついた。一時間にも満たない時間であったが、その間緊張状態を維持しっぱなしで、神経が高ぶっていたのかもしれない。

「助かった〜」
「そうですかぁ……ありがとうございました」

 イズミがぺこりとお辞儀をする。それにならい、他の少女たちも頭を下げる。

「いえいえ、礼を言われるほどのことではありませんよ。機体の慣らしにちょうど良かったですし」

 さらりと怖いことを言うが、LIPS達も特に突っ込んではこない。やはりタイガがどうやって敵を倒したのか、と言うよりもメシスの様態が気になっているということであろう。
 それを感じたタイガは、早速移動を開始するように告げたのだった。



 

 その道すがら。

 荒野を進む二機のJフェニックスのコックピットには、澄んだ音が静かに鳴り響いていた。
 まるで今のLIPS小隊の心中を表すかのように、どこか物悲しいメロディである。しかしそれと同時に、聴く者に安らぎを与える優しい音色でもあった。

 ――そう。数週間前、ウォルディアでイズミとプリスがメシスに買ってもらった電動式オルゴールである。

 イズミとプリスは、誰に言われるでもなくオルゴールを取り出し――その演奏に聴き入っていた。同乗者であるリサとセリナも、何も文句は言わず耳を傾ける。

 誰一人として一言も発してはいなかったが、思っていることは同じであった。

(メシス姉……)

 音の海の中、イズミは心の中で告げる。

(ごめんなさい……私たちのせいで……って言ったら、また怒るかなぁ)

 訓練中、あまり要領の良くないイズミはよくメシスに怒られた。自虐的過ぎる点がある、とも言われたこともある。そのときはかなり落ち込んだりもしたが、今となっては大切な時間であったと思える。

(私たち……これからはもっともっと強くなるように頑張る。メシス姉が、言ったとおり皆で頑張ってみるわ……)

 自分やメシスが満足できるレベルに達成できるかは分からない。しかしやらないわけにはいかないのだ。それが自分達の命を救ってくれたメシスに対する恩返しになるのだと、強く言い聞かせる。

 柔らかい旋律の共に、四人の少女は決意を新たに荒れ果てた荒野を進んでいくのだった。







 

 一週間後。
 アルサレア首都に近い、アルサレア軍施設にて。

「どういう風の吹き回しかは知らんが……ここに来たというと事は、今までのような好き勝手はできんぞ。わかっているのだろうな?」

 アルサレア軍PF操縦技術訓練施設の所属届に眼を通しながら、面接官は意味もなく拳で軽く机を叩き続けながら、目の前に並んだ四人の女性兵士に質問を投げかける。

『はいっ、わかっています!』

 その少女たちはいずれもまだ若い。面接室に入ったときの動きもまだ硬く、そのときにした敬礼も普段しなれていないせいか、もっとも年上の女性以外はぎこちなかった。

 しかしそれを補ってなお余りある真摯さが少女たちの目には浮かんでいた。
 揺るぎない信念を宿しているように思える。

(『悪名』しか聞かんからどんなものかと思ったが……これならばなんとかなるかもしれんな)

 その目を見て、すでに中年に差し掛かった面接官は気分を軽くして思う。最初、彼女らの所属届をみたとき猛烈な頭痛を感じ有給を取って逃げようかとも思ったが……どうやら杞憂に終わりそうである。

「ふむ……気持ちだけはすでに一人前のようだな」

 面接官はにやりとする。一体何が彼女らにあったのかはもちろん知らないが、すでに戦士としての心構えがあるのなら、遠慮はいらないだろう。
 どれだけで音を上げて脱落するかは分からないが、やるからには容赦するつもりはない。

「ではこれからビシバシ鍛えていくぞ! 覚悟するんだな!」
『了解であります!』

 四人の少女の固い意志を含んだ声が、室内に響き渡った――。









 

――了――

 



設定集


●メシス=グレイブヤード
性別:女性
年齢:22歳
容姿:紫色の瞳に、濃紺の髪。背中に大きな火傷がある。
性格:非常に殺伐していて、人付き合いはかなり悪い。ただし根からではなく、本来持っている優しさなどを心の奥にしまっている状態。

 自ら周囲との『壁』を造っている節があるため、あまり深い友人を作らず、作戦前も一人で淡々と機体整備をするようなタイプ。
 戦闘時には普段の性格からは想像も出来ないほど苛烈な攻撃を行う。ただし、人が変わるということではなく、ただ淡々と相手を始末する感じ。
 八年ほど前に、父親がヴァリムに流した兵器が戦場となった自分の街を焼き、目の前で大部分の友人・知人を失ってしまったためショックを受け、他人の命で生活をしている家族らといることに嫌気が差し家を出た。
 友人たちが死んで以来、そのことが半ばトラウマとなり深い仲間を作ろうとはしなくなっている(自責の念が強いため)
 世を流れて傭兵となり、現在はアルサレア軍に所属している。階級は中尉。
 なお、姓は偽名。「自分は死ぬときまで独り。そして、最後に行き着く先は墓場だけである」という非常にネガティブな思考の下、自らに『グレイブヤード』(墓場の意)の姓をつけた。
 紆余曲折のあとLIPS小隊と親しくなる。


 

●メシス専用機:ラーズベルタ

 メシスが駆る高機動近接射撃型機体。

 ショットガンおよび一撃必殺のパンツァーシュレックによるヒット&アウェイを主な基本戦法としているため、ブースターにはボアンΣ2を使用し瞬間的な加速と最高速度を重視している機体となっている。
 が、ブースターによるエネルギー消費が激しいため、サーマル系の兵器を積んでいないところに若干の不安点が残る仕様となっている。
 劇中にて、再会したタイガによって整備を受ける。
 ただ、オーバーホールまでして整備したが比較的短時間の調整であったため劇的な性能アップはしておらず、主だった改修は脚部を中心とする間接部位の強化および機体表面の耐熱ナノメタルコーティングに限定されている。
 しかしこの改修のおかげで、高速戦闘時の無理な動きから来る負担も軽減され、また近距離でパンツァーシュレックを撃ったときに自機にかかる爆風によるダメージを減少させることができるので、連続戦闘時間の延長が可能となった。

 またタイガが趣味で作成したイグニスもモニターということで譲り受けているため、より近接戦闘に向いた機体になったといえる。


 

●接着式時限爆雷:イグニス
 ラーズベルタの腰の部分にマウントされている縦長の兵器収容ボックスの中に入っている高性能爆雷。

 内蔵火薬として高純度液体水素を用いているものと、固定燃料推進薬を用いているものの二種類がある。両者ともロケット燃料として使われるものであるため、小型ながら爆発の規模は非常に大きく、特に液体水素のものは発生する爆炎は白色透明であるため、近くで爆発を見ていた相手には若干の目くらましの効果も発揮する。
 外見は通常の地雷と同じように短い円筒形をしており、底面(上下どちらでも可)を叩きつけると表面に開いた穴から強力な瞬間接着剤が噴出する仕組みとなっている。
 基本的な使用方法としては相手に接近し、相手の機体表面に爆雷を接着し離脱、その後任意のタイミングで爆発させ破壊するというもの。

 相手に密着するほど接近し設置するというリスクを考えれば、非効率の部類に入る兵器と言わざるをえない。
 しかし接着したものはまずはがすことが出来ないため、腕の自信があるパイロットにとっては一機あたりにかける時間は近接武器で攻撃するのと同等の短時間ですみ、スムーズに相手の数を減らすことが可能となる。



 

●整備都市:ウォルディア

 アルサレア内陸に存在している都市で、『整備都市』の二つ名の通り、PFに限らずありとあらゆる機械類の整備が盛んで、街の指針としても奨励している。そのため、整備や機械がここまで生活に密着している都市は他に例をみない。
 それは一般家庭レベルまで普及しており、井戸端会議でPFの各部パーツの物価などといった話題があがるなど、外から来た人々にとってはかなり異質な雰囲気をまとっている。

 元は聖暦以前に、技術者集団だったキャラバンがこの地にとどまり街をつくり、そこから発展してきた。
 前身からして砂漠などで起こった不具合を自分たちの腕のみで直すことが日常茶飯事であり、その臨機応変にして高い技術は脈々と受け継がれてきた。

 現在では民間運営の整備工場やハンガーが街外延部面積の半分を占めるまでにいたっており、互いが競争相手であるため切磋琢磨を繰り返し、今ではこの地にいる整備員はほぼ全てが正規軍でも十二分に一線で働けるほどの腕を持つ。
 このため、傭兵はもちろんのこと、整備すべき機体が多すぎるときは近くに基地を持つ軍から整備の依頼が来ることも多々あるほど<ただし、機密問題もあるため軍所属のカスタム機が来ることはあまりない

 ちなみにタイガの出身地もこの都市であり、彼の整備士としての能力は幼少の頃から磨かれていたようである。





 

 後書き

 え〜、どうも皆さん、おはこにばんわ(ォィ)
 この場でははじめましてですね、ファイラムと申します。

 さてさて、いかがでしたでしょうか。この辺境の地に住み着いてから早三年、初のSSとなりましたが……初作の人選がこれとは、自分でも苦笑いしかできませんなぁ。
 元々このSS、彼女達のあまりの非難の声の多さ・毛嫌い具合に同情し、救済のための話として考えた物だったりします。自分は小説読んでいるため、肯定側中立派なものでして(死)

 劇中LIPS小隊が強すぎると思うシーンがあるかもしれませんが……小説基準&準主役補正がかかっていると思ってください。そうでもしないと話が進まないので……。
 ちなみに某元暴龍小隊員の馬鹿みたいな強さは……デフォルトです。スルーしてくださいませ(殴打)

 他にも色々語りたいところでありますが、長くなりすぎるのでここらへんで。

 最後に、ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。それでは!




 


 管理人より

 ファイラムさんよりご投稿いただきました!

 これは……某小隊がしっかり更生してますねw

 メシスが頑張った甲斐があったというものです、うんうん。

 そしてこちらでは勇姿を拝めたタイガ……さて暴龍記ではどのようになるのか(笑)<ギャグとシリアスでは違ってくるでしょうが
 


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