機甲兵団J-PHOENIX

<Twin Devils and Flame>





 

 真紅……

 命の象徴である血の色にして、惨劇の場の色。

 それが、彼の者の瞳の色。

 

 それが、彼の瞳に宿る赤の意味…………



 

 Stage03 〜Flame〜









 

 ――――懐かしい夢を見た。自分にまだ名前が無い頃の夢と、自分に名前を与えられた頃の夢だ。

 名も無い頃に街の中でただ一人蹲っていた時の夢。
 名を得た頃に街の中でただ一人立ち尽くしていたときの夢。
 そのどちらも街は赤く、地獄と表現されるものだった。

 なんてことのないよく見る悪夢。最初の頃は気が狂いそうだったが、今となってはどうとも思わない。ただの『懐かしい夢』だ。

 目が覚めて、窓から差し込む光に目を細める。壁に取り付けられたカレンダーの日付を確認すれば案の定『例の日』。
 この5年間、毎年この日は必ず悪夢で目が覚め、それと同時に一人きりでなかったころを懐かしく思う。

 と、壁の向こうから物が動く気配がして隣人の存在を思い出し少した。毎年のことだからつい『いつも通り』の気分になってしまったが、今は一人きりではないのだ。
 そのことに知らず頬を緩めて起き上がる。

 ――――さあ、今日も『いつも通り』の一日を始めよう。









 

 エンとユイとマイ、ついでにシルフの3人と1つの奇妙な共同生活が始まってから早3日。
 実に普通からかけ離れた日々であったが皆無事に生きている。

 本来なら今日も非日常な日常を過ごすハズだったのだが予定が変わった。変更された今日やるべきことは『天狼の改良作業』である。
 ことの始まりはエンがこぼした一言だった。わざわざ事細かに説明するほどのものでもないので詳細は省くが、天狼の性能に不満を漏らしたのだ。
 シルフの前で。

 それに対するシルフの反応は静かなものだった。

《あなたが施設を強襲したために天狼は未だ未完成です。安全性のためにも細部の修正と不足しているパーツの作製を進言します》

 と、静かに要求してきた。

《本来の性能でもないのに不満を言われるのはまことに遺憾です。なのでせめて本来の性能にしてほしいのです。誰かのせいで本来の性能が出せないのですから》

 続く言葉には感想と文句を付けてくるこのAIはいったい何者で何様なのだろう?
 とはいえ、性能が上がるのならば文句はないのかエンは素直に作業を進めることに同意している。
 ちなみに、作業をするのはユイとマイもだ。ユイは意外と素直に作業の手伝いをしているがマイは最後まで渋った。

「なんであたいが乗りもしないPFの改良なんてしなきゃならないんだよ」

 最後に「ざけんな」と付け加えて。ただそんな態度も手伝わなければ食事を抜きという脅しによって一変し、「卑怯者」とか言いながら快く引き受けている。作業中ずっとエンのことを睨んでるのはきっと気のせいだ。

 その背に突き刺さる愛とか恋とかそんな夢の世界メルヘンからかけ離れた熱視線に耐えかねてか、エンはシルフに作業の説明を求める。

《あなたが今行っているのは光爪同士の接続コネクタの調整です。それが完了すればその両手を組み合わさることで接続コネクタを繋ぎ、光爪同士を共鳴させ威力、射程距離、攻撃効果範囲の向上が見込めます。ただ二つの光爪を同時に起動させますので消費エネルギーは倍になりますが》

 その音声とともにエンの脇に置かれたモニターに二つのウインドウが表示される。それぞれ光爪を使用したときのデータが記載され、片方には要塞でも攻略するのに向いてそうな大砲のようなもので、もう片方には大部隊を相手をするのに効率的そうな拡散型のものだ。専門的な知識のないエンでは細かいことまではよくわからないが、どうやら改良が完了すればその二つを使い分けることができるらしい。

「……じゃあユイとマイが作ってるのは?」

《あれは牙の鞘です》

 鞘と聞いてエンは疑問を覚える。通常PFの兵器に鞘など必要ない。生身の人間とは違うのだ、触れるだけでPFを傷つけるようなものはない。もしあるなら鞘の存在以前に動力を停止させるシステムがある。
 牙もその例に漏れず起動状態――刃の部分の高速振動状態――なら触れるだけでもPFの装甲を切り裂くが、そうでないなら傷など付けられない。

《もちろん純粋に兵器を収めるためのものではありません。先ほど説明した光爪の特殊使用方法の際そのために使うこともあるでしょうが、あの鞘は牙の性能を高めるためのものです。牙を鞘に収めることによって牙にエネルギーを供給し威力を高めるほか、鞘の中で空気を圧縮し、抜刀と同時に開放することで斬撃を加速させます。またその際の風は5m程度の距離なら相手の動きを封じることができます》

「5mか……、役に立つとは言いがたい距離だな」

 天狼の主力兵器である牙のリーチは約7mである。風ゆえに放射状に広がるであろう事を考えると7、8mあればかなりの使い道があっただろう。

《圧縮したと言っても所詮は空気ですから。質量がないので威力という点では期待できませんし、圧力から開放されればわずかな時間で拡散してしまうので射程距離も大してありません。それでも攻撃をはずしてしまったときのフォローにはなるでしょう。
 そもそも斬撃の加速が狙いなので風の使い道はおまけでしかありません》

「……これは盾とかに変形しないのか?」

《しません》

 心なしか淡い希望を期待したようにもとれる問いかけにシルフを4文字で即否定した。

「……なら他に改良する点は? 装甲強化とか、耐久性向上とか――」

《防御の類は一切ありません。一応、先ほど言った風を盾の代わりに使えないこともないですが》

 風の盾……口の中で復唱してみて、その幻想的ファンタジーな響きの現実感と同じぐらいの頼りなさにエンは見て取れるほどに沈む。

《……そんなに嫌そうな顔をしないで下さい。確かに防御面が上がるわけでわありませんが、これを完了させることで戦術の幅が大きく広がるはずです。
 その全てが攻撃手段とはいえ、この作業の結果は決してマイナスにはならないでしょう》

 それがシルフの言葉に励まされたからか、それともAIにまで慰められるような自分を恥じてかはわからないが、エンは俯かせていた顔を上げる。
 確かに性能が上がるのだからこのままにしておくよりはいいのだろう。そもそも天狼は防御方法を考えているようでは戦えないような代物なのだから、『攻撃を防御するのではなく、攻撃される前に倒す』それが天狼の戦闘スタイルだ。
 その前提で考えるのならば攻撃手段が増えるというのは、気休め程度しか見込めそうにない防御面の向上よりも遥かに大きな価値がある。
 そう気を取り直して作業に戻ろうとするが、

《ところで既に昼を回ってますがよろしいのですか?》

 無神経にも意気込みを潰す声が邪魔をした。

《向こうの二人は作業を切り上げていますし、こちらも早めに終わらせたほうがいいでしょう》

 AIなのだから空気を読むといったことを期待するほうが間違っているのか、それともさっきのような気遣いを見せたわりに時折当然のように機械らしさを見せる半端さに憤慨すべきなのか、はたまたわざわざ二人が居なくなっていることを教えてくれたことを感謝すべきなのか。その3つのうちのどれなのか迷いながらもエンは早足で整備上を後にする。

 ちなみに料理は当番制になっており、今日の料理当番はエンだ。
 急がなければ、家が壊される可能性もあり得る。



 

 エンが部屋に入って最初に目に映ったのは、見るからに機嫌の悪そうなマイだった。理由は問うまでもない。自分が席に着いてもまだ用意されてない昼飯のことだ。右手にナイフ、左手にフォークを構えて机を叩くその仕草は、まるでしつけのなってない子供そのものである。
 入り口に立つエンを半眼で睨みつけるマイには、

『まだ昼飯がないのはどういうことだ』

 と顔にはっきり書いてある。それに対してエンは無言で、

『少しぐらい待てないのかこの欠食児童』

 という思いを視線に込めてマイに飛ばす。エンとマイの視線だけでケンカするという無駄に高度なことをしていると、コツ、と指がテーブルを叩く音が部屋に響いた。二人が何気なく振り向くと同時に凍りつく。視線の先にいるのはユイ。一言も喋りはしないがその必要はないだろう。その目だけでしっかりと用件を述べている。

『いいから早く料理をしなさい』

 子供が見れば軽くトラウマになるぐらいの目つきだった。

 

 エンはため息をつきながらもキッチンに向かう。ユイに対して『そんなに早く食べたいのなら自分で作ればいいのに』とは思いつつも。
 料理当番はエンとユイの二人のみ。マイは入っていない、というより入れてはいけない。
 以前、借りを作りっぱなしなのが気に入らないからという理由で生み出さ――もとい、作られた料理は人が食べていいものではなかった。白い皿の上に置かれたあの異形を思い出しそうになって全力で頭から振り払う。もし思い出してしまったら食欲など起こるはずもなく、今作っている料理のうち、自分の分は無駄になる……のではなく、二人の胃袋の中に消えるだろう。

 適当な物を2、3品作って料理を運んだ先にはテーブルを叩く速度が上がっているマイと、当然のようにテレビをつけて料理の完成を待っているユイが居る。最初の頃は二人とももう少し大人しかったが今となっては珍しくともなんともない、ただの日常の光景である。
 この3人の関係を思えば奇妙なことではあるが、もう誰も気にすることなく日々を過ごしている。

 ただ、流れるニュースの内容は穏やかな昼には似つかわしくない5年前起こった事件の追悼。通称『血煙る廃墟ブラッディタウン』に『深紅の死都スカーレットシティ』と呼ばれる二つの惨劇。
 席に着くまったく関わりのない二人は何の表情の変化も見せなかったが、ただ一人エンだけは少しだけ顔を歪ませた。

 それが彼にとって、とても関わり深いことであるがために……。

「シルフ、作業は予定と比べどの程度進んでいる?」

《138%です。お二人が協力的なの非常に順調に進んでいます》

 テレビの画面から目を逸らさずに問いかけられた言葉に最寄のモニタから答えが返り、そうか。とだけ呟く。

「俺はこれから出かけるから今日の作業は終わり。お前らは問題のない範囲で自由にしてろ」

「あ? どこ行くんだよ?」

「敷地の外れにある崖。行っても面白いことなんてないぞ」

 そっけない言葉に興味をなくしたのか、マイはそれっきり何も言わずひたすらに少々行儀悪く食事を掻き込む。
 対してユイは眉をひそめ疑問を大きくし、口を開く。が、開いた口から言葉が出るより先にエンは早々に立ち上がり部屋から出て行ってしまった。

「…………」

 扉に向けていた視線を外し隣に向ける。そこには平らげた皿を置き、鏡のようにユイを見るマイの姿があった。

「崖、ね。そりゃ面白いことなんてないだろうよ。姉貴はどう思う?」

「行く場所が嘘であれ本当であれマイが楽しいなんて思える場所じゃないと思うわよ」

 冷静な姉の返答に、全身でつまらなさを表現するようにだらしなく背もたれに体を預ける。

「だよな〜。で、姉貴はどうするの?」

「この間と一緒よ。ちょうど今出て行ったみたいだし、あとをつけてくるわ」

 

《あ〜、それはちょっと待って欲しいかな。さすがに墓参りの邪魔はしないで欲しいから》

 

 二人だけの会話に横から声がかかり両者ともに声の発信源に振り返る。視線の先にあるのはシルフの端末、しかしシルフの音声ではない。それは二人が聞いたことのない声だった。

《はじめまして。と言うべきかな、お二人さん?》

 その声色は軽く明るく、二人のことをからかっているかのようにも聞こえる。

《ああ、姉のほうは知っているかな? 天狼とシルフの製作者》

 だがその言葉は今この場に居ないものにとって、何よりも重い言葉だった。

《私はファイナ・シルフィード。5年前の今日という日に死んだ人間だよ》









 

 ――――昔話をしよう。もう、随分前の話だ。

 

 それは、ある一組の夫婦の間に赤子が生まれたときから始まった一つの物語。
 その夫婦は生まれてきた赤子を忌み嫌い、暗い闇色の街影に赤子を捨て去った。運が良ければ誰かに拾われ無事とはいわないまでも生きることが出来るだろうと、欠けた砂粒ほどの良心を残して。
 数日後、わずかな好奇心と不安から今一度その場に来た両親が見たのは赤子の影も形もないただの街影。自らが捨て去ったものが無いことを確認できたのがそれほど安心したのか、来る時には青かった顔が帰る時にはすっかり血色がよくなっていた。
 これが捨てられた赤子とその両親の最後の接点。この後この両親は赤子のことで気に病むことは一切無く、思い出すことすらなかった。

 そして捨て去られ、忘れ去られた赤子はただ生きていた。『育てられた』ではなく、『育った』でもない。ただ生きていた。
 それはいったいどれほどの不運だったのか、赤子が最初に出逢った他人は人ですらなかった、獣である。
 街影にいくつかある『生きることが出来る場所』を住処とし人の捨て去った物を糧に命を繋ぐ、自然の中にではなく、人の生きる街の中に巣くう野生の獣達。そのうちの一匹が最初に赤子を見つけた。
 それはいったいどれほどの幸運だったのか、その獣は赤子を食料としてみなかった。何故と問われても獣ならぬ身では理解することは出来ないだろう。ただわかるのはその赤子はその場で朽ちず、今を獣と共に生きていることだけ。

 ただそう遠くない先、赤子はまた一人となるだろう。獣の寿命は人間のそれと比べてあまりに短いものなのだから。時が経てば赤子は少年へと成長し、わずかな力と可能性を手に独りで生きていくしかなくなる。
 仕方ないこと、と言えばそれだけのことなのかもしれない。世の中は不公平に満ちている。
 住民街で裕福に暮らす兄弟がいれば、スラム街で食料を奪い合う兄弟もいる。
 温かい部屋で安らかに眠る少女がいれば、冷たい路上で震え眠れぬ少女もいる。
 新たな命の誕生を祝福する親がいれば、我が子に命を奪われ逝く親もいる。
 ならば人に捨てられ獣に救われた少年が独りで生きていくことも、その不公平の一つでしかないのかもしれない。

 そして、その不公平に抗える者こそが生き永らえることが出来るのだろう。

 

 赤い瞳を持った、白い少年のように…………――――









 

 家から出たエンの姿は普段とは打って変わって黒かった。いつも着ている白のコートではなく黒のスーツを着ている。
 彼は黒い服が嫌いだ。自分の肌の白さが嫌いだから。その色を身に纏えば自らの肌の白さがより際立つことを知っている。
 だから、彼は黒い服が嫌いだ。

 それでも今日この日は、その嫌いな黒い服を着て外を歩く。
 喪に服すということぐらい、知っていたから。

 突き抜けるような青い空に、まぶしく輝く白い太陽。そして留まることなく吹きすさぶ風。今日のような日はファイナが一番好きな天気だった。
 年に一度だけ歩く草原を抜けた先は崖になっており、そこはエンの敷地内で一番高くて一番風の強い場所。
 そこにファイナ・シルフィードの墓がある。エンの知る限り彼女は風を好んだから、わざわざ屋敷から離れたここにした。

 ファイナ・シルフィードの墓は随分と質素な物だ。転がっている岩を置いてそこに名を刻まれている、ただそれだけの墓。
 それは、彼が作った墓と彼が刻んだ名前。
 恩人に対してこんなことしかできない自分を歯痒く思い、死体を墓に入れることさえできない己を殺したいほど憎んだ。
 毎年ここに来るたびに彼はそう思う。









 

 ――――昔話をしよう。今から5年と少し前の話だ。

 

 今のヴァリム、当時のアルサレアのある街に少年がいた。
 暗く黒い街の影に、白く明るい肌を隠した少年が。

 その少年は一人だった。
 その身を抱きしめてくれる親はおらず、その手を握り締めてくれる友もおらず、その少年はどこまでも独りだった。
 親が居ない子供であることは戦争中であるがためにさほど珍しいことではない。戦災孤児など履いて捨てるほど居る時代だ。
 ただありふれた戦災孤児のものたちと決定的に違うのは、彼の両親が死んだために孤児になったわけではなく、その生まれ持った白い肌と赤い眼を忌み嫌われて捨てられてために孤児になったかの違いだ。
 これが戦時下でなければ彼は捨てられなかったのかもしれない。彼の両親が侵略されていく現実に心を侵されてなければ、その白い肌も受け入れることができたかもしれない。
 もし彼の両親が戦争の流れ弾で血まみれになってしまう恐怖に心を抉られてなければ、その血のように赤い眼にも堪えられることができたかもしれない。
 だが今は戦時下で彼の両親はそれに耐えることができなかった。ゆえに彼の両親は彼を捨て、彼は孤児となった。これもまた戦争の起こす災いのひとつ。ならば親と死に別れたわけでもないが彼もまた戦災孤児の一人であろう。
 ようするに、たとえ親が生きていようが死んでいようが、彼は戦災孤児の一括りのひとつでしかないということ。
 そして、彼はその一括りの中にいてもどこまでも独りであったというだけの話。

 白い肌を、赤い瞳を忌み嫌うのは何も両親に限ったことではないのだから。
 普通、捨てられた者達や親族を失った者達は同じ境遇の者と寄り添い集団を作る。
 そのほうが一人でいるよりも肉体的にも精神的にも安全だからだ。それでも彼に差し伸べられる手はなく、あるのは振り下ろされる拳のみだった。
 単純な話だ。孤児達が手に入れることができる食料の量には限りがある。常に他の者達と奪い合いになるほどに。孤児が一人増えればその分だけ物が減り、孤児が一人減ればその分だけ物が増える。
 ならば、誰もが忌み嫌う彼の分を減らそうとするのは当然のことと言えよう

 この街にいるのは皆彼の敵だった。皆が彼を呪い、さげすみ、死を願った。
 だがそれでも彼は絶望することはなかった。
 通常ならぬ生を送ったために希望を持ち得なかった彼は、望みが絶えることを知らなかった。だからこそ彼は人が絶望と呼ぶこの状況にありながらも生き続けた。
 ただ、ひたすらに……。

 

 この日、この街が大虐殺に逢うまでは――――









 

 静寂が部屋全体に満ちていた。ユイもマイもファイナと名乗る人物が語る意味を捉え損ねている。
 ――5年前の今日という日に死んだ――額面どおりに受け取れば今喋っているのは幽霊かプログラムのどちらか。だが二人は幽霊の存在を信じていない。ならば消去法でこれはプログラムとなるがどうもモニターのこれは場の空気を読んで喋っている節がある。
 つまり先の言葉は額面どおりの意味ではなく別の意味があり、その意味が二人には分からず、そのことを分かっているだろうにもかかわらずファイナは説明しようとしない。

 ――結果、二人はファイナは性格が悪いと判断した。

「で、何の用?」

《うわ、刺々しいね。ここは『どういう意味?』って聞くところでしょう?》

「言いたきゃ言えよ。あたいらは別に聞きたいわけじゃない」

《手厳しいね。ま、いいさ。エンがいない時間はそう長いわけじゃないからね、手早く用件を済ませちゃおう》

 二人の冷たい態度を軽く受け流し、ファイナはあくまで自分のペースで話を進めようとする。
 言葉の端も終わらぬうちにモニタの画面が切り替わり、そこには金の髪を持つ女性の姿が映された。まだ若い、せいぜい20代後半の美しいと呼ぶに差し支えない容姿の持ち主だ。

《あんまり意味ないかもしれないけど、こっちのほうが幾分話しやすいでしょ?》

「そうね。それが本当の顔かどうかはともかく、真っ暗な画面よりは少しだけ」

《一応、本当に自前の物だよ》

 やや苦笑してから《さて》と区切りファイナの顔から笑みが消える。

《ここから先は真面目な話》

 言葉どおり、その表情は真面目で、抜き身の刀のように鋭いその目は真剣そのものだ。

《私にとってはとても大切なことでね、だから真面目に真剣に話すよ。だからそっちにも真剣に考えて真面目に答えてもらう》

 瞳にさらに力がこもり、矢のような視線がモニタ越しに二人を射抜く。
 そして、言葉に問いを乗せ、口を開いた。

 

《キミ達二人はエンのことを――――殺せるかい?》

 

 感情を感じさせない声だった。おそらく、意識してのことだろう。酷く無感情で、あまりに冷たい声。冷酷。その表現がぴたりとくる声だ。

《勝てるとか倒せるとかではなく、殺せるかい?
 どんな手段を使ってもいい。エンを殺せるかい?
 身体技術戦力戦術戦略心理精神感情、ありとあらゆる条件を踏破して殺せるかい?
 『理論的には』とか『その気になれば』とかはどうでもいい。エンと実際に殺しあう場面になって、キミ達二人は彼のことを殺すことができるのかい?
 私が二人に聞きたいのはただこれ一つきり。
 だから答えてくれ。YESかNOだけでいい。

 キミ達二人はエンのことを殺せるかい?》


 問いかけは続く。一切の妥協を許さぬ声で、一切の誤魔化しを許さぬ瞳で、言葉だけなら否定されることを期待しているようにも取れるのに、
 これではまるで――――

 そう、まるで、

 

 殺しの依頼をするかのようだ…………









 

 ――――もう、随分前の話だ。

 

 まだ私が真っ当なただの傭兵だった頃、私は一つの依頼を受けた。

 『隣街の調査』それが依頼の内容。何かの調査というのはあまり趣味ではないけど、報酬が良かった。少なくとも、趣味云々を口にしない程度には。
 誤算だったのは今すぐ出発することが最低条件だったことだろうか。真夜中に活動するのは好きではないがこれも仕事。仕方ない。
 諦めがついたからには即行動。まったく愛着の湧かない適当に買った中古車に乗って距離と時間を確認。依頼の街に着くのは明け方頃になるだろう。眠気覚ましにブラックのコーヒーを一気に飲み下す。苦い。でも目は覚めた。これでようやく仕事に身が入る。

 移動中に依頼の内容を再確認し、仕事の計画を立てる。
 目的の街はヴァリムとアルサレアの国境付近にあり、普段から戦闘の被害を受ける可能性のあった場所らしい。その上近くにそこよりも戦略的価値の高い街――私がついさっきまでいた街のことだ――があるのでそこの防衛施設や軍は住民に安心を与えるほどのものではなかったようだ。
 そのせいか治安は良いとはいえない。スラムが街のいたるところに在り、軽犯罪なら日常茶飯事。重犯罪でも週に一度は必ず起こる。
 で、そこの住人が先日飛び込んで助けを求めてきた。ただその住人が半狂乱で何かに怯え、要領を得なかったので当事者がいながらも詳しいことがわからず、その人は今病院で治療を受けている。外傷はなかったらしいので精神治療だろう。もしかしたら麻薬でも使って幻覚でも視てたのかもしれない。
 と、ここまでなら気にするほどのことでもない。なにせ前述したとおり治安の悪いところだ。そういったものが流行っていてもそれほど疑問に思うことでもないし、わざわざ調査を依頼するほどのことでもない。
 問題なのはこれからだ。その住人が正気を保っているわけではない以上、当然家族に――いるとしたらだが――この街に来ていることを伝えているとは思えない。なので行方不明扱いされないように向こうの警察に連絡を入れようとしたのだが、通信が繋がらなかったらしい。しかも同時期に向こうの街に通信が繋がらないと言う情報がいくつも入り始め、何かがあったことは明らかな状態になった。というのが大まかなあらすじと言うやつだ。
 だから街に着いてまず確認すべきところは通信施設。ここが故障しているだけならそれだけで調査終了。適当に故障の原因でも聞いて報告すれば依頼完了、ついでに修理でも業者に頼んでおけばアフターサービスもばっちり、私はゆっくり眠っていられる。
 そうでなかった場合はあまり考えたくない。通信施設が壊れてないのなら、街全体規模の事件が起きて住人は中毒者になっているって可能性もありうるのだ。

 依頼の報酬からいって圧倒的に『そうでなかった場合』の確率のほうが高いのは考えるまでもないことだけど…………





 

 正直、甘く見ていた。

 街が見えるよりも先にこの臭いに気付いた時点で予想はしていたが、ここまでとは想定外だ。

 道を埋めつくさんがばかりの死体の山。黒く固まり流れずとどまり続ける血の河。喩えではない屍山血河。地獄とやらを現実に持ってきたらこんな感じなのだろうか。
 いないだろうけど生き残りがいるとして、それでもここに留まり続けているのなら尊敬する。一晩もの間この光景を見続けるのは私には無理そうだ。出来れば今すぐ帰って「廃墟になってました」の一言で済ませたい。

 無駄だとは分かってはいるが依頼の内容を手持ちの端末に再表示させる。表示された文字は『隣街の調査』当たり前だけどさっきと変わってないし、私の覚え違いでもない。

 つまり私は今から地獄に足を踏み入れるわけか。
 自分の足元の血で汚れていない地面を見て、顔を上げて目の前の地獄を見て、ため息を一つ。諦めをつけて一歩踏み出す。
 サヨウナラ現実。
 ハジメマシテ地獄。
 タチの悪いことに入り口の死体と目が合った。

「今日は厄日だ」

 それも人生最大の。



 

 手に持った端末の表示を街のマップに切り替えて、現在位置の把握をする。今通った入り口はこの街のメインの入り口らしい。
 まぁ、それは、つまり、今いる道は一番人通りが多い道なわけで。事件当日も当然人が一番多くいたであろう場所なわけで。

 今この街でもっとも死体の多い場所なわけだ。

 はっきり言って吐き気がする。血の臭いと死の臭いが混ざり合って肺が腐りそうな気さえする。
 周りにあるのは見回すまでもなく死体死体死体。それだけなら地獄ここに入る前からわかってたことだから別にいいのだが、この入り口の反対側、死体の道を通った先――なぜかそのあたりだけ死体がない――に何かが見える。多分人。丸く見えるから座ってるかしゃがみこんでるんだと思う。少なくとも他と違って倒れていないし、壁にもたれているわけでもない。もしかしたら生きているのかもしれないが、ここからでは確認ができない。となるとこの道を進むか他の道を進むかして近づかなくちゃいけないんだけど…………

「見えてる悪路と知らない悪路。五十歩百歩ってとこかな」

 どうせここ以外も似たようなものだろう。下手に狭い道だと足の踏み場がないなんてことになりかねないし。

 目的の場所まで100メートルと少しぐらいか……息止めたままでいけるかな?

 

 あと10歩の距離まで近づいたころにそれ……は失礼か、その人がこっちに気付いて顔を上げた。正直、驚いた。本当に生きているとは思ってなかったし、ここにあるどの死体よりも血まみれの姿に驚かされる。
 年のころは12、3かもっと下で多分男。顔立ちが中性的で判断に迷うが胸に膨らみはない――自分は女だが似たようなものなのは気のせいだ――。目に光はなく私をちゃんと見ているのかも怪しい。
 もっとも、地獄こんなとこで正気を保っていられる一般人ならそれはそれで怪しいいのだが。

「大丈夫?」

 そんなわけないとわかりつつもその言葉を投げかけるのは、決まり事というかお約束というやつだ。これで何らかの返事が返ってくるならまだマシなほうだけど、何の反応もないとなるとちょっと私では手に余る。

 まあ、その心配は杞憂だったわけだけど。

 私の言葉に対する彼の反応は激烈だった。
 話しかけながらも歩いていたために私の歩幅にして5歩の距離まで縮まっていた間合いをわずか3歩で埋め、右手に構えたナイフを一直線に突き出す。狙いは心臓。一切の迷いもなく殺す目的で繰り出された一撃。
 ナイフを持っていたこともその行動も、完全に予想外だったために私の反応はわずかに遅れた。体が戸惑いから開放された時点でナイフは既に構え終わり、突き出される直前。今から避けれるかどうか微妙なライン。
 ナイフの動きと私の動き。一瞬後に現実となる結果をシミュレート、開始と終了はほぼ同時。弾き出した結果はナイフを避けきるには少し足りない。確実に避ける方法は既に頭の中に、ただそれを使うかどうか半瞬迷い判断を下す。
 胸に差し迫るナイフから遠ざかるように無理矢理体を後ろに。体制が崩れのも構わず稼いだ時間で腰の後ろからスタンガンを引き抜く。

 ――ナイフが迫る、あと3センチ。スタンガンのセーフティを解除と同時にスイッチオン。

 ――あと2センチ。電源が入った状態で固定し放るようにスタンガンを手放す。

 ――あと1センチ。スタンガンが相手と接触、強烈な電流に少年の体が激しく痙攣し、ようやくナイフが止まった。

 盛大に息を吐き、大きく息を吸い込む。100メートルほど前から止めていたせいで空気がおいしい…………と思えればまだ幸せだったが場が悪すぎで吐き気しかしなかった。

「唯一と思われる生存者がコレ。まったく厄日だ」

 もう一度ため息をついてスタンガンを拾い上げる。実行するか迷った唯一の不安要素の確認だ。

「うぁ」

 思わず情けない声が漏れた。設定された電圧を覚えておらず、場合が場合だったので無視して使ったのだが、真剣にこの少年の命の心配をする数字だった。
 近づいた瞬間また襲い掛かってきたらやだなと思いつつも近づき、首筋に手を当てる。若干弱々しい気がするが確かに脈がある。
 よかった生きてた、さすがに焦った。

 気楽に受けてしまった依頼で地獄に訪問して、助けようと近づいた相手には殺されかけた。
 まさしく人生最大の厄日だ。これで占いに今日はラッキーデーとか書かれてたら私は一生占いを信じてやらない。

「さてと、仕事は一時停止。まずは保護優先っと」

 気を失った少年を担いで街の出口に向かう。下手をすれば契約破棄かもしれないが、それはそれで構わないだろう。こんな仕事は一傭兵の手に余る。それにこんなとこは二度も行くところじゃない。
 最後の一歩を踏み出し外に出る。
 サヨウナラ地獄。
 タダイマ現実。
 ずれ落ちてきた少年を抱えなおしたとき彼の顔が視界に入る。
 血の下にあるその髪の色は白銀。肌の色は白。今は閉じられた瞳の色は赤。

 

 アルビノの少年、私は彼のことを何も分かっていなかった――――









 

 彼女の、ファイナの問いかけからどれだけ経っただろう? 1分、2分……10分は経ってないだろうが本人にしてみればそれぐらいの体感時間だったかもしれない。
 問いかけに対して二人は答えず、ファイナもまた黙して語らない。ただ、時間だけが過ぎていく。

 無音。静寂。沈黙。
 アナログの時計がない故に秒針の音すら聞こえない。過ぎ行く時間と同じだけ重くなっていく空気に飽きたのか、もう一度質問を繰り返そうとファイナが口を開きかけたとき、ようやく部屋に音がよみがえった。

「…………わからない」

 そう答えたのはどちらだったか。長い永い時間をかけた答えは無回答と似たり寄ったりの返事。

《考えて、悩んで、迷った末の答えがそれ?》

 そのことに納得がいかないのかファイナの声は硬い。この場にいないにもかかわらず、モニタ越しであるにもかかわらず、殺気すら感じられるそれは、その場しのぎの回答なら許さないことの意思表明か。

「……………」

 しかし返るものは沈黙。ただし言葉よりも雄弁な眼が、殺気に対して小揺るぎもしない意思が何よりも明確に答えている。
 ただひたすらに、揺ぎ無い眼をファイナに向けて。

 同じようにファイナもまた二人から視線を外さず、モニタ越しに視線が絡む。
 それは見詰め合うというにはあまりに剣呑で、睨み合うというにはあまりに真摯な対峙。

 二度目の沈黙。一度目に比べればまだ短いそれに折れたのはまたもファイナのほうだった。
 張り詰めた空気を緩めるように息を吐き、止まった空気をかき混ぜるように手を振るう。

《オーケイ、わかった。それでいい。その答えで良しとしよう。そもそも満足できる答えなんか無い問いなんだ、それで妥協しておこう。私からの質問はそれだけ。ご協力どーも》「どうしてそんなことを?」

 最後の、形だけの感謝の言葉に重なるように質問が返された。問うたのは――いや、どちらのかなど意味は無いだろう。声は一つだけでもそれは二人の問いだ。
 問われたファイナのほうは緩めた空気を再び引き締め、眼に鋭さが戻る。さっきまでのが迷いを見通す眼だとすれば、今度は心を探る眼だ。
 問われた言葉の隠れた意味を読み取ろうとする。深い、深淵のような眼。
 1秒、2秒……3秒ほど視線が絡んだのち、ファイナの口が開いた。

《…………怖いんだ。とても、ね》

 続く言葉は天狼を造り、シルフを生み出し、本人に知らぬところで支えようとする者の言葉とは到底信じがたいものだった。

 

《私は、エンのことが何よりも怖いんだ…………》









 

 ――――いま少し、退屈な昔話を続けよう。

 化物と呼ばれた少年と、それを受け入れた人間の話を…………。

 

 少年が目を覚ましすと見知らぬ天井があった。いや、そもそも天井を見たことが初めてだ。今まで建物といえるものに入ったことがなかった彼にとって、天井がある時点でここは見知らぬ場所だった。
 半身を起こし、周りを見回しつつも自分の体の調子を見る彼の姿は、気を失う前と打って変わって血の汚れがなく、服も新品と思われる綺麗な物になっていた。
 当然、気を失っていた彼が体を洗ったり着替えたりできるはずがないのだから、それをしたのは――

「怪我はないから大丈夫だと思うよ」

 そこに立つファイナ以外にありえなかった。
 立っているのは部屋の扉のすぐ近く。タオルを首に掛けているのは自分も体を洗ってきたところなのだろう。少年と一緒にそれをしなかったのはいち早く休めさせるためだろうか。
 ただ、それに対する少年の反応はまたも激烈。ついさっきまで気を失っていたのは、単にゆっくり休んでいただけのような動きでその場から飛び退った。
 それも、背中を壁に思い切りぶつけるほどの勢いで。

「何もそんなに過剰反応しなくてもいいのに」

 ここはファイナの家なのだろう。自分の家にいるもの特有のリラックスした面持ちで少年の反応に呆れた声を上げる。
 ただそんな敵意をまったく感じさせないファイナに対してでも少年の警戒は緩まない。深く体を沈めた体制で足の筋肉は緊張し、いつでも飛びかかれる状態を維持している。
 もっとも、そんな様子を見る必要もないぐらい、彼は全身から殺気を漂わせていた。
 それは酷く濃密な殺気だった。下手をすれば、気の弱い人ならそれだけで気を失ってしまいそうなほどに。

 間違っても、まだ幼い少年が漂わせるべきものではない。
 間違っても、こんな殺気を纏ったまま生きるべきではない。

「キミはキミに近づく人をみんな殺して独りで生きるの?」

 それでは孤独に生き、孤独に死ぬことしか出来ない。

 そんな人生は、あまりに悲しいから。

 彼女、ファイナ・シルフィードは酷く悲痛な顔をしてそう言った。





 

「とりあえず自己紹介しておこうか。私はファイナ・シルフィード。ファイナでいいよ」

「何で殺さなかった」

 わけがわからなかった。
 目が覚めたら知らないとこで、気を失う前に見た奴が同じ部屋にいた。
 思いっきり警戒して後ろに飛んだら背中を強打してそいつに呆れられ、思いっきり睨みつけたら今度は暗い顔をされた。
 かと思ったら今は無駄に明るい表情で自己紹介を始めている。わけのわからないことが多すぎる気がするが、とりあえず一番聞くべきことを聞いた自分の判断は間違っていないと思う。 

「名乗られたら名乗り返すものでしょうが、キミの名前は?」

「答えろ、何で殺さなかった」

「キミの名前は?」

「……………………」

「キミの名前は?」

 こっちは思いっきり睨みつけたままなのに、向こうは相変わらず無駄に明るい笑顔のまま話しかけてくる。
 なんと言うか殴っても手応えのないような奇妙な気分になってくる。

 ファイナ・シルフィード。変な女だ。

「お、やっと落ち着いてくれたね。で、キミの名前を教えてくれるかな?」

「…………名前なんてない。少なくとも、名前と思える呼ばれ方をされたことはない」

 呼ばれ方なんていつも『化物』で、それで不自由がないぐらいにあの街で通っていた。とても名前と言えるものじゃない。

「そっか、なら名前をつけないといけないね。どんなのにしようか?」

「…………は?」

「は……って、名前が無かったらなんて呼べば良いのさ。つけとかないと呼ぶとき困るでしょ?」

 いつまでもキミって呼ぶのも変だしと、腕を組んで何も無い空中を、廊下を挟んだ窓の向こうを、そして真っ直ぐにこっちを……俺の眼を、見る。

 視線に耐えられず、俺は横を向いてそれから逃げた。

「何で顔を背けるかな。人と話すときは目を見て話すものでしょうが」

 少しばかり説教のような口調で文句を言われるが、それでも横に向けた顔は戻さない。

 ……眼を見られるのは嫌いだ。この眼は、白い肌と白銀の髪、真っ白な中一際目立つこれは『血の色』。
 言うなれば、化物の印みたいなものだ。
 化物扱いは慣れてるけど、それでも好き好んで化物なんて呼ばれたく――――

「綺麗な目じゃないか。ウサギみたいで」

 

 ――――…………………………………………ウサギ?

 

「……っくく」

「ん? どうかした?」

「はは、あはははははっ!!」

 笑える。今までさんざん悩まされた血色の眼がウサギ扱い。頭がおかしくなったんじゃないかと思えるぐらい笑える。

「ちょ、ちょっと、大丈夫キミ!?」

 笑わした本人が笑ってる相手を前にしてうろたえてる。その顔がおかしくてさらに笑う。

「くくく、はははははっ!!」

 知らない家の中。俺の笑い声がこだまし、笑う俺を見てファイナがうろたえる。

「はははっ! くく、あはははははっ!!」

 ファイナ・シルフィード。本当に変な女だ。





 

「だ、大丈夫? 落ち着いた?」

 ようやく笑い止んだ俺を見てファイナが心配そうに声をかける。

「……ふぅ。ああ、もう大丈夫。落ち着いた」

 思い出すとまた笑い出しそうになるけど。

「いや、さすがに心配したよ? 電気ショックの影響がこんな形で出たのかとか考えちゃったよ」

 ……くらうと突然爆笑しだすようになる電気ショックって何だ。あのスタンガンはそんなにヤバイものだったのか?

「それより名前。どうする? 大いに受けるようだからウサギにする?」
「断る」

 即答だ。また笑い出す可能性を考えた上で、そんな名前にしようと思うセンスは正直どうかと思う。
 そうじゃなくても『白い体に赤い眼で名前はウサギ』なんて直球過ぎるネーミングは微妙に拒否したい。

「そんな断言しなくても……」

 冗談で言ってると思いたかったのに、かなり残念そうに肩を落としてる。まさかとは思うが本気だったのか……?

「ま、いいや。それじゃ何が良いかな…………」

 気を取り直してまた腕を組み――どうも考え事をしているときの癖らしい――俺の眼を見る。つい数分前までなら顔を背けたが、今となってはどうでもいい。
 なにせ、ウサギ扱いだ。

「う〜ん……………………セキ……カ……エン……。うん、エンなんてのはどうかな?」

「エン?」

「そう、エン」

 ファイナはオウム返しに呟いた俺に頷き眼を指差す。

「ほら赤って火とかそういうイメージがあるじゃない」

 ……血と言わなかったのは気遣いだろう。この眼を見て真っ先に思いつくのは大抵は血だ。

「で、エンってのは確かどっかの言葉で『炎』って意味だと思ったからなんだけど……どう?」

 ちなみにセキは赤で、カは火とオマケのように教えてくれた。

「炎か……まぁ、悪くないんじゃないのか?」

 少なくとも、ブラッドとか名づけられるよりはずっといい。

「よし、それじゃあキミはエンということで」

 何度もうんうんと頷いて、にんまりという擬音語がつきそうな笑みを見せる。自分の考えた名前が認められて嬉しいのか妙に満足そうだ。

「エン、ね……。名前に満足したら今度は俺の質問に答えてくれよ」

「え? え〜と、なんだっけ?」

 腕を組みなおして考え込んでる。どうも本気で忘れているようだ。

「何で俺を殺さなかったか、だ」

「何で殺す必要があるの?」

 即答してきた。何でって……いや、ファイナにとっては俺が『化物』なんてことはどうでもいいのだろう。

「いや…………何でもない忘れてくれ」

「変な子だなあ」

 あなたほどじゃないよ。



















 

 この日から、ファイナ・シルフィードと出会ったこの日から少年はエンとなった。

 化物ではなく、人として接してくれる唯一の人と出会い、独りではなくなった。

 

 他愛のない話をして笑い、知らぬことを知り感動した。

 帰る場所があり、ただいまと言われたときには涙すら流した。

 それは少年にとって夢のような日々。

 起こりうることがないと、諦めるどころか夢想したことすらない夢。

 

 故にそれはあまりに儚く、ただの『夢』のように終わりを告げた…………











 

第4話へ続く


 




 

 〜あとがき〜

 どうも、お久しぶりです。
 ええ、そりゃもうお久しぶりどころじゃないぐらいお久しぶりです。

 前回から余裕で一年以上。まったく何をしていたんだかと言うぐらいの遅さに作者も呆れるばかりです。
 何が「次は3ヶ月ぐらいで仕上げたい」だと哂ってやってください。

 ……いや、もう本当にごめんなさい。

 コレでもちゃんと完結させる気はあるんです!
 ただ実力が伴わないだけで!
 言い訳にしかならないんですけど!

 うぅ……これ以上は自分でもいたたまれないので勘弁してやってください。
 そしてできれば見捨てないでやってください。

 もういっそ完結してから全部送ったほうがいいんじゃないかと思いつつも少しずつ小出しにすることしかできない軟弱者ですがよろしくお願いいたします。





 


 管理人より

 コウさんより第3話をご投稿頂きました!

 ふむ、過去よりも5年前に死んだ人間の方が気になりますね……

 AIに移植でもしていたのでしょうか?
 


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