昼頃から怪しい雲行きだとは思っていたユイの予感は当たった。
空を覆う厚い雲から白い結晶―雪が降ってくる。
だが、その光景もこの辺りではそう珍しい物ではない。
「雪……厄介ね」
「どうしたぁ?姉貴」
宛われた部屋の窓から外を眺めるユイ。
その呟きが聞こえ、マイが声を掛ける。
「雪が降り出したのよ。アルサレアを警戒しないといけないのに……これでは良いように攻め込まれるわね」
「まぁ、確かに……」
ユイの答えにマイは酷くつまらなそうに答える。
マイはちょうど腰掛けたソファーでくつろいでいる最中だった。
今の心情はまさにどうでも良いの一言だった。
ユイはマイを無言で睨む
「………………」
「…………な、なんだよ?」
「幾ら相手がつまらないからと言っても本気で興味を無くすのは止めなさい」
「けど、実際つまんねぇよ、コバルト中隊なんてさ。ぜんぜん歯ごたえねぇし」
マイが言う通り、実際コバルト中隊はコード・シューマッハの強さが飛び抜けている以外、特に危険視するような存在ではなかった。
言うならばコード・シューマッハさえ抑えれば後は数をぶつければ確実に勝てる相手である。
そんな相手、マイにとっては役不足でしかなかった。
「……残念ね。レイジ・シュナイダーが来なくて」
「なッ!?」
不意にそんなツッコミを入れられてマイは狼狽する。
「な、なんでアタシが残念がらなきゃならないんだよッ!!」
「でも、一番楽しんで戦えるんでしょう?」
「誰があんな奴ッ!!」
「…………喧嘩の最中に悪いが、良いか?」
不意に響いたノックの音に2人が振り向くと、半分ほど開かれたドアから乗り出したゼノスの姿があった。
それに気付いた2人はすぐさまじゃれ合うのを止めた。
「何時から其処に?」
ずっと見られていたのだとすれば恥ずかしかったし、そもそもゼノスの来訪にすら気付かなかったのだとすれば、それは大きな問題だった。
「此処に来たのはほんの30秒程前だ。心配はするな」
ゼノスの言葉に少し安心した2人であった。
「それで、話とは?」
「なんだよ、もしかして偵察隊が全滅したとか?」
マイはほんの冗談で言ったのだが、ゼノスの表情の曇り具合からその推測が当たった事に気付く。
「ゲッ!!マジかよ……」
「本当なのですか、大佐?」
「事実だ。偵察に出ていたイリア2個小隊が相次いで通信を絶った。アルサレアに先手を討たれたようだ」
呆れたように言うゼノスだが、その表情に悔しさと言った影はない。
むしろ感心するような態度だった。
「…………嬉しそうだな、おい」
「そんな事はないが……関心はしてる。アルサレアにしては珍しく手際が良い」
「やはりグレン小隊の力、でしょうか?」
「その可能性は高いな。何はともあれ厄介だ。せめて撤退の時間ぐらいは稼いでやらんとな」
そう言うとゼノスは部屋から出ていこうとする。
「隊長?」
「つまらん敵の相手をさせるのも酷なもの……お前達は基地の防衛に当たれ。前線には私が出る」
それに嫌な予感もある、と言い残してゼノスは立ち去った。
「ったく……なんなんだよ、アイツ」
「私達は言われた通りにするだけ。行くわよ」
「あいよ〜〜」
渋々と言った感じのマイ。
そしてユイもある種の予感めいたものを感じていた。
「何かが来る……とても禍々しい何かが……」
この時、天気と同様にその予感も現実になるとはユイ自身考えもしなかった。
「………………」
先行するキースから戦闘エリアに突入した報告が届いた。
敵の目がそちらに集中するのも僅かな間だ。
すぐにこちらにも敵は押し掛けてくるだろう。
かなり激しい戦いになる事を覚悟し、アイリは気を引き締めた。
「…………ふぅ。あと40kmか……もうすぐね」
実際かなりの速度が出ているので本当に数分の距離しかない。
既に気付かれてる可能性だって高い。
「心配したってしょうがないか。今は……やれる事をやるだけね」
気合十分なアイリ。
其処に『マグナムヘッド』のAIから最終段階への移行が告げられた。
それを聞いてアイリはシートに体を固定する。
『マグナムヘッド』の驚異的な突貫力は本体自体の強度もさる事ながら、その推進力が産み出す最高速があった。
後部に積まれたロケットブースターが叩き出す最高速は時速200km近く。
その速度で40t近い巨体がぶつかれば、生じる衝撃力はとんでも無い物である。
その衝撃と加速Gに耐える為に各パイロットはシートに体を固定しなければならなかった。
「…………ッ!!」
カウントダウン終了と同時に襲いかかった加速Gに歯を食いしばって耐える。
耐G訓練の成績が優秀なアイリであろうと流石に辛いものがあった。
ジータやリンナは時折くぐもった悲鳴を上げている。
それでも意識だけはしっかり保っているのは上等だった。
外からこれを目撃すれば唖然とするだろう。
巨大な化け物列車がとんでも無い速度で氷原を走っているのだから。
その光景を見れないのは残念だと、アイリは加速に耐える傍らで思っていた。
空での戦いは激しさをます一方であった。
空戦用のPFもさる事ながら、戦闘機まで迎撃に出ており、これがまた厄介だった。
PFの登場により制空権を脅かされたとはいえ機動性ではまだまだ戦闘機に軍配が上がる事は事実。
更にPFで培った技術は戦闘機などにも反映されており、堅い装甲とそれを余り補う程の性能を持つ高出力エンジン。
腕の立つパイロットでもそれを撃ち落とす事はそう容易くない。
「クッ!!そこッ!!」
キースは捕らえたターゲットに向けて背中のリニアキャノンを放つがそれはあっさりと回避される。
再び捕捉しようとしても、その間に襲いかかる無数のミサイルでそれも邪魔される。
「ちっ!!やっぱ厳しいか。これならヌエ一個師団と戦う方がだいぶ楽だぜ」
死角から向かってきたヌエに反応し、すれ違い様にビームパイルバンカーを叩き込む。
成す術もなく散ったヌエの向こうから再び戦闘機が襲いかかってくる。
「このッ!!」
右手のキャノンを大雑把な狙いで放つ。
それは避けさせる為に放った一撃であり、それを回避する隙に両肩のリニアキャノンで確実に叩き落とす。
キースならこの方法で確実に撃ち落とす事は出来た。
しかし、一度に落とせるのはせいぜい2機、確実に落とすなら1機が最高だった。
実に効率の悪い戦い方だった。
「ったく、めんどくせぇなぁ」
「――それでも、確実に数は減っている。やるしかないだろう」
「――そ〜そ〜。俺達みたいに2人でやるよりは、よっぽど効率はいいんだしさぁ」
キースは1人でこの芸当をやってみせるが、実際化け物じみた芸当である。
1射目と2射目のタイムラグはほとんどないに等しい。
その間に敵の反応を見切り、そのポイントに狙いを付けるのだ。
ムラキとオスコットはそれぞれ1射目と2射目を分担する事でその戦法を可能にしていた。
「まぁな。けど、予想以上に抵抗が在るな」
「――それだけ、敵も必死だと言う事だろう」
「――此処落とされたら、だいぶこっちにバランスが傾くんじゃない?」
セストニア氷原はGエリア内でも比較的穏やかな地区に当たる。
更に鉱物資源も豊富に蓄えられており、発掘ポイントとしてはかなりの価値が高い。
オスコットの言う通り、此処を制圧されればヴァリム側にとっては大きな損害になるのだろう。
「ならマジでがんばらねぇとな!!」
数機で群を成し、向かってきた敵機をキースはミサイル掃射で一掃した。
「――これで大方片づいたか?」
「――……いんや、新手だよ。後方2時に更に20!!」
全員が振り向くと雲の切れ間から新手が現れた。
その先頭に居るのは全身を血で染めたかのような紅蓮のヤシャ。
その後ろにはイリアタイプと思われるPFが続いていた。
「……どうやら、やっと中ボスって感じだな」
「――成程。確かに情報通り腕は立つか……」
通信機越しに聞こえていたのは中性的な男の声。
だが、その声から感情の起伏と言った物は感じなかった。
「気味の悪りぃ奴だな……で、てめぇ何物だ?」
「――答える義務も、理由もない。どうせ此処で散る命。知った所で意味がないだろう」
紅蓮のヤシャはゆっくりと刀を構えた。
「…………とことんむかつくな。良いぜ、相手してやんぜッ!!」
キースはキャノンの照準を合わせるとすかさず引き金を引き、着弾を確認せずに突っ込んでいく。
その際に『ダンデライオン』を変形させる、SFSとしてではなく、機体各部に装備するフライトユニットとしての形へと。
この形なら機体の機動性は更に上がる。
しかし、活動限界時間が更に縮まるというリスクがあった。
「…………ッ!!」
爆炎の向こうからレーザーは迫る。
それをギリギリの所で回避しながらキースは更に間合いを詰める。
出し惜しみなど出来る相手ではない。
そう悟ったからこそキースは一気に勝負を決めようとした。
「はぁぁぁーーーーッ!!」
「――ッ!!」
突きだしたBパイルバンカーとヤシャの構えた刀が正面からぶつかる。
キースと青年―アレックスの戦いの火蓋は切って落とされた。
キースがアレックスとの戦闘を開始する傍ら、ムラキ達も残った敵との戦いを始めていた。
しかし、仕掛けるには戸惑いがあった。
新型なのか、手元には一切のデータがないのだ。
迂闊に手を出して返り討ちに会えば、命の保証はない。
ただ、一つだけ判る事があった。
「何故、蜂なんだ?」
下半身に脚はなく大きく膨れた形状をしており、胴体辺りから小さな副腕が伸びている。
ご丁寧な事に背中には4枚の羽が伸びている。
まさにそれは蜂と言うしかない形状をしていた。
「――俺に聞かないでよ……多分、趣味なんじゃないかなぁ?」
PFを自分好みの形状に改良する者は多い。
しかし、此処までオリジナルの形状が無くなるような事は稀だった。
「――あ〜あ〜、うん、テステス……」
突然通信に割ってはいる回線。
その開いた先に映っていたのは、何というか色んな意味で逝っちゃった感が漂う男だった。
顔だけでも数カ所の入れ墨、無数のピアス、そして天に逆らうかの如き金髪のモヒカン。
はっきり言って絶対知り合いでありたくない人間であった。
「――馬鹿で、阿呆で、間抜けで、無能で、低俗で、考え無しの甲斐性なしなアルサレアの諸君。俺様はキラー・ビー!!ヴァリム軍の英雄的救世主!!世界を救うために生まれた、超絶!!無敵!!なキラー・ビー様だーーーーッ!!」
たった一言でこの男の人間性が理解できる台詞だった。
底値無しの馬鹿であると、全員が理解した。
「――こんな面倒な仕事は俺様には似合わない……だがしかっし!!これも俺様の英雄伝の為のサクセスストーリー。その礎になれるお前達は光栄であるッ!!この俺様が直々に愛機『ヘルホーネット』で相手をしてやろう!!」
いちいち派手な動きを取りながら叫ばれて、ムラキ達はいい加減うんざりしていた。
しかし、何故か此方から通信を切る事は出来なかった。
「――…………」
ランブルは無言でライフルの引き金を引いた。
そのこめかみが微妙に引きつっていた事に気付いた者は少なかっただろう。
放たれた弾丸はキラー・ビーの隣に控えていたPFを撃ち貫いていた。
「――なッ!?俺様を狙うとは!!お前らぁ……楽には死なせないからなぁ!!」
どうやら怒りの火に油を注いでしまったようだった。
「ランブル、お前ッ!!」
「――鬱陶しい……」
「――まぁ気持ちは分からなくもないけど……」
3人が言い争う間にキラー・ビーを先頭に敵は陣形を整えていた。
「――これで死にやがれぇ!!全機一斉掃射ッ!!焼き付くせぇーーーー!!」
キラー・ビーの叫びと共に各機の下半身―コンテナのハッチが開く。
そこから顔を覗かせる無数のミサイル。
『――ッ!?』
「――死・ね」
数え切れぬ程のミサイルがムラキ達に襲いかかった。
空からもの凄い爆音が響いた。
PFが撃破されたと言うよりは大量のミサイルが爆発したという感じだった。
「――……どうしたんだ、姉貴?」
「…………何でもないわ。それよりマイ」
「――ん?なに?」
「本当にそれで良いの?用意しようとすれば他の機体は有るのよ?」
ユイが心配したのはマイが選んだ機体であった。
マイのシンザンは先日のレイジ・シュナイダーとの戦闘で完膚無きまでに破壊されていた。
その修理は終わっておらず、マイはその代替機としてブラフォードの改良機『デューク』で出撃していた。
しかし、この『デューク』はあまりにクセが強すぎた。
大型剣『スクラムブレード』の威力の底上げの為に極端な強化を行ったせいで防御面が疎かになっており、オリジナルのブラフォードから30%ほど装甲強度は落ちている。
機体重量は15%程度上乗せされ機動性も落ちている。
攻撃力のみならマイのシンザン改よりも秀でているが、総合的な戦闘能力で考えるならだいぶ下位の機体であった。
「――別に良いよ。ど〜せアルサレアの連中の実力なんてしれてるし、潰す為に殺る訳でもないならこれで十分じゃん」
「……判ったわ。でも、いつもとは同じ様に動ける訳じゃないから、早めに判断しなさい」
「――あいよ」
やる気なさげに返事を返すとマイは通信を切った。
マイの態度から考えると、マイには本当にやる気はない。
討たれるとは思わないが、適当に相手をするだけで終わる可能性が高い。
ユイは声に出さずに溜め息を付くと、マイの心を捕らえたアルサレアの青年士官の事を思った。
「まったく……厄介な事をしてくれたわ。この事はいつか責任をとって貰わないといけないわね」
そう考えるユイの口元が少し嬉しそうに緩んでいた事に本人すら気付いていなかった。
セストニア基地から出撃したゼノスを始めとする部隊は空の敵には目もくれず、地上の探索をしていた。
本気で空から基地を陥落するには戦力があまりに少ない。
それがアルサレアの驕りである可能性もあったが、用心するにこした事はない。
「どうだ、敵の影は見つかったか?」
「――こちらA班。未だそれらしい影は見つかりません」
「――こちらB班。同じく見つかりません」
「そうか……やはりあれが本気なのか?だとすれば、舐められた物だ」
一度は手際の良さに感心したがその自惚れた驕りに対しては怒りを通り越して呆れた。
やはりアルサレアの大義などその程度でしかなかったと。
「グリュウはやはり過信し過ぎていたのだ……アルサレアなどこの程度なのだと言うのに……」
亡き友はかつて『アルサレアには信じる事の出来る大義がある』と自分に語った。
だが蓋を開けてみれば自国の力を過信し、自惚れた作戦で此方に挑む。
その程度の連中に破れ友は倒れたのかと思うと、ゼノスは怒りを覚えた。
友の想いを受け継ぎ、民の為にアルサレアを討つと言う考えが何度も繰り返される。
「…………捜索はこれで切り上げ、上空の――」
「――た、隊長!!」
自分の言葉を遮って部下の1人が情けない悲鳴を上げた。
何事かと思い視線を向ける。
その視界に飛び込んできたのはあまりにも馬鹿でかい輸送機だった。
だが、それは輸送機ではなかった。
地を這うように飛び、正面の森林を蹂躙しながら突き進む列車であった。
そして列車は真っ直ぐに此方に向かってくる。
その進行先にはセストニア基地。
其処まで考えが追いついた所でゼノスは次に打つ手を講じる。
「ふっ成程な……私も頭が堅くなった。各機、全力であれを停めるぞ。此処を抜けられれば基地は確実に落ちる。まだ退避が間に合わぬ友を護る為、死力を持って掛かるぞッ!!」
『――了解ッ!!』
白銀の神威を先頭に、全機が『マグナムヘッド』迎撃に打って出た。
『マグナムヘッド』が断続的に激しく揺れる。
それと同時に緊急事態を告げるアラームが鳴り響く。
そこから連想できる事は一つしかなかった。
「ッ!!もう、見つかったの!?」
「――うわッ!!み、ミカムラ大尉!!」
「落ち着いて!!そう簡単にはやられないから。でも、こっちからは反撃できないし……黙って祈ってるしかないわね」
まだ行動を起こすには早過ぎたし、この速度の中、ハッチを開放して迎撃に出るのも危険すぎた。
アイリ達に出来る事と言えば、破壊されない事を祈るだけだった。
「車内に何があるかわからん!!エンジンか機関部を狙っていけ!!」
高速で移動する『マグナムヘッド』に取り付くように飛ぶ部下達にゼノスは的確な指示を与えていく。
それに従い部下の士官は車両下部のホバーユニットや後部のブースター部を狙って攻撃を繰り出していく。
しかし、ミサイルや銃弾、まして刀などではガンマメタルの装甲には致命的なダメージを与えれずにいた。
小さいながらも、既に基地は有効視界に入ってきている。
タイムリミットは近い。
「ちぃッ!!」
「――隊長!!その場から退避して下さいッ!!」
突然に入った部下からの通信。
通信元の部下を探すと、そこは列車の進路の延長線上。
そこに5機のハンマーを構えた機影が見えた。
「――バスターで一斉に撃ちます!!停める事が叶わなくても深手を与えれるはずです!!」
そう答えると同時に5体の機影が一斉にハンマーバスターの発射態勢を取った。
5本の光の柱が『マグナムヘッド』に迫る。
その全てが命中し、『マグナムヘッド』は光に包まれる。
「やったか……ッ!?」
ハンマーバスターの攻撃を受けても『マグナムヘッド』は止まらなかった。
進路上で待ち構えていた部下達は回避が間に合わず、無惨にも跳ね飛ばされた。
衝突の威力は凄まじいのか、装甲がバラバラになって砕け散る。
「クッ……」
「――迎撃追いつきません!!防衛網を突破されました!!」
基地までの間に障害となるような物はない。
あとは基地の防衛システムくらいだが、ハンマーバスター5本で止まらなかったのだ、期待は出来ないだろう。
「……基地に残したユイとマイに警戒するように伝えろ。私達も急いで戻るぞ」
ゼノスは残された部下を連れて、基地へと急ぐ。
「おらッ!!」
「――クッ!!」
キースの駆るドラグノフが必殺のBパイルバンカーを振るう。
掠っただけでも致命傷になる攻撃を避ける為、アレックスは必死に機体を操る。
両者の腕はほぼ互角。
一瞬の判断で勝負が左右される、稀に見る名勝負と言えた。
「――はぁッ!!」
「おっと!!」
アレックスが振るった剣を避ける為にキースは間合いを離す。
そして互いの得物を構えたまま対峙する。
「結構やるじゃねぇか。久々に歯ごたえある奴だぜ」
「――想定されていた以上の実力……侮っていた事を詫びよう。だが……!!」
一気に加速したアレックスのヤシャが間合いを詰める。
その接近を許すまいとキースもキャノンの照準を合わせて放つが、それはことごとく回避されてしまう。
「――覇ッ!!」
横薙ぎに払われる刀の斬撃。
ブースターを噴かして後退するがキャノンが両断された。
「ちいッ!!」
手放すと同時にキャノンは爆発、両者の間を爆炎が遮る。
アレックスの姿を一瞬見失うが、目の前の煙が人型に盛り上がったのを確認すると迷わず一歩踏み出す。
『はあぁぁぁぁーーーー!!』
正面からぶつかり合う2人。
アレックスは放った斬撃はドラグノフの右腕を根本から断ち切った。
そして、キースが突きだしたBパイルバンカーもアレックスのヤシャの右腕を奪った。
「チッ!!相打ち、か!!」
「――……ッ!!」
すれ違い様に互いの攻撃を叩き込んだ2人。
だが、与えたダメージも負ったダメージもそう大差はなかった。
再び衝突しようとした時、横手から閃光と爆音が轟く。
「――ッ!?」
「今のは……まさかッ!!クソッ!!」
自分と同じように一瞬隙を作ったアレックスに向けて、キースは両肩のスプリットミサイルを全弾お見舞いする。
判断の遅れたアレックスはそのミサイル全てをその身で受け止めた。
「悪りぃけど決着はお預けだ!!」
キースは振り返らずに一気に仲間の元へと向かう。
ムラキ達を襲ったミサイルの雨。
それらは回避の時間すら与えずムラキ達を襲い、全弾命中したように見えた。
「――クックックッ……俺様に逆らう愚か者は万死に値する!!」
回避できずにミサイルの直撃を受けたムラキ達を嘲笑い、勝ち誇るキラー・ビー。
だが、その笑いを遮るように放たれた弾丸が機体を掠める。
「――な、何だとぉ!?」
煙が風にさらわれる。
その向こうから姿を現したのは先程と変わらないムラキ達であった。
「――チッ!外したか」
「なに、レーダーの情報だけで掠らせるだけでも大したものだ」
ライフルで狙撃を行ったランブルに対し、ムラキはフォローを入れた。
「――き、き、貴様等!!どうして死んでいないッ!!」
キラー・ビーの狼狽えももっともなものだった。
全方位から襲いかかるミサイルを受けて無事でいられる訳がない。
「――おいおい、酷いな〜〜。勝手に殺さないでよ」
「簡単な事だ。直撃する前に全部撃ち落としただけさ」
オスコットはからかうように返し、ムラキは流石に疲れたがな、と付け足す。
迫り来るミサイルを全て撃ち落とす。
そんな芸当が疲れた程度で済むだろうか?
「――あり得ぬ!!いや、認めぬぞ!!そんな事ッ!!」
「――あらら。嫌だね〜男のヒスってのは」
「だが、攻めるにはちょうど良い。全機!!一気に叩くぞ!!」
ムラキの声で全機が一斉に敵に向かっていく。
それに呼応して敵も行動を開始する。
敵がミサイルで迎撃してくるが、ムラキはそれらを最小限の動きで回避していく。
「甘いなッ!!貰ったぞッ!!」
零距離まで間合いを詰め、ムラキはレーザーソードを振るう。
そして、やけにあっさり敵は撃破された。
「??随分と呆気ないな……」
「――だね、っと!!」
ムラキが不思議に思う側でオスコットも同じように敵をあっさり撃ち落とす。
「まさか……」
ふいに浮かんだ答えを確かめる為にムラキは敵機をサーチする。
その結果はムラキの睨んだ通りだった。
「やはりか……」
「――何々?ど〜したのよ」
「此奴等はAIで動いてる。つまりは無人機だ」
完全なAI制御による無人機。
技術は既に確立されていたが、未だ高度なAIプログラムが存在しない事からその実用性は低く、実際に戦線に投入される事はない技術であった。
「――成程。確かにあの反応の悪さはそれだな。そんなに数が足りないのかな?」
「いや、単にあの男の部下が居ないだけだろう」
納得できる答えを返され、オスコットも頷いた。
「だが、AIだと判れば対処は簡単だな」
「――パターンさえ読んじゃえば楽勝だからね。さぁぐずぐずしてたらランブル達に全部持ってかれるよ」
ランブルは部下を従えて、ひたすら撃破を続けている。
このままでは見せ場も無しに終わってしまいそうであった。
ムラキとオスコットは舞台へと戻るため、機体を駆る。
無敵と信じ続けた自分の軍勢が意図も容易く討たれていく。
その光景はあっさりとキラー・ビーの精神を崩壊させていく。
「認めない……認めない……認めない認めない認めない認めない認めないぃぃぃぃ!!!!」
今目の前の光景を否定するには?
全て消し去るにはどうすれば良い?
「そうだ、壊せばいい……全て!!何もかも!!壊せ……壊せ……壊せ壊せ壊せ壊せ壊せぇぇぇぇッ!!!!!!!!」
脆いプライドは音を立てて崩れ落ち、プライドを支えていた自我はあっさりと崩壊した。
あとに残ったのは、ただ目の前の光景を否定するという行動のみ。
ただ一つの行動を実行する為だけに体を動かした。
「――これで、終わりッ!!」
オスコットの構えたビームバズーカがヘルホーネットを捕らえ、吹き飛ばす。
「―――此奴で最後?」
「いや、あとは……」
ムラキがキラー・ビーを探そうとした瞬間、ランブルの部下の一機が爆ぜた。
その爆炎の向こうから飛び出す機影。
「――貴様ぁッーー!!」
部下を討たれた怒りが爆発し、ランブルはキラー・ビーに立ち向かう。
「――落ちろッ!!」
ほぼ回避不能の距離からの超精密射撃。
予知能力でもない限り回避は不可能を思われたその一撃を、キラー・ビーはあっさりと回避した。
「――なにっ!?」
「――シャーーーーーーッ!!!!」
奇怪な叫びと共に突き出されるヘルホーネットの右腕。
マニピュレーターのない箱のような腕の先に覗くのは銃口。
その銃口はランブルのスナイプマスターを捕らえていた。
「――クッ!!」
「――死ね」
ドガンッ!!
銃口からばら撒かれる散弾がスナイプマスターを貫いた。
ぐらついた機体がそのまま落下していく。
「ランブルッ!!クソッ!!」
更なる追撃をしようとしていたキラー・ビーを止める為にムラキはコアバスターを放つ。
その一撃で何とかキラー・ビーの気は剃らせたが、今度はムラキが狙われる事となった。
流石にオリジナルの機体の性能か、機動性は無人機と段違いで高い。
懐に潜らせまいとビームバズーカを撃つがことごとく回避されていく。
「――死ねッ!!死ねッ!!死ねぇーーーーーーッ!!!!」
キラー・ビーの狂った叫びが木霊する。
「クッ!!」
迫り来るミサイルと散弾、それにグレネードを回避しながらムラキは反撃の機を探るが、執拗なキラー・ビーの猛攻に反撃に移れずにいた。
回避を繰り替えず内、回避しきれずに『ダンデライオン』が被弾する。
それで機動性は一気に落ちた。
「しまったッ!!」
「――シャーーーーッ!!!!」
この好機を逃さんとキラー・ビーの駆るヘルホーネットが一気に間合いを詰める。
両腕を突きだし、下半身のミサイルを展開させる。
そして、凶弾がムラキを襲おうとした時――
「――俺を忘れて貰っちゃ困るなッ!!」
キラー・ビーの死角から突き出た砲身。
その先端からビーム粒子が零れ、閃光が放たれる。
襲いかかろうとしたタイミングに横やりが入り、キラー・ビーは機体に急制動を掛けて迫る閃光を回避した。
そして狙撃を仕掛けたオスコットはムラキの機体を支える。
「すまん」
「――別に礼を言われるほどじゃないよ。うちの隊長さんにも生きて帰れって言われたしね」
「そうだったな。こんな所で死ねないな」
一定の間合いを保ったまま出方を伺う様子を見せるキラー・ビー。
再び攻撃を仕掛けようとした時、ムラキとオスコットの後方からキラー・ビーを狙って弾丸が突き進む。
そしてそれはムラキ達が掠らせる事も出来なかった一撃をあっさりとヘルホーネットの右腕に決めた。
「――間に合ったか!?」
「エルヴィン少佐!!」
2人の元に飛んできたキースの機体の右腕がなかった事を気付いたが、相手の力量から見てそれだけの損害で済んだのなら見事だと判断した。
キースの方も目の前の敵が油断できない相手である事を悟った。
「――なかなかやってくれるみたいじゃねぇか。水刺すようで悪りぃけど、こっからは俺が相手すんぜッ!!」
「――どいつも此奴も……俺様の邪魔をするんじゃねぇーーーーーー……ブッ!!」
叫びを上げるキラー・ビー。
だが、その叫びは通信が途切れる音で遮られた。
ヘルホーネットの胸部から刀が生えていた。
そして機体の後ろにある紅蓮の機影……
「――なッ……」
「――おいおい、何の冗談だよ?」
その光景を目撃した全員が絶句した。
ヘルホーネットを刺し貫いた刀を握るのは紅のヤシャ、味方であるはずのアレックスが刺し貫いていた。
「――…………」
アレックスが刺した刀を抜く。
ガクリと項垂れるヘルホーネットを刀を捨てて受け止める。
「――て、テメェ!!何で味方を刺した!!」
一番早くに立ち直ったキースが吼える。
別に理由を聞く理由もなかったが、目の前の異常を黙って見過ごせなかった。
「――…………不良品の廃棄は私に課せられた命……帰還の命令も出た。従わぬ部下なら殺した方が早い」
淡々と語られる理由。
ただ一つ理解できたのはアレックスは与えられた命だけをこなす。
その障害で在れば味方でさえ平気で殺すと言う事だけだった。
「――キース・エルヴィン。決着はこの次に持ち越そう」
それだけ告げるとアレックスはヘルホーネットを抱えて何処へと飛び去った。
キースにも、ムラキやオスコットにもそれを追って行く気力はなかった。
「――ったく、マジで気味悪りぃ奴だぜ……それより、無事か?ランブルの姿が見えねぇけど」
「此方は大丈夫だ」
「――こっちも同じく。ランブルの奴は被弾したけど、奴の部下が庇いながら先に地上へ降りてるよ」
「――そうか。なら俺達もこのまま地上へ降りるぞ」
3人とも帰還して補給を受けねばならない程の損害ではなかったのでキースの指示に従ってゆっくりと降下していった。
ゼノスが突破された事はすぐにユイとマイに伝えられた。
それを受けてユイとマイはより一層の注意を張り巡らす。
まもなく此処は戦場になる。
完全に後手に回ってしまった状況。
防衛に残っている部隊の数も満足なレベルではない。
基地を護りきるにはかなり不利な状況だった。
「…………」
それを考えるとユイは自然に力が入っていた。
「――ユイ姉。そんなに硬くなってると咄嗟に動けねぇぞ」
「マイ?」
繋げられた通信とマイの言葉にユイは驚く。
「――ユイ姉、柄にもなく緊張してるだろ?そんなんじゃ此処を任されたのに護りきれねぇぞ」
「………………」
少し前なら此方の変化など気付く事の無かったマイが自分の緊張を見抜いた。
自分の落ち度か、それともこの短期間でそれ程マイが成長したのか。
どちらにせよ妹の成長は嬉しかった。
「――ん?どうかしたか?」
「何でもないわ。マイに心配されるほどじゃ、余程のようね」
「――なッ!?その言い方って無いだろ!!」
ムキになって言い返すマイの言葉をかわしながらユイは機体を壁の上まで移動させる。
それについてこようとしたマイを制する。
「マイは下で待機していなさい。一応抵抗はするけど、多分止める事は出来ない。突入されたら一瞬で攻め入られるわ」
「――ったく、仕方ねぇな。判ったよ。アタシは下で、敵が突っ込んでいたら一気に斬り掛かる。それでいいだろ?」
それに頷いて返事をすると遠く前方からもの凄いスピードで突っ込んでくる物体があった。
迎撃体勢を終えていた各砲座から一斉に砲弾が放たれるが、敵は止まる気配を見せない。
破裂する大地を被っても止まる様子を見せないそれは一直線に基地に突っ込んでくる。
止める事は不可能と判断し、ユイは壁から味方を後退させる。
そして――
車体が大きく揺れるが、それでも『マグナムヘッド』が止まる事はない。
しかし、そのダメージは全部搭乗者に伝わっていた。
「痛っ〜〜〜〜!!舌噛んじゃったわよッ!!少しは安全運転しなさいよねッ!!」
衝撃で舌を噛んだ事を怒鳴るアイリ。
当然、その気の毒な八つ当たり先はヴァリムだが。
「それにしても流石ね〜〜こんだけの砲撃受けてビクともしないなんて」
アイリは正直感心していた。
出撃前には途中で此奴を途中で捨てて突入を掛けようとも思っていたが、このままなら敵基地まで運んでくれそうだ。
目標である敵基地は既に眼前。
戦いは目前であった。
「…………よし。そっちの方は準備できてる?」
「――いつでもOKです!!」
「――準備万端ですわ」
モニターに壁が迫る。
あとはアレをぶち抜いて突入するだけだ。
「いっけぇーーーーーーーーッ!!!!」
アイリの雄叫びとほぼ同時、『マグナムヘッド』は基地の壁をぶち抜いた。
「痛っ〜〜〜〜……マジで突っ込んでくるか、普通」
衝撃で吹き飛ばされそうになった機体を安定させ、マイは呟く。
目の前の壁には大穴を開けて活動を停止したアルサレアの輸送列車。
その姿は列車と言うよりは巨大な弾頭と言った感じだが。
「…………」
マイは敵の出方を探る。
今の衝撃と同時に飛び出た様子はない。
なら、扉が開かれた瞬間に敵は出てくる筈だ。
「………………ッ!!」
扉が動いた。
それを確かめた瞬間、一気にブーストペダルを踏み込む。
一気に加速していく機体、その速度を乗せた必殺の一撃をまず振るう。
そう決めて扉ごと一気に叩き斬ろうとしたが――
「ッ!?」
振るう剣を咄嗟に防御に回す。
それと同時に鋼鉄の扉が内側から吹き飛ぶ。
直撃は回避できたが、あまりの不意打ちに間合いは一気に離れる。
「――ありゃ?外れたか。よっぽど反応良い奴ね〜〜」
扉の奥から姿を現す黒いPF。
「――でも、次は無いわよ」
拳を構えたまま列車から降りてくる。
其処に隙など無い。
「そうか、アンタが乗ってたのか。少しは楽しめそうじゃん」
マイはゆっくりと剣を構える。
「――その声は……いつものじゃないからわかんなかったわ」
黒のPFのパイロット―アイリも相手が誰か判って拳を構える。
互いに本気を出すに相応しい相手。
始めから手加減など、無い。
「いくぜ」
「――来なさいッ!!」
マイとアイリ―両軍のエースによる一騎打ちが火蓋を切った。
飛び出していったアイリに続いてジータとリンナが『マグナムヘッド』から飛び出すと、目の前ではアイリの駆るJバトラーと騎士を思わせる漆黒のPFが一騎打ちを始めていた。
流れるような脚捌き、烈火の如き勢いで振るわれる拳打。
放たれる拳打すべてが一撃で敵を粉砕できる威力を秘めているのは一目で判る。
その拳打の連続攻撃も凄まじいが相対する敵の剣捌きも見事であった。
迫る拳打を剣の腹で受けて受け流し、隙在れば打ち込もうとアイリとの間合いを詰める。
正直に言えばその剣にジータは見とれてしまった。
そして、自分の腕がまだまだ未熟である事がはっきりと判る。
平和を守りたいと、抗う術を持たない人々の血を流させない為にと手に取った剣。
それはまだ誰かの救う剣にも、護る剣にもなっていない。
「………………」
自分の無力さを痛感すると共にジータは新たな目標を定めた。
あの領域に踏み込む。
人々の為の剣に、盾になるにはあの領域に踏み込む必要がある。
近いとは思わないが、遠いとも思わない。
いつか辿り着けるはずだと感じていた。
「――……タ……ジータ?どうしましたの?」
「えっ?あぁ……ごめん。何でもないよ」
リンナの声に気付かぬ程魅入られていた。
自分がどれ程今、あの力を欲していたのかと思うと自分の未熟さに腹が立った。
「――大丈夫ですの?引くわけにはいきませんけど、後ろに控えるくらいなら」
「いや、大丈夫。あの黒いPFはミカムラ大尉に任せて僕達は他を相手にしよう。今は少しでも早く敵を抑えないと」
「――そうですわね」
アイリはマイの相手で手一杯。
一緒に突入した他の小隊も既に交戦状態に突入していた。
「よし。それじゃあこのまま司令部の方角を目指して突き進もう。障害は多いけど、最短距離を突き進めばかなり早く進めるはずだし」
「――そうですわね。それが――飛び退きなさいッ!!」
ジータとリンナがその場を飛び退く。
その直後、2人が立っていた場所に何かが突き刺さり爆発、地面を抉り飛ばした。
「今のは?」
「――上からでしたわね……ッ!!」
2人の進行方向―突入地点から司令部を繋いだ直線上、格納庫と思われる建物の上にそれは悠然と立っていた。
紫紺の装甲に『忍び』を思わせるようなシルエット。
その背中には翼のように広がる8つの刃。
シンザンカテゴリーJ(ジェミニ)―『双子の悪魔』と呼ばれ恐れられた片割れが其処に立っていた。
「双子の悪魔……姉のユイか」
「――やはり此方の護りに回っていたようですわね……」
ジータとリンナはそれぞれの武器―ジータは剣を、リンナは薙刀を構える
まともに正面から戦って勝てるとは思わない。
自惚れて正面から向かっていけば、次に地に伏しているのは間違いなく自分達だ。
退けるなら一瞬の隙をついた連携しかない。
「…………リンナ」
「――…………えぇ、判ってますわ」
ただ一言でジータが何を狙っているかは理解した。
ユイが攻撃に転じる一瞬、狙いはそれしかない。
2人が一瞬の隙も見逃さぬように構えると、ユイが何か呟いた。
「――互いに信頼し合っているのね。2人で立ち向かえば勝てると信じて」
「なに?」
「――想いの力は時に想像以上の力を発揮するもの…………でも」
ユイが格納庫の屋根を蹴り、文字通り姿を消す。
それが空間転移だと理解した時には既にユイの刃がジータに迫っていた。
「クッ!!」
「――それで私を倒そうと思うなら、愚かでしかないわ」
咄嗟に剣で刃を受け止めるが、体勢が悪すぎたかパワーの差か、押し込まれた刃が肩の装甲に食い込む。
「――ジータッ!!」
両者の間に割って入ろうと薙刀を振るうリンナ。
それを確認したユイはジータの機体を蹴ってリンナへと向け、自分は間合いを離す。
ぶつかりあったがジータとリンナは転倒だけはせずに踏み止まった。
「――本気できなさい。でなければ死ぬだけよ」
背中のマウントから夜刀神を引き抜き、両手に構える。
全力で戦わねば此処で死ぬ。
本能が告げる警告を受け、ジータとリンナはユイと対峙した。
「うおぉぉッ!!」
「――はあぁぁッ!!」
唸りを上げて放たれた剣と拳が交差する。
互いに放つのは必殺の一撃。
先に一撃を決めた方が最後に立っていられる。
幾度目かの交差、幾度目かの激突、危うい所で保たれていた拮抗が崩れる。
「クッ……腕のモーターの反応が無い。クソッ!!」
マイの駆るデュークの腕はだらしなく垂れ下がって動かない。
激しい衝撃を繰り返し受けた為、モーターが焼き切れたのだ。
元々両者の実力はほぼ互角、此処に来て機体の性能差が現れた。
「――…………悪いけど、此処で見逃すとあとが辛いし、やらせて貰うわよ!!」
右の拳を引き、アイリは地を蹴る。
狙いは人で言う鳩尾。
コクピットの真下に衝撃が走ればパイロットは間違いなく意識を断たれ、機体は停止する。
「クッ!!」
腕のモーターだけでなく他の駆動系も反応が悪く、機体が上手く動かない。
あと半瞬で拳が機体に突き立てられる。
それを喰らえばマイの敗北は決まる。
「――チェストーーーーッ!!」
空を裂き、うねりを上げて放たれる拳。
だが、寸での所で拳は引かれ、アイリも間合いを離す。
それとほぼ同時にマイの前には4本の刃が突き刺さる。
「姉貴ッ!!」
「――下がっていなさい、マイ」
刃に続いて降り立ったのは紫紺に染められたシンザン―ユイだった。
「――くっ……ジータとリンナは!!」
「――本気で来いと言ったのに一瞬でも戸惑ったからよ。あっちで仲良く寝てるわ」
ユイとマイの後方、崩れた施設の一角に白と桜の機体が倒れていた。
センサーで生存は確認したが、あの状態では軽傷では済まないかも知れない。
「――それでどうするの?さっきの2人と同じように仲良く寝たいのなら、相手をして上げるわ」
今まで優勢であったアイリの立場はあっさり崩れた。
敵は双子の悪魔。
自分が知る限りあの2人と正面から戦って互角に戦えたのはグレンリーダーぐらいだった。
「――クッ……」
「姉貴……」
「――無茶はしなくて良いわ。私1人で十分よ」
拳を構えるアイリと背中の夜刀神を組み立て、巨大な手裏剣を構える。
ジリジリと間合いが詰まっていく。
下手に間合いを詰めれば一気にアイリに主導権を奪われかねない。
有利なまま戦いを進めるにはこの間合いを征したまま戦うしかない。
「――………………」
「――………………」
互いに無言。
緊迫した空気が辺り一帯を包む込む。
―面白そうだね。僕も交ぜてよ―
「――!?」
「――!?」
何が起きたか確認するより先にアイリとユイは跳んでいた。
直後、2人が立っていた地面が爆ぜ、燃え上がる。
「――な、なに?」
「――…………!!」
一陣の風が吹き抜け、降り積もった雪が舞い上がる。
雪のカーテンの向こう、そこに一機の機影があった。
光さえも飲み込み逃がさぬような漆黒、闇。
「――Jファー?何でこんな所に……」
それは誰もが見慣れたPF、Jファーだった。
だが、だからこそそれが放つ異様な気配が目立った。
「――へぇ〜〜今のをかわせるんだ、凄い凄い♪」
その異様な気配とは真逆に位置する様な少年の声。
その事にアイリはおろかユイとマイまで唖然とする。
「――子供……?」
「なんでガキがあんなもんに……」
「――子供って……甘く見ないで欲しいなぁ。僕はお姉ちゃん達より上手くこれを使えるんだよ?」
クスクスと無邪気な声が響くと漆黒のJファーは腰に装備していた『何か』を引き抜く。
それの正体を確かめようとユイは機体を停止させ、カメラの焦点を合わせる。
「――ふふっ」
「ッ!!姉貴ッ!!!!」
直感であれが相当にヤバい物と判断したマイが無茶を承知でユイにタックルする。
半瞬の差で振るわれた『何か』がJファーの足下から、ユイが先程まで立っていた場所までを一直線上に抉っていた。
「――っ!?」
「――あれれ〜〜?まさか今のをかわされるなんて……予想以上の反応速度だ。でも……」
にっこりと浮かべる笑顔は年相応に可愛いものだが、今は異常な違和感を生む物でしかなかった。
「――簡単に死なれてもつまらないよね♪じっくりと嬲って殺さないとさ♪」
「ユイ姉……」
「――えぇ、判ってる。あれは……あまりに歪み過ぎている。屈折し、湾曲し、そして果てしなく混沌としている……」
肌で感じる漆黒のJファーの異常さと、それを駆る少年の異常さ。
「――マイ、隙を見て引くわよ。アレは、異常よ」
「あぁ、判ってる。悔しいけどさ……」
目の前に居るのは人の形をした異常。
それを本能で感じ取ったユイとマイはこれ以上の戦闘行為を起こす気はなかった。
離脱する隙を探るユイとマイを尻目に今まで黙っていたままのアイリが吠える。
「――アンタ、一体何物!!アルサレアでもヴァリムでもないなら……一体何処の!?」
「――あぁ、僕とした事が名乗るのを忘れてた。僕の名はグリード【強欲】所属はまだ明かせないけど、目的はあるよ」
ペコリと丁寧に礼をして、グリードと名乗った少年は笑う。
「――この世界を根本から覆す程の破壊と殺戮、世界の滅びが僕達の望み」
「――世界を、滅ぼす?」
「――うん。ぜ〜〜んぶ、綺麗さっぱり消しちゃう。だってさ、互いを傷つけ合う事しか知らない人達が争い合って大地を傷つける。そんなの生きてる価値なんてないじゃない?だから滅ぼすんだ。それが世界の為に良い事なんだよ」
「――だから、全て……何も知らない無垢な子供達も殺すの……?」
「――争う事しか知らない大人に育てられた子供も同じ未来を進む。そんな悪の芽は育つ前に切り取らないと」
アイリは目眩を感じた。
戦争を見て育った子供を悪としてそれを害虫を駆除するように殺す?
間違った未来を辿るなら、その未来ごと命を奪う?
目眩は苛立ちへ、苛立ちはどうしようもない怒りへと変わった。
アイリは歯が砕けるくらいに食いしばった。
「――……にさまの……り」
「――ん?」
「――何様のつもりだって言ってんのよッ!!あんたなんかに、誰にだって人の未来を奪う権利はないのよッ!!」
「――おかしな事を言うね。僕達が目指すのは世界の為の恒久的な平和。争う人間が居なくなれば戦争なんて起きない。戦争がない平和な世界、これは誰もが望む理想じゃない?」
「――そこに人が居なければ意味はない!!!!」
アイリは拳を握り締めて想いの全てを吐き出す。
自分も戦争という場で多くの命を殺めた。
だが、それが仕方のない事だと忘れる事はない。
敵であろうと味方であろうとその全ての命が納得できる世界を造りたいと思う。
だから、目の前の考えを許すわけには行かなかった。
「――………………つまんない」
ぽつりと呟いた一言、だがそれの持つ冷たさが場を凍り付かせる。
「――つまんないつまんないつまんない!!」
癇癪を起こしたようにグリードは叫ぶ。
「――なんだよ、僕はただ楽しみたいだけなのにさ!!そんなつまんない事で僕を困らせないでよッ!!」
ユイを襲った未知の武器をぶんぶんと無差別に振り回す。
それだけで、周囲の建造物が倒壊し、巻き込まれたアルサレアとヴァリムの機体がポップコーンのように弾ける。
「――クッ!!」
アイリは巻き込まれない様に機体を操り、ユイとマイも漆黒のJファーの側から離れた。
「――はぁ……はぁ……はぁぁぁ……もうイイや、殺すなって言われてたけど目障りだよ」
Jファーが一歩踏み込んで剣の鞘のような物を握った手を振りかぶる。
それこそが周囲一体を滅茶苦茶に破壊した物だった。
「――キエロ」
横薙ぎに振るわれる2つの閃光。
その正体は判らないが、一撃でも命中すればそれは命を終わりを意味する。
「――クッ!!」
アイリはそれを寸での所で回避する。
だが、回避した矢先、再び振るわれる閃光。
「――なめんなーーーーッ!!」
その一撃をかい潜り、アイリはJファーの元へと疾走する。
目の前ではグリードと名乗った少年とアイリが激しい攻防を繰り広げている。
アイリは全ての攻撃を回避しながらグリードの懐を狙い、グリードは潜り込ませまいと剣の様な物を振るう。
そこに第3者が付け入る隙はない。
「………………」
だが、マイは必死に隙を探していた。
このままなら遅かれ早かれアイリはあの一撃を受けて倒れるだろう。
マイにはアイリを助ける理由も利害もない。
撤退するつもりだったが、このまま見逃すのも何処か癪に触った。
「それにアイツだって……」
頭によぎったのはレイジの横顔だった。
出逢ってから顔を合わせた時間は一日にも満たないが、同じ状況に置かれたらレイジも同じ様な気持ちだろうと、不思議と確信できた。
「………………」
機体は既に立て直してある。
あとはタイミングさえクリアできれば割って入れる。
だが、そこまで考えたところでユイからの通信が入った。
「――何を考えてるの、マイ。このまま離脱するわ。隊長達も既に此処を放棄したわ」
「けど、姉貴ッ!!」
「――敵を心配する前に自分の身を優先して。それに相手の力は未知数、分が悪すぎる」
情報を持たない―それは対処の方法が立てられない事。
敵の戦力も知らず戦う事は無謀でしかない。
「――今は退くしかないのよ」
「…………判ったよ」
無念さを噛み締めてマイは退く事を決めた。
「…………死ぬなよ」
『デューク』の周囲の景色が歪みだし、ユイとマイは戦場を離脱した。
「はあぁぁッ!!!!」
電撃を纏った蹴打が唸りを上げる。
だが、その一撃をひらりとかわして漆黒のJファーは反撃を繰り出す。
「クッ!!」
煌めく閃光。
半瞬まで立っていた場所が『何か』のよって深く抉られている。
アイリはその正体がまだ掴めなかった。
距離も立ち位置も関係無しに振るわれる攻撃。
だが、グリードの手元には刃のない剣だけ。
どうすればあんな物でこんな攻撃を繰り出せるかは見当もつかなかった。
「――ほらほらッ!!」
大きく振りかぶった柄を振り下ろし、閃光が煌めく。
うねりながら真っ直ぐに向かってくる不可視の一撃。
その通り道では抉られた地面が爆ぜる。
「こんな攻撃で…………てやあッ!!」
閃光を回避しながら懐に飛び込み、両の拳で拳打を叩き込む。
その拳は届いたが、逆に叩き付けた拳が異音をあげる。
「……ッ!!一体どんな装甲してんのよっ!!」
「――知らないよ。僕は渡されただけだもん。それよりお姉ちゃんしぶといね。まさかこんなに保つなんて思わなかった」
楽しそうにグリードは笑う。
「――人間はもっと弱くてもろいものって教わってたんだけど……案外丈夫なんだね」
玩具を与えられた子供のような無邪気な笑顔。
それがかえって不気味でしかなかった。
「――でも、そろそろ飽きたんだよね〜ヴァリムのお姉ちゃん達も帰っちゃったし……」
この場からヴァリムが撤退した事にはアイリも気付いていた。
体よく逃げる為の餌にされてしまったが、逆の立場ならアイリも迷わずそうしていただろう。
「――取り敢えず〜〜死んで貰うね♪」
グリードはにっこりと微笑むと柄を振るった。
振るわれた一撃は今までも何倍もの閃光が一度に襲ってきた。
今までの事は本当に遊びだった。
これが限界ではないように思うが、今の自分ならこれだけで十分に叩き潰せる。
「クッ!!!!」
咄嗟に両腕を正面に回し、防御の態勢を取る。
一撃目の閃光が機体に触れると同時に大きく機体が弾き飛ばされる。
初撃に続き、幾度かの衝撃が続き、その度アイリは何度も跳ね飛ばされた。
何度目か判らない衝撃の後、攻撃はやんだ。
すぐさま自分の体を調べてみるが、全身の打ち身以外は特に大きな外傷もなく、骨にも異常はなさそうだった。
「――ちぇっ!一回で終わらせるはずだったのに……」
「………………」
自分とは違い機体は満身創痍。
攻撃により両腕はボロボロに崩れ落ち、両脚も何とかくっついている程度。
戦いを続行できる様な状態ではなかった。
かといって自力で離脱できる様な状態でもない。
機体を棄てるという手もあったが、あの閃光から逃げ切れるとは思わなかった。
「絶体絶命……か」
次にあの攻撃を受ければ防ぎきれず自分は死ぬ。
だが、恐怖はなかった。
それどころかまだどうにかなると言う気持ちの方が大きい。
「――これで終わりだよ。バイバイ!!」
閃光が煌めく。
だが、その一撃は大きくアイリから反れていった。
上空から放たれた狙撃によりグリードの足場が崩れ、狙いが反れたのだ。
「――ッ!?」
「――アイリッ!!無事かッ!!」
アイリとグリードの間に割って入った影はキース達であった。
「ったく遅いわよ。何やってたのよ」
「――こっちだって色々あったんだよ。これでも急いで駆け付けたんだぜ?」
見ればキースの機体には右腕はなく、装甲も傷だらけだった。
キースの相手も間違いなく強敵だったのだ。
それでもこうして駆け付けてくれたのは嬉しかった。
「…………判ってるわよ。ありがと」
「――……お前から素直に礼を言われるとど〜も調子狂うぜ」
「なッ!!人が折角感謝してるのにッ!!」
互い怪我もなく無事である事は嬉しかったがこれ以上のじゃれ合いは切り上げた。
「――で、お前一体何者だ?いきなりアルサレアとヴァリムの戦闘に介入してきたけど……ミラムーンってわけでもなさそうだしな」
「――別にそんなのどうでも良いじゃない?僕はただ戦いを楽しみたいだけなんだけど……」
「良くそんな口が聞けるわね。こっちは10,そっちは1。いくら腕が立つと言ってもこれだけの数同時に相手するのは無理よ」
キース、アイリを筆頭にムラキ、オスコット、ランブルもかなりの場数を踏んできた猛者である。
ランブルの部下達もランブルの元で鍛えられ、並のパイロットよりも強い。
数で押せば勝てるとは言い切れないが、かなり優位に戦いを進める事は出来る。
「――大勢で来たって僕には敵いっこ無いよ。無駄だと思うけど、確かめてみる?」
「――舐めるなッ!!」
グリードの誘いに乗りランブルが部下を従えて飛び出してしまう。
「――あの馬鹿ッ!!全機、フォローに回れッ!!」
キースの声でムラキとオスコットはランブル達の援護に回る。
飛び出したランブルと部下達は巧みな連携でグリードを対峙する。
機動力を活かして周囲を飛び交い、正確な射撃でグリードの動きを封じる。
しかしグリードも並ではない。
最小限まで押さえ込まれた状態でも致命傷になる攻撃だけは避けている。
「――あはは♪凄い凄い♪避けるので精一杯だよ」
「――ちぃ……!!」
グリードは反撃こそしては来ないがその様子にはまだ余裕がある。
「――避けるのも飽きちゃったしそろそろ反撃させて貰うね」
柄を握った手を軽く振り回す。
グリードの周囲の地面が爆発し、抉られた岩盤が飛礫となってランブル達に襲い掛かる。
「――ぐあッ!!」
弾け飛んだ瓦礫はPFの装甲に激しく衝突し。周囲を取り囲んでいたランブル達を一撃で吹き飛ばしていた。
「――もう終わり?それじゃあ今楽にしてあげる♪」
もう一度グリードが柄を振り上げる。
「――これで……おっわり!!」
「――させるかよッ!!」
ずっとタイミングを計っていたキースがグリードをロックする。
狙いは無防備に晒された胸部装甲。
そこに残ったミサイルを全て叩き込む。
「――いけーーーーッ!!」
目の前のランブルを狙う為に反応が遅れたグリードは咄嗟に腕を前に出した。
そして、その防御が間に合うかどうかギリギリのタイミングでキースの放ったミサイルが全段命中した。
巻き起こった爆炎が風に流されていく。
幾ら頑丈とはいえ、あれだけの数のミサイルの直撃を受ければパイロットの意識を奪うのは容易なはずだった。
だが――
「嘘だろ……」
薄れていく煙の向こうからゆっくりと影は現れる。
右腕がだらりと垂れ下がり、各部に被弾の後が在るがそれでも致命的なダメージは負っていそうにない。
「――くっくっくっ……やってくれるよねぇ〜〜咄嗟だったから驚いちゃったよ。お陰で右腕は持ってかれるしさ」
心から楽しそうにグリードは笑う。
だが、そこには怨念とも呼べる憎悪が込められていた。
「――ホントならこの場で全員殺してやろうと思ったけど……残念な事に時間切れなんだよね。だから今回は見逃してあげるよ」
「へぇ〜〜案外優しいねぇ」
皮肉たっぷりにキースは返事を返す。
「――ありがと。でも今度会った時は一番に殺してあげるよ」
一言そう返してグリードは背を向ける。
「――あ、そうそう。僕らと殺り合いたくなかったら本土に逃げ帰った方が得策だよ?まぁ、それでも殺される順番が後になるだけだけどさ」
グリードの機体の周囲がぐにゃりと歪む。
最後に忠告とも死刑宣告とも取れる言葉を残し、グリードの反応は消えた。
「………………はっ」
グリードの姿が消えた事で張り詰めていた緊張の糸は切れ、額からは汗が噴き出す。
「ったく……何なんだよアレは?訳わかんねぇぜ」
「――はぁはぁはぁ……」
「おいっアイリ。大丈夫かよ?」
荒く息を繰り返すアイリを心配してキースは声を掛ける。
アイリは一言だけ大丈夫と言って返した。
「――それより、ジータとリンナを。あの子達ユイを相手にしてたみたいだから」
「判った。お前も降りて休め」
「――判ってる……」
アイリの様子が気になったが、あのユイを相手にしていたとなるとジータとリンナも危険かも知れないと思いキース達は2人の元に向かった。
「――……………………」
全ての通信を切ってからアイリは無言で拳を強く握り締めた。
敵わなかった。
あのグリードと呼ばれる少年に自分の力は及ばなかった。
死に物狂いで鍛えてきた技も技術も敵わず、完璧に負けた。
こうして命こそ在るものの、アイリのプライドはずたずたに傷付けられた。
「――くそ……くそ……くそ……!!ちくしょーーーーーーーーッ!!」
締め切ったコクピット内にアイリの叫びが響く。
心すら折れかねない完璧な敗北に、アイリの苛立ちは頂点に達していた。
全ての戦闘活動が終了して2時間程経過した時、作戦本部からコード達が合流した。
輸送機から降りてすぐにコードは表情をきつくした。
「隊長?」
コードの変化に付き添うように立つクランが気付く。
「いや……報告は聞いていたが此処までとは思わなかったからな」
目の前に広がる惨状は今までコードが経験した事が無い程酷いものだった。
施設の殆どは崩れ落ち、周囲所狭しとPFの残骸が転がる。
火の手が上がっている所もあるのか、あちこちで煙も上がっている。
たった一度の戦闘でこれ程の被害を生んだ戦闘はコードも知らなかった。
「それ程敵の戦闘能力が脅威であると言う事ですね……」
「あぁ。だが、まずはみんなの無事を確認する」
「えぇ、急ぎましょう」
コードとクランは近くに居た作業中の隊員にメンバーが何処に居るのか聞いた後、急いで向かった。
コード達が向かったのは何とか使えそうな建物を使って用意された仮設病室だった。
「ん?よぉ、お二人さん」
部屋の入り口を出た所に壁に背を預けたキースが立っていた。
それ程酷い怪我はなさそうだったのでコードがまず一安心した。
「お疲れ様でした。身体の方は大丈夫なんですか?」
「俺の方は特に問題ねぇ。ちと辛いのは……」
キースは視線だけで部屋の中に入るように促す。
病室として使われている部屋は壁に多少のひびが走っているものの、構造はしっかりしているのか今すぐ崩れ落ちるような雰囲気はなかった。
5つ程並べられたベッドの上にはジータとリンナが寝かされていた。
「ジータ……リンナ……」
「ん……隊長か」
コードとクランがやって来た事に気付き、ジータのベッド脇で椅子に腰を下ろしていたムラキが立ち上がった。
彼も怪我はなさそうだが、その表情は憔悴しきっていた。
「ムラキ、2人の怪我の具合は?」
「全身に打撲が数箇所、骨にひびが入っている箇所も幾つか在る。倒された時、頭部を打ったらしくてな、まだ意識が回復していない。だが、このまま目を覚まさないと言う事はないそうだ」
「そうか……」
取り敢えず2人の無事を聞いてコードは安心する。
「それにしても無茶をします。あの双子の悪魔に立ち向かうなんて……」
クランの言う通り、幾ら自信と実力が付いたからと言って2人でユイに立ち向かうのは無茶と言われても仕方のない事だった。
「でも、2人は臆す事無く任務を遂行する為立ち向かったんだ。結果はこうなったが……責める事は出来ないな」
2人をフォローするわけでもなかったがコードは2人を行動を良い方向で評価していた。
クランもそれを聞いて2人を責める気も無くなった。
「……それよりオスコットとミカムラ大尉の姿が見えないが?」
病室内に2人の姿はない。
報告では2人が大怪我をしたという報告は受けていなかった。
「オスコットなら表で状況整理を手伝っている。ミカムラ大尉だが……」
ムラキが変なところで言葉を切った事がコードは不思議だった。
「……大丈夫だよ」
「エルヴィン少佐?」
ムラキに続きを聞こうとた所に後ろからキースに声を掛けられる。
「今はちょっとショック受けてるけど、アイツは大丈夫だ」
「………………エルヴィン少佐がそう言うのでしたら大丈夫なのでしょう」
この場にいる誰よりも長くアイリと共に闘ってきたキースの言葉を疑う理由はなかった。
「取り敢えず、今は体を休める時間が必要です。隊長、しばらくは侵攻を遅らせるのが得策だと思います」
「そうだな。今は回復に専念しよう。此処での作業が終わり次第、本部基地へ帰還するように――」
伝えろ、と言おうとしたコードの言葉は廊下から聞こえるドタバタと騒がしい音で遮られる。
「な、何だ?」
「たいちょ〜〜〜〜!!!!大変です!!!!」
大慌てで走ってきたのは表で作業を手伝っていたシュキだった。
部屋の入り口前で急制動を掛け、部屋の中に文字通り転がり込んでくる。
「だ、大丈夫か?」
「あたたた……だ、大丈夫です」
体をしたたかに打ちつけたシュキに手を貸し、コードはその体を起こしてやる。
「それで、廊下を猛スピードで走るほど何が大変なの?」
シュキを見るクランの視線は少しきつく冷ややかだった。
その視線に少し怯えながらシュキは一枚の書類をコードに手渡す。
受け取ったコードはすぐに文面を読み出し、その表情が曇る。
「隊長?」
その表情の変化が気になったクランは首を傾げる。
コードは無言のままクランに書類を渡す。
「失礼します…………これは……」
クランもその書類に書かれた文面に驚く。
その2人の様子を心配しながらシュキは見守っていた。
「…………クラン、一体何が書かれて居るんだ?」
3人の様子が尋常でないのは明らかだった。
黙っていたムラキが声を掛ける。
「…………サーリットン前線の敵勢力を一気に押し返す為、その作戦に参加するようとの命令書です」
「サーリットンの勢力を押し返す?」
「はい。今サーリットンは非常に危うい所でで両軍の勢力がバランスを取っています。しかし此処最近ヴァリム側で戦力の増加が認められているそうです。このままでは中央を突破されると判断しての作戦でしょうね」
「それで俺達コバルト中隊にも参加要請か……まぁ俺等は今まさに勢いに乗ってる。当然と言えば当然か」
黙っていたキースが少し皮肉混じりに呟く。
今現在ヴァリム相手に優勢を取っているのは間違いなくコバルト中隊だけである。
その勢いを利用しない手はない。
「けど、現状今の俺達が駆け付けても何の力にもなれないだろうな。それに、あんな化け物をこんな所で野ざらしにしとく訳にもいかねぇとくる……どうする隊長?」
大きな被害を受けた今の中隊が作戦に参加しても足を引っ張るだけなのは歴然だった。
そして、それ以上に今回の戦いで姿を現した謎の第3勢力を放っておくのは得策ではない。
「…………クラン。作戦司令部にはこちらの警戒態勢を解くわけにはいかないと伝えてくれ」
「…………命令をはね除けるのですか」
「元々俺達はこっちの作戦を優先するべきだ。それに文面の内容からも参加を強制されているわけでもない。突っぱねた所で少し風当たりがきつくなるだけだろう」
コードの態度にキースは感心していた。
あぁいうタイプの指揮官も時には必要な時がある。
今優先すべき事をきっちりと見極め、上の命令をはね除けるくらい度胸がある隊長が。
歳こそ若いが目の前の立派な隊長にキースは拍手でもしてやりたかった。
そして、この隊長を助ける為にキースは手を貸してやる事にした。
「けど、何にもせずに突っぱねるのもあれだろ?俺に少し考えがある」
「??」
キースを覗いた全員が一斉に首を傾げた。
「なぁ〜に少し俺達の代わりに動いて貰うのさ」
キースの脳裏には炎のような闘志を持つ剣士と疾風の如きガンナーがよぎった。
ガイアに渦巻く欲望の渦。
数多の想いを受け、シナリオは複雑に絡まり、誰もが予想しなかった方向へと向かい出す。
次回 第5章 策謀の渦
あとがき
え〜〜どうもクレストです。
前回の更新から2ヶ月余り……遅くなりましたがやっと書き上げました。
ホント、お待たせしてしまってすみませんでしたm(_
_)m
遂に第3勢力が本格参戦です。
此処からどんどん戦いは泥沼化していく(予定)です。
次回は途中閑話と言いますか、フォルセアサイドや謎のままだったレイジの見付けた真相が明かされます。
徐々にペースは取り戻していくので、ご期待下さい
管理人より
クレストさんより第4章後編をご投稿頂きました!
次はサーリットンですか……一体どうなるのでしょう?
それにしても、あの口調は……(爆)
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