GOKIBURI並のしぶとさを持ち、LIPS小隊以上の災害を招く、モルモット小隊。
彼らにホーシェレンシュタウファン王国出撃の命令が下る数日前の事である。
ヴァリムのガルスキー財団の所有する広大な土地、ここの景色は戦場とはまるで違い平和そのものだ。
この静かな土地にある別荘で、戦争の火種を巻いた人物、ガルスキー財団の会長、世界を裏で操る男、ギルゲフ・ド・ガルスキーは暖炉の暖かい灯にあたりながら、静けさを満喫し椅子に腰掛けていた。
お気に入りのシャム猫を膝の上に乗せ片方の手でその背を撫でている。
ギルゲフは空いているもう片方の手にした何かの紙面を読んでいた。
“LIPSKILLER NEWS”
彼の読んでいる紙面にその文字が見て取れた。
LIPSKILLER NEWSはキル・リップスと呼ばれる組織が出版している広報誌の一つでLIPSの最近の動向、LIPSに不満を持つ読者の声、LIPSの与える社会的な問題を偉い学者さんが書いた記事、今現在の裏世界で掛けられている彼女たちの懸賞金の額、などが書いてある、LIPS撲滅を目標にする人には必須のアイテムなのだ。
キル・リップスは全国規模の大きさを誇っており、LIPSを庇護するアルサレア、特にツェレンコフ・ゴルビーへの抗議活動を主にする組織である。
その内容はただの抗議デモから爆破テロ、果てはPFを使ったテロまで幅が広いために一部地域ではかなり問題視されている組織だ。
“我が組織の名誉会員、某財団会長の協力によりLIPSのホーシェレンシュタウファン王国への誘導、封じ込め作戦は成功した。後はにっくき奴らの死を待つのみとなった! 同士諸君、我々の悲願の達成の日は近い。ついに諸悪の根源、惑星Jに混乱を呼ぶ者、全てを歪める悪しき邪神の滅する日が来たのだ! 〜キルLIPS頭目 筆〜”
その文を読み、ギルゲフは満足気に何度も頷く。
静かで平和な戦争とは無縁の世界に思える別荘地にあって、彼の周囲だけは戦場とはまた違ったきな臭い陰謀の空気を漂わせていた。
「ツェレンコフよ……遂に終わる時が来たな」
どこか遠くで、鴉の鳴く声が聞こえた。
ツェレンコフ・ゴルビーは参謀本部の自室で、ギルゲフが読んでいたものと同じ紙面を読んでいた。
血の気の引いた青い顔で手を震わせ、かつて生身で弾丸の飛び交う戦場を潜り抜けてきた男は、震えていた。
「な……なんと言うことだ」
彼は受話器を取ると直ぐにどこかに連絡を取る。
なかなか繋がらないらしく、ゴルビーの表情を見ればイライラしているのが良くわかる。 ツェレンコフ・ゴルビーほどの人物が、こんなに感情を表に出すことは滅多に無い事だ。
「おぉ、君か、Y.Gか、例の物を至急よこしてくれ……何? 金だと、安心しろ、いくらでも好きなだけくれてやる。そうだ……あの二機だ。頼んだぞ!」
電話を終え、受話器をおくと彼は椅子に座り一息ついた。だが、彼の顔から未だに不安の色は消えていない。
何か手を打ったようだが、それだけでは不安でたまらないのだ。
「……モルモットとルージュを使うか」
今まさに、たかだか小娘四人のために、権力者の私怨から発した闘争に巻き込まれ、一つの国に最大の危機が訪れようとしていた。
ホーシェレンシュタウファン王国。
緑豊かなこの国は鉱物資源に富み、主にその輸出で国益を上げてきた。しかし、それもヴァリムが侵略してくるまでの話であった。
海の向こうの大陸、その大陸を席捲する大国ヴァリムの噂や、アルサレアのPFの噂などは聞いていたものの、兵器や戦争などから元々縁遠かったこの国の国民性があだとなり、ろくな防御手段も無いまま、ヴァリムに領土を蹂躙される事となってしまった。
PFに対抗する手段がこの国にはまったく無かったのだ。
アルサレアに軍事力の援助を求め、アルサレアは鉱物資源と資金の贈答を求め、お互いに利害が一致したところで、アルサレアはPFの投入を始めた。しかし、すでに地盤を築いていたヴァリムに対し、徐々に劣勢に立たされていくアルサレア勢、ついには首都陥落の危機にまで陥っていた。
周囲を敵に囲まれ今さら逃げる事も叶わず。
アルサレアの兵士たちは終わりの見えない戦いを日々繰り返していた。
ノートン・ロウ少尉はそんな地獄さながらの戦場において、補給物資回収部隊の小隊長を務めていた。
周囲を完全に包囲され陸路の閉ざされたこの戦場では、空から補給物資を投下するしか、物資を届ける方法が残されていなかった。しかも、高高度からの投下である。
風で流される事もあれば、敵に見つかってすぐに破壊されることもあった。少しでもその補給物資を確実に回収する為の部隊が、補給物資回収部隊だ。
彼はお粗末な前線基地で、自分の機体Jアインのカスタム機に乗りながら、補給物資を運搬する輸送機のフライトスケジュール表を見ていた。
「あと、ポイント通過予定まで20分か……」
独りつぶやくと大きくため息をつく。彼の両隣の機体を固定するハンガーにPFはなかった。
大概の場合、一つの小隊の機体を一箇所にまとめて置く事はあっても、あちらこちらに分散して置いておく事など無い。
彼の両隣が空である事は、彼の小隊には彼しかパイロットがおらず、機体も一機しかない事を示していた。
“PFに乗った死神”ノートンはそんな風にアルサレアの軍隊内で呼ばれていた。
アルサレア戦役の折も、その前も彼の戦果はめざましい。しかし、彼の部下となった人間は、敵に撃破されて死ぬのはもちろん、単純な事故などでも死人が出る始末。
彼の僚機には死者がやたらと多いため、彼はその名で有名となっていた。
これが死神の噂だ。
別段、ノートンが指揮官として無能なわけではない。
彼が補給部隊に加わってから、以前よりも回収率が二割も増した事がそれを示している。
真実では、死者も偶然一時期に不幸な事故が重なっただけで、噂ほどの死人は出ておらず、いまは僚機のPFがいないがそのPFに乗っていた人間も死んだわけではない。だが、噂は一度流れ出せばあとは勝手に成長するもので、今では立派な死神の姿を作り出していた。
「……オペレーター、戦力の補充はどうなった?」
『まだ、返答がありません』
「そうか」
流石の彼でもたったの一機で補給物資回収作業に当たるのは無謀だ。
大破したPFの代わりになるものを上に申請していたが、送られてくる事は無く。
補給物資投下ポイントの輸送機通過予定時間が迫っているので、他の部隊からの援助を求めていたが、応答が返ってくる事も無かった。
彼の死神の噂とPFの絶対数の不足が、この事態を招いていた。
「たった、一機でどうしろと言うんだ……」
補給物資回収作業はかなりの危険が伴うものだ。
アルサレアの“アルバトロス”と呼ばれる大型PF輸送機で、高高度から補給物資を落とすのである。しかし、対空監視の高性能化が進んでいる今日この頃では、直ぐに輸送機の接近が敵にばれてしまう。
アルサレアは既に、何度もこの方法で補給物資を送っている。そのためヴァリム側は直ぐに補給だと判断が付き、確実にこちらの一個小隊を上回る戦力を投入してくる。
ヴァリムに補給物資を先に発見された場合、投下ポイントを読まれた場合など最悪だ。
補給物資を餌にヴァリムのPFが、手ぐすね引いて待っている狩場に、罠と知りつつも物資を回収しに行かなければならないからである。
今回はただの補給物資ではなく増援である。
ルージュと言う特務小隊のPFも一緒に降下してくる事になっているので、ノートンの気持ちは少し楽であった。
そうは言っても焼け石に水程度の話ではある。
『少尉。後5分で作戦開始です』
「援軍はなし……か」
『残念ですが』
独りでやれるだけやるか、と彼が腹をくくろうとしたその時。
『少尉、サポートの申し出がありました……えぇっと、後方支援部隊のコハク・ミカゲ少尉の小隊です。ミカゲ少尉に通信繋ぎます』
「頼む」
ノートンは通信が繋がるまで、コハク・ミカゲ少尉という名が聞いた事が無かったか、思い出そうとしていた。
確か降下の際に俺の小隊がサポートしたような……、彼が記憶の糸を手繰ろうとしていると通信が繋がり通信用モニターに、特徴的な赤い髪をした少女の姿が映し出された。
「そうか……君だったか」
『降下の際は、お世話になりました』
赤い髪の少女、コハク・ミカゲ。
彼女の乗るPFもまた赤で塗られた機体であった。そのPFと降下の仕方が印象的なのでノートンは彼女の事を直ぐに思い出せたのだ。
輸送機で高高度から物資を落とすと、地上に到達するまでにかなり広範囲に亘り落とされる事となる。
安全な地帯ならば落下速度を落とすためにパラシュート付で投下しても良いのだが、そんな事をしてはヴァリムに「壊してください」と言っている様なものなので、投下するコンテナの外部には、全体を包み込むエアバックのようなものが取り付けられていた。
地表に近づくと自動的にそれが作動し、地面に何度もバウンドし転がりまわり止まるのである。
おかげで落下中に壊される危険性も落下で壊れる危険性もないのだが、どこに行ったのか探す手間が掛かると言う欠点がある。
ノートンはコンテナが崖の途中の岩場に引っかかり、敵の攻撃がいつ来るのか分からない中、ホバリングしながら回収という経験もしている。その経験は生きた心地のしない嫌なものとして彼の記憶に残っていた。
補給物資単品の場合、コンテナが四つほど投下されるのだが、PFも一緒の場合コンテナは一つぐらいしか投下されない。
彼女、コハクがこの戦地に来た時もそうであった。
その時、ノートンの僚機は二機とも健在で、コンテナを一機に任せノートンと残りの一機で降下したコハクの小隊の撤退援護に当たろうとしていた。
ノートン達はコンテナ投下予定ポイントにて待機中。
敵の姿はまだなく、輸送機の姿もない。
部下の二人には指示を与えていたので後は行動の時を待つばかり。
レーダーの端に高度を下げてきた輸送機が映るのと、敵のシンザンが六機、瞬間転移でノートンたちの周囲に現れたのは同時だった。
シンザンと呼ばれるヴァリム製のPFは、瞬間転移装置と言うものが付いている。文字通り、瞬間移動を行うと言う厄介な代物だ。さらに、このシンザンは忍者を彷彿とさせるそのシルエットの通り、素早い動きとそのジャンプ力が特徴的で、奇襲にうってつけのPFなのである。
「各機、予定通りに行動しろ」
『『了解』』
死神と言う渾名を気にしないで、しっかりと指示通りに動いてくれる貴重な部下二人の、元気な返事が返ってきた。
ノートンは口元を少し緩めると出現したシンザンに向かい自機を動かした。
輸送機はまだ、投下予定ポイント上空に着いていない。
今する事は一つ、敵を地上の一点に釘付けにしておくことだ。
彼は搭乗機Jアインに積まれた火器、マシンガン、AAFミサイルなどを放ちシンザンを四機、独りで抑えていた。
僚機の二機はそれぞれ一機ずつ担当している。
瞬間転移のあるシンザンを押さえ込むのは一苦労だ。
気を許せば直ぐに突破されてしまう。瞬間転移だけではなく、PFの頭上を軽々と越えるジャンプ力も厄介な点と言える。
シンザンタイプなどに代表されるPFに搭載されている瞬間転移装置と言うものは、戦闘中の場合、原則的にWCS【Weapon Control System】の補助なしで単独で動かすことはない。座標を精確に入力し、手動で任意の場所に転移する事は可能だが、それは戦闘中の忙しい時に普通の人間が出来る行為ではない。
故にWCSの機能によりロックオン状態の敵に対し瞬間転移は行われる。
ノートンはこれを利用し、自機を敵機のWCSサイト内に出入りさせ瞬間転移による突破を封じた。
それと同時に、通常のWCSサイトではなく、狙撃などの際に使用するスコープを使い、半手動射撃を行ってジャンプの起こり尽く潰し、敵機を一定箇所に釘付けにした。
彼のレーダーに真上を通過する輸送機の影が映る。輸送機を視認する事は出来ないがそろそろ物資を投下するはずだ。
「もうじき、物資が投下される。回収準備しておけ」
『任せといてくださいよ、隊長』
ノートンは部下に通信を入れておく。
戦闘に集中して物資回収を忘れられたら身も蓋も無いので念のためだ。
「そろそろ……頃合だな」
そう呟くとノートンの眼つきが変わり、彼の雰囲気まで、がらりっと変化した。
敵を一箇所に留めて置く戦闘方針から、敵機の頭数を減らす方針に変えたのだ。彼の頭数を減らすと言う言葉の意味は……。
今までわざと外していたAAFミサイルを、ジャンプをしようとしていたシンザンに当てる。しかも、ジャンプの起こりを潰すタイミングではなく、跳び上がる瞬間にミサイルを命中させる。
真上に跳ぼうとしていたシンザンの機体に、ミサイルの直撃による斜め上方向からの力が加わり、そのシンザンは地面に叩き付けられる。
ノートンの行動はそれで終わりではなかった。
地面に倒れたそのシンザンをPFの足で踏みつけると、コックピットの辺りに左手に装備されたパイルバンカーを叩き込む。
その一撃は深々とPFに突き刺さった。
……死のプレゼントだ。
(物資の投下はまだか?……そろそろの筈だが)
レーダーに目をやったが、それらしい影は映り込んでいない。
手裏剣を投げ、あるいはアサシンファングで斬りつける、そのシンザンの攻撃を尽く避けていくノートン。
アサシンファングを避け、がら空きの背中にパイルバンカーを打ち込んだ時。
レーダーに反応があった、影は二機。
「……PF?」
ノートンは目を疑ったが、それの影は紛れもなく二機のPFだった。これは手順を無視している。
基本的に降下の際には初めにコンテナを落とす事になっている。
敵がまだ集まりきっていない事が多いので、コンテナを安全に確保できる可能性がほんの僅かながら高いからだ。敵が既に集まってきていたとしても、コンテナから確実に降ろすのがルールであった。
彼は何かトラブルでもあったのかと心配したが、シンザンの背中から血とオイルを吸った鋼の杭を引き抜き、最初に降りた二機の援護に部下を向かわせた。
「二機をエスコートして基地に帰還しろ、あとは俺独りで十分だ」
『しかし、隊長……単独では危険です』
「死神が死ぬわけないだろ、さっさと行け!」
『死ぬだなんて思ってませんよ、了解』
PFのパイロットをしている者達に言える事だが、兵器としての性能よりもパイロットの安全性、戦場からの生還率を第一に作られているPFのおかげで、パイロットたちは“死ぬ”と言うことをあまり意識しないで戦っている事が多い。
それは自分に対して、敵に対しても、言える事でPFに乗っている敵への攻撃は、敵が“死ぬ”という事を考えず、人が“死ぬ”と言うことを意識せずに、物を壊す感覚で……そう、シューティングゲームの感覚で発砲しているパイロットが、軽く見積もっても六割を占めている。
そのおかげでろくな訓練もせず、心理的な刷り込みも、入念なプロパガンダも必要なく、気軽に若い兵士を、“人を殺すため”に戦場へと投入できるのがPFの強みである。
“戦争そのもの”が人を殺す感覚を“麻痺”させるものだが、PFはそれを助長していた。
戦争をしているのに、戦争をしている感覚が、人を殺している感覚が薄いのは危険なことだが、消耗品にはうってつけな存在と言えよう。
人対人の時は、わざわざ手間をかけて兵士を教育せねば、発砲もできなかったのだから、それに比べれば、PFのおかげで気軽に戦争が出来る世界と言えよう……“狂った世界”と……。
ノートンの部下も“死”を意識しないで戦っているパイロットの一人であったから「死ぬだなんて思ってませんよ」と言ったのだろう。
逆にノートンは、彼の戦いは、“生きるか死ぬか”それしかなかった。
人を殺す事を躊躇せず、自分が死ぬ事も躊躇せず、戦闘に際しての彼は、死ぬだの生きるだのと言う感覚は薄い。彼にとって死や生という言葉は、文字通り言葉としてしか意味は持たず、ただの“記号”に過ぎない。
戦って“生き残る”事しか知らない彼にとって、戦場は“家”であった。だから、PFで戦う時も彼の武器の選択は徹底していた。それが如実に現れているのがPFの“左手”に装備された“血の染込んだ”パイルバンカーだろう。
部下二人にその降下した二機の援護を任せ、自分は最後の一機であるコハク機とコンテナを待つためにしばらく敵と交戦しつつ、輸送機の飛行ルートを追った。
降下したPFも戦力になるのだし、エスコートは一機で十分であったが、一人の方がやり易い判断した彼は、単機で任務を続行する事にした。
こう言ったスタンドプレーばかり取るのが、結果として自ら死神と言う名を呼び込んでいるのを彼は気が付いていない。
部下と共に戦い、部下と共に作戦を成功させる。
死神と言う渾名が付いてからか、それ以前からか、ノートンは自分の僚機を信用していなかった、出来なかった。
予定降下ポイントからややはなれた場所でようやくコンテナとコハクの機体が降りてくるのがレーダーでわかった。
視認できる距離まで近づいた彼は、PFの鮮やかな赤色にも驚いたが、ワイヤーでコンテナとPFを繋げ、片手で担ぎ、おそらく特注と思われる肉厚のカタールをシールド代わりに、降下するその姿に何よりも驚いた。
「随分と……無茶をするな」
彼はうっすらと笑みを浮かべ、そう呟いた。
コンテナのせいで回避行動に制限を掛けられているコハクに、背負った大きな手裏剣を変形させ、レーザーを放とうとしていたシンザンにミサイルを当てる。
降下ポイントに味方が待っているとは言え、それはあくまでも気休め程度のものだ。
腹をすかした狼の群れの中に何も持たずに飛び込むようなこの降下作戦時に、これほど余裕を持って降下してきたパイロットは、ノートンが見た限りでは誰もいない。
誰しもが自分の身を守る事で精一杯な作戦でこんな事が出来るのは、かの有名な英雄グレンリーダーか、宇宙で活躍し名を馳せているレガルトリーダーぐらいしかいないだろう。
「赤いPFのパイロット、聞こえるか?」
ノートンは輸送機のスケジュール表に、降下予定の小隊長の名前が書いてあったのだが、それを忘れてしまったのでパイロットと呼びかけた。
『こちら、コハク・ミカゲ少尉、援護願います』
コハクの動きは、援護など必要ないほど見事なものだった。
頭部に内蔵されている、メガバスターでシンザンを牽制し、攻撃を抑え、避け、避け切れないものは肉厚のカタールで防御し、完璧であった。
だが、時折、隙が生まれる。そこをシンザンが突こうとするのだが、ノートンがそうはさせなかった。
隙を突こうとし、防御の意識が薄らいだシンザンをノートンが仕留める。
コハクの隙は、隙ではなく、誘いであった。
ノートンの戦いぶりを一瞬で見抜き、彼に攻撃させやすいように敵を誘い、敵の動きを制限する、PFの動きからパイロットの力量を観抜く目、PFを意のままに操る腕を、彼女は有していた。
この後、コハクの機体と合流したノートンが、彼女をサポートしながら無傷のコンテナと共に基地に帰還したのは言うまでもない。
ノートンにとって楽な回収作業は、型破りな方法をコハクがとったとは言え、後にも先にもこれしかなかった。
基地についてからコハクに何故ああしたのかと聞いたら、「貴重な補給物資を確実に届けたかったものですから、多少無茶でもしないと厳しいですからね」、彼女はそう答えた。若干十五歳ほどの少女がそう答えたのだ。
ノートンは「彼女を見てアルサレアの未来もまだあるかな?」、と少しゆとりが持てた。コハクを見たノートンは、何故だか肩の荷が下りたかの様な気がした。
「では、降下ポイントで落ち合いましょう。私の隊は一機欠けていますが、少尉の機体を合わせればちょうど一個小隊。作戦遂行には問題ない戦力です」
『あぁ、君がいれば、例え敵が多くても大丈夫だろう』
「では後ほど」
二、三軽く打ち合わせをすると通信を終え、コハクは作戦開始までの残り数分間、目を瞑って待つ事にした。
ノートンはコハクに対し戦友として良い印象を持っていたが、コハクはと言うとノートンに対しあまり良い印象を持っていなかった。
たしかに指揮官としても一兵士としても優秀なのはわかる。それはコハク自身の降下作戦時にその目で直に見て感じたことだ。
一方で、彼の戦いぶりからは慈悲も何もなく冷たさしか感じられなかった。
それはそれで必要だしそれが悪いわけでもない。むしろ、それはある程度必要なことだとさえコハクは思っている。だが、それは末端の兵士に必要なことであって、小隊長という小さな規模ではあるが、人の上に立つものがそれで良いのだろうかと言う疑問が、普段は隠れてこそいるが確実に彼女の中にも流れている冷酷な血が、なまじコハクの勘が良いだけに、ノートンの中に自らの鞘には不釣り合いなキョウキを見出し、その点で彼を嫌悪していた。
(ロウさんが死神と呼ばれるのも、あながち嘘では無いですね。彼の中の物が不幸な結果を招き寄せているのでしょうから、もっとも……まだ、見習いですね。だって……)
くすりっと、彼女は思い出し笑いをした。
コハクが降下後、基地に着いた時。
ノートンはコハクに聞きたい事があったらしく格納庫でPFから降りたばかりの彼女の所に近づいてきた。「ミカゲ少尉、ちょっとい……」彼女に近づきながら、ちょっと良いかな?、と言おうとしている途中で、床に丸めておいてあったワイヤーに足をとられ、転んだ拍子にオイル缶をひっくり返すと言うドジっぷりを彼女の目の前でいきなり発揮したのだ。
コハクは今その事を思い出していた。
(……あのドジな所がある限り、本当の死神にはなれはしないでしょうね)
コハクがうっすらと目を開けると、通信機の呼び出しを知らせるランプが点滅しているのが目に入った。
作戦行動前に気持ちを落ち着けておきたいと思ったコハクは、耳障りな電子音で邪魔されるのを嫌い、呼び出しの音源をカットしていた。それで、今まで気がつかなかったのだ。
通信回線を開くと、頭にバンダナを巻いた頼りなさそうな顔をした男が通信モニターに映った。
「どうしました、ヘッドハントさ、ん?」
『やだな、そっちのほうで呼ばないで下さいって言ったじゃないですか』
「ごめんなさい、ぇ……っと、カレイドさん」
ヘッドハント。首狩と呼ばれて嫌な顔をしたこの男。
フルネームをカレイド・ヘッドハントと言う。
コハクの見た資料によれば歳は二十七歳。職業、傭兵。
自分より十歳以上年下のコハクと話していると言うのに、妙に余所余所しい態度と敬語を使っている変な男だ。
なんでも、先祖が首狩り族の出身なのでヘッドハントという名前らしいが、本人はその名で呼ばれるのは嫌なようである。
『作戦開始時間までどれくらいでしたっけ?』
「時計を持っていないのですか? 後3分ですよ」
妙に引き攣った作り笑いと、なんとも間抜けな質問をしてきたカレイド。
コハクはわざわざ丁寧に答えてあげた。
それと言うのもカレイドが時間という概念に異常に疎い人間だと、彼女がわかっているからだ。
前回の作戦など優に三十分以上の遅刻をした事もある。しかも、しっかりと腕時計をしていながら彼は平気で遅れるのだ。
最初はコハクもカレイドに苛立ちを覚えたが、数回作戦行動を共にしているうちに完全に時間感覚が欠落していると判断し、彼女はまともに相手にするのを止めていた。
そんな役にたたなそうな男を何故使っているのかと言えば、人材不足もあるが彼は時間に関してはまったく鈍感でも、戦闘に関しては一流だからだと言える。
“馬鹿と鋏は使いよう”とは、良く言ったものだ。
『……となると、この長い方の針が三つ進んだら、つまり速い針が三週したら、と言うことですよね?』
「そうですよ。頼みますよ……今回の作戦は時間との勝負なのですから」
『えぇ、そりゃぁもう分かっていますとも、時間は大切ですからねぇ……誰よりもそれは理解していますよ……』
時間に鈍い彼だが、時間が大切な事は誰よりもわかっている、それが口癖であった。その上、彼にはもう一つ欠点がある。
『え? あぁ、頼む。そうしてくれ、適当に……それと後で呼んでくれ』
「誰と話しているのです?」
『あぁ、なんでもないですよ。はは……こっちの話ですから』
独り言が多い男でもあった。
それも突然に口調まで変えて誰かと話し出すのだ。
コハクが今まであった理解の出来ない不思議な人間を番付するならば、彼はまず間違いなくその中に入る。
カレイドの印象は非常に特異なもので時間間隔の欠如や、たびたびの独り言と言う印象深い特徴を持ちながら、まったくもって印象に残らないと言う特異な人物なのである。
少しでも気を緩めれば、彼の存在そのものを忘れてしまうのではないか、と言うぐらいに印象が薄い。
常人がまず覚えていない様な、目に入った記憶すら残らない様な、どんなに細かいものでも、見逃さず覚える事の出来る目と記憶力をコハクは有している。
その彼女でさえ先ほど彼から通信が入った時、名前を半分忘れかけていたので呼ぶ際にやや戸惑ったぐらいだ。
「カレイドさん、1分前になったら教えますので準備だけはしておいて下さいね」
『了解、了解……任せておいて下さい……1分前?』
「作戦の1・分・前・です!」
『あぁ……そう言う、1分前ですね。はい、わかりました……いや、悪いが後にしてくれ』
「……?」
コハクはカレイドにこれ以上付き合っていると、いつまで経ってもきりがないと判断し、通信をそこで終わらせた。
(しかし、このカレイドって人……なんなのでしょうね? 変な人……バカって言うのでしょうか。まぁ、けっこうバカばっか、ですからねここの世界は……けっこう好きですけどね)
〜設定〜
○コハク・ミカゲ
このキャラはタングラムさんからお借りしました。タングラムさんのSSで女性ながらコバルトリーダーとして活躍中です。読んでない人はいないと思いますけど、もし、読んでいないなら読んでみましょう!
○ノートン・ロウ 年齢:20歳 性別:男 階級:少尉
PF開発以前からヴァリムとの戦争に参加しており、この歳にしてベテランの兵士。そのためか、戦い以外の事には疎く、暇さえあれば銃の手入れをしている。PFが開発された後はテストパイロットをしばらく行っていた。その後、正式名称の存在しない“禿鷲”と呼ばれる非公式部隊に所属していた。活動内容はシンプルに、破壊、である。主に公式部隊に花を持たせるために存在する部隊で、常に最戦線にて殺戮行為を担当するアルサレアの暗部に位置する部隊であった。
アルサレア戦役終結後、即座にこの部隊は解体され、ノートンを含む主なメンバーは各地に飛ばされた。
私のSSでは後に、コバルトリーダーを担当するキャラではあるものの、某所の急激な温度変化に当てられ、氷付いてしまったキャラであり、ただいま解凍中だ。
○カレイド・ヘッドハント 年齢:不詳 性別:男 階級:なし
何処からともなくやってきた、PF持参の野良犬傭兵。詳細は謎である。特徴としては頭のバンダナ。それ以外に特に印象に残る事もなく、名前も忘れられやすい人物。ただ、PFの操縦技術は並みの兵士を軽く上回る。
〜後書き〜
モルモット小隊の話……だけど、モルモットは出てきていない。まだ、彼らは出ません。今回はキャラが多いので初期配置に時間が掛かってしまうのです。果たして私の腕前でキャラたちを活かしきれるかどうか、感想お待ちしています。出来れば……辛口コメントがあると嬉しいですね。 2004/06/04 usagi.
管理人より
バーニィさんよりモルモット小隊番外編第二幕をご投稿頂きました!!
ノートンが出てきましたか(笑)<第一声がそれかい
いや、本編があの状態だったので、久しぶりの出番でしたのでつい(苦笑)<レイドの話にも出てましたが
しかし……なんかゴルビーが悪役に見えますね(核爆)<ある意味当然ですけど
それにしても、ギルゲフもキル・リップスに所属してましたか(苦笑)
そして彼が出てきましたか(爆)
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