【注:下記の文章には一部、人を不快にさせる可能性のある過激な描写があります。お読みになられる方は、その点を承知の上で読み進めて下さい】






 

機甲兵団Jフェニックス短編SSシリーズ M&M

「フォルセアさん」







 

 ヴァリム軍、そこに所属するある女性兵士がいた。
 彼女の名は、クリソティー・マッシブ。容姿端麗、頭脳明晰、十代にしてPFの操縦にかけてはエース級の腕前を持つパイロット。だが、そんな彼女の人間性には難があった。

『マッシブ軍曹、命令を無視する気か? 独断で動くな! 偵察が任務なんだぞ!!』
「偵察、偵察って、倒せる時に倒しておいたって損は無いじゃないですか! 私が独りで片付けます。隊長はそこで高みの見物でもしていて下さい!!」
『ふざけるな、軍曹! 遊びじゃないんだぞ、命令に従え!!』
「わかってますよ、遊びのつもりなんてありません。それに、戦闘で私の指示をするなら私よりも強くなってから言ってください!」
『待て、軍曹、待たないか!』

 こんな感じで、偵察任務であろうと何であろうと、敵PFの撃破に固執し、独断専行で動いてしまうのだ。
 クリソティーは、わがままで、生意気で、上官からも同僚からも煙たがれる存在。茶色い髪を振り乱し、ムキになって一気呵成にまくし立てる彼女の前では誰もが口をつぐんだ。

「軍曹、さっきの態度は何だ!」
「何がですか? 敵を全滅させられたんだから良いじゃないですか」
「だいいち、君の階級は“軍曹”、私の階級は少尉だ。命令には従え!」
「普段は従っても良いですが、戦闘の時に自分よりも弱い人間に従うなんてごめんです」
「戦闘は行わずに済む任務だったんだぞ!」
「でも、戦闘は行われました」
「馬鹿、お前が仕掛けたからだろ!」
「私が今回は仕掛けただけで、敵がこちらを見つければ戦闘になっていたでしょう。それに、遅かれ早かれ戦う相手なんですから、どうせなら先手を取って叩けるうちに叩いた方が有利です。なんにしろ、倒すべき敵は倒したんだから良いじゃないですか、こっち側は誰も死んでませんしね」

 こんな具合で、上官の命令もまったく聞かない。しかし、彼女の腕は確かで戦力として失うわけにはいかない存在だったため、周りの人間は苦渋を舐め、ひたすら耐えているしかなかった。
 特に彼女の上官である四〇歳に近い少尉は、クリソティーのそんな性格をよく知っていた。そこで、実の父親のように彼女の事を心配し、諭したり、たしなめたりするのだが、彼女は一向に聞く耳を持たなかった。

「よぉーよぉー、“屍蝕妃”クリソティーと“黒夜叉”でっちがつぇえかな?」
「そりゃ、お前……“黒夜叉”だろ」

 PF格納庫の隅で噂好きの若い整備員が二人話し込んでいる。

「でもよぉ、“屍蝕妃”もけっこう強いぜ、態度がわりぃし、命令無視なんか当たり前だからヌエしか乗ってねえけどよ」
「“黒夜叉”は、ヤシャだからなぁ……しかも、カスタムPFとは違う、特注品のヤシャだもんなぁ、ヌエとは比較になんねぇよ」
「だからさぁ、ヌエ同士だったらどうなるんだろな?」
「同じ機体か……やっぱ、“黒夜叉”だろ、なんたってヴァリムの誇るエース中のエース中のエース中のエース中の……」
「どこまで『エース中の』が続くんだよ! まぁ、たしかに“黒夜叉”には勝てないかもな、でもよ。あの……なんてったかな? 黒夜叉の部下の……“鉄火弾”って言ったっけ?」
「“鉄火弾”だっけ? “鉄火丼”だったような……まぁ、インパクトに欠けるから異名は忘れちまった。たしか、ダンとか言うのだろ、それがどうかしたのか?」
「そうそう、ダンだよ、ダン。あいつと“屍蝕妃”が戦った事があるんだよ」
「おいおい、マジかよ」
「ぁぁ、俺が別の基地にいたときなんだけどな、“屍蝕妃”はあの性格だろ、ダンとか言うのと喧嘩してよ、『PFで勝負だ!』ってなってさぁ、演習と称して二人揃ってPFに乗って基地を飛び出したんだ」
「無断借用かよ……無鉄砲で怖いもの知らずが二人も揃うとこえぇな」
「そうだな、その後二人揃って修正くらったらしいがな、まぁ、今は関係ないか……とにかくさ、PFで喧嘩をおっぱじめちまったんだよ」
「待てよ、“屍蝕妃”はヌエとして……ダンは何に乗ってたんだ?」
「ダンはな、自分専用のカスタムPFだ」
「カスタムPFか、じゃあダンが勝ったんだろ……専用機のヌエと普通のヌエでも機体性能差に三〇%はあるからな、ましてや専用のカスタムPFだったら、もっと凄い差だぜ」
「うんにゃ、勝ったのは“屍蝕妃”だ」
「マジ?!」
「マジもマジ、大マジ」

 カスタムPFと言うのは、パイロット専用の専用機と、特定の戦場に適応させた局地戦用のものと二種類がある。
 ダンが乗っているものは彼専用の専用機だ。
PFに搭載されているOSも彼専用に作られており、各駆動系、冷却液から塗装まで何から何までがダン専用に作られており、専属の整備員が付いて常に万全のメンテナンスが行われるほどに優遇されている。
 そんな機体と、ただの量産品で、ザコパンツァーと呼ばれるヌエでは機体性能差に甘く見積もっても五〇%以上の差がある。
 “屍蝕妃”と呼ばれる、クリソティー・マッシブはその機体性能差にもかかわらず勝っったのであった。

「“屍蝕妃”すげなぁー、普通勝つかよ!?」
「勝てねぇわな……まぁ、“黒夜叉”が『PFの性能差が戦力の決定的な差じゃない』とか名言残してるし……案外腕さえあれば行けんのかもよ」
「それ違うだろ……たしかに決定的なさにはならないと思うよ、集団なら。でもさタイマンだったら決定的な差だろ」

 クリソティーにはいつもそう言った噂がささやかれていた。確かに強いのは認められているが、誰もが彼女を嫌っていた。いや、恐れていた。関わり合いになりたくはないと思われていた。







 

 ある日、クリソティーのもとに一通の通達が来た。それは、

“クリソティー・マッシブ軍曹、本日をもって特殊諜報部への移転を命じる。それに伴い二階級特進、中尉の階級を与える。
 なお、この通達を受けるか否かは貴官に一任する。受けない場合は二階級特進も取り下げられる。”

 と言った内容のものだった。
 彼女は「PFパイロットの私が何で特殊諜報部に?」とも思ったが、そんな事よりも自分を二階級特進と言う待遇のよさで特殊諜報部が欲しがっていると言う事が何よりも嬉しかった。

(ついに私の実力が認められたのね!)

 誰からも恐れられていた彼女、この時のクリソティーの顔を見たものは「別人ではないか?」と思ったはずだ。
 彼女はそれほど嬉しそうな顔をしていた。
 クリソティーは何かと注意をしてくれていた上官である少尉に報告しようと思った。彼女自身は上官の事を煙たがっていて嫌なやつだと感じていたが、心のどこかでは好き勝手に暴れる彼女を無視せずにまともに付き合ってくれたことに感謝していたのだろう。

「少尉!」

 格納庫内で上官の少尉を見つけた彼女は呼び止めた。

「なんだ?」
「あの、これ……私行こうと思うんですけど」
「っん? 特殊諜報部……二階級特進」

 少尉はすぐに怪しいと思った。クリソティーはPFのパイロットとしてはかなり優秀な事は認めるが、特殊諜報部にはPF操縦技術は殆ど必要ないように思える。それに、特殊諜報部は悪い噂ばかりが目立つ機関だ。マン・マシーン計画の被験者として人間を集めて回っていると言う噂もある。戦災孤児を誘拐し実験体にしているのだそうだ。

「……止めておけ」

 少尉はそれだけしか言わなかった。
 彼の経験から、クリソティーが一度決めた事に対し、何を言っても無駄だと知っているから。

「何でですか!?」

 案の定、彼女は食って掛かってきた。

「お前の好きにすれば良いじゃないか……」

 少尉はそう言ってその場を去っていった。親のように彼女の心配をしてくれていた彼だが、親でもない彼はもう疲れていた。
 彼女はこの通達を受け、特殊諜報部へと行く事にした。




 

 数日後。
 クリソティーの姿はヴァリムの首都、ザーンシティから北東に数十km離れた所にある、研究施設にあった。
 誰からも恐れられていた“屍蝕妃”は借りて来た猫のように大人しく、キョロキョロと辺りを見回しながら、入り口で出会った案内人の後を付いて歩いていた。
 彼女の前を歩く案内人は、全身黒ずくめのスーツを着込んだ黒人。クリソティーは人種差別をする人間ではないが、その男に嫌悪感を抱く。

(なんか、同じ人間って感じがしない……)

 彼女は自分が周囲に感じさせていた感じを、目の前の男から感じていた。
 しばらく通路を進むと、前方の左側から緑色の光が漏れていた。壁がガラス張りになっていて、部屋の明かりが漏れているようだ。
 歩を進め、部屋から漏れている緑色の光に包まれる。
 通りすぎながら部屋の中を覗いてみた。
 クリソティーが歩いている場所から丁度一階分下に作業スペースがあり、そこで照明で緑色に見える白衣を来た人間たちが何かをいじっている。
 PFの操縦以外に知識のない彼女はそれが何をしているのかわからなかったが、何故か、嫌悪感を抱いた。

(やだ……ここは本当にヴァリムなの……)

 まるで、別の世界に来てしまったような気がしてきた。
 さらに先に進むと、左手にある一つのドアが見えてきた。金属製のドアで丸い覗き窓が付いている。
 彼女はその部屋の中に何があるのか妙に気になったので、部屋の前を通り過ぎるとき、こっそりと覗き窓を開け、中を覗いた。
 その部屋は奇妙な部屋だった。
 部屋の中の照明は赤色。光源がどこにあるか見えなかったが、赤い蛍光灯でも付いているのだろうと彼女は考えた。
 部屋の壁沿いには何か“長い物”が積まれていた。それが何なのかはっきりと見ようとした時「おい」と後から黒い男の声がした。
 びくっと肩を震わせゆっくりと振り返る。

「寄り道している時間はないぞ」
「は、はい」

 震えながら返事をすると、男の後に付いて再び歩き出した。
 歩きながら、さっきの部屋で見た“長い物”を思い出し、

(……なんで、あの部屋にはマネキンが積まれているのかしら?)

 それはマネキンだと結論付けた。
 何でマネキンなどと言う言葉が出たかはわからないが、彼女の知っている中で“長い物”に一番近いのはマネキンしか思い浮かばなかった。




 

 黒い男が足を止め「部屋に入れ」と言った。
 クリソティーが部屋に入ると、頬に切り傷のある女に出迎えられた。

(誰だろう……冷たい感じのする人)
「ようこそ、クリソティー・マッシブ中尉、フォルセア・エヴァよ」

 フォルセア・エヴァ。クリソティーはどこかで聞いた事のあるような名前だと思った。
 どこだったろう?

「……神佐ですか! お会いできて光栄です」

 フォルセアと言う名前が、特殊諜報部の中の特権階級“神佐”の階級を持つ者の名前だと気が付き、彼女はすぐさま敬礼をした。
 フォルセア・エヴァ神佐。噂で聞くことがあっても、実際に会った事のある人間は数少ない。諜報部と言う特殊な環境の人間故に。

「まぁまぁ、そう硬くならないで、私があなたを呼んだのだから」

 神佐が呼んでくれた。その事を聞いて彼女は舞い上がった。確かにフォルセアは暗い噂の持ち主ではあるが、軍隊内部での有力者である事に変わりはない。その有力者に呼ばれたのだ。

「ちょっとした実験でPFのパイロットが必要だったのよ。それで優秀なあなたを呼ばせてもらったわ……これから、ちょっと健康診断を受けてもらえる?」
「はい、喜んで!」

 のぼせた彼女は勢い余って妙な具合に返事をしてしまう。
 フォルセアが、くすくすっと笑ったので、クリソティーは恥ずかしくて顔を赤らめた。




 

 五時間後、彼女はまだ健康診断を受けていた。

(……まだ終わらないのかな)

 今、脳波の測定装置を頭につけられたまま、暗い部屋の真中に彼女は座らされている。
 健康診断とフォルセアは言ったが、精密検査と言った方が正しいようだ。血液検査から彼女の見たこともない装置による検査まで、すでに三十種類の検査は受けている。
 部屋の隅には緑と赤の二つのランプがあり、現在は赤のランプが付いている。緑のランプに変わったら頭の装置を外し、次の部屋へと移動しろと指示されていた。
 ランプが緑に変わった。
 頭の装置を取り椅子の横にある台の上に置く、椅子から立ち上がり床に足を着く、ぺたっと、音を立てて素足で床に立つ、床の冷たさに体中に伝わり寒気がした。
 クリソティーは今、薄い布を一枚被っているだけで、靴はおろか下着も何もつけていない。
寒い。
 広い施設なので暖房など効いておらず、床も壁も空気も冷たかった。

(後いくつあるんだろう。早く、検査終わらないかな……風邪ひいちゃうよ)

 部屋の壁に貼ってある次の部屋案内図よく見て覚えると、部屋を出て向かい始めた。
 ぺたぺたと彼女の歩く音が廊下に響く。

(ここの施設は思ったより人が少ないみたいね……さっきからずっと誰にも会ってないもの)

 ずっと彼女はこの施設の中を歩き回っているが、廊下では黒い男以外誰にもあっていなかった。部屋の中には研究者がいっぱい居るのだろうが、人の気配がしない冷たく広い施設の中を独りで歩いているのは不気味な感じがした。
 二股の廊下を左に曲がろうとすると、立ち入り禁止の看板が彼女の目に入ってきた。

(……どうしよう……困ったな)

 先程の部屋で見た案内図にはこの立入禁止の看板の向こうに部屋があるのだ。
 後ろを振り返り、もう一つの通路を見る。
 見知らぬ施設のどこに続いているのか知らない通路、気味が悪かった。

(こっち行っても……大丈夫かな……立入禁止なんだから、回り道するのは仕方がないよね)

 クリソティーは回り道をする事にした。
 これだけ広いにもかかわらずこの施設の廊下には案内図も何もないのが少々不安では合ったが、流石に立入禁止を無視するのは気が引けたからだ。

 

 しばらく進むと、彼女は道に迷ってしまった。
 どこの通路も同じような作りで見分けがつかないのだ。壁にA−6とかアルファベットと数字が書かれている事があるが、はじめてこの施設を歩いている彼女にはどういった風にそれが区分されている物なのか検討もつかなかった。
 地図もどこにもないし、完全に迷ってしまっていた。

(寒し、此処がどこかわからないし……困ったな)

 薄い布きれ一枚しか羽織っていない彼女は両手で、自分で自分を抱くようにして身を縮めながら歩いていた。
 彼女がある部屋の前を通り過ぎると中から誰かの話し声が聞こえてきた。

(……助けてもらおうかな、検査の途中だし、このまま迷ってるのは不味いし)

 部屋の前に立つ、ドアは開かない。
 彼女はいつもの基地の調子でドアの前に立った。基本的にどこの施設の扉も金属製の自動ドアで前に立てば勝手に開くのである。
 ドアの脇を見ると、カードリーダーが付いている。ロックが掛かっておりIDカードがなければ開かない様だ。

(……そうか、研究施設だから、鍵掛けてないと不味いもんね……ノックでもして、開けてもらおうかな)

 彼女が手を上げて重い金属のドアをノックしようとする。

(……?)

 中から、どこかで聞いたような声が聞こえてきたので手を止めた。
 ドアに耳をあて、誰の声か確かめようとする。
 金属の扉は震えるほど冷たかったが、その冷たさよりも彼女の中の好奇心が上回った。
 何を言っているのかは聞き取れないが、誰の声かは判別できた。
 神佐の声だ。
 誰かと言い争っているように思える。このまま盗み聞きをしているのは不味いような気がしたが、彼女の好奇心が耳をドアから離さない。

 空気をいっぱい入れて膨らませた紙袋を、叩いて破いた時のような音がし、続いて彼女の耳を当てている金属の扉に何か適度な弾力を持った大きな物がぶつかる音がした。

 その音に驚き、ドア越しのその衝撃を感じたクリソティーはあわてて身を引いた。
 最初の音は彼女の聞いた事のある音だった。

(……銃声だ)

 すると、次にドアにぶつかった物を自然と想像できた。

(……誰かが倒れてドアにぶつかったんだ)

 彼女のその想像を肯定するように、ドアの下から赤い液体が流れ出てくる。

(……どど、どうしよう?)

 この事態に動揺し、クリソティーは震えが止まらなくなった。

「そこで何をしている」
「っひ」

 突然声を掛けられ、彼女は短く息を吸い込んだ。声のした方を見れば、いつのまにかフォルセアの元に案内してくれた黒いスーツの黒人がそこにいた。

「検査はまだ終わってないだろ、付いて来い」
「で、でも」

 彼女は震える指でドアを指差し、中で起こった事態を訴えようとした。

「付いて来い」

 短く男が言い切る。
 その言葉には有無を言わさない凄みがあり、クリソティーはそれに逆らえなかった。

(この人に言わなきゃ……神佐が中にいたんだもの……でも、言ったらいけない気がする。なんで?)

 彼女は男に言われるままに次の検査室へと移動し、検査を受けた。




 

 数時間後、ようやく検査を終えた彼女は最初に神佐と会った部屋で、椅子に座りフォルセアが来るのを待っていた。なんでも話があるのだそうだ。
 しばらくすると、神佐が部屋に入ってくる。
 銃声の事をクリソティーは思い出した。フォルセアに外傷は見受けられない。
 フォルセアが銃を撃ったのだろうか? なぜ? 人を殺したのか?

(駄目よ、私を認めてくれた神佐を疑うなんて、何か理由があったに違いないんだから……諜報部なんだから、きっと色々と……ある、んだ)

 クリソティーの頭に疑念が浮かんだが、彼女は頭を振る事によりそれを振り払った。
 部屋に入ると突然頭をブンブンと横に振っているクリソティーが目に入ったのでフォルセアは目を丸くして彼女に尋ねた。

「何してるの中尉?」
「あ、いえ、何でもないんです」

 恥ずかしそうに慌てて答えるクリソティー。
 神佐は彼女の慌てぶりを気にもとめない様子で、

「検査の結果、見させてもらったわ……おめでとう。合格よ」

 自分の話したい事を話し始めた。
 クリソティーはフォルセアの言っている言葉の意味がよくわからないかった。
 合格とはどう言う事なのだろうか。

「あの、合格って……あれは検査じゃなくて試験だったのですか?」
「まぁ……両方かしらね、あなたは偉大な計画にその身を捧げる資格を得たのよ」
「……計画ですか」

 フォルセアの言っている言葉の意味を理解はできなかったが、合格と言う言葉はなんだか嬉しかった。
 神佐が彼女の座っている椅子に近づき、後ろに回り込みながら首筋をそっと撫でる。

「……神佐?」
「運が良いわよ……この計画の素体として有効なのは一万人に一人居るか居ないのかなの……あなたに会えて嬉しいわ」

 フォルセアがクリソティーの耳元でそっと囁く。
 クリソティーの周りを一周した神佐は、彼女の正面に立ち、

「……愛しい人に会えた時みたいにね」

 彼女に顔を近づけたかと思うと、そっと唇を重ねた。
 クリソティーは神佐の行動に驚いて慌てて立ち上がり一歩退く、椅子の倒れる音が部屋に響いた。

「な……な」
「そんなに驚く事ないじゃない……ファーストキスだったのかしら?」

 フォルセアは悪戯な笑みを浮かべ、ゆっくりとクリソティーに近づき、彼女を両手で優しく抱き寄せた。
 クリソティーはどうしたら良いものか迷っているだけで動けない。

「あ、あの……神佐」

 神佐の胸元でクリソティーが呟く。
 「止めて下さい」一言そう言いたいだけなのに言い出せなかった。フォルセアの心臓の音が彼女の耳に聞こえてくる。
 鼓動が早い。

「……あなたには……謝らないとね。ちょっと恐い目に会うから」

 フォルセアがクリソティーの顔を正面から見つめる。
 目が熱っぽい。
 その目を見ながら神佐の言葉の意味を考えたが、

(恐い目? 実験か何かで危険な事が……)

 彼女の思考は、首の後ろに感じた針で刺したよう痛みで中断された。

(……体が、変)

 足が、がくがくっと震えだした。
 体の感覚が薄れてゆく。
 力が入らずに立っていられない。
 一体自分の体に何が起きたのか、フォルセアが何かしたのだろうか。

“神佐、何かしたんですか?”

 彼女は尋ねようとした口が微かに動くだけで喋れなかった。
 体とは違い意識だけはハッキリしている。

(も、もう立ってられない……)

 クリソティーは助けを求めてフォルセアを見るが、神佐は微笑んでいるだけだ。
 足の感覚が完全になくなると、体は床に崩れ落ちて行く。
 体の自由がまったく利かない彼女は、鈍い音と共に頭を床に強打した。
 視界の隅に、赤い血がじわじわと広がって行くのが見える。

(私の血?)

 不思議な光景だった。
 流れ出ているものは自分の血の筈なのに、怪我をした感覚はない、痛くも何ともない。

“神佐、私どうしたんですか?”

 やはり、喋れない。

「ごめんなさい……体を支えてあげなかったせいで怪我しちゃったわね」

 フォルセアがしゃがみ、微笑みながら彼女の目を覗き込んできた。

「不思議でしょ……怪我をしたのに痛くもない――」

 クリソティーの床に流れ出た血を指につけると、彼女の頬を優しく撫で血を塗る、

「――皮膚は血の温かみを感じず――」

 頬を触られたような感覚はあったがそれは酷く鈍感なものだった。
 続いて鼻の下にも血を塗り、

「――鼻は芳しい血の匂いを感じず――」

 血の独特の匂いはまったくしない。
 クリソティーの乾いた唇に血を一塗りすると、口に指を入れ舌に指を絡める。

「――舌は血を味わう事はない」

 口の中に異物を入れられた鈍い感覚はあったが、血の味はしない。
 神佐は一度立ち上がると腰のホルスターから自動拳銃を取り出し、スライドを引き装弾、クリソティーの眼前に突きつけた。

“や、止めて下さい神佐!”

 目の前の銃に体を震わす事も出来ず、叫び声をあげることも出来ない彼女の怯えた目を見たフォルセアは、にぃっと満足気な笑みを浮かべた。

「んぅ、良い目……頭に怪我をしても痛くないのなら、銃で撃たれても痛くないか、――」

 銃口をクリソティーの顔から、腹部へと移す。

“止めて、止めて、止めて”
「――試してみたくない?」
“いや、いやです。撃たないで、お願い!”

 フォルセアは小首を傾げ、彼女の瞳を覗き込み「何を言いたいの?」と声を出さずに口だけ動かし微笑んだ、まるで子供にでも微笑みかけるように。

“撃たないで、撃うたないで、撃”

 そして、引き金を引いた。
 銃声、皮膚を裂き肉に金属片の減り込む鈍い音、軽快な薬莢の音。
 痛みはなかったが、体が揺れた事は感じられた。

「痛くないでしょう。ほら――」

 銃を床に置くと、神佐は彼女の血の滴る銃創を撫で回し、

「――こんな事をしても、痛くない」

 赤い肉の中へと指を勢いよく差し込んだ。
 音を立てて血が勢い良く飛び散ると、部屋に充満したその匂いを嗅ぐようにフォルセアは深く深呼吸する。

「……気持ち良い――」
(……気持ち悪い――)

 痛みはなかったが、指が動くたびに芋虫が体の中で動いている様な不快感を覚えた。
 フォルセアはクリソティーの体から流れ出る赤い液体と肉の温もりに魅入られている。
 傷口を弄られるねっとりとした気持ち悪い音を聞いていると、

「――ねぇ、血って綺麗だと思わない」
(――私、このまま死ぬのかな……)

 何もかもがどうでも良くなってきた。
 痛みを感じないのなら、このまま死ぬのはかえって良いかもしれない。クリソティーは視界が霞む中、そう思い始めていた

「……神佐」

 彼女の視界の隅に黒い靴が見えた。上を見上げる事をできないので顔を確認する事はできないが、あの黒いスーツの黒人だろう。

「なによ」

 フォルセアは不機嫌に答える。遊びを邪魔された子供のようだ。

「……玩具にするのはけっこうですが、死んではどうしようもありません」
「……大丈夫よ、まだこの程度で死にはしないわ」
「それはそうですが、手術に耐える体力がなくなります」

 神佐は指を引き抜きすぐにしゃぶりつき、血を舐め取る。

「その事、つい忘れちゃったわ……ねぇ――」

 虚ろな目をしたクリソティーの頬を優しく撫で、

「――これからもっと楽しい体験が出来るのよ――」

 優しく語りかけた。

「――もう二度と味わえないような体験をね。この世の終わりに、私からあなたへのプレゼント」

 言いたい事を言い終わると立ち上がり「後はよろしく」と黒服に話しかけた。
 黒人はクリソティーの髪を無造作に掴み上体を起こし、肩に担ぎ上げるとその部屋を後にした。
 フォルセアは部屋の壁に掛かっているインターフォンを取るとどこかに連絡をいれた。

「もしもし。えぇ、私よ。そう、予定通りに……機体は? 準備できているのね。それで死亡報告なんだけど……そう、用意が良いわね。じゃあそのプランで、ところで身内は? わかった、適当なのを灰にして送っといて、この間のあいつでも良いし……そう活きが良いのが上がったのね。っじゃ、それを使って」

 後ろを振り返り、血の溜まった床を見つめる

「あと……掃除もお願いね、生臭くて」







 



●あとがき
 はじめてしまった新シリーズ「M&M」……我ながらなんと無謀な。しかし、「あとがき」って最近、必要のない気がしてきました。 2005/04/26 usagi.

 


 管理人より

 バーニィさんより新短編シリーズをご投稿頂きました!!

 フォルセアらしくてGood!!(爆)

 マンマシン計画関連ではこういう事が日常茶飯事でしょうからね。しかし、機体と言う事はもしや……?


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