名も無き兵士達の血の記憶〜アルサレア戦役〜






原案:ナイトメア
文:バーニィ




 マイ編 〜遊戯〜


 

 アルサレア戦役、七日目。
 アルサレア、ヴァリム間の国境付近。人目を避けるようにレーダー網の編み目を避け、ヴァリムへと脱出しようとする三機のPF。
 赤紫色のイリア系PFオードリー、背中に大きな手裏剣を背負った紫色のシンザン、鎌を持った乾血(かんけつ)色のシンザン。それぞれ、フォルセア・エヴァ、マイ・キサラギ、ユイ・キサラギの搭乗PFだ。
 彼女たちはオーガル・ディラムから降り、本国へと帰還の途中であった。
 先頭はユイ、続いてマイ、最後のフォルセアと言う順番だ。
 縦にそれぞれに五百メートルほどの距離を空けながら進んでいる。

「姉貴、つまんねぇよぉ。ちょっとは遊んでいこうぜ」

 マイは周囲を警戒しながら先頭を行くユイに、通信を入れ不満を漏らす。
 オーガル・ディラムを下艦してから通算十三回目のその通信を受けたユイは、機体の歩みを止めた。
 機体を妹の横まで後退させると、自機の手をシンザンの肩に置き接触回線で話しかけた。マイの後方から来ていたフォルセアはその場で歩みを止めている。

『マイ、いちいち文句を言うのに通常回線で話しかけないで。今の状況、わかっているでしょ』
「もち、わかってるさ。こそこそと敵に見つからないように本国に逃げんだろ」

 彼女は「こそこそ」を強調して返事を返す。不満なのだ。

『そう、見つからない様に撤退するのよ。それと、正確に言えば敵はもちろん、味方にも見つからないでよ。見つからないようにするにはどうしたら良いか、わかるわよね?』

 フォルセアはオーガル・ディラムに搭乗し、アルサレア要塞攻略作戦にパイロットとして参加するように公式の命令を受けている。よって、公としてはオーガル・ディラムを降り、ヴァリム本国へと向かう事は敵前逃亡である。
 何故、敵前逃亡をしているのか?
 理由は単純、命が惜しいから。そして、彼女にとって公式の任務よりも優先されるべき任務が達成されたからだ――数時間後、その任務の達成がヴァリム穏健派にとって戦争が始まって以来もっとも大きな損失を生む――つまり、「敵前逃亡の事実などその任務の前では微々たるものであった」ただそれだけの事だ。
 しかし、敵前逃亡は事実であり、敵であるアルサレア軍にはもちろん、味方のヴァリム軍にもその姿を見られるのは少々問題があった。
 そのため敵からも味方からも姿を隠し、慎重に慎重を重ね、ゆっくりとした速度で本国へと向かっていた。
 マイの不満をこの遅い行軍速度が助長している。

「とうぜんだろ。センサー類をパッシブにして、無線も封鎖。先頭を行く姉貴の指示に従って行動……だろ?」

 マイは姉の問に答える。コックピットの中ではユイからは見えもしないのに、どうだと言わんばかり得意げな顔をして胸を張って。

『貴方にしては上出来……ところで、無線封鎖って意味、知ってるわよね』
「無線は使わない、って事だろ。ひろわれたら見つかっちまうからな……ここはまだアルサレア国内だし」

 先ほど自ら前を進むユイに無線で話しかけておきながら、臆面もなくマイは答えた。

「今頃アルサレア要塞では激戦だろうなぁ、あぁあ、あたしも参加したいなぁ」
『……マイ、良い。良く聞きなさい……一回だけしか言わないわ』
「ぁん?」
『これから私が言う事を良く聞きなさい。今後、私の指示なしには接触回線以外の通信の使用を一切禁止、良いわね、禁止よ』
「わぁった、わぁった。禁止ね、禁止。キ・ン・シ」
『守らなければ』
「守らなければぁ?」
『……死ぬわ』

 ユイの口ぶりには抑揚がなく、言葉の背後に潜む彼女の感情を知る事は難しいが、マイは今の一言に、迷いも嘘偽りも何も混じっていない事を感じた。
 マイの顔にゆっくり、ゆっくりと笑みが作られて行く。

「へぇ〜それも良い――」

 彼女の体が微かふるえる。

「――かもな。姉貴と勝負か……それはそれで良いな」

 そのふるえが彼女の声にビブラートをかけた。

『好きにすれば良いわ』

 ユイはそれだけ言うと、マイの機体から自機を離しヴァリムへと向かい再び進み始めた。





 

 数一〇分後。
 目の前にある丘を越えればヴァリム領内に入ると言う所まで来ると、数キロメートル先で交戦と思しき閃光が見えた。
 ユイは機体に歩みを止めさせ後ろに振り返らせると、背後から来る妹にメインフレームに付いている照明をちかちかと点滅させ、発光信号を送る。
 その光は弱々しく、その光度は低い、マイのシンザンから辛うじて確認できる程だ。
 それを受けた彼女は後ろから来るフォルセアへと信号を伝える。そして、ユイからの報告にフォルセアは、ユイ機の周りに集合、と信号を返してきた。
 三人の機体は小高い丘の下で集まり、それぞれの機体に自分の機体を接触させ、接触回線で会話を始める。

『神佐、如何なさいましたか』
『別に、たいした事ではないわ。少し待ちましょう』
『……この場で待機。ですか?』
『そう、待機』
『ですが……』
『なに?』
『……いえ、何でもありません』

 ユイとしては素早くヴァリム領内へと入りたかったが、神佐が待つというのだからしょうがない。
 この場で待機と言う考えがまるで理解できなかったが、言うとおりにする事にした。フォルセアに「余計な事は考えずに、言われた通りの事に、何の疑いもなく従えば良いのよ」とでも言われるような気がしたからだ。
 一方、マイはと言えば姉と気に食わない上官の会話を仏頂面でつまらなそうに聞いていた。
 さらに数分後。
 時折、遠くに瞬く閃光は未だに消えない。戦闘はまだ続いているようだ。
 フォルセアはずっと黙ったまま未だ動く気配を見せない。ユイは黙ってフォルセアの指示を待っている。
 ただ一人、マイだけが落ち着くことなくそわそわとしていた。
 彼女はモニターの中に見える戦いの光を愛しいモノのように見つめている。

「姉貴……あっちの戦闘が終わるまで待機してるんだったら、あたしが行ってよ、さっさと終わらせてこようか?」

 痺れを切らしたマイが今すぐにでも飛び出して行きたい思いを、彼女なりに隠しつつ姉に声をかける。
 その声は開いたままの接触回線を通してフォルセアの耳にも聞こえてきた。

『駄目よ。私たちは敵にも味方にも存在を知られないように行動しているの……わかるでしょ』
「でもよぉ、ここでじっとしてたって、しょうがないじゃんか」

 本人は隠したつもりでもユイには彼女の気持ちが手に取るようにわかった。
 それは聞いていれば誰にでもわかっただろう、マイは正直すぎるのだ。
 その正直すぎるところはマン・マシーン計画に、キサラギ研究所によって彼女に施された処置の結果、生まれた物の一つであった。
 マイには恐怖心がない。
 一面的ではあるが、彼女には恐れる物が何ひとつとして存在しないのだ。そんな"モノ"は正直でしかなく、裏などない。いや、裏はあれども他人には見え難い。それが自分ならばなおさら……。

「なぁ、良いじゃんかよぉ。敵が通信入れる前に片付けるからさ」
『味方にも知られないようにしている、と言ったでしょ』
「ぁあ、もう、じゃあ、味方も一緒に片付けるよっ!」
『……マイ、冗談にしては面白くないわね』
「冗談なわけないだろ、あたしは戦いたいんだ」

 接触回線で二人の会話を聞きながら、フォルセアは笑みを浮かべていた。そして、

『良いわよ』

 静かにフォルセアが言った。

『……神佐、ご冗談を……』

 ユイの表情が大きく変化はしなかったが、わずかに歪む。
 神佐のために誰にも見とがめられる事のないように行軍してきた。
 それがいきなり、今までの行動を全て台無しにするマイの発言を、「良いわよ」と、肯定したのだ。
 彼女はフォルセアの言葉を理解しかねた。

『良いわよ、マイ。暴れてらっしゃい』
「ほんとかっ!」
『本当よ。あなたが喜ぶ顔見たいもの』

 嘘だ。

「今まで、気に食わないやつだと思ってたけど、あんたも良いとこあんだなっ!」

 マイは子供が玩具を買い与えられた時のように、腹の底から喜びの声を上げた。

『でも気をつけて欲しい事があるのよ、マイ』
「なんだよぉ。全員生かしておけとか、手加減しろなんて言うなよ」
『そんな事……言わないわ。あのね……』

 フォルセアはわざと言葉と言葉に長い間を持たせると、

「何なんだよ、早く言えよ」

 マイがじれったそうに言う。

『貴方がさっき言ったとおり、敵も味方も……皆殺しに、して欲しいの』
「はぁ?」

 フォルセアの言った言葉は、先ほど自分が言った台詞と同じ内容だったが一瞬耳を疑わずにはいられなかった。
 まさか「皆殺しにしろ」と言う命令が上官から、しかも神佐から下ろうとは思いもしなかったのだ。

『皆殺し……向こうで戦闘をしている人間を、皆殺しに……ね。できるでしょ?』
「は、はは」

 マイはこれから行う殺戮を思い浮かべ恍惚とし、うっすらと笑みを浮かべた。

『……じゃぁ、よろしくね』
「あいよ。任せときな」

 マイのシンザンのレッグが力強く地を蹴り、空へ舞い上がった。戦場へと向かって。

『よろしくね、子猫ちゃん』

 フォルセアはマイのシンザンが消えた空をうっとりとした目で見上げ、先ほどのマイと同じように恍惚として、顔に笑みを浮かべていた。





 

 さきほど遠くに見えた戦いの光は、いまやすぐ近く、足下に見える。
 マイの身体の芯まで温めてくれる戦場の炎――上品な人間は命の灯火と言うだろう。
 自動的に暗視モードに切り替わっているモニターの映像を通常の映像へと戻す。
 暗視モードの色あせた映像は、マイは嫌いなのだ。「少しでも本物に近い感覚で戦いたい」それが戦いに際しての彼女の望み――本当はPFよりも生身の方が好きなんだけどな、そこらへんは妥協ってやつだ。
 マイはシンザンを急降下させる。アルサレアとヴァリムのPFが戦いを繰り広げている場所へと。
 斬り合い、撃ち合い。近づき、離れて。PFの数は三機ずつ、戦況はほぼ互角のようだ。
 いままさにアルサレアのJファーとヌエがレーザーソードを振り上げながら急接近をしようとしていた。
 マイはその二機の間に機体を着地させる。
 Jファーとヌエは、突如現れたマイのシンザンに驚き、あわてて機体を急停止。
 シンザンの両側、一〇メートルの位置。
 三機の周囲だけ常に熱く流動する戦場ではないかのように、冷たく固まった。

『み、味方なのか……』

 ヌエのパイロットがヴァリム軍の交信チャンネルで呟いた。
 不意に、マイのシンザンが鎌を振り上げヌエのコックピットを下から切り裂く。

『うわぁぁぁぁ――』

 交信チャンネルを開いたまま、ヌエのパイロットは絶命した。その絶叫が電波にのって残り二機のヴァリム勢、ロキとヌエに伝わった。

『一旦、後退だっ!』

 ロキに乗っている小隊長らしき男がヌエに指示を出す。
 二機は交戦していたアルサレアのJグラップラーとJフェニックスから離れ様子を見る。
 アルサレア側は何が起こったのか理解しかね、一旦距離を取ろうとするヴァリムに攻撃せず動きを止めている。
 Jファーはマイからほんの一〇メートルしか離れていない所で、目の前で起こった事態に驚き呆然と立ったままでいる。アルサレア側の通信は暗号化されており内容が聞き取れないのではっきりとした事はわからないが、アルサレア側のリーダーが何も指示をくれないのだろう。

(さぁて、どうしようかな。すぐに終わらせるか……それとも……)

 マイは観察を始める。
 IFFでは味方と判断されている突如として現れたシンザンが攻撃してきたことに、混乱しているであろうヴァリム側の動きと。
 とつぜん仲間割れ――アルサレアはシンザンをパーツとして使う事があっても、完全規格外装を持ったまま使うと言う事は殆どなく、ありえないと言っても良いぐらいなのだ――を始めた敵にどう対処したら良いのか、迷っていると思われるアルサレア側を。

『どこの部隊だ、所属は?』

 ヴァリム側の小隊長と思しき人間から通信が入ってきたが、マイは答えない。

『聞こえているだろ、貴様はどこの誰だっ!?』

 マイは瞬間転移を発動させ、交信を試みようとしているヴァリム側小隊長の乗るロキの背後に移動。鎌を振り上げ、

「うるせぇな」

 うっとうしい蝿を手で追い払うかのように、ぞんざいに鎌を振り下ろした。
 ロキは前へと機体を移動させこれを回避。

『っく、敵かブルー1。IFFは無視しろ、敵性勢力と判断する』

 機体を急旋回させ、マイのシンザンの方へと向き直りながら僚機に向かって叫ぶ。
 だが、ブルー1からの返事は返ってこなかった。かわりにレーダー上から機体反応は消え失せ、爆発が起こる。
 傍観していたアルサレア側が攻撃を再開したのだ。

『くそったれぇ、お前は死神かぁぁっ!』

 ヴァリムの小隊長は叫び、マイに向けありったけの弾を放ってきた。しかし彼女は弾のほんのわずかな間を易々と潜り抜け懐に飛び込むと、手にしたその鎌でロキを胴断。
 すぐさまバックステップで距離を取ると、肩のキャノンをジェネレーターに向けて放つ。
 ロキとそのパイロットは爆散し、粉々に砕け散った。

(っと、次はアルサレアか……)

 マイはシンザンを、一箇所に固まっているアルサレアの三機のPFに向かいゆっくりと歩かせ始めた。
 実にゆっくりと、撃ってくれと言わんばかりにゆっくりと。
 アルサレア側はシンザンに一発の弾も撃たない。
 突如現れ異様な行動を取り、圧倒的な強さを見せつけるシンザンに、臆してしまったようだ。
 萎縮してしまいまったく攻撃をしてこないアルサレアの三機のPF。
 マイは最初、時間をかけて楽しむつもりだったが、敵がまったく攻撃してこないのでゆっくりと歩み寄っているうちに苛々としてきた。

(面倒だな……早く終わらせるか)

 そうマイが意識した直前。
 彼女の出鼻をくじくようなタイミングで三機のPFが一斉に動き出した。
 マイは不意をつかれた形となり、シンザンの動きが硬直。
 Jファーのガトリングが火を噴く。
 Jフェニックス、Jグラップラーは左右から回り込むようにシンザンへと急接近。

「っち」

 マイは意を断たれたことに舌打ちすると、短く息を吸い込み止める。そして、左手のVシールドを正面に構え、Jファーに向かって突進した。
 ガトリングの弾がシールドの表面にめり込む小気味良い振動にマイは心躍る。

(これだよこれっ、あたしはこれが欲しかったんだっ!)

 Jファーはシンザンが距離を詰めてくることに構わず、そのままガトリングを連射し続けた。
 シンザンのレーダーが左後ろから急接近するJグラップラーの存在を捉え、マイに警告音を発し知らせる。
 彼女がシンザンに後退の指示を与えると同時に右腕兵器の始動トリガーを引く。
 シンザンのOSは、敵位置と与えられたコマンドから最適の動きを瞬時に割り出し行動に移した。
 シールドの位置はそのままの座標で固定し、上半身の重量を支えていたレッグのサスペンションを緩め、腰を落とす。
地面と足裏の摩擦で急減速。
 Jグラップラーとの距離を一瞬にして縮めると、左足の外側に重心を移動し、機体を右回りに百八十度回転。
 シンザンが振り向きざまに鎌を横に払い、右脇から左胸、コックピットを完全に引き裂いた。
 マイはシンザンに命令を飛ばし、そのまま動きを滞らせる事なく、 もう一度右に百八十度回転させる。
 正面、JファーをWCSで捉え、肩のツインスネイクを発射。
 同時に、シンザンの脚力を活かしてジャンプ。
 ガトリングで、迫る高機動ミサイルを撃ち落す事に意識を奪われたJファーの頭上を取り、キャノンを発射、直撃、頭部から腰部まで貫通。
 流れるような一連の動作を終え。
 マイは止めていた息を吐き出し、無意識のうちに喜びの声を上げた。

「ひゃっほぉっ、最高だぜぇ!」

 先の急激なPFの動作によって生まれた殺人的なGより、喘ぐ臓器、悲鳴を上げる四肢、毛細血管が破れ赤い斑点だらけの皮膚、脳の酸素不足で朦朧とする意識。
 失神しかねない苦痛を全身で感じ、彼女に与えられた唯一無二の快楽を堪能していた。
 マイは虚ろな目でレーダーのモニターに目を移すと、高い位置に光る点。
 Jフェニックスがいつの間にかマイの上を取っていたのだ。
 目を見開き、驚きと喜びの混じりあった表情をする――こいつはきっとリーダーだ。さっき地上であたしの攻撃を潰しやがったのは、こいつの指示したタイミングだったに違いない。今度も、このJフェニックスはあたしの息を読んで、頭を取りやがった……おもしれぇ。

「はは、やるじゃん」

 マイは機体を急降下。Jフェニックスのカタールが空を切る。
 回避を終えるとすぐに機体を急上昇。逆にJフェニックスの上を取る。だが、Jフェニックスの反応は早かった。フローターウイングを変形、シンザンの周囲を羽が囲み、いっせいに高密度に圧縮されたプラズマ弾を放つ。
 シンザンはさらに上昇。被害を最小限に抑え弾幕を突き抜けた。
 Jフェニックスは追撃。フローターウイングを装着しながらサブマシンガンを放つが、シンザンはそれをやすやすとVシールドで防御。

(こいつは嬉しいじゃねぇか……)

 マイは手を抜いているとは言え、自分の動きについてくるJフェニックスの存在に喜んだ。そして何より、この敵とめぐり合えた状況が一番嬉しかった。
 今まで彼女が強敵とであった時は、必ず何らかの作戦行動中で大きな制約があり、自身の思うがままに、殺し合いの快感を味わうことができなかった。
 過去に彼女の中でそれなりに楽しめた強敵とであった戦闘――殺し合いではない――でもそれは同じだ。
 「シードラボ襲撃」の時――フォルセアがわけわかんねぇ命令出しやがったから、なんもできなかった。
 「Jアームド強奪」の時――あんときゃ、姉貴が駄目になって挙句の果てにグリュウのおっさんが邪魔に入った。
 今回は違った。
 命令が最初から皆殺しであり、多少手加減しないでも長持ちしそうな敵がいるのだ。
 以前にも何度も対象の殺害を目的とした作戦はこなしたが、その時は実にたわいのないターゲットばかりであった。
 マイはシンザンにVシールドで防御させながら、どのようにこの戦いを長引かせ、たっぷりと味わい尽くし、素晴らしい後味を残して終わらせようか考えていると、マシンガンの弾丸とは比べ物にならない質量の物体がシールドに衝突してきた。
 Jフェニックスが蹴りを入れてきたのだ――マイはにんまりと笑う、考えがまとまったのだ。フォルセアの命令は無視する。こいつは殺さない、殺さないでおいて……。
 Vシールドを持ったシンザンの左手が大きく後方に弾かれ、機体が後方に仰け反りバランスを崩される。そこへカタールで斬りかかってくるJフェニックス。
 シンザンは鎌でそれを受け、刃と柄の部分で絡め、動きを止めた。
 Jフェニックスはシンザンが動き出す前にすぐに次の攻撃へ移行。サブマシンガンを至近距離から発射しようとする。
 体勢を立て直したシンザンは、Vシールドでサブマシンガンに激しく叩きつけ射線をずらし、間をおかず肩のキャノンをJフェニックスの頭部に狙いをつけ、発射。
 Jフェニックスは機体をシンザンから離し急降下で回避――その際に、絡み合っていたカタールとブーストサァイフは両機の手から離れた。
 発射トリガーを引いてから若干のタイムラグが生じるキャノンではなく、シンザンの肩に装備されている兵器が即射性に優れたガトリングであったならば勝負はついていただろう。

「んっふふふ、やっぱいいよ、お前。気に入った」

 Jフェニックスが体勢を整え再び、マシンガンで攻撃してくる。ワンパターンであり、基本に忠実。だが、単調ながらも隙がなかった。
 旋回運動で回避を行いながら、シンザンはVシールドの裏からガトリングの砲身を伸ばし、応戦。それに対しJフェニックスも旋回運動で回避を始める。
 二機は螺旋を描きながら地上へと降下して行く。
 地上まで三〇メートルと言うあたりで、シンザンは全武装を解除――マイはほくそ笑んだ。
 PFのモーションプログラムが切り替わる。
 BURMシステムの機体能力修正値と機体重量の軽減で増大した加速力を、全て開放させ大きく旋回。Jフェニックスの背後に回りこむように接近――その際、旋回遠心力が意識を身体の外に弾き出そうとするが、マイは笑みを浮かべ楽しむ余裕を持っていた。
 Jフェニックスはシンザンの軌道を読み急反転。背後に回りこまれる前にシンザンを正面に捕らえることができた。
 なかなかに良い反応であったがそれはマイにとって予想範囲内の行動であった。
 サブマシンガンを発射した時シンザンは既に異相に還元されており、実体のない残像を弾丸が素通り。
 Jフェニックスのパイロットが、敵が瞬間転移を行ったとわかった時には、ちょうど真後ろに再構成を終えシンザンが実体を得ていた。
 シンザンは貫き手の形にした右手を、Jフェニックスの首の付け根に突き刺し、内部のケーブルやチューブ掴む。
 後はシンザンが力を加えずともJフェニックスが自身の運動エネルギーでケーブル類を切断――瞬間転移は消え去る直前に運動エネルギーは完全にゼロとなる。もちろん改めて現れた時も運動エネルギーはゼロ。つまり、シンザンは静止状態。対してJフェニックスは旋回運動の途中であったからその運動エネルギーがまだ残っている――、自滅。
 PFは頭部を失っても行動は可能だが、頭部に主な機能が集中しているため破損時にはほんの数秒間、機能不全に陥る。
 その数秒は、時速数百キロで動く一〇トンを超える鉄塊が、地上三〇メートルと言う高さから地上に叩きつけられるには十分過ぎるほどの時間であった。
 Jフェニックスが右の肩口から地表に叩きつけられと、まず右腕がちぎれ飛び、続いて縦横斜めに回転しながら宙に踊り上がり、フローターウイングの羽々を周囲にばら撒く。そして、再び地面に落ちる。
 その衝撃で胴はへし折れ、わかれわかれとなった上半身と下半身はそれぞれ別々の方向へと転がって行った。
 上半身はしばらく地面の上をごろごろと転がり、動きを止めると脱出ポッドを射出。
 マイはシンザンにポッドを空中でキャッチさせると、にやにやしながらゆっくりと着地した。

(さぁて、顔でも拝むとすっかな)

 シンザンは膝を屈しポッドを地面に置くと、外部ハッチを太い指でこじ開けた。中のパイロットはすぐに出てこない。
 状況を冷静に見ているのか、諦めたのか、それとも気絶したのか、絶命したか、判断はつかない。マイは取り敢えず外部スピーカーのスイッチを入れ、声を掛けた。

「おい、アルサレアのパイロット出て来いよ。あたしの言うとおりにすれば別に殺しゃしねぇ。言うとおりにすればだけどな」

 脱出ポッドから出てくる気配はない。気絶しているのだろうか?
 マイは試しにシンザンの指でポッドを弾いてみた。ポッドは五〇メートルほど転がると、PFの残骸にぶつかり停止した。

「おい、生きてんのかよ。アルサレアのパイロット」

 もう一度外部スピーカーで呼びかけ、しばらく待つと、一人の男がポッドから身体を引き摺り這い出てくる。どうやらまともに歩くこともできないようだ。
 マイはメインモニターに、地面にうつ伏せに倒れている男を拡大した映像を映しだす。
 地に伏したまま動かないが、外傷は見られない。流石は安全第一のアルサレアPFと言った所だろう。動かないのはおそらく目が回っているせいだ。
 彼女はまだ敵が生きている事を知り、うんうんと満足気に頷くと、ハッチを開き昇降用のワイヤーで地面に降り、ポッドに向かって歩き始めた。
 無防備に、銃も構えずに。
 アルサレアのパイロットはポッドによりかかり上体を起こすと、歪んだ視界の中に近寄って来るマイを発見し、腰のホルスターから銃を取り出し発砲した。だが、まともに力が入らない腕で撃ったため、弾は大きくそれ、銃は反動で手から飛び出してしまう。男は地面に倒れ込み、のそのそっとほふく全身で地面に落ちた銃に這い寄ろうとする。
 マイはその光景を見て微笑を浮かべた。必死な顔で銃に近寄ろうとしているのだが、身体に力が入らずなかなか進む事のできない姿が滑稽に見えたのだ。
 彼女はしばらく様子を見て、男の手がようやく銃に届くと言う時、銃を蹴り飛ばした。
 男は舌打ちをすると、ゆっくりと顔を上げマイを見た。その目の焦点が定まっていない。まだ意識がもうろうとしているのだろう。
 マイはおもむろに男の襟首を掴むと、片腕で軽々と自分の顔の高さまで持ち上げ顔を覗き込む――彼女の人間的外見は、細身でたくましいとは言えない体形で、こんな事ができるとは思えないが、皮膚の下は本来の意味とは違う意味で「人間離れ」をしており見た目以上に筋力がある。数百年前から世代を重ねて続けてきた研究の成果だ――。

「おぉい、意識あるのかぁ」

 そう呼びかけながら手を目の前で振ると男はマイをにらみつけた。意識がある事を確認すると、ぽいっとぞんざいに地面へと仰向けになるように投げ捨てる。
 マイはその上に馬乗りになり、上から男の顔を見下ろし満面の笑みを浮かべた。
 男は始終無抵抗、どうやら意識はあるが抵抗ができるほどの意識はないようだ。

「良いか、あたしは楽しいゲームを思いついたんだ。お前が気に入ったから、特別に参加させてやる。感謝しろよ……良いかお前は、あたしを殺すんだ。わかったか?」

 ゲーム……なんだそれは? 感謝しろ? 殺す?――男は眉をひそめた。
 マイの言っている事がまるで理解できないのだ。聞く相手の事をまったく考えず、思いつくままの言葉で自分の事だけを言う彼女の言動は、まともな時に聞いても理解するのに少々時間を要する。男はいまぐるぐると激しく回転する世界に居る。マイの言葉を理解するのはかなり難しい物があった。
 しかし、マイはそんな事など考えもせず、

「聞いてんのかよ。聞いてるならなんか返事しろよな」

 そう言って男の頭を拳骨で――彼女なりに――軽く殴りつけた。男はものの見事、白目をむいて気絶してしまう。マイは慌てて男の頬を叩いて意識を戻させた。

「おいおいしっかりしろよ……しかたねぇな。ちゃんと説明してやるからよく聞けよ。まず、あたしの名前だ。マイ・キサラギ。"双子の悪魔"って知ってんだろ? その妹の方だ。ほら、あたしの名前言ってみろ。あたしの名前は?」
「……マイ……キサラ、ギ」
「よしよし、良いぞ。あたしはフォルセアのやつに、『お前らを皆殺しにしろ』って言われてたんだ。でもまっ、あたしは優しいから特別にお前の命は助けてやる」

 マイは言葉を切って相手の反応を待つ。すると、

「マイ、キサラギ……」

 男は検討外れの返事をした。もともと自分のおかれている状況をしっかりと把握できないような状態だった上に、マイに殴られ一度意識を失い、目覚めてまだ間もない。まともに返事などできるはずもないのだが、相手の状態などまったく考えもしないマイは「こいつ……大丈夫なのか。殺しちまおうかな?」と心の中で思った。だがそれは口には出さず、話を続けることにした。マイはせっかく考え出したゲームの駒を失いたくないのだ。

「さっきの続きだぞ……命は助けてやる。だからその代わりに、お前はいつかあたしを殺しに来いっ」

 マイの考え出したゲーム、それは至極単純で極めて非現実的な代物だった。それは「敵に自分を殺しに来させる」と言う物だ。
 彼女は「いつ敵が殺しに来るかわからないスリリングな毎日を過ごせそう」などと気軽に考え、いまこの下に居る男に「命は取らないでやるから、その代わりに殺しに来い」と言っているのである。
 たしかに、相手に相当な恨みを抱かせ、それなりの条件を整えれば、復讐の炎を心に宿した復讐鬼か、それに類するものを作り出す事は可能であろうが、たまたま戦場で一度遭遇しただけの相手に「命は取らないでやるから、その代わりに殺しに来い」などと言っても、相手がその通りにするわけがない。だが、マイはこう言えば本気で相手が殺しに来る物だと考えていた……。

「PF乗ってる時でも、寝てる時でも、どんな時でも良いぞ。手段だってお前が好きなもので良い。いいか絶対だぞっ!」
「……」

 男は返事をしない。

「おーい、聞いてんのかぁ」
「わ、ぐ……ぁた」

 男は返事、と言うよりは呻き声を漏らした。

(あたしの話、ちゃんと理解してんのかこいつ?)

 そもそも理解しろと言うのが無理な話なのであるが、男の薄い反応にマイも流石に不安になり、腕組みをしてしっかりと理解させる方法を考え始めた。

(あたしの事を忘れらんないようにする方法……おぉ、そうだっ!)

 ぽんっ、と手を叩くと、マイは腰のポーチから折り畳み式のナイフを取り出す。まずはそれで男の襟についている階級章を切り取り自分のポケットへ入れる。

「いいか。あたしの言った事を忘れないようにお前に印をつけてやるからな。ちゃーんと、あたしを殺しに来るんだぞ」

 そう言ってマイは顔に笑みを浮かべ男の右耳を引っ張ると、何か説明しようとするかのように唇を動かした。しかし、しゃべりはせずにわずかに微笑を浮かべるだけであった。そして、ナイフを……。





 

 マイが元居た場所へと帰還すると、そこにユイのシンザンの姿はなく、フォルセアのオードリーだけが佇んでいた。近寄って接触回線で姉がどこに言ったのか神佐にたずねようとすると、

『おかえり、マイ』

 意外にもフォルセアが映像付きの通常回線で声を掛けてきた。隠密行動中だと言うのにだ。

「おいおい、良いのかよ。通常回線なんかで」

 と言いつつも同じく通常回線で返事をするマイ。

『別に良いわよ。国境も近いし、貴方が敵を排除してくれたから近くに敵はいないでしょ?』
「そ、そうだな、うっん」

 マイはモニターを正視せず左上を向き答えた。

「そんな事よりも、姉貴はどこ行ったんだよ」
『ユイ? 彼女には特別任務を与えたのよ。貴方は私の護衛をしてこのまま本国へ行ってもらうわ』
「っちぇ、つまんねぇの。姉貴に話したい事あったのに……」
『あら、私じゃ駄目なの?』
「別に駄目って事はねぇけどよ……」
『まぁいいわ……ところで、その顔についている血はどうしたの?』
「っぁん?」

 フォルセアに言われ、顔を触るために手を上げかけたが、マイが手に目をやるとべっとりと血がついたのですぐに下げた。

「こ、これはだな……ほら、あれだ。PFのコックピットって内装外れやすいだろ。道具を使わないで手で簡単に取り外しできるぐらいだしさ……」
『戦闘中に外れて、そのせいで怪我でもしたのかしら?』
「そうそう、そうなんだよっ。戦闘中に外れちゃってさ、怪我しちまったんだ……うん、そうなんだ。そう」
『ふぅん。まあ良いわ。ほらヴァリムに行くわよ。貴方が先導して』
「お、おう、了解」

 会話を終えると、二人はヴァリムへと帰還した。









 



〜後書き 文:バーニィ〜
 はい、久しぶりに「名も無き兵士たちの血の記憶」の投稿です……本当に久しぶりです。そして、なんだか微妙な内容です(滝汗)
 これ以上……多くは語りますまい。
 2006/01/28 usagi.


 


 管理人より

 バーニィさんよりマイ編をご投稿頂きました!

 う〜ん、こういうのもいい感じですなぁ(笑)

 使い所さえ間違わなければ扱いやすい駒ですからね、マイは。
 


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